「Nothing」と一致するもの

Knxwledge - ele-king

 〈Stones Throw〉の所属アーティストであるプロデューサー/ビートメイカー、Knxwledge (ノレッジ)が、彼自身の生まれた年をタイトルに掲げた5年振りのソロ・アルバム『1988』をリリースした。LAビート・シーンの次世代を担うひとりとして徐々に存在感を示し、Anderson .Paak とのユニットである NxWorries としてのブレイク。その後、プロデューサーとして Kendrick Lamar のアルバム『To Pimp A Butterfly』への参加も話題となり、以降、Knxwledge は Action Bronson など様々なアーティストへビートを提供してきた。Knx. などの別名義も含めて様々なレーベルからソロ作品をリリースし、『To Pimp A Butterfly』の直後には〈Stones Throw〉からの初リリースとなった前作『Hud Dreems』を発表しているが、彼のリリース活動の基盤となっているのが、Bandcamp からいまもコンスタントに発表している膨大な量のアルバムやEPだ。2009年からスタートし、この約10年の間にオンラインにてリリースした作品数は優に100を超えており、なかでも90年代を中心としたR&Bチューンを(勝手に)リミックスした『Hexual.Sealings』シリーズは、彼の代名詞とも言える存在になっている。

 改めて、本題である今回のアルバム『1988』だが、冒頭の “dont be afraid” では90年半ばに1枚だけアルバムを残している女性R&Bグループ、Kut Klose の “Surrender” からサンプリングされたヴォーカルが実に印象的な一曲であり、このテイストは当然、『Hexual.Sealings』シリーズを強くイメージさせる。サンプリング・ソースが判明しているものとしては、5曲目の “listen” では Miki Howard “Love Under New Management” のコーラス部分が使われていたり、他にもR&Bチューンからの引用の割合が、前作『Hud Dreems』と比較しても多いように感じられ、結果、アルバム全体の印象としては非常にメローだ。それはおそらく Knxwledge 自身の現在の精神的なムードも強く反映されているのであろう。ちなみに本作の曲タイトルは、1曲目からそのまま順に辿ると文章になっており、例えば「Don’t be afraid, because tomorrow’s not promised. Do you. ~」のようになる。その中にはいまの世の中の流れに疲弊しながらも、ポジティヴに進んでいこうという彼の意思が伺え、そのメッセージはそのまま本作のサウンドからもダイレクトに感じ取れる。

 アルバムの目玉となっているのは間違いなく Anderson .Paak がゲスト参加した、NxWorries リユニオンとも言える “itkanbe[sonice]” であるが、Durand Bernarr と Rose Gold という男女ふたりのシンガーをフィチャーした “minding_my business” も『Hexual.Sealings』的なイメージとも見事にハマって、ラスト・チューンとしては完璧だ。例えば、様々な現役のシンガーだけで構成した純粋なR&Bアルバムを作っても、Knxwledge ならではのカラーが出た素晴らしい作品が生まれるに違いない。

 ちなみに4月上旬にレーベルメイトである MNDSGN と共に来日ツアーを行なう予定であった Knxwledge であるが、残念ながら新型コロナウイルスの影響によって全公演が中止となった。新曲を引っさげて、彼が再び来日する日を心待ちにしたい。

Jamie xx - ele-king

 すでにコロナ禍に見舞われていた3月半ば、ぎりぎりで来日を果たしオーディエンスを沸かせたジェイミー・エックスエックス。その後4月にはヘディ・ワンの新作に名を連ねたり、ソロ名義としては2015年の『In Colour』以来じつに5年ぶりとなる新曲 “Idontknow” を発表したり、BBCのレディオ1では2時間にもおよぶミックスを公開したりと、パンデミックもどこ吹く風……というわけではけっしてないようで、“Idontknow” の12インチ化にあたり彼は「家で踊ってほしい」とコメント、「レコード店にはサポートが必要だ」とも添えている。
 先週同曲のMVが公開されているが、リズムも音響も展開もはっきり言って格好いい、彼の才能を見せつけたトラックなので(試聴はこちらから)、余力のある方はぜひヴァイナルを買おう(Beatink / TOWER / HMV / disk union / TECHNIQUE / JET SET / Amazon)。

Jamie xx
ジェイミー・エックス・エックス、ベンUFOやフォー・テットらも
ヘビロテ中の話題の最新シングル「Idontknow」のMV公開!
12インチ・シングルも予約受付中!

ザ・エックス・エックス(The xx)のメンバーで、プロデューサーのジェイミー・エックス・エックス(Jamie xx)は、2015 年のソロ・デビュー・アルバム『In Colour』以来ソロ名義では初となる新曲 “Idontknow” のMVを公開した。同曲は各ストリーミングサービスで好評配信中のほか、12インチ・シングルも発売が決定している。

Jamie xx – Idontknow
https://youtu.be/rcaf9pBdhrw

MVには、ジェイミー・エックス・エックスが “Idontknow” の制作中に出会い意気投合したというアイルランドのベルファスト出身の振り付け師/ダンサー、ウーナ・ドハティーが出演している。

待望の最新シングル「Idontknow」は、2019年秋頃から密かに世界各国のクラブのダンスフロアで披露されており、ベンUFOやフォー・テット、カリブー、バイセップなどが自身のDJセットで流すなど、既にダンス・ミュージック・シーンでは話題となっていた。

ダウンロードまたはストリーミングはこちら
https://jamiexx.ffm.to/idontknow

ジェイミー・エックス・エックスは先日、BBC Radio 1 で自身のエッセンシャル・ミックスを公開した。ジェイミー・エックス・エックスによる Radio 1 でのエッセンシャル・ミックスの披露は実に9年ぶりとなり、先に配信開始された新曲 “Idontknow” も含まれるファン必聴のミックスとなっている。

