「Nothing」と一致するもの

Li Yilei - ele-king

 古い中国の絵画の中に描かれる花や鳥たちのような電子音楽である。

 中国出身、現在ロンドンを拠点とするサウンド・アーティストの Li Yilei のアルバム『之 / OF』を聴いたとき、まずそう思った(Li Yilei はアジアとイギリスを拠点とするアート・コレクティヴ〈NON DUAL無二行動〉のメンバーでもある)。じじつ、宋王朝の芸術がインスピレーションの源だったようだ。特に宋王朝時代の絵画、特に花や鳥の絵画は、曲やトラック全体で共通のテーマだという。

 それにしてもなんと優雅な電子音楽だろうか。ミニマルでいて絵画的。空間的にして無時間的。瀟洒にして美麗。この「無時間的な感覚」は、やはりコロナ禍の状況からの影響か。前作とはサウンドの質感やムードが異なるのだ。
 じじつ、コロナ禍の初期に中国・上海に戻った Li Yilei は、検疫のために二週間ホテルに滞在することになったという。ここで Li Yilei は時間に対する意識が高まった。この『之 / OF』の制作自体はコロナ以前からはじまっていたとのことだが、やはりコロナは本作の制作に大きな影響を与えることになった。

 ちなみにコロナ禍で生まれたアンビエント的な電子音楽といえば KRMU『Peel』やイーライ・ケスラー『icons』がある。『Peel』は不安の中の癒しを鳴らし、『icons』は都市の静寂と変化を表現していた。対して『之 / OF』はコロナ禍によって生まれた停止するような無時間的な感覚を音によって表現しているように感じられた。いわば1曲1曲が詩や短歌のように、時を凍結していくような感覚が濃厚なのである。

 同時により浮き彫りになったのがより「個」的なサウンドでもある。アスペルガー症候群でありノンバイナリーのアジア人でもある Li Yilei 自身が以前から自身のアイデンティティに対して誠実に向かいあって作品を制作していたことと無縁ではないだろう。先の二作も同様だが、コロナ禍でなくとも、アーティストたちは、やがてこれらのような「個」を濃厚に感じる傑作を作り上げたはずだ。よって聴き手側が、社会と作品を結びつけるのは、卵が先か鶏が先か程度の戯言とすべきかもしれない。だが、われわれが世界という大きな状況の中に生きている以上、世界の変動から無縁に生きられるわけではない。互いに相関しているのだ。

 ともあれ本作には、ミニチュアールな感覚と無時間性、有限と無限が横溢している。小さなものに宿る永遠性の感覚がある。ミニマルで室内楽的な音楽性の中に東アジア的な時間感覚があるとでもいうべきかもしれない。2020年にリリースされた前作『Unabled Form』は電子音とノイズが交錯する作風でこのようなアジア的な要素が希薄だった。やはり『之 / OF』は自身のルーツへと遡行する中で生まれた作品なのでないかと考えてしまう。

 リリースは Meitei / 冥丁のアルバムを送り出してきたUKの〈Métron Records〉である。アルバムには全12曲が収録されているが、どの曲にも「TAN / 潭」「CHU / 處 」「HUO / 惑」「WEI / 未」「HAI / 海」などの漢字一文字が用いられていて、これまた無時間的な感覚を表しているように思えた。
 じっさい『之 / OF』には、ミニマルな電子音楽、フィールド・レコーディング、アンビエント、テクノ、ドローン、現代音楽的な要素など、さまざまな音のエレメントが交錯している。しかしそれらは、ただ雑然とまとめ上げられたような印象はまるでない。
 時を超えるような永遠性のなかで、まるで中国の古い絵画のように、静寂と音の「あいだ」で慎ましく音楽が鳴っているように私には感じられた。1曲1曲がまるで小さな詩のように、有限と無限をあいだを往復しているような感覚を発しているとでもいうべきか(「之 / OF」という前置詞を用いたタイトルも「部分と全体」を意味しているという)。
 加えて『之 / OF』を聴いていると近年再評価が続いた吉村弘、芦川聡、廣瀬豊などの日本の「環境音楽」からも影響を受けていることも想像できる。しかし彼らの音楽にもミニマルな無時間的な、あえていえば東アジア的な時間感覚があったと思う。となればこれは「影響」というよりも30年以上の時を経た繋がったアーティスト同士の「共振」といえるのではないか。音楽は時代も国境も世代も超えるのである。

 ちなみに本作は、レコード、CD、データで販売されているが、Li Yilei が自ら制作した中国版オカリナにダウンロード・コードを付属したものも販売されている。音楽とアートフォームの新たなあり方を提案してもいるといえよう。

Tomorrow’s People - ele-king

 アナログ・レコードにまつわる新しい試みとして〈Pヴァイン〉が取り組んでいるプロジェクト「VINYL GOES AROUND」からニュー・アイテムの登場だ。
 今回のタイトルは、シカゴのソウル・グループ、トゥモロウズ・ピープルの1976年作『Open Soul』のテスト・プレス。1枚ずつ手づくりで制作されたシルクスクリーン・ジャケット仕様。今回も超限定商品のため、お早めに。

Tomorrow's People「Open Soul」LPのテストプレスがハンドメイドのシルクスクリーン・ジャケットでVINYL GOES AROUNDから超限定発売。

Tomorrow's People「Open Soul」LPのテストプレスを株式会社Pヴァインの新規事業「VINYL GOES AROUND」限定で9/15(水)午前10時より販売する。

ハンドメイドのシルクスクリーン・ジャケットは、青みを含んだグリーンの女性のポートレートと、鮮やかな赤の文字でデザインし一枚ずつ丁寧にプリント。

本作はバートン4兄弟を中心としたシカゴのソウルグループの1976年に制作されたアルバムで、DJやソウルマニアの間で究極のコレクターズアイテムとなっている作品。中でも一際光る存在の20分を越える壮大かつグルーヴィなファンク「OPEN SOUL」は、永遠と繰り返されるフレーズがドープなダンストラック。またディープなソウル曲「Lovers to friends」や極上のファンキー・チューン「Let’s Get With The Beat」、疾走感のあるインストゥルメンタルファンク「Hurt Perversion」などを収録。また当アイテムは先日eBayにて先行販売をしてUS $132で落札された。

[購入ページリンク]
https://vga.p-vine.jp/exclusive/
※9/15(水)午前10時より販売開始


[商品情報]
アーティスト:Tomorrow's People
タイトル:Open Soul (Test Press)
品番:VGA-5001
フォーマット:LP(シルクスクリーン・ジャケット/シリアルナンバー入り)
価格:¥7,700(税込)(税抜:¥7,000)
★VINYL GOES AROUND限定販売
★9月15日(水)午前10時より販売開始

[TRACK LIST]
A1. Lovers To Friends
A2. It Ain't Fair
A3. Hurt Perversion
A4. Hurry On Up Tomorrow
A5. Let's Get Down With The Beat
B1. Open Soul


[VINYL GOES AROUND]
株式会社Pヴァインが立ち上げたアナログ・レコードにまつわる新しい試みを中心としたプロジェクト。
https://vga.p-vine.jp/

interview with Amyl & the Sniffers - ele-king

憎しみでいっぱい
こんな壁は大嫌い
何もかも大嫌い
“Don't Fence Me In”

 必然というか、当たり前というか、パンク・ロック登場。日本というたいへんな国からではない。これはオーストラリアはメルボルンからの一撃。名前はアミル&ザ・スニッファーズ。火の玉のようなヴォーカリスト、エイミー・テイラー擁するパンク・バンドのデビュー・アルバムが2019年に〈ラフトレード〉からリリースされると、彼らの新しいとは言いがたいパンク・ロック・サウンドは、しかし瞬く間に欧米では評判となって、ことUKでは熱狂的なファンを生んでいる。

望んでいたのは公園を散歩することだけ
望んでいたのは川沿いを歩き 星を見ることだけ
どうかもう私を痛めつけないで
“Knifey”

