「Nothing」と一致するもの

interview with Kentaro Hayashi - ele-king

 はっとさせられたのはまだまん防中だった3月5日。DOMMUNE の阿木譲追悼番組でのパフォーマンスを目撃したときだ。小ぎれいな PARCO の上階で流すにはあまりにダークでひずんだサウンド。思い返せば2021年、デンシノオトさんがレヴューした『Peculiar』ですでにその神秘は開陳されていたわけだけれど、ライヴで体験する Kentaro Hayashi の濁りを含んだ音響は盤には収まりきらない魅力を放っていた。この2年、パンデミックがメディテイティヴな音楽を増加したことにたいする、ちょっとした異議申し立てのようにも聞こえた。なにせあの炎の男、ザ・バグでさえアンビエント作品を量産した時代である。あるいは、(一見)豊かだった日本の幻想から抜けきれない近年の風潮だったり、どんどんクリーンアップされていく都市の風景にたいする、素朴な疑問符だったのかもしれない。なんにせよ、いまの日本からなかなか出てこない音楽であることは間違いない。

 UKはニューカッスルのレーベル〈Opal Tapes〉から送り出された『Peculiar』は、もともと阿木譲の〈remodel〉からリリースされていた作品だ(リミックスでメルツバウジム・オルークが参加)。その音楽をひと言で形容するのは難しい。インダストリアル、ノイズ、エクスペリメンタル、テクノ……そのすべてであると同時にそのすべてから逸脱していくような感覚。「いちばん影響を受けたのはだれですか?」と PARCO で尋ねたとき、真っ先に返ってきた固有名詞はデムダイク・ステアだった。たしかに、それを想起させる部分もある。アルバムは凍てついた彫刻作品のごとき美を放射する一方、ところどころダンスへの欲求を垣間見せてもいて──おそらく手がかりはそこにある。大阪を拠点に活動する Kentaro Hayashi は、ハイブロウなサウンド・アートの文脈からではなく、より肉体的なものに根差した場所から世界を眺めているのではないか。

音楽的な影響という意味ではDJクラッシュ、DJシャドウ、DJフード、DJカムとか、〈Mo’Wax〉や〈Ninja Tune〉とかのアブストラクト勢、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどのブリストル勢のほうが大きいと思います。

3月5日の DOMMUNE でのライヴがとても良くて。昨年『ele-king』でアルバム・レヴューは掲載していたんですが、もっと前にライヴを観ておくべきだったと反省しました。

ハヤシ:DOMMUNE は初めてだったので緊張しました。DOMMUNE にはたまたま来ていただいた感じですよね?

そうです。編集長が急遽サプライズ出演することを知って。これまでも東京でもライヴはされているんですよね?

ハヤシ:中目黒の Solfa で数回、あと落合 soup、Saloon でもやりました。

大阪ではライヴはよくされているんですか?

ハヤシ:以前はそうでした。environment 0g [zero-gauge] という阿木譲さんがやっていたお店をメインに活動しています。コロナ前はちょくちょくイヴェントをやっていたんですが、いまは年に数回くらいですね。

DJもされますか?

ハヤシ:むかしはやっていたんですが、いまはDJはほとんどしていません。ライヴがメインですね。

environment 0g が足場とのことですが、ほかのアーティストやシーンみたいなものと接点はあるのでしょうか?

ハヤシ:少しはという感じですね。個人的にはそんなに頻繁に交流がある感じではないです。environment 0g まわりのミュージシャンや、東京から友だちを呼んでイヴェントをやったりしていて、大阪のアーティストで固まっているわけではないという感じですね。

なるほど。

ハヤシ:大阪はシーンがあるようで、じつはあまりないのではという気がします。そこがいいところでもあると思います。ハコが持っているお客さんも東京に比べて規模が小さいでしょうし、シーンといえるのかどうかというレヴェルかなと。たしか風営法のときに一気にいろいろなくなって、いまは朝までやってるイヴェントも少ないです。デイ・イヴェントが多い印象ですね。

音楽をはじめたのはいつからですか?

ハヤシ:高校生のころはギターを弾いていましたが、19~20くらいのときに打ち込みをはじめました。DJクラッシュを聴いて興味を持って、そこからヒップホップのイヴェントでよく遊ぶようになったんです。大阪に DONFLEX というヒップホップのハコがあって、そこで一時期働いていたのでいろいろな知り合いができました。

意外ですね!

ハヤシ:それが90年末から00年代初頭で。チキチキ・ビートってありましたよね。ちょうどティンバランドが出てきたころで。あとDJプレミアやドレーあたりもよく聴いていました。DJのひとたちとよくつるんでいたので、友だちの家にレコードがいっぱいあったんです。ずっと聴いてましたね。音楽的な影響という意味ではDJクラッシュ、DJシャドウ、DJフード、DJカムとか、〈Mo’Wax〉や〈Ninja Tune〉とかのアブストラクト勢、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどのブリストル勢のほうが大きいと思います。その流れでダブやジャングルなども聴いていました。

“Odyssey” はダブ的ですよね。

ハヤシ:キング・タビーは好きでレコード買っていましたね。むかし INDICARDA というアブストラクト・ヒップホップのユニットをやっていたんですけど、そのときイヴェントに呼んでくれた方たちがダブ寄りだったので、ちょこちょこ遊びにも行ってました。モア・ロッカーズと共演したことがありますよ(笑)。

