「Nothing」と一致するもの

Pat Fish(Jazz Butcher) - ele-king

 10月7日の朝、Twitterを見たら「パット・フィッシュ(ジャズ・ブッチャー)さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申します。」というGlass Modern Recordsの公式アカウントのツイートが目に飛び込んで来た。
 しばらく言葉を失った。慌てて検索し、その情報がどうやら間違いではないことを確信すると、三十数年前に買い揃えたレコードを引っ張り出して1stアルバムの『In Bath Of Bacon』から聴き直しはじめた。
 ザ・ジャズ・ブッチャーは、自分の中で五本の指に入るくらい好きなアーティストだ。そんなクラスの人が亡くなるのは8年前の大滝詠一以来だろうか。

 ザ・ジャズ・ブッチャーとの出会いは高校年の頃。御茶ノ水の輸入盤屋を漁っていて「モノクローム・セットが好きな人に! バウハウスのデビッド・J参加」と書かれていた2ndアルバム『A Scandal In Bohemia』(1984)に興味を惹かれて買ったのが最初だった。どちらのバンドも好きだったからだ。
 とは言うものの、手元にある『A Scandal In Bohemia』はキングのNexusレーベルから出ていた国内盤なので、輸入盤屋で購入したという記憶と矛盾がある。まぁ、三十数年前の話だから、しょうがない。
 とぼけたマンガが描かれたジャケットから、それがシリアス一辺倒のバンドではないことはわかっていたが、聴いてみるとネオアコっぽい曲、ガレージ・パンクっぽい曲、果ては童謡っぽい曲(しかも調子っぱずれなコーラスが入る)と、曲調はとりとめないのだけれど、ちょっとザラついた感触の歌声がそれらを上手くまとめていた。なんといっても全編に漂うユーモアのセンスが肌にあった。確かにモノクローム・セットと通じるものは感じる。
 しばらく『A Scandal In Bohemia』を狂ったように聴いたが、このザ・ジャズ・ブッチャーに関する情報は音楽誌には全く出てこない。もちろんネットで調べることなんて出来ない時代だ。頼りは国内盤についていた森田敏文氏の書いたライナーノートのみ。ジャケットを見ると4人組のバンドだと思ったけれど、どうやらザ・ジャズ・ブッチャーというのはヴォーカルのソロ名義でもあるらしい。ん? どういうことだ? 

 その後もレコード屋で見かけると購入していたのだが、ミニアルバムやらコンピレーションやらライヴ盤やらが多く、なかなかディスコグラフィーが把握できなかった。
 しかもこの頃発売されたサイコビリーのオムニバスにも、参加していたりして、もうなんだかよくわからない。
 途中でザ・ジャズ・ブッチャー・コンスピラーシーなんて名前になってたのも意味不明だったし。
 でも、情報が限られていたこの頃は、こんなことがよくあった。愛聴しているのに、そのバンドのことをよく知らなかったりするのは珍しいことではなかった。そしてその情報不足の得体のしれ無さが、まだザ・ジャズ・ブッチャーには似合っていたのだ。

 1988年の『Fishcotheque』からは、どインディーなグラス・レコードから名門のクリエイションへと移籍。以前よりも少しマジメになったような印象もあったけれど、唐突にJ.B.C.名義でローリング・ストーンズの“We Love You”を打ち込みダンストラックでカバーしてみたりと、わけのわからなさは健在だった。
 アラン・マッギーが「オアシスでもうけた金で、俺はジャズ・ブッチャーのアルバムをリリースし続けるのさ」と言ったなんて記事を読んだこともあったけれど、愛されてたんだなぁ、ジャズ・ブッチャー。
 クリエイション移籍以降も新譜が出れば買い続けていたけれど、正直グラス時代ほど熱心に聴き込むことはなかった。いや、それでもたまに聴くと「あれ、この時期のも悪くないな」なんて思ったりはしてたけれど。

 そして90年代後半からは次第にリリースの間隔も空いていき、ザ・ジャズ・ブッチャーの活動もフェードアウトしていった。
 でも、自分の中ではずっと重要なアーティストだった。『A Scandal In Bohemia』収録の“Girlfriend”はDJをやる時の定番だったし(あと初期のギタリストだったマックス・エイダーのソロ“My Other Life”も!)、ここ最近はサブスクリプションサービスをチェックする時にはザ・ジャズ・ブッチャーのアルバムがどれくらいあるかを目安にしていた。

 2018年に彼が「なんらかの病気」ということで治療の費用をクラウドファンディングしていると聞いた時はドキリとしたのだけれど、それからずっと闘病していたのだろうか。
 そういえば、彼がパット・フィッシュという個人名をクレジットするようになったのは1990年の『Cult Of The Basement』以降なので、あんまりパット・フィッシュという名前はピンと来ない。自分にとっては、彼はやっぱりザ・ジャズ・ブッチャー、もしくはブッチなのだ。
 お疲れ様、ブッチ。

Bonobo - ele-king

 ジャンルとしてのダウンテンポがある。90年代初頭に生まれたクラブ・ミュージックのサブジャンルで、スロー・テンポ(90bpmほど)のビートと雰囲気のあるメロディアスな上物、そして折衷的な構造に特徴を持ち、トリップホップからチルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴなんかもそれに該当するものがあったりする。日本ではサイレント・ポエツが有名だが、欧州にはたくさんのダウンテンポ作家がいて、UKのボノブはその代表格のひとり。2017年の『マイグレーション』はダウンテンポの高みにある作品で、全英チャートでトップ5入り、米ビルボードのダンス・アルバム・チャートでは1位を記録した。
 このたび、このダウンテンポの真打ちが、5年ぶりとなる待望の最新作『Fragments』を年明けの2022年1月14日にリリースすることを発表した。
 合わせて新曲“Rosewood”のMVも公開。
 
