「Nothing」と一致するもの

小説家は何を考え、どのように前に進むのか

二〇年にわたり小説という怪物に全身で挑み続け、数々の超大作を送り出してきた作家・古川日出男
そしてそれを見守り、時には「作家・批評家」の枠を超えて並走してきた批評家・佐々木敦

対話を重ね、ときに赤裸々に苦しみをさらけ出しながら、創作の根源と小説の原理に迫るドキュメント!


■著者プロフィール

古川日出男
小説家。1966年福島県生まれ。

佐々木敦
1964年生まれ。批評家。HEADZ主宰。小説、音楽、映画、舞台芸術、アートなど、複数ジャンルを貫通する批評活動を行う。
『「批評」とは何か』『「4分33秒」論』『批評時空間』『あなたは今、この文章を読んでいる。』『シチュエーションズ』『未知との遭遇』『即興の解体/懐胎』『ニッポンの思想』『テクノイズ・マテリアリズム』『ゴダール・レッスン』など著書多数。


■目次

小説家の、苛烈なる饒舌 ―まえがきにかえて― 佐々木敦

第一章 ルーツなき作家の誕生と再生の記録 二〇〇七年
第二章 朗読をめぐって 二〇〇八年
第三章 『聖家族』をめぐって 二〇〇八年
第四章 「対談」という「未知との遭遇」 二〇〇九年
第五章 全部小説のためにやっている 二〇一〇年
第六章 不可逆的な出来事の後に 二〇一三年
第七章 歴史を物語る声 二〇一四年
第八章 「三」をめぐる三時間 二〇一五年
第九章 エクストリームなミライへ 二〇一八年

あとがきにかえて

古川日出男 略年譜

作品紹介


Sigur Rós - ele-king

 忌野清志郎が『カバーズ』の発売中止に抗議してラジオでスタジオライヴをやる前の週だったと思うんだけど、“アイ・シャル・ビー・リリースト“が話題になり、それまでザ・バンドは聴いたことがなかった僕は次の収録日までに聞いておきますと返事して、そのままタワー・レコードだったかに買いに行った。家に帰って早速、アナログ盤に針を落として、“アイ・シャル・ビー・リリースト“を聴きながら、僕はあることを思っていた。スタジオライヴ当日、僕は「聞いてきましたよ」と清志郎さんに告げると、「想像と違っただろ」と返された。そう、僕は初めて“アイ・シャル・ビー・リリースト“を聴きながら「想像していたのと違う」と思っていたのだ。これには驚いた。どうしてわかったんだろう。そして、その日は赤坂のスタジオで“アイ・シャル・ビー・リリースト“や“軽薄なジャーナリスト“など『カバーズ』の発売中止が発表されてから新たにつくられた曲が次々と目の前で演奏されていった。中止が発表された週よりはスタジオの雰囲気も物々しくはなく、収録はとてもスムーズに行われた。いつもと同じく清志郎も座ったまま歌っていたので、感情も適度に抑えられ、安定した歌い方だったと思う。その頃は「体が怒って寝られない」と睡眠不足が続いていたみたいなんだけど、とくにパフォーマンスに支障があったわけではなく、むしろサポートの三宅伸治と呼吸がぴったり合っていたことで、その勢いをタイマーズに持ち越していくという流れが生まれた夜でもあった。そこからは怒涛の日々に突入してしまったので、清志郎さんに「想像と違っただろ」と言われたことは振り返る余裕もなく、どうしてそう思ったのかを訊くタイミングもなくなってしまった。

「想像していた」のは、もっとプロテスト調の強い歌い方だったのかもしれない。しかし、ザ・バンドのそれはとてもか細い歌い方で、とても「いつの日にか自由になれる」と思えるようなものではなかった。歌詞とは裏腹にダメかもしれない、自由にはなれないと思えてくるような歌い方で、だから、むしろ印象に残るとも言える。「想像と違った」のは清志郎も同じだったから僕にもそう言ったのではないかと思えるし、“僕の自転車の後ろに乗りなよ”や“うわの空”など、あきらかに初期のRCサクセションは“アイ・シャル・ビー・リリースト“に影響を受けた歌い方になっている。オーティス・レディングだけで清志郎の歌い方が出来上がっているわけではない。そして、“アイ・シャル・ビー・リリースト“から導かれている感情を、僕は「慈しみ」と呼んでみたい。我の強さが声にそのまま出ている清志郎にとっては、ある意味、裏技のようなものであり、それだけに説得力が違うとも。
 シガー・ロスを初めて聴いた時も僕はこの感じにおそわれていた。とくに“Starálfur“はオーケストレイションの妙味も手伝って「慈しみ」が曲の隅々にまで広がっていくように思えた。90年代後半はレイヴ・カルチャーに少し飽きて、再び「歌」を聴く季節になっていたこともあり、シガー・ロスが浮上してきたタイミングは絶妙としか言えなかった。あれがもうそろそろ20年前になるとは。歳をとったなーというよりも、だんだん時代との距離感がわからなかっていくなー。

 昨年、セルフ・リリースでリリースされていた『Route One』は全編がインストゥルメンタルで構成され、これを最近になって〈XL〉がライセンス。曲名はすべてアイスランドの地名を経緯度で表したものらしく、海岸沿いの道を東回りに辿っていたかと思うと4曲目だけ急にトんだりする。コンセプト的には『アウトバーン』のドローン・ヴァージョンといったようなもので、しかし、スピード感はあるとも言えるし、ないとも言える。アイスランドの穏やかな景色を思い浮かべながら聴くのが順当なんだろうけれど、僕にはほとんどの曲がシガー・ロスの「慈しみ」を抽象化して再提示しているように聞こえ、ぼんやりとした気分を楽しむことに終始してしまう。穏やかでいることに心を砕き、けして心躍るような状態には導かない。瞑想状態に招くという感じもなく、音が物理的なものに感じられるという意味ではコーネリアスを思い出したりもする(ぜんぜん違うけど)。“64º46'34.1''N 14º02'55.8’’W”など、これまでにリリースされた曲のインストゥルメンタル・ヴァージョンにしか聞こえない曲もあるし、それがまたとてもいい。「響き」が頭に残り、それが「慈しみ」に変化していくような気がするから。全部似たような曲なのに、見事にそれらは違っていて、重くもなければ軽くもない。改めて彼らは独特な存在だったんだんだなと。
 元々は2年前に24時間ドライヴをしながらストリーミング配信をする「スローテレビ」のためのサウンドトラックとしてつくられたそうで、その時のパノラマ映像はこちら→https://www.youtube.com/watch?list=PLze65Ckn-WXZpRzLeUPxqsEkFY6vt2hF7&v=ksoe4Un7bLo

