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野田 努   Jul 13,2011 UP

 もし仮に、ソウル・ミュージックというものがその人の意識におけるリアリティで鳴っている音楽であり、アンビエント・ミュージックというものがその人がこの世界に存在していくなくても鳴っている音楽だとう言い方ができるのなら、リズ・ハリスの音楽はそれらの境界線で鳴っているように感じる。震災後の動揺するリアリティと、震災後も青く美しい空の下のこの世界との境界線......自分がいなくても同じように人は夜な夜なコンピュータに向き合って、あるいはビールを飲んでフットボールに熱狂していたであろうこの世界と、そして自分の意識おける現実との合間が見えるようだ。それは麻酔薬のように、ずいぶんと気楽な気分をもたらしてくれる。
 「彼女の音楽は、日々の思考が迷い、不合理に引き裂かれたとき、記憶の瞬時的な忘却に萎縮するとき、意識とまどろみのあいだに存在するように感じる」と書いている人もいるが、その気持ちもわかる。それはドリーミーという言葉で説明される感覚ではなく、何と言うか、意識の白濁のようなものだ。
 2部作としてリリースされた『A I A』の、『ドリーム・ロス』に収録された"ソウル・イレイザー(魂の消しゴム)"を聴いているといたたまれない気持ちになる。ソウルフルと言われる音楽における自分が意識するリアリティというある種の絶対性から、ここまで優しく、やわらかく逃げていくような曲は見あたらない。へロインやケタミンのような音楽がもしあるとしたら、これだ。

 とまあ、オレゴン州ポートランドの、この希有なシンガー・ソング・ライターは素晴らしいわけです。音楽的にもっとも近いミュージシャンを探すのなら、まずはジュリアンナ・バーウィック、もしくはUSガールズなのだろうけれど、リズ・ハリスはその低空飛行の陶酔において抜きん出ている。ある意味ではとんでもなくドラッギーな音を創出していると思うのだけれど、彼女のイサリアル(エーテル)系のドローンには奇妙な清潔感がある。それはバーウィックとはまた別の、何かより野性的な感性に導かれているように思える。リズ・ハリスのほうが、危なっかしい揺らめき方をしている。
 驚くほどではないが、とてもユニークなテクスチャーをもった音楽で、喩えるなら、紙ヤスリで擦ったガラス越しに見える景色の向こうからぼんやりとメロディが聴こえてくるような、面白い曇り方をしている。『ドリーム・ロス』と『エイリアン・オブザーヴァー』とでは、おおかた『エイリアン・オブザーヴァー』のほうが評価が高いようだが、それは好みの問題だろう。後者のほうにはまだ"歌"と呼びうるモノがあり、わりとたやすくメロディが感知できる。美的な観点からも、そして創作性の観点からも、彼女の"歌"はたしかに魅力だ。『エイリアン・オブザーヴァー』のクローザー・トラック、"カム・ソフトリー(柔らかく来て)"などはホープ・サンドヴァルの甘美なドローン・フォーク・ヴァージョンとでも言いたくなるような、希有な妖しさを発している。その軽さで惹きつけるような、空気のようなサウンドも良い。
 それでも僕はより茫漠とした前者のほうが好きだな。『ドリーム・ロス』に収録された"ウィンド・リターン"......風の回帰......風が問題なのではなく風が吹いているその場所が重要だ、どこか絶妙な境界線のうえにそれは吹いているように僕は感じる。

野田 努