「Nothing」と一致するもの

KARAN! & TToten - ele-king

 ブラジル発祥のマッシヴかつハードなダンス・ミュージック、バイレファンキ(ファンキ)の勢いが止まらない。首都リオ・デ・ジャネイロの深部であるスラム街、ファヴェーラにて誕生したゲットー・ミュージックはその熱量と音圧、独特のリズムが00年代に大きな注目を集め、さまざまなアーティストやリスナーに刺激を与えた。その後も2020年代の現在に至るまで、無数のジャンルを飲み込みながら独自の方向性に進化を遂げている。

 そんなバイレファンキは今日の日本でも人気を博していて、たとえばハイパーポップ世代のラウドな音像を得意とするビートメイカー、hirihiriや、その名のとおりバイレファンキを軸としたハイ・エナジーなセレクトで絶大な信頼を誇るDJ、バイレファンキかけ子などが、ブラジリアン・ダンス・ミュージックを主としたDJセットやバイレファンキ由来のトラック・メイキングを通じ、日本各地を盛り上げている。

 そして2024年、ついに最新のブラジリアン・サウンドを手がけるブラジル本国のアーティスト、KARAN!とTTotenの両名を迎えた初のジャパン・ツアーが東名阪3会場にて5月に開催決定。両名ともファンキを土台にベース・ミュージックの柔軟性を吸収した “ファベーラ・ベース” なるジャンルを提唱しており、現地でのリアルな肌感覚をもとに同ジャンルのさらなるアップデートを試みている。

 KARAN!とTTotenのジャパン・ツアーは、全日程をバイレファンキかけ子が帯同しつつ5月22日(水)よりスタート。ポスト・コロナ以降のハイヴリッドな感性を持つアーティスト、cyber milkちゃんとDJ/スタイリストとして活動するALTF4によるイベント〈shampoo〉が手がける大阪COMPASSでのデイ・パーティにはじまり、5月24日(金)には栄のローカル・シーンを支えるヴェニュー、club Good Weatherを舞台に名古屋公演をオールナイト開催、そして5月25日には渋谷、CIRCUS TOKYOでのツアー・ファイナルが開催決定している。
 とくに東京公演にはokadada、坂田律子をはじめとした中南米のダンス・ミュージックにも精通した実力者が名を連ね、ライヴ・アクトとして日本でいち早くバイレファンキ✕サンプリング・ミュージックの可能性をナードな感性とともに探った2danimeghettoのMPCを用いた即興演奏が披露されるなど、現在の日本におけるバイレファンキの受容を総括したようなラインナップとなっている。
 ファンキ・ラヴァーのための特別な一夜を各会場で体感し、バイレファンキの現在形とブラジリアン・ダンス・ミュージックへの深い愛情を存分に楽しんでいこう。

KARAN! + TToten JapanTour!!

大阪公演
会場: CONPASS OSAKA
日時: 5/22(水)
START 18:00 CLOSE 22:30
前売: ¥2000 当日: ¥2500
TICKET : https://forms.gle/4HMPLiA8oNufeJT18

DJ:
KARAN! (from Brazil)
TToten (from Brazil)
バイレファンキかけ子
ALTF4
cyber milkちゃん
Junya Hirano(environment 0g/remodel)

名古屋公演 (To Be Announced)
会場: club GOODWEATHER
日時: 5/24(金) midnight

DJ:
KARAN! (from Brazil)
TToten (from Brazil)
バイレファンキかけ子
and more

東京公演
会場: CIRCUS TOKYO
日時: 5/25(土) START 23:00
前売: ¥2500 当日: ¥3000 学生: ¥2000
TICKET : https://circus.zaiko.io/e/karanttoten

Live:
2danimeghetto

DJ:
KARAN! (from Brazil)
TToten (from Brazil)
AXELERATOR
バイレファンキかけ子
hirihiri
okadada
pìccolo
坂田律子

KRM & KMRU - ele-king

 ザ・バグ名義で知られるケヴィン・リチャード・マーティン(KRM)と、ケニア出身ベルリン拠点のアンビエント作家、〈Editions Mego〉からの作品で注目を集めたジョセフ・カマル(KMRU)とのコラボレイションが実現することになった。アルバム『Disconnect』はブライトンの〈Phantom Limb〉より6月14日にリリース。その後にはおなじセッションから生まれたEP「Otherness」も予定されているとのこと。興味深い組み合わせに注目です。

artist: KRM & KMRU
title: Disconnect
label: Phantom Limb
release: 14th June 2024
tracklist:

01. Differences
02. Arkives
03. Difference
04. Ark
05. Differ
06. Arcs

Tashi Wada - ele-king

 フルクサスとも関わった作曲家ヨシ・ワダの息子にして、ジュリア・ホルターのコラボレイターでもあるLAのタシ・ワダ。自身のレーベル〈Saltern〉や〈RVNG Intl.〉などで実験的な試みをつづけてきた彼のニュー・アルバムが6月7日にリリースされる。題して『What Is Not Strange?』、父の死から娘の誕生までの期間に制作された作品だという。現在、ジュリア・ホルターを迎えた新曲が先行公開中だが、いやこれはアルバムも大いに期待できそうです。収益の一部は国境なき医師団に寄付されるとのこと。

Tashi Wadaのニュー・アルバム『What Is Not Strange?』がRVNG Intl.から6/7にリリース決定。
Julia Holterをフィーチャーした新曲「Grand Trine」をリリース&Dicky Bahtoが手がけたMV公開。