BBC Radio 1’s Essential Mix – Jamie xx はこちら
https://www.bbc.co.uk/programmes/m000hhrn

ジェイミー・エックス・エックスは、ザ・エックス・エックスとしての活動だけでなく、ドレイクやアリシア・キーズ、リアーナなどのプロデューサーを務め、レディオヘッドやアデル、フローレンス・アンド・ザ・マシーンなどのリミックスを手掛けたことでも知られる。2015年にリリースしたソロ・デビュー・アルバム『In Colours』は、第58回グラミー賞最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞とブリット・アワード2016最優秀ブリティッシュ男性ソロ・アーティスト賞にノミネートされるなど、世界最高峰の音楽家としてのキャリアを積み重ねている。

label: YOUNG TURKS
artist: Jamie xx
title: Idontknow
release date: NOW ON SALE

輸入盤12inch YT213T
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11056

TRACKLISTING
A. Idontknow

Пошлая Молли (Poshlaya Molly) - ele-king

 いちばん好きなバンドは? と聞かれるのがずっと苦手だった。世代に沿ったド定番のバンドはある程度聴いてきたし、流行りの曲や新譜のチェックもできるだけ欠かさないようにしてきた。だが、いまだにフェスの季節が来るたび新しいバンドの存在を知らされたり、お気に入りのアルバムがセカンドかサードかも曖昧になったり、素朴な質問にすら悩んでしまったりする。そう、自分はどのバンドのファンにもなったことがなかったのだ。ところが最近、ついに胸を張ってファンと名乗れるバンドができた。そのバンドこそが、ウクライナのポップ・パンク・バンド、ПОШЛАЯ МОЛЛИ (Poshlaya Molly:ポシュラヤ・モリー)だ。

 ロシア・ウクライナ語で「モリ―(MDMA)を贈る」という意味の名を冠し、甘やかされて育ったティーンエイジャーをコンセプトに活動する ПОШЛАЯ МОЛЛИ。日本ではまだ知名度が低いどころかほとんど知られていないが、彼らの活動拠点であるロシア・ウクライナでは人気急上昇中のバンドだ。グランジ、オルタナティヴ・ロックを軸に、エレクトロニック・サウンドをミックスしたキャッチーな楽曲と、現代のユース・カルチャーを映し出した特徴的な世界観で若者たちを魅了した。また、デビュー当時の2017年前後に流行したマンブル・ラップを、ポップなパンク・ロック・サウンドに落とし込み、よりユースの心情の解像度を高めたマンブル・ロックのシーンを構築した。その後も数々のライヴを重ね、2018年には〈Warner Music Russia〉に所属するなど、さらなる人気を集めている。

 彼らを知ったのは2017年の秋、ちょうどデビュー・アルバム『8 способов как бросить …』が出されてすぐの頃。収録曲 “Любимая песня твоей сестры” のMVを YouTube で偶然見つけたのがきっかけだった。このMVは計1,000万回もの再生数を記録し、現地のSNSサイト Vk.com を中心に話題となった。最初は耳慣れている、聴きやすいオルタナティヴ・ロック・バンドくらいの印象でしかなかったが、初めて触れるウクライナのシーンは退廃的ながらもどこか新鮮だった。

 その後もなんとなくチェックするようになり、気づけばデビューからいまこうして筆を執るまで彼らを追い続けている。現在のサウンドに近づきはじめたEP「Грустная девчонка с глазами как у собаки」、「ОЧЕНЬ СТРАШНАЯ МОЛЛИ 3」もすべてリリース当日に聴きこんだ。サブスクがある時代に生まれて本当に良かったと思う。楽曲ももちろんのこと、ユース・カルチャーをリスペクトしてるのか、はたまた皮肉ったかのようなMVも何度再生しただろうか。

 ここまで愛を語るとどれだけすごいバンドなのかと期待を持たせてしまうかもしれないが、彼らは特にこれと言って画期的なサウンドを奏でたり、新しいシーンを構築してるわけでもない。人によっては割と普通のポップ・パンクといった印象を受けるであろう。それでも彼らに惹かれてしまう理由が、最新作EP「PAYCHECK」でやっと解き明かされた。

 前作同様、お腹いっぱいになるほどポップ・パンクな楽曲が全6曲収録された本作。1曲目 “Самый лучший эмо панк” ではバンド名をコーラスさせたり、2曲目 “Беспечный рыцарь тьмы” の間奏ではいわゆるお決まりのようなブレイクダウンが挟まっていたりと、とにかくド定番な演出が詰まっている。ありきたりな演出と捉えられるかもしれないが、欲しい音を欲しいところでぶつけてくるところが彼らの魅力でもある。

 本作のリリースに先駆け、シングルとしてもリリースされた5曲目の “Мишка” は、ロシアのモデル・シンガーの KATERINA をフィーチャリングに起用。併せて公開された同作のMVでは、キャスケットにフレンチネイル、細身のスキニーとテーラードジャケットといった懐かしのファッションに身を包んだふたりの男女、レッドカーペットに集うパパラッチにアワードのトロフィー……と2000年代のセレブ、ゴシップ・ブームを彷彿させる世界観を、かつてのヒットチャート風の楽曲と共に披露した。

