「Nothing」と一致するもの

interview with Kamaal Williams - ele-king

 カマール・ウィリアムスの前作『The Return』から2年、ユセフ・カマールの『Black Focus』から数えると4年が経過した。僕もあのアルバムを聴いてから4年が経ってあっという間の年月を感じると同時に、ここ4年間でUK発の Boiller Room や NTS Radio がシーンの軸に変貌し、「UKジャズ」なるコトバが生まれ、世代や国境、人種を超えてあらゆるミュージック・ラヴァーを魅了した非常に濃い年月になったと思う。「一体どんだけこの土地から新しいアーティストが出てくるんだ?」と、毎月、毎年のUK勢の快進撃に僕もいまだに魅了されっぱなしだ。そんな中でも、カマール・ウィリアムスつまりヘンリー・ウーはどことなく独特な雰囲気と音楽を放ち続けている。過去のインタヴューを読んでも、自分自身のパフォーマンスに揺るぎない自身と絶対的なコンセプトがひしひしと伝わってくる。ここ2年で大幅にスキルアップも果たし、LAのレジェンド、ミゲル・アトウッド・ファーガソンなど、アメリカのアーティストとの新たなコラボレーションにも注目したい新しいアルバム『Wu Hen』は20年以降、そしてコロナ禍以降の音楽シーンを見据える上でも是非聴き逃して欲しくない1枚になっている。そんなアルバムの制作秘話を本人の口から直接聞くことができた。誰かと特別群れるわけでもなく、音楽が導く「運命」に身を委ね、孤独に高みを目指し続けるアーティストの裏側に迫った。

俺は音楽を「書く」ということはしない。いまを生きている。そのとき演奏した音楽が、俺の人生を物語っている。考えるということはしない。感じるんだ。

アルバム・リリースおめでとうございます。音楽とは少し離れたプライベートな質問になりますが、今回のコロナ禍はどのように過ごしていましたか?

カマール・ウィリアムス(Kamaal Williams、以下KW):参ったよね、本当に。まあ、できることをやるしかないから。

世の中がクレイジーな状況に見舞われてますが、アルバムはいつ頃完成していたのですか? それと、制作にかかった期間はどれくらいでしょうか?

KW:8月に作りはじめて、今年のはじめごろに作り終わってた。だから、制作期間は5、6ヶ月ってとこ。だいたいいつもそれぐらいの期間で終わるね。今年の1月ぐらいに俺がやることは終わってて、そこからアートワークとかハード面の作業をして、今回のリリースに至ったっていう感じ。リリース時期に関しては、このパンデミックとかそういうのは関係ないね。

あなたの音楽作りのプロセスについて教えてもらえますか?

KW:俺は音楽を「書く」ということはしない。いまを生きている。そのとき演奏した音楽が、俺の人生を物語っている。考えるということはしない。感じるんだ。

前アルバムと違いバンドのメンバーが大きく変わっていますね。『LIVE AT DEKMANTEL FESTIVAL』のときにはすでにその原型ができているように感じましたが、今作はどのようにしてメンバーを選びましたか?

KW:俺は運命を信じてる。誰と出会うかは、はじめから定められていることなんだ。だから、このアルバムに参加するメンバーが誰なのかも最初から決まっている。今回のメンバーに関しては、俺がアメリカに行ったときに会った。アメリカでは俺は外国人で、だからこそアメリカ出身の奴と音楽がやりたいと思ったんだ。それでマークという友人に、アメリカ人のミュージシャンを引き合わせてくれと頼んだら、LAのグレッグ・ポールと、(リック・レオン・)ジェームスを紹介してくれた。それでLAに飛んで彼らと会い、相性がいいことが分かったんで一緒にやることにしたのさ。セッションは最高だったね。そしてアトランタでは、クイン(・メイソン)と出会った。奴も最高のミュージシャンだ。そういう風に、出会うべき人間は最初から決まっている。

ドラマーのグレッグ・ポールとはLA現地で会ったんですね。ということは、いくつかの楽曲はLAでレコーディングしたんでしょうか?

KW:彼に出会ったのはLAだが、レコーディングはロンドンのサウス・イーストにあるウェストウッドというところでやった。俺のいるべき場所はサウス・ロンドンだからね。

ミゲル・アトウッド・ファーガソンとのコラボレーションはリスナーにとってサプライズですね。アルバムに参加したキッカケを教えてください。

KW:もともと、お互いの音楽が好きでね。マスターと仕事ができて光栄だったよ。彼に会ったとき、言われたのさ。「カマール、お前と仕事をすることに対して、俺には全く迷いがない。なぜって、お前は神に認められた神童だからな」って。あとはご承知の通り。今回のコラボレーションが実現した。制作のプロセスにおいて、彼の演奏やアイディアはなにひとつ変えていない。全てそのまま使わせてもらった。素晴らしい経験になったよ。彼の音楽は俺を高みに連れていってくれる。このアルバムが最高のものになったのは、彼のお陰に他ならないね。

以前のインタヴューで前作の『The Return』は母親の家のリビングでレコーディングしたという記事を見かけたことがあります。もし事実であれば今回は少し違ったスタイルでの制作かと思いますが、前のアルバムと比較して制作環境の変化があれば教えてください。

KW:レコーディングはスタジオでやったが、今回は、前作よりも明確な形で結果が表われている。一緒にやりたいと思ったミュージシャンに参加してもらえたし、これまでやったことのないことをやりたくて、それがすべて実現できた。ストリングスやヴォーカルもいつもよりも多用していて、今回は自分のヴォーカルを使ってみたりもした。今回は、自分をより信じることができたと言える。だから前回アルバムを出したあとに集めていたアイディアの、集大成のようなアルバムになっているんだ。

9曲目の “Hold On” で共演したローレン・フェイス(Lauren Faith)はUKの今後を担うシンガーですよね。私の記憶では女性シンガーとのコラボレーションは初めて? かもしれませんが、彼女とのコラボレーションの感想を聞かせてください。

KW:ローレン・フェイスね。彼女とのコラボレーションは最高だった。素晴らしかった。彼女はロイ・エアーズの娘なんだ(*)。ロイ・エアーズは分かるか? 彼女のあの声は、父親のDNAだ。本物のファンクさ。そのDNAで、父親から受け継いだ指紋で、俺のアルバムに跡を残してくれた。素晴らしい才能だ。女性シンガーと仕事をしたのははじめてではないが、リリースするに至ったのは初めてだね。ただシンガーには、男も女も関係ない。人間でしかない。どんな人間であるか、それしか関係がないんだ。

音楽は映画なんだ。俺がいちばん好きな監督が誰か、知ってるか? クロサワだ!! 彼の映画は全て観た。クロサワはストーリーテリングの巨匠だ。だから俺の音楽も、クロサワ映画のような物語を紡ぐものにしたい。

(先行でリリースされた)2曲目の “One More Time” だけを Bandcamp で聴いていたときは正直「前作とおなじテイストかな?」と思っていましたが、アルバム全体を聴いて幅の広がりに驚きました。5曲目の “Pigalle” のようなスタンダードなジャズ・ナンバーの楽曲も最初からアルバムの構想に入っていましたか?

KW:むしろ、最初の構想としてはクラシックなジャズ・アルバムを作りたかった。自分がもと来た道を感じられるような……ライヴ音楽からはじまった俺のキャリアの、ルーツに戻るようなアルバムをね。俺がいままで辿ってきた道にあった全ての因子を摘み、集めたスペクトラムを形にしたかった。そして結果的に、ジャズ・アンサンブルからハウスまで、俺がこれまでに音楽的に経験してきたあらゆる要素を詰め込んだアルバムになった。このアルバムの中で、全てをやり尽くしたくなったんだ。それで “Pigalle” は、アルバムの中でジャズを象徴する曲になっている。皆なんでもかんでも「UKジャズ」と言いたがるが、ほらよ、これが「UKジャズ」だっていう曲だね。そこに少しのアメリカ的エッセンスも入れている。

去年の暮れは『DJ-Kicks』のリリースも話題になりましたが、ヘンリー・ウー名義で今後エレクトロニックなハウスやブロークンビーツのEPやアルバムを出す考えはありますか?

KW:まさに来年、その予定がある。日本人アーティストとのコラボレーションも考えている。色々と計画している最中だね。実は、日本のアーティストのリリースも決まっているんだ。

そういえばルイ・ヴェガの Instagram でエレメンツ・オブ・ライフの新しいアルバムに参加したような投稿を見かけました。ルイとのセッションはどうでしたか?

