「Nothing」と一致するもの

Matmos - ele-king

 マトモスの親しみやすさはどこから来るのだろう。多くの場合それは突飛なコンセプトであり、外科手術(『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』)だったりテレパシー(『The Marriage of True Minds』)だったり洗濯機(『Ultimate Care II』)だったりが音楽になることの驚きと興奮によるものだ。自分の場合、ときとしてクィア・カルチャーの重層性や奇妙さを示すこと(『The Rose Has Teeth in the Mouth of a Beast』)が直截的なメッセージよりも強力なものになる、と素っ頓狂なやり方で教えてくれたのがマトモスだった。ユーモアとアイデア。それらはつねに、彼らの「実験音楽」を愉快なものにしている。
 だからこそ、マトモスの音楽それ自体の面白さは忘れがちだ。ふたりが生み出すエレクトロニック・ミュージックではヘンな音がヘンな方法で鳴っているのだが、それはあくまで強烈なコンセプト由来であると捉えられがちなのだ。そういう意味では、外部から来た「企画もの」である本作こそが、マトモスの音楽そのもののチャーミングなエキセントリシティをストレートに伝えていると言えるかもしれない。

『Regards / Ukłony dla Bogusław Schaeffer』は、第二次大戦後から1960年代のポーランド・アヴァンギャルド・シーンをひとつのピークとし、亡くなる2019年の直前まで活躍した先鋭的な音楽家で、同国ではじめて電子音楽を制作したひとりとされるボグスワフ・シェッフェルの録音音源を自由に使用し、再構築したアルバムである。ポーランド文化を海外に紹介するための公的機関〈Instytutu Adama Mickiewicza〉が持ちこんだアイデアだったそうで、マトモスはシェッフェルのことを詳しくは知らなかったという。シェッフェルは作曲家・演奏家でありつつ、劇作家、画家、教師、学者でもあったということなので、いつものマトモスなら彼の特異な経歴や人生をコンセプトに取りこみそうなものだが、ここではあくまで残した音源にフォーカスしているようだ。そしてそれが、おそらく本作では功を奏している。
 神経質な電子音が行き交うなかで不穏なメロディが立ち上がるオープニングの “Resemblage / Parasamblaż” からマトモスらしいめくるめくエレクトロニカが展開されるし、続く “Cobra Wages Shuffle / Off! Schable w gurę!” は妙にファンキーなリズムが繰り広げられつつグリッチやジャズの断片が聞こえてくるおかしなトラックだ(曲名にはポーランド語の対訳がついている)。アナログのA面にあたる頭5曲はリズミックでポップなトラックが並べられていて、1曲のなかの展開も多い。残り3曲はやや長尺となり、ダーク・アンビエント的なムードも取り込みながら、おどろおどろしさとエレガントさを同時に立ち上げてみせる。音色の多さ、要素の多さはマトモスならではだが、それにしてもせわしない。40分少しのアルバムからこれだけたくさんのものが聞こえてくるというのは、シェッフェルの音楽の多様な要素に由来するものだろうか。本作では題材とマトモスの音楽的なボキャブラリーの豊富さとが合致し、奇怪でユーモラスなサウンド・コラージュが繰り広げられるのだ。サウンドのとめどない動きと変容を楽しむアルバムである。

 ニコラス・ジャーが20世紀後半の前衛音楽/実験音楽をまとめたコンピレーションをリリースしたニュース(https://www.ele-king.net/news/008676/)もあったが、いま、東ヨーロッパのエッジーな表現に対する注目度が高まっているのは国際情勢の影響もあるのかもしれない。〈連帯〉のレフ・ヴァウェンサが登場する以前の独裁政権下のポーランドでアヴァンギャルドな音楽に取り組んでいたボグスワフ・シェッフェルは、なるほど現代にも何かヒントを与えうる存在として再訪されているのだろう。それを小難しいものとしてではなく、風変りだが親しみやすく、彼らならではの「知的なダンス・ミュージック」──トラックによってはダンサブルなのだ──へと調理するマトモスは、実験の面白さそのものを体現する伝道師であり続けている。

Cosey Fanni Tutti - ele-king

 コージー・ファニ・トゥッティが新作をリリースする。2020年の短篇ドキュメンタリー映画『Delia Derbyshire: The Myths And The Legendary Tapes(デリア・ダービーシャー──神話と伝説のテープ)』(監督:キャロライン・キャッツ)のサウンドトラックだ。トゥッティ本人の主宰するレーベル〈Conspiracy International〉から、9月16日に発売。
 デリア・ダービーシャーとは60年代にBBCレディオフォニック・ワークショップの一員として活躍した先駆的な電子音楽家で、SFドラマ『ドクター・フー』のテーマ曲で知られている。〈Rephlex〉が2003年に編んだBBCレディオフォニック・ワークショップのコンピでも、彼女は大きくフィーチャーされていた。
 トゥッティは今回、ダービシャーの死後に発見されたテープをサンプルしサウンドトラックを制作。声明によれば、残されたダービシャーの音源や作曲ノートなどを研究し、尊敬と愛を注入することで、ダービシャーのスタイルとトゥッティ自身のアプローチを総合したものになっているとのこと(大意)。

 なおトゥッティは、2017年の自伝『アート セックス ミュージック』につづく著書として、8月18日にフェイバー&フェイバー社より『Re-Sisters: The Lives and Recordings Of Delia Derbyshire, Margery Kempe & Cosey Fanni Tutti(リ・シスターズ──デリア・ダービーシャー、マージェリー・ケンプ、コージー・ファニ・トゥッティの人生と録音物)』なる本を上梓する予定。ダービシャーと15世紀の神秘家マージェリー・ケンプ(英語で初めて自伝を書いた人物とされる)、そしてトゥッティ自身の関係を探る1冊になっているようだ。あわせてチェックしておきたい。

Dry Cleaning - ele-king

 昨年の『New Long Leg』が高い評価を得たロンドンのバンド、ドライ・クリーニング。エレキングでも年間ベストの4位に選出しましたが、先日セカンド・アルバムのリリースがアナウンスされています。発売はCD・ヴァイナルともに10月21日、現在 “Don't Press Me” が公開中です。

Dry Cleaning
大注目の新世代バンド、ドライ・クリーニング
最新アルバム『Stumpwork』を10月21日に発売!

