「Nothing」と一致するもの

Food Pyramid - ele-king

 ポール・ウェラーの新作がまさかのクラウトロックで、関心していいのか呆れていいのか。しかも"クリン・クラン"という曲名があったので、思わず確かめてしまったけれど、やっぱりクラフトワークのカヴァー......ではありませんでしたw(クラウトロックという呼称を蔑称だと思っている人と、むしろある種の尊称だと思っている人の両極端が日本にもイギリスにもいるようですが、それはファウスト『4』にまつわるエピソードを知っているか知らないかの違いに由来するようです。詳しくはマウス・オン・マース『パラストロフィックス』のライナーに書いたつもりなので、興味のある方は国内盤を手にとって揺すったり振ったり......しても何も起こりません)。

 そして、クラウトロック・リヴァイヴァルの先頭を突っ走るエメラルズにピタっとつけているのがミネアポリスの3人組で、昨年、これまでリリースしてきた3本のカセットから日本のワンダーユーがCD化した編集盤『プラトーズ』から10ヵ月、ついに正式なファースト・アルバムが! これがまあポール・ウェラーと同じで......ということはないんだけど、いきなりオープニングのタイトル曲からクラフトワークかと思うような(正確にはそのマネをしていたヴォルフガング・ライヒマンみたいな)空飛ぶエレクトロ仕様で、杉田元一が聴いたら昇天したまま戻ってこないのでは......と思わせた"E・ハーモニー"のようなギター・ユーフォリアの面影がなく、少し焦り気味。次もまた、ひたすら天を駆け巡るようなシンセサイザーがひらひらと鳴り続け、完全に軌道修正したのかと思い始めたところでギター・サウンドが戻ってくる......ものの、結論からいうと"E・ハーモニー"を超える曲はなく、全体的にはやはり路線を少し変えた部分に聴きどころは多い。シカゴ・アシッドまでやってるし。

 クラウトロックの特徴というのはブルーズに由来するロック・ミュージックよりも、どこか人間不在の自然崇拝めいた感覚があることで、アメリカのアンダーグラウンドからそういうものが出てくるということは、西欧的なヒューマニズムの基礎といえるキリスト教的な価値観が揺らいでいる証拠だとも考えられる(ドイツというのはローマに征服された際、キリスト教に改宗したフリをしただけで、実際には自然崇拝が残った国だといわれている。ヒトラーのつくったアウトバーンにも仕事が終わったら一刻も早く自然のなかに戻れるという意味合いがあった)。"コズモ・キャニオン"のような曲を聴いていると、複雑な人間関係のなかから生まれてくる様々な感情をすべて放棄して、ただ自然の中に吸い込まれていくことをよしとするような美学が横溢している。そして、エンディングに向かって、こうしたムードはとにかく増大していく。なんの迷いもない。あまりに屈託がなく、それこそスケール感だけをいえばエメラルズなど足元にも及ばない。スピリチュアライズドにやって欲しかったのは、むしろ、こういうことだったのではないだろうか......なんて。いや、しかし、徹底している。

 それでは、マーク・マッガイアーの来日まで1ヶ月を切ったところで、クラウトロック・リヴァイヴァルについて少しおさらいをしておきましょう。90年代にもステレオラブやライカなどクラウトロックを前面に押し出して、人気のあったバンドはいたし、ヴァス・ディフェレンス・オーガニゼイションやエコーボーイのようにぜんぜん人気の出ないバンドもいた。また、プライマル・スクリーム『ヴァニシング・ポイント』やオズリック・テンタクルズ『キュリアス・コーン』(共になぜか97)のように部分的に取り入れていた人はもっといたし、そもそもドイツでロックをやっていれば、そのままでクラウトロックだったとも(これについても詳しくはマウス・オン・マーズのライナー参照)。

 現在のリヴァイヴァルといえる流れはどこからはじまったのか。ひとつには、04年にやたらとジャーマン・ロックの古典がどかどかと再発されたことが挙げられる。これに触発されたのか、タッセル(現アープ)やグレイヴンハースト、あるいはカリブーやスパンク・ロックのミックスCD『ヴワラ!』にも影響は認められる。しかし、再発ブームが起きる直前にもそれなりに動きはあって、細かく拾えばDAFに移る前のピクセルタン「ビーツ・プリペアード・フォー・トーチャー」やスフィアン・スティーヴンス『エンジョイ・ユア・ラビット』が01年、自分でもかなり驚いたので、よく覚えているのがデス・イン・ヴェガスが『スコーピオ・ライジング』(02)で思いっきり方向転換したものがクラウトロック直球だったことと、02年から03年にかけてフジヤ&ミヤギやエンペラー・マシーンといったディスコ・ダブからの参入が続いたこと。この辺りが震源地だったことは間違いがない。アメリカのロック・バンドでは前述のタッセル『クリン・クラン』(04)やクラウドランド・キャニオン『レクイエム・デル・ネイチャー』(06)って、どっちもタイトルがそのままだし、同じくアメリカのダンス・カルチャーからはジョー・クラウゼルがマニエル・ゲッチングのリ-エディット集(アンビエント本P72)をリリースしたことはかなり驚きだったし、同じようにクラウトロックのリ-エディットを手掛けていたハッチャバック『カラーズ・オブ・ザ・サン』(08)には"エヴリンシング・イズ・ノイ"というオリジナル(?)も(イジャット・ボーイズのミックスCD『デス・ビフォア・ディステンパー3』もかなりクラウトロック攻め)。以後はもう、リンドシュトローム&プリン・トーマス、ドム・トーマス、ブルース・コントロール、コズモナウト、ディムライト、タイム&スペース・マシーン(リチャード・ノリス)、ファクトリー・フロアーイヴィル・マッドネス、プラネットY、マスター・ミュージシャン・オブ・ブッカケ......ときて、昨年末にリリースされたポーティスヘッドのシングル「チェイス・ザ・ティアー」でさえ、そんなようなものだったからなー。そう考えるとポール・ウェラーもクラウトロッキンしちゃうかもなー。いやいや。

■オブ・モントリオール @ウエブスター・ホール(3/30 & 3/3)

 オブ・モントリオールが3月末、2日連続でニューヨークの1000人規模の会場、〈ウエブスター・ホール〉に登場した。2日ともオープニングを変え(30日:ハード・ニップス、コンピュータ・マジック、31日:キシ・バシ、ロンリー・ディア)、セット・リストも少し変えた。両日行っても十分に価値のある演出だった。初日観て、翌日も行ってしまった人も少なくなかった。
 メンバーは、前回のツアーから比べてぐっと削ぎ落され、8人だった。演奏もタイトになっていた。新しいメンバーのサックスプレイヤー、パーカッション、ドラマー、バイオリンが、オブ・モントリオールの音をさらにフレッシュに、そしてセクシーに活気づけていた。
 フロントマンのケヴィンは、1日目はグレイのスーツに、下は赤のフリルシャツ、2日目は白のラインが入ったスカイ・ブルーのジャケット、下も青のシャツと鮮やかな色。目にはブルーのラメ・アイシャドーとファッションも抑えめながらいつも通りだ。他のメンバーも 多色使いのエスニック・パターンのポンチョ(BP:ギター)、白のAラインのワンピース(ドッティー:キーボード)、全身シルバーのラメのトップ(ザック:サックス)はなど、他のメンバーの個性的なファッションも全体のバランスを保っていた。
 ショーは、ニュー・アルバム『Paralytic Stalks』からの曲がほとんどで、1曲目はケヴィンがキーボードを弾きながらはじめた。今回のツアーでは、ケヴィンは、キーボード、ギター、ヴォーカル、そしてパーカッションなどさまざまな楽器も手がけていた。曲前半に白の風船を観客に向けて飛ばし、それがセット中いろんな所でふわふわしている演出で、スクリーンをそれぞれのメンバーの前において、サイケデリックなヴィジュアルと曲をシンクさせたり、いつものボディースーツのメンバーが所々に登場し、そして曲を盛り上げ、ケヴィンに絡んだり、奇天烈なパフォーマンスをぶちまけた。

 このアルバム『Paralytic Stalks』で、ケヴィンは自分の人生について突き詰めている。基本的に彼のアルバムはパーソナルなものだが、今回もさまざまな苦しみや、葛藤、精神的な危機、さらに「人間とは」というユニヴァーサルな域にも達している。楽器的にも、ペダス・スティール・ギター、ホンキー・トンク・ピアノ、チェロ、ホーン楽器など、いままでとは違う要素を取り入れ、いままでに使ったことのない手法で新しい曲を創造している。ケヴィンの表現がオーディエンスを引きつけて離さないのは、こうした深さがあるからだ。

