こう言うとちょっと馬鹿みたいだけれども、スター・スリンガーが素敵なのは明るいところだ。自然で、ウラがない。含み、隠喩、仕掛け、オマージュ......サンプリング・ミュージックであるにもかかわらず、そうした二重性がことごとく外されたウルトラ・ストレス・フリーなトラックをつくる。
むろん、サンプリングという方法にはそもそも「何を切り取ってくるのか」「どう使用するのか」という批評的な契機が含まれているし、それこそがいのちであるような音楽であることも間違いないから、スター・スリンガーのような一種の無邪気さを否定的にとらえる人もいるだろう。
だが、いいじゃないか。赤ん坊に微笑まれたら思わず微笑みかえしてしまうように、彼の音にはついつい頬がゆるんでしまう。それは間違いなくスター・スリンガーの音楽のちからだ。「星を携えるもの」というその名のとおり、まばゆいまでの音のシューター。彼はいま、シーンにおいても自身のキャリアにおいても輝いている。
![]() Star Slinger Volume 1 よしもとアール・アンド・シー |
マンチェスターで活躍するプロデューサー、ダレン・ウィリアムスによるプロジェクト、スター・スリンガー。いまやリミキサーとしては引っ張りだこの人気者だが、その名がとくに意識されるようになったのは〈メキシカン・サマー〉から2010年に発表されたチームスとの共作『チームス・Vs・スター・スリンガー』からだろう。チルウェイヴの盛りあがりがピークに達していた頃に、その心臓部分ともいえるレーベルからリリースされた同作は、サイケデリックでドリーミーなシーンのムードを完璧にとらえていたし、そこにスウィートな感覚を補填しもした。彼らの手によって、甘やかでかつみずみずしい回転を得たネオ・ソウルは、クラブ・リスナーにとどまらず、ひろくインディ・ロック・リスナーの耳にも残ることになった。
さて、その彼のファースト・アルバムでもある『ヴォリューム1』が、『ローグ・チョ・パ』『ベッドルーム・ジョインツ』というふたつのEPやその他のトラックも収めた初期アンソロジーのようなかたちで改めてリリースされることになった。CD化はすべて初だから、まとまった彼の作品に触れるには格好の一枚である。
さっそく聴いてみよう。「日曜の曲」だという冒頭の“モーニン”で、彼は世界中の日曜の朝に、遅めのおはようを投げかける。
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チルウェイヴ? 意識はしてたけど何でもかんでもリヴァーブをかけてやってた人たちとは違うと思うよ。ははは。自分のやってたことって、もうちょっとロウな、生なかたちでサンプリングを使うということだったんだ。
■スター・スリンガーの音楽の特徴のひとつは、ふだんは踊りに行かないようなベッドルーム・リスナーや、インディ・ロック系のリスナーもきっちり接続できるようなダンス・ミュージックを構築しているところだと思うんです。あなたにはインディ・ロック的なバックボーンがあるのではないかと思いますが、いかがですか? ブロークン・ソーシャル・シーンや、モーニング・ベンダースのリミックスもやってますよね。
ダレン:僕らくらいの世代にとっては、ロック的なバックボーンがあるのはわりと普通なことだと思うんだ。僕にとってブロークン・ソーシャル・シーンは、リミックスを頼まれる前7年間ほどずっと聴いていたようなバンドだったりするから、頼まれたときはすごく特別な気持ちがしたよ。ただ、最近のインディに関してはちょっと退屈かなって思ってあんまり聴いてないんだ。
■へえ! 最近っていうとどんなあたりでしょう?
ダレン:もちろんいい要素もたくさんあると思うんだけど、個人的にはエレクトロニックな音楽のほうによりインスパイアされているということがまずあって、ジャンルごとにやっぱり盛り上がりの波もあるから、最近はレーベルが持ち上げすぎているバンドが出てきてるという感じもするな。○○とかはあんまり好きじゃない。ははは。
■ああー。でも一方で、ディアハンターの“ヘリコプター”(『ハルシオン・ダイジェスト』収録)のアンオフィシャルなリミックスなんかも発表されてるじゃないですか。これはスター・スリンガーというアーティストを語る上ですごく象徴的なことだと思うんです。ああいうサイケデリックでシューゲイズな音楽性は、きっとお好きなんですよね?
