「Nothing」と一致するもの

「大宮のフランク・ザッパ」の異名を取る花咲政之輔を中心に30年以上にわたり、時制に応じた闘争的な活動を続ける歌謡プログレ・バンド、太陽肛門スパパーンが8月11日に2枚組アルバム『円谷幸吉と人間』をリリースした。
 1968年に、オリンピックのプレッシャーから自死したマラソン選手、円谷幸吉を主人公に据えたコンセント・アルバムだ。オリンピック開会式と同日の7月23日には本作の発売記念ライヴ「叛五輪音楽祭・東京五輪獣」もおこなっている。

artist : 太陽肛門スパパーン
title : 円谷幸吉と人間
label : レフトサイドレコード
cat : LEFT-012
price : 4,555円(税込5,011円)
release : 2021年08月11日
バーコード : 4582561394676

曲目

DISC I
SIDE A
1. ダイナマイト、どん!
2. 赤い人形、青い人形、白い人間
SIDE B
1. 時間・場所・存在<すべて
2. 世界の中、日本の中、自分の中のアメリカ
3. うなぎや
4. 円谷幸吉 遺書

DISC II
SIDE A
1. 東京おらんピック
2. Giant Steps?(世界資本主義の穴)
SIDE B
1. ハートブレイクドール
2. お花畑
3. かけてかけてかけて
4. オリンピックDEデート
5. 豚野郎

作品詳細
大宮のフランクザッパ、歌謡プログレバンド「太陽肛門スパパーン」がオリンピック反対/近代オリンピック阻止へ願いをこめて二枚組LPを発表。悲劇のマラソンランナー円谷幸吉が自死することなく、1968年メキシコオリンピックBLACK POWER SALUTEに連帯することにより再生。2021年7月23日、国立競技場に登場しオリンピック会場をあなたと共にぶっつぶす。
藤井信雄・中尾勘二・中條卓・梅津和時・岡部洋一・なみちえ・DARTHREIDER・竹田賢一・ヘアスタイリスティックスaka中原昌也ほか参加。解説は太田昌国・谷口源太郎、円谷幸吉人生双六は飯田華子が描画。ジャケット小池野豚。
コンセプトに随伴したジャンルレスの音世界があなたを昇天させる。エンジニアは山田ノブマサ・近藤祥昭、カッティングは小鐵徹。
これを買わずして、withコロナ時代の音楽を語る資格はない。

太陽肛門スパパーン/プロフィール

花咲政之輔を中心に、「フランクザッパの社民的限界を左から乗り越える」ことを旗印に東京西部にて結成。
 その後平井庸一(ギター)・藤井信雄(ドラムス≪DCPRG他≫)・中尾勘二(サックス/トロンボーン≪コンポステラ・ストラーダ他≫)等様々な人士を糾合し、ライブ毎/録音毎にコンセプトに応じてメンバー召集する不定形ユニットとして活動しているストレス系歌謡プログレバンド。
 1998年CD 「馬と人間」を発表。高校生記子の視点から日本社会の腐敗を活写したこの作品は、タワーレコード新宿店日本の名盤100選に選出されるなど幅広い支持を獲得。 2015年CD「河馬と人間」を発表、福島原発事故から透けてみえてきた日本社会の構造的腐敗をアラサ-女子の視点で批判的に活写。
 楽しく踊って苦しく討論、面白くてためになるバンドとしてフジロックフェスティバル・朝霧ジャムなど全国各地のイベントに呼ばれることも多い。
 あなたも太陽肛門スパパーンを体験し、Don't Feel! Think!

LNS & DJ Sotofett - ele-king

 毎回そのリリースが多くのディガーたちを震撼させている、ダンス・ミュージックのレフトフィールドをひた走るDJソトフェット、そんな彼とここ数年コラボを重ねるカナダはヴァンクーヴァ出身の LSN こと、Laura Sparrow のコラボ・プロジェクトのファースト・アルバム。リリースは30周年を迎えるベルリン・テクノの牙城、驚きの〈TRESOR〉より。これが同レーベルのリリースというのも納得の、デトロイト・テクノやエレクトロへの偏愛をひしひしと感じる、なんというか体幹と骨格のしっかりしたテクノ・アルバムの傑作に仕上がっています。

 ソトフェットと言えば実兄のDJフェット・バーガーとともに、リンドストロームプリンス・トーマスらとともに2000年代中頃のノルウェイのディスコ~ハウス・シーンから現れた逸材で(よりアンダーグラウンドな存在ではありますが)。ハウス~ディスコ・レーベル〈Sex Tags Mania〉を中心にその傘下や派生レーベル、さらには周辺のレーベルを束ねたディストリビューター、〈Fett Distro〉などを運営。とにかく活動は多岐にわたり、兄弟ともにそのDJプレイを筆頭に、そのリリース、〈Fett Distro〉取り扱い商品にしても、もはや “オブスキュア” という言葉ですらも薄くにじんでしまうほどの、膨大なレコード・アーカイヴの音楽的背景に裏打ちされた、もう本当に絶妙なラインを攻めてくるそんな音楽性に溢れております。

 ソトフェットの音楽性をひとことでくくるのは本当に難しいのですが、一応、これまでのリリース・キャリア的にはハウスが中心にありながらも、強烈なアシッド・ハウスやエレクトロ、さらにはダブやダンスホール、トロピカルなジャズ、ときにライヴ・エレクトロニクスやドローンなどなど、とにかくさまざまなスタイルを節操なくリリース。そのあたり、どこか膨大な自身のライブラリーに「ないもの」を作っているような感覚ではないでしょうか。まさにディープなディガーだからこそ歩めるレフトフィールドが主戦場といった感じでしょうか。でも変過ぎて無視されるような部類ではなく、みんなが注目し続けて、そのリリースが突如としてシーンを動揺させ、ザワつかせる、そんな存在感を放っています。
 音楽性というところで言えば、どこにも属さない “外し” のジャンク~ローファイ感が生み出す強めのサイケデリアと、その名義なども含めたユーモラスな “抜け” の良さでしょうか。〈Honest Jon's〉からのリリースとなった実質の 1st アルバム『Drippin' For A Tripp (Tripp-A-Dubb-Mix)』(2015年)ではスペース・ロック的な電子音から、クンビアなどの要素も感じさせるトロピカルなハウスやディスコを展開していて、わりと彼の音楽性を知るには良い標本ではないでしょうか。といってもこれまたLPオンリーなので入手が……一応、彼の Bandcamp 〈SO-PHAT〉で作品を聴けないこともないですが、むしろ混乱をきたすような断片性が支配していて、そんなところも彼らしいのですが。