フルクサスの中心人物でもあった故Yoshi Wada氏のご子息でもあるロサンゼルスを拠点とするコンポーザーTashi Wadaのニュー・アルバム『What Is Not Strange?』がRVNG Intl.から6月7日にリリース決定。
先行ファースト・シングルとして長年のコラボレーターでありパートナーでもあるJulia Holter(昨年12月には共に来日)をフィーチャーした「Grand Trine」をリリース。
この曲は当時生まれたばかりだったTashi WadaとJulia Holterの娘の星図に存在する、正三角形を形成する惑星の占星術的な配置にその名前が由来している。Tashi Wadaのきらめくリチューンされたハープシコード・サウンドが、Julia Holterの伸びやかなヴォーカル、Ezra BuchlaとDevin Hoffの流線形のストリングス、Corey Fogelのラウンチングでパワフルなドラムによって高められていく。まるで惑星間の宮廷音楽のようであり、生命のサイクルに対する野心的な賛歌である。

合わせてTashiとJuliaの長年のコラボレーターであるDicky Bahtoが手がけた印象派的な同曲のミュージック・ビデオも公開されました。

Tashi Wada new single “Grand Trine” out now

Artist: Tashi Wada
Title: Grand Trine
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Format: Digital Single
Listen/Buy: https://orcd.co/glwqb41

Tashi Wada – Grand Trine [Official Video]
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=fIbkbwliaOU

Directed by Dicky Bahto

Tashi Wada new album “What Is Not Strange?” out on June 7

Artist: Tashi Wada
Title: What Is Not Strange?
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-216
Format: CD / Digital

※解説付き予定

Release Date: 2024.06.07
Price (CD): 2,200 yen + tax

“ドリーム・ミュージック” ロサンゼルスを拠点に活動する作曲家Tashi Wadaのニュー・アルバムであり、これまでで最も遠大で情熱的な音楽で構成されている作品が完成。父親Yoshi Wadaの死から娘の誕生までを含む期間にわたって書かれ、録音されたこのアルバムでは、ワダが新しい様式の恍惚とした歌をベースにした新しい表現方法を通して、「生きていること」、「死」、「自分の居場所を見つけること」といった広範な物語を探求するため、内面を見つめ直した作品となっている。濃密なフォルム、峻烈なコントラスト、明白な超現実性は、最小限の手段で知覚的効果を引き出した彼の初期の作品とは異なる重みを持っているかもしれないが、『What Is Not Strange?’』の核心は依然として実験と予期せぬ結果にある。

ワダは『What Is Not Strange?』をドリーム・ミュージックと呼び、”特定するのが難しい感情状態”と”瞬間から瞬間への変容”を宿している。自己の体験的知識によって生得的な真理を探求することは、ワダがアメリカのシュルレアリスムの詩人フィリップ・ラマンティアの著作に没頭していたことに影響されている。アルバムのタイトルをラマンティアの詩から取ったことに加え、彼は、私たちはまさに同じ世界の反映であるため、世界の秘密は私たちの中にあるという先見の明のある詩人の信念に触発された。しかし、このアルバムの基本的な前提は、そこに「そこ」は存在しないという感覚である。足元の地面さえ不確かなのだ。この内面性があるように見える『What Is Not Strange?』の理念と音楽は安易なカテゴライズを拒み、過去、現在、未来のビジョンのように展開する。

ミニマリズム音楽と、父Yoshi Wadaが中心人物であったフルクサス芸術運動の不朽の遺産を肌で感じながら育ったワダは、父の偉大な貢献によるインサイダーとして、また2人の移民の息子として、アジア系アメリカ人としてのアウトサイダーとして、アカデミーと90年代以降のアメリカのアンダーグラウンドを渡り歩いてきた。本作で彼は、この系譜を再文脈化し、推定される信条を無視し、より大きく、より複雑なアレンジメントで最大主義的アプローチを主張する。

既知の量の不安定性は、「What Is Not Strange?」の方法論に反映されている。ワダはキーボード演奏を自由にするために独自のパラメータを設定し、フランスの作曲家で音楽理論家のJean-Philippe Rameauが提案した18世紀初頭の音律に基づいたシステムにProphetとOberheimのシンセをチューニングした。「そこから、耳と感触で音楽を浮かび上がらせました」と振り返り、「チューニングの不規則なハーモニーと重なり合うキーボードの馴染みのある感触とその引きが私の演奏を導き、最終的にアルバムのサウンドとハーモニーの世界を形作りました。」と語っている。
『What Is Not Strange?』の参加メンバーは、実験音楽、ポップス、ジャズ、エレクトロニック・ミュージックなど、様々な分野のロサンゼルスのミュージシャンからなる結束の固いコミュニティから集められている。長年のコラボレーターでありパートナーでもあるJulia Holterは、彼女の特徴である高らかなヴォーカルでワダの作曲を高めている。パーカッショニストのCorey Fogelは 、パワフルでありながら繊細なオーケストラ・プレイでアルバム全体に貢献し、ヴィオラ奏者のEzra BuchlaとベーシストのDevin Hoffは 、拡散する弦楽器のテクスチャーとメロディックなインタープレイを提供している。このアルバムは、Chris Cohenが南カリフォルニアの様々なスタジオで録音し、Stephan Mathieuがミキシングとマスタリングを担当した。「この音楽はかなり直感的に書かれたもので、近年、家族や友人とライブ・グループを結成し、ツアーを数多くこなしてきたことに起因しています」とワダは言う。