 ПОШЛАЯ МОЛЛИ のコンセプト「甘やかされて育ったティーンエイジャー」とは、まさに彼らが演じるキャラクターであり、それらを見て育った彼ら自身そのものだ。これまで影響を受けたロック・バンドやポップ・カルチャーをリスペクトし、過去の産物になってしまったスタイルを否定せず当時の憧れをサウンドにアップデートすることで、ПОШЛАЯ МОЛЛИ はいつまでもティーンエイジャーであり続けている。そんな彼らと同じ憧れを自分も持っていたからこそ、あの聴きやすいサウンドや新鮮ながらもどこか共感してしまう世界観に惹かれ、お決まりの展開ですら心地良く感じていたのだと、本作で気付かされてしまった。そして、かつての憧れに対して真剣に向き合う彼らの姿勢に、いま自分は憧れている。

 こうして愛を語れるようになったのも、実は彼らのおかげである。ライターとして活動をはじめたのも、自身の note にロシア・ウクライナのアーティストについて記したのがきっかけだった。新卒で出版社を受けたものの全滅した自分を、ライターというかたちで憧れの姿に近付かせてくれた彼らには頭が上がらない。もうすっかり彼らの虜になってしまったいまなら、いちばん好きなバンドを問われたとしても躊躇なく答えられる、ПОШЛАЯ МОЛЛИ であると。

井上鑑 - ele-king

 シティポップやアンビエント(環境音楽)をはじめとして、かつて日本で生まれた音楽が後追い世代の国内外リスナーから熱い注目を浴びるようになって久しい。既に色々なところで語られている通り、こうした状況を用意したのには、ディスコ/ブギー・リヴァイバルを経由した「和モノ」再発見であったり、世界的なニューエイジ音楽への関心の高まりであったり、従来の「バレアリック」という概念を特定の聴取感覚としてライトに再解釈していく流れであったり、YouTube のすぐれたオートレコメンド機能であったり、多層的な要因があった。
 昨年 ele-king books より刊行された『和レアリック・ディスクガイド』は、まさしくそういった流れのひとつの極点を画するものだったと言えるだろう。各DJやディガーによるブログやSNS、あるいはレコードショップの商品紹介ページなど、様々に散らばっていた、「和モノ」への関心が、ついにひとつの刊行物として集約されたという意義は実に大きかったように思う。ある種、旧来のレアグルーヴ・ムーヴメントの末裔にして深化形のようでいながら、そこには明らかに10年代を通して育まれてきた新たな聴取感覚が横溢していた。リアルタイムにひっそりとリリースされながら、永く忘れられてきたレコードの数々が、2019年という時代に向けてオブスキュリティの虹彩を興味深く投げかけてきたのだった。
 数々の「隠れたる」盤の中には、一般のオリジナル作品として流通することのなかった教則/劇伴作品なども多く含まれている。それらがいまや平等な「ディグ」の審美眼のなかで、今日的評価を冠されているわけだが、なかでも、いかにも「あの時代」的な意匠をまとったパッケージ形態である「カセットブック」が放つ魅力は特殊めいている。

 冬樹社によるカセットブック・シリーズ『SEED』は、細野晴臣『花に水』、矢口博康『観光地楽団』、ムーンライダーズ『マニア・マニエラ』、南佳孝『昨日のつづき』といった刮目すべきラインナップを誇る、かねてよりその手のマニアの収集欲をそそってきたシリーズだ。YouTube 上にアップロードされた音源によってワールドワイドに「再発見」され、ついにはヴァンパイア・ウィークエンドの直近作にサンプリングされるに至った細野晴臣『花に水』をはじめとして、各刊、同シリーズのために録り下ろされたオリジナル音源入カセットと、関連するテキストを冊子として同梱するという豪奢な仕様だ。浅田彰らが責任編集を務めた季刊誌『GS たのしい知識』の版元である冬樹社のカラーを反映した “知識を軽くポータブルにする” というテーマの同シリーズは、その濃密なニューアカデミズム色が相対化された現在においては、当時の文化/思想界を知る資料としても大変貴重だといえる。
 昨今、各作のオリジナル・カセットブックを求めるリスナー/DJ諸氏も増加するなか、細野作と並んで後年世代から特に人気の高い、井上鑑による『カルサヴィーナ』が今回CD再発されることになったのは、誠に慶賀すべきことだ。

 井上鑑は、1953年9月8日チェロ奏者井上頼豊の長男として東京に生まれた作編曲家/ピアノ、キーボード奏者。桐朋学園大学作曲科にて三善晃に師事、その後大森昭男との出会いから在学中よりCM音楽界で活躍してきた早熟の才人だが、一般的には寺尾聰 “ルビーの指環” などをはじめとする数々のヒット曲を手掛けた編曲家としてその名が知られているだろう。大滝詠一との邂逅を通じてマルチトラック・レコーディングへの関心を育み鍛錬を積んできた彼は、82年のデビュー・アルバム『預言者の夢』をはじめとして、単独作にも非常に優れたものが多く、ジャズやAOR、現代音楽を含むクラシック、ニューウェーヴ、民族音楽などを取り込んだそのサウンドは、近年のレコード市場で大きな人気を集めている。この『カルサヴィーナ』は、『SPLASH』(83年)と『架空庭園論』(85年)という充実作の間に挟まれる形で発表されたもので、同時代の先鋭的な音楽要素を貪欲に取り込みオリジナル作品を創出していた彼が、わけても鮮烈な作家性を発揮した作品といえる。
 タイトルの『カルサヴィーナ』とは、20世紀初頭に国際的に活躍したセルゲイ・ディアギレフ主宰のバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)に所属した花形ダンサー、タマーラ・カルサヴィナのこと。カセットブックという形態ゆえ、音楽とテキストを貫通するなにがしかのモチーフ設定を求められた井上自身が挙げたのが、このタマーラ・カルサヴィナと、同じくバレエ・リュス所属の不幸のダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーだったという。特に、後年狂気の淵に陥ったニジンスキーが記した『ニジンスキーの手記』における錯綜した文章表現に強い刺激を受けていたようだ。そのため、音楽自体も架空のバレエ音楽とでもいうべき、「ダンス」を大きなテーマとしたものとなっている。往時、西洋音楽界に大きな物議を醸したストラヴィンスキーのバレエ曲とバレエ・リュスの浅からぬ関係性に思いを馳せるなら、このテーマ設定がいかに野心的なものだったかがわかるだろう。