 プロデューサーがアークティック・モンキーズの『AM』を手がけたロス・ロートンだったことも理由のひとつなのだろう。メルボルンのパブでやってきたことをただ続けているだけというこのバンドの荒削りなサウンドを有能な彼はうまくまとめている。だとしても興味深いのは、およそ10年前からはじまったインディーにおけるドリーミー路線とはまるっきり逆の、言いたいことを言いまくっては暴れるパンクの熱風とAC / DC譲りのハードかつなかば漫画的な勢い、そしてミソジニーから気候変動、資本主義の限界と自分への激励が込められた若さ全開の言葉が今日の欧米のインディー・キッズの心をとらえたということである。しかも、彼らはたんに熱くエネルギッシュというだけではない。エイミーが手がける女性の不自由さを代弁する歌詞は、新世代のフェミニスト音楽としての評価もある。ちなみに彼女は、今年の初頭にリリースされたスリーフォード・モッズのアルバム収録の“Nudge It”という曲で客演しております。

ただ資本のため
私は動物なの?
あくまでも資本のため
でも私が気にする必要ある?
“Capital”

 音楽文化が何かと世間で叩かれている日本で暮らすぼくは、いま、自分たちがどこから来たのかを確認する意味でも、小さなところからまたやり直すことは、それはそれでひとつのやり方として未来かもしれないと思う。アミル&ザ・スニッファーズは労働者階級を崇拝しているという批評家の指摘に対し、エイミーは2018年の『ガーディアン』の取材において「何も崇拝はしていない」と答えている。また、あるインタヴューでは「フェミニストを引用したいわけではない。ただ前向きにアップデートしたいだけ」とも話している。メディアからのカテゴライズを忌避しばく進をもくろむ彼らの『Comfort To Me』は注目のセカンド・アルバムだが、これがおそらく日本では最初にちゃんとプロモートされる作品になる。アミル&ザ・スニッファーズ、ぜひ注目していただきたい。質問に答えてくれたのはエイミー・テイラー、そしてベース担当のガス・ローマー。(※文中に引用した曲はすべて新作から)

あるとき知り合いが未成年や子供でも入れるハードコアのイベントに連れていってくれたの。会場には30人くらいのお客さんがいて、みんなすごく攻撃的で、イカってる感じで、汗だくだった。みんなクレイジーな踊りをしてたり、空をパンチしたり、フロアを走り回ったりしていた。それがすごいかっこいいと思って、自分はこの場所にいたいと思った。


Amyl & The Sniffers
Comfort To Me

Rough Trade/ビート
(歌詞対訳付き)

PunkGarage Rock

Amazon

オーストラリアはいまどんな感じでしょうか?(※取材をしたのは8月18日)

エイミー(以下A): いまオーストラリアはロックダウン中だから、午後9時以降は外出禁止令が出ている。メルボルンでは6回目のロックダウンだよ。でもロックダウンしていなかった時期はギグを5回やることができて、ヴィクトリア周辺の田舎町でライヴをやることができた。それは最高だった。それからメルボルンでもライヴを一度やることができて、そのライヴに関してはお客さんが2019年からチケットを持っていたものなんだ。今回のロックダウン開始が、その夜の12時だったからそれが最後のライヴ。だから最近はまったくやってないよ。

暇な時間は何をして過ごしていますか?

ガス(以下G):パブに行ったり、ベッドで寝っ転がってゴロゴロしたり……俺的にはよくベッドでゴロゴロしてるのが多いね。テレビ観て、リラックスする。俺は家でくつろぐのが好きなんだ。快楽主義者なのさ。

A: 私はその正反対。私はトレーニングしたり、音楽を聴いたり、走りにいったりするのが好き。最近は読書も少しするようになって、それも楽しんでる。それくらいかな。あとは絵を描くのも少しやってる。そんな大層な絵じゃないけど、趣味としてやってるよ。

いつ、何がきっかけでパンク・ロック出会い、どのような経緯でメルボルンのパンク・シーンのなかに入っていったんでしょうか?

A:私は幼い頃、小さな町で育って、その町はヒッピーっぽい感じのゆるい所だった。そしてライヴ音楽に関しては、未成年や子供でも入れるものがほとんどなかった。あるとき知り合いが他の町で行われている未成年や子供でも入れるハードコアのイベントに連れていってくれたの。会場には30人くらいのお客さんがいて、みんなすごく攻撃的で、イカってる感じで、汗だくだった。みんなクレイジーな踊りをしてたり、空をパンチしたり、フロアを走り回ったりしていた。それがすごいかっこいいと思って、自分はこの場所にいたいと思った。
 それ以降、未成年や子供でも入れるイベントがあるとどんなバンドでも観にいくようにしていたよ。ハードコアやパンクだけじゃなくてガレージ・ロックとかにも行っていた。ライヴ音楽で、エネルギーが感じられて、コミュニティがあればジャンルは何でも良かった。ライヴ音楽を取り巻くコミュニティが好きだったんだよね。メルボルンに移ってからは壮大なライヴ音楽の世界が開けて、週に6回くらいライヴに行っていた。それくらい夢中になっていたんだ。

パンクのどんなところがあなたがたを惹きつけたのでしょうか?

A:うーん、攻撃的な感じに惹かれたのかもしれない。でもはっきりとはわからないな。子供の頃はパンクの雰囲気が怖いと思っていたけど、それは良い意味であって、そこに興味を引かれていたんだよね。パンクの表現の仕方に共感したんだと思う。あとは単に楽しいから! すごくハイテンションで、私自身もハイテンションだから。

逆にいうと、あなたにはパンクを聴かなければならない条件が揃っていたということだったのでしょうか?

A:とくにそういうのはなかったよ。別にひどい環境で育ったというわけでもないし……。でも自分自身の中なかに怒りという感情がすごく溜まっていたんだと思う。私は若い頃から社会を批判してきたし、それは基本的な形で表現していたのね。例えば「なんでお父さんは週6日働かなくちゃいけないの?」とか「なんで生活がその日暮らしなの?」とか、そういう基本的な疑問を問いかけてた。それに自分が女だということもあって、この社会に対する批判的な感情があったんだと思う。

ではガスさんはいかがでしょう?

G:最初は13歳くらいのときかな、友だちにパンク・ミュージックを教えてもらったり、あ、俺はずっとスケボーをしてたから、スケボーのヴィデオにパンクが使われていたりしてパンクを知ったんだと思う。ガキの頃は身近にそういう音楽があったから、そういうのを聴いてた。その後は何年かパンクから離れたんだけど、またパンクを聴くようになって、アミルの活動をするようになったんだ。

A:私も音楽のスタイルやジャンルはとくにこだわっていなくて、自分たちのバンドも、最近までパンク・バンドだという自覚がなかったくらいなんだ。いま振り返ってみれば、私たちが作っていた音楽はパンクだったと理解できるけど、当時はただ音楽を作っているという認識しかなかった。ライヴをいろいろなところでやるようになってから、自分たちはパンク・バンドなんだと自覚した。でも私たちは音楽全般が好きで、私が一番大きな影響を受けたのはやっぱりロック。ガレージ・ロックやクラシック・ロックや、他にもたくさんのスタイルから影響を受けてる。本質的にアミルはパンクなのかもしれないけど、私たちはパンク以外にも大好きな音楽がいっぱいあるんだよ。

なんでこんなしつこくパンクについて訊いているのかといえば、質者は13歳のときにリアルタイムでラモーンズやセックス・ピストルズと出会ったことで人と違った人生を歩んでしまった現在50代後半のオヤジであると同時に、資本主義が人びとを追い詰めて、これほど社会が壊れてしまった(分断されてしまった)時代において、より必要な音楽だとも思うからです。スリーフォード・モッズのやビリー・ノーメイツのような音楽がもっと出てきて然るべきだと思うし。

A:(うなずいている)うん、うん!