KW:ビッグ・アンクル・ルイ! 大好きだ。もちろんセッションは最高だった。ただ、こっちに決定権がないから彼のアルバムについては話せない。最終的に収録されるかも俺にはわからない。全てはアンクル・ルイの判断だ。だが心からリスペクトしているし、毎日彼の音楽を聴いている。超人的にドープな音楽を作る師匠だ。彼にはかなりの影響を受けてるね。ルイから連絡をもらって、実現したのさ。「よお、カマール!」って、彼のスタジオがあるニューヨークのアッパーイーストに呼ばれてね。

アートワークを務めたオセロ・ガルヴァッチオ(Othelo Gervacio)。彼の Instagram を見るとメッセージ性の強い作品が多いですね。『Wu Hen』のアートワークにも特別なメッセージは込められていますか?

KW:オセロ・ガルヴァッチオは、ケニーっていうクリエイティヴ・ディレクターに紹介してもらった。アートワークに関しては、彼に全部任せたよ。でき上がったのを見て、目が釘付けになったね。制作過程は見ていないけど、あの雲は彼が描いたらしい。すごくいいアーティストだ。

コロナの影響を受けて、フェスティヴァルやイヴェントの形や、音楽の聴き方や存在自体が変化していますね。あなた自身は今回の期間を経て何か考え方や行動、音楽に対する価値観が変わりましたか?

KW:わからない。わからないね。全部終わってから振り返ってみないと。ロンドンはまだカオスで、できることが限られているけど自分ができることをやってる。いまできるのは、音楽を作り続けることだけだね。その音楽がその状況を語ってくれるはず。音楽はこういうことがなくたって常に変化していくもの。だから変化や影響があるとすればそれは自然なことだし、むしろどう変化するのか見てみたい。どう変化するかは、自分たちに予想はできないからね。

それでは近い将来で、計画しているプロジェクトや、やってみたいことなどは?

KW:次のアルバムはもう考えてる。このまま音楽的実験を続けて、より進化した作品を出す。それがいまメインで動いてる話。ヴォーカルは俺がやるよ。これまでもずっと歌をやってきたから。もう次を作りはじめてるんだよ。

注目しているプロデューサーはいますか?

KW:将来、リック・ルービンとアルバムを作りたいとはずっと思ってる。一緒に仕事をしたいプロデューサーなんて山ほどいるが、リック・ルービンはその中でもダントツの存在だね。

ブルース・リーがお好きなんでしたよね。

KW:そう! その瞬間に感じるものが全てなんだ。俺の人生、そして他人の人生から学んだものが組み合わさって、そのとき演奏する音楽に昇華される。つまり、音楽は映画なんだ。俺がいちばん好きな監督が誰か、知ってるか? クロサワだ!! 彼の映画は全て観た。『七人の侍』、『用心棒』、『羅生門』の3本が、俺の人生の映画だ。クロサワはストーリーテリングの巨匠だ。だから俺の音楽も、クロサワ映画のような物語を紡ぐものにしたい。

そうした映画の映像からインスピレーションを受けて、即興したりも?

KW:間違いなくインスピレーションは受ける。だが映画を観ている時は、100%スクリーンに集中している。『七人の侍』の、あの素晴らしい物語に全神経を集中させている。作品を消化したあとに、その感情を音楽として表現するんだ。

自分の音源以外で最近聴いている楽曲を教えてください。

KW:ロザリア(Rosalia)というスペインのシンガーがいるんだが、あまり知られていない。彼女はすごく良い。古いのではマーヴィン・ゲイも最近聴いている。あとは『DJ-Kicks』でフィーチャーしたバッジー(Budgie)も。

ありがとうございました。質問は以上です。状況が落ち着いたら、来日も楽しみにしています。

KW:ああ、日本にはまた行きたいと思っている。日本の皆に神のご加護を。

* 訳註:ローレン・フェイス(25歳)とロイ・エアーズ(79歳)の親子関係の情報がなく、年齢的にロイ・エアーズの息子、ロイ・エアーズJr.の方の娘(=孫)という意味だった可能性もあり。

vol.129:PCRは陽性という結果だった - ele-king

 COVID 19がパンデミックになり4ヶ月が過ぎた。NYでは、人は普通に外に出ていて、マスクをしているだけで普段と変わりない。公園、ビーチには人がぎっしり、レストランやバーも、アウトサイドシーティングは人がぎっしり。
https://gothamist.com/news/coronavirus-updates-july-18

 地下鉄やバスも人はたくさん乗っていて、6フィートのソーシャル・ディスタンスが取るのが難しいときもたくさんある。が、COVID 19はまだ猛威を振るっている(夏になれば勢力は弱まる、という見解は大きく外れた)。7月上旬、アメリカ全土の感染者数はいままでになく上昇(1日に5万人!)。フロリダ、テキサス、アリゾナ州では、感染者が激増し、カリフォルニア州はレストラン、バーの営業を停止し、1ヶ月前に逆戻りした。ニュ-ヨークは感染率が高い州からの移動を禁止した。

 今日(7/19)のNY市のコロナウィルス感染者データ:感染者合計:221,419人、新感染者:298人、死者合計:23,400人、新死者:12人

 7/11、ニューヨークは3月以降初めて、コロナウィルスでの死者が0になったが、油断は禁物。大勢の若者たちがクイーンズのスタンウェイ・ストリートやロングアイランドシティなどでマスクなしでたむろっている。
https://gothamist.com/food/videos-astorias-steinway-street-has-become-party-street-queens

https://gothamist.com/arts-entertainment/we-all-want-pretend-isnt-happening-mask-free-pandemic-parties-are-popping-nyc

https://gothamist.com/arts-entertainment/profundo-ravel-covid-test-rooftop-pandemic-pool-parties-rage-lic

 自分は感染していないだろうと誰でも思いたいが、実際は無症状患者もたくさんいるはず、私みたいに。私は6月にアンチボディ検査、7月にPCR検査を受けた。アンチボディは陰性で、PCRは陽性という結果だった。ん、いまコロナにかかっているじゃないか! 
 とはいっても無症状だったので、まったく気がつかず。熱も無いし、味覚も嗅覚もあるが、かかっているというならそうなのだろう。慌てて隔離生活に入る。隔離生活は、基本家で隔離されるのだが、必要あれば、ニューヨーク市がホテルを用意してくれる(3食付き)。毎日(14日間)ニューヨーク市から電話がかかってきて「今日の調子はどうか」、「誰かに会ったか」、「どこにも外出しなかったか」などいろいろ質問される。「何かあれば、すぐこの番号に電話して」と緊急の電話番号を渡されるなど、いたれり尽くせり。だから、NYは感染者が減っているのだろう。
 私も家にいるしかない。やりたいことができないのは辛いが、いまはオンラインでミーティングしたり、友だちや家族に頻繁に電話したり、リモートでできることを探すしかない。バー経営者の友だちは2週間に一回テストを受けているという。人と顔を合わす仕事だから、自分がかかっているかどうか知っておく義務がある、と。自分がかかるのはまだいいが、周りの人に知らない間にうつしてしまうのが一番怖い。持病のある、年老いた親と住んでいる人に会う可能性もあるからだ。
 20日からニューヨークは第4段階に入る。動植物園の営業や映画・テレビ制作、無観客でのスポーツイベントが可能になる。一方で美術館や店内飲食など屋内の活動は引き続き制限する。その代わり、レストランの野外飲食はレイバーディから10月末まで延期され、テーブルを並べられる歩行者天国が、40ヶ所追加された。
https://gothamist.com/food/nyc-adds-40-new-open-streets-outdoor-dining-extends-open-restaurants-october
 チェルシーマーケットも木曜日から日曜日までと日程制限はあるが、先週末から再開し、ハイラインも予約制でオープンしている。ニューヨークは人が多いから、何かあれば、すぐに感染者は増えるだろう。みんなが自覚し、健全な世のなかになることを祈る。私も自宅待機を続けるしかない。

interview with Bing & Ruth - ele-king


 00年代後半~10年代のいわゆるモダン・クラシカルの勃興は、マックス・リヒターやニルス・フラームといった才能を第一線へと押し上げることになったが、NYのピアニスト、デヴィッド・ムーアもまたその流れに連なる音楽家である。彼を中心とした不定形ユニットのビング・アンド・ルースは、ライヒなどのミニマル・ミュージックやアンビエントのエキスを独自に吸収し、〈RVNG〉からの前々作『Tomorrow Was the Golden Age』(14)や〈4AD〉移籍作となった前作『No Home Of The Mind』(17)で高い評価を獲得、モダン・クラシカルの枠を越えその存在が知られるようになる(ムーアはその間、イーノが絶賛していたポート・セイント・ウィロウのアルバムにも参加している)。