 対して LNS はエレクトロやアシッド・ハウスなど、初期のエレクトロニック・ダンス・ミュージックが持つ、チープなマシーン・グルーヴ/サウンドの虜といった感じでしょうか。わりとテクノやインダストリアル~実験的な電子音楽寄りのリリースを繰り広げるソトフェットのレーベル〈Wania〉にて、これまでソロ、コラボともにリリースしています。

 で、そんなふたりによるコラボ、これまでのリリースは4枚ほどあり(1枚はスプリット)、レトロなテクノへの思いを感じさせる、そんなリリースではありましたが、本作『Sputters』ではさらに一歩進み、前述のように本腰を入れてテクノへの偏愛を感じさせる作品となっています。簡素に打ち鳴らされるドラムマシンと最小限のシンセ・リフによる「これぞテクノ」な世界観を展開しています。ディープ・エレクトロニクス “Enter 323” の不穏な響きにはじまり、ドラムマシンの絶妙な音色変化と抜き指しでマシーン・グルーヴを醸し出し、シンセ・パットで深海を漂う “K.O. by E-GZR”、さらにこれまたドレクシア系のエレクトロがダブへと連結したような “El Dubbing”、そしてそのダブ感を引き継いだ骨太なミニマル・テクノ “Dúnn Dubbing”。このあたりのダブ感は、もはや使い古されてベタになってしまったベーシック・チャンネル由来のソレではなく、1990年代後半のハード・ミニマル勢、例えばUKのバンドゥールやスウェーデンのカリ・レケブッシュあたりを彷彿とさせる感じもあり、新鮮な響きがあります。
 インダストリアルでサイケデリックなエレクトロ “Vitri-Oil” や “Sputtering”、“Cellular Coolant” といった楽曲は、これまた “El Dubbing” と同様ドレクシアの影響を感じさせるサウンドで、その他ではカール・クレイグやそのUKのフォロワーたちのサウンドあたりを思い起こせる美しいテクノ “Shim” などなど、やはり本作には彼らのデトロイト・テクノへの偏愛を感じさせる音源が多い印象があります。彼ら “らしさ” が爆発している音源と言えば “The 606” で、ローランド TR-606 を売り払おうとした LNS をたしなめるために、その性能を引き出し作り上げた作品らしいのですが、エレクトロ・スタイルではじまり、後半のふんわりとサイケでアフロなディープ・ハウス感が重なっていくあたりは、ソトフェットのこれまでのハウス・サイドな作品のファンとしてはグッとくる感じではないでしょうか。

 どの曲に関しても、ドラムの打ち込みの妙技のグルーヴとミニマルな “量” をキープするシンセ、そしてエフェクトを含めたミキシングで聴かせてしまう、まさにテクノの “うまみ” が凝縮した作り。なんというかとにかくストレートにかっこいいテクノ・アルバムなんですね。どちらかと言えば、これまでの作品性を考えると LNS の音楽性にソトフェットが寄り沿った作品とも言えそうですが、よりチープなアシッド&エレクトロ色の強い、彼女のソロ作品を考えれば、やはりこのテクノ・サウンドはユニットの妙が出ていると考えるのが妥当でしょう。また、膨大な音楽的背景のなかから彼らがいま選んだ、絶妙な取捨選択の末に作られた作品であるというのは、これまでの作品を考えると明白で、彼らのこれまでのレフトフィールドなリリースを知れば知るほど、その活動総体にも唸らせられる、そんな作品でもあります。

Nala Sinephro - ele-king

 ロンドンで活動する注目の若手ジャズ・ミュージシャン/作曲家のナラ・シネフロが、なんと、まさかの〈Warp〉からデビュー・アルバムをリリースする。
 同作には、サンズ・オブ・ケメットのドラマー、エディ・ヒックをはじめ、マイシャのジェイク・ロング、ヌバイア・ガルシア、シャーリー・テテーといった今日のUKジャズ・シーンを支える強力な面々が参加。現在、収録曲 “Space 3” が先行公開されている。フィジカル盤はLPのみのようなので、なくなる前にチェックしておきたい。

NALA SINEPHRO
UKジャズ・シーン期待の新鋭、ナラ・シネフロが〈WARP〉と契約!
レア化必至のデビュー・アルバム『Space 1.8』を9月3日にリリース!

カリブ系ベルギー人の作曲家でミュージシャンのナラ・シネフロが〈Warp〉と契約を果たし、デビュー・アルバム『Space 1.8』を9月3日にリリースすることを発表! 合わせてアルバムからリード曲 “Space 3” を解禁した。

Nala Sinephro - Space 3
https://nalasinephro.ffm.to/space-3

“Space 3” は、サンズ・オブ・ケメットのドラマー、エディ・ヒックと、スチーム・ダウンのメンバーで、ウォンキー・ロジックとしても活躍するプロデューサー/マルチインストゥルメンタリストのドウェイン・キルヴィングトンとの3時間に及ぶ即興セッションの一部を切り取ったもので、シンセサイザーの粒子が飛び散るような歓喜に満ちたサウンドとなっている。

