「Nothing」と一致するもの

interview with Sherwood & Pinch - ele-king


Sherwood & Pinch
Man Vs. Sofa

On-U Sound/Tectonic/ビート

DubDubstep

Amazon Tower HMV

 ロンドンから北西に向かったハイ・ウィコムという街で10代の少年エイドリアン・シャーウッドはレゲエと出会った。彼はほどなくしてDJを始め、その後、音楽業界に関わるようになり、20歳になるころにはレコード店を運営するようになっていた。UKダブの歴史に名を刻むことになる伝説の始まりだ。

 流通会社を立ち上げたほか、複数のレコード・レーベルを運営したシャーウッドは、1980年になると、プロデューサー・エンジニアとして独自のダブ・ミックスを、ジャズからインダストリアルまであらゆる音楽へ積極的に施していった。彼が関わったプロジェクトの数は圧倒的だ。彼のディスコグス・ページを見るだけでも、その膨大さがわかるはずだ。アフリカン・ヘッド・チャージとのサイケデリックなアフロ・ダブ。デペッシュ・モードのリミックス。リー・スクラッチ・ペリーとのスタジオ作品。タックヘッドとのエクスペリメンタル・ヒップホップ。ほかにもプライマル・スクリーム、ナイン・インチ・ネイルズ、マシーンドラムなど、挙げればきりがない。そんな彼が近年活動をともにしているのがDJピンチだ。

 ピンチは2005年にレーベル〈テクトニック〉を設立。ブリストルを拠点にダブステップの先駆者としてシーンを牽引した。ダブステップがメインストリームな音楽になっていき、定常化した音楽となっていくなかで、彼はテクノ、インダストリアル、グライムなどほかのジャンルへダブステップを拡張していき、新鮮なサウンドを提供し続けてきた。00年代後半にはファースト・アルバム『Underwater Dancehall』を発表。以降も〈コールド・レコーディングス〉の設立や、シャクルトンやマムダンスとの共作など、常に革新的な音楽を志向し続けてきた。

 シャーウッド&ピンチは2013年に2枚のEP「Bring Me Weed」と「The Music Killer」を発表したものの、プロジェクトへ本格的に着手することになったのは、2013年におこなわれたSonar Tokyo公演でライヴ・パフォーマンスをおこなうことになってからだった。そして2015年に発表したファースト・アルバム『Late Night Endless』から2年、待望の新作『Man Vs. Sofa』が先月発表されたばかりだ。同作はこの2年間に生まれた変化を見事に反映したアルバムとなっている。作品の背景を聞き出すべく、リリースに先駆け東京公演のために来日していたふたりにインタヴューをおこなった。

以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。 (シャーウッド)

新作の発表おめでとうございます。前回の『Late Night Endless』からこれまでの2年間、ふたりはどのように過ごしてきましたか?

ピンチ(Pinch、以下P):この新作を作っていたよ(笑)。

エイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood、以下S):アルバムを5分で作ることはできないからね。この2年間をかけて少しずつアルバムを仕上げていったんだ。例えば“戦場のメリークリスマス”のカヴァー(『Man Vs. Sofa』の収録曲)は、『Late Night Endless』の制作時に作り始めていたけど、なかなか満足できなかった。だから、今回のアルバムでいちばん古いのはあの曲で、それ以外の収録曲はすべてこの2年で作ったよ。

“戦場のメリークリスマス”をカヴァーしようと思ったのは?

S:以前からあの曲のメロディが好きだった。坂本龍一も好きだし、“Forbidden Colours”ヴァージョンのデヴィッド・シルヴィアンの歌も好きだったからカヴァーすることにしたんだ。歌詞を入れてみようと試したり、何種類か違う方法でレコーディングしたりして、やっとパーフェクトなものが完成したよ。

P:よりサイケデリックな仕上がりになったから、前回のアルバムよりも新作によりフィットすると思う。前回のアルバムは、もっとトライバルでリズミックだったからね。ニュー・アルバムは、もっとサイケデリックでダイナミックなんだ。今回は、俺のスタジオで作ったものをエイドリアンのスタジオに持っていって、そこから発展させていって作ったトラックが多いね。でも表題曲の“Man Vs. Sofa”は、エイドリアンのスタジオでノイズができたところから始まった。今回のアルバムでは、そういうふうにしてエイドリアンのスタジオで作り始めた曲もあるし、それぞれにアイディアを持ち寄ってそれを組み合わせた曲もあるんだ。ふたりで作ったトラックがたくさんあって、その中から今回のアルバムにフィットするものを選んでできたって感じだね。

アルバムにしようと意識して制作するようになったのはいつ頃ですか?

S:2年前だね。

というと『Late Night Endless』をリリースした直後ですか?

S:いや、そういうわけじゃない。ファースト・アルバムをリリースしてから1年後にまた一緒にスタジオで作業しようって決めたと思う。

P:待って。それだと2年前に作り始めたことにならないだろ? エイドリアンの計算って、ときどきおかしいんだ(笑)。

S:そうなんだよ(笑)。1年じゃなくて、2、3ヶ月かな。スタジオに戻って、ピンチが俺に送ってきたトラックをもとに作業を始めたんだ。

P:ファースト・アルバムが2015年の春で、そのあと同じ年の冬くらいにセカンドのために作業を再開したんだと思う。

ファースト・アルバムと今回のアルバムでは、どちらの制作期間が長かったんでしょうか?

S:ファーストの方が制作期間は長かったね。

ふたりが出会ったのは2011年ですよね? ピンチがファブリック(ロンドンのクラブ)でやったイベントへエイドリアンをブッキングして、そこから親交を深めていったそうですが、『Late Night Endless』はその時点から作り始めたんでしょうか?

P:俺たちが最初にリリースした作品は12インチの「Bring Me Weed」で、出会った時からアルバムを作ることを考えていたわけではないんだ。

S:「Bring Me Weed」が最初の12インチで、そのあとEPの「The Music Killer」を出して、アルバムはその後だな。

P:アルバムのために曲を作り始めたというよりは、ライヴのために曲を作ったり、スタジオで曲を作ったり、時間がある時にふたりでとにかくトラックを作っていた。

さっき、ファースト・アルバムの制作期間について尋ねたのは、『Late Night Endless』よりも、『Man Vs. Sofa』のほうが作品に一貫性を感じたからなんです。

S:そうなんだよ。ふたりで制作を始めた頃は、ふたりで何ができるのかを模索していて、サウンドシステムの人がエクスクルーシヴのダブプレートを持っているみたいに、自分たちだけにしかプレイできないトラックを作ろうと思っていた。そうやって何曲か作っているうちに、アルバムを作っている感じになったんだ。でも今回は、マーティン・ダフィが参加していたり、一貫性のある雰囲気になっていたりと、サウンドをまとめる要素がたくさんある。俺とピンチがしっかりと混ざり合っているね。正直、『Late Night Endless』は違うものが色々と入っている感じだった。

かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。 (ピンチ)

なるほど。前回と比べて、制作環境は変わりましたか?

P:エイドリアンが、以前よりも広くて新しいスタジオ・スペースに移ったんだ。前回と比べて制作環境が良くなったと思う。あと、古い機材をたくさん手に入れて使ったんだ。

S:環境は今回の方が良かったと思うね。俺の家と息子の家の間にスタジオを作ったんだよ。だから庭と庭の間にスタジオがあるんだ。面白いだろ?

P:本当に変わっているんだよ。エイドリアンの庭を歩いて、もともと塀だったところをくぐると違う家なんだ(笑)。

S:機材に関しては、ずっと探していたけどなかなか手に入らなかったものを手に入れて使うことができた。

P:俺はいつもデジタル的な考え方で音楽にアプローチしてきたんだけど、エイドリアンに説得されて、自分のスタジオでも前よりアナログのものを使うようになったよ。

逆に、エイドリアンがピンチの影響を受けてデジタルになった部分はありますか?

S:必要なのはPro Toolsくらいだな。あと、それを操作してくれる人。俺は年だから、あまりそういうのは操れないんだよ(笑)。ものすごく怠け者だからな(笑)。でも、俺のエンジニアのデイヴ・マクィワンが最高なんだ。できることならどこにでも彼を連れていきたいくらいだよ。

機材について詳しく教えてもらってもいいでしょうか?

P:ライヴではAbleton Liveを使っているけど、トラックを作る時はLogicを使っている。あとはVSTや色々なエフェクトを重ね合わせたものをコンソールに戻してアナログ機材を通じてさらに加工する、というのが俺の作業の流れだね。

S:俺は、イギリスのAMSっていう会社のファンだったんだ。そこの製品はもう作られていないんだけどね。俺はAMSのディレイとリヴァーブをずっと使ってきた。あとアメリカの機材も好きだよ。今年はOrbanのEQとスプリング・リヴァーブを買ったよ。高くないし、ずっと欲しかったんだけど、なかなか手に入れられずにいたんだ。しかも安いんだ。あとは、Fulltoneのテープ・ディレイも買ったな。もう1台欲しいと思っていたんだ。いちばん重要なのがEventide。俺はEventideの大ファンなんだ。Eventideも高くないよ。EventideのH9は本当に素晴らしいマシンで、みんなにオススメしているよ。あと何年も探していたのがLangevin。ここのEQは〈タムラ/モータウン〉の作品すべてで使われているし、キング・タビーやサイエンティストのEQスイープでも使われている。彼らのレコードを聴いていると見事にLangevinが使われている場面がけっこうあるよ。普通のEQとは違って独特の回路になっているんだ。

P:ハイハットとかに向いているね。

S:あとリヴァーブやドラム・サウンドにも向いている。このEQでかなりのドラム・サウンドを加工したよ。

最新作のプレス・リリースに、サウンドシステムで今回のアルバムを聴くとボディーブローのように身体に効くサウンドでありながら、ヘッドフォンで聴くと意識を没頭できる音楽だと書いてありました。アルバムを聴いて確かにそうだなと思ったのですが、どのようにしてそういったサウンドを作り上げたんでしょうか?

P:そのふたつのアイディアをミックスダウンの時に忘れないようにすることかな。サウンドシステムで聴くと身体で感じられるサブベースが、ヘッドフォンではそこまで伝わってこない。例えばブリアルなんかの音楽だと、ディテールがすごく緻密で微細だけど、それをサウンドシステムで鳴らしても、そのディテールがわかりにくい。サウンドシステムの大きなボリュームに比べて音がさりげなさすぎて聴き取りにくいからね。だからミックスダウンの時に、サウンドシステムから感じられる音のパワーと、ヘッドフォンで聴いたときに意識を没頭できる細かいディテールの両方を兼ね備えたスペースを作ることが大事なんだ。

前作と比べて、今回はヴォーカルを使ったトラックがかなり減っていますね。

S:それは意識してやったことなんだ。以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。ヴォーカルを入れすぎてしまうと、その俺たちらしさが薄れてしまうだろ? 今回はふたりのポテンシャルを追求しているんだ。

そういった中でもリー・スクラッチ・ペリーやスキップ・マクドナルドの声が使われているのは、歌としてというより、音の要素のひとつとして彼らのヴォーカルが使われているのでしょうか?

S:ちょっとしたフックとして使っているだけだね。

P:例えば、リー・ペリーが参加しているトラックも、最初から最後まで歌声が入った普通のヴォーカル・トラックじゃない。もっと音楽が呼吸できるスペースがある。タズにしたってそうだ。タズのスタイルはもっとグライムっぽいけど、ずっと声を発しているわけじゃないし、歌モノになっているわけでもない。声によるテクスチャーとして使っているんだ。

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ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? (ピンチ)

エイドリアンはこれまで多くのミュージシャンやプロデューサーとコラボしてきました。ピンチはいわゆるDJカルチャーのアーティストですが、ふたりのコラボレーションをどのように感じていますか?

S:ピンチとのコラボは、すごく理にかなっているんだ。ピンチは〈On-U Sound〉やレゲエ、ヒップホップ、コンテンポラリー・ダンス・ミュージックの歴史を理解している。これまで、デペッシュ・モードやタックヘッド、ザ・マフィアといった様々なアーティストとコラボしてきたけど、その結論としてピンチとコラボするようになったと言えるかな。俺はダンスできる音楽をずっと制作してきたし、家でも楽しむことができる音楽も制作してきた。クラブ・ミュージックに関わるときは、ただクラブにとってパーフェクトな作品であることだけじゃなく、家で聴いても楽しめる、クラブを超えた作品を俺はイメージするんだ。それを一緒に実現できるのがピンチなんだよ。

数々のアーティストとコラボしてきた中で、ピンチとコラボをしてみて何に新鮮さを感じましたか?

S:彼には、誰よりもシンパシーを感じる。誰かと作業し続けるにあたって、それは本当に重要なことなんだ。ピンチとのコラボは本当に心地がいい。俺とピンチは、最高のコンビネーションなんだ。誰でもいいってわけじゃないんだ。下手にコラボするくらいなら、自分の家でゆっくりしていたいね。コラボするなら、楽しくてワクワクするものじゃないとな。ピンチは本当にクリエイティヴだし、新鮮なアイディアを持っている。俺たちは互いの可能性を広げて、いちばんいいところを引き出し合えるんだよ。

P:あと、俺はすごくおいしいお茶を入れるよ(笑)。

S:俺は料理だな(笑)。

あはは! ふたりは互いのどういうところにシンパシーを感じていますか?

P:俺は、幼い時から兄を通して〈On-U Sound〉の作品をずっと聴いてきた。『Pay It All Back Vol.3』とかのコンピレーションをテープで持っていたし、ダブ・シンジケートのアルバムとかね。かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。だよね?

S:その通り。

そこから現在にいたるまで一緒に音楽を作り続けていますが、出会う前は知らなかったけど、出会ってから気づいたお互いの面は何かありますか?

P:俺が知っていた以上に、エイドリアンの音楽スタイルの幅は広い。本当に計り知れないよ。バンド、アーティスト、ヴォーカリストといった様々なミュージシャンとコラボしているし、一緒にいると本当にいろんな話が聞けるよ。彼が関わったプロジェクトの数はすさまじい。制作面でもエイドリアンとコラボしていろいろと学んだよ。特に、フェーダーやパンをどう処理するのかってことをね。パンの処理やステレオ音場の捉え方から、トラックに動きやスペースを生み出していけるんだ。コラボを通じて得たものを自分のプロジェクトでも活かそうと心がけているよ。

S:俺は時期によってリズムを担当する人が変わるんだ。フィッシュ・クラークやスタイル・スコットとかね。どの時期にもリズムを構築する大事な役割の人がいて、ここ数年、その役割を担当しているのがピンチなんだ。最近はライヴ・ミュージシャンの音をとりあえずカッティング処理するようなことをしたくないんだ。一緒にグルーヴまでもカッティングしたくないし、つながっている感覚が好きだからね。だから今はピンチとのコラボがしっくりくる。

制作をする時に、これをやったら相手が喜ぶんじゃないかなというのを意識しますか? それとも、自分が好きなものをまず相手に提示しますか?

S:俺が何を気に入るかをピンチが考えることが多いと思う。リズムを作っているのはピンチだからな。俺の気に入りそうなアイディアをピンチが持ってきて、俺がそこから気に入ったものを使って、それを基盤に俺のアイディアを加える。基本的に俺たちのトラックはそこから進化してくんだ。

P:自宅で制作するとき、常に方向性がはっきりしているわけじゃないけど、自分の中でこれはシャーウッド&ピンチのプロジェクトに向いているなって思えるリズムやトラックがある。そういう点では確実に意識しているね。

ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。 (シャーウッド)

エイドリアンはダブの手法をダブ以外の音楽で起用したパイオニアであり、最近ではにせんねんもんだいのダブ・ミックスが話題になりました。以前読んだ記事で、あなたはごちゃごちゃしていない音にすることが大事だと言っていましたが、そこをもう少し詳しく聞かせていただけますか?

S:例えば、にせんねんもんだいのレコードを聴いてみると、あのレコードではハイハットがたくさん使われている。表ではあまり複雑なことは起こっていないけれど、ピンチが話していたブリアルの作品と同じで、深いところでは様々なことが起こっている。それがサウンドをより一層魅力的にしているんだよ。俺はにせんねんもんだいのアルバムが大好きだったから、あのレコードでの挑戦は、シンプルさをできるだけ美しく提示することだった。だから、すごくシンプルなテクニックを使って、音源に輝きを加えたんだ。ほんの少しだけ手を加えるアプローチを取って、音の分離と全体像、それに、強度が素晴らしくなるように心がけたよ。それとは別に、多くのことが起こっている音楽もあるよね。レゲエで言えば、スネアはここ、ハイハットはここ、キックドラムはここ、っていう感じで絵みたいにトラックの全体像を捉えるんだ。そこで俺にとって重要なのは、EQ、スペース、サウンド。ひとつひとつの要素がハッキリと聞こえるようにして、耳に飛び込んでは消えるようなサウンドにするんだよ。エイジアン・ダブ・ファウンデーションやプライマル・スクリームのようなロック・バンドみたいに多くの要素が詰まった音楽でも、すべての楽器を適切に配置してハッキリと聞こえるようにしないといけない。そういう密度が高いものを扱うときは、すべてを適切にEQ処理しないといけない。あまりにも要素が多い場合は、いくつか要素を全部か一部を取り除くことも考えられるね。リフの要素を半分にするとかね。

P:ダグ・ウィンビッシュが言っていたんだけど、ミックスでは「道」を理解することなんだ。トラックで鳴っている音にはそれぞれの道があって、その道を聴き取れるようにすることが大事なんだってね。

ミックスにおいて、ピンチがエイドリアンに何かリクエストをすることはありますか?

P:ミックスはエイドリアンの役割ではあるけど、俺はいつも一緒に部屋の中にいる。で、このスネアはちょっとヘヴィすぎるんじゃない? とか、たまに意見を言うんだ。でも、やっぱりエイドリアンはスペースを作るのがうまいから、そこまで言うことはないね。

最後にヘヴィな質問をひとつ。UKダブの歴史は、ジャマイカ移民の話抜きでは語れないと思うのですが、そういう意味では、移民というのは文化的な面で良いところもあると思うんです。それを音楽のスタイルやジャンルに置き換えるとすれば、エイドリアンはさっきも話したようにダブを他のジャンルに持ち込んで新しいものを生み出し、ピンチは、ダブステップから始まりはしたものの、それをテクノやハウスに取り込み、すごく面白い音楽を作っています。しかし今、世界では移民に対して反感が巻き起こっていますよね。同じようなことが音楽に起こった場合、例えば、ダブステップ以外の音楽と認めない、というような状況になった場合、その音楽はどのようになると思いますか?

