「Nothing」と一致するもの

interview with Star Slinger - ele-king

 こう言うとちょっと馬鹿みたいだけれども、スター・スリンガーが素敵なのは明るいところだ。自然で、ウラがない。含み、隠喩、仕掛け、オマージュ......サンプリング・ミュージックであるにもかかわらず、そうした二重性がことごとく外されたウルトラ・ストレス・フリーなトラックをつくる。

 むろん、サンプリングという方法にはそもそも「何を切り取ってくるのか」「どう使用するのか」という批評的な契機が含まれているし、それこそがいのちであるような音楽であることも間違いないから、スター・スリンガーのような一種の無邪気さを否定的にとらえる人もいるだろう。

 だが、いいじゃないか。赤ん坊に微笑まれたら思わず微笑みかえしてしまうように、彼の音にはついつい頬がゆるんでしまう。それは間違いなくスター・スリンガーの音楽のちからだ。「星を携えるもの」というその名のとおり、まばゆいまでの音のシューター。彼はいま、シーンにおいても自身のキャリアにおいても輝いている。


Star Slinger
Volume 1

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 マンチェスターで活躍するプロデューサー、ダレン・ウィリアムスによるプロジェクト、スター・スリンガー。いまやリミキサーとしては引っ張りだこの人気者だが、その名がとくに意識されるようになったのは〈メキシカン・サマー〉から2010年に発表されたチームスとの共作『チームス・Vs・スター・スリンガー』からだろう。チルウェイヴの盛りあがりがピークに達していた頃に、その心臓部分ともいえるレーベルからリリースされた同作は、サイケデリックでドリーミーなシーンのムードを完璧にとらえていたし、そこにスウィートな感覚を補填しもした。彼らの手によって、甘やかでかつみずみずしい回転を得たネオ・ソウルは、クラブ・リスナーにとどまらず、ひろくインディ・ロック・リスナーの耳にも残ることになった。

 さて、その彼のファースト・アルバムでもある『ヴォリューム1』が、『ローグ・チョ・パ』『ベッドルーム・ジョインツ』というふたつのEPやその他のトラックも収めた初期アンソロジーのようなかたちで改めてリリースされることになった。CD化はすべて初だから、まとまった彼の作品に触れるには格好の一枚である。

 さっそく聴いてみよう。「日曜の曲」だという冒頭の“モーニン”で、彼は世界中の日曜の朝に、遅めのおはようを投げかける。

チルウェイヴ? 意識はしてたけど何でもかんでもリヴァーブをかけてやってた人たちとは違うと思うよ。ははは。自分のやってたことって、もうちょっとロウな、生なかたちでサンプリングを使うということだったんだ。

スター・スリンガーの音楽の特徴のひとつは、ふだんは踊りに行かないようなベッドルーム・リスナーや、インディ・ロック系のリスナーもきっちり接続できるようなダンス・ミュージックを構築しているところだと思うんです。あなたにはインディ・ロック的なバックボーンがあるのではないかと思いますが、いかがですか? ブロークン・ソーシャル・シーンや、モーニング・ベンダースのリミックスもやってますよね。

ダレン:僕らくらいの世代にとっては、ロック的なバックボーンがあるのはわりと普通なことだと思うんだ。僕にとってブロークン・ソーシャル・シーンは、リミックスを頼まれる前7年間ほどずっと聴いていたようなバンドだったりするから、頼まれたときはすごく特別な気持ちがしたよ。ただ、最近のインディに関してはちょっと退屈かなって思ってあんまり聴いてないんだ。

へえ! 最近っていうとどんなあたりでしょう?

ダレン:もちろんいい要素もたくさんあると思うんだけど、個人的にはエレクトロニックな音楽のほうによりインスパイアされているということがまずあって、ジャンルごとにやっぱり盛り上がりの波もあるから、最近はレーベルが持ち上げすぎているバンドが出てきてるという感じもするな。○○とかはあんまり好きじゃない。ははは。

ああー。でも一方で、ディアハンターの“ヘリコプター”(『ハルシオン・ダイジェスト』収録)のアンオフィシャルなリミックスなんかも発表されてるじゃないですか。これはスター・スリンガーというアーティストを語る上ですごく象徴的なことだと思うんです。ああいうサイケデリックでシューゲイズな音楽性は、きっとお好きなんですよね?

ダレン:ディアハンターはすごく好きなんだ。『ハルシオン・ダイジェスト』が出る直前にライヴを観たんだけど、新曲として“ヘリコプター”を演奏したときにすごく気になって! 「これはぜったいチェックしなきゃいけない!」って思ったんだ。だからリリースされた瞬間に、彼らに頼むんじゃなくて、もう勢いで勝手にリミックスしてしまったんだよ。ただ、あの時代は好きだったんだけど、いまはどうかなあってちょっと思う。いちばん新しいやつは、聴いてもそこまで好きにならないかもしれない。それはフレーミング・リップスとかも同じで、昔はすごく好きだったんだけど、最近はそんなに興味がないんだ。自分のテイストも変わってきてるし、自分だけのちっちゃな世界で音楽を楽しみたいという気持ちもある。

なるほどー。だったらこの話を引きずって申し訳ないんですけど、ピッチ変更って、あなたの作品における特徴のひとつだと思います。“ヘリコプター”のヴォーカルにももちろんすごく手が加えられていたんですが、ブラッドフォード・コックスのヴォーカルをいじるって、けっこう勇気のいることだと思うんですよね。大胆だなと思いました。結果として、個人的にもとても好きなリミックスになっているんですが、あなた自身としてはあの曲の何を大切にしたかったんです?

ダレン:ソウルっぽい曲でやっていることと同じなんだけど、あの曲ではもともとのヴォーカルのサンプリングを刻んで、短くして、そのメロディの部分を使ってるんだ。そうするときっていうのは、原曲よりももっとエモーショナルにしたいと思ったときかな。楽器も加えたかったしね。

ヴォーカルのピッチ変更自体は方法として珍しいものではありませんが、あなたが多用するのは、なにかあなた独特の感性に支えられてのことだと感じるんです。ソウルとかレア・グルーヴとかのあの芳醇なヴォーカルを、ある意味では台無しにする行為でもあると思うんですけど、それもやっぱり、エモーショナルな部分を取り出すためという意識なんでしょうか?

