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interview with Dai Fujikura

interview with Dai Fujikura

クラシックのことはぜんぜん知らない

──藤倉大、インタヴュー

取材・文:小林拓音    Aug 23,2019 UP

デヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一さん、ペーテル・エトヴェシュとブーレーズ、この4人が僕にとっていちばん重要な人たちです。その4人全員に会えたというのはすごいことでした。僕の人生の財産ですね。

ブーレーズの名前も出ましたが、晩年の彼とも親しかったんですよね。

藤倉:それもペーテル・エトヴェシュが僕の話をしてくれたおかげですね。スイスのルツェルン音楽祭が若い作曲家を探していて、推薦された大勢の作曲家のなかから何人かを選ぶという流れでした。さらにそのなかからブーレーズ本人がふたりを選んで、そのふたりの作品を2年後の同音楽祭でブーレーズが指揮をする、というプロジェクトです。それでルツェルン側から「君が誰だかは知らないけれど、エトヴェシュから名前が挙がっているので応募してくれ」と言われて、そのとおり応募しました。オーケストラの作品をふたつ送らなければならなかったんですが、クラシックの世界ではオーケストラ作品が演奏されるというのはすごく大変なことなんです。4人のバンドで弾くのであれば4人集めればいいわけですけど、80人のオーケストラに曲を弾かせるというのはそうとうなことがないとできない。しかも若い作曲家にはぜんぜんチャンスもないから、貴重な体験でした。それで僕は最後のふたりまで残ることができたので、そのとき初めてブーレーズに会ったんです。もともと僕は彼のただのファンだったんですが、それから2年後のルツェルン音楽祭で自分の作品がブーレーズ指揮のもと演奏されることになって、そこからかなり親しくなりました。28歳のときですね。
 彼はすごく厳しい人として知られていますが、じっさいに会うとぜんぜんそんなことはなくて、ニコッとして「ミスター・フジクラ」とか「ダイ」って呼ぶときもあるし、ほんとうにふつうに接してくれた。この後、もう1曲指揮してくれたこともありましたし、もっと僕の作品を指揮する予定もあったんですが、そのころから体調が悪くなってしまったので、残念ながらそれはなくなって、彼も観客として見守るみたいな感じで、僕の作品が演奏されるときにはブーレーズが観客にいたりしたしたことはけっこう何回もありましたね。当時もう85歳くらいでしたからね。

すごく出会いに恵まれていますよね。

藤倉:デヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一さん、ペーテル・エトヴェシュとブーレーズ、この4人が僕にとっていちばん重要な人たちなんです。じっさいに会うかはべつにしても、この4人から学んだことはすごく大きかった。ずっと彼らの作品を聴いて学んできたので、その4人全員に会えたというのはすごいことでした。しかも、みんな長く関係を続けてくださっている。たとえばペーテル・エトヴェシュは去年、僕の作品の世界初演をやってくれたんですが、そんな感じで10年以上経ったいまも良い関係で、それは僕の人生の財産ですね。お金では買えないですから。

2年前には《ボンクリ・フェス》という音楽フェスを起ち上げていますが、そのとき大友良英さんの曲も取り上げていますよね。

藤倉:今年もやりますよ! 今年の《ボンクリ・フェス》は9月28日です。大友良英さんも出ます。坂本龍一さんの日本初演もあります。「デヴィッド・シルヴィアンの部屋」というのもあります。そこでは、《ボンクリ》のためだけにデヴィッド・シルヴィアンが作業してくれた作品も発表するので、ぜひエレキングの読者の方がたにも来てほしいですね。しかも1日3000円ですから(※《ボンクリ・フェス》の詳細はこちらから)。

大友さんの良いところは?