ロンドンを拠点に活動するバンド、ドライ・クリーニングが、10月21日にセカンド・アルバム『Stumpwork』を発売することを発表した。合わせてリード・シングル「Don't Press Me」のMVを公開した。デビュー・アルバム『New Long Leg』は、全英アルバム・チャートで4位を獲得、2021年のベスト・アルバムの一つとしても選定され高い評価を得ている。(The New York Times、Pitchfork、SPIN、The Atlantic、The Ringerが、その年のトップ10アルバムに選出)ここ日本でも音楽専門誌からファション誌まで幅広いメディアに取り上げられ、絶賛された。

公開された「Don't Press Me」は、ゲームをする快感と、強烈だが短命な、罪悪感のない体験の楽しさについて歌っている。ヴォーカルのフローレンス・ショウは、次のように語っている。「コーラスの言葉は、自分の脳みそに向かって歌う曲を書こうとして生まれたの。『あなたはいつも私と敵対している/あなたはいつも私にストレスを与えている』ってね。」アニメーションによるオフィシャル・ビデオは、ピーター・ミラードが手がけたもので、ナイーブに描かれたバンドの姿が、曲のフックとリフに完璧にマッチしている。

Dry Cleaning - Don't Press Me
https://www.youtube.com/watch?v=gjVc8lYIaUM

アルバム『Stumpwork』は、2021年末にウェールズの田園地帯に戻り、再びジョン・パリッシュとエンジニアのジョー・ジョーンズとタッグを組み製作された。同じスタジオで、同じチームと信頼関係を築いたことで、インポスター症候群(*自分の能力や実績を認められない状態)と不安感は、自由へと変換され、すでに豊かだった彼らの音のパレットをさらに探求し、自分たちのクリエイティブなビジョンにさらなる自信をつけることができた。新作は様々な出来事や概念、政治的混乱からインスピレーションを受けている。今回もシュールな歌詞が前面に押し出されているが、家族や、金、政治、自虐、官能といったテーマに対する感受性も新作では高まっている。作品全体に渡り、激しいオルタナ・ロックのアンセムがジャングル・ポップやアンビエント・ノイズと融合し、バンドが受けてきた影響の豊かさと彼らの音楽に対する深い造詣として表れている。

アルバムとシングルのアートワークは、他分野で活躍するアーティスト・デュオであるロッティングディーン・バザール(Rottingdean Bazaar)と写真家のアニー・コリンジ(Annie Collinge)によって考案・制作された。本作の日本盤CDには解説および歌詞対訳が封入され、ボーナス・トラックを追加収録される。なお、限定ブラック・ヴァイナルには購入者先着特典としてシングル「Don't Press Me」とアルバム未収録曲をカップリングした特典7インチ(レッド・ヴァイナル)をプレゼント。通常アナログ盤はホワイト・ヴァイナル仕様でのリリースとなる。6月15日より各店にて随時予約がスタートする。

label: 4AD / Beat Records
artist: Dry Cleaning
title: Stumpwork
release: 2022.10.21 FRI ON SALE

国内盤CD:4AD0504CDJP ¥2,200+税
解説+歌詞対訳冊子/ボーナストラック追加収録

CD 輸入盤:4AD0504CD
¥1,850+税

LP 限定盤:4AD0504LPE(限定ブラック/先着特典7インチ)
¥3,850+税

LP 輸入盤:4AD0504LP(通常ホワイト)
¥3,850+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12859

TRACKLISTING
01. Anna Calls From The Arctic
02. Kwenchy Kups
03. Gary Ashby
04. Driver's Story
05. Hot Penny Day
06. Stumpwork
07. No Decent Shoes For Rain
08. Don't Press Me
09. Conservative Hell
10. Liberty Log
11. Icebergs
12. Sombre Two *Bonus Track for Japan
13. Swampy *Bonus Track for Japan

Nduduzo Makhathini - ele-king

 昨年〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からオミニバス・アルバムの『インダバ・イズ』がリリースされるなど、南アフリカ共和国のジャズ・シーンがジワジワと注目を集めている。キーナン・メイヤーはじめ若い注目アーティストも多い。『インダバ・イズ』の参加者はタンディ・ントゥリ、シヤボンガ・ムセンボ、そのシヤボンガもメンバーのザ・ブラザーズ・ムーヴス・オン、ボカニ・ダイアー、ルワンダ・ゴグワナなど多岐に渡るが、その中心に位置するのがジ・アンセスターズである。アンセスターズはシャバカ・ハッチングスとの共演によって、南アフリカ共和国の外でもいち早く知られる存在となった。そうしたいきさつから、シャバカら南ロンドンのジャズ・シーンが注目されるのと連動し、南アフリカのジャズ・シーンもジャイルス・ピーターソンのようなキュレーターから支持されるようになっていったわけだ。

 ジ・アンセスターズの中心はドラマーのトゥミ・モロゴシ、トランペットのマンドラ・マラゲニ、ピアノのンドゥドゥーゾ・マカシニで、それぞれ個別にソロ活動をおこなったり、別のグループを持っていたりする。なかでも1982年生まれのンドゥドゥーゾ・マカシニは、2000年ごろからソロ活動を開始し、サックス奏者のジム・ンガワナ率いるジモロジー・カルテットへの参加はじめ、フェヤ・ファク、マッコイ・ムルバタなど南アフリカを代表するジャズ・ミュージシャンらとツアーやセッションをおこなってきた。2014年頃よりリーダー作品もいろいろと制作しており、最初のCDアルバムは2017年に〈ユニバーサル・サウス・アフリカ〉から発表された『イカンビ』である。ジ・アンセスターズの活動でイギリスやヨーロッパを訪れる機会が増えていたこともあって、このアルバムはイギリスでの録音となり、イギリス人ミュージシャンや在英の南アフリカ人ミュージシャンなどが入り混じった編成で、1960年代より交流の深かったイギリスと南アフリカのジャズ・シーンを反映するものでもあった。