編集後記(2018年7月17日) - ele-king

 ホイッスル。試合終了。今日からまた憂愁の日々。みなさんもそうでしょう?
 まとめてみよう。今回のW杯で、あらためてフットボールとは幸福なものだと認識した。大人も子供も夢中で観戦する。また、なかんずくW杯は政治とは無縁でいられないということもフランス対クロアチアの決勝戦がはからずとも証明した。
 プッシー・ライオットの乱入。彼女たちの政治的な主張を尊重したうえで言えば、タイミングが悪すぎた。試合の流れをみないと。もうひとつ、プレーしている選手も観ている側も、その瞬間瞬間においてはまったく政治から切り離されている。かつて、ペレがプレーすると紛争中の国同士が休戦したというエピソードがあるくらいだ。愛の営みの最中には戦士だって銃をしまう。それから、彼女たちの乱入は攻めていたクロアチアにとっては不利に働いた。その事実についてもツイッターで触れるべきだった。
 プーチン。とつぜんの雷雨に見舞われた表彰式で、ずぶ濡れのマクロン大統領とクロアチアのグラバルキタロビッチ大統領と横に並びながら、ひとりだけ傘のなかにいるところを生放送されてしまった。今大会を通じてロシアの国際舞台でのイメージ向上につとめたのだろうけれど、あの最後の失態には笑ってしまった。

 クロアチア。それまでの試合ではピッチを駆け抜ける炎だったモドリッチだが、決勝戦では不完全燃焼だったように思えた。しかし、3試合の延長戦を勝ち上がってきたクロアチア代表の奮闘は、紛争によって分裂した旧ユーゴスラビアの多くの人たち(クロアチア人、ボスニア人、セルビア人)に偏狭なナショナリズム以上の、より平和的な融和の感情を持たせたようだ。
 フランス。ポグバが最高。サッカーダイジェストの記事によれば、大統領宮殿の祝賀会において、この屈強なMFはマイクを握って「俺たちはすべてぶっ壊したってことだな! すべてぶっ壊したぞ! すべてぶっ壊したぞ!」と繰り返したそうだ。すると宮殿の庭では「ぶっ壊したぞ!」の唱和がはじまったという……これ、いかにもフランスらしいんじゃない?  レイモンド・コパというフットボール・ファンにはよく知られているポーランド系移民の名選手は、68年5月のバリケードのなかにも参加したというけれど、歓喜に湧くシャンゼリゼ通りの様子もほとんど暴動みたいに見えた(笑)。喜びの暴動とでもいうのだろうか。抑圧されている日本人は、なんでも秩序の言うがままだが、ああいう騒ぎ方は見習ったほうがいいと思う。いまでは毎年のように、歪んだ形の暴力としてその反動が出てしまうのだから、なおさらスポーツは抑圧のシステムに加担しないでもらいたい。

Gaika - ele-king

 昨年の来日公演で強烈なパフォーマンスを見せてくれたガイカ、オルタナティヴなダンスホール・サウンドを聴かせる異才が、ソフィーと共同で作り上げた新曲“Immigrant Sons (Pesos & Gas)”のMVを公開しました。この曲は7月27日にデジタルで配信されるデビュー・アルバム『Basic Volume』収録曲で、同アルバムは9月28日にフィジカル盤もリリースされます。これは楽しみ。

ジャム・シティも参加したニューアルバム『Basic Volume』より、
ソフィーと共同プロデュースをした楽曲、
“Immigrant Sons (Pesos & Gas)”のミュージック・ビデオを公開!
また『Basic Volume』のフィジカル・リリースも9月28日(金)に決定!

代名詞であるゴシック・ダンスホールとインダストリアル・エレクトロニックの融合が一つの到達点に達した作品となっている、ガイカのデビュー・アルバム『Basic Volume』。その中から新たに“Immigrant Sons (Pesos & Gas)”のミュージック・ビデオが公開された。

MV「Immigrant Sons (Pesos & Gas)」
https://youtu.be/1zesioegOY0

今回公開された“Immigrant Sons (Pesos & Gas)”はガイカとソフィーが共同プロデュースを行っており、ガイカがガイカたる所以である、彼特有のエッジーなサウンドを保ちつつも新たにメロディアスな領域に彼自身を突入させた一曲となっている。
また、映像は先日公開された“Crown & Key”と同じ、Paco Ratertaによって製作されたビデオとなっており、撮影はフィリピンで行われた。
スモーク、廃墟、ギャング等々、荒廃した景色を映し出す中、集団の中でリーダーのように振る舞うガイカ本人が暴力的かつどこか神秘的な感じも漂わせる映像に、ガイカのキャリア史上一番ポップで感情を揺さぶるような楽曲が乗り、まさにガイカ・ワールド炸裂といった内容に仕上がっている。

また、待望のデビュー・アルバムとなる『BASIC VOLUME』は、7月27日(金)にデジタル配信で世界同時リリースが決まっていたが、9月28日(金)にフィジカルでもリリースされることが決まった。

label: Warp Records
artist: GAIKA
title: BASIC VOLUME

release date: 2018.09.28 Fri On Sale

[ご予約はこちら]
BEATINK: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9780

digital release date: 2018.07.27 Fri
iTunes: https://apple.co/2xTIA2b
Apple Music: https://apple.co/2HtiXVy