藤倉:もう僕はたんなるファンですね。大友さんもデヴィッド・シルヴィアンの『Manafon』に参加していて、「キュイーン!」みたいな音ばかりの大友さんのトラックがたくさんあったんですよ。僕がそれを加工させていただくことになって。シルヴィアンからも、大友さんがいかに素晴らしい人かという話も聞いていましたし。デヴィッド・シルヴィアンは誰でも褒めるような人ではないですから、彼が言うならそうとうすごい方だろうと思って、じっさいそのあとに出た水木しげる原作のNHKのドラマの音楽なんかもすごく良かったですし、そうこうしているうちに大友さんからSNSでフレンド申請が来て、それですぐに《ボンクリ・フェス》のお話をさせていただいて。出演してもらうなんてめっそうもない話だから、「演奏させていただける曲はありますか」ってお尋ねしたんですが、そしたら新曲をつくってくださり、出演までしてくださることになって。それが1年目ですね。それで去年も出てくださって、今年も出ていただくことになった。
 でも大友さんは、毎回、どういう音楽になるか前日までわからないと言うんです。譜面をほとんど書かずに、リハーサルを1時間半くらいやって決めて、音楽を作っていくというやり方は、僕みたいに何ヶ月も時間をかけて楽譜にしている立場からするとうらやましいですね。僕もああいうふうに曲ができたらいいのになっていう憧れがあります。

まだ《ボンクリ》には出演していない人で、今後出てほしい方、何か一緒にできたらいいなと思う方はいますか?

藤倉:〈ECM〉から出している(ティグラン・)ハマシアンですね。僕はとにかく熱狂的な彼のファンなんです。彼のアルバムも好きでよく聴いています。

彼はほんとうに試行錯誤して、デザインから何からすべて、隅から隅までこだわる。それをみて、「やっぱりアルバムを作るというのはこういうことだな」というのがわかった。中身は妥協できない。そういう姿勢はデヴィッド・シルヴィアンから学びましたね。

新作の『ざわざわ』についてお尋ねします。再生して最初がいきなり強烈な“きいて”だったので、驚きました。続く“ざわざわ”や“さわさわ”も声を効果的に用いていますし、今回「声」にフォーカスするという、テーマのようなものがあったのでしょうか?

藤倉:それはぜんぜんなくて。僕は基本的に、リリースできる音源が集まったら出すというかたちでやっているので、とくに今回「声」にしようというテーマがあったわけではないんです。日本では〈ソニー〉から出ていますが、もともとは自分でやっているレーベルの〈Minabel〉から出していて。それで、僕は貧乏性なのか、CDを1枚出すのにもいろいろと費用がかかりますから、いつも、出すならぎゅうぎゅうに詰め込んで出そうと思っていて。なので今回も70分以上あるはずです。それでたまたま集まったものに声の作品が多かったというだけの話ですね。ただ、曲の並べ方は毎回かなり悩みますよ。あと、僕はマスタリングも自分でやっているんですが、それもすごくチャレンジですね。たとえば“きいて”なんかはいじりまくっています。モノラルみたいな感じではじめて、途中から広げたり。

ご自身で編集やミックス、マスタリングまでこなすのは、そこまでやってこその音楽家だ、というような矜持があるんでしょうか?

藤倉:人に任せるとお金を払わなきゃいけないというのもありますね。しかも、お金を払わなきゃいけないわりには、僕が納得するマスタリングとかミックスだったことはほとんどなくて。なので、よく素材だけもらって、僕なりにミックスして、友だちのアーティストに送ったりするんですが、そういうときも「こっちのほうがいいじゃん」と言われることが多い。だから何十時間という時間をかけて自分でやるほうが、金銭的にも気分的にもいいなと思っているんです。僕はサウンドエンジニアとかプロデューサーの友だちがけっこう多いんですけど、みんな親切で、丁寧にいろいろ教えてくれるんです。それでどんどん上達したと思います。今回は冒頭が“きいて”で、そこから“ざわざわ”に移るので、最初は眉間の部分を小突く感じではじまって、“ざわざわ”でうわっと世界が広がるという感じかな、とか考えてやっていましたね。あと、僕の場合ライヴ録音がほとんどなので、(オーディエンスの)咳をとり除いたりするのには時間がかかりますね。

“きいて”は小林沙羅さんの息継ぎ、ブレス音も絶妙で。

藤倉:ちゃんと残っていましたよね? あまりにもなくしちゃうと変になっちゃうから。小林沙羅さんはいわゆる正統派のオペラ歌手なんですが、それをこういうふうに遊びで、ちょっとグロテスクな曲にしてしまう。ひどいですよね(笑)。彼女から委嘱されたのに。でも、そういう曲を書いたり変なミックスをしても沙羅さんはおもしろいと言ってくれるんですよ。そういうところが一流のアーティストはちがいますよね。ふつうは守りに入りますから。彼女は気に入ってくれたみたいで、いろんなところで歌ってくれているそうです。しかも毎回ちがう演出らしい。そういうふうにおもしろがってくれるのは、ホルンの福川伸陽さんもそうなんですよ。ホルンで曲を書いてくださいと言われたんですが、じつは僕はホルンが嫌いなので、ホルンっぽくない音を探しましょう、と。これも失礼な話ですよね。でも彼もそれをおもしろがってくれて、何曲も委嘱してくださって。それで“ゆらゆら”という、最初から最後までホルンの変な音が鳴り響く曲ができた。

