「Nothing」と一致するもの

vol.128:迷惑な花火ブーム? - ele-king

 7月4日はアメリカの独立記念日。本来なら野外でBBQし、ビーチではライヴショー、元気いっぱいのパレード、ネイサンズのホットドッグの早食いコンテスト(104回目)、恒例メーシーズの花火を楽しむところだが、今年はショーはなし、早食いコンテストは未公開の場所でオーディエンスなし、メーシーズの花火は6日前の6月29日からはじまっていた。今年は大きな花火を一回にドカンと上げるのではなく、毎日夜9時から10時の間の5分間、場所を変え数日かけて上げるという、コロナ・パンデミックを意識して行われたものだった。グランドフィナーレの7月4日は、この美しい花火を見て(例えオンラインでも)、心が救われた人は多かったはず。

https://gothamist.com/arts-entertainment/macys-july-4th-fireworks-light-empire-state-building-illegal-fireworks-explode-citywide

 なのだが、私がいたブッシュウィックのルーフトップではメーシーズの花火がどれだったかわからないくらい、違法花火が上がりまくっていた。夜の8時頃から深夜3時過ぎまで、花火がずっと上がり続けるのだ。一度に50箇所ぐらいたくさんの場所で上がるので、どこを見たら良いのか。
 ニューヨークでは花火は違法なのだが、6月あたりから毎日のように花火が上がり続けている。ペットたちは怯えるし、人は夜、騒音で眠れないと苦情も絶えない。花火は好きだが、こんなに毎日見ているとありがたみも無くなってしまう。アパートの前のプレイグラウンドで花火を上げている人もいたし、隣のルーフから花火を上げている人もいたし、間違ってこっちに飛んでこないかとビクビクしていた。なぜこんなに花火がNYにあるのだろう。こんなに間隔もなく上げれるのは、かなりの量の花火を持っているということだが、今年はエンターテイメントもないのでその反動なのか。
 リッジウッドの住人は、彼女のアパートから外を見ていたとき、ひとりの男性が交差点で花火に火をつけ、そのまま車で走り去ったというし、知り合いは抗議活動のときにランダムな人から花火をあげると言われたらしい。この日すべての花火を使い尽くし、次の日から花火のないNYになればと切実に思う。

https://gothamist.com/news/nearly-two-dozen-arrested-nyc-illegal-fireworks-guns-alligator-carcasses

 NYでは7月6日から第3段階:レストラン、飲食サービス、ホテルがオープンする。レストランの中での飲食は延期されたが、引き続きアウトドアでの飲食は大丈夫ということで、レストランやバーの前はテーブルと椅子、パラソルなどが置かれ、歩行者天国状態になっている。マンハッタンはまだまだゴーストタウン状態だし、アメリカでの感染率は増えている。
 ショーもまだまだだが、レストランで食事ができるのが切実に嬉しいし、NYは再オープンに向けて着実に進んでいる。まだ、家にいる時間が長いが、花火でストレスを解消するのではなく、違うことに目を向けてほしいものである。この夏、ライヴストリーミングからアウトドアショーに移行できることを期待して。

【編注】トランプ大統領も、独立記念日の演説でど派手に花火の打ち上げを強行しました。

interview with Mhysa - ele-king


Mhysa
Nevaeh

Hyperdub / ビート

PopExperimental

Tower

 どこまでも素朴なまま、さりげなく尖っている。けっして頭でっかちなわけではない。自然体でちょっと実験的──近年エレクトロニックなブラック・ミュージックの文脈で、そういうアーティストが増えてきている。道を用意したのはおそらくクラインだろう。フィラデルフィア(からブルックリンへ引っ越したばかり)のミサも、そのタイプの音楽家だ。
 2017年にラビットの〈Halcyon Veil〉からリリースされたファースト・アルバム『Fantasii』は、浮遊的な声とシンセの残響がすばらしい宝石のようなアルバムだった。3年ぶりのセカンド・アルバム『Nevaeh』は、ポップさを携えつつも、よりエッジィさを増している。“sad slutty baby wants more for the world” における声の反復や “w_me” の打撃音、“Sanaa Lathan” のキャッチーなコードや “brand nu” の天上的なハープなど、聴きどころはたくさんあるが、とりわけ注目すべきは “ropeburn”、“breaker of chains”、“no weapon formed against you shall prosper” の3曲だろう。ぎりぎりまで音数を減らした余白あふれる空間のなかで、ドローンや鈴、電子音がつつましげにヴォーカルと並走していくさまは、まるで沈黙それ自体が歌を歌っているかのようで、息を呑むほど美しい。しかも、それらがジャネット・ジャクソンやナズ&ローリン・ヒル、シャーデーのカヴァーだったりするから驚きだ(元ネタはそれぞれ “Rope Burn”、“If I Ruled The World”、“It's Only Love That Gets You Through”)。
 もっとも耳に残るのは、そして、二度にわたって挿入される “聖者の行進” のメロディである。「天国」の逆読みを題に冠した本作、その鍵を握るのはこの黒人霊歌~ルイ・アームストロングのカヴァーであるにちがいない。聖者が街にやってきたら、わたしもその列に加わりたい──そう彼女は語っているが、はたしてその真意とは? 〈Hyperdub〉が満を持して送り出すミサ、本邦初のインタヴューを公開。

セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っている。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(笑)。一緒にいま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。

まずは「Mhysa」の発音を教えてください。

ミサ(Mhysa、以下M):「ミサ」って読むのよ。

音楽活動をはじめることになったきっかけはなんでしたか?

M:活動をはじめたのは25歳くらい。まわりにミュージシャンの友だちが多くて、彼らがすごくサポートしてくれた。彼らと一緒に演奏するとき用に名前もつけてくれたり。スーパーヒーローのキャラクターみたいな名前にしたかったのよね(笑)。なにかと戦えるような名前を考えたの(笑)(註:「Mhysa」は『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャラクターの愛称に由来)。子どものころは、教会の聖歌隊に入ってた。学校でも聖歌隊で歌っていたし、母親も歌っていたし、祖父も楽器を演奏して歌っていた。歌は、聖歌隊と母親から学んだの。

以前あなたは〈NON〉のいちばん最初のコンピ『NON Worldwide Compilation Volume 1』(2015)にチーノ・アモービとの共作で参加していました。その後〈NON〉からはEP「Hivemind」を出してもいますね。

M:エンジェル・ホがわたしをレーベルに紹介してくれて、あのコンピに参加する機会をつくってくれた。チーノと出会ったきっかけもエンジェル・ホよ。エンジェル・ホとはオンラインで知り合ったんだけど、そのときはチーノのことはぜんぜん知らなかった。わたしがフェイスブックにクレイジーなスピーカーの写真をポストしたんだけど、それをエンジェルが見て、「何それ!?」って反応してきて(笑)。そこから話しはじめて、その流れで「曲をつくるのか?」って聞かれたから、わたしのサウンドクラウドを教えたの。そこからコラボするようになった。チーノとは1曲だけだけど、エンジェルとはチーノとよりも作業しているわ。

今回〈Hyperdub〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

M:前のレーベルが「じぶんたちは小さいレーベルだから、次のレコードのために、もう少し大きいレーベルに移ったほうがいい」って勧めてくれたんだけど、2018年の秋にヨーロッパをツアーしているとき、〈Hyperdub〉からアプローチがあって、彼らの「ゼロ(Ø)」パーティでプレイしないかというオファーがきたの。そこから彼らと話すようになって、わたしの新しいプロジェクトの音楽を聴いてみたいと彼らが言ってくれて、アルバムのリリースが決まったのよ。みんなほんとうにいいひとたちで、あのレーベルは大好き。ディーン・ブラントとか、ファティマ・アル・カディリとか、長年尊敬してきたアーティストがたくさん所属してるのも魅力。だから、コード9がわたしの音源を気に入ってくれて信頼してくれたのはほんとうに嬉しかったわ。彼ってほんとうにすばらしいひとだし、アーティストが活動しやすいよう居心地をよくしてくれるの。彼はわたしのメンターみたいな存在。

もっとも影響を受けたアーティストを3組あげるとしたら?

M:「もっとも!」って難しすぎる(笑)! いま出てくる名前は、R&Bシンガーのブランディとジャネット・ジャクソンね。あとは……思いつかない(笑)。

前作はジャネットの『Velvet Rope』にインスパイアされたそうですが、今回も “ropeburn” で彼女を引用していますね。

M:あの作品は、音ももちろんすばらしいんだけど、彼女がディープなテーマに触れている作品でもある。そこに魅力を感じるの。あのアルバムでは、同性愛だったり、エイズだったり、人間や人間関係の複雑さが表現されている。あの作品はすごく興味深くてパワフルだと思う。あのアルバムは、確実にわたしのお気に入りのジャネット作品のひとつだから、その作品の収録曲 “ropeburn” はカヴァーしてみたかったのよね。とうてい彼女みたいにはなれないけど、ちょっとジャネット感をもたらしたかったの(笑)。

ほかにナズ&ローリン・ヒルやシャーデーのリリックも引かれていますが、彼らのことばのどういうところに惹かれたのでしょう?

M:あの歌詞がツアー中にすごく響いてきたのよね。なんでかわからないけど涙が出てくる。だからライヴでも歌ってたんだけど、それをレコーディングすることにしたの。デーモンと戦っている様子をあんなに美しく表現しているところに惹かれたんだと思う。

本作では二度にわたってルイ・アームストロングの “when the saints” のカヴァーが登場しますね。この曲のどういうところにインスパイアされたのですか?

M:あの曲は、子どもヴァージョンみたいなものもあって、小さいときからずっとわたしの頭のなかにあって、あの曲について考え続けていたの。母親とピアノであの曲を弾いたりもしてた。あの曲は、変化が起こるって歌でもあるでしょ? セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っているの。セインツたちを待ってる。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(I want to be in that number)(笑)。一緒に、ブレグジットとか、いま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。だからカヴァーしたのよ。

制作はどのように進められるのでしょう? lawd knows との共同プロデュースとなっていますが、役割分担のようなものはあるのでしょうか?

M:曲によるわね。インストをつくるときは、いろんなサウンドをつなげていってかたちにしていくんだけど、コードパッドとか、MIDIキーボード・コントーローラーなんかを使っていろいろ試していくの。その過程でいいなと思うものができたらそこを深めていくわ。ヴォーカルにかんしては、まず歌詞から先に書く。ホントはビートから書くべきなんだけどね(笑)。でもわたしの場合は先に詩みたいなのを書いて、それがメロディックになっていくのよね。Lawd は、良い意味でルールを決めてわたしをジャンルのなかに留めてくれる。わたし、ときどきルールを忘れてじぶんがつくりたいものをただつくってしまうことがあるんだけど、彼が、「それもいいけど、こういうのをつくろうとしてるんじゃなかった?」って思い出させてくれるの。今回のアルバム制作では、ボードの前に隣り合わせに座って、わたしがまず何かやって、それを彼が正してくれるって感じだったわ。あと、作曲でも彼が役に立ってくれることもあった。作業中に彼がピアノでコードを弾いていて、彼はただ遊びで弾いていたんだけど、それがすごくよかったからわたしが使いたいと言って曲に使わせてもらったり。彼はドラム・プログラミングでもたくさん作業してくれているんだけど、リズムのセンスがすごく良くて、知識になる。彼のドラムってホントにクールなのよ。

本作をつくるにあたり、「こういう方向にしたい」など、事前に指針のようなものはありましたか?

