「Nothing」と一致するもの

Mark Pritchard - ele-king

 ベース・ミュージックへの傾倒から一転し、穏やかで叙情性に満ちた美しいアルバム『Under The Sun』を作り上げたUKテクノのベテラン、マーク・プリチャード。その新たな作品『The Four Worlds』が3月23日にリリースされる。先行公開された“Come Let Us”のドローンとヴォイスを聴く限り、前作の路線を引き継ぎつつもまた新たな試みをおこなっているようである。はたして「4つの世界」とは何を意味するのか? 待て、しかして希望せよ。

MARK PRITCHARD

新作『THE FOUR WORLDS』3月23日リリース決定
新曲“WATCH COME LET US FEAT. GREGORY WHITEHEAD”公開
MVを手がけたのは気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダ

マーク・プリチャードが、トム・ヨークやビビオが参加した2016年のアルバム『Under The Sun』のサウンドをさらに追求した8曲入りの新たな作品集『The Four Worlds』を3月23日にリリース決定。アートワークを手がけた気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダによるミュージック・ビデオとともに、新曲“Come Let Us feat. Gregory Whitehead”が公開された。

Mark Pritchard - Come Let Us (feat. Gregory Whitehead)
https://youtu.be/Eq8uo6dv4Y4

label: Warp Records
artist: Mark Pritchard
title: The Four Worlds

iTunes: https://apple.co/2nPwaAg
Apple: https://apple.co/2nLw8do

Taylor Deupree - ele-king

 20年にわたり良質な電子音楽を上梓し続けてきたニューヨークのレーベル、〈12k〉。その主宰者にして自身も卓越したサウンド・アーティストであるテイラー・デュプリーが、ニュー・アルバム『Fallen』を2月25日に発売する。リリース元は、これまでも彼の作品を送り出してきた東京の〈SPEKK〉。来るべきその新作は、なんとピアノをメインに据えた作品になっているという(自身初の試みだそう)。これは楽しみ。

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきた〈12k〉主宰テイラー・デュプリーによる最新作〈SPEKK〉よりリリース!!

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきたテイラー・デュプリーによる最新作は、自身も初の試みというピアノを中心に添えた作品! タッチを抑えた鍵盤の音がうす暗い霧の中に消えていっては、新たな音が生成される輪廻転生のような世界観。永遠と鳴り響く、夢の果てのサウンド。

◆Taylor Deupree による作品概要

腰を落ち着けてアルバムを制作する際には、通常技術的なコンセプトと楽曲的なコンセプトを先に決め集中するための手助けとします。例えば楽器の音色を制限することだったり、何か特定の作曲方法を決めたりと。それは様々なプロセスの探求につながり、またアルバムの焦点がぶれないようにもしてくれます。私の前作『Somi』はそのように焦点をあてた、とても意図的な作品でした。ただ時にはもっとリラックスして、思い浮かぶことを形にしたい時もあります。本作『Fallen』はそのような作品で、今回唯一の自分に課したルールは、初めてピアノを中心の楽器として捉えるアルバムを作ることでした。時には『Fallen』をソロピアノ作にしたかったのですが、探求を押し進むにつれピアノにモデュラーやMOOGシ ンセ、テープマシーンやちょっとしたギターを添えたくなったのです。『Fallen』は軽い感じで作り上げるリラックスしたアルバムにしたかったのですが、結局は制作に1年半以上費やし、これまでの中でも一番時間がかかった作品のひとつとなりました。また、私のプライベートのとても暗くしんどい時期と重なりました。アルバムの進行が進むにつれ、ソロピアノは瞬く間に消えゆき崩壊やノイズが前に出てきたのですが、半分壊れたテープマシーンや無数のゴーストエコーが正直なピアノを隠し、抽象性が自己やその音楽をも隠してくれるようでした。ある意味、『Fallen』は私の以前のアルバム『Northern』に似ており、自由な精神に溢れる作品を目指したものの、最終的には場所と時の作品となったのです。

CATALOG NO: KK037
ARTIST: Taylor Deupree (テイラー・デュプリー)
TITLE: Fallen (フォレン)
LABEL: SPEKK
RELEASE DATE: 2018/02/25 (sun)
PRICE: オープンプライス
MEDIA: CD
BARCODE: 4560267290379

[トラックリスト]
1. The Lost See
2. Paper Dawn
3. Unearth
4. Small Collisions
5. The Ephemerality of Chalk
6. Sill
7. For These In Winter
8. Duskt

◆Taylor Deupree プロフィール

テイラー・デュプリー(1971年生)は米NY在住のサウンド・アーティスト、デザイナー、写真家。世界中のレーベルからコンスタントに作品を発表する傍ら1997年にはデジタルミニマリズムに焦点をあてた音楽レーベル〈12K〉を設立し、マイクロスコピックサウンドと呼ばれる電子音響シーンを築く。自身の音楽以外にも、他者とのコラボレーションも大切にしており、坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアン、ステファン・マシューなど数々のアーティストと作品を制作。また、YCAMやICCなどの場所でサウンド・インスタレーションや数々の写真展も行っている。アコースティックな音源や最先端の技術を用いながらも、その作品の根底にあるものは自然の不完全さや、エラー、空間性の美学である。

◆Taylor Deupree サイト
https://www.taylordeupree.com/
◆SPEKK サイト
https://www.spekk.net/
◆レーベルショップ ※先行予約中!!
https://naturebliss.bandcamp.com/

Four Tet - ele-king

 これはビッグ・ニュースです。ブリアルとの凍えるように美しい共作曲、スティーヴ・リードとの“ストリングス・オブ・ライフ”のカヴァー、ジ・エックスエックスのサポートやオマール・スレイマンとのコラボOPNのリミックスなどなど、現代UKのエレクトロニック・ミュージックを更新し続けてきたキイマンであり、昨秋リリースしたアルバム『New Energy』も好評のフォー・テットが、この4月下旬、なんと4年半ぶりに来日します。単独公演としてはじつに7年半ぶりです。東京と大阪を回ります。ソールドアウトは必至と思われますので、チケットはお早めに。

特報!