それはすごい! しかし最初からインダストリアルにどっぷりだったわけではないんですね。

ハヤシ:ヒップホップを通ったあとにハウスやテクノも聴くようになって、そのあと2014年ころに阿木さんと出会ってから、インダストリアルとかも聴くようになりました。阿木さんはイヴェントをやるときレコード・バッグの中をぜんぶ見せてくれたり、曲をかけるときもアーティストがわかるようにレコードを置いてくれたり。それで知識や音のデザインを吸収できた気がします。

阿木さんとの出会いが大きかったんですね。

ハヤシ:そうですね。もともとはアブストラクト・ヒップホップをつくっていたんですが、そのダークな感じから、テクノや4つ打ちの踊る方向に行きました。そのときは4つ打ちが最強のツールだと思ってました。いろんなジャンルを取りこんでぜんぶつなげられるので、これ以上のものがあるのかと思っていたくらいで。でも、いま思えば、あまり自分自身と噛み合ってなかった気がします。阿木さんと出会って、あらためてアブストラクトで暗い感じが自分に向いてるなと思って。もう一回やろうかなと。

向いてるというのは、単純に音としてしっくりきたということですか?

ハヤシ:そうですね。ドラムのダーティな感じとか、サンプリング音楽を聴いてた影響からか、荒い質感が好みで、つくるのが得意だなと。あと、踊れなくてもいいところとか。

アルバムを聴いてぼくは逆に、ダンスへのこだわりがあるのかなと思ったんですよ。“Peculiar” や “Octagon” もそうですし、〈Opal Tapes〉盤に入っている “Arrowhead” のジャングルとか。

ハヤシ:ダンス・ミュージックの進化はとても興味深いですし、それを表現したいとは思っていました。ただ一時期、新しさを感じることが減って飽きてしまって、ドローン系やダーク・アンビエントをよく好んで聴いていたんです。ライヴでもそういう音楽もやっていました。反復やうねりはあるけど、具体的なリズムがないような音楽が新鮮でした。でも、似たような作品がたくさん出てきてから興味がなくなってしまったんです。その反動でまたリズムのある作品をつくりたいと思いました。

10年代前半~半ばころですかね。

ハヤシ:阿木さんのイヴェントでも、リズムが入っている作品をよく聴いていました。衝撃を受けた作品の多くにはリズムが入っていましたし、その影響でリズムを意識的に取り入れたのかもしれません。語弊があるかもしれませんが、ドローン系とか持続音が中心の作品は見せ方とかで、それっぽく聴こえる気がして、もうちょっとつくりこんだものをやりたいとは思いました。

ちなみにベース・ミュージックは通っていますか?

ハヤシ:ロゴスやマムダンス、ピンチは好きですね。

やっぱり暗いですね(笑)。

ハヤシ:はっはっは(笑)。でもベース系のイヴェントにはぜんぜん行けてないですね。

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クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。

こうしてお話ししていると、まったく暗い方には見えないのですが、ダークなものに惹かれるのはなぜでしょう?

ハヤシ:暗いと言われている音楽もストレートに「かっこいい」とか「美しい」と感じているだけで、あまり「暗い」とは考えていない気がします。雰囲気や空気感、緊張感が好みなのかもしれません。

なるほど。ちょうど最初にアルバムが出たころは穏やかなソウルが流行っていたり、日本ではシティ・ポップ・ブームがつづいていたり、そういうものにたいするいらだちみたいなものがあったりするのかなあと、勝手に想像していたのですが。

ハヤシ:いらだちはないですね。好みではないですけど。ワルい雰囲気を持った音楽が好きなんですよ。むかしはクラブに行くとなんか緊張感がありましたし、イカつくてカッコいいひとたちがいて。ワルい音楽というか、イカつい音。そういうのが好きなのかなとは思います。クラブには音を聴きに行っていたので、社交の場には興味がなかったですね。テクノでも、タナカ・フミヤさんとか、本気で遊んでいる雰囲気のイヴェントが好きでした。

アルバムでは1曲めの “Gargouille” だけ、ちょっとほかの曲とちがう印象を受けました。賛美歌みたいなものも入っていますし、題もガルグイユ(ガーゴイル)ですし、最後の曲も “Basilica” (バシリカ=教会の聖堂などで用いられる建築様式)で、もしかして宗教的なことに関心があるのかなと思ったんですが。

ハヤシ:まったくそういうことはなくて、イメージですね。鳥ではないけれど、ああいうグロテスクなものが飛んでいるイメージで、曲名は後づけです。本を読んで単語をストックしてそれを使うという感じで、深い意味はまったくないです。

本はどういうものを読まれるんですか?

ハヤシ:そんな頻繁には読みませんが、昨年までメルツバウのマスタリングをしていたので、そのときは秋田(昌美)さんの『ノイズ・ウォー』(1992年)を読んでいましたね。

ものすごい数のメルツバウ作品のマスタリングをされていますよね。

ハヤシ:去年までで50~60枚くらいは。制作ペースがすごく早くて、クオリテイも高くおなじものがないんですよ。展開も早いですし。すごいなと思います。

リミックスでそのメルツバウと、ジム・オルークが参加しています。

ハヤシ:おふたりには、デモ音源を渡してリミックスしてもらったんです。そのリミックスのほうが先に完成してしまったので、影響を受けつつ自分の曲をそこからさらにつくり直しています(笑)。

オリジナルのほうがあとにできたんですね(笑)。

ハヤシ:「このままじゃ自分の作品が負けるな」と思って。ジム・オルークがあんなにトゲトゲした、バキバキなものをつくってくれるとは思わなかったので、嬉しかったんですが、それと並べられるような作品にしないとと。プレッシャーでした(笑)。

ちなみに〈Opal Tapes〉盤のジャケはなぜウシに?

