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坂本麻里子   Mar 15,2017 UP
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 グラマラスなファンタジーや甘美な逃避、あるいは癒される家庭料理のような音楽が人気の現イギリスにおいて、苦く塩辛く喉にイガイガ引っかかる、容赦なく辛辣で露悪でノイジー、しかもコミカルな地声で気を吐くユニークなアクトのひとつであるノッティンガム発のデュオ:スリーフォード・モッズ。それをパンクと呼ぶ人間もいるし、ポエトリー(ジョン・クーパー・クラーク)とUKヒップホップ(ザ・ストリーツ)の融合と称する者もいる。いわゆる「ロック・セレブ」のなかでSMファンを探せば、イギー・ポップとスティーヴ・アルビニというタフな面々が名乗りをあげている。
 逆に言えば浮いているということで、政治家から単調な仕事、ヒップスターにロック・スターまでモダン・ライフにこびりついたクソを容赦なく指摘しディスるゆえに一種の「鬼っ子」として煙たがられているフシもある。そんな彼ら──2005年にジェイソン・ウィリアムソンの宅録ソロとして始まり、試行錯誤の末にジェイソン(ヴォイス)&アンドリュー・ファーン(ビート)のデュオ体制を確立──がプロパーなスタジオ・アルバムとしては4枚目になる本作『イングリッシュ・タパス』(自主制作でネットやCD-R流通の初期作品まで含めれば9th)にまで漕ぎ着けたことに、それだけでも一種の感慨を抱いてしまう。
 「漕ぎ着けた」なんて、大袈裟な……と笑う人もいるかもしれない。だが、彼らに最初のブレイクをもたらした『オースティリティ・ドッグス』(2013年)をリリースした〈Harbinger Sound〉は、地元ノッティンガムの市バス運転手という「表」の仕事のかたわら、スティーヴ・アンダーウッド(SMのマネージャーも兼任)が自宅を拠点にしこしこ運営してきたDIYレーベル。それを思えば、どこまでもローカルでパーソナルな声が、「ポップ」あるいは「ラジオ向けのヒット」という意匠にすり寄ったり持ち味を中和することなく全国区に届いた、これは稀な例のひとつと言っていいと思う。
 ちなみにイギリスにおける『ET』の全英チャート成績を見ると、前作『キー・マーケッツ』(2015年)よりも1ランク下がった初登場12位という結果になった。ストリームやYoutube再生回数といったバブルも「売り上げ」として換算されカウントされる現在のUKチャートに、おそらくスリーフォード・モッズ側もさほど執着はないのだろうと思う。しかし上昇し続ける人気と注目度に反して今作での初のトップ10入りを逃したのは、おそらく同じ週に発売されたエド・シーランの新作『÷』とそのマッシヴな波状効果(おかげでシーランの過去2枚もアルバム・チャートのトップ5に返り咲いている)の影響だ。シーランが世界的なポップ・スターであるのを考えれば、当然の話かもしれない。とはいえ、人畜無害を絵に描いたようなシーランとその巨大なファン層=静かなる多数派が、スリーフォード・モッズという異分子を安々と押しつぶした──いまのイギリスを象徴する構図だよなあ、などとつい深読みしたくもなる。
 アルバムに話を戻そう:〈ラフ・トレード〉移籍第1弾として昨年発表された、いわば「予告編」に当たるEP『T.C.R.』の表題曲はベース・ラインにニュー・オーダーやザ・キュアーが思い浮かぶ「インディ・ポップ」とすら呼んでいい作風だった。彼らにとっては新境地であり、この飄々とした自嘲トーンがアルバムを方向付けるのか? と思ってもいた。しかし『ET』は、『キー・マーケッツ』でのサウンド&音楽面でのストイックさを押し進め、歌詞も歌い手の外側だけではなく内側にも広がる闇を飲み下し凝縮したものへとシフト・チェンジしている。彼らの進み方は「三歩進んで二歩下がる」型だと思っているが、これまででもっともタイトでフォーカスの絞れた成長作であると同時に、ビターでダウナーな余韻を残す1枚にもなっている。 
 過去のアルバムのように「イントロ」的なオープニング・トラックで軟着陸するのではなく、のっけから本編に突入=“アーミー・ナイツ”の乾いたスパルタ・ビートがムチのようにうなる展開にも変化は感じる。この曲も含めた冒頭3曲は、小気味良くシンプルなビートといいシンガロングしやすいコーラスやポゴ誘導型シャウトといい、いわば「王道なSM節」を性急にたたみかける。リリックにしても、過剰にシビアなジム文化を軍隊教練に重ねる①、成功を妬むイギリス人気質を自らも含めてクサしノスタルジアを断罪する②、ポスト・トゥルース時代を嘆くごとき③と、リアリティをスパッと切り取る観察眼とそこに皮肉なコメディを見出す筆舌は健在だ。
 だが、ここから先の展開こそ意外でスリリングだと思う。作品中盤〜後半にも、軽快なビートが引っ張る掴みの良い楽曲はいくつか含まれている。とはいえ、ミッド・テンポ〜スローな“メッシー・エニウェア”、“タイム・サンズ”、“ドレイトン・マナード”、“カドリー”、“B.H.S.”、“アイ・フィール・ソー・ロング”といったいわゆる地味めなトラックの堂々巡りに円環するグルーヴやダビーな反響、そしてフィルム・ノワールを思わせる閉塞感は、本作にサイコソマティックな内省の絵も浮かび上がらせる。
 「うるせぇ! オレはパラノイアなんかじゃねぇよ!」のモノローグからはじまる“タイム・サンズ”は、しかし通勤という判で押されたルーティンを重〜い二日酔いを引きずりながらこなす苦痛と、それを癒すための酒のグラス(=時間が砂になって落ちていくガラスの砂時計もだぶる)という悪循環を見つめる視線がうそ寒い。「スパー(コンビニ・チェーン)への買い出しは火星へのトリップ気分」の傑作なコーラスに笑いつつもやがて泣けてくる“ドレイトン・マナード”には、ビールでもウィスキーでもドラッグでもなんでもいいからハイになり頭を空っぽにすることを求めるキャラが出てくる。彼は酔った勢いで破れかぶれになって“メッシー・エニウェア”のようにトラブルを起こし、夜が明けると共に訪れる後悔が“タイム・サンズ”のサイクルをまたはじめるのだろう
 その“ドレイトン・マナード”のヴァースには、「21歳だった頃、クラブで〝(酒やクスリで)無茶したってどうにかなるだろ? オレたちは実験用モルモットなんだし〟と笑っていた/でもいま気づいたのは:モルモットから成長できた連中はほんのわずかに過ぎなかったってこと」という箇所がある。現在46歳であるジェイソンにとって、若き日のケアフリーで「なんでも来い!」な無邪気さと、25年経っても社会の実験台あるいはハムスターのように回り車をカラコロ走り続ける自分の姿が本質的に同じであることを認めるのは、痛かったはずだ。

