「Nothing」と一致するもの

 7月4日に渋谷クラブクアトロにて、アナログフィッシュとASIAN KUNG-FU GENERATION(以下、アジカン)の2マン・ライブが行われた。昨年デビュー10周年を迎え、横浜スタジアムで2デイズを行ったアジカンが、この規模のハコで2マンを行うというのは、非常に珍しい。これは後藤正文のアナログフィッシュに対する「同世代で常に気になる数少ないバンド」という言葉が象徴しているように、お互いへのリスペクトがなければ決して実現しないことであり、両者のライブの節々から、その想いが感じられた。

 先行のアジカンは長い付き合いのアナログフィッシュとの対バンであることを意識してなのか、序盤から“サイレン”、“センスレス”、“Re:Re:”、“アンダースタンド”と、比較的初期の曲を連発。彼らとしては小さな規模のハコだったこともあってか、終始リラックスした印象で、盟友との再会を楽しんでいるようだった。途中で後藤は、「何で女性ソロ・アーティストのMCって〈お前ら―!〉とか、ヤンキー口調なんだろうね」と話していたが、いまの若手バンドの多くも「かかってこいやー!」とか「いけんのかー!」など、とにかくオーディエンスを煽ることがマナーのようになっている。これはフェス文化の弊害のような気もするが、アナログフィッシュはもちろん、アジカンもこういった煽りはほぼ皆無。しかし、彼らがただ曲を演奏すれば、自然と手が上がり、合唱が起こる。そう、やはりアジカンの曲は“みんなのうた”だ。後藤は6月にもソロで同じステージに立っていて、そのときはウィルコやスフィアン・スティーヴンスといった現在の趣向を反映したライヴを行っているが、アジカンに戻れば、自らの役割を全うしている。後に下岡晃が「アジカンで一番好きな曲。だって、あれは俺に向けて歌ってくれてるから。ってことは、君たちに向けて歌われてるってことでもある」と語った最新曲の“スタンダード”、素晴らしき“今を生きて”などを経て、ラストも初期の代表曲“君という花”でこの日のステージを締めくくった。

 後攻のアナログフィッシュは、1曲目に“抱きしめて”で、2曲目が“はなさない”。「ここぞ」というときのライヴで披露される、この2曲のコンボを冒頭に持ってきたということから、彼らのこの日のライヴに対する強い意気込みが伝わってくる。そして、ライヴアレンジではアウトロにサイケデリックなパートが加わる“抱きしめて”と、やはりかなりサイケデリックで、なおかつミニマル、それでいてメロディアスな“はなさない”という2曲から、僕はいつもブラーの“Beetlebum”を思い出す。ここでハッと気づいたのが、「今日ってオアシス対ブラーみたいだな」ってこと。とにかくオーディエンスがガンガン合唱する「みんなのうた」なアジカンと、実験的なプロダクションも取り入れながら、メランコリックなメロディの美しさが際立つアナログフィッシュ。もちろん、後藤はリアム・ギャラガーではないし、下岡もデーモン・アルバーンではないんだけど、両バンドの対比としては、かなりしっくり来る気がする。実際、両バンドともそれぞれのバンドからの影響を公言してるし。

 この日は2曲のみでリード・ヴォーカルをとった佐々木健太郎の“Good bye Girlfriend”に続いて、今度は下岡がラップをするムーディーな新曲“nightfever”で新境地を垣間見せると、2007年に下北沢シェルターで対バンをした際、ラーズの“There She Goes”をセッションしたという話から、同タイトルの新曲(正式には“There She Goes(la la la)”)へ。これが“君という花”と同じくらいのBPMの裏打ちの曲だったのが、世代感を象徴しているような印象を受けた。いまの若手バンドの四つ打ち、ホント速いもんな。そして、ここから再びライヴは熱を帯びて行き、“Fine”では佐々木がピート・タウンゼントばりのウィンドミル奏法を決め、“PHASE”と“Hybrid”では、下岡がデーモンばりの……とまで言わないものの、強いカリスマ性を発揮して、オーディエンスを魅了した。

 そして、この日一番印象に残ったのが、簡素なリズムトラックとアトモスフェリックな上ものによって、インディR&B風にアレンジされた“公平なWorld”。〈僕らが寝ている間に何が起きてるか知ってる? 地球の向こうに朝が来てる事知ってる?〉という歌い出しにはじまり、〈うまくやったヤツラ うまくやられた彼等 振り回されたのはダレだ?〉と問いかけ、最後に〈泣かないで ルールを守り続けなくちゃ〉と歌うこの曲は、2006年に発表された曲だが、地球の向こうで行われているワールドカップに熱狂する一方で、集団的自衛権の問題に揺れるいまの日本にあまりにもぴったりだ。震災以前に書かれていた“PHASE”の〈失う用意はある? それとも放っておく勇気はあるのかい?〉という一節はもちろん、下岡のリリシストとしての才能には改めて恐れ入る。