S:つまらなくなるだろうね。

P:進化しなくなると思う。新しいものが生まれなくなるし、亀裂がおこる。その亀裂が不和を起こすし、視野を大きく持てなくなって、自分が見ているものがすべてだと思い込んでしまう。色々なものを受け入れることで、より広い世界が見られるようになるよね。

これまでどのようにして、視野が狭くならないようにしてきました?

P:矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、ひとつのことに専念することにも価値はある。要は両方の考え方を受け入れる意識を持つことが大事なんだ。視野を狭くすることで専門的なレベルで何かを詳しく理解するようにはなるだろうし、例えばそれが医療だとすれば、その知識はすごく役に立ち、特定の手術を可能にするかもしれない。でも、それが可能なのは身体の構造について広範な知識を知っているからだ。ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? それと同じさ。だからどちらかひとつってことではなく、ふたつとも必要なんだよ。答えになってないよね(笑)?

S:俺は良い答えだと思うよ。ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。

Emptyset - ele-king

 爆風のような強靭なノイズ・リフと地響きのような重厚なベース。このふたつが絡み合うことで生成するサウンドは、聴き手の感覚に、あらゆるものが消失したゼロ地点を想起させる。あらゆる知覚が爆音とともに一瞬の光の最中、消失してしまうような感覚。それは廃墟へと至る直前のフラッシュである。もしかするとこれは死の欲動に近いものかもしれない。
 冷たいコンクリートのようなエンプティセットのサウンドには、不思議とそのような光と死の感覚が横溢している。つまり、とてもヘビーで、しかし快楽的なノイズの反復と逸脱が、この新作『ボーダーズ』には横溢しているのだ。

 ノイズによる不安定かつ硬質かつ重厚なサウンドのリフによってトラックを構成し、聴き手の聴覚に強靭に刺激を与えること。ラディアンの新作『オン・ダーク・サイレント・オフ』が、音響的に処理されたリフを導入した(ポスト)ロックの現在とするならば、この エンプティセットの新作はノイズ・リフの刺激によって知覚を支配するような電子の(アフター)ロックだ。そのふたつのバンド/ユニットの追及において共通している点は、ノイズ=音響をリフなどのパターン化を通じて、ノイズの意味をもう一度、問い直している点にある。ラディアンは演奏を解体してみせる。エンプティセットは、ノイズ/パターンを一瞬の光のように炸裂してみせる。加えてベースの存在感が、彼らの音楽がベース・ミュージックへと至るブリストルのクラブ・ミュージックをルーツに持っていることを象徴している。

 そう考えるとエンプティセットの新作が、ラディアンと同じく〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたことは、やはり象徴的な出来事に思える。〈サブテクスト〉、〈ラスター・ノートン〉、そして〈スリル・ジョッキー〉。いっけんブリストルの轟音電子ノイズ・ユニットの行き着く先としては意外のように思えるが、しかし〈スリル・ジョッキー〉は、ザ・ボディのアルバムもリリースしており、いわゆるシカゴ音響派(今さらの名称だが)的な音楽性のみなずらず、パンク以降のロックを追及しているレーベルなのだから必然といえよう。

 昨年リリースされたラディアンの『オン・ダーク・サイレント・オフ』が、音響派以降におけるロックの現在を追及した音楽であるとするならば、このエンプティセットの本作は、電子音響以降のロックの現在を追及している。まさしく2010年代的なインダトリーなサウンドを象徴するユニットであり、アルバムだ。前作『リキュア』から足掛け4年、エンプティセットは、確実に進化を遂げている。

POWELL - ele-king

 UKテクノ・シーンの未来を担うと言って良いでしょう。パウウェルがついに来日します。大推薦しますね。NHKコーヘイも出演します、あと李ペリーさんも。

POWELL LIVE IN TOKYO 2017
2017年3月30日(木)
open19:00/start19:30
Adv: 3,000yen(+1 drink order 500yen)

Line Up /
POWELL (DIAGONAL / XL RECORDINGS / UK) [Live]
NHK yx Koyxen (DIAGONAL / L.I.E.S. / PAN / JP) [Live]
Le Perrie [DJ]


(チケット情報)

プレイガイド /
PIA (P:325-929), LAWSON (L:77369), e+
Eチケット / RA, CLUBBERIA
取扱い店舗 / DISK UNION SHIBUYA CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION SHINJUKU CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION SHIMOKITAZAWA CLUB MUSIC SHOP, DISK UNION KICHIJOJI, TECHNIQUE, UNIT

POWELL(パウエル)
本名Oscar Powell(オスカー・パウエル)
UKテクノ、次世代の本命。人気レーベルDiagonalを立ち上げ、2011 年に「The Ongoing Significance Of Steel & Flesh」をリリース。シーンの寵児となる。翌年には「Body Music EP」をリリース。その後はTHE DEATH OF RAVEや(ミュート傘下の)LIBERATION TECHNOLOGIESといったレーベルからもリリースし、英名門レーベル、XL Recordingsと契約。2015年に「Sylvester Stallone / Smut」を発表。昨年はアルバム『スポート』を発表。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』 - ele-king


文:坂本麻里子

 『麦の穂をゆらす風』(2006年)に続き、社会派の英監督ケン・ローチと彼の長年のコラボ相手である脚本家ポール・ラヴァーティに二度目のカンヌ映画祭パルム•ドールをもたらした『わたしは、ダニエル・ブレイク』。心臓発作に襲われ休職中59歳の指物師ダニエルが福祉制度の冷酷なメカニズム、些細なミスにより求職活動を余儀なくされる矛盾といった「お役所仕事」の迷路を相手に葛藤する様と、家主の横暴で住居を失いやむなくロンドンからニューカッスル(2都市間の距離は約400km、電車でほぼ3時間)に引っ越して来たシングル・マザー:ケイティーと彼女の子供たちと彼の出会いから生まれる疑似家族的な触れ合いを描いている。
 労働者に降り掛かる悲劇、そして住宅問題というのは、庶民を主役に多くの作品を撮ってきたローチにとって目新しいテーマではない。前者に関しては、国鉄民営化に伴いリストラされたシェフィールドの鉄道工たちの悲劇を群像的に描いた『ナビゲーター:ある鉄道員の物語』(01年)。キャストの多くを地方クラブ回りの芸人が演じた意味でもニューカッスル出身の漫談師デイヴ・ジョンズを初主役に抜擢した本作がだぶるし、暗いストーリーへの反発としてコミック・リリーフが効いているのも同様だ。
 テレビ映画作品ゆえ日本への浸透度は低いかもしれないが、後者はイギリスで『ケス』と並ぶローチの初期の代表作とされる『Cathy Come Home』。家出し結婚したものの、事故による夫の失職他次々に襲う悲劇で路頭に迷い、遂には社会福祉課に愛児たちを取り上げられる主人公キャシーの零落をドキュメンタリー調で綴ったこの作品はBBC放映時に賛否双方大きな反響を呼び、ホームレス・チャリティ団体の発足にも繫がったとされる。しかし『Cathy〜』が放映されたのは奇しくも1966年。前作『ジミー、野を駆ける伝説』後に長編フィクション映画制作からの勇退もささやかれたローチは、50年後の自作の伴奏部にこの問題を再び含めずにいられなかったことになる。そのフラストレーションと怒りは大きかったはずだ。
 そうしたいくつかの前知識や「観るのがきつそう」というメンタル面での覚悟は、しかし実際に『ダニエル・ブレイク』を観るに当たって必要ではない。メッセージこそ重いものの、その伝え方はある意味ぶっきらぼうなほどストレート、小細工なしの情熱的なものであるため観る側も武装解除されてしまう。細かな観察眼や息を飲まされる静かな衝撃といったローチ味も健在ながら、一部にぎこちなさはあるし「完璧な映画」ではない。映画の読み方に慣れている人であれば前半を観れば結末がどうなるかだいたい予想がつくであろう、実にシンプルな筋書きの100分だったりする。
 だが、積み重なっていく出来事、行動、そこに生じる結果を有り体に見せることに徹した本作の大文字な作り──白黒明快キャラクターや曖昧さゼロのストーリーは寓話すら思わせる──は意図的なアプローチであり、「伝えたいことの本質にまで映画をそぎ落とせる」、80歳のベテランならではの腕ではないかと思う。泣かされる作品なのだが、ストイックなゆえにメロドラマに陥ってはいない。思わずこぼれた涙は悲しみで濁っただけのそれはなく、同時に怒りに沸騰させられ、一滴の希望にまで蒸溜された、とても透明度の高い涙だった。
 ゆえに、システムに小突き回され何もかも失っていく人間を追った「惨めなだけ」の作品という印象は残らない。ダニエルの優しさや思いやり、底辺にあっても捨てない誇りは、周囲に様々な形で影響を与えていく。そこから広がる小さな助け合いと「半径5メートルの共同体」は観る者の中に希望の灯りを点す。主役のキャラ造型に対し、「酒も飲まず、清廉潔白。こんな聖人みたいな『労働者階級』が現実に存在するはずがない」との批判する声もイギリスの右派メディアから上がっていた。だが、そんな風に他者を信じられない=誰もが同じく人間である事実を回避し偏見を助長するシニシズムこそ、社会を様々な形で分断していく見えないガンのようなものだろう。

 ダニエルが「わたしは、ダニエル・ブレイク」と訴える姿に、キューブリックの史劇『スパルタカス』の有名な場面を思い起こした。奴隷の反乱を鎮圧すべく、ローマ軍は首謀者スパルタカスさえ差し出せば他の連中の命は救ってやる、と脅しをかける。しかし奴隷たちは次々と「I'm Spartacus!(わたしがスパルタカスです)」と名乗りをあげ、ローマ軍の奸計は無為に終わる。非力な存在でも、連帯し太い綱になれば抵抗は可能。筆者が本作を観たのは地元の映画クラブ主宰の無料上映会だったが、上映後、会場のパブに詰めかけた200人以上の観衆からわき起こった大きな拍手はダニエルの境遇を「自分には他人事、関係ない」と片付けられない人々の良心、そして「わたしも、ダニエル・ブレイク」の共感の現れだと思った。大予算やビッグ・ネームなキャストとは無縁のこの実にささやかな映画は、大きな励ましの声を響かせている。

文:平田周

 映画を含むあらゆる芸術は社会的効用という基準とは独立した価値基準を有する、と言われる。こんなことは、ハイカルチャー/サブカルチャーの区別なく、小説、映画、漫画に没頭しているうちに気づいたら朝を迎えていたり、あるいはなぜか思わず夜を踊り明かしたりしてしまったような「頽廃的な」経験のある人間にとっては、あまりにも自明なので意識にすらのぼらないことかもしれない。そこにはまず快楽とその肯定だけがあればいいのであって、共有される意味や普遍的な価値など別になくてよい。ましてや、いまはファシズムの時代でもあるまいし、特定の政治的目的への奉仕のための手段としての芸術、いわゆる〈プロパガンダ芸術〉という言葉で了解されていたものを「楽しい」と思う人間はそう多くはない。
 他方で、映画にかぎって話をすれば、どんな作品も、ジョン・カーペンターの傑作SF映画『遊星からの物体X』(1982年)の未知の生物のようにまったく見知らぬ惑星で生まれたというわけではなく、特定の社会的時代背景のなかで産み出される。翻って、どんな映画作品も、実話に基づいたものであれ、フィクションであれ、何らかのかたちで社会関係を演出し、社会を映し出し、それについて吟味し、判断を下している。映画にはすでに社会への視線が、こう言ってよければ、〈社会批判〉的な観点が備わっている。社会批判はけっして映画というメディアそれ自体の目的でも責務でもないが、そこに潜在的な次元として孕まれている。社会派、あるいはリアリズム映画と呼ばれるジャンルは、そうした映画にある社会批判のポテンシャルを引き出し、現実に働きかけようとするものである。リアリズム映画は、声なきものに声を与え、人が目を向けない人々の日々の生活を可視化し、迷宮のように張り巡らされている社会関係の網の目のなかで作動している現実のメカニズムを浮かび上がらせようとする。
 2016年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したケン・ローチの新作『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、大工である主人公ダニエル・ブレイクが出口のないカフカ的な状況にはまり込んでいくところから物語が始まる。建設現場での心臓発作のために倒れたブレイクは、医者に仕事をやめるように言われ、社会保険の給付の申請を行う。しかし「ヘルス・ケア・プロフェッショナル」なる受給の可否の査定に関わる職員には就労可能と見なされる。結果、ブレイクの申請は受理されず、ジョブセンター(「公共職業安定所」と訳されることもあるが、ハローワークのような雇用の斡旋のみならず社会保障サービスも行うイギリス特有の事務所)に行けば失業者扱いされ、ただセンターの規則に従うことが求められ、最終的に職探しを行う以外の活動の選択肢を奪われる。こうした不可解な状況は、他人に事情を説明することも困難なために、いっそう強められる。実際、ダニエルは制度の規則にしたがって、履歴書を小さな会社の雇用者たちに渡し歩いた結果、ある雇用者から採用の電話を受けるが、病気なので働くことができない旨を伝えざるをえない。それに対するある意味当然の反応として、「じゃあなぜ履歴書を渡したんだ」と怒って相手は電話を切るのである。
 このようなある種の不条理なダブル・バインドの下、ダニエルの生活を不安定なものにする社会関係がある一方で、映画が不思議と賑やかで温かみをもつのは、「チャイナ」という愛称の隣人、そして映画のもう一人の主人公と言ってよい、ディランとデイジーという名の二人の子供をもつシングルマザー、ケイティとのあいだにダニエルが紡ぐユーモアあふれる人間関係によるものである。とはいえ、二人の生活もブレイクと同様に不安定である。チャイナはちょっとした闇商売にダニエルを少し関係させる。ロンドンの社会住宅が不足しているという理由で、映画の舞台であるニュー・カッスルの社会住宅を割り当てられたケイティは、越してきたばかりで道に迷い、また二人の子供を連れていたため、ジョブセンターの職員との約束の時間に遅れ、ペナルティとして福祉の給付を停止される。生活に困った人間同士がそれぞれのニーズに合わせて助け合う一方で、本来そうした人々を助ける側の制度の人間は規則にがんじがらめにされて、身動きが取ることができなくなっている様子がスクリーンには映し出される。この対比がよく示されているのは、「IT弱者」のブレイクがオンラインでの社会保険の申請するのを助けようとした心あるセンターの女性職員が、規則に反するとして上司にきつくとがめられる一方で、中国の友人とスカイプするチャイナがその申請を助ける一連の場面である。それは硬直したシステムと人々の相互扶助的な関係とのコントラストなのである。
 だが、貧しい者たちが互いに肩を寄せ合うという現実と、それだけでは生活を送るのには不十分であるという現実はなにも矛盾しない。この映画もこれまでのケン・ローチの多くの作品と同じく大団円やハッピー・エンドを迎えることはない。ただ彼の映画は、幸福であれ不幸であれ、「終わりのない」現実の社会に観客を立ち返らせ、問題を意識させようとする。ローチはどんな社会への批判的な眼差しを投げかけているだろうか。映画では、登場人物たちが生活のなかで経験する苦しみを個人の心理的・病理的次元で説明することが徹底的に拒否される。なぜチャイナが少しばかり違法な商売に手を出すかと言えば、怠け者だからではなく、朝の5時に呼び出されて1時間だけ働かせられ4ポンドしか稼げないという労働条件のためである。ある印象的な場面で、ケイティがあまりにも「無様な」行為に及んだ後で恥じ入るとき、ブレイクが彼女に伝えるのは、「これは君のせいではない」、「なにも恥ずかしいことなんかない」といった言葉である。

 こうした貧困、過ち、苦悩の様々なかたちを通じてローチが示そうとするのは、それらが社会のなかで産み出されているという当たり前のことである。裏返しに言えば、社会は、まるで自らが存在しないかのように、あまりにも社会で起きた問題を個人に帰し、背負わせている。それは、サッチャー政権による新自由主義政策のもとでの社会福祉の後退と自己責任の強化の結果であり、ローチがラジオで戯画的に語ったことの大意を要約すれば、「家がない人間がいるとすれば、それはそいつが働かないからだと説明し、そして、社会的紐帯を破壊し、その社会的費用を個人や家族に転嫁すべく個人主義や家族主義のイデオロギーを強化するというのが新自由主義の論理なのです」。映画での社会問題の提示は、楽観的と言っていいぐらい明快である。自分は、税金も払って、市民の務めを果たしてきた。病気になって市民の権利を要求しているだけなのに、なぜフリーライダーのように扱われなければならないのか。なぜそんな理不尽な要求や手続きに従わなければならないのか。なぜセルフ・リスペクト(自らに対する尊厳)を押し殺して生きなければならないのか。自分は、消費者でも物乞いでも犬でもない、人間なのである、といったように。
 日本でも、経済的諸条件や技術的環境の変化とともに、社会に格差が広がり、労働の問題が表面化している。学生のなかで「ブラック」という言葉が盛んに用いられているのを見ても、ほとんど誰もがそうした不安の存在が確かであると感じている。とはいえ、そうした問題を個人レベルでなく集団レベルでどのように解決していくのかといった議論に関しては、「これからの社会を生き延びるのにこれを学べ」式の個人間の競争を煽る書籍が本屋で平積みにされている光景を見ると、それほど確かではないように思える。では、ローチの映画がただちに解決策を与えるかと言えば、それはもっと確かではない。ただ映画が観客に鋭く強烈に社会の現実を突きつけるというのは、本当だ。彼がリアリズムよりも「オーセンティシティ(本物であること)」という言葉で好んで自らの作品を形容するように、映画はオーセンティックな(唯一無二の)演出で社会の現実を体験させる。
 ローチは、生涯の映画のベスト3の1本にヴィットリオ・デ・シーカ『自転車泥棒』(1946年)を挙げている。この事実は、映画が、ネオリアリズモの精神に沿って、日常の平易な言葉を採用しながら、ハッと息をのませるようなしかたで、社会のなかで日々生まれる苦しみや怒りを見事に撮っていることの一端をよく説明してくれているように思える。本国イギリスに続いて昨年の10月から映画が公開されたフランスでのプロモーションでは、老若男女それぞれが、ブレイクに自らの姿を重ね合わせ、「わたしは、ダニエル・ブレイク」と発する声が用いられていた。映画を見れば、そんな共感とともに、日本ではしばしば恥ずかしいもの、もっと言えば、なにか非現実的なものとして蔑まれ、不信感さえもたれている「絆」や「連帯」、そして「平等」といった言葉の意味を見直し、社会感覚を研ぎすます機会に必ずやなることを請け合いたい。

interview with Asagaya Romantics - ele-king


阿佐ヶ谷ロマンティクス
街の色

Pヴァイン

RocksteadyPop

Amazon Tower HMV iTunes


 街にはいろいろな人がいる。学生もいれば労働者もいる。男性もいれば女性もいる。子どももいればお年寄りもいる。じつにさまざまな人びとが街を行き交っている。あそこに佇んでいる彼は買い物を終え休憩している最中だろうか、それとも恋人と待ち合わせをしているのだろうか。いますれ違った彼女は商談へ向かう途中だろうか、それとも飲み会へ急いでいるのだろうか。彼や彼女はどこで生まれ、どのように育ち、どのような事情でいまこの場所にいるのだろう。彼の好きな音楽はなんだろう。彼女の好きな映画はなんだろう。

