「Nothing」と一致するもの

Toddla T - ele-king

 「DJパイプスとロス・オートンは俺の最大のヒーローだ」と、トドラ・Tは話しているが、ふたりは彼にとって地元の先輩である。トドラ・Tが学校を辞めてシェフィールドのスケート場で働く「瞳孔の開いた」十代だった頃に、パイプスなる、怪しい名前のDJと会っている。このベース・フーリガンこそ地元クラブの顔役的なDJであり、そしてジャーヴィス・コッカー(パルプ)のDJチーム「ディスペレイト(絶望的な)・サウンドシステム」のメンバーでもある。彼らがオーガナイズするパーティ「ディスペレイト・ナイト(絶望的な夜)」において、トドラ・T、そしてパイプスとロス・オートンはダンスホール愛によって結ばれた。
 ロス・オートンは10年前の、エレクトロ時代のシェフィールドを代表するファット・トラッカーのメンバーであり、ジャーヴィス・コッカーのバンドのドラマーでもあり、アークティック・モンキーズやなんかの曲のプロデュース、MIAのリミックスも手がけるような名の知れた音楽人だった。トドラ・Tに作り方を教えた先生である。そういう地元の先輩ふたりが、トドラ・Tのセカンド・アルバム『ウォッチ・ミー・ダンス』を再構築したのが本作「アジテイティッド・バイ・ロス・オートン&パイプス」というわけだ。

 トドラ・Tは明るすぎるし、アホすぎるかもしれない。ビートたけし系のヒューマニズムに心底感動しているファッキン真面目な青年、竹内正太郎の文章を読んでいると、この国の湿度の高さが精神に与える影響もあるのでは……。「3.11以降」という彼の好きな言葉を使わずとも、昔から日本では、暗い風が吹くとファッキン内側に籠もりがちだ。島国だから? 現実が絶望的だから? 政治が大衆のために機能しないから? 『CRASS』の後書きでも書いたことだが、イギリスの若者文化は1978年の時点であたり一面の絶望に直面している。ノー・フューチャー、未来なんかない、俺にもあんたにも……ジョニー・ロットンはそう笑ってみせた。「ノー・フューチャー」を繰り返し聴かされたUKの若者文化はむしろ元気になって、ポスト・パンクの時代へと展開した。ポスト・パンクが何をしかったって? サッチャーという英国を愛する頑固なおばさんが絶対に許さない連中──たとえばジャマイカ移民に代表される──とつるんだ。英国らしさの真逆に突き進むことで、音楽も多様化した。結果、そうしたポスト・パンクの抵抗が「ノー・フューチャー」な英国に自由な領域を創造した。レイヴ・カルチャーはそのなかで生まれた。トドラ・Tがダンスホールと結ばれたのもそうした過去と無関係ではない。

 それにしてもトドラ・Tのふたりの先輩は、後輩以上にアホじゃないかと思われる。「アジテイティッド・バイ・ロス・オートン&パイプス」からは……いわばガンジャ節というか、ファッショナブルでポップ・ソングを意識した『ウォッチ・ミー・ダンス』をさらに深くクラブ・サウンドのほうへと変換している。アシッド・ハウスのフレイヴァーが全体を通底しているが、これは最近のモードだ。ショーラ・アマと一緒に作った最新シングル「アライヴ」も、まあ、お洒落で良かったが、僕は先輩がいじった本作のほうを推したい。ちなみに日本にも「ノー・フューチャー」で「未来を見せる」ことのできる人たちはいる。最近で言えばドタマとか、再結成したタコとか……。

(※)文中の「ファッキン」は竹内君に毒づいているというよりは、9月からはじまる編集部が大好きなライターの新連載の予告です。さて誰でしょう。こうご期待!

Chart JET SET - ele-king

Shop Chart


1

Maria Minerva - Will Happiness Find Me? (Not Not Fun)
『Cabaret Cixous』から約1年ぶりとなるロンドンの才媛Maria Minervaのセカンド・アルバム。Not Not Funからのリリース!!

2

Ashes To Machines - Resistance Ep (Leleka)
ここ2,3年の間で40カ国をもラウンドしたLionel Corsini(Dj Oil)とJeff SharelによるコンビAshes To Machinesが世界中からインスパイアしたものを具現化したサウンドスカルプチャー作品!

3

Mind Fair Pres. Sundown Drive - Sundown Drive (Rogue Cat Sound)
気鋭Dean MeredithによるプロジェクトMind Fairが送り出す新鋭プロデューストリオSundown Driveによるサンセットをも思わせるバレアリック作品!

4

Being Borings - E-girls On B-movie (Crue-l)
Kenji TakimiとTomoki Kanda手掛ける新ユニット、Being Boringsによるファン待望の第二弾が遂に解禁。

5

Eddie C - Aim (Crue-l)
ニューディスコ~ビートダウン系リエディット作品で知られるカナディアン・プロデューサーEddie Cによる最新2トラックス。Being Borigsユニットによるリミックスも2種収録されたマスト・バイ・アイテムです!!

6

Ricardo Villalobos - Dependent And Happy 1 (Perlon)
圧倒的なクリエイティビティーとDjセンスで現在のミニマル・シーンの頂点に立つ寵児、Ricardo Villalobosが、ミニ・アルバム『Vasco』以来、約4年振りとなるアルバムをリリース!!

7

Funinkevil(Kyle Hall & Funkineven) - Night / Dus (Wild Oats)
Ukベース名門Hyperdubからのリリースでも注目を集めたデトロイトの新星ハウサーKyle Hallと、Floating Points主宰Egloのアシッディ・ベース鬼才Funkinevenによるプロジェクト第1弾です!!

8

Alchemist - Russian Roulette (Decon)
先日リリースされたビート集も好事家に大好評だったAlchemistが、UsのアンダーレーベルDeconより新作を発表! ゲートフォールド・ジャケット仕様。

9

Tiago - Souljam (Jolly Jams)
世界水準のドメスティック・レーベルEneや世界的名門Dfa等に加えEsp InstituteやGolf channel、Leng等の作品でも注目を集めるポルトガルの気鋭Tiagoによる最新作を3トラック収録した大注目作品!

10

Twice - Black Aroma Ep Vol.4 (Blend It!)
イタリアを拠点に活動するヴァイナル・コレクター兼プロデューサーTwiceが手掛ける"Blend It! Records"からの新作4エディッツ。Theo Parrishとの「Stop Bajon」傑作スプリット・エディットも記憶に新しいIsoul8 A.k.a. Volcovによるエディットも収録されています!!

vol.2 硬派なのは見た目だけじゃない - ele-king

 みなさんこんにちは。NaBaBaです。連載もはやくも2回目となりましたが、今回は前回の予告通り、今年発売された新作をご紹介したいと思います。その名も『Max Payne 3』。

 『Max Payne 3』は01年に発売された初代『Max Payne』の続編で、03年の『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』から数えると、実に9年ぶりの最新作。開発は1作目、2作目までの〈Remedy Entertainment〉(以下Remedy)から代わり、〈Rockstar Games〉(以下Rockstar)が担当しています。

■現代によみがえる“演出されるゲーム・プレイ”の仕上がりやいかに

 本作のレヴューに入る前に、作品の周辺事情から先に解説をいたしましょう。『Max Payne』シリーズはジャンルとしてはTPS(サード・パーソン・シューティング)で、前回ご紹介した『Half-Life 2』のFPSと違い、操作するキャラクターが画面に映っている形態のゲームです。

 初代『Max Payne』は言うなれば“演出されるゲーム・プレイ”の新境地でした。本作の最大の特徴である“バレット・タイム”という、『Matrix』さながらにスロー・モーションになるシステムが象徴するように、精密な射撃を要求されるゲーム性と、アクション映画さながらの演出が両立する内容が当時高く評価されました。

『Max Payne』より。いまでは当たり前となったバレット・タイムはこのゲームから始まった。

 それに加えてグラフィック・ノベルの形式を用いたストーリー・テリングも魅力的で、ハード・ボイルドで劇的な雰囲気を演出するという面で、ゲーム・プレイ内外ともにさまざまな技巧が凝らされていたのです。


こちらは『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』より。ノベルシーンは今見ても完成度が高い。

 いっぽう今回〈Remedy〉にかわり開発を引き継いだ〈Rockstar〉は、映画的な演出や雰囲気を構築する手腕においては右に出るものはないスタジオです。クライム・アクション・ゲームとしてももっとも有名な、〈Rockstar〉の代表作である『Grand Theft Auto III』を筆頭に、最新作『Grand Theft Auto IV』までの一連のシリーズや、近年では西部劇をテーマにした『Red Dead Redemption』等、このスタジオは一貫してハード・ボイルドな設定を売りにした作品を作り続けています。