瞑想的なサウンド、ジャズの感性、フォーク音楽やフィールドレコーディングを融合させ、独特の世界観を築き上げたナラ・シネフロ。デビュー・アルバム『Space 1.8』は、シネフロが22歳のときに作曲、制作、演奏、エンジニアリング、録音、ミキシングを行い完成させている。本作ではモジュラーシンセやペダルハープを演奏し、友人のジェイムス・モリソン、シャーリー・テテー、ヌバイア・ガルシア、エディ・ヒック、ドウェイン・キルヴィングトン、ジェイク・ロング、ライル・バートン、ルディ・クレスウィックらが参加している。

ロンドンでの精力的なライブ活動を経て、UKジャズ・シーンにその名を轟かせてきたナラ・シネフロは、ガーディアン紙が選ぶ「2020年に注目すべきアーティスト」の一人に選ばれ、ジャイルス・ピーターソンからも熱烈な支持を受けている。

ナラ・シネフロのデビュー・アルバム『Space 1.8』は9月3日に数量限定のLPとストリーミング/デジタル配信で世界同時リリース。NTSのレジデントDJとしても人気を集めている彼女が、革新的レーベル〈Warp〉に加わり、ここからさらなる飛躍に期待が集まっている。

label: WARP RECORDS
artist: NALA SINEPHRO
title: Space 1.8
release date: 2021.09.03 fri

WARPLP324 / 輸入盤1LP

商品情報はこちら:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12050

Tracklisting
A1. Space 1
A2. Space 2
A3. Space 3
A4. Space 4
A5. Space 5
B1. Space 6
B2. Space 7
B3. Space 8

Yuji Shibasaki - ele-king

 ele-kingでもたびたび執筆していただいている柴崎祐二、彼による初の単著『ミュージック・ゴーズ・オン~最新音楽生活考』が刊行される。
 同書は『レコード・コレクターズ』での連載を書籍化したもので、tofubeats、髙城晶平への新規インタヴューをはじめ、書下ろしの論考やレヴューが新たに多数収録されている(登場するミュージシャンについては下記参照)。
 ちなみにもともとの連載は、アーティストが自身の新作について語るタイプのインタヴュー記事ではなく、そのアーティストがこれまで聴いてきたもの、いま関心を寄せている音楽に焦点を当てるというコンセプトでつづけられてきたもの。そのアーティストのことをもっとよく知る機会になるし、あるいは素朴に過去の知らない音楽を探している読者にとっても良きディスクガイドとなるだろう。ぜひお手にとってみてください。

過去の音楽と現在、そして未来の音楽をつなぐ33人の音楽生活

月刊誌レコード・コレクターズの人気連載を書籍化! いま最前線を走るミュージシャンはどんな音楽を聞いてきたのか? 音楽との出会いと、その魅力を縦横に語り尽くす!

柴崎祐二(著)
『ミュージック・ゴーズ・オン~最新音楽生活考』

ミュージック・マガジン
2021/8/19
判型・頁数:四六判・352頁
ISBN:9784943959366
定価:本体1,800円+税

登場するミュージシャン
tofubeats/髙城晶平(cero)/岡田拓郎/見汐麻衣/菅原慎一/Night Tempo/鳥居真道(トリプルファイヤー)/澤部渡(スカート)/KEEPON(キーポン)/nakayaan(ミツメ)/武田理沙/加納エミリ/佐藤優介/VIDEOTAPEMUSIC/櫻木大悟(D.A.N.)/谷口雄/デヴェンドラ・バンハート/プラスチック米/牧野琢磨(NRQ)/サボテン楽団/oono yuuki/エブリデ(wai wai music resort)/菅野みち子(秘密のミーニーズ)/KASHIF/中山うり/入岡佑樹(Super VHS)/町あかり/内村イタル(ゆうらん船)/高橋一(思い出野郎Aチーム)/沼澤成毅(ODOLA)/田中ヤコブ(家主)/コニー・プランクトン(TAWINGS)/井手健介

Booker Stardrum - ele-king

 ブッカー・スタードラムは、ドラムとエレクトロニクスの融合によって、ジャズ的な細やかなリズムと緻密なエレクトロニカをコラージュさせていく手法を駆使して、魅惑的な心地良さに満ちたミニマルなエレクトロニカを作る才人である。これまで〈NNA Tapes〉から『Dance And』(2015)、『Temporary etc.』(2018)など、2枚のアルバムをリリースしている。この『CRATER』は、彼の三枚目のアルバムである。これまで培ってきたエレクトロニカとジャズ的な要素と、アンビエントなサウンドのムードや質感を巧みにブレンドしたエレクトロニカに仕上がっている。

 ブッカーはロサンゼルスを拠点とするミュージシャン/アーティストで、ニューヨークのエクスペリメンタル・ロック・バンドのクラウド・ビカムズ・ユア・ハンドのメンバーでもある。そのうえリー・ラナルド、ワイズ・ブラッド、ランドレディといったロック系のアーティストや、ヤング・ジーン・リー・シアター・カンパニーのような劇団などとの競演をおこなってもいるのだ。この10年で、彼は多くの録音にも参加し、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、南アメリカなど世界各国での音楽フェスやライヴなどで演奏活動をおこなったという。
 「多彩な活動を展開するドラマ―/電子音楽家」という組み合わせから、イーライ・ケスラーの名を思い浮かべる人も多いだろう。じじつ、即興演奏から電子音楽の作曲まで、ふたりの歩みはとても「似ている」。これはモダンな電子音楽とジャズ・メソッドの電子音楽が、意外なほどに「近い」ということの証左でもあるようにも思う。ドラム/リズムは、音楽の律動・推進性だけではなく、サウンドの多層的なレイヤーに一役(も二役)もかっているのだ。じっさい「ピッチフォーク」の記事では、ブッカー・スタードラムをグレッグ・フォックスとイーライ・ケスラーの系譜に加えているかのような書き方がされていたほどだ(https://pitchfork.com/reviews/albums/booker-stardrum-temporary-etc/)。