ハヤシ:ほかにも候補はあったんです。きれいな模様みたいなものもあったんですが、それよりはウシのほうがレコード店に並んだときに手にとってもらえるだろうなと思って。なんでウシなんだろうとは思いましたけど、デビュー・アルバムだし、インパクトはあったほうがいいかなと。ノイズっぽいジャケだと思いましたし、写真の雰囲気や色合いも好きだったので。でも、希望は伝えましたが最終的にどっちのジャケになるかはわからなかったんです。

ノイズというのはやはりハヤシさんにとって重要ですか?

ハヤシ:ノイズは効果音やジャパノイズのような使い方だけではなく、デザインされた音楽的な表現や、ギターリフのような楽曲の中心的な要素にもなると思うので、とても重要だと思います。感情も込められるというか。

音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。

ではご自身の音楽で、いちばん欠かせない要素はなんでしょう?

ハヤシ:いかに手をかけるかというか手を動かすというか……音質というか雰囲気というか、色気のある音や動きが重要な要素なので、ハードの機材を使って手を動かしていますね。ただハードでも新しい機材は音がきれいすぎるので、古い機材のほうが好きです。クリアな音より汚れた音のほうが好みなのは、ヒップホップを通ったからかもしれません。ハードのサンプラーの音が好きですし、自分の作品にとって重要な要素です。作品を聴いたら、そのひとがどれくらい手をかけているかってわかると思うんですよ。そこはしっかりやりたいなと。

シンパシーを抱くアーティストっていますか? 日本でも海外でも。

ハヤシ:デムダイク・ステアですね。とくに、ベルリンの《Atonal》でライヴを体験してからそう思うようになりました。ほかの出演者もかっこいいと思っていたんですけど、ちょっときれいすぎたり、洗練されすぎている印象だったんです。おとなしい印象というか。でもデムダイクのライヴは洗練された、そのさらに先を行っていて、ジャンルは関係なく荒々しく、自由にライヴをしていたのがすごく印象に残っています。テクノなスタイルだけではなく、ブレイクビーツを使い意図的にハズしたり、そのハズしかたがすごくかっこよかった。京都のメトロに彼らがきたときに本人たちとも喋ったんですけど、彼らもヒップホップがすごく好きで。そこを通ってるのがほかのひととちがうのかなと。スタジオのセットアップについて話をしたときも、彼らは自分たちはオールドスタイルだと言っていました。

なるほど。

ハヤシ:あとはピュース・マリーとかローリー・ポーターとか。イヴ・ド・メイ、サミュエル・ケリッジ(Samuel Kerridge)、ヘルム、FIS、エンプティセットパン・ソニック、ペシミスト、Metrist とかですね。ペダー・マネルフェルトもすごく好きです。最近はテクノっぽくなってきていますけど。阿木さんが『Lines Describing Circles』をよくかけていて。音響的な作品でも、クラブ・ミュージックを経由した雰囲気を持っているアーティストにはシンパシーを感じますね。いろいろな要素が入っている音楽が好きなのかもしれません。テクノでもたんに4つ打ちだけではなくて、ジャングルやダンスホール、ブレイクビーツの要素が入っていたり、インダストリアルな要素が入っているとシンパシーを感じます。

ヒップホップをはじめ、いろいろルーツがあると思うのですが、ご自身の音楽をひと言であらわすとしたら?

ハヤシ:難しいですね……エクスペリメンタル・ノイズ、インダストリアル・テクノ、アブストラクトなどの要素を混ぜた感じでしょうか。定義するのは難しいです。自分としては、クラブ・ミュージックの発展形のようなイメージです。先端音楽というのかわかりませんが、いろんな要素を含んだハイブリッドで新しい作品をつくりたいと思っていますね。

音楽で成し遂げたいことってありますか?

ハヤシ:まずは2作目をちゃんとつくりたいです。ライヴももっと頻繁にやりたいですし、もっと大きなステージでもやってみたい。いつか《Berlin Atonal》のステージにも立ってみたいです。映画音楽も興味があります。テクノもつくりたいし、モダン・クラシカルも好きなので、ピアノだけの作品も出したいですね。

それはぜひ聴いてみたいです。

ハヤシ:でもいまピアノ作品出したら逃げてる感じがしちゃうので(笑)。そこは1作目の続きでマウンドに立ってフルスウィングしたいなと(笑)。でも2枚めでコケるパターンってよくあるので、2枚めで終わらないようにしないと(笑)。

いいものができると思いますよ。というのも、ヒップホップ時代もあり、テクノ時代もあり、阿木さんとも出会ってという、いろんな経験をされてきてると思うので、20歳くらいのひとがセカンドをつくるのとはぜんぜんちがうと思うんですよ。

ハヤシ:いろんな経験をしてきたからこそわかるものにはしたいですね。深みのある作品をつくりたいです。

Brian Jackson - ele-king

 ブライアン・ジャクソンは広く名の知られたアーティストとは言い難く、どちらかと言えば知る人ぞ知る玄人好みのアーティストである。1980年代はステーヴィー・ワンダー、ロイ・エアーズ、クール&ザ・ギャング、グエン・ガスリーなどのセッション・ミュージシャンとして活動していた時期もあったが、何と言っても1970年代におけるギル・スコット・ヘロンとの共演を忘れてはならないだろう。それは単なる共演ではなく楽曲制作を含めたコラボレーションで、1970年ごろから1980年にいたるおよそ10年間に渡って親密なパートナーシップを築いた。

