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1987年に札幌で結成されたブラッドサースティ・ブッチャーズは、ダイナソーJrなど後にグランジと呼ばれるようなギター・サウンド、ヘルメットやアンセインなどのジャンク的な凶暴性、ネオアコ的な陰のある繊細な叙情性が合わさった独自のサウンドで注目を集めるバンド。なかでも今回、新作と同時にリマスタリング盤がリリースされた1996年のアルバム『kocorono』は、シューゲイザー的とも言えるオーヴァーダビングを施したサウンド・プロダクションと、絶望と悲哀に沈んだ世界観で新境地をみせ、日本のコアなロック系メディアやファンのあいだでは"90年代ギター・ロックの金字塔"とも言われている作品だ。国内ではイースタンユースやカウパァズ、ナート、ナンバーガールなど、数多くのオルタナ・パンク~エモ~ギター・ロックのバンドに影響を与え、ときとして、日本におけるエモの始祖的な存在とも言われている。海外方面では、アメリカのオリンピアにある〈K〉レーベル周辺との交流を持ち、ベックやフガジらの来日公演のサポートもしている。セールス面ではトップクラスと言えないものの、間違いなく日本のロックの発展に影響を与えているバンドだろう。
そんな彼らの新作『無題 NO ALBUM』が素晴らしい。圧倒的な存在のデカさをあらためて思い知る充実作である。
日本のサーストン・ムーアと形容したいくらいに煌めきながらうなりをあげる吉村秀樹のギター、不協和音をものともせずに空間を曇り空に染める射守矢雄のベース、灼熱の荒野を鞭打つような小松正宏のドラム、そして細かくうねりを巻き起こしてさらに空間を歪める田渕ひさ子のギター。いち音いち音の粒子にこだわった音色、フレーズごとに刻まれた念、それら複数のレイヤーが紡ぎ上げるウォール・オブ・サウンド。そんな往年のブッチャーズ節ともいえる演奏がキラキラと光を放ち、ときに哀しみを携えながら爆裂している。細かいシーンやスタイルといったものを蹴散らすようなデカさをここに感じるのは、筆者だけではないだろう。
アルバムの前半は、シンプルで明瞭、ポジティヴな印象の楽曲が並ぶ。演奏のオーヴァーダビングを控え、そのぶん歌を際だたせたことで、1曲1曲のキャラクターが強調され、曲自体の良さが浮き彫りとなっている。とくにアルバム最初の曲"フランジングサン"などは、色彩の滲んだような彼ら独自のサウンドがくっきりと具体化されている。吉村秀樹のヴォーカルが何重もの和声で重ねられているのも今回初の試みのひとつだ。吉村はそれを「友だちが欲しかったのかな」と語っていたが、このコーラス感によって楽曲のポジティヴな力強さが強調されているように思う。
7曲目"ノイズ"からは、そこに深みのある枯れた味わいが加わってくる。9曲目"ocean"は今回のハイライトとも言えるもので、大海に漕ぎだすような大きなスケール感と、何かから解き放たれたような爽快感を持った曲だ。曲調が名作『kocorno』を想起させるところも新作の特徴だ。とはいえ、新作で歌われる「生きている生きて行こう 残された気持ち握り 潰す」というポジティヴな一節は、かつて自殺でもしそうなくらいに絶望と哀しみを負った男たちが、いまは"いやそれでも前に進むんだ"という意思を獲得したことを伝えているように思える。
ラストの"curve"は、吉村秀樹と田渕ひさ子のデュエット曲。ピースフルでドラマティックな世界を描いて、アルバムをハッピーエンドで締めようとする。もっぱら歌詞では「この世に僕はたった独りで 僕の胸は張り裂ける」と歌っているのだが......。
取材をした際の吉村秀樹の話によると、今作は圧倒的な孤独を感じながら制作したそうだ。バンドのメンバーにアイデアを求めながら新しいかたちを模索したかったが、なかなかアイデアも生まれず、結果的に吉村ひとりの孤独な作業によるところが多かった。その"苦悩""やけっぱち""ポジティヴ"が渾然となったような心情が、この作品に深みと奥行きを与えている部分はあるだろう。実は、『kocorono』の時に強くあった心情も"孤独感"である。プライヴェートでの問題やレーベル移籍などバンドを取り巻く状況が背景にあったようだが、ブラッドサースティ・ブッチャーズの音楽には、そうした負の感情が必要なのかもしれない。
そしてそんな彼らの音楽は、ぼくたちが共通して抱える不安を代弁するかのように、強く響くのだ。