 いまだほとんどのゲームが映画的であることをアクションやスペクタクルの迫力という観点からの解釈しかできていないなか、〈Rockstar〉の脚本やシチュエーションという部分においてより映画的であろうとしている姿勢は、他作品より抜きん出ているとともにユニークであり、それは一種の〈Rcokstar〉ブランドを築くまでにいたっていると言えるでしょう。


『Red Dead Redemption』より。Rockstarなりの西部劇映画へのリスペクトに溢れた作品だ。

 こうした〈Rockstar〉の強みは『Max Payne』シリーズが志向しているハード・ボイルドさや映画らしさにも合致します。しかしいっぽうで〈Rockstar〉の作品はどれもシューティングとしてのできは平凡以下という悪しき慣習があり、シリーズのストイックなシューターとしての側面をどこまで引き継げるのか危ぶむ声も少なくありませんでした。

 しかしふたを開けてみると、実際にはいろいろな面で予想とはちがうでき映えだったのです。

■シンプルながらよく作りこまれたゲーム性

 結論から言ってしまえば、TPSとして非常によくできていたのがなによりも驚きでした。〈Rockstar〉作品としてはもちろん、歴代『Max Payne』シリーズや近年のゲーム全体で見ても屈指のでき映えです。

 基本的なシステムは前作までのプレイ感を踏襲しており、敵は体力がそこそこある反面プレイヤーは撃たれ弱く、なにより回復手段が有限なので、何も考えずに戦うとすぐやられてしまうバランスです。

 そのためつねに頭や心臓などを狙って一撃でしとめること、相手から攻撃を受ける前に沈めることといった、言うなれば居合い斬りのような戦い方を求められます。そしてこの戦法を実現させるための手段として、時間を遅くするバレット・タイムというシステムがある、という構造ですね。


バレット・タイムで周囲がスローになっている内に相手の頭を的確に撃ち抜く。これが本作の基本だ。

 バレット・タイムとひと口に言っても『Max Payne』シリーズには2種類あり、ひとつが単純に周囲の時間が遅くなる、字のままのバレット・タイムと、もうひとつに任意の方向に飛び込み、空中に浮いている短い間だけ時間が遅くなるシュート・ドッジというものがあります。それぞれ得手不得手があり状況に応じてこれらふたつを使い分けるのがこのシリーズの醍醐味と言えますが、本作『Max Payne 3』は特にこれらの役割づけが過去シリーズ以上によくできていると感じました。

 前作まではなんだかんだと言って、どっちか片方が性能いいかで、使用頻度も偏りがちだったのが欠点でした。今作ではバレット・タイムは発動の手軽さ、汎用性の高さから、咄嗟の状況への対応や、こちらが比較的有利または安全な状況下から多くの敵を相手にするのに向いていて、いっぽうのシュート・ドッジは発動中はダメージをいっさい受けなくなるので、敵の攻撃が激しいなど不利な状況から活路を見出したいときに使えるなど、差別化が非常にうまくいっています。

 これらふたつの典型的な使い分け例としはこんな感じ。部屋に入ると大勢の敵がいるが相手はこちらに気づいていない。なので木箱の陰からバレット・タイムを使って先制攻撃、数人捌いた時点で敵の反撃で木箱は崩れ、このままではやられるというところでシュート・ドッジを発動し、残りの敵を華麗に迎撃......。こうした瞬時の使い分けが本作の肝であり、こちらのもくろみどおり綺麗に決まったときの気持ちよさは度し難いものがあります。

 ちなみにエリアの最後の敵を射抜いた瞬間はファイナル・キル・カメラといって『Matrix』を彷彿させる独特の演出が入り、勝利をみごとに演出してくれます。僕がこのシリーズを“演出されるゲーム・プレイ”と呼び表すゆえんであり、その精神は本作でも健在と言えましょう。


本作のキル・カメラは状況に合わせて演出内容が変化するなど、9年ぶりも納得の進化を感じさせる。

 また上記の駆け引きを盛り上げるレベル・デザインの秀逸さも抑えておきたいポイントです。本作はバレット・タイムを使い分けてのシューティング、この1点におもしろさを求めたストイックなゲームなのですが、そのシンプルさを維持しつつも状況のバリエーションを生み出すことに成功しており、単調になりがちだった前作、前々作から大きく改善されています。

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■『Max Payne 3』最大の強みはシステムのアレンジ力にあり

 さて、ここまで述べた本作の特長は、いまどきのTPSとしてはじつはかなり異端です。急所への一撃に賭ける短期決戦型のデザインは、いま流行の物陰に隠れながらジリジリ敵勢を削っていく、いわゆるカバー・シューターとは相反する。むしろ本作のデザインはカバー・シューター登場以前によく見られたものだと言っていい。

 しかしそれをもってして本作を古くさいゲームと評価する向きがあるようですが、僕はそれは支持しない。とは言えいまっぽいとも当然言えないわけで、じゃあなんなんだろうってところに、このゲームの魅力があると思っています。

 まず古い作法に則るだけの懐古趣味と異なるのは、現代のシステムを取り入れている部分もちゃんとあるということですね。いち例として挙げればカバー・システム自体は実装されているし、武器所持数が制限されるところもいまどきです。

 ただしどれも通りいっぺんとうな運用はされておらず、前者であればあくまでも相手に踏み込む際のつなぎとして、後者は所持する武器が目まぐるしく変わりつづけることで戦闘にバラエティを出すためにと、核となるゲーム性に合うようにアレンジが加えられているのがおもしろい。システムとしての体裁は他のゲームと同じでも、実際の役割が異なっているんです。


本作のカバーは脆くて役に立てづらいが、むしろそれが本来のゲーム性を引き立てている。

 本作の優れた点とはとどのつまりこの細やかなアレンジ力で、ゲームの目指す方向性に合わせて個々の要素にしっかり独自の意味づけをおこなえているところが他とはちがうのです。これはバランスがいいと言いかえることもできて、システム同士の相互作用をしっかり吟味した上で調整されており、浮いている要素がひとつも無い。前述したバレット・タイムとシュート・ドッジの役割のちがいや、レベル・デザインの秀逸さも、すべてはここに集約されます。

 実際これは地味なことではあるのですが、むしろシステムの見かけ上の古い新しいにおもねることなく仕上げてきたところに、本物のゲーム・デザインを見た思いです。しかもそれを〈Rockstar〉が実現してきたことが何よりも驚きでした。

■カット・シーンの濫用に甘えたストーリー・テリング

 シューティングとしての完成度の高さがうれしい驚きだった反面、もともと期待していたストーリー・テリングの方は逆に〈Rockstar〉作品としてはいろいろとものたりない内容でした。問題点は大きくふたつあって、ひとつがストーリーそのものの質、もうひとつが伝達手法の欠陥ですね。

 物語は前作からの続きではありますが、主人公Maxは妻子を亡くしているという基本設定を引き継いでいるのみで、実質過去作からは独立した話になっています。フィルム・ノワールという根幹の様式は貫きつつ、舞台をNYからブラジルへと大胆に移したのは斬新で、『City of God』等の近年のブラジル映画からの影響を明言する、〈Rockstar〉らしいセンスを感じさせます。


とりわけファベーラの作りこみはみごと。フィルム・ノワールの様式にも意外とマッチしている。

 しかし裏を返すとそれがすべてといった感じで、設定以上の魅力が無いのが残念。妻子を亡くしたMaxの苦悩がクローズ・アップされるかと思いきや、結局は悪者をやっつけるというベタな内容に収まってしまう。もっともゲーム・プレイの動機づけとしてのストーリーとしてはこれでも必要十分と言えるかもしれません。

 しかしながら〈Rockstar〉はいままでそれ以上のストーリーをゲームで描いてきたし、本作でも引きつづきそれをやろうとしていたはず。ただその実践方法がどうにもよくなく、おまけにシューティング・ゲームとしてのデザインと折り合いがつかずに結果として不協和音を放ってしまっているような気がします。

 何よりも問題なのはストーリーの伝達手段をほぼカット・シーンのみに頼ってしまっていること。現代のストーリー重視のゲームは前回ご紹介した『Half-Life 2』が正しくそうであるように、ゲーム・プレイのなかにストーリー・テリングを混在させることが命題になっているのですが、その試みが『Max Payne 3』には見当たらない。カット・シーンそのものの質はいいものの、黙々と戦っては映像が挟まる、その繰り返しになりがちです。


前作までのノベル・シーンを意識した、コマ割りとセリフがカット・インする演出自体はいいのだが......