 ふたりはリンカーン大学時代からの親友で(年齢はブライアンのほうが4才下だった)、ともに母子家庭に育ったこともあって兄弟のような絆に結ばれていた。もともと詩人であったギル・スコット・ヘロンの朗読に、鍵盤奏者兼フルート奏者のブライアン・ジャクソンが音楽をつける形でコラボははじまり、『ピーセズ・オブ・ア・マン』(1971年)や『フリー・ウィル』(1972年)など名作が生み出されていく。ギル・スコット・ヘロンの音楽監督的な役割を担ったのがブライアン・ジャクソンだったわけだが、その後このコラボは両者の双頭バンドへと発展し、〈ストラタ・イースト〉からリリースされた『ウィンター・イン・アメリカ』(1974年)はじめ、『ザ・ファースト・ミニッツ・オブ・ア・ニュー・デイ』(1975年)、『フロム・サウス・アフリカ・トゥ・サウス・キャロライナ』(1975年)などを発表。レコード会社に対してふたりの双頭バンドとして名を売り出そうと持ち掛けたのはギル・スコット・ヘロンで、一般的にはギル・スコット・ヘロンの名前が突出したイメージのこの双頭バンドだが(ザ・ミッドナイト・バンドと名乗っていた時期もある)、『イッツ・ユア・ワールド』(1976年)や『ブリッジズ』(1977年)のアルバム・ジャケットにあるように、両者が対等な立場で参画していたプロジェクトであった。

 しかし、時代が進む中でよりブルースを志向していったギル・スコット・ヘロンに対し、ブライアン・ジャクソンはジャズに根差したサウンドを志向していて、そうした中から両者の音楽性の相違が次第に広がっていった。『1980』を最後に双頭バンドは解散するも、ふたりの親交は変わりなく続き、機会があれば共演などもおこなっていった。1980~90年代は主にセッション・ミュージシャンとして裏方仕事の多かったブライアン・ジャクソンだが、彼が自身の初めてのソロ・アルバムとして発表した『ゴッタ・プレイ』(2000年)にもギル・スコット・ヘロンはゲスト参加している。
 2011年にギル・スコット・ヘロンが他界して以降は、ラッパーの M1 とコラボしたアルバムがあるくらいであまり噂を聞かなかったブライアン・ジャクソンだが、エイドリアン・ヤングとア・トライブ・コールド・クエストのアリ・シャヒード・ムハマドが組んだプロジェクトの『ジャズ・イズ・デッド』(2020年)に、ロイ・エアーズ、ゲイリー・バーツアジムスらレジェンドたちと並んでゲスト参加して話題を呼ぶ。この企画はシリーズ化され、2021年にはブライアン・ジャクソンとの全面コラボ・アルバムもリリースされた。実はブライアン・ジャクソンとアリ・シャヒード・ムハマドのコラボはこれが初めてではなく、1994年にギル・スコット・ヘロンの『スピリッツ』というアルバムにブライアンとアリが参加したことがあり、そうした経緯が廻って『ジャズ・イズ・デッド』に繋がったという伏線もあったのだ。

 そんなブライアン・ジャクソンにとって、『ディス・イズ・ブライアン・ジャクソン』は『ゴッタ・プレイ』以来22年ぶりのニュー・アルバムとなる。ただし、新録とは言っても楽曲自体は1976年に録音された『ブリッジズ』とほぼ同時期に作曲されたものである。当時ブライアンは『ブリッジズ』と並行してソロ・アルバムの構想を温めており、曲を書いてはデモ・テープに録音して準備を進めていたものの、結局その計画は頓挫してしまった。そして2018年ごろ、デモ・テープの存在を聞きつけたダニエル・コラス(インカーネーションズ、フェノメナル・ハンドクラップ・バンドなどで活動するミュージシャン/プロデューサー)がブライアンに数十年の時を経て完成させないかと提案し、ニューヨークにあるダニエルのスタジオでレコーディングがはじまった。
 ダニエル・コラスのプロデュースのもと録音はスロー・ペースで徐々に進められ、ミュージシャンとして元ミッドナイト・バンドのヴィクター・ブラウン(ベース)はじめ、ビンキー・ブライス(ギター、ベース)などブライアンの旧知の仲間が集まった。一方でフェノメナル・ハンドクラップ・バンドのメンバーのジュリエット・スワンゴ(ヴォーカル)、モリカ・ハイドマン(ヴォーカル)ほか、ドメニカ・フォサッティ(フルート)、ムーサ・ファデラ(ドラムス)、カイト・サンチェス(ドラムス)などダニエル・コラスの人脈からもミュージシャンが集まった。ブライアン・ジャクソンはキーボードとフルート演奏のほか、過去はほとんど数えるほどしか披露していなかったリード・ヴォーカルにも全面的に取り組んでいる。

