Home > Regulars > Tanz Tanz Berlin > #2:ダニエル・ベルとの対話
コンセプトを練るところからかなり時間をかけて制作したとのことですが、どのような考えがあったんですか?
ベル:その頃出回っていたミックスCDは、ただの「スナップショット」というか、クラブのピークタイムのプレイをただ切り取ったようなものが多かった。とても直線的というのか......。それが悪いわけではないんだけど、僕はもっと違うことがやってみたかった。ちゃんと始まりがあって、中間があって、終わりがある、そういうものが作りたかった。それに、例えば車のなかだとか、友だちが家に来たときだとか、そういう場面でも聴いて楽しめる内容にしたかったんだ。とにかく、クラブのピークタイムからは出来るだけ離れたもの、内容のあるものにしたかった。そして、ある特定の雰囲気、それは自分のプロダクションでも一貫して伝えようとしている感覚なんだけれど、それと同じものを他の人の楽曲を使って伝えたいという考えもあった。やはり、それをするにはなかなか時間がかかったけどね。
ご自分の曲は?
ベル:2曲だけ使った。僕は自分の曲を作る際も、DJをする際も、一貫したテーマが自分のなかにあるんだ。孤独感や孤立感、周りから切り離されたような感覚......そしてそれが最終的には、別に気にしなくてもいいことだ、っていう......(笑)。
かなり抽象的な感覚ですね(笑)。
ベル:うん、そうだね(笑)。質問されたから一応説明しようとしたんだけど! おそらく、この感覚について話すのは初めてのことだと思うな。でも、この一貫したテーマに、僕の曲のタイトルや歌詞も基づいているんだ。すべて同じアイディアなんだよ。それはデトロイトという、当時僕が住んでいた街とも深く関係している。そして、このミックスCDを制作していたときは、すでにもう離れることを決めていたんだ。それも(断絶されたような感覚という)テーマの背景としてある。タイトルはね、アメリカ人のコメディアンでボブ・ニューハートという人がいて、『Button-Down Mind Of Bob Newhart』というアルバムを出しているんだ。ここから取ったんだけど、面白いのは〈Tresor〉がこれを『Button - Down Mind of Daniel Bell』(ボタンで区切ると)勘違いしたことだったんだけど......まあ、それは揚げ足をとるところじゃないから言わないほうがいいか(笑)。いずれにせよ、ボブ・ニューハートが意味していたのは、彼は一見いわゆるビジネスマンが着るような、ボタンダウン・シャツを着ていそうな真面目なタイプに見えるんだけれど、実は中身はクレイジーなんだ。だから皮肉というか、ジョークで彼は自分でこのタイトルをつけているわけだけど、親がこのレコードを持っていてね。子供の頃はその意味がわからなかったんだけど、なぜかずっと覚えていた。20年経っても記憶に残っているってことはいいタイトルなんだな、と思って(笑)。
それをミックスCDのタイトルにしたのは?
ベル:同じ考えで作ったものだからだよ。......何というのかな、とても整然としていて、精細で精巧な作りだけれど、その中身はちょっとぶっ飛んでいるというか、変わったものだから(笑)。
その、あなたの一貫したテーマというものがちょっと理解し切れていないんですが......。
ベル:いいよ、いいよ、それは理解しなくていい。僕個人の考えだから。
でも、そこがとても重要な気がするんですが、もうちょっと説明してもらうことはできますか? 先日、Resident Advisorに掲載されていた、2年程前のあなたのインタヴューを読んでみたんですが、そこにはあなたが子供の頃から引越しが多くて、まるで遊牧民のように帰るべき場所や属する場所がない、ということでした。それがあなたの作る音楽にも反映されていると。周囲と断絶されたような感覚とか、孤独感というのはそのことと何か関係あるんですか?