 これは単純に古くさい。あるいはそれはそれでゲームプレイの引き立て役として小休止程度に挿入されるならまだいいのですが、輪に掛けてよくないのが挿入頻度がとても多い。しかもカット・シーン中にローディングをしているようで、見たくなくても飛ばすこともできない!

 結果としてゲーム・プレイの引き立て役としてはきわめて押しつけがましく、ストーリー重視のゲームにしては古臭くて工夫が足りないと、どちらにとっても不都合ななんともちぐはぐなことになってしまっています。

 〈Rockstar〉ともあろうものがこのような失敗をしてしまったこともまた大きな驚きでしたが、思えば〈Rockstar〉はそもそもストーリーを伝達する仕組み自体はつねに古典的なカット・シーンを使いつづけていて、『Half-Life』シリーズのようなゲーム・プレイとストーリー・テリングの融合、という意識がことさら強いわけではないんですね。そのかわりカット・シーン自体の質、カメラ・ワークやキャスティングといった部分においてハイ・クオリティであることを目指すアプローチのように思えます。

 ただそれがいままでの〈Rockstar〉作品で成立していたのは、どれもオープン・ワールドといういろいろなできごとを十分なプレイ時間、多様な角度から描くのに長けたジャンルだったからなのではないか。その点『Max Payne 3』はひたすら敵と戦いつづけるアクション・ゲームなので、取れるアプローチに時間的にもゲーム内容の幅的にも限りがあった。それでもあえてこだわろうとして、カット・シーン濫用という手に走っちゃったのかなと分析します。しかしそこでマジックを見せてくれよ! というのが自分の期待だったんですけど。

■まとめ

 冒頭でふれたとおり、いろいろな意味で予想を裏切る内容でした。シューティングとしての出来は本物で、いっさいのごまかしがなくシンプルなおもしろさを追求した作りは硬派と呼ぶにふさわしく、FPSやTPSが飽和状態にあるいまのゲーム業界のなかでも、頭ひとつ抜けた完成度と個性を放っていると言えるでしょう。

 しかしながらストーリー・テリングという面ではカット・シーンを濫用するなど硬派なゲーム性にそぐわない安易な作りも見受けられ、全体を見たとき正反対のものが入り混じったちぐはぐな印象も受けます。

 とは言えこうした弱点を差し引いてもなお魅力はあり余るものがあり、今年発売された作品のなかでは屈指の出来であると断言できます。本文では触れませんでしたがグラフィックスやアニメーションも優れており、その面でも2012年のクオリティを味わえる作品です。




きのこ帝国 presents「退屈しのぎ vol.3」 - ele-king

 この晩、きのこ帝国は最初に新曲を3曲演奏した。その3曲とも、前作からの飛躍があった。
 1曲目は、クラウトロック(大げさに言えば、オウガ・ユー・アスホール)をバックにボス・ザ・MCがラップしているような……といってしまうと本当に乱暴な表現だが、BMP125ぐらいのピッチの曲で佐藤はラップもどきを披露した。早口で何を言ってるかわからないが、それが前向きさを表していることはわかる。
 あとで訊いたら初めてのライヴ演奏だったという。それにしちゃあ、鮮烈なインパクトがあった。佐藤のラップ・ミュージックへの関心の高さを具体化した最初の曲でもあった。きのこ帝国がバンドとしていまどんどん動いていることがうかがえる。初演ということもあってドラミングは先走り、ピッチは速まってしまったそうだが、逆に言えば意味がわからないほどのファスト・ラップの最後で唯一聞き取れる「生きている」という言葉が、するどく胸を射貫いた。悪いことは言わない。この曲はシングルにして発表するべきだ。12インチ作りましょうよ! 良いリミキサーは日本にはたくさんいる。何よりも、この曲を必要としているリスナーはたくさんいます!
 「退屈しのぎ」とは、きのこ帝国の代表曲だが、彼らのオーガナイズするイヴェント名でもある、ということをその晩僕は知った。その晩は、編集部で橋元の二次元話に付き合わされたあと、JET SETのM君の四次元話にハマってしまったおかげで、4つ出演したバンドのうちのふたつ、きのこ帝国をのぞくとひとつしか見れなかった。そのひとつ、大阪からやって来た吉野というイントゥルメンタル・ロック・バンドは、最初から見ることができた。しかし、吉野とは……佐藤と匹敵するほど検索不能なネーミングだ。吉野は、ギター、ベース、ドラマーの3人組で、エレクトロニクスを用いた導入からモグワイめいたダークなギター・サウンドへと巧妙に展開して、ライヴをはじめる。ポテンシャルの高さを感じさせる演奏で、最後のチルなフィーリングも良かった。まだ非常に若いバンドだが、ビートに磨きがかかれば、より多くの注目を集めることになるだろう。がんばってくれ。しかし、大阪人のくせに東京のラーメンが美味いと言ってはいけないよ。


きのこ帝国の物販で働く菊地君。筆者はドラマーのコン君のデザインしたピックを1枚購入。

 下北沢ERAは、100人も入ればパンパンの小さいライヴ・ハウスだったが、満員だった。先述したように、きのこ帝国は、ラップの曲のあとにふたつ新曲を披露した。その2曲も良かったことは覚えているが、最初の曲のインパクトが強すぎてどんな曲だったか忘れた。バンドに音の隙間が生まれ、それによって音の空間が広がってた。それ以外のことは忘れた。こういうときは、明け方の5時でも、マニェエル・ゲッチングのライヴでメモを取っている菊地祐樹君を見習うべきなんだろう。菊地君は、物販で働きながら、お姉さんと妹さんもライヴに呼んでいた。3人とも顔が似ているどころか、誰が年上で誰が年下かわからない。しかもお母さんが僕と同じ歳という……なんということだ!

 きのこ帝国の演奏が終わると、大きな拍手とアンコール。アンコールに出てきたあーちゃんは慣れないMCを続け、ジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャー』のTシャツを着た相変わらず佐藤はクールに構えている。最後の曲って“夜が明けたら”だっけ? “退屈しのぎ”だっけ? 忘れた。が、細かいことはいいだろう。良いライヴだった。翌日は「WIREに行くんです」と嬉しそうに喋っている菊地君をその場において、僕は12時20分過ぎの小田急線に乗った。

D'Eon - ele-king

 すごくふつうだと思っていたものが、思いがけず気味の悪いものであったというふうに、ディオンには出会い直した。なぜふつうだと思っていたかというと、先入観である。もっと言うなら、彼のスタイルのR&B的な側面だけをもっとも浅薄になでた結果である。いまエイティーズからナインティーズへとブームの重心移動が兆しているその中心に、90年代R&Bを影響源にあげるアーティストたちがいる。ウイークエンド、ナスカ・ラインズ、インク、アヴァ・ルナ、ファースト・パーソン・シューターなど枚挙にいとまがないが、彼らはジェイムス・ブレイクを例に挙げるまでもなく、チルウェイヴや昨今のインディ・ダンス・ブームとつよく結びついた流れのなかで聴かれ、生まれ、研磨されてもきた。その点ディオンは、グライムスとのコラボレーションや、〈ヒッポス・イン・タンクス〉周辺の人材であることから考えても、彼らのような例のひとつであろうと容易に想像をつけることができる。そしてあまたの才能がひしめくその空域で、彼はとくに個性的な音を鳴らしているわけではない、と筆者は思っていた......たとえば“トランスペアレンシー・パート2”のあたま90秒くらいをさらっと聴くかぎり、べつだん変哲を感じないではないか? だが問題はその先、2分ちょっとのところに噴き出していた。

 べつに彼の異常さの例はこのことに限らない。極端に回転数を上げられてピッチの狂った声のマテリアルが、やがて病的に重ねられ、刻まれて、トラックをふち取りはじめる。つづくピアノの、絶妙にひきつったソロがどうにも気持ち悪い。非常にドリーミーで甘美な旋律をなぞっているにもかかわらず、五体、五感の十全な機能を何かにさまたげられるような、なんとも言えず痛ましさ与える演奏・エディットだ。