 井上をはじめとして、今剛(ギター)、高水健司(ベース)、山木秀夫(ドラム)、浦田恵司(シンセサイザープログラマー)という当時日本セッション・ミュージシャン界の最高峰というべき面子で作りあげた本作を聴いてまず驚嘆するのが、その奔放な実験精神の噴出ぶりだ(いまでは想像し難しい話だが、カセットブックというニッチなプロダクトのために、国内随意の録音環境を誇っていた一口坂スタジオにて時間制限を気にせず連日作業をおこなっていたというのだから、当時の音楽産業の資金的充実と長閑さに感じ入ってしまう)。編曲家や演奏家としてのプロフェッショナルな仕事の傍ら、単独作においては常にほとばしるクリエイティヴィティを鮮烈なままに叩きつけてきた彼ではあるが、これほどまでにいわゆる「アヴァンギャルド」な作風に挑めたというのも、この「カセットブック」という特殊な形態とそのテーマ性ゆえだろう。ときに海外ミュージシャン(ベラフォン奏者のカクラバ・ロビ)を交えたそのサウンドの新奇性は、世界的な地平で考えてみても明らかに当時最高峰のものだと断言できる。
 浦田恵司(この人こそはある意味で本作の影の主役であるともいえるかもしれない。彼の仕事の偉大さはまだまだ一般的に知れ渡ってはおらず、いずれどこかに寄稿したいと思っている)のセッティングを経た各種シンセサイザーや、サンプラー、ドラムマシンを駆使し、アナログとデジタルのあわいを貫くループ構造が敷かれるなかで練達のミュージシャンの生演奏が炸裂していく様子は、DAWでの音楽制作が完全普及した現在だからこそ、その魅力をよりよく伝えるだろう。同時代のヒップホップのビート感覚や、テクノポップからテクノの時代へと変遷していく先端音楽シーンの揺籃と呼応しながらも、アカデミックな見識もふんだんに投げ込まれている作曲/編曲術も一級品というほかない。一方で、ピーター・ゲイブリエルやジョン・ハッセルらに通じるような、品の良い(文化収奪的な手付きを慎重に避けようとする)民族音楽嗜好も色濃く、様々な角度から今日的興奮を焚き付けてくれる。またもちろん、ピアノフォルテ奏者としての非常な卓越を聴かせる井上独奏曲の美麗な味わいも特筆しておくべきだろう。

 ちなみに、本再発CDには、上述の『和レアリック・ディスクガイド』監修者である松本章太郎氏によるライナーノーツの他、井上自身による「断章」と名付けられた最新書き下ろしエッセイや今作の録音/マスタリングエンジニアを務めた藤田厚生氏の解説が収録されたライナーノーツと、オリジナル・カセットブック版コンテンツたる井上鑑と佐野元春による「踊り」についての対談(めっぽう面白い!)や、舞踏評論家:市川雅による小伝「ニジンスキーとカルサビナ」をweb上で読むことのできるアクセスコードも付属しているので、購入の後には是非チェックするとよいだろう。本作が生まれた背景や、ダンス音楽としての本作の本質に迫る、大変興味深い内容となっている。

 さてはて、今回のリイシューを機会に、今後も様々な「和モノ」の秘宝が世に再び出ることになるのかどうか。今作のように、その文化的文脈にまで切り込みながら現代的価値を世に問う「丁寧」な再発が続けられていくことを願っている。

pararainy - ele-king

 いまもっとも勢いに乗るラッパーのひとり、釈迦坊主の主宰する《TOKIO SHAMAN》にも出演を果たすなど、じょじょに知名度を高めつつある仙台のラッパー/シンガー pararainy が、本日5月13日に初めてのミニ・アルバムをリリースする。すでに20万回以上の再生数をたたき出している “rainy HANABI” をはじめ、先週ドロップされたばかりの新曲 “約束” も収録。叙情的な旋律とギターを武器に、現行ヒップホップ・シーンに新たな風を吹き込むか? 注目です。


 1980年代はいわゆるインディ・ブームがあり、楽器なんて弾けなくたって音楽は作れるというわけで、パンクやニューウェイヴに影響を受けたバンドが日本列島津々浦々、無数に存在し、たくさんの音源を残しては消えていったのではないかと推測されるわけだが、この度、ノイエ・ドイチェ・ヴェレの再発で知られる〈Suezan Studio〉がその時代の新潟の音源を発掘し、編集して1枚のコンピレーションとしてリリースする。
 『フロム・バックサイド・ジャパン:アンダーグラウンド・ミュージック・シーン・イン 新潟 1980's-90's』には20組による20曲が収録。J・ニューウェイヴというか、まさにあの時代の音。新潟以外にもこんなシーンありました。90年代に入ってDIYシーンもどんどん洗練されていく前夜です。
 はからずともCOVID -19は、日本における“ローカル”に目を向けてさせている。多くの音楽ファンが、自分の“ローカル”なヴェニュー存続のために寄付したりしている、地方自治体がもう中央の言うことを聞かなくなったことと似ているかもしれないし、それは新しい日本の姿をもたらすかもしれない。
 とまれ。発掘モノのインディ音源をお探しの方は必聴でしょう。丁寧に作られたブックレットには新潟文化論が展開されており、そっちも一読の価値ありです。