オープニングのタイトル・トラックでは、立ち上がるシンセのパルスが、不穏でありながら吉兆なムードを醸し出し、バンドをフォーメイションへと誘う。アルバムの目玉である「Grand Trine」は、これまでの作品の中で最も輝かしい音楽である。ワダの重厚なハープシコードとJulia Holterの紛れもない声が組み合わさり、惑星間の宮廷音楽のように感じられる。タイトルは、ワダとホルターの娘の星座図にある正三角形を形成する3つの惑星の配置にちなんでいる。バンドは「Flame of Perfect Form」で原始的なサイケデリアへと融合し、トリオ編成の「Subaru」では、フォークと日本のシンセ・ポップが楽観的にブレンドされ、星に手を伸ばす。最後から2番目のトラック「Plume」では、彼のこれまでの音楽に存在していた哀愁漂うドローンが、楽しげでやんちゃなキーボード・ソロと一気に絡み合う。

ワダは『What Is Not Strange?(何がおかしくないか)』で、野性的な実験の基盤を確立し、決定的な声明を作り上げ、彼の身近な、そして拡大した音楽的ファミリーの助けを借りて、広がりのある新しい音世界を形作った。ルーツは深まり、増殖する。本作は、アーティストがコントロールを放棄し、得体の知れないものに語りかけるサウンドである。ワダが回想する:「まだ泳ぎに自信がない頃、海に入って、足の指先が地面につかなくなり、ゆっくりと浮き上がった幼い頃の記憶がある。恐怖と爽快感でいっぱいだった。底が抜けて、深いところに出て、広々とした開放感の中で、自分と、上空の空と下界の海の底知れなさを感じるんだ」。

Tashi WadaとRVNG Intl.を代表して、このリリースの収益の一部は、紛争、伝染病、災害、または医療から排除された影響を受けている人々に人道的医療支援を提供する非政府組織「国境なき医師団」に寄付されます。

TRACK LIST:

01. What Is Not Strange?
02. Grand Trine
03. Revealed Night
04. Asleep to the World
05. Flame of Perfect Form
06. Under the Earth
07. Subaru
08. Time of Birds
09. Calling
10. Plume
11. This World’s Beauty

Bingo Fury - ele-king

 ブリストルの青年ジャック・オグボーンのプロジェクト、ビンゴ・フューリー。彼は石畳の冷たさと厳かな空気が漂う街を描いた映画のサウンドトラックのような音楽を奏でている。2020年、白黒の画面のなか、小さな教会の前でジャズとノーウェーヴを混ぜた音楽にあわせ歌っていた若者のバンドがあっという間に解散した後、彼は残ったメンバー数人とともにビンゴ・フューリーという50年代、60年代のノワール映画から抜け出たようなペルソナをまとい再び表舞台に帰ってきた。
 ビンゴ・フューリーの名が初めて世に現れたのは同年にリリースされたコロナ禍における音楽ヴェニューを守るためのチャリティー・コンピ・アルバム『Group Therapy Vol. 1』だった。ゴート・ガールのロッティのソロ名義ムッシー・P、ブリストルの年上の盟友ロビー&モナ、ザ・ラウンジ・ソサエティ、ソーリー、ブラック・カントリー・ニュー・ロードのルイス・エヴァンスのグッド・ウィズ・ペアレンツ、果ては 〈Speedy WunderGround〉ダン・キャリーのサヴェージ・ゲイリーまで、そうそうたるメンバーのなかに収められた小さなデモは部屋のなかの空気がそのまま入っているかのような暖かさがあって、いまこうやって聞くとビンゴ・フューリーのコンセプトがこのときすでに完成していたようにも思える。キーボードで弾き語られるそれはまるで映画のなかに挿入されるワン・シーンのように映像的で、そして音楽が作り出す空気を表現しているようだった。

「僕はそれ(ビンゴ・フューリー)を人生よりも大きなものにしたかったんだ……映画みたいになることを僕は求めた」。地元ブリストルのメディア365Bristolのインタヴュー(2022年)にジャック・オグボーンはそんな言葉を残しているが、その言葉通りビンゴ・フューリーの音楽は音楽のためだけのものではないのだろう。ミュージック・ヴィデオや写真がどのような影響を曲に与えるのか? もしくは曲がヴィデオやビンゴ・フューリーというプロジェクトにどんな影響を与えるのか? 彼は考え、このペルソナが生きる世界を構築しようと試みた。それはデヴィッド・ボウイが70年代にジギー・スターダストとしておこなったことと同じようなことなのかもしれないが、ビンゴ・フューリーは違う星ではなく、ブリストルの片隅に存在する現実の隣にあるほんの少しズレた世界を作り出したのだ。冷たい空気と暗闇、窓のなかの明かり、アートワークに描かれた彼の姿は等身大を離れ、想像の世界、物語の確かな美しさを提示する。

 そんな風に作られたこの1stアルバムの世界は暗く柔らかに日常のなかに溶けていく。地元ブリストルの教会で録音されたというジャズともノーウェーヴとも言えないような音楽はギラギラと目を引くような派手なものではなく、不協和音の緊張とそれに反するような安らぎの両方を持ち、ピアノとコルネットが空気を作り感情に静かに波を立てていく。それはまさに日常に寄り添うサウンドトラックのようであって、心のなかの景色をほんの少し特別なものに変えていくのだ。
 いくつものムードが交じり合い同時に存在するという感覚はともすればぼんやりとしたものともとらえられかねないが、しかしこれこそがこの奇妙な心地の良い空間を作り出しているものなのだろう。たとえば何かが起きそうな不穏な空気を作り出すホーンにピアノ、どこかから聞こえる物音、渦巻くような危険な気配を持った “I'll Be Mountains” はしかし、結局は何も起きずに静かにフェードアウトしていく。「パンのように霧をちぎる」。抽象的な歌詞をわずかに抑揚をつけてオグボーンは歌い、それがなにもない日常の空気のなかに溶けて消えていく。ほんの少しのズレにほんの少しの心地よさ、それは壮大なものではなく感情の機微みたいなもので、何かの気配や物音がズレや違和感を作り出し漂う空気を形作っていく。“Power Drill” や “Mr Stark” といったギターやエフェクトが引っ張っていくような曲であっても、裏で鳴るピアノや落ち着いた低い声のヴォーカルがチグハグなムードを作り出し心を極端な方向に持っていかせない。そうしてそれがこの奇妙に落ち着く空間を作り出すのだ。
 ビンゴ・フューリーは空気を描く、28分と少しの短い収録時間とも相まってこのアルバムは日常の小さなサウンドトラックとして素晴らしく機能する。繰り返し聞くたびに心に触る静かな刺激がなんとも心地よくなっていく。