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騙されてた! サン・アローことキャメロン・ストーローンズは黒人......ではなかった。よく見ると、『ボート・トリップ』(08)のジャケットはO・V・ライトの写真をそのまま貼ってあるだけ(こんなヒドいジャケットはほかにない!)で、『ヘヴィ・ディーズ』(09)はスティーヴィー・ワンダーがうっすらと合成してあるだけ。手塚るみ子風にいうならば「あっちゃー」(「阿川佐和子との対談で泣いたんでしょ?」と聞いた時の返事)、宇川直宏風にいうならば「お返事まってますー!!!! 野際陽子より」(いつでもどこでもそんな感じ)。
実際にはサン・アローはスウェーデンのサイケデリック・ロック・バンド、マジック・ランターンのメンバーで、バリバリの白人もいいところ(ワルシャワ情報によると、自分ではニコラス・ケイジに似ているといっていたらしい)。まー、騙されていたといっても、ほんの数ヶ月のことです。むしろ、もうしばらく騙されていたかった......かもなーとか。
サン・アローとしては08年に『ビーチ・ヘッド』をリリースしてから早くも4作目のソロ・アルバム。マッシヴ・アタックから重量感を除いたような独特のダブ・スタイルを確立させ、なおかつ技術面でも格段の進歩を見せた『ヘヴィ・ディーズ』をそのまま受け継ぐダブル・アルバムで、タイトルに仮託された通り、それとなくストーリー性も有し、使用目的もかなり明確に(笑)。あッつー間に売り切れた先行シングル「バンプ・アップ」は、しかし、入ってません(いまのところアナログには)! 聴きたかった!
基本となるのはソニック・ブームやジミ・ヘンドリックス風のサイケデリック・ロックをダブ風に処理し、ロック的なエッヂを強調することなく、ひたすら煙に巻こうとするスタイル。リズムで人を持っていこうという気はまったくなく、かといってドローンでもないところがほかとは決定的に違う。むしろミニマルが基調で、ベーシック・チャンネルのロック・ヴァージョンというのがいちばん近いだろうか。抑え込もうとしてもロック的な欲望がどうしても噴き出してしまい、その過剰さなり、子どもっぽさが発展の余地として感じられるところが強い。
導入からふわふわとしたギターのループを繰り返すだけのチル・アウト・モードに始まり、"ビート・コップ"から本格的な旅(=パトロール)が始まる。気がつくとヘンなところにいるようなタイプの曲が多く、集中力があった方が楽しめるのか、そうでもないのかはよくわからないままに曲が進んでいく。それでも最後にサイドD全体を使った"ホロデック・ブルーズ"では足元からどんどん景色が変わっていくようなクライマックスに連れ去られ、目くるめくスピードの世界にやられてしまう。この人はまだいくらでも伸びるような気がするなー。
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クラウトロックからの影響と言ったとき、この10年の成果をみる限り、それはヤッキ・リベツァイトの機械的なドラミングであり、ノイ!のモータリック・サウンドであり、ホルガー・シューカイの文化戦略であり、クラスターの電子ドローンであり、あるいは20年前であればクラフトワークのロボット・ファンクもしくは『E2-E4』といったところだろう。1960年代のベルリンのコミューンから生まれたフリークアウト・サウンドの巨星、アモン・デュールという名前は滅多に出てこない。
アモン・デュール――初期のアシュラ・テンペルらと並んでコズミック・ミュージックと呼ばれた彼らの表現は、ジュアリン・コープが『Kroutrocksampler』で書いたように「ライフスタイルおいて拡張されるアウトサイダー・ミュージックであり、ときに音楽は二次的でさえある」。フランスとベルギーの国境沿いに広がるフランドル地方(フランダースの犬で知られる)において結成されたシルヴェスター・アンファングは、そのセンで言えばアモン・デュール的だ。ライフスタイルおいて拡張されるアウトサイダー・ミュージックであり、ときに音楽は二次的でさえある。バンドはしかも、アモン・デュールが"II"へと分裂したように、2008年からは"II"となって活動している。