 感情のひだ、という言葉があるが、まさしくミルフィーユ状におびただしく折り重なった心の層のひとつひとつのすきまに、彼の音はじつにうっとうしく、気に障るやりかたで入り込んでくる。民俗楽器だろうか、細い竹がさらさらとぶつかりあうような音、シンセがさまざまに紡ぎ出す音は、いずれもわずかな試聴では気持ちよさげで白昼夢的、スムースですらあるかもしれない。だがこれを心地よく流しっぱなしにするなどとは、筆者には考えられないことだ。回転するようにめまぐるしいアルペジオや音圧のゆらぎは、その善意のような悪意、天使のようでいて陰惨でもある異様な気配とともにこちらの意識をホールドする。

 この奇妙な音、狂った声を、ディオンはおそらく天使ガブリエルのものとして表現している。キリスト教やイスラム教でともに神の言葉をつたえるとされる存在だが、そのガブリエルの名を冠した“ガブリエル・パート1”“ガブリエル・パート2”にはともに度しがたい圧迫感でこの声や音が用いられている。彼はそもそもこの作品を、インターネットが変えた情報環境と、その一種冒涜的な性質に対する怒りやおそれから制作したというように語っている。ユーチューブやツイッターは人の生活と自らの生活をあばくが、神はそのように暴くことはないし、ガブリエルはなにも伝えない、というわけだ。だがこのアルバムのあとでは、ガブリエルがインターネットのなかに存在するというふうに考えが変わるだろうとも述べる。それは、膨大な情報の集積そのものが福音である可能性を考えるということである。インターネット社会におけるこうしたユートピア思想を、彼はアートのなかに見たいのだそうだ。よって、あの砂嵐のような音の猛襲は、情報の具象化であり、ガブリエルの声をそこに二重映しにするものであるのだろうと考えられる。

 それにしても、このなんとも安息できない音空間は彼の資質や彼自身の内側を思いがけず開いているのかもしれない。わずか11歳で大学に音楽を学び、ライヒやテリー・ライリーに親しみ、精神を病んで退学、数年前にはヒマラヤへ渡って修道院でチベット音楽を修養したという経歴も強烈である。R&B的な歌唱スタイルの上には、激しいビートと粒子状に舞う音塊が弾幕のように張られるが、下にはメディテーショナルなアンビエント・スタイルのサウンドが布のように広がる。この分裂したような音楽性をステンドグラスの宗教絵画ジャケットに封じた『LP』は、実際のところいったい何への供物だったのだろうか。彼がひとつひとつの曲に持たせたと思われる意味や宗教性は、深く研究されたものであるというよりはおそらく妄想に近い。一聴したところ軽くてポップなシンセ・アルバムのように見えた本作は、本年ぶっちぎりで不気味な1枚になるかもしれない。〈ヒッポス・イン・タンクス〉的なニューエイジ性を、また深く塗り直す作品である。

 ちなみにアート・ワークは、スリープ∞オーヴァーやオートル・ヌ・ヴォウの印象的なジャケットも手がけたグラフィック・デザイナー、アレクサンダー・ジットマンによるものだ。彼がこのレーベルに果たす役割も、看過できない大きさを持っている。

XINLI SUPREME - ele-king

 さすがの橋元も編集部でこの音が鳴った瞬間に「なんすかこれ?」と訊いてきた。「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやジーザス&メリー・チェインのようだ」と、イギリス人にとって最高の褒め言葉で迎えられた日本のバンド、現在大分を拠点とするシンリシュープリームが10年ぶりに新作を発表する。
 2002年、ロンドンの〈ファットキャット〉からリリースされた彼らのデビュー・アルバム『トゥモロー・ネヴァー・カムス』は、いま思えばシューゲイザー・リヴァイヴァル......などと言うと生ぬるく思う方もいるかもしれないけれど......の先駆けであると同時に今世紀のノイズ・ムーヴメントともリンクしていた(〈ファットキャット〉は当時、メルツバウも出している)。
 『トゥモロー・ネヴァー・カムス』は否定、否定、そしてまた否定の作品だった。ジーザス&メリー・チェインのように徹底的に、どこまでもネガティヴでありながら、同時に甘美で、恍惚としたサウンドで我々を魅了した。2002年の暮れには当時のアメリカ帝国主義を非難するかのように星条旗をデザインしたミニ・アルバムの『マーダー・ライセンス』もリリースしている。いずれにしても、シンリシュープリームとは、2002年当時、音楽が変わりゆく時代の波を感じていた人たちにとっては忘れがたいバンドなのだ。
 
 10年ぶりの新作は、ワールズ・エンド・ガールフレンドが主宰する〈Virgin Babylon Records〉から10月23日のリリースされる。タイトルは『4 Bombs』、レーベルの資料によれば「10年をかけ完成まで辿り着いたのはわずか4曲」で、彼らが2010年にオフィシャルサイトからmp3でフリー配信した"Seaside Voice Guitar"に関しては、この1曲のみに3年半の時間が費やされたという。彼らはこの10年、新たなノイズの創造に力を注ぎ続けていたのである。
 まずはこちらの映像を見よ!



XINLISUPREME - 4 Bombs

2012年10月13日 リリース
¥1100 VBR-009
8月24日よりVirgin Babylon Records通販サイトにて先行予約開始。

interview with Paul Randolph - ele-king


Paul Randolph And Zed Bias presents
Chips N Chittlins

Pヴァイン

Amazon

 ゼド・バイアスといえばUKガラージ/ベース・ミュージックを代表する名プロデューサーのひとりで、初期はイングランド中東部に位置する街、ノーザンプトンを拠点とするレーベル〈サイドワインダー〉から作品を出している(さらに初期はディープ・ハウスのレーベル〈ロウズ・オブ・モーション〉からも出している)。ザ・ストリーツのリミックスを手がけているほど母国では名が知れた人物で、ダブステップにも少なからず影響を与えているような先駆者でもある。ドラムンベースの人気レーベル〈ホスピタル〉、クアンティックで知られる〈トゥルー・ソーツ〉からもアルバムを出している。
 いっぽうのポール・ランドルフ、今回の取材の主役は、1999年、カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラ名義の作品、スタイリスティックスのカヴァー・シングル「ピープル・メイク・ザ・ゴー・ラウンド」において、その美声をもって我々の前に登場した。そのシングルのリミキサーがムーディーマンやスラム・ヴィレッジだったので、ランドルフは、この10年、日本でも多くの人に愛されているデトロイト系のソウルの始動に絡んだひとりとなった。
 ランドルフはそれから、ムーディーマンの〈マホガニー・ミュージック〉から最初のアルバム『This Is... What It Is』(2005年)をリリースして、2007年にはシカゴの〈スティル・ミュージック〉からセカンド・アルバム『ロンリー・エデン』を発表、他方ではアンプ・フィドラーやジャザノヴァでの作品をはじめ、オクタヴ・ワン、アズ・ワンなど、数多くのアーティストの作品に歌、あるいはベース奏者として参加している。職人といえば職人だが、交流関係はアーティスティックである。

 『チップス・アンド・チットリンズ』は、そんな、いかにもUKらしいクラブ・ミュージック道(地方で暮らしながら絶対に自分の好きなことしかやらない、労働者階級的な反骨心)を突き進んでいるベテランと、いかにもデトロイトらしいスキルフルでセクシャルなソウルとのコラボレーション・アルバムである。ハウス(4/4キックドラム)、そしてガラージ/ベース・ミュージックのビート(裏打ちでバウシーなビート)、ランドルフのベースとプリンスのような歌声、ときおり注がれるアシッディな音色、つまり『チップス・アンド・チットリンズ』とはモダン・ノーザン・ソウルなのだ。
 周知のように、ノーザン・ソウルとは60年代のUSソウルをとことん輸入した、UKにおいてふだん汗かいて働いている連中のダンス・ムーヴメントである。チップス=英国人の(どちらかといえばいなたい連中の)日常的な食べ物、チットリンズ=アフリカ系アメリカ人のソウルフード。良いタイトル/プロジェ クト名だ。
 ジャザノヴァでのライヴのために来日したポール・ランドルフに話を聞いた。

デトロイトにダブステップのような音楽が入ってきたのってやっとこの2~3年ほど前で、「そういうものがあるらしい」というような認識しかなかったんですよ。もともとデトロイトはテクノとハウスを中心に発展してきたような町ですから。

ええと、最初の来日って、ムーディーマンのライヴのときでしたっけ?