M:あったほうがいいんでしょうけど、ぜんぜんなかった(笑)。頭にあったのは、じぶんの境界線を広げたいということだけ。フィーリングに従ってまず数曲つくって、そこからかたちを整えていったの。

もっともポップなのは先行シングル曲 “Sanaa Lathan” です。なぜ俳優のサナ・レイサンをタイトルに? 前作には宝石泥棒のドリス・ペインに捧げた曲がありましたけど、おなじくトリビュートでしょうか?

M:彼女が美しいから(笑)。スタイルもいいし(笑)。一般的に美しいといえばハル・ベリーもそうだと思うんだけど、サナ・レイサンのほうが彼女独特の美しさを持っていると思ったの。彼女が出ているバスケットの映画があるでしょ? あれに出てくる彼女が、この曲の美しい黒人女性のイメージなの(笑)。

わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

プレスリリースによれば、『Nevaeh』は「黒人女性であることの経験の反映」であり、「黒人女性たちが終末的状況から抜け出し、より良い新しい世界を見つけるための祈り」だそうですね。“BELIEVE Interlude” でも「世界をより良く」ということばが繰り返されます。黒人でありかつ女性であることは、合衆国においてどのような経験なのでしょう?

M:それはアメリカに住んでいてもよくわからない。数年前にセラピーに通ってて、セラピストから「あなたはどう思う? どう感じる?」って聞かれたけど、わからなかったの。そんな質問初めてだったし。曲を書くということが、その答えをみつけるのに役立つの。わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

冒頭のスキットでは、詩人ルシール・クリフトンの詩「won’t you celebrate with me」が朗読されています。現物は未確認なのですが、日本では彼女の児童書『三つのお願い(Three Wishes)』が小学校の教科書に載っているそうです。彼女はどのような詩人なのですか?

M:あの詩は、ここ数年インスタグラムにたくさん載っていたの。最初に読んだとき、ちょうどサンドラ・ブランドとかエリック・ガーナーの事件(註:前者は2015年、警官により暴力を受けた後、独房で死体となって発見された黒人女性。後者は2014年に警官の絞め技により殺された黒人男性)なんかについて考えさせられていたときで、どうやって黒人たちがこの状況を生き延びて、世界をより良くできるのか考えていた。そんなとき、あの詩を読んですごく美しいと思ったのよね。読んでいて涙が出てきたくらい、つながりを感じた。あの詩を使ったのは、わたしがこのアルバムで表現しようとしている空間の枠をつくり出す良い方法だと思ったからよ。

原詩の「バビロンに生まれた/非白人であり女性(born in babylon / both nonwhite and woman)」の「nonwhite」の部分を「black」に言い換えていますよね。それは非白人全般ではなく、あくまで黒人であることを強調したかったから?

M:そう。彼女が詩を書いたのは90年代だったから、「black」ということばをダイレクトに書けなくて、「nonwhite」にすることで意味をより開けたものにしたんだと思う。でもいまは2020年だから、黒人として生まれ育ったなら、そのひとの主張は黒人の主張だとハッキリ言えるし、「nonwhite」だと白人が中心っぽくなってしまう。わたしはその詩を白人だけが中心に聞こえるようにしたくなかったから、少し変えたの。

おなじくフィラデルフィアを拠点に活動しているムーア・マザーについてはどう思っていますか?

M:わたし、じつは去年の11月にブルックリンに引っ越したところなの。ムーア・マザーの音楽は好きよ。いいと思うわ。

※本インタヴューは、ジョージ・フロイド事件以前の2月におこなわれたものです。

第11回 町外れの幽霊たち - ele-king

※この記事にはゲーム「Night in the woods」のネタバレが含まれます。

 トンネルを抜けたら、そこは雪国だった……というようなことはなく、ただ「藤田孝太郎死ね」と書かれている。一応仮名にしてある。グラフィティを阻むためにトンネルいっぱいにペイントされたクソつまらん動物と子どもの絵、その端っこに、黒く細い線で書かれた七文字がぎりぎりと張り詰めていた。こんなに剥き出しの殺意であるのに、なぜかクソつまらん絵の邪魔にならない場所に配置されているのがなんともおかしい。これが誰の名前なのかは知らないし、誰が書いたものなのかもわからない。いたずらなのか切実な呪詛なのかもわからない。ただその殺意はここ1ヶ月、パンデミック騒ぎの渦中に出現して、あっという間にこの町に馴染んだのであった。どうにもならなくなっちゃったんだろうな、多分。

 わが「地元」──この名称を使うことにはそれなりのためらいがあるが、ひとまずそう呼んでみる──首都の郊外だ。治安もそれなりに悪く、洗練された場所では決してないが、ここを田舎と呼んだらただちに数千万の列島住人を敵に回すだろうというぐらいには、都市である。数分に一度来る電車がひっきりなしに大量の人間を運んできて、また運び去っていく。駅前には虫の巣みたいにビルがびっしり立ち並んでいて、夜中でも量販店の看板が光る。アジア圏からの観光客がドラッグストアで化粧品を品定めしている。遠くの花火はビルが邪魔で見えない……これは別にどうでもいい。早朝の駅前、信号待ちの交差点で、ドン小西によく似たやくざがわかりやすく舎弟を引き連れてでかい声で話している。「おい、パンツ売ってっとこ空いてねえのか? お前らお揃いで買ってやろうか?」「へへへ、マジすか、へへへ」……早く青に変わってくれないか、意識して無視しながら、真横が気になってしょうがない。
 自分は生まれてから今までの四半世紀、ずっとこの町を離れずに暮らしてきた。この町のことは「普通に好き」だ。嫌な思い出は何もない。いつも明るくて、家がつらいときには一人でふらふらと逃げこめて、だいたいのものはここで手に入る。それは多分、この町に友人と呼べる人がほとんど誰もいないことも関係しているのだろう。たとえ歩いている最中にこの町の人間が全員別人に入れ替わったとしても、自分は絶対に気がつかない。こんなに長い時間を過ごした空間であるけれど、私のコミュニティはない。私はこの町に「いる」はずだというのに、同時に「いない」のだ。
 パンデミックの渦中、私はこの自分がいる/自分がいない町を、何度も何度も無目的に徘徊した。閉鎖された家にいるのがつらいから、何も書けない抑鬱状態の中で新しいヒントを得るための施策は散歩ぐらいしか採択できなかったから……そういう理由から始まった徘徊だったが、歩き回るうちに、町の閉塞感のようなものを、生まれて初めて感じとるようになった。町を歩きながら「ここから出してくれ」と思ったのは、これが初めてだった。
 町の風景がぎくしゃくして見えた。休業中のシャッターや閉店のお知らせにまみれた通りに、臨時で出現した飲食店の屋台から漂う肉を焼く匂いが広がっている。人はいつもより少なく、誰かが咳をするとみながそっちを見る。
 おかしいのは町の方だけではなかった。歩いても歩いてもどこにもたどり着かず、何も新しいことを思いつかないことがこの上なく苦しい。あれだけ便利で豊かだと思っていた「地元」がのっぺりとした虚無に見えてきたことに、自分でもいまいち納得がいかない思いがした。そして同時に、歩いているうちに気がついた……自分は特定の道しか歩いていないのではないかと。だってさっきから同じ風景ばかり見ている。都市は家みたいに閉じていた。徘徊するための徘徊なのだから、どこへ足を伸ばそうとよいはずなのに、私は奇妙なぐらい、特定の位置まで来ると自ら引き返していたのだった。遠回しにお前はここから出られないよ、そうなってるんだよ、と言われているような気がしてぞっとしたが、ぞっとしているくせに私はまた同じ場所で引き返してしまう。
 家も町もクソ閉じている苦しさを吐露していたら、何人かの友人が「ホテルを取らないか」「うちに来ないか」と声をかけてくれた。私はその全てに死ぬほど感謝しながら、同時にその誘いに乗る想像が全くできず、全てを断ってしまった。断ってからぼろぼろ泣いた。こんなに自分が「ここ」に閉じ込められているなんて、これまで知らなかった。
 そういうとき、町外れにちまちまと書かれた「藤田孝太郎死ね」の落書きが私の視界に現れたことは、それなりに象徴的に見えた。どうしようもなくなっちゃったのだ。全部。

 この〈囚人の気持ち〉に浸りながらゲーム「Night in the woods」をプレイしたのも、何だか妙な縁だった。同作はアメリカの「ラストベルト」──かつて工業で栄えたが、今やそれも潰えてしまった地域──に属する田舎町「ポッサム・スプリング」を舞台にしたアドベンチャーである。プレイヤーは主人公であるメイ(同作のキャラクターはみな動物の姿で示される。メイはネコだ)を操作し、住人たちと語らいながら、町で起きている奇妙な事件に首を突っ込んでいくことになる。
 物語はメイが大学を退学し、2年ぶりにポッサム・スプリングへ戻ってくるシーンから始まる。ポッサム・スプリングは炭鉱の町だった。もちろん過去形だ。20世紀初頭に栄えた炭鉱は数十年前に閉鎖され、その後に作られた工場も今やほとんど残っていない。メイの祖父も父も炭鉱労働者だったが、父親は炭鉱閉鎖後にガラス職人などの職を転々とし、今は大資本スーパーの精肉コーナーで働いている。ゲームの中では住人たちの会話を幾度となく聞くことになるが、みな失業するか、不本意な非正規労働に苦労してしがみついている。いかに長く働ける仕事を見つけるか苦心する人たちがたむろする街角に、若者を海軍に勧誘する軍人がにこにこと立っている。
 街のあちこちに設置された炭鉱を開発した資本家たちの銅像や炭鉱労働者を描いた壁画は、今や全く顧みられていない。町議会はどうにか街に人を呼び戻すべく、街の「歴史遺産」的なものを探し求めたり、収穫祭をどうにか盛り上げようとしたりと試行錯誤しているが、それも振るわない。一方で町議会は、街の教会にホームレスの男性を寄宿させる計画について「イメージが悪くなる」と言って拒絶していたりもする。明らかに「おしまい」に近い状況を打開しようとする人たちが、架空の観光客や移住者のために、目の前にいる弱者を排除しているわけである。何度も見た光景だ。いつもどうすることもできない。
「終わった町」なのだ。ポッサム・スプリングは。そして同時に、メイにとっては無二の「居場所」であるはずだった。少なくともそれを期待して、メイは帰ってきたのである。