Aphex Twin、Radiohead、The xx など錚々たるアーティストを魅了して止まないエレクトロニック・ミュージック・シーン唯一無二の存在 Four Tet、新たなマスターピース『New Energy』を引っ提げて約4年半振り(単独公演としては約7年半振り!)の来日公演が決定!

本公演ではオーディエンス・フロアの中央にステージを設営、スピーカーを四方に配したサラウンド・システムで挑むスペシャルな最新フルセット・ライヴとなります! エレクトロニック・ミュージックの可能性を無限に拡張させながら、そのモードを刷新し続けるシーンの至宝 Four Tet の待望のライヴ公演、お見逃しのないように!

東京公演
4.27 fri @東京 恵比寿 LIQUIDROOM
Open 19:00 / Start 20:30
¥6,000 (Advance) plus 1 Drink Charged @Door
Information: 03-5464-0800 (LIOQUIDROOM)
企画制作:LIQUIDROOM, root & branch
協力:Hostess Entertainment
[チケット発売詳細]
先行 e+ プレオーダー受付:2.9 (金) 12:00 ~ 2.12 (月) 18:00 —> https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001
プレイガイド一般発売 (2.24 (土) 10:00より):ぴあ (Pコード: 108-744 ), LAWSON (Lコード: 72746 ), e+ (https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001)

大阪公演
4.26 thu @大阪 梅田 CLUB QUATTRO
時間・料金未定(近日発表)
Information: 06-6535-5569 (SMASH WEST)
企画制作:SMASH WEST, root & branch
協力:Hostess Entertainment

■FOUR TET(フォー・テット)
97年、ポストロック・バンド、フリッジのギタリストとしてデビュー。フォー・テット名義では〈Domino〉〈Text〉などから現在までに通算7枚のスタジオ・アルバムを発表。フォークトロニカは彼がいなければ 存在しなかったとまで言われた。また本名のキエラン・ヘブデンとしては伝説のジャズ・ドラマー、故スティーヴ・リードとのコラボ・アルバムを3枚発表。レディオヘッドのリミックスを手掛けたり、中東ではお馴染みの民族舞踏 “ダブケ”をダンス・ミュージックに昇華させたシリアのスーパースター、オマール・スレイマンのプロデュースを手掛けるなど多岐にわたり精力的に活動をしている。
最新アルバム情報:https://hostess.co.jp/releases/2017/09/HSE-6526.html

Various Artists - ele-king

野田努

 ま、とりあえずビールでも飲んで……かつてUKは自らのジャズ・シーンを「jazz not jazz」(ジャズではないジャズ)と呼んだことがある。UK音楽の雑食性の高さをいかにも英国らしい捻った言葉づかいであらわしたフレーズだ。これこそジャズ、おまえはジャズをわかっていない……などなど無粋なことは言わない。ジュリアードやバークレーばかりがジャズではないということでもない。何故ならそれはジャズではないジャズなのだから。

 そのジャズではないジャズがいま再燃している。昔からUKは流れを変えるような、インパクトあるコンピレーションを作るのがうまい。編集の勝利というか、ワープの“AI”シリーズやハイパーダブやDMZなどを紹介した『Warrior Dubz 』のように。『We Out Here』もそうした1枚だ。アルバムには、近年「young British jazz」なる言葉をもって紹介されている新世代ジャズ・バンドたちの楽曲が収録されているわけだが、その中心にいるのはシャバカ・ハッチングスである。

 いまやシーンのスポークスマンにもなっているシャバカ・ハッチングスは、同じサックス奏者であることからUK版カマシ・ワシントンなどと形容されているけれど、彼はもっと泥臭いというか、ストリートの匂いがするというか、強いてたとえるならシャバカは21世紀のコートニー・パインだろう。ロンドンに生まれ幼少期をバルバドスで過ごし、16才でブリテン島バーミンガムに移住したときにはクラリネットを手にしていたという彼は、ここ10年、UKジャズ・シーンのさまざまな場面に関わってきている。

 近年ではメルト・ユアセルフ・ダウンでサックスを吹き、ザ・コメット・イズ・カミングやサンズ・オブ・ケメトなどの別プロジェクトも手掛けている。いまもっともロンドンで熱いと思われる街、ペッカムから生まれたYussef Kamaalのアルバムにも参加しているし、2016年は Shabaka And The Ancestors名義のアルバムをリリースしている。そして、21世紀のUKジャズの現場で演奏し続けているシャバカは、自らの大きな影響としてジャズ・ウォリアーズの名を『Wire』誌の取材で挙げている。

 ジャズ・ウォリアーズは、ワーキング・ウィークやシャーデー、ジャズ・レネゲイズら80年代後半にニューウェイヴとリンクしながら注目を集めた、白いUKジャズ・シーンにおいてメンバー全員が黒人という当時としては異色の存在だった……そもそもジャズ・ウォリアーズはUKにおいて初の黒人ジャズ・オーケストラだった。コートニー・パインはそのバンドのリーダーだった人だ。

 ジャズ・ウォリアーズは、伝統的なジャズに囚われず、レゲエやアフロなど雑食的な演奏を展開した。その音楽に対する自由なアプローチがアシッド・ジャズとリンクし、そしてドラムンベース/ブロークンビーツとも共鳴した。こうしたUKにおける黒いジャズ(ノット・ジャズ)──エクレクティックで、マルチカルチュアルなその現在形のドキュメントが『We Out Here』というわけだ。