 2時間ほどのパフォーマンスはいままで見たオブ・モントリオールのなかでも力強く、完成度も高かった 。ステージ全体をカレイドスコープのように使ったマジカルな音楽オーケストラはとてもリズミカルだった。私は1日目はいちばん前、2日目は2階席から見た。全体が見渡せる2階席からは、リズムをキープするバンドの姿、そして彼らが本当に楽しんで演奏している一面も見れた。スクリーンにはバックとフロントでは違う映像が映し出され、シンク感覚も興味深かった。スピリチャライズドをもう少しカラフルにした感じとでも言おうか、オブ・モントリオールをフジロックで見たら、曲といい、演出といい、場所とも自然とも、シンクロするのだろう。アンコールはアルバム『Skeletal Lamping』(2008)、『Hissing Fauna, Are You The Destroyer?』(2007)などからの往年のヒット曲を集めた物だった。バランスの取れた選曲の良さもショーをより価値のある物にしていた。

 観客は圧倒的に若者が多い。バンドをなかばアイドル化している感もある。ケヴィンやBPが少しでもステージ際に近づくと、みんな手を伸ばし、彼らに触れようとする。BPがアンコールで観客にダイヴしたときには、大騒ぎになり、後ろのほうまで流されていってしまった。

 ショーの後、ケヴィンといろいろ話した。彼は私と会うたびに、〈コンタクト・レコーズ〉がオーガナイズした最初の日本ツアーがどれだけ楽しかったのかを話する。日本の観客が熱く受け入れてくれたことに感動し、彼ら自身が心から楽しめたと語る。「あのときは日本のオーディエンス本当に僕らを好きだということがわかったんだ」と彼は言った。そのショーの最後の曲を演奏し終えると、ケヴィンは感極まってダイヴした後、そのままダンス・パーティに流れ込み、朝までみんなで踊った。「こんなことはほとんどない」と、彼は言う。商業的に成功したわけではなかった。贅沢なホテルに泊まれたり、ギアなども誰かが用意してくれるようなツアーでもなかった。それでもバンドにとって、最初の日本ツアーは最高の出来事だった。実はその後も彼は、何度か日本に戻っている。が、しかし、そのときはもう「日本の人はそこまで僕らのことを好きじゃないのかもね」と言っていた。


■ワイルド・フラッグ@ウエブスター・ホール(4/1)

 ......というわけで、私は3日続けてこの〈ウエブスター・ホール〉に来ている。今日はワイルド・フラッグのライヴだ。スリーター・キニーのキャリー、ジャネット、ヘリウムのメアリー、マインダーズのレベッカというガールズ・スーパー・バンドである。昨年10月のCMJで見て以来、私のなかでナンバーワン・ライヴに位置づけられている彼女たちのパフォーマンスを再び見に行った。チケットはもちろんソールドアウト。

 観客は、スリーター・キニーのファンだったに違いないある程度の年齢層(?)から最近の若者まで幅広かったが、昨日のオブ・モントリオールに比べると女の子が多かった。物販にはCD、レコード、Tシャツ、メンバーの顔Tシャツがあった。それらはショーの前から景気良く売れていた。
 オープニングはレーベル・メイト(マージ・レコーズ)であるホスピタリティ。彼女たちもCMJ(このときもワイルド・フラッグの前座)で見ているが、全体の印象的はまあ、......あどけないよちよち歩きの赤ちゃん。演奏はしっかりしているが、良くも悪くも若い。ナダ・サーフ(今週末4/6,7と2連夜でNYに戻ってくる!)のオープニングだったパロマーやラ・ラ・ライオットに音的にも姿的にも被るところがあった。

 さて、ステージにスモークが降り、ワイルド・フラッグが登場。メアリーは赤と黒の太めボーダー・シャツに黒のタイトパンツ、キャリーは黒のシャツ黒タイト・ジーンズ、ジャネットは幾何学模様のワンピース(自分用の扇風機持参)、レベッカはベージュのトップに黒のミニスカート......とメンバーの個性もばっちり。
 後ろからスポットライト、さらに電飾の色がめくるめく変わっていきステージに色を添える。オープニングはメアリーのヴォーカル曲でスタート。その後はキャリーと交互にヴォーカルをチェンジする。バンドのなかにヴォーカリストがふたり(メアリー、キャリー)、ギタリストがふたり(メアリー、キャリー)、ベースがなくて、キーボード(レベッカ)とドラム(ジャネット)。ふたつバンドができそうだ。

 今回はCMJで見たときとくらべ、がつんと来ることはなかった。別に演奏が悪かったわけではない。1回観ているため何となく読めてしまったのか、彼女たちが演奏を重ねて新鮮さが抜けてしまったのか......はわからない。観客を引きつけるパワー、ただならぬオーラーは相変わらずだが。
 私は写真を撮るために2階席にあがり、「1分だけ写真を撮らせてください」といちばん前にいた女性に頼み込んで写真を撮っていたら、本当に1分で「タイムアウト!」と後ろに返されてしまった。1分も見逃したくないほど好きなのだ。申し訳ない気分になった。
 ステージのいちばん前には男の子もかなり居て、一緒に歌など口ずさんでいる。メアリーとキャリーのギターの絡み、キャリーがバスドラの上に載って、ギターをかきならし続けるパフォーマンス(しかもハイヒールで!)などはワイルドフラッグの姿勢を表している。これこそ女の子がお手本にしたい、男に媚びないバンドの姿である。ラスト・ソングはシングル曲"ロマンス"で、シンガロングが会場に響き渡る。アンコールは、ビーチボーイズの"ドゥ・ユー・ウォナ・ダンス?"などのカヴァー・ソングを披露。

 今回ワイルド・フラッグを見に行った理由のひとつに、野田編集長から日本ではワイルド・フラッグはアメリカのように知られていないし、そこまで盛り上がっていないと聞いことがある。今回のオーディエンスはインディ・キッズからもっとゆるい音楽ファンまでいろいろだが、ショーに行くという行為はアメリカではお茶を飲みに行くのと同じぐらい日常的な行為だ。ライヴがはじまってもひたすら友だちとぺちゃくちゃお喋りして、飲み続けている人たちも少なくない(日本ではライヴ中に喋っていると怒る人がいるらしい!)。そもそもライヴとは、ビールを飲みにいったらバンドもやっていた、じゃあついでに見ていこうか、なんてのりだ。まあ、〈ウエブスター・ホール〉という場所がファンシーで、アンダーグラウンドではないのだけれど、ワイルド・フラッグはインディのなかでもより一般の人にも受け入れられている。音楽に使えるお金をそこそこ持っていて、前売りチケットを1週間前からオンラインで買う層である(byトッドP)。
 日本ではライヴを見に行くとなると、何かあまりにも特別な行為なのかもしれない。自分が楽しみたいというより、もっと緊張感のあるものなのだろうか。アメリカでライヴを観ることは、もっとリラックスしているし、テキトーだ。この考えの違いが日本でまだまだインディが受け入れられない理由なんだろうと思いつつ、ワイルド・フラッグの熱狂的なライヴを観ていた。日本とアメリカの温度差の違いもあるだろうし、言葉がわからないというハンデもある。しかし、ホントはシンプルに楽しめばいいだけのことなんだけど。

interview with Tanlines - ele-king

少しのあいだ迷子になって
別の方向を見た
何が問題かって
ひとりぼっちだってこと
"リアル・ライフ"


Tanlines
Mixed Emotions

True Panther/ホステス

Amazon iTunes

 ブルックリンのタンラインズ(ジェシー・コーエンとエリック・エムのデュオ)は、ニュー・オーダー/デペッシュ・モード......そして、そう、おまちどおさま、ヘアカット100・リヴァイヴァルを代表する。つまり、クラブ・ミュージックの影響を......全面的に思い切り受けているインディ・ロック・デュオである。と同時に、アニマル・コレクティヴの『メリーウェザー・ポスト・パビリオン』(2009)が火付け役となったトロピカルなるコンセプト――南国パーカッションとエレクトロニカとの融合によるこの2~3年のインディ・シーンに起きたバレアリック現象――と共鳴しながら、他方で彼らはトーク・ノーマル、ホリー・ファック、!!!などといったちょっとパンクな連中のプロデュースを手がけている。
 タンラインズをもっとも特徴づけるのは、強いポップ志向だ。ベッドルーム系にありがちな自己撞着はない。シザー・シスターズ(個人的にはそれほど嫌いではないブルックリンのグラム系4人組)のような陰謀性はなく、ダフト・パンクのようなシニカルな態度もない。もちろん急進性も実験性もない。ある種の実用的なダンス・ポップだ。
 ルーティンから逃れることが音楽のできる最良のことだとしたら、タンラインズの『ミックスド・エモーションズ』は優秀な1枚と言えるかもしれない。そのご機嫌なノリに反するかのような陰影のある言葉は彼らの音楽がファスト・フードのように浪費されることを阻んでもいるが、思うにこれはポップ・ソング復権運動の一種で、ラジオから"ブラザーズ"(アルバムの1曲目)が流れて、3回目にはそのメロディを覚え、そして10回目に聴いたときに好きになれたら、タン ラインズの勝ちだ。早い話、ヴァンパイア・ウィークエンドやMGMTのあらたな競争相手の登場である。たとえば......海辺のクラブのカフェで黄昏どきに流れ ているトンプソン・ツインズを想像したまえ、それはひょっとしたらタンラインズなのだ!