Jlin - ele-king

 フットワークのすごいところは、この音楽がダンスのためにあり、ダンスという行為から自発的に生まれる創造性に対応すべく進化した点にある。踊っている側が、バトルのためにより複雑な動きを必要とし、音楽がそれに応えたのだ。つまり、あの平均値80bpmのハーフタイムのリズムと160bpmのオフビートでのクラップとハットの高速反復、初期のそれにはいかがわしいヴォーカル・サンプルも追加されるという(その点ではヴェイパーウェイヴとの並列関係にあった)、ああしたフットワークのスタイルは、アートを目指して生まれたものではない。踊るために機能するサウンドとして生まれ、磨かれたということだ。RPブーもDJラシャドもDJスピンも、みんな元々はダンサーである。いや、その源流にあたるゲットー・ハウスの王様、DJファンクだってダンスからはじまっている。「ファック・アート、レッツ・ダンス」とは初期レイヴの有名なスローガンだが、シカゴはそれを一時期の流行ではなく、世界がシカゴに注目しなくなった90年代後半においてもずっと継続していたのだった(デトロイトのゲットーテックとともに、ダンス・ミュージックにおけるダーティな側面の追求)。きっと、いまでもそうなんだと思う。

 ジェイリンは、シカゴのフットワークをインターネットを通じて知ったその外部者のひとりで、インディアナ州ゲイリーを拠点としている。現場とは直接関わっていなかったがゆえにダンサーたちの要求に応える必要もなく、自由な発想ができる立場にいた彼女は、それでも最初は現場の手ほどきを受け、そして自分のアイデアを加えてフットワークを拡張した。そのみごとな成果は、すでに『Dark Energy』や『Black Origami』といった作品として知られている。とくに後者はオウテカの領域にも近づいており、その4次元的なリズム宇宙とテックライフ系のフロアとの架け橋をしているようなアルバムだった。もっともジェイリンのシカゴの現場へのリスペクトにはたいへんなものがあって、彼女はフットワークのAFXにはならないし、彼女の音楽から「レッツ・ダンス」の要素はなくならない。それは今回のアルバムにおいてもっとも話題となったフィリップ・グラスとの共作“The Precision Of Infinity”も証明している。
 この曲で驚くべきは彼女のリズム・トラックだ。もちろん、いままでもそうだったように、単純な反復ではない。フットワークにおけるハーフタイムの構造を活かし、曲は複数回にわたって別のリズムへと展開する。複雑な構造だが、複雑には聴こえないし、ゲットー・ハウスに聴こえる瞬間すらある。ダンス・ミュージックにおけるもっともダーティな側面(からの進化形)とグラスが、どんな経緯があろうとも結果、共鳴しあっているかと思うと、ぼくはついつい微笑んでしまうのだが、良い曲だと思う。クロノス・クァルテットとの共作“Sodalite”も、同じように彼らの旋律の変化に合わせてリズムも変わる。ちなみにジェイリンは、バージニア・ウルフの小説を下地にした映画『めぐりあう時間たち』のサウンドトラックでグラスを好きになったという話だ。
 
 ビョークとの共作は、ジェイリンがすでにホーリー・ハーンドンとの共作を出していることを思えば驚くに値しない。その曲“Borealis”も、グラスとの共作同様にシームレスなリズムの変化が魅力で、これまでの作風がどちらかと言えばヴァーティカル(垂直的)な傾向(つまり、いつどこで聴いてもその曲の魅力はわかる構造)にあったことを思えば、今回はそこにリズムの展開を加えること(つまり、最初から通しで聴いた方がその魅力がわかる構造)が大きなコンセプトになっていると言えそうだ。それから、まあこれは以前からもあった要素だが、“Challenge ”や“Eye Am”など、パーカッシヴな響きの多彩な見せ方も今作の特徴になっている。野心作としてはほかにも、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器の音をパーカッシヴに使った、抽象的だがリズミックな“Summon”があるが、この実験においてもフットワークの影響が残っている。そう、だから、シカゴではアートではないからこそアートになりえるという逆説が成り立っていると、ジェイリンはそのことをよく理解していた。フットワークとはリズムの音楽で、その可能性/横断性は限りない。というわけで、さあ、レッツ・アート、レッツ・ダンス!