 先行シングルにもなった “オール・トーク” は1970年代の香りが強いソウル・ジャズで、冒頭のフルートの音色をはじめギル・スコット・ヘロンとの名曲 “ザ・ボトル” を彷彿とさせる曲調。「もしこの21 世紀にブライアン・ジャクソンがこの1976年に作りはじめようとしたアルバムを完成したら、どんな作品になるのだろうか」というのがダニエル・コラスの最初の構想だったが、それを示すような曲である。もちろん、ヴィンテージなアナログ・シンセなど昔ながらの機材が使われているが、リズム・プロダクションなどを含めた録音には最新の設備も用いられ、そうした1970年代と2020年代が50年もの時の隔たりを経て融合した作品となっている。
 セカンド・シングルの “リトル・オルファン・ボーイ” もギル・スコット・ヘロンとの全盛期を彷彿とさせるジャズ・ファンク。エレピとカッティング・ギターが生み出すグルーヴに溶け込むスキャット・ヴォーカルも見事である。ポエトリー・リーディングをフィーチャーした神秘的な “パス・トゥ・マコンド~ゾーズ・カインド・オブ・ブルー” には、シンセとフルートが混じり合ったサイケデリックなムードが香りたち、1970年代のサウンドと現在のクルアンビンとかテーム・インパラあたりを繋ぐような曲と言えそうだ。ほかにもアフロ・ビートを取り入れた “マミ・ワタ”、アフロ・レゲエ調の大らかなグルーヴを持つ “セ・セット・コメット”、抒情的なストリングスによるメロウなフィーリングのバラード曲 “ノマド” など、ヴィンテージ感覚が逆にいまの時代においては新鮮さを感じさせる楽曲が並ぶ。


 今年の夏はダンスの夏になる……だろうと、勝手に思ってました。いや、本当になるんじゃないかな。渋谷のContactも夏までは営業しているようだし、どうか、コロナの影響も最小限に、ダンスの夏になりますように。

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U - ele-king

 行松陽介がキュレイターを務めるコンピ、『Midnight is Comin'』がシンガポールのレーベル〈Midnight Shift〉から6月17日にリリースされる。「w/ friends」と記されている通り、彼が信頼する(おもに関西の)プロデューサーたちが集結。orhythmo、SPINNUTS、YPY、KEIHIN、DJ Nobu、Gabber Modus Operandi、Coni、CITY、Ryo Murakami、Sapphire SlowsCOMPUMAAlbino Sound と、なかなか豪華な1枚だ。ミッドナイトが、来る。

artist: ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U w/ friends
title: Midnight is Comin'
label: Midnight Shift
release: 17th June, 2022

tracklist:
01. orhythmo - Nagel
02. SPINNUTS - Zweimal schlafen atmosphäre
03. YPY - MS
04. KEIHIN - Exhale
05. DJ Nobu - Yakou Gai
06. Gabber Modus Operandi - Kisah
07. Coni - Ängelsbäcksstrand
08. CITY - 9K
09. Ryo Murakami - Reminiscence
10. Sapphire Slows - Hinotori
11. COMPUMA - Flowmotion (IN DUB)
12. Albino Sound - Celestial Sphere

Mix curated by ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U
Mix mastered by Redshape
Artwork by UC EAST
Layout by Takashi Makabe
Mastered and cut by Simon at The Exchange

Shintaro Sakamoto - ele-king

 先日、6年ぶりのニュー・アルバム『物語のように』をリリースした坂本慎太郎。この絶好のタイミングでワンマン・ライヴが決定している。LIQUIDROOMの18周年記念でもあり、メンバーとしてAYA、菅沼雄太、西内徹も出演。行かない理由がありません。

坂本慎太郎、LIQUIDROOMにてワンマンLIVE決定!

LIQUIDROOM18周年を記念して、坂本慎太郎ワンマンLIVEが決定致しました。 
6月3日(金)に6年ぶり4枚目のアルバム「物語のように」をリリースした坂本慎太郎。
まさに待望の新作発売後最初のワンマンLIVEになります。
メンバーは、坂本慎太郎、AYA、菅沼雄太、西内徹。
イープラスでのプレオーダーは本日6月6日から始まります。

*開催にあたっては、現在のガイドラインに沿い、感染防止を徹底して行います。

LIQUIDROOM 18th ANNIVERSARY

坂本慎太郎
-坂本慎太郎LIVE2022-

2022年7月14日(木曜日)
LIQUIDROOM
開場: 19:00 / 開演: 20:00
前売: ¥4,500 (drink代 別)
pre-order イープラス 2022年6月6日(月)正午~12日(日) 18:00
一般発売 6月25日(日) イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/3637340001-P0030001

問い合わせ : LIQUIDROOM 03-5464-0800 www.liquidroom.net

主催: LIQUIDROOM
企画制作: LIQUIDROOM / zelone records

坂本慎太郎プロフィール

1989年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。
2010年ゆらゆら帝国解散後、2011年に自身のレーベル、“zelone records”にてソロ活動をスタート。
今までに3枚のソロ・アルバム、1枚のシングル、9枚の7inch vinylを発表。
2017年、ドイツのケルンでライブ活動を再開し、国内だけに留まらず、2018年には4カ国でライヴ、そして2019年にはUSツアーを成功させる。
今までにMayer Hawthorne、Devendra Banhartとのスプリットシングル、ブラジルのバンド、O Ternoの新作に1曲参加。
2020年、最新シングル『好きっていう気持ち』『ツバメの季節に』を7inch / デジタルで2か月連続リリース。
2021年、Allen Ginsberg Estate (NY)より公式リリースされる、「Allen Ginsberg’s The Fall of America: A 50th Anniversary Musical Tribute」に参加。
2022年、4thアルバム「物語のように」をリリース。

様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供他、活動は多岐に渡る。

official link: https://linktr.ee/shintarosakamoto_official

Jo Montgomerie - ele-king

 ここにあるのは音である。世界に満ちていた音である。

 スコットランド出身、マンチェスター在住の音楽教師、サウンド・アーティストであるジョー・モンゴメリー。その新作『From Industry Home』が、環境音+アンビエント系譜の作品として、なかなか興味深い出来だった。
 彼女のこれまでの作品以上にフィールド・レコーディング/サウンドスケープを追求したアルバムに仕上がっていたのだ。音と音が溶け合い、響き合い、混じり、現実が溶けていってしまうような音響……。