 お得意のミニマリズムは3年ぶりのアルバム『Species』でも相変わらず健在ではあるものの、その最大の特徴はやはり、全面的に使用されているコンボ・オルガンだろう。つつましくもきらびやかなその音色はどこか教会的なムードを醸し出し、楽曲たちは反復と変化の過程のなかである種の祈りに似た様相を呈していく。ムーア本人は新作について「ゴスペルのアルバム」であり、「神の存在を感じる」とまで語っているが、とはいえけっして宗教色が濃厚なわけではなく、それこそ瓶に挿された一輪の花のごとく、ちょこっと部屋の彩りを変えるような、カジュアルな側面も持ち合わせている。大音量で再生して教会にいる気分を味わってみるもよし、かすかな音量で家事のBGMにするもよし、いろんな楽しみ方のできる、まさに「家聴き」にぴったりのアルバムだ。

 新作での変化や制作のこだわりについて、中心人物のデヴィッド・ムーアに話をうかがった。




ライヒが大好きだし、ドビュッシーも大好き。彼らの音楽が影響を与えたことは間違いない。でもそれらの影響はすべてひとつのシチューになったんだよ(笑)。スプーンですくってみるまでなにができてるかはわからない。


あなたの音楽は「モダン・クラシカル」に分類されることが多いと思いますが、音楽大学などでクラシカル音楽の専門教育は受けていたのでしょうか? 独学?


デヴィッド・ムーア(David Moore、以下DM):ぼくはクラシカル音楽の専門教育を受けて、その後、ジャズと即興の専門教育を受けて、音楽学校にも通っていたよ。

「モダン・クラシカル」や「ネオ・クラシカル」ということばが定着してからだいぶ経ちますが(日本では「ポスト・クラシカル」という言い方もあります)、それらは矛盾をはらんだことばでもあります。自身の作品がそのようなことばで括られることについてはどう思いますか?

DM:うーん、あまり好きではないね。じぶんの作品をことばで括られるのは誰も好まないと思うな。それでわかりやすくなるのなら、ぼくは気にしないけど、ぼくはじぶんがつくっている音楽をある特定の種類の音楽として認識していないからね。あるカテゴリーに入れるとしたら実験音楽だと思うけど、そのことばさえぼくはあまり好きじゃない。じぶんの音楽をカテゴライズしたり、他人にじぶんの音楽をカテゴライズされるようになると、型にはめられた感じがしていろいろと複雑になってしまうから、ぼくはしないようにしている。

前作『No Home Of The Mind』で〈RVNG〉から〈4AD〉へ移籍しましたね。それまで〈4AD〉にはどんな印象を抱いていました?

DM:アーティストなら誰でも所属したいと思う、夢のようなレーベルだよ。ぼくにとっても夢だった。〈4AD〉が過去30年から40年にかけてリリースしてきた作品を見れば一目瞭然だ。〈4AD〉がリリースしてきた一連のアーティストや作品を見ても、ほかに拮抗できるレーベルは思いつかない。〈4AD〉は奇妙な音楽をリリースすることに恐れを感じていなくて、その音楽が結果的に大成功したりするし、まあまあ成功したり、成功しなかったりする。でもそれをリリースしたという事実が大事なんだ。ビッグなアーティストの音楽もリリースしていて、そういうグライムスザ・ナショナルディアハンターといったアーティストたちも非常に興味深くてユニークなアーティストたちだ。〈4AD〉にはそういう特徴が一貫として感じられる。

自身の作品が〈4AD〉から出ることについてはどう思いますか?

DM:とても光栄だよ。そして向上心を掻き立てられる。じぶんを限界まで追い詰めてつくったものでないとダメなんだという気持ちになる。ぼくは彼らと仕事をしていて、彼らはぼくと仕事をしている。そこには共通の想いがあって、ある方向性に感銘を受けているからだ。方向性とは先に進んでいるものであり、停滞はできないものなんだ。ぼくは〈4AD〉のスタート地点と〈4AD〉が向かっている方向が好きだし、〈4AD〉はぼくのスタート地点とぼくが向かっている方向が好きだと思うからそこに共感がある。

前作『No Home Of The Mind』は高い評価を得ましたが、それによって状況に変化はありましたか?

DM:変わらなかったね(笑)。ぼくの人生は、時間が経つにつれて変化するという理由から変化したし、新しいものをつくったという理由から変化したけれど、生活の質にかんしてはそんなに大きな変化はなかった。でもぼくは意識的にそういう影響されるようなものからじぶんを隔離しているんだよ。レヴューはあまり読まないし、SNSの投稿も読まないし、コメントも見ない。じぶんの音楽に対する反応にはなるべく関わらないようにしている。ぼくの役割は音楽をつくることで、その音楽をつくり終えたら、次につくる音楽のことを考えたい。ぼくがつくり終えたものに対してのほかのひとの考えは気にしていない。

ミニマル・ミュージックの手法を追求するのはなぜでしょう? それはあなたにとってどのように特別なのでしょうか?

DM:ミニマル・ミュージックというものがなんなのか、ぼくにはもうわからなくなってしまった。人びとが従来ミニマリストの音楽として定義してきたものに、じぶんの音楽が入っているとは思わない。これはまたジャンルについての話になってしまうけれど、ぼくはジャンルについては詳しく話せないんだよ。じぶんの音楽が、ある特定のジャンルや派に属しているとは思っていないからね。誰かのサークルに入りたいと思っているわけでもない。ぼくはじぶんがつくりたいと思う音楽やじぶんが聴きたいと思う音楽をつくろうとしているだけなんだ。それをなんと呼びたいのかはほかのひとに任せるよ(笑)。

あなたにとって、もっとも偉大なミニマル・ミュージックの音楽家は?

DM:偉大ということばを可能な限り定量化するとすれば、やはりジョン・ケージだろうね。


不思議な感覚だったよ。周辺で見る車は、ぼくが生涯をかけて働いても買えないようなものばかりだったし。とても不思議で非現実的な環境だった。そこでぼくは美しいほどの孤独を感じたんだ。とても美しい孤独だった。


あなたの作品はミニマル・ミュージックであると同時に、どこか印象派を思わせるところもあります。具体的なものや人間の感情、社会などよりも、漠然とした風景や雰囲気を喚起することを意識していますか?

DM:伝えておきたいたいせつなことがあって、それは、ぼくはじぶんのやっていることや、その理由について、ぼくはあまり深く考えていないということ。じぶんのやっていることについて考えれば考えるほど、その動機を疑ってしまって良くない方向に行ってしまうこともある。だからぼくは、「この要素を入れて、印象派の要素を入れて、ミニマルの要素を入れて、スティーヴ・ライヒの要素を入れて、ドビュッシーのパーツを入れて……」というようなアプローチはしていない。ぼくはスティーヴ・ライヒが大好きだし、若いころは彼の音楽をよく聴いていた。ドビュッシーも大好きでいまでもいつも聴いている。彼らの音楽がぼくの作曲の仕方に影響を与えたことは間違いない。でもそれらの影響はすべてひとつのシチューになったんだよ(笑)。スプーンですくってみるまでなにができてるかはわからない。とにかく、じぶんのやっていることにそこまで深く考えていないんだ。ほかのひとがそう思ってくれるのは嬉しいけれど、実際はずっと単純なことなんだ。

「家具の音楽」や「アンビエント」のアイディアについてはどう思いますか? あなたの音楽は、しっかりと聴き込まれることが前提でしょうか?

DM:アンビエントの音楽のなかには好きなものもあるよ。じぶんの音楽の機能というものについて考えるのはとてもたいせつなことだと思っている。それは作曲の過程というよりも、録音とミキシングの過程でとくに表現されるものだ。音が部屋に色彩を加えたり、アルバムをかけることで、その部屋の雰囲気が変わったりするのは素敵なことだと思う。ぼく自身、アルバムをわずかな音量でかけて流すという音楽の使い方も楽しんでいる。作曲しているときや、録音とミキシングをしているときにぼくが意識していることは、ヘッドフォンで音を大音量にしてかけても、音量を絞ってべつのことをしながら──たとえば、朝食をつくりながら──聴いていても効果的だと感じられる音にしようとすることなんだ。アーティストなら、リスナーはじぶんの音楽を聴くときはそれ以外のことをしないで、じぶんのアートをフルに体験するべきだと言いたくなるかもしれないけれど、人びとには毎日の生活があるしそうはいかない。だから音楽の形式として、ぼくはさまざまな機能的シナリオを持つアルバムをつくるのは好きだと言えるね。 

これまではピアノが主役でしたが、今回(ファルフィッサの)コンボ・オルガンにフォーカスしたのはなぜ?