ポール:いいや、最初の来日は1985年で、そのとき僕は初めてちゃんとしたバンドの一員として来ていて、大阪のボトムラインというところで1日3回くらいショーをやりました。オリジナルもありましたけどカヴァーもあって、もうキャメルからヴァン・ヘイレンくらいまで何でもやるバンドでしたね。

というか、それって高校くらいってことですよね。

ポール:うーん、ひょっとしたら高校くらいだったかな。それからはもう7~8回くらい来日しています。何年かっていうのは、やっぱり言えないな(笑)。

どうしてです?

ポール:年齢がバレるからね(笑)。

なははは。いいじゃないですか(笑)。だって、たぶん我々があなたの名前をいちばん最初に認識したのは、1999年の"ピープル・メイク・ザ・ワールド~"のカヴァーだったんですけれども、それ以前のあなたの歴史というのもそうとう長そうですよね。

ポール:カールに会う前は、URのマイク・バンクスともともと友だちでよく練習していました。彼のお母さんの家の地下で、ドラムマシンやシンセやらをいじっていましたね。あの頃はなにも思っていませんでしたけれども、いま考えてみればURの生まれるもとになったのかもしれない。そのことに僕は気づいていませんでした。80年代に初めて日本に来たときには、ほんとはいっしょに来る予定だったんです。マイクも同じバンドにいたので。でもマイクは自分のプロジェクトを優先してデトロイトに残って、日本には来なかったんだけど、結果的には彼のほうが日本にもよく来てるし、世界を何周もすることになりましたよね。

へえー。それはすっごく面白いつながりですよね。

ポール:マイクに出会う前もいろいろなバンドにいたんです。けど基本的にマイクがデトロイトのアンダーグラウンド・テクノ・シーンを紹介する入り口になってくれた人で、彼からカールも紹介してもらったし、ケヴィン・サンダーソンも紹介してもらったしという感じで......。話が錯綜しちゃうけど、二度目の来日がムーディーマンだったかもしれない。

ああー。

ポール:実は4回目なんですけどね(笑)。

はははは!

ポール:よく考えてみればアンプ・フィドラーと2回来ていて。自分のバンドに最初アンプ・フィドラーが在籍してて、そのあとアンプがソロ作品を出すときに、サポートとしてベースを弾いて、そのバンドで2回ほど日本に来ているんです。そのあと、初めてエレクトロニック・ミュージックのソロ・プロジェクトとして出した作品がムーディーマンのレーベルからのもので、これは友人がムーディーマンにつないでくれたんだけど、それをきっかけに彼と来日しています。

ええと、僕、マイク・バンクスとは1993年12月に東京で会って以来の......なんて言ったらアレですけど、デトロイトが大好きな日本人のひとりです。あなたの地元の音楽を本当に好きなんです。

ポール:ああ、本当に! へえーーー!

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よく人に「きみは何がしたいの? あっちにもこっちにも行って」っていう風に言われることがあるんだけど、その考え方自体がおかしいと思う。彼ら自身がその質問を自分にしてるんじゃないかなと思います。僕にとってはその質問は意味がないし、何かひとつのところに落ち着く必要もない。


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Chips N Chittlins

Pヴァイン

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ムーディーマンの初来日のときって、ストリップ嬢をステージに上げてライヴをやったときですよね。そのときにじゃあベースを弾いてたのがあなただったんですか?

ポール:いや、じゃあその次のときかな。自分以外にふたりほどパフォーマンスの人がいて、ムーディーマンがいちばん最後に出てきました。

今回、ちょうどあなたもアルバムを出すわけですけど、先日、Jディラがムーディーマンのところから未発表曲集の「ディラロイト」を出して、『リヴァース・オブ・デトロイト』っていうタイトルのアルバムもリリースされました。デトロイトのソウル・ミュージックというか、デトロイトの音楽を、すごくこう、再定義しようという機運を感じるなかでのあなたのリリースもタイミング的に面白いことだなと思いました。

ポール:ははは、でも、とくにそういう風にしようとしてなったわけではないんだけど。相談してこのタイミングでやろうってなったわけではないです(笑)。

そういえば、あなたにはリミックス・アルバムもありましたよね。2010年かな......『エコーズ(・ロンリー・エデン)』っていうね、2枚組でしたね。

ポール:あれはなんで2枚組だったかというと、キャリアとして2枚目の作品だったんだけど、『ロンリー・エデン』のとき、ディストリビューターにすごく問題があったんです。それでとても不安だったから、曲を少し残しておいたんです。それに新しい曲をプラスして2枚組にしたのが『エコーズ』なんですよね。だから1枚目の余韻の残るようなタイトルにしたくて『エコーズ(・ロンリー・エデン)』となったんです。チャールズ・ウェブスターとか、ジェロームとか、いろいろな人に話を振っていってできたものでした。いまもソロのプロジェクトで、もうすこしで終わりそうなものがあります。いくつもプロジェクトを持っていますが、わりと最近はロックのバンドのを終わらせたところだし、南アフリカのミュージシャンの仕事もやったりしていますよ。

それは楽しみです。今回の『チップス・アンド・チットリンズ』はデトロイトを拠点とするあなたがゼド・バイアスみたいな、UKガラージ/ベース・ミュージックのベテランとコラボレーションしたということがひとつのトピックですよね。『ロンリー・エデン』のときのリミキサーとしておたがいに知り合っているから、その流れから発展したんでしょうけれども、あらためて、どのように今回のプロジェクトが生まれて発展していったのかということを教えてください。

ポール:リミックスが終わったあとに、マイ・スペースでコンタクトを取ったんです。聴いてはいたけど、ダブステップって音楽が流行ってるっていうからどんなものかなと思って、それなら実際にやってる人に訊くのがはやいと。そしたら向こうが「ワオ」ってなってね。「僕、アンプ・フィドラーとのギグを観てるよ」って。「ずっといっしょに仕事をしたかった」ってゼドはすごく興奮してくれてね。「こんな曲どうかな?」ってマテリアルを送ってきてくれたから、すぐやって戻した。お互いすごく仕事がはやくて、「いいじゃない」ってなってね。
 ジャザノヴァの最初のころかな、3年ほど前にロンドンでギグをやったときに、ちょっと時間があまったから電車でマンチェスターまで行って、彼の自宅兼スタジオで数日間過ごしたんです。そしたら1日に4曲もできあがっちゃって。最初はただ行って、「どんな人かな」っていう感触をつかんで、軽いミーティングをしようというようなつもりだったんだけど、「ふたりのうちどちらかがもういやだってなるまでとことんやりましょう」ということになっちゃって、その次の日に3曲ってふうに、どんどんたまってきた。
 そうやってやりとりをしてきたのが3年前なので、彼もいろいろと忙しくなっちゃって一時放置されていたプロジェクトだったんだけれども、ときどき思いついたように連絡がきて、初めのころ作ってた曲を「こんなふうに直したよ」って送ってくる。けど、これは、「なんで直すんだよ! さわらないで!」っていう話ですね(笑)。で、じゃあ、「これもう3年も経ってるんだから終わらせようぜ」ということになったんです。だから今度は僕の自費じゃなくて、デイヴ(ゼッド・バイアス)のほうがチケットを送ってよこしてくれて、マンチェスターへ渡って作業を進めたわけです。

なるほど、なるほど。デトロイトにはデトロイトの独自のシーンがありますけど、UKガラージ/ベース・シーンっていうのはあなたからみてどういうふうに映ってるんですか?

ポール:音楽的なことでいえば、僕がそれまでまるで聴いたことのないものって感覚だったですね。デトロイトにダブステップのような音楽が入ってきたのってやっとこの2~3年前で、「そういうものがあるらしい」というような認識しかなかったんですよ。もともとデトロイトはテクノとハウスを中心に発展してきたような町で、そのなかに覚えきれないほどのサブ・ジャンルが枝分かれしていたわけなんですけど。そのなかにベース・ミュージックのようなものはなかったですからね。
 ゼッドと仕事しているあいだ、デトロイトでゼッドの名前が話に出たりすると「ああ、知ってるよ」っていう人もいたけど、だいたいは名前は知ってるけど、よくわからないって感じだった。僕が「聴いたほうがいいよ」ってすすめると、曲によっては好きだったり嫌いだったり、拒絶してしまう人もいればおもしろがるひともいた。やっとそれが定着してきて、デトロイトにも若いDJでダブステップDJって言われる人たちがでてきて、ちゃんとシーンを成立させてるって状況が生まれたんだけど、こっちからしてみれば、「きみたち4年前は何してたんだよ?」って気持ちもあってね。マンチェスターに行ったこともなければイギリスにも行ったこともないのに、彼らはベンガやら何やらダブステップの有名な作品のコレクションをたくさん持ってて、そういうDJをやってしまう。僕自身はクラブへは行けてなくて、それはデイヴが僕をスタジオに缶詰めにして「アルバムを終わらせるから」って遊びに行かせてくれなかったからなんです(笑)。

ははは、それは面白い話ですね。今回はジャザノヴァで来日されてますけど、あなたはほんとにいろいろな活動をされていて、たとえばディスコグスなんかを見ていたら、クレジットの多さに驚かされるんですね。ふだんはデトロイトに住んでいらっしゃるんですかよね? 10歳のときでしたっけ? ブラジルのサンパウロからアメリカのデトロイトに引っ越してこられたというのは。

ポール:そうですね。10歳になりそうってころからかな。

そのころすでに、ご家族の影響で楽器が使えたっていう話を聞いたことがあるんですが、デトロイトの文化にはすぐにうちとけることができたんですか?