だからスニファーズがラップでもフォークでも他のジャンルでもなく、パンクでなければならなかった理由を詳しく知りたいんですよ。

A: そうだよね。私のなかには、そしてガスもそうだと思うけれど、私たちのなかには何かに対して怒りを感じている部分があるってことなんだと思う。スリーフォード・モッズも同じで、私たちに共通するのはある特定の精神であり、私たちは別に「パンク」というサウンドを表現をしようとしているわけではないんだけど、結果として、そういうふうに聴こえてしまうんだと思う。

1976年にパンクが生まれて40年後の2016年にスニファーズは誕生していますが、ある意味、パンクのなかにもまだまだ変えていかなければならかなかった側面があるがゆえに、スニファーズの音楽はノスタルジックではなくリアルであると言えますか? 

G:リアルだと思うね。俺たちの音楽はいろんな解釈をされていて、ロックンロールという人もいれば、超パンクだという人もいる。でも俺たちは過去のパンクの人たちみたいになりたくて音楽をやっているんじゃない。だからアミルはリアルタイムのバンドだと俺は思うね。誰かへのオマージュとしてバンドをやってるわけじゃないから。

A:私とガスはアミルの音楽を現代的にしたいと思ってるんだけど、ギタリストのデックは「1974年以降の音楽は何も聴きたくない!」なんて言っている奴で、その時代が大好きでそこに留まっていたいんだ。だからアミルにはそういうノスタルジックな要素もあるけど、個人的には——もちろん過去のアーティストたちを尊敬しているけど——自分はいまの時代に生きて、この活動をやりたい。なぜなら過去のパンクにも現在のパンクに対しても批判できることはたくさんあるから。だから両方から良いものを残していけばいいと思う。

パンクにおいて変わっていかなければならないこととは、たとえばどんなことだと思いますか?

A:まわりの他のバンドを見ると、かなり男性がメインだということかな。もちろんそのなかには偉大で最高なバンドもいるけど、個人的にはもっと多様になってほしい。多様なメンバーがいる、最高なバンドもたくさんあるのに、そういうバンドは(男性メインのバンドと比較すると)あまり取り上げられない。アリス・バッグなど、女性や有色人種がいるパンク・シーンはあるのに男性だけのバンドと比べるとあまり注目されないことがある。他にも変えるべきところはたくさんあるけど、いま挙げたのが一番大きな課題だと思う。

女性のパンク・ロッカーとして挙げた方についてもう少し教えていただけませんか?

A:アリス・バッグはいまでも現役で活動している人で、最近は『Violence Girl』という本も出したんだよ。彼女はロサンゼルスのパンク・バンド、ザ・バッグズというバンドをやっていて、 素晴らしい、楽しい人。他にもそういう女性のパンク・ロッカーはたくさんいる。彼女たちはたしかに存在しているのに、パンクのシーンは女性を蔑視するところがあるからあまり注目されない。それは間違ってると思う。

ちなみに、メルボルンのパンクのシーンというのはどんな感じなのでしょうか?

G: 最高なパンク・バンドがたくさんいるよ! 若いバンドに関しては、俺はあんまり知らないけど、いると思うよ。自分がオヤジになった気分だ。昔みたいにそんなに出かけないし、最近のキッズのことも知らない。でもメルボルンのパンクのシーンは最高で、やばいバンドがファッキンたくさんいる。

A:最近はこの状況のせいでライヴ音楽のシーンがどうなっているのか分からないということもあるよね。でもクールなシーンがあるってことは間違いないよ! 日本では、パンクのシーンは盛り上がってるの? いまは難しいと思うけど……

通訳:いまはたしかに大変だと思いますね。正直なところ、私はパンクのシーンはあまり詳しくないのですが、若い人たちの間ではパンクやハードコアが人気なのではないかと思います。それにスケート・カルチャーも日本では人気ですからね。

A:それはクールだね!

[[SplitPage]]

パンデミックはアルバム制作に大きな影響を与えたよ。音楽を作る時間がたくさんできたから。音楽についてよく考える時間もたくさんあったし、どういうものを作りたいのかということもじっくり考え抜くことができた。すごくポジティヴなことだったよ。

2016年、バンドがはじまったとき、地元のシーンでのリアクションはどうでしたか?

A:バンドをはじめたのは、そもそもホームパーティでライヴをやりたかったから。活動をはじめて、バンドにとって少しでも喜ばしいことがあると、私たちは全員感激して、「これはものすごいことだ!」と言っていたよ。地元のどんなリアクションでもすっごく嬉しかった。地元のラジオ曲でアミルの曲が1回かかっただけで「すげー、私たち超ビッグじゃん!」って言って盛り上がっていたし、他のバンドの前座を務めることになったときも「オー・マイ・ファッキン・ゴッド! すごいことだよ!」って喜んでた。いま振り返ると、そういう地元のリアクションはけっこう普通のことだったのかなって思うけどね(笑)。

2019年に〈ラフトレード〉からアルバムを出したことによって世界中からリアクションがあったと思いますが。

A:そうね……(考えている)

G:何かあったかな……ファック……、すごく昔のことのように思えて、思い出すのがファッキン難しいよな?

A:私も何も思い出せないな。

世界からのリアクションよりも、地元のちょっとしたリアクションの方が記憶に残っているというのは面白いですね。

A:そういうちょっとしたものは、自分でも理解できる類のものだから。アミルをはじめる前に、私が普段行っていたライヴはせいぜい100人とか200人くらいのものばかりだったし、音楽雑誌を読み耽っていたわけでもなかった。レコード・レーベルの仕組なんかについても何も知らなかった。だから自分の理解できる範囲内で、バンドが活躍していたら、そのすごさが理解できたけど、海外で自分たちのバンドがすごいことになっているということを聞いても、それが良いことだとはわかるけれど、具体的に何なのかということが飲み込めなかった。自分との繋がりが感じられないから、そのことをリスペクトして「ファック・ヤー!(よっしゃー!)やばいね!!」と思うけど、同時に「これってなんのこと?」って思ってる(笑)。

『Comfort To Me』は、コロナ禍でロックダウン中に地元で制作されたわけですが、パンデミックというネガティヴな状況下においてポジティヴに思えたことがなにかあったら教えて下さい。

G:パンデミックはアルバム制作に大きな影響を与えたよ。音楽を作る時間がたくさんできたから。音楽についてよく考える時間もたくさんあったし、どういうものを作りたいのかということもじっくり考え抜くことができた。パンデミックが起きていなかったから、俺たちはツアーを続けていただろうし、そうなっていたら、いつ新曲を作ったり、レコーディングできていたかわからないからな。だから時間が有り余るほどあったということはすごくポジティヴなことだったよ。

A:私もガスと同感。ひとつの土地にずっといることで、自分の部屋というスペースもできたし、ツアーをするのは楽しいけど、定住して人間が普段の生活でやるようなファッキン・ルーチン的なことをやるのも悪くないなと思った。

私が見えている世界は、やはり男性が見ている世界とは違うものだと思う。その世界がいつも悪いとか良いとかという話ではなくて、私は夜、ひとりで外を歩くことに不安を感じる。それはフェアじゃないと思う。


Amyl & The Sniffers
Comfort To Me

Rough Trade/ビート
(歌詞対訳付き)

PunkGarage Rock

Amazon

アルバムとしてのひとつの大きなテーマがあったら教えて下さい。

A:バンドの最新の曲を集めたものって感じかな。アルバムを聴くと、ひとつのテーマがあるように聴こえるかもしれないけど、それは私の脳が、ある特定の期間に考えていたことだからだと思う。でも一貫したテーマがあるというわけじゃない。

なぜ『Comfort To Me(私に安らぎを)』というタイトルにしたのですか?