DM:コンボ・オルガンにフォーカスしたのは、べつにこれをやろうとじぶんで決断したことではないんだ。ぼくはずっとファルフィッサ・オルガンを弾いていて、次第にオルガンを弾く時間のほうがピアノを弾く時間より多くなっていった。そしてついにはピアノをいっさい弾かなくなり、オルガンしか弾かないようになっていた。振り返って考えてみると、オルガンには持続音があり、ピアノにはそれがないとか、オルガンは音量が一定でピアノはそうでないとか、オルガンはライヴに持ち運ぶことができるけどピアノはできない、など、思いつく理由は芸術面でも実用面でもあるけれど、先にじぶんが決断したことではなくて、自然な流れでそうなった。じぶんが明確に求めていたものにフィットしたのがファルフィッサ・オルガンだったということなんだ。

今回コンボ・オルガンを使用するにあたって苦労したこと、または気をつけたことはなんでしょう?

DM:このオルガンはとても壊れやすくてね。いま、ぼくは2台所有しているけれど、どちらも50年以上前のものだ。初めてのファルフィッサを買ったとき、それはまったく使えないものだった。まったく音が出なかったんだよ(笑)。だからつねにショップに持っていって、直してもらったり、じぶんでも直し方を習ったりするんだけど、はんだのやり方もろくにできないぼくがオルガンを直すなんて、とうてい無理な話なんだ(笑)。だからツアーのときに、もしオルガンが壊れたらどうしようかと悩んでいたんだ。そうしたらコロナが広まって結局ツアーもすべて中止になってしまった。だからまだ解決していない問題なんだよ。

NYからカリフォルニアのポイント・デュムに一時的に移住したそうですね。街や環境には、どのようなちがいがありましたか? 土地柄は、制作する音楽に影響を与えると思いますか?

DM:ぼくはニューヨーク・シティからしばらく離れる必要性を感じていた。以前にもカリフォルニア南部には行ったことがあって、楽しい時間を過ごせたから良い場所だと思っていた。ロサンゼルスだと友だちがたくさんいるから、簡単に気が紛れてしまう。マリブのポイント・デュムで家を貸している友人がいて、マリブは超高級住宅地なんだが、家の借り手がつかずに、その家は解体される予定だったんだけど、それが延期になっていた。そんな理由からぼくたちが家を借りられることになった。すばらしかったよ。ビーチに近くて、天気もちょうど良くて、ぼくはそこでランニングに本格的にはまった。近所にはマシュー・マコノヒーやボブ・ディランが住んでいて、まったく不思議な感覚だったよ。その周辺で見る車は、ぼくが生涯をかけて働いても買えないようなものばかりだったし。とても不思議で非現実的な環境だった。そこでぼくは美しいほどの孤独を感じたんだ。とても美しい孤独だった。それはたしかにぼくの作曲に影響を与えた。孤独とはネガティヴな意味合いがあるけれど、ぼくの場合はちがった。一緒に家を借りた友人たちは母屋に住んでいて、ぼくは小さなバンガローのほうに住んでいて、彼らは不在のときも多かった。近隣の住民は誰も知らなかったし、みんなぼくとはちがう税率区分のひとたちだった。だからとてもひとりぼっちな感じがして、じぶんの想いをすべて音楽に注入することができた。

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新作は、テキサスの砂漠と農園のすぐそばのスタジオでレコーディングされたのですよね。ほとんどひとがいなそうですが、そのスタジオを選んだ理由は?

DM:このスタジオを選んだ理由はいくつかあって、ひとつ目はとても実用的な理由で、予算内でスタジオが使えて、食事の施設もあって、スタジオに24時間アクセス可能だったという点。それはとてもたいせつな点だった。予算内で好きなときにスタジオが使えて、ぼくたちが宿泊できる施設があり、食事もできて、そういう心配をする必要がなく音楽に集中することができた。そして、実際にスタジオに行ったときに思ったのは、ぼくがいままで訪れたなかでもっとも魅惑的な場所のひとつだったということ。このアルバムがこういうサウンドになったのはこのスタジオの影響だ。ぼくたちの作業に多くのインスピレイションを与えてくれる場所だった。ぼくたちはスタジオに1週間滞在していたけれど、また機会があったらぜひそこでレコーディングしたいと思う。

曲名に意味は込められているのでしょうか? “I Had No Dream” や “Blood Harmony” などは深読みしたくなる題です。

DM:意味は込められているよ。それが狙いだからね。でもぼくはできるだけ物事の意味合いを、受けとる側の解釈に任せられるだけの余裕を与えたいと思っている。ぼくがタイトルを決めるときは、そのフレーズの響きが好きだったり、そのフレーズから連想するものが好きだったり、じぶんのマインドがそのフレーズから曲に繋がっていく過程が好きだったりという理由から決めている。“I Had No Dream” という曲はべつに、「夢がなかった」という意味ではなくて(笑)、聴き手が曲に入るための手助けをしているフレーズに過ぎない。曲に入る手助けはしているけれど、どこに入れという指示まではしていない。それが良いタイトルだとぼくは思っている。良いタイトルは、リスナーを引き込むけれど、そのときにリスナーがどの状態から入ってくるのかは問わない。リスナーを決まった扉に連れていくのではなく、その扉は各リスナーにあって、扉の入り方もリスナーの自由だ。


このアルバムはゴスペルのアルバムなんだ。ぼくにとってこのアルバムは神の存在を感じるということだった。ぼくは教会にも行かないし、聖書も読まないから、べつに信仰が厚いわけではないんだ。そういう意味での神ではなくて、各自にとっての神という意味でその存在を感じたということ。


アルバムのタイトルは『Species(種)』ですが、全体のテーマがあるとすれば、それはどのようなものなのでしょう?

DM:はじめに言っておきたいのは、アルバムがどういう意味だとか、どういうものであるべき、という話はあまりしたくないんだ。なぜなら、結局のところ、それはリスナーそれぞれによってちがうから。歌詞があるアルバムで特定のことについて歌っているのであれば、「これはぼくが大好きだった靴をなくしたときの話だ」などと答えられるかもしれないけれど(笑)、インストゥルメンタルの音楽ではそうはいかない。でも個人的な意見から言うと、このアルバムはゴスペルのアルバムなんだ。ぼくにとってこのアルバムは神の存在を感じるということだった。ぼくは教会にも行かないし、聖書も読まないから、べつに信仰が厚いわけではないんだ。そういう意味での神ではなくて、各自にとっての神という意味でその存在を感じたということ。それは個人的で深い体験だった。ぼくはそれまで何年もその存在に気づかないで生きてきたから。このアルバムによって、ぼくは神の存在に近づけたし、アルバムを制作する過程はぼくにとって非常にパワフルな過程だった。だからぼくにとってこれはゴズペルのアルバムなんだ。でもほかのひとにとっては、ディナーをつくっているときにかけるきれいな音楽かもしれない。それはなんでもいいんだ。そのひとの解釈がなんであれ、それはすばらしい。

NYには坂本龍一がいます。以前、彼がレストランのために編んだプレイリストにあなたの曲が選ばれていましたが、彼と会ったことはありますか?

DM:会ったことはないけど、ぜひ会ってみたいと思う。

ここ数年のアーティストで、共感できる音楽家は誰ですか?