 そんなことを想像しながら街を歩いていると、はっと我に返る瞬間がある。私がそうしていたように、彼や彼女もまた私を観察していたのではないか。あてどもなくぶらぶらと街を行くこの私の事情を、彼や彼女もまた同じように想像していたのではないか。このような気づきが訪れたとき、私は「私」になる。「私」は彼であり、彼女である。あそこの彼も「私」であり、ここの彼女もまた「私」である。じつにさまざまな「私」たちが街を行き交っている。


 阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽を聴いていて思い浮かべるのは、そういうどこにでもいる「私」たちの存在だ。それはある意味でとても無個性な「私」である。でも阿佐ヶ谷ロマンティクスはそんな無個性な「私」たちを、ロックステディのリズムに乗っけて夕焼けのかなたまで運んでくれる。『街の色』と題されたかれらのファースト・アルバムは、あるときはスウィートに、あるときはストレンジに、街を歩く「私」たちの歩幅にそっと寄り添う。このどこまでも暖かい珠玉のポップ・ソング集は、夕暮れの街を行き交うさまざまな「私」たちのサウンドトラックなのだ。

 この素敵なアルバムがどのように生み出されたのか、阿佐ヶ谷ロマンティクスのメンバーたちに話をうかがった。


自分は大学の頃からロックステディが大好きなので、歌謡曲っぽいというか、歌がちゃんと目立って、メロディがあって、歩く歩幅に合うような、聴いていて気持ちのいい音楽にしようというのはありました。 (貴志)

阿佐ヶ谷ロマンティクスの結成は2014年の春ということで、この春でちょうど3周年を迎えることになりますね。みなさんは(早稲田大学のサークル)中南米研究会で出会ったと聞いたのですが、まずは結成に至るまでの経緯を教えてください。


貴志朋矢(ギター。以下、貴志):そうですね。メンバー個人個人がみんな中南米研究会というサークルに入っていて、そこで知り合いました。サークルの引退ライヴみたいなものがあって、その後、結成当初からのマネージャーというか、佐藤タケシというのがもうひとりいるんですが、彼と私で外向きな活動をしていこうという話をしたんです。それまでは内向きな活動しかしていなかったので。

有坂朋恵(ヴォーカル。以下、有坂):それと同時期に、今サポートでギターをやっている荊木(敦志。結成メンバーのひとりで、このアルバムを出すタイミングでサポートになった)と私で何かやろう、という話になっていて。そのふたつのグループがくっついたような感じですね。

古谷理恵(ドラムス。以下、古谷):私と有坂は高校のときに同じ部活でやっていました。

アルバムにはロックステディやレゲエの要素もありますが、全体としてはまずポップスであることに重点が置かれていると思いました。それで、阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽的なルーツが気になったのですが、みなさんの音楽遍歴はどのような感じだったのでしょうか?


貴志:自分の音楽のルーツは小学生の時に聴いていたサザンオールスターズなんですけど、中学校入学と同時に心の変化があったのか、ガンズ・アンド・ローゼスとかに行って。

古谷:心の変化が(笑)。

貴志:それでエアロスミスとか大好きで聴いていて、高校ではエリック・クラプトンを好きになったり、ギタリストとしては真っ当な道を歩んでいたというか(笑)。

古谷:オーソドックスなギタリストの形(笑)。

それが、大学に入って中南研に入るというのはおもしろいですね。

貴志:うーん、なんで中南米なんだろ……。入った時に、今まで聴いたことのないリズムが印象的だったのを覚えていますね。カリプソとかを何十人もの人数でやっているのは斬新でしたし、それまで裏打ちの音楽に触れることなんて全然なかったので、大学に入って逆に「これだ!」と思いましたね。

なるほど。有坂さんはどのような音楽遍歴を辿ってきたのでしょう?

有坂:私は小さい頃から歌うのが好きで、小学生の時は合唱団に入っていたこともありました。中学の部活もコーラス部で、高校では軽音楽部があったのでそこに入りました。ジャンル的にわかりやすく音楽の趣味があったというよりは、ただ歌える曲を聴いて歌っていたというだけですね(笑)。合唱のときは地声よりも裏声を使うことの方が多かったんですが、でもそれがちょっと自分的に気持ちよくなくて(笑)。それで、ポップスを歌うようになっていきました。なので自分が歌って気持ちいいものを聴いて、歌っていたという感じです。

中南研にはどういう経緯で入ったのですか?

有坂:「ヴォーカルが足りないから歌って」と誘われて(笑)。

古谷:「フィリス・ディロンを歌えるのは有坂しかいない。頼む!」と(笑)。

有坂:それがすごく自分にもハマって。

古谷さん(の音楽遍歴)はどんな感じですか?

古谷:私は中学の時はBUMP OF CHICKENとかアジカンとかELLEGARDENとかが大好きだったんですけど(笑)、高校に入って新入生歓迎ライヴがあった時に、先輩がレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンをやっていて、「カッケー!」と思って(笑)。(軽音楽部に)入ってからは、くるりやはっぴいえんどをすごく聴いていましたね。クラムボンのコピバンを(有坂と)一緒にやったりしていました。スカパラを聴き始めて「スカってなんだ?」と思ったり、あとはフィッシュマンズを聴いたりして、「レゲエ、スカってカッコいい。ホーンとかいっぱいいるし、やってみたいな」と思って中南に入りました。

今ちょうどクラムボンの名前が出ましたが、有坂さんのヴォーカルを聴いていて、音程が変わるタイミングの声色や子音の発音のしかたなどから、原田郁子さんを思い浮かべたんですよね。

有坂:あー、ときどき言われます。クラムボンをコピーしていた時も感じたんですけど、すごく歌いやすくて。高校の部活は「まず完璧にコピーをして技術を上げていく」という風潮だったんですけど、もうその時から「似せなくても似ている」と言われていて。(クラムボンとは)違う曲をコピーする時は他のアーティストに寄せようとしていました。

今バンドはサポートになった荊木さんを含めて6人ですが、曲作りの際は誰かひとりメインとなる方が素材を持ってきて、それをみんなで練り上げていく感じなのでしょうか? それとも全員がそれぞれ曲作りをして持ち寄る感じですか?

古谷:完全に前者で、貴志が(曲を)持ってきていますね。最初は色々と試行錯誤をして、みんな(曲を)持ってきていたんですけど、貴志の持ってくる曲に合わせようという話し合いをしました。

貴志:自分の中で「これは出せる」となったら、みんなに曲を出すという感じですね。自分の中で曲のイメージが湧いていって、1コーラスくらいできた状態でみんなに持っていくという感じです。

今回のアルバムはいつ頃から制作されていたのでしょうか?

貴志:レコーディング自体は去年の6月から始めて、8月くらいにはもうできていました。そこから出しかねていたという(笑)。

古谷:録ったはいいものの「どう出す?」みたいな(笑)。

貴志:“チョコレート”という曲があるんですけど、それはバンドの結成当初からあった曲ですね。“春は遠く夕焼けに”はシングルで出していますし。

古谷:言っちゃえば制作期間3年だよね。

貴志:「ちゃんとレコーディングしよう」ってなったのは、去年の1月に群馬まで2泊3日の合宿をしに行った時ですね。そこでプリ・レコーディングをして、そこからです。

古谷:群馬に行ったの忘れてた……(笑)。朝から晩まで1日練習して、ストイックな合宿をしました(笑)。

有坂:スタジオに泊まりながら、でしたね(笑)。

その時に「こういう方向性にしたい」とか、あるいは逆に「こういうことはしたくない」というような方針みたいなものはありましたか?

貴志:自分は大学の頃からロックステディが大好きなので、歌謡曲っぽいというか、歌がちゃんと目立って、メロディがあって、歩く歩幅に合うような、聴いていて気持ちのいい音楽にしようというのはありました。後はあんまりうるさくしないというか……、表現が抽象的ですけど。

古谷:ポップ? キャッチー?

有坂:キャッチー! ははは(笑)。

キャッチーにしたかった、と。合宿をしてセッションや練習をしていると、たまに「アルバムの方向性とは違うけど、今のすごく良くなかった?」みたいな瞬間があると思うのですが、そういった曲は断腸の思いで捨てたり?

貴志:4曲目の“道路灯”でエフェクトをかけているのは合宿での挑戦で、この曲はどんどん好きなことをやっていこうと思って作りました。“道路灯”はみんなの好みが詰まった曲になっているんじゃないかな、と思いますね。“コバルトブルー”は、レコーディングでのギターの擦れをそのまま使ったり、そういうノイズは極力減らさないようにしましたね。

「歌が目立つように」という話が出ましたが、たしかにアルバムを聴いていてヴォーカルの音量が大きめに入っているように感じました。

貴志:今回のアルバムは意図的に聴きやすく音を丸くして、みんなの音が混じるようにしました。なので自分の中ではけっこうイージー・リスニングな感じがしていて、何度もリピートしていただけるというか、あえてそういうようなミックスにしました。

いわゆるコアな音楽ファンだけでなく、一般の人たちにも届けたいという気持ちがあったということでしょうか?

貴志:そうですね。曲自体が聴きやすいポップスや歌謡曲のような感じなのは、あえてそうしたという部分があります。逆に“道路灯”みたいに阿佐ヶ谷ロマンティクスの中でキワモノな曲はそこ(キワモノな部分)を追求して、自分たちなりにはバランスを取ったつもりです。

昔、中島美嘉がORIGINAL LOVEの“接吻”のカヴァーをシングルで出していて、それはラヴァーズロックなんですが、B面にデニス・ボーヴェルのダブ・ヴァージョンが入っていたんですよね。そういうふうに、A面で良質なポップスを届けつつもB面ではそういうリミックスだったり、あるいは“道路灯”のような少し変わったものをやっていきたいという思いはありますか?

貴志:それはあります。5曲目の“不機嫌な日々”はメロディが立っているので、普通にポップスに聴こえると思うんですけど、じつはコード使いにこだわっています。ベースだけ聴くとその音階にないルート音に対応しているので不協和音になっているんです。そういう風にスパイスを入れるというのは心がけてやっていますね。サビとか1音ずつ上がるので、普通だと「ドレミファ」だったら「ミ」と「ファ」が半音違いなんですけど、そこはルート音を1音ずつ展開させていて。

古谷:中島美嘉ヴァージョンの“接吻”ってやろうとしてなかったっけ?

有坂:やろうとした気がする……。「これヤバくない?」みたいな(笑)。

貴志:結局あれはやったんだっけ? 練習はした気がする。

古谷:結局普通のヴァージョンのセットになったんだ。こんな曲があるのかと(笑)。

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「僕」という一人称を使いながらもあえて感情がないようにするために三人称的に使いました。主人公を客観的にイメージして「僕」を使っているんですよ。極力、主観的な感情を排除した無機質な歌詞にしたつもりです。 (貴志)

リリックについてなのですが、アルバムのタイトルが『街の色』ということもあり、「街」で起こる小さな出来事やちょっとした出会いみたいなものを拾い上げてその「街」の風景を喚起させる、というのが基本的なスタンスかなと思いました。それで、歌詞には「僕」や「わたし」、「君」という人称が出てきますが、それらが三人称のように使われている印象を抱いたんですよね。このアルバムからは街の中にいる複数の「僕」や「わたし」が感じられたんです。そこは意識してやられたのでしょうか?

有坂:まさにですよね。

貴志:まさにですね。

有坂:このアルバムだと歌詞も貴志さんがけっこう書いていて。

貴志:“チョコレート”と“離ればなれ”は有坂が書いているんですけど、それ以外は私が書いています。たとえば“所縁”は、この曲はずっと1曲目にしようと決めていたので、ホーンやパーカッションを入れて演奏や音自体は華やかにしたつもりで、だけども自分の中では曲を作った時に少し後ろめたいというか寂しいというか、心が晴れやかにならない曖昧な気持ちがあって、それを入れたかったので、「僕」という一人称を使いながらもあえて感情がないようにするために三人称的に使いました。主人公を客観的にイメージして「僕」を使っているんですよ。極力、主観的な感情を排除した無機質な歌詞にしたつもりです。

普通は「わたし」という言葉を使うと、その言葉を発する人の強い個性が出る感じがすると思うのですが、「わたし」という言葉自体は全ての人が使えるので、実はかなり無個性な言葉なんですよね。このアルバムにはその無個性さが出ていると思いました。そういう無個性な「わたし」たちが行き交う場として「街」が呈示されているというか。ただ、その「わたし」たちは確かに無個性ではあるんですが、たとえば新宿や渋谷などのものすごく大量に人が行き交っている中での無個性というよりは、顔が見える無個性という印象を抱いたんです。だから『街の色』の「街」って、「シティ」というよりも「タウン」という感じがするんですね。それで、おそらくみなさんもある程度いまのシティポップの流れを意識されていると思うのですが、このアルバムにジャンル名をつけるとしたら「タウンポップ」という言葉がふさわしいのではないかと思いました。そこで改めて「阿佐ヶ谷ロマンティクス」というバンド名が気になったのですが、メンバーのみなさんは阿佐ヶ谷という場所に特別な思い入れがあるのでしょうか?

貴志:最初は私が佐藤タケシと、有坂は荊木や古谷と、それぞれがバラバラにバンドを組んでいて、そこにベースの小倉(裕矢)とキーボードの(堀)智史が入った時に、みんなで初めてちゃんと集まったのが阿佐ヶ谷だったんです。

古谷:いい街だよね。飲み屋もいっぱいあるし。でも住んではいないんですよね。

有坂:やっていきたい音楽のイメージと阿佐ヶ谷の街がピンと来たというか。

なるほど。「タウン」って中央線のどこかだろうなというイメージはあったんですが、中野でも高円寺でも荻窪でもなく、阿佐ヶ谷というチョイスは面白いなと思いました。

貴志:うまく言葉では言えないんですけど(笑)、中野は確かに違うというか。

古谷:なんでなんだろうね(笑)。中野は違うね。

有坂:中野は違う。

古谷:西荻窪は惜しい?

有坂:あー惜しい、惜しい(笑)。

貴志:西荻もいいなあ。

有坂:高円寺とかちょっとお洒落すぎだし。

貴志:さっきの「シティ」、「タウン」の話で言うと、高円寺は微妙なラインだけど、中野はシティな感じもするし……。

古谷:中野はちょっとギリ見えない感じがするよね。

貴志:阿佐ヶ谷の方が変な意味で雑踏というか、混沌としている。だから逆に個性がありふれていて、みんな違うベクトルで、でも同じ方を向いているんだけど、阿佐ヶ谷という箔というか……。

箔?

(一同笑)

貴志:同じ方向を向いているのに個性的というか。阿佐ヶ谷のイメージかあ……。

有坂:絶妙かなという感じですね(笑)。

古谷:同じ方向を向いているけど、阿佐ヶ谷という場所に収まっていることによって……、統一感が……。

貴志:地理的な問題もあるのかもしれないですけど、中野とかだと……。

古谷:なんでそんなに中野を(笑)。

貴志:中野がやっぱり説明しやすくて。

中里(A&R):高円寺はけっこうディープなイメージがありますよね。荻窪は街としてもちょっと大きいし大型施設もあったりするので、品があるイメージ。阿佐ヶ谷は確かにいちばん下町っぽくて、風情が残っていて絶妙な塩梅なんじゃないかなと。

貴志:(阿佐ヶ谷は)居酒屋街のところなんかは2、3階建てで家の高さがなくて街が低いのが良い(笑)、そういう意味でこぢんまりとしているというか、あの雰囲気がね。

古谷:あの雰囲気がいいっていう(笑)。

なるほど。ヒップホップのアーティストのように、地元をレペゼンする感じなのかなと思っていたのですが、どちらかと言うと外部から見たイメージなんですね。

貴志:そうですね。逆に客観的に阿佐ヶ谷を見たというか。

バンド名の後半は「ロマンティクス」ですよね。これにはどういった意味が込められているのでしょうか?

貴志:語呂が良かったんですよね。

古谷:漢字とカタカナってやっぱり語呂がいい感じじゃないですか。

貴志:あとはやりたい曲のイメージに合っているかなあと。最初に自分たちで「四季折々のロマンスに寄り添った(バンド)」ということで売り出したくらいなので(笑)

古谷:「キープ・ジュブナイル」という合言葉があって。

貴志:そういうイメージと「ロマンティクス」という言葉が合っていたんですよね。

Lampかな。 (貴志)
スピッツで(笑)! (有坂)
スラロビ説で(笑)。 (古谷)

今回ファースト・アルバムがリリースされましたが、こういうふうに一度パッケージになって音楽が世に出ていったら、本人たちが意識するかどうかは別にして、それは音楽の歴史に連なっていくものだと思います。もし阿佐ヶ谷ロマンティクスの音楽をどこかの文脈に位置づけなければならないとしたら、自分たちではどの系譜に属していると思いますか? たとえばはっぴいえんどだとか、フィッシュマンズだとか、あるいは一見ポップスに聴こえるけどマインドはドラヘヴィなんだぜとか。

貴志:Lampかな。必ずしもそのレールに乗るというわけではないですけど、Lampが好きで、曲のイメージとして多少意識しているところはありますね。あと、フィッシュマンズも少なからず(意識しています)。

古谷:たぶんメンバーそれぞれで見ているものが違うんじゃないかな。

貴志:みんな好きな音楽が全然違うので(笑)。

ではそれぞれお訊きしてもいいですか(笑)? まず貴志さん的には「阿佐ヶ谷ロマンティクスはLamp」ということで(笑)。

古谷&有坂:Lamp説(笑)。

貴志:Lampと、なんだろうね。あとは、ユニークスというロックステディのバンドがいるんですけど、完全にメロディが立ってゆったりとしているんです。そういう何度でも聴ける音楽が好きなので、自分としてはロックステディと日本の音楽がうまく交わるような音楽にしたいなと思っています。

有坂:私は気持ちよく歌えればいいというだけなので。

貴志:有坂は完全にスピッツだもんね。

有坂:あー、そうですね。

古谷:井上陽水じゃないの?

有坂:井上陽水も好き。趣味的にはスピッツとかが好きで、爽やかで聴きやすくて、でも音楽的に変な感じもありつつ。

スピッツは意外と変な曲も多いですもんね。

有坂:そうですね。歌詞もけっこう意味わかんないですし(笑)。だけど聴きやすくてみんなに愛されるみたいなところが(好きですね)。

なるほど、わかりました。有坂さん的には阿佐ヶ谷ロマンティクスは……、

有坂:スピッツで(笑)!