 とはいえ彼らとブッカースター・ドラムの音楽性や個性は(当たり前だが)だいぶ違う。ブッカー・スタードラムのサウンドは、いくつもの音響ブロックが接続されて(いわばコラージュ的に)、ひとつの楽曲として成立しているような楽曲である。つまりサンプリングされたと思えるサウンドのループとレイヤーによって成り立っている(自身の演奏が、常に客体化されているというべきか)。このループ感覚が肝だと思う。
 この新作『CRATER』では彼のドラムとエレクトロニクスのサンプリング/コラージュの「交錯的手法」がより洗練され、研ぎ澄まされているように私には感じられた。ドラムとエレクトロニクスのレイヤーの完成度がさらに上っていたからである。
 ちなみに制作にはディアフーフのジョン・ディートリックが全面的に関わっている。デートリックはブッカー・スタードラムと共にアルバムを録音し、ミックスと最終的なマスタリングをおこなったのだから、実質、共作者のようなものかもしれない。録音は2019年と2020年に、ロサンゼルス、アルバカーキ、ブルックリン、アムステルダムなどでされたという。前作『Temporary etc.』が2018年のリリースなので、前作発表以降、さまざまなプロジェクトの合間をぬって制作が続けられてきたとみるべきだろう。

 この『CRATER』には全9曲が収録されている。どの曲もアンビエンスとリズム、ノイズとアンビエントの交錯(つまりエレクトロニカだ)が卓抜である。いわば「ブッカー・スタードラムのサウンドの粋」を聴くことができるアルバムなのだ。
 アルバム収録時間は約38分でコンパクトな長さだが、聴き込んでいくと電子音とリズムの仮想空間を泳ぐような心地良さを得ることができる。細やかなリズムとパチパチと交感するノイズ/電子音のミックスが、聴き手の聴覚に程よい刺激と心地良さを与えてくれるだろう。
 昨今の流行の言葉で言えば「ASMR的な気持ち良さ」があるのだが、とはいえ、むろん「それ」だけでの音ではない。演奏家としても一流でもあるブッカー・スタードラムのリズム感覚は緻密かつ繊細で、単に心地良いアンビエントに陥る前に、音楽としてのダイナミズムも獲得しているのだ。

 1曲目 “Diorama” で展開されるその名のとおりミニチュールなサウンドスケープは、まるでミクロの世界に没入するような感覚が横溢している。2曲目 “Fury Passage” も同様で、細やかなノイズがミニマルにループするサウンドは「都市の民族音楽」のようなムードを醸し出す。捻じれていくようなノイズ・サウンドにマイクロ・リズムが重なって「エクスペリメンタル・ドラムンベース」ともいうべきサウンドの3曲目 “Bend” もまたトライバルなムードを生成している。これらの曲を聴くと、私などは、まるで「芸能山城組『AKIRA』がエレクトロニカ化したようなサウンド」と思ってしまうのだが、これは言い過ぎだろうか。
 続く “Steel Impression” ではリズムがアンビエンスの空気の中に溶け合っていくようなサウンドスペースを展開している。約8分46秒に及ぶトラックで、アルバム中ではもっとも長尺の曲である。乾いたメタリックなサウンドによる音の粒子が堪らない。そして、どこか「声」を加工したようなサウンドによるインタールードな “Squeezing Through A Tube” を経て、アルバム中もっとも「ミニマル・テクノ
」なトラックである “Parking Lot” に至る。これまでのアルバムで展開されていたマテリアルがそのままテクノに援用されたかのような見事なトラックである。“Parking Lot” を経て以降、アルバムは急速にアンビエント化していく。ラスト3曲 “Yellow Smoke”、“Downturn”、“Walking Through Still Air” とそれぞれサウンドの質は違えども、メタリックかつリズミカルなサウンド・マテリアルがアンビエントの持続の中に溶けていくような音響であることは共通している。いうまでもなくどの曲も心地良い。まるでデジタルな仮想空間を浮遊するような気持ち良さである。

 ブッカー・スタードラム『CRATER』はデジタルなサウンドでありながら、有機的なムードも濃厚であり、仮想世界のサウンドのようでもありながらも、現実の都市空間のサウンドトラックのようでもある。繊細な音響でありつつも、その音楽としてのダイナミズムもある。そう、まさに多面性と多層性のエレクトロニック・サウンドに仕上がっているのだ。
 そして重要なのはエクスペリメンタルな音楽でありながらも「暗くない」という点ではないか。これは『CRATER』だけではなく、例えば〈sferic〉からリリースする現代的なアンビエント/エレクトロニカ・アーティストのアルバムや楽曲に共通するムードでもある。
 この不穏な時代にあって、それに抗う(逃避するような)光のような「明るさ」の希求。しかしそれは「感情的」な明るさだけではなく、むしろ「光が眩い」ということに共通するような「現象的」な「光」への希求のようにも思えてならない。そう、エモーショナルとテクノロジーの共存とでもいうべきか。ここにこそ「20年代のモダン・アンビエント」を読み解くヒントがあるのではないかと私は考える。

Ishmael Ensemble - ele-king

 UKのジャズのなかでもロンドンとマンチェスターではカラーが異なるように、その地域や町のテイストがサウンドに表われることが多い。では、かつてマッシヴ・アタックやスミス&マイティなどを輩出し、ブリストル・サウンドというひとつのスタイルまでも生み出したブリストルはどうだろうか。
 ロンドンなどに比べてブリストルはジャズが発達しているとは言い難いが、そうしたなかでも現在はイシュマエル・アンサンブル、ワルドズ・ギフト、スナッズバック、ラン・ローガン・ランといったアーティストたちが活動し、ブリストル・ジャズ・シーンも徐々に拡大してきている。それぞれ繋がりのあるこれらグループのなかで、イシュマエル・アンサンブルはサックスから鍵盤まで扱うマルチ・ミュージシャンのピート・カニンガムによるバンドである。
 もともと2010年代半ばはソロのイシュマエル名義で〈ウルフ・ミュージック〉や〈チャーチ〉などのレーベルから作品をリリースしていたが、それらはジャジーなテクノ、ディープ・ハウス、ブロークンビーツ、ビートダウンなどで、そもそもエレクトリック・サウンドのDJ/プロデューサーとして名を馳せていた。楽器演奏もできる彼は楽曲のなかにも自身の生演奏をふんだんに用いるスタイルで、そうしたなかから次第に演奏を主体とする方向へと向かっていく。こうした変遷はフローティング・ポインツテンダーロニアスカマール・ウィリアムス(ヘンリー・ウー)などにも共通するものだ。