A: 『Comfort To Me』はアルバムに収録されている“Capital(資本)”という曲の歌詞の最初の一節。すごくニヒルな曲だよ。歌詞は「Comfort to me, what does that even mean (私にとって安らぎとは何?) / What reasons do we persevere (何のためにみんな頑張ってるの) / Existing for the sake of existing (存在するために生きている) / Meaning disappears (その意味が消えていく)」だから、このタイトルはアルバムに隠されたイースターエッグのようなものなの。それに、みんなに「タイトルの『Comfort To Me』ってどんな意味?」って訊かれるけど、曲では「それってそもそもどういう意味?」と訊き返している。曲の内容としては、すべてのことに意味はなくて、みんなそれぞれやっていることをただやっているだけで、私たちがわかるのはそこまでということ。
 また『Comfort To Me』のもうひとつの意味として、去年からロックダウンを経験したことで、典型的な安らぎとされているもの——つまりジャージを履いてベッドに入ることや、自分が悲しいときに誰かが夕食を作ってくれることなど——に対して感謝できるようになったという意味もある。でも私にとっての安らぎとは、汗だくのライヴでもあるし、車を高速で飛ばすことでもあるし、毎晩ホテルで寝泊りするということでもある。だからたくさんの意味があるんだ。

“Don't Need A Cunt”や“Knifey”といった曲で歌われている、ミソジニーや男性中心的な世界観への批判や恐怖というのはスニファーズにとって重要な主題のひとつだと受け取って良いのでしょうか? 

A:そう思う。経験上、私が本質的に感じているのはそういうことだし、私の経験からして、私が見えている世界は、やはり男性が見ている世界とは違うものだと思う。その世界がいつも悪いとか良いとかという話ではなくて、私は夜、ひとりで外を歩くことに不安を感じる。それはフェアじゃないと思う。自分が着たいと思うような服を着て、外を出歩くことに危険を感じる。私は別にセクシャルな意味でその服を着ているわけじゃない。その服を着たいから着てるだけ。すごく単純なことなんだけど、男性からの期待というものがあるから、すごく複雑なことになってしまう。私はその期待に強烈なまでに反抗して、過激な服を着たりする。そして、もしその服を着ている私でさえ気まずいと感じているのなら、男性陣はそれを見て気まずいと思うべきなんだよ! という主張をしているんだ(笑)。

ちなみに、エイミーさんにとって重要な女性パンクロッカーは誰でしょうか?

A:プラズマティックスのウェンディ・オーリン・ウイリアムズが大好き! アリス・バッグも好き! 彼女は最高だと思う。X・レイ・スペックスのポリー・スタイリーンも好き。あとは誰が好きかな……ちょっと思い出してみる! アップチャック(Upchuck)というアトランタ出身のバンドがいて、彼らのパフォーマンスも最高。いま思い出せるのはそれくらいしかないけど、ロックで好きな人もいるよ。ディヴァイナルズの活動で好きな時期もあったし、ザ・ランナウェイズがすごく好きな時期もあった。それに女性ラッパーもパンクな一面があると思う。ニューヨーク出身のジャングル・プッシーは私にとってもっともパンクでイケてる女性だと思う。

最初のほうの質問と重なってしまいますが、パンク・ロックには、サウンド面でもまだ開拓する余地はあると思いますか?

G:作れるノイズは無限にある。いつでも、何かしらのファッキン・サウンドは作れると思うんだ。だから余地はあると思うよ。パンクは平面的なサウンドとして捉えられることもあるけど、他の音楽と同じで、いろいろな方向に進むことができると思うんだ。だから今でも新鮮でオリジナルなサウンドを作り出すことは可能だと思うよ。

A:私はパンクは主に精神だと思うの。その人の精神や価値観。それはジャンルを超えることができるから、まだ成長する余地はあると思う。JPEGMAFIAもパンクだと思うし、スケプタもパンクだと思う。こういう人たちは精神がパンクだと思う。昔ながらのパンクの象徴であるモヒカンや革ジャンもたしかにパンクなんだけど、パンクは装飾でもジャンルでもなく、態度のことをいうのだと思う。私たちのサウンドがパンクと呼ばれるのは、みんながまだ楽器の演奏の仕方がよくわかっていないから。私たちみたいな人たちは、演奏よりも、その根底にある精神に駆られて音楽をやっているから。ギターとベースとドラムを使い、反復するコードの演奏が多いのは、みんな初心者だから同じようなコードを何回も弾いているからで、それが自分たちにとってはいい感じに聴こえる。それで十分なんだ。それ以上のことは後からついてくればいいと思う。

どうもありがとうございました。いつか日本でライヴをやってそのエネルギーをばらまいてください。

A:ぜひそうしたい! 私たちと話してくれてありがとう!

 今日も雨が降っている。雨の日には Portishead を聴くことが習慣化していたが、こう雨続きだと他の選択肢も取り入れなくてはいけない。そう思いながらもまた『Dummy』のLPに針を落とす。8月が終わり9月に入った途端に、ブレーカを落としたかのように太陽は消え、暗く陰気な日が続いている。今年の夏の雨は、一度降りはじめたらなかなか止まず、それがあらゆる場所に水害をもたらした。去年までこんなことはなかった。と、毎年言っている気がする。窓を流れ落ちる雨の音にクラックル・ノイズが混ざり合い、Beth Gibbons の悲しく震えた声が語りかける。「How can it feel, this wrong」

 先日、私はとある政治的な目的を持った集会に参加し、がらんとした広い講堂の中に作られた簡易的な議場で、いろいろな表情をした他の参加者と意見の交換や危機感の共有をおこなった。あらゆる課題が話されたが、それについて活動している方がいたこともあり、環境問題についての話が多く出た。環境問題が今後の政治で大きな比重を持つことは間違いなさそうだ。
 私はUKの Extinction Rebellion を支持している。Extinction Rebellion が何かわからない人はこちらをみてもらいたい。 https://extinctionrebellion.uk/
 2019年末に宣言した通り、私は2020年度のDJの出演料の10%を Extinction Rebellion に寄付した。Radiohead が『OK Computer』の未発表音源をハックされ、身代金をハッカーに払う代わりに Bandcamp で音源を全て公開した事件を覚えている人は多いだろう。その売り上げの寄付先も Extinction Rebellion だった。
 私は彼らの大規模なパフォーマンスで大企業や政府に圧力をかけるやり方に賛同している。というのも、市民ひとりひとりの努力だけでは限界があると感じているし、市民ひとりひとりの努力に頼るやり方というのは簡単に言えば搾取だと思っているからだ。レジ袋有料化も政府が果たすべき責任を市民に押し付けたに過ぎない。私はできる限り環境に配慮してより良い生き方をしたいと思って、そういう選択を心がけるようにしている。SNSやweb媒体では意欲的な、あるいは責任感や危機感のある人が情報を発信し、同じような人が増えるよう呼びかけている。しかし、忘れてはいけないことは、選択肢の量は金銭的余裕に比例するということだ。

 最近まで私には余裕がなかった。例えば学生の頃の私の生活──白目を剥きながら通学して課題をこなし、終わったらアルバイト、夜には何かを求めてクラブへ行き、目を閉じながら勘で部屋に戻るという生活──でひたすら消費されるカロリーを支えていたのは粗悪な肉だった。米の上に乗っていたりパンに挟まれていたりと、いくつかのバリエーションはあったが、基本的には粗悪な肉だった。それが安かったからだ。それが環境に悪いということを当時は知らなかったが、体に悪いということは知っていた。しかし、その頃の私は、飢えているいま現在の自分をなんとかすることで精一杯で、生きているかどうかもわからない未来の自分の体調など、考える余裕もなかった。いまでは随分とマシな生活になったが、満足のいく「環境に優しい生活」を送れるほどではなく、日々罪悪感と向き合って過ごしている。もっとお金に余裕があれば。もっと時間に余裕があれば。もっと選択肢があれば。もっと未来に希望があれば。願うことは多い。同じような思いの人も少なくないと思う。ではなぜ金銭的にも時間的にも余裕がなく、選択肢は限られ、未来に希望がもてないのだろうか。これは私個人だけの問題なのだろうか。そうは思わない。確実に政治によって改善しうる部分が多分にある。もちろん個人の選択に関わる問題だけではない。こうして市民がない袖を振りながら少しでも何かしなければと行動しているその間に居酒屋チェーンが大量に焼肉屋をオープンし、自己中心的なビリオネアが大量の燃料を燃やして宇宙へと飛んでいる。気候変動に対する抗議活動の中で何度も「THERE IS NO PLANET B」というフレーズを見かけた。しかし、もし PLANET B が存在していたとしても、そこに逃れられる人間は限られている。