 その後、〈ブルーノート〉と契約して発表した2020年のアルバム『モーズ・オブ・コンミュニケーション:レターズ・フロム・ジ・アンダーワールズ』は、自身のルーツである南アフリカのジャズを前面に打ち出したものとなった。ンドゥドゥーゾは南アフリカ共和国のウムグングンドロヴ郡出身だが、かつて19世紀はズールー王国のディンガネ・カセンザンガコナ王が統治していた地域で、その後イギリスの植民地となった背景がある。先住民による儀式やそれに伴う音楽などの文化が色濃く残る地域でもあり、音楽家も呪術師や祈祷師としての側面を持つ。そうした地域の影響を受けたンドゥドゥーゾも、ピアニスト/作曲家であると共にヒーラーでもある。そして、ジョン・コルトレーンとマッコイ・タイナーのカルテットによるモードや即興演奏を土台とした上で、ベキ・ムセレク、モーゼス・タイワ・モレレクワ、アブドゥーラ・イブラヒムという南アフリカが生んだ偉大なピアニストの先人たちからの影響を随所に見せたアルバムで、ニューヨーク・タイムズ紙による2020年度ベスト・ジャズ・アルバムの一枚に選出された。

 この度リリースされた『イン・ザ・スピリット・オブ・ントゥ』は、ンドゥドゥーゾ・マカシニにとって10作目のスタジオ録音アルバムとなり、〈ユニバーサル・アフリカ〉が〈ブルーノート〉と提携して設立した〈ブルーノート・アフリカ〉の第1弾作品となる。参加ミュージシャンはサックスのリンダ・シッカハネ、トランペットのロビン・ファーシコック、ヴィブラフォンのディラン・タビシャー、ベースのスティーヴン・デ・スーザ、パーカッションのゴンツェ・マケネ、ドラムスのデイン・パリスなど、現在の南アフリカの有望な若手ミュージシャンが中心となり、ゲスト・ヴォーカリストとしてオマググ、オーストリア出身のアンナ・ウィダワー、アメリカ出身のサックス奏者のジャリエ・ショーが招かれている。

 アルバム・タイトルにあるントゥとは、アフリカのバントゥー系民族に由来する人間という意味のズールー語の言葉で、アフリカに古くから伝わる哲学や教えにも繋がる概念である。かつてゲイリー・バーツはントゥ・トゥループといグループを結成し、イギリスのジャズ・レーベルである〈ウブントゥ〉もこのントゥという言葉を由来とするなど、ジャズとアフリカを結ぶ上での重要なキー・ワードと言えるだろう。ンドゥドゥーゾはジャズにコスモロジーのアイデアを取り入れており、『モーズ・オブ・コンミュニケーション:レターズ・フロム・ジ・アンダーワールズ』では冥界から届く音のメタファーとして手紙を用いるなど、彼ならではのアフロ・フューチャリズムの精神が反映されていた。『イン・ザ・スピリット・オブ・ントゥ』においては、アフリカの大地から生まれる音に耳を傾けるパラダイムがントゥという言葉に示される教えとンドゥドゥーゾは考える。

 “ウノンカニヤンバ”は6/8拍子のアフロ・ジャズで、ヴィブラフォンとパーカッションによってミニマルな雰囲気がもたらされる。即興演奏のなかで祝祭的な旋律と神秘的な旋律が行き来し、時折シャーマンのようなチャントが挟まれるなど、まさにアフリカの大地に根差したジャズと言えるだろう。“アマソンゴ” も土着的な8拍のリズムで、アフリカならではの牧歌性と呪術性が交錯するような演奏を聴かせる。“アバントワナ・ベランガ” はコルトレーンの系譜に属するモード演奏で、ンドゥドゥーゾのピアノはマッコイ・タイナーを彷彿とさせるもの。本アルバムのなかでもっともタイトルに相応しいスピリチュアル・ジャズと言えるだろう。欧米のジャズの影響を持ちつつも、それらにはない独自性も持つ南アフリカのジャズを体現したンドゥドゥーゾ・マカシニのアルバムだ。

Technics SL-1200 - ele-king

 DJカルチャーに憧れた誰もが欲しいと思い、そしていつしか家に2台を設置するターンテーブル、「Technics SL-1200」。世界中から愛されてきたこの歴史的名機を祝うイベントが8月5日から3日にわたって開催される。まずは5日、DJカルチャーの未来を検証する特別番組をDOMMUNEから配信。その翌日からは、渋谷PARCOのルーフトップComMunEにて、レコード愛好家たちの信頼も厚い店舗が集結するレコードマーケットを開催。東京のみならず地方の名店も並び、新旧様々な名盤からレアな蔵出し品を放出。さらにレ コードを愛するDJや選曲家たち総勢14組による音楽や、記念モデルとして限定リリースされた7色のSL-1200に 歴代の貴重なターンテーブルの展示など、Technicsならではの祝祭をどうぞ!

