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ブルックリンの〈RVNG INTL〉から出た独ベルリン在住(出身は南米コロンビア)のアーティスト、ルクレシア・ダルトの新作『No Era Sólida』がリリースされた。
ダルトは哲学や映画、神話、テクノロジーなどから影響を受けたエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックを制作しているアーティストだ。00年代に用いていたルクレシア名義やサウンド・オブ・ルクレシア名義の頃(00年代)は、歌詞と曲に重点を置いたポップな作風だったが、次第にその作風は変化し、2018年に〈RVNG INTL〉より発表した『Anticlines』では儚い声と幽玄な音響によるエクスペリメンタル(実験的)な音響音楽を展開し高い評価を獲得した。ちなみにダルトは、あの F.S. ブラムや元ウルフ・アイズのアーロン・ディロウェイとの共演・共作でも知られている。
本作『No Era Sólida』は、架空の存在である「リア」と接触し、その変化を描くことがコンセプトのアルバムだ。「リア」がダルト自身のドッペルゲンガーであるか否かはさておき、自己と他者がやがて一体化していくかのごときサウンドであることに違いはない。聴き込んでいくにつれリスナーである私たちも「あちら」と「こちら」、「あなた」と「わたし」の境界線が溶け合うようなムードを味わうことになるのである。真夜中の濃厚な空気の中に溶け合っていくようなダークなサウンドスケープは前作『Anticlines』(2018)ですでに確立していたが、本作では架空の人物「リア」との遭遇と対話というコンセプトによって、一種の音響劇(?)のような一貫性が生まれたことで、ダルト特有の幽玄なサウンドスケープがいっそう際立って聴こえてくる。
ダルトの「声」は電子音と同じように無機質に無感情に発せられるが、ときにヴォーカル的、もしくはポエトリー・リーディング的、あるいはヴォイス・パフォーマンス的と曲中でトーンを絶妙に変化させる。アルバム冒頭の1曲目 “Disuelta” から4曲目 “Ser Boca” までのあいだでも「声」は自在に変化を遂げており、幽玄な音響の中に溶け込みつつも、しかし静かに自己を主張していく。くわえて真夜中の木々のざわめきのような電子音もモダンなミュジーク・コンクレートとして見事な出来栄えである(楽曲の一部はフランスのGRMで制作された)。音響もまた声と同じように不穏な夜の世界に立ちこめる空気のようなムードを放っている。
このような「声と音響」の生成と変化は、本作のコンセプトである「リア」との対話を表現する重要な要素のはず。じっさいアルバムを通して音響世界は微かに変化をしつつ、9分55秒に及ぶアルバム最終曲(日本盤ではボーナストラックが1曲追加) “No Era Sólida” においては幽霊のごときヴォーカル/ヴォイスとサウンドが統合され、「リア」と「わたし」が融解していくような感覚にとらわれた。私は、“No Era Sólida” が不意に途切れるように終わったとき、まるでこれまでの音楽がすべて空気の中に消失していったような感覚を覚えた。「何を聴いたのか」「ここにどんな音が具体的にあったのか」など、アルバムの44分にわたる音響をすべて忘却してしまったような感覚である。音と音が統合された果てに、ついに記憶を喪失したかのような聴取体験とでもいうべきか。
そう、本作『No Era Sólida』は、音楽の生成と消失の場に立ち会ったような不穏にしてダークな音響作品なのである。現代のエクスペリメンタル・ミュージックにおいても、ひときわ異彩を放つ傑作といえよう。
デンシノオト