 アルバムは、2017年8月、3日間に渡って録音されている。ジャケットに貼られたステッカーには「THE NEW SOUND OF LONDON JAZZ」を記されている。参加した9組のうち7組が白黒混合、2組が全員アフリカ系だが、いくつかの演奏ではメンバーは何人か重なっているので、ひとつの音楽コミュニティの記録とも言える(つまり本作もひとつのコミュニティによる1枚のアルバムだと言える)。

 『We Out Here』には伝統と現代性、精神性と政治性が入り混じっている。アルバムはMaishaによるアリス・コルトレーン風のスピリチュアルな曲ではじまるが、続くEzra Collectiveの曲はそのままダンスフロアに繋げることができるだろう。本作には収録されていないが、Ezra Collectiveの昨年のアルバムにはベース・ミュージックを通過した感覚で演奏されるサン・ラーの“Space Is The Place”がある。そして、すでに広く注目を集めているドラマーのMoses Boydのバンドは、エレクトロニクスとアフロビートを組み合わせながらダブの境地へと突き進んでいく──。収録曲の解説は小川充さんにまかせるとして、アルバムの中核となるのはシャバカ・ハッチングの“Black Skin, Black Masks”になるわけだが、そう、この曲名は反植民地主義の先駆的思想家、フランツ・ファノンの『黒い皮膚・白い仮面』のオマージュである。

 『We Out Here』(私たちはここにいる)という、音楽的にも政治的にもどちらにも解釈できるこの堂々たる題名からもわかるように、ここには今日のUKブラックの秘めたる思いが記述されている。昔のラフトレードのコンピレーションにザ・スリッツやザ・レインコーツがいたように、女性3人を中心とするKokorokoのようなバンドもいる。また、ラフトレード時代の比較でもうひとつ言うなら、あの時代のUKはジャマイカだった。『We Out Here』はアフリカである。

 ※シャバカ・ハッチングスによるThe Comet Is Comingの新作『Channel Spirit』は〈リーフ〉からリリース予定。Sons of Kometのアルバム『Your Queen Is A Reptile』(あんたの女王は爬虫類)はユニーバサルから3月に発売。アルバム収録曲のひとつは、“俺の女王はアンジェ・デイヴィス”。また、『We Out Here』に参加した(ポスト・フライグ・ロータスの呼び名高い)Joe Armon-Jonesの新作も春頃には〈ブラウンズウッド〉からリリース予定。

野田努

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小川充

 いまから20年ほど前のロンドンでは、北西部のラドブローク・グローヴを中心にブロークンビーツのムーヴメントが盛り上がりはじめ、俗にウェスト・ロンドン・シーンと呼ばれていた。ジャズ、ヒップホップ、ハウス、テクノ、ドラムンベース、レゲエ、アフロ、ファンクなどを立体的に融合したブレイクビーツというのがブロークンビーツだが、それはロンドンの折衷的で雑食的な音楽文化を象徴するものでもあった。そしてここ1、2年、今度は南ロンドンで新たなジャズ・ムーヴメントが注目を集めている。かつてのウェスト・ロンドン・シーンを思い起こさせる動きで、このムーヴメントは南ロンドンにあるペッカムという街を中心としている。もともと治安が悪かったこの地区だが、近年はレコード・ショップやインターネット・ラジオ局、ギャラリーやバーなどが生まれ、アーティストや若者が集まり始めているという状況だ。このペッカムを拠点とするレーベルに〈リズム・セクション・インターナショナル〉があり、ディープ・ハウスを軸にブロークンビーツやジャズなどクロスオーヴァーな音楽性を志向する作品を紹介している。〈リズム・セクション・インターナショナル〉からは鍵盤奏者のヘンリー・ウーことカマール・ウィリアムズが作品を出しているが、彼とユナイテッド・ヴァイブレーションズというバンドのドラマー、ユセフ・デイズの組んだユゼフ・カマールが登場したのが2016年。この頃から南ロンドンのジャズ・シーンがクローズアップされるようになっていく。

 このムーヴメントの代表的なミュージシャンには、ヘンリー・ウーやユセフ・デイズ、ユナイテッド・ヴァイブレーションズ以外に、ドラマーのモーゼス・ボイド、サックス奏者のテンダーロニアス、シャバカ・ハッチングス、ヌブヤ・ガルシア、キーボード奏者のジョー・アーモン=ジョーンズ、ベーシストのマックスウェル・オーウィンなどがいる。
 それぞれのソロ作やプロジェクトのほか、横の交流やセッションも盛んで、なかでもモーゼス・ボイドはもっとも早くから注目を集めていたひとりだ。サックス奏者のビンカー・ゴールディングとフリー・ジャズ・スタイルのデュオを組むほか、エクソダスというクラブ・サウンド寄りのプロジェクトでも活動する。このエクソダスのようにドラマー以外にビートメイカーという側面も持ち、昨年リリースしたEPの『アブソリュート・ゼロ』ではフュージョンとフットワークを融合したような世界を見せている。一方でジャズ・シンガーのザラ・マクファーレンのアルバム『アライズ』をプロデュースし、ジャズとジャマイカ音楽を結ぶなど多彩な音楽性を持つ。テンダーロニアスも同様にビートメイカー/プロデューサーでもあり、〈22a〉というレーベルも運営し、ユセフ・デイズらと組んだルビー・ラシュトンというユニットのアルバムも出している。
 シャバカ・ハッチングスはジ・アンセスターズ、サンズ・オブ・ケメット、ザ・コメット・イズ・カミング、メルト・ユアセルフ・ダウンなど様々なユニットで演奏し、前述のザラ・マクファーレンの『アライズ』やユゼフ・カマールの『ブラック・フォーカス』にも参加していた。サンズ・オブ・ケメットとメルト・ユアセルフ・ダウンではトム・スキナー(ハロー・スキニー)と組むなど幅広い音楽交流を持つ。ジョー・アーモン=ジョーンズはファラオ・モンチのヨーロッパ・ツアーでバックを務めたエズラ・コレクティヴというユニットに参加する。このエズラ・コレクティヴはザラ・マクファーレンを交えた作品のほか、昨年は『ファン・パブロ:ザ・フィロソファー』というEPをリリースし、サン・ラーのカヴァーを披露していた(ちなみに、このEPのエンジニアはフローティング・ポインツのサム・シェパードがやっている)。
 また、ジョー・アーモン=ジョーンズはマックスウェル・オーウィンと共同でEP『イディオム』もリリースしているが、この『イディオム』や『ファン・パブロ:ザ・フィロソファー』には女流サックス奏者のヌブヤ・ガルシアも参加する。彼女もレーベル運営とイベント主催を両立させる〈ジャズ・リフレッシュド〉からリーダー作を出し、そこにはジョー・アーモン=ジョーンズとモーゼス・ボイドも参加するという間柄だ。〈ジャズ・リフレッシュド〉は近年のロンドンのジャズ・シーンを支える存在で、リチャード・スペイヴンやカイディ・テイタムなどキャリア豊富な面々から、マイシャ、トライフォース、トループ、ダニエル・カシミールなど新鋭や若手が作品をリリースしている。