オリジナル・メンバーには現在スイスで活動する火山学者もいたというこのコレクティヴは、2004年から自らのレーベル〈フューネラル・フォーク〉を拠点に活動している。"葬儀のフォーク"というこのレーベル名は、同時に彼らの音楽性を物語っている。同時代のUSのフリー・フォークの楽天性を嘲るように、彼らの音楽は異教徒的で、ときにサタニックである(頭蓋骨を舐めて悦にいる女性の写真を想像してください)。人は彼らの音楽を"フューネラル・ドゥーム・フォーク・メタル"と呼び、自らは"ペイガン・ベルゴサイケ(異教徒的ベルギー・サイケ)"と形容する。ジャム・セッションによる即興とエレクトロニスとのカオスと言えばサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンと共通するものの、イタリアのホラー映画がウッドストックに似合わないように、彼らのダーク&ドラッギーな音楽はいわば美しい田園地帯の悪夢的な異物である。アニマル・コレクティヴが『ローズマリーの赤ちゃん』のサウンドトラックをやったとしてもここまでのいかがわしさは持ち得ないだろう。
シルヴェスター・アンファングの音楽は魅力的である。このポスト・サタニック・クラウトロックのサイケデリックな響きには、質素だがリズミカルなパーカッションとスペイシーなギターによる巧妙な香気が漂っている。魔女のセクシャルな誘惑のように、この音楽は危険な領域にリスナーを導く......だからといって怖がらなくても大丈夫です。これまでバンドが残してきた作品のアートワークのおどろおどろしさにはたしかにそそられるものがあるけれど、それを差し引いてもユニークな音楽なのだ。
ブライアン・ジョーンズの『ザ・パイプス・オブ・パン・アット・ジャジューカ』を思い出して欲しい。あれをサイケデリック・ロックにおける異教徒主義の到達点のひとつとして受け入れることができるのなら、シルヴェスター・アンファングはひょっとしたら神秘的な美しさと感動を与えるかもしれない。アウトサイダーであることの証として......。
ますますトロピカル・ムードが盛んなインディ・ロックおよびダンス・ミュージック・シーン。ここ日本でも「ヴァンパイア・ウイークエンドに影響を受けました」と語るような若いバンドが出はじめてきたが、ぼくにとって「トロピカルなバンド」と言ったとき、まず筆頭に挙がるのがユアソングイズグッドだ。
3月3日にリリースされた5枚目のアルバム『B.A.N.D.』は、以前からスカやカリプソなどに取り組んできた彼らに染み付いている部分と、リスナー体質として敏感に反応してしまう現行のインディ・ロック感が混ざり合った内容。トロピカルなニューウェイヴで......とか、ハイテンションでモンドなジャズ・ファンクな感じは......と、いろんな要素がミックスされた曲の面白さを追っていくのも楽しいが、新しモノ好きで飽きっぽいメンバーたちがバンドのアイデンティティを模索、葛藤している姿こそが、今回の面白さの焦点である。
その面白さを知ってもらうには、彼らの概略が必要だろう。
1998年に結成した彼らは、東京のアンダーグラウンドなハードコア・シーンから登場した。後のスカ・パンク第二世代以降やショボ&空回り系パンクにカルト的な影響力を誇るフルーティとナッツ&ミルク、その2バンドのメンバーらがはじめたスクール・ジャケッツが前身。スクール・ジャケッツは、当時流行していたファスト・コアに、ジャクソン5などポップなソウル・ミュージックの要素を無理やり融合させたような音楽性で、周囲を驚かせた。ユアソングイズグッドのユニークなミクスチャー感覚とパンキッシュなステージングは、この時代からのものだ。
ユアソングイズグッドになってからは12年。その時間の分だけ音楽性の変遷があって、ワシントンDCあたりのポスト・ハードコアに影響を受けたエモ・コア→シカゴ音響派に影響されたインスト→ルーツ・カリビアンなダンス・ミュージックでCDデビュー。そしてメジャー展開してからは実験精神が再燃して独自のトロピカル・インストを次々生んでいくのだが、ライヴでのテンションの高まりが頂点に達し、まさかのパンク回帰を果たしたのが2008年、前作『THE ACTION』だ。スカやカリプソの要素はあれど、ザ・スペシャルズやザ・ポップ・グループ、ビッグ・ボーイズなどにも通じるポスト・パンク・サウンドで世間を驚かせた。さて、そんな『THE ACTION』の後に来る作品、あなたはどんなものを想像しますか?