悲しいけど、同時にそれをジョークにできてしまうようなもののことさ。ちょっと大人な感情だ。すべての物は同時にいろいろな意味を持っているっていうことを認識できる。それが僕らの美学になっている。そして、それを表す言葉が欲しかった。

生まれはどこちらですか? 

エリック:僕(エリック)はピッツバーグ出身で、ジェシーはワシントンD.C.近くのメリーランド出身だよ。僕は10代の時に自分自身大好きなバンドだったドン・キャバレロに参加して、その後イアン・ウィリアムスと一緒にストーム&ストレスを結成しているよ。

そしてあなたがブルックリン(ニューヨーク)のシーンにアクセスするまでの話を教えてください。

エリック:僕らふたりともそれぞれ2002年か2003年ぐらいにブルックリンに引っ越したんだ。他のたくさんの若者にとっても同じようにね。僕らにとっても「21世紀にニューヨークに引っ越す」っていうことは=「ブルックリンに引っ越す」っていうことだった。

9.11のときは何をしていましたか? 

エリック:そのときはまだウィスコンシンの大学に行っていて、ニューヨークからは何千マイルも離れたところにいたよ。

いずれにしても、ブルックリンには若い才能を惹きつける理由があったということですよね? 

エリック:だね。ただ、ほとどの人にとって何より魅力的だったのは、もうホントに家賃が安いってことだったんじゃないかな。

80年代のシンセ・ポップからの影響は意識していますよね?

エリック:それは間違いない。子供の頃に聴いていたブルース・スプリングスティーン、REM、トーキング・ヘッズ、ティアーズ・フォー・フィアーズなんかに影響を受けていると思うよ、どんな人間でも子供の頃に耳に入っていた音楽に影響されずにいられないのと同じさ。ロバート・パーマーとかね......。

ダンス・ミュージックからは当然影響されていると思いますが......。

エリック:もちろん。決まったお気に入りはないけど、ぱっと頭に浮かぶものではジョン・タラボット、ユルゲンパープ、フォー・テットなんかは大好きだよ。

アルバムのエンジニアをジミー・ダグラスにした理由を教えてください。彼はティンバランド、アリーヤ、ミッシー・エリオットなどヒップホップ/R&Bからテレヴィジョンやロキシー・ミュージックまで手がけているベテランだそうですね。

エリック:僕らがジミーを選んだというよりも、お互いに選んだっていうほうが正しいな。もしかしてジミーが僕らみたいなプロジェクトと仕事をしたいと思ってくれるんじゃないかと思ってレコードを送ってみたんだ。彼がやったティンバランドの作品や、アレサ・フランクリン、レッド・ツェッペリン、ロキシー・ミュージック、テレヴィジョンなどアトランティック時代の作品からも彼の作風などは知っていたからね。彼はアルバムを気に入ってくれて、それで僕らはマイアミに10日間行って彼と仕事をすることになったんだ。素晴らしい経験だったよ。

『ミックスド・エモーション』というタイトルはアルバムの内容にとても合っていると思うのですが、どうしてこの言葉を思いついたのですか?

エリック:「Mixed Emotions」っていうのは僕らのマスコットで、僕が「ウィンキー・サッド」(ウィンクしている悲しい顔)って呼んでいる顔文字についての表現だよ。悲しいけど、同時にそれをジョークにできてしまうようなもののことさ。ちょっと大人な感情だよね。すべての物は同時にいろいろな意味を持っているっていうことを認識できるってことでもある。それが僕らの美学になっているんだ。そして、それを表す言葉が欲しかった。で、付けたのがこの名前さ。

エモーショナルで優しいメロディ、気持ちの入った歌いっぷりにタイラインズの心意気のようなものを感じるのですが。

エリック:僕らはタンラインズの音楽を「実存主義ポップ(エグジステンシャル・ポップ)」って呼んでいるんだ。僕らのスピリットはアップテンポなビートと粘っこいメロディにメランコリックなヴォーカルにある。あらゆるものはそれぞれ同時にいろんな意味を持っていて、同時にいろんなものでもあるんだ。80年代からの影響も感じられるだろうし、同時に現代的な影響もある。それぞれの曲は楽しくもあるし悲しくもある。そういう組み合わせが僕らの音楽のスピリットになっていると思うよ。

すべての歌詞は、ファンタジーでもロマンスでもなく、苦いリアリズムが描かれていると思うのですが、"イエス・ウェイ"や"ラフィング"のような曲は、いまの時代の暗い風に対するあなたたちのリアクションでしょうか? たとえば「いつだって笑っていよう/そこが安息の場所じゃなくても」"ラフィング"なんて、なかなか重たい歌詞じゃないですか。

エリック:それは幅の広い質問だね! 僕らの作るものにはどれも完全に前向きだったり明るいものっていうのはないと思う。だいたいはジェシーが明るいパートを書いて、エリックがダークな部分を作るんだ。陰陽思想みたいな感じなんだね。

「癌を患っている親類のために書いたファンク」なんていう書かれ方もされていますよね。いっけん前向きですが、悲しみや苛立ちもあるという?

エリック:僕らの曲のヴォーカルや歌詞の多くは、自分が世界のどこにいるのかよくわからないままに年をとることの不確実さや不安を反映していると思う。

そういえば、ニューヨークでは「オキュパイ・ウォール・ストリート」がありました。いま世界に動揺があるのはたしかだと思いますが、タンラインズはそこにどのように立ち向かっていこうと考えていますか?

エリック:良い質問だね。僕らはふたりとも個人的に、世界情勢について詳しいし、自分の意見も持っている。僕は「オキュパイ・ウォール・ストリート」の現場を訪れたし、震災(3.11)の義捐金を寄付したりもした。それが僕らの音楽にどういった影響を与えているかははっきりとはわからないけど、そういうことが僕らの人格に影響していると思うし、僕らの人格が作る音楽を形作っているんじゃないかな。他の多くの影響と同じように、明白というよりはもっと微かで無意識的な影響だと思うけれど。

メモリー・テープスやグラッサー、エル・グインチョなどリミキサーとしても活躍してますね。あなたによって良いリミックスとはどんなものでしょうか?

エリック:僕にとってのいいリミックスの定義は、「聴いたときにまったく新しいバンドみたいに聴こえる」っていうこと。個人的にお気に入りのリミックスはオ・ルヴォワール・シモーヌのやつだね。聴いてみると、誰かのリミックスじゃなくて新しいアーティストの作品みたいに聴こえるんだ。

ニッキー・ミナージュ、ラナ・デル・レイ、M.I.A.の3人のなかでもっとも評価しているのは?

エリック:たぶん、M.I.Aだと思う。

マドンナの新曲"MDMA"は?

エリック:聴いたことないんだ。マドンナのスーパー・ボウルでのパフォーマンスは見たんだけど面白かったよ。

タンラインズは明白なまでにポップ・ソングを追求していると思いますが、良い音楽の定義とはなんだと考えますか? それはいまも昔も同じだと思いますか? 

エリック:良い音楽っていうのはつまり、誰かの人生にとって何らかの意味がある音楽のことじゃないかな。僕にとってもいくつか聴いただけですぐに僕の人生のある時期に戻ったような気分にさせるような曲があるけど、そういう曲はとても強力な力を持っているし音楽の持つ魔法を証明していると思う。

理想とするポップ・ミュージックとはどういうものでしょうか?