 本作は、なにも「おっさんの嘆き」が詰まった作品ではない。しかしジェイソンが音楽業界における年齢差別(彼が若いバンドをこきおろすと、「おっさんは黙れ!」、「嫉妬は醜い」等ケナされるらしい)をこぼしているように、中年男性はこういう風に案外もろくて、メンタル/アイデンティティ面で危機を抱えているのかも……という疑念は、自分の周囲からもよく感じてきた。子持ちで50歳を越えたいまもクスリ仲間とクラブに向かい、ヘロヘロになる「失われた週末」を繰り返すレイヴ系オヤジとか。生来のシャイさを克服すべく酒に空元気をもらい、しかし毎回度を越えて酔っぱらい単なる傍若無人な迷惑野郎に変身してしまう中年とか。20近い年齢差のある若く可愛いガールフレンドをゲットしたものの、彼女の感情的なアップ/ダウンの激しさやドラマに翻弄されケンカ沙汰が絶えない者とか。みんなよく体力が持つよな、と感心させられる。
 レクリエーションをどう過ごそうが当人の勝手だし、楽しいからやっている&最低限の節度を守っていれば結構。しかしそうした一見無茶な飲み方・食い方や懲りない振る舞い──「オレはまだイケてる、若い連中と張り合える」型のブラフと言ってもいい──には、ある種の悲壮感も漂う。イギリス人のなかにも「酒は百薬の長」とばかりに飲酒を「セルフ・メディケイション(自主服薬)」と称して言い訳する/正当化するフシはある。ただ、飲んでいたはずが飲まれていた、ストレス発散のはずがストレス発生源になっていた、というシャレにならない状況に陥りあれこれ苦悩する中年男性たちを見ていると、彼らの潜在意識には一種の地雷が内蔵されているのだろうか? とすら感じることがある。基本的にはその地雷を踏まないように動いているわけだが、でも、地雷があるのであれば──爆発をどこかで欲してしまう妙な衝動も生まれるだろう。
 過去の歌詞からも窺えるが、先だってのele-king取材でも、ジェイソンは若い頃に酒やドラッグといったエクセスにハマっていたことを話していた。去年から禁酒しているだけあって、改宗者の常である「バカだったよな、オレ」型の反省が取材の場でもつい顔を出してしまうようだ。が、それを聞いていてこの人はセルフ・メディケイションからセルフ・エデュケイションに移行したのだな、と感じた。ヤケになって地雷原に踏み込むこともできるが、地雷のメカニズムを知りその所在を割り出し、解体するか不発弾として終わらせることもできるのだ。面倒くさいが、彼は後者の道を選んだようだ。