Technics SL-1200 50th Anniversary
STORY of TURNTABLE

2022.8.5 FRI 19:00 - 24:00
at SUPER DOMMUNE (渋谷PARCO 9F)
https://www.dommune.com

<第一部> SL-1200 の軌跡と未来
司会 : 野田 努 (ele-king)
出演 : 上松 泰直 (Technics)、志波 正之 (Technics)、ようすけ管理人 (OTAIRECORD)

<第二部> マスターピースとしての SL-1200
司会 : 宇川 直宏 (DOMMUNE)
出演 : DJ NORI、MURO、Mizuhara Yuka、Kamome

<第三部> DJ for ALL VINYL
DJ : CAPTAIN VINYL (DJ NORI & MURO)、Vinyl Youth


2022.8.6 SAT & 8.7 SUN 11:00 - 21:00
at ComMunE (渋谷PARCO 10F)
https://shibuya.parco.jp

<RECORD SHOP>
〔 8.6 SAT 〕
diskunion
everyday records
FACE RECORDS
Organic Music
RECORD STATION

〔 8.7 SUN 〕
Ciruelo Records
GENERAL RECORD STORE
HMV record shop
RECORD SHOP rare groove
Vinyl Delivery Service

<DJ>
〔 8.6 SAT 〕
珍盤亭娯楽師匠
DJ JIN
Kaoru Inoue
DJ KAWASAKI
Mayu Kakihata
MURO
ピーター・バラカン

〔 8.7 SUN 〕
川西卓
Mizuhara Yuka
ナツ・サマー
DJ NORI
須永辰緒
Vinyl Youth
Yoshinori Hayashi

Produced by PRIMITIVE INC.
https://www.primitive-inc.com

Charles Stepney - ele-king

 ロータリー・コネクションやマリーナ・ショウ、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフ、テリー・キャリアーにアース・ウインド・アンド・ファイアにと、そうそうたるアーティストを手がけてきたことで知られるプロデューサー、チャールズ・ステップニー。その幻のアルバム『Step on Step』がついに日の目をみることになった。ひとりで自宅の地下室で多重録音をこなした作品である。9月9日、日本限定盤のCDが発売。これは入手しておきたい。

Charles Stepney『Step on Step』
2022.09.09 CD Release!!

チャールズ・ステップニー1970年近辺の一人多重録音作。当時の普通の宅録は、いま皆が必死になって作ろうとしているサウンドでもある。本作は手本にすべき質感で溢れかえっている。(冨田ラボ・冨田恵一)

チャールズ・ステップニー幻のデビュー・アルバムが遂に日の目を見る。1人で楽器を演奏して4トラックのテープで録音された愛すべきホーム・レコーディング作品であり、ステップニーの後の名曲の原型も聴くことができる。大規模なスタジオ制作に至る前の録音ゆえのピュアな輝きを放っているサウンドは、ステップニーが残した音楽を愛するリスナーを魅了すると共に、クリエーターにとっても多くのインスピレーションを与えるはずだ。(原 雅明 ringsプロデューサー)

アース・ウィンド&ファイアー、ミニー・リパートン、マリーナ・ショウ、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、 テリー・キャリア……、数々の重要な録音に携わり、1976年に早すぎる死を迎えた伝説のプロデューサー、アレンジャー、作曲家であるチャールズ・ステップニー。事実上のデビュー・アルバムとなる、貴重なホームレコーディング作品のリリースが遂に実現!!

4トラックのテープ録音のコレクションとして残された音源は、ほとんどがステップニーのオリジナル曲であり、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、シカゴのサウスサイドにある自宅の地下室でステップニー一人によって創り出されたものである。彼や他のアーティストによって二度と録音されることはなかった。

カニエ・ウェスト、ア・トライブ・コールド・クエスト、ザ・フージーズ、MFドゥーム、マッドリブをはじめ、ステップニーのサウンドはヒップホップの世界でも愛されてきた。『Step on Step』は、現在のトラックメイキングの先駆けともいえる貴重な音源であり、ステップニーの業績を改めて知らしめる原石のような全23曲を収録。

アーティスト : Charles Stepney (チャールズ・ステップニー)
タイトル : Step on Step (ステップ・オン・ステップ)
発売日 : 2022/09/09
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings / International Anthem (RINC92)
フォーマット : CD (日本限定盤)
解説 : 冨田ラボ・冨田恵一
BARCODE : 4988044078666
rings OFFICIAL PAGE : https://www.ringstokyo.com/items/Charles-Stepney
rings STORE : https://bit.ly/3uz1iqX

Takuro Okada - ele-king

 岡田拓郎の2年振りとなるソロ・アルバムが8月31日、〈Newwhere〉からリリースされる。ジョン・コルトレーンの“A Love Supreme”からはじまるその作品『Betsu No Jilkan』は、すでに「岡田の最高作」「今年の目玉」ともっぱらの評判となっている。岡田拓郎がドラマーの石若駿との即興を編集した音の素材をジム・オルーク、ネルス・クライン、サム・ゲンデル、カルロス・ニーニョ、細野晴臣らに手を加えてもらい、さらにそれを編集して仕上げていったそうだが、彼のポップ志向とアヴァンギャルド志向とがみごとにスパークしたものなんじゃかと言われている。
 なにはともあれ、これは本当に注目作です。

岡田拓郎
『Betsu No Jilkan』

Newwhere
8月31日発売予定

曲目
1. A Love Supreme
2. Moons
3. Sand
4. If Sea Could Sing
5. Reflections / Entering #3
6. Deep Rive

loscil - ele-king

 カナダのアンビエント・アーティスト、ロスシル(スコット・モーガン)の「Sails」シリーズは、ダンス・プロジェクトのための楽曲を集めた連作である。リリースはロスシルのセルフ・レーベル〈Frond〉。
 「Sails」は、まず2022年3月に『The Sails p​.​1』がリリースされ、同年5月に『The Sails p​.​2』も発表された。これらの曲は振付師によって委託されたものであり、なかには未発表のトラックもあるという。
 『The Sails p​.​1』と『The Sails p​.​2』の二作を聴いた印象としては、楽曲としての統一感があったことに驚いた。単に提供曲をまとめたコレクション・アルバムというよりは、聴き手に対して一貫したムードを提供しているのだ。その意味では「p.1」と「p.2」を合わせて「二枚組アルバム」のように聴くのがよいのかもしれない。
 特に『The Sails p​.​2』においては、サウンドメイカー/作曲家としてのロスシルの魅力がこれまで以上に横溢しているように思えた。薄暗い光のような、もしくは霧のような質感のアンビエント/エレクトロニック・ミュージックとでも形容したくなるようなサウンドスケープが実現されていた。ムードとしては2021年に〈Kranky〉からリリースされた『Clara』に近いのかもしれない。
 なによりこのようなアブストラクトな電子音楽(アンビエント)を「ダンスのための音楽」としたスコット・モーガンの大胆さに驚いてしまう。「身体と音の対位法」を描くことで、独自の異化効果を狙ったのではないか。