https://suezan.com/newrelease#4000

Horatio Luna - ele-king

 昨年末にアルバム『フルイド・モーション』をリリースしたばかりの30/70だが、それ以降はメンバーのソロ活動や別プロジェクトがはじまっていて、ドラマーのジギー・ツァイトガイストはツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジの新作をリリースし、サックスのジョシュ・ケリーはJKグループという新しいバンドでアルバムを発表している。一方、ベーシストのホレイショ・ルナことヘンリー・ヒックスもソロ・アルバムの『イエス・ドクター』を出すと同時に、フォシェというユニットと一緒に『ナイス・トゥ・ミーチャ』を作るなど精力的に動いている。
 ホレイショは30/70のコア・メンバーのベーシストで、ジギー・ツァイトガイストと共に彼らの有機的でヴァイタルなリズムを司ってきた。ビート的に見ると、30/70にはジャズ、ファンク、ヒップホップ、ハウス、ブロークンビーツなどが混じり合っているのだが、そうした要素を繋ぐにはホレイショのエレキ・ベースを欠くことはできない。そして彼のベースはおとなしくリズムやグルーヴをキープするだけでなく、ときにギターのように雄弁にソロやインプロヴィゼイションを展開し、サイド・ギターがリズム楽器の役割を果たすということも少なくない。古くはジャコ・パストリアスを彷彿とさせ、現在であればサンダーキャットスクエアプッシャーのようなタイプのベーシストの彼は、ジャズやファンクという領域を飛び越えるフットワークの軽さも持っている。さらに彼はビートメイカー/リミキサーとしても活動していて、そうした点ではマーク・ド・クライヴ・ローなどに近い立ち位置とも言える。

 ホレイショ・ルナはこれまでオーストラリアの地元メルボルンのレーベルである〈ワックス・ミュージアム〉から、『ローカル・ハニー』(2017年)というミニ・アルバムをリリースしている。30/70がジャズ・ファンクとネオ・ソウルの中間的な方向性で、アリーシャ・ジョイのヴォーカルを持ち味のひとつに打ち出しているのに対し、この『ローカル・ハニー』はよりクラブ・ミュージック的な方向性を持つインスト・トラック集で、ハウス、テクノ、ビートダウンなどを咀嚼したサウンドとなっていた。〈リズム・セクション・インターナショナル〉におけるヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムズ)あたりに非常に近いサウンドで、そうした方面からホレイショの音楽に触れたファンも多いだろう。
 ほかにも数枚のシングルやリミックス集をリリースし、ジャイルス・ピーターソンによるオーストラリア産アーティストを集めたコンピ『サニー・サイド・アップ』(2019年)にも、ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ、アリーシャ・ジョイと並んで楽曲提供をおこなった。そして今年に入って、ファースト・アルバムとなる『イエス・ドクター』を〈ワックス・ミュージアム〉と同じくメルボルンの新興レーベルの〈ラ・セイプ〉からリリースした。
 参加するミュージシャンは30/70のメンバーではなく、ソロ・アルバムもリリースしているフィル・ストラウド(ドラムス)、これまでホレイショのシングルやリミックスに参加してきたデュフレーヌ(シンセサイザー)、アイキー(ギター)を軸に、ゲスト・プレイヤーでセットゥン(ギター)、マンゴ(キーボード)、スローン・ボーイ(ヴォイス)などがフィーチャーされる。フィルとデュフレーヌはそれぞれ『サニー・サイド・アップ』にも楽曲提供をおこない、またホレイショはこの中の何名かとイースト・コースト・コレクティヴというユニットも結成して楽曲リリースをおこなっているが、彼らはメルボルン、シドニー、ブリスベンなどオーストラリア東海岸の主にクラブ~エレクトロニック・サウンド方面で活動する人たちだ。『イエス・ドクター』リリース後にはこのバンドでライヴ・パフォーマンスもおこなっていて、現在のホレイショの主軸プロジェクトと言えるだろう。

 モー・カラーズレジナルド・オマス・マモード4世などに通じる、スモーキーなダブとヒップホップが結びついた “サム・ライク・イット・ホット” にはじまり、ホレイショの本領は続くタイトル曲 “イエス・ドクター” で全開となる。粗削りなジャズ・ファンクとディープ・ハウス~ブロークンビーツが一体化したようなこのナンバーは、地響きを立てるホレイショのベース、デュフレーヌのコズミックなシンセ、フィル・ストラウドのトライバルなパーカッションによって漆黒のグルーヴを作り出していく。ユセフ・カマールの名作『ブラック・フォーカス』(2016年)を彷彿とさせるような世界を持つ曲だ。
 ホレイショ自身の言葉によると、いろいろな音楽が融合する彼の中でも、『イエス・ドクター』は特にハウスにフォーカスしたアルバムとのことで、“ルナ・ランディング” のしなやかなハウス・ビートと律動的なベース・ランニングの融合が彼の理想とするものだろう。ゴリゴリとしたベース・ラインを刻む “バブリー” にしても、見事にダンス・ミュージックとしてのグルーヴを持続しつつも、そこにベーシストとしてのスキルを遺憾なく発揮しているところがホラシオの魅力と言える。エキゾティックなラテン・テイストの “ゴールデン” は、やはりモー・カラーズのように民族音楽的な趣味が伺え、パーカッシヴなビートとダンス・グルーヴが眩暈のように交錯していく。ボッサ・リズムが哀愁を誘う “ノーザン・ビーチズ” ではキーボードと一緒にベース・ソロが展開され、夕暮れどきのバレアリックな風景を生む。深みのある音色のピアノを配した “ブランズウィック・マッシヴ” は人力ブロークンビーツ的な楽曲で、同曲のパート2では強烈なダブ・ヴァージョンへと転じるなど、ジョー・アーモン・ジョーンズらサウス・ロンドンのアーティストたちにも繋がるようなところも見せる。