まさに“ゆらゆら”は音響的におもしろい曲だと思いました。

藤倉:ふつうではない奏法なので。ふつうのホルンのサウンドは嫌ですから。

そして、その前後にはコントラバスのこれまた変な曲(“BIS”、“ES”)が並んでいて。

藤倉:弾いている佐藤洋嗣さんもおもしろいことをやるのがお好きな方で。アンサンブル・ノマドの佐藤紀雄さんのご子息なんですが、アルバム後半のこのあたりの曲は僕が自分でマイクを立てて録っているんですよ。

レコーディング・エンジニアのようなこともされているんですね。

藤倉:でもやり方を知らないから、ぜんぶ見よう見真似です。前のアルバム『ダイヤモンド・ダスト』でヴィクトリア・ムローヴァさんというめちゃくちゃ有名なヴァイオリニストの方に参加してもらったんですが、そのときも彼女の家までマイクを持っていって、自分で録音したんです。6チャンネルで録ったんですけど、そのうちのふたつはムローヴァさんの旦那さんが良いマイクを持っていたのでお借りして。でもヴァイオリンを録るときのマイクの立て方がわからない。そしたらムローヴァさんが、彼女は小さいころからレコーディングしているから、「ふつうはもうちょっと上だね」とか教えてくれる。そういう感じで録っていきましたね。時間があればエンジニアリングも習いたいです。

そういうチャレンジ精神は何に由来するのでしょう?

藤倉:僕の最初のアルバム『Secret Forest』は、芸術のために活動しているイギリスの小さな〈NMC〉というレーベルから出たんです。そこはすごく良心的な現代音楽をやっているところで、売るためにやっているわけではない。そこから出すことになったときに、デヴィッド・シルヴィアンのアルバムのつくり方をずっとみていたんですよ。彼はほんとうに試行錯誤して、デザインから何からすべて、隅から隅までこだわる。それをみて、「やっぱりアルバムを作るというのはこういうことだな」というのがわかった。それで自分のレーベルもはじめようと思いましたし。隅から隅までやって、「これだ」と思えるものしか出さない。ちなみに僕の場合は、助成金とかをもらって作っているわけではないので、ぜんぶ自分の生活費から出ています。いま借りている家には3人で暮らしているんですが、寝室がふたつなんです。仕事するのに自分の部屋がないんですよ。こんなアルバムを出していなかったら、もう一部屋借りられていたかもしれない。それでも出したいということですよね。ほかの人が聴いてくれるかどうかはわからないけど、中身は妥協できない。そういう姿勢はデヴィッド・シルヴィアンから学びましたね。それだけこだわったアルバムなら、好き嫌いはべつにして、出す価値があるって。1トラックに20時間かけるなんてどう考えてもバカじゃないですか(笑)。妻は元音楽家なので耳が良いんですけど、その妻も「そんなもの誰も聴かないんだからもういいじゃん」「でもその音、狂っているよね」とか言って部屋を去っていきます(笑)。

職人ですよね。

藤倉:やっぱりアルバムを作っていると、最後のほうはもう精神病棟に行かないといけないんじゃないか、というくらいになっちゃいますよ。以前、チェロ協奏曲の作業をしていたときに、チェロってそもそも弓が弦に擦れて音が出るものなのに、そのこすれる音が気になりはじめちゃったりして。でもそのこする音がなかったら、それこそサンプラーのチェロみたいな音になっちゃう。そういう感じで、編集とかミックスをしているととまらなくなるんですよね。だから、どこでとめるかというのが問題ですね。

では最後に、ふだんテクノを聴いているような人におすすめの、現代音楽やクラシカルの作品、あるいは演奏家を教えてください。

藤倉:悩みますね。ポーリン・オリヴェロスのディープ・リスニングはどうでしょう。


取材・文:小林拓音(2019年8月23日)

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