ダレン:ディアハンターはすごく好きなんだ。『ハルシオン・ダイジェスト』が出る直前にライヴを観たんだけど、新曲として“ヘリコプター”を演奏したときにすごく気になって! 「これはぜったいチェックしなきゃいけない!」って思ったんだ。だからリリースされた瞬間に、彼らに頼むんじゃなくて、もう勢いで勝手にリミックスしてしまったんだよ。ただ、あの時代は好きだったんだけど、いまはどうかなあってちょっと思う。いちばん新しいやつは、聴いてもそこまで好きにならないかもしれない。それはフレーミング・リップスとかも同じで、昔はすごく好きだったんだけど、最近はそんなに興味がないんだ。自分のテイストも変わってきてるし、自分だけのちっちゃな世界で音楽を楽しみたいという気持ちもある。
■なるほどー。だったらこの話を引きずって申し訳ないんですけど、ピッチ変更って、あなたの作品における特徴のひとつだと思います。“ヘリコプター”のヴォーカルにももちろんすごく手が加えられていたんですが、ブラッドフォード・コックスのヴォーカルをいじるって、けっこう勇気のいることだと思うんですよね。大胆だなと思いました。結果として、個人的にもとても好きなリミックスになっているんですが、あなた自身としてはあの曲の何を大切にしたかったんです?
ダレン:ソウルっぽい曲でやっていることと同じなんだけど、あの曲ではもともとのヴォーカルのサンプリングを刻んで、短くして、そのメロディの部分を使ってるんだ。そうするときっていうのは、原曲よりももっとエモーショナルにしたいと思ったときかな。楽器も加えたかったしね。
■ヴォーカルのピッチ変更自体は方法として珍しいものではありませんが、あなたが多用するのは、なにかあなた独特の感性に支えられてのことだと感じるんです。ソウルとかレア・グルーヴとかのあの芳醇なヴォーカルを、ある意味では台無しにする行為でもあると思うんですけど、それもやっぱり、エモーショナルな部分を取り出すためという意識なんでしょうか?
ダレン:いちばんは自分が楽しいからっていう理由なんだけど、僕の場合はヴォーカルだけじゃなくて後ろのトラックもまるごとピッチ変更するんだ。曲をまるごとね。それはもちろんア・カペラの音源がなかなか手に入らないからっていうことも大きいんだけど。でもパートを見るんじゃなくて全体を見る、全体のフィーリングを按配しながら使うっていうことは意識してるんだ。あれで何をやりたいのかっていうことはなかなか説明が難しいんだけど、音楽のなかの6~7秒を切り取って、それをもっと大きなものに変える、そこで何かを拡大する、そんなようなことだよ。
■なるほど、よくわかります。あなたの音楽では、ドリーミーとかサイケデリックということもとても重要な要素だと思うんですが、2010年前後っていうのは、それこそ「チルウェイヴ」という言葉をキー・ワードに、ドリーミーでサイケデリックなフィーリングがいろんなジャンルに共有されていたと思うんです。そういうムードは意識されていましたか?
ダレン:意識はしてたけど、何でもかんでもリヴァーブをかけてやってた人たちとは違うと思う。ははは。自分のやってたことって、もうちょっとロウな、生なかたちでサンプリングを使うということだったんだ。だからその意味では、自分が本当にドリーミーなものを作ったというのはこの“スロー・アンド・ウェット”だけなんじゃないかって思えるよ。そういうものを作ろうと意識して作ったのはこの曲だけなんだ。
■へえー。こういう流れのなかで〈メキシカン・サマー〉ってとても重要なレーベルですけれど、彼らはサイケデリックの埋もれた名盤の発掘にも意欲的ですね。ここからチームスといっしょにEPを出したことは、あなたのキャリアにとっても決定的な方向性を与えることになったのではないかと思いますが、どうでしょう?
ダレン:あのEPをリリースしたときは、ドリーム・ポップとかチルウェイヴを聴いている人のことは意識していたよ。それと、あのシーンには友だちもいたしね。たとえばスモール・ブラックなんかは、彼がマンチェスターでライヴをやったときに会って、それがきっかけでリミックスをやったりもした。だからそういう人たちのファンにも聴かれることになるということは意識してたけど、「〈メキシカン・サマー〉にヒップホップ的なものを投げてみたらどんな反応が起こるだろう?」とかね、もうちょっと広がりのある、その上を行くようなことをやってみたいとは思ってたんだ。
[[SplitPage]]いま世界中をツアーしてるんだけど、日曜日って国によって全然違うんだ。東欧は土曜日も日曜みたいだったよ。お店が開いてるのは月~金。ただ不思議なことにコンビニだけはやってるんだよね。
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■そして今回、あらためて日本盤として『ヴォリューム1』がリリースされるわけですが、1曲めの“モーニン”はライヴでもすごくリクエストが多いそうですね。この曲からアルバムをはじめるのは、そういう要望に応えたいというお気持ちからですか?