(一同笑)

古谷さんはどうでしょう?

古谷:何説か、どうしようかな(笑)。やっぱりビートがバック(寄り)で流れているのがいいですね。私はヒップホップがすごく好きなので。うーん、ドラヘヴィ説かな(笑)。じゃあ、むしろスラロビ(スライ&ロビー)説で(笑)。

古谷さん的には阿佐ヶ谷ロマンティクスはスラロビの系譜だと。そうなるとやはりデニス・ボーヴェル・リミックスはやるべきですね(笑)。

古谷:そうですね(笑)。たぶんリズムだけ聴くと阿佐ヶ谷ロマンティクスもけっこう変なことやっていると思うので。

ファースト・アルバムが1月に出たばかりですが、今後のご予定を教えてください。

古谷:レコ発が3月に2本ありまして。

貴志:3月4日に大阪で、18日に東京でやります。ほかに漠然と思っていることは、今年中にもう1枚EPか何かを出したいと思っていますね。曲は作っているので。

EPと言えばB面ですよね(笑)。

(一同笑)

古谷:デニス・ボーヴェル・リミックス……。

貴志:作っている感じだと、今のところこのアルバムよりはディープなサウンドになりそうですね。3拍子の曲もあったりして。

古谷:そうですね。(3拍子が)すごく楽しいです(笑)。

おー、それは聴いてみたいですね。それでは最後に、このアルバムの聴きどころを一言でお願いします。

貴志:(聴きどころは)コード進行とか(笑)。

有坂:ははは(笑)。これだけポップに、とか言っているのに(笑)。

貴志:あとはメロディの不安定さと、それにリンクした歌詞とか。それと……何かあります?

古谷:たぶん、何回か聴いたら「こんなことやってたんだ」という新たな発見がある1枚だと思います。何度も聴いて欲しいです!

阿佐ヶ谷ロマンティクス
LIVE情報

2017/3/4(Sat.)
『阿佐ヶ谷ロマンティクス"街の色" Release Party 大阪公演』
@大阪 artyard studio
OPEN 18:00 / START 18:30
ADV ¥2500
with/ 浦朋恵バンド / 本日休演 / 甫木元空(映画監督 / 短編映画上映) / IKEGAMI YORIYUKI(イラストレーター / 作品展示)

2017/3/18(Sat.)
『阿佐ヶ谷ロマンティクス"街の色" Release Party 東京公演』
@ TSUTAYA O-Nest
OPEN18:00 /START18:30
ADV ¥2500
With/ 入江陽と2017(NEW BAND) / Wanna-Gonna /IKEGAMI YORIYUKI(イラストレーター / 作品展示)

2017/4/12(Wed.)
DADARAY presents『DADAPLUS vol.1 ~Tokyo~』
@ 新代田FEVER
OPEN19:00 /START19:30
ADV ¥3000
With/ DADARAY

https://asagayaromantics.weebly.com/

Gonjasufi × Daddy G - ele-king

 これはおもしろい組み合わせだ。西海岸の奇才、ゴンジャスフィが昨年リリースしたダーティでブルージィなアルバム『Callus』。その冒頭を飾る“Your Maker”を、マッシヴ・アタックのダディGがリミックスしている。このリミックスは4月18日よりはじまるゴンジャスフィのUK/EUツアーを記念したものと思われ、無料でダウンロードすることが可能となっている。ダウンロードはこちらから。

GONJASUFI - UK/EU TOUR
w/ support from Skrapez

Tickets and more information available here.

APRIL
18 – Leipzig, DE @ UT Connewitz
19 – Cologne, DE @ Gebude 9
20 – Frankfurt DE @ Das Bett
21 – Hamburg DE @ U&G
22 – Berlin, DE @ Gretchen
23 – Munich, DE @Feierwerk
25 – Nuremberg DE @ Z-bau
26 – Geneva, DE @ La Graviere
27 – Zurich, CH @ Hotel Fabrik
28 – Bern, CH @ Dampfzentrale
30 – Krems, AT @Donau Festival

MAY
02 – Copenhagen, DK @ Lille Vega Club
03 – Paris, FR @ Badaboum
05 – Arnhem, NL @ Willemeen
06 – Brussels, BE @ Botanique
07 – Aachen, GER @ Musikbunker
09 – London, UK @ Archspace
10 - London, UK @ Archspace
12 – Bucharest, Romania @ Club Control
13 – Cluj Napoca, Romania @ Form Space

Support from Perera Elsewhere and Waq Waq Kingdom (Andrea Belfi, DJ Scotch Egg; Kiki Hitomi of King Midas Sound) in select cities.

label: Warp Records / Beat Records
artist: Gonjasufi - ゴンジャスフィ
title: Callus - カルス
release date: NOW ON SALE
BRC-521 国内盤CD: ¥2,200+tax

国内盤特典: ボーナストラック追加収録 / 解説書付き

R.I.P.生悦住英夫 - ele-king

河端一(ACID MOTHERS TEMPLE)

 1996年、Musica Transonic / Mainlinerで欧州ツアーを行った際、ベルギーの某レーベルからソロ作品のリリースを持ち掛けられ、当時未だ自身のソロやリーダー作品を発表した事がなかった私は、結成始動したばかりの自身のグループ「Acid Mothers Temple & The Melting Paraiso U.F.O.」の丁度録音中だった1stアルバムを以て、この依頼を受けた。録音には結局2年を要し、遂に完成したマスターを送れば返事は「レーベル閉社」。
 斯くしてこの宙に浮いたマスターを携え、知人友人の紹介等もあり、国内外のレーベルあれこれ打診したが、返事は全て「申し訳ないが興味無し」。
 私のリーダー作品に対するこのような評価は、今に始まったわけではなかったので「またか」と落胆しリリースを諦めていた頃、モダーンミュージック店内にて生悦住さんと歓談していた際「そういえば河端君のソロとかリーダーバンドの作品とかはないの?」と尋ねられ、奇しくもなぜか偶然そのオクラ入りしたマスターDATを持参しておれば、オクラ入りした経緯なんぞ笑い話として添えつつも、その場にて試聴して下さる運びとなり、生悦住さんは腕組みしながら僅か数分聞いたのみで「いいね! これ! じゃあうちで出そうか!」
 まさかP.S.F. Recordsからリリースとは、レーベルの既成イメージもあり、俄かに信じられなかったが、結局あの時点において、私の音楽、Acid Mothers Templeの音楽に興味を抱いたのは、生悦住さん唯一人であったことに間違い無し。そもそも生悦住さんは、P.S.F. Recordsから、私の人生初のフル・アルバム『東方沙羅 1st』そして『Musica Transonic 1st』をリリース下さった経緯もあり。
 私の音楽は、1978年に自身の音楽活動を始めた当初からほぼ一貫して、ほぼ誰にも理解支持されない類いらしく、どうせ誰にも理解されないし、誰も必要としていないのだろうと、半ば絶望的にすらなっていたが、生悦住さんは私の音楽にとても興味を持って下さり、そして好意的に支持して下さった稀な存在だった。P.S.F. Recorddsから東方沙羅、Musica Transonic、Acid Mothers Temple等の諸作品がリリースされた事は、私の音楽活動のあり方や生活全般を大きく変え、正に私の「人生のドア」を開けるという一大事件を起こしたと言える。
 だからこそ生悦住さんには感謝してもし切れないほどに感謝、もしも生悦住さんが、私の作品をP.S.F. Recordsからリリースしてなければ、間違いなく私は今ここにはいないと断言出来るのだから。

大久保潤
 
ひとりのレコード店主・レーベルオーナーの死を悼む声が世界中から寄せられている。モダーンミュージックおよびP.S.F.Recordsの生悦住英夫。長年にわたり日本のアンダーグラウンド・シーンを支えた大功労者である。
 P.S.F.はHIGH RISEのファースト・アルバム『Psychedelic Speed Freaks』からスタートした。レーベル名もそこから取られている。以後、サイケ、ノイズ/アヴァンギャルド、フリージャズ、フォークといった地下音楽を続々とリリースしていく。その作風はJOJO広重率いるアルケミーと通じるものがあるが、よりストイックな印象だ。
 灰野敬二やAcid Mothers Templeなど、いまや「海外で評価の高い日本人アーティスト」の代表といえるような面々も、かつてはほぼP.S.F.が一手にリリースしていた時期がある(それこそ孤軍奮闘という雰囲気だった)。
 ACID MOTHERS TEMPLEのグル、河端一はele-kingのインタビューでAMTのファースト・アルバムを録音したもののリリースしてくれるところがどこもなかった、そんな中で唯一快くリリースしてくれたのがPSFだったと明かしている。
 ゆらゆら帝国やOgre You Assholeのプロデュースで知られる石原洋のWhite Heavenや、現在はThe Silenceで活動している馬頭將噐のGhostも、もともとはP.S.F.からリリースされていたし、三上寛や友川かずきも近年でこそ再評価が進み精力的に活動しているが、90年代にP.S.F.がコンスタントにリリースを続けていたからこそ今があるのだと思う。
阿部薫を筆頭に、吉沢元治、井上敬三など日本の伝説的フリージャズメンの作品をコツコツとリリースしていたのも重要な仕事だ。
 そういったレジェンド級のミュージシャンだけでなく、コンピレーション・アルバム《TOKYO FLASHBACK』シリーズなど、積極的に若手のフックアップも行っていた(初期のゆらゆら帝国なんかも収録されていた)。
 リリースしたのは日本人だけではない。アーサー・ドイルやピーター・ゲイルなどの知る人ぞ知るフリージャズプレイヤーや、韓国の伝説的アシッドフォークシンガー、キム・ドゥス、アルゼンチンのアヴァンギャルドロッカー、アンラ・コーティス(Reynols)など、そのアンテナは世界各国の最深部に及んでいる。
 雑誌『G-Modern』の存在も忘れるわけにはいかない。初期の「灰野敬二4万字インタビュー」をはじめ、CDだけでなく言論でもアンダーグラウンドミュージックをサポートし続けた。P.S.F.からリリースのあるミュージシャンが多く掲載されるのはもちろんだが、それだけにとどまらず、数々の埋もれた音楽を取り上げていた。だいたい、タイニー・ティムやピーター・アイヴァースが表紙になる音楽雑誌なんて考えられますか。
そして、東京で人と違った音楽に興味を持った人間であればほぼ全員が一度は足を運んでいるはずの店。それが明大前のモダーンミュージックである(数年前に店舗としての営業は終了し、通販のみになってしまったが)。喫茶店の上にあり、薄暗い階段をのぼっていくと、そこには決して広くはない一室に夥しい量のレコード、CD、カセットが詰め込まれていた。裸のラリーズのポスターがずっと貼られていたが、あれはいつからあったのだろう。
 ネット上の多くの追悼コメントやメッセージでも言及されているが、生悦住は非常に話好きな性格で、この店でいろんな音楽を教わったという人は数多い。筆者は直接会話をする機会はなかったが、来客とにこやかに(しかし時に辛辣に)会話している彼の話をちょっと盗み聞きするのは密かな楽しみだった。
 音楽はミュージシャンとオーディエンスだけではなかなか成立しない。両者を媒介する存在がどこかで必要になるのだ。そしてレーベル、雑誌、ショップとあらゆる角度でそれを続けた氏の功績は計り知れない。
 闘病中の氏を応援するべく、ゆかりの深いミュージシャンたちによるコンピレーション・アルバムが計画されていたそうだ。当人は聴くことができなかったそのアルバムを待ちながら、冥福を祈りたい。本当にお疲れ様でした。あなたがいなければ世に出ることのなかった、奇妙で歪で美しい音楽の数々をこれからも大切にしていきます。

松村正人

 モダーンミュージックにはじめていったのは90年代にはいったばかりのころで、その顛末は剛田武の労作『地下音楽への招待』(ロフトブックス)の解説にしたためたのでそちらにあたられたい(本書には生悦住さんのインタヴューも載っている)が、モダーンミュージックにいくというのは生悦住さんに会うことでもあった。店にいなこともあったはずだがいつもいた気がするのは不思議である。それだけ世田谷区松原の寺田ビル2階のチラシに埋め尽くされた階段をあがった先のひとがふたり行き交うのも難儀な店内の磁場そのものと生悦住さんは化していたのだろう。私はそこで灰野さんのをはじめ多くのレコードやCDを買ったが、十代や二十代のころはなにを買うかで試されているようで、こちらが金を払うのに気が抜けなかった。理不尽な気がしなくもないし、そのような音盤を介したひととひととの関係が、かろうじてまだなりたった時代の、いうなればこれはノルタルジーにすぎないのだろうが、そのようなかかわりは音盤にたいする感覚を養ってもくれた。なんとなれば、音盤を選ぶには耳だけでなく目も手もつかう。匂いも嗅ぐなら鼻も要る。むろん骨董趣味に堕してはならない。市場価値が重要なのではなく、聴く人間が個の感覚に忠実であろうとするときにかぎり、音盤はその綜合の反転したもののように私たちの前に(音)像を結ぶ――というようなことを、私は生悦住さんに教わったわけではないが、青年期なる気恥ずかしいことばをつかうなら、そのときモダーンミュージックのようなよくわからない音楽をあつかう店があってまことに幸甚です。
 あるいはたすかったというべきか。1980年9月に開店したモダーンミュージックはおりからのサイケデリック・リヴァイヴァルで発掘が進んだ60年代サイケをひとつの軸にフリージャズや現代音楽やパンク以後のインディと呼ばれる以前の自主制作盤といった逸脱を旨とする音盤などをめきめき集め、ひとことでいうならアンダーグラウンドな世界を新宿から三つ目、渋谷から七つ目の明大前の片隅に展開していた。隣の駅にはネッズがあり、クララやロスアプソンが新宿にあった、そのような90年代前半、モダーンミュージックはハイライズの1~2作、不失者の最初のLPからしばらく間を置き、しだいに活発になっていくPSFレーベルの拠点としてしだいに知られていく。
 三上寛、友川かずき(現カズキ)、灰野敬二の諸作、石原洋と栗原ミチオと中村宗一郎のホワイト・ヘヴン、ゆらゆら帝国やキャプテン・トリップを主宰する松谷健のマーブル・シープをはじめて聴いたのもPSFのレーベル・サンプラー『Tokyo Flashback』だったし、現サイレンスの馬頭將器のゴーストや向井千惠のシェシズ、金子寿徳の光束夜や角谷美知夫の作品もあった。吉沢元治やAMMやバール・フィリップスやチャールズ・ゲイルなどの国内外の即興演奏家、阿部薫や高柳昌行の発掘音源等々、すべてここにあげるのはかなわないが、そのラインナップは90年代初頭澎湃として興った(自称他称を問わない)インディペンデントなレーベルのなかでもきわだっていた。そしてそこには生悦住さんの音楽観が通底していた。ひとことでいえばそれはプロレスの味方でもあった生悦住さんがレーベル名でも標榜した「ストロング・スタイル」(PSFはハイライズのファースト『Psychedelic Speed Freaks』の頭文字をとり転じてのちに「Poor Strong Factory」の文字をあてた)ということになるだろう。録音状態や演奏能力によらず、ひたらすら音楽の芯をみつめつづける、そのようなスタンスは、俗にいう先鋭的なジャンルばかりか、歌謡曲やフォーク(ロア)にもおよび、小林旭とちあきなおみとアタウアルパ・ユパンキとタイニー・ティムとシャーラタンズ(アメリカのほうね)とボルビトマグースは同一線上にあった。その線の向こうには、灰野敬二からオーレン・アンバーチやスティーヴン・オマリーらを経由し、いまや日本のアンダーグランドな音楽のあり方のひとつともいえる世界が広がっている。
 くりかえすがそこに形式はない。暗黙裏の秘密はあったにせよ、すくなくとも生悦住さんにとってはことばにすべきことでもなかった。いうまでもないということかもしれなかった。「あれはダメだねー」「ひどかったねー」「売れないねー」という生悦住さんの朗々とした声には悲愴感はまるでなかったが、言外に評価軸の厳しさをにおわせていた。透徹した審美眼とアンチ・コマーシャリズムはときに軋轢も生んだにちがいないが、若かりし日愛読した高柳昌行の批評(それらは『汎音楽論集』にまとまっている)がそうであったように、どこか父親めいた厳しさだった。似たような読後感を私は塚本邦雄の『薔薇色のゴリラ』(人文書院)の厳格なシャンソン観(ともにジョルジュ・ブラッサンスのファンでもある)にもおぼえたが、歌心のようにときとともに変化しつづける定義しがたいものをことばでとらえるのはのこされた私たちの役目かもしれないと、いまは衿を正す思いである。最後に、生悦住さんが船村徹先生の『演歌巡礼』の再発盤に寄せた一文を引用し、拙文を〆ようと思い、方々探したが盤がみあたらない。船村先生が生悦住さんの十日ばかり前に鬼籍にはいられたのは奇縁というほかないが、かわりに塚本邦雄の歌を手向けたい。先達に初学とは僭越にすぎるが、同道のはるか後方を歩む者からの呼びかけとしてお許しいただきたい。

眠る間も歌は忘れずこの道を行きそめしより夜も昼もなし
塚本邦雄『初学歴然』より

 猪木イズムさえ髣髴させる、ストロング・スタイルそのものじゃないでしょうか。(了)

※文中一部敬称を略しました。

Chip Wickham - ele-king

 昔からジャズの管楽や吹奏楽の世界では、フルートというのはサックスやトランペットに比べてマイナーな楽器であり、専門のプレイヤーも少ない。エリック・ドルフィーやジェイムズ・ムーディーのように、サックス奏者が第二楽器として演奏するケースが多く、フルート専門で有名なのはハービー・マンとかヒューバート・ロウズ、ジェレミー・スタイグあたりだろうか。それからユセフ・ラティーフ、ローランド・カーク、サヒブ・シハブのようにマルチ・リード奏者から名手が出ている。ヨーロッパに目を移せば、英国のハロルド・マクネア、イタリアのジノ・マリナッチ、スウェーデンのビョン・イーソン・リンド、ブルガリアのシメオン・シュトレーエフなど、個性的なプレイヤーが生まれている。クラシックの伝統があるヨーロッパであるから、フルートの演奏技術も高いと言えるし、また民族音楽やジプシー音楽などの要素を取り入れる際にも効果的な楽器である。でも、やはりマイナーな楽器ということに代わりはなく、今もフルート奏者がリーダーのアルバムは滅多にお目にかかることはない。本作はそんな珍しいフルートが主役のアルバムである。