 イシュマエル・アンサンブル名義での初リリースは2017年の「ソングス・フォー・ノッティ」というEPで、ピート・カニンガムのキーボードやサックスのほかにギター、トロンボーン、クラリネット、ドラムス、ヴォーカルが入るという編成。アコースティックなジャズ演奏を軸にしながらもエレクトロニクスを配したサウンドで、神秘的で深遠な世界観や緻密なサウンド・テキスチャーはフローティング・ポインツあたりに通じるものだった。ジャズとして評論するならモーダル・ジャズ、スピリチュアル・ジャズと言えるものだったろう。
 その後、グループの最初から参加するステファン・マリンズ(ギター)のほか、主要メンバーはジェイク・スポルジョン(キーボード、シンセ、ベース、サロード)、ローリー・オゴールマン(ドラムス)が務めるようになり、バンドとしてより強い結束が生まれていく。このラインナップにゲスト・ミュージシャンを交えた編成で、初のアルバム『ア・ステイト・オブ・フロウ』を2019年にリリース。このなかでゲスト参加のヤズ・アーメッドがトランペットを吹く “ザ・リヴァー” は、ジャズの即興演奏とテクノやエレクトロニカが合体したような作品で、ニルス・ペッター・モルヴェルなどかつてフューチャー・ジャズと呼ばれたサウンドを彷彿とさせるものだった。ヤズが参加したこともあってか、アラブから西アジア~東ヨーロッパあたりに跨る民族音楽的なモチーフもあり、そうした点ではアルメニア民謡を取り入れたティグラン・ハマシアンのサウンドとも比較できるものでもあった。
 ブリストルならではということに着目すると、あくまでイメージという曖昧なものになってしまうが、暗鬱としたディープなサウンドがイシュマエル・アンサンブルの持ち味と言え、それはマッシヴ・アタック、トリッキー、ポーティスヘッドらのブリストル・サウンドから引き継がれたものではないだろうか。そして、その根底には深く潜航するようなダブがある。彼らのライヴ映像を見ると演奏にダブ・エフェクトを多用しており、準メンバーであるホリーセウス・フライの個性的なヴォーカルをフィーチャーしたそのステージングはポーティスヘッドを思い起こさせる。

 その後はジャイルス・ピーターソン監修のスタジオ・ライヴ・アルバム『MV4』や〈ブルーノート〉のカヴァー・アルバムの『ブルーノート・リイマジンド 2020』などへの参加で名を上げ、『ア・ステイト・オブ・フロウ』から2年ぶりのアルバム『ヴィジョンズ・オブ・ライト』が完成した。
 『ア・ステイト・オブ・フロウ』を引き継いだメンバー構成で、“イントロ” や “フェザー” ではアリス・コルトレーンのようなハープ(もしくはそれに似せたシンセ)も交えている。その “フェザー” はホリーセウス・フライのヴォーカルをフィーチャーした幽玄のようなスピリチュアル・ジャズで、イシュマエル・アンサンブル特有の繊細で暗鬱としたトーンに包まれている。“ワックス・ワーク” はベース・ミュージック的でエレクトロニックな傾向が強い楽曲だが、ミニマルな序盤からサックスやドラムスの即興演奏が次第に激しさを増す展開となっていく。生演奏とエレクトロニック・サウンドの両方向に対するアプローチなどはゴーゴー・ペンギンにも繋がるものだ。
 “ソーマ・センター” も同様のエレクトロニックなジャズ・ロックで、エフェクトをかけたサックスはバグパイプのような音色を上げる。ヘヴィーでメタリックなギター・リフはじめ重厚でゴシックなトーンに包まれた楽曲で、マッシヴ・アタックの『メザニン』(1998年)の世界観を想起させる。一方、“エンプティ・ハンズ” はホリーセウス・フライをフィーチャーしたメランコリックな楽曲。最初は繊細なホリーセウス・フライの歌声だが、曲が進むにつれて狂気と熱量を帯びていく様にはポーティスヘッドのベス・ギボンズを重ねられる。

 “ルッキング・グラス” はインド音楽のようなラーガを持ち、ホリーセウス・フライのヴォーカルもやはりインド音楽を意識したスタイル。アリス・コルトレーン調のハープのほかにストリングスも用いられ、インドのリュート楽器であるサロードを弾くのはジェイク・スポルジョンだろう。“モーニング・コーラス” “ヴィジョンズ・オブ・ライト” “ザ・ギフト” には、ピート・カニンガムの友人でもあるシンガー・ソングライター&ギタリストのタイニー・チャプターことアラン・エリオット・ウィリアムスが参加。ワルドズ・ギフトでも活動する彼の歌声はジェイムズ・ブレイクに近い声質で、UKガラージやダブステップ調のビートの “ザ・ギフト” はシネマティック・オーケストラのようなスケールに富む世界だ。“モーニング・コーラス” もブロークンビーツ調の変則ビートにアラン・エリオット・ウィリアムスのヴォーカルを乗せ、後半にはピート・カニンガムのヴォーカルが高揚感に満ちた演奏を繰り広げる。このあたりのビートと演奏やヴォーカルのバランスや、アルバム最後を締めくくる美しい “ジャニュアリー” あたりは、人力ダブステップ・バンドとも呼ばれたリーズ出身のサブモーション・オーケストラに近いものを感じさせる。
 DJ/プロデューサーでもあるピート・カニンガムのインスタグラムを見ると、サラティー・コールワールの『モア・アライヴィング』(2019年)や、最近ではエマ・ジーン・サックレイの『イエロー』などお気に入りのレコードも紹介していて、そうしたほかのアーティストの作品でもいいものはどんどん吸収し、影響を認めていく姿勢が伺える。イシュマエル・アンサンブルのサウンドからもそうしたいろいろな影響があって生まれてきたのだろう。ちなみに前述のワルドズ・ギフトはマッシヴ・アタックの『メザニン』のカヴァー・ライヴをやったりするようで、ブリストルのアーティストたちにとってマッシヴ・アタックの影響は今も絶大で、ずっと受け継がれていくものなのだろう。