 「Night in the woods」のすさまじさは、その「終わった町」に暮らす人々の行き場のなさがぎちぎちとひしめき合っている点であり、同時にそれらの苦痛がメイの目から語られる点にある。
 メイはポッサム・スプリングでかつてのバンド仲間に再会する。軽薄で情緒不安定な大親友のグレッグ、グレッグと同棲する恋人の青年・アンガス、ぶっきらぼうでいつもタバコをふかしているビー。みんなこの2年で変わっていた。いい変化、と言うことは難しい。大人になって、この町がどういう状況にあるのか、自分がどう生きていくのかを考えるほかなくなってきたのだ。
 アンガスとグレッグはどうにか最低賃金で働きながら、別の町へ引っ越す計画を立てている。引っ越しを決めた背景はいくつもあるが、この町が決してゲイカップルに優しい場所ではないというのも理由の一つだ。「成長させてくれよ、メイ」……グレッグはメイにそう告げる。大人になるためには、この町を出なくてはいけない。ここにいたら望む変化を迎えられないことを、グレッグもアンガスも、そしてメイも、本当は痛いほどよく知っている。
 ビーは最近母親を失い、アルコール中毒で働けなくなった父親の所有する店を一人で切り盛りしている。かつてメイとずっと一緒にいてくれたビーも、メイに対しては複雑な気持ちでいるようだった。この店から、この町から、今も動けずにいるビーは、この町ではごくめずらしい大学進学者であったメイを憎まずにはいられなかったのだ。
 これらのダイアローグがメイの前に現れ、メイがそれに痛みを感じるのも、メイ自身の体があたたかくあいまいな「地元」の包摂から剥離し始めているからだ。中学の頃から漠然と抱えていた不安──もしかして全部が、最初から何もかもが、「終わっちゃってる」としたら? 自分が愛着を感じてきた風景の全てが無意味だったとしたら?──に耐え難い痛みを覚えてきたメイは、地元を出て進学した大学でその痛みを背負いきれなくなり、決壊し、最後の力を振り絞って「地元」に戻ってきたのである。ここなら痛みから逃げられるんじゃないかと信じた。でももうだめだった。昔と同じ目でこの町を見ることは、もうできない。目の前に広がる町は、すでに安住の地ではない。不安でいっぱいの現実だ。

 この閉じた町に充満した不安から、いかに逃げ切れるのだろう。プレイしながら川端浩平『ジモトを歩く』(御茶の水書房)を思い出した。
 同書の著者である川端浩平氏は岡山出身で、長い間アメリカやオーストラリアで日本を対象とした地域研究を行ってきた研究者である。川端氏は長い海外生活ののちに岡山へ戻り、友人の親が経営する会社で働き、週末には在日コリアンの人々に話を聞きながら、10年かけて「ジモト」のエスノグラフィを書き上げた。
 タイトルの「ジモト」とは、異化して見つめ直した地元のことだ。腐るほど見てきた地元を丹念に歩き、人に出会い、話を聞くなかで、今まで目に入ってこなかったものの存在が立ち上がってくる。このプロセスを経て、「地元」は「ジモト」へ再構築される。
 これは一面には苦しい作業だ。これまで自分と癒着していた人や風景を引き剥がし、他者化し、対象を批判していく行為は、当然ながら大きな痛みを伴うだろう。例えば川端氏が務めた会社では、北朝鮮バッシングを含んだジョークが「労働の潤滑剤」として機能し、職場という集団への貢献として受け止められていた。川端氏はそのような現実逃避的な営みを、他者から、そして自分の内側からも他者性を奪い去っていく行為であると批判している。この批判は「地元」の生暖かいサークルから一歩出ていく行いに他ならない。容易にできることではない。
 しかしながら川端氏は、「むしろ今までよりも自分が育ったまちが面白い場所へと変わっていく注1」希望の可能性をはっきりと示している。それは「町おこし」や「地域ブランド」のような資本主義/市場原理におもねった「価値の再発見」などでは決してない。「「このまちには何もない」と思って後にしたジモトや自分が生活している場所に、実は存在している何かを発見すること注2」であり、それは「夢をみることのできる地域社会(注3)」を探求するための重要な手がかりなのだ。
 夢をみること。それは叶わない想像に身を委ねて目の前の虚無を無視しようと試みることではなく、そこそこ遠い将来に関する明るい想像を、「現実的に」巡らせられるだけの余裕を持つことである。そしてこれは、個人の問題ではなく、常に社会環境の問題だ。

 メイにとってのポッサム・スプリングも、すでに「ジモト」へと剥離し始めていた。メイは地元/ジモトを歩き回り、自らの心を苛む存在〈幽霊〉の影を追ううちに、奇妙な敵と対峙することになる。敵とは「町の繁栄」というすでに失われた虚像の実現に固執する保守的な「おじさん」たちだ。そのような人々が町の裏でカルト教団を形成し、廃炭鉱の陥没穴に棲まうという神「黒いヤギ」の生贄として、町に貢献しないと判断した無職の若者やホームレスたちを殺害していたのである。黒いヤギの飢えさえ満たせばこの町は再生するのだと、やつらは信じ込んでいた。
 メイとこのカルト教団との対立は、極めて象徴的なものである。まずこのカルト教団について重要なのは、やつらの根城がポッサム・スプリングの郷土史を研究する「史学会」であることだ。カルト教団が拾い上げようとしている歴史とは、各地に残された炭鉱経営者の銅像に象徴されるような、炭鉱と工業で栄えた輝かしい過去である。いかにも権力者が好きそうな話だ(「明治日本の産業革命遺産」とやらを思い出してしまうではないか!)。実際には管理の不備による大規模な爆発事故や、ストライキを起こした炭鉱労働者たちの虐殺など、ポッサム・スプリングの歴史には凄惨な事件がいくつも起こっているというのに、それらが拾われることはない。地域を愛していると本気で誓えるやつらだからこそ、すでにそこにあるものに盲目である。
 一方でメイと旧友たちが追う〈幽霊〉は、この町で悲劇的な死を遂げた一人の人間に関する伝承である。メイが〈幽霊〉の正体として目星をつけるのは、不可解な死を遂げたとされ、たびたび幽霊話のタネになってきた炭鉱労働者「リトル・ジョー」だった。
 〈幽霊〉は確かに生者を脅かす。しかし、秩序を撹乱する〈幽霊〉話というもの自体、虐げられた人の声が強者を脅かす一つの抵抗運動であり、誰からも耳を傾けられない声を可視化する仕組みであり、最も弱い人たちの歴史そのものではなかったか。つまりメイたちの〈幽霊〉の追跡は、まさにカルト教団が積極的に掲げようとする「栄光の歴史」に捨象された人の声を拾う行為なのである。メイの祖父が炭鉱におけるストライキの主導者であったことが発覚する流れが挿入されるのも、この「栄光の歴史」/〈幽霊〉の声、という対抗軸を強調する。
 メイは別に真面目な過去の探索者ではない。リトル・ジョーの墓だって勝手に暴いてしまったし、そもそもメイにとって〈幽霊〉は頭の中に入り込んで自らを脅かす者として想定されていた。それでも結果的にメイが〈幽霊〉の声に連なる人たちの擁護──すなわち町の中でも立場の弱い人たちの側に立ったのは、メイがこの町を徘徊し、飛び回り、そこにいる人と話を続けたからではないか。それはメイを操ってあちこちを歩いたプレイヤー自身がよく知っていることだ。メイの不安の源はこの町をめぐる暗い歴史としての〈幽霊〉であったが、同時にメイをこの世につなぎとめる重りとなったのも、この町で途方に暮れる〈幽霊〉予備軍たち──つまり現在進行形で資本家や権力に追い詰められている友人たちなのだ。〈幽霊〉とは強い不安であり、「そこにいる」ことで不思議とわれらを温めてくれる希望であり、これらがないまぜになった「現実」そのものであった。
 最後、メイたちはカルト教団から「逃げ切る」ことに成功する。「打ち破る」と言うほど積極的な攻勢ではなく、ただ追ってくるカルト教団を撒いて、炭鉱の外へ出ていくのである。弱いものを切り捨てて立ち上がる「栄光の歴史」から、〈幽霊〉予備軍たちが抜け出していく。これは間違いなく、ひとつの希望だ。
 メイがこれからどうするのかは描かれない。ただ、両親にこれまで自分に起きた奇妙な経験──全てが虚無のかたまりにしか見えないような強烈な恐怖と痛み──について語ることを初めて約束し、自らの状況を語りによって他者に開いていく可能性を示唆して、物語は幕を閉じる。物事はすぐには好転せず、不安は続く。それでもメイは〈幽霊〉とともに立った。だからこれはハッピーエンドなのだ。メイはもう、この痛みが虚無ではないことを知っている。

 本、どうやって持ってけばいいんだろうな。一箱にあんまりたくさん詰めると引っ越し屋さんが腰を痛めそうだから、何箱にも分けないといけないだろう。机はどうしよう。出ていくなら処分して行けと言われているが、この大きさの家具を処分したことがないからやり方がわからない。そもそもうちエレベーターないしどうしよう。のこぎりで解体するとか? ちょっと現実的じゃない。ていうか誰かルームシェアできる相手を探さなきゃいけないんじゃない?
 最近引っ越しのことばかり想像している。金も行くあてもなく、出ていく覚悟もまだ決まっていないのに、何をどう詰めてどこへ持っていくか考え、安そうな物件を検索している。

あたしは、超でかい巨人になって、
みんなを抱えて、
どっか安全なとこへ連れてっていきたい。

でもあたしは信じたい。
逃げられるってことを。

 メイは旧友たちにそう語る。巨人というなれやしない存在に仮託した、「逃げる」ことの不安定な非現実的イメージと対比されているのは、あいまいではあるが現実的に必要とされている逃走である。メイは後者を「信じる」と言った。信じる。それしかできないことはすごく多いけれど、それはものすごく大事なことだ。
 「マジ100億欲しい……100億あったら誰でも救えるじゃん……」と言いながら、私は今日も物件を調べる。不安と希望で構築されたひとつの現実たる私も、〈幽霊〉の側に立っている。

注1 川端浩平『ジモトを歩く』(御茶の水書房、2013年)245頁。
注2 前掲注(1)。
注3 前掲注(1)。


Karl Forest - ele-king

 かつて Miyabi 名義で〈TREKKIE TRAX〉からもリリースのある Karl Forest が、新名義で初となるシングル「Moon & Back」を本日7月3日、リリースしている。ナイジェリア出⾝のシンガーをフィーチャーした、いまの季節にぴったりのラヴァーズ × アフロビーツな2曲を収録。今後の活躍にも注目だ。

Boris - ele-king

 本日7/3の日本時間16時、Boris が完全自主制作によるニュー・アルバム『NO』をbandcampでリリースしている。

 これまで灰野敬二、メルツバウ、SUNN O)))、栗原ミチオ(ex. ホワイ・ヘヴン)らとのコラボレーションを含め、ドゥーム/ストーナーにとどまらない懐の深い音楽性を披露してきた彼らだが、今作は広島のハードコア・レジェンド、愚鈍(GUDON)のカヴァー “Fundamental Error” (ソルマニア/ex. OUTO/ex. シティ・インディアンの KATSUMI が参加)や、MVが先行公開された “Anti-Gone” など2~3分台のファスト・ナンバーを多数収録。バンド史上屈指のハードコア・パンク作品となっている。この怒りに満ちたサウンドをライヴで浴びる日を心待ちにしよう。