エリック:初めて聴いたときにすぐにいっしょに口ずさめる曲っていうのが良質なポップ・ミュージックだと思うよ。

Delano Smith - ele-king

 先日、平日の火曜日に私用で静岡に帰ったときのこと。まあ、閉まっているだろうなと、ダメ元で〈ラディシャン〉に行ったら、なんと「1000円ワン・ドリンク」のDJパーティをやっていた。しかもこのご時世にターンテーブル2台を使ったアナログ盤主体の、いわばオールドスクール・スタイルのDJだ。もっとも、やっている本人たちにはそれが"オールドスクール"であるという意識はまったくない。
 「よくやってるね~、こんな平日の深夜に。なんかいいことでもあったの?」とDJのひとりに訊いたところ、「やっぱ平日から盛り上げたいじゃないですか」という返事が返ってきた。さすがやる気のないダメ人間の街=静岡だけのことはある。そこにいるほぼすべての人間が明日の朝から仕事で、DOMMUNEの放送も終わっている深夜過ぎだというのに、テクノのレコードをかけ、テクノで踊っている。いや~、まだまだ自分も甘い、そう思いながらお茶割りを飲んでいると「最近、何が好きっすか?」と客に訊かれたので、「テクノで気に入ってるのは、アンディ・ストットやクラロ・インテレクトみたいなのかな」と言うと、「誰すか、それ?」と言われた。さすがやる気のないダメ人間の街=静岡だ。

 1979年、高校生だったデレノ・スミスが初めて目撃した"立ってDJ"するDJがケン・コリアーだった。コリアーはデトロイトにおけるラリー・レヴァンないしはフランキー・ナックルズみたいな人で、デレノ・スミスがそれまで見たことのあるDJは1台のターンテーブルを使って、そして座ってプレイしていた。ショックを受けたスミスは友だちの2台のターンテーブルを使って練習した。1981年に高校を卒業すると、週末のクラブでスミスはまわすようになった。明け方になるとDJはコリアーにバトンタッチした。コリアーは自分の知っているテクニックを惜しみなくスミスら若い世代に伝授した。
 1982年、モーターシティはディスコからプログレッシヴの時代へと突入した。プログレッシヴとはドナ・サマー、クラフトワーク、イタロ・ディスコ(あるいはサイボトロン)などといった当時のエレクトロニック・ダンス・ミュージックのデトロイトにおける呼び名だ。そんな言葉が普及するほど、それら"黒くない電子音楽"はデトロイトにおいて特別な人気があった。
 プログレッシヴの時代、もっとも人気のあったDJがケン・コリアーで、デレノ・スミスはその門下生のひとりだった。5年後、プログレッシヴを終わらせて、そしてハウスの時代の到来を決定づけることになるデリック・メイやエディ・フォークスは、彼らの客でもあった。進学のために故郷を離れていたスミスが〈ミュージック・インスティテュート〉を訪れ、デトロイト・テクノの熱狂を知ったとき、彼は自分の時代が終わったことをしみじみと認識したようである。
 そんなデレノ・スミスを現場にカムバックさせたのは、マイク・クラークだった。デトロイトをテクノからハウスへ、ハウスからディスコへ......というバック・トゥ・ベーシックなコンセプトのクラーク(そしてノーム・タリーのふたり)による"ビートダウン"プロジェクトは、1999年、スミスにあらたな居場所を与え、同時にスミスをヨーロッパや日本に紹介した。この10年、スミスはコンスタントに作品を発表しているが、今年に入ってベルリンのレーベルからリリースされた本作『アン・オデッセー』は、彼にとって初めてのアルバムとなる。察するところ、スミスの年齢は僕やデリック・メイやジェフ・ミルズとほぼ同じであろうから、30代後半にして作品デビュー、そして40代末にして初のアルバムという渋いキャリア......いや、ある意味人生において夢を与えるような展開をしている。だいたいこの年齢になってもダンス・ミュージックを作れるということは、それなりのスタミナを証明している。僕がアンディ・ストットみたいなダビーで、アブストラクトで、IDMめいた方向に傾いているのは、自分の体力の低下に関係しているんじゃないだろうか。サウンド的にはたしかに新鮮だが、大勢で盛り上がるという感じではない(いやいや、それでも"We Stay Together"というくらいだから......)。
 若い頃はプログレッシヴのDJだけあって、『アン・オデッセー』は"ビートダウン"一派にしてはテクノ寄りだ。ベーシック・チャンネルのモーリッツィオ名義によるディープ・ハウスないしはアリル・ブリカあたりと同じ系列に感じられる。シンセサイザーの綺麗なコード弾きとシンプルなビートを基調としながら、130BPMの気持ちよさで走っていく。目新しさはないが、クラブ好きにとってはフレンドリーな音だ。UR風のビートもあるが、作家性を強く主張している作品ではない。場数を踏んでいるDJらしいというか、インパクトよりも「踊ってくれよ」ということを重視したアルバムだ。

 そうだとしても、平日火曜日の深夜にDJしたり、あるいは踊ったりしている場面はまるで、そう、90年代にタイムトリップしたようだ。この非生産的なライフスタイルこそ真の意味での90年代リヴァイヴァルと言えよう。もっともこれはリヴァイヴァルなどではなく、90年代からの地続きの空間だ。ただずっと続き、生存している......。静岡には本格的にデリック・メイを研究している若いDJがいる。彼はあるとき試しに家でデリック・メイと同じ選曲で同じ曲順でミックスして、「でも、どうしてもデリック・メイみたいなミックスにならないんすよ」と言う。「だよねぇ。で、明日は?」「もちろん朝から仕事ですよ~」......すでに午前3時半、この無駄なエネルギー、夢を見ないことの夢......クラブ・カルチャーよ、やる気のないダメ人間たちよ、永遠に......僕もそっち側の人間でい続けよう。

※静岡の名誉のために言っておくが、「やる気のないダメ人間」とはこのときに目にしたある求人広告に記されたキャッチコピー。いわく「やる気のないダメ人間募集!」――素晴らしいセンス。我が故郷を誇りに思う。さあ、今週末はダービーだ。

Chart by JET SET 2012.04.09 - ele-king

Shop Chart


1

SLUGABED

SLUGABED SEX »COMMENT GET MUSIC
300枚限定リリースされたリミックス・プロモ12"もヒット中、スクウィー勢との交流も盛んなカラフルUKベース人気者Slugabedが、淡く美しいシンセが舞う名曲を届けてくれました!!

2

CUT CHEMIST

CUT CHEMIST OUTRO (REVISITED) »COMMENT GET MUSIC
トラックメイカー/DJ/コレクターとして世界的に知れ渡るCut Chemistがおよそ2年ぶりとなる新作をリリース。盟友DJ Shadowにも見られたハードロック/ノイズへ接近したキラー・ブレイクビーツを展開!

3

MIND FAIR PRESENTS NO STRESS EXPRESS

MIND FAIR PRESENTS NO STRESS EXPRESS REACH THE STARS »COMMENT GET MUSIC
Theo Parrish & Legowelt Remix収録で話題を集めた"International Feel"17番「Kerry's Scene」にて堂々のユニット・デビューを飾った注目の敏腕ユニットによる注目の第二弾。

4

KURUSU

KURUSU LOCAL ANESTHECIA »COMMENT GET MUSIC
Black Smokerミックス・シリーズにKurusu(Future Terror)が登場!Future Terrorのカラーを十二分に反映させた、ハメ系ディープ・ミニマル・ミックスを収録!

5

ERIK OMEN

ERIK OMEN GRADE E / PAYPHONE »COMMENT GET MUSIC
Midnight JuggernautsのDanielが運営するSiberiaからのニュー・カマー、Erik Omen!!衝撃的に最高すぎるデビューEP、遂に入荷しました!!

6

QUANTIC & ALICE RUSSELL WITH THE COMBO BARBARO

QUANTIC & ALICE RUSSELL WITH THE COMBO BARBARO LOOK AROUND THE CORNER »COMMENT GET MUSIC
数々の名曲を産み出してきたQuanticとAlice Russellのコンビが、キューバン・プロジェクトCombo Barbaroと組んで作り上げた待望のニュー・アルバム!!

7

KINDNESS

KINDNESS WORLD, YOU NEED A CHANGE OF MIND »COMMENT GET MUSIC
あの「Swingin' Party」から3年。遂に届きました。めくるめく引用、揺れ動くグルーヴ、淡いファンクネス。これこそ最先端のインディ・アーバン・シンセ・サウンド!!

8

SAN PROPER

SAN PROPER ANIMAL (RICARDO VILLALOBOS REMIXES) »COMMENT GET MUSIC
鬼才San Properがリリースを控えるデビュー・アルバム『Animal』から、Ricardo Villalobosによる超強力作をカップリングした話題の先行リミックス・カットが到着。

9

UNKNOWN ARTIST

UNKNOWN ARTIST UNTITLED »COMMENT GET MUSIC
これは最高です。ニュー・ディスコのようでシンセ・ダンスのようでハウスのようで、そのどれでもない。ディープで爽やかなブリージン・シンセ・ディスコ・キラー!!

10

FEADZ & KITO

FEADZ & KITO ELECTRIC EMPIRE »COMMENT GET MUSIC
説明不要のフレンチ・エレクトロ天才Feadzと、Skreamに見出され、タッグ名義ではMad Decentデビューも飾ったオージー・ブロンド美女ダブステッパーKitoによる電撃コラボ盤が登場!!

Music of Yann Tomita - ele-king

 大阪・中崎町NOONで2009年より毎年恒例となっている(2010年にはサマーワークショップも同場所で開催)ヤン富田ライヴ『Music Of Yann Tommita』を今年も開催します。2009年から恒例となった大阪での電子音楽家:ヤン富田 コンサート。数えること今回で5回目を迎えます。
 大阪NOONならではの、4時間半から5時間にわたる充実したコンサートを是非お楽しみください。また、2009年に同場所で行なわれたライヴの様子は「YANN TOMITA A.S.L. SPACE AGENCY」と題したアート作品集にも収められている。

Music of Yann Tomita

2012-04-29 SUN. at.NOON
OPEN 18:00 START 19:00
前売り¥4,500 当日¥5,000
NOON 06-6373-4919 / MarginalRecords06-6541-0039
info@noon-web.com
https://shop.marginalrecords.net
2012 Audio Science Laboratory
チケット予約
info@noon-web.com
tuttle@marginalrecords.net

LIVE:ヤン富田
OPEN:18:00~
OPENING DJ :TUTTLE
18:30~THE SOUNDS OF AUDIO SCIENCE LABORATORY ARCHIVES
LIVE START:19:00

 ここ数年お手伝いさせて頂いて、個人的には私がいつも思うことはひとつです。「ヤン富田が実践する電子音楽が聴きたい」ということに尽きるのです。毎年ご来場くださるオーディエンスの方々もそういう意識だと思います。
 ここ数年で海外からも新旧含め、様々な電子音楽のレコードやCDが活発にリリースされるようになりました。日頃その海外からの音源を聴くことが仕事柄増え、扱うことも多くなりましたが、90年代から一貫して感じるヤン富田さんの行う「電子音楽」とは印象が違います。そこには60年代から氏が聴いてこられ、体感された膨大な音源の蓄積と経験、さらにアシッド・カルチャーやエキゾチック、モンド・ミュージック、80年代初期のHIPHOPの衝動も的確に捉えた希有な人物像から生まれる寛容性をもって、無邪気、意識的に創造するという領域に勇気をもって、踏み込んでいく姿が投影されていると感じるからなのです。人から与えられたスタイル、様式に自分を誤魔化して参加するのは簡単だし、ある種の逃避でもあり、安堵感もある。だが、普通に暮らしても先の見えない時代に突入したいま、そのような行動は新たな表現、考え方を模索しようと気付いている人達には必要ありません。ここに到底追いつけない、とんでもない先人がいます。されど氏の「電子音楽」にはいつも魅了され、勇気をもらうのです。   
 いや本当になかなかありませんから。
 おかげ様で今回5回目の公演となります。アカデミックな領域を軽く飛び越えた圧倒的なヤン富田の個性溢れるLIVEを堪能して下さい。
(MarginalRecords:DJ TUTTLE a.k.a.MarginalMan)


ヤン富田
 最先端の前衛音楽から誰もが口ずさめるポップ・ソングまでを包括する 希代の音楽家。音楽業界を中心に絶大なるフリークス(熱烈な支持者)を国内外に有す る。日本初のプロのスティール・ドラム奏者、日本で最初のヒップ・ホップ のプロデューサー、また音楽の研究機関、オーディオ・サイエンス・ラボを主宰する。近年(2006~8年)の作品として、書籍「フォーエバー・ヤン・ミュージック・ミーム 1」ヤン富田著(アスペクト刊)、そのサウンド・トラックとして「フォー エバー・ヤン・ミュージック・ミーム2」、国内外にカルトな人気を誇るDOOPEESの「ミュージック・ミーム3」、2007年には 「エビス・ザ・ホップ」CFでコーネリアスとの競演が話題となる。
  2008年には、CD, DVD, BOOK からなるセット『変奏集』、電子音楽の講義とその演奏からなるドキュメンタリー、『サマー・ワークショップ・電子音楽篇』(DVDx2+BOOK)がある。2009年11月には、お台場の日本科学未来館に於いて「ヤン富田・コンサート」が開催された。また2009年冬期から2011年の展開として、アート作品集「YANN TOMITA A.S.L. SPACE AGENCY」(写真集、エッセイ、ライヴ・ドキュメンタリーCDx2からなる書籍、宇宙服のパジャマ、T-シャツ、キャップ、トランク・ケース、以上 TOKYO CULTUART by BEAMS) がある。

My Morning Jacket - ele-king

 春のはじまりは楽しいライヴを観るのがいいに決まっている。野田編集長はノルウェーからキュートな女子がやって来たのにウキウキしていたようだが、僕はと言えば、アメリカの田舎からヒゲもじゃのおっさんたちが来たことにニヤニヤしていた。会場は埋まりきっていないものの、真面目なUSインディ好き......だけでなく、何だか妙にテンションの高い大人が集まってきていた。僕の周りにいた3、40代の酒が入った男女のグループが、フジロックにスティーブ・キモックが出演する話で盛り上がっている......と、別のグループの40代が話に参加しはじめる。僕は会話に加わりはしないが、そのわかりやすさに笑みを浮かべる。ここにいる誰もが、いまからステージで、情熱的で、豪快な演奏が繰り広げられることを知っている......。

 暗転して現れたメンバーはジェケット姿で洒落た楽団風でありながら、長髪とヒゲのむさ苦しさは隠せていない。"ヴィクトリー・ダンス"の不穏なイントロからじわじわと熱を上げていく。「勝利の舞を見たいんだ/毎日の仕事の後で」、その通り! エレキがソロを歌い、バンドか狂おしくそれに答えれば、フロアからは叫び声が上がる。続く"サーキタル"の時点で、僕はもう笑いが止まらなくなっていた。巨体のドラマー、パトリックが力いっぱいドカドカとスネアを叩きまくる。日本の街を歩いていたら、獣と間違われても仕方ないだろう......。ギターのリフが繰り返され、やはり長髪でヒゲ面のジム・ジェームズがハイトーンでメランコリックなメロディを歌う......と、ドラムが加わり、視界が開ける。軽快にキーボードが加わり、フィルを繰り返すドラムは決して走らない。そしてメンバーが目配せすると、完璧なタイミングでアタックが叩きつけられる。その快感に身体を預けるだけでいい、すべてがそこでは開放されていく。僕はヒートテックのタイツを履いてきたことを後悔していた。 

 それから2時間強のあいだで起きた、細かいことを書いても仕方ないだろう。万単位の会場を端っこまで熱狂させるアメリカのジャム・バンドが、手加減することなく日本のステージで力いっぱい演奏したのだ。カントリー、ブルーズ、ハード・ロックにメタル、フォーク、ファンク、あるいはエレクトロニカや室内楽までを貪欲に取り込み、ダラダラしたジャムに持ち込むことなくそれらをエモーションの昂ぶりへと変換させていく。ジムの高い声はよく伸びて、耳から入って脳のなかに響く。抜きん出た演奏力で非常によくコントロールされているものの、音源で垣間見せる繊細さはライヴでは野性に獰猛に食い散らかされ、ラウドなギターが吼える。かと思えば、"スロウ・スロウ・チューン"、"ムーヴィン・アウェイ"といった穏やかなバラードではゆっくりとした時間が広がっていく。しかしそのスケールの大きさはどの曲も同じ。アメリカの田舎の大地が、そのまま宇宙まで繋がっているかのようだ。どこからこんなエネルギーがやってくるのかまったくわからないが、米国のジャム・バンド特有のワイルドさと大らかさが、そこではありったけ祝福されていた。オーディエンスを叫び声を上げ、あるいは思わずガッツポーズを取り、両の手を掲げてそれに応えた。
 20分近くはやっていただろう燃えたぎるサイケデリック・ジャム"ドンダンテ"の狂乱は、バンドのあちこちのライヴを何十回と聴いてきたという超コア・ファンの友人をして「これまででいちばん凄かった」と言わしめるほどの極みを見せ、そして本編ラストはキラーの"ワン・ビッグ・ホリデイ"だ。エレキギターを髪の毛を振り乱して演奏する姿はやっぱり獣にしか見えない......が、バンドはそんなことお構いなしに爆発する。僕の隣の40代は「ぎゃー!」と叫んでいる。「俺たちは大いなる休暇を生きるんだ」......その溢れんばかりの生命力を、ロック・ミュージックへと変換させることへの迷いのなさ。

 そう、マイ・モーニング・ジャケットのライヴは生きるためのエネルギーの爆発そのものだ。ライヴが終わってしまうと僕は次の日の仕事のことを忘れ、ビールを飲んでお好み焼きをたらふく食って、にやけた顔のまま帰った。(ただ、ジムの体調不良とはいえ、名古屋の公演中止はあまりにも残念だ。次はぜひ名古屋も宇宙に連れて行ってほしいと思う)

Batida - ele-king

 〈ワープ〉や〈オネスト・ジョンズ〉が関心を示した南アのクワイトシャンガーンだけでなく、ハウス・ミュージックはアンゴラの伝統音楽とも結びつき、クドゥロと呼ばれるダンス・ミュージックも勢いを増している。先鞭をつけたのはフレデリック・ガリアーノや"サウンド・オブ・クドゥロ"でM.I.A.をフィーチャーした南アのブラカ・ソム・システマで、昨年はワールド・ミュージックに関心を示しつつあるスイスの〈メンタル・グルーヴ〉からジェス&クラッブルによるコンピレイション・アルバム『バツァク』もつくられた。コンパイラーのひとり、ジェスことジャン-セバスチャン・ベルナールはアレクシス・ル-タンと組んだヴィンテージ・ディスコの発掘シリーズ『スペース・オディティーズ』でも話題を呼んだことはまだ記憶に新しい(『バツァク』にはアフリカのプロデューサーだけが集められたわけではないようで、ヴェネズエラのダブステッパー、パチェンコの名前も散見できる。パチェンコはゴス-トラッドがはじめたダブステップのクラブ、〈バック・トゥ・チル〉に立ち上げから関わったDJ百窓と09年にスプリット・アルバムもリリースしている)。

 愉快で奇怪で、聴く度に発見がある『バツァク』に"トリバリスモ"を提供していたバティーダ(スペイン語で「襲撃」)が、そして、デビュー・アルバムをリリース。これがまたとにかく能天気で、スエーニョ・ラティーノの〈DFC〉チームがアンデスのアタユアルパに続いて手掛けたコロンビアのラミレスや、最近だとバイリ・ファンキをストレートに思い出すにぎやかさ。つーか、ジュークもシャンガーンもクドゥロもどうしてこんなにテンポが速いのか。ナゾだ。適当な推測さえ思いつかない。

 アフリカ・ベースではなく、アンゴラ系ポルトガル人のDJプーラ(Mpula)によるプロジェクトだからだろうか、音の抜き差しはいかにもDJ的で、やたらめったら電子音が飛び回り、クワイトやシャンガーンのような土着性はまったく認められない。それでもバティーダは、70年代のアンゴラ音楽をサンプリングするなど『バツァク』にまとめられたプロデューサーのなかでは伝統とのつながりを感じさせるタイプだそうで、アフリカのピッツブルかベースメント・ジャックスだといっても通りそうなのに、「運動的」な聴き方が好きな人にも多少は好まれているらしい。

 そう、80年代にはイーノやデヴィッド・カニンガムに続けと、デヴィッド・バーン(ルアカ・バップ)やピーター・ゲイブリエル(リアル・ワールド)が相次いでワールド・ミュージックに接近していった頃、日本でも民俗音楽をワールド・ミュージックと言い換えて、パキスタンのヌスラット・アリ・ハーンやマリのサリフ・ケイタを聴くことが流行った時期が続いたことがある。しかし、その当時の聴き方はどうも「帝国主義に対抗して」とか「民衆の音楽」といった教条やアティテュードが先に立ち、僕は素直に耳を傾けられなかった。結果的にはサウンドデモと同じ経過を辿ったというか、レイヴ・カルチャーを通過したいまは、ただ単に快楽原則で音を振り分け、その上で興味が湧くことがあれば、そうした音楽の背景にも探りを入れてみたりする程度なので、まずはアシッド・ハウスやエイフェックス・ツインがぶちかましてくれたようなインパクトがあるかどうか。ワールド・ミュージックを聴く動機はそこしかない。クドゥロにしてもそこは同じだし、バティーダだってそれがなければ聴いていない。

 〈オネスト・ジョンズ〉の共同出資者であるデーモン・アルバーンもコンゴでDRCミュージックを制作した後(なのか、並行してやっていたのか)、ロング・タイムのコラボレイターであるトニー・アレン及び飛行機のなかで意気投合したというレッド・ホット・チリ・ペパーズのフリーと新たなプロジェクトを発足。ファンク色の強いデビュー・アルバムを完成させた。トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』のようにまるごとアフリカン・ファンクをコピーしてしまうようなことはなく、自然と出てきたリズムに任せてみたようで、なかにはエスニックでもなんでもない曲もあるし、むしろアフリカと西欧の距離感が素直に出た内容といえる(エリカ・バトゥなど客演にはアフリカ系が多い)。リズ・オルトラーニやM・ザラのように勝手な想像力でいい加減なアフリカン・ミュージックをつくり出す面白さももちろん、忘れてはいけないと思うし、それはそれで巧妙にやらなければならなくなるんだろうけれど(アメリカの言い訳にしか思えなかったリドリー・スコット監督『ブラック・ホークダウン』はともかくとして、フェルナンド・メイレレス監督『ナイロビの蜂』やジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督『ジョニー・マッドドッグ』のような映画を観てしまうと、バカな振りにも限界がある)、そのような強烈な思い込みのないところから(それこそ運動ではなく)はじまるアフリカン・ミュージックも悪くないものである。

 ミックスはマーク・エルネストゥス。個人的には奇妙なインプロヴァイゼイションが楽しい"イクスティングイッシュト(鎮火)"のような曲をもっとやって欲しかった。

interview with Daniel Rossen - ele-king


Daniel Rossen
Silent Hour / Golden Mile

Warp/ビート

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 2012年は、ブルックリンの音楽が再び賑わいそうな気配だ。ザ・ナショナルやベイルートのメンバーと作り上げたシャロン・ヴァン・エッテンの素晴らしいアルバムが発表されたばかりだが、山ごもりして制作していると言われるダーティ・プロジェクターズのアルバムは新曲を聴く限り順調のようだし、アニマル・コレクティヴの新作も出るかもしれない。そして秋以降だという噂のグリズリー・ベアの新譜が揃えば、2009年のブルックリンの熱がぶり返すことだろう。
 そんな季節を予兆するように、グリズリー・ベアのメンバーであり、デパートメント・オブ・イーグルスのダニエル・ロッセンから5曲入りのソロEP『サイレント・アワー/ゴールデン・マイル』が届いた。ピアノやギター、管弦楽器があくまで抑制を効かせて演奏される親密な室内楽であり、フォークとジャズと現代音楽の知的な交配でもあり、そこに含まれる、端正だが何かが歪んでいる不気味さ、エレガントさのなかの狂気、甘く妖しいサイケデリア......はグリズリー・ベアの音楽の魅惑そのものだ。ビーチ・ボーイズを日陰に連れて行ったような翳りを交えた柔らかいコーラス、センシティヴなメロディ、アコースティックの弦楽器や打楽器の余韻たっぷりの響き。その隙間にひたすら埋もれていきたくなる、あまりにも快楽的で優美な一枚だ。グリズリー・ベアはエド・ドロステのバンドでありつつも優れた音楽集団であり、なかでもロッセンの貢献がどれほど大きいかこれを聴くとよくわかる。
 そして、これはロッセンが自分の内面に潜っていった記録でもある。内省的な問いかけは対話に置き換えられ、抑圧はムーディなサイケデリアとなり、最終的にそこからの開放が力強いリズムへと昇華されている。とくにラスト2曲、ダークでジャジーなピアノ・バラッド"セイント・ナッシング"から、甘美さを保ったまま荒々しくドラムとギターが躍動するエクスタティックな"ゴールデン・マイル"へ至るダイナミズムには目が覚めるようだ。自らの暗い感情や狂気が、そこでは美しい音楽に向けてぶちまけられている。ミュージシャンとしてのダニエル・ロッセンの自己救済のような過程を含みながら、このような聴き手を陶酔させる音楽が生み出されてしまうことに感嘆せずにはいられない。グリズリー・ベアの新作はとんでもないことになるだろう......が、それまではこのEPにひたすら酔っていたい。

なんだろうな、暗闇から自分を解き放つ瞬間のようなものなんだ。自分を悪循環の輪から解放させる勇気を見つけること。魔法の言葉が見つかればこの瞬間を美しい何かに変えられる気がするんだ。

素晴らしいソロEP、聴きました。まず、このEPを出すまでの経緯について聞きたいのですが、グリズリー・ベアのツアーが終わってからはどのように過ごしていましたか? ここに収録された楽曲はいつ頃できたものなのでしょう?

DR:自分のための曲とグリズリー・ベアのデモにと考えた曲をいろいろレコーディングしたんだ。そのときはあんまり深く考えていなかったけど、結構ささっとできたんだよね。歌詞を書いてからレコーディングするまで1、2日しかかからなかったんだけど、そこからどうするか決めてなくてしばらく放置してたんだ。去年の秋頃、"セイント・ナッシング"のトラックを完成させてからこの5曲がうまくまとまっていると感じたんだ。そうなればもうプロジェクトと称してEPに出してしまおうと決めた。いままでやったことがなかったし、グリズリー・ベアのアルバムができるまで時間もあったからちょうど良かったんだ 。

当初はグリズリー・ベアのニュー・アルバムのデモになる可能性もあったということですが、そうはならず、「これはダニエル・ロッセンの曲なんだ」と気づいたポイントはどこにあったのでしょう ?

DR:曲のほとんどを自分の手で作ったから、自分のものにしたかったのが大きい理由だな。何も変える必要はないと感じたし、曲のほとんどの基礎のパートをワン・テイクで録ったレコーディングの思い出もあったからね。その前の1、2 年間は独学でドラムやチェロを習ったりしたよ。自分の楽器のスキルを伸ばすのも楽しいし、今回のようにワンマンバンドとしてEPを出すのも面白いかなって思ったんだ。コラボで制作したトラックもあるけど、全部自分で演奏できたらどうなるか試したかったんだ。

クリス・テイラーのキャントに刺激を受けた部分もありますか?

DR:うーん......直接影響されたわけじゃないけど、去年の秋までのブランクが長すぎたのがいちばんのきっかけかな。クリスは仕事、エドは旅をして時間を埋めていたけど僕は何も予定がなかった。このままぼーっとしてるか、自分でプロジェクトをスタートするかって選択を迫られた結果だったんだ。もともと落ち着きがない性格だから、じっと待っているなんてできないんだ(笑)。

制作の過程で、グリズリー・ベアやデパートメント・オブ・イーグルスでのこれまでの経験ともっとも違った部分はどのようなものでしたか?

DR:まず全体の気軽さだね。完璧にしなければというプレッシャーもなかったし、とにかくやってみて、ひとりでレーベルに持っていったらそのままリリースが決まったんだ。とにかく全体的にトントン拍子で物事が進んだ。グリズリー・ベアだったら当然そんな風にはいかないね。人数や物事が多いほど責任も重くなるけど、ソロ・プロジェクトでライヴも必要なかったからとても簡単にことが進んだんだ。あれこれ考えずに自分の作品をリリースできるのもたまには気持ちがいいね。

"セイント・ナッシング"はワン・テイクで録られたそうですが、そこにこだわったのはどうしてですか?

DR:ワン・テイクで録ったのは全部じゃなくピアノとヴォーカルのパートだったんだ。いちばんフレッシュな時に録りたかったから、書き上げてすぐレコーディングした。感情をもっとも込められるチャンスなんだよね。あの歌は11月にレコーディングして、イアンとクリスに1週間とか10日間でアレンジをかけてもらい、1月にはもう発表できたんだ。2ヶ月で作曲とレコーディングを完成させてリスナーに届けられるんなんて、すごいことなんだよ。あのスピードには非常に満足させられる物があった。普通だったら何ヶ月もミックスを繰り返し、宣伝とかもいろいろしてからようやくリスナーに届くのに。そのあいだずっと待っているのはつまらないし、音楽自体にも飽きてくるんだ。今回はフレッシュなままで世間に出せたのが嬉しかった。

5曲を聴いた印象としては、とくにメロディやドラムの音色、サイケデリックなムードなど、グリズリー・ベアやデパートメント・オブ・イーグルスと共通するものを感じました。それだけバンドでのあなたの存在が大きいのだと改めて気づきましたが、これまでバンドでの自分での役割があるとすれば、それはどのようなものだと認識していましたか?

DR:ほとんどの場合はいつも似たような役割だけど、ときどき誰かとポジションを交代することもある。レコーディングをもっと楽しくするために毎回少しずつコラボできるパートを増やしているんだ。その方がもっとオープンな流れになるしね。僕は作詞をもっと提供したし、エドは新しいアイデアを色々出した。ふたりで色々試行錯誤したり、他のメンバーもパートを交換してみたりして、全員がしっくりくるまで新しい形を模索したんだ。
 グリズリー・ベアのメンバーとしているときは、そのとき必要なパートがあればそれを引き受ける。たまにリズム担当を任されてアレンジや歌い方を気にしなくてもいいのも楽だね。その方がバラエティも広がるし、自分だったら考えもしないような演奏法をエドに提案されたり、仲間や自分自身の新たな面に気付かされるんだ。それがバンドでいることの醍醐味かな。

いっぽうで、バンドのときよりも楽曲ごとに中心となる楽器の使い分けがはっきりしているように思いました。数多くの楽器をこなすあなたらしさが出ているように感じましたが、それぞれの曲で楽器の選択はどのようにしているのでしょうか?

DR:そこらへんにある楽器をとりあえず使ってみたのさ(笑)。ひとりでレコーディングしたときは、ドラムとベースとチェロとピアノだけ使ったよ。あまり深く考えずに自然に感じるものを選んだんだ。一人で作業をしていると、誰にもいちいち説明しなくていいから、とにかくやってみるんだ。アレンジのほとんどは直感でひらめきながら模索してやってみた。
 クリス(・ノルト)とのアレンジは、とりあえずよさそうな雰囲気を出せる素材を探し当てるすごく楽しい、新しい作業だった。「ここは低い金管楽器みたいな音がほしい」とか、なんとなく感覚で提案したら本当にその演奏者が揃って実現したんだ。ずっとひとりで閉じこもって作業してた僕にとっては嬉しいことだったね。

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作りたい音楽は大衆音楽から離れた場所にあると思うよ。ポップスではないんだ。自分が送りたい生活をこのまま送れたらそれでいいんだ。お金がたくさん欲しいわけじゃないし、メジャーでビッグになりたいとも思わない。


Daniel Rossen
Silent Hour / Golden Mile

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歌詞についていくつか訊かせてください。自分の内面と向き合うような内容が目立ちますが、これはあなた自身のごく個人的な感情や感覚をモチーフにしたものなのでしょうか?

DR:歌詞のほとんどは自分のなかの不安や恐れを世界に向けた内容だ。それが文字通りの世界なのか、愛する人との関係の世界なのかは解釈の自由だけど。

「you」とのとても親密な関係性が描かれていますが、この「you」があなたにとってどのような存在なのか説明していただけますか?

DR:正直、そういう言葉は自分自身に向けている場合が多いんだよ(笑)。他人に呼びかけている場合もあるけど、ほとんどの場合自分に宛てているね。自然にそんな歌詞になったんだ。

"speak for me"、"speak to me"、そして"say the words"など対話によるコミュニケーションへの欲求がいくつかの曲で見受けられます。このことについては意識的でしたか?

DR:このEPには個人的な感情がたくさん込められてる。自分の体験を美化したような内容もあるし。
 ダイレクトに話しかけているつもりではないけど、たしかにコミュニケーションを求めている内容だね。自分自身の体験を再現していたのかもしれない。人から離れてよく引きこもりがちになるんだけど、この数年間は音楽やツアーで忙しくて、ひとりになりたいと思う時期が長く続いた。自分の人生が世の中とどうつながっているのか、これから自分はどう進むのかって大きな葛藤があったんだ。もともと内面的な性格を一新したというか、自分の優れた部分を抜き取って作品にすることができた。

最後のナンバー、"ゴールデン・マイル"はドラムのワイルドな響きが力強いナンバーですが、その最後で「言葉を放て、呪いを解け/心のなかで言葉を放て、大声で叫ぶ前に」という印象的なフレーズで締めくくられ、その「言葉」とは何か、リスナーに考えさせます。もちろん正解はないと思いますが、この「言葉」がどのようなものなのか説明することはできますか?

DR:自分が書いた歌詞を人にわかりやすく説明するのはあまり好きじゃないんだけど、ニューヨーク州の北にある自然に囲まれた田舎でEPの歌詞のほとんどを書いていた。個人的な悩みなどをいろいろ抱えていて頭がおかしくなりそうな時期だったけど、同時に圧倒されるぐらい美しい風景のなかにいたんだ。それまで抱えていた悩みや問題から解放されると同時に、この美しい世界のなかを絶えず動き続けながら、自分のなかの狂気を目の前の大自然に反映しようとしていたんだ。
 質問の答としては、歌詞を何度も繰り返したりする変わったループが好きなんだ。「Say the words, break the spell (言葉を出そう、呪文を解こう)」ってとこは......なんだろうな、暗闇から自分を解き放つ瞬間のようなものなんだ。自分を悪循環の輪から解放させる勇気を見つけること。魔法の言葉が見つかればこの瞬間を美しい何かに変えられる気がするんだ。ある意味、それがこのEPのメッセージだ。美しい世界に囲まれているのにハマってしまった居心地の悪い場所から抜け出せる言葉を見つけよう。まわりの風景に幸せを感じ、自分のダークな部分をポジティヴなものに変える方法を見つけよう、って。

この作品での体験は今後どのように生かされると思いますか?

DR:この体験を通してとっても前向きになれた。驚くほどいい結果が出たんだ。グリズリー・ベアのアルバムに取り組むためにも頭の整理ができたし、次のステップへの準備にもなった。実は1年ほど前、自分が何をしているのか分からなくなってもう音楽を辞めようかとさえ思った時期があったんだ。このEPを完成する事でずいぶん癒されたし、自信が持てた。自分は音楽を続けるべきなんだ、このままでいいんだって。グリズリー・ベアと活動を続けるための準備ができたんだ。

昨年はボン・イヴェールやフリート・フォクシーズ、セイント・ヴィンセント、ベイルートなどのアルバムが高く評価されるだけではなく、人気を集めました。現在のアメリカではより音楽的なものに注目が集まっているように見えます。あなたやグリズリー・ベアにとっては喜ばしいことではないかと思うのですが、そんなかで、グリズリー・ベアがやるべきことはどのようなことだと、あなたは考えていますか?

DR:このバンドのメンバー全員に聞いたらそれぞれ違う答えが出てくるだろうけど、僕が作りたい音楽は大衆音楽から離れた場所にあると思うよ。ポップスではないんだよね。それに近い曲を出すこともあるけど、やっぱり違うよね......世間に受けられる音楽を創ろうとするより、自分のなかの不思議な音楽の世界を探るほうがずっといい。音楽のキャリアをこのまま続けることができて、自分の音楽を聴いてくれる人達が十分にいてくれて、自分が送りたい生活をこのまま送れたらそれでいいんだ。お金がたくさん欲しいわけじゃないし、メジャーでビッグになりたいとも思わない。そういう音楽を作りたいとも思わなければ、ミュージシャンとして作らなくてもいいんだ。
 でも、メジャー・シーンで活躍している彼らはすごいと思うし、彼らの成功をすごく嬉しく思うよ。みんなとてもいいひとたちだし、音楽を大事にするミュージシャンだ。メジャー界が彼らの音楽に注目していることに希望を感じるよ。

クリス・テイラーはプロデュースも手がけるようになっていますが、あなたが今後挑戦してみたいことはありますか?

DR:いつかこのEPをライヴで演奏できたらいいね。まずはグリズリー・ベアのアルバムを収録してからかな。本当にできたら嬉しいけど、その時のフィーリングにもよるね。必ずやらなければいけないことでもないから、上手くいきそうに見えて素材が十分揃ったら、ライヴで演奏したいね。

Jesse Ruins - ele-king

 〈キャプチャード・トラックス〉のロゴをバシッとプリントされながら、いやそれであるからこそ、パッケージされている音が実際には圧倒的に日本的な情緒をたたえていたことに心を動かされた。いったいこの音を海外の人間がどんなふうに聴くのだろうか。無名の才能がブログ文化を通じて次々とフック・アップされる昨今、国も年齢も編成も知らずに音を聴く機会は増えたし、実際に海外のサイトがジェシー・ルインズに対しておこなったインタビューには「あなたがたは日本人か?」というような質問から始めるものもあったが、これとていまやめずらしいことではない。そうした流れにまきこまれるようにして輸出され、また逆輸入される運動において、ジェシー・ルインズはさながら木箱にオレンジとともに詰められてきたチェブラーシカのごと、日本訛りの正体不明な魅力としてさまざまな人の耳を惑わすのではないかと筆者はロマンチックに想像し期待している。

 チルウェイヴや現在のUSインディ・シーンに同機する音楽性を東京周辺から抽出し、独自のカラーで存在感を示す〈コズ・ミー・ペイン〉の主宰として、また別名義のナイツ(https://cuzmepain.com/RELEASE.html)としても知られるサクマ・ノブユキことジェシー・ルインズのファーストEPが、先日シングルとともにUSの重要レーベル〈キャプチャード・トラックス〉からリリースされた。同レーベルのやってきたことは、レーベル・カラーとしてはっきりと打ち出されているように、ニューウェイヴやポスト・パンクとシューゲイズとのハイブリッドであり、参照点を80年代に置くバンドを多く輩出している。ジェシー・ルインズもダーク・ウェイヴの影響濃い音をしているが、それらを下敷きにしながらも非常に明るいアウトプットを持っており、そのことにも筆者はいたく共感した。

 ナイツ名義で〈コズ・ミー・ペイン〉のコンピレーションに収録されていた"ケイティ"という美しい小品を耳にしたときに、すでにその感触があった。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインをチルウェイヴの感性で翻案するようなドリーム・ポップだが、重要なのは曲なかばから入ってくるまるで不器用なシンセサイザーのフレーズだ。そこに筆者が述べようとする「明るさ」の感覚のほぼすべてがある。単純で、あからさまで、音量のレベルも大きすぎる。16小節もつづく。だがそれをまったくけれんみのない手つき、態度でやってしまう無垢(それは完全に無自覚になされているわけでもない、だがあざとさではあり得ない、確信に内側からみたされた、パンダ・ベアトロ・イ・モワやその他フォトディスコなど2000年代から2010年代へのスイッチ世代に顕著な感覚だ。)に、いまという時代のエートスを感じる。そのいっぽうで、あの旋律、鍵盤ハーモニカのように無遠慮で無邪気な、しかし強度にみちた旋律には他の国の人がやらないようなある濃密な日本くささがある。さきに日本的情緒などと雑な言い方をしてしまったが、そこにはわれわれはたしかにそれを知っているというような、ある時代の、ある肉感的な記憶を喚び起こすなにかが埋め込まれている。

 本EPでは"ソフィア"や"ラスト・アンド・フェイム"のシンセ・リフにそうしたノスタルジーが刻まれている。基本線としては、シカゴのアリエルシークレット・シャインの近作のように〈サラ〉の雰囲気を持ったドリーミーなノイズ・ポップ......しばらく前にネオ・シューゲイザーと呼ばれたようなバンド群や、マンハッタン・ラブ・スーサイズなどジーザス・アンド・メリーチェインの遺伝子たちのまわりを低空飛行しつつ、"アイ・ニュー・イット"や"シャッター・ザ・ジュエル"などでジョイ・ディヴィジョンなどダーク・ウェイヴをかすめ、場合によってはセーラムなどを通過しながらダーク・アンビエントやブラック・メタルにものびていきかねない芽を予感させるものになっていて、だからもちろん純邦楽的な要素ともフォークロア的な文脈とも無関係なのだが、あの旋律にふれればきっとなにか日本に生きて目にした具体的な風景や感傷を引き出されるのではないかと思う。筆者の場合、それは90年代の後半の情景である。田舎の高校生活、ルーズソックスとポケベル、夏服とニルヴァーナ、運動部ならば顧問の先生が運転するワゴンでは誰かが『スラムダンク』を読み、誰かがポータブルのMDプレーヤーでミッシェル・ガン・エレファントを聴いている。そうした自分の記憶が山本直樹や宮台真司を通過して再構成されたような、幻想の90年代ともいうべきあの空気の薄い時代の記憶がなぜかしらたちあがってくる。そのころ日本の社会がどん詰まってから、とくに明るい兆しなどないまま今日まで一直線だが、のんきなのかシニカルなのか、わりに屈託ない明るさを持った眠りの音楽(=チルウェイヴ)をわれわれはいま好んで聴いている。サクマ・ノブユキ氏は筆者とは同年輩だろうか? ジェシー・ルインズの音楽は、筆者にはそうした奇妙な明るさでもってこの10数年をしずかにながめ、弔う音であるようにも思われてくる。

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