DM:最初に思い浮かんだのは、スタージル・シンプソンだね。日本で有名かどうかは知らないけれど、彼はとてもすばらしいミュージシャンだよ。彼がリリースした作品も好きだけれど、ぼくがとくに好きなのは彼の観点や視点、それから歌詞の書き方やインタヴューの答え方なんだ。とても強い存在感のあるひとで、親和性を感じる。彼のほうがぼくよりも有名だし、状況はちがうけれど、彼が話すのを聞くと、彼のことを知っているような気になるんだ(笑)。音楽業界という世界に身を置きながらも、なんとか本来のじぶんというものを保とうとしている。彼のそういうところはぼくにとって大きなインスピレイションとなってきた。音楽的には彼の音楽とぼくの音楽はまったくちがうものだけれど、哲学や理念にかんしてはとても共感できるひとだと思う。それからフィオナ・アップルの新しいアルバムにもいますごくはまっている。最近出たアルバムでよく聴いているよ。あとは数週間前だったかな──もう時間の感覚がわからなくなってしまった──に出たラン・ザ・ジュエルズのアルバムもよく聴いている。新しい音楽もけっこう聴いているよ。

世界じゅうが新型コロナウイルスによりたいへんなことになりました。しばらくライヴはできず、音楽は家で聴くことが主流になりそうですが、本作は家で聴くのにも適した作品だと思います。どういったシチュエーションで聴いてほしいですか? あるいは、本作のどんな部分に注目して聴いてほしいですか?

DM:なるべく1秒くらいは注目しないで聴いてみるのが良いと思う(笑)。さっきも話したけれど、それはリスナーが好きな方法で聴いてくれたら良いと思う。ぼくが個人的に好きな聴き方は、リラックスした状態でヘッドフォンで大音量でかけるという聴き方や、公園を散歩しているときにヘッドフォンで聴いたり、低音量でリピートで家のなかでかけるという聴き方など。リスナーが引き込まれる瞬間があるなら、それが良い聴き方なんだと思う。このアルバムにはいろんな聴き方があるけれど、最終的にそれを決めるのはリスナー各自だ。

ライヴが可能になるのが1年後か2年後かはまだわからない状況ですが、パンデミックが収束し、外でプレイできるようになったとき、まずどのようなライヴをしてみたいですか?

DM:日本でライヴをしたいね(笑)。ぼくは日本に行ったことがないんだけど、日本でライヴをやった友人たちの多くが日本の観客のすばらしさや日本人のホスピタリティの高さをいつもぼくに伝えてくれる。だから日本にすごく行ってみたいんだ。日本に行ってライヴをやったり、取材の質問に答えたりして、ぼくの音楽を広めてくれるひとたちの手助けをしたい。どんな環境でライヴをやりたいかというと、大音量であることはたしかだ。今後、どのような形でライヴをするのが可能になっていくかはわからないけれど、ぼくのライヴは暗くて大音量のなか、強烈な体験にしたいと思っている。そしてそのあいだや、その上やその下にあるすべての要素、いろいろなものが含まれているライヴにしたいと思っているけど、まだ先のことは誰にもわからない。もう誰もなにもわからない! ぼくはもう二度とライヴができないかもしれない。いまはとても困惑した状況だからね。

INFORMATION

オフノオト
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原 摩利彦、agraph(牛尾憲輔)による選曲プレイリストも公開。
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interview with Laraaji - ele-king


Laraaji
Sun Piano

All Saints/ビート

Ambient

beatink

 一昨年の圧倒的な来日公演も記憶に新しいララージ。エレクトリック・ツィターを駆使した幻惑的なサウンドは近年のニュー・エイジ・リヴァイヴァルにも大きな影響を与えてきたわけだが、今回の新作ではなんとツィターは一切使われていない。『Sun Piano』なるタイトルどおり、生ピアノだけを演奏した作品なのだ。でも、心配ご無用。天上から降り注ぐ光のようなイメージはそのままに、あのララージ的世界をさらに拡張したものになっている。ここでは、新作の内容のみでなく、ピアノとツィター、ピアノと自身の関係についても詳しく語ってもらった。

ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。

元々ピアノを勉強していたあなたが、今回ソロ・ピアノのアルバム『Sun Piano』を発表したのはとても納得のいくことですが、同時に、これだけピアノ演奏が達者なあなたが、なぜこれまで一度もピアノ作品を作らなかったのか、改めて不思議に感じました。まずは、このアルバム制作の背景、経緯を教えてください。

ララージ:ピアノは私の人生のなかで、重要な位置を占めている楽器だからね。人生の薬のようなものさ。ピアノは常に私の表現の軸にある楽器だが、これまで私は主にエレクトリック・サウンドの実験を進めてきた。そんななかで、近年のアルバムのレコーディングを見てきていたプロデューサーのマシュー・ジョーンズ(Matthew Jones)に言われたんだ。「そろそろピアノでソロ・アルバムを作る頃だろう」って。それが、この新作を作ることにした理由さ。自分のなかで、その助言がとてもしっくりときた。ピアノはずっと好きだったから、時が来たんだね。私の中で、このタイミングでピアノ・アルバムを作るというのはとても自然なことだったんだ。これまでほとんど弾いたことのなかったグランドピアノを使ったりもして、そういう部分でも純粋に楽しかった。ピアノの前に座って、弾くことを素直に楽しむ時間が幸せだったよ。作業にとりかかり始めたのは2018年の頭で、その年の12月に録音を開始した。

ピアノだけのアルバム制作に際し、なにか戸惑ったり難しかったことはありますか。

ララージ:ピアノだからといって、難しいということはなかったよ。だた、物理的な面で大変だったことがひとつあって……レコーディング途中で、エンジニアのジェフ・ジーグラー(Jeff Zeigler)が拠点を移したんだ。スタジオを引っ越したのさ。それで、ミキシングが途中で止まるなど、作業が遅々と滞ってしまったのが大変だったね。あとは、コロナ・ウイルスの関係でスケジュールの変更もいろいろとあったし。それ以外にはとくに問題はなかった。

カート・ヴァイルやメアリー・ラティモアなどとの仕事で知られるジェフ・ジーグラーが録音/ミキシング・エンジニアを担当した経緯は? また、録音に際し、ジェフとはどのような対話がありましたか。

ララージ:ジェフとは、ダラス・アシッド(Dallas Acid)とのコラボレーションの際に知り合った。ニューヨークのブルックリンでね。2年前にLaraaji/Arji Oceananda/Dallas Acid 名義のコラボ・アルバム『Arrive Without Leaving』を出した時のことだ。ジェフ・ジーグラーとダラス・アシッドと私を繋げてくれたのは、『Arrive Without Leaving』でエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたクリント・ニューサム(Clint Newsome)だ。私とジーグラーは初対面の日から2日間、一緒にスタジオで過ごした。彼は今、私のライヴの際にもシステム・エンジニアを務めてくれている。サウンドのクオリティにこだわる人で、仕事をする上でとても頼もしいよ。レコーディング中に彼と話したことは…そうだな……「どうしたら椅子がきしむ音を消せるか」ということと、「今日のランチはどこにするか」ということぐらいかな(笑)。真面目な話、私たちは、感情の面で偏りが出ないようには気をつけていた。穏やかな面と、攻撃的な面とのバランスをちゃんと持っている作品にしたかったんだ。

自宅ではこれまでもずっとピアノを弾いてきたのですか。

ララージ:毎日弾くよ。夜はいつもイヤホンを付けて弾いている。ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。音程もたくさんあって、強弱も幅広くつけられるから。

若い頃は、大学でクラシック・ピアノを学びつつ、趣味でジャズ・ピアノを弾いていたと一昨年の日本での取材時に言ってましたが、いま自宅で好んで弾くのはたとえばどういう音楽ですか。

ララージ:自宅では、即興演奏しかやらないんだよ。だから、いつも新しい曲を弾いているんだ。ジャズのような、エネルギッシュなものをフリー・フォームで弾いたりはするが、楽譜を見てクラシックの曲を弾いたりは、もうしないね。即興が楽しすぎて、それどころではないから(笑)。

伝承曲“シェナンドー(Shenandoah)"以外の『Sun Piano』収録曲もすべて即興なんですか。

ララージ:うん、すべて即興だよ。楽譜は書かない。まずはテーマとなるハーモニーを見つける。そしてそのテーマに従って、肉付けの部分の作曲を即興で進めていくんだ。

作品全体がイノセンスな輝きに満ちていますが、本作を作る際、あなたの頭のなかにはどのようなイメージ(情景)がありましたか。

ララージ:ある時は、深呼吸を頭のなかで想像する。そうすると穏やかな、リラックスできる曲になる。ある時は、楽しく踊る脚を想像する。そうすると踊り出したくなるような曲になる。そしてある時は、雲の上の高いところでダンスをする、天使や妖精みたいな、想像上の生き物を想像する。それが、君が言ったような「イノセンスな輝き」につながっているのかもしれないね。

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太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。


Laraaji
Sun Piano

All Saints/ビート

Ambient

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伝承曲“シェナンドー"には何か特別な思い入れや想い出があるのでしょうか。