ダレン:いちばんは自分が楽しいからっていう理由なんだけど、僕の場合はヴォーカルだけじゃなくて後ろのトラックもまるごとピッチ変更するんだ。曲をまるごとね。それはもちろんア・カペラの音源がなかなか手に入らないからっていうことも大きいんだけど。でもパートを見るんじゃなくて全体を見る、全体のフィーリングを按配しながら使うっていうことは意識してるんだ。あれで何をやりたいのかっていうことはなかなか説明が難しいんだけど、音楽のなかの6~7秒を切り取って、それをもっと大きなものに変える、そこで何かを拡大する、そんなようなことだよ。

なるほど、よくわかります。あなたの音楽では、ドリーミーとかサイケデリックということもとても重要な要素だと思うんですが、2010年前後っていうのは、それこそ「チルウェイヴ」という言葉をキー・ワードに、ドリーミーでサイケデリックなフィーリングがいろんなジャンルに共有されていたと思うんです。そういうムードは意識されていましたか?

ダレン:意識はしてたけど、何でもかんでもリヴァーブをかけてやってた人たちとは違うと思う。ははは。自分のやってたことって、もうちょっとロウな、生なかたちでサンプリングを使うということだったんだ。だからその意味では、自分が本当にドリーミーなものを作ったというのはこの“スロー・アンド・ウェット”だけなんじゃないかって思えるよ。そういうものを作ろうと意識して作ったのはこの曲だけなんだ。

へえー。こういう流れのなかで〈メキシカン・サマー〉ってとても重要なレーベルですけれど、彼らはサイケデリックの埋もれた名盤の発掘にも意欲的ですね。ここからチームスといっしょにEPを出したことは、あなたのキャリアにとっても決定的な方向性を与えることになったのではないかと思いますが、どうでしょう?

ダレン:あのEPをリリースしたときは、ドリーム・ポップとかチルウェイヴを聴いている人のことは意識していたよ。それと、あのシーンには友だちもいたしね。たとえばスモール・ブラックなんかは、彼がマンチェスターでライヴをやったときに会って、それがきっかけでリミックスをやったりもした。だからそういう人たちのファンにも聴かれることになるということは意識してたけど、「〈メキシカン・サマー〉にヒップホップ的なものを投げてみたらどんな反応が起こるだろう?」とかね、もうちょっと広がりのある、その上を行くようなことをやってみたいとは思ってたんだ。

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いま世界中をツアーしてるんだけど、日曜日って国によって全然違うんだ。東欧は土曜日も日曜みたいだったよ。お店が開いてるのは月~金。ただ不思議なことにコンビニだけはやってるんだよね。


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Volume 1

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そして今回、あらためて日本盤として『ヴォリューム1』がリリースされるわけですが、1曲めの“モーニン”はライヴでもすごくリクエストが多いそうですね。この曲からアルバムをはじめるのは、そういう要望に応えたいというお気持ちからですか?

ダレン:これをアタマにもってきたのは、朝のアラームの音みたいな、みんなの耳をこっちに向かせるっていうような意味合いでだよ。あとは、みんなこれを携帯の着信音にしてほしい(笑)。実際にそうしてくれている人がけっこういるんだよ。

いいですね。わたしもそうしようかな。

ダレン:そりゃ素晴らしい(笑)。ありがとう。

ははは。これは2012年にあなた自身によってリワークされたヴァージョンなんですが、テンポもアップして、フィジカルなディスコ・ナンバーへと姿を変えてますね。これは、この曲が生まれた後のシーンやモードの変化を受けてのことでしょうか?

ダレン:そうだね、あんまり状況に対する反応ということではなくって、もとの曲がのんびりしてレイジーな、なんだか日曜みたいな雰囲気だから、ちょっと土曜っぽくしてみようと思って(笑)。

ああ! 原曲はわたしもすごく日曜だと思いましたよ。それは素敵だな。意外に日本の日曜と似てるのかもしれませんねー。

ダレン:あ、自分でも思うことがあるよ。いま世界中をツアーしてるんだけど、日曜日って国によって全然違うんだ。日本はお店が開いてるんだよね? やっぱり宗教によってはお店が全部閉まってしーんとしてたりするんだけど、イギリスはもうそんな感じじゃなくなってるから店も開いてるし、日本と似てるんじゃないかな。

うんうん。

ダレン:東欧は土曜日も日曜みたいだったよ。お店が開いてるのは月~金なんだ。ただ不思議なことにコンビニだけはやってるんだよね。まあ、資本主義ってことだよね(笑)。

ははは。コンビニが資本とグローバリゼーションの象徴みたいに灯りをつけてると。

ダレン:そう。そういうときは僕も資本主義って好きだなと思えるよ(笑)。お店やってると便利だからさ。

ははは(笑)。うちは日曜だと母がホットケーキ焼いてくれたんですけど、土曜は焼いてくんないんですよ。わたしにとって土曜と日曜ってそういう差ですね。

ダレン:なるほど。そうだよ、日曜のほうが楽しくなきゃいけない。

見解ですね。うーん、“モーニン”が深まりました。ありがとうございます! これに対して、もともとの盤のラストの曲“スター・スリンガー”ですが、プロジェクト名が冠されていますね。これは何かあなたの原点となるような曲なのでしょうか?

ダレン:これが最初に作った曲なんだ。この作品に出てくる方法を全部使ったような曲だよ。“カウボーイ・ダンサー”っていうディスコのインストゥルメンタルをサンプリングしているんだけど、そのタイトルに由来した名前をつけたいと思ったんだ。カウボーイって、「ガン・スリンガー」って呼ばれるんだ。それにちなんで、でも銃って言葉はあんまり使いたくなかったから、「スター」に替えてみた。僕が自分をスターだと思ってるわけじゃないんだけどね! 何かそんな気持ちだったんだ。瞬間的に思いついたもので、あんまり深く考えてないかな。でも後から考えると、この名前にしたからみんなに知ってもらえたんじゃないかなとも思えるよ(笑)。退屈な名前だったら興味も持たれないだろうし、ネーミングはよかったのかも。

星を携えるもの、みたいな感じですか? へえー。深くは考えてないということですが、星って光ったもの、影を持たないものというイメージがありますね。あなたの音には、ほんとにダークなもの、あるいはダーティなものを感じないんですよ。音色を作る上でそこは意識されているものですか?

ダレン:それはあると思うな。自分で曲を作ってタイトルをつけたときに「ちょっとダークなタイトルになっちゃったな」と感じると絶対に変えるんだよ。もう少しダークじゃないものにね。自分はアップ・リフティングなものをつくる、ダウンじゃないものをつくるってことに関してはすごく意識があるんだよ。

それはちょっとめずらしいことのようにも感じますね。それこそまさにダークスターだったり、ジ・XXだったり、挙げればキリがないですけど、ダークなものはテーマ的にも音的にもとても好まれるものです。表現活動のひとつの根本でもある。明るさを意識的に目指していくことには何か理由があるんですか?