ダレン:これをアタマにもってきたのは、朝のアラームの音みたいな、みんなの耳をこっちに向かせるっていうような意味合いでだよ。あとは、みんなこれを携帯の着信音にしてほしい(笑)。実際にそうしてくれている人がけっこういるんだよ。
■いいですね。わたしもそうしようかな。
ダレン:そりゃ素晴らしい(笑)。ありがとう。
■ははは。これは2012年にあなた自身によってリワークされたヴァージョンなんですが、テンポもアップして、フィジカルなディスコ・ナンバーへと姿を変えてますね。これは、この曲が生まれた後のシーンやモードの変化を受けてのことでしょうか?
ダレン:そうだね、あんまり状況に対する反応ということではなくって、もとの曲がのんびりしてレイジーな、なんだか日曜みたいな雰囲気だから、ちょっと土曜っぽくしてみようと思って(笑)。
■ああ! 原曲はわたしもすごく日曜だと思いましたよ。それは素敵だな。意外に日本の日曜と似てるのかもしれませんねー。
ダレン:あ、自分でも思うことがあるよ。いま世界中をツアーしてるんだけど、日曜日って国によって全然違うんだ。日本はお店が開いてるんだよね? やっぱり宗教によってはお店が全部閉まってしーんとしてたりするんだけど、イギリスはもうそんな感じじゃなくなってるから店も開いてるし、日本と似てるんじゃないかな。
■うんうん。
ダレン:東欧は土曜日も日曜みたいだったよ。お店が開いてるのは月~金なんだ。ただ不思議なことにコンビニだけはやってるんだよね。まあ、資本主義ってことだよね(笑)。
■ははは。コンビニが資本とグローバリゼーションの象徴みたいに灯りをつけてると。
ダレン:そう。そういうときは僕も資本主義って好きだなと思えるよ(笑)。お店やってると便利だからさ。
■ははは(笑)。うちは日曜だと母がホットケーキ焼いてくれたんですけど、土曜は焼いてくんないんですよ。わたしにとって土曜と日曜ってそういう差ですね。
ダレン:なるほど。そうだよ、日曜のほうが楽しくなきゃいけない。
■見解ですね。うーん、“モーニン”が深まりました。ありがとうございます! これに対して、もともとの盤のラストの曲“スター・スリンガー”ですが、プロジェクト名が冠されていますね。これは何かあなたの原点となるような曲なのでしょうか?
ダレン:これが最初に作った曲なんだ。この作品に出てくる方法を全部使ったような曲だよ。“カウボーイ・ダンサー”っていうディスコのインストゥルメンタルをサンプリングしているんだけど、そのタイトルに由来した名前をつけたいと思ったんだ。カウボーイって、「ガン・スリンガー」って呼ばれるんだ。それにちなんで、でも銃って言葉はあんまり使いたくなかったから、「スター」に替えてみた。僕が自分をスターだと思ってるわけじゃないんだけどね! 何かそんな気持ちだったんだ。瞬間的に思いついたもので、あんまり深く考えてないかな。でも後から考えると、この名前にしたからみんなに知ってもらえたんじゃないかなとも思えるよ(笑)。退屈な名前だったら興味も持たれないだろうし、ネーミングはよかったのかも。
■星を携えるもの、みたいな感じですか? へえー。深くは考えてないということですが、星って光ったもの、影を持たないものというイメージがありますね。あなたの音には、ほんとにダークなもの、あるいはダーティなものを感じないんですよ。音色を作る上でそこは意識されているものですか?
ダレン:それはあると思うな。自分で曲を作ってタイトルをつけたときに「ちょっとダークなタイトルになっちゃったな」と感じると絶対に変えるんだよ。もう少しダークじゃないものにね。自分はアップ・リフティングなものをつくる、ダウンじゃないものをつくるってことに関してはすごく意識があるんだよ。
■それはちょっとめずらしいことのようにも感じますね。それこそまさにダークスターだったり、ジ・XXだったり、挙げればキリがないですけど、ダークなものはテーマ的にも音的にもとても好まれるものです。表現活動のひとつの根本でもある。明るさを意識的に目指していくことには何か理由があるんですか?