Bonobo - Rosewood

https://bonobo.lnk.to/fragments/youtube

 最新アルバム『Fragments』には、シカゴ発の新世代R&Bシンガー、ジャミーラ・ウッズ、88risingの日系R&Bシンガー、Joji(ジョージ)、ジョーダン・ラカイ、LAのシンガー‏/マルチインストゥルメンタリスト、カディア・ボネイなどのゲストがフィーチャーされている。
 また、新曲“Rosewood”を聴いても察することができるように、『Fragments』はなんでもダンス寄りの内容らしい。数曲のバラードもあるようだが、アルバム全体としてはダンスフロアに向けて作られているという。ボノボいわく「自分がどれほど、満杯のオーディエンスとその律動、互いにつながっている人々が大好きだったか、何度も思いだした」
 ってことは、ダウテンポを極めた達人の新たなる挑戦になるのだろうか……

 なお、『Fragments』は2022年1月14日 (金)にCD、数量限定のCD+Tシャツセット(ニール・クラッグが手がけたアートワークを採用)、LP、デジタルでリリース。国内盤CDには解説が封入され、ボーナストラック「Landforms」が収録。また、Oカード付きのamazon限定CDも発売予定。LPはブラック・ヴァイナルの通常盤、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤、特殊パッケージにアートプリントが封入されたクリスタル・クリア・ヴァイナルのデラックス盤、限られたお店だけで手にはいるゴールド・ヴァイナルのストア限定盤で発売。さらに、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤は数量限定でサイン入りの発売も予定されている。



Bonobo
Fragments

Ninja Tune / Beat Records
release: 2022/01/14

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12132
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12133

tracklist:
国内盤CD
1. Polyghost (feat. Miguel Atwood-Ferguson)
2. Shadows (feat. Jordan Rakei)
3. Rosewood
4. Otomo (feat. O’Flynn)
5. Tides (feat. Jamila Woods)
6. Elysian
7. Closer
8. Age of Phase
9. From You (feat. Joji)
10. Counterpart
11. Sapien
12. Day by Day (feat. Kadhja Bonet)
13. Landforms (Bonus Track)

House music - ele-king

 ハウスは12インチの文化とよく言われる。それは、僕がハウスを気に入っているひとつの理由でもある。ロックを聴いていた高校生のころは「フルレングスのアルバム以外認めない」なんて謎にオラついていたけれど、いまではアルバムという単位にちょっと重く感じてしまうときがある。その点、12インチは気軽に針を落とせるし、基本的には音がいいし、なにより安いのだ(あくまで、アルバムと比べて)。僕のサウンド・パトロールではアルバムに縛られず、お気に入りの12インチ、EPやコンピレーションなど、さまざまなフォーマットでリリースされたダンス・ミュージックを定期的に紹介することをコンセプトに据えている。それらにはアルバムと違った聴きかた、楽しみかたがあると思うので、以下に紹介する5枚をぜひ聴いてみてほしい。


V.A - BEAUTIFUL PRESENTS: BEAUTIFUL VOL 1 〈Beautiful〉

 ロンドンの〈Beautiful〉は、Reprezent RadioやBBC Radio1で活動しつつ、かたや『Fabric Presents』では、モーター・シティ・ドラム・アンサンブルやオーヴァーモノに続いてそのミックス・シリーズに抜擢されるなど、いま勢いに乗りまくっているシェレリが新たに設立したレーベル。その第一弾となるコンピレーションは、「ブラック・エレクトロニック・ミュージックをセレブレートするためのホーム」と言う通り、ロレイン・ジェイムズ、イーロン(:3LON )、ティム・リーパー、カリーム・アリなど、性別を問わずエレクトロニック・ミュージックの若い才能たちが一堂に会している。コンピレーションで曲数が多いから通して聴くのは大変かもしれないが、騙されたと思ってオープナー“Sirens”と続く“THE PSA”だけでも聴いてみてほしい。〈Beautiful〉は黒人、クィア、女性であるひとびとの良きプラットフォームを目指しているようだが、それはこのコンピの人選を見ても明らかだ。シェレリの野心的な試みにはこれからも目が離せない。


V.A - Melodies Record Club #002: Ben UFO selects 〈Melodies International〉

 フローティング・ポインツによる、リイシュー専科の〈Melodies International〉。このレーベルの『Melodies Record Club』シリーズは、DJやアーティストが12インチで過去のレアな音源をキュレーションする企画で、記念すべき第一回はフォー・テット、そして今回はベン・UFOがセレクトするなど、フローティング・ポインツと馴染み深い面々が担っている。電子音楽の先駆者のひとりとして数えられるローリー・シュピーゲルによる、“Drums”の実験的な7分間のアフリカン・マシン・リズムが最高なのは言うまでもないが、僕は B面のオロフ・ドレイジャーによる“Echoes From Mamori”のほうにさらなる衝撃を受けた。これは、彼の友人が企画したエキシビジョンのためにCDでリリースされた音源だそうで、アマゾンとベルリンで録音したカエルや鳥のサウンドから始まる、およそ13分もの長大なハウス・ミュージックに仕上がっている。『Melodies Record Club』のこれからのラインナップとして、ハニー(〈Rush Hour〉)、ダフニ(カリブー)、ジャイルズ・ピーターソンなどをそのキュレーターとして予定している。非常に楽しみだ。