 ジャイルス・ピーターソン監修による新しいコンピ『ウィー・アウト・ヒア』は、こうした南ロンドンの新しいジャズ・ムーヴメントを伝えるものだ。音楽ディレクターをシャバカ・ハッチングスが務め、彼のほかにモーゼス・ボイド、エズラ・コレクティヴ、ジョー・アーモン=ジョーンズ、ヌブヤ・ガルシア、マイシャ、トライフォースらが新曲を披露している。
 マイシャの“インサイド・ジ・アクション”はスピリチュアル・ジャズで、エズラ・コレクティヴの“ピュア・シェイド”はアフロ風味のジャズ・ファンク。モーゼス・ボイドの“ザ・バランス”はコズミックなフューチャー・ジャズで、ヌブヤ・ガルシアの“ワンス”はストイックなモーダル・ジャズと、それぞれジャズと言ってもタイプの異なる作品を演奏しており、こうした間口の広い点がロンドンらしさの表れでもある。ジョー・アーモン=ジョーンズの“ゴー・シー”はフュージョン的な作品だが、そこにはダブやUKクラブ・ミュージックのエッセンスも注ぎ込まれている。
 UKのジャズ・シーンはアシッド・ジャズの昔からクラブやDJサウンドと密接な繋がりを持ち、お互いに作用し合ってきた。かつてのウェスト・ロンドン・シーンに登場したカイディ・テイタムもそうした流れに位置するミュージシャンであるし、近年であればリチャード・スペイヴンがその最たる例だろう。そして、このコンピのモーゼス・ボイドやジョー・アーモン=ジョーンズの作品を聴くと、こうしたUKのジャズの歴史や流れがいまも息衝いていることがわかる。

小川充

Dream Wife - ele-king

 先日おこなわれた第60回グラミー賞は、後味が悪いものになってしまった。今回のグラミー賞は性差別撲滅運動 Time's Up に賛同する白いバラで彩られ、さらにケシャが自身のセクハラ体験に基づいた曲“Praying”を披露するなど、性差別に批判的な姿勢を打ちだしていた。しかし蓋を開けてみれば、受賞したアーティストの多くが男性だった。
 このような矛盾を晒したグラミー賞は多くの批判を受けた。BBCは『Bruno Mars grabs (nearly) all the Grammys - but where were the women?』という記事でその矛盾を取りあげ、NPRは人種差別的な現在のアメリカ政府に例える辛辣な言葉を残している。

 これらの指摘に対し、グラミー賞の会長であるニール・ポートナウは、「女性たちはもっと努力しなきゃいけない」と言ってのけた。当然この発言も批判され、チャーリーXCXといった多くのアーティストが反応している。
 筆者もポートナウの発言にはあきれるしかなかった。例えばエレクトロニック・ミュージックに限っても、エリゼ・マリー・ペイド、エリアーヌ・ラディーグ、スザンヌ・チアーニなど、多くの女性たちが素晴らしい作品を残し、音楽史を前進させてきた。こうした史実を無視して、「努力しなきゃいけない」と言ってしまう男がグラミー賞の会長という現実は、笑い話にすらならないほど虚しい。

 この虚しさに一筋の光を差してくれたのが、『Dream Wife』と名づけられた爽快なアルバムだ。本作を作りあげたのは、イギリスのドリーム・ワイフというバンド。メンバーは、ラケル・ミョル(ヴォーカル)、アリス・ゴー(ギター)、ベラ・ポドパデック(ベース)の3人。2015年、ブライトンのアート・カレッジで3人が出逢ったのをきっかけに結成されたそうだ。サウス・ロンドンを盛りあげているシェイムやHMLTDといった新世代バンドとも交流があり、こうした繋がりを経由して3人にたどり着いた者もいるだろう。
 筆者がドリーム・ワイフを知ったのは、2016年に観た“Kids”のMVだった。このMVで3人はピンクを基調としたファッションを身にまとい、おまけに映画『ヴァージン・スーサイズ』を連想させるシーンも飛びだすなど、ガーリーとされるイメージを打ちだしていた。面白いのは、そのイメージの中でダンベル運動をするといった、男性的なマッチョさを散りばめていたことだ。こうしたMVを作るのが、ドリーム・ワイフ(理想の妻)というアイロニーたっぷりなバンドなのだから、惹かれるまでに時間はかからなかった。あきらかに3人は“女性”という言葉にまとわりつく固定観念を壊そうとしている。だからこそ、『Radical』『Skinny』のインダヴューでは性差別について積極的に発言したりもするのだ。

