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interview with Kelly Moran

interview with Kelly Moran

プリペアド・ピアノの新星

──ケリー・モーラン、インタヴュー

取材・文:小林拓音    通訳:染谷和美   Nov 05,2018 UP

 9月12日。それは渋谷O-EASTでOPNの来日公演が催される日だった。初めてバンドという形態で自らの音楽を世に問うたダニエル・ロパティン、ニューヨークロンドンに続くかたちで実現された東京版《MYRIAD》のショウにおいてもっとも異彩を放っていたのは、キイボード担当のケリー・モーランだった。クラシカルの文法を身につけた彼女が紡ぎ出す即興的な旋律の数々は、間違いなくロパティン個人からは出てこない類のそれであり、随所に差し挟まれる彼女の好演によって『Age Of』収録曲はもちろん、過去のOPNの楽曲もまたべつのものへと生まれ変わっていたのである。『Age Of』と《MYRIAD》との最大の相違点、それは彼女の存在の有無だろう。
 そのケリー・モーランがソロ名義の新作を〈Warp〉からリリースする。両者を仲介したのはロパティンだが、彼と出会う前の彼女はモダン・クラシカルな習作を手ずから発表するいっぽう、マーク・エドワーズやウィーゼル・ウォルターといったアヴァンギャルド勢(別エレのニューヨーク特集参照)のバンドに参加したり、ケイジの長年のコラボレイターだったマーガレット・レン・タンのために曲を書いたりと、なかなか興味深い経歴の持ち主である。そんな彼女は今回、ロパティンの手を借りることによって音楽家として新たな段階へ歩を進めたと言っていい。ミニマルに反復するプリペアド・ピアノとエレクトロニックな持続音が交錯する『Ultraviolet』は、恍惚と静謐を同時に成立させたじつに素晴らしい作品に仕上がっている。
 これまでの彼女の来歴や新作の制作秘話について、《MYRIAD》のために来日していた本人に語ってもらった。

私はたぶん音楽のADDだと思う(笑)。

これまで日本へ来たことは?

ケリー・モーラン(Kelly Moran、以下KM):今回が初めてね。

猫カフェへ行ったとお聞きしたのですが。

KM:初日に行った。ネコ派だから絶対に行かなきゃと思って。すごく楽しかった。ハリネズミカフェもあるって聞いたから、そっちも行かなきゃと思ってる(笑)。

通訳:出身はニューヨークですか?

KM:ええ。ニューヨーク生まれ。

NYにも猫カフェはあるんですか?

KM:何年か前に一店オープンしたから、行ったことはある。でも日本の猫カフェほど規模は大きくない。猫を飼っているんだけど、来日してから猫に会いたくて。だから、猫カフェに行って猫に会えて嬉しかった。

ほかにおもしろかったところはあります?

KM:大学のときのピアノの教授が、赤城ケイっていう日本のジャズ・ピアノ・プレイヤーで、私は数日前に日本に来たんだけど、彼もツアーで日本をまわっていて、たまたま東京にいたから会った。新宿を案内してもらったり、昨日は原宿をうろうろしてかわいいものを買ったり。

ミシガン大学で音楽を学んだそうですけれど、そこの先生ですか?

KM:いや、カリフォルニア大学のアーバイン校の、大学院の先生。

ミシガン大学のほうではピアノやサウンド・エンジニアリング、作曲技法を学んだとのことですが、つまりいわゆるクラシック音楽を学んだということですよね?

KM:私が専攻していたのはパフォーミング・アート・テクノロジー。そのなかでもいろいろ項目があるんだけど、そのひとつとして「クラシックのパフォーマンス」という項目を集中して受けていたの。あとは作曲とか、エレクトロニクスのクラスもとっていたし、サウンド・エンジニアリングも選べる科目としてあった。

そういうところへ進学したということは、幼い頃から音楽が好きだったのでしょうか?