『NO』
https://boris.bandcamp.com/album/no
7/3リリース(0:00 US standerd time. 16:00 japan time)

01. Genesis
02. Anti-Gone
03. Non Blood Lore
04. Temple of Hatred
05. 鏡 -Zerkalo-
06. HxCxHxC -Parforation Line-
07. キキノウエ -Kiki no Ue-
08. Lust
09. Fundamental Error
10. Loveless
11. Interlude

Takeshi: Vocals, Guitar & Bass
Wata: Vocals, Guitar & Echo
Atsuo: Vocals, Percussion & Electronics

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FAS-023

都知事選直前座談会 - ele-king

■野党一本化に失敗

土田 今回の東京都知事選では、れいわ新選組の山本太郎さんの出馬が話題をさらいました。早々と出馬を表明していた弁護士の宇都宮健児さんと政策が似通っているだけに「野党共闘は組んで一本化できなかったのか?」と残念がる声も聞こえてきました。

望月 実は、ある党の調査でも、野党候補を一本化しても現職都知事の小池百合子さんにダブルスコアで負けてしまうという調査結果が出たと聞きました。「そこまで小池さんは強いのか」と野党の幹部は意気消沈してしまったそうです。山本さんが記者会見で話をしたように、それでも次期衆院選に向けて、野党の候補一本化は必要ですから、山本さんと協議はしていたようです。でも山本さんは、自分が野党統一候補として出る場合には「消費税5%減税」を明文化し、確認団体を「れいわ東京」とすることを要望したようですが、国民民主党はその要望を呑んだものの、最終的には、立憲民主党が踏み切れなかったという流れがあったと聞きました。
 今回、宇都宮さんと山本さんのお2人が出たことで、選挙戦は小池さんが圧勝との予測が流れる中で、野党での主導権争いもテーマになっている様相です。山本さんとして野党が戦わないと無党派層の掘り起こしができないと踏んでいるのでしょう。安倍政権の支持率は下がっても、自民党の支持率は下がらない現状では、野党支持者ではない無党派層を掘り起こしていきたいという思いがあったのではないかと思います。
 山本さんの出馬によってリベラルの分裂、という側面は確かにありますが、一方で、リベラル陣営の本気度も増しており、都知事選はテレビでは討論会をしていませんが、ネットなどでの論戦は面白くなりました。過去22人の立候補者という点も含めて、多種多様な候補者が出ています。ネット世代の若者の投票率が上がることを願います。山本さんの演説力には人を惹きつける力がありますし、宇都宮さんの立憲民主・社民・共産の共闘も山本さんには負けられないと総動員体制で臨み、山本さんとの差異化をはかり、応援にも力が入っているように見えます。
 コロナ感染がやや拡大している中で、都知事選はどうなっているのかとチェックしようという機運も出てきていますし、選挙を盛り上げて投票率を上げるという意味では、小池さんが強くても、山本さんが出馬したことで政策論議が選挙戦の中で切磋琢磨されているようにも思います。懸念されるのは、都知事選後の野党共闘の枠組みがどうなるのかという点だと思いますが、都知事選の結果を見ながら野党の中での共闘の枠組みや論議がまた進むことを願います。

水越 山本さんが立候補した時には戸惑いましたが、左派の経済政策を語る候補が2人もいる都知事選挙なんて初めての経験で、長いこと右に移動し続けてきた「中心線」が、この選挙戦で多少とも元に戻っているのではと私も感じています。極端な左右がかみ合わないまま対決するのも選挙として面白くありませんが、もっと悪いのは中道同士でどっちがなっても似たようなもの、「今回は鼻をつまんで投票しましょう」と、左派は何度も言われてきました。今回は、街頭スピーチをネットで見たり、少ないですが討論会も見て、私も今では2人の立候補はいいと思うようになっています。

■開催されないテレビ討論会

土田 小池さんは強いにしても、山本さんと宇都宮さんのどちらが票数で上回るかによって今後の野党内の主導権争いに影響を与えませんか?

望月 山本さんの狙いは恐らく、消費税減税さえ一致する方向を見いだせない立憲民主に対して立場を明確にする意味でのジャブを放つことだったのではないでしょうか。今回、山本さんの支援に入った立憲民主の須藤元気さんは離党届を出していますが、まだ認められていないようです。立憲民主を離党した山尾志桜里さんは、国民民主に移りました。今後、立憲民主が山本さんとどう折り合いをつけていくのか、もしくはいかないのかということも含めて、今後注目していかなければなりません。
 政治学者の中島岳志さんは、選挙の時に有権者が熱狂するのは、政治家がひとつの物語を作っていくことだと指摘していました。そういう物語のある野党を作り、その魅力を打ち出していくことが必要なのではないでしょうか。小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と言って選挙で圧勝したように、ひとつの物語の中に有権者を取り込んでいく。都知事選後の野党再編では、内輪の論理で考えるのではなく、野党の中での物語をどう有権者に見せていけるかという視点をもっと掘り下げていく必要があるのではないかと思います。

野田 コロナの時代で特に重要な都知事選にもかかわらず、テレビは討論会をやらないようですね?

望月 信じ難い対応ですね。小池陣営は、コロナ禍での会見は別として、討論会にはなるべく出ないという方向でやっているようにも見えます。6月27日にネット番組である「Choose Life Project」のオンライン討論会には小池さんは出ましたが、ネットですから視聴者は多かったとはいえ2、3万人でした。1%の視聴率で100万人が見るといわれているテレビのように、多くの有権者に見られているわけではありません。
 小池さんが強いのは、女性の都知事ということで、公明はもちろん、立憲民主から共産まで幅広く支持者がいるという点にあります。小池さんには「カイロ大卒業」を含めて学歴詐称の疑惑も出ましたが、各社の出口調査の分析などを見ると、さほど有権者の判断に影響を与えていないようにも見えます。小池さんは討論会には参加せず、コロナ会見を重視することで、政治的なアピール、メリットを享受しているのではないでしょうか。
 オンライン討論会では、関東大震災の朝鮮人虐殺についての追悼文の送付を取りやめたことについて重ねて司会者に質問されていましたが、なぜ、送付を取りやめたかについては明確な答弁を避けていました。追悼文送付の取りやめは、小池さんの歴史修正主義的な側面を理解する意味ではもっと追及されるべきテーマだと思っています。コロナ禍は最重要事項であることに変わりはないですが、1400万都民のトップに立つ知事を決める重要な選挙なのですから、小池さんには逃げずに政策論争を通じて有権者に判断材料を提供するようネットをはじめ、NHKや民放テレビ各局でも討論会を開催してほしいと思います。

■政府との違いを演出した小池知事

望月 東京新聞、共同通信、東京MXテレビ3社の世論調査(6月30日付け東京新聞朝刊で掲載)で、都のコロナ対策「評価」7割、小池都政「評価」8割、東京五輪は「見直し」「再延期」「中止」と微妙に分かれていました。小池さんがどうのというより、都の政策は国に比べればまだマシ、よくやっている方ではないかという相対的な評価があるとも思います。首相と小池さんの会見を比較すると圧倒的に小池さんの方が、答弁が饒舌で、その場での切り返しもうまいと思います。
 一方、都職員の意見が反映されている「都政新報」によると、都職員からの評価は低く、「再選出馬」への賛成が21.5%しかありません。なのに、世論調査で「都政を評価する」が7割もあるのは、「小池アラート」のパフォーマンスや記者会見での発信を含め、「よく仕事をやってくれているのでは」という高評価に結びついているのかもしれません。
 国が減収世帯に30万円給付と言っていたのに、公明党の要請で一律10万円給付に切り替わるなど官邸の方針が揺れている最中に、都は感染拡大防止の協力金を出すとか、都独自の方針を出していました。私がびっくりしたのは「ネットカフェ難民をどうするのか?」という記者の質問に、ネットカフェ難民用のホテル費用など12億円を「これから予算で計上します」と迅速な予算対応を発表していました。しかし、後日、報道を見ていると、この都が提供したホテルは土日が過ぎると、追い出されたというネットカフェ難民が出てくるなど、実際、どこまでネットカフェ難民対策を本気で考えているのかが見えないような点もありました。

水越 そうですよね。私の周囲でも協力金の気前の良さで「小池さんは意外に良いのではないか」とそれまでの見方を変えた人がけっこういました。あの時の印象がなんとなくずっと残っているんでしょうね。

望月 東京オリンピックについてですが、官邸と恐らく示し合わせて「100%完全な形で実施する」と3月中旬までかなり強いトーンで言っていました。実はその最中の週末に感染爆発が起こりそうでしたが、その週は自粛要請も含めて何もせずに、翌週、IOC委員会で「見送り論が浮上」という報道が出た直後に、いきなりロックダウンとか、オーバーシュートが起こりうるということを官邸より早く大々的に言い出しました。ある意味、巧みだなと思いました。IOCの方向性が見えた瞬間に得意の横文字を使って、安倍首相よりも早く注意喚起を都知事として打ち出す小池さんは意図的に「私は官邸とは違う」というイメージを出したようにも見えます。官邸はやるつもりもなかった「ロックダウン」という言葉を使われたことに大激怒していたとも聞きました。
 今回の都知事選では、自民党の支援を断っており、一定の距離があるようにも見えます。この点、自民党の都連側も小池さんへの一定の警戒感はいまだに持っているようにも思えます。都知事選を糧にして9月解散と言われている衆議院選で、小池さんが何かをまた仕掛けてくるのではないかという警戒もあるのかもしれません。

■次期衆院選を見通す維新

土田 今回の都知事選は今後の国政にどのように影響しますか?

望月 野党が分裂している状況の中でどこが伸びてくるのかが問題です。9月に解散があった場合、テレビに出ずっぱりの大阪府の吉村洋文知事が、東京も含めて全国を走り回って運動したとすると、前回の総選挙を上回る形で、日本維新の会が伸びて立憲民主党に競り勝つ選挙区も出てくる可能性があります。政府からすると、自民が負けても、維新が勝てば、自公維という連立や閣外協力を組むことになるかもしれません。これは自公よりも右寄りで歯止めが効かない政権ができる懸念があります。前の国会で検察庁法改正案を含めて維新はほとんど賛成でしたし。

水越 そんなことになったらすごく怖いですね。トランプ並みの稚拙な右派ポピュリズム政治になるでしょう。大阪のコロナ対策も、それ以外の大阪維新の政策も東京には詳しく伝わっていないと思いますが、全国的にもっと知られる必要がありますね。

土田 今回の都知事選で小野さんが維新の推薦を受けて出馬したのは、次の衆院選を見すえてのことだろうと思います。維新は大阪では圧倒的に強いですが、今回、東京でどれくらいの票が取れるのか、リトマス試験紙のつもりではないでしょうか?