 そんな3人にとって本作はデビュー・アルバムとなる。一聴して驚かされたのは、必要最小限のプロダクションしか施されておらず、ゆえにひとつひとつの音がとても生々しいこと。音程が外れるほどシャウトするヴォーカル、ラウドでドライな質感が印象的なギター、タイトなリズムを刻むベースとドラムという構成は、虚飾なんてごめんだとばかりの躍動感あふれるサウンドを響かせる。
 そのサウンドはパンクを基調としているが、甘美なコーラス・ワークを披露する“Love Without Reason”があれば、“Spend The Night”ではブロンディーに通じるスウィートな風を吹かせたりと、引きだしはかなり多い。パンク・スピリットと80年代ニューウェイヴのセンスが共存しており、X-レイ・スペックスやエラスティカ、2000年代以降ではストロークスといったバンドを連想させる音楽性だ。この感性はおそらく、3人が公開しているスポティファイのプレイリストでもうかがえる幅広い嗜好が滲み出た結果だろう。プレイリストを見てみると、ロックを中心にピーチズやノガ・エレズといったエレクトロニック・ミュージック寄りのアーティストも選ばれており、3人の豊穣な音楽的背景がわかる。

 女性として生きることについて歌われたものが多い歌詞は、パンク・スピリット旺盛なバンドだけに怒りを隠さないが、それ以外の感情も多く込められている。“Love Without Reason”では文字通り愛について歌い、“Spend The Night”は孤独さを醸す言葉であふれているといったように。
 なかでも筆者が惹かれた歌詞は“Somebody”だ。2016年にレイキャヴィクでおこなわれたスラットウォークをモチーフに作られたこの曲は、まっとうな権利のために戦う女性たちに連帯の意を示すなかで、怒りに混じる切実さや哀しみといったさまざまな感情の機微を描いている。

 非常に質の高い本作を聴いても、まだ「女性たちはもっと努力しなきゃいけない」と言う者もいるだろう。しかし、もっと努力すべきなのは女性たちじゃない。女性たちに正当な評価があたえられない仕組みを作ってしまった者たちのほうだ。

vol.96:ラフトレードとDIYシーン - ele-king

 ブルックリンのレコード屋はグリーンポイントやブッシュウィックに多いのだが、家賃の高いウィリアムスバーグにお店を構えるのがUKのレコード店兼音楽会場のラフ・トレード。2013年にオープンしてから騒音問題でクローズしたこともあったが、その後は順調に運営し、最近では中古レコードも置いている。

 場所柄、UKからの観光客が多く、昼はカフェとしても機能していて、2Fはアート本やグッズがあり、Sonos
の音響システムが楽しめる部屋もある。私が行ったのは夜9時頃だったが、中古レコードを10枚くらい購入している人がいた。以前インタヴューしたマネージャーのジョージもレジスターにいた。
 相変わらず、圧倒的にレコードが多かったが、ラフトレのオススメ・コーナーは見る価値ありで、カセット・テープやカセット・デッキも沢山増えていた。ショーはスーパーチャンク、ジョアン・アズ・ポリスウーマン、クリスティン・ハーシュ、モービーなどの中堅バンドから、アンバー・マーク、ガス・ダッパートンなどのニューアーティストまで、全体的にシュッとしている感じのラインナップが揃う。バワリープレゼンツがオーガナイズしているので、どうしてもそうなる。ちなみに今回見たバンドは、リグレット・ジ・アワー。
https://www.roughtrade.com/events/teen-girl-scientist-monthly

 まだ20代前半の、アップステート出身の若いバンドだが、久しぶりに、U2やナショナルなどのバンド・サウンドを地でいっている。目を瞑って聞くと2018年の音とは思えないが、新世代の冷めた感覚で、熱いギターをかき鳴らしているのを見ると応援したくもなる。だってアルバムタイトルが『Better Days』なのだ。20代前半で! 
 オーディエンスは、彼らの両親や従兄弟、友たちでいっぱいだった。同窓会みたいだったが、こういうライヴ・バンドが健在なのを確認したのは今夜の収穫だった。ラフトレードで隣にいた男の子と話していると、彼はロンドンから観光で来ていて、することもないからここに来たと言っていた。バンドでなく、ラフトレードが目的だったらしい。見たバンドも、結構好きだと言っていた。
 ラフトレードは安全なバンドのショーケースで、DIYスペースのように様々なハプニングや感情を剥き出しにする生々しさはほとんどない。至ってクールなのだ。それでも$20を知らないバンドに難なく払うお客さんがいるし、暇な時間には、レコードも買ってくれもする。ちなみにDIYショーはほとんどフリー、もしくは$5ー$10。


Regret the hour @rough trade

 ラフトレの後、違法なブッシュウィックDIYスペースに行ってたくさんのDIYバンドを見て、勝手にブーズを持ち込んで大騒ぎしている人たちを見て、ホッとしている自分もいる。最近のDIYスペースは減っているばかりかすぐに摘発されるので、オンラインで住所を公開していない。外の見張りもかなり徹底しているので、一見が入るのは難しい。それゆえこのシーンを閉鎖的にしているのだが、DIYコミュニティは健在。
 NYは、DIYバンド/会場に優しくなるように、2017年末から少しずつ動き出している。Dr.マーティンやハウス・オブ・ヴァンズのような企業もDIYバンドを使って自分たちの商品をプロモートしているし、DIYバンドがもっと日の目を見るときがくるのではと、いろんなショーを見ながら考える。近い将来ラフトレで、彼らを見ることもあるのかもしれない。


Grace kelly all day @DIY space

yahyel - ele-king

 続報が届きました。ヤイエルが3月7日リリースのセカンド・アルバム『Human』から新曲“Pale”を解禁、MVも公開されています。一見静かで落ち着いた曲に聞こえますが、後ろのほうで色々とおもしろいことが起こっています。ビデオも独特の雰囲気を醸し出していて、ますますアルバムへの期待が高まります。あわせて全国ツアーの詳細も発表されていますので、下記よりチェック。