[TRACKLISTING]
01. Basic Volume
02. Hackers & Jackers
03. Seven Churches For St Jude
04. Ruby
05. Born Thieves
06. 36 Oaths
07. Black Empire (Killmonger Riddim)
08. Grip
09. Clouds, Chemists And The Angel Gabriel
10. Immigrant Sons (Pesos & Gas)
11. Close To The Root
12. Yard
13. Crown & Key
14. Warlord Shoes
15. Spectacular Anthem

PSYCHEDELIC FLOATERS - ele-king

 不肖柴崎の監修により新たなリイシュー・シリーズがスタートします。その名も「PSYCHEDELIC FLOATERS(サイケデリック・フローターズ)」。

 「サイケデリック」というと、その語自体が伝統的なロック・ミュージック観と分かちがたく結びいている故に、1967年のサマー・オブ・ラヴ、ヒッピー、LSD、ティモシー・リアリー、サイケデリック・アート、ジェファーソン・エアプレイン、……という連想を反射的に起こさせるものだったし、そういった理解がいまだ一般的なものだろう。ドラッグ・カルチャーと変革の時代が生んだ徒花的存在として、その徒花性が故に「あの時代を彷彿とさせる」アイコニックなカルチャーとしてその後も生きながらえてきた。70年代にはアンダーグラウンドに潜伏しながらもオーセンティックなサイケデリック・ロックを演奏するバンド群は根強く存在していたし、80年代にはオルタナティヴ・ロックの胚珠として「ペイズリー・アンダーグラウンド」なるリヴァイヴァルも勃興し、90年代以降も特定のテイストとして都度アーティストたちに取り入れられる一要素として「サイケデリック」という意匠は生き長らえてきた。

 しかし、本来この「サイケデリック」には、そうした単線的な視点・史観のみでは捉えきれない複層的な空間が広がっている。幻夢的な酩酊感、あるいは静的覚醒感。そういった、サイケデリックから抽出される特有の質感を「浮遊感=フロートする感覚」として捉え直すことで、大きく視野が切り拓かれることになる。快楽性とテクスチャーにフォーカスして音楽を捉え直すという感覚は、90年代に、かつてのソウル観に対する概念として「フリー・ソウル」というタームが出現したときのそれに近しいと言えるかも知れない。そう、ドアーズやエレクトリック・プルーンズ、ブルー・チアー(も素晴らしいけど)ではなく、後期ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやカン、マニュエル・ゲッチング、ウェルドン・アーヴィン、ピーター・アイヴァース、ネッド・ドヒニー、ヨ・ラ・テンゴ、アンノウン・モータル・オーケストラフランク・オーシャン……。それらから共通して抽出されるタームこそを「サイケデリック・フローターズ」と呼びたい。

 そして、昨今のポスト・ヴェイパーウェイブ的趨勢の中、ニュー・エイジ、アンビエント、バレアリック、あるいはシティ・ポップやヨット・ロックが次々と注目・再発見されていく流れにあって、「サイケデリック・フローターズ」という切り口をそこに加えることで、いまこそ再び聴きたい(聴かれるべき)多くの隠れた名作が浮かび上がってくるのだった。これまで「サイケデリック」という文脈では一般的に語られることのなかった幅広いジャンルに存在する「無自覚なサイケデリック」とでも言うべき作品を発掘し、これまでのリイシュー・シリーズとは一線を画した視点で数々のタイトルを紹介していくつもりだ。

 では、今週7/18にリリースとなる第一弾の2作品を紹介しよう。

Jack Adkins / American Sunset

 米ウェストバージニア州出身のシンガー・ソングライターによる84年作の世界初CD化。
 少年期よりガレージ・ロック・バンドで演奏活動を始め、その後も全米サーキットで音楽活動を続けてきたジャック・アドキンス。80年代に入りマイアミに移住しその地の風景に心を打たれたことをきっかけに、北米各地の夕暮れ(Sunset)の風景を歌い綴ったアルバムを制作することにした。歌とギター、リンドラム、そしてシンセサイザー(ローランドジュピター8)を中心に、ほぼ全ての楽器を自身で演奏し録音されたこのレコードは、当時はごく少数のみプレスの超激レア作。
 まさに知る人ぞ知る存在だったこの盤の存在が知られるきっかけは、ダニー・マクレウィンとトム・コベニーというハードなディガーふたりによるユニット PSYCHEMAGIK が選曲を担当したヴァイナル・コンピレーション『PSYCHEMAGIK PRESENTS MAGIK SUNSET PART 1』(2015年)に、アルバム・タイトル曲が収録されたことだった。
 ジュピター8の独特の音色に80’s的風情を強く吹き込むリンドラムの響き、そしてジャック・アドキンス本人のマンダムな歌唱が融合した世界は、まるでルー・リードとアーサー・ラッセルが邂逅したかのような至高のニューエイジ・フォーク作となっている。キラキラと海を照らすオレンジ色の黄昏のような音楽に、バレアリックな哀切が掻きてられる。

Jack Adkins - American Sunset
Boink Records / Pヴァイン

Amazon Tower HMV


Chuck Senrick / Dreamin’