ダレン:自分は何かに対してライヴァル心を持っているわけじゃないんだ。たとえばいま挙がったジ・XXとかに。ふつうにリスナーとしてダークなものは聴かないし、ジ・XXのアルバムとかもちゃんと全部聴くことなく途中でやめちゃう、みたいなところがある。そういうものが人気な理由のひとつは、ものすごくレーベルによって宣伝されて持ち上げられてるということじゃないかな。いい音楽かどうかということじゃなくて、新しさとして暗いものが取り上げられている。業界のそういう部分には気がつきにくいものだけど。

個人的には、暗い夢を見るほうが簡単だと思うんですよ。だからそのなかでスター・スリンガーが体現するような、ほんとにドラマチックで甘い夢は、ソウル・ミュージックについてのひとつの有効な解釈だと思いますし、それを意識的に見つづけるのはかっこいいなあと思います。

ダレン:やっぱり人の人生のなかにはダークな瞬間がいくつかあるはずだと思う。物事がうまくいかなかったり、すごく落ち込んだりっていう。そういうときにダークな音楽を聴くと、自分の傷心と重なって浸ってしまうようになる。それは若い頃にはよくあることだと思うんだけど、もうちょっと大人になって、いろんなごまかしを見通せるようになると、ダークなときにダークなものを聴くことが必ずしもいいことだとは思えなくなってくる。水じゃなくて、火で火に対抗するようなものだよね。あんまり意味のないことじゃないかと思うときが出てくるよ。

「〈メキシカン・サマー〉にヒップホップ的なものを投げてみたらどんな反応が起こるだろう?」とかね、もうちょっと広がりのある、その上を行くようなことをやってみたいとは思ってたんだ。

普段レコードをたくさん掘ると思うんですが、やっぱりジャンルの性質上、サンプリングすることが多いですよね。そのときに、ご自身の耳が「ネタを聴く耳」になっちゃってるなって感じたりすることはありませんか?

ダレン:いまの話だと、サンプルを探すということと音楽を楽しむということが別々のものになっているけど、自分にとってはそこが同じひとつのものになっているということが多いんだ。それがあまりに楽しいから、新しいものが生まれてくるんだよ。はは。自分がすごく好きなのに、人々に知られてなさすぎるよと思ったときに、その音を使いたくなったりするね。中古レコード屋で埃をかぶった作品をサンプリングしたくなったりね。だからネタを探すことと音を聴くことはひとつのことだよ。

そっか、心が汚い質問をしちゃったな。すみません。では今回のアルバムの話に戻ります。今作は『ローグ・チョ・パ』や『ベッドルーム・ジョインツ』など他の作品もまとめられて、まさに初期のアンソロ的な性格のものになっているかと思いますが、並べ替えたり再構成したりして、再度新しいものとして 作り直すといったアイディアはなかったんですか? たぶん、いろいろと事情はあると思うのですが。

ダレン:今回のこの作品については、初めてのCDフォーマットだし、日本で流通するしっていうことで、もともとの盤からトラック・リストは変えてあるよ。そこにボーナス・トラックとしてEPを加えていくというかたちになってる。でも、そういう曲順だけの問題じゃなくて、本当はもともとの作品で使ってたサンプリングとまったく同じものを使いながら別の曲をつくる、別のものにしてしまう、ということはちょっと考えたね! でもまあ、考え直して(笑)。それだったら新しい曲作ったほうが早いしね。

はは。フォーマットとしてCDって初なんでしたっけ? いまアーティスト活動する多くの人に言えることだと思うんですが、基本的に〈サウンドクラウド〉などにフリーで作品を発表する、その後でCDだったりアナログだったりというフォーマットを選択していくってパターンが増えてますね。その両者のあいだに差を感じたりしますか?

ダレン:僕はフィジカルでリリースするということは大事なことだと思ってるよ。音楽をかたちとして持ちたいっていう人は多いと思うし、昔ながらのターンテーブルでレコードを回したいDJも多いしね。買って、開けもしないで持っておく人たちさえいる。音をつくる側としては、フィジカルで出すことによって作品が永遠に残るということはあるよね。ヴァイナルがなくなる日を自分は見たくないな。ヴァイナルやテープを買って育ってきたし、昔のものは残さなきゃ。CDも昔のフォーマットになりつつあるよね。

ではアートワークも大事に考えている?

ダレン:そうだね。コレクションとして物を持つことが好きだし、針飛びを感じることも大事な要素なんだ。ラップトップで聴くこととはやっぱり何かちがうことなんだよね。

Sylvester Anfang II - ele-king

 先日、シルヴェスター・アンファングIIとしても活動するベルギーのヘルヴェトことグレンに教えてもらって度肝を抜かれたタイのチンドン屋バンドのYoutubeをまずは見てもらいたい。

 まったく覇気の感じられないメンバー、チンドン・サウンド・システム、何だか妙に儀式じみた周囲の状況、そして何より言語の隔たりによって何も詳細がわからないことが僕に与えるロマン、どうやら最近また持病のアモン・デュール症候群がぶり返してきた僕は完全に心を奪われてしまった。
 じつを言うと現在まで僕にこの病の自覚症状はなく、かなり最近になって他人からそれがすでに手の施しようがないほど進行していることを知らされた。出羽三山での山伏修行の体験談、カスタネダの夢見の実践を試みていた学生時代の恐怖体験などと音楽的嗜好を打ち明けた相手の多くにそれが重度のアモン・デュール症候群であることを診断されたのだ。

 時として社会生活に支障をきたす(注釈:1)この病は、現代の日本において認知度が低く、患者の多くが困難を抱えているのが実状だ。そういった意味ではベアボーンズ・レイ・ロウことエルネスト・ゴンザレスやヘルヴェトことグレン・ステンキステらの僕以上である重傷患者のコミュニティであるベルギーのシルヴェスター・アンファングIIは画期的な治療法とリハビリテーションを提案し、多くの患者に希望を与えていると言えよう。そう、ことヨーロッパにおいてのアモン・デュール症候群への関心は高く、ゆえに非常にさまざまな処方が普及しているのだ。フィンランドのサークルは最たる成功例のひとつだ。

 サークルは90年代初頭から活動する本国においてはかなりのポピュラリティーを得ているクラウト・ロック・スターとも言える超重傷患者集団だ。各メンバーのサイド・プロジェクトやソロを含め自らをNWOFHM!(注釈:2)と称し、死ぬまでクラウトし続けるであろう狂気のスタイルを掲げている。カントリーからブラック・メタルまで古今東西のあらゆる音楽(アルバムごとに異なるひとつのジャンルをピックアップして)を全力でクラウト・ロックしてみるという超絶スキルに裏打ちされた圧倒的強引さを、NWOBHMよろしく80'sヘアー・メタルのトラウマから生まれた爆笑センスをもってして最高のエンターテイメントに仕上げているバンドだ。
 彼らが主催する〈エクトロ・レコーズ(Ektro Records)〉が老若男女のアモン・デュール症候群を含む永続的クラウト・ロック中毒症患者たちへ定期的に処方箋を与えてきた点も賞賛に値する。膨大な自分たちのプロジェクトからジャーマン・サイケの生ける伝説、伊藤政則氏も真っ青なカルト・ヘアー・メタルの再発まであらゆる患者の症状に応じて処方しているようだ。

 最近の強烈な処方箋は〈VHK(Vagtazo Halottkemek)〉......ってこんなもんカタカナにできるかよ。英訳で〈ギャロッピング・コロナーズ(Galloping Coroners)〉です......の最新作。この一見すると某中古レコード店のプログレ・コーナーで投げ売りされてそうなクソダサいジャケットのバンドは、実際に僕は某中古レコード店のプログレ・コーナーで投げ売りされていた同じようなクソダサいジャケットの前のアルバムをゲットして知っているのだけれども、彼等のバイオグラフィーによれば1975年頃にハンガリーのブタペストで結成され、本国やドイツでカルト的な人気を博したシャーマニック・サイケ・パンクバンドで彼等の呪術/超自然/神秘的なサウンドは万物の存在理由の宇宙的解釈である。初期はハンガリー政府からの圧力により10年以上の地下潜伏活動を余儀なくされたようだ。80年代中期頃からヨーロッパ・ツアーを積極的に開始し、当時共演したイギー・ポップやジェロ・ビアフラ、ヘンリー・ロリンズは彼等への驚嘆と賞賛を辞さなかったと言う(実際VHKのアルバムはオルタナティヴ・テンタクルスから2枚ほどリリースされている)。そしてこの度VHKは13年ぶりにスタジオ・フル・アルバム、〈Veled Haraptat Csillagot!(ヴェレ...英訳、バイト・ザ・スター!)〉を〈エクトロ〉からリリースする!
 と、これを書いて何だか妙に疲れたのだが、このツッコむのもバカバカしいほどのバイオ、バンド・イメージとこのオジサンたちの本気度、そしてそれを微塵も裏切ることのないまったく新しくないサウンド、そして何より理解できない言語の隔たりも含めすべてが多くの症状に苛まれる患者たちを治癒してくれることに間違えはあるまい。

 先のYoutube動画を見ながら改めて思うのは、この世に音楽的にも芸術的にも宗教的にも文化人類学的にも秘境などなく、すべてがフラットでのっぺりとした何だかになってしまっているのかもしれない......が、大切なのはそれに心を巡らせるロマンなのだ。これこそがこの病と恒久的につきあっていく最も大切な心得だ。

 ちなみにこのレビューは末期アモン・デュール症候群患者であるele-king野田編集長に捧げます。やっぱクラウト・ロック本も作らないですかね?


注釈:1
主に若年層の症例として挙げられる、定職につかない/やたらとコミューン思考が強い等の発作によって社会生活に困難を来す。

注釈:2
おそらくニュー・ウェーヴ・オブ・フィニッシュ・ヘヴィ・メタルだと思われる。重度の患者達はみな口を揃えて自分たちのコミューンに名を冠したがる傾向が報告されている。シルヴェスター・アンファングIIの連中が「Funeral Folk(フューネラル・フォーク)」と抜かしているように。

 なんだかよくわからなくなってきた。下津光史がステージに上がるまで酒を我慢できるか、勝負しようじゃないか。もちろん編集部は「飲む」に賭ける。
 ele-king編集部(ライター募集中!)とDUM DUM LLP(コック募集中!)によるパーティ、「DUM-DUM PARTY 2013」の追加出演者が決まりました。オウガ・ユー・アスホール(OGRE YOU ASSHOLE)ザ・ガール、そして、OLキラー、そして、大先輩である大貫憲章さん!
 という、なんだかよくわからないことになってきた。だけどもういちどよく考えてて欲しい。このイヴェントの主役は、長州がコック長を務めるバーベキュー大会であり、ディスクユニオンが1日限定でオープンする宝物ありのレコード100円市なのだ。きのこ帝国も快速東京もマウス・オン・マーズでさえも、長州がコック長を務めるバーベキュー大会のツマミに過ぎない。つまり、この倒錯したバレアリック感は、当日来てもらうしかないということである。ele-king編集部(デモ音源募集中!)からひと言あるとすれば、最初から飲み過ぎないでくれ、だ。
 この1ヶ月、よい子を続けたお陰で、スゲー、メンツが揃った。あらためて、この下にある、出演者の名前を見て欲しい。
 渋谷のビルを貸し切ってのレコード100円市とバーベキュー大会、よろしくお願い申し上げます。こないだも書いたように、出入り自由なので、腹減ったら外で食べれるし、飽きたら映画館に行けばいいし、酔いたければ飲み屋もある。まったく、ファッキン・ブリリアントなパーティだ。

※なお、出演者も一般募集しています。ジーザス&メリー・チェインが初来日したとき、フロント・アクトを一般募集したのと同じ。出演者として参加ししたい人も同時募集です。自薦・他薦問わず! 
 ただし、6/29(土)のスケジュールが空いていて、渋谷でライヴができることがマストです。ele-king編集部(友だち募集中!)とDUM-DUM LLP(お客さん募集中!)で相談した上で、出演してほしい方にはこちらからご連絡します。応募はこちらのフォームから!↓
https://system.formlan.com/form/user/dumdumparty/2/


■DUM-DUM PARTY2013
Curated by ele-king & DUM-DUM LLP
イベント特設サイト:https://party.dum-dum.tv/