ヤイエル、待望のセカンド・アルバム『Human』から
新曲“Pale”をミュージック・ビデオとともに解禁!
初となるレコ発ツアーのチケット一般発売は明日から!
新たに仙台公演も決定!

yahyel
- Human Tour -

2016年12月に渋谷WWWにて行われたワンマンは、デビュー・アルバム『Flesh and Blood』の発売日を前に完売。その後も、FUJI ROCK、VIVA LA ROCK、TAICOCLUBなどの音楽フェスへの出演も果たし、ウォーペイント(Warpaint)、マウント・キンビー(MountKimbie)、アルト・ジェイ(alt-J)ら海外アーティストの来日ツアーでサポート・アクトにも抜擢されるなど、活況を迎えるシーンの中で、独特の輝きを放ち続けたyahyel(ヤイエル)が、1年3カ月の時を経て、2度目のワンマン・ライヴ、そしてレコ発ツアーが決定!

anemone - ele-king

 ユニットとは「虚構的存在」である。二人以上、三人未満で何らかの名を名乗ること(4人以上はグループ、もしくはバンドだ)。その類まれな「虚構性」。名乗った時点でそれぞれの人格は、ユニットという虚構的存在へと吸収される。いや包括されるとでもいうべきか。人格とも違う「存在」がそこに生成する。ユニットという「存在」の「現実化」。
 日本のエレクトロニカ・レーベルの老舗〈PROGRESSIVE FOrM〉からリリースされた anemone のファーストアルバム『anemone』を聴いたとき、私はそんな「ユニットという存在」がもたらす虚構性の魅惑を強く感じた。存在と非存在のあいだに鳴り響く、ロマンティックな光のようなエレクトロニカ・ポップ・ユニットの誕生とでもいうべきか。
 まるで繊細な和菓子のようなエレクトロニック・サウンドの折り重なりと、華のように、もしくは夢のように、やがて消え入りそうな儚いヴォーカルが交錯し、全曲12曲アルバム1枚にわたって、ひとつの(そして12の)小さな物語が語られ、意識の欠片のような詩情を鳴らす。それはときに光のように強く、ときに空気のように儚く、ときに消失する心のように切ないものだった。まさにニュー・ロマンティック。それが私を強く魅了した。世界のむこうへ。音の彼方へ。意識の儚さへ。電子音楽の美しさへ。声の官能性へ。電子音、シンセサイザー、ピアノ、声、ギター、グリッチ・ノイズ、エレクトロニクスが光の雨のように降り続ける感覚……。

 anemone は日本在住、1992年生まれのトラックメイカー ninomiya tatsuki と中国在住のヴォーカリスト Yikii による「日中デュオ」とアナウンスされている。2015年、ninomiya tatsuki と Yikii はSoundCloud上に公開していたお互いのトラックに惹かれ、競作を始めたという。そうして名曲“夢うつつ”が2016年に生まれたらしい。「初めて人と音楽を作る楽しさを見出した」。そう思った ninomiya は、Yikii にユニットの結成を提案する。anemone の誕生である(記念すべき“夢うつつ”は本作10曲めに収録されている)。アルバムは1年ほどの時間をかけて丁寧に制作されたのだろう。夢の光のようなアトモスフィアを放ち、誕生の祝福と消失の儚さの両方を持っている作品に仕上がっていた。

 本アルバムの曲は、どれも儚い光のようだ。Yikii のヴォイスも、ninomiya tatsuki のトラックも、ロマンティックな虚構性をまとっているのである。
 例えば2曲め“killing me softly”を聴いてほしい。ゆっくりと時間に浸透するかのごとき可憐なピアノのアルペジオと、シルキーな声が交錯する中、さまざまなサウンド・エレメントが優しくトラックをコーティングする。そのサウンドの虚構のような脆さ、儚さ。そして何より曲が良い。細やかな和声・コード進行で展開し、単なるミニマリズムでは終わらない慎ましやかなドラマ性が生まれている。

 記憶を慈しみ、しかし、その純粋性ゆえ、自らの手で記憶を消失させてしまうようなイノセントな残酷さを象徴するようなソングライティングとアレンジメント。そのムードは“insomnnia”という曲にも強く感じた。

 さらには光の粒子のごとき電子音と淡いアンビエンスに Yikii のヴォーカルがレイヤーされ、液晶のロマンティシズムとでも形容したい“tablet”(曲中盤のラップパート? も素晴らしい)、光と影がガラスの欠片の中に結晶するかのような短いインスト・トラック“vain”、Yikii のリーディング的なヴォイス/ヴォーカルと深海の交信を思わせるエレクトロニクス、ファットなビートの交錯が耳に心地よい“pain”、グリッチ・ノイズと旋律が交錯する“requiem”など、どの曲も、どのトラックも声と電子音が記憶の深層心理に響くような見事な出来栄えである。フランス印象派の響きに、オリエンタリズムの香水を落としたエレクトロニカ・ポップ・アルバム。

 ここでアートワークに改めて目を向けてみると、やや逆光気味のアートワークにも「光」の儚さが満ちていた。まさに「夢うつつ」である。それは虚構への希求でもあるのかもしれない。このユニットは自らを虚構の中に封じこめることによって世界の醜さを一掃し、類まれな美的感覚を差し出そうとしているのではないか。いわば「虚構内存在」としての「印象派オリエンタル・エレクトロニカ・ポップ・ユニット」として……。
 ともあれ、エレクトロニカ・ポップという領域において、近年稀にみるアルバムである。ぜひともアルバムを聴いてほしいと思う。リスニング後、あなたの感覚が浄化されるだろうから。