 アンコールに応えてステージに現れた下岡は「地震の後には戦争がやってくるって清志郎さんが言ってたけど、本当に来そうだ。でも、楽しもうぜ」と言って、最後の曲“TEXAS”のシーケンスを鳴らした。〈スペースシャトルが落ちた 煙を出して テキサスの原っぱのど真ん中 僕は夢を見ていた そこから木の生える〉と歌うこの曲は、つまりは可能性の歌だ。そして、〈月曜日の朝から 風変わりな少女が歌う その小さな願いから ささやかな兆しが芽吹いたんだ〉と歌うアジカンの“スタンダード”もまた、可能性の歌だと言っていいだろう。もちろん、可能性はあくまで可能性であり、それが成就するのかは誰にもわからない。しかし、アンコールが終わっても鳴りやまない拍手に包まれた会場内で、僕は確かに何かが芽生えたような感覚を感じていた。アナログフィッシュは現在新作のレコーディング中。テイストとしてはブラックミュージックの要素がやや強まりそうな気がするが、果たしてそこに下岡は、そして佐々木はどんな言葉を乗せるのだろう。とても楽しみだ。

Anthony Naples - ele-king

 ハウス・ミュージック界の若いタレントとしては日本でも抜群の人気を誇る、現在23歳のアンソニー・ネイプルスが初来日する。7月18日(金)と19日(土)、大阪と東京でDJを披露する予定だ。
 アンソニー・ネイプルスは、2012年の暮れにNYの〈Mister Saturday Night 〉レーベルの第一弾としてリリースされた「Mad Disrespect」でデビューしている。メロディアスでムーディーなハウスだが、若さではち切れんばかりのリズムがあって、都内のレコード店ではあっという間に売り切れた1枚である。評判は瞬く間に広まって、フォー・テットや!!!といった有名どころからリミックスを依頼されたほど。2013年にUKの〈The Trilogy Tapes〉からリリースされた「El Portal 」は、ele-kingの年間チャートのハウス部門の1位に選ばれている。
 なお、今回の来日公演、新アルバムのリリースを間近に控えているNYのフォルティDLも同行する。今週末のカイル・ホールに引き続いて、実にフレッシュな、かなり良いメンツと言えるのではないでしょうか。
 以下、来日ギグまでおよそ1週間と迫ったアンソニー・ネイプルスが簡単に喋ってくれました。


こんにちわ、初来日を楽しみにしているele-kingです。

AN:ありがとう! 僕も日本に行くのを楽しみにしているよ! 

ハウス以外にも、いろいろな音楽を聴いているようですね。ブラック・ダイス、エイフェックス・ツイン、アーサー・ラッセル……アメリカで、エイフェックス・ツインを聴く15歳は珍しいんじゃないですか?

AN:そんなに珍しくもないよ。僕は、まわりの多くの人たちと同じようにラジオを聴いたり、両親の好みに影響をうけて育った。やがて、それに飽きたとしてもインターネットやまわりのクールな友だちから、そういった音楽を見つけたり、知ったりすることは簡単なことだった。僕がサウスフロリダにいた頃、一軒のレコードショップがあった。そのオーナーが、僕らとまったく同じような趣味をしていることに気づいてから、僕らに似た系統でもっと面白いものをどんどん紹介してくれるようになった。音楽に触れるのは本当に自然なことだったと思う。
 僕がエレクトロニック・ミュージックの世界に入ったのは、高校生に入学したばかりの頃だった。ギターに飽き飽きしていたんで、SP-303とか404みたいなサンプラーやシンセに触ってみることにした。めちゃくちゃな配線にしたり、曲がったキーボードとか、そんなもので友だちとたくさんジャムみたいなことをした。
 僕が2009年にNYに越してから、いわゆるクラブとかパーティに 「出かける」とか、まぁ遊び歩くだとか、するようになってからだね、本当の意味でエレクトロニック・ミュージックにインスパイアされるようになったのは。やっぱり、ただヘッドフォンで音楽を聴くだけではなく、そういう環境こそが僕に影響をおよぼしているんだと思う。

生まれは?

AN:生まれたのはフロリダ州のマイアミのはずれで、2009年にNYに越した。いまはロサンゼルスに移って1ヶ月くらいかな。

影響を受けたダンス・ミュージックのプロデューサーは?