 チップ・ウィッカムは本名をロジャー・ウィッカムといい、英国出身のミュージシャンである。テナー・サックス、バリトン・サックスなども演奏するマルチ・リード奏者だが、メインとする楽器はフルートである。1990年代半ばよりマンチェスターを拠点に演奏活動をおこない、ジンプスター、ジャージー・ストリート、レイ&クリスチャン、エイム、スクエア・ワンなど、主にクラブ・シーンのアーティストの作品に客演している。そうしたクラブ・ミュージックだけでなく、地元マンチェスターのマシュー・ハルソールのファースト・アルバムにも参加するなど、純粋なジャズ・ミュージシャンとしても活動。マンチェスターのジャズ・シーンでは、マシュー・ハルソールの〈ゴンドワナ・レコーズ〉からも作品を出すナット・バーチャルや、ゴー・ゴー・ペンギン結成前のロブ・ターナーたちとも共演している。他の共演者はファーサイドやロイ・エアーズなどから、ナイトメアズ・オン・ワックスにニュー・マスターサウンズと実に様々なタイプに渡り、それだけ音楽性の幅が広く、どんな演奏にも対応できる技術の高さがあるということだ。

 セッション・ミュージシャンとしての活動が主だったチップ・ウィッカムだが、2007年にマレーナというスペインのラテン・ハウス系プロジェクトに参加し、それを機にマドリッドへ移住している。マレーナではフルート演奏のみならず、プロダクション方面も手掛け、そこから発展してキッド・コスタ名義でリミックスなどもおこなうようになる。また、地元マドリッドのミュージシャンたちとファイアー・イーターズというジャズ・ファンク・バンドを組み、英国時代からの旧友であるエディ・ロバーツ(ニュー・マスターサウンズ)のバックを務め、アルバム・リリースもおこなっている。その頃のマドリッドではディープ・ファンクの人気が強く、自然とファイアー・イーターズのようなファンク寄りのサウンドへと傾倒し、自身の名義でも2010年前後に地元の〈ラヴモンク〉からレア・グルーヴやラテン・ファンクの7インチを出していた。

 そうした時期から5年ほど経過し、このたび自身名義では初となるソロ・アルバム『ラ・ソンブラ』をリリース。今回はディープ・ファンクやレア・グルーヴではなく、純粋なジャズ演奏に終始している。音楽シーンの移り変わりということもあるのだろうが、そもそもマシュー・ハルソールたちと演奏していたというジャズ・ミュージシャンとしてのチップ・ウィッカムの生い立ちを、素直に作品として残したかったという気持ちが強かったのではないだろうか。表題曲や“トーキョー・スロー・モー”、“プッシュド・トゥー・ファー”など、ベースにあるのは1960年代頃のモード・ジャズ。これらには幻想的で高貴なムードが漂っており、そうした作品にはやはりサックスなどよりもフルートの神秘的な音色がピッタリである。また、伴奏はピアノのほかにヴィブラフォンがあり、土着的でミステリアスな雰囲気を作り出すときには、フルートとヴィブラフォンのコンビネーションが最適だ。そのあたりの楽器の特性をチップ・ウィッカムはよく理解しており、そうしたプロデューサー・センスがよく表われた作品でもある。

 そして、長年クラブ・シーンで演奏しているだけあり、クラブ・ジャズとしても通用する作品も多い。“スリング・ショット”“レッド・プラネット”“ザ・デェトゥール”“ラ・ルイェンダ・デル・ティエンポ”がそれで、モーダルなテイストの変拍子や、ラテン・ジャズ的な演奏をおこなっている。ワルツ・テンポの“レッド・プラネット”は、ハロルド・マクネアのダンス・ジャズ古典である“ヒップスター”を彷彿とさせるところもある。恐らく意図的にそうした作曲や演奏をおこなっているのだろうが、クラブ・ジャズというものをいかにチップ・ウィッカムが理解しているかの証ではないだろうか。

Sir Spyro & Faze Miyake - ele-king

 2017年も現在進行形のイギリスのグライム•シーン。Britアワードに Skepta が出演し、Stormzy のツアーはすべてソールドアウト。日本でも、先日の Novelist 初来日は Sankeys TYO を満員にした。
 グライムの面白いところは、ジャングル、ガラージ、UK Funky、ダブステップなど様々な音を取り込み、140BPMに昇華するところだ。今回来日するふたりの音楽も、グライムを下地に様々な音を入れている。
 Sir Spyroは、レゲエMCとしてのキャリアを持つ Teddy Bruckshot や Lady Chann、Killa P をフィーチャーし、2016年のアンセム“Topper Top”(なんと、〈DEEP MEDi Musik〉から)をリリース、他にも Stormzy や P Money、D Double E などを手がけヒットを生み出している。Faze Miyake は〈Rinse〉からデビューし、AJ Tracey や Tre Mission を手がけ、トラップを通過したダークでグライミーなサウンドを届ける。
 プロデューサーとして、数々のヒットを送り出してきたふたりを迎えるのは、彼らのルーツに迫る東京のラインナップ。
 トラップやラップ・ミュージックを手がけ、〈TREKKIE TRAX〉からリリースしたトラックメイカー EGL、グライム•プロデューサー Double Clapperz、ラストは Jah Shakke & Wardaa 21 がレゲエ・セットを披露する。

ロンドンと東京のストリート・ミュージックの共鳴。
グライム・シーンに数々のヒットを送り出してきた、
FAZE MIYAKEとSIR SPYROが初来日。

MO’FIRE
2017.03.24.FRIDAY

SPECIAL GUEST FROM LONDON:
FAZE MIYAKE / SIR SPYRO

TOKYO LOCAL ACT:
DOUBLE CLAPPERZ / EGL / JAH SHAKKE & WARDAA 21

24:00 OPEN / DOOR: 2,000YEN / ADV: 1,500YEN / VENUE: Glad
東京都渋谷区道玄坂2-21-7, 2F
www.shibuya-glad.com

■Faze Miyake
ロンドンのグライムDJ・プロデューサー。グライムの中にもトラップ、ヒップホップやレイヴ・ミュージックの影響を感じさせるトラックが特徴で、2012年にはアンセム“Take Off”を送り出した。
その後、2015年にレーベル〈Rinse〉からデビューアルバム『Faze Miyake』をリリース。フリーダウンロードでのリリースに加えて自身のレーベル〈Woofer Music〉を立ち上げ、USBメモリで作品集を発表するなど、新たな方向性を打ち出している。
さらに、ストリートウェアブランド〈Nasir Mazhar〉の2015年SSコレクションの音楽を担当するなど、幅広く注目を集めている。

■Sir Spyro
グライムのプロデューサー。機能的で無駄のないスパイロのトラックは、Stormzy、JME、P MoneyなどのトップMCへ提供されてきた。2016年には自身名義での活躍も目立った。“Side by Side feat. Big H, Prez T & Bossman Birdie”がロングヒットしたほか、〈DEEP MEDi Musik〉からリリースされた“Topper Top feat. Teddy Bruckshot, Lady Chann & Killa P”は、2016年のアンセム・チューンとなった。
UKのラジオ局Rinse FMでは「The Grime Show」を担当。若手MCを紹介し、シーンをインスパイアし続けている。

 あんたのビスケットを盗み
 あんたのツレを笑い 
 あんたのトイレでマスをかく
“You're Brave”(2014)

 ひとりの人間の狂おしい思いが世界の見方を変える。こういうのは久しぶりだ。ぼくは日本におけるスリーフォード・モッズ過小評価を覆すためにライナーノーツの執筆を引き受け、書いた。同じテンションのまま違う言葉で彼らについてもういちど書くことは無理な話である。何クソという気持ちがぼくを駆り立てたのだから。だいたいこのぼくに、20代、30代とちやほやされたことのなかった人間の燃え上がる魂を、どうして否定できようか。




  19.4度 高いな

  18.6度 ボブ、ちょうどいいよな?

  19.2度 高い

  18.4度 ちょうどいいな(註)


  求職者!


  ストロングボウの缶

  俺は取っ散らかってる

  うつ病についてのパンフレットを絶望気味に握りしめる

  NHSからもらったやつだ

  どうして俺がこうなっちまったか

  これから俺がどうなっていくのか

  どいつもこいつもこう思ってるわけだ

  おれは手巻きを吸う 

 「ズボンをちゃんとはきなさい!」

  くそったれ 俺は家に帰るぜ


  求職者!


 「それではウィリアムソンさん、

  最後にお見えになってから実りある雇用にむけて、

  あなたは何かしてこられましたか?」

  クソくらえ!

  ずっと家でごろごろしながらマスかいてたよ

  それからさ 

  コーヒーの一杯くらい出してもいいんじゃねぇのか?

  約束の時間は11時10分のはずなんだけどよ 

  もう12時だぜ

  この臭うクズ野郎どもめ 

  くたばったちまえよ


“Jobseeker”(2013)

(註)トラックで鶏を輸送する労働者間での会話。ウィリアムソンの説明によれば、輸送中、鳥かごの温度は22度以下に保たなければいけない。温度計を見ながらふたりの作業員が話している。


 “Jobseeker(求職者)”──こんな曲をBBCで演奏するぐらいの度胸がスリーフォード・モッズにはある。面倒なので、スリーフォード・モッズにおいて重要なポイントを要約してみよう。


・ジェイソン・ウィリアムソンは10代でモッズ・カルチャーに影響を受け、アンドリュー・ファーンは菜食主義になるくらいザ・スミスのファンだった。


・ジェイソン・ウィリアムソンとアンドリュー・ファーンのふたり組になってからのスリーフォード・モッズのアルバムのタイトルが、『緊縮財政下の犬ども(『オーステリティ・ドッグス』)であったように、彼らはキャメロン前首相から加速した福祉予算カット時代の申し子として現れた。


・スリーフォード・モッズは緊縮時代の英国を見事に記述している。と、いう評価はさんざん英メディアに書かれている。


・とにかく彼らは怒っている。


・ガーディアンいわく「彼らを非凡にしているのは、怒りとその激烈さにあり、それは今日のポップにおいて絶対的に不足している感覚である」。


・その音楽は、ラモーンズ的でもあり、ESG的でもあり、スーサイドっぽくもあるが、なんだかんだいいながらダンス・ミュージックになっている。言葉ばかりに目がいきがちだが、パウウェルが言うように、彼らは音楽的にもユニーク。


・とはいえ、そのライヴにおいて、ファーンはPCのリターンキーを押すか缶ビールを片手に乗っているかで……。


・ウィリアムソンはジェレミー・コービンの支持者として知られるが、彼らの歌詞を読めばわかるように、スリーフォード・モッズは必ずしも政治的メッセンジャーというわけではない。


・むしろファンキーで、頻繁に出てくる「マスかき」も意訳すれば「惨めさ」であり「当てつけ」であり、また「やりたいことを自分がやりたいようにやったる」ってことだろう(さすがに)。


・ツイッターやSNSもまた彼らの批判対象である。



 パッとしねぇ火曜のはじまりだ

 バスの窓についた汗のシミ

 コートを台無しにしたかねぇけど

 なるようにしかならねぇ

 「がんばれよこのクソ野郎!」

 あいつはたしかにそう言った

 白いバンのセイント・ジョージ・フラッグ

 これが人類ってやつだ

 UKIP 貴様の恥さらし

 ロンドンの路上の 脳ナシども

 うじゃうじゃいやがるゾンビどもが

 Tweet Tweet Tweet


 売女を回す車

 このバスはゲス野郎でパンパンだ

 ゲドリング・カウンシルでの8時間

 まったくクソな人生だな

 予備部屋でのつばぜり合い

 重荷になってんのは生身の体

 俺らはもうはや特別じゃねぇ


 後ろ髪を引っ張られまくる

 生きられねぇ人生

 俺はそんなの気にも止めねぇ


 これが人類ってやつだ

 UKIP 貴様の恥さらし

 ロンドンの路上にたむろする 脳ナシども

 うじゃうじゃいやがるゾンビどもが

 Tweet Tweet Tweet


 俺は自分のメシを半分食ったとこ

 地下鉄に体をブチ込む

 電車で帰る頃にゃ

 ステラでぶっ飛ぶのさ


“Tweet Tweet Tweet”(2014)



 

 その昔ザ・ストリーツの『オリジナル・パイレーツ・マテリアル』で描かれた日常は、緊縮財政時代の地方の小さな街において、よりハードかつダーティなリアリズムへと変換される。彼らの遺伝子にはセックス・ピストルズからザ・ジャム、あるいはオアシスからクラブ・ミュージックまでと、さまざまな英国流の抗い方が含まれているようだ。「かまうもんか、やっちまえ」的な大胆不敵さもまたUKミュージックならではの魅力であったわけだが、スリーフォード・モッズがいるお陰でそれが途絶えることはなかったと。彼らこそいまこの時点でのジョーカー(最強のカード)である。

 そしていま、〈ラフトレード〉からリリースされる新作『イングリッシュ・タパス』によって、ようやく日本でちゃんとこのバンドが紹介される。さあ聴こう。我々がいまいちばん忘れてしまっている感性を呼び起こすためにも。

 これはロンドンの坂本麻里子宅からノッティンガムのジェイソン・ウィリアムソン宅への電話取材のほぼすべてだ。答えてくれたウィリアムソンはスリーフォード・モッズのヴォーカリストであり、ブレイン。怒りと同時に自己嫌悪めいたわだかまりも打ち明けつつ、彼のモッズ精神も垣間見れるロング・インタヴューとなった。彼らを理解するうえでの助けになれば幸いである。




“アナーキー・イン・ザ・UK”ってのは、フラストレーションのエネルギッシュな爆風、みたいな曲だったわけで。その意味で、あれは俺たちが初期にやっていた楽曲にかなり近いよね。ところがいまの俺たちっていうのは、自分たちのソングライティングの技術をもっと磨くべく努力する、そういう領域にグループとして達しているわけだ。









Sleaford Mods

English Tapas


Rough Trade/ビート

PunkModRapElectronicMinimal



Amazon
Tower
HMV

最新のプロモーション写真でもうひとりのメンバー、アンドリューの着てるピカチューのTシャツ、いいっすね。

JW:んーと……あー、それってどのTシャツのことを言ってるんだろ?? 

ポケモンのキャラの、ピカチューのTシャツですけど。

JW:ああ、(急にピン! ときたように)絵が描いてあるやつ、あれのことかな?! うん、わかる。うんうん、あれは俺もいいなと思う! あれはたしか、あいつがどっかから仕入れて来たシロモノで……っていうか、あいつ、どこであのTシャツを手に入れたんだっけな??

(笑)。

JW:あれを、奴はエドウィン・コリンズからもらったはずだよ。俺たち、(元パルプの)スティーヴ・マッケイ所有のスタジオで作業していたんだ。そこで、あのTシャツをゲットしたんだと思うけど。

(笑)マジですか!?

JW:うんうん、俺たち彼のスタジオで作業してたし……っていうか、俺がいまここで思い描いてるのって、「白地に黒でドローイングの描いてある」、そういう図柄のTシャツのことなんだけど?

いやいや、それのことじゃないですね。

JW:あー、そう!?

あの、あれ。「ピカチュー」です。日本の「ポケットモンスター」というアニメを元にした、ゲームでも有名なキャラのピカチューのことなんですけどね。

JW:(素直にびっくりしたように)へえ! なんと! そうなんだ。

はい。

JW:(どう返答していいのかわからない&どのTシャツなのかサッパリ見当がつかない、といった風で困った様子)ワーオ……オーケイ……。

ともあれ、アンドリューはあの手の妙なノベルティTシャツ(※他にも、米アニメ「シンプソンズ」の警察署長キャラ:ウィガムをフィーチャーしたTなどを着用)をたくさん収集してるみたいですよね?

JW:ああ、うん。あいつはそれこそ他に誰も着ないような、ケッタイな古い服を見つけてくるんだよな(苦笑)。

(笑)アハハ。
でまあ、それってあんまりこう、一般的には「すごくクールな服ですね!」って風には思われない、そういうシロモノなわけで。

(笑)いやー、あのピカチューTシャツはかっこいいな! と思いましたよ。まあ、それはあのキャラが日本のアニメ発だから、というのもあったかもしれませんけど。

JW:ふーん、なるほど。

でも、アンドリューがロゴTだのキャラの描かれたTシャツ姿なのが多いのに対して、あなたは無地/モノクロームというか、何も描かれてない服装が多いですよね?

JW:うんうん、たしかに……。

それって、あなたにとってのファッション面でのこだわり、みたいなものだったりします?

JW:いやぁー、それはないよ! ただ……だからまあ、俺は服を買いに行くとか、ショッピングするのはかなり好きな方だし……そうは言っても、俺の好みは(ノベルティTとかとは違う)、もうちょっと高級なタイプのファッション、みたいなものなんだけどさ。

へえ(笑)!?

JW:いやいや、だからさ、「高級」って言ったって、それはなにも「金がかかってる、これみよがしに派手な服」っていうのじゃなくて、一見したところ、ものすごーく平凡なんだよ。

ああ。

JW:ただ、見た目は地味でも非常に良く仕立てられているし、だからこそ長いこと付き合い愛用できる服、という。

なるほど。ちなみに、そんなあなたにとって、リアム・ギャラガーが関与しているモッズ系なブランド:Pretty Greenの服はどうですか?

JW:あれはひどい! うん、ひどい。

(苦笑)気に入らないみたいっすね……

JW:あれはダメだろ? っていうか、リアム・ギャラガー本人を非難するつもりは、俺には一切ないんだけどね。そこはわかってほしいし……言うまでもなく、彼はとても良いシンガーだしさ。ただ……(息を深く吸い込んで)彼の関わってるブランドの服、あれは、好きじゃない。ノー。あれはヒドいよ。

(笑)でも、彼はあのブランドを通じて「現代のモッズ」をやろうとしているんじゃないですか?

JW:あー、うん。そうだよな。ただ、あのブランドの「モッズ」って、とにかくミエミエ過ぎなんだって。

(苦笑)なるほど。

JW:だから──たとえばの話、かつての時代のモノホンのモッズを振り返ってみれば、彼らはあそこまでわかりやすい、ミエミエに「モッズ」って見た目じゃなかったわけ。

ええ、わかります。

JW:だから、「モロにモッズ!」な格好じゃなくて、実際の彼らは、ある意味もうちょっと控えめだった、という。だろ? それこそ、「これはファッショナブルとは言えないな」とすら映るような、野暮ったさの一歩手前なルックスだった。で、なんというか、そういう面に俺は魅力を感じるんだよ。「お洒落だろうか?」と気にしていないっていう。

なるほど。まあ、お金って面もあるでしょうしね。リアムみたいにいったん大金を手にしたら、その人間は道楽のように「モッズが好きだから、じゃあ自分自身の『モッズ・ギア』のファッション・ラインを作ってみるか」なんて考えるものなんでしょうし。

JW:ああ、だよな〜。でもまあ、あれってのは……いや、きっとあれ(Pretty Green)をやるのは、彼(リアム)にとってはいいヴェンチャー・ビジネスの機会でもあるんだと思うよ。

ええ、もちろん。

JW:きっと、あのブランドをやることで彼もいくらか稼いだんだろうし。だけど、こと……あのブランドそのもののテイスト/趣味って意味で言えば、ありゃあんまり上品とは言えないだろう、俺が思うのはそれだけだな。

はっはっはっはっはっ!