 この『The Sails p​.​2』には全9曲が収録されている。どれも音の快楽性と繊細さとロマンティシズムが渾然一体となった楽曲だ。加えてアンビエント/ドローンとシーケンシャルでオーセンティックな電子音楽が混在するアルバム構成にも惹かれてしまった。
 個人的にはシーケンシャルな音とアンビエンスが交錯する1曲目 “Blue” と、透明と穏やかさのアンビエンスが、心と身体の両方に沈静を与えてくれるアンビエント4曲目 “Century” の対比が実に印象的だった。なかでも “Century” の鎮静的なトーンはアルバム全編に共通するもので、『The Sails p​.​2』において肝となる曲ではないかと思った。
 さらには1曲目 “Blue” のシーケンス・サウンドが、8曲目 “Downstream” などで変奏されている点もよかった。まるでアルバムの曲と曲が変奏曲のように反復されているのだ。9曲目 “Ink” も、“Century” を変奏するかのように、不穏さと静謐さが交錯する美しいアンビエントに仕上がっていた。どこか宙吊りになったような感覚を残してアルバムは終わるのだが、この曖昧な感覚がとても良い。音楽は終わっても「世界」は続く、とでもいうように。もしくは音が終わっても、生ある限り肉体は「運動」を続ける、とでもいうかのように。

 いずれにせよ身体と音響。抽象と具体の交錯。ほの暗い光と微かな光。そんなイメージとムードが交錯するこのアルバムは、つい何度も繰り返し聴いてしまう魅力があった。いつの日か『The Sails p​.​3』がリリースされることを期待しつつ、何度も何度も「Sails」シリーズをリピートし、その「音の海」と「音の霧」に耽溺することにしよう。

Special Interest - ele-king

 昨年〈ラフトレード〉との契約が報じられたニューオーリンズの4人組、スペシャル・インタレスト。UKでしっかり人気をつかんでいる彼らだが、7月29日に〈ラフトレード〉から初めてのシングルがリリースされる。“(Herman's) House” と “Follow Me” の2曲を収めた限定7インチだ。
 タイトルにあるハーマンとは、冤罪で40年以上刑務所にとらえられ、2013年に亡くなったハーマン・ウォレス(ブラックパンサー党にも参加)のこと。
 ヴォーカルのアリ・ログアウトとギターのマリア・エレナによれば、「この歌は、真の解放へと向かうわれわれの可能性を妨害する弾圧的なシステムを解体し、全廃し、破壊し、べつのものを再建するという、われわれの悲願を証言している」とのこと。要チェックです。


interview with Wu-Lu - ele-king

 強烈な新人の登場だ。
 まずは “South” を聴いてみてほしい。グランジのようにも民俗音楽のようにも聞こえるギターとさりげないダブ処理に導かれ、コーラスではメタルのグラウルが炸裂、客演のレックス・アモーによる流水のごときラップがしんがりをつとめている。サウンドだけでじゅうぶんすぎるインパクトを与えるこの曲は、「ボトルの散らばったボロボロの団地の生まれさ」「高額過ぎて変わらざるを得なかった/家賃が高いんだ」と、明確にジェントリフィケイション(街の高級化)とそれがもたらすコミュニティの破壊をテーマにしている。MVも印象的だ。団地を練り歩く彼と仲間たち、そこへつぎつぎと差し挟まれるブラック・ライヴズ・マターの抗議者たちの写真。資本主義と人種差別、それらが別物ではないことを彼は見抜き、怒っている。プロテスト・ミュージック──と言うと古臭く感じられるかもしれないが、それはいまもこうして更新され受け継がれているのだ。
 男の名はマイルス・ロマンス・ホップクラフト。またの名をウー・ルー。彼はどこから来たのか?

 生まれはロンドン南部のブリクストン。アフロ・カリブ系の多く暮らす街だ。父は白人トランペット奏者で、母は黒人ダンサーだった。DJシャドウゴリラズ、ヒップホップDJのドキュメンタリー映画『Scratch』、母が職場から持ち帰ってきたトランスやジャングルのレコードなどから影響を受けつつ、初期〈DMZ〉のパーティに参加しマーラ&コーキを体験してもいる彼は、他方でスケボーゲームのサントラを介しラップ・メタルやポップ・パンクに入れこんでもいる。
 おもしろいのは、この雑食的プロデューサーがまずロンドンのジャズ・シーンとの関わりのなかから頭角を現してきたところだろう。2010年代後半、彼はLAビート以降の感覚を表現するトラックメイカーとしていくつかのEPを制作するかたわら、オスカー・ジェロームジョー・アーモン・ジョーンズヌバイア・ガルシアやザラ・マクファーレンといった音楽家たちとコラボを重ねている。
 一方でウー・ルーは10代のころに出会ったドラマーのモーガン・シンプソン(今回も “Times” に参加)を通じ、早くからブラック・ミディともつながりを持ってきた。ジャズ・シーンとインディ・シーン双方を股にかけることのできるアーティストはそう多くないだろう。ストレートに抗議の音楽を発信するウー・ルーとあえて政治性を匂わせないブラック・ミディが接点を有していたことも、文化的観点から見て興味深い。