KM:6歳のときにテレビでピアノを見て、これが欲しい、これがやりたい、って親に言ったら、小さなキイボードを渡されたの。「本気ならピアノを買ってあげる」って。それで一生懸命やっているのをみて、あとでピアノを買ってくれたわ。

現在はほかにもいろんな楽器を弾きこなしていますよね。

KM:私はたぶん音楽のADD(注意欠陥障害)だと思うの(笑)。最初はそういうふうにピアノをはじめたんだけど、それから次々と楽器に手をつけてしまって。小学校のとき、アップライト・ベースを弾ける人が必要になって、背が高いということもあって私が弾くことになった。あと、兄がクラリネットをやっていたから、それもやってみて、その流れでオオボエもやったわ。それから、私がちょうどロックに興味を持っていたときに、エレクトリック・ベースが必要だと言われて、それでベースをやって、そのまま今度はギターにも流れていった。アコーディオンもやったんだけど、アコーディオンだけはあんまりうまくなかった(笑)。

『Microcosms』(2010年)、『Movement』(2011年)、『One On One』(2012年)の最初の3作は、大学で学んでいたことがそのまま反映されているのかなと思いました。モダン・クラシカルとアンビエントの融合のような。

KM:大学時代はまわりにミュージシャンが大勢いたというのがあるね。みんなすごくオープンで、喜んでコラボレイションをやってくれる人たちだったから、私がアイディアをいっぱい持っているのをおもしろがって、寄ってきてくれて。私もそのへんにいる友だちを捕まえては、一緒にインプロやろうとかレコーディングしようとか誘っていたの。そうやって作った作品だったから、まわりの影響とかリソースがいっぱいあった。だから、たんなるクラシック音楽には終わっていない。

その後ウィーゼル・ウォルターのセルラー・ケイオスというパンク~ノーウェイヴのバンドでベースを担当していますよね。一気に音楽性が変わったなと。

KM:そもそも好きな音楽の種類が幅広くて、いろんなスタイルの音楽をやりたかったから、楽器もあれほど手を出してしまったんだと思う。とにかく楽しんで、いろいろなことを実験的にやってきたから、自分のなかではそんなに急に変わったとは思わなかったけど。

では、とくにノーウェイヴをよく聴いていたということではない?

KM:じつをいうと、ノーウェイヴは私がいちばんなじみのないジャンルの音楽かもしれない。大学院のときはカリフォルニアにいて、卒業後にニューヨークへ戻ってきたんだけど、仕事はないし、人生どうしたらいいのか、どんな音楽を追求したらいいのかわからなくて。大学時代はまわりに仲間がいっぱいいて、リソースがたくさんあったからよかったけど、それがない状態になってしまって。さあどうしようっていうときに、セシル・テイラーのところでやっていたマーク・エドワーズとウィーゼル・ウォルターのライヴを観たの。それがすごく楽しくて。いわゆるノーウェイヴ的なものはたぶんそのとき初めて観たに等しかったんだけど、こういうのがあるんだ、楽しそうだなと思っていたら、たまたまそのバンドのベーシストがニューヨークを離れることになって、後任を探していて。それで私が入ることになった。それがそのジャンルに入りこんだ流れね。

でもそのバンドには1年くらいしかいなかったんですよね?

KM:1年ちょっといたんだけど、とにかくツアーの多いバンドだった。私はニューヨークでべつの音楽の仕事もしていたから、それについていけないということもあって、いったん辞めたんだけど、そのあとに入ったベーシストが辞めるタイミングで、ニューヨークのショウだけ何本か手伝ったりしていたから、その後も関わりはあったのよね。いまはたぶん、トリオでやっているんじゃないかな。

その後はヴォイス・コイルズというバンドにシンセサイザーで参加しています。セルラー・ケイオスと比べるとこちらは、それ以前にやっていたことに近いのかなと思ったのですが――

KM:ヴォイス・コイルズではじつは、クリエイティヴなことは何もやっていなかったの。ギタリスト(サム・ギャレット)がぜんぶ曲を書いていたから。私はいわゆるセッション・ミュージシャンというかたちで参加していたんだけど、それだけだったというのが辞めた理由のひとつでもある。あまり創作性を発揮できなかったから。

2016年には『Optimist』を出して、大きな変化を迎えますね。プリペアド・ピアノを使いはじめて、電子音も以前より目立つようになりました。何かきっかけがあったのですか?