JW:(苦笑)分かるだろ?

(笑)それに、かなり高いお店ですしね。

JW:うん、ファッキン・イエス! 大枚はたかされるよな。とんでもない……ってのも、Pretty Greenはここ、ノッティンガムにも支店を出しててね。

あ、そうなんですか。

JW:ああ、まだ順調に経営が続いてる。うん……でまあ、あの店はたくさんの人間に受けててさ。こっちで言う、いわゆる「若い野郎連中向けのマーケット」にね。だから、アークティック・モンキーズだとか、もちろんオアシスもそうだし、それとか……カサビアンとか? とにかくまあ、その手の音楽にハマってる若いラッズをターゲットにしたマーケットのこと。で、Pretty Greenは、そういう音楽が好きでフレッド・ペリーなんかを買いに走る若い野郎、それとか若い女性連中の関心を掴んでるわけだ。だからそういう類いの「市場」がちゃんと存在してるってことだし、実際、もうかるマーケットなんだよ。かなりの額の金が動くからね。

ええ。

JW:というわけで……ただまあ、俺から見るとあれは「あんまり趣味が良くないな」。と。うん、服としてのテイストは良くないし、見てくれもヒドいよ。

(笑)了解です。

JW:おう。

[[SplitPage]]



ノッティンガムってのはかなりの多文化都市だしね。多様なカルチャー、色んな人びと、様々な肌の色、それらが混ざり合っている……それは快適で気持ちの良いミクスチャーであって、人びとはみんな、他の連中の持つ独自のカルチャーをリスペクトし合ってきたよ。ただ、そんななかにもごく一部に分派、かなり人種差別な傾向を持つ団体が存在している、だけど、それってもう、昔からずーっとそうだったわけだろ? 


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ブレグジットが浮上して、半年以上が経ちますが、ノッティンガムに変化はありますか? 

JW:(軽く「ハーッ」と息をついて)「これ」といった変化はまだ起きていないと思うけど?

そうですか、それは良かった。

JW:(つぶやくように)まだ、この時点ではなにも起きてないよ。まだ、ね……。(一拍置いて)ただ──そうは言っても、いまの俺はもう、昔みたいな単純作業系の職には就いていないしね(※ジェイソンは2014年から専業で音楽活動をやっている)。だから、そうだな……俺は、いわゆる「クソみたいな仕事」であくせくしてはいない、ってこと。というわけで、ブレグジットが民営セクターにまで影響を与えているのかどうか、本当のところは俺にもわからないんだ。いままでのところは、ね。

そうは言っても、たとえば地元でパブに行ったり通りを歩いているうちに、ノッティンガムのなんらかの「変化」に気づくことはありませんか?

JW:ああ、ノッティンガムの都市部ではなく周辺の田舎のエリア、それはちょっとあるかも。俺の住んでるあたりでは、そういうのはそれほどないな。だから……なんというか、ある種の「人種差別的な気質」はたしかに存在するし、そうした面が表に出てきて目につく、というのはある。でも、そんなことを信じてるのはごくごく少数な連中だし、なのにあいつらは脚光を浴びて不相応な注目を集めている、と。

はい、わかります。

JW:だろ? だけど、連中の言ってることは広く伝わってしまうんだよ。というのも、あいつらの発しているメッセージはものすごく卑しいもので、だからこそ人目を引く。音を立ててる人間の数そのものは少ないのに、それが倍の音量で伝わってしまう、みたいな。

ですよね。

JW:でも……ノー、だね。「これ」といった、あからさまな経験は自分の身には降り掛かっていないな、正直言って──いまの段階では、まだないよ。うん、とりあえず、いまのところは、まだ。っていうか、ノッティンガムってのはかなりの多文化都市だしね。多様なカルチャー、色んな人びと、様々な肌の色、それらが混ざり合っている、そういう場所なんだ。だから……それは快適で気持ちの良いミクスチャーであって、人びとはみんな、他の連中の持つ独自のカルチャーをリスペクトし合ってきたよ。ただ、そんななかにもごく一部に分派、かなり人種差別な傾向を持つ団体が存在している、そこは俺にもわかっていて。だけど、それってもう、昔からずーっとそうだったわけだろ? 

はい。

JW:ただ、ブレグジットってのは……さっきも俺が言ったように、そういう不満を抱える少数の人間たちが、自分らの意見をもっと声高に叫ぶ機会を与えてしまった、と。

なるほど。それを聞いていると、日本も似たような状況なのかな? と感じます。イギリスと日本はどちらも島国ですし、そのぶん「自分たちの国境を守る」という意識が強いと思うんです。もちろん、日本人の9割は善良で優しいタイプだとは思いますけど──

JW:もちろん、そうだろうね。

ただ、一部にバカげた差別意識を持つひとがいるのは事実だ、と。

JW:ってことは、日本だと人種差別って結構多いの?

いや、おおっぴらで頻繁ってことはないと思いますけどね。ただ、イギリスがヨーロッパ大陸に面しているように、日本も中国・アジア/ロシアという大陸を背にしている国で。でも、アジアからやって来る人びとを蔑む傾向があったりしますし。

JW:うん、なるほど。

それってまあ、「日本は島国で、純粋な民族である」みたいな、アホでナンセンスな認識が残っているからだろうな、と思ってますけど。

JW:だろうね……うん、言ってることはわかるし、そうだよね。うん、いまの話は面白いな。でも、訊きたいんだけど、ってことは、いまも日本には「アンチ西洋」、あるいは「反米」みたいなフィーリングが強いのかな?

いやー、それはないと思いますよ!

JW:そう?

ええ、それはないですよ。心配しないでください。だから……日本人の奇妙なところって、知性とか文化の面で「こいつらは自分たちよりも進んでいるな」と感じる相手には、好意を示すんですよ。

JW:なるほど。

だから、外国人に対しても……これはとても大雑把な言い方になりますけども、もしもその外人がいわゆる「金髪青眼」だったら、日本人は「わー、かっこいい!」と気に入る、みたいな。

JW:あー、なるほど。

それってまあ、おかしな感覚ですけどね。

JW:うんうん……。

自分でも、そういうノリは理解できないんですけど。ただ、そういう感覚はまだ残っていて……うーん、すみません、自分でもうまく説明できない。

JW:オーケイ。興味深い話だ。

というわけで要約すると:「あなたがアングロ・サクソン系の見た目であれば、日本でトラブルに遭うことはまずないでしょう」というか(笑)。

JW:(苦笑)おー、オーケイ、わかった! だったら安心だな。俺たちもひとつ、日本に行くとしようか!

(笑)ぜひ、お願いします。

JW:クハッハッハッハッハッ!

 この生まれたばっかの地獄には
 悲しみまでもが積もってく
“Time Sands”(2017)

俺としてはさほど「怖がってる」わけでもないし、あるいは「連中を恐れてる」っていうんでもないんだけどね。そうではなくて、俺はあいつらが「憎い」んだ。ものすごい激しさで彼らを憎悪しているし、だからこそ、そんな俺にやれる唯一のことというのは、なんというか、自分自身をそこから切り離してしまうことだと感じる、みたいな。

ブレグジット、トランプ、世界はこの1年で大きな衝撃を経験しましたが、いまどんな気分でしょうか?

JW:うん、うん……(咳き込んで声を整える)いやほんと、かなり不安にさせられるよな。だから、だから……このあり得ない、ひどい状況をすべてギャグにして笑い飛ばすのは、ほんと簡単にやれるんだよ。ってのも、ある意味色んなヘマを起こしながら進んでいるわけで。

ただ、政治なんでジョーク沙汰じゃないですよね。

JW:ああ、もちろん冗談事じゃないよ。ノー、これはジョークなんかじゃない。だから、いまのこの事態を大笑いしている人間が多くいるのに気づくわけだけど──でも、そうやって笑っていないと、泣くしかないしさ。だろ? 

たしかに。

JW:で……まあ、うん、これからどうなるのか、まだわからないよね。ってのも、俺としても彼らが一体なにをやってるのか理解できない、彼らがイングランドでなにをやっているのか、さっぱりわからないんだ。彼らは本当にひどいし、とても残酷なことをやっていて……だから、どうしてそうなってしまうのか、理解できないっていう。混乱させられるばかりだし、俺は完全に疎外されてしまった。彼ら脱退賛成派を人間として理解できないし、どうして彼らがああいう風に動いているのかも理解できない。ってのも、ブレクシットを進めながら、彼らは緊縮財政で予算削減も続けてるわけだろ? この国はいまや、完全にどうしようもない状態にあるってのにさ。
 でも、まあ……かといって、俺としてはさほど「怖がってる」わけでもないし、あるいは「連中を恐れてる」っていうんでもないんだけどね。そうではなくて、俺はあいつらが「憎い」んだ。ものすごい激しさで彼らを憎悪しているし、だからこそ、そんな俺にやれる唯一のことというのは、なんというか、自分自身をそこから切り離してしまうことだと感じる、みたいな。わかる?

ええ。

JW:でも、思うに……トランプ政権に対しては、そこまで感じないな。というのも、あれはアメリカ人の問題であって、俺の国じゃない。アメリカに住んでるわけじゃないからね、俺は。だから、自分に(トランプの)直接的な影響が及ぶことはない、と。

ただ、あなたたちはもうすぐアメリカをツアーしますよね(苦笑)?

JW:ああ、アメリカ・ツアーを控えてる。うん、これから5週間後くらいにあっちに行くよ。だから、いまのアメリカがどんな感じなのか、現地で見聞きできるのは興味深いよな。

そうですね。

JW:それでもまあ、共有されてるコンセンサスっていうのはいまだに──「あなたが健康な身で、銀行口座に残高がある限りは大丈夫です」なんだよ。ところが、いったん健康を損ねたり、あるいはお金が尽きてしまうと、途端にその人間はおしまい、アウトだ、と。

ええ。

JW:というわけで……そういうもんだろ? その点はほんと、ちっとも変わっていないよな。ところがいまというのは、やかましい主張を掲げたもっと声のでかいアホどもが権力を握ってしまったし、しかもあいつらはひどい信念の数々を抱いてるわけで。でまあ……そうだね、前政権よりはわずかに劣るよな。

その前政権とは、キャメロンのこと?

JW:いやいや、アメリカの話、オバマだよ。だから、多くの意味で「みんなおんなじ」って感じじゃない、実は? いやまあ、俺だって無知な人間みたく聞こえる物言いはしたくないし、様々なことを実現させるべくオバマは最大限の努力をした、というのは承知しているんだよ。彼は「大統領を退任して優雅に引退」するに値する、多くのリスペクトを寄せられるにふさわしい、それだけの働きはしたんだし(※ちなみに:2月初め、引退後さっそくイギリスの大富豪リチャード・ブランソン所有のカリブ海にあるネッカー島でのホリデーに招かれ、ボート遊びやカイトサーフィンに興じるオバマの姿がSNSに登場。批判する声も多かった)。
 ただ、やっぱり人間ってエリート主義が抜けないんだなぁ、と。それってもう、ダメだよ。とにかく終わってるって。それって問題だよ。でも、そこで生じる問題というのは、これはとてもでかい問題だけど、じゃあ、そこでどうすればいいんだ?と。誰かが去って行っても、また代わりに他の人間が入ってきて「これからはこうなる」と指図するわけで。

なるほど。それってもう、「椅子取りゲーム」みたいなものですよね? 主義がリベラルであれ保守派であれ、エリートのグループに属していればいつか順番が回ってくる、みたいな。

JW:まさにそういうことだよな。で、こうしたことについてくどくど話してる自分自身が、我ながら嫌でもあってね。そうやって現れる小さな側面をいちいち理解しようとトライしているわけだけど、支配する側の集団はおのずと生まれている、という意味で。ってのも、ある意味同じ「鋳型」から彼らは出てくるんだし……だけど、人民ってのは巨大だし、ものすごい数の人類が存在するわけだろ? なのに、俺たちはみんな、ひとりの人間に、それからまた次のファッキン誰かさんの手へ、って風に振り回されているだけっていう。自分らがどこからやって来たのか、それも一切関係なし。
 だから、俺たちはあちこちに振り回されたらい回しされてるだけ、なんだよ。「これをやりなさい」、「あれをやりなさい」って命じられるばかりで、俺らは隅の一角にどんどん押しやられていく。戦争が起きると、ひとつの国は完全な悪者として処罰を受け、国土をすっかり破壊されてしまう。かたや相手の国は、そこまでひどい扱いを受けることはないわけで……ただまあ、世界って常にそういうものだったわけじゃない? で、そこが……(勢いあまって、やや言葉を詰まらせる)そこ、そこなんだよ、俺としてはとても混乱させられるし、そしてフラストレーションを感じさせられるものっていうのは。とにかく、「それ」なんだ。だから、統治する側は永遠に優勢な立場にいるし、それが変化することもないだろう、と。その状況にフラストレーションを感じるっていう。

その「諦め」に近い感覚は、日本にもあると思います。イギリスほど階級制が強くないとは思いますけど、やっぱり一部にエリートの支配層が根強いですし。「なにも変わらないんじゃないか」と感じるひとはいるでしょうね。

JW:うん、きっとそうだろうね。


 俺たちはこれ以上魂を売らねぇ 

 でも3ポンドでくれてやるよ

 お願いだよ もう最悪 

 ブレクジットはリンゴ・スターのアホを愛してる

“Dull”(2017)


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『イングリッシュ・タパス』という言葉は、いまのイギリスの現状を大いに物語るものでもあるよな、と思ってね。だから、無学だし、チープ。そんな風に、人びとはとりあえずのありもので間に合わせざるを得ない状態にある、と。


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「英国的」と言われているスリーフォード・モッズですが、自分たちの音楽が英国以外で聴かれることについてどう思いますか?

JW:(即答)グレイトだと思うよ!  

(笑)なるほど。

JW:うん、最高。だって、自分たちとしては「きっと俺らはノッティンガム止まりに違いない」とばかり思ってたしね。

あっはっはっはっはっ! そうだったんですか?

JW:(ややムキになった口調で)いや、マジにそう思ってたんだって! ってのも、俺たちの音楽ってのは、こう……とてもローカルで地方限定なものなわけじゃない? 他の地では通じないような言葉だらけ、ローカルな通語でいっぱいな音楽だしさ。

ええ、そうですよね。

JW:だから……「地方喋り」そのまんま、なわけ。それに、俺が歌のなかで語っている事柄にしたって……ぶっちゃけ俺以外の誰にも理解できないであろう、そういう話を扱ってるんだし。

(苦笑)なるほど。

JW:もちろん、その「正直さ」が伝わる、ってところはあるんだろうけどね。だから……うん、俺たちとしても、(英国以外の国の人びとが聴いている、という事実に)本当にびっくりさせられたよ。

そういえば、あなたたちはドイツで人気が高いなって印象を受けてるんですけども。

JW:ああ、あっちでは人気だね。

それってどうしてなのかな、なんでドイツ人はスリーフォード・モッズに反応してるんだろう? と不思議でもあって。やはりドイツだと、「言葉の壁」はあるわけですし。

JW:うん、それは間違いなくあるよ。ただ、俺が思うに……ドイツってのはパンク、あるいはポストパンクのあれだけ長い歴史がある国なわけで。だから、ミニマリストな国なんだよな。で、彼らが俺たちに惹かれるのは、俺らの音楽にあるミニマリズムもひとつの要因なんじゃないか? そう、俺は思っていて。で、んー……俺自身としては、自分たちの音楽にはかつてのなにかを思い起こさせる面もあると思う。と同時に、この歌い方のスタイルにしても、おそらく聴いていると昔いた誰かを思い出させるんだろうし……だからまあ、これってちょっと奇妙なバンド、なんだ。ただ、考え抜いた上でこういう音になったわけじゃない、っていう。うん、色々と考えあぐねたりはしないよ。

新作を『イングリッシュ・タパス(English Tapas)』と命名した理由を教えていただけたらと思います。

JW:まあ、俺たちはこれまでも「スペインのタパス」は体験してきたわけだよね。「スパニッシュ・タパス」と言っても、そのバリエーションの一種、ということだけど。だから、スペインのバーで出てくるタパスといえば、一般的にはピンチョス(※パンを使ったカナッペ風、あるいは楊枝を刺したバスク風の軽食。屋台他でも供される)なんかがそれに当たるよね。でも、その一方でもっと高級な「タパス」なんてのもあって……だからまあ、とにかく俺たちはスペインのタパスは経験豊富、色々と触れてきたわけ。で、ある日、アンドリューがイギリスでどっかのパブに入ったとき、そこのメニュー板に「イングリッシュ・タパス」って書かれているのを目にしてね。それがどういうシロモノかと言えば、スコッチ・エッグ(※ゆで卵を味付けしたミンチでくるみ、衣をつけて油で揚げた庶民的なスナック)にお椀に入ったフライド・ポテトが添えてあります……みたいな、(さも可笑しそうにクククッと半分吹き出しながら)とにかく、あーあ、これってマジにしょぼくてクソじゃん、(苦笑)、そういうメニューでさ。

(笑)。

JW:だから、俺たちも「これは笑える!」とウケたけど、と同時に、このフレーズってある意味、いまのイギリスの現状を大いに物語るものでもあるよな、と思ってね。だから、(タパスのなんたるかを知らないで「タパス」という言葉を使っている意味で)無学だし、(料理そのものも安上がりで)チープ。そんな風に、人びとはとりあえずのありもので間に合わせざるを得ない状態にある、と。そんなわけで、「これってどんぴしゃなフレーズだな」、俺たちにはそう思えた、というだけのことなんだよ、ほんと。

なるほど。フィッシュ&チップスみたいなありふれた料理のミニチュアでイギリス流に「スペインの伝統」をやっているのが滑稽に映った、と。

JW:うんうん、ほんとひどいよ! あれはひどい。せっかくタパスをやるんなら、もっと他に色んなやりようがあるのにさ……。ただまあ、これって一部のイギリス人にある態度だったりするけどね。だから、他のカルチャーに存在する美しいアイデアを引っ張ってきて、それをすっかり粗悪なものに歪曲してしまう、という。

ああ。でも、それがまたイギリス人の長けているところ、でもあると思いますけどね? 粗悪にしてしまうとは限らず、他のカルチャーから影響を受けて、それを自分たちなりに解釈し直す、という。

JW:うん。

たとえばレゲエのUK音楽への影響は大きいし、アメリカのブルースを、ローリング・ストーンズのようなバンドは1960年代のアメリカにある意味「逆輸入」したわけです。

JW:あー、うん、それはそうだよね……。たしかにそうだ。

その意味で、他文化の翻案はイギリスの遺産でもあるのであんまり恥じなくてもいいかな、とも思いますが?

