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Horse Lords

ExperimentalMath RockMinimal

Horse Lords

Comradely Objects

RVNG Intl./PLANCHA

Amazon

野田努 Dec 02,2022 UP
E王

 ロックを聴かないロック・バンドもどきのバンド、ホース・ローズは、この10年間じょじょにその存在感を増し、そして今回の〈RVNG Intl.〉からの通算5枚目のアルバムによって、それこそかつての——音楽的には同類ではないが——バトルズのようなもはや無視のできない存在になっている。
 あるいは、もっとわかりやすく90年代におけるトータスのようなバンドを思い浮かべることもできそう……ではあるが、あの時代のポスト・ロック勢とはアプローチが違う。彼らが現代音楽の要素をロックに落とし込んだのに対して、ホース・ローズのミニマリズムはアカデミーの外部から来ているし、そもそもロックに落とし込んですらいない。ロック・バンドのフリをしているが、ボルチモア出身の4人組が影響を受けているのは、ディスコやハウス・ミュージックであり、エレクトロニック・ミュージックであり、アフリカ音楽のミニマリズムであり、さもなければアメリカのバンジョー・スタイルのブルーグラスだったりする。しかもそれを、ただ感覚的に「いいね」しているのでもない。極めて理論的に、西欧音楽の限界の外側へといくための知恵として咀嚼している。抜け目ない連中なのだ。
 
 ディスコやハウス・ミュージック、アフリカ音楽のミニマリズムに影響を受けているということは、ホース・ローズの音楽には陶酔があるということだ。彼らの音楽を少しでも聴けば、しかしこの音楽が理論的で、楽曲には複雑な拍子記号が散りばめられていることがわかる。が、彼らの驚異的な演奏能力はリスナーの頭を混乱させるためにはない。思考をふっ飛ばす(相対化する)ためにある。つまりある種の恍惚状態で、ある意味CANのアップデート版であり、ときにはジャジューカやラ・モンテ・ヤングのようなトランス・ミュージックの変異体だったりもする。
 しかしながら非西欧の音楽の流用に関して、ホース・ローズはとくに慎重に考えている。ヴァンパイア・ウィークエンドを反面教師とし、白人がアフリカの音楽の表層を誇張することを回避するようかなり意識しているようだ。だから彼らは、わかりやすい「アフロ」はやっていない。
 アルバム冒頭の“Zero Degree Machine”におけるミニマリズムへのこだわりとその素晴らしく流動的な展開には非西欧的な音階が巧妙に配置され、トランスの精度を上げている。“Mess Mend”(この曲名は、資本主義支配に対抗する労働者の地下抵抗運動を描いた幻想文学に由来する)はハウス・ミュージックめいたピアノにはじまりながら、唐突に濃縮されたジャズ/ブルースの断片の雨あられとなる。変拍子にはじまる“May Brigad”ではサックスが暴れ、ディス・ヒートを圧縮したかのようなタイトな躍動を見せる。1949年に一種のユートピア共同体として設立されたポーランドの通り名を題名とした“Solidarity Avenue”なんていう曲もあるが、バンドがすでにアルバム・タイトルもってこの音楽を「同士たちの客体(Comradely Objects)」と手短に説明しているように、リスナーがこの音楽を介して好き勝手に仲良く感じればいいだけの話である。
 ドローンからはじまる10分あまりの“Law Of Movement”では、強度の高いリズムが挿入されるとURのエレクトロ・ファンクに接近しながら催眠的な境地に達し、クローサー・トラックの“Plain Hunt On Four”にいたっては言葉が音に追いつけないほど異次元のグルーヴを創出している。それを構成する音階もリズムも、そしてその空間も、本質的な意味でのエクスペリメンタル(実験/体験)であって、いや、もう何だこれはというか、舌を巻くしかないです。なんにせよ、ホース・ローズは過去の様式を参照しまくって再構成するバンドではなく、既存の音楽の歴史や本質を咀嚼し、まだ足を踏み入れられていない領域に足を上げているバンドなのだ。
 バンドは、(なかば冗談めいて)ハウス・ローズ名義でハウス・ミュージックをやるかもしれないそうだが、いや、ぜひやっていただきたい。彼らはただ楽理を極めているのではなく、その研究心は哲学や社会学にもおよんでいる。彼らの特殊な音階も、『ワイアー』の記事によれば、歴史的12音階へのフェミニズム的批判の影響にもうながされているそうだ。まあ、本格的な知性派ということで。ちなみに、ホース・ローズはここ数年、地元の友人であるマトモスあるいはザ・ソフト・ピンク・トゥルースの諸作に参加している。

野田努