望月 昨年7月の参院選挙東京選挙区で、維新の音喜多駿さんが立憲民主の山岸一生さんに競り勝っていますし、神奈川でも維新が立憲民主を落とした選挙区がありました。想像以上に維新は関東でも浸透しつつあります。政治経済評論家の古賀茂明さんは、立憲民主やれいわに必要なのは、バラマキだけでなく、改革路線の方向性も打ち出すことだと指摘していました。その点、維新の推薦を受けた元熊本副知事の小野泰輔さんは、天下りの見直しということを掲げていました。改革路線を意識した政策なのでしょう。

土田 都はコロナ対策として1兆円以上を投入し、都の貯金にあたる「財政調整基金」が9300億円余から500億円余に減ったと言っています。山本さんは都債(地方債)の発行で総額15兆円を調達できると主張し、街頭演説でも聴衆にインパクトを与えています。これに煽られるように宇都宮陣営も告示後になって、コロナ対策の財源を具体的に示しました。それは、まず財調基金の残額5百億円に特定目的基金などを合わせて1兆円、そして外環道など不要不朽の大型道路の建設を先送りして1兆円です。そして、やはり地方債の活用にも踏み込み、公共施設の建て替え費用を都債に振り替えることで1兆円の予算を生み出すということで、結局、計3兆円を捻出するという内容でした。山本さんの総額15兆円に触発されて、現実的な政策案として打ち出してきたようです。
 都債で捻出したコロナ対策費の使い道についても山本さんは具体的に考えています。まず、都民全員に10万円を給付し、中小・零細、個人経営、フリーランスにほぼ無審査で各100万円ずつ給付します。次に、学校の授業料を1年間無料にします。それで数兆円。その後、第2波、第3波が来た場合にさらに数兆円と、何回かに分けて総額15兆円ということです。だから第2波や第3波が来なければ5、6兆円とか7、8兆円で済むかもしれないとも言っています。

望月 政府の打ち出した経済対策は総額108兆円規模で、安倍首相は「過去にない強大な規模」だと説明しましたが、国が新たに支出する一般会計補正予算は16兆7000億円規模でした。“真水” が17兆円規模でしたから、山本さんの総額15兆円は国の経済対策とあまり変わりません。一方、小池さんが言っているように将来、都民税がどれだけのしかかってくるのかという懸念があるのも確かです。小野さんも「15兆円はさすがにどうかと思うが、自分が知事になったら緊急時には、都債の発行は検討材料のひとつだ」と言っていました。

水越 選挙でこうした政策がここまで現実的に語られるのは過去にはあまりなかった珍しいことだと思います。これは経済左派の2人がライバルとしているからだと思います。例えば冷戦期、社会主義国がいたからこそ、資本主義国の福祉政策はあそこまで進んだと私は考えています。日本の政治でも大きな社会党があったからこそ、もっと言えば都知事の美濃部亮吉さん(在任期間1967年~1979年)がいたからこそ、自民党は福祉に力を入れたわけですよね。

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■「ロスジェネ世代」へのアピール

土田 山本さんは災害対策基本法に基づいて国がコロナ禍を災害指定にすべきだったとも主張しています。そうすれば台風や地震など自然災害の被災者と同じように仕事や住居を失った人たちを救済できたということです。ただ、都には権限がないので全国の知事に呼びかけて災害指定を国に強く求めるとのことでした。これに対して宇都宮さん側はコロナ禍は災害指定の適用要件に当たらないとし、特措法があるので国は応じないだろうと説明していました。こういう議論が起きているのも山本さんの出馬のおかげですね。

野田 それに山本さんは「ロスジェネ世代」を口にしています。YouTubeを見ている人がその世代に多いので戦略的に言っているのかもしれませんが、多くが非正規雇用など不安定な状態にあるロスジェネ世代を含めて、今一番、皆が不安に思っているのは自分たちの生活がこれからどうなっていくのかということではないでしょうか。それだけに山本さんの発言は説得力があるように思えます。

望月 山本さんはかつて街頭で原発被災の話をしていると、聴衆から「自分がいる非正規雇用やブラック企業の状況を知ってほしい」と言われ、そこから不安定な非正規雇用の実態などについても調べ始めたそうです。事前告知のない飛び込みの街頭で話すとたくさんの人が足を止めてくれることが分かった。そういうことが血肉化されて彼の今の演説につながっていると思います。山本さんは路上生活者らへの炊き出しなどの支援の現場にも足を運び、その人たちから直接、話を聞き、その声を体の中に吸収してため込んだ思いや言葉を発信しています。
 長年、たくさんの政治家を見てきた政治部のベテラン記者は「(山本さんは)10年に1人いるかいないかの逸材だ。言葉に力があるし、発信力がある。あのセンスは持って生まれた才能と努力の賜物としか言いようがない」と言っていました。誰に向かって何を伝えたら一番響くのかを候補者の中で徹底して分かっているのが山本さんだと思います。それが彼の演説力と発信力につながっています。

土田 山本さんは知事になったらロスジェネ世代とコロナ失業者計3000人を、都の正規職として雇用すると言っています。非正規雇用が全労働者の4割近くに上っているといわれる「貧困と格差」の時代に、非常に重要な政策だと思います。この政策はロスジェネ世代にはアピールしているのでしょうか?

望月 つい最近、政府が毎年150人、3年で450人、ロスジェネ世代に向けた国家公務員の中途採用を行う方針を発表しました。都知事選の動向を見て、ロスジェネ世代や非正規労働者をターゲットにした政策を取り入れていかないとまずいと判断したのか、これからも正規雇用を増やしていくと言っています。

■都立病院の “実質” 民営化の問題

水越 維新は公務員の削減を主張していますが、検査をはじめコロナ対策が遅れるなか、実は日本は公務員をすでに減らしすぎてきたのではないかという現実が見えてきました。そうした意識は世論調査でも浸透していると感じられますか?

望月 東京新聞で掲載した世論調査では、都に望むコロナ対策で押して「PCR検査や保健所のなどの態勢強化」を求める声が全体の3割と最も多く、60代では4割を超えています。小池都政が進めている都立病院と公社病院の地方独立行政法人(独法)化の問題も議論すべき争点のひとつです。大阪府では府立病院の独法化で医療現場が弱体化したためコロナ災害で医療現場が混迷したと言われています。都立病院の独法化に反対する宇都宮さんや山本さんの主張には、コロナ禍を受けて、もう一度、立ち止まって考えてみなければいけないものがあると思います。

水越 たとえば都立病院の独法化と言われても、具体的になにがどう変わるのかよく分かっていない人も多いんじゃないでしょうか? 特に都内では公立病院のありがたみは今回のコロナ危機でこそ言われるようになったけれど、これまで新聞でもあまり解説記事を目にした記憶がありません。現実には公立でも私立でも、病院はわずかな想定外の出来事でシステム崩壊しかねないくらい綱渡りの経営をしているのかもしれないと、この数ヶ月で知ったこともあるので、もっとその先を知りたいです。

望月 その通りですね。まだまだ有権者に独法化についてのメリット・デメリットをメディアがきちんと説明できていないようにも見えます。

土田 東京都が8つの都立病院と7つの公社病院・癌検診センターの2022年度内をめどにした独法化の方針を打ち出したのは今年3月のことです。独法化は都の財政負担の軽減が目的ですが、法人側が自前で運営資金を調達しなければならないので実質的な民営化といえます。
 大阪府では2006年に5つの府立病院を独法化することで17億円の収支改善があったそうですが、これは人件費のカットによるものです。都立病院などの独法化はコロナ禍で疲弊し切った医療現場を今後さらに人件費の削減などで痛め付けることになると思いますが、まさに新自由主義的政策による福祉・医療の切り捨てでしかありません。コロナ災害の第2波が予想される中、どうして都立病院の実質民営化が都民の怒りを買わないのか不思議でなりません。

水越 病院の民営化でなにが起きるか、よく分かっていないんです。私はずっと都内で生活していますが、公立病院にはほとんど行ってません。気づいたらなくなったり、普通外来をしなくなっていたんですね。でもそれで今まで困らなかった。コロナで久しぶりに公立病院のことを考えました。
 それから小池知事のコロナ対策の評価についてももっと報道してほしいですね。このところの感染者増加にも関わらず、小池さんの言動はちょっと不可解なほどそっけない。病床を確保されていても、後遺症のこと、公共トイレが感染源として危険なことなど、4月には分かっていなかったこの病気の知見は増えているのに小池知事は4月の感覚で話しているように私には見えます。そのあたりを、科学的視点で評価してほしいです

■民主主義を形成する政策論議

土田 他にも都知事選の争点となる問題がたくさんあると思いますが、カジノ誘致について小池さんは「メリット・デメリットがある」と明確な回答をしていません。実際には臨界副都心の青海地区(江東区)が候補地と言われ、3月に開始された羽田空港の新飛行ルートによる増便問題とも絡んで、米企業が東京を最有力候補地として狙っているとも言われています。「稼ぐ東京」をキャッチフレーズにしている小池さんも実は前向きなのではないでしょうか?

望月 大手カジノメーカーからするとカジノ誘致は横浜より東京がなんと言っても魅力的です。横浜市の林文子市長は、候補地で手を上げていますが、海外からみたらその魅力は、集客力や外国人観光客も多い東京になるのでしょう。それもあり、宇都宮さんが指摘していますが、江東区が都の候補地になっているのではないかという話があります。あまり争点化されていないのですが、選挙が終わって、コロナが落ち着いた来年の夏以降くらいに、東京が候補地として手を上げる可能性は十分ありうると思います。この問題ももっと注目されてもいいのではないでしょうか。

水越 2人の左派、リベラル寄りの候補が出てうれしい反面、有権者として考えると、山本さんと宇都宮さんという甲乙付け難い2人の候補者が目の前にいるわけです。反ネオリベ経済、反ヘイト、弱者のための都政を望む有権者にはどちらに投票しようか迷っている人も多いのではないでしょうか? 私もすごく迷っています。望月さんはこの葛藤についてどう考えていますか?