 ニール・ブロムカンプの『エリジウム』では、富裕層はもう地球には住んでいなかった。衛星軌道上に建設したユートピアで暮らし、ヴェルサーチのロゴがあしらわれた医療ポッドで体をメンテナンスしている。彼らが忘れ去ろうとし、敵意すら抱く地上では、代替可能なパーツとして人びとが労働し、ユートピアの繁栄と地上の管理体制を支えている。物語の最初と最後には「理不尽なことがあるのよ」と孤児院のシスターがマックスに語りかけるカットが挿入される。そう。理不尽なことがあるのだ。セレブリティや政治家だけが医療を受けられる状態というのは2154年まで待つ必要もなく、いますでにそうなっている。衛星軌道上にユートピアが建設されなかったとしても、富裕層は大量のリソースを使うことで、もう少しのあいだ快適な生活を続けられるだろう。その犠牲としてオセアニアの島のいくつかが沈み、熱波が都市を襲い、何種類もの動物が絶滅し、人びとの住める場所が限られて大量の難民や移民を出したとしても、彼らの住むゲートで閉ざされた街に影響はないのだろう。もし、ゲートを乗り越えようとすれば、エリジウムのデラコートみたくティーカップ片手に攻撃を命令すれば良い。
 富裕層や特権的な層には考える必要がなく、それ以外の人たちには考える余裕が与えられないという構図は、他のあらゆる問題にも当てはまることだろう。

 Extinction Rebellion やグレタ・トゥーンベリはじめ、多くの人たちによる活動の結果、環境問題が世界で共通の大きなイシューのひとつとなり、多くの人がそこに関心を寄せている。日本も例外ではない。この秋に予定されている衆議院選挙では多くの政党が何かしらの「環境問題への取り組み」を掲げるだろう。しかし、本当にそれに取り組めるのは、誤魔化しやポーズで済まさないのは、どういう政党だろうか。
 先に述べた内容の帰結として「環境問題への取り組み」は格差の是正やノブレス・オブリージュのような持てる者の責務を果たさせることとセットでないと成功しないと思っている。それができるのは、間違いなく自民公明や維新ではないだろう。野党共闘に希望を見出せる人もいれば、そうでない人もいるだろう。しかし、間違いなく自民公明維新に比べれば遥かにマシだ。ほんの少しでもマシな方へ、ほんの少しでも良い方へと動かしていくしかない。それはどんな政党が政権を握っていたとしても変わらない。選挙はもちろん署名や抗議活動など、やり方は先人たちから学んできた。抗議活動をしていると、しばしば「そんなことしてないで選挙に行け」と言われることがある。抗議活動に参加していて、かつ選挙権を持っている人が選挙に行っていないと、本気で思っているとは思えない。この国で生まれ育っていても、どれだけの間この国で暮らしていても、選挙権がない人たちが大勢いることをわかって言っているのだとしたら、非常に差別的で意地の悪い言葉だ。とにかく、何を言われようと、できることは全てやりたい。

 9年のあいだ続いている自民党政権以外の状態を、選挙権を得たばかりの18から20歳前後の人たちはよく知らないし、89年生まれの私ですら、記憶にあるかぎりのあらゆる将来の不可能性が景気などの経済的理由に由来するものだった(そう言い聞かせられてきた)。ミレニアル以降の世代が再帰的無能感と運命論的価値観に支配されるのは当然の帰結のような気もするし、そう仕向けられていたような気もする。搾取され続ける中で未来に希望を持てず、全てを諦めて現状に身を委ねて生きている状態は、『Matrix』に描かれた人間プラントとどちらがマシだろうか。目覚めたくなかったと言って裏切ったサイファーも未来に希望を持っていなかった。一方で赤いピルを選んで(それがネットでジャーゴンとして使われていたことは有名だ)陰謀論に傾倒していく者たちがいたことも記憶に新しい。
 残念ながらこの世界には救世主もいなければ、勧善懲悪のスーパー・ヒーローも存在しない。しかし、ECD も言っていた。どうして無力だと思いたがるのか。あるよ。ひとりにはひとり分。力が。


The Steoples - ele-king

 1990年代にヒッポホップ・レーベルからスタートした〈ストーンズ・スロウ〉は、2000年代に入ってマッドリブのイエスタデイズ・ニュー・クインテットをリリースする頃からジャズをはじめ幅広い作品をリリースするようになっていった。現在はビート・ミュージックからロックやアンビエントなど多岐に渡る作品がリリースされるのだが、そうしたなかでもメイヤー・ホーソーンやアロー・ブラックなどのリリースでソウル~R&B路線もひとつの柱となっている。彼らとアプローチは異なるが、ザ・スティオプルズもそうしたソウル系のアーティストと言える。

 ザ・スティオプルズはガブリエル・レイエス・ホイテカーとイエオフィ・アンドーによるユニットで、2012年に「ザ・スティオプルズ・EP」でデビュー。それ以前もガブリエル・レイエスはGB(ギフティッド&ブレスド)名義で活動してきており、レーベルの〈ギフティッド&ブレスド〉も主宰している。LAビート・シーンの初期から活動するプロデューサーで、GB名義のアルバム『サウンドトラック・フォー・サンライズ』(2004年)はスティーヴ・スペイセックから大御所のアイアート&フローラ・プリム夫妻まで参加するなど、彼の幅広い音楽性と人脈が窺い知れるものだ。LAビート勢のなかにあって、マッドリブのプロジェクトのDJレルズと共に当時のUKのブロークンビーツ・ムーヴメントにも呼応したようなところもあった。ほかにもジ・アブストラクト・アイ、ザ・リフレクター、ジュリアン・エイブラーなど複数の名義でエレクトロニック・サウンドのビートメイカーとして活躍し、一方フランキー・レイエス名義では彼のルーツであるラテン音楽を主体とした作品も作っている。

 一方、イエオフィ・アンドーはイギリスからロサンジェルスに移住してきたDJ/プロデューサーで、UK時代はアシッド・ジャズ~ニュー・ジャズ方面で活躍したアウトサイドにシンガーとして参加していた。その後、ア・レイス・オブ・エンジェルスという個人プロジェクトを興すのだが、ここにはアウトサイドのときの同僚のアンドレアス・アレンも参加して、主にダウンテンポ・ソウルやファンク系の音をやっている。2007年にリリースされた『フロム・L.A.・ウィズ・ラヴ』というオムニバスにフライング・ロータス、ノーボディ、カルロス・ニーニョ、ガスランプ・キラーらと共に参加するなど、LAビート・シーンにもコミットした活動をしているが、GBの『サウンドトラック・フォー・サンライズ』にもヴォーカリストとして参加していて、ガブリエル・レイエスとの関係はその頃よはじまっていた。

 ザ・スティオプルズとしてはデビューEPの「ザ・スティオプルズ・EP」を〈ギフティッド&ブレスド〉からリリースした後、2017年に〈ストーンズ・スロウ〉に移籍してアルバム『シックス・ロックス』をリリース。そして、それから4年ぶりのニュー・アルバムの『ワイド・スロー・ジ・アイズ・オブ・ノー・ワン』を先日発表という流れとなる。ふたりのトラックメイカーが作るサウンドは、LAビート・シーンの流れを汲むジャジーなダウンテンポを中心に、ときにサイケデリックでコズミック、ときにディープに沈みこんでいくような世界を作り出す。そして、そこにイエオフィのソウルフルなヴォーカルが結びつき、スティーヴ・スペイセックやテイラー・マクファーリンなどに通じるダウンテンポ・ソウル・アルバムが『シックス・ロックス』だった。中にはアブストラクトな雰囲気のインスト曲もあり、そのあたりはビート・ミュージック色が強いなという印象を持ったものだ。