 米ミネソタ州出身のジャズ系シンガー・ソングライター、チャック・センリックによる唯一作(76年作)の世界初CD化。
 地元のバー・ピアニストとして演奏活動をおこなっていた彼が、愛する新妻との結婚生活を綴ろうと制作した作品で、自身のヴォーカルとフェンダー・ローズ、そしてKORG社製のリズムボックス「ドンカマチック」を伴い、友人宅のリヴィング・ルームでひっそりと録音されたものだ。マイケル・フランクスやケニー・ランキンといったヴォーカリストを思わせる切々としたクルーナー・ヴォイスに、透明感のあるローズの響き、そしてキッチュとも言えるドンカマのリズムが融合し、シンプルながらも不可思議な酩酊感を湛えた世界が(ささやかに)繰り広げられる。
 ヨット・ロックのブームを決定づけることになった米〈Numero〉からリリースされたコンピレーション『SEAFARING STRANGERS: PRIVATE YACHT』(2017年作)に、本作から“ドント・ビー・ソー・ナイス”が収録されたことでも一部ファンの注目を集めていた。そういったAOR再評価の最深部的作品としても実に味わい深いが、やはり注目すべきはその幸福な浮遊感に満ちたイノセントかつナイーヴな肌触りだろう。
 これぞまさしくアンコンシャス(無意識的)なサイケデリック・ミュージックの最良の例だと言えるだろう。

Chuck Senrick - Dreamin'
A Peach Production / Pヴァイン

Amazon Tower HMV


 「サイケデリック」についてあれやこれや考察するよりも、あるいは「いまっぽい」という視点ばかりに拘泥するよりも、何よりもまずはその浮揚するサウンドスケープに耳を委ねてみるのが良い。
皆さんのリスニング・ライフに少しの刺激と安らぎを与えてくれるであろう本シリーズ、今後も様々な知られざるレア作や埋もれた名作のリリースを予定していますので、是非ご愛顧のほど宜しくお願いします。

追記:
「サイケデリック・フローターズ」をより楽しんでいただけるように、Apple Music と Spotify 上にプレイリストを作成しました。是非併せてお楽しみください。

AppleMusic

Spotify

※配信曲有無の関係で、AppleMusic と Spotify で若干プレイリスト内容が異なります。

The Sea And Cake - ele-king

 あのザ・シー・アンド・ケイクが、『Runner』(2012)以来、6年ぶりの新作アルバム『Any Day』を発売した。相変わらずとても良い。手に入れてからというもの何度も繰り返し聴いている。リリースはお馴染みの〈スリル・ジョッキー〉だ(日本盤リリースは〈HEADZ〉)。
 初夏から夏にかけてのムードに合う爽やかなアルバムだが、むろん、それだけが繰り返し聴き込んでしまう理由ではない。彼らの音楽は「間」のアンサンブルが絶妙なのだ。このアンサンブルの独特さはなんだろう? と思いつつ、気が付けば20年以上もずっとアルバムを買い続けている。
 なぜだろう。いわゆる最小限のアンサンブルが風通しが良いからだろうか。だが、ザ・シー・アンド・ケイクは、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムスという、ごく普通のロック・バンド編成にも関わらず、まったく普通ではない妙味がある。演奏とヴォーカルの関係性、ドラムとベースの関係性など、これまでのアルバムを聴き込んでいけば一目瞭然だ。こんなロック・バンドはほかにない。ポップであっても変わっている。変わっているけど変ではない。聴きやすく、ポップで、やさしくて、まろやか。一筋縄ではいかなくて、それでも音楽は親しみやすい。少し不思議な音楽。それがザ・シー・アンド・ケイクの印象だ。

 もちろん、サム・プレコップ、アーチャー・プルウィット、ジョン・マッケンタイア、エリック・クラリッジら希代の演奏家・音楽家らがメンバーなのだから、豊穣な音楽性を有していることは当然といえば当然である。じっさい、サム・プレコップのフローティングするようなヴォーカル、アーチャー・プルウィットの味わい深いギター、ジョン・マッケンタイアの複雑にして軽やかに弾むドラミング、エリック・クラリッジの個性的なベースというアンサンブルは「必然と魔法」のように、ザ・シー・アンド・ケイクの本質を形作っていた。
 だからこそ、前作以降、病で演奏活動ができなくなったエリック・クラリッジの脱退は、バンドにとって、ほとんど存続にかかわる事態だったのではないか。そう、本作は、エリック・クラリッジが不在のままサム・プレコップ、アーチャー・プルウィット、ジョン・マッケンタイアら3人によって制作されたアルバムなのである。
 彼らはエリック・クラリッジの代わりに新たなベーシストを入れることをしなかった。たしかに3曲め“Any Day”に、ザ・ジンクスや、ユーフォンで知られるニック・マクリがゲスト・ベーシストとして参加しているが、そのほかの曲はジョン・マッケンタイアがシンセ・ベースを演奏している。

 空白をほかの誰かですべて埋めるのではなく、空白は空白のままにしておくこと。彼らはエリック・クラリッジ脱退以降、そんな方法をとった。これは素晴らしい選択に思える。
 なぜか。その「間」を活かした方法論が、とてもザ・シー・アンド・ケイクらしいのだ。むろん、エリック・クラリッジのベースがなくなったことでバンドのアンサンブルは変わった。当然だ。しかしジョン・マッケンタイアのシンセ・ベースは、その空白を埋めようとはしていない。彼のベースを模倣するのではなく、あくまで空白を空白のままにしておくように、シンプルなベースラインを刻んでいる。
 これは新しいベースを全面的に導入するよりは、ザ・シー・アンド・ケイクがザ・シー・アンド・ケイクであるための重要な選択だったと思う。むろんベースという文字通りバンド・アンサンブルを支えていた存在を失った事実は途轍もなく大きい。だが彼らは「間」のアンサンブルのバンドなのだ。不在を不在のまま存在に変えること。

 喪失から継続へ。このアルバムは人生における喪失への哀しみと、しかしそれでも続いていくこの美しい世界への慈しみがある。全10曲、まるでアートワークに用いられたサム・プレコップの写真そのもののような作品だ。こうして新作が録音され、リリースに至ったことは、ひとつの「奇跡」にすら思える。人生の傍らで鳴り続ける音楽がここに。