Ben Frost - ele-king

 アートワークのヴィジュアルは黒き太陽だろうか。その「太陽」(かもしれない惑星らしき円形の影)のまわりに冠のように放出されてる「光」。どこか「コロナ」のようなイメージだ。となればこのベン・フロストの新作アルバムもまたコロナウィルス以降の世界を象徴するようなアルバムなのだろうか。いやそんな安直な思い込みはひとまずは置いておこう。何はともあれこの衝撃的な音世界に心身を浸すべきである。電子ノイズ、エレクトリック・ギター、断続的なリズム。それらの交錯が心身を直撃する。まさしく最強の「尖端音楽」だ。それがベン・フロストの新作『Scope Neglect』である。

 この『Scope Neglect』は、2017年にリリースされた『The Centre Cannot Hold』以来、7年ぶりに、かの〈MUTE〉からリリースされたベン・フロストのアルバムである。エンジニアにニック・ケイヴスワンズなどを手がけた Ingo Kraussを迎え、ベルリンのキャンディ・ボンバー・スタジオで録音された。ちなみに〈MUTE〉からは、2014年に『Aurora』を発表している。どちらのアルバムも炸裂する電子ノイズとエモーショナルな旋律が交錯するアルバムだった。むろんフロストは〈MUTE〉からのみアルバムを出してきたわけではなくて、2003年にリリースした『Steel Wound』は〈Room40〉からだし、2006年の『Theory Of Machines』、2009年の『By The Throat』は、フロストの盟友であるヴァルゲイル・シグルズソンやニコ・ミューリーらと運営していたレーベル〈Bedroom Community〉から発表したアルバムだった。また10年代後半から20年代前半にかけてはドラマ・シリーズ『Dark』や『1899』のサウンドトラックを手がけ、その仕事の幅を広げていった。個人的には2022年に〈The Vinyl Factory〉からリリースされたフィールド・レコーディング作品でありながら神話的な音響空間を構築した『Broken Spectre』と、2023年に〈Room40〉から発表したフランチェスコ・ファブリスとの共作『Vakning』があまりに素晴らしく、フロストはこのままエクスペリメンタル/実験音楽路線を突き進むと思っていたので、インダストリアル・エレクトロとでいうような〈MUTE〉からの2作のようなサウンドはもう聴くことはできないと勝手に思っていた。だからこそ本作はより衝撃だったのだ。単に過去作の反復ではない。もっとスケールの大きい、かつ精巧なノイズ・インダストリアル・エレクトロニカが見事に完成していたからである。

 プログレッシヴ・メタル・バンドのカーボムのギタリスト、グレッグ・クバツキとマイ・ディスコのベーシストであるリアム・アンドリューズが参加していることも話題になっている。特にグレッグ・クバツキの放つギターは筆舌に尽くし難いほど凄まじい。もちろんベン・フロストのサウンドと完全に一体化しているように構築されているが、このアルバムの持っている衝撃度を上げるのに貢献していることには違いない(どうやらこのアルバムはフロストの「メタル」への憧れから生まれたという)。とにかくこのギターの音は脳にくるのだ。アルバムは1曲目 “Lamb Shit” では冒頭からエレクトリック・ギターの音が炸裂している。カミソリのように鋭い音が、独特の間で鳴らされる。アルバムの世界に聴き手を引き込むオープンニング・トラックとして見事に機能しているのだ。2曲目でもギターの音は引き継がれている。まるで恐ろしい爆撃のようにギターの音が響き、そこにアトモスフィアな電子音次第に折り重なっていく。この曲ではビートが鳴り響いていないが、深く地響きのように鳴らされる音が衝撃的である。とはいえアルバム全体がヘヴィロックよりになっているわけではない。3曲目 “The River of Light and Radiation” では、アルヴァ・ノト池田亮司などの電子音響作品を思わせる電子音のリズム/ビートを導入している。続く4曲目 “_1993” は2分50秒の短いトラックだが、不穏、かつ鋭いアンビエンスのサウンドスケープを展開する。アルバムには全8曲が収録されているので、ここがアルバムの折り返し地点だ。5曲目 “Turning the Prism” では、前半で展開していたエレクトリック・ギターによる爆撃のような音、透明・不穏なアンビエンス、不規則なリズムという要素がすべて統合され、アルバム全体を象徴するようなトラックといえよう。インダストリアルであり、サイケデリックですらある。6曲目 “Load up on Guns, Bring your Friends” では “_1993” 的な鋭いノイズによるインダストリアル・アンビエントを展開する。7曲目 “Tritium Bath” は穏やかなトーンのアンビエント的なサウンドとヘヴィロック的なギターが同時に鳴らされ、異なるふたつの状況が同時進行するようなサウンドだ。“Turning the Prism” と同じようにアルバム中の要素を統合したトラックである。音が波のように変化し、ノイズとアンビエントの両極を行き来するこの曲は、まさに本作のクライマックスのようでもある。中盤を過ぎたところで展開するザクザクと刻まれていくエレクトリック・ギターが凄まじい。どこか感情を殺したような不穏な感覚もある。この不穏な静けさはアルバム最終曲である8曲目 “Unreal in the Eyes of the Dead” へと受け継がれる。不穏なトーンが持続するなか、ミニマルに展開するダーク・アンビエント・トラックだ。どこか異様な殺気を感じさせる曲でもある。この曲はアルバム全体に横溢している世界の終わりのようなムードを実によく表現している。まさにアルバムの最後を飾るに相応しい曲といえよう。