 ジョー・モンゴメリーが最初にアルバムをリリースしたのは、2019年のことだ。ノース・ヨークシャーの〈Industrial Coast〉から『Early Works pt. II』を発表した。薄暗いアンビエンスを基調としつつも、〈raster-noton〉直径のグリッチな電子音楽であった。
 そして2020年と2021年にセルフリリースした『selected isolation works』と『ISO2​.​0』から環境音と具体音と電子音が交錯するアンビエント作品へと変化しはじめた。そして2022年に『From Industry Home』を送り出したわけだ。
 『From Industry Home』の音は、マンチェスターの都市の音を採取することで生まれたサウンドスケープである。そこに自身の身体の音なども細やかにミックスされていく。いわばマクロとミクロが交錯するようなサウンドだ。
 聴いていると具体音と電子音の持続によって、聴覚の遠近法が溶け合っていくような感覚を得ることができるほど。ここに「コロナ禍における世界/都市の音」という側面も想像することは容易いが、むろん実証はない。
 自分は(音楽性はまったく違えども)どこかイーライ・ケスラーの『icons』(2021)を想起してしまったのだ。同時代の音響を感じたとでもいうべきかもしれない。都市の音が音響のなか溶けあっていくような感覚である。そう、『icons』もまた(コロナ禍の)都市の音を採取したアルバムであった。
 一方、アルバムのリリース・レーベルは、ロンドンの〈touch〉などからリリースしているヤナ・ヴィンデレンやクリストフ・ヒーマンとアンドリュー・チョークによるミラーと隣接すると語っている。

 ちなみにリリース・レーベルは〈Helen Scarsdale Agency〉というカルフォルニアの実験音楽レーベルである。このレーベルはフォッシル・エアロゾル・マイニング・プロジェクトをはじめ、ジム・ヘインズ、BJ・ニルセン・アンド・スティルアップステイパ、ローレン・チャス・アンド・ノータムなど極めて通好みの音響作家の作品を00年代以降、多くリリースしてきたマニア御用達の音響レーベルといえよう。
 このアルバムの音もまたディープにして、深淵、どこか崇高のようなムードもあり、まさに〈Helen Scarsdale Agency〉に相応しい仕上がりだ。世界の片隅から広がる音響の神秘か。「ただの音」に宿る音の霊性か。
 
 全4曲(カセット版にはA面とB面で各2曲ずつ)、どのトラックも採取された都市の環境音とノイズが深い残響の中でコラージュされ、まったく別の音響のように変化していく。
 どこまでが環境音か。どこまでが加工されたものなのか。どこまでが電子音なのか。その境界線が次第に曖昧になり、音と音が溶け合っていく。まるで映画の音響部分だけを聴いているような感覚だ。
 音楽教師ということだから、おそらく音楽的な知識や理論なども熟知しているのだろう。だが彼女の音は理論に縛られた音ではない。精密で生々しく、自由に音の波にアクセスしていくような感覚があるのだ。今年になって聴いたフィールド・レコーディング・アンビエント作品の中でも印象的なアルバムのひとつである。

 最後に冒頭の言葉をもう一度繰り返しておこう。ここにあるのは音である。世界に満ちていた音である、と。

 2016年7月に急逝したWOODMAN(2013年 ele-king vol.12に、ペイズリー・パークスとの対談あり)、彼が残した膨大な作品のなかから、1999年に制作、MACARONIMAN名義でリリースされた『Downtown Science』がレコード店JET SETによってアナログ化された。日本のフットワークや食品まつりにも影響を与えた彼のあまりにもオリジナルなプロダクションが聴けるチャンスです。チェックしてください。
https://www.jetsetrecords.net/i/814006021169/
 

 ワイア入りガラスウィンドウの菱形にスライスされた、約2キロ先に聳え立つビル群と、首都高を走る車に向けられた巨大な歯科医の看板。デスクから右を向けば常にそこにある景色。ビル群の高層階は霧がかかっていて見えないが、中から届く仰々しいライトアップの光でその高さが把握できる。権威主義と資本主義の結晶の輝き。

 私が育った街は、山手から見下ろす人たちに100万ドルの夜景と呼ばれていた。それが何の金額かは知らないけど、とにかくそう呼ばれていた。おそらくその金額分の電力を消費し、その金額分のカーボンを排出し、その金額分の輝きを維持していたんだろう。その100万ドルの輝きの中が私の日常だった。当たり前だけど、自分の目に映る日常に100万ドルの価値があるとは、これっぽっちも思っていなかったし、100万ドルという金額のスケールもよくわかっていなかった。薄いガイドブックに載るような観光客向けのエリアでは、電柱は埋められて、適度に清掃もされて、一通り取り繕われていたけど、私が日々を過ごしたエリアで目に入るものは少し違っていた。開かないシャッター、幾重にも塗り重ねられたグラフィティ、積層するステッカー、ひび割れたコンクリート、瓦礫、ショーウィンドウに並ぶナイフ、怪しげな漢方薬、パワーストーン、ブラックライトに照らされた何種類もの爬虫類や両生類、鈍い光沢のフックに吊るされた動物の肉、乱雑に箱に詰め込まれたレコードやカセット、染みや汚れがついたままの軍用品、動く保証のない電化製品の山だった。決して美しくはなかったけど、私はそれが好きだった。毎週のように流行を量産するタブロイド誌が説く「時代」からは取り残されているけど、そこに積み重なった愛着や歴史の厚みは、そんなものに左右されないと思っていた。しかし、消えるときはあっけない。押井守の『機動警察パトレイバー the Movie』を久しぶりに観ていたら、大規模再開発中の東京を舞台に「ここじゃ過去なんてものには一文の値打ちもないのかもしれんな」「数年後には、目の前のこの海に巨大な街が生まれる。でも、それだってあっという間に一文の値打ちもない過去になるに決まってるんだ。タチの悪い冗談に付き合ってるようなもんさ」という会話が交わされていた。昭和の時代からこの街のやり方は変わっていないらしい。そういえば、ギブスンの『モナリザオーバードライブ』では、ロンドンの露店に並ぶアンティークの小物を見た久美子が「これって “ゴミ” じゃない」と言っていたっけ。東京では、それらは埋め立て用だそうだ。「夢の島」というネーミングは案外、供養のようなものなのかもしれない。