Kush Jones - Rugrats / Basic Bass 〈FRANCHISE〉

 シカゴで生まれた正真正銘のアンダーグラウンドなダンス・ミュージック、ジューク/フットワーク。しかし、ご紹介するものはシカゴでなくニューヨークで、もはやこれをジューク/フットワークと呼んでいいのかと思うくらいの変異ぶりを感じる。ブロンクスで生まれ育ったクッシュ・ジョーンズは、シカゴにおける猥雑でゲットーな同ジャンルの正統な旗振りというより、そのフォームをよりエクスペリメンタルに前進させようと試みるDJと言うべきかもしれない。彼と同じ〈Juke Bounce Werk〉のクルーであるDJノアール、EPが待たれるマンチェスターのアンズ、そしてブルックリンのDJマニーと、リミックス陣も抜かりなく豪華な面々が揃えられているところもポイント。ベスト・トラックはDJマニーによる不協和音ギリギリを狙っていくかのような“Rugrats”のリミックスかな。


effgee - Good Morning 〈fellice records〉

 ドイツはハンブルクを拠点とする、エフギーことフェリックス・ガスによるモダン・ハウス。彼自身によって2021年に設立された〈fellice records〉のレーベル第一弾で、イタリアでの生活をもとに、fellice(フェリーチェ、イタリア語で「幸せ」を意味するらしい)なフィーリングを伴った音楽を提供している。“Place”のオーガニックで温かみのあるハウス・グルーヴは、彼のソウルやジャズを背景としたドラマーとしての出自がおそらく関係しているのだろう。奇妙で不確かないまの時代において、自分のサウンドとデザインをアウトプットするための必要性を感じたことがレーベル設立の動機で、その通り今作のサウンドとアートワークはエフギー自身がすべてを手がけている。ウクライナのヴァクラをいち早く紹介したことでも知られるUKの〈quintessentials〉から、2009年のレーベル・コンピレーションに登場していたらしいが、まったく知らなかった。要チェックです。


Project Pablo - Beaubien Dream 〈Sounds Of Beaubien Ouest〉

 前回にならって、最後はまたもや再発物で締めよう。〈Sounds Of Beaubien Oust〉(SOBO)から、記念すべきカタログ第一番が約5年ぶりのリイシュー。カナダはモントリオールを拠点に活動するプロジェクト・パブロことパトリック・ホランドの出世作。デジタルですでに持っていたので、今回のリプレスをヴァイナルで買うか迷っていたけれど、あたふたしているうちに売り切れ……。なにはともあれ“Closer”を聴いてほしい、ふわふわした夢見心地なディープ・ハウスが鳴っている。モントリオールは極寒の地だと聞くが、たしかにどこか寒々しいテクスチャも感じられ、これは秋が終わった冬に聴きたいハウス・ミュージックかもしれない。

Mark Hawkins - ele-king

 2020年、ブラック・ライヴズ・マター運動の盛り上がりのなかで、さまざまなDJ/アーティストがステージ・ネームの変更を迫られた。白人が黒人を想起させるような名前を使用することは、そこにリスペクトの感情があろうとも「文化の盗用」とされたのだ。こうして、UKのレジェンドDJであるジョーイ・ネグロはデイヴ・リーに、USのブラック・マドンナはブレスド・マドンナに、オランダのデトロイト・スウィンドルはダム・スウィンドルに、そしてUK出身で現在はベルリンを拠点とするマーク・ホーキンスは、彼のよく知られたマーキス・ホークス(Marquis Hawks)名義を捨て、以降はその本名のみを使用するに至った。

 ウィル・ソウルの〈AUS Music〉やグラスゴーの〈Dixon Avenu Basement Jams〉、近年はロンドンにあるクラブ、Fabricの運営する〈Houndstooth〉から多くのハウス、テクノをリリースしてきたマーク・ホーキンス。フルレングスとしては4作目に当たる『The New Normal』は、タイトルの通り「ニューノーマル」(新たな常態)を標榜しており、それがコロナ禍を経たニューノーマルであるのは明白だが、それと同時に、かつてのエイリアスを捨て本名のみで活動することを決断した、マーク・ホーキンス自身のニューノーマルを打ち出しているようにも感じられる。

 オープナーの“Can’t Let You Do This”や、2018年にコラボ歴のあるジェイミー・リデルを招聘した“Let It Slide”を聴くとわかるが、彼が過去の12インチでやってきたアンダーグラウンドなダンス・ミュージックの質感は残しつつ、それぞれのトラックはマーク・ホーキンスとヴォーカル陣によるメロディアスなセンスに下支えされており、このふたつにはフロア・バンガーとしてのサウンドと歌心を持ったポップ・ソングとしての資質の両方がしっかりと詰まっている。また、ジョヴォンのような90年代のニューヨークにおけるハウスから影響を受けたという“Lazy Sunday”や、ガラージめいたリズムが展開されるクローザーの“Se5”など、よりクラブ/フロア向けのインスト・サウンドもありながら、他方では“No One Can Find Us”や“You Bring the Sunshine”など、サンプルパックから引用したメロディアスなヴォーカルが含まれるポップなダンス・トラックもあり、それらが12曲のあいだでバランスよく配置されている。

 こと日本においても、コロナ禍が最悪の出来事だったことは言うまでもないが、以前に紹介したアンソニー・ネイプルズと同様、この時期をクリエイテヴィティの発露にうまく活用したことはマーク・ホーキンスにも言える。彼は一貫して地下で鳴っているダンス・ミュージックを提供し続けているが、この失われた時間においてルーツや理想をより深く見つめ直すことによって、『The New Normal』ではアンダーグラウンドなハウス、テクノにとどまらないサウンドを提示することに成功している。そこには、眩しさすら感じるチル・ソングもあれば、エレクトロニックなファンクのリズムもあり、ポップ・ソング顔負けのメロディアスなヴォーカル物があり、もちろん、思わず体を動かしたくなるハウスもあるのだ。マーク・ホーキンスのこれら多彩な楽曲群は、やはりコロナ禍によって孤独に自身を見つめる時間が多くなったことが少なからず影響しているのだろう。20年以上ものキャリアを誇るヴェテランのDJが、かつてないほどフロアから遠ざかった帰結としてホーム・リスニングの側面を強めつつ、同時に、そこには彼の持ち場と言うべきフロアのエネルギーやダイナミクスがしっかりと注入されているのだ。