DJ Manny - ele-king

 “Havin’ Fun” をまずはどうぞ。USの風刺アニメ『ブーンドックス』のセリフとジャングルめいたリズムを組み合わせたこの曲が、『Signal In My Head』の核心をなす曲といえるわけではない。しかし、三軒茶屋で遊んで朝まで音楽を浴び、しまいに駅までの帰路においてもダンス・ミュージックを iPhone からえんえんと流すどうしようもない男にとって、この曲は驚きを与えるに十分すぎるサウンドだった。無事に始発に間に合い、家に帰れるかという一抹の不安が消えつつあるなか、僕は──性急で、衝動的で、落ち着かない──フットワークに類されるこのアルバムを、まだひとのまばらな電車の席に座って目を閉じ、丸ごとしっかり聴くことをすでに決意していた。

 しかし、その決意は間違いにも思える。そもそもシカゴのフットワークはフロアの音、ダンスの音、バトルの音であるのに、それを窓から朝日が漏れている電車のなかで、疲れ切った男がひとりになって聴くのはあきらかにシチュエーションとしておかしい、いや、というよりも機能しないはずだ。が、通して聴いてみると、今作はフットワークのそういった典型的な音から好んで逸脱するかのような様相を呈しており、彼が「(フットワークで)誰もやったことのないことをやりたかった」と語るように、ストイックで、激しく、屈強なフットワークに対するイメージを覆し、ハウス、ジャングル、ドラムンベースなどに接近しながら、彼のパートナーへの愛に結実した作品に仕上がっている。

 シカゴ出身のDJマニーは、10代のころからフットワークにかかわり、ほどなくして〈Teklife〉クルーに加入。今作はジューク/フットワークを世に紹介した名門〈Planet Mu〉からのリリースであり、まさにフットワークにおける王道を歩んできた存在。そんな彼がどんな音を聴かせてくれるか期待していたが、どうやらただのストレートなフットワークではないようだ。

 『Signal In My Head』は、誰かを好きになることの喜びで満ち溢れている。そこには対象となる他者(恋人、パートナー)の存在がいたるところに感じ取れ、それはトラック・タイトルやサンプリングのフレーズ、あるいは今作に通底するムードを思えば明らかだ。ハウスを感じずにはいられないハイハットのアレンジメントが印象的な “You All I Need” において、言葉はないものの温かいパッドやタイトルからも恋人へ向けた曲であることがわかる。また、ささやく声とソウルフルなヴォーカルが重なり合いながら「あなたの愛は私が必要とするすべて」と繰り返す “All I Need” はラヴ・ソングに違いないし、“Wants My Body” に至っては「見つけるわ、私の体を欲しがる誰かを」と、フットワークの独特なビートの上にちょっと狂気じみた愛が伝えられる。インタヴューにおいて、10代の彼がフットワークに入れ込む動機のひとつになったのが「女の子」だったことを(あくまで冗談交じりに)語っているのは、彼にとってフットワークは他者存在とセットだということを端的に示している。なにより、彼はシカゴからブルックリンへと移り、そこで SUCIA! というパートナー(ミュージシャンでDJマニーと共作もしている)と共に過ごしていることからも、今作の制作過程において他者の、とりわけパートナーの存在がそのサウンドと方向性に与えた影響は想像以上におおきいのではないだろうか。

 DJマニーによって作られる音のパレットに、シカゴの猥雑なゲットー・ハウスをひとつのルーツとするフットワークの、典型的な汚いワードは存在しない。「ビッチとファック」、その代わり『Signal In My Head』には「パートナーと愛」がある。それは、いままでにリリースされたフットワークとの、DJラシャドトラックスマンのような偉大な先達との違いであり、今作のもっともおおきなストロング・ポイントと言えるだろう。

 フットワークのフォームを踏襲しながら、その枠組みから繰り出されるサウンドは彼のパートナーに対する愛でにじんでいる。DJマニーはパートナーへの愛を乗せることによって、このダンス・バトルのための激しい音楽がフロアやスケートリンクを飛び越え、誰かを好きになることの喜びに伴うロマンチックな感情をアルバムに呼び込む。『Signal In My Head』は疲れくたびれて、朝日を浴びながら眠い目をこすっているような男にも響くようなサウンドだ。なぜなら踊るためのフットワークだけでなく、どこか感情に触れるような部分があるからで、それは体にではなく、心に響くからだ。