あれこれやりたいミクスチャー魂、止まらない実験精神、収まりのつかないパンク魂、なんだかんだ気になる最新モード、まだまだやっていないルーツ・サウンド、これまで積み上げてきたバンドのカラー、メンバー6人それぞれのやりたいこと......。選択肢がありすぎてどれが正解かわからなくなってしまい、全部やってしまった(笑)──そんなまさかの結論(の先延ばし? 笑)が、『B.A.N.D.』なんだと思う。一発録りで、メンバー全員がうごめく演奏をそのままパック。実に節操なくさまざまなタイプの楽曲が並んでいるが、すべて上記のような変遷を経てきた彼らにしかできない個性溢れるものばかりだし、それらひとつひとつは、フレッシュな刺激を求めるリスナーにとって絶好の興味の対象になると思う。
日本人がカリブ海の音楽をやる──その時点でエキゾな宿命を背負っているわけだが、おそらくバンドが新しいものを追い求めていくなかでは、こういう時期も必然なんだろう。そう、ザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』や『サンディニスタ!』のように(次作にも期待を込める意味で今作は『ロンドン・コーリング』かな?)。
フランスと言う国は、「優雅で艶やか、華々しく華麗」などとイメージしてしまう。実際、表面上はそう見える。筆者はフランスという国の思想、国民性、感性がとても好きで、すでに5~6回は訪れたのだが、毎回その裏の顔に驚かせられる。コスモポリタンならではの荒んだ一面が随所にあるからである。貴族階級の華々しさとコスモポリタンが融合した何かそのフランス独特のギャップに魅了されるのかもしれない......ビューティ&ダーティの反面性が違った形で自身を共鳴しているようで。フランスのようにもっとも芸術産業が国民的支持を得ている国柄で創られるダブステップ......まさにエフのサウンドはこの影響下に培われた産物だ。
そのサウンドをひも解くとアンダーグラウンド・ミュージックの神髄である地下音楽さながらの暗黒感が少し漂うアトモスフェリックにフランスの洗練された気品に満ちた感覚を取り入れたサウンドが垣間みれる。このサウンドは、さまざまな要素が入っている。が、一貫した構築、一遍の迷いもないプログラミングは、 ほぼミニマルを注入したダブステップである。聴いてみると......昨年大ヒットした2562のセカンド・アルバム『アンバランス』に酷似した感覚を憶えるが......次第に......"酷似"していると感じた自分の無知さ加減に恥ずかしくなる。ダブステップのアナザーサイドと捉えれるその深くもソフィスティケイトされた独創的創造性、これがフランス産のオリジナル・ダブステップなのだと。
エフのメイン・リリースを担っている〈セブン〉は、グレッグ・G率いるミニマルライクなダブステップ・レーベルである。筆者もDBSにてグレッグ・Gとは何度も共演したこともあって、実際素晴らしい人柄の人物だが、レーベルの方向性に関しては、るぎなく、しかも時折遊び心のあるフランス的感覚を持っている。ダブステップ最重要レーベルのひとつだろう。ちなみにその他に所属しているアーティストは、ヘリクサー(Helixir)、リクハン(Likhan)など。今後の動向にも注目である。
今日のベース・ミュージックにおけるニューウェイヴ="ダブステップ"の発展に大きく貢献しているのが〈テクトニック〉である。UKにおけるピュア・ダブ・カルチャーの音楽都市であるブリストルを拠点に、レーベル・モットーの「If your chest ain't rattling, it ain't happening」(胸が高ぶらなければ何も起こってない証拠)が示す通りの活動を続け、すでに数々のビック・アンセムを世に送り出している。ダブステップが南ロンドンにてガラージの突然変異的に誕生してから、それを先導したアーティストたち(デジタル・ミスティック、シャックルトン、ホース・パワープロダクションズ、ローファーなど)が、こぞってダークなガラージ・サウンドを土台とするダブステップに傾倒していったなか、ピンチはダブ、ミニマル、グライム、ガラージをシャッフルしたニュー・フォーム・サウンドで大きな支持を集めている。彼の音楽的バック・グラウンドにおいて、ダブと同等に大きな影響を与えたのが"ディープ・ミニマル"だ・ベルリンのベーシック・チャンネルやチェーン・リアクション、そしてリズム&サウンド......。いわゆるミニマル・ダブである。その影響は現在でもレーベルに色濃く反映されている。