KM:もう1枚、『Bloodroot』(2017年)ってアルバムがあるでしょ。じつはそっちが先だったの。2016年の頭にそっちの曲が書きあがって、レコードにまで仕上げた。吹雪が続いた時期があって、そのときに仕上げたアルバムで。それまではプリペアド・ピアノで曲を作るなんてことはあんまりやりたくなかったというか、ちょっと引いている部分があったの。っていうのも、ジョン・ケイジが大好きで、すごく尊敬しているから。プリペアド・ピアノをやるとすぐ比べられてしまう。だから、勉強はしてきたんだけど、作品として作るのはちょっとなっていう思いがあって、手は出さないでいたのね。でも、吹雪で閉じ込められた状態のなかで曲作りをはじめたら、どんどんアイディアが湧いてきて、いつもと違うハーモニーも聞こえてきたりして。それで良い作品ができたので、せっかくだからちゃんとレーベルから出したいなと思ってレーベル探しをはじめたの。でもなかなかみつからなくて、だんだんイライラしはじめてきちゃって。すごく生産的な時期でもあったから、もうひとつアルバムができてしまった。それが『Optimist』(笑)。

おまけだったんですね(笑)。

KM:そっちがあとからできたんだけど、結果的には同じ年に2枚のアルバムを出すことになった。いろいろバンドをやっていた時期が長くて、ソロで音楽を発表するのは久しぶりだったし、自分だけの作品を作るというのをしばらくやっていなかったから、それをできるだけ活発に作りたいという思いが強くて、せっぱ詰まるものがあった。たからあの時期にたくさんアイディアが出てきたんだと思う。ただ、じっさいにレーベルを探そうとしたらすごく時間がかかるんだってこともわかった。なんとか2016年のうちに自分の作品を世に出したいという思いで一生懸命頑張って、まずは『Optimist』を仕上げたの。それで、自分で出せるということで、Bandcampで発表したという。

『Drukqs』は、ほんとうに、聴いたことがなかったの。神に誓って言うけど、今日に至るまであのアルバムを全曲聴いたことはなかった。

プリペアド・ピアノは今回の新作『Ultraviolet』でも用いられていますが、ケイジと比べられるのが嫌だという思いを克服したということですか?

KM:たしかにそれはあるかも。乗り越えたのかもしれない。プリペアド・ピアノをじっさいに使って、曲を書いて、出してみたらとても反応がよかったというのもあるし、自分自身もあのピアノが鳴らす音からすごくインスピレイションを受ける。ハーモニーの聞こえ方も違うし、オーヴァートーンとか、とにかくサウンドが独特だし、いじっていてすごく楽しい。そういうなかでいろんなアイディアがどんどん出てきたから、あれこれ悩んでいないでとにかくみんなに聴いてもらいたいという気持ちのほうが強くなったの。ちなみに、プリペアド・ピアノで曲を書いてアルバムを出しても、プリペアド・ピアノが使える会場ってけっこう限られてくるから、それもあって引いていた部分もあるんだけどね。

たぶんこれはもういろんな方から指摘されていると思うのですが、エイフェックス・トゥインの『Drukqs』というアルバムを聴いたことはありますか?

KM:これはほんとうにおかしくて、信じてもらえないかもしれないけど(笑)、いちおう話しておくね。エイフェックスは好きなんだけど、『Bloodroot』の時点では『Drukqs』は、ほんとうに、聴いたことがなかったの。そのあとそういう声がちらほら聞こえてきたから、気になって何曲か聴いてみて、なるほどなあとは思った。(プリペアド・ピアノが使われること自体が)珍しいから、同じものを使っているというだけで結びつけられちゃうのもわかるな、というくらいの認識だった。ただ、今回私が〈Warp〉からシングルを出したことで、まわりからいきなり「あのアルバムの影響が絶大ですね」とか言われちゃって(笑)。「違うんだけどなあ」って。神に誓って言うけど、今日に至るまであのアルバムを全曲聴いたことはなかったのよ。あまりにみんなからそう言われちゃうので、関係者にも「このアルバムはいままでちゃんと聴いたことがないってことをちゃんと説明してください」っていろいろ言って。それで、今日初めて全曲聴いたの。

今日!?