望月 政治をずっと見てきた人たちは、山本さんが、あれだけ演説で人を虜にする力を改めてすごいと思う一方で、都議会を傍聴して地道に都政をよくするための活動を続けてきた宇都宮さんのぶれない姿勢や、ジェンダー問題に対する意識、学校給食の無償化といった政策に心を動かされている人もたくさんいます。全体として、リベラル派の人たちの中でさまざまな政策について具体的に議論を深める良い契機になっているように感じます。考え方を深めているなという印象を持っています。“百合子山” が高いにしても、山本さんや宇都宮さんの陣営が選挙戦を展開する中で、独自に考えている政策が、選挙戦の中で論戦を繰り広げ、よりブラッシュアップされていくことで、有権者に伝わり、広がっていることは良いことだと思います。選挙後に、一定の評価があった野党の政策を、与党や都知事が取り入れるということはよくあることです。例えば地方債の発行にしてもこれだけ注目されると、都の財政調整基金が500億円ほどしかない中で、都債の発行は、債務負担を考慮しつつ、総務省との間で検討されるべきではという認識が生まれたのではないでしょうか。どの候補が勝ったとしても、負けた側の主張も含めて、何かしらの相互作用は必ずあるはずですし、結果としてそういうことが、最後には民主主義を形作っていくのではないでしょうか。有権者の方々が、それぞれの頭で政策を考え、自分の考えや思いに近い候補者に一票を投じていってほしいと思います。

Moodymann - ele-king

 窓のカーテンがすべて紫色に統一されているのは、プリンスの家のことではない。デトロイトのURの本拠地サブマージの建物の筋向かいにある家のことで、数年前から、おそらくはケニー・ディクソン・ジュニア(KDJ)が住んでいるのか(もしくはただ借りているだけなのか、いったい何のために?)わからないが、彼のものであるらしいとまことしやかに囁かれていると、昨年までは毎年デトロイトの野外フェスに行っている人物から聞いた。その写真、動画も見せてもらった。なるほど大きな一軒家(東京と比べると家賃は恐ろしく安いのだろう)の窓という窓は濃い紫のカーテンがあり、カーテンがない窓には黒人ミュージシャンの絵が絵が描かれている──プリンス、ジョージ・クリントン、ニーナ・シモン……。
 まったく人通りのない埃っぽい通りにポツンとそんな紫カーテンの屋敷があるのは異様といえば異様だが、しかもその建物からは通りに向かって、ただひたすら60年代~70年代のソウル・ミュージックが流れている。もうそれだけで、ひとつのメッセージである。

 よせばいいのに、この春リイシューされたプリンスの後期の傑作『レインボー・チルドレン』のアナログ盤を買ってしまったのだが、プリンスはジョージ・クリントンと並んでデトロイトの特別なヒーローのひとりである。KDJは前作の『Moodymann』からは、ハウス・ミュージックの形式をさらに拡張し、自分のルーツ(ソウル、ファンク、ディスコ)との接点に意識的なスタイルを模索しているように思える。ソウルやファンクの要素は最初からあったし、歌モノ自体は『Black Mahogani 』でも『Anotha Black Sunday』でもアンプ・フィドラーやホセ・ジェイムスなどを起用して試みてはいるが、近年のそれはリズムがハウスの機能性から自由になっているし、サンプリングにせよコラージュにせよ歌のように構成されている。

 コロナ渦ということで、察するにプレス工場が動かないから先に配信のみで5月21日にリリースされたのであろう『Take Away』の1曲目、アル・グリーンの“ラヴ&ハピネス”(ディスコ・ファンにはファースト・チョイスのカヴァーでも知られる)のサンプリングからはじまる“Do Wrong(間違えろ)”は、完璧なまでにゴスペル形式のハウスで、これはまったくKDJ印といえるのだが、その即興(ゴスペルとは決められた枠組み内での即興である)において洗練されている。続く表題曲は、キビキビしたファンクのシンセ・ベースと魔術的なコラージュによって、彼の教会(=ゴスペル)をディスコに変換する。「シスター、取って、取って、取っていって」と声は繰り返し、一瞬パトカーのサイレンが挿入される。
 が、しかし不安はすぐに消える。『Take Away』全編に滲み出ているKDJのブラック・ポップ・ミュージックへの愛情によって。アルバムはそして、KDJファミリーのNikki-Oが歌いアンドレスがプロデュースする“Let Me In(私を入れて)”~「みんなさよなら」を繰り返す“Goodbye Everybody”~デトロイトのポップ・ソウル・グループ「DeBarge」参加の“Slow Down(ゆっくりと)”、それからKDJ流のギャグ“I'm Already Hi(俺もうハイ)”を経て、ため息が出るほど美しいディープ・ハウスの“Just Stay A While”へと到達する。ここまでの流れがじつに心憎いのだけれど、この曲におけるシンセベースはラリー・ハードの“キャン・ユー・フォール・イット”の次元に侵入していると言っていいし、“Do Wrong”と“Just Stay A While”がアルバムのベストなのは疑いようがない。
 とはいえ、“Let Me Show You Love(君の愛を俺に見せてくれ)”も陶酔的なソウルとハウスのエレガントなミクスチャーだ。アルバムを締める、ジェイミー・プリンシプルのセクシー・ヴォイスが注入された“I Need Another ____”は80年代半ばのシカゴ・ハウスへのトリビュートであろう。
 じつは最後に、bandcampの画面には掲載されていないが、音源を買うとボーナストラックとして“Do Wrong”のSkate editがヴァージョンが入っている。デトロイトではいまでもスケート場でダンス・ミュージックを楽しむというスタイル(ソウル・スケート・パーティ)が活きているのだった。

 KDJはDJであり、古きソウル、ファンク、ディスコの研究家だ。まだ黒人コミュニティにしか知られていないような、倉庫にどっさり眠っているキラーなソウルやディスコを彼はチェックしているのだろう。そしてそれが彼の作品に息吹を与えているのは間違いない。『Take Away』はKDJのなかでもとりわけ歌(=ソウル)が前景化した素晴らしいアルバムだが、頼むから早くヴァイナルを出してくれ。ハードディスクではないところで、自分のコレクションに加えたい。


※なお、本日7月3日のbandcampは、Covid-19の影響を受けたアーティストをサポートするために売上のシェアを放棄する日。また、この日のために以下のレーベルやアーティストがさまざまな支援のため、特別なリリースを用意しているのチェックしてください(https://daily.bandcamp.com/features/artists-and-labels-offering-donations-special-merch-and-more-this-friday-july-3)。ちなみに、「bandcampがいかにしてストリーミングのヒーローになったのか」はガーディアンのこの記事を読んで。英語だけど(https://www.theguardian.com/music/2020/jun/25/bandcamp-music-streaming-ethan-diamond-online-royalties)。

Gary Bartz & Maisha - ele-king

 長くジャズを聴いてきた者としては、いま現在の注目の若手アーティストを聴くことからはもちろん新たな興奮を得られるのだが、一方でかつて素晴らしい作品を残してきたベテラン・アーティストの新作が出れば、やはりチェックせずにはいられない。そして、そんな新旧アーティストが共演したとなれば黙ってはいられないものだ。こうした新旧アーティストの共演は、たとえばロザンゼルスなどで結構盛んに行なわれており、ハーヴィー・メイソンのバンドにカマシ・ワシントンマーク・ド・クライヴ・ロウが参加したことがあったし、昨年のフィリップ・ベイリーの『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』もそうした新旧の力が組み合わさって作られたアルバムだ。最近ではエイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマドの『ジャズ・イズ・デッド 001』で、ロイ・エアーズ、ダグ・カーン、アジムス、マルコス・ヴァーリらレジェンド級ミュージシャンとのコラボも実現した。

 その『ジャズ・イズ・デッド 001』に参加したひとりのゲイリー・バーツは、以前にもザ・ロンゲッツ・ファウンデーションの『キッス・キッス・ダブル・ジャブ』(2015年)に参加するなど、若手ミュージシャンとのセッションに積極的なアーティストのひとりである。1960年代にアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズでプロ・デビューし、マイルス・デイヴィスのグループへ参加したほか、マックス・ローチ、スタンリー・カウエル、マッコイ・タイナー、アリス・コルトレーンらと共演してきたゲイリー・バーツは、ポスト・コルトレーン的なスピリチュアル・ジャズから、マイゼル・ブラザーズをプロデューサーに迎えたジャズ・ファンク、さらにはルーカス=エムトゥーメイによるブギー~フュージョン路線と、長きに渡って活躍してきたサックス奏者だ。レア・グルーヴやクラブ・ジャズ世代からも人気が高く、ザ・ロンゲッツ・ファウンデーションやエイドリアン・ヤングもそんなところからラヴ・コールし、共演へと繋がったのだろう。

 そして、今回はロンドンのジェイク・ロング率いるマイシャがラヴ・コールを送って共演が実現した。マイシャはアフリカ色の強いスピリチュアル・ジャズを指向していて、ちょうどバーツの〈マイルストーン〉や〈プレスティッジ〉時代のサウンドやコンセプトと共通項がある。バーツは1970年にウントゥー・トゥループというグループを率いて、『タイファ』と『ウフル』という連作からなる『ハーレム・ブッシュ・ミュージック』を発表している。マルコムXとコルトレーンに捧げられたアフロ・フューチャリズムに富む『ハーレム・ブッシュ・ミュージック』は、現在のブラック・ライヴズ・マター運動にも繋がる作品なのだが、その中の “ウフル・ササ” を取り上げている。原曲はアンディ・ベイが歌うジャズ・ファンク調のナンバーだが、今回はヴォーカルが入らないぶんバーツ本人のサックス・ソロがより引き立てられるものとなっている。もう1曲バーツのナンバーをやっていて、“ドクター・フォローズ・ダンス” は『フォロー・ザ・メディシン・マン』(1973年)の収録曲。こちらもジャズ・ファンクだが、アフロ・リズムにブロークンビーツのエッセンスを加えたジェイク・ロングのドラムと楽曲が見事に合致している。そのほかの “ハーレム・トゥ・ハーレム” や “ザ・スタンク” は今回のセッションのための新曲だが、どちらも『ハーレム・ブッシュ・ミュージック』あたりに入っていても違和感のない楽曲で、マイシャがバーツの音楽をいかに研究し、理解してきたかがわかる。“レッツ・ダンス” はマイシャのカラーが強いアフロ・ジャズで、ダンサブルなリズムと牧歌性に満ちたバーツのサックスが素晴らしいコンビネーションを見せる。

 ゲイリー・バーツと同時期にデビューして活躍してきたアーチー・シェップも、コルトレーンとの共演を経て開花していったサックス奏者である。ドン・チェリーやセシル・テイラーなどとのフリー・ジャズから、ゴスペルやソウルなどを取り入れたジャズ・ファンク~スピリチュアル・ジャズなど幅広く演奏し、1980年代以降はバラード奏者としても高い評価を得ている。ジャズ・ファンク期の作品はバーツ同様にクラブ・ジャズ・ファンから人気が高く、『アッティカ・ブルース』(1972年)はじめカヴァーやサンプリング・ソースとしても愛されてきた。そんなアーチー・シェップが、ワシントンDCのヒップホップ・プロデューサーであるダム・ザ・ファッジマンクの新作にフィーチャーされている。ロウ・ポエティックとK・マードックとのデュオであるパナセアをトラックメイカーとして支え、MCインサイトとのユニットのY・ソサエティでの活動やMFドゥームやブルーなどとのコラボにより、ジャジーでソウルフルなトラック作りに定評のあったダム・ザ・ファッジマンク。今回のアルバムは彼にとって初めてのジャズ・プロジェクトとのことで、自身でドラムスやヴィブラフォンを演奏し、ミュージシャンと組んだバンド形態のプロジェクトとなっている。エイドリアン・ヤングとのコラボでア・トライブ・コールド・クエストが完全にミュージシャンとして組んでいるのと同じことだろう。そしてアーチー・シェップはサックスのほかにピアノ演奏でも参加し、ロウ・ポエティックがシンガー/ラッパーとして加わっている。

 基本的にジャズの即興演奏にヒップホップのエッセンスやラップ・パフォーマンスを交えたもので、“ラーニング・トゥ・ブレス” や “チューリップ” のようにクールでソリッドな楽曲が収められている。1970年前後のエッジの立ったシェップの諸作に通じる匂いを感じさせるもので、ジャズとヒップホップが底辺で繋がっていることを改めて感じさせる。そしてバーツとマイシャの場合もそうだが、このコラボもダム・ザ・ファッジマンクからのシェップに対するリスペクトの念が滲み出たものとなっている。