 もう一枚の『ナイス・トゥ・ミーチャ』のほうは、ジギ・ブラウ(キーボード、シンセサイザー)、マイク・ベントレイ(ドラムス)によるフォシェというユニットとの共演で、よりインプロヴィゼイションに重きを置いたジャム・セッション的な作品である。エクスペリメンタルなジャズ演奏を基調にポストロックなども交えた濃密な演奏を展開しており、不調和で急速なリズム・チェンジもあったりと、『イエス・ドクター』のようなハウスをはじめとしたダンス・サウンドとはまた異なるベクトルを持っている。3人の即興演奏のみで構成されて多重録音や編集は一切おこなっていないが、生まれてくるサウンドは極めてダビーでエフェクティヴであり、ホレイショの実験性が色濃く反映されたアルバムだ。30/70のアルバムと『イエス・ドクター』、そして『ナイス・トゥ・ミーチャ』はそれぞれ異なる性質のものであるが、そうした幅広い音楽性やいろいろなタイプの演奏もこなす技量をホレイショが持つことを見せてくれる。

 緊急事態宣言が出された日の夜の月は、とても大きく眩しかった。(ピンクムーンと言うらしい。色は全然ピンクじゃなかったけど。)どうしても家にいたくない気分だった僕は、ガールフレンドと共に夜のドライブに出かけた。いつもより大きな月が影響しているのか、僕たちは無性に高揚する気持ちを抱えながら夜行性の動物のようにひたすら南へと向かった。閉鎖された立体駐車場。人の気配が消え失せたメインストリート。幼さが残るヤンキーたちが交差点のど真ん中に車を止めて記念撮影をしている。カーステレオから聞こえてくる Nocturnal Emissions の “Imaginary Time” をBGMにその全てが後方に過ぎ去って行く。

 普段なら観光客や観光客相手の露天商でごった返す歓楽街も、今は灰色のシャッターで全て閉ざされ、人間は自分たち以外にはコンビニの店員ぐらいしかいない状態だった。街灯脇につけられた小型スピーカーからは絶えず微かな音楽が流れ続け、街が賑わっていた頃の興奮と混沌が、街に対する未練を捨てきれずに亡霊となって彷徨っているかのようだった。この現状に対する冷めた諦めの気持ちと、これから何かが起こりそうだ(起こすんだ)という無謀な熱の両方を身体に感じ、圧倒的な現実を前にしつつもどこか少し現実離れした気分になった不思議な夜だった。

 「自粛」という言葉はあてたくないが、いつの間にか僕の生活の中心は13.3インチの長方形のフレームの中に収まるようになってしまっていた。そこには過去の失われた世界から、リアルタイムで供給されるエンターテインメントの数々までが隙間なくストックされていて、数回クリックすればそんなに悪くないものに出会える。SNSでは優しいアーティストたちがソフトで摂取しやすいトランキライザを大量生産し、人々は恍惚とした表情で化学調味料漬けのノスタルジーをシェアし合っている。僕自身、80~90年代のイリーガル・レイヴの映像を一日中流したり、当時のスナップ写真を見たり、在りし日の人類の姿を記録した資料に浸っている日もあった。僕はノスタルジーに溺れて死にたくない。僕はこれまでに受けたインタヴューの多くでも大量生産される癒しと安楽死的世界への嫌悪感を語ってきた。今このパンデミック下でその需要も供給も爆発的に増加している。癒しは良いもの。健康は良いこと。自粛が良いことなら外出は悪いこと? 「癒し」「健康」「自粛」と、「良いこと」を選んでいけば天国へ行けて、それができなければ地獄行きだとでも言わんばかりの空気が、いつの間にかしっかりとできあがっている。地獄行きの者達を探して懲らしめる聖戦士たちによる「監視と処罰」。ハーモニーと虐殺器官の世界が同時にやってきた。収束後もあらゆるストレスに対してそれを麻痺させる癒しは量産され続けそうだ。JRの駅に設置された可愛らしい動物の写真や青色LEDの電飾が街を侵食しはじめる日もそう遠くないだろう。年中クリスマスみたいになったら結構キツいな。なんて、ぼーっと考えてしまっている。まあ当面の間は癒しもオンラインに投入され続けるだろう。隔離/自粛/Stay Home でオンラインに浸れるものだけが救済の対象だからだ。

 そんな癒しを嫌悪する僕を救ってくれたのは、やはりダンス・ミュージックだった。そして、自分で意外だったのは、そのダンス・ミュージックがIDM(この名称は好きじゃないけど)系のアーティストの曲たちだったことだ。この隔離された世界になる以前は、Aphex TwinSquarepusher の曲はマトリックス・ワールドへのゲートとして機能していたような感覚があったが、このゲートは一方通行のものではないらしい。思いきりフロア仕様のテクノを聞いてもなんとなく非現実的に思えて虚しい気持ちになっていた中で、正直彼らの曲がマトリックス・ワールドからの生還に役立つとは思ってもいなかった。(よく考えれば当たり前な気もする)