 満を持して送り出されたファースト・アルバム『Loggerhead』は、それら複雑なウー・ルーの背景すべてが凝縮された作品になっている。ヒップホップ、ダブ、ジャズ、パンク、メタル、グランジが混然一体となったその音楽性は、一見ネット時代にありがちな「なんでもあり」の典型のように映るかもしれない。しかし彼のサウンドには不思議な一貫性が感じられる。アルバム全体を覆うラフでざらついた触感と、けっして軽いとは言えない諸テーマのおかげだろう。リリックが重要な作品でもあるのでぜひ対訳つきの日本盤で聴いてもらいたいが、たとえば “Calo Paste” は貧困問題を、“Blame” は人種差別問題を、“Times” はメンタルの問題(=社会の問題)を、“Broken Homes” は崩壊した家庭の問題を、みごとなアートとして表現している。
 昨日ボリス・ジョンソンの辞意表明が話題になったばかりだけれど、コミュニティに生きる人間として強者ではない立場から世を眺め、激しくも冷静さを忘れない音楽をプレゼントするウー・ルーの『Loggerhead』は、脈々とつづいてきたプロテスト・ミュージックの最新型として、世界が変わることを望んでいる。
 じつはちょうどこの記事の公開準備を進めている最中に安倍元首相被弾のニュースが、そしてたったいま訃報が飛びこんできた。銃撃の場面を模したアートワークはあまりにタイムリーなものとなってしまったが、むろんこれは意図としては逆で、警察などが弱者を襲うシーンだろう。いずれにせよ、混迷をきわめるこの世界のなかで変革を諦めようとしない本作は、いちるの希望として鳴り響くにちがいない。


Scrambled Tricks

頭がおかしくなりそうだった。「なんなんだ、これは!」って。それで彼(DJシャドウ)がドラムも叩いてスクラッチもやってキーボードも弾くマルチ奏者だとわかって、「これだ、自分もこれをやる」、これをやらなければならないんだと思ったわけさ。

サウンドクラウドのもっとも古いポストは2014年の “See You Again” ですが、音楽をはじめたのはいつからで、そのときはどのような活動をしていたのでしょう?

マイルス・ロマンス・ホップクラフト(Miles Romans Hopcraft、以下MRH):いつだったかなぁ……11とか12くらい? トランペットを吹いてたよ。父親がトランペット奏者だったから、この楽器がいいかなと思って。それでうまくなって双子の兄弟と父が参加していたスカのバンドで演奏したり。それで自分でビートつくったりしはじめたのが14、15歳くらい。父にどうやって音楽を録音しているのか訊いて、それで Reason で音楽をつくりはじめたのが2000年初期、2003年、04年くらい。友だちのレミってやつとダニエルってやつと Matted Sounds っていうグループを組んで、トリップホップっぽいダブステップっぽい感じのことをやっていた。それからDJに興味が出て、ターンテーブル、ジャングル、ヒップホップにどっぷりハマって。スクラッチとかね。それからサンプリングってものを知って、DJシャドウがたんなるDJではなくてじつはプロデューサーだということを知ったんだ。MPCを使っているとか。そのころの俺は「MPCってなに」状態で、すぐにプロデューサーにはならず、兄弟でバンドをやったりしてたんだよ。だから頭の片隅にDJのことがありつつ、父と兄弟でライヴをやっていて、それがフュージョンして、ある時点でひとつのものになった感じかな。

初めて世に発表したまとまった長さを持つ作品は、2015年のミックステープ「GINGA」で合っていますか?

MRH:そう。それまでつくってきたいろんなものを融合させながら、音楽的に自分がどの辺に存在したいのかを確かめようとしていたというか。たんにヒップホップのビートをつくってラッパーに提供したり、ダブステップのビートをDJ用につくるだけじゃないなっていうのは思っていて。当時は DJ Mileage って名前でダブステップをやっていて、MCにトラックをつくったりしてたんだけどさ。というか(「GINGA」以前も)ヘクターって連れと Monster Playground 名義でリミックスを出したりしていて。だから「GINGA」は俺が名前をウー・ルーに変える前にやっていたことを融合させた、初のオフィシャルなウー・ルー作品。自分にとっての契機になったと思う。ゴリラズのファースト・アルバムがブラーのシンガーにとってターニング・ポイントになったのと似たような意味で。自分がやらなきゃいけないのはこれだと思ったんだ。

反響はどうでしたか?

MRH:よかったよ。けっこうすぐ完売した。あのテープを心から信じてくれた友だちもいて、発表の仕方を一緒に考えてくれた友だちもいた。自分としてはただテープをつくって棚に並べて、さあどうなるかやってみようって感じだったけどね。そしたら、すごくいいと言ってくれるひとたちがいたんだ。これはなにかがちがう、トリップホップでもないしジャズとも言えないしっていう、あえて言うならば当時のシーンのフィーリングがあらわされているもの、という位置づけだった。とにかくかなり好評だったね。あれがきっかけで道が開かれたわけだから、もしかして自分がやったことのなかであれがいちばんいいことだったのかもしれない。自分としても、ジャンル分けできないっていうのはいいことだと思った。聴いたひとそれぞれが好きなように俺の音楽を解釈するようになったんだ。

モーガン(・シンプソン)を通じてブラック・ミディの他のメンバーとも会って、ある意味弟と兄みたいな感じでアドヴァイスしたり、キャリア初期に彼と出会えて美しい関係が築けたことを本当に嬉しく思っているんだ。

2018年にはオスカー・ジェロームのEP「Where Are Your Branches?」をプロデュースしています。同年のご自身のEP「N.A.I.S.」にはジョー・アーモン・ジョーンズが、翌2019年の「S.U.F.O.S.」にはヌバイア・ガルシアが参加していました。2020年にはザラ・マクファーレンのアルバム『Songs Of An Unknown Tongue』をプロデュースしています。モーゼス・ボイドとも友人なのですよね? サウス・ロンドンのジャズ・シーンと関係が深いように映りますが、そのシーンにはどのようなシンパシーを抱いていますか?