RILLA - ele-king

 リラ? 誰よそれ? リラとは関西に生息しているオモロイ男(DJ)です。長年、DJブースと動物園を往復していた彼がついにデビュー作「First Drop / Just A Second」を発表しました。ライヒとシャックルトンをミックスしたようなアプローチで、じつにピースな、アンビエント・タッチのミニマル・ダンス・ミュージックです。2つのリミックス・ヴァージョン(ジャングル・ミックス、ダンスホール・ミックス)もじつにクール。ちなみにレーベルを主宰するToreiは期待の若手DJでもあります。
 以下、編集部に送られてきたメールのコピペです。(アー写変えて欲しい)
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 東京を拠点に活動するDJ/プロデューサーToreiが主宰するレーベル〈Set Fire To Me〉の第2弾は、KEIHINと共にパーティーALMADELLAを主催してきたDJのRILLAが登場。
 長年のキャリアで培われたセンスと初期衝動を融合した“First Drop”、架空の民族の儀式とサウンドシステムの邂逅を表現した“Just A Second”に加え、ObjektやYaejiなど気鋭アーティストらよりサポートを受ける、英レーベル〈Scuffed〉からのリリースも好評なStones Taroによるジャングル・リミックス、新宿のレコードストアReggae Shop NATのレーベル・ラインより発表したDJミックス「Strange Addiction」も話題の、本レーベル主宰のToreiによるサイケデリックなダンスホール・リミックスを収録。
 ジャケットはレーベル第1弾に引き続き、東京拠点のアーティストDavid Yutoが手掛けている。

RILLA -『SFTM002』

1. First Drop
2. First Drop (Stones Taro's Jungle Remix)
3. Just A Second
4. Just A Second (Torei's Psy-Hall Remix)
Bandcamp
Soundcloud

RILLA(プロフィール)

嗚呼、人情とベースライン。福岡より上京した、あの屈強な霊長類(学名:ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ)を思わせる特徴的な風貌を持ったその男とダンス・ミュージックを出会わせたのは専門学校時代の友人という縁、DJをはじめたのも友人の「お前レコ ード持ってるならやってみろよ」という言葉、そして現在のDJの基礎、いわゆる“やられた音”としてその後のその男の趣向を決めたのは、そのDJ練習の音に嫌気 がさした、隣人の保母が差し出してくれたDJ KENSEI氏のミックステープであった。ここでも縁、いやそれは言い換えれば人情でもある。そこでヒップホップに衝撃を受け、そしてブレイクビーツ、エレクトロニカへと開眼していく。2002年、名門CISCOテクノ店への入店とともにバイヤーとして働くうちに、ジャングル、テクノ、ダブステップと、そのサウンドの趣味を広げた。いつしかその名前がRILLA と定着しはじめた頃、東高円寺の名店GRASSROOTSに出入りするうちにさらに耳が深く、広がることでいまのDJスタイルへと日々進化していく。それもこれも人との出会い人情であった。ヒップホップもレゲエもダブステップもテクノもハウスも、その男がかける音は基本的にベースラインのグルーヴがある(聴こえずとも)、そしてどこか遠くが温かい(聴こえずとも)。5年間務めたGRASSROOTSでのレギュ ラー・パーティ「GUERILLA」~「LOCUS」、KEIHINとのテクノとダブステップ、そして未知の体験を提 供する不定期開催の"ALMADELLA"を経て現在京都在住。今宵もどこかで、人情とベースラインでスピーカーと身体を揺らしている。嗚呼。(※家庭の都合でDJを休止していたが、現在復帰に向け準備中)
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interview with Baauer - ele-king

 いま、地球が怒っている。46億年の歴史上、いちばん怒っている。

 Baauer のニュー・アルバム『PLANET’S MAD』はもともと、素晴らしい生命体が住む汚れなき星(この星とは大ちがいだ!)についてのストーリーを語るためのコンセプト・アルバムだったという。けれども、リアル・ワールドはフィクションよりも奇なり。人類を未曽有のパンデミックが襲った結果、Baauer の激しく跳ね回るビートとうねるベース、自由に飛び回るヴォーカル・サンプルは、気候変動と疫病に見舞われたこの星がぶちぎれていることを表現しているようにしか思えない。

 2013年に一大ミームとなった “Harlem Shake” の生みの親である Baauer は、ファースト・アルバム『Aa』(2016年)でプッシャ・Tやフューチャー、M.I.A.、G-DRAGON といったヴォーカリストとともに、ど派手なトラップ・エレクトロとベース・ミュージックを交配したパーティーを表現していた。引き続き〈LuckyMe〉からのリリースとなるこの『PLANET’S MAD』では、インストゥルメンタルに集中した上で、ひずんだ電子音とトライバルなパーカッションが前作以上にアッパーに舞い踊る。狂ったようにテンションを上げていくこのダンス・アルバムは、ダンス・ミュージックの現場から遠ざけられているひとびとのわだかまりを、多少は打ち砕いてくれるはずだ。

 一方、ここで Baauer はアゲるだけではなく、これまでになくシリアスな、内省的な表現もしている。それは『PLANET’S MAD』の10曲め、“REMINA” 以降の後半部分を聞いてもらえればわかるだろう。『PLANET’S MAD』のメランコリックなパートは、故郷である母なる地球について私たちが思いを巡らせるための時間であるのかもしれない。

『PLANET’S MAD』について、ハリー・バウアー・ロドリゲスが語る。


Listen Out Festival

直接顔を合わせられないからこそ、かえって人とのつながりを大切にできるようになったというかね。コミュニティが逆に活発になってきていて、すごくいい変化が生まれてるなと思ってるよ。

NYCの状況は、ここ東京よりもずっと厳しいと思います。いま、どんな状況ですか?

ハリー・ロドリゲス(Harry Rodrigues、以下HR):実際には何も変わっていないんだけど、ニュースが騒ぎ立てている感じだね。外を歩いたりしても、意外といつも通りの景色が広がっているんだよね。でもニュース番組が怖がらせてくるから、家にいるようにしている。部屋にこもって、オンラインで自分の音楽をうまく配信していこうと画策してるね。それはそれですごく楽しいよ。この状況をうまく乗り越えていくためにも、いい方法を見つけたなと思う。

Twitch(ゲームの実況プレイをライヴ配信するプラットフォームで、音楽ライヴも増えている)での配信やゲーム「Animal Crossing (どうぶつの森)」を楽しんでいますよね。拝見しています。そんな状況でいま、どのように音楽に向き合っていますか?

HR:最初の頃はこの状況にうまく適応できなくて、どうすればいいかよく分からなかったんだよ。でも Twitch をはじめてから変わってきた。オンラインでいつも聴いてくれるファンも増えてきて、曲作りの新しい方法を見つけたって感じだね。オンラインでも人とつながることはできるし、Twitch をはじめたのは本当によかった。ただ俺の音楽はライヴありきだから、その点は厳しいよね。全部キャンセルになってしまったし、ライヴがない音楽生活っていうのはすごく違和感がある。他のアーティストも同じだと思うんだけどね。まあいまは、音楽を作る方を楽しんでる。それはそれで、いい変化でもあるしね。

なるほど。いきなりシリアスな質問で恐縮ですが、新型コロナウイルスが人びとの生活を脅かし、クラブの営業も不可能な現在の状況で、エレクトロニック・ダンス・ミュージックが持ちうる意味やパワーとはどんなものだと考えますか?

HR:そうだね。直接的には人が集まれない状況になったからこそ、俺たちが音楽を通して、オンラインでポジティヴな流れを作るいい機会になっていると思う。コミュニティを作るちょうどいい機会だし、直接顔を合わせられないからこそ、かえって人とのつながりを大切にできるようになったというかね。同じ畑のアーティストとかフェスティバルも、オンラインでどんどん配信してるしね。コミュニティが逆に活発になってきていて、すごくいい変化が生まれてるなと思ってるよ。

たしかに、ダンス・ミュージックはコミュニティのためのものですよね。あなたは Baauer として、数多くのヴォーカリストたちとコラボレーションをしています。コラボレーションしたいと思うポイントはなんでしょうか?

HR:いつも、気になったアーティストには俺から声をかける。ポイントというよりは、純粋にかっこいいことやってるなと思ったアーティストとか、前からファンだったアーティストとかに連絡してみるんだ。それでまぁ、返答が返ってくるのと返ってこないのと半々って感じかな。承諾してもらったとしても、その相手が別のプロジェクトに取り掛かっちゃって、うやむやになることとかも往々にしてあるし。だから、もともと俺から連絡をしてみてるアーティストは本当にたくさんいるんだよ。でも不思議と、タイミングが合って最終的にコラボレーションすることになったアーティストとは、何もかもがうまくいくことが多い。すごく満足のいく曲ができるんだよね。

そのコラボレーションも、越境的だと思います。たとえば、幼い頃からドイツやイギリスなど、さまざまな土地で暮らしてきたことは、あなたの音楽に対する考え方に関係していますか?

HR:特に、7歳から14歳まで住んでたイギリスはそうだね。当時は音楽を聴くといったらラジオだったんだけど、間違いなく、あの時代が俺の音楽の嗜好を決めたね。UKガレージにはまってて、クレイグ・デイヴィッドが好きだった。もともとはUKポップから入って、そこからUKガレージが好きになったんだ。


Nick Melons

アルバムを通してフィクションのストーリーを伝えるのって、すごく楽しいんだってことに気づいてね。ただ自分の新曲を集めるタイプのアルバムよりも、ひとつの作品をつくり上げている感覚で楽しかった。

クレイグ・デイヴィッドがUKガラージをポップに広げたのは事実だと思います。コラボレーションに話を戻すと、あなたと日本のミュージシャンたちとのコラボレーションは、注目すべきことだと思っているんです。前作『Aa』の “Pinku” に参加した PETZ、“Night Out” に参加した YENTOWN クルー、“Open It Up”をプロデュースした Awich。彼らとのコラボレーションはいかがでしたか?

HR:みんな本当にかっこいいよね。スタイルが独特で、他の国とは一線を画してる。最初のきっかけは PETZ で、そこからつながっていった。東京にすごく仲がいい友だちがいるんだ。すごくいい奴で、東京に行くときには彼が色んなクールな場所を案内してくれるんだけど、一度東京に遊びに行ったときに彼が連れて行ってくれたのが、当時 PETZ が働いてた店だった。そこで PETZ のみんなと話して、SNSでつながって、やり取りしたりしてた。それで YENTOWN のことを知ったんだよね。まずは PETZ とコラボして、そのあと YENTOWN、そして、YENTOWN のクルーから Awich のことを聞いて、Awich の曲をプロデュースすることになった。ここ数年間彼らのコミュニティのアーティストたちと仕事をしたことになるけど、どれもすごくいいコラボレーションになって良かったよ。

いい関係性ですね。あなたの新しいレコードについて聞きたいと思います。本当に素晴らしいアルバムでした。いつから制作をはじめ、どのようなコンセプトでつくったのでしょうか? また、前作と比較して、まず気づいたのはヴォーカリストがフィーチャーされていないことでした。これはどうして?