 不可抗力的ではあるが、良くも悪くもあらゆるものがオンラインへ移行した。それは抗議活動も例外ではない。別にネオになろうってわけじゃないけど、マトリックス・ワールドでの戦い方も体得しなきゃと思って、Protest Rave の舞台も路上からオンラインに移した。友人に「社会運動とは可視化だ」と言われ、オンラインでの「可視化」の方法を探った結果、路上の代わりに官邸の意見フォームや、首相のSNSのコメント欄を使うというものになった。自分たちのエコーチェンバーを突き破り、存在を見せつけたい相手のエコーチェンバーの中へと入って行かなければいけない。これがどれほど効果的なのかは正直まだまだ分からないが、やらないよりはマシだろう。少しづつマシを積み上げていくしかない。少なくとも為政者が支持者のコメントに囲まれてハイになれる場所のいくつかは消えたと思う。

 Protest Rave をオンラインでやったときもそうだし、Contact からの配信番組を見てくれた人からも「早く現場に行きたい!」と言う声が届いたのは嬉しかった。オンラインにはオンラインのやり方や楽しみがあるけど、それは現場の代わりにはならない。だからオンラインではオンラインに特化したこと、オンラインだからこそできることをやって、現場向けのとっておきは現場のためにとっておくんだ。この隔離期間はキックとキックの間の長い長いブレイクだと思ってもいいかもしれない。早くキックが欲しいけど、このブレイクの間も僕は自分の踊り方で踊り続けようと思う。この肉体を持て余してる余裕はない。

 とにかく今月は How to fight, How to survive in the Matrix world. って感じで、そしていつかは Escapin' out the Matrix world.

 おっと! 政府が発表した科学技術のムーンショット目標、マトリックス・ワールドの話じゃないか! 次回もまたこの話……?
 続く!

Laurine Frost - ele-king

 エディプス・コンプレックスとは男の子が母親との仲を裂かれまいとして無意識に父を敵視することで、フロイトはこれを誰にでもある普遍的な概念として定義した(女の子と父親の場合はエレクトラ・コンプレックス)。しかし、子どもが(年齢とは関係なく)そうした感情を自覚できないうちに父が病気になったり、死んだりすると、父が倒れたのは自分自身の敵意が原因だという罪悪感を持ってしまったり、悪くすれば「対象喪失」という感覚に陥るなど場合によっては生きる意欲を失ってしまう可能性もある。自分を「完璧な子ども」に育てようとした「父」を題材に、初めて本人名義のアルバム制作に乗り出したローリン・フロストはその途中で実際に父を失うこととなった。「半分まで完成したところで父が自殺した。このプロジェクトのことは知らずに」。死後ではなく、その前から制作を進めていたことで、彼は「対象喪失」に陥ることはなく、むしろ完成度の高いアルバムに仕上げられたのだろう。ヒーローだった父親が日に日に信念や尊厳を失っていく──その姿を描こうとしたのだから。

 ペトレ・インスピレスクがルーマニアン・ミニマルの「表の顔」ならローリン・フロストは「裏の顔」だろう。ルーマニアで〈オール・イン・レコーズ〉を立ち上げ(後にハンガリーに移動)、ロシアや東欧のプロデューサーを広くフック・アップし、〈オール・イン〉を逆から読んだサブ・レーベル、〈Nilla〉でもフランスのアフリクァ(Afriqua)や最近ではスウェーデンのアルカホ(Arkajo)など素晴らしいリリースを続けている。フロスト自身は13年にコールドフィッシュ名義でリリースしたアルバム『The Orphans』がブレイク作となり、同じ年に本人名義のシングル「Metafora Of The Wolves」や、とりわけ「Swings Of Liberty」では作風もミニマルにジャズを取り入れるなど『Lena』への大いなる助走は早くから始まっていた(『The Orphans』は孤児という意味で、やはりチャウセスク政権下で軍事訓練を受けていた子どもたちのことなのかしらと思いながら、いまだにどうなのかわからない。険しい表情で何かを睨みつけている少年の表情が印象的なジャケット・デザイン)。

 父を題材にするといいながら『Lena』のコンセプトはかなり複雑である。ベースとなっているのはドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」で、自殺しようとしている男を彼の父に置き換えたという。男は夢を見る。そして、「真理を発見」して自殺はやめにするというストーリーで、実際には起きなかったことがシュールリアリスティックに展開されている。これを音楽に移し替えたとフロストは解説している。現実には父は自殺しているわけだから「起きなかったこと」とは、父が夢を見て啓示を得ることである。そのようにして父に生きていて欲しかったということかもしれないし、あくまでも弱さを認めなかった父の存在を否定しているとも考えられる。どちらの解釈であれエディプス・コンプレックスの克服を通り越して作者が「成熟」に至ったことは確かである。テクノに美学が持ち込まれることは頻繁にあったかもしれないけれど、ここまで文学趣味を作品に押し被せた作品は珍しい。うがった見方をすれば、父はソ連(現ロシア)で、連邦体制が崩れなかった場合の東欧がフロストたちルーマニアン・ミニマルとして投影されていると見なすことも可能だろう。ルーマニアン・ミニマルの異常なまでの暗さは「対象喪失」に由来し、それは計画経済が破綻したという「歴史」を受け入れるプロセスだというか(いつのまにか話がユング的になってしまった)。

 ここまで書いたことは忘れて虚心坦懐に『Lena』を聴いてみよう。ドラムン・ベースを簡素化したようなジャズ・ドラムとヴィラロボス流ミニマルの衝突。ハットとベースが絡みつき、ドラムでアクセントをつけた退屈ギリギリの2コード・ミニマルと獰猛なベース・ライン。不協和音を響かせるピアノのループと緊張感のあるホーンに無機質なダブと、フロストが醸し出す雰囲気にはいつも「余地」が確保され、それこそ息がつまるような交響曲の暗闇へと引きずりこむペトレ・インスピレスクとは対照的である。「このアルバムはクリシェに逆らい、単なる過去の再生産に抗っている」「最も大事なことは過去に学び、未来へ繋げていくこと」とフロストは力強く書き記し、ポップ・カルチャーにおける歴史意識を強調する。そう、できることなら彼にザ・ポップ・グループ『Y』のリミックス・アルバムをつくらせてみたい。