 『The New Normal』はマーキス・ホークスを捨てたマーク・ホーキンスの初リリースである。RAやピッチフォークを含め、海外のメディアがまだ取り上げていないのが疑問だが、少なくとも僕が聴いた感じでは、今作はその音に身を委ねたくなる素晴らしいダンス・ミュージックに違いない。大局的にはコロナ禍があり、個人的にはステージ・ネームとの決別を迫られるなど、彼にとっては二重の苦しみがあったはず。しかし、今作が鳴らす音を聴いていると、あるいはヴァイヴァ・ホーキンスによるアートワークが示すように、マーク・ホーキンスとしてのニューノーマルは、晴天の空が広がる海のようにとても前向きで清々しく感じられる。マーク・ホーキンスいわく、今作は「トロピカル・ビーチでモヒートを飲みながら、大音量で聴く」アルバムだそう。どんなときでも、ときに難しく考えずに楽しむことは大切だと、そんな当たり前のことを教えてくれている。

CAN - ele-king

 〈ミュート〉からCANのライヴ・シリーズ第二弾の詳細が発表された。今回の音源は1975年のイギリスのブライトンでのライヴから。『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)として、12月3日にCD2枚組のフォーマットで発売される。
 レーベルによるとアルバムには、ミヒャエル・カローリのヴォーカルがあり、ヤキ・リーベツァイトの信じがたいドラムがあり、彼らのヒット曲“Vitamin C”のジャム・セッションがあるそうだ。現代だから可能になったライヴ盤。楽しみに待ちましょう。

 


 
CAN
LIVE IN BRIGHTON 1975

2021年12月3日発売
解説: 松村正人 / 海外ライナーノーツ訳

Tracklist
[CD-1]
1. Brighton 75 Eins
2. Brighton 75 Zwei
3. Brighton 75 Drei
4. Brighton 75 Vier
[CD-2]
1. Brighton 75 Fünf
2. Brighton 75 Sechs
3. Brighton 75 Sieben

Dub Meeting Osaka Soundsystem Special - ele-king

 大阪のPARTITTA(名村造船所跡地)にてふたつの大型サウンドシステムを導入したDubイベントが開催される。UKスタイルのDub/Rootsイベントを展開するDub Meeting Osakaの久々のイベントは、サウンドシステム・スペシャルと題して東京からEastaudio SoundsystemとBim One Productionを招聘する。大阪側では関西最強のサウンドシステムとして知られる最高音響を導入し、最高音響側ではDub Meeting Osakaクルーがプレイ、EastaudioサイドではBim One Productionが交互にプレイしセレクションと重低音の鳴りを競い合う。

2021年10月24日 日曜日
@STUDIO PARTITA (名村造船所跡地)

adv 1000yen and 1drink
adm 1500yen and 1drink
15:00 start
20:00 close

“Dub Meeting Osaka Soundsystem Special”

Bim One Production
(e-mura,1TA)
with
eastaudio SOUNDSYSTEM

VS

Dub Meeting Osaka
(Element, Dub Kazman, Sak-Dub-I)
with
最高音響SOUNDSYSTEM

Shop by grassroots
Food by mr.samosa
* 前売り詳細は来週中に追って更新予定です。
*新形コロナウイルス感染症拡大防止の為、入場時の検温、マスク着用、消毒等の感染対策にご協力願います。

チケット販売リンク
https://eplus.jp/sf/detail/3502650001-P0030001?fbclid=IwAR17dVA1IelXwMHX14nDWcVfkvF5tRtn3CwenoSptDeUhnoHrcL78YzSIOU

Soccer96 - ele-king

 今年もサンズ・オブ・ケメットの新作『ブラック・トゥ・ザ・フューチャー』のリリースなど活躍が続くシャバカ・ハッチングス。そのシャバカが在籍するユニットの中で、ザ・コメット・イズ・カミングも彼中心に捉えられることが多いが、実際にはキーボード奏者のダナローグことダン・リーヴァースと、ドラマーのベータマックスことマックスウェル・ホーレットのふたりが土台となっている。
 ダンダナローグとベータマックスは2010年代初頭よりサッカー96というユニットをやっていて、そこにシャバカがゲストで共演することもあった。そうした中からトリオという形で発展したのがザ・コメット・イズ・カミングである。サッカー96自体はエレクトロニクス色の強いシンセ・ユニットで、そうした土台があるからこそザ・コメット・イズ・カミングのテクノやニューウェイヴに接続した新しいジャズが生まれてきたのである。
 また、サッカー96はSF志向の強いユニットでもあり、ザ・コメット・イズ・カミングのグループ名(彗星の飛来)もそうした志向に繋がるものだ。なお、サッカー96の名前にどのような由来があるのかは不明だが、イングランドでおこなわれた1996年のユーロ大会が何らかのインスピレーションになっていると思われる。

 サッカー96は2012年のファースト・アルバム以降、これまでに3枚のアルバムをリリースしている。ダナローグによるヘヴィーでアシッドなアナログ・シンセとベータマックスのドラムスによるコンビネーションが軸で、宇宙や未来をイメージしたサウンドを指向している。こうしたシンセ・ユニットの場合、リズム・トラックは大抵プログラミングとなるものだが、サッカー96の場合はベータマックスのドラムスの即興生演奏という違いがあり、それがジャズのフリー・インプロヴィゼイションとの接点でもある。ファースト・アルバムの『サッカー96』はドリアン・コンセプトチド・リムフライング・ロータスフローティング・ポインツリチャード・スペイヴンなどに通じるエレクトロニック・ジャズという趣の作品。そして、エレクトロニック・ジャズやビート・ミュージック、人力ダブステップや人力ドラムンベース調のナンバーなどのほかに、極めてポスト・パンク~ニューウェイヴ的なナンバーもやっていて、そのあたりがサッカー96ならではの特徴でもあった。