 素面じゃ面白くないだろうとか、有名なラフ・トレード西店前での2014年のパフォーマンス映像──歌おうとした矢先に、マイクを乗っ取ろうとフラフラ寄って来たちょっとおかしい通行人を「失せろ!」とジェイソンが一喝──のように、剥き出しの怒りや苛立ちをブチまけるカタルシスがSMだ、という考え方もあるだろう。しかし、かつての彼らが映画『プレデター』の特殊部隊のように「見えない敵」やジャングルを相手にするフラストレーションから誰彼構わずペイントボールを発射していたのだとしたら、『ET』はエイリアンの恐ろしさを悟った『プレデター』の後半でのシュワルツェネッガーの姿勢=より正確に標的を選定し見定め、弾丸を無駄にせず的中させようとするサヴァイヴァーのマインドを感じさせる。そこに失意や疲労感が聞こえるとしたら、おそらく、酩酊やドーパミンに押されたマッチョな悪夢から醒めたところ、起きたら現実もまた悪夢だった……という認識があるゆえではないだろうか。

 “B.H.S.”という曲は、British Home Storeという名の88年の歴史を誇る庶民向けデパートが小売り業界の名うての富豪に買収劇のコマとして使われた末に潰れ、従業員たちの年金がパーになったスキャンダルを背景にしている。今朝、近所のショッピング・センター街に行く用事があったのでついでに見にいったところ、昨年9月に閉店したにも関わらずBHS旧店舗はまだテナントが見つからないまま、お店の立ち並ぶ通りにみっともない隙っ歯を作り出していた。
 この曲のコーラス部の「オレたちはBHSみたいに沈んでいく/いい身体をしたハゲタカみたいに業突く張りな連中に監視され、ついばまれながら(We're going down like B.H.S./While the abled bodied vultures monitor and pick at us)」というフレーズを聴くたび、「B.H.S.」が「N.H.S.(National Health Service:イギリスの国民保険サーヴィス)」にだぶってしまう。2012年のロンドン・オリンピック開会式で総合ディレクターを務めたダニー・ボイルは、第二次大戦後イギリス社会の最大の功績のひとつとしてNHS制度を讃える場面──おそらく、世界中のオリンピック観衆には意味不明なシークエンスだったと思うが──をわざわざ挿入した。そこから5年経ったいま、NHSは予算から人員からベッド数まで、様々な不足で危機に見舞われているという。本作のジャケットに映り込んだ空が真っ黒なのも、不思議はない。

 覚醒を経て戦略を少々変えたSMは、今後どうなるのだろう。本作のヒットによってイギリスにおいては人気の面での最初のピークを迎えたと言えるし、知名度の広がりに伴いコア・ファンだけではなくグレー・ゾーンの聴き手も増えてくるタイミング。実際、知人の友人には「四文字言葉で罵りまくっててすげえ。最高!」とSMにうっぷん晴らしを求めるだけのファンもいるというし(中学生じゃあるまいし)、ジェイソンが否定しているにも関わらず彼らに付いて回る「政治的なアクト」や「労働者階級の声」なるレッテルを作品そのものをちゃんと聴かないまま鵜吞みにし、SMのリアルさを問う声も出てくる(ストレート・エッジじゃあるまいし)。こうした状況に、イギリスにおいてオイ!パンクがたどったのに似た展開を想像できてしまうのには軽く目眩すら感じる(たぶん、筆者の杞憂ですが)。

 “ジョブシーカー”のコーラスを合唱し拳を突き上げ、“ツイート・ツイート・ツイート”のUKIP批判に溜飲を下げるのも、もちろんOK。が、モッシュの汗が拭われビールの泡が消え嗄れた喉の痛みが去った後も、本作に描かれる様々な闇は残る。ブレクシットも、トランプも、簡単には去らない。だったら、腹をくくって長期戦の準備をはじめるしかない──常にリアリストであり続けてきたSMにはその点が見えている。『ET』はいささか重いアルバムだが、それは嘘をついていない音楽だからだ。

坂本麻里子