 私は10年と少し、渋谷エリアに住んでいる。この「馴染みの街」になってしばらく経つはずの街を歩いていると、私は頻繁に自分が幽霊にでもなったかのような錯覚に陥ることがある。あるはずのものがなく、何がなくなったのかも思い出せない。ただ「ない」ということだけがわかる。喪失感とも少し違った寂しさ。もしくは、マーク・フィッシャー流に言い換えるなら、ここは「集団健忘症の街」。流動的につねに塗り替えられていく街には、愛着や記憶が定着する隙は与えられないらしい。駅周辺の横丁がなくなるとき、あるいは宮下公園がいまの形になるとき、もっと派手に抵抗しておけばよかったと、いまになって思う。高円寺では再開発反対のパレードがおこなわれたらしい。渋谷ではどうだったっけ。その記憶もすでに曖昧になってる。街全体で絶えずおこなわれている終わりのない工事が、既成事実として機能し、受け入れざるを得なくしたようにも思う。今年の夏が終わると同時に、Contact と Vision という馴染みのクラブが永久にその扉を閉ざす。道玄坂エリアの再開発に伴うものだそうだ。これも人類史以前から決まっていたことかのように、諦めを伴ってコトが運ばれている。跡地には “また” 大規模商業施設やホテルができるそうだ。渋谷区の北側でも再開発は進んでいて、そこにも大規模な商業施設ができるらしい。こちらはホテルではなく、タワーマンション付き。
 何年か前に、人気のカルチャー誌のいくつかが立て続けに台北特集を組んだときの出来事を思い出したので、ついでに書いておく。そのときに雑誌のカバーを飾ったものは、お世辞にも洗練されているとは言えない小さな飲食店や、それらが並ぶ街並み、あるいはナイトマーケットだったと思う。そして、それを批判する文脈で「台北は今や近代化された街であり、エキゾチズム的な消費をしてほしくない」というような意見が台北の人の声としてネットの一部で拡散された。話の流れは忘れたが、そのときにあげられたカバーにすべき近代化の象徴のひとつが台北101だった。エキゾチズム的な消費をしてほしくないという意見に対して共感できる部分もあって、台北に住む友人にこの話をしたことを覚えている。台北101に対してその友人が言ったのは「あんなところには、台北に暮らす人たちのスピリットもカルチャーもない」だった。確かに、欧米のカルチャー誌が東京の特集をしたときにヒカリエをカバーにしたとしたら、と想像すると、その可笑しさが理解できる。私が台北に行ったときに過ごすのはナイトマーケットや小さい店が並ぶエリアだし、東京に海外から友人を招いたときに連れていくのは、いつもそんな感じのエリアだ。ショッピングモールじゃない。エキゾチズム的な一方的な消費には問題もあるが、それに対する回答がショッピングモールというのは、反動的で極めて資本主義的な価値観のように感じる。ショッピングモールは、だいたい世界中のどこにでもあって、どれもが同じようなエクステリア、同じようなインテリア、同じようなサービスを備えている。だいたい街の中に突如として現れて、その街が持つ固有の匂いや色を消そうとする。そして固有の匂いを消され、あらゆるグラデーションを均一に塗り固められて規格化された街は、そこに暮らす人びとにも規格化を求める。「世界から常に人と注目を集め続ける街の実現を目指す」という文言が、渋谷区の再開発事業の案内では喧伝されている。平凡な資本主義のルールのもとでショッピングモールによって規格化された街が、どういう理屈で「世界から常に人と注目を集め続ける」ようになるのだろうか。

 手垢で光沢の出た木製テーブルや、油と湿気と埃で半透明になったガラス窓、蔦植物のように有機的な成長を遂げたケーブルやダクトの類、不規則に消えるネオン、ドアの隙間から溢れ出す低音、ラッカーやマーカーの軌跡、街の匂いや色を作っていたものたちが、連続した消臭漂白によって消えていく。跡に現れるのは、シットコムのセットのような安っぽい昭和風の店や、サビ加工を施したボルトとヴィンテージ加工用塗料を塗りつけた板でできたカウンター、読めない外国の言葉で存在しないメニューが書かれた札のかかる壁、あるいは徹底的に消臭漂白された平坦な表面の連続。これがタチの悪い冗談じゃないとしたら何なのだろう。
 ギブスンの有名なクオートに「ストリートは、モノに独自の使い方を見出す」というものがある。レントゲン写真にはグルーヴが掘られ、消化器はインクを吹き出し、強粘着出荷用ラベルは都市に匿名の痕跡を残す。私たちは、この街に増え続けるショッピングモール群にどんな使い方を見出すことができるのだろうか。