ララージ:これはアメリカン・フォークのなかでもとくにお気に入りの曲なんだ。そこから着想を得てグランドピアノで即興をするのも面白いかなと思ってね。実は、これまでも長いこと“シェナンドー"をベースにしていろいろと即興をしていたんだよ。それをたまたまこの新作に入れてみようかなという気になってね。今回は大きな教会のグランドピアノで演奏したから、反響で自分らしい音が聴こえるんだ。そういう、自己満足のようなものだね。一度やってみたかったっていう。大学で合唱の時にこの曲を歌ったり、アメリカに実際にあるシェナンドーという場所に行ったことがあったりと、いろんな思い出のある曲なんだよ。

長年ツィターを演奏してきたことは今作でのピアノ演奏にも何らかの影響を与えているはずだと思いますが、もしそうだとしたら、具体的にはどのような影響でしょうか。

ララージ:私がツィターを使いはじめたのは1974年だ。ツィターはむきだしのミニチュア・ピアノのようなものだが、ピアノではできないことができる。ハンマーを使って演奏することもできるし、ピアノよりもメロディーの幅が広がるんだ。だから、ツィターでの実験を通して発見したことを逆にピアノでできないかなと模索することなんかがあるし、そこからさらに新たな発見に出会うこともある。私がツィターと初めて出会ったのは、当時お金が必要で、ギターを売ろうと思って訪れた楽器の質屋だった。ブルックリンのね。でもお金に替えるかわりに、そこにあったツィターと交換してしまった。神に導かれるようだった。そんな出会からこの楽器をいじり始め、いろいろと面白い音を見つけ、それを人前で披露できるまでになった。きっと運命だろうね。

ヨーロッパ近代社会や思想と結びついた平均律(equal temperament)ピアノの音は、雲や虹のようなあなたの世界とは相容れないのでは……などと想像しがちですが、あなたのなかでは何の違和感もありませんでしたか。

ララージ:これまでずっとツィターで音楽的な実験を続けてきて、今回はそれを活かしたいと思ったんだ。長い間使ってきたツィターだから、これまでの経験を活かしてあげないとと思ってね。私にとっては、まずはそこが重要だった。ただ、今回のアルバムのようにピアノを使
うとなった時に、例えばピアノを違う周波数に調律して弾くのは違和感があるよね。たとえば純正律とか。そもそもピアノとツィターでは奏でられる旋律にも違いがあるし。純正な音程ではない平均律は、音色としてはいわゆる不協和音をはらんでいるが、一方でそれは、他楽器との調和に役立つ。つまりここでは、ツィターで培ってきた旋律の構成手法を活かすための平均律なんだ。

本作は3部作の第1弾であり、次作は『Moon Piano』だとすでにアナウンスされています。『Sun Piano』と『Moon Piano』の違いや関係について説明してください。

ララージ:『Sun Piano』は明るく、楽しく、燦然と輝く、アグレッシヴなリズムを奏でるアルバムだ。これから出る他の2枚に比べ、オープンなんだ。『Moon Piano』はより女性的で、柔らかく、内省的で、そして静か。この2作品に関しては、同じ即興セッションのなかから生まれた。使ったピアノも同じだが、感情の世界の別の面が表現されている。穏やかな面と、攻撃的な面とね。そして3枚目は『Through Illumines Eyes』というタイトルだ。そのアルバムでは、エレクトリック・ツィターとピアノを同時に演奏している。感情の面では、とても明るく、燦々と輝いており、まぶしいくらいだ。イメージとしては、グランドピアノとエレクトリック・ツィターの間だね。ピアノとツィターを、自分で同時に演奏しているから。私はピアノを両手で弾きながら、途中からピアノを伴奏にして右手でツィターを弾くこともできるし、ツィターのループをかけながらピアノを重ね
ることもできる。ドラマーみたいな感じだね。

あなたは常に時代の空気を意識してきたと以前語ってくれましたが、今回のソロ・ピアノ作品はいまの時代とどのように共振すると考えていますか。

ララージ:太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。音楽を聴くことで、聴き手はそこに平穏を見つけられると思う。落ち着くことができる。それは、静かな曲だけではなくて、元気な曲にも言えることだと思っているんだ。いまの世のなかで起こっていることを考えて、不安で気持ちがざわざわしている時にでも、音楽を聴けば自分のなかにバランスを見つけることができる。今回の3部作を聴くことで、一旦落ち着いて、リラックスし、状況を客観的に観察し、そしてもう一度平穏を取り戻せるような感情の世界に自分を導いてくれれたらと思っている。

このアルバム制作を通し、ピアノという楽器に関して新たに発見したこと、気づいたことはありましたか。

ララージ:今回は教会で演奏したんだが、音の反響があるから、これまで聴こえていなかった音が聴こえた。ピアノの音の奥深さと、ハーモニーの広がりを感じたよ。グランドピアノ自身が奏でる豊かな音色が聴こえてきた。それから、ピアノの椅子が鳴らすキーキーという音にもリスペクトを払うようにしようと気づけた(笑)。ピアノに没頭しているときに鳴る音だからね。ジェフ・ジーグラーとのレコーディングがあったからこそ、これまで気づいていなかったピアノの音を発見できたというのもあるね。

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オフノオト
〈オンライン〉が増え、コロナ禍がその追い風となった今。人や物、電波などから距離を置いた〈オフ〉の環境で音を楽しむという価値を改めて考えるBeatinkの企画〈オフノオト〉がスタート。
写真家・津田直の写真や音楽ライター、識者による案内を交え、アンビエント、ニューエイジ、ポスト・クラシカル、ホーム・リスニング向けの新譜や旧譜をご紹介。
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Beyoncé - ele-king

 2016年、スーパーボウルでのショウや “Formation” のMV、アルバム『Lemonade』などでブラックパンサー党や BLM への共感をあらわにし、現在のムーヴメントの口火を切ったとも言えるビヨンセ。昨年は映画『ライオン・キング』にインスパイアされたアルバム『The Lion King: The Gift』をリリースしているが、その収録曲 “My Power” ではなんとダーバンのDJラグを迎えゴムに挑戦するなど、どメジャーの世界にありながら果敢な試みをつづけている(ちなみにDJラグはほぼ同時期に、オーケーザープとの共作「Steam Rooms EP」を〈Hyperdub〉よりリリース)。
 そんな彼女が7月31日、ヴィジュアル・アルバム『Black Is King』を公開することが明らかになった。ビヨンセみずからが脚本・監督を務めた映像作品で、ディズニー・プラスにて世界同時配信される。黒人の経験がテーマになっているそうなので、まさに今日にふさわしい作品になっていることだろう。要チェックです。

ビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が7月31日(金)よりディズニープラスにて世界同時プレミア配信決定

グラミー賞24度受賞の世界的スーパースターのビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が、2020年7月31日(金)よりディズニー公式動画配信サービス「Disney+ (ディズニープラス)」にて世界同時プレミア配信されることが決定しました。映画『ライオン・キング』(2019年)の全米公開から1周年を記念し、2020年7月31日(金)より世界同時配信、国内では同日16:00より配信されます。

ビヨンセは昨年、自身がナラ役の声優を務めた映画『ライオン・キング』のインスパイア―ド・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』をリリースしました。映画へのトリビュートとアフリカン・ミュージックへの敬意を称えた “アフリカへのラヴ・レター” を意味したものになり、ジェイZ、ファレル・ウィリアムス、チャイルディッシュ・ガンビーノ、ケンドリック・ラマー等、彼女と親交のあるアーティストや、アフリカン・アーティストが参加しました。

『ブラック・イズ・キング』は、その『ライオン・キング:ザ・ギフト』の音楽をベースに、アルバムに関わったアーティストたちやスペシャルゲストも参加し、黒人の体験を世界に届ける、まさに伝記と呼べる長編作品です。本来の自分自身を追い求める現代の若者たちに、『ライオン・キング』の教えをビヨンセが伝えるもので、まさに多種多様なキャストとスタッフたちの絆によって1年の歳月をかけて製作されました。

代々続いてきた黒人たちの伝統を、ある若き王が経験する裏切り、愛、自らのアイデンティティに満ちた驚きの旅の物語を通して、名誉あるものとして描きます。彼は先祖の導きにより運命と向き合い、父の教えや愛に育まれた子供時代のおかげで、故郷に帰り王座を取り戻すのに必要な資質を身につけていきます。

なお、本作は、世界同時配信のために、歌唱シーンでは英語音声のみとなり、歌の間のセリフ部分のみ日本語字幕が付きます。詳細は決定次第、ディズニープラス公式サイト等にてご案内させていただきます。

ディズニープラス 公式サイトはこちら

【リリース情報】

ビヨンセ | Beyoncé
『ライオン・キング:ザ・ギフト | The Lion King:The Gift』
配信中(2019年7月19日)
再生・購入はこちら

Theo Parrish - ele-king

 やはり動いていた。かつて9・11にもすぐに応答していたセオ・パリッシュだけれど、ジョージ・フロイド事件を受け、『We are All Georgeous Monsterss』と題したスポークン・ワード作品を6月に発表している。警察の暴力や、新型コロナウイルスの黒人における影響の大きさを背景にした、全6パートにもおよぶ長大な構成で、ブルーズやジャズ、ソウルなど、本人の曲も含めたさまざまなトラックをバックに、いろんな人物の語りが挿入されていく(作家ジェイムズ・ボールドウィンと詩人ニッキ・ジョヴァンニの会話も含まれる模様)。英語がわからないとたいへんだが、考えるヒントになることは間違いない(『RA』にレヴューあり)。

ブロンディのカリスマシンガーが波乱万丈の人生を綴る、未発表写真満載の決定的自伝!

