ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. 橋元優歩
  4. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  5. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  6. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  12. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  13. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  14. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  15. Jlin - Akoma | ジェイリン
  16. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  17. 『成功したオタク』 -
  18. interview with agraph その“グラフ”は、ミニマル・ミュージックをひらいていく  | アグラフ、牛尾憲輔、電気グルーヴ
  19. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Album Reviews > Ikonika- Contact Want Love Have

Ikonika

Ikonika

Contact Want Love Have

Hyperdub/Ultra Vibe

Amazon iTunes

野田 努   Apr 21,2010 UP

 彼女は猫とマドンナとテレビ・ゲームからインスピレーションを得ている......彼女は"ダブステップ界のファーストレディ"と呼ばれることを嫌う......と4月8日付の『ガーディアン』の記事には記されている。少し引用させてもらおう。「ブログで私のことをダブステップにおけるM.I.A.と呼ぶ人たちがいたけど」、彼女は鼻を鳴らす。「肌の色で判断するそれってハンスロウ(ロンドンの高級ホテル)みたいだわ。それは私の音楽じゃない。私の名字からある人は私をモスリム・プロデューサーと呼んだ。でも、私はイスラム教徒ですらない。スクリームのことを白人男性のキリスト教プロデューサーって呼ぶかしら?」

 さて、〈ハイパーダブ〉がブリアル、コード9、キング・ミダス・サウンズに続いてリリースするアーティスト・アルバムがサラ・アブデル・ハミド、アイコニカの名前で知られるDJ/プロデューサーによる本作『コンタクト・ウォント・ラヴ・ハヴ』である。こう書かれることを彼女は好まないかもしれないが、本作は女性による最初のダブステップ・アルバムだ。

 彼女はエジプト人の父とフィルピン人の母の元、ウェスト・ロンドンで育っている――実は僕は、このCDの解説を書いているのだけれど、その時点では彼女の背景がわからなかった。レーベルからの資料にもそうした詳細は記されていなかった。アラブ系じゃないかと勝手に推測してしまったが、間違いでした。『ガーディアン』の記事にあるように、人種によって先入観をもたれる事態を避けたかったのだろう。なにせ彼女は最初は、ニルヴァーナとホールのコピー・バンドのドラマーだったのだ。それから彼女はヒップホップとダブステップを手に入れた......という話だ。

 2008年に〈ハイパーダブ〉からシングル「ミリー」(彼女が飼っている老いた猫の名前)でデビューしている。昨年は同レーベルから万華鏡のような美しいアートワークとともにサード・シングル「サハラ・マイケル/フィッシュ」を発表している。彼女は相当にゲーム好きらしく(彼女によれば片方の耳ではゲーム、もう片方の耳ではガラージを聴いて育った......という)、それは"サハラ・マイケル"のロボティックな感覚からも聴き取れるし、アルバムに収録された"イディオット"にいたってはレトロなコンピュータ・ゲームのロービットの音色を使っている。"ゼイ・アー・オール・ルージング・ザ・W"もまたクラフトワーキッシュなエレクトロで、こうしたブリーピーな(テクノ・ポッピーな)感性はアルバムの重要な個性となっている。そしてこれらトラックを聴いていると――またしても――このジャンルが拡張し続けていることを認識する。

 そして"フィッシュ"だ。きっと多くの人は、このトラックにアンダーグラウンド・レジスタンスのコズミック・テクノと同類の感覚を覚えるのではないだろうか。エレガントで、勇気を与えるタイプの曲だ。他にもスペース・ファンク調の"ヴィデオ・ディレイ"、UKファンキー調の"プソリアシス"、あるいはデトロイティッシュな"ヨシミツ"等々、実に多彩な内容となっている。さすが〈ハイパーダブ〉がアルバムとして発表するだけのことはあるというか......、いや、しかしこのレーベルのたとえばブリアルやコード9などのディストピア志向と違って、アイコニカの『コンタクト・ウォント・ラヴ・ハヴ』は大らかで前向きなエネルギーを持った作品である。

 ちなみにアイコニカというネーミングは、彼女のボーイフレンドが「iconoclastic(因習打破的な)」という単語のもじりとして発案したものだそうだ。アルバムを聴く限り、その名前は彼女にまったく相応しい。

野田 努