AN:多すぎる(笑)! すべてのNYの人たち……音楽活動をはじめた頃はもちろんラリー・レヴァンからアーサー・ラッセル、ウォルター・ギボンズに影響されたし、で、それからUKのほうに興味が向くようになって、その頃はジョイ・オービソン、フローティング・ポインツ、ピアソン・サウンドなどからもインスパイアされた。探求しながら、理解を深めていったんだ。なかでも、とりわけのめり込んだのは、NYに来た頃に初めて買ったアクトレスの 『Hazyville』というアルバムだったな。自分のコンピュータといくつかのサンプルさえあれば、こんなすごいことができるってことを、僕に気づかせてくれたんだ。

先品にハウス・ミュージックのスタイルが多いのは何故でしょうか?

AN:そのときはハウス・ミュージックを作るってことがすごく新鮮に感じられたんだよ。本当の意味でハウスをジャンルとして理解した時期だったし、その頃はNYエリアのパーティに出向くたびにローカルのひとたちやNYにやってくる世界中のDJから新しいトラックを聴くことができた。それは僕にとってすごく刺激的だった。ほんとにエキサイティングなことだったんだ。
 NYを去ってロサンゼルスに住んでるいまは、そういった環境からは少し離れてしまっているように感じるね。ロスはNYやヨーロッパにくらべると、そこまでクラブ・カルチャーが発達しているわけではないからね。でも、この距離感はいま、クラブの環境のなかで聴く音楽やそういったツールとしての音楽について考える代わりに、音楽を本当に深く聴くことに集中させてくれている。それは僕がこれからやろうとしていることに確実に影響してくるよ。とにかく、クラブ・カルチャーは僕にとってはいまだに新しいものだから、どんな意味を持つかってことを言葉にするのは難しいな。

どのような経緯で〈Mister Saturday Night〉のレーベルの第一弾としてあなたの「Mad Disrespect」がリリースされる運びとなったのでしょう?

AN:彼らのパーティに行ってメーリングリストにサインアップしただけだよ。しばらくしてそのメールで彼らがはじめようとしているレーベルがデモを募集していることを知った。そしたら彼らが連絡をくれて、そこからリリースが決まったのさ。何も特別なことはないよ!

では、グラスゴーの〈Rubadub〉とは、どうして知り合ったのですか?

AN:〈Mister Saturday Night〉のひとたちと変わらない。僕は初期の頃、彼らにすごくサポートしてもらった。彼らが作品をつくろうってタイミングで声がかかって作品を提供した。僕はグラスゴーで彼らに会って仲良くなってたし、それも僕にとってはすごく自然なことだったよ。

ご自身のレーベル〈Proibito〉のコンセプト、そして、あなたのような若い世代とってヴァイナルで作品を出すことにはどんな意味があるのか知りたいと思います。

AN:僕は自分のレーベル〈Priibito〉の作品はHard Waxからデジタルでリリースしているし、たぶん他のところからもすぐ同じように配信されると思う。〈Mister Saturday Night〉の最初の2枚のシングルもデジタル配信をされる。〈Rubadub〉に関して言えば、デジタル配信はないだろうけど、でもどうせすべてがインターネット上にあるんだ。ヴァイナルは僕にとってはただの媒体だよ。僕は媒体を気にしたり、より好んだりはしていない。1日中YouTubeで音楽を聴いたりするし、それはヴァイナルでもカセットテープでもCDでもほかのものでも同じ。僕はこれに関して少しも「良い子」でいようと思わない。本当に好きでそれが手に入るなら、どんな形であれ買えばいいと思うし、もし買う余裕がないなら僕らにはYouTubeがあるじゃん(笑)。

アルバムについてはもう考えがありますか?

AN:来年中にはフルレングスのLPを2枚つくりたいと思っているけど、どうなることやら。1枚でもリリースできれば、ハッピーだな。やりとげる時間はあると思ってるけど、まずつくってみないといけない。でも結局は量よりも質にこだわるとは思うから、まぁやってみるよ。

一緒に来日するフォルティDLとはふだんから仲良しなんでしょうか?

AN:僕はイージーゴーイングな人間だから、シーンの誰とでも仲良くする。そして、たまに僕のことを嫌いなやつがインターネットに悪口を書いているのを見るとすごくヘコんだりする。USシーンがすごく健全に機能しようとしているときに、過去のNYの保護者みたいなひとたちが若い人たちがやっていることに対して大きな敵意をもつことは残念に思うよ。でもそれも全部僕の糧になると思うし、音楽をつくっていてライヴをしているすべての人たちにとってもそうだと思う。だから、それはそれ。
 フォルティDLに関して言えば、1度サンフランシスコで共演したことがあって、そのときは素晴らしかった。だから今回もそのときのようになるか、それ以上になるって確信しているよ。

LAに越してしまったという話ですが、現在のNYには、あなたのような若いプロデューサーがたくさんいるのでしょうか?