MRH:すごくおもしろいのは、いまあがった音楽の多くは、リリースされた時期は言ったとおりなんだけど、たとえばヌバイアが参加した曲はじつは2017年に録ったものだったりと、つくられた時期は前後してて。というのもみんな近所に住んでいたからね。ブリクストンとかあの周辺。だからある意味自然とそういうことが起こったんだ。モーゼスとは Steve Reid Foundation がきっかけで会って、しかも当時俺が関わっていたスタジオの超近所に彼が住んでいたり。オスカーとジョーは SumoChief ってバンドをやっていて、俺が SoulJam ナイトでDJしてるときに来ていたり。本当にごく自然に、ジョーがたまたまそこにいて、この曲気に入ったならちょっとキーボード弾いてくれないか? とか。ヌバイアのときもその日にひょっこり来て、曲をかけたらすごく好きだって言ってくれて、ワンテイクだけサックスを吹いてくれて。いま言ったひとたちはみんなおなじ勝ち方を目指していたんだよ。つまり互いに助けあって、みんななにかしらポジティヴなことをやろうとしているだけなんだ。

先ほどDJシャドウの名前があがりましたが、あなたがもっとも影響を受けたアルバムは彼の『Endtroducing...』ですか? 同作のどのような点があなたを突き動かしたのでしょう?

MRH:ちょうどここに来るまでの移動中も聴いていたよ。べつにこの作品を最初から最後まで通しで聴いて影響を受けたってことじゃないんだ。当時はCDなんて贅沢なもんは持ってなかったから。友だちからもらったMDとかMP3とかを断片的に聴いてただけだった。まず『SCRATCH』って映画を観たんだよ、98年とかそのくらいだったかな。俺はもう夢中で観て、そこに彼も出ていた。ほかにもDJキューバートとかマッドリブとかミックス・マスター・マイクとかビースティ・ボーイズ、カット・ケミストなんかも出てて。それで彼が画面に映ってレコードをディグる話とかをしている後ろで曲がかかってて。その曲がかかった途端、畏敬の念を抱いて「これすげえ」となりながら、彼が制作過程とか精神面の話とかをするのを聞いていて。それで彼がつくった “Dark Days” って曲の話になって、「ん? つくった? このひとただのDJじゃないのか」と思って。それで後日友だちが “Midnight In A Perfect World” を聴かせてくれて、「そう、この曲だ、ヴィデオを観たときにかかってたやつ」ってなって。そしたら友だちが「じゃあ “Building Steam With A Grain Of Salt” は聴いたことあるか?」と言いつつべつの曲をかけてくれて、もう俺は頭がおかしくなりそうだった。「なんなんだ、これは!」って。それで彼がドラムも叩いてスクラッチもやってキーボードも弾くマルチ奏者だとわかって、「これだ、自分もこれをやる」、これをやらなければならないんだと思ったわけさ。

他方でニルヴァーナやコーン、ザ・オフスプリング、リンプ・ビズキットやスリップノット、ブリンク182といったグランジ、メタル、ポップ・パンクもよく聴いたそうですね。それらメジャーなロック・ミュージックの、どういったところに惹かれたのですか?

MRH:その辺は、基本的にスケートボードとセットみたいな感じだったね。昔よく「お前は何者だ?」って聞かれて最初はなんて答えればいいかわからなかったけど、そのうち「俺はグランジャーだ」となったんだよ。好きだったのは、情熱の部分というか、エモーショナルな曲が大好きで、特にザ・オフスプリングは速いから好きで、なにかムカつくことがあったら大音量でかけて部屋で発散したりさ。あとスケートボードってところで『トニー・ホークス プロスケーター2』(2001年に発売されたヴィデオ・ゲーム)の音楽もあったし(サウンドトラックはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやバッド・レリジョンなどを収録)。友だちのレミはパンク系がそうでもなかったけどスケートボードは好きだったから、彼からはヒップホップ面で影響を受けたよ。長いドレッドでストライプのTシャツ着てたり、当時彼はルーツ・マヌーヴァとかレゲエが好きだったんだけどさ。ゴリラズも彼に教えてもらったんだよ。というか正確に言うと、あのアルバムの “Clint Eastwood” 以外の曲を教えてもらったんだ、俺はひたすら “Clint Eastwood” を聴いてたから。それで俺の頭にスケートボードとそういった音楽の組み合わせもインプットされたというね。


Blame / Ten

もう我慢の限界だっていうことを言っているんだ。ブリクストンは本来カリブ人の地域で、そのアフリカ系カリブ人コミュニティが地域を支え、発展させてきたことは否定できない。それなのにデヴェロッパーが来て地域を占領して、こじゃれた店ができてもともといたひとたちは住めなくなって。

『Loggerhead』にはヒップホップやダブなどさまざまな要素がミックスされていますが、やはりロックの比重がかなり大きいように感じました。あなた自身の表現を展開するうえで、仮にロック・ミュージックの手法がもっとも適しているのだとしたら、それはなぜでしょう?

MRH:いちばんまとまっていると感じた曲を選んだらそうなったという感じかな。もっとリラックスしていたり静かな曲もあったんだけどね。ここ3、4、5年くらいのサウンドにたいするアプローチがそうなってたかもしれない。自分のなかでどんどん強くなってきたというか、ほとんど一周まわった感じもする。メタルっぽい、グランジっぽいサウンドへ戻りつつ、ドリルとかジャングルな感じもあって。でもたぶん日記を書くようなものだよ。つくったときの自分がどういうところにいたかっていうことを示している。でもすでにいまの自分はそこから先に進んでいるけどね。つねに発展しつづけていて、その自分自身に追いつこうとしているんだよ。

“Times” にはブラック・ミディのモーガン・シンプソンが参加しています。彼とは「S.U.F.O.S.」でもコラボしていましたが、彼とはどのように知りあったのですか?