 頑張って生きることをやめ、自分の内面をコントロールし、身体を解放し、自然とつながる生き方を追求してきた鶴見済は、前著『脱資本主義宣言~グローバル経済が蝕む暮らし』(新潮社 2012年)で、そうした楽に生きる生き方にとって最大の障害となる無法な資本主義の正体を、おそらくこの上なく、分かりやすく書き表した。そして服の原料の綿、携帯電話、コーヒー、ジーンズ、マクドナルドにペットボトルなど身近な消費財の生産と消費が生む問題を指摘しながら、他人と自分と自然に優しいフェアな態度というものを考え、その先にヒト本来の姿を取り戻すことを提言した。この新刊はそこから踏み込んで、その生産/消費の経済活動をどれだけ回避できるのかをテーマにした、前著の実践編に位置づけられるものだ。

 具体的には、貰う、あげる、交換する、借りる、貸す、共有する、助け合う、公共サーヴィスを使うといった、人と人との繋がりの中で成立するさまざまな生きる術にフォーカスしている。“拾う”という技術の指南にも紙数を割いているし、自然界に神の力を思い、そこからの恵みを尊んできた人間が、無償の贈与というものにどれだけの価値を見出してきたかにも立ち返らせる。そして、古来の自然(現物)経済を経済活動の土台として再評価し、その上で、できるだけ金銭を介在させずにできることや、誰かとやりとりできる善意とサーヴィスのさまざまな形と価値を知り、見直すことだけで十分豊かな暮らしが送れると説く。

 この本のタイトルに、貧乏臭いと言って拒否反応を示す人もいるだろうし、良さそうなことが書いてありそうだけどピンとこない、あるいは、そもそも資本主義の何が問題なの? という人もまだいるはずだ。鶴見は、前著を要約しながら本書の精神をこう簡潔に記している。

〈本書はお金を稼ぐことを悪いと見なしてはいないが、お金儲けを至上の目的としたものには反対する。〉(P.4)

 これは鶴見流の柔和なオブラートでくるんだプルードンの翻訳であろう。その〈所有、それは盗みだ!〉はつとに知られるが、プルードンはそこに〈所有、それは自由だ!〉とも付け加えていて、所有における悪と善を、複式簿記における借方と貸方、その表裏一体の不可分性にたとえた。つまり、格差社会を産む国家管理主義の要件たる所有(=体制側に増えた分)はもう片側から出ていったもの(盗品)であり、一方で、その逆側には、自分たちの自由を形成するための所有が存在すると。そしてそこには、“自由”と“盗み”とを厳然と、別ものと見なす理性が求められる。〈本書はお金を稼ぐことを悪いと見なしてはいないが、〉という言い回しが、言外にそこを指し示している。

 しかしながら、無人島や密林ででも暮らさない限り完全に避けることなどできない〈稼ぐ/持つ/使う〉の円環は、事実上この身から決して外れない首かせ、足かせであり、その死ぬまで経済の奴隷であり続けることに対する、えも言われぬ恐怖が個人的にいえばそもそも苦しい。だから、せめてもの身の処し方として、なるべく綺麗にカネを稼ぎ、それをできるだけ慎ましく、少なくとも地球のどこかの見知らぬ誰かを苦しめるようなことにだけはならないように使おうと日々留意している……のだが、自分の支払ったあるものへの代金が何処かの国で人殺しの原資になっている可能性を知ったりすれば、余暇を削っても抗議しなくてはこっちの正気が保てなくなる。魅力的な商品を見つけ心踊っても、それが工場労働者を不当に搾取して製造されたものだと知って暗澹たる気持ちになることも多々ある。加えて、この自分自身が搾取されることに対しても同じだけの注意を払い、それも阻止しなくてはならない。稼ぐのも、使うのも、ほとほと疲れる。「そんな余計なことは考えず、もっと稼いでもっと使え」という政治は、人の心を見ず、人をキャピタリスト・ゲイムの駒としかみていない。

 苦労して稼いだ虎の子を預けようと立派なメガバンクに口座を作れば、知らないうちに自分の預金が東電を支えることに使われ、断りなく原子力産業への積極投資に回され、なんとクラスター爆弾製造企業への投融資にまで流用されていることが明るみに出るから心臓がバクバクしてくる。それなのに、入口を入ると両手で下っ腹をあっためながら薄気味悪い笑顔で何事もなかったかのようにお辞儀なんぞしてくるあの行員の足下に、バケツで汚物をぶちまけてやりたいと考えてまた血圧が上がる(結局そんなところからはカネを引き上げたが)。パナマ文書のニュースを見れば、あれが閻魔帳だったらいいなと思うが、地獄の沙汰もカネ次第というし……。どこまで行ってもゲイムのプレイヤーはあの連中であって、我々は、感情を持たないゲイムの駒(もちろん使い捨て)であり続けなくてはいけないのだろうか?

 だから鶴見はまず、はっきり確認するのである――自然経済から進化した貨幣経済と、現状の資本主義経済を同一視してはいけないことを。つまり、〈生きていくのにある程度のお金は必要である〉という考えと、〈お金儲けを至上の目的としたもの〉との間には相当な開きがあるということを。
 〈カネのために何かやる〉という発想がヒトの本来性に馴染むものかどうかまではここでは踏み込まないが、それにしたって、その先に何の歯止めも持たないシステムを作り出し、それを自ら免罪符として〈カネのために何でもやる〉に突き進むのは行き過ぎと言わざるを得ないし、そうして作った利潤は、人間社会および自然界に与える実害とモラルの問題を勘案するに、どんどん“盗品らしく”なってくる。おまけに99%が泣き叫ぼうと、1%にはその涙を拭くティッシュ1枚贈る義務はない。どころか、隠し、飛ばし、すり抜け、まぬがれ……さらに許し難いことに、カネにまかせて大好物の権力を掌中にたぐり寄せ、政治屋という名のマリオネットをコレクションしては操るのである。