ポール:デトロイトに移ったころというのは、子どもだったし、シーンというものを認識できていなかったというか、そんなものなかったのかもしれないですね。僕の世界は学校で、学校のなかのバンドでジャズをやったり、ロックをやったりしていました。でもそのときの学校の先生が、ほかの子どもよりも僕のほうが音楽的に先に進んでしまっているから、この子は退屈なんだろうなと気づいてしまっているようでした。実際にそのとおりだったし、どうやってこの子にもう少し楽しんで音楽をやってもらえるだろうかと先生が困っていたのを覚えています。シンプルなものとか誰にでもわかる音楽には興味がなかったし、もう少し深いことをやりたいとそのとき思っていました。

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なんで僕がほかの人の音楽を聴くかといえば、僕のうしろからやってくる、新しい人たちの動きがこわいから聴いているんじゃなくて、ほかの人たちがどういう解釈をして音楽を聴いているのか、どういうアイディアを持っているのか気になるから、なんです。


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デトロイトっていうのは音楽の町でもあるわけで、それこそ才能のあるミュージシャンやプロデューサーがたくさんいるんじゃないかと思うんですが、あなたにとって音楽哲学を形成する上で大きな影響を及ぼしたものについて教えてほしいです。

ポール:たぶん家族の影響が強いですね。祖父はシンガーでしたし、父はクラシック・ギターと、僕が生まれる前まではトロンボーンもやっていて、おばあちゃんは衣装を作る人だった。曾じいさんはレコーディング・スタジオを持っていて、ヴァイナルをカットする機械があったっていうことでね。基本的にはクリエイティヴなことをやる人たちに囲まれて育ったから、大人になるにつれてレコード屋に行くようになって、レコードを漁って雑誌を漁って、ちょっと気になったものがあったらとことん調べるという感じでした。
 そのころはなんでも共有できる友だちがまわりにいたかというとそうでもなくて、レッド・ツェッペリンが好きな人もいれば嫌いな人もいて、ファンクが好きな人もいればそうでない人もいるなかで、僕はぜんぶが好きだったんです。そこがまわりの人とは違うところでした。家族のなかで同じようにいろんな音楽を聴いて、どれもへだてなく好きだったのはおばあちゃんでした。彼女が亡くなったときに持ち物を整理しに行ったら、びっくりするくらいのレコードのコレクションがでてきてね! 種類も豊富で 、ローリング・ストーンズのオリジナルの初盤がすごくきれいな状態で混じってたり。もっとこれにはやく気づけばよかったと思ったんですよね。ほかの人もいるからあんまり持っていけなかったんだけど、それをいろいろ聴いたという影響はあるかもしれない。聴くほうから演奏するほうになっていったのは自然な流れですね。

へー、ローリング・ストーンズのオリジナルの初盤ですか-、それはいい話ですね。ちなみに『ロンリー・エデン』の「エデン」とは何を指していますか? 

ポール:いや、とくになにかアイディアはないです(笑)。みな人はなにかをするために生まれてきているんだと思いますが、「なにかをやるように」という神や宇宙の意思、そこから与えられる役割に、私は純粋に応えているだけだとしか言いようがないです。ほんとに私にとってはごくナチュラルなことで、好きだからやるし、気持ちいいし心地いい。それを拒否することもできないですし、しかもそれにまかせて努力せず、がんばらず、コントロールしようとすることなしに、自然にそれをやらせておこうとすれば自然に出てくるものなのです。
 これはもしかしたら特別なことかもしれない。みんなが僕のやっていることを評価してくれるから。ときどき人生の節目なんかで、これでいいんだろうか、自分のやっていることはまちがってい ないだろうかと思うこともあるんだけど、思い返していくとまちがってなかったんだなと、何のために生まれてきたのかということを知り、ちゃんとやるべきことをやっているんだなと感じるんです。僕はよく言うんですが、ミュージシャンやプロデューサーというのは、なにかメッセージを伝える人だと思う。僕たちは自由......完全なフリーダムというメッセージをデリバーできていると思いますよ。

あなたはヴァン・ヘイレンもレッド・ツェッペリンもPファンクも好きだったわけですが、あなたにとって音楽のなかでいちばん重要な要素というのはどんなものになるんでしょう?

ポール:なんでもいいっていうんじゃないんですよね。わかってくれていると思うけど。じゃあ何かといえば、フィーリングとしか言いようがない。たとえばこの花が好きだというときにそれは色かかたちかにおいか、花瓶なのか、その花の置かれている状態すべてによって決まることです。音楽は主観的なものでもあるんだけど、僕にとってはフィーリングで、そのときそのときに感じるものを大切にしています。そのことが僕の人生をゆたかにしてくれたと思いますよ。
 よく人に「きみは何がしたいの? あっちにもこっちにも行って」っていう風に言われることがあるんだけど、その考え方自体がおかしいと思います。彼ら自身がその質問を自分にしてるんじゃないかなと思います。僕にとってはその質問は意味がないし、何かひとつのところに落ち着く必要もない。音楽をこれだけ聴いていると、ひとつのジャンルに対して円が描けていきますよね。べつのジャンルのところにも円があって、その円が交わってくるところがある。そこがやっぱり面白いものだと思います。そのつながっているところを見れば、なぜこの音楽がこうで、何の影響をどこから受けたのかってことがわかるじゃないですか。それは面白いことだと思いませんか? 
 そこを見ていれば、ブルースがなぜジャズに影響したのか、なぜジャズがリズム&ブルースに行ったりとか、それがファンクに影響して、さらにヒップホップに影響していったのか、いろいろなことがわかるし、好奇心もあるしね。たしかに幅広い興味があって、なんでも好きとはいかないけど、なんでも聴くよ。ときどきまわりの人から「そんな音が好きなの?」ってふうに驚かれることがあるんだけど、それがディアフーフとかですね。

ディアフーフ! まあ、とくにあなたほどの腕利きのミュージシャンの多くは他人の作品をそあなたほど幅広く聴かないものですよね。DJなんかにしてもある限られたジャンルしかかけなかったりする人が多い。あなたは本当にオープンマインドなんですね。

ポール:ほかの人たちがどう思っているかは別として、僕についてお話しします。なんで僕がほかの人の音楽を聴くかといえば、僕のうしろからやってくる、新しい人たちの動きがこわいから聴いているんじゃなくて、ほかの人たちがどういう解釈をして音楽を聴いているのか、どういうアイディアを持っているのか気になるから、なんです。自分がまったく持っていなかったり、これまで経験してこなかった文化――音楽も文化ですよね、ただ音だけ聴いていてもわからないんですが――人のアイディアを知ることによって、自分が生きることができなかったほかの文化に触れることができるかもしれない。だからほかの音楽に惹かれるんです。
 コラボレーションの素晴らしいところはゼッドもぜんぜん違う文化のなかで育った人だけど、まったく違うふたつの世界、僕の世界と彼の世界からそれぞれやってきて、おたがいの窓をのぞき込みながら、「面白いじゃん」というふうに引き合いながら違う音を組み上げていく作業はものすごく面白いと思ったよ。
 自分の枠だけとか、あるひとつのジャンルだけを聴いていくのって、危険なことだですね。まわりの人だったり、過去の人々がどんなことをやってきたのかっていうことを聴かなきゃいけないし、最近のとくにダンス・ミュージックが陥りがちなのは、あまりにも音楽が入手しやすくなって、そこらじゅうにいろんな音楽があるからこそ、周囲の人との競争だけを気にして、そのせまいなかで終わっちゃうことが多い。表面だけの理解でおわることも多い。ほんとはもっといろんな人と、自分とは違ったユニークな考え方を持った人の音楽を聴けば、その人にはなれなくても、その人が培ってきたものをすこしいただいたり分け合ったりできるますね。ゼッドとの作業のなかでも、僕が前から知りたくて教えてもらったこともあるし、逆に僕が彼に教えてあげるということもありました。そういう意味でもいろんな人の音楽は気になりますね。

良い話ですね。しかし、もう時間がきてしまいました。今日はどうもありがとうございました!