 その印象からすると、『ワイド・スロー・ジ・アイズ・オブ・ノー・ワン』はより明確なソウル色が出たアルバムとなっている。ビートメイクというよりも、イエオフィのヴォーカルをさらに生かす形でソングライティングに重点が置かれたエレクトリック・ソウルだが、随所に楽器類のオーガニックな演奏が配備されている。ストリングスとギター演奏が生み出す広がりのある空間が印象的なアコースティック・ソウルの“イン・ザ・ダンス”は、ガブリエル・レイエスならではのラテン的なフィーリングを持ち、往年のスティーヴィー・ワンダーを思い起こさせるところがある。“コットン”はマーヴィン・ゲイの“アフター・ザ・ダンス”やエムトゥーメイの“ジューシー・フルーツ”などの世界に繋がるような浮遊感に満ちたクワイエット・ストーム。ラテン・リズムを取り入れた“ワイド・スロー・ジ・アイズ・オブ・ノー・ワン”は哀愁に包まれたバレアリック・ソウルで、“ザ・グッド・ニュース”は4ヒーローのようなブロークンビーツ的なフィーリングを持つ。1970年代から1980年代の良質なソウル・ミュージックのエッセンスを受け継ぎ、そこにブロークンビーツやダウンテンポなどDJ的なセンスを融合したのが『ワイド・スロー・ジ・アイズ・オブ・ノー・ワン』である。

The Bug - ele-king

 まだ希望はある。スリーフォード・モッズビリー・ノーメイツの人気を目にするたびにそう感じると、ケヴィン・マーティンは『ガーディアン』のインタヴューで語っている。重厚なサウンドとは裏腹に、本人はオプティミスティックなようだ。
 30年以上のキャリアを有し、さまざまな名義でいろんなスタイルに挑戦してきたヴェテラン、ケヴィン・リチャード・マーティン。彼によるザ・バグ名義は、ダンスホールを追求するプロジェクトである。といってもキャッチーで快楽的なそれではない。ダークでヘヴィでノイジーでインダストリアルな彼のダンスホールは、ジャマイカ文化の盗用ではなく完全に独創的な域へと達している。
 2003年に〈Rephlex〉からリリースされた『Pressure』は、きれいな音響を志向するエレクトロニカ全盛の当時、ばりばりの歪んだ音響でダンスホールを轟かせたという点において異色だった。その後グライムとのリンクを示したザ・バグは〈Ninja Tune〉へと籍を移し『London Zoo』(2008年)を発表、少し間を空けて2014年に『Angels & Devils』をリリースしている。この2作は都市を主題にした三部作を成しているそうで、さらに7年を経て届けられた本作『Fire』はその完結編にあたる。

 テーマはタイトルどおり、火。とにかく怒りに満ちている。ベースはぶんぶん唸りをあげ、サイレンが轟き、歪んだ電子音が全体を支配している。ダンスホールのリディムやグライムのビート、フロウダンやマンガ、ダディ・フレディといったおなじみのMCたちによることばの散弾銃が、苦しみに満ちた現世を容赦なく告発している。“Bang” や “Ganja Baby” で降り注ぐ酸性の雨は、行き場のない憤りが流す涙のようだ。ゾウナルから引きつづいての参加となるムーア・マザーの咆哮(“Vexed”)を聴いているだけでも、本作がメッセージ性の高いアルバムであることがうかがえる。
 可能な範囲で聴きとってみよう。“War” における「戦争/イデオロギーの戦争だ/これは化学の戦争/グローバルな戦争」というナザンバのフックは、ロックダウンや接触者追跡アプリのような監視社会の不気味さ、あるいは製薬会社の利権などまで含めた、パンデミックの混乱を表現しているのではないだろうか?
 本作が生み落とされるきっかけになったのはずばりコロナ・ショックだ。本名で発表されたアンビエント・シリーズもパンデミックが契機だったが、それらが彼自身を落ち着かせるためのある意味ではプライヴェートな作品だったのに対し、今回の『Fire』は社会の混乱そのものを表現しようとしているように聞こえる。

 やはりライヴができなくなったことがそうとう大きかったようだ。「俺にとってライヴ・ショウってのは忘れられないものでなくちゃならない。きみたちオーディエンスのDNAを変えてしまったり、きみたちの生活=人生をうまい具合に傷つけるようなものじゃなきゃだめなんだ」と、マーティンはレーベルのインフォメイションで語っている。「アートとはだれかのこころを傷つけるものである」という宮台真司のテーゼを想起させる発言だが、マーティンがこのように考えるに至ったきっかけはおそらく、パンクだ。
 暴力的で保守的な父のもとに育ったという彼は、「ディスチャージが俺のCNNだった。クラスが俺のBBCだった」と上述のインタヴューで明かしている。「この音楽のおかげで俺は人生に気づくことができたんだ。パンクを発見してからは、やつのクソなことは受けいれられなくなった」。かくして17歳のときに実家を追い出された彼は、数年間ホームレスをやったりしながら生きつづけ、インダストリアルへと辿りつく。そんな人生を歩んできたからだろう、ザ・バグは聴き手を傷つけることをためらわない。「イカれちまうのはいい反応だ。とくに、みんなが音楽をただ消費するだけになって、文化的におしゃぶりを舐めさせられているような感じでコントロールされすぎてしまっているときはね」とマーティンは先のインフォでつづけている。

 最後に配置された “The Missing” も見過ごせない曲だ。ほかとは異なり静けさを携えたこの曲では、ロジャー・ロビンソンが詩を朗読している。以前よりキング・ミダス・サウンドの一員として活動していたトリニダードにルーツを持つ詩人で、2019年にT・S・エリオット賞を授かったことで大きな注目を集めた人物である。テーマになっているのは2017年、ロンドン西部で発生したグレンフェル・タワーの大規模火災。もともと安全性に問題のあったその高層住宅に居住していたのは、低所得者層だったという。70名以上の死者を出したその事故は格差社会を象徴する悲劇となった。
 パンデミックもおなじだろう。新型コロナウイルスによって引き起こされるさまざまな事象が標的にするのは、なによりもまず貧者たちである。先の『ガーディアン』の記事で彼は「このアルバムは、補助金やセーフティ・ネットを持たない者たちのためのものだ」と言い切っている。人間の命は平等ではないことを、ザ・バグは強烈なダンスホールのリディムに載せて教えてくれているのだ。
 日本も無縁ではない。連日、総裁選の行方がマスメディアを賑わせている。派閥争いに明け暮れる連中が人民のことなどこれっぽっちも気にかけていないことは、それこそ火を見るより明らかだ。そんな状況においてこの『Fire』がリリースされたことは、とてもタイムリーだといえよう。もっと怒っていいのだとザ・バグのこのアルバムは、わたしたちのこころに火をつけようとしている。まだ希望はあるのだからと、オプティミスティックに。

PACKS - ele-king

 それはある意味でフットボールのクラブと同じようなものなのかもしれない。移籍があって、獲得があって、別れと出会いを経ての浮き沈みがある、音楽レーベルに関して僕はそんな風に思っているところがある。〈Captured Tracks〉なんかはメジャーリーグ・ベースボールにひっかけて所属のアーティストをロースターと表現しているけれど、自分としてはフットボールのスカッドの方が近いんじゃないかと思う(ドラフト制よりももっと自由移籍の側面が強いような感じだ)。気になるバンドがいくつかできて追いかけていくうちに「あれ、またここから出てるのか」と気がついてそうやってお気に入りのレーベルができ上がっていく。違いがあるのはひとつのレーベルに忠誠を誓ったりせずにその時々でどこのレーベルが良いとか勢いがあるとか気軽に言えるところだ。だからレーベルはその分シビアにその場その場で判断される(ひょっとしたらそれはとても健全な状況なのかもしれない。良ければ褒めて悪ければ離れる)。

 そしてしばしばみんな同じタイミングで、同時に気がつくのだ、このレーベルはちょっと凄いんじゃないかって。ディーパー、デフド(Dehd)、ピュアX、Mamalarky、Bnny、ウォンボ、最近の〈Fire Talk〉の勢いは凄い。〈Fire Talk〉はブルックリンのレーベルで創設は2009年、Discogs でカタログを見ると当初はテニスの7インチを出していたりしたらしいけど、いまがいちばん勢いがあるんじゃないかってくらいに最近その名前をよく見かける。レーベルの勢いはリリースするバンドによって可視化され、だからこそみんな同時に気づく、これもそうだしあれもそう、集められた “スカッド” にはいまのレーベルの哲学が詰め込まれているのだ。