JW:いやいや、全然、そういうつもりじゃないんだ! だから、そうしたイギリスの遺産を恥じるっていうのは、俺にはあんまりないんだよ。ってのも、俺がこういう音楽をやってるのも、主にそうしたかつてのイギリス産のバンドたちのおかげなんだしね。ただ……最近の自分たちってのは、この国の持つ良い面よりも、そのネガティヴな側面の方ともっとつながってしまっていて。

ああ、なるほど。

JW:だから、俺の考え方もネガティヴなそれになってしまうわけ。人びとに失望させられたって感じるし――保守党に投票した連中に裏切られた、EU脱退に賛成票を投じるのが得策だと考えた人びとに失望させられた、そう感じるっていう。というわけで、イギリスをネガティヴに捉えるのは俺個人の問題っていうか、うん、きっと俺の側にバイアスがかかっているんだろうね。

でも、その感覚はもっともだと思います。自分の周辺の正気な人間、イギリス人の友人はみんな、いまが大変な時期と承知していますし。聖ジョージ旗(※白地に赤いクロスが描かれたイングランド国旗で、連合王国フラッグの意匠の一部)だのユニオン・ジャックを誇らしげに振り回す時期ではない、と。

JW:まったくその通り。そういうのをやるには、実に悪いタイミングだよな、いまってのは。


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イギリスの遺産を恥じるっていうのは、俺にはあんまりないんだよ。ってのも、俺がこういう音楽をやってるのも、主にそうしたかつてのイギリス産のバンドたちのおかげなんだしね。ただ……最近の自分たちってのは、この国の持つ良い面よりも、そのネガティヴな側面の方ともっとつながってしまっていて。









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名前に“MODS”という言葉を入れたのは、ジェイソンがかつてザ・ジャムやMODカルチャーに影響されたからだと思いますが、最大級の皮肉にも感じます。

JW:だよな。

あなたたちの音楽にはモッズ風なギター・サウンドも、ランブレッタも含まれていないわけで。

JW:うん、ないない! ノー、それはまったくない。

では、バンド名になんでモッズと付けたのでしょうか?

JW:それはだから、俺が「モッズ」ってもんにすごく入れ込んでいるからであって。俺がハマってる「モッズ」の概念ってのは、新しいものを取り入れるって面なんだ(※モッズはもともと「Moderns」の略で、先進的な感覚を称揚した)。かつてのモッズというのは前向きに物事を考える、そういう考え方のことだったし……わかるだろ? 多くの人間が過去のなかで生きていたのに対して、モッズの姿勢は「過去に捕われずにいよう」、そういうものだった。それなんだよ、俺が好きな、多くの人間が抱いている「モッド」の概念ってのは。過去に留まってはいない、というね。
 だから、「モッズ」の字義通りの意味合いを考えなくちゃいけないんだよ。あれは要するに、「モダニズム」から来ている言葉だしね。だから、その本来の意味は考えてもらわないと。で──その意味で、「モッズ」というのはクリエイティヴィティを生み出すってことじゃなくちゃいけないし、同時代的なものであり、それに今日(こんにち)についてなにかを語らせる、そういうものであるべきなんだよ。

はい。

JW:ってのも、この世界の根本は変化していないしね。俺たちは永遠に、この「資本主義」っていうでかい傘の下で生き続けるんだろうし。まあ、この意見は「俺からすればそう思える」ってものだけど、少なくとも自分の知る限りはそう。だからこそ、その点について語るのは重要なんだよ。その点を音楽のなかに含めるのは大事なことなんだ、と。

なるほどね。この質問の意図には、日本における「モッズ」というものの理解も混ざっているかと思います。日本だとモッズは常に「ファッションのひとつ」という捉えられ方で。

JW:ああ、そりゃそうだろうね。

スクーターにモッズ・パーカ、映画「さらば青春の光」……とでもいうか、風俗として伝わっているけれど、さっきおっしゃっていた「(それそれの時代の)モダニスト」という真の意味はあまり伝わっていない気がします。

JW:うん。だけど、人びとはそこを理解しないといけないんだよ。だから、「モッズ=1963年」っていう概念は、捨ててもらう必要がある。ってのも、いまは1963年じゃないし、それは過ぎ去ってしまった。過去、だよ。

ただ、さっきも言ったように、いまでもPretty Greenの服やフレッド・ペリーのポロシャツを買う若者は絶えないわけで──

JW:ああ、その通り。だから、根強い人気があるんだよね。いまだにすごくポピュラー。ということは、俺の持つ「モッズ」の概念ってのはいつだって、彼らの考える「モッズ」ってのにかなわないのかもしれないな(苦笑)。

ハハハ!

JW:要するに、俺がスリーフォード・〝モッズ〟でなにがしかのトレンドをはじめたわけじゃない、と。ってのも、そんなの起こりっこないからさ!

はい。

JW:んー、だから、そういう風に一般化した「モッズ」の概念ってのは、これまでも、これからも続いていくものなんだよ。ただ、俺はとある時点で、その一般像に辟易してしまってさ。すっかり、嫌気がさした。ってのも、そんな「モッズ」の概念はなにもやってなかったし、形骸化していた、とにかく俺にはそう思えて。だからこそ俺はより突っ込んでモッズについて考えるようになったし、それに取り憑かれてしまった、と。というわけで……うん、だから、スリーフォード・モッズには「モッド」がたっぷり含まれているんだよ。ただし、聴く人間にすぐわかるあからさまなものではない、というだけで。

ちなみに、あなたたちのライヴをいわゆる「モッズ」なタイプは観に来る? それともそうした層からは無視されてる、とか?

JW:ああ、それなりの数のファンはいるよ。間違いなく、俺たちはモッズ連中からも共感は得ているね……うん、それは確実にそう。

それは良かった。というのも、自分のイメージだとモッズは純粋主義者というか、「ひたすらノーザン・ソウルで踊る」みたいな。

JW:うんうん、その面はあるよな。たしかにそういう面は持ってる。そうだなぁ、その手の「純粋主義」な連中が俺たちのことをどう思うのか……俺にもよくわからないけども。まあ、たぶん気に入らないんじゃない?

(笑)。

JW:きっと、全然俺たちの音楽を気に入らないと思う。聴いて即、「こいつらは却下!」だろうな。でも、そうは言ってもそうした純粋主義者のなかにもオープン・マインドな奴らはたくさんいるし、なんというか、「新しいこと」を取り入れるのに積極的って奴はいるからね。

**************

あなたたちの音楽から、自分は「いまのブリテン」に対する失意を多く感じるんですね。

JW:ああ。

では、10代、20代、30代のあなたがたは、人生に対してどんな夢を描いていたのでしょう? あなたの年齢だと10代は1980年代に当たりますが、まずそこからお願いします。1980年代のあなたの夢は?

JW:うん、とにかく生まれ故郷から脱出したかったね。そうやって外に出て行って……つまらない仕事に従事すること、その不快なリアリズムから逃れたかった。若いうちから住宅ローンを抱えていたし、それが鎖みたいに俺を縛り付けていたんだよ。

ああ〜、そうだったんですね。

JW:でも、俺自身はそんなのまったく欲していなかったし……俺はいろんなことを体験したかった。(軽く息をついて)でまあ、そういう生き方にトライしてみたし、ある程度それは実現させたんだ。けど、俺は自分自身の面倒をみるのがあんまり上手じゃなくてね。だから、しょっちゅうどうしようもない状態に自分自身を落とし込んでいた、と。だけどまあ……うん、若いうちから、俺はエスケープを求めていたね。

その状況は、20代=1990年代にはどう変化しました? この時期に、あなたはおそらく音楽をはじめて、バンドにも参加していたかと思いますが。

JW:うん、だからあの頃は、「音楽をつくる」のが夢だったんだよ。要するに、音楽活動を通じてどこかに出て行ければいいな、と。というわけで、俺は音楽について学び始めたし、自分の技術、クラフトを学んでいった。そこからだったんだよね、俺が「モッド」に対する疑問を非常に強めていったのは。「どうしてこうなるんだ?」と。ってのも、俺は以前にいろんなモッズ・バンドに参加していたし──それはまあ、「モッドな傾向を持つ」と言っていい類いのバンドのことで(※以下の発言からも伝わると思いますが、ここでジェイソンの言っている「モッズ寄りなバンド」というのは、一時のブラーやオアシスのように「ブリットポップにアレンジされて再燃した、広い意味でのそれ」のことだと思います)、そういうのに2、3、関与したことがあったんだ。で、それらは……とても限定されたものだと感じてね。リミットがあったんだよ。
 だから、当時の俺には世のなかが変わりつつあるのが見えたし、そういうのは終わりを迎えていた。ブリットポップ熱はあっという間に過ぎ去ってしまった。世界は変化してしまったし、なのに「モッズ」という概念は旧態依然としていた、と。

なるほど。ということは、あなたにとって最悪な時代というのは「その後」=30代に入った00年代、になりますか?

JW:うん、30代に最低な時期を迎えたね。まったくもって、良いとこなしの時期だった。

それは、あなたが自分の方向性を見失ってしまったから? 「なにをやればいいのかわからない」みたいな?

JW:ああ、うん……でもまあ、「方向性を見失った」ってのはちょっと違うかな。ってのも、そんな時期にあっても、俺は「自分は音楽だ」って姿勢を崩さなかったし、曲を書き続け、学んでいたから。

なるほど。

JW:ただ、こと「自分が持つ自己のイメージ」っていう意味では、「こうありたいと思う自分」という意味で、自らの方向を失っていたね。だから、俺は長いこと……かなり思慮に欠けた人間だったんだよ。それでも、この考え、「音楽で進路を切り開こう、音楽で生計を立てよう」って思いつきになんとか執着し続けてきたわけだけど、と同時に同じ頃、自分でも悟った、というのかな。だから、いったん30代になってみて、「音楽のなかにおける自分の〝居場所〟を理解し、学ばなくちゃいけない」って思いが浮かんだんだ。
 というわけで、そんな俺にとって、ただ「自分以外の何者かのフリをする」ってだけでは物足りなくなってしまったんだよ。ってのも、あの手のバンドの多くがやってるのってそういうことじゃない?

はい。

JW:だから……うん、30代は「学びの時期」だったね。もちろんそうは言ったって、楽しい思いも味わったんだけどさ。でも……と同時に、あれは決して「グレイトな時期」ではなかった、という。

“Jobseeker”の歌詞は実体験を元にされているんですか?

JW:もちろんそう。

非常にタフな内容で、「うわぁ……」と感じてしまうんですが。

JW:あれは実体験に基づいてる。だから、あんな風に俺は長いこと、とても低調な状態にあったんだよ。職業斡旋所に申し込みをしなくちゃいけなくて……そうやって、職を見つけてなんとか事態を解決しようとするわけ。ところが俺にはそれができなかったし、最悪だった。どうにもうまくいかず、機会をおじゃんにし続けるばかりでね。というわけで、“Jobseeker”ってのはそういう状況にぱっと目線を落としてみた、という曲なんだ。で──あの曲のストーリーは、いまも語る価値のあるものだと俺は思っている。というのも、いまだに多くの人びとが毎日、あの体験を経ているわけだから。

ええ、ええ。

JW:だから、成功したにも関わらず俺たちがあの曲をプレイし続けている、その点を批判されてもきたんだよ。だけど、あそこで歌われているのは俺が実際に体験した物事なわけだし。で……「のど元を過ぎれば」って具合に、その人間が過去に味わった経験を忘れるのは当然だと人びとが考えるのって、ほんと無礼な話だと思っていて。
 だから、もしもあれが俺の実体験を歌ったものじゃなければ、なるほどそう批判されても仕方ない、ごもっともです、と。ところがあれは、俺自身がかなり何回も潜ってきた体験だからね。で、俺としてはあの経験/ストーリーはいまでも有効、伝える必要のあるものだと思っているし、“Jobseeker”はやっぱりまだかなりパワフルな歌であって。だから俺たちはいまも歌うよ、と。

具体的にはどんなお仕事をされていたのでしょうか? 以前は区の失業手当のアドバイザーもやっていたそうですが、他には?

JW:うん、洋服屋、色んな洋服屋で働いてきたよ。洋服屋の経験は豊富だし……あれはかなり良い仕事だよね。ってのも、俺はもともと洋服が大好きだし、だからある意味、あれは興味深い仕事だった。それから……倉庫の人夫仕事に、工場勤めもやったし、警備員だったこともある。カフェで働いたこともあったな。

(笑)あらゆる類いの仕事をやってきた、と。

JW:そう、なんでもやった。

(※ウィリアムソンの職歴に関して野田ライナーは間違えています。ここに訂正、お詫び申し上げます)


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イギリスの遺産を恥じるっていうのは、俺にはあんまりないんだよ。ってのも、俺がこういう音楽をやってるのも、主にそうしたかつてのイギリス産のバンドたちのおかげなんだしね。ただ……最近の自分たちってのは、この国の持つ良い面よりも、そのネガティヴな側面の方ともっとつながってしまっていて。









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さて、音楽的な話をしたいのですが、『イングリッシュ・タパス』は、『オーステリティ・ドッグス』の頃にくらべて、機材的な変化はありましたか? 

JW:それはない。変化なし。以前とおんなじ。

(笑)。

JW:いやまあ、アンドリューは2、3個くらい、「おもちゃ(ガジェット)」を買ったけどさ……。

はっはっはっはっ!

JW:ただ、それにしたって、たぶんたかがiPadとプログラムをいくつか購入、程度のもんだろうし。うん、変化と言ってもそれくらいだよ、ほんと。

あなたたちのライヴの映像をネットで観ても、基本アンドリューはラップトップ1台きりで、実に「経済的」なセットアップですもんね。

JW:うんうん、だから、実際のとこ、俺たちはあんまり多くの機材を必要していないんだよ。ふたりともエレクトロニカに入れ込んでるし、それにヒップホップもいまだに好きで。その手の音楽はシンプルな機材を使う媒体だし、そういうのが好きな俺たちもまた、自然にコンピュータ使いに向かう、と。それに言うまでもなく、テクノロジーは発展しているわけで。あれらの装置……マシーンも、技術の進歩を受けて小型化してもいる。だから、それこそもう、(苦笑)「なにも使わず音楽をやってる」みたいな?

(笑)なるほど。では2013年頃以来で、とくにレコーディングにおける機材面での変化はなし、と。

JW:ないない。唯一の変化と言えば、おそらく俺たちはもっとベターな曲を書く術を学んだ、その意味で、だね。だから、歌詞の面においてもいままでとは違う題材を扱うようになったし……それに、俺はシンガーとしても学んで、たぶん以前より良くなったんじゃないかな? だから……変化と言ったらとにかくそういう事柄だろうし、うん、そうやってなにもかも、実に絶え間なく発展している、と。
 でもほんと、そうあるべきなんだよ。ってのも、この俺たちの「公式」はあんまりいじれないからね。そもそもとてもミニマルなフォーミュラだから、過度にその領界を押し広げようとすると、逆に良さをブチ壊すことになってしまう、と。わかるだろ?

たしかに、ヘタにそれをやるとバカげたものになっちゃいますよね。

JW:うん。

たとえばあなたがたが急にEDM系のビートを取り込み始めたら、それだけでも「ソールド・アウトした!」ってことになるでしょうし(笑)。

JW:(苦笑)そうそう、まさにその通り。

マイクやサンプラーなどの機材はどのように集められたのでしょうか?

JW:まあ、「あっちでひとつ、こっちでひとつ」って具合に集めてきた、その程度のもんだよ。アンドリューは以前から色々機材を集めていたし、安物のラップトップだとか、チープなマイクロフォンなんかをいくつも持ってて。それに音楽づくりに使ってるプログラム群にしても、思うにアンドリューの奴は海賊版ソフトウェアとかをいくつか持ってた、程度じゃないかな。だから、他の連中の持ってたプログラムの複製、みたいな。でも、エレクトロニカをやるのに、そんなに色んな機材は必要じゃないんだよ。だから……エレクトロニカでためしになにかやってみるのに、最初の時点で大金をはたくことはまずない、と。

ええ。

JW:もちろん、その人間が「本物の、高級なサウンドでエレクトロニカをやりたい」と思うのなら、話はまた別だよ。そういう考え方だと、(機材他で)高額の出費を覚悟することになるだろうし。だけど、俺たちのサウンドってのは──あれはむしろ、そこからどんなアイデアが生まれるだろうか?なんだ。俺たちの手元にあるツールの数そのものはごくわずかだよ。ただ、それらをすべてちゃんと活かしてやりたい、それが狙いなんだ。

あなたたちの音楽はミニマルとはいえ、アルバムを聴き終わるとぐったりすることもありますしね。歌詞といい、その意味合いといい濃いので、40分足らずの作品でも大作を経験したような気がします(笑)

JW:うん、たくさん詰め込まれてるし、聴く側にはかなりの量だよな。

新作『イングリッシュ・タパス』では、ドラムマシン・ビートがよりミニマル(音数が少なく)で、ときに冷酷になっている気もするのですが、そこは意識しましたか?

JW:フム。でも、なんであれアンドリューが持ち込んだものだし、ビートはあいつ次第だから。

(笑)。

JW:要するに、ただあいつがつくってくるだけ、みたいな。で……彼がやっていることは、俺にもわかっちゃいないんだよ。彼がどんな影響を受けてああいうことをやることになったのか云々、そこらへんは俺も知らない。

(笑)なるほど、そうすか……。

JW:だから、詳しいところまでは俺もよくわからない、ってこと。だから、彼はすごく……とにかくうまくやってのけてるし……ほんと、とても、とても腕が立つ奴なんだよな。彼がビートを持ち込んできて、そこから俺たちは一緒に音楽に取り組む、と。

でも、アンドリューのつくる音楽部は、基本的にあなたの書く歌詞とそのムードにマッチしなくちゃいけないわけですよね?