R.I.P Florian Schneider - ele-king

談:ダニエル・ミラー

 クラフトワークがいなければ、いま巷で聞かれるようなタッチのサウンドや音楽はなかっただろうし、彼らなしにはMUTEも存在しなかったでしょう。彼らは単に私にインスピレーションを与えただけでなく、エレクトロニック・ミュージックを生み出すプロセスそれ自体を理解させてくれたのです。
 私はここ数年、フローリアンと数多く会うことが出来てすごく幸運でした。彼と最後に会ったのはデュッセルドルフで、彼が持っているスタジオ近辺を熱心にしかも面白おかしく案内してくれたのでした。例えば彼が見せてくれたのは戦前に作られた電子機器で、それは当時ひと山幾らといったガラクタのなかから買ったそうなのですが、結局一度もちゃんと動かなかったそうです。
 また私がフローリアンからオリジナルのクラフトワークのヴォコーダーを購入したのも、とても幸運な出来事でした。実は、そのヴォコーダーはイーベイを通して購入したのですが、私たちがお互いの存在に気づいたのは、なんと購入が成立した後だったのです! 彼はそのヴォコーダーは一度もきちんと機能したことがないんだけどそれでもよければ、と説明してくれたのですが、その説明はさらっとお茶でも飲むみたいに簡単に済ませたかったようです。普段の私たちの間では、そんな大事なことを簡単に済ませることなど絶対になかったので、その後私たちが会うときには当時の話が必ず会話のネタとなりました。

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野田努

 クラフトワークのオリジナルメンバーとして、1970年から2008年までの長きにわたって活動したことで知られるフローリアン・シュナイダーが5月6日ガンのため73年の生涯を終えた。
 著名な建築家を父に持つシュナイダーと、医者の息子として生まれいまでもクラフトワークとして活動するひとつ歳上のラルフ_ヒュッター──自らを(メタファーとして)父無し子であると公言することになるふたりが出会ったのは1968年だとされている。面白いことにそこはデュッセルドルフ音楽学校のジャズ・インプロヴィゼーション・コースだった。彼らはフルクサスの影響下で、ヨゼフ・ボイスの生徒たちやのちにクラウトロックのシーンに関わることになるミュージシャンたちとセッションしている。ヒュッターがオルガンを弾いて、シュナイダーはフルートを演奏した。
 さて、今日我々が使う「クラウトロック」なる、主に70年代西ドイツで生まれた実験的なロックを意味するジャンル用語を普及させた第一人者にジュリアン・コープというUKのロック・ミュージシャンがいる。この男は裸のラリーズ神話を欧米に広めた人物としても知られているが、コープによればクラフトワークでもっとも良かった時期は1stから3枚目の『ラルフ&フローリアン』までとなっている。つまり『アウトバーン』以前の、彼らがマンマシーンとなるより前のクラフトワークこそ真のクラフトワークというのである。現在、廃盤となっている3枚のアルバムこそが最良の作品だというのだ。
 ぼくはこの意見に大いに賛成していた時期があった。ヒュッターがいうところの〈クラフトワークの初期段階〉、すなわちまだほぼすべての演奏をエレクトロニクスで統一する以前の彼らの音楽の初期にはやがてノイ!を結成するふたり(M.ローターとK.ディンガー)が関わっていたこともあるし、生演奏が楽曲における重要な成分として機能していた。いまとなっては公式には聴くことができない〈初期段階〉はまさに失われた宝であり、この眩しい喪失における楽曲たちの魅力を演出していたひとつの(そして極めて印象的な)要素にシュナイダーのフルートがあることは、“ルックツック(Ruckzuck)”や“クリングクラング(Klingklang)”のような曲を100回以上聴いている人には痛いほどよくわかる話だろう。〈初期段階〉を喩えるなら、それこそ広がる田園地帯にそびえる発電所であり、シュトックハウゼンからイーノへの橋渡しであり、美しい軌道を描きながら旋回する惑星であり、ワクワクする未来そのものだった。そして〈初期段階〉の最終章となる『ラルフ&フローリアン』(1973)は、戦略性を欠いたもっとも純粋な形での実験が反映されたエレクトロ・ポップとしてのマスターピースである。いまならIDMの最初期の作品として位置づけることもでるだろう。
 クラウトロックを研究しているUKの音楽ジャーナリスト、デヴィッド・スタッブスによれば、フローリアン・シュナイダーは、クラフトワークのメンバーにおいてもっとも洗練されたファッション・センスがあって、明らかにステージのうえで存在感をはなっていたという。とはいえ、マンマシーンと化してからのバンドでは、そうした外見的な個性は削除されてしまったのだが、クラフトワークのエンジンがシュナイダーとヒュッターのふたりであったことは言うまでもないことである。
 アメリカの高名なロック・ジャーナリスト、レスター・バングスは初めて会ったシュナイダーについてこう表現している。「コンピュータを作ることができ、ボタンを押せばわずかな感情表現だけで世界の半分を吹き飛ばすことができるみたいだ」
 半分どころか、世界のほとんどがクラフトワークが創出したエレクトロニック・ポップ・ミュージックないしはテクノというジャンルの恩恵に授かっている。旧来のロックの概念に真っ正面から対抗する未来の価値観、その創造過程においてもっとも貢献したひとりがこの世を去った。しかし、ボタンを押せばたったいまだって彼の演奏が聴ける。なので大丈夫、どうか安らかに。

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