情報デスクVIRTUAL - ele-king

 僕はチルウェイヴに関しては、いちど、紙ele-kingのvol.4誌上で、スクリューという技法を断念した時点で終わったと、松村の耳元に囁いたことがある。DJスクリューのアイデアが、彼が死んで、そして数年が過ぎ去ってから、暇さえあればPCに向かう煮え切らない青年たちに伝播したとき、ドロドロのポスト・モダンなポップは生まれた。スクリューは、その遅さに特徴を持っているが、ありものの録音物を加工するという点においては、ノイ!のセカンド・アルバム、あるいは初期のザ・レジデンツの系譜にあるとも言えなくはない。チルウェイヴのブームが去った後も、スクリューは拡大し、いまここに受け継がれている。さて、最先端のタームを紹介しましょう。今回はヴェイパーウェイヴ(vaporwave)です!

 チル、クラウド、ヴェイパー......、これらポップのニュー・ブリードは、ダウンローダーによるきわどい創造行為によって活気づいている。
 いろいろ出ている。メディアファイヤード、コンピュータ・ドリームス、そして今年〈ビアー・オン・ザ・ラグ(毛布の上のビール)〉からリリースされたマッキントッシュ・プラスによるカセットテープ作品『フローラルの専門店』......、まずはメディアファイヤードの曲を聴いてみよう。ケイト・ブッシュの往年のヒット曲のサンプリング、ペプシコーラのコマーシャル映像のルーピング......クラウド・ストレージとして利用されるメディアファイヤはダウンロード時代の象徴で、合法/非合法を往復するデジタル時代のカオスでもある。液晶画面の向こう側に広がる空間から拾ってきた音をサンプリングし、他の音と混ぜ合わせ、ピッチ操作する(チョップド&スクリューする)、こうしたあやしげな領域の新たな闖入者が〈ビアー・オン・ザ・ラグ〉レーベルというわけだ。視聴はこちらで→https://beerontherug.bandcamp.com/

 彼らがいったい何者なのか僕は知らない。レーベルのサイトで送料込みの10.5ドルだった。注文したら1週間ほどでCDRが届いた。『フローラルの専門店』は売り切れだと言われた。
 「情報デスクVIRTUAL」という日本語混じりの名前は、どう考えても日本人の使っている日本語ではない。『札幌コンテンポラリー』という意味不明な題名、そして単語帳をコラージュしているかのような曲名("札幌地下鉄・・・「ENTERING FLIGHT MUSEUM」"、"iMYSTIQUE エジプト航空「EDU」"、"PRISM CORP不可能な生き物"、"NEO Sunsetters エネルギー危機iCONGO"、"Healing 海岸で昼寝My Last Tears"、"「Wkpx Ceephax '81」 新しい年 "Spring Blooms""などなど)、これらデタラメな言葉の並びが指し示すのは、情報に満ちあふれ、フラットだが混沌とした領域、文字通りの「情報デスクVIRTUAL」な世界、液晶画面の向こう側だ。
 〈ビアー・オン・ザ・ラグ〉がやっているのは、ハイプ・ウィリアムスがUKミュージックの文脈でやっていることのUS版と言える(そして、ジョン・オズワルドがアヴァンギャルドでやったことのチルウェイヴ版である)。催眠的で、同じ手法――サンプリング(カットアップ)、加工、そしてまた加工――を使いながらも、こちらのほうはいなたく、無邪気で、少々AORめいている。そして、繰り返すが、音楽の効力としては催眠的で、デジタルにサイケデリックなのだ。

 PCは、現代的な道具であると同時に道具以上の幻想をふくらませる。それがゆえに良識的な大人からは害毒のひとつとも見られている。とくに近年は、インターネット、SNSの中毒性、つながりの強迫観念、依存性の精神的なリスクを指摘する声も少なくない。
 他方では、PCには精神的にまったく醒めながら、それを玩具として遊んでいる連中もいる。チル、クラウド、ヴェイパー......は後者にいる。マス・プロダクト、マス・セールをポップだと信じ込んでいる人には彼らの音楽は反ポップだが、俗物(ゴミ)を無邪気な遊びにしてしまうことをポップとするならこれは今日的なポップである。フリー・ウィードやメディアファイヤードなどといったネーミングにもデジタル環境のきわどさとの戯れ、一種の茶目っ気を感じる。笑いがあって、若い世代の遊び心を感じる。ジェームス・ブレイクが「CMYK」を発表したとき、「(大ネタを加工しまくって使うため)これはヒップホップの最新型」などと評価されたが、最新型はまだ続いている。
 かれこれ1年以上も、へらへらしていたら怒られてしまいそうな空気のなかで暮らしている。オリンピックを楽しもうとしても「がんばれ日本」という言葉が反復する。まあ、どこの国も似たようなものと言えばそうだが、今回はいろんなお題目と重なっているところが実にいやらしく政治的で、統制的だ。こんなご時世、こんな国の言語をカットアップして、こんなことを真剣にやっているなんて、バッカだな~。でもね、だから最高。

HeavysickZERO - ele-king

 東京のアンダーグラウンド・ミュージック・シーンの重要拠点〈中野heavysick ZERO〉が10周年を迎える。ということで、8月24日(金)、25日(土)に盛大にアニヴァーサリー・パーティが開かれてしまう! まずは、おめでとうございます!!! 僕が、この、山の手の外れの小さな箱から学んだことと言えば......当たり前のことだが、新しい音楽が生まれる背景には、果敢な挑戦や実験を好む向こう見ずなミュージシャンやバンド、DJやラッパーを応援するクラブやライヴ・ハウスがあり、また、それらを支える献身的なスタッフや情熱的なミュージック・フリーク、そして、最高にファンキーな野次馬たちがいるということだ。音に対しては厳しくても、朝まで酩酊したり、酒癖の悪い、だらしない人間にも優しかったりする、そういう連中が集まるクラブで、刺激的な音楽文化が創造され、根づくということだったりする。
 注目すべきことに、10周年記念のコンピまで発売される。しかも全曲、このコンピのための録り下ろしだ。ザ・ヘビーマナーズにはじまり、ルミとキラー・ボングの強烈な初コラボ曲、シンガー、チヨリとスティルイチミヤのヤング・Gがタッグを組んだ曲、MJPのDJケン、アサやザ・ブルー・ハーブのO.N.Oやダブステップ・シーンで今注目のDJドッペルゲンガーのトラックも収録されている。
 アニヴァーサリー・パーティの出演者に関しては、以下のインフォを見て欲しい。知らない名前があったとしても、あなたがいちばん最初の発見者になるかもしれない。それが、この箱で遊ぶ最大の魅力。とにかく〈中野heavysick ZERO〉らしく、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、ダブ、アヴァンギャルド、ダブステップ、ノイズが渾然一体となったファンキーな二日間になるでしょう。僕も遊びに行きます。乾杯しましょう。(二木信)


『HeavysickZERO 10th ANNIVERSARY』
~ SPECIAL 2DAYS ~

[特設WEB]
https://www.heavysick.co.jp/zero/2012_10th.html

8月24日(金)

- ACT -
THE HEAVYMANNERS
DJ KIYO(ROYALTY PRODUCTION)
CHIYORI with LOSTRAINS
INNER SCIENCE
DJ KEN(MIC JACK PRODUCTION/ILL DANCE MUSIC)
DOPPELGENGER
噛ます犬[asa / DJ HIDE / ICHIRO_ / DJ noa]
惹蝶
MIZUBATA(一○∞)

8月25日(土)

- ACT -
O.N.O - MACHINE LIVE -
K-BOMB
DJ DUCT(THINKREC.)
CONOMARK
OPSB
TAICHI(Stim/Nice Brew)
Yousuke Nakano(DUBBING HOUSE)
DJ SATOSHI(izmical/NNNF)
jitsumitsu(P.V.C.)
HAGIWARA(FAT BROS)
Militant B

@heavysick ZERO
[OPEN&START]23:00
[DOOR]3000YEN(1D)
[W.F]2500YEN(1D)

≪information≫
heavysick ZERO
〒164-0001
東京都中野区中野5-41-8 B1F/B2F
TEL: 03-5380-1413
WEB: https://www.heavysick.co.jp/zero/
※JR中央線/総武線「中野駅」北口下車、早稲田通り沿いの"モスバーガー"を過ぎた先。
"からあげ塾"の地下です。



Various Artists
『heavysick ZERO 10th ANNIVERSARY』
heavysick ZERO / ULTRA-VYBE, INC.
2,000円(税込)
2012年09月05日発売!!