 セカンド・アルバムの『アズ・アボヴ・ソー・ベロウ』(2016年)にはシャバカもゲスト参加していて、ジャズ・ファンクやシンセ・ブギー、ニューウェイヴ・ディスコなどが合体したダンサブルなサウンドとなっていた。サード・アルバムの『リワインド』(2018年)はそれからするとアブストラクトで実験的な側面が強くなっており、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオあたりに通じるダブ・テクノのようなナンバーもあった。『リワインド』以降はエクスペリメンタル・ロック色を強め、スポークンワード・アーティストのアラブスター・デプラムと共演した「タクティクスEP」(2020年)をリリース。こうしたテイストはザ・コメット・イズ・カミングの活動にも影響を与え、『トラスト・イン・ザ・ライフフォーズ・オブ・ザ・ディープ・ミステリー』(2019年)の破壊性や衝動性へと繋がっている。

 その『リワインド』から3年ぶりのニュー・アルバムとなるのが『ドーパミン』である。先行シングルとなったタイトル曲の “ドーパミン” にはヌーハ・ルビー・ラーというアーティストがフィーチャーされるが、ムーア・マザーイヴ・トゥモアなどとも比較される最近のロンドンの異形の新人である。また、〈ブレインフィーダー〉から『デンカ2080』(2019年)をリリースして話題を呼んだサラミ・ローズ・ジョー・ルイスも “シッティング・オン・ア・サテライト” という曲に参加している。その『デンカ2080』には「2080年のディストピア(反理想郷、暗黒世界)な地球」というテーマがあったのだが、『ドーパミン』にも “パーフェクト・ディストピア” という曲があり、“プレリュード・トゥ・ジ・エイジ・オブ・トランスヒューマニズム” という曲では最新科学技術によって人体能力を進化させる「超人間主義」を描くなど、近未来における人類の明と暗がテーマとなったアルバムである。ジョーダン・ラカイの『オリジン』(2019年)もAIシステムの発達が引き起こすディストピアを描いていたが、昨今のアーティストがこうしたテーマをいろいろ用いているのも興味深い点である。

 “サイキック・メカニックス” はコズミックなシンセ空間とトライバルなドラムが融合した、まるで未来と太古がひとつになったような世界。“レッド・スカイズ・オブ・ジ・アントロポセン(人新世)” も同様に、抽象的でどこかアラビア音楽を思わせるシンセとアフロセントリックなリズムによって、重厚かつサイケデリックな世界へと誘う。ヴォコーダーを用いたディープなダウンテンポ・チューンの “エンタングルメント(物理学における量子のもつれの意が転じ、人間関係のもつれや鉄条網の意味でも用いられる)”、電化クルアンビンとでも評したいエレクトリックなジャズ・ファンクの “シッティング・オン・ア・サテライト”、アンドロイドなヴォイスが逆にソウルフルなムードを醸し出すエレクトロ・ファンクの “キャリー・アス・ホーム” など、同じSF志向でもダフト・パンクの対局にあるような世界がサッカー69である。宇宙空間を浮遊するような “インタープラネタリー・メディテーションズ” の一方で、“プレリュード・トゥ・ジ・エイジ・オブ・トランスヒューマニズム” はクラフトワークを数百倍もヘヴィーにしたような楽曲で、その重苦しさはブラックホールを連想させるかのようだ。そして、“ユーズ・ミュージック・トゥ・キル” の絶望的な暗黒感は “パーフェクト・ディストピア” と共に暗い未来を暗示する。この “ユーズ・ミュージック・トゥ・キル” や “ドーパミン” にはスロッビング・グリッスルやサイキックTVなどに繋がるムードが流れており、サッカー96のパンキッシュな精神を象徴する楽曲と言えるだろう。


北中正和 - ele-king

 音楽が好きなようにぼくはそれにまつわる音楽本も好きだ。それなりにたくさん読んでいる自負もある。ところが、考えてみればビートルズに関してはほんの2~3冊の関連書を読んでいるくらいで、評伝の類は一冊も読んだことがない。
 そんなぼくもご多分に漏れずビートルズが嫌いであるはずがなく、世代は違うが影響されている。自慢じゃないがレコードだって所有しているし、まだdiscogs以前の安かった時代には英盤(mono盤)まで集めたりとか、こう見えてもそこそこマニアックな聴き方もしているのだ。
 ビートルズから引き出せる真理のひとつは、いい子が悪い子になった音楽ほど多くの人を惹きつけるものはないということだ。作家のハニフ・クレイシが言うように(※)、いい子が悪い子になってたくさんの人を一緒に連れていってしまった。デビュー前のジョンは充分に荒々しいだろうという声もあろうが、彼らは逆境をバネに音楽をやっていたわけではないし、基本的にはアートや音楽や楽器が好きな金持ちでも貧乏でもない子たちで、あの楽しげな“ラヴ・ミー・ドゥ”や『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』なんかのビートルズはどう考えてもいい子たちに見える。それがのちに派手派手な衣装と丸メガネにひげ面で、“ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー”や“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”、“シーズ・リーヴィング・ホーム”さもなければ“アイム・ソー・タイヤード”のような曲をやるようになるのだ。
 もっとも日本ではオルダス・ハクスリーなんかといっしょにいるビートルズ(悪い子)よりも、無害で綺麗なラヴソングを歌っているビートルズ(いい子)のほうが表向きには語られているし、好まれてもいる。ただ、いい子の面があるがゆえにファン層はとにかく広い。そのお陰でぼくはビートルズの評伝を読まずして、いろんな人からいろんな話を聞きながら情報を蓄積していたのだった。だいたいビートルズぐらいになると、素人の話においてさえもあらゆる水準で分析され、ヘタしたら曲の発展に関する綿密な分析だって語られていたりする。個人的な詩情や感傷に重ねた言葉にいたっては無限大だろう。