レーベルは今年に入っても勢いが衰える気配はなく、刺激的なリリースを続けている。昨年、筆者ともUNITフロアで共演したピンチがダブでスピンしていたのがジャック・スパロウによる"Terminal"である。そのディープで濃密な一夜に相応しく、それは暗く蠢きながら響きわたる残響感たっぷりのトライバル・テック・ファンキーで、レーベルのテイストを残しつつ、今年最注目のアーバン・ムーヴメント"UKファンキー"を効果的に取り入れたフロアサイド・ステップとなっている。フリップサイドの"Tormented"だが、まるでベルリンとブリストルをミックスしたかのような暗黒地下ダブステップ、シャックルトンの〈スカル・ディスコ〉へのアンサー・バックと捉えたいほどだ。年々活発しているテクノ/ミニマルとの交流は、お互いのジャンルがマンネリズムを打開する起爆剤としても機能しているのである。
さて、〈テクトニック〉の新たな核になろうとしているジャック・スパローだが、そのデビューは、2007年〈センスレス(Sensless)〉からリリースされた「Spam Purse」であった。その後、2008年テクトニックのサブ・レーベル〈イアーワックス(Yearwax)〉からの「For Me/Lights Off」、マーク・ワンの〈コンタージャス(Contagious)〉からの「I And I」で頭角を現し、彼の名前を決定的にしたのは、2009年ピンチの「Get Up」のジャック・スパロウ・ミックス)である。そして、テクトニックからの前作「The Chase」......。今年も彼の高度かつ深いプロダクションから目が離せそうにない。
いまや奇才として名高いアントールド主宰の〈ヘムロック〉。UKベース・カルチャーを最先端ニュー・ガラージ・サウンドで引っ張る彼だが、レーベルの起源は2008年「Yukon」に遡る。独特の変拍子によるビート・パターンとミニマルが持つ無機質な静寂性、ガラージが持つヒプノティックで柔軟な高揚性、どこかポスト・ロック的アプローチも垣間みれるサウンド・コントロールによって、ダブステップのシーンのみならず他ジャンルからも注目されているプロデューサーである。今作は、〈ハイパーダブ〉からのリリース「CCTV/Dream Cargo」やアントールド自身の「Walk Through Walls」のリミックスを手掛けたダビー・エレクトロの旗、LVとタッグを組んでいる。フリップサイドには〈ホットフラッシュ〉から「Maybes」、「Sketch On Glass」を発表したUK3人組のホープ、マウント・キンビー(Mount
Kimbie)がリミキサーとしてセットアップする。遊び心を取り入れつつエレクトロ色の強いダブステップで、まさにたコンテンポラリー・ニュー・ガラージといったところ。リリースされるごとに〈ヘムロック〉の歴史が塗り替えられ、吸収した先に......また生まれる。
これは先日の3月16日のダブステップ会議@DOMMUNEにて、飯島直樹さんが推薦したドネオーの「Riot Music」だ(......ダブステップ会議では、とても有意義な時間を共有できました。野田さん、飯島さん、エクシー君およびdommuneのスタッフの方々全員に深くお礼申し上げます)。さて、アーバンR&BとしてのUKガラージ・シーンにおける至高の存在、ドネオーは、昨年発表したUKファンキーを取り入れた傑作『Party Hard』によってシーンで大きな話題となった。その最新リリースは何とシャイ・エフェックスの〈デジタル・サウンドボーイ〉から発表。〈デジタル・サウンドボーイ〉と言えば、昨年の7月の〈DBS〉にて待望の再来日を果たしたシャイ・エフェックスと最新アルバムによって不動の地位を確立したダブステップ・プロデューサー、ブレイキッジを主軸とするベースライン・トップ・レーベルである。今回の「Riot
Music」では、リミキサーにダブステップ界のエース、スクリームを起用。〈デジタル・サウンドボーイ〉からの前作「Burning Up」と同様に、初期ジャングルに回帰するかのように、懐かしのレイヴ・ジャングルを彷彿とさせるアーメン・ブレイクを打ち出している。
ところで、ジャングル/ドラムンベースではごく一般的なビート・パターンであるが、スクリームがふたたび持ち出して脚光を浴びているブレイクビーツの代名詞"アーメン・ブレイク"を解説しよう。そのオリジナルは、ウィンストンズ(The Winstons)の"Amen, Brother"曲内の8小節のドラムにある。それをさらにサンプリングして、ループして、広く用いられている。それはソフト"ReCycle!"――サンプル・ビートを分解、構築してブレイクビーツを再生成する――よって幅広くシーンで重宝されるのである。