 『Scope Neglect』でベン・フロストはどのような「ムード」というか「気配」をわれわれに伝えようとしているのだろうか。アルバムを何回も聴いてもふとこう思った。ベン・フロストは、この世界/地球そのものの「震動」をノイズを通して音響作品にしているのではないか、と。だがそれはかつての彼の作品もそうだったはず。『Scope Neglect』を聴いてると、なぜかクセナキスの『Persepolis』や「Hibiki-Hana-Ma」を思い出した。当然、どこも似ていない。ただ世界そのものを「謎」として、その「謎」を暴発的な音響で軋むように作品化しているというムードが似ているように思えたのだ。むろんこれは単なる妄想なのだが、重要なことは、『Scope Neglect』には異様なまでに吸引力がある点である。そう、本作は真夜中の太陽のごとき電子ノイズによる謎と衝撃のサウンドが結晶しているのだ。
 まさに強烈に爽快。不穏にして明快。攻撃的であり瞑想的でもあるサウンドが矢継ぎ早に襲ってくる圧倒的な音の集合体。いわばヘヴィ・エレクトロニック・ミュージック。その誕生と進化の両極がここにある。そう、まさに赤い光を放つ黒く燃える惑星のように。

読む人の数だけ物語がある。
人生を揺さぶる「読書という体験」とは。20人の表現者が描く、本にまつわる濃厚なエッセイを収録。

永井玲衣 スズキナオ 川内有緒 牧野伊三夫 島田潤一郎 磯部涼 古賀及子 大平一枝 今井真実 鳥羽和久 五所純子 後藤護 岡崎武志 浅生ハルミン 森岡督行 嵯峨景子 野中モモ 前田エマ かげはら史帆 星野概念

哲学者、画家、ノンフィクション作家、モデル、翻訳者、精神科医、書店主など20人が選んだ本

「日常が変わるほど刺激的な本」
「この本があるから今の自分がある」
「きっとこれから大事になる本」

目次

はじめに

カツ丼の秘密を解くのに三〇年もかかってしまった 川内有緒
絵が一片の詩であると知る 牧野伊三夫
解釈や理解をすり抜けるものの話 星野概念
小さな物語などありえない 五所純子
残された文章を読めば、いつでも「植草さん」が立ち現れる 岡崎武志
読書の敵、読書のよろこび 島田潤一郎
わくわくしないはずがない 浅生ハルミン
代表作を、あえて 大平一枝
どこを読んでも面白いのです 森岡督行
“何も起こらない小説” ではなく スズキナオ
自分のままで生きていくために 今井真実
衝撃を受けてなお、私は読書に目覚めなかった 古賀及子
それが絶望だったとしても 前田エマ
そして新しい扉は開かれた 嵯峨景子
本嫌い(ビブリオフォーブ)を本狂い(ビブリオマニア)に変えた一冊 後藤護
私の “昨日” の世界 かげはら史帆
意味などぶっ飛ばす爆音の先に 磯部涼
誰もが、深く傷ついていた 永井玲衣
人生最大の読解力を使い切った 鳥羽和久
モモのいる世界で半世紀 野中モモ

執筆者一覧

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
紀伊國屋書店
honto
e-hon
Honya Club
キャラアニ・ドットコム

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

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紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/文教堂/戸田書店/啓林堂書店/ブックスモア
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

Speed Dealer Moms - ele-king

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョン・フルシアンテは電子音楽好きの一面ももっていて、トリックフィンガー名義で作品を発表したりしている(インタヴューはこちら)。そんな彼とブレイクコアの代表格、ヴェネチアン・スネアズ(※英語では「ヴェニシャン・スネアズ」)ことアーロン・ファンクによるプロジェクトがスピード・ディーラー・マムズだ。
 これまで2010年と2021年に12インチを送り出している彼ら、当時はクリス・マクドナルドもメンバーだったが、今回フルシアンテとファンクのふたりによって再始動される。新作12インチ「Birth Control Pill」は〈Evar Records〉より5月10日にリリース。

artist: Speed Dealer Moms
title: Birth Control Pill
label: Evar Records
release: 10th May 2024
tracklist:
Side A - Birth Control Pill
Side B - Benakis

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka - ele-king

 これは興味深い組み合わせだ。アンビエント/ドローン・アーティストの畠山地平と、近年多方面で活躍をみせるジャズ・ドラマー、石若駿によるコラボ・アルバム『Magnificent Little Dudes』がリリースされる。2部作だそうで、まずはその「vol.1」が5月24日にリリース。事前準備なしでおこなわれた即興演奏が収録されるという。日本先行発売。いったいどんな化学反応が起こっているのか、注目です。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka
Magnificent Little Dudues Vol.1
2024年5月22日(水)日本先行発売!

日本を代表するアンビエント/ドローン·ミュージック・シーンを牽引する存在となったChihei Hatakeyamaこと畠山地平が、この度ジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーションを発表した。

ラジオ番組の収録で出会って以来、ライヴ活動などでステージを共にすることはあった2人だが、作品を発表するのは今回が初めて。『Magnificent Little Dudes』と名付けられた今作は、2部作となっており、2024年5月にヴォリューム1が、同夏にヴォリューム2がリリース予定となっている。

「その場、その日、季節、天気などからインスピレーションを得て演奏すること」をコンセプトに、あえて事前に準備することはせず、あくまでも即興演奏を収録。ファースト・シングル「M4」には日本人ヴォーカリストHatis Noitをゲストに迎えた。ギター・ドローンの演奏をしているとその音色が女性ヴォーカルのように聞こえる瞬間があることから、いつか女性ヴォーカルとのコラボレーションをしたいと思っていた畠山。「今回の石若駿との録音でその時が来たように感じたので、即興レコーディングの演奏中、いつもは使っている音域やスペースを空けてギターを演奏しました。ちょうどこのレコーディングの3週間くらい前に彼女のライヴ観ていたので、Hatis Noitさんの声をイメージしてギターを演奏しました」と話す。

世界を股にかけて活動する日本人アーティスト3組のコラボレーションが実現した『Magnificent Little Dudes Vol.1』は、日本国内外で話題となること間違い無いだろう。