70年代のニューヨーク・パンク・シーンから現れ、瞬くまにスターダムを駆け上がったブロンディ。バンドの顔であり、ロックする女性のパイオニアの一人でもあったカリスマシンガーが綴る決定的自伝。

養女として育った幼少期、ニューヨーク・ドールズやラモーンズといったシーンの仲間たち、大スターとしての狂騒の日──性暴力や破産などの障害も乗り越え、いまも活動する姿が飾らない言葉で生き生きと描かれる。

目次

序文(クリス・シュタイン)
一 愛ゆえの子供
二 可愛い娘ちゃん、天使みたいだね
三 カチリ、カチリ
客席照明
四 影に歌えば
五 生まれつきパンク
六 危機一髪
幕間
七 発射と着地点
八 マザー・カブリニと電熱器の火事
九 伴奏部
十 〈ヴォーグ〉のせいにしましょ
いないいないばあ
十一 レスリングと未開の地
十二 完璧な味
十三 日々の習慣
愛情の証
十四 妄執/欲動
十五 拇指対向性
写真とその他のイラスト類に関するクレジット
謝辞

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Miley Cyprus - ele-king

 マイリー・サイラス(Miley Cyrus)だと思って聴きはじめたら違った。よく見るとマイリー・サイプラス(Miley Cyprus)だった。「P」がひと文字多い。ジャケット・デザインもちゃんと見ると知的だし、マイリー・サイラスのわけがなかった。いや、マリー・サイラスもミシガン州の水道問題を告発した活動家をヴィデオに登場させたり、フェミニズムや人種問題に対する発言もかなりしっかりしている。それどころか素っ裸にペニスのおもちゃだけをつけた格好でライヴをやったり(客も全員、全裸)、フレーミング・リップスと“Lucy In The Sky With Diamonds”を録音したり、インスタグラムには野原で小便をしている自撮りをアップしたりと(女性です。念のため)、とてもディズニー・スターだったとは思えない活動の限りを尽くし、ひと昔前だったらどう考えてもアンダーグラウンドな存在だったはずで、カニエ・ウエストのようにいちいち騒がれないのが不思議なほどではあるのだけれど。しかし、マイリー・サイ「プ」ラスのそれは芸能界のそれではなく、V/Vmだとかハイプ・ウイリアムスと同じカテゴリーのもので、ポップ・アートそのものに対する批評性が内包されているタイプ。で、もしかしたら、本当にリーランド・カービーやディーン・ブラントが新たな変名を繰り出したのではないかと疑って調べてみたのだけれど、7月7日現在、何ひとつわからなかった。〈ピース・アタック〉という(ソニック・ユースの曲名からとったらしきネーミングの)レーベルはこれまでにカイル・ミノーグ(Kyle Minogue)だとかマッド・ドンナ(Mad Donna)といったふざけた名義のアルバムを乱発し、マス・コンフュージョンを画策する一方、今年の初めにはザ・ウィドウ(The Widow)による素晴らしいアルバムを世に送り出すなどグラウンド・デザインはちゃんとしたレーベル……だと思う(シンセポップを乱数表でこじらせたようなザ・ウィドウは不協和音の玉手箱のようで、短いながらもなかなかインパクトがあった)。

 厳かなパイプ・オルガンの演奏にリズムボックスを組み合わせた“Weasle(イタチ)”で『Telephone Banking』は幕を開ける。そのままオーケストレイションが加わり、“Danger in the East”でさらに重厚な演奏が続く。オルゴールやハープシコードを思わせる可愛らしい音を多用した前作『Space Pervert(宇宙の変態)』とはかなり趣が異なった導入部。“Luxembourg Lane”から少し雰囲気が変わり、静かだけれども油断のできない日常というのか、微妙な不気味さを讃えながら“Rene”ではその違和感が増していく。映画『MIB』のように周囲の人びとがみな宇宙人に思えてくる曲というか。さらにSFちっくな“Night Walk”へ。ここで初めて明確なビートが刻まれる。危険と美、あるいは恐れや魅惑といった正反対の概念が同時に聞き手を包みこんでくる。いつも見慣れていた景色がどんどん違って見えはじめ、続く“Hecque”ではその歩みに確信を持ちはじめる。なんというか、音楽に誘導されて次から次へと自由連想が働いてしまう。これこそ架空の映画音楽だろう。イメージ喚起力がとてつもない。実際にはブレイクビートと管楽器による控えめな不協和音が鳴っているだけなんだけれど……。“Checker”は優しげな響き、タイトル曲では導入の雰囲気に戻って世界を不安が覆い尽くす。これに「銀行の電話サーヴィス」というタイトルをつけるのはどういう意図があるんだろう。ゆったりと間をあけて刻まれるシンバルやハンドクラップ音が不安を倍増させる。そのまま“On the Line”でしつこく同じムードを厚塗りし、一転して虚無感を際立たせた“Beautiful Music ”ですべては終わる。この展開があまりにスピリチュアルで、この感覚を味わうためにすべてがあったと思うほど全体の構成はよくできている。曲を並べるとはこのことだなというか。ドローンのようにモノトーンの持続や徹底的に刺激から遠ざけることによって感覚を麻痺させ、いわゆる瞑想状態にもっていくこととは異なっている。あくまでも音楽による「物語」であり、言葉はないけれど、ロジカルな面白さなのである。トリップでもないし、不安や虚無を甘美なタッチで聴かせるという意味ではザ・ケアテイカー『A Stairway To The Stars」(02)にも匹敵するものがあるかも知れない。星の階段をのぼって壮大に昇天してしまうのが『A Stairway To The Stars」だとしたら『Telephone Banking』は世界の風景が一変し、どこかに放り出されるような経験といえ、世界は逃げ出すところではなく、見方を変えるものになっているという変化も感じさせる。“Danger in the East”というタイトルには東方の三博士が見え隠れし、虚無を美ととらえる感覚には禅のようなニューエイジも含まれるだろう。そこはしかし、稲垣足穂やエドガー・アラン・ポーを思考の補助線として、なんとかして俗流にまみれず、この瞬間だけでもスノッブとは切り離されていたい(そんなもの、いまはいくらでもあるし)。

 新型コロナウイルスが終息した武漢からライアン・ブランクリーによるアンビエント・ミュージックにもニューエイジとの綱渡りは感じられる。各曲のタイトルには時間を澱ませる表現がいくつか見られ、エンディングは近過去を表す“2017”で結ばれる。元々、武漢は地方都市として発展途上にあり、人口も北京や上海を抜きかねない勢いを示し、それまでは上海や北京に出て働くことが若者の主要な選択肢となっていたものの、この2~3年は武漢にとどまり、地方都市で働くことがクールになりかけていた刹那、新型コロナウイルスに襲われるというタイミングでもあった。「逆行」「一時停止した未来」「低速度進行」といったタイトルには急速に変わりつつある武漢に対する違和感がストレートに醸し出され、後ろ向きの情緒にはやはりニューエイジ特有の甘さが滲み出ている。ただ、これまで北京や上海、あるいは杭州の一部だけが目立っていた中国からの音楽発信に武漢も加わったという意味でスロット・キャニオンズが『Sketches』を送り出してきた意味は大きい。しかも、ザ・フィールドのようなアンビエント寄りのシューゲイザーだとか、その逆でもなく、アンビエントとシューゲイザーの割合がほぼ拮抗的に配分された音楽性にも見るべきものは多く、大陸的なおおらかさをあてどなく探求する姿勢も意外とレアだろう。一方で“An Ode To”のしめやかさや“Future Paused”の抑制と穏やかさは『Music For Films』(76)や『Apollo』(83)のブライアン・イーノを思わせ、“A Seagull’s Flight”もとても美しい。ステイホームを余儀なくされ、終わりのない孤独感と限られた機材のみでつくるしかなかったという制約が吉と出たのかもしれない(マスタリングは〈ホーム・ノーマル〉のイアン・ホーグッド)。「スロット・キャニオン」というのは峡谷の狭間のことで、ダニー・ボイル監督が『127時間』で題材にしたアレ。先も見えず、身動きもできない。コロナ禍を表現する時に、そんな巨大な比喩が出てくるところも中国ならではか。