『~ローカリズムとリアリティー此処にあり~』

 独自の文化が渦巻く中央線"中野"にて、一般的な流行廃りには左右されず、型にはまら ないスタイルで自由な音楽パーティーを実験的かつ挑戦的にバラ撒き続けるheavysick ZERO。そんな現場第一主義で2012年に10周年を迎えるheavysick ZEROが、過去と未来を繋ぐ重要アーティストを中心にオリジナル楽曲をコンパイル!!! 全曲・本作が初だし音源のみという豪華内容に加え、Heavysick ZEROだからこそ成し得たジャンルの枠組みを取っ払った数々の楽曲、
自慢のサウンドシステムにて最高の音を体感出来るようなサウンドに仕上がっている。

01. THE HEAVYMANNERS / HEAVYSICK MANNER
02. SKIT 1
03. RUMI x KILLER-BONG / suck'n'chill
04. SKIT 2
05. asa feat. nuffty / NAKA - 噛ます犬REMIX -
06. O.N.O / eng
07. SKIT 3
08. 惹蝶 feat. 宮本 忠義 / Interesting City Nakano
09. MIZUBATA +小宮守+ペヤング+ILLSUGI / HAI-SAI-GARA
10. Like A Rolling Stone [DJ KEN & 響大] / Slowdown Sundown
11 .SKIT 4
12. DJ DUCT / Run the Game !
13. SKIT 5
14. DJ SATOSHI / sexual appetite
15. Yousuke Nakano / NO GENERATION
16. SKIT 6
17. OPSB / PUSH
18. DJ Doppelgenger feat. saara / Grounding
19. CHIYORI x Young-G / 憂晴れ
20. SKIT 7
21. OUTRO
22. SKIT 8

SKIT:森田貴宏

5lack - ele-king

 「よろしければどうぞ」と、告知らしい告知もなくリリースされた5lackの『情』は、非営利目的でMediaFireにアップされたzipファイルである。いま現在、ヒップホップにおける最新音源が、フリーのミックステープとしてタイムライン上を無限に流れていくものだとしても、本作を思いつきの企画ものとして聞き流すことは、少なくとも私にはできそうにない。『情』(譲)は、まぎれもなく『我時想う愛』(2011)以降のメランコリアの延長に立つ作品である。いや、もっと露骨に言おう。大ネタ使いのサービス感が吹っ飛ぶくらいの想いを、彼はこのミックステープに込めている。これはすでに削除されているので内容への言及は避けるが、7月12日ごろ、恐らくは本作のリリースと関係していたのであろう心の内側を、彼はブログで苛立つように綴っている。

 思えば、とくに震災以降、You Tubeの突発的な利用やDommuneへの出演などを通じて、彼は聴き手に要求する金銭的な対価を下げていった。『この島の上で』(2011)には値段こそ付いたものの、リリースは異様なほど突然で、ほぼノン・プロモーション。「ヒップホップで自立する方法」以前にあるべき志のようなものを、彼はまず自分自身に対して強く必要としたのかもしれない。それは、あるいは理想主義者のロマンか虚勢だったのだろう。だが、私はその変化をいまでは違和感なく受け止めている。結局のところ、人生は一度きりであり、不可逆であり、その一回性の上に刻印されたあの圧倒的な破壊の余韻は、日々が隠し持つ偶然性(自分は今日、たまたま生きているのだという雑感)を顕在化させるには、十分すぎやしなかったか。その時、彼にとって、いったいどれだけの物事が不要に思えたのだろう? 例えばtofubeatsら平成以降の新世代が、無料配信の文化圏からiTunesチャートをおそるおそる(だが鮮やかに)駆け上がっていったのと逆行するように、彼はむしろ、トーナメントの階段を静かに降りて行った。

 全体的な雰囲気で言えば、『情』は、『我時想う愛』にさらけ出した「不安や罪の意識」の延長線上に、私たちが共通の記憶として持つ久石譲のピアノ、そして重厚なオーケストレーションを大胆に引用した作品である。それだけでレジュメできると言えばできるだろうし、当然、スタジオジブリ作品群の断片が、記憶のそこかしこをかすめていく。さまざまな冒険や旅、恋の記憶がよみがえる。最初の数回を聴いているうちは、そうした大ネタのサービス感にこちらも調子づくが、次の数回では、そのトラックがしかし、これまでの作品となかなか矛盾しない質感だと気付き、その後の数回ではむしろ、元ネタの持つ属人的・属作品的なブランド感が、トラックの後景へと少しずつ退いていくのを感じることになる。それくらい、『情』のビート・プロダクションは彼のディスコグラフィーと整合している(例えば、メロディアスなピアノ・ループが夜遊び後の空虚さを優しく染め上げる"朝の4時帰宅"は、"東京23時"のアフター・ストーリーのようで、フィンガースナップが幻想的なアンビエンスの上に響き渡る"想い出す"は、初期のクラシック"I Know About Shit"を文字通り、想い出す)。

 だが、いやだからこそ気になるのは、やはりその主題である。「何か良いことを言わなければならない、何か気の利いたことを言わなければならない」(野田努)というオブセッション、それをドメスティック・ラップの領域で仮に<パンチライン症候群>と呼ぶなら、その風潮のなかであえて「俺はテキトーである」ということを表明しなくてはいけなかったS.L.A.C.K.の辛さは、いま思えば彼の真面目さのコインの表裏としてあったのだろう。そんな彼が、震災後の言語表現におけるプレッシャーをむしろ進んで受け入れたのは、それゆえに飛躍ではなかったと思っている。あえて断じて言うなら、『この島の上で』は、リスナーを選び直し、シーンから選ばれ直そうとするような、ごくヘヴィな試みだった。そして本作『情』においても、彼はこの国を、あるいは強固に続いている(ということにされている)日々の風景を、ごく低温度で見つめている("朝の4時帰宅")。そこには、自戒と挑発が蠢く。そう、"テキトー"から出発したS.L.A.C.K.が、やがて5lack、そして"娯楽"へと当て字されていくに伴って、彼の眼差しはむしろその深刻さを強めている。

 だが、震災以後という文脈に対して、頭からがんじがらめになっているわけではない。もちろん、一定の確率で今日も生きていられる人間として、彼がある種の重荷を背負ったのは間違いないだろう。だがここには、そこからもう一度パーティ(=あくびが出るほどの退屈さ)へと出かけていくための、模索の手振りが垣間見える("これがなければ")。ある程度、正常に引き継がれている日々の、表面的にはごく平和な断片を不可避なものとして受け止め、今度はその先に言葉を置いている。そして、割れるような喝采のライヴ・サンプルが飾られた"気がつけばステージの上"は、ステージという遊び場であり、また処刑台でもある場所へともう一度向かう徒労感、義務感、そしてそれでも沸き起こる、果てるような高揚感を丹念に描く。が、そんな自分さえをも外から見てしまう再帰性が、この作品に翳りを与えていることも指摘しておきたい。どれほどテキトーを気取っても、もう以前のようには笑えない。ならば、重い足取りで泥のなかを進むまでだ。

 もちろん、自然主義の位相における現実描写・内省吐露という、純文学めいた詩作表現が、必ずしもポップ・ミュージックにおいて特別な効力を発揮するわけではない。あえて皮肉めいた言い方をすれば、いまもっとも安易な方向性であることもまた事実だ。だが、このセンチメンタリズムを内破したとき、彼はまた美しく、気怠そうに笑うだろう。彼の真摯な遠回りを私は楽しんでいる。いまはまだ、決して華麗ではない、撤退するようなネクスト・ステップを踏んだ(「何も怖くねえ/俺は進むyeah」"想い出す")。だが現時点でのそれは、この国のポップ・ミュージックに対する切実な疑問符でもある。ウォーク・オン・ザ・ダーク・サイド、暗闇を行け。

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