 ベテランの音楽評論家であり、近年はグローバル・ミュージックの研究者としても名高い北村正和氏による新著『ビートルズ』はこんな言葉ではじまっている。「ビートルズほど多くの本が出版され語られてきた音楽家は他にいないでしょう」。ベートーヴェンですら数ではビートルズの本には及ばないと。で、「それなのにビートルズについての本を書いてしまいました」
 あまたあるビートルズ本のことをわかっていながら、では本書『ビートルズ』はビートルズをどのように書くというのだろう。ぼくの興味はまずそこだった。新書の音楽本というのは、ファンならだいたい知っている事実を手際よくまとめた安易なものが多い。入門編ということなのだろうが、冒険心の欠片もないつまらないものが目についてしまう。ぼくは寝際に、パジャマを着て布団に入って本書を読みはじめたわけだが、1章を読み終えたときには2章に進み、学ぶことの多さとその面白さにすっかり眠気も失せてしまった。

 話は13世紀、日本では鎌倉時代、ブリテン島のマージー川のほとりにリヴァプールが建設されたところからはじまる。当初は寒村のひとつにすぎなかったリヴァプールは、18世紀の植民地主義の時代(大英帝国のはじまり)の大規模な貿易によっていっきに栄える。港町には奴隷としてのアフリカ人が輸入され(イギリス籍の奴隷貿易の8割がリヴァプール経由だったという)、町にはイギリスで最初の黒人居住地区ができる。
 同時に、イングランドはアイルランドを支配し、安価な労働力としてのアイルランド人もリヴァプールへとやって来る。本書はこうして、世界史の遠近法を使ってビートルズ──本人たちは意識していなかったろうが、奴隷として連れてこられたアフリカ人の音楽に憧れるアイルランドに起源を持つ若者たちによるバンド──の輪郭を描きはじめる。
 また、アイルランドに起源を持つということが、では文化的に、そして音楽的にどういうことなのかということを著者は歴史的な事実だけを揃えて説明する。なんと19世紀のリヴァプールは、ダブリンに次ぐ第二の(アイルランドの)首都とまで呼ばれていたそうだ。町の人口の20%がアイルランド人だったという。そして著者は、ビートルズにおけるアイルランド・ルーツと、ビートルズのじつは“ラヴ・ミー・ドゥ”より以前に録音し発売していた曲──スコットランド民謡の“マイ・ボニー”――におけるレイ・チャールズとの繋がりや、その歌詞に潜んでいる(イギリス史における民衆=スコットランド人/アイルランド人の蜂起にまつわる)政治性を解き明かす。ビートルズにふたりの天才がいたことはたしかなのだろう。が、ビートルズがビートルズになった背景には、それら才能の出し方を決定させたさまざまな世界史的要因が絡み合っているのだ。
 ダブリン生まれで渡米し、歌手それもミンストレル・ショウの歌手だったという(仮説を持つ)ジョンの父方の祖父、ジョンの母ジュリアンが父から教わったバンジョーを弾いてジョンに歌った歌、19世紀に実在したサーカス団「ミスター・カイト」──、こうしたビートルズ前史の興味深いエピソードの数々もさることながら、本書の最大の魅力は、ロックンロール以前における大衆音楽史という大河とその継承に関する断片を描いているところだ。
 たとえば、ビートルズのルーツのひとつにスキッフルがあるのは有名な話だが、ではそのスキッフルとはどんな発展のもとで20世紀初頭のアメリカ南部からイングランドへと伝わり、何者によってそれがイギリス化されたのか。あるいは、アメリカ南部のストリングス・バンドからの影響がビートルズのどの曲において具体的に表出しているのか、そんなところまで著者は追跡する。曲のなかに引用されたラテンやカリプソ、もちろん黒人音楽との関係も詳細に記されている。
 おそらく本書が他のビートルズ本と決定的に違うのは──他を読んでもいないくせにこんなことは言えたモノではないのだが──、著者ならではのグローバル・ミュージック的なアプローチによって、21世紀の現在からビートルズを捉え直している点にある。その現在とはブラック・ライヴズ・マター以降の現在であり、インターネット普及後の現在でもある。インターネットによって古いものは古くなくなり、若いロック・ファンは同世代の新譜よりも90年代のオアシスに夢中になる。悪酔いしそうなほどすべてがフラットに広がる“イエスタデイ”を喪失した現在。時間の感覚も歴史感覚も20世紀とは何か違っている。
 本書『ビートルズ』が試みている「世界史のなかのビートルズ」という視点は、時代(60年代)からも場所(リヴァプール)からも完璧に切り離されてしまっているビートルズをもういちど汗だくのキャバーン・クラブのステージに上げ、労働者で賑わう港町を徘徊してもらうばかりか、それ以前からあった、彼らが生まれ育った環境から聞こえる音楽、つまり大衆音楽の大いなるうねりのような、いわばその大河へと案内する。その大河とは、昼も夜もない眩しい現在という光に隠されて、もはやあまり語られることもないかもしれない大切な過去のことであろう。
 まあ、こんなことを書きながらも、自分が若い頃は、ビートルズに関してはわずかな情報だけで充分ではあった。たとえば、名のある大学に通ったわけでも特別な音楽教育を受けているわけでもないのに関わらず、彼ら4人があそこまでの音楽作品を作ったということ。これだけでも10代のぼくにはインパクトがあった。そこに輪をかけて、“ストロベリー・フィールズ”のようなとんでもない曲がLSD体験の影響から生まれたと知った日には、スティーヴ・ジョブスでなくてもドラッグ・カルチャーに興味を覚えるのが若さというヤツだ。なにしろビートルズとは、自分たちがドラッグをやったことを恥じることなく堂々と打ち明けた最初のポップスターでもあったわけだし、ポップスターであることの居心地の悪さ、胡散臭さを自ら露わにした最初のポップスターでもあったのだ。
 こうした若者文化の革新力において、しかしそれでもまだ充分ではなかったということは、後のパンク/ポスト・パンクないしはライオット・ガールズなどが証明している。が、もちろんビートルズとはポップ・カルチャーの文化的革新力における初期段階のもっとも巨大な推進力だったし、なによりもその音楽は群を抜いて豊かで、ゆえに愛され続けている。本書は、そんなバンドの主に音楽性における影響源に絞った解説で、彼らの曲を聴いてきた大人のためのビートルズの本だ。ビートルズを入口とし、あらためて大衆音楽の素晴らしい奥深さを教えてもらった次第である。


(※)ハニフ・クレイシ/柴田元幸訳「エイト・アームズ・トゥ・ホールド・ユー」(『イギリス新先鋭作家短篇選』収録)本書とは趣を異にするが、サッチャー時代に書かれたこの短篇も、いま我々がいる境遇=新自由主義時代を生きている立場から60年代とビートルズを回顧している点においてじつに興味深い。
 

Gina Birch - ele-king

 もっとも重要なポスト・パンク・バンドのひとつ、ザ・レインコーツのメンバー、ジーナ・バーチがジャック・ホワイト主宰のレーベル〈Third Man Records〉から初のソロ作品(7インチ・シングル)を発表した。そのタイトルは「フェミニスト・ソング」で、曲の出だしはこんな感じ。「私はフェミニストかって訊かれたらこう言う、無力なんてまっぴらだ。孤独なんかくそ食らえ」、この怒りに満ちたアンセミックで強力な曲は、そのコーラスで「都会の女の子、私は戦士だ!」と繰り返している。同曲はすでにザ・レイコーツのライヴでも披露されていたが、この度初めての録音となった。なおミックスはキリング・ジョークのユースが担当しており、彼は同曲のアンビエント・ミックスでもその手腕を発揮している。現在は配信でも聴けるが、7インチ盤は10月末にはお店に出回っている予定。


Little Simz - ele-king

 2019年に発表した前作『GREY Area』が非常に高く評価された Little Simz。StormzyHeadie One とも肩を並べるUK屈指のラッパーとなった彼女の最新作『Sometimes I Might Be Introvert』は、歌詞とサウンド両面で、自身のルーツと向き合いながら、同時に現在の自分をも表現した作品となった。

 彼女の本名は Simbiatu Ajikawo。フッドの仲間は「SIMBI」と呼ぶ。タイトルを和訳すると「たまに内向的になるの」。本作は、ラッパーとして成功した「Simz」と素の「SIMBI」というキャラクターとパーソナリティの乖離と融和を描いている。ちなみにタイトル(『Sometimes I Might Be Introvert』)の頭文字を取ると「SIMBI」になる。

 サウンド面をサポートするのは幼なじみの Inflo こと Dean Josiah Cover。その正体は長らく謎に包まれていたが、実は Little Simz 作品では常連のシンガー・Cleo Sol(Cleopatra Nikolic)、Kid Sister(Melisa Young)とともに活動する SAULT のメンバーであった。アフロ、ファンク、ジャズ、ヒップホップ、パンク、ニューウェーヴ、ハウス、ガラージ、ドラムンベース……さまざまな要素をロンドンらしくミックスして、バンドのダイナミックな演奏で表現しているのが特徴だ。

 話はアルバムから少しだけ逸れるが、Little Simz が昨年配信したEP「Drop 6」に収録されていた “one life, might live” のベースラインは、Roni Size & Reprazent のクラシック “Brown Paper Bag” へのオマージュ。これがオバマ夫妻のプレイリストに入ってたというエピソードはなんというかいろいろ想像力が広がって最高だった。ちなみに同曲のプロデューサー・Kadeem Clarke はおそらく SAULT 周りのコレクティヴのメンバーで、Discogs を見ると『Sometimes I Might Be Introvert』の “Standing Ovation” にも参加しているとのこと。

 私は当初、このサウンド・プロダクションや、“Introvert” と “Woman” の豪華絢爛なMVに夢中になった。だが本作はリリックも素晴らしい。

 冒頭を飾る “Introvert” の1ヴァース目ではコンシャスなラッパー「Simz」として世界中でいまも続く差別について心を痛める。2ヴァース目は「SIMBI」として27歳の女性としての心の弱さをさらけ出す。そしてアウトロに女優のエマ・コリン(Netflix のドラマ『クラウン』でダイアナ妃を演じている)による、後に続くストーリーの幕開けを予感させるナレーションが入る。

 続く “Woman” はナイジェリアの血を引く彼女がアフリカ系の女性をエンパワメントするナンバー。この曲のリリックは、サウンドに負けず劣らず、言い回しがかわいくてしゃれているのだ。ナイジェリア、シエラレオネ、タンザニア現地の話題を交えながら「Woman to Woman I Just Wanna See You Glow/Tellen What’s Up(女性同士 あなたが輝くのを見たいの/みんな元気でやってる)」と語りかけたり、ブルックリンのレディーたちに「Innovative just like Donna Summer in the 80’s/Your time they seeing you glow now(80年代のドナ・サマーみたいに革新的/最盛期のあなたをみんな見てる。輝いてるよ)」と言ってくれたり。男性ですらこんなにテンションが上がるんだから、女性ならブチ上がることは必至だろう。

 だがおそらくこれは社会的な「Simz」の言葉。もちろん「SIMBI」自身もそう感じているんだろうけど。“Two Worlds Apart” では徐々に「SIMBI」の顔が見えてくる。なかなか結果ついてこなかった活動初期。昼の仕事をしながらラップを書き続けていた。“I Love You I Hate You” ではアーティスト活動が厳しい反面、音楽への捨てきれない愛を語る。そのリリックに、なんらかの問題を抱えている実父との関係を重ねるあたりが彼女がリリシストとして評価される所以だろう。