 だからこの本は、そうしたシステムに対する最もラディカル、かつ断固たる抵抗策を提示する。あくまでヒューマニズムの見地から、である。本のオビには、〈お金のかからない生活を実践する著者が、新しい「幸福の形」を教えます。〉などと記されていて、そんなエコ&ロハスな雑誌に載ってる写真のボケ味のように優しげな文言でカモフラージュされてはいるが、読み進めば、これが〈資本主義経済が破壊した、人間の営みと人間関係カタログ〉であることがわかる。言い換えれば、この本の提案は、新自由主義が最も嫌うタイプの暖かさ、人間らしさに満ちている。
 それでも、『0(ゼロ)円で生きる』というタイトルに、現実離れしたロマンティシズムを思うかもしれない。が、本書が最終的な目的に据えているのは、〈自分たちなりのもうひとつの経済〉を作ることであって、それに貢献するいくつかの稼ぎ方もちゃんと提案している。それは、〈カネのために何でもやる〉連中が唯一やらない、そのシステムにとって脅威となる“実戦”的オルタナティヴだ。
 ペイジをめくると立ち昇ってくるこの抵抗ののろしは、心を落ち着かせる匂いがする。ビッグ・ブラザーに見つかって華氏451度で燃やされないように、こっそり読んだ方がいい。

 1年でのうちもっともピザとチキン・ウィングが出る日、スーパーボウルの日曜日だ。今年2018年は2月4日、ミネアポリスのUSバンク・スタジアムでタイトなユニフォームを着た男たちの戦いがおこなわれた。フィラデルフィアのイーグルスとニュー・イングランドのぺイトリオットの対戦。ハーフタイムにはこの2日後にニュー・アルバム『Man of the Woods』をリリースするジャスティン・ティンバーレイクが出演。2004年のジャネット・ジャクソンとのおっぱいポロリ騒動のパフォーマンス以来だ。そして、それに関する記事がいまさら出てくる出てくる。

 スペシャル・ゲストは誰か? 噂はいろいろあったが、結局ジャネット・ジャクソンもイン・シンクも出演せず。代わりにミネアポリスに敬意を払い、プリンスの映像がプロジェクターに映し出された。ピアノを弾くJTが”I would die 4 U”を歌い、そしてミネアポリスの街がプリンス色に染まるという壮大な演出がはじまった。エンターテイメント! JTのダンサーたちの衣装は、いまどきのカラフルなラフスタイルで、ビッグバンドはお揃いの赤のスーツと見た目も華やか。ハーフ・タイムショーは最近の個人的な楽しみになっている。
https://www.brooklynvegan.com/justin-timberlake-played-the-super-bowl-lii-halftime-show-prince-tribute-included-watch/

 とはいっても私がスーパー・ボウルに興味を持ったのは数年前、ビヨンセがハーフ・タイムに出場した2016年のスーパーボウル50からである。たまたまバーでスーパーボウルが放映されていた(50回目ということで)。ビヨンセのパワフルなパフォーマンスに圧倒され、スーパーボウルを見るようになった。国を挙げた究極のエンターテイメントがここにあり、アメリカのパワーを感じることができる。
 過去のラインナップを遡ってみると……

2012:マドンナ with LMFAO、MIA、ニッキー・ミナージュ
2013:ビヨンセ、ディスティニー・チャイルド
2014:ブルーノ・マーズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
2015:ケイティ・ペリー、ミッシー・エリオット、レニー・クラヴィッツ
2016(スーパーボウル50):コールド・プレイ、ビヨンセ、ブルーノ・マーズ、マーク・ロンソン
2017:レディ・ガガ
2018:ジャスティン・ティンバーレイク

 こう見ると、それぞれの年を象徴するエンターテイナーが出場しているのがわかる。MIAが中指を立てたことや、ケイティ・ペリーのダンサー、左のイルカがやる気なかったことなど、毎年、さまざまなゴシップが飛び舞っている。
 そしてスーパーボウルが近づくとピザ屋もファストフードも広告に力を入れる。バーも何かとスーパーボウルに託けてスペシャルを用意する。
https://bushwickdaily.com/bushwick/categories/sponsored/5201-big-game-bushwick

 コマーシャルにも注目。アマゾン・エコーにはカーディB、レベル・ウィルソン、ゴーダン・ラムゼイ、アンソニー・ホプキンス他、ドリトス・ブレイズとマウンテン・デュー・アイスではバスタ・ライムスとクリス・ブラウン、モーガン・フリーマン、ミッシー・エリオットが、スクエア・スペースにはキアヌ・リーブスが出演……まさにセレブ満載。
 オーディエンスは試合以外にも、コマーシャルなんかにも注視する。こんかい反応大だったのが、ニルバーナのララバイ・カヴァーの“All Apologies”がバックに流れるT-Mobileの宣伝。可愛い赤ちゃんが登場する。「小さい人、この世界にようこそ。貴方が征服するこの大きな世界では、貴方は繋がることができ、一人ではありません。変化は始まっています」
https://youtu.be/C-rumHvmqCA

 試合の結果は、41-33でフィラデルフィアのイーグルスがニューイングランドのペイトリオッツを負かした。イーグルスは1960年以来の優勝。私の友だちはみんなイーグルス派だったので大騒ぎ。理由を聞くとペイトリオッツは強いし(今年は6連覇を狙っていた)、ただたんにトム・ブレイディが嫌いで勝って欲しくなかったと。
 ペイトリオッツのトム・ブレイディはNFLを代表する選手の一人で、リーグMVPとスーパーボウルMVP双方の複数回受賞していて(歴代で2人のみ)、2017年まで負け越したシーズンはなかった。モデルの妻と3人の子供がいて、ボストンのブルックラインに豪邸を構える。
 「彼の人生はパーフェクトだし、トランプ支持者だし、とにかくいけ好かない」と。

 こういう話をはじめると止まらないのがアメリカ人。トランプ・サポーターの話から今回かけたビットコインの話で盛り上がる。スーパーボウルではいろいろな角度からアメリカという国が見える。

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