スクリームのような大物トップ・プロデューサーが自身の影響を明かすような作品をリリースすることによって、ダブステップとドラムンベースは今後も"親戚"のような関係を保ち続けるだろう。インフィニティーと呼ばれるUK名うてのダンス・ミュージック・カルチャーとしてお互い存在し続けているのだから。
前回のサウンド・パトロールでも紹介したサンフランシスコ発〈シュアフィイアー〉だが、早くも第二弾がリリースされた。今回は、広くテクノ・シーンでも通用するであろうトラックを要している強力なアーティストで、2組のコラボレーションを実現している。シーンの代表レーベル〈テンパ〉などからカッティング・エッジなリリースを続けるヘッドハンターと元ドラムンベース・プロデューサーであったジュジュ率いる〈ナルコ・ヘルツ(Narco Hz)〉からテッキーでオーガニックなダブステップを発表しているDJアンヤが組んで生まれたテック・ダブステップである。もうひと組は、同じくサンフランシスコを拠点し〈ナルコ・ヘルツ〉、〈アンタイトルド!(Untitled!)〉、〈チューブ10(Tube 10)〉などから傑作を発表しているテッキー・ダブステッパーのDJジーとカナダ・トロント出身でテック・ミニマル・レーベル〈イマーズ(Immers)〉からの「000」が話題となったザイがコンビを組んで、ダークでミニマル・インフルーエンスなテクノ・シンフォニック・サウンドを披露する。フロアの空気感を一瞬のうちに変えうる力を持ったトラックで、使うものの意志とは無関係に作用する攻撃的なシンセ群が......防御反応を無力化させる最先端のリーサル・ウエポンとも言えるだろう。解放のさらにそのまた向こう側へ......。
〈クランチ・レコーズ〉というディープ・アトモスフェリックなドラムンベース・レーベルを率いていたバース(Verse)がペンデュラムの一員としてのビッグ・ヒットを成し遂げて早2年......そのあいだ、ダブステップの末恐ろしい躍進が破竹の勢いで進行......誰も止められない速度で世界中で感染し続けている。その勢いはいろいろなプロデューサーやDJを巻き込んでいるが、彼らも例外でなく、いち早くペンデュラムのアルバムなどで取り入れていた。そしていま、エヌ-タイプ(N-Type)の〈ウィール&ディール〉からベン・バース名義でダブステップ界におけるソロ・デビューを果たす。
硬質かつマッシブなビートと妖しくも切ないシンセ使いがフロアをより引き立てる"Flip The Coin"。先日の〈dommune〉でも筆者が大変お世話になったフロアライクなアンセムだ。一方の"Inhale"はスライトリーなダビー・リヴァーブ・シンセとシンプルに共鳴するカッティングエッジなフロアダブとなっている。
それにしても......世界的に有名なロック・ドラムンベースの王者さえも振り向かせ、虜にさせるこのダンス・ミュージック......あらためてダブステップのとんでもない快進撃を感じてしまう。初期のジャングル・シーンのときと同じ現象がいままさにに起こっている。
先日発表したダーク・サイバー/ニューロ・ファンクの集大成的コンピレーションアルバム『Bad Taste Vol.3』でサイバー・シーンをリードする最後の大物伝道師マルディーニ&べガス(Maldini & Vegas)。長らくバッド・カンパニー名義で活躍していた彼らだが、音楽性の違いなどにより、フロントマンであったDJフレッシュとDブリッジが立て続けに離脱し、ソロ・アーティストとして成功を収めるなか、彼らは一貫してバッド・カンパニーの強力サイバー・サウンドを守り続けている。
そして昨年暮れ頃から、マルディーニ&べガスにユーマン(Uman)も加えた新たなドラムンベース・ユニット、ブロックヘッド(Blokhe4d)を始動。先述のコンピレーションなどで立て続けにサイバー・アンセムを発表し、確実にフロアをロックしている。
今作はあのリキッド/エレクトロ・ドラムンベースのトップ・レーベル〈ホスピタル〉からニューカラー・ヴァリエーションを携えリリースした。その疾走感溢れるスペイシー・ファンクな空間処理技術を惜し気もなく披露し、エレクトロ感といったトレンドも注入し、絶妙なホスピタル・サウンドとなっている。みんなが待ち望んだ作品がダンスフロアを通して発表される......このサウンドのお陰でフロアは隙間なく満たされるのである。
最近はこんな呼び方をするアーティストは、ほとんど存在しなかった。ドラムンベース・シーンにとって久しぶりに現れたベルジアンの"超新星"と呼ぶべき逸材......と、もはやこう呼ぶべきではないぐらいのスピードで駆け上がったニュー・スター・プロデューサーが、そう、ネットスカイだ。しかもまだ20才前後の幼顔が残る若者だから、これがまた衝撃なのだ。