AN:ああ、そりゃあもう、ありがたいことにたくさんいるよ。そしてそれがNYだけのことじゃないと良いと思う。僕はシンプルなセットで音楽をつくっているんだ。200ドルで買った中古のPCにAlbetonのコピー、それにレコードだとかYouTubeから取ってきたサンプルだけ。誰にでもできるし、テクノロジーは誰にでも使えるようにできてる、だからみんながやるべきだ。もし誰かがこれを読んで、読むことをやめて、インターネットから数時間離れて、音楽をつくってみてもらえたらうれしいな。なにが自分につくれるかなんて誰にもわからないよ!

日本では、あなたの「Mad Disrespect」がリリースされたとき、いきなり反響がありました。今回の来日を楽しみにしているファンは多いと思います。

AN:あたりまえのことをする! いい人たちに出会って、いいレコードをかけて、新しいものを食べて、ただ本当に楽しい時間を過ごすだけのことさ。僕が知っている環境とは全然違った日本に行くことを本当に楽しみにしているし、それはいいことだよ。すばらしいに決まってるでしょう!

■ ANTHONY NAPLES、FALTY DL来日情報!

[大阪]
2014.07.18(金曜日)
@CIRCUS
Open : 22:00
Door : Y3500+1d _ Adv : Y3000+1d
Line up : FALTY DL & ANTHONY NAPLES, sou, peperkraft, YASHIRO

[東京]
2014.07.19(土曜日)
@代官山UNIT
Open : 23:00
Door : Y4000+1d _ Adv : Y3500+1d _ beatkart先行(*100枚限定) : Y3000+1d
Line up : FALTY DL & ANTHONY NAPLES, ALTZ, DJ YOGURT, NAOKI SHINOHARA, SEKITOVA, METOME, MADEGG

https://www.beatink.com/Events/FaltyDL/

The Antlers - ele-king

 ゲイの同僚からジ・アントラーズの新譜CDを貸してもらった。
 彼は別の保育施設に転職することになった。職場で一番仲が良かった人間が去るのはやはり寂しい。
 「君は非ヨーロッパ圏から来た非ホワイトな外国人だし、僕はゲイだ。あるグループの英国人父兄には絶対に受け入れられない保育士なんだよ」
 と言った彼とは、おもむろに不快な視線をこちらに向ける保護者(この層は白人だけではない)だの、「You are yellow! Your skin is so yellow!」と4歳のお嬢さんに言われても耐えなければならない純商業的保育施設従業員の辛みだの、といった非常にアンクールな、頑なにはなりたくないけどやっぱマイノリティーだといろいろあるんだよね。みたいなことをランチ休憩に愚痴り合える仲だった。
 だから、そんな同僚がいなくなるのはとてもサッドだ。そんな心情にジ・アントラーズの新譜は妙にフィットした。なんでまた50歳にもなろうというばばあがこんなおセンチなものを聴いてるんだ。という気はするが、今年の夏は気分が下向きである。

 おセンチ・ロックというのは今世紀のUKポップ&ロックの人気ジャンルだ。代表的なバンドはコールドプレイやキーン。メロディアスで感傷的というのは英国には昔からあったジャンルだが、これらのバンドには例えばザ・スミスのような暗さの突き抜けはなかった。
 が、一方でUSのジ・アントラーズの『Hospice』を聴いた時には、お。と思った。『Burst Apart』を聴いた時は、グリズリー・ベアやん。と思った。で、5枚目にあたる『Familiars』では、“Palace”という曲の物寂しいブラス音が妙に沁みて日本の小学校の下校時間を思い出し、こりゃブライトンの浜辺でブルーグレーの空を見上げながらぼんやり聴く曲だな。と思っていると、The AntlersがYoutubeで公開した同曲のイメージ写真に、数年前に燃え落ちたブライトンの埠頭娯楽施設の写真が使われていた。
 なんでまたニューヨークのバンドがブライトンなのか。
 レヴューしてくれと呼ばれたような気がした。

               ********

 SAD、PAIN、BEAUTY。といった言葉がだいたい彼らのレヴューにはよく使われている。ヴォーカルのピーター・シルバーマンの声(楽曲によっては女声にしか聞こえない)が圧倒的に劇的で、儚げに震えたり、ひゃーーーと唐突にビロードのような高音で裏返ったりするので、THEATRICALやMOODYもよく使われる形容詞だ。まあ若いうちならこういうのもいいのだろうが、婆さんの年齢になってくるとアルバムを通じてエモーショナルな世界を展開されると「うへー。」となって普通は途中で止める。だから、「お。」とは思ったもののