「Nothing」と一致するもの

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三保敬太郎とジャズイレブン - ele-king

Snow Strippers - ele-king

 かつて、ウィッチハウスと呼ばれる esthetic な音楽があった。

 時は2010年前後。エレクトロニック、ポスト・パンク、インダストリアル、ノイズ、レイヴ、チョップド・アンド・スクリュード、デコンテクスチュアライゼーション、ダーク・アンビエント、チルウェイヴ、ダブステップ、ブラック・メタル、ディストーション、エフェクト、リヴァーブ、オカルト、ホラー、ゴシック、デカダンス、ジャンク、ヒスノイズ、バランス、アンバランス……それらすべてがNYのクラブ・シーンで邪悪に手をつなぎ、ウィッチ・ハウスは産声をあげた。グループ名や曲名にユニコードテキストを使うことで正体をくらますような仕草を見せ、ミステリアスな人物たちによって、劇的でゾッとさせるようなアンセムが多く降誕した。

 SALEMの美意識と、狂騒のサウンド。ミシガン州出身のふたりは、ウィッチ・ハウスの先駆的存在としておどろおどろしく不均衡な音を精緻にまとめ上げ、リスナーの不安感を喚起し刺激し続けた。オカルト思想を強く打ち出した『King Night』(2010年)は金字塔であり、その後もクリスタル・キャッスルズから Sidewalks and Skeletons に至るまで、様々な音楽家が様式美に陥る一歩手前でノイジーな音に拘泥し破壊性を取り戻すことを繰り返していたように思う。

 けれども、当時ウィッチ・ハウスの登場は早すぎたのではないだろうか? 音楽面でのシーパンク(SeaPunk)との同時代性や、このジャンルを語る上で重要なレーベル〈Tri Angle〉がブログを起点に始まったという時代的背景はもちろんあるものの、そのサウンドや世界観のトーンは極めて2020年代的でもあると感じる。現在のカルチャー・シーン全体が、ゴスに感化されているからかもしれない。中でも SALEM のヒップホップ/トラップの解釈はどう考えても2010年代を経過した以降の音であり、それを証明するかのように、ウィッチ・ハウス周辺のプレイヤーたちは10年代末になり再び動きはじめた。oOoOO は2018年に、SALEM は2020年に久方ぶりのアルバムをリリースし、時を同じくして〈Tri Angle〉はレーベルの活動を終了した。

 ウィッチ・ハウスの音楽性にようやく時代が追いつく中で、いや、むしろ2010年代を通してずっとこの音楽は生きていたのだという思いが強くなった。たとえば、ウルフ・アリスの一部のノイジーなナンバー。グライムスの初期作品。クラウド・ラップやフォンクなど、このジャンルのエキスを取り入れることで新たなニュアンスを獲得していった音楽も多々ある。もちろん、シーンにおいて重要なプロデューサーである BLVCK CEILING が途切れることなくリリースを重ねてきたという功績もあるだろう。結果的に、ウィッチ・ハウスはますます今の時代になくてはならない音楽となった。国内でも2022年にポスト・パンク・バンド Ms.Machine の 1797071 が意識的にポスト‐ウィッチ・ハウスを定義するようなアルバム『D1$4PP34R1NG』をリリースした。主にフェミニズムの文脈で魔女の再考が果たされている昨今、むしろ思想的にも芸術的にもウィッチ・ハウスの時代がやってきていると言ってよい。ウィッチ・ハウスのエキスをいかに作品へと活かしていくかは、実は重要なテーマになっているのではないだろうか。

 そして、2023年。スノウ・ストリッパーズの三作目『April Mixtape3』は、かつてウィッチ・ハウスがノイジーな暴力性からレイヴィーな様式へと変化していったバトンを継承し、落ち着かないテンポで疾走する快作だ。サウンドの基軸はあくまでEDMだが、ウィッチ・ハウスの不穏な妖しさと絡み合うことで、明快な曲構造を基本としながらもどこか展開が見通せないようなスリルを生んでいる。それは、ハイパーポップ以降の、未来像の提示がないままあらゆる方向へ加速し続けるやけくそのカオス・ミュージックとしても機能しているように聴こえる。ザラッとしたテクスチャは粗野な印象を与え、一曲目 “Again” のMVに映る通り、本作からは荒廃した野原や郊外の景色が連想されたりもする。

 そもそもスノウ・ストリッパーズは、ミシガン州デトロイトを拠点に2021年にデビューしたエレクトロクラッシュ・デュオであり、その実体は謎に包まれたままだ。MVの作風やSNSの世界観に見られるナンセンスでチープなセンスは音楽性にも通じるところがあり、トランスやチップチューンの影響も多く観察できる。2022年には『The Snow Strippers』と『April Mixtape2』という2枚のアルバムをドロップ、その瑞々しい才能は業界中を駆け巡り、リル・ウージー・ヴァートが最新作『Pink Tape』収録の曲 “Fire Alarm” に起用するまでに至った。そのウージーは本作『April Mixtape3』の最終曲 “It’s A Dream” にも参加、トランシ―なビートに乗ってラップを披露している。両者は恐らく、ジャンクでダークなサウンドに潜むわずかな煌めきに望みを託す点において共鳴しているのかもしれない。その証拠に、本作では、迫りくる不安感の中で時折一筋の光が射すようにきらめくシンセやヴォーカルの声がどこか官能的ですらある。

 しかしそういった曲展開の面白さ、垣間見える官能性という側面以上に、『April Mixtape3』に宿る美点とは “刺々しく突き刺すような運動性” のように思う。“Again” からドライヴするドラムとベースの瞬発力がスタッカートし続け、あらゆる曲で甘美なシンセと殺伐としたグリッチがサディスティックに襲ってくる。EDMとして基本的なリズムは安定傾向にあるものの、挿入する音や声、エフェクトのアイデアが豊富で、それらが衝突し合い歪な雰囲気を生んでいるためナイフでつんざくような体感があるのだ。

 なぜだか、私は本作を聴く度に、ヴィターリー・カネフスキー監督の映画『動くな、死ね、甦れ!』(1990年)を想起してしまう。ラフさと作為の境界を行き来するような身体感覚をエンジンに、声、雑音、光の一つひとつがぶつかり交差し、その弾けた刺々しさが画面を覆い尽くしてしまうような危うさ。スノウ・ストリッパーズの躍動感は、カネフスキーのチクチクギザギザした運動性そのものだ。つまるところ、本作から香るポスト‐ウィッチ・ハウス的感性とは、快にも不快にも繋がるような多く詰め込まれたアイデアを2020年代のレイヴ的スピード感でもって駆動させている点にあるのだろう。不穏な刺々しさが追いかけてくる/止まる/追いかけてくる/止まる……という短距離走の反復として。

 “Again” でスノウ・ストリッパーズは告げる。「The glimmer chases after me/I watch the dreams we both narrated/Quietly bleed out in my sleep(きらめきが私を追いかける、二人で見た夢が眠りの中で静かに滲んでいく)」と。

『動くな、死ね、甦れ!』で、主人公の二人は逃げ続けている。殺気立ったカメラの中で、野原を駆けながら少年少女は叫ぶ。「ナイフを持ってる! 逃げるの!」

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