日時:2013年6月29日(土)
会場:渋谷O-WEST BUILDING(O-WEST・O-nest・7th FLOOR 三会場同時開催)
開場/開演:15:00(22時頃終演予定)
出演:Mouse on Mars(fromドイツ)、OORUTAICHI、快速東京、きのこ帝国、group_inou、SIMI LAB、下津光史(踊ってばかりの国)、スカート、砂原良徳(DJ)、ミツメ、森は生きている、YAMAGATA TWEAKSTER(from韓国)、Kamikaz(Clockwise)、LANG LEE(from韓国)、ダエン(from福岡)、渋家(shibuhouse)、Exclusive、Ned Collette (fromオーストラリア)、DJ Yogurt、OGRE YOU ASSHOLE、THE GIRL+...and more!
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チケット:¥6,300(税込 / 全自由 /1ドリンク代別) ※3才以上有料
来場者全員特典:特製ZINE
チケット:5/18(土)発売
ぴあ (P:201-745)
LAWSON(L:70170)
イープラス(https://eplus.jp/
DUM-DUM OFFICE(高円寺)、SHIBUYA O-WEST/O-nestの店頭で購入の方は¥5250で販売
※ディスクユニオン店頭でもお求め頂けます。

◎DUM-DUM LLP https://www.dum-dum.tv
(イベント/チケット/公演に関する問合せ/担当:野村、嶋津)


interview with Tim Hecker - ele-king

 週刊誌的な興味でしかないと思いつつ、ブランドン・クローネンバーグのデビュー作『アンチヴァイラル』を観に行った。そして、そこには父の失ったものがすべてあるとさえ思えた。多言は必要ないだろう。スノッブと観念を瞬時に結びつけてしまう手際は見事にトレースされ、『ヴィデオドローム』をそのまま引用したシーンまであった。余裕だ、としか思えなかった。
 
 ゼロ年代前半、ティム・ヘッカーが『ラジオ・アモーレ』(03)で、それまでのアンビエント・ミュージックにはなかったようなササクレだったムードを持ち込んだとき、それがどこから来るものなのか、最初はぜんぜんわからなかった。発信元はドイツの〈ミル・プラトー〉でもヘッカー本人はカナダで活動していることや、彼の周辺にはゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!がいて、翌年、地元の〈エイリアネイト〉からリリースされた『ミラージュ』にはそのメンバーが多数、起用されていたことから、彼に対するイメージは少しずつアグレッシヴなものへと変化していく。それは安直にデヴィッド・クローネンバーグやGYBE!が醸し出してきたアポカリプティックでタナトスと結びついたカルチャーとのオーヴァーラップと言い換えてもいい。ブランドン・クローネンバーグに煽られていた僕は、つい、そのことを訊きたくなってしまった。

自分にとって感情や興味が沸き上がるような音楽を作ることにフォーカスしている。平穏を保ち、美しくグロテクスで、みんなが聴いてくれるような音楽であればと思ってる。

自分の音楽を映画に喩えると、どの作品になるでしょう? ちなみにブランドン・クローネンバーグ『アンチヴァイラス』は観ましたか?

TH:見たことないな。なので答えるのは難しいね。日本の映画だと新藤兼人の『鬼婆』(64)になるんじゃないかな。

 え? 新藤兼人。去年、亡くなった?(さきほど日付が変わり、原稿を書いている途中で命日になった) 僕は『裸の島』や『北斎漫画』といった代表作しか観たことはなかった。人間を即物的に撮るという印象が強い作家である。話は前後するけれど、僕はこういった興味にはまったく逆らえないので、インタヴュー後、すぐに『鬼婆』を観てみた。そして、なるほどであった。ティム・ヘッカーをクローネンバーグやGYBE!と重ね合わせたのは間違いだった。そのことを知らずに以下のインタヴューは続いていく。なんとももどかしい。


作を重ねるごとに作風が重々しくなっていきますが、それは意識的にそうしているんですか?

TH:それは違うな。時間の経過でそうなったのか、礼拝的なハーモニーへの興味はあると思う。

あなたは常にエモーショナルなノイズ・ドローンを生み出そうとしていますが、人が抱く感情のなかでもとりわけ「切なさ」を重視しているように 思えます。それとも違うことにこだわりがありますか?

TH:自分にとって感情や興味が沸き上がるような音楽を作ることにフォーカスしている。平穏を保ち、美しくグロテクスで、みんなが聴いてくれるような音楽であればと思ってる。

同郷だからというわけではないのですが、あなたの音楽はゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!の音楽をエレクトロニック・ミュージック に置き換えた面があると感じますか? やはり影響は受けている? それともこれは誤解?

TH:彼らのスタジオは自分の住んでいる家から2ブロック先の所にあるけど、直接的な影響はないと思う。間接的にはあるよ。モントリオールは小さい町だからね!

ラジオ・アモーレ』があなたの転機になったと思います。単に気持ちいいだけのアンビエント・ミュージックではなく、ノイズや耳に痛い要素を取り入れたものをつくっ たのはなぜですか? 普通に考えると90年代のアンビエント・ミュージックに対して不満があったのかなと思いますが。

TH:当時はアメリカのノイズ・シーンで起きていた音楽が好きで、個性やパワーを感じていたし、無味乾燥なコンピューター音楽をチープなギター・ディストーションに通して、ある特定のテキスチャーとムードを作るというアイデアに興味を抱いていたんだ。それが自分が探求していた手法だった。

 ここだ。彼はとくに名前をあげていないけれど、紙エレキング7号でこってりと特集したように、ウルフ・アイズやダブル・レオパーズがアメリカの地下シーンを形成し始めた頃で、イエロー・スワンズやバーニング・スター・コアのデビューもこの時期に重なっている。前述した『鬼婆』でも冒頭から林光がおどろおどろしいパーカッションを挿入し、かつてミュージック・コンクレートが執拗に欲した無常観を彼が欲していたことがよくわかってくる。そう、最初はなんだかわからなかった『ラジオ・アモーレ』の謎がどんどん解けていく。


『ラジオ・アモーレ』というタイトルの意味を教えて下さい。

TH:スペイン語で「ラジオ・ラヴ」という意味で、ジャケットもそうなんだけどフィールド・レコーディングの多くは中米で録ったんだ。

洞窟や教会など、スタジオとは違った音の響きをする場所で録音を試みるのはいつからやり始めたことですか?

TH:前からずっと興味があって、最近やっとちゃんと出来る環境を見つることが出来た。『レイヴデス 1972』はスタジオの仮想的な空間を合成的にシュミレートしたリバーブでなく、実際の大きな空間のなかで作れた最初の作品だね。

もっとも大きな影響を受けたと思うミュージシャンを3人あげて下さい。

TH:わからないな。

ダニエル・ロパーティン(OPN)から『インストゥルメンタル・ツーリスト』のコラボレイトを持ちかけられた時、彼のことは知っていましたか? また、共同作業を通じて評価が変わったところはありますか?