 自分にとって〈Fire Talk〉の決定打になったのはトロント出身のバンド、パックスで、いままで出していたディーパーやデフドとはちょっと毛色が違う、90年代を感じさせるペイヴメントみたいなギターにグランジの風味を混ぜてスネイル・メイルや初期のサッカー・マミーみたいなオルタナティヴなインディSSWをやっている感じなのが新鮮だった。でもスネイル・メイルやサッカー・マミーと比べると圧倒的に醒めていて、ギアをローに入れたまま感情を発露させずに言葉少なく淡々と描くようなスタイルだ。ローファイのまま過剰な装飾を施すことなく日記の切れ端を物語として提示する、こういうセンスはちょっとロンドンのバンド、ソーリーと近いような感じで、この感覚がとても良い。

 デビュー・アルバム『Take the Cake』の収録時間は24分弱で、このあたりにも過剰さを排除したバンドのセンスが現れていると思う(伝わらなかったら伝わらないでいい、言葉を尽くし他者を説得しようとしたりしない、そんな醒めた目線がそこにはある)。パックスは元々ヴォーカルのマデリン・リンクスのソロとしてスタートし、そこからバンドになったようだがこのアルバムのなかにもSSW的な感性とバンドのダイナミズムが混在しているようで面白い。“Two Hands” や “New TV”、“Hangman” のような曲はギターの弾き語りから肉付けしていったような感じがするし(この曲たちが続けて配置されているのも偶然ではないような気がする)、“Hold My Hand” はまさにグランジ風味のペイヴメントでありバンドのダイナミズムを感じることができるが、同時にモニターの光に照らされた暗い部屋に寝転びながらスマホを眺め、悪態をついているマデリン・リンクスの姿が思い浮かんでくる。自分がパックスに魅力を感じるのはこの混在している奇妙な要素のバランスなのだ。個人的な日記のようでそうではなく、客観的な視点があって、他者の存在をそこに感じて、バンド・サウンドのなかに個人と社会があるような感じで、それが不思議に調和する。一言で言えばしっくりくるという感じで、センスが良いという言葉で簡単に片付けたくなるようなものだけど、そこに多くの意味をこめたくなる。

 ともすれば情報過多になってしまうような時代にあって、それに反発しこれさえあればいいとひとつのやり方に固執するのではなくて、いま、何ができ、必要なのかと選択肢を広げ選び取る、そして同時にこれはやらないということを判断する、それこそがきっと現代におけるセンスで、それが日常的に様々な場面でジャッジを迫られるような時代において強く求められているものなのだろう。選択と判断こそが時代のキーで、だからこそパックスの音楽は魅力的に響くのだ。溢れる情報のなかで、時代の空気を感じ取り、それを過剰に出すことを選ばずに、リヴァイヴァルが起きはじめている90年代のサウンドのなかに落とし込む。“インディ的な” とまたしても簡単に言葉にしてしまいたくなるけれど、みなが感じるインディらしさとはきっと歴史の積み重ねによってその空気が作り出されてきたもので、はっきりとは見えないけれど確かにそこに存在するものでもある。バンドはそれを表現しレーベルがそれを選び取る、空気は不変ではなくつねに入れ替わり、過去を思い起こさせる新しさが未来を作る(それは伝説的な誰かみたいな選手を求めるクラブとファンみたいなものだ)。

 〈Fire Talk〉のようなレーベルとパックスみたいなバンド、僕はその選択を気にして追いかける。1st アルバムをリリースした後、2021年8月にパックスはその3ヶ月前に発売されたアイスエイジのアルバム『Seek Shelter』の “Drink Rain” をカヴァーし配信でリリースした。信じられないくらいのスピード感、サブスクリプションの時代になって、届けるための手段が増えて、新たな意味がそこに付け加わっていく(カヴァー曲はいまや共感や自らのスタンスを表明するひとつの手段になっている。同時代性を強調しアティチュードを共有する、過去ではなく現在の、それは繋がることができる世界に向けて出された線なのだ)。いま、なんでそれをするのか、その選択が心を躍らせる。パックスにはそんな時代のセンスが詰まっている。だからこそきっとこんなにもドキドキするに違いない。

BLAHRMY - ele-king

 それぞれがソロMCとしても活躍する MILES WORLD と SHEEF THE 3RD によるグループ、BLAHRMY の実に9年ぶりとなるフル・アルバム。この9年間にそれぞれが蓄積してきた高いスキルが合わさった上で、『TWO MEN』というタイトル通りの純粋な「2MC」スタイルがアルバム全体を通して貫かれている。さらに今回は、彼らの所属レーベルでもある〈DLiP RECORDS〉の屋台骨を支える NAGMATIC が全曲のプロデュースを手がけたことで、BLAHRMY としての純度はより高まっている。

 本作を象徴する一曲は間違いなく1曲目の “Woowah” だろう。90年代後半から2000年代にかけてのNYヒップホップとも通じるドラマチックでストリート感溢れるトラックでありながら、音の鳴りはいまの時代のサウンドそのもので、そのビートに絡みつく MILES WORLD と SHEEF THE 3RD のコンビネーションに圧倒される。彼らが放つひとつひとつの言葉の響きは実に楽器的であり、その言葉がもつ本来の意味にプラスαの価値を加え、まるで新たな命を吹き込むかのように「Woowah」というタイトル・ワードを強烈に光らせる。ちなみに YouTube でも公開されている藤沢駅近くで撮影されたというこの曲のMVは BLAHRMY の世界観がさらにストレートに描かれており、モノクロで撮られた映像も痺れるほど格好良いので、興味ある方はそちらもぜひチェックしていただきたい。

 アルバム前半部は “Woowah” と同様のハードな路線が続き、彼らとも繋がりの深い DINARY DELTA FORCE の RHYME BOYA と緊張感漂うスリリングなマイクリレーを展開する “B.A.R.S. Remix” や、自らをエイリアンに例えながらふたりがそれぞれ異なるイメージを描き出す “Aliens” など、彼らの言葉のチョイスの面白さや純粋にラッパーとしてのストレートな魅力がダイレクトに伝わってくる。かと思えば中盤ではGファンク全開の “Hey B.”、インド(?)っぽいテイストも盛り込まれた “Fiesta”、ゴールデン・エラのヒップホップへの愛が詰まった “Recommen'”、オリエンタル風味な “Flight Numbah” など、NAGMATIC のヴァリエーション豊かなビートのイメージに合わせて、BLAHRMY としての軸はキープしながら様々なスタイルをリリックで披露する。

 仙人掌をフィーチャした “Living In Da Mountains” は本作では唯一、〈DLiP RECORDS〉以外のゲストを迎え入れたことで、微妙な空気の変化がアルバム全体に深みを与え、そのムードは BLAHRMY としての未来を伝えるラスト・チューン “続、”へと引き継がれる。本作のリリース直後に SHEEF THE 3RD は BLAHRMY とはまた少し異なるカラーのソロEP「Peice is. EP」をリリースしており、おそらく MILES WORLD もすでに次作を準備中であろう。ふたりのソロ活動がまた次の BLAHRMY の作品にどのように反映されるのか、楽しみでならない。

ショック・ドゥ・フューチャー - ele-king

 未来の衝撃。そう題されたこの映画の舞台は、40年以上前のパリだ。ある特定の世代の懐古趣味と捉えられかねない側面がないわけではない。けれどもこの『ショック・ドゥ・フューチャー 』は、2010年代が終わりを迎えようとしている「現在」──フランス本国での公開は2019年──だからこそ、大きな意味を持つ作品だと思う。