Síntomas de techno - ele-king

 1985年から1991年のペルーのアンダーグラウンド・シーンで活躍したテクノ音源の編集版『Síntomas de techno : Ondas electrónicas subterráneas desde Perú (1985-1991)』がリマの〈Buh Records〉から先週末リリースされた。タイトルは英訳すると『Symptoms of techno:
Underground electronic waves from Peru (1985-1991)』、和訳すると「テクノ症候:ペルーのアンダーグラウンド・エレクトロニック・ウェイヴ」。
Disidentes、Paisaje Electrónico、T de Cobre、Meine Katze Und Ich、El Sueño de Alí、Cuerpos del Deseo、Círculo Interior、Ensamble、Reacciónといったバンドによる、パンクに触発されたペルー生まれのDIYテクノ(テクノ・ポップ、EBM、インダストリアル、ミニマルシンセなど)が収録されている。解説によると「ほぼすべてが入手不可能な曲で」「ラテンアメリカのテクノやインダストリアル・ミュージックの歴史を語るうえでは避けられないレファレンス」とのこと。フィジカルは限定300枚で7月15日発売。英語とスペイン語のブックレット付き。まずは聴いてみましょう。面白いです。

African-American Sound Recordings - ele-king

 シャレた滑り出しに意表を突かれる。まさかのラウンジ的展開。これまでは実験音楽をはじめ試行錯誤の連続だったアフリカン-アメリカン・サウンド・レコーディングス(以下、AASR)がスタイルをガラッと変化させた。よく聴くとラウンジ風の演奏(?サンプリング?)には細かくダブ処理が施され、シンコペーションを効かせたドラムに複雑なループがいくつも絡み合うなど細部までサイケデリックに染め上げられている。いわゆるひとつのドープ・サウンドで、ボトムの締め方はきちんとしたもの。ホーンや各種の金属音が異様に華やかなために、パッと聞いた感じは明るいアンチコンというか、メランコリーを返上したDJシャドウというか。そう、大雑把にいえば『Tamika's Lodge』はダン・ナカムラやマッドリブとは異なるタイプのインストゥルメンタル・ヒップホップで、20年前にブルース・ミュージシャンの故郷レッド・バンクスがジェントリフィケーションから逃れて宇宙に移転したという設定のコズミック・サウンド。AASRのデビュー作『Divine Comedy(神曲)』にはサン・ラーとダンテの言葉が長々と引用され、そうした含みは最初からあったとも言える。リヴァーブをかけたピアノに不穏なドローンが虚しく響く“9000th Hour”だけが、そして、宇宙の虚しさを漂わせる。

 AASRの正体はよくわからない。メンフィスを拠点とするW.G.M. がその主体らしく、動画サイトには黒人男性が1人で演奏する姿があり、ジャケ写やストリーミング・サイトのアー写などには黒人女性の姿もある。W.G.M. 名義では2019年にデビュー・アルバム『AND EYE (seen what i saw)』、20年にはシングル「RUNAWAY TRAIN」やミニ・アルバム『Outreach Ministries』をリリースし、やみくもに実験的な作品だけでなく、叙情性に焦点を当てたゆるゆるのコンポジションから本格的なアンビエントまで、いわゆる習作的な作品が並ぶ。AASR名義は2020年からW.G.M. 名義と入れ替わるように使われ始め、デビュー・アルバム『Erasure Poetry』では延々と続く雨の音に始まり、統一性のない音楽スタイルが雑多に煮込まれていく。正直、何をやりたいのかよくわからない。ジェントリフィケーションによって覆い隠されたホームレスやアル中など「忘れられた個々人」に焦点を当て、ヒューマニティを推進していくというステートメントが記されてることがそれまでとは大きく異なった。テーマのせいか、全体にうらぶれた感じで、しつこく繰り返される雨の音がとくに効果を上げているとも思えない。

 スピーカー・ミュージックやグリーン-ハウスなど、滑り出しはそうでもなかったのに急に完成度が高くなるミュージシャンがたまにいる。『Tamika's Lodge』もまさにそうした作品で、外部からプロデューサーを招いたわけでもないのにここまでのキャリアとは断絶していると言いたくなるほどサウンドも曲もすべてが一新されている。宇宙空間に移動したという設定が想像力の向かう方向に何も制約を設けなかったということなのだろう、“Astral Breakin’”でギターのコードを単純に鳴らすだけとか、“Coffee Cake”でジャズ・ベースが正確にループされ続けるといった地味な要素がここまで丁寧につくられたことはなく、その上でインプロヴィゼーションに移ったり、妙な部分にダブ処理を施すので、ノーマルな演奏からどこかに連れ去るというイメージの飛躍が威力を増している。“Kitchen Clean-Up Crew”や“The Gxian Airstream”など、もっと聞いていたいのに、あっさりと終わってしまうのは本当に残念。“Knight Of Cups”などはフリー・ジャズのドラムに様々なドローンが絡んでいくにもかかわらず、それこそラウンジ・ミュージックのように聴かせてしまい、初期の808ステイトを思わせる“Mars Mathematics”など、とにかく聴かせ方が巧みで技あり。

 気になるのは「アフリカン-アメリカン」という呼称で、2年前の大統領選でバイデンがインド系のカマラ・ハリスを副大統領候補にすると予告した際も、これに反発したアフリカ系がドナルド・トランプに票を投じるという動きがあったため、カラード同士の分断を避けるためにアフリカ系も「ブラック」と呼ぶことが増えているなか、あえて「アフリカン-アメリカン」を名乗るというのはどういうことなのだろうか。ジェルー・ザ・ダマジャのような逆差別主義者の可能性もあるし、そのあたりは機会があればちょっと確認しておきたいところ。

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