ダブステップで例えるならスクリームに近い神童性を感じるネットスカイは〈ホスピタル〉とサインを早々済ませ、「Escape」、「Memory Lane」など現在ダブプレートで席巻しているエレクトロ・ロック・チューンのリリースを控えている。今後さらに期待されるプロデューサーだ。今作「Eyes Closed / Smile」は、ジャンプ・アップ・レーベル〈グリッドUK(Grid UK)〉傘下のリキッド・レーベル〈オール・ソーツ(All Sorts)〉からドロップされた特大エレクトロ・アンセムだ。ドラムンベース・シーンが下降気味な現在において、彼の出現は、今もっともホットな出来事である。数年後にハイ・コントラスト、ブルックス・ブラザーズを凌駕する次代の才能を秘めたアーティストとして、彼のポテンシャルに今後も刮目していかなければならない。どんな時代でも不遇のときこそ、救世主現わる。そう願わずにはいられない存在になるよう願っている。
さて、最後に、何人かの方からリクエストがあったので、3月16日〈DOMMUNE〉にて筆者のセットのプレイリスト公表します。今後ともどうぞ宜しくお願いします!!
TETSUJI TANAKA - MINIMAL x DUBSTEP set 3/16 DOMMUNE PLAYLIST
1. AL TOURETTES/Sunken〈APPLE PIPS〉
2. SCUBA/Negative〈NAKED LUNCH〉
3. KRYPTIC MINDS/Wondering Why〈OSIRIS〉
4. MONOLAKE/Alaska(SURGEON RMX)〈IMBALANCE COMPUTER〉
5. RESO/Toasted〈PITCH BLACK〉
6. JOSE JAMES/Blackmagic(JOY ORBISON RMX)〈BROWNSWOOD〉
7. PATTERN REPEAT/Pattern Repeat 01a〈PATTERN REPEAT〉
8. BEN VERSE/Flip The Coin〈WHEEL & DEAL〉
9. RAMADANMAN & APPLEBLIM/Justify〈APPLE PIPS〉
10. INSTRA:MENTAL/Futurist〈NAKED LUNCH〉
11. APPLEBLIM & PEVERELIST/Over Here(BRENDON MOELLER RMX)〈APPLE PIPS〉
12.J OY ORBISON/Wet Look〈HOTFLUSH〉
13. F/Energy Distortion〈7EVEN〉
14. VALMAY/Radiated Future〈BLUEPRINT〉
15. MARLOW/Back 4 More〈BOKA〉
16. ROB SPARX/2 Faced Rasta(RESO RMX)〈Z AUDIO〉
17. F & HEADHUNTER/Dedale〈TRANSISTOR〉
18. MARLOW/Druid〈NO COMPANY〉
19. INSTRA:MENTAL/No Future(SKREAMIX)〈NON PLUS〉
20. SCUBA/I Reptured(SURGEON RMX)〈HOTFLUH RMX〉
21. SUBEENA/Circular〈IMMIGRANT〉
22. SCUBA/Aeseunic〈HOTFLUSH〉
23. SILKIE/Head Butt Da Deck〈DEEP MEDI MUSIK〉
24. GUIDO/Chakra〈PUNCH DRUNK〉
25. KOMONAZMUK/Bad Apple〈HENCH〉
26. HARRY CRAZE/Wa6〈DEEP MEDI MUSIK〉
27. KRYPTIC MINDS/The Weeping〈DISFIGURED〉
これは素晴らしい発見のあるコンピレーションだ。キッド・カディやドレイクらの華々しいデビューの裏側で、USヒップホップのニュー・ジェネレーションの才能がこういう形でも開花していたのかと知れるだけで面白い。ほとんどのアーティストが、ミックステープ・サーキットで名を馳せてはいるものの、日本でも、そして本国でもたいして知られていない。ミックステープ・サーキットからメジャー契約に漕ぎ着けたラッパーと言えば、先日、グッチ・メインが所属するワーナー・グループ傘下の〈アサイラム〉と契約したアトランタのピルなどがいるが、『LTYS』は、USヒップホップのお馴染みの記号――セックス、ドラッグ、ヴァイオレンスから離れ、よりポップなサウンドとリラックスしたアティチュードを特徴としたアーティストを紹介している。