KM:まさに今日(笑)。でも、聴いてみたら、たしかにプリペアド・ピアノは使われているけど、それだけじゃない、スタイルも多様なアルバムだなと思った。

おっしゃるとおりです(笑)。

KM:私の曲が出たとたんに、YouTubeとかでもコメントがそればっかりで(笑)。「『Drukqs』の影響が」とか「『Drukqs』好きでしょ」って(笑)。

そのコメント、見ましたよ(笑)。

KM:わかってもらえると思うけど、ピアノの音楽にはあまり影響されたくないから、避けているという部分もあって。それで『Drukqs』も聴かずにきたんだけどね。

紫外線って、目に見えないけれど力のあるもので、それは私がこのアルバムの制作中に味わった経験につながる。

OPNの公演《MYRIAD》で彼のバンドに参加することになりましたけれど、それはどういう経緯で? たしか『Age Of』には参加していませんよね?

KM:そうね。彼が私の音楽を聴いてくれていて、Twitterでやりとりをしたのが最初。そのときはそれだけで終わっちゃって、2年くらいとくにやりとりはなかったんだけど、去年の11月くらいに、「そういえば彼のインスタはフォロウしてなかったな」とふっと思い出してフォロウしたら、速攻でフォロウが返ってきたの。その数日後に、会って話をしないかってメッセージがきて。それで、じつはいまこういうプロジェクトが進行中で、きみはたぶんぴったりだと思うんだ、っていう電話がきたの。そのとき私はOPNの『Garden Of Delete』のTシャツを着ていて(笑)。もともと彼の大ファンだったから、速攻でイエスと答えたわ。

先ほどまでずっとリハを観ていたんですが、ちょっと特殊なバンドのライヴですよね。あなたがこれまで体験してきたバンドとの違いはどういうところにあると思いますか?

KM:こんなの初めて! こういうのに参加したことはなかった。私がおもしろいと思うのは、お客さんの反応がいかに違うかということ。返ってくるエネルギーによって私たちの演奏も変わっていくから。ニューヨークでやったときはまだアルバム(『Age Of』)が出る前だったから、みんながその場で初めて曲を聴くことになる。それに着席の会場だったということもあって、初体験というか、オーディエンスがちょっとビビッているような感じだった。みんな「どうしよう、拍手してもいいのかな」という感じで聴いていた。逆にロンドンのときはアルバムが出て1ヶ月以上経っていたから、曲にもなじみがあって、みんな叫んだり踊ったり。“Chrome Country”のときなんかは最前列の男の人が大騒ぎして盛り上がっていて。そんな感じでどんどん反応が変わっていくのが私はおもしろかった。

今回〈Warp〉と契約してアルバムを出すことになりました。それはどういう経緯だったのでしょう?

KM:これはあまり言ってないんだけど、じつは今回、ダン(・ロパティン)が共同プロデュースというかたちでいくつか曲を手がけてくれているの。さっきの話で、彼から「こんなショウを企画しているんだけど」って言われたときに、「私もアルバムを作っていて」っていう話をしていたのよ。そしたら「聴かせてくれ」ってすぐに興味を示してくれて、「誰がプロデュースするの?」「どこから出すの?」って言われたから、「まだ何も決まってないんだけど」って。いままで私は自分の作品は自分で作って自分で発表してきたけれど、今回はもうちょっと野心的な作品だから、誰かのヘルプが必要だと思った。導いてくれるような人の存在が必要だって思っていたから、彼に力になってもらえないか聞いてみたの。そしたらその場で「ぜひぼくがやる」って言ってくれて。「きみがぼくのショウを手伝ってくれるんだから、ぼくはきみのレコードを手伝うよ」ということでやってくれた。レーベル探しも、できあがった音源を彼があちこちに配ってくれて。数週間経って「いくつか興味をもっているレーベルがあるんだけど、あそことここと〈Warp〉と」ってメッセージがきて、〈Warp〉って聞いたとたんにもう「ここだ!」って思った。〈Warp〉は私にとっても最高のレーベルだし。それで「会って話をしましょう」ということになって、スタッフの人たちとランチを食べながら話を聞いたら、とても気に入ってくれているということだったので、私としてはもう願ったり叶ったりで。夢が叶ったというか。それが2月ころの話ね。

