Home > Reviews > Album Reviews > d'Eon / Grimes- Darkbloom EP
近年のポップ・カルチャーの主題にある種の精神疾患が入り込んでいるのは、音を喩えるさいに"フォビア(恐怖症)"という用語が加わったことからも察することができるけど、この音楽についてもその筋ではR&Bのアゴラフォビア(広場恐怖症)・ヴァージョンなんて形容するようだ。イギー・ポップの"デス・トリップ"(おまえと俺は落ちていく......)で歌われたようなロックのファンタジーから遠く離れた不安だが、しかもその歌メロはR&Bからきているようにポップなのだ。
まずは女性のほう、グライムスに関しては、先日最初のソロ・アルバムをロンドンの〈ロー・レコーディングス〉からライセンス・リリースしたばかりで、わが国でもチルウェイヴのリスナーを中心に話題になっている。4オクターブの声が出るように特訓を積んだというグライムス=クレア・ブーシェは、パンダ・ベアとアリシア・キーズからの影響を、ダフト・パンクを非情にも串刺しにしたようなエレクトロ・ポップのなかにミックスしている。ウィッチ・ハウスやヒプナゴジック・ポップないしはアンビエント・ポップの流れで紹介された彼女のそれは、パニック症候群になったドナ・サマーの風変わりなポップ・ダンスようで、これをIDM~コズミック・ディスコと追ってきたロンドンの〈ロー・レコーディングス〉が目を付けるという流れもまた、いま動いている変化を表していて面白い。
流れについては、ディオンの話も魅力的である。幼少期から音楽のトレーニングを積んできたモントリオール(いま、もっとも文化が白熱している街と言われている)の神童として名高いという彼は、学業を休み、チベット音楽を学ぶためにチベットの寺院で修業を積んで、帰国後はダニエル・ロパーティン(OPN)らとアンダーグラウンドの実験へと手を染めている。そして、OPNのチルウェイヴ・プロジェクト、ザ・ゲーム(あるいはハイプ・ウィリアムス)のリリースで知られるLAの〈ヒッポス・イン・タンクス〉からデビュー・アルバム『ペリナプシア』を昨年発表している。
本作『ダークブルームEP』は、そうした......チルウェイヴ以降の地下変動に関わっているカナダのふたりのキーパーソンによるスプリットである。片面がディオン、もう片面がグライムスで、ここには最新のシンセ・ポップに顕著なスタイルが凝縮されている。その青写真は80年代のエレクトロ・ポップにあり、両者ともにパンダ・ベア以降の声の重ね方、ロング・トーンのチョップド・ヴォイスとそのループを駆使しているが、ふたりの個性は出ている。ディオンはリズム・トラックに工夫を凝らし、グライムスはよりハーモニーに重点を置いている。とくにグライムスによる"ヴァネッサ"はベスト・トラックで、このキャッチーな曲を聴いていると彼女はひょっとしたらリッキ・リーと並んで新しいポップ・アイコンになれるかもしれないと思う。いっぽう、ディオンのほうは陶酔的な"サウザント・マイル・トレンチ"がとくに印象的だ。この人のクセのある歌声は好き嫌いが分かれるだろうが、いかにもチルウェイヴ的な陶酔は悪くない。
野田 努