Actress × London Contemporary Orchestra - ele-king

 ここ日本からは想像しにくいかもしれないが、海の向こうにおいてアフロフューチャリズムは一定の文化的地位を獲得している。たとえば昨秋アテネでは、世界各地から多くのアーティストを招いたアフロフューチャリズムのフェスティヴァルが開催されており、サン・ラー・アーケストラを筆頭に、ドップラーエフェクトやア・ガイ・コールド・ジェラルドといったヴェテラン、ムーア・マザーやンキシといった新世代がパフォーマンスを披露している(アブドゥル・カディム・ハックやオトリス・グループなどもゲスト・スピーカーとしてレクチャーを担当)。アクトレスことダレン・J・カニンガムもそのフェスティヴァルに出演していたひとりだ。
 自らをホアン・アトキンスの系譜に位置づけるアクトレスがデトロイトのエレクトロ~テクノから多大な影響を受けていることは間違いない。けれども彼はそのサウンドをあからさまに模倣することはせず、むしろ他のさまざまな音楽を参照し、それらの要素を独自に結び合わせ、まったくべつのものとして提出してきた。そのあり方にこそダレン・カニンガムのオリジナリティが宿っていたわけで、ようするに彼は物真似をしないということ、すなわち己自身の想像力を研ぎ澄ませるということをこそURやドレクシアから継承したのだろう。
 そのアクトレスの新作『LAGEOS』は驚くべきことに、オーケストラとの共作である。これまでさまざまな趣向でリスナーを唸らせてきたアクトレス、彼はいま、どのような想像力をもって自身の可能性を押し広げようとしているのだろうか。

 今回アクトレスの相方を務めているロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ(以下、LCO)は、2008年にヒュー・ブラントとロバート・エイムスによって立ち上げられたアンサンブルで、近年ではレディオヘッド『A Moon Shaped Pool』への参加や、あるいはリン・ラムジー監督作『You Were Never Really Here』やポール・トーマス・アンダーソン監督作『Phantom Thread』といった映画のスコアなど、ジョニー・グリーンウッドとの絡みで注目されることが多い。
 他方で彼らはこれまでマトモスやミラ・カリックスといったエレクトロニカ勢ともコラボしてきており、その経験が良き蓄えとなっているのだろう、エレクトロニクスと器楽が手を取り合うと、それぞれの歩んできた歴史の長さが異なるためか、往々にして音色/音響面で後者の支配力が大きくなってしまうものだけれど、本作においてLCOの面々はアクトレスの本懐を削がないことに苦心している。そのために彼らがとった方法は、それぞれの楽器を可能な限り器楽的な文法から遠ざけるというものだ。その奮闘ぶりは「RA Session」の動画を観るとよくわかるが、たとえばチェロのオリヴァー・コーツ(最近〈RVNG〉と契約)もコントラバスのデイヴ・ブラウンも、自身の相棒を打楽器的に利用している。

 そのようなLCOのお膳立てのおかげで、ダレン・カニンガムには大いなる想像の余白が残されることとなった。彼の卓越した編集術はまず、冒頭の表題曲に素晴らしい形で実を結んでいる。か細いパルス音をバックに、ヴァイオリンとヴィオラが独特の酩酊をもたらす2曲目“Momentum”では、ゆったりとヴィブラートをかけることによって紡ぎ出された妖しげな揺らぎが、カニンガムによるエディットを経由することで何かの声のような奇妙な響きを獲得している。3曲目“Galya Beat”では、跳んだり跳ねたりする低音とノイズの背後で弦がドローンを展開しようと試みるものの、途中で弓を折り返さねばならないからだろう、持続は完遂されず、ここでも不思議な揺らぎが生み出されている。ミニマルに反復する高音パートを少しずれた間合いで低音がかき乱していく4曲目“Chasing Number”も、グルーヴという曖昧な概念をメタ化しようとしているようでおもしろい。
 後半もよく練り込まれていて、パンダ・ベアからインスパイアされたという“Surfer's Hymn”では鍵盤とノイズがじつにスリリングなかけ合いを繰り広げているが、そこにさりげなくエレクトロのビートを差し挟まずにはいられないところがアクトレスらしい。「器楽インダストリアル」とでも呼びたくなる“Voodoo Posse, Chronic Illusion”も聴きどころ満載だけれど、キャッチーさで言えば、昨年シングルとして先行リリースされた“Audio Track 5”に軍配が上がる。坂本龍一がラジオでかけたことでも話題となったこの曲は、機能的なビートがひゅーう、ふゅーうとさえずるストリングスと手を組むことで、素晴らしい陶酔を生み出している。

 とまあこのように、『LAGEOS』はカニンガムのたぐいまれな編集センスを堪能させてくれるわけだけれど、本作にはその逆、つまりLCOが既存のアクトレスの楽曲を再解釈したトラックも収められている。『Splazsh』の“Hubble”と『R.I.P.』の“N.E.W.”がそれで、いずれもまったくべつの曲へと生まれ変わっている。LCOの面々も負けていない。
 アフロフューチャリズムがSF的な想像力を駆使することによって現実を捉え直したように、つまりは逃走することによって新たな闘争を実現したように、既存のテクノからもオーケストラからも遠ざかることによって未知の音楽の可能性を開拓した本作は、アクトレスとLCO双方のキャリアにとって画期となるのみならず、テクノとオーケストラとの、エレクトロニクスと器楽との共存のあり方をも更新している。これはもう素直に、LCOの寛容さ・柔軟さと、ダレン・カニンガムの冒険心を讃えたい。コラボたるもの、かくあるべし。