Appleblim - ele-king

 シャクルトンとともに〈スカル・ディスコ〉を運営していたローレンス・オズボーンによるソロ3作目。この10年にわたってポスト・ダブステップを模索しつつ、DJにデトロイト・テクノを取り入れてきた成果が全面的に開花したようで、良くも悪くもタンジェリン・ドリームのようになってきたシャクルトンとは対照的に重心を低く設定したリズム重視のビート・アルバムを完成させた。〈スカル・ディスコ〉を閉鎖してから10年後のリリースとなったデビュー・アルバム『Life In A Laser』(18)では何をやりたいのかよくわからなかったものが、ここへきて一気に独自のセンスを開拓したというか。『Life In A Laser』と新作の間に『Ungoverned & Ungovernable(=統治不能)』という実験的なアルバムを挟んだことも功を奏したのだろう。動機はよくわからないけれど、イアン・アービナ著『アウトロー・オーシャン』(白水社)で報告されていた「海=無法地帯」の現状を音に置き換えるという試みがダブステップやデトロイト・テクノに固執していた作曲スタイルを解体し、自由なコンポジションを促すきっかけになったのかもしれない(魔術師のジョン・ディーによって排他的経済水域が提唱されるなどイギリスがパイレーツの国であることは近代国家の成り立ちを考える上でけっこう重要で、海洋覇権の移行=ニシン漁からタラ漁に切り替わる拠点となったブリストルに住んでいたオズボーンがアービナの著作に目をつけるのはなるほど納得がいくし、藤田敏八監督『海燕ジョーの奇跡』を観ると日本にも似たような精神性が宿っている気がしてしまう)。

 ジャングルやエレクトロなど多彩なリズムを取り入れた『Infinite Hieroglyphics(=無限の象形文字)』で最も目覚ましい変化を遂げているのがベース。ジュークやジャズ・ベースを予想外に変形させるなどいままで経験したことのないようなベース・ラインがとにかく腰に絡みつき、細かいパーカッション・ワークと組み合わせた“A Madman's Nod”やマッシヴ・アタックがジュークをやっているような“Zephyr”など、ウガンダやエクアドルのクラブ・シーンには期待できないベース・サウンドの醍醐味をこれでもかとぶつけてくる。『Life In A Laser』に収録されていた“Flows From Within”を順当に発展させた路線にはマッド・マイクによる「Red Plane」シリーズを4ヒーローがリミックスしたようなスリルが横溢し、明らかに“Sex In Zero Gravity”を意識した“Shimmered”など「20年後のデトロイト・テクノ」ここにありという感じも(オズボーンは時々URのTシャツを着てDJをしている)。

 テッセラやジョイ・オービソンなど多くのプロデューサーと同じくスペシャル・リクエスト『Soul Music』(13)に影響されてジャングルを再発見し、ハーフタイムかと思えばジャングル以前のブレイクビートをソフィスティケイトさせて応用する感覚もポール・ウールフォード以降の流れを引き継いだものとなるらしい(イギリス人のジャングルに対するこだわりは、ここ数年、80年代のレア・グルーヴ運動に匹敵するものを見せている)。一方で、ベルリンへの移住が影響したのか、ベーシック・チャンネルとスピーカー・ミュージックをカチ合わせたような“Beelike”も素晴らしく(サブ・ベースがぶんぶん唸っていて、確かに“蜂みたい”かも)、まだまだ化学反応が長引く気配を見せている。タイトル曲などともにこの辺りが次の流れになっていくのかもしれず、ジ・オーブ“Little Fluffy Clouds”をサム・ビンガがリミックスしたような“Stand Firm”が個人的にはベストか。最後だけがなんとなく唐突で、マッド・マイク全開になってしまうというか……レイヴに対する強い思いがそうさせるようで、ロックダウンによって、かえってレイヴに対する思いが吹き出し、丸川珠代ほどではないものの、あっという間に異次元に連れ去られる。ロウ・エンド・アクティヴィストことパトリック・コンウェイと組んだトリニティ・カーボン名義のアルバムも前後してリリースされているが、こちらは大して面白くない。

ralph - ele-king

 初めて “斜に構える” を聴いたとき、素朴にかっこいいなと思った。「交わる気はねえ」「馴れ合いなら首を吊ればOK」と、シーン外部の視座を持った低い独特の声が、EGL & Double Clapperz によるコールドなダブステップ・サウンドと調和している。既存の日本のラップ/ヒップホップに宣戦布告しているようにも聞こえた。この組み合わせなら、ふだんラップばかりを聴いているわけではない自分でも入っていける──ニュース記事を書いた当時そう昂奮したのを覚えている。紙エレ最新号で彼らをフィーチャーした動機も、そこにあった。
 ひとつ裏話を明かせば、表紙をだれにするかしぼりこむ過程で、じつは ralph も候補のひとりにあがっていたのだ(ものすごく悩み、迷い、議論を重ねた結果、これまでのキャリアに敬意を表し ISSUGI を選んだが)。ちなみに Double Clapperz についても補足しておくと、彼らは Tohji がデビューするきっかけになったアーティストでもあった。
 ともあれ2017年の “斜に構える” 以降、ralph は少しずつ名をあげていくことになる。2018年に DBridge、Double Clapperz、Kabuki とのコラボ曲 “Hero” に参加、2019年には初のEP「REASON」を発表し、昨年2月の “Selfish” でより広汎に注目を集めることに成功。つづけて同曲を収めるセカンドEP「BLACK BANDANA」を送り出し、オーディション番組「ラップスタア誕生!」で圧倒的な存在感を誇示、みごと優勝を果たした(同年末には Leon Fanourakis & YamieZimmer とのコラボ曲も投下)。そうして去る6月末にリリースされたのが、彼にとって初のまとまった作品となるこの『24oz』だ。

 前半はこれまでの ralph のイメージを踏襲している。本人が「ハードなモードをチョイス」(“Zone”)と宣言しているとおり、「圧倒的闘争心」「かっさらうこの土地を」(“Roll Up”)、「まだ足りねえ work in progress」(“WIP”)と、リリックは戦闘的で野心に燃えている。トラックや声質に惑わされて見落としてしまいがちだが、ralph のラップの魅力はストレートに日本語の表現を追求するところにある。トラップやマンブル・ラップのスタイルを採用するラッパーが多い新世代のなかにあって、まさにその点こそが ralph を特異な存在たらしめているのだ。ゆえに比較的ことばも聴きとりやすく、ぼくのようにすぐ疲れてしまう中年のおっさんにはありがたい(高速なのでそれでも大変だけど)。
 トラックも進化している。エスキー・クリックとストリングスを活用した “Zone”、太いベースのうえで弦をより壮大に響かせる “Roll Up”、ミニマルな弦の反復を背後に敷いた “WIP”(SEEDA が客演)と、これまでのグライム~UKドリルの路線を引き継ぎつつ、新たな試みがなされている。紙エレ最新号のインタヴューで UKD は、2019年の “No Flex Man” で初めてサンプリングを導入したことを明かしているが、その手法は後の “Selfish” や「BLACK BANDANA」の “FACE” における印象的な声使いに結実。今回のストリングス使いは、それにつづく新境地と言えよう。