急展開だったんですね。

KM:何が嬉しかったかって、2016年に『Bloodroot』でレーベル探しをしたときは、さっきも話したようにぜんぜん話がまとまらなかったのね。なんどもなんども拒絶されては蹴られて。その理由が「変すぎるから」とか「うちのレーベルの美意識に合わない」とか。とにかく、そのレーベルのスタイルに合わない、というのが大半の理由だった。それですごくがっかりしちゃって。「こんな私は誰も受け入れてくれないんだ」って思っていたところで〈Warp〉が興味を示してくれて、「ユニークだから」「誰とも違うから」「特別だから」って言ってくれた。ほかのレーベルがさんざん拒絶してきた、まさにその理由で〈Warp〉が私を気に入ってくれた。しかもあの有名な〈Warp〉が、ってことで、私としてはもう最高。

ちなみに〈Warp〉で好きなアーティストは誰ですか?

KM:ダンはべつとして(笑)、大勢いるから難しいな……。(しばし考え込んだのち)ボーズ・オブ・カナダ、エイフェックス・トゥイン、スクエアプッシャー。スクエアプッシャーが大好きなの。でもやっぱり選ぶのが難しい。その三つどもえかな。

今回の制作はとくに野心的だったとおっしゃっていましたけれど、これまでの作品と比べて、いちばん力を入れた点はどこですか?

KM:『Bloodroot』を作ったときは、それまでエンジニアの勉強もしてきていたし、プロじゃないけどそれなりに納得のいくミックスができたの。基本的にピアノの音だけだったら、自分でじゅうぶんできる、そこまでの力はあった。だから、半端なかたちで外の人に入ってほしくないという思いもあった。それに、女性アーティストが外部から男性のプロデューサーを連れてきて作品を作った場合って、手柄を持っていかれちゃうのが気になっていたのよね。でも今回のアルバムはエレクトロニクスを入れていて、そういうシンセサイザーやエレクトロニックな要素が増えれば増えるほど、その作業は難しくなっていく。曲はもちろん自分で書くし、音作りもどんどんするんだけど、それをオーガナイズするのは誰かに手伝ってもらわないと無理だと思ったの。そんなわけで、今回初めて外部からのインプットを受け入れて自分の作品を作ったんだけど、ダンとの仕事の関係性がすごくおもしろくて。彼はポイントを絞って、私の曲の余計なところをどんどんカットしていくアプローチなのね。対して私が彼の作品に口を出すときは「ここをもっと長くしろ」とか「もっと広げろ」って感じで、どんどん大きくしていく。『Age Of』のときもそんなふうにやりとりをしていて。だから、「セクション10くらいまでいっちゃいましょう」っていう私の作品を、彼はどんどん短くしていって、でもそのおかげうまくいったという感じかな。

タイトルは『Ultraviolet』ですが、これには何かテーマがあるのでしょうか?

KM:制作中にいろんなことがあって、それを詳しく説明するのはちょっと難しいんだけど、でもとにかくいろいろなことが変わった。ピアノの奏法が変わっていったり、けっこうインプロヴィゼイションぎみの演奏をやってもいるし、それをやっていく過程でトランス感覚を味わったりもした。幻覚が見えるような感じがあったり、幽体離脱のような感覚もあったり。紫外線って、目に見えないけれど力のあるもので、それは私がこのアルバムの制作中に味わった経験につながるかなって思ったの。

〈Warp〉のレーベル・カラーがパープルで、ヴァイオレットはそれに近い色なわけですけれど、〈Warp〉から出す最初のアルバムでその「外(ウルトラ)」を暗示するのはおもしろいなと。

KM:タイトルは〈Warp〉との話が出るまえに決めてあったの。でも運命かも。

取材・文:小林拓音(2018年11月05日)

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Profile

小林拓音/Takune Kobayashi
1984年生まれ、東京在住。執筆と編集。寄稿した本に『IDM definitive 1958 – 2018』など。編集した本に『別冊ele-king 初音ミク10周年』など。

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