アルバムはCD、2LP(140g)、デジタルの3フォーマットでリリースされる。

本日、収録曲の「M4」がファースト・シングルとして配信スタートした。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka - M4 (feat. Hatis Noit)

[トラックリスト]
(CD)
1. M0
2. M1.1
3. M1.2
4. M4 (feat. Hatis Noit)
5. M7

(LP)
Side-A
1. M0
Side-B
1. M1.1
Side-C
1. M1.2
Side-D
1. M4 (feat. Hatis Noit)
2. M7

アーティスト名:Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
タイトル名:Magnificent Little Dudes Vol.1(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 1)
発売日:2024年5月24日(水)
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1594CD / 2LP: GB1594

※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き予定

アルバム『Magnificent Little Dudes Vol.1』予約受付中!
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-01

シングル「M4」配信中:
https://bfan.link/m4

バイオグラフィー

[Chihei Hatakeyama / 畠山地平]
2006年に前衛音楽専門レーベルとして定評のあるアメリカの〈Kranky〉より、ファースト・アルバムをリリース。以後、オーストラリア〈Room40〉、ルクセンブルク〈Own Records〉、イギリス〈Under The Spire〉、〈hibernate〉、日本〈Home Normal〉など、国内外のレーベルから現在にいたるまで多数の作品を発表している。デジタルとアナログの機材を駆使したサウンドが構築する、美しいアンビエント・ドローン作品を特徴としており、主に海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。2021年4月、イギリス〈Gearbox Records〉からの第一弾リリースとなるアルバム『Late Spring』を発表。その後、2023年5月にはドキュメンタリー映画 『ライフ・イズ・クライミング!』の劇中音楽集もリリース。映画音楽では他にも、松村浩行監督作品『TOCHKA』の環境音を使用したCD作品『The Secret distance of TOCHKA』を発表。第86回アカデミー賞<長編ドキュメンタリー部門>にノミネートされた篠原有司男を描いたザカリー・ハインザーリング監督作品『キューティー&ボクサー』(2013年)でも楽曲が使用された。また、NHKアニメワールド:プチプチ・アニメ『エんエんニコリ』の音楽を担当している。2010年以来、世界中でツアーを精力的に行なっており、2022年には全米15箇所に及ぶUS ツアーを、2023年は2回に渡りヨーロッパ・ツアーを敢行した。2024年5月、ジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーション作品『Magnificent Little Dudes Vol.1』をリリース。

[Shun Ishiwaka / 石若駿]
1992年北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。2006年、日野皓正special quintetのメンバーとして札幌にてライヴを行なう。2012年、アニメ『坂道のアポロン』 の川渕千太郎役ドラム演奏、モーションを担当。2015年には初のリーダー作となるアルバム「Cleanup」を発表した。また同世代の仲間である小西遼、小田朋美らとCRCK/LCKSも結成。さらに2016年からは「うた」をテーマにしたプロジェクト「Songbook」も始動させている。近年はゲスト・ミュージシャンとしても評価が高く、くるりやKID FRESINOなど幅広いジャンルの作品やライヴに参加している。2019年には新たなプロジェクトAnswer To Rememberをスタートさせた。2023年公開の劇場アニメ『BLUE GIANT』では、登場人物の玉田俊二が作中で担当するドラムパートの実演奏を手がけた。2024年5月、日本を代表するアンビエント/ドローン·ミュージシャン、畠山地平とのコラボレーション作品『Magnificent Little Dudes Vol.1』をリリース。

 春が来た。なにかが一新されたようなこの感覚が錯覚であることはわかりきっていても、やはり嬉しいものは嬉しい。幸い花粉症に悩まされるのは(個人的には)まだまだ先のことみたいだから、外をフラフラしながら街の香気や陽の光をのびのびと楽しんでいる。
 音楽と結びついている自分の記憶のなかの春っぽさは、快晴の軽やかさではなくむしろ曇天のようにまとわりつく気だるさだ。どこかに逃げたいな……という気持ちでかつて縋った音楽は、春には似つかわしくない陰気なものがどちらかといえば多かったような気がする。

 日が落ちると肌寒くなったり、自身を取り巻く環境が一変したり、理想と現実のギャップに気が滅入ったり。調子が狂いやすくなるこの季節、普段なら心地よく感じられるはずの陽気をついうっとうしく感じてしまうこともあるでしょう。そんな感情の移ろいをケアするための、日本のユースによる「ポスト・クラウド・ラップ」とでも形容すべきダルくて美しいトラックをいくつか取り上げてみようと思います。


tmjclub - #tmjclub vol.1

 2021年前後にtrash angelsというコレクティヴがSoundCloud上で瞬間的に誕生し、メンバーであるokudakun、lazydoll、AssToro、Amuxax、vo僕(vq)、siyuneetの6人それぞれがデジコア──ハイパーポップをトラップ的に先鋭化させた、デジタル・ネイティヴ世代のヒップホップ──を日本に持ち込み、ラップもビートメイクもトータル的に担いつつ、独自のものとしてローカライズさせていった。
 2021年というとつい先日のことのように感じられるが、彼らユースにとっては3年弱前のことなんかはるか遠い昔の話だろう。trash angelsは2022年ごろには実質的に解散した。そして2024年の年明けごろ、SNS上に @tmjclubarchive というアカウントが突如現れた。そこにはVlog風のショート動画やなんてことのないセルフィーが、いずれも劣化したデジタル・データのような質感でシェアされていた。
 そう、このtmjclubこそ当時のtrash angelsに近いメンバーが別の形で再集結した新たなミーム的コレクティヴなのだ。突然公開されたミックステープ『#tmjclub vol.1』には上述したlazydoll、okudakun、AssToroに加え、日本のヨン・リーンとでもいうべき才能aeoxve、ウェブ・アンダーグラウンドの深奥に潜むHannibal Anger(=dp)やNumber Collecterといった、同じSoundCloudという土地に根ざしつつもけっして前述のデジコア的表現に当てはまらない、よりダークでダウナーなラップを披露していた面々が合流。日本におけるクラウド・ラップの発展と進化、そして今後の深化を感じさせる記念碑的な必聴盤として大推薦したい。ここには未来がある。