 より興味深いのは後半だ。スキットを経て本作はがらりと様相を変える。「いつものたまり場 ここも居場所ではないなと思うよ」「負けた数だけはだれにも負けねえ」(“RUDEBOY NEEDS”)と、リリックは内省的な側面が目立つようになっていく。クライマックスは EGL 手がける “Villains” だろう(愛知は知立の C.O.S.A. が客演)。ラップはハード・モードを解除し、感情を噛みしめ、しぼり出すようなスタイルへと変化。「善を盾にとったヒーローが俺たちの粗を探す/この音止めたきゃ殺せ いまここで」と、みずからをヴィランに見立て叙情的に単語を紡いでいく彼の姿はかつて見られなかったものだ。端的に、エモい。
 ことばを噛みしめるようなこの表現法からぼくは、『LIFE STORY』以降の BOSS の発声を思い浮かべた。THA BLUE HERB について ralph は「聴きすぎて身に染みついてる」と上述のインタヴューで語っているが、今回の表現法は彼が「ラップスタア誕生!」の決勝で見せたパフォーマンスと似ている。あのとき ralph は、「未来は俺等の手の中」というフレーズで自身の出番を締めくくったのだった。彼のなかで BOSS の存在はそうとう大きいにちがいない。
 そんなラップにあわせ、トラックのほうも変化している。声ネタを活かした “Window Shopping” や、おなじく声ネタと感傷的なピアノが主導権を握る “RUDEBOY NENE” は、従来の ralph にはなかったサウンドだ。これらの曲は、プロデューサーたる Double Clapperz のルーツの一端が、グライムやUKドリルといったストリート・ミュージックにだけでなく、tofubeats に代表される10年代前半の、ネット発カルチャーにも存していることを確認させてくれる。あるいは〈TREKKIE TRAX〉の Carpainter が手がけた2ステップの “D.N.R”(若手シンガーの AJAH が客演)。同曲はダンス・カルチャーとの接点を確保しており、ぼくのようにヒップホップにどっぷりつかっているわけではない人間のこころを確実につかむ1曲に仕上がっている。

 独特の声質によるストレートな日本語のラップ表現と、グライムやUKドリルから影響を受けたトラックとのマッチング。そのねじれこそ ralph の音楽が持つ最大の魅力であり武器だった。だが本作後半では、ラップもトラックもさらに表現の幅を広げている。
 紙エレのインタヴューで ralph は「リスナーの耳を成長させ」たいと語っていた。それはおもに日本ラップ/ヒップホップ・ファンを想定した発言なのだろうが、多くの趣向を凝らしたこの『24oz』は、ぼくのようにふだんラップをそれほど聴かないリスナー、来るべき新たな訪問者たちにもドアを開放してくれている。閉じないラップ・ミュージックの好例だ。

DMBQ - ele-king

 3年前、13年ぶりのアルバム『KEEENLY』を発表したDMBQ。コロナ禍によりライヴを休止していた彼らが、ふたたび爆音を打ち鳴らす。まずは9月26日@札幌、10月8日@名古屋、10月14日@広島の3公演。後二者では「DMBQと○○」という形式で、DMBQと交流のあるバンドとの2マンが予定されている(おとぎ話とLOSTAGE)。12月には渋谷、大阪での開催も視野に入れている模様。楽しみにしていよう。
(ちなみに10~11月にはイギリスやEUでの公演も控えているとのことで、海の向こうとこの国のコロナ状況の違いを痛感させられます。)

コロナ禍によりしばらくライブ活動を休止していたDMBQが、いよいよライブ活動を再開する。

復帰第一弾に選んだのは、地元札幌Bessie Hall。久しぶりの札幌でのライブで休止からの再スタートを切る決意だ。続いて名古屋、広島ではクラブクアトロとタッグを組んだ新企画「DMBQと○○」を開催。毎回DMBQと交流のある1アーティストを招聘した2マン形式でのライブを開催してゆくシリーズで、今回の名古屋ではおとぎ話と、広島ではLOSTAGEとの競演を果たす。12月には同シリーズで渋谷、大阪でも開催予定だ。いずれの公演も感染症対策に則り客席数を制限して開催される。チケットはチケットぴあ、ローソンチケット等で8月14日より発売予定。

また、10月~11月にかけてUK, EUへのツアー、フェス参加も予定。日々変わりつつあるコロナの状況やワクチン、出国・帰国の際の自主隔離への対応次第という所もあり詳細はまだ決まりきっていないとのことだが、海外活動の多いDMBQらしく、コロナ共生へとシフトを切りつつあるヨーロッパの状況をいち早く体感してくる予定とのこと。

公演情報:

DMBQ 札幌公演

9月26日(日) 札幌BESSIE HALL
開場16:00 開演16:30 チケット¥3500+1D
お問合せ:ベッシーホール 011-221-6076 Wess 011-611-1000

DMBQ Presents
「DMBQと おとぎ話」


10月8日(金) 名古屋クラブクアトロ
開場18:15 開演19:00 チケット¥4000+1D
お問合せ:名古屋クラブクアトロ 053-264-8211

DMBQ Presents
「DMBQと LOSTAGE」


10月14日(木) 広島クラブクアトロ
開場18:15 開演19:00 チケット¥4000+1D
お問合せ:広島クラブクアトロ 082-542-2280

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