MRH:〈MIC〉っていうインディペンデントのドープなレーベルをやってるニコールを通して知りあったんだ。あるとき彼女から連絡があって、「今度ユース・プロジェクトをやることになって何人かでジャム・セッションをやるから参加してほしい」って誘われて、それで行ってみたら、「近所に住むモーガンって子もあなたたちに会ったら喜ぶんじゃないかと思って誘った」と言うわけ。それで彼がドラムに飛び乗って叩いたら、おお……スゲーのが来たなと。たぶんまだ17歳とか、19歳とか、覚えてないけど、とにかく若かったんだよ。それで「彼はブラック・ミディっていうバンドをやってるからチェックしてみて」とニコールが教えてくれて。その時点で俺はまったく知識がなくて、でも名前からして全員黒人でキーボードでファンクとか弾いてるんだろうと思った。それから少し経って弟がブラック・ミディのことを話しはじめて、だから「俺そのバンドのドラマーと会ったよ」ってなって。それで俺のバンドって入れ替わりが激しくて、基本的には俺が音楽をつくっていろんなひとがセッション・プレイヤー的な感じで出たり入ったりするという感じなんだよ。だからモーガンにもギグでドラム叩かないかと声をかけて実際何度かギグをやって。彼はとんでもなく、笑っちゃうくらい最高だった。そのあとも「スタジオで一緒にビートつくろう」って誘って、彼がドラムで俺がギターで延々とジャムったりね。それで短期間で親しくなって、モーガンを通じてブラック・ミディの他のメンバーとも会って、ある意味弟と兄みたいな感じでアドヴァイスしたり、キャリア初期に彼と出会えて美しい関係が築けたことを本当に嬉しく思っているんだ。

ブラック・ミディ、あるいはほかのサウス・ロンドンのインディ・バンドたちに共感する部分はありますか?

MRH:もちろん。100%ある。ジョーやヌバイアやモーゼスとも同じだよ。ノアの方舟というか、もし俺が勝つとしたら全員勝つんだって思ってるから。それも今作でいろんなひとをフィーチャーしている理由なんだ。自分ひとりでつくることも可能だったけど、でも俺がどういうひとたちと一緒に音楽をつくっているのか世界に知ってほしかったんだよね。

「Wu-Lu」という名前は、エチオピアで話されているアムハラ語で「水」を意味する「ウー・ハー(wu-ha)」をもじったものだそうですね。なぜそのことばを選んだのでしょう?

MRH:だいぶ若いころだけど、ラスタファリにハマってたんだ。それでアムハラ語を勉強しようと考えて、まず自分の感覚をあらわすことばを覚えようと思った。それで水ってなんて言うんだろうとなって。水はひとに潤いを与えてくれて、流動的で、エモーショナルで、どんな形にもなって、割れ目から浸透していくという。自分がやることすべてにおいてこうなりたいと思ったんだ。そしてこの「wu-ha」ということばを見つけた。それで、「wu-ha」もいいけどなんかバスタ・ライムスの「Woo hah woo hah」言ってるやつ(“Woo Hah!! Got You All In Check”)みたいだなと思って、絶対イジってくるやつがいるだろうから嫌だなと。それで「Lu」に変えたんだ、そっちのほうが流れる感じがあるから。さらにあとから聞いた話によると、どうも「wulu」って中国の詩のことでもあるみたい。まあそれは由来ではなくて、正直自分では新たにことばをつくったと思ってたけどね。

アルバム・タイトルはアカウミガメ(Loggerhead turtle)が由来で、ひとりきりで海に浮かんでいるイメージを思い浮かべたそうですね。“Night Pill” も「俺は分離されている」という一節からはじまります。この孤独感は、社会や制度の問題に起因するものですか?

MRH:そのことばにはふたつの意味があるんだ。タイトルを考えていたときに、あるひとと意見の対立について話していて。そのひといわく、対立(「at loggerheads」というイディオム)はなくならないと。それでこのアルバムを考えたときに、けっこう自分が「俺の考えはこうだ。だれにも文句は言わせねえ」みたいに遠慮なく言っていると思って。でもそういう考え方って孤立しやすかったりもする。もしだれも賛同してくれなかったらじっさいひとりきりだよね。だからもともとは「at loggerheads」というイディオムが由来だけど、このことばをググってみたらカメのことがわかった。それで、これはすごくコンセプチュアルでいいかもしれないと。つまり一匹の大きなウミガメが紺碧の海を泳いでいるという。海や水が出てくる歌詞もあるしね。そういう部分にも引っかけてるんだ。

大きな注目を集めた “South” の歌詞はジェントリフィケイションを扱っていますが、MVはブラック・ライヴズ・マターのプロテストとリンクしています。この曲は、階級格差と人種差別が結びついていることをほのめかしているのでしょうか?

MRH:それはつねにあるというか、あの歌詞はBLMの時期に書いたものではないけど、明らかにクロスオーヴァーする。文化を通じて多くのものを与えてくれた地域や人びと、状況が、もう我慢の限界だっていうことを言っているんだ。ブリクストンは本来カリブ人の地域で、そのアフリカ系カリブ人コミュニティが地域を支え、発展させてきたことは否定できない。それなのにデヴェロッパーが来て地域を占領して、こじゃれた店ができてもともといたひとたちは住めなくなって。地域の変化はもう歴然としていた。それは本当にふざけるなだし、だから “South” はみんながもう我慢できないという時期だったんだ。イギリスには依然として不平等があるし、BLMにも通じるものがあるんだよ。

ウー・ルーの音楽にはロウファイさがあり、ひずみもあります。それはクリアでハイファイであること、いわば音のジェントリフィケイションにたいする反抗ですよね?

MRH:自分にとってはアナログなものってエモーショナルなんだよね。居心地がよくて、レコードを聴いている感覚を思い出させてくれるというか、音楽にハグされている気分になるというか。俺はスマホで育った世代じゃないし、部屋でレコード盤やCDをデカいコンポで聴いたり。ひずみでちょっとザラつくと感情が高まるんだ。


Broken Homes

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972