vq - 肌

 SoundCloudで育まれるユースの才能には大人が手を伸ばした瞬間に消えゆく不安定さがあり、その反発こそがすべてをアーカイヴできるはずのインターネット上にある種の謎を残している、と僕は考えている。情報過多の時代のカウンターとして、だれもがミスフィケーションという演出を選択している、とも言い換えられる。
 とくに、前述したtrash angelsでもいくつかのトラックに参加していたvq(fka vo僕)はその色が強く、過去発表してきた数枚のEPはいずれも配信プラットフォームから抹消されており、現在視聴可能なのはこの2曲入の最新シングル『肌』のみである。
 がしかし、彼がミスフィケーションしようとしているのはあくまでも自身のパーソナリティのみで、音楽それ自体に対する作為的な演出はまるでない。むしろあまりにイノセントで、あまりに剥き出しの純真さをもって音楽に向き合っていて、そこにはヒップホップという文化を下支えするキャラクター性、つまりはスターであるための虚飾的な要素を解体し、ただただ透明であり続けたいという切実な思いが込められているように思える。
 あえて形容するなら “グリッチ・アコースティック” とでもいうべき不定形なビートに乗せられる、まっすぐな言葉による心情の吐露。削除された過去作をここで紹介できないことが悔しい。原液のような濃度を持ったこの表現者のことを、より多くの人に、痛みを抱えたあらゆる人に見聞きしてほしい。


qquq - lost

 以上のように取り上げた、trash angelsに端を発する日本のデジコア・シーンは猛烈なスピードで動きつづけていて、はやくも彼/彼女たちに影響を受けた次世代が誕生しはじめている。そのひとりが、qquqという日本のどこかに潜む若きラッパーだ。
 おそらくはゼロ年代以降の生まれだろうと(電子の海での)立ち振る舞いから推察できるものの、自身のパーソナリティはほとんど公にせずSoundCloudへダーク・ウェブ以降の質感を纏ったトラックを粛々と投稿する、という「いま」がありありと現れているスタイルも込みでフレッシュな才能だ。クラウド・ラップやヴェイパーウェイヴが下地にありつつもデジコアの荒々しさがブレンドされる初期衝動的なラフさもあれど、決してアイデアにあぐらをかかず、自分だけの表現を勝ち取ろうともがいているようにも見える。彼の孵化がいまは楽しみだ。


松永拓馬 - Epoch

 神奈川県・相模原を拠点とするベッドルーム・ラッパー、松永拓馬の最新作。2021年にはEP「SAGAMI」をリリースし、2022年には1stアルバム『ちがうなにか』を発表するとともにいまを羽ばたくトランス・カルト〈みんなのきもち〉とリリース・レイヴを敢行するなどアクティヴに活動をしていた彼が、1年半に及ぶ沈黙のなか、Miru Shinoda(yahyel)によるプロデュースのもと生み出した力作だ。
 アナログ・シンセサイザーによってゼロから作成されたトラックには、昨今の潤沢かつ利便性に富むDAW環境では探し当てることのできないクリティカルな音の粒が立っており、そのすべてがユースのプロパーな表現手法とは一線を画している。リリックには男性性を脱構築したかのような新しいスワッグさも漂う特異なバランス感覚があり、エレクトロニカ~IDM的な領域へと移行しつつありながらも、やはりバックボーンにはクラウド・ラップ以降の繊細なヒップホップ・センスが横たわっている。ドレイン・ギャングの面々やヨン・リーンなどを輩出したストックホルムの〈YEAR0001〉が提示する美学に対する、日本からの解答がようやく出るのかもしれない。まだ始まったばかり、これからの話だけれど。



rowbai - naïve

 バイオグラフィをチェックしようとした我々を突き刺す、プロフィール写真の鋭い眼光。「過剰さ」が共通項である2020sの新たな表現とは異なる、プレーンでエッジの効いた、ソリッドなミニマリズムを感じさせるSSW・rowbaiの2年2ヶ月ぶりとなるこの作品を、あえてクラウド・ラップというテーマになぞらえて取り上げたい。
 前作『Dukkha』では「弱さの克服」をモチーフとしていた彼女が今回願ったのは「弱さの受容」とのこと。朴訥としたフロウから送り出されるリリックには、足りない、聞こえない、見えない、止まれない……そうしたアンコントローラブルな不能感が随所に織り込まれつつも、歌いたい、誰も邪魔できない、光が見たい、ここにいたっていい……そうした自身を鼓舞しながら聴き手をエンパワメントする意志が交わり、暗くも明るい、痛みに寄り添ったケアとしての表現、慈愛が感じられる。トラックはエレクトロニックとアコースティックを折衷した有機的なデジタル・サウンドでヴァラエティに富んでおり、まっすぐなポップ・センスで真正面から表現と向き合っている切実な印象を作品全体に与えている。それでありながら、歌唱に振り切ることはなくあくまでもフロウとしての歌がある。現代のポップスがラップ・ミュージックといかに強く結びついているかを改めて考えさせられてしまった。

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