TH:ネットで連絡を取って話をたくさんして、それからレコーディングを一緒に何日かやってみようという流れになったんあ。ポスト・デジタルな時代において、どうスタジオでコラボレートするかを考えさせられる良いきっかけになったね。

 最初に作風が重々しくなっていると訊いたように、OPNとのコラボレイトでもヘッカーはその路線を突き進んでいる。同作のライナーでも書いたようにロパーティンもマザー・マラーズ・ポータブル・マスターピース・カンパニーのデヴィッド・ボーデンと共作を試みるなど、両者にミュージック・コンクレートや現代音楽への興味があったことが一種の接点をなしていたことは間違いない。そこにあるのは、ヘッカーが興味を抱いたUS地下シーンの洗練であり、彼の身体を通した解釈である。『レイヴデス 1972』に続くソロの新作はこの秋になるらしい。


WWW presents Tim Hecker Japan Tour 2013

WWW presents
<東京> Opening Guest:Ametsub -exclusive set-
日  程:2013年6月7日(金)
会  場:渋谷WWW
時  間:OPEN 19:00 / START 20:00
料  金:前売¥4,000 (ドリンク代別 / オールスタンディング)
問合わせ:WWW 03-5458-7685

主催:渋谷WWW
協力:p*dis / melting bot

WWW & night cruising present
<京都> Opening Guest:Ametsub -exclusive set- / DJ:Tatsuya Shimada (night cruising)
日  程:2013年6月8日(土)
会  場:京都METRO
時  間:OPEN 17:00 / START 17:30
料  金:前売¥2,800 (ドリンク代別 / オールスタンディング)
問合わせ:METRO 075-752-2787 / WWW 03-5458-7685

主催:渋谷WWW / night cruising
協力:京都METRO / p*dis / melting bot

<チケット発売中>
チケットぴあ[P:197-955] / ローソンチケット[L:75645] / e+ (https://eplus.jp/timhecker)
WWW・シネマライズ店頭(東京公演のみ) / メール予約(京都公演のみ)

東京公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/1306/003742.html
京都公演詳細:https://www.metro.ne.jp/schedule/2013/06/08/index.html

coming soon - ele-king

coming soon - ele-king

Stephan Mathieu - ele-king

 ステファン・マシューの新作『アン・クール・シーミレ』(〈バスカル〉)は、ここ数年に渡る彼の音響的実験、探求、そして作曲意識が「アルバム作品」として統合・昇華されている極めて重要な作品である。その意味では2004年の傑作『ザ・サッド・マック』(〈ヘッズ〉)以来、といえるだろう。

 ステファン・マシューは、2004年の『ザ・サッド・マック』において、デジタル・エラーを意図的に用いることで未知のサウンドを生成する、00年代初頭の「DSP美学」を総括した。デジタル・グリッチ、エレクトロアコースティック、アンビエント/ドローンなど、さまざまな手法がアルバムのなかで、ひとつの大きな(繊細な)流れを生み出していた。それは確かに「完成形」であった。ゆえに『ザ・サッド・マック』以降の彼は『ザ・サッド・マック』のなかにすでに内包されていたドローン/アンビエント、フィールド・レコーディング的なサウンドを、多くのコラボレーション・ワークを行うことで、より深い場所へと潜航するように創作を続けていったように思う。

 たとえば、06年リリースのヤネク・シェーフとの共作『ヒドゥン・ネーム』(〈クロニカ〉)。『ヒドゥン・ネーム』においては、古びた楽器や音源などが見事に加工され、過去へ遡行するような音響を作り上げていた。中世の記憶が、古びた洋館から芳香とともにたちがあるようなアンビエンス、音響......。09年のテイラー・デュプリーとの共作『トランスクリプションズ』(〈スペック〉)においても、「アナログ・レコードの元祖と言われる古いワックス・シリンダーと78rpmレコード」を素材に用いながら、過去の記憶が音響に溶けだしていくようなドローン・アンビエント作品を生みだしていた。

 つまり、00年代中盤以降のステファン・マシューは、記憶と歴史のなかで打ち捨てられたような楽器や音盤をリサイクルすることで、過去と現在の記憶が溶けだすようなドローン作品を模索/創作していったのである。その彼の探求の最初の「成果」が2011年、ソロ作品としてリリースされた『ア・スタティック・プレイス』(〈12k〉)と『リメイン』(〈ライン〉)だ。また、2012年発表のカロ・ミカレフとの競演盤『レディオランド(パノラミカ)』(〈ライン〉)を加えてもいいだろう。

 これらの作品は、総じて圧倒的に美しく洗練されたドローン/アンビエントな音響作品である。そしてこの「美しさ」はまさに反動ギリギリともいえる。しかし、ステファン・マシューはむしろ過激なまでに洗練されることで、果実が腐る直前のような強烈な甘さを音響に内包させたのではないか。

 ではなぜ、ステファン・マシューはそのような洗練を追求したのか。それは、彼が本質的に、いわゆる「サウンド・アーティスト」というよりも、むしろ古典的な意味での「作曲家」だからではないか。それほどまでに、ステファン・マシューのドローンは弦楽曲のように聴こえるし、そこに彼ならではの和声や響きがある。ふたつ以上の音が重なり合い、絡まり、音と音のあいだから和声が生まれる。それは旋律のない旋律がもたらす恍惚。その音の重なりから生まれる響きに耳を澄ますと、多くの作曲家がそうであるように、ステファン・マシューもまた自分の響きに対するはっきりとした美意識があることがわかる。美を経由しない作曲家はありえない。彼の成熟は作曲家ゆえの要求がもたらしたものである。

 そして、新作『アン・クール・シーミレ』は、「作曲家」としての美=意識が隅々にまで行き渡っている傑作である。本作もワックス・シリンダーや78回転レコードをコンピューター上でエディットする手法が用いられている。昨年の傑作EP『コーダ』(〈12k〉)を経由した本作の音響は、近作にみなぎっていた過剰な美しさに加え、枯れた美の質感すら獲得している。まずは、1曲め「メゾン」のこなごなになったレコード盤のような音響の素晴らしさに、耳をそばだてていただきたい。

 さらに重要な点は、最初に書いたように「アルバム」として、ひとつのテーマ/コンセプトが全楽曲、構成に通奏低音のように響いている点にある。本作のアルバム・タイトルは、ギュスターヴ・フローベールの同名小説から取られている。この小説は、19世紀のフランスにおいて、愛を喪失し、信心深い女中の人生を描いたものだが、この作品においても不幸のなかの救いを希求する「崇高さ」を生成しているように思えた。