Krrum
Honeymoon

37 Adventures / ホステス

SoulElectronic

Amazon Tower HMV iTunes

 2017年のアップル・ウォッチのCMを見た人はいるだろうか? 「ゴー・スウィム」というシリーズの第2弾で、時計をつけたままプールで泳ぐというフィルムなのだが、そのバックに流れていたのがカラム(綴りはKrrumで、発音的にはクラムが近い)というアーティストの“イーヴル・ツイン”という曲である。近年のアップル社のCM曲に起用されたUK勢には、ハドソン・モホーク、サム・スミス、ムラ・マサなどがいるのだが、旬の人だったり、またはこれからブレイクしそうな人だったりと、人選がいいところをついている。これらCM曲は、エレクトリックな佇まいを感じさせながらも、どこかソウルフルで人間的、温かみだったり、可愛らしさだったりを感じさせる作品が多いのだが、カラムの“イーヴル・トウィン”もそうした1曲である。なお、この“イーヴル・ツイン”のミュージック・ヴィデオもあって、何かのオーディション会場にマイケル・ジャクソン、ボーイ・ジョージ、ニッキー・ミナージュ、ブリトニー・スピアーズのソックリさんが現れるのだが、彼らはみな年季の入った太めのLGBTという感じで、重たそうな体でキレのないダンスを繰り広げるコミカルなものだ。そして、カラム自身も審査員役で登場している。

 カラムはプロデューサー/シンガー・ソングライターのアレックス・キャリーによるプロジェクトで、英国のリーズを活動拠点とする。長い山羊髭に黒縁のロイド眼鏡と、ファッションもなかなかユニークでキャラが立っている。彼はダービーシャー州のダーク・ピークスという田舎町出身で、13才の頃から作曲を始め、地元のスカ・バンドでトランペットを演奏していた。その後、リーズの大学に進学して音楽制作を学び、その頃にゴリラズからボン・イヴェールなどいろいろな音楽の影響を受け、吸収していった。2016年1月に同じアパートに住む友人のハリソン・ウォークと“モルヒネ”というシングルを発表し、この曲や“イーヴル・ツイン”を含む初EPを同年3月にリリース。Shazamやハイプ・マシーンのチャートを賑わせた後、前述のように“イーヴル・ツイン”がアップルCMに使用され、さらに話題を呼んだのである。その後、楽曲制作と並行してピッチフォークやBBCなどが主催するフェスティヴァルにも参加し、人気を伸ばしていったカラム。そして、“イーヴル・ツイン”ほか、“ハード・オン・ユー” “スティル・ラヴ” “ムーン”などのシングル曲を含むファースト・アルバム『ハネムーン』が満を持して発表された。盟友のハリソン・ウォークがソング・ライティングで参加しているが、彼もギタリスト兼シンガー・ソングライターで、ニック・マーフィー(元チェット・フェイカー)を彷彿させる味のあるヴォーカルだ。基本的にアレックスがトラックを作り、ハリソンが歌うというのがカラムのスタイルである。そして、ミキサーにはアデル、ベック、アルバート・ハモンド・ジュニアなどの作品に携わるベン・バプティ、そしてトゥー・ドア・シネマ・クラブ、ムラ・マサなどを手掛けるティム・ローキンソンが参加。また、コリーヌ・ベイリー・レイの楽曲を手掛けたジョン・ベックとスティーヴ・クリサントゥが、それぞれ“フェーズ”と“ハニー、アイ・フィール・ライク・シンニング”でソング・ライティングに加わっている。

 カラムは『ハネムーン』について、ややシニカルな見方をしている。「たいていハネムーンというと、ポジティヴなとらえ方をする人が多いけど、その反面、子供でいることや自由であることが終わりを迎えたという時期を意味するのではないのかな」ということで、このタイトルをつけたそうだ。物事に対して客観的で斜に構えた見方をしており、たとえばラヴ・ソングの“スティル・ラヴ”も「恋愛関係を前進させたい思いが強いけれど、踏みとどまってしまう自分がいる。なぜなら直感的に、その関係より先に進めなくてもいい、妄想で終わらせてもいいと思っている自分がいるから」という思いを表現している。“フェーズ”は「あなたは私の人生の通りすがりの男だから」と、自らを言い聞かせて関係を断ち切るという切ないラヴ・ソング。“ムーン”は「好きな人と関係性を結ぶためには、通らなくてはいけない告白という儀式がある。でも、その引き金を引くと、自分が思いもよらなかった結果が待ち受けていることがある」という具合に、彼の歌にはどこか鬱屈した感情が見受けられる。“アイ・ソート・アイ・マーダード・ユー”や“ハニー、アイ・フィール・ライク・シンニング”などの曲名も意味深だ。このように屈折したフィーリングをデジタル・プロダクション主体のサウンドに乗せるスタイルで、基本的にはエレクトリック・ソウル~オルタナR&B系のシンガー・ソングライターと位置づけられるだろう。そして、シニカルでクールに物事を俯瞰する視線は、とてもイギリス人らしいと言えそうだ。

 ジェイムズ・ブレイクやサム・スミスの成功以降、UKの男性シンガー・ソングライターにはジェイミー・ウーン、クワーブス、クウェズ、サンファなど逸材が多い。今年ブレイクした筆頭のトム・ミッシュほか、ジェイミー・アイザックやプーマ・ブルーなど、若く才能のあるシンガー・ソングライターが続々と登場している。カラムもこうした中のひとりであるが、たとえばトム・ミッシュあたりと比較するとプロダクションはずっとエレクトリック寄りである。トム・ミッシュがギター・サウンドを主体とするのに対し、カラムの軸となるのはシンセ・サウンドで、そこにホーン・サンプルとオート・チューンなどで加工したコーラスを加えていく。“イーヴル・ツイン” “ウェイヴズ” “スティル・ラヴ”がこうしたプロダクションの代表で、“アイ・ソート・アイ・マーダード・ユー”あたりに顕著だが、全体的に1980年代風のエレクトロ・テイストを感じさる点も特徴だ。“ユー・アー・ソー・クール”のようにポップで爽快感を感じさせる曲も魅力的だが、“ブレッシング・イン・ア・ドレス”や“ドーム・イズ・ザ・ムード・アイム・イン”などヘヴィーなヒップホップ系ビートの骨太の曲、“イフ・ザッツ・ハウ・ユー・フィール”のようにオルタナ感満載のベース・ミュージック寄りの曲と、いろいろとヴァラエティにも富んでいる。そして、どの曲からもポップなセンスが感じられる。アップル繋がりではないけれど、ムラ・マサの楽曲や、そのアルバムにも参加していたジェイミー・リデルの作品に通じるところも見受けられるし、クワーブス、ソン(SOHN)あたりに近い部分も感じさせる、というのがカラムの印象だ。“ハード・オン・ユー”のようにソウルフルなフィーリングとエレクトリック・サウンドの融合が、彼の真骨頂と言えるだろう。