 ときは1978年。当時のシンセサイザーは巨大だった。ゆえに部屋ごと機材を借りている主人公の若手音楽家アナは、依頼されたCM曲がうまくつくれず悩んでいた。とうに〆切は過ぎ、自身の立場を危うくしたくない男性担当者が押しかけてくる。そんなせっぱ詰まったタイミングで機材が故障、泣きっ面に蜂の状況に陥るも、修理に訪れた技術屋がたまたま持っていたリズムマシンにアナは天啓を得る。その後CM曲を歌うことになっていた歌手クララが部屋を訪れ、意気投合したふたりはその場でセッションを開始、名曲誕生の予感に胸を躍らせる。今夜のパーティにはレコード会社の大物も顔を出すらしい──
 ストーリーはいたってシンプルだ。フランス古典主義の「三単一」よろしく、ひとつの場所で、一日のあいだに、ひとつの筋が進行していく。主題をぼかさないための工夫だろう(序盤のカフェや終盤のセーヌとおぼしき川など、一部舞台は変更されるものの)。
 さりげなく画面に映りこむテリー・ライリー『A Rainbow In Curved Air』やブライアン・イーノ『Before And After Science』(当時出たばかりのぴちぴちの新譜)、ジョルジオ・モロダー『From Here To Eternity』(1年前にリリース)などの輝かしきエレクトロニック・ミュージックの重要盤、シャンソンやロックと対比的に流されるスロッビング・グリッスル “United” やスーサイドの “Frankie Teardrop”、それとわかるように明確に映しだされる SYSTEM-700 や CR-78 といった機材──パンフレットで野田編集長が指摘しているように、それら細部を確認することもまたこの映画の楽しみ方のひとつではある。
 しかし、ではぼくのように遅れて生まれてしまった者、かかっている曲をパッと答えられないような後追い世代の人間は、この映画をどう享受したらいいのだろう?


 作中では、あからさまな偏見やいやがらせが何度も挿入される。ほのめかされていた主題は、エンディングにおいて明確になる。「電子音楽の創生と普及を担った女性先駆者たちに捧ぐ」との献辞につづいて掲げられる、12人の音楽家たちの名前。そこにはウェンディ・カルロスをはじめ、近年再評価されているローリー・シュピーゲルやスザンヌ・チアーニ、ポーリン・オリヴェロスやベアトリス・フェレイラらの名が並んでいる。直接エレクトロニック・ミュージックとは関係のないパティ・スミス『Horses』が映り込んだり、アナがジャニス・ジョプリンのTシャツを着ていたりすることにも、意味がこめられていたのだ。

 2010年代のエレクトロニック・ミュージックの動向のひとつに、女性音楽家たちの著しい擡頭があった。ローレル・ヘイローをはじめ、インガ・コープランドマリー・デイヴィッドソンホーリー・ハーンダンコリーンジュリアナ・バーウィックソフィーグライムスファティマ・アル・カディリジェイリンガゼル・トゥインジェニー・ヴァルケイトリン・アウレリア・スミスクラインラファウンダカテリーナ・バルビエリピュース・マリーニディアキシアフロドイチェアースイーターヤッタムーア・マザークララ・ルイスルクレシア・ダルトフェリシア・アトキンソンビアトリス・ディロン、サラ・ダヴァーチ、Cuushegalcid、ユウコ・アラキ、直近でいえば2021年の台風の目たるロレイン・ジェイムズヤナ・ラッシュ、以前から活動していたひとたちのさらなる躍進という意味ではコージー・ファニ・トゥッティPhew、パメラ・Zやエレン・フルマン、上述の献辞には登場しないがおなじく再評価されている例としてポーリン・アンナ・ストロームなどなど、枚挙にいとまがない。
 彼女たちの音楽が高く評価されたのは、彼女たちが女性だったからではない(もちろん、女性でなかったからでもない)。単純に、その音が尖鋭的だったり独創的だったり強度を持っていたりしたからだ。2010年代とは、エレクトロニック・ミュージックがつくり手のジェンダー(や人種や年齢)に左右されず正当にサウンドで評価されるジャンルだということに、多くの人びとが気づくようになった時代なのだ。

 映画には二重の苦難が描かれている。ひとつは、ポピュラー・ミュージックにおいて電子音楽が異端でキワモノ扱いされていた時代に、それをやるということ。もうひとつは……本作にはアナが、「歌手になれば?」とアドヴァイスされる場面が出てくる。いまそんな助言をするやつはいない。「女性=ヴォーカリスト」という固定観念が失効するまでに、40年近くかかったということだ(似たような偏見に「女は機械に弱い」というのもある)。「未来の衝撃」の意味を、ぼくはそう解釈した。
 過去へのリスペクトに満ちたこの映画はじつは、今日においてまたべつのかたちの偏見と闘っているひとたちへのエールなんだろうと思う。オバマが大統領に就任したとき、ローザ・パークスの「拒否」から50年以上が経過していた。いまの苦労や試行錯誤が報われるのは半世紀後かもしれない。でも、あなたがやっている尖鋭的な試みはけっして間違ってはいないと、『ショック・ドゥ・フューチャー』は、現在見向きもされず、トレンドから遠く離れたところで実験に明け暮れている、野心あふれるチャレンジャーたちに激励を送っているのだ。

予告編

イメージフォーラム・フェスティバル2021 - ele-king

 要チェックなイヴェントの情報がはいってきた。9月25日(土)より渋谷・青山における3つのヴェニューで開催されるイメージフォーラム・フェスティバル2021は、「商業性にとらわれず先鋭的・実験的な映像作品、話題作を世界中から集めて、映像アートの最新動向を紹介する」イヴェントだ。カール・ドライヤーによる『裁かるゝジャンヌ』の上映に合わせた、石橋英子とジム・オルークによるライヴ演奏や、各国の映画祭で話題をかっさらった合計800分を超える(?!)超長尺映画『ラ・フロール 花』の全編上映をはじめとして、普通の映画館では絶対にやれないような、映画を愛するひとたちのための企画で目白押し。

 そして最も気になるのは、渋谷スカイとのコラボレーションにより、渋谷の上空229mで素晴らしい音楽映画たちを鑑賞できることだ。ROOFTOP “LIVE” THEATERと題したこの企画では、ソウルの女王アレサ・フランクリンによるライヴ・フィルム『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』をはじめとして、名作『羊たちの沈黙』で知られるジョナサン・デミ監督が手掛けた、トーキング・ヘッズによる『ストップ・メイキング・センス』。また、ディスクロージャーとのコラボで話題を呼んだファトゥマタ・ジャワラや「砂漠のブルース」の異名を持つトゥアレグ族など、アフリカのマリ共和国はその豊穣な音楽文化で知られているが、そんな同国で敢行されたフェスを追ったドキュメンタリー『ラスト・ソング・ビフォー・ザ・ウォー』も見逃せないし、UKのユース・カルチャーとジャマイカのサウンドシステム~レゲエとの密接な関係を描いた(もちろん、リー・ペリーのインタヴューもある)『ルードボーイ:トロージャン・レコーズの物語』も上映する……。こんな魅力的なラインナップに心躍らない音楽映画好きはいるのだろうか?

それぞれの上映開始予定は18時から、夏も過ぎようとしているころ、日が沈みながら素晴らしい映像を、座りながら、立ちながら、ひとりで、あるいは友だちと、360度に広がる渋谷の景色と夜空を一緒に、いづれにしてもリラックスしながら楽しみたい。

「イメージフォーラム・フェスティバル2021」

公式サイト https://www.imageforumfestival.com/bosyu2021/

【会期・会場】

■シアター・イメージフォーラム
(東京都渋谷区渋谷2-10-2)
9月25日(土)~10月1日(金)

■スパイラルホール
(東京都港区南青山5-6-23)
10月1日(金)~3日(日)

■SHIBUYA SKY(渋谷スカイ)
(東京都渋谷区渋谷2-24-12)
10月9日(土)、10日(日)、16日(土)、17日(日)

主催:イメージフォーラム
共催:SHIBUYA SKY(渋谷スカイ)
会場協力:株式会社ワコールアートセンター
協賛:株式会社ダゲレオ出版
助成:芸術文化振興基金、公益財団法人アサヒグループ文化財団、国際交流基金アジアセンター
協力:アンスティチュ・フランセ東京
後援:在日ルーマニア大使館、アルゼンチン共和国大使館

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972