ダレン:自分は何かに対してライヴァル心を持っているわけじゃないんだ。たとえばいま挙がったジ・XXとかに。ふつうにリスナーとしてダークなものは聴かないし、ジ・XXのアルバムとかもちゃんと全部聴くことなく途中でやめちゃう、みたいなところがある。そういうものが人気な理由のひとつは、ものすごくレーベルによって宣伝されて持ち上げられてるということじゃないかな。いい音楽かどうかということじゃなくて、新しさとして暗いものが取り上げられている。業界のそういう部分には気がつきにくいものだけど。
■個人的には、暗い夢を見るほうが簡単だと思うんですよ。だからそのなかでスター・スリンガーが体現するような、ほんとにドラマチックで甘い夢は、ソウル・ミュージックについてのひとつの有効な解釈だと思いますし、それを意識的に見つづけるのはかっこいいなあと思います。
ダレン:やっぱり人の人生のなかにはダークな瞬間がいくつかあるはずだと思う。物事がうまくいかなかったり、すごく落ち込んだりっていう。そういうときにダークな音楽を聴くと、自分の傷心と重なって浸ってしまうようになる。それは若い頃にはよくあることだと思うんだけど、もうちょっと大人になって、いろんなごまかしを見通せるようになると、ダークなときにダークなものを聴くことが必ずしもいいことだとは思えなくなってくる。水じゃなくて、火で火に対抗するようなものだよね。あんまり意味のないことじゃないかと思うときが出てくるよ。
「〈メキシカン・サマー〉にヒップホップ的なものを投げてみたらどんな反応が起こるだろう?」とかね、もうちょっと広がりのある、その上を行くようなことをやってみたいとは思ってたんだ。
■普段レコードをたくさん掘ると思うんですが、やっぱりジャンルの性質上、サンプリングすることが多いですよね。そのときに、ご自身の耳が「ネタを聴く耳」になっちゃってるなって感じたりすることはありませんか?
ダレン:いまの話だと、サンプルを探すということと音楽を楽しむということが別々のものになっているけど、自分にとってはそこが同じひとつのものになっているということが多いんだ。それがあまりに楽しいから、新しいものが生まれてくるんだよ。はは。自分がすごく好きなのに、人々に知られてなさすぎるよと思ったときに、その音を使いたくなったりするね。中古レコード屋で埃をかぶった作品をサンプリングしたくなったりね。だからネタを探すことと音を聴くことはひとつのことだよ。
■そっか、心が汚い質問をしちゃったな。すみません。では今回のアルバムの話に戻ります。今作は『ローグ・チョ・パ』や『ベッドルーム・ジョインツ』など他の作品もまとめられて、まさに初期のアンソロ的な性格のものになっているかと思いますが、並べ替えたり再構成したりして、再度新しいものとして 作り直すといったアイディアはなかったんですか? たぶん、いろいろと事情はあると思うのですが。
ダレン:今回のこの作品については、初めてのCDフォーマットだし、日本で流通するしっていうことで、もともとの盤からトラック・リストは変えてあるよ。そこにボーナス・トラックとしてEPを加えていくというかたちになってる。でも、そういう曲順だけの問題じゃなくて、本当はもともとの作品で使ってたサンプリングとまったく同じものを使いながら別の曲をつくる、別のものにしてしまう、ということはちょっと考えたね! でもまあ、考え直して(笑)。それだったら新しい曲作ったほうが早いしね。
■はは。フォーマットとしてCDって初なんでしたっけ? いまアーティスト活動する多くの人に言えることだと思うんですが、基本的に〈サウンドクラウド〉などにフリーで作品を発表する、その後でCDだったりアナログだったりというフォーマットを選択していくってパターンが増えてますね。その両者のあいだに差を感じたりしますか?
ダレン:僕はフィジカルでリリースするということは大事なことだと思ってるよ。音楽をかたちとして持ちたいっていう人は多いと思うし、昔ながらのターンテーブルでレコードを回したいDJも多いしね。買って、開けもしないで持っておく人たちさえいる。音をつくる側としては、フィジカルで出すことによって作品が永遠に残るということはあるよね。ヴァイナルがなくなる日を自分は見たくないな。ヴァイナルやテープを買って育ってきたし、昔のものは残さなきゃ。CDも昔のフォーマットになりつつあるよね。
■ではアートワークも大事に考えている?
ダレン:そうだね。コレクションとして物を持つことが好きだし、針飛びを感じることも大事な要素なんだ。ラップトップで聴くこととはやっぱり何かちがうことなんだよね。