Home > Reviews > Album Reviews > The Field- Infinite Moment
マイナー・チェンジというとパッとしない印象がするのはどうしてだろう。だがスウェーデンのザ・フィールドことアクセル・ウィルナーは、少しずつ少しずつ変化を重ねることでサウンドを多面的なものにしてきた。簡単に気づかれないような変化をアルバムごとに織り交ぜる奥ゆかしいやり方はミニマルの美学とも通じているだろうし、彼のザ・フィールドにおけるコンセプトそのもののように思われる。シューゲイズ・テクノという呼称とともに世界的な評価を受けたデビュー・アルバム『フロム・ヒア・ウィ・ゴー・サブライム』辺りで印象が止まっているひとは、ぜひこの6枚めとなる『インフィニット・モーメント』を聴いてみてほしいと思う。「サブライム」という言葉に象徴されるような単純なカタルシスが影を潜めている代わりに、複雑な快楽のありようが張り巡らされていることに気づくだろう。
このアルバムを何度か聴いて、僕は発表順にアルバムを遡って聴いてみるということをやってみた。すると、本当にちょっとずつではあるが、しかし確実に段階的にシンプルになっていくのである。これはほんのり予想していたとはいえ驚きだった。というのは、そのことはサウンドだけでなく、構成や音色、そして何より感情面においても言えるからである。そのなかで際立っているのはジャケットの色を黒に変えた4枚め『キューピッズ・ヘッド』のリズムの冒険で、大まかに言えばウィルナーのキャリアはこれ以前と以降に分けられるだろう。それ以前のザ・フィールドの音のキャラクター――高揚感、メランコリー、温かみ、叙情性といったものは、いま聴くととても素朴だ。
『インフィニット・モーメント』は前作『ザ・フォロワー』の終盤を引き継ぐようにアンビエントで幕を開ける。ザラついて冷たい長音と重々しい低音が重ねられ、イーブン・キックが入ると次第にビルドアップしていく。そのオープニング・トラック“Made Of Steel. Made Of Stone”はゆったりとしたテンポをキープしながら、仄かにダークなトーンを貫きながら終わる。なにやら不穏な導入だ。続く“Divide Now”は丸みのあるシンセ音のループがグルーヴィーなベースラインに乗ってドライヴするザ・フィールドらしいトラックだが、簡単に快楽の出口を聴き手に与えないまま、抽象的に崩されたドラムンベース風のスネアの打音や微妙に圧迫的なハイハットの連打で入り組んだ構成を取る。音の感触はオーガニックだが、多くの場合でかすかにノイズを含んでおり、ザ・フィールドを特徴づけてきたメロディアスなヴォイス・サンプルのループは厚みのあるシンセ・サウンドの奥のほうでさりげなく導入される(“Hear Your Voice”)。
こうしたデリケートで複雑な音像は、ウィルナーなりに混乱を深めていく世相を反映させたものなのかもしれない……と言うと邪推だろうか。が、「左のもの、右のもの、正しいもの、間違っているもの」という示唆的なタイトルを持つ“Something Left, Something Right, Something Wrong”(ここでの「Right」はおそらく「右」と「正しい」のダブル・ミーニングだ)のシャリシャリとしたノイズの後方に漂うサイケデリアは、ただ心地よく浸るには幾分不安感を伴っている。ミニマル・テクノ、シューゲイズという初期からの要素はいまも担保されているが、アンビエントやノイズが繊細に配合されているいまのウィルナーのトラック群は、簡単に気持ちよくなれない現代のわたしたちの耳に奇妙に馴染む。〈KOMPAKT〉のレーベル・メイトであるGASのここ2作『Narkopop』、『Rausch』辺りと並べて聴いてもいいかもしれない。恐れや不安が混ざりこんだ安らぎがある。
わたしたちはもう、素朴さを簡単に取り戻すことはできない。さりげない変化を続けた結果、かつて透明感に溢れていたザ・フィールドのテクノ・ミュージックはいまや、迷宮のように入り組んだものとなった。そこでは希望とメランコリーがせめぎ合い、どちらかの極に振れることはない……おそらく、もう二度と。だがだからこそ、“Who Goes There”のじわじわと効いてくる反復は単純に抜け出せない深い快楽を与えてくれるのである。
僕なりに意訳すれば、『インフィニット・モーメント』とは「一瞬の永遠」だ。二度と帰ってこないその一瞬に意識と身体を預けること。永劫回帰。メビウスの環。リーインカーネーション。すべては繰り返しているようで、すべての瞬間が違っている。ザ・フィールドの反復の哲学を凝縮したようなタイトル・トラック“Infinite Moment”のダウンテンポ・ループは、変わり続けていく瞬間と取り戻せない時間の流れ、その抗えない真実に対する降伏と祝福のように聞こえる。
木津毅