GONNO×MASUMURA トリプルファイヤー - ele-king

 たしかいまから3ヶ月ほど前、OLD DAYS TAILORのレコーディングのために大分から東京に出てきていた増村君とひょんなことから吉祥寺で飲むことになった。その時、GONNO×MASUMURAのレコ発の話になって、さらには、対バンは誰が良いかな~というような話になったのだった。安い焼酎が数杯入って無責任な精神になっていた私は、単純に自分が観たいだけという理由で、トリプルファイヤーが良いよ! と提案したのだった。まあ全然ファン層も違うし却下されるだろうな、と思っていたら本当に決まってしまっていた(告知で知った)。

 アルバム『In Circles』のレヴューでも書いたが、GONNO×MASUMURAのリズムへの意識の鋭敏さは、改めて言うまでもなくすごい。生ドラムと打ち込みという相互関係が表出する揺らめきまでも含め、国内で今ここまで自覚的にリズムへ対して取り組むアーティストは稀有であると思っていた。そして、トリプルファイヤーも(その特異な立ち姿や「面白い」歌詞世界に幻惑されてしまいがちであるが)同じくリズムに対して鋭敏な視点を持っている稀有なバンドである。アフロビートや変拍子を取り入れながらも極めて沈着、しかし、そこに内在する熱は、ずっと触れ続けていると知らぬうちに低温火傷を起こしそうなほどに豊か。一見ミスマッチな組み合わせに思えるかも知れないけれど、だからこそこの両者が相まみえる面白さは格別だ。

 はじめに登場したトリプルファイヤーは、パーカッション担当のシマダボーイをサポートに迎えた4人体制。このところの演奏の充実ぶりを伺わせる盤石のライヴで、トリッキーだが統御の行き届いた硬質(なのに靭やかな)グルーヴ。おそらくGONNNOのファンと思われるお客さんがその演奏にじわじわ魅入られていくのを横目で見ながら、ビールを一杯、二杯。途中ボーカルの吉田がMC(僕はいつもライヴ演奏と同じくらいこれを楽しみにしている)で「今日は呼んでもらってありがとうございます……今日は音楽的な現場で……なんかすごく……(突然大声で)今日は音楽的に凄い人たちとやってまーす!」と言い、私は爆笑してしまったのだけど、あまり他に笑っている人がいなく少し気まずい思いで回りを見渡していたら、微笑を浮かべるGONNO×MASUMURAの二人がいた。
 この日のトリプルファイヤーは新曲を織り交ぜたセットリスト。私は体を揺らしながらも、リズムやリフなどそれぞれの曲の構造を把握すべく頭の中を整理しようとするのだけど、そこへ歌声が次々と鮮烈な意味を注入してくるので、忙しく、そして楽しい。あっという間に終わってしまったような感覚。搬入バイトを終えて現地解散する人たちのように楽屋に戻っていくメンバーの様が格好良い。

 ステージ上、ごっそりとセットチェンジが行われる間、主役目当てのお客さん達も徐々に増えてきたようで、自然とフロアにも熱気が篭ってくる。
 いつの間に会場へ到着したのか野田編集長が客席下手スピーカー前の柵に寄りかかって近距離から増村のセッティングを凝視している。「いやあ、二人とも緊張しているね」そう、実はGONNO×MASUMURAとしてライヴを行うのは今回がたった二度目のことなのだという。だからこそ、今ライヴを観ることに価値がある。
 ラップトップやミキサー卓などの機材の山を前にしたGONNOが徐々に電子音を響き渡らせ始め、それに呼応するように増村のドラムが静かに交わっていく。時折アイコンタクトを織り交ぜながら繰り広げられていく演奏は、決まり事があるようでいて無いようでもある、インプロヴィゼーションと非インプロヴィゼーションの境界を内部から溶かしていくようなスリルを帯びる。GONNNOのDJイングは精密でありながら大胆で、増村もそれに煽られるように即妙のフレーズを叩き込んでいく。
 ポップ・ミュージックにおける一般的なドラミングでは、リズムキープとフィルという要素が繰り返させることにより、曲自体の構造が釘打ちされ建築物としての楽曲構成が立ち上がってくるものだが、ここではそういったプレイ上の境界も溶かされ、電子音と相克しながらまるでパルス的鼓動の如く空間をリズムで満たしていく。GONNOのプレイも、テクノ・ミュージック一般におけるマシーン的反復性の快楽を携えながらも、生ドラムが叩き出すリズムのしなりに焚き付けられるように、変幻していく。
 最初のうちは緊張感の漂っていたフロアも、気づけば思い思いに体を躍動している。体感音量はどんどんと上がっていき、ステージ上のふたりもプレイ前のこわばりが嘘のように自らの奏でる音楽に身を委ねる。アルバム終曲を飾る「Ineffable」でライヴはついにクライマックスに達し、その天上的アフロ・バレアリックとでも呼ぶべき世界が昂まりと静けさを同時に召喚する。
 ダブル・アンコールを欲するオーディエンスの前に三度現れたGONNOと増村が、「もっと演りたいんですけど、演れる曲がありません(笑)」と口下手に言ってみせると、空間に充満した音楽がフッと発散されるように辺りに笑みが広がり、幕は穏やかに閉じられた。