JW:うん、基本的にはそういうこと。うんうん。ただ、俺の歌詞ってのは……型に合わせることが可能っていうか、ループに合わせるのも、ある程度までは簡単にできるものだからね。ばっちりハマるときもあるし、イマイチ合わないなってこともあるわけだけど……んー、だから、かなりストレートなプロセスなんだよ。

 オーガニックのチキンを食った
 ありゃクソだぜ
 夕暮れの寝室で1日が終わる
“Cuddly”(2017)

“Cuddly”なんかはダブっぽいんですけど――

JW:うん、あれもアンドリューが持ってきたビートで、とにかくかなりダビーなものだよね。あるいはスカっぽさがある。

ということは、今作において音楽的な変化は意識しましたか? あなたたちのセットアップはとてもシンプルで、音楽的なバリエーションは決して多くないわけですけども。

JW:ああ、それはあるよね。「音楽的に広げなければ」の考えは俺たちにもあったし、ふたりともそこは自覚していたよ。だからスタジオに入るときも、その点はちゃんとケアしなくちゃいけないんだよ。でまあ──ラッキーなことに、これまでのところ俺たちには曲が浮かんできた、書き続けることができたわけだけども、今後「(書き手としての)壁」にぶつかることになったら、それはそれとして、やっぱ対峙しなくちゃいけないだろうな、と。

つねに踊れる曲を意識していると思うんですけど、ダンス・ミュージックであることのポジティヴな点をどのように考えますか?

JW:うん、そういうポジティヴな要素は間違いなく含めたいね。ポジティヴだし、ほんと、俺たちの音楽って実はポジティヴな形式の音楽なんだ。というのも、中身が濃い音楽だし、たくさんの思考が注ぎ込まれてもいて……だから根本的に、俺たちのやってるのってポジティヴなことなんだよ。でも、うん、かなり「ノれてがんがんヘッドバングできる」、俺たち流のそういうなにかをやるのは、自分たちにとって大事だね。

はい。でも、Youtubeとかであなたたちのライヴの模様を観ていると、お客のなかには「これってなに? どうリアクションしていいかわからない」みたいに当惑しているひともいますよね。

JW:……(沈黙)。

いや、もちろん、ノリノリで踊ってるお客さんもたくさんいますよ! ただ、なかには「ワーオ……! なんでこのひと、こんなに怒りまくってるの??」と不思議そうな表情を浮かべている連中もいるな、と。

JW:ああ……そうだよね。ただまあ、俺がライヴでああいう風なのは、とにかくエネルギーが強いからであってさ。自分は曲そのものの持つエネルギーを取り入れているだけ、なんだ。

なるほど。

JW:でも、俺はなにも……(ハーッと軽く息をついて)まあ、俺って気難し屋の厄介な奴になっちまうこともあるしね!(苦笑)

あっはっはっはっはっ!

JW:(笑)だから、自分には「とてもポジティヴなひと」とは言いがたいときもある、と。思うに、そういう面もちょっと出て来るんだろうね。自分のパーソナリティに備わった側面をそこに乗せてもいる、と。

でも、とくにライヴをやっているときですけども、基本的にハッピーで楽しんでいるオーディエンスと向かい合っていて、ふと「なんで俺はぎゃぁぎゃあわめいてるんだ? なぜ自分はこんなに怒ってるんだ? 俺ってフリーク?」なんて感じることはありますか?

JW:いやいや、それはまったくないよ。どのライヴでも、毎晩俺たちのやろうとしているのは同じこと。ステージに上がり、思い切りプレイして、曲を良く響かせよう、それだけのことだから。

そうなんですね。いや、こっちにいるあなたと年代も近い知り合いには、普段の生活のなかで思わず怒りを感じる、「これは間違ってる」と思うような物事に遭遇して、人目をはばからず声を上げて怒るひとがいるんですよ。

JW:ああ。

それは別に根拠のない怒りでもなんでもなくて、怒って当然ってシチュエーションなんですけど、それでも彼らが我慢せずに怒っていると、周囲の人間はそれが理解できずに「こいつ、なにに怒ってるの? 問題ないじゃん、チルしなよ〜」みたいな冷静なノリで。

JW:ああ、うんうん。

で、そういう目に遭うと、彼らは疎外感を抱くそうなんですね。「みんな黙ってるのに、怒る自分の方がおかしいのか?」みたいな。

JW:(苦笑)だろうね。

で、あなたもときにそんな風に感じるんじゃないか? と想像してしまうんですが。

JW:いやー、そういうのはないな。それはただ、俺たちのやってる音楽のフォームがそういうものだから、であって。ああいう「表現の形式」を、俺たち自身でクリエイトした、ということに過ぎないから。

ふたりとも、レイヴの時代(89年〜91年)には、20歳前後だったと思いますが、その頃レイヴにはまることありましたか?

JW:うん、当時の俺はレイヴ・カルチャーに相当ハマってたよ。90年代前半、91、92年あたりだったかな? クラブにさんざん入り浸って、エクスタシーを食っていた。

(笑)。

JW:だからしばらく間、レイヴ・カルチャーはつねに俺の一部だったね。

あなたがヒップホップ好きだったことは知られていますが、ハウス・ミュージックもOKだった、と。

JW:うん、好きだったよ。

ノッティンガムには、DiYというとんでもないレイヴ集団がいたのですが、ご存じでしょうか? 

JW:あー、うんうん、DiYね。

おー、ご存知ですか! 

JW:DiYは、うん、ノッティンガムではかなり名が知れていたよ。それにいまも、形を変えてある意味続いているし。

そうなんですね。

JW:ああ、彼らはその名の通りかなり「Do It Yourself」な連中だったし、ノッティンガムの歴史のなかに自分たちで塹壕を築いた、みたいな。

彼らはフリーでパーティを企画していた集団ですよね。

JW:うんうん。いまだにフリー・パーティは続いているよ、折に触れて、ね。

ちなみにあなたは、ゲリラ的な野外レイヴに参加したことは?

JW:ああ、1、2回行ったことはあったよ。でも、俺はそっちよりもクラブの方にもっとハマっていたんだけどね。無料の野外パーティに行くよりも、俺はクラビングの方が好きだったんだ。

それはたとえば、野外レイヴには「どうなるかわからない」不安定さがあったから?

JW:いや、っていうよりも、とにかく俺は……クラブに出かけるときにつきものの、「良い服でキメる」みたいなのにもっと惹かれていたからさ(笑)。

 やったな おい これがブツだ
 家でフェイマス・グラウスを傾けながら
 俺のケータイで良い感じの曲でも流して
 俺とお前でキマるのさ
 どうしようもないエクランド(女優)みたいな 
 俺らはダメイギリス人
 クソ輸入モノの1パイン缶を飲み干す
 スパーへの旅行は火星へ行くようなもん
“Drayton Manored”(2017)

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Sleaford Mods
English Tapas

Rough Trade/ビート

PunkModRapElectronicMinimal

Amazon Tower HMV

オーステリティ・ドッグス』から『デイヴァイド・アンド・イグジット』にかけて、ガーディアンをはじめとする欧米の主要メディアはスリーフォード・モッズに対して最大限の賛辞を送りましたよね(※ガーディアンは2年連続で年間ベスト・アルバム/後者はWIREも年間ベストに選出)。スリーフォード・モッズは新人ではないし、それより何年も前から活動してきたあなたがたが、2013年頃から急に脚光を浴びたことについてはどのように思っていますか?

JW:ああ。まあ、あれはかなり妙な状況だったけれども、いまの俺はもう「大丈夫、気持ちの落とし前はついた」ってもんで。オーケイ、わかった、と。ってのも、これは俺にとっての「仕事」でもあるんだしね。だからああした突然の脚光についても、自分なりのパースペクティヴに収めることができてるよ。

なるほど。

JW:だから、いまの俺はもう、ああいうのに驚かされたりショックを受けることはなくなった、と。ってのも……仮に自分たちがもっとビッグになって成功していたら、もしかしたら、ちょっとはそんな風に感じるのかもしれないよな? ただ、俺たちの音楽がそこまで「大きくなる、人気が出る」ってことは、まずないだろうと思っているし。

(苦笑)そうですか?

JW:まあ、未来がどうなるかは誰にもわからないけどね(笑)?

たしかに、あなたたちの音楽は聴き手に向き合う/ある種挑戦する類いJW:のものだし――
うん。

いわゆる「万人に愛される」音楽ではないですよね。

JW:ああ、それはない! まったくそういうものではないよ。ただ、そうは言ってもいままでのところ俺たちの人気はますます伸びているみたいだし、「これからどうなるか、お楽しみに」ってところだね。でも、うん、急に脚光を浴びるとか、そういうのには俺も慣れたよ。

なるほど。でも、そうなる以前はやはり違和感があった、「ええっ? 俺って急に人気者かよ?」みたいな感覚があった、と?(※新作では彼らの成功への妬みへの憤怒もちょくちょく出てくる)

JW:イエス! そうだった。だから、俺たちのギグに急に有名人なんかが来るようになった云々、そういうのはちょっとばかし妙だったね。けど、うん、いまはもうオーライ。これはとにかく自分のやってる「仕事」につきものの一部であって、だからいちいち「わあ!」なんて驚いちゃいられないしね。

そうやって「突然の奇妙な状況」も受け入れられたのは、あなたのなかに変化に左右されないような、「スリーフォード・モッズとはなにか」っていう強い理解があったから、でしょうか?

JW:うん。だから、それはまあ……

あなたにとって、こういう音楽をやる動機ってなんですか? もちろん、あなたは音楽が好きで、だから音楽をできるだけ長くつくり続けたいひとだ、そこはわかってますよ。

JW:ああ。

でも、それ以外でスリーフォード・モッズをやる目的、動機と言えば?

JW:とにかく「良い曲を書きたい」、それだよ。そうやって良い曲を書き続けたいし……

そこで言ってる「良い曲」というのは、長く聴き継がれる曲、という意味で? たとえば“アナーキー・イン・ザ・UK”みたいな?

JW:まあ、“アナーキー・イン・ザ・UK”ってのは、フラストレーションのエネルギッシュな爆風、みたいな曲だったわけで。その意味で、あれは俺たちが初期にやっていた楽曲にかなり近いよね。ところがいまの俺たちっていうのは、自分たちのソングライティングの技術をもっと磨くべく努力する、そういう領域にグループとして達しているわけで。どこまで自分のソングライティングをプッシュできるかやってみよう、と。それに俺たちは、必ずしも以前のように「ものすごく怒っている」というわけでもないからさ。だからいまの俺たちは、それよりむしろ「曲づくりという技」を研究している、というのに近いんだ。

 俺たちは国会を乗っ取り 
 アイツらをぶちのめさなきゃならねぇ 
 当然だろう?
 あいつらは貧乏人を殺そうとしてるんだぜ
“Dull”(2017)


なるほど。そこはちょうど次の質問にも被りますが:怒り(rage)がスリーフォード・モッズの音楽の根源にあるとよく言われますが、新作においてもそれは変わりないと思います。あなたがたは明らかにブレグジットに対して怒っている。ジェレミー・コービンが非難されたことにも怒った。いま、いちばん怒っているのはナンに対してですか?

JW:あーんと……(フーッ! と軽く息をつく)いま、俺がもっとも怒りを感じるもの、かい? そうだなぁ〜、クソみたいなバンド連中とか(笑)?

はっはっはっ!

JW:(苦笑)クソみたいな、ファッキン・バンドども。

(笑)でも、ダメなクソ・バンドはずっと嫌ってきたじゃないですか。

JW:シットなバンド、同じくクソな音楽業界。ギョーカイは自己満なマスカキ野郎だし、政治もマスカキ。

でも『イングリッシュ・タパス』には、ダイレクトに「名指し」してはいませんけど、ボリス・ジョンンソン(※元ロンドン市長で、現英内閣の外務大臣である保守党政治家。EU懐疑派として知られ、ブレクシットでも大きな役割を果たした。ブロンドのおかっぱ髪と一見温和そうで政治家らしからぬ親しみやすい「クマのぬいぐるみ」的キャラで人気がある)のことかな? と解釈できるキャラが何度か出てきますよね(※“Moptop”、“Cuddly”の歌詞参照)。


 お前がやってることなんてまったく可愛くねぇよ 

 クソテディ・ベア野郎

“Cuddly”(2017)



 仲良くしろよって俺が言う前に

 そう言う前にセリフを忘れちまった

 あの野郎はブロンドだ

 おまけにモップトップだぜ

“Moptop”(2017)



JW:ああ〜、うんうん。

ということは、ボリス・ジョンソンはいまあなたが大嫌いな「道化野郎」のひとりなのかな?と思いましたが。

JW:ああ、最低なオマ*コ野郎じゃない、あいつ? 

(苦笑)。

JW:ファッキン・オマ*コ野郎。ただのクソだよ。

(笑)その通りだと思います……。

JW:っていうか、あいつはただの「ガキ」なんだよな。成長してない「子供さん」だから、こっちもどうしようもない、お手上げ、と。あいつはいまいましい子供だよ。というわけで……まあ、今回の作品で扱っている対象は色々だけど、その意味では、これまでとそんなに変わっていないんだ。

とはいえ『イングリッシュ・タパス』では、これまでにくらべて実在人物の名前を歌詞に含める、というのをあまりやっていませんね。

JW:ああ、そうだね。というのも、バンドとしてビッグになればなるほど……とにかく無理、ああいうことはやれなくなってしまうんだよ。ちょっとした嘆きの種をこっちにもたらすだけだ、みたいな。わかるだろ?

(苦笑)なるほど。

JW:それもあるし、自分のこれまでやってきたことを繰り返す、というのは避けたいわけで。だから、俺としてもただ他のバンドだの誰かをクソミソに罵るとか、そればっかり続けていたくはないっていう。仮にそれをやりたいと思ったら、(これまでのように実名ではなく)もっとさりげなくやるよ。だから……ビッグになればなるほどこちらに跳ね返ってくるものも大きくなるわけで、それにいちいち対応してると時間もやたらかかるし──

時間の無駄だ、と。

JW:そう。だからこっちとしてもわざわざ関わりたくないよ、と。俺は議論はそんなに得意な方じゃないし、誰かさんがなにか言ってくる、俺に反論してくるような状況って、対応に時間ばっかりかかるからさ。

それもありますけど、いまの過度なPC(ポリティカル・コレクトネス)の風潮、とくにSNSにおけるそれが怖い、というのもあります? 

JW:ああ、その面もあるよね。

ツィッターや発言の一部が、前後の文脈とまったく関係なしに取り上げられて、意図したこととは違うものが大騒ぎになったりしますし。

JW:うんうん。

でもツイッター上でのあなたはかなり活発ですよね? まあ、バンドをやっているから仕方ないでしょうけど。

JW:まあ、あれはやらないといけないしね。だから、間違いなくそういう面もあるけれど、んー、とにかくああしたもののベストな利用の仕方を自分で見極めようとトライするのみ、だからね。

SNSを罵りながら、あなたはツイッターを使い、たまに炎上していますよね? あなたがたは明らかにツイッターやSNSを嫌っていますが、使ってもいます。現代では必要なものだと思うからですか?

JW:ああ。まあ、欠点もあるけど、俺自身はそこまで気にしてないんだ。だから、乱用し過ぎると悪い結果に結びつくけど、そうならないように、たまにSNS等から離れるように心がけていればオーライ、と。

批判を受けたりツィッター上での粘着された経験があっても、別に構わない、やり続ける、と?

JW:ああ、もちろん! 全然、俺は構わないから。以前にいくつかそういうのもあったけど、そこにあんまりかかずらわっちゃいないしね。自分はそれほどあれこれと悩まされたりはしないし、そうならないようトライしてもいるし。

かつてよりも面の皮が厚くなった、と。

JW:イエス。まったくその通り。

**************

スリーフォード・モッズがケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』のプロモーションをサポートしたという話を聞きましたが、あなたがたは、あの映画をどのように解釈し、どこに共感しているのでしょうか?

JW:あの映画は、まだ観てないんだけどね。

ええっ、そうなんですか!?

JW:ああ。

でも、FBにあの映画の台詞を朗読するヴィデオ・メッセージをアップしてましたよね??

JW:うん、それはやったよ、うんうん。ただ、映画そのものはまだ観てないっていう。

あら〜、そうなんですね。

JW:だから……これから観なくちゃいけないんだけど、でも、あの映画がどんなものなのか、俺には観る前からすっかりわかっているよ。で……んー、だからまあ、どうなんだろうな? もちろん、どこかの時点で観るつもりなんだよ。ただ、あのヴィデオへの協力で俺がやろうとしたのは、あの映画の発するメッセージを応援する、ということだったわけでさ。

なるほど、わかります。でも、まだ観れていないというのは、単純に忙しくて観に行く時間がなかったから? それとも、あなたの知る現実にあまりに近い話なので、当事者として逆に観る気がなかなか起きない、という?

JW:うん、身近過ぎるよね。だから、あれは……心に深くしみる、そういう映画になるだろうし、自分が現役を退いたらやっと観れる、そういうものだろうね。でも、うん、いつか観るつもりだよ。

**************

最後に、UKのロック文化はなぜ衰退したんだと思いますか?

JW:どうしてだろうね? 俺にもわからないけど、やっぱりそれは、『The X Factor』でロックってものの概念にとどめが刺されちゃったから、じゃないの? だから、人びとはもうロック文化とはなにか? について学んだりしないし、なにもかも額面通りに受け止めるだけ、と。それにまあ、ここ10、15年くらいの間、イギリスで音楽的にすごいことってあんまり起きてこなかったしね。だから、いま出てきてる若い連中にとっても、励みになる、目指すような対象が正直そんなにたくさんいないっていう。で……いまのキッズが聴いてるバンドってのは、おそらく90年代発のバンド連中なんだろうし、それとか70年代勢に入れ込んでる子たちもいるよね。ただ、ただ……ギター・ミュージックってのは、もうさんざん複製されてきたものなわけでさ。だから、人びとにはもうちょっとイマジネーションを働かせはじめる、その必要があるんじゃないのかな?

はい。

JW:でも、バンド連中がやってないのはまさにそれ、であって。そんなわけで、レコード会社の側も「なんとなくいまっぽい」風に仕立て上げたアクトを色々と送り出してくるわけだけど、そこにはなにもない、空っぽなんだよ。そうしたアクトは、利益を生むためにコントロールされているからね。だから、イギリス産のアクトで伸びている、そういう連中はあんまりいないよね。ほんと。

ということは、もしかしたら90年代のオアシス以来、イギリスのロック界は変わっていない、と?

JW:ああ、そうだね。おそらく最後のグレイトなバンドだったんだろうな、オアシスが。

あ、オアシス、お好きなんですか?

JW:うんうん。素晴らしいよ──初期作はね。

(笑)なるほど。1枚目のアルバムはすごい! みたいな?

JW:ああ、(苦笑)1枚目ね。


 俺は自由にマスをかき 

 生まれながらにして自由 

“Dull”(2017)



 だからどうしたってんだ

 オレはやりてぇようにやる

“Army Nights”(2017)



(註)

『Xファクター』:2004年から始まり、現在も続くイギリス産の大人気リアリティTV。公募オーディション+視聴者投票による勝ち抜き音楽コンテストでレオナ・ルイス、ワン•ダイレクションら人気スターもこここから出発。「カラオケ・コンテスト」と揶揄する声もある。

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