ア・トライブ・コールド・クエスト『ミッドナイト・マローダーズ』を引用したジャケットが示すように、ニュースクール・リヴァイヴァル的な要素も多分にある。が、まず耳を引くのがその豊かな文化的混交性だ。それは、グッチ・メインやピル、ヤング・ジージィら、アトランタ在住の不良ラッパーたちの既発曲をフライング・ロータス、ハドソン・モホーク、エル・P、プレフューズ73らがリミックスして話題になったミックステープ『アダルトスウィム&ビートレーター・プレゼント ― ATL Rmx』の真逆を行くようなレイドバックした感性に支えられている。ポップス、ソウル、ロック、エレクトロニカ、ハウス、エレクトロ、それら雑食的な音のメリーゴーランドがくるくると無邪気に回転している。PSGや鎮座DOPENESSの、旧来的な慣習やルールに縛られない、あっけらかんとしたノリとシンクロしているようにも聴ける。さらに、『LYTS』を編集したのが日本人のDJであるというのも僕を喜ばせた。エグゼクティヴ・プロデューサーのShoez(彼は元CIAのDJだ)は、NYやLAまで足を運び、アーティストやレーベルと直接交渉してライセンスを取得したという。まったく素晴らしい熱意である。
また、ジャケットは、画家の清田弘らが率いる〈FUTURE DAZE〉というエクスペリメンタル・ヒップホップ・アート・コレクティヴとでも形容できる集団のデザインによるものだ。彼らはかつてDJ BAKU×灰野敬二のセッションを企画し、WRENCH、CORRUPTED、GREENMACHiNEなどのロック/ハードコア勢からMERZBOWまでをブッキングする一方、鎮座DOPENESSとSKYFISHのライヴDVD『RETURN OF THE FUTURE DAZE』(07年)を自主でリリースしている。ジャンレスにユニークな活動を展開する〈FUTURE DAZE〉が、ここに収録されるようなアーティストと接点を持つのは合点がいく。
さて、アルバムの中身はと言うと......、U-N-Iが、「自由の国へようこそ、俺は今日とてもいい気分だ/ところで君はどうだい?(Welcome to the land of free, I'm feelin' good today.By the way, how you?)」と軽快にラップするダンサンブルなナンバー"ランド・オブ・ザ・キングス"で始まる。U-N-Iは、ウータン・クランの"C.R.E.A.M."をコミカルにリメイクした"K.R.E.A.M."でその批評性を評価されメジャー契約の話が舞い込むも、今でもインディペンデントで活動するLAのラップ・デュオだ。エレクトロニカ・シーンでお馴染みのマシーンドラムことトラヴィス・スチュワートは、ソフトなエレクトロ・サウンド"フレッシュキッズ"や、"エンジョイ・ザ・サン"といった曲を手がける。"エンジョイ~"でラップするセオフィラス・ロンドンは、マーク・ロンソンやサム・スパロウとも共演するブルックリンのラッパーだ。彼の、マイケル・ジャクソン"ジャム"のリメイクから幕を開けるミックステープ『ジャム!』のベタベタなポップ・センスはかなりユニークだ(別のミックステープではホイットニー・ヒューストンのヴォーカルをエディットしたりしている)。メイヤー・ホーソーンを彷彿とさせるアウタサイトのソウル・ナンバー"アナザー・レイト・ナイト"も素晴らしい。彼はすでに〈ユニバーサル〉との契約が決まっているという。ボーナス・トラックとして収録されたNYのフィメール・ラップ・デュオ、ノラ・ダーリンの"ステップ・トゥ・ミー"がまた良い。"ステップ~"のPVを見れば、彼女たちが、MTVで表象されるビッチ系ともクイーン・ラティファのような姐御系とも違った、スタイリッシュなフィメール・ラッパーの新境地を開拓しようとしているのがわかる。ちなみにグループ名は、スパイク・リーの映画『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(1985年)の登場人物に由来するという。
さらりと聴き流そうと思えば、聴き流せてしまうコンピレーションではある。が、しかし、あれこれ調べてみて、USのヒップホップにまだこんな領域があったのかと驚かされた。意外にもいろんな発見があった。ということで、『LTYS』を聴いた後、U-N-Iとセオフィラス・ロンドンのミックステープをチェックすることをまずお勧めしたい。
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