 いとこの Q によるモノローグ “Little Q Part 1” を経て、名曲 “Little Q Part 2” では彼女が育った地域がどんな場所であったかをラップする。Q は14歳で一家の主にならざるを得なかった。兄は刑務所で、父は行方不明だから。ストリートで銃を突きつけられ、病院で二週間も意識不明だったという。だが Little Simz の最近の Instagram には、その Q が大学を卒業する写真がアップされていた。Q は彼女とは違う方法で貧困から抜け出したのだ。

 “Speed” はアルバムで最も攻撃な1曲。サウンドは SAULT 的だ。緊迫感あるタイトなベースラインからは活動初期に彼女が切磋琢磨してきたことが思い起こされる。リリックも自身を認めないシーンに対するフラストレーションに満ちている。次の “Standing Ovation” へは曲間なくシームレスにつながる。自らのラップでクィーンになった彼女は、「スタンディング・オベーションを受けてもいいと思う。10年間じっと耐えて働いてきた」と胸を張る。1st アルバム『A Curious Tale of Trials』のジャケットには、王冠をかぶった女性が描かれているが、それを実際に手に入れたのだ。いま改めて 1st アルバムを聴くと、サウンドの本質はあまり変わってないように思える。“Standing Ovation” には「Still running with ease marathon not a sprint(軽々走ってるの/マラソンみたいに/徒競走じゃないよ)」というラインがある。つまり目先のトレンドを資本主義的に追いかけるのではなく、自分の信じる表現を突き詰めるということ。だからこの曲はことさらゴージャスでエモーショナルなのだ。「どうだ!見たか!」と。

 おそらくここまでが『GREY Area』で成功するまでの彼女。“I See You” はラヴ・ソング。「Simz」ではなく完全に「SIMBI」の瞬間。この瞬間がないと不安で押しつぶされそうになる。活躍し続けるためには自由(完全に「SIMBI」の瞬間)を犠牲にしなくてはいけない。周りもみんな王座を狙ってるから。“The Rapper That Came To Tea” では Little Simz の心情をエマ・コリンが代弁する。本作の狂言回しであると同時に女神でもある彼女は、困惑する Little Simz を「いまのままでいい。そのままでスターになれる」と励ます。“Rollin Stone” は非常にユニークな曲で、前半は「Simz」で、後半は「SIMBI」になる。この曲から彼女はこれまで二律背反だった概念を統合して自己肯定する方向に歩みはじめる。“Rollin Stone” 後半のサウンド感が次の “Protect My Energy” のリリックの内容につながる。群れない。本当の仲間のみ、あるいはひとりでいることでポジティヴなエネルギーを蓄える。以前、彼女の Instagram で、車での移動中に編み物をしてる動画が上がっていた。何も考えずに集中して心を落ち着ける瞬間なのかな、と思った。

 結局彼女は自分自身を信じて進むしかないと気づく。もしくは言い聞かせる。その過程がインタールードの “Never Make Promises”。そしてアフリカのブルータルな舞踏の躍動を感じさせる “Point and Kill” へ。彼女の中にある表現への強い欲求が、アフロ・ルーディな Obongjayar のヴォーカルとともに、ひしひしと伝わってくる。次の “Fear No Man” へも曲間なくつながる。こちらはアフロビート。呪術的なパーカッションとコーラスに乗せて、ポジティヴな自信をラップする。さらにインタールード “The Garden Interlude” でも自分を信じるように念を押すように言う。このあたりに Little Simz の本質があるような気がする。自分を信じると言うのは簡単だが、多層的に思考が走り続ける脳内でそれを実行し続けるのは難しい。そんな繊細な本音は、これまで「SIMBI」が言ってきた。だがいまはもう「Simz」として言える。それが “How Did You Get Here” だ。

 ラストの “Miss Understood” は自分と世間のギャップに病むこと、さらに極めて個人的な家族とのトラブルについて歌っている。結局、自分自身の問題が片付いても、次から次へと新しい苦悩は外からやってくる、ということなのかもしれない。神話的なスケールで己の葛藤を歌いながら、最後をシニカルなコメディーのように締めるあたりに、やはり彼女はUKのアーティストであるなと感じてしまう。

 『Sometimes I Might Be Introvert』は昨年のロックダウン中に Inflo とスタジオに籠って制作された。その間、世界は分断していた。そこで何を歌うか。彼女はあえてフォーカスを自分自身に絞った。ナイジェリアにルーツを持つ、ロンドンで生まれ育った、27歳のラップする女性。強くて弱くて大胆で繊細。矛盾すら自分の一部。誰の中にもあるカオスと向き合って作品に落とし込んだ。自分を世界に合わせるのでなく、自分を信じて、自分の世界を作り出す。それが本作のメッセージだ。

 それはサウンドにも顕著に表れている。彼女はロンドンにいながらUSのヒップホップ/R&Bに強く影響されてきた。同時に『GREY Area』でUSツアーを経験した。憧れの Lauryn Hill のツアーにも参加した。そんな彼女のサウンド的バックグラウンドを前述の SAULT 的解釈、つまりさまざまな人種で溢れかえり、レゲエやグライム、アフロなど、世界各国の有名無名の音楽が鳴り響く、2021年のロンドンのストリートの視点から表現したアルバムなのだ。そこに「Simz」と「SIMBI」の物語をミュージカル的に聴かせるオーケストラ・アレンジが加わる。個人の内面を語っているのに、神話的なスケール感と奥行きがある。ゆえに『Sometimes I Might Be Introvert』は2021年を代表するアルバムだ。そして Little Simz をさらなる高みに導く作品となる。

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