 アルバム中、もっとも心揺さぶられるのは6曲め"ドゥヴニール・スール"である。突如、古いレコードからのサンプリングと思われる女性による歌曲が、ほぼそのまま流れるのだ。歌声にノイズがレイヤーされ、過去と現在の境界線が融解する。これまで音響のなかに溶け出していた「音楽」が突如、不意に実体化する鮮烈な驚き。まるでミサ曲のような「崇高さ」が、古い素朴な歌曲に宿っている。つづく7曲め"フェリシテ"で、なんとアコースティック・ギターのアルペジオが聴こえてくる。ステファン・マシューのアルバムで、このような音が聴けるとは! そしてラスト8曲め"トレース"は15分に及ぶ音響作品。この曲で静かに幕が下りる。幽霊のように不意に実体化した音が、また再び、アンビエントなドローンへと溶け出していく......、そんな見事な構成である。

 『ア・スタティック・プレイス』と『リメイン』を経た、この『アン・クール・シーミレ』は、『ザ・サッド・マック』以降、やっと発表された「アルバム作品」のように思えた。『ザ・サッド・マック』には、DSP美学の終焉とデジタル以降の環境のなかで生きるモノたちの「喪失」というテーマや物語が静かに込められていた。そして本作にもまた、ある物語とテーマが込められている。それは何か? もちろん、想像でしかないが、喪失し、忘れられた過去を蘇生し、音として生成し、いまこの瞬間に弔うことではないかとも思う。

 記憶が、夢のように溶けあっていく感覚。音響による過去と現在の(記憶の)交錯=融解。それは「アルバム」を聴くことから生まれるイマジネーションの生成でもある。本作は、知覚と記憶の深い部分に作用する作品のように思えた。

すでに伝説だ - ele-king

 嵐で中止を余儀なくされた伝説の1回目、私と野田さんと三田さんと磯部くんでネット中継による開演前の前説を行い、果たしてこの巨大な会場が埋まるんだろうかと抱いた不安が杞憂に終わった2回めを経て、3回目となるフリー・フェスティヴァルを、ドミューンは、宇川直宏は「FREEDOMMUNE 0 〈ZERO〉 ONE THOUSAND 2013」と銘打ち今年も開催する。
 すでにご承知の方も多いと存じますが、第1弾ラインナップでペニー・リンボーが登場すると聞いたときはさすがに魂消たが、第2弾は瀬戸内寂聴氏であることを知ったときは尻子魂を抜かれる思いがした。アナーコ・パンクの雄、というか、言葉そのものであるCRASSについては、昨年ジョージ・バーガーの同名書が日本語で読める彼らの足跡を詳述して、どうせなら再結成して来日とかしないかと念じていたが、CRASS名義ではないもののペニー・リンボーがイヴ・リバティーンといっしょに来るとなると、CRASSの表現に少なからぬ恩恵を受けた、心ある音楽ファンはアガるなというほうがムリである。しかもその次に天台宗名誉住職にして小説家の瀬戸内寂聴さんが出るとなれば、島に住んでいる私の母もあわててパソコンを買いに走ったくらいだ。

 フリードミューンの特設ページではいまのところこのふたりの出演の告知のみだが、この絶妙な異化効果は、フェスティヴァルを組織する行為そのものが宇川直宏の作品であることも意味している。とはいえ、CRASSのアナーキズムその可能性の中心にあるものが暴力や闘争ではなく――古くさい言葉だが――友愛であるなら――それはパンクの遺構などではなく、DIYの先年王国主義なのかもしれず――飛躍を承知でいえば、それはそのまま瀬戸内寂聴氏にもあてはまるものであり、私たちは彼らの法話から、昨年の明け方のマニュエル・ゲッチングの"E2-E4"に感じたのと同じ、いやそれ以上の法悦を得るだけでなく、マーガレット・サッチャー亡き後の世界の狼煙を、幕張に集うひとたちだけでなく、回線でつながった全世界から東北の地に向けてあげることにもなるだろう。


■東日本大震災被災地支援イベント
DOMMUNE FREE FESTIVAL
FREEDOMMUNE 0 〈ZERO〉 ONE THOUSAND 2013

■日時:7月13日(土)
■場所:幕張メッセ
■時間:17時開場~翌朝5時
■URL:https://www.dommune.com/freedommunezero2013/

Mount Kimbie - ele-king

 ダフト・パンクが新作でジョルジオ・モロダーをわざわざ呼んで喋らせているのには呆れたが、それでもオーセンティックなディスコ・サウンドに乗せて「私の名前はジョヴァンニ・ジョルジオ」と彼が告げると、その瞬間は反射的に興奮しなくもない。が、その次の瞬間、我に返りもする。そこには終わっていくものに対しての共犯意識が作り手と聴き手のあいだに予め用意されているかのようで、その意味であのロボットたちは変わらずシニカルだ。彼らが作った映画『エレクトロマ』の死のイメージを思い浮かべたりもする。そんなアルバムが現象的に世界で大ヒットするのは、何とも皮肉めいている......と思う(そしてそれをアンビヴァレントな気分で楽しんでしまう自分もいる)。