HR:制作をはじめたのは1年半前。そろそろ次のアルバムを出すころだなと思ってね。それで〈LuckyMe〉のドム(Dominic Sum Flannigan)と話して、フィーチャリングなしのインスト・アルバムにするのがいいんじゃないかってことになった。前回は色んなアーティストとコラボしたアルバムだったから、今回は全部自分だけの曲にしてみるのがちょうどいいだろうってことで。それを前提にして、コンセプト・アルバムにするのが面白そうだっていう話になった。それで、自分の中でSF的なストーリーを作ってドムに説明したら、最初は「頭おかしいんじゃない?」って言われたんだよ(笑)。でもストーリーに沿った曲をどんどん作っていくうちに、アルバムを通してフィクションのストーリーを伝えるのって、すごく楽しいんだってことに気づいてね。ただ自分の新曲を集めるタイプのアルバムよりも、ひとつの作品を作り上げている感覚で楽しかった。他のアーティストとコラボレーションするのも、もちろん楽しいんだけどね。違う面白さがある。

なるほど。そのかわり、あなたの音楽における重要なエレメントであるヴォーカルのサンプルが様々なかたちで使われています。どうしてヴォーカル・サンプルを使うのでしょう?

HR:サンプルは断トツで何よりも、いちばん大事な要素だね。さっきも話したイギリス時代、UKガレージを聴いていたときから、色んなアーティストのヴォーカルサンプルの使い方が気になっていたんだ。別の曲からサンプルを取って、自分の曲に落とし込むって面白いなと思って。それがずっと自分の中に残ってるね。だから、自分で音楽を作りはじめてからもずっと、別の場所からサンプルを取ってきて、自分の音楽に変えるっていう作業がいちばん好きなんだ。人が作ったものからさらに新しいものを作る。音楽作りでいちばん楽しいと思う工程だね。

プレスリリースではファットボーイ・スリム、ケミカル・ブラザーズ、ベースメント・ジャックス、ダフト・パンクなど、90年代のダンス・ミュージックが引き合いに出されています。たしかにそれも感じますが、曲ごとにアプローチはさまざまです。新作では音楽的にどんなところをめざしましたか?


HR:ちょうどこの前、Twitch の配信でこの話をしていたな。曲を作るときに気にしているのが、色々なスタイルの音楽を作るっていうことなんだよね。テンポとかサウンドに幅を持たせたい。その上で、どれも俺らしいものにするっていう。全然違うスタイルの曲なのに、聴くだけで「Baauer だな」って分かるものにしたいんだ。それが俺の音楽的な目標なんだよね。色んなジャンルの音楽が好きだから、自分が作る音楽に関しても、テンポやスタイルを固定してしまいたくない。色んなアプローチをしながら、Baauerらしい音楽を作っていきたいんだ。


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「惑星が危険な目に遭っている」っていうコンセプトで他の曲の制作を進めていった。そしたら、このパンデミックが起こった。「地球が怒ってる(PLANET'S MAD)!」って思ったよ(笑)。

1曲めの “PLANCK” のアウトロでは、日本語が聞こえてきました。これは気温と電力についてのニュース音声ですよね。気候変動はこのアルバムと関係していますか?

HR:その名も「PLANET'S MAD」だからね(笑)。ただ実は、最初は冗談で仮に付けたタイトルだったんだけど。でも制作を進めていくうちに、俺とドムの中でこのタイトルがしっくりくるようになった。ストーリーとしては、汚れのない惑星がどこかにあって、そこには素晴らしい生命体が住んでて……っていうものなんだ。あんまり説明しすぎると面白くなくなってしまうんだけど、自分が住んでいる惑星に対して、自分の生活がどんな影響を及ぼしているのかを考えたり、新しい綺麗な惑星で、その環境を大切にしながら生きていくことを想像することって、地球への考え方を変えることにもつながると思ってるから。

繰り返しになりますが、「HOT 44」や「PLANET’S MAD」といったフレーズは、気候変動に代表されるこの星の危機を指しているのではないかと思うんです。2曲めの “PLANET’S MAD” で表現していることを教えてください。アートワークやヴィデオが表現している宇宙のイメージは、それと関係していますか?

HR:最初に作った曲が “PLANET'S MAD” で、そこからタイトルを取ったんだ。1年半前にアルバムを作りはじめたときにはさっき言ったストーリーがすでに頭の中にあったから、惑星とエイリアンのストーリーにするっていうのは最初から決めてた。だから “PLANET'S MAD” はすぐに出来上がって、そこをスタート地点にして、「惑星が危険な目に遭っている」っていうコンセプトで他の曲を進めていった。もともとのアイディアとしては、架空の惑星だけが舞台だったんだ。そこから、暗に地球についての話をしているようなコンセプトに変わっていった。だからMVでは地球が軸になっているし。そしたら、このパンデミックが起こった。「地球が怒ってる(PLANET'S MAD)!」って思ったよ(笑)。だから、リリースを延期にする話も出たんだ。ドムに、「不謹慎な気がするから延期にした方がいいかな?」って相談した。でも彼は「今だからこそ出そう」って。こんなタイミングになるとは思っていなかったから、驚きだよね。

アルバムの後半、“REMINA” から “HOME” へ、という2曲の流れが素晴らしかったです。このメランコリックでチルアウトした2曲は、どのようにしてつくられたのでしょう?

HR:その2曲は最後の方で作った曲で、当初はちょっとアルバムに合わないかなと思って、外そうとしてたんだ。でも流れがよかったって言ってもらえて嬉しいな。最終的に収録することにしたのは、この2曲の流れがそれまでの緊張感とかとげとげしい雰囲気を中和してくれると思ってのことだったから。ここで一旦リラックスできる、静かな曲を入れるのがちょうどいいと思って。結果的に、全体のバランスを取り持つ2曲になったね。

エンディングである “GROUP” には、“REMINA” “HOME”のメランコリーと、Baauer らしいヘヴィなビートが同居しているかのように感じました。この曲についても教えてください。

HR:この曲をクロージングにするのは、最後の方で決めたことだったんだよね。いま言ってくれたみたいに、ハードなビートとメランコリーが同居していて、作ったときからずっとお気に入りの曲だった。最後の曲にすることにしたのは、制作を進めていくうちに、この曲にアルバム全体のストーリーのエンディング感を感じるようになったから。ストーリーの中では、最終的には惑星はどこかに行ってしまうんだ。新しい惑星が出現したとき、最初はみんな怖がっているけどだんだん正体がわかって、その惑星のことを好きになっていくんだけど、結局はどこかに消えていってしまってみんな悲しむ。その消えていく惑星の様子をいちばん表現しているのが “GROUP” なんだよね。

ストーリーとの兼ね合い、ということで腑に落ちました。ところで、“HOME” で歌っているのは、英国のシンガーソングライターである Bipolar Sunshine さんですね。ヴォーカリストがほとんどフィーチャーされていないこのアルバムに彼が参加した理由や経緯を教えてください。

HR:“HOME” が持っているような雰囲気の曲をアルバムに入れたいっていうのはずっと頭にあったけど、最初は全部インストにするつもりだった。でもとりあえず Bipolar Sunshine のヴォーカルでレコーディングしてみたら、ものすごく良い曲になった。アルバムに入れざるを得ないぐらいにね。そこに言葉にできる理由はなくて、1曲だけヴォーカル曲を入れるっていうのがベストだと思った。それに、彼の声は素晴らしいから。唯一のヴォーカル曲を彼にお願いできてよかった。

感動的な曲だと思います。“HOME” で歌われる「home」や「mama」といった言葉は、なにを表しているのでしょうか?

HR:歌詞を書いたのは Bipolar Sunshine なんだよ。このアルバムのストーリーも伝えていない状況で、彼の信条とか経験をもとにしたこの歌詞を書いて、それが見事アルバムにぴったりな曲になったっていう。すごいよね。「home」や「mama」は故郷としての地球や母なる地球って意味にも取れるし、幸せを感じさせながら、俺たちの「home」である地球について顧みさせられるというか。もともとは Bipolar の中での「home」や「mama」だったものが、俺たちにも通じる意味を包含してるんだ。


Jake Michaels

新しい惑星が出現したとき、最初はみんな怖がっているけどだんだん正体がわかって、その惑星のことを好きになっていくんだけど、結局はどこかに消えていってしまってみんな悲しむ。

“HOME” にはハドソン・モホークが参加しています。モホークとあなたは〈LuckyMe〉の同僚であり、トラップとEDMをけん引してきたふたりだと思います。あなたから見て、ハドソン・モホークはどんな音楽家でしょうか?

HR:彼のことはもう本当に、いちばん尊敬してる。特にインスピレーションを受けているアーティストのうちのひとりで、それこそ音楽をやる前から尊敬しているアーティストだね。人間的にも。だから今回手伝ってくれることになって、こんなに嬉しいことはないなって。幸せだよ。

大半の曲に参加している Holly という方は、どんな音楽家ですか?

HR:彼はポルトガル出身のプロデューサーなんだけど、曲の作り方が独特ですごく勉強になるんだよね。もともと名前だけは知っていて。最初は1曲だけお願いするつもりで依頼をしたんだけど、出来上がったものに度肝を抜かれて(笑)、本当にすごくてね。それで2曲目をお願いして、それもやばいぐらい最高で、3曲目、4曲目……ってお願いして。自分が作った曲を新しい次元に連れて行ってくれる人に出会えたって感じだね。

他にクレジットで気になったのは、“MAGIC” のチド・リムです。彼はドラムで参加したのでしょうか?

HR:どうだったかな……。コードだけ依頼したんだったと思う。そうだ、それで、あんなに素晴らしいドラマーなのに、本当にコードだけ書いて送ってくれて贅沢なことをしたなと思ったんだ(笑)。彼も〈LuckyMe〉に所属しているからそもそも知り合いだったんだけど、個人的に結構仲が良くてね。プライベートでも会うミュージシャンの中でも、特に面白い人で。初対面はロンドンだったな。彼の出身地のオーストリアでも遊んだりして、年々仲良くなっていってるね。でも仕事で一緒になったのは今回が初めてだったから、新鮮で楽しかったな。

ところで、〈Lucky Me〉の Twitter アカウントが「PLANET’S MAD (A. G. mix)」とつぶやいています(https://twitter.com/LuckyMe/status/1257326129280684032)。これは、あの〈PC Music〉の A・G・クックがリミックスをするということ?

HR:そうだよ(笑)。まじでやばいやつが出来たから。本当にすごい。いつリリースするかはまだ決まってないけど、遠くはない。実はもう、彼が Sky Festival(『Porter Robinson’s SECRET SKY MUSIC FESTIVAL』、5月9日(土)(現地時間)配信)に出演したときにプレイしたんだけどね。

それは聞き逃してしまいました……。リリースを心待ちにしています。今日は本当にありがとうございました。早くあなたの音楽をクラブやフェスで、低音が効いた大音量で聞きたいものです。

HR:日本にも本当に本当に行きたい。ライヴはもう、待ちきれないよね。

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