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DJ Nigga Fox

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小林拓音   Dec 11,2019 UP
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E王

 たしかにラフさやダーティさ、わけのわからなさみたいなものは後退してしまったかもしれない。「O Meu Estilo」の狂気はここにはない。だからといって歎く必要はまったくない。かわりに洗練度がバツグンに高まっているのだから。
 アンゴラやカーボ・ヴェルデなど、おもにアフリカからの移民たちによって構成されるリスボン郊外の〈Príncipe〉の面々のなかで、テクノを好むのは自分だけだ、とニガ・フォックスはインタヴューで語っている。なるほどたしかにその要素はすでに「O Meu Estilo」にもはらまれていたわけだけれど、やはり「15 Barras」での冒険や〈Warp〉からのリリースを経験したことが大きかったのではないだろうか、ふたたび古巣から送り出されたこの初のフルレングスにおいて彼はその趣味を、より理知的なかたちでアフリカ由来のリズムやパーカッションと融合させている。洗練、ここに極まれり。

 キイワードのひとつは「ジャジー」だろう。冒頭のトランペットからしてそうだ。そのムードは“Faz A Minha”のストレートな和音を筆頭に、“Talanzele”や“Água Morna”、“Vício”といった曲の断片から聴きとることができる。こんなにもメロディが頭に残るニガ・フォックスは初めてではないだろうか。“Nhama”のプリペアド・ピアノのキュートさといったら!
 それと連動するかたちで、テクノのアイディアもふんだんに盛り込まれている。“Faz A Minha”ではアシッドやブリープがバティーダのリズムに華を添え、かつてないキャッチーさを演出しているし、“Sub Zero”や“Nhama”のアシッディな感覚は90年代のテクノを彷彿させる。“Pão de Cada Dia”におけるアンビエント・タッチのシンセや“Água Morna”の音声ドローンなんかもきっと、出所を探ればおなじような場所にたどりつくのではなかろうか。
 とはいえもちろん、ニガ・フォックス流のポリリズムが失われてしまっているわけではない。“Sub Zero”におけるハンドクラップをすり潰したようなノイズ音や“Nhama”のパーカッションなんかが刻むリズムは、彼らしいもたつきを曲にもたらしている。バティーダ~クドゥーロも健在ではあるが、ただ、全体的に西欧のフロアが意識されているというか、たとえば実質的に4つ打ちに相当するキックのうえでパーカッションを思うぞんぶん遊ばせる“Talanzele”のように、シンプルなビートが鳴る空間を前提にしつつ、そこでいかに複雑な組み合わせを聞かせるかということが念頭に置かれているように思われる。各地でプレイを重ねてきた経験がフィードバックされているのかもしれない。
 もっとも異彩を放っているのは最後の“5 Violinos”だろう。彼の手札にダウンテンポ的な着想があったことにも驚かされたけど、バックの旋律とは噛みあわない調性で披露される謎めいた歌(「ニガ・フォックスはヤバい」みたいなニュアンスらしい)は、リズム以外の面でも彼がマジックを発動できることを教えてくれる。

 ようするに既知のセンスや勢い、あるいはいわゆる「初期衝動」みたいなもので押しきってしまわないところが本作最大の魅力で、それは良い意味で戦略と呼ぶべきものかもしれない。おそらくわたしたちはいま、これまでひそかに地下でうごめいていた稀有な才能が、一気に大舞台への階段を駆けのぼっていく瞬間に立ち会っている(驚くべきことにニガ・フォックスは今年、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルのリミックスまで手がけているのだ)。〈Príncipe〉のボスであるマルフォックスは「眠りにつくいまこの瞬間も DJ Nigga Fox や Nídia や Nervoso が地球のどこかでDJをしている、と思えるのはとても幸せな気分だ」とインタヴューで語っているけれども、ニガ・フォックスがこの練りに練られたファースト・アルバムでさらなる飛躍を遂げるさまを眺めていると、どうしても「ブラック・アトランティック」ということばを思い出してしまう。アフリカからヨーロッパへ、郊外のゲットーから都市へ、リスボンから世界へ。この際もう思いきって言ってしまおう。これは、ディアスポラによる希望の音楽である。