 同じ日に買ったマウント・キンビーのセカンド・フルに当たる本作には......そういったアイロニカルな地点から素早く自然と身をかわすかのように、これから生まれゆくもののざわめきが息づいている。ポスト・ダブステップの三大エースであるジェイムス・ブレイク、ダークスター、そしてマウント・キンビーがブリアルの「ゴースト」というモチーフをデビュー作で引き継ぎながらも、2作目においてそれぞれのアプローチで歌へと向かっているのは、歪められた声のサンプル、亡霊や死のイメージと訣別していくかのようだ。飛躍かもしれない。だが確実に、ドミニク・メイカーとカイ・カンポスのふたりはここで、過ぎ去ったことを振り返ろうとしていない。
 誰もが指摘するようにバンド・サウンドや生楽器の大々的な導入、そして歌......が根本的な変化ではあるものの、楽曲の構成要素自体が『クルックス&ラヴァース』と大きく異なっているわけではない。クリック音が粒になって転がるようなビート、控えめながらダビーなベースライン、メランコリックな和音やメロディ。ダブステップと地続きの不穏なムードからも、ダークスターほど離れたわけではない。だが、キング・クルーが独特のダルそうな節回しで歌う2曲目の"ユー・トゥック・ユア・タイム"はどうだろう。抽象的な空気を生み出すシンセ音が浮遊するなか、ギターとドラムの生音が慎重に寄り添い、やがて声の主はそのエモーションを狂おしく低音へと変換する。ポスト・ダブステップという言葉ではもはやカヴァーしきれない範疇まで足を踏み入れているし、そしてまた、IDMとテクノとダブステップとシンセ・ポップのどこにも収まろうとしていない。そもそも94年生まれのシンガーソングライターであるアーチー・マーシャルを召喚する姿勢からして、マウント・キンビーは一貫していると言えよう......これからの可能性しか見えていないのだ。もう1曲、彼が出現する"メーター、ペイル、トーン"もまた、ブリアルとボーズ・オブ・カナダの血を引き継いでいることを自覚しながら、彼らとは違う領域で......よりバンド・サウンドのフォーマットを駆使しながら、憂鬱とも倦怠とも言い切れないフィーリングに聴き手を陶酔させる。
 アルバムでは、可能な限り様々な試みをしているようだ。彼ら自身が歌うムーディなシンセ・ポップがあれば("ホーム・レコーディング")ダブステップもあり("サラン・グラウンド")、ギター・ロックとシンセ・ポップとIDMを足して割り切らないようなインスト・ナンバーもあり("ソー・メニー・タイムス、ソー・メニー・ウェイズ")、マッシヴなビートの上でフュージョンとアンビエントを同時にやっているようなトラックもある("スロウ")。そしてまた、それらは「これで完成」というフォルムを作っていないように思える。アルバムのなかでもっともよく出来ているトラックはおそらくファースト・シングルとなったハウシーなダンス・ナンバー"メイド・トゥ・ストレイ"だろうが、それにしたって、キャッチーな歌が入りこれから盛り上がりそうなブレイクを挟んだところで、しかし4分台であっさりと終わっていく。ふたりはお決まりのパターンを拒みながら、音の興味の対象を一枚のなかで性急に移していく。
 メランコリックではあるが、同時に喜びに満ちた作品だ。マウント・キンビーは自分たちの得意とするところを発展させながらも、それをも侵食する挑戦に身を投じ、そのせめぎ合いこそを楽しんでいる。「ポスト~」としか説明できなかった場所から現れた才能たちが、なおも名づけられない荒地へと勇敢に進んでいる。その姿には、曇りのない興奮を覚えずにはいられない。

vol.51:オタクはヒップスター? - ele-king

 先週はアーヴィング・プラザ(Irvingplaza.com)という比較的大きめの会場に、アナマナグチという8ビット・パンク・ポップ・ダンス・バンドを見に行った。

 メンバー4人、ニューヨーク・ベースの彼らの特徴を上げる:「蛍光色」「アニメ」「ヴィデオゲーム」「ライトアップ」「かわいい」「おたく」
 サイト(https://www.anamanaguchi.com)からもわかるように、彼らには、たくさんのこだわりとアイディアがある。それに同意する人がいかに多いのかという結果として、最新アルバム「endless fantasy」を作るためにキックスターターで、189.529(=200万弱)をレイズした(https://www.kickstarter.com)。

 会場は、半分がおたく男子(ナード、ギーク、でもスタイリッシュ)。彼らに向ける声援もアイドルのようだ。目を閉じるとゲーム音楽が流れ、目を開けると蛍光カラーのライトが反射するステージが飛び込んでくる。
 このライトに関して言うと、ベースのジェイムス(彼のベースの弦は、4色とも蛍光カラー、ネットで購入したらしい)は自分の家の地下室にライト研究室を持つぐらい、蛍光ライトにこだわり、さらに映像と音のシンク、ステージでのプレゼンテーション全てをケアしている。ギターのアリーは、蛍光グリーンの髪に(最近黄色から変えた)、蛍光オレンジのキャップ、蛍光ピンクのTシャツに、蛍光イエローのギターで、見た目はアニメキャラ。

 メンバーが着ていたのは、ブルックリンのファッション・レーベルRHLS/ルフェオ・ハーツ・リル・スノッティ(https://rhls.com/)、ウィリアムバーグ・ファッション・ウィークエンドでもおなじみの彼らは、アナマナグチと同じ世界観、ファンタジーの世界を生きている。ウィリアムズバーグにmovesというコンセプトストアも運営している(https://movesbrooklyn.com/)。

 基本インストなのだが、ゲスト・ヴォーカルが入る曲もある。今回は、アイルランド人の女子(歌が下手なきゃりーぱみゅぱみゅ風)と、女性R&Bシンガーがアナマナ好みにサンプリングされていた。ライヴの最後には、今日の観客から引っ張り出されたような、ヒップスター女子ふたりが登場(柄物レギンスにボーイフレンドT)、歌い終わったあとは、客席へダイヴするのだった。
 彼らの音楽は、アメリカのアタリや日本の任天堂、サブカルのごちゃ混ぜ感を、音楽+映像をプラットフォームに表現している。インディ・バンドのように心に訴えかける力やハングリー感はないが、音楽に対する熱意やアイディアは相当ある。オタクというと気持ち悪いというイメージもあるだろうが、新世代のオタクはヒップスターなのだ。バンドというフォーマットにこだわらず、自分が操作できる装置を使って、自分たちの娯楽を作っている。



 このショーを見ながら、私はオブ・モントリオールを思い出した。どちらも現実を忘れさせるほど、ファンタジーの世界を捻り出している。ヴィジュアルやステージでのパフォーマンス、ライティングに定評があるが、その裏では果てしない奮闘を繰り広げている。
 ちょうどアナマナグチのショーの3日後に、オブ・モントリオールを見たのだが、ステージを盛り上げるゲスト(シアトリカル・パフォーマー、女性ヴォーカリスト)、ライトショー(白い布を来た人がステージの中心に立ち、そこに映像が当てられる)など、音楽以外にさまざまなおまけが付いてきて、アナマナグチよりストーリー性を感じた。
 ライトショーは前回もあったが、今回は人の体のラインや形によってライトの当て方を変え、まるで動くプラネタリウムを見ているようだった。新曲からヒット曲をまんべんなくミックスし、全曲スムースに進む。まったくソツがない。
 バンドとして全体を見たとき、勢いなのか、新しいことをやっているワクワク感なのか、アナマナグチの方にパワーを感じたが、オブ・モントリオールは経歴も長いし、今回のツアーも後半に差し掛かっている。そこを差し引いても、オブモンはオーディエンスを楽しませること、アナマナグチは自分たちが楽しむことをいちばんとしているように思えた。
 オブ・モントリオールはその足で、日本(6/1タイコクラブ)に行くので、多くの人に是非ライヴを体験して欲しい。

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