ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns ♯6:ファッション・リーダーとしてのパティ・スミスとマイルス・デイヴィス
  2. valknee - Ordinary | バルニー
  3. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  4. 酒井隆史(責任編集) - グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む──人類史と文明の新たなヴィジョン
  5. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  8. KARAN! & TToten ──最新のブラジリアン・ダンス・サウンドを世界に届ける音楽家たちによる、初のジャパン・ツアーが開催、全公演をバイレファンキかけ子がサポート
  9. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  10. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  11. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  12. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  13. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  14. 『成功したオタク』 -
  15. Kamasi Washington ──カマシ・ワシントン6年ぶりのニュー・アルバムにアンドレ3000、ジョージ・クリントン、サンダーキャットら
  16. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  17. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  18. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  19. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Album Reviews > Bruno Major- To Let A Good Thing Die

Bruno Major

FolkPopSoul

Bruno Major

To Let A Good Thing Die

July / ビート

Amazon

小川充   Aug 25,2020 UP

 コロナ禍によってミュージシャンの活動もいろいろ制限を受け、それによって音楽制作や表現方法も変わらざるをえない部分がある。ロックダウン下にあるときはスタジオに行くこともできないし、人と会うこともままならないので、自宅にスタジオがある人はひたすらそこに籠ってひとりで曲を作る。ブルーノ・メジャーのセカンド・アルバム『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ(素敵なことを終わらせるために)』の1曲目の “オールド・ソウル” は、恋人と別れた直後に自己憐憫の情から3週間も家にこもり、一日3食すべてウーバーイーツで済ませるときのための曲ということだが、図らずもコロナの状況下にとてもマッチする内省的な曲である。この曲に限らず『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に収められた曲はどれも内向きで、またギターやピアノの弾き語りなどシンプルな演奏に乗せて切々と飾り気のない心情を吐露していくものが多い。もちろんラヴ・ソングとかもあるけれど、もっとシリアスに自分の内面に向き合い、己の存在について問いかけているのが『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』である。こうしたアプローチもコロナの状況下ならではかもしれない。

 ジェイムズ・ブレイク、サム・スミス、サンファトム・ミッシュなど、ここ10年ほどを振り返ってもイギリスは優れた男性シンガー・ソングライターを生み出してきた。そしていま、その新たな1ページに付け加えられようとしているのがブルーノ・メジャーである。かつて〈ヴァージン〉とレコード契約を結ぶもののうまくいかず、不遇を囲うなかでシェイクスピアの劇中音楽を作るなど、とにかく曲を書きまくった。2016年からの2年間で400ほどの曲を書いたそうだが、そうやって2018年にファースト・アルバムの『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』を発表する。部分的にはトム・ミッシュ、ジェイムズ・ブレイク、サム・スミスなどに通じるところも感じさせるというのが世間一般の評価だが、もっとも近いと感じさせるのは伝説的なシンガー・ソングライターの故ニック・ドレイクだろうか。『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』から2年ぶりの『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』でも、ギターの弾き語りに薄っすらとストリングスを絡めた “フィグメント・オブ・マインド” などにニック・ドレイクの影を見ることができる。実際のところニック・ドレイクの『ピンク・ムーン』を聴いてブルーノはソングライターになろうと思ったそうだ。

 『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』の制作はロサンゼルスに赴き、ビリー・アイリッシュの兄でもあるプロデューサーのフィネアス・オコネルとの共同作業で行なわれた。フィネアスが主にリズム・トラックを手掛け、“ザ・モスト・ビューティフル・シング” のようなカントリー調の曲を生み出している。アコースティック・サウンドと歌とリズムのバランスという点では、“タペストリー” に顕著なようにジェイムズ・ブレイクのプロダクションに影響を受けた曲作りも見られる。でもそれだけでなく、シンガーとしてはチェット・ベイカーやエラ・フィッツジェラルドから、ギターはジョー・パスからとジャズ・ミュージシャンからも影響を受けている。アマチュア時代はジェローム・カーンやコール・ポーターら往年のジャズの作曲家をいろいろ研究し、それを現代風に再構築して SoundCloud にアップするということもやっていた。今回のアルバムでは “リージェント・パーク” がまさにそうした作りの曲で、歌い方もチェット・ベイカー風である。プーマ・ブルーやジェイミー・アイザックなど、いまのサウス・ロンドンのアーティストはチェット・ベイカーの影響を受けている人が多いのだが、“オールド・ファッションド” のレトロで枯れた味わいもまさにそんな感じである。

 ブルーノはほかにもランディ・ニューマン、ビリー・ジョエル、ポール・サイモンからの影響を口にしていて、今回はランディ・ニューマンの “シー・チューズ・ミー” をカヴァーしている。2017年発表のアルバム『ダーク・マター』に収録された曲のカヴァーで、本家ランディのスタンダードなアレンジをモダンに換骨奪胎したユニークなものだ。レトロさと現代性をうまく融合させて新しいものを作るという点では、FKJ あたりとも比較されるべき才能を持っている。『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に関するインタヴューでブルーノは、「マーティン・スコセッシ監督の映画『ディパーテッド』の冒頭で、ジャック・ニコルソンの “I don't want to be a product of my environment. I want my environment to be a product of me” (俺は環境に左右されたくない。環境を俺の手で生み出したいんだ)という台詞がある。まさに真理とも言える言葉で、ひとつの音楽だけでなく、自分が影響を受けてきたすべてのものをインスピレーションにしながら、自分自身の環境、音楽を作り出すことが大事だと思うんだ」と述べている。ジャズ・スタンダードや古典的なポピュラー・ソングなどベーシックな作曲方法を土台とした上で、いろいろな影響を糧に自身の歌や声を編み出していく、そんな彼らしい発言だ。レトロななかにもモダンな佇まいを感じさせる、そんなタイムレスさがブルーノ・メジャーの音楽にはある。

小川充