ベル:うーん、どうだろうなぁ。少しはあるかもしれないけど、僕自身はそれほど自分を遊牧民のようだとは思っていないんだ。いまはそういう人が他にもたくさんいるから、特別なことではないというか。あの記事を書いた人は、ちょっとその部分を誇張していたかもしれないね。でもたしかに、僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから(笑)。でも、それはとても刺激的なことでもあったんだ。デトロイトで"アウトサイダー"として生活することは面白かったし、その体験から来ている音楽的影響は大きいと思う。僕のレコードは"Alien"とか、"Phreak"とか、そういうタイトルが多い。それに僕は、何がクレイジーかクレイジーでないかを規定するのか、ということを考えるのが好きで、"Electric Shock"とか"Outer Limits"というタイトルもそこから来ている。こうした考えが、このミックスCDにも共通しているんだ。でも、僕がそれを聴いた人が知らなくても、理解しなくても全然構わない。だから、僕はそういう考えでやっているというだけの話。
人は外見の印象だけでは判断できないとか、人が正気であるかどうかは他人には分からないといったことなんですかねぇ?
ベル:いや、そういうことじゃないんだよな...... 例えば、デイヴィッド・リンチの映画みたいなことだよ。一見するととても美しくて穏やかな環境なのに、何かがおかしい、っていう(笑)。あまりにでき過ぎていて、それが不気味、というような感覚。
なるほど! それはいい例えですね。ちょっと理解できた気がします。ちなみに、このミックスは最近聴き直したりしましたか?
ベル:いや、ここに来る途中それを考えていたんだけど、しばらく聴いてないな(笑)。2年くらいは聴いていないと思う。でも、もちろん、どんな内容かはよく覚えているよ。だからこそ聴き直す必要がない。僕にとって、これは一大プロジェクトだったからね。少なくとも丸一ヶ月は費やして作った。なぜそれほど時間をかけたかというと、当時ちょうどコンピュータでミックスを作るのが流行りはじめていて、曲をまるごとコンピュータに取り込んで、それをコンピュータ上で自動的にビートマッチして、とても正確なミックスを作ることが簡単にできるようになった。でも、僕はどうもそういうやり方に魅力を感じなくて。結局どういう方法を採ったかというと、ターンテーブルでミックスした。しかも10回くらい(笑)。同じミックスをね。そして、その10テイクのなかからいちばんいい部分を選び出して、コンピュータ上で編集したんだ。もっとも重視したのは、継続的な流れ(フロウ)がキープできているかどうか。10テイクだから、10時間分の素材を1時間に編集したということなんだ。本来そこまで時間をかけるものではないんだろうけど、たまたま僕も時間の余裕があったからね。DJもそれほど頻繁にやっていなかったし。というか、この少し前にDJ活動を一時休止したんだよね。97年かな。それまで1年半~2年ほどやってみて、DJをすることにすごくフラストレーションを感じるようになっていたんだ。
フラストレーション?
ベル:自分が本当にプレイしたいものがプレイできなかったから。たくさんブッキングはされていたんだけどね。その頃はほとんどアメリカでやっていて、大規模なレイヴが多かった。それが、自分のやりたいこととは全然違っていて。
より派手でハードなスタイルが求められていたということですか?
ベル:うん、そうだね。
だからこのミックスCDは、本当に自分のやりたいスタイルで作ったと?
ベル:そう。
では、このミックスを発表してからは、周囲の反応もだいぶ変わりましたか?
ベル:変わったね。面白かったのは、出した直後はまだ前のようなブッキングも来ていて、「今日はどんなプレイしてくれるのか楽しみですよ」と言うから、「ミックスCDは聴いてくれたよね?」と訊くと、「ああ、あのミックスCDみたいなのはやめて下さいよ!」なんて言われたりして(笑)。だから、ちゃんと理解されたというか、周囲にもわかってもらえたのは2003年とか2004年になってからかな。そういうシーンの人たちには静かすぎるというか、穏やかすぎたんだね。もっと小さいクラブにブッキングされるようになって、こういうスタイルでやれるようになってきた。でも、その過程でこのCDが大いに役立ったのは間違いないよ。僕がDJとしてどういうプレイをするか、ということを知ってもらえた。