John Carroll Kirby - ele-king

 早耳たちのあいだで話題となっているジョン・キャロル・カービー、ブラッド・オレンジ『Freetown Sound』(16)やソランジュ『When I Get Home』(19)にも参加していたこのLAのキイボーディストが、なんと〈Stones Throw〉より新作をリリースする。日本盤はハイレゾ対応のMQA-CD仕様とのことなので、嬉しさ倍増だ。クールで落ち着いたジャズのムードを心行くまで堪能しよう。

John Carroll Kirby
MY GARDEN

ノラ・ジョーンズ、ソランジュやフランク・オーシャン、シャバズ・パレセズともコラボレ ーションする大注目の伴盤奏者、ジョン・キャロル・カービーによる、名門〈Stones Throw〉からのファースト・ソロ・アルバム!! ジャズ、R&B、ソウル、アンビエントまで 取り込み、レコーディングにプロデュース、作曲の全てを自身で行なっている。ボーナストラックを加え、CDリリース!!

Official Release HP: https://www.ringstokyo.com/johncarrollkirby

冒頭の “Blueberry Beads” をまずは聴いてみてほしい。日本のジャズ・ベーシスト、鈴木良雄が80年代に作ったアンビエント・ジャズから多大なるインスピレーションを得て、カービーはキーボードを弾いている。謎めいていて、さまざまな記憶を弄るジョン・キャロル・カービーの音楽のエッセンスが、この曲に詰まっている。カービーの音楽は、LAジャズの遺産からソランジュやフランク・オーシャンのアンビエントにまで接続する。そして、反転させた美しい世界を描きだす。 (原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : JOHN CAROLL KIRBY (ジョン・キャロル・カービー)
タイトル : My Garden (マイ・ガーデン)
発売日 : 2020/9/23
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings・stones throw (RINC67)
フォーマット : CD (ハイレゾMQACD対応フォーマット)

Tracklist :
01. Blueberry Beads
02. By The Sea
03. Night Croc
04. Arroyo Seco
05. Son Of Pucabufeo
06. San Nicolas Island
07. Humid Mood
08. Lay You Down
09. Wind
10. Lazzara (Bonus Track)

amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B08C5CJT4W/

Tenderlonious - ele-king

 作品やプロジェクトによって作風をガラリと変えるアーティストがいる。ロンドンのジャズ・シーンではシャバカ・ハッチングスが代表的なところだが、テンダーロニアスはさらにその上をいくだろう。たとえばザ・22アーケストラをフィーチャーした『ザ・シェイクダウン』(2018年)と『ハード・レイン』(2019年)を比べてみると、前者ではアフリカ音楽やラテンなどを取り入れたスピリチュアル・ジャズから、ヒップホップを咀嚼したようなジャズ・ファンクをやっていて、一方で後者はディープ・ハウスやデトロイト・テクノなどのエレクトロニック・サウンド的な方向性を持つものだ。テンダーロニアスはそうした多様な音楽を聴いてきて、実際に演奏したり制作することのできる技術やスキルを身につける努力を重ねてきた。これらの作品からは、前者であればユセフ・ラティーフやサン・ラーだったり、後者であればデリック・メイやラリー・ハードだったり、テンダーロニアスが影響を受けたであろうアーティストが浮かんでくるのだが、そうしてインプットされたものをすぐにアウトプットして表現できる理解力の高さ、フットワークの軽さ、そして単なる模倣を超えた自身のオリジナルな表現へ導いているところに、テンダーロニアスの並々ならぬ才能を感じさせていた。

 今回テンダーロニスが発表した新作は、そうした彼が受けた影響をダイレクトに伝えるものとなっている。『ザ・ピッコロ』は「テンダー・プレイズ・タビー」という副題があるように、1950年代末から1960年代に活躍した英国のサックス兼ヴィヴラフォン奏者のタビー・ヘイズをカヴァーした作品集である。タビー・ヘイズは英国ジャズ界のパイオニアのひとりで、ソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンなどの米国のジャズからの影響を取り込み、それを英国で確立させて独自のスタイルまで築いていった。時代的にはハード・バップからモード・ジャズの全盛期に活躍し、特に英国で初めてモード奏法に取り組んだミュージシャンとして評価が高く、そして後期はフリー・ジャズまで視野に入れた演奏をおこなったが、残念ながら1973年に38歳の若さで夭逝している。彼の作品は後にクラブ・ジャズの世界でも再評価され、特に代表作の『ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ』(1962年)はDJからも人気が高く、表題曲がドイツのミハエル・ナウラなどにカヴァーされたりしている。今回テンダーロニアスが取り上げるのもこの “ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ” である。実はタビー・ヘイズが生前に使用していたピッコロが、いろいろな偶然が重なってテンダーロニアスの手に渡ることになり、そこからインスピレーションが生まれて今回のカヴァーへと繋がったそうだ。

 テンダーロニアスはピッコロ、フルート、ソプラノ・サックスを演奏し、ルビー・ラシュトンのニック・ウォルターズ、エイダン・シェパード、ティム・カーネギーらがバックを固め、『ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ』を録音した頃のタビー・ヘイズのクインテットを模した編成となっている。もちろんオリジナルの楽曲を再現する部分は再現し、でもオリジナルにはなかった独自のアレンジやアドリブを交えた演奏で、たとえば “ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ” の原曲にはなかったピッコロ・ソロを展開している。ジャズにおけるカヴァーではこの自分なりの即興表現が重要で、そこにオリジナルへの敬意と自身の猿真似ではないアイデアが込められる。今回の “ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ” もテンダーロニアスからタビー・ヘイズへのリスペクトが伝わる演奏だ。『ダウン・イン・ザ・ヴィレッジ』からは “イン・ザ・ナイト” というコルトレーン・タッチのバラード曲もカヴァーするほか、『タブズ・ツアーズ』(1964年)から “ラーガ”、『メキシカン・グリーン』(1968年)から “トレントン・プレイス” を取り上げている。

 このうち “ラーガ” はインドの古典音楽の旋法であるラーガを取り入れたもの。モード・ジャズにおいてインドやアラビア、スパニッシュなど民族音楽をモチーフとすることが多く、“ラーガ” もタビー・ヘイズなりにインド音楽に取り組んでいるわけだが、テンダーロニアスがこの曲を取り上げているところも興味深い。そうしたインド音楽への傾倒が、同時期にリリースした『テンダー・イン・ラホール』ではさらに鮮明となる。ラホールはパキスタン北部のパンジャーブ地方のことで、音楽文化的にはインドと繋がっている。テンダーロニアスは実際にこのラホールへ赴き、現地のジャウビというグループのミュージシャンとセッションをおこなって『テンダー・イン・ラホール』を録音した。近年のロンドンでは、ユナイティング・オブ・オポジットサラシー・コルワルなどの作品にジャズとインド音楽の融合が見られるわけだが、『テンダー・イン・ラホール』はより純粋なラーガに没入したものと言えるだろう。ジャウビのミュージシャンはタブラ、サーランギーとインドの古典楽器のほかにドローン・シンセを用い、テンダーロニアスはフルートとソプラノ・サックスを演奏し、極めて瞑想的でアンビエントな世界が展開されていく。ジャズとインド音楽の結びつきでは、マンフレッド・ショーフ、バルネ・ウィラン、イレーネ・シュバイツァー・トリオがインドの演奏家と対した『ジャズ・ミーツ・インディア』(1967年)という傑作があるが、まさに現代版『ジャズ・ミーツ・インディア』とでも言うべき作品だ。

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