 それにしてもこの日、トリプルファイヤーとGONNO×MASUMURAの二組の創出した空間の差異、それこそがライヴイベントの醍醐味というべきものだった。二組は、個的なリズムフォルムへの拘り・固執という点では志を共有しつつも、そのリズムを楽曲構成の中でどう位置づけ、そしてライヴ演奏の場でどのように実践するかという方法論においては全く違った行き方を取っている。本来そういった方法論が演奏集団によって十者十様であるという(自明すぎてむしろあまり顧みられることの少ない)音楽を楽しむにあたっての重要な視点が、これほどまでに鮮烈に提供された空間は稀だったかもしれない。
 音楽は共通言語として(観客含め)いかようにも共有されうるが、コンテクストの差異を味わうことは、その共有と理解に更なるダイナミズムを与えることが出来る。いわゆる「客層」判断上のマーケティング的視点からの躊躇や、一定ファンへの「配慮」などから、なかなかそうしたキャスティングが難しい状況もあるだろうが、こういったイベントがどんどん増えて欲しいと思う。

21世紀ブラジル音楽ガイド - ele-king

ブラジル音楽の新世代と現在進行形の決定版、600作以上を紹介!

リオのインディー・ポップ/ノヴォス・コンポジトーレスとサンパウロ・シーン/ミナス新世代/MPB/Samba Soul/Hip Hop/インスト/各地の音楽……ほか

今世紀に入りブラジル音楽が以前にも増して多様化、
並行してブラジル音楽に興味を持つ他ジャンルのリスナーも増えていることを受け、
今世紀に入って頭角を現してきた新世代を中心に、
現在進行形のブラジル音楽を、間口を広げて紹介。

誰もが待ち望んでいた21世紀のブラジル音楽ガイド、ついに登場!

【執筆陣】
伊藤亮介、江利川侑介、KTa☆brasil、佐々木俊広、宿口豪、高木慶太、橋本徹、花田勝暁、堀内隆志、村田匠

CONTENTS

序文
本書の見方・表記について
ブラジル地図

CHAPTER 01
+2とリオのインディー・ポップ

+2(モレーノ、ドメニコ、カシン)
+2ファミリー
Los Hermanos とメンバーのソロ作
Rio-Bahia connection
+2周辺の次世代
+2の弟世代
女性
男性
男性、BAND

[コラム] 音楽の都リオ~ドメニコ・ランセロッチに見る21世紀のリズムの継承と革新 KTa☆brasil(ケイタブラジル)

CHAPTER 02
ノヴォス・コンポジトーレスとサンパウロ・シーン

ダニ・グルジェルと周辺
シンコ・ア・セコとメンバーのソロ
ノヴォス・コンポジトーレス
タチアナ・パーハ
サンパウロ・シーン/女性
サンパウロ・シーン/男性
エクスペリ・サンバ

CHAPTER 03
ミナス新世代

アントニオ・ロウレイロ
ハファエル・マルチニ
男性
ヘシークロ・ジェラル世代
グラヴェオーラほか
女性
インストゥルメンタル
新世代の先輩

[コラム] クルビ・ダ・エスキーナ名曲集 中原仁

CHAPTER 04
MPB

アナ・カロリーナ
ヴァネッサ・ダ・マタ
マリア・ヒタ
ホベルタ・サー
女性
女性/モニカ・サルマーゾ
女性
男性
セルソ・フォンセカ
ボサノヴァ

[コラム] アントニオ・カルロス・ジョビン作品集 中原仁

CHAPTER 05
Samba Soul / Funky Groove / Urban

セウ・ジョルジ
セウ・ジョルジの仲間
リオ・グルーヴ
サンパウロ・グルーヴ
バンド、ユニット(サンパウロ)
バンド(サンパウロ、リオ、ミナス)
女性シンガー
アーバン

CHAPTER 06
Hip Hop / Funk / Drum'n Bass / Electro / Reggae / Street Beat

Hip Hop
Funk(ファンキ)
Drum'n Bass & Electronica
Reggae
Street Beat

[コラム] 21世紀のバツカーダに見る“ボサ・ノーヴァ”! KTa☆brasil(ケイタブラジル)

CHAPTER 07
Bahia(バイーア)

イヴェッチ・サンガーロ
Axé(アシェー)
Samba & Áfro Bahia
Áfro Bahia
Pagodão(パゴダォン)

[コラム] アフロ・ブラジレイロの新潮流とカエターノ・ヴェローゾ『Livro』の遺伝子 橋本徹

CHAPTER 08
Nordeste & Norte
ノルデスチ(北東部)とノルチ(北部)

Nordeste(北東部)
Norte(北部)

CHAPTER 09
Rock / Folk & Country

Rock
Folk & Country (Sertanejo)

CHAPTER 10
Samba

テレーザ・クチスチーナと Lapa 新世代
Samba Novo
Pagode(パゴーヂ)
Gafieira(ガフィエイラ)

CHAPTER 11
Instrumental

アンドレ・メマーリ
アミルトン・ヂ・オランダ
ヤマンドゥ・コスタ
Choro
Jazz
Jazz / New Age
New Age
Large Ensemble

CHAPTER 12
90's 世代

90's 世代
Collaboration

[コラム] ブラジル音楽のプロデューサーと、ブラジルで眠りについた2人の外国人 中原仁

CHAPTER 13
Maestro, Legend

MPB
Samba
Bahia, Nordeste, Norte
Instrumental etc.
Bossa Nova Age

CHAPTER 14
International

Argentina, Uruguay
Argentina, Cuba, USA
USA, Italia
Portugal, Spain
France, UK, Áftica
Nordeste International
Special Project
アート・リンゼイ

[コラム] NYの名門レーベル Adventure Music が示す21世紀ブラジル音楽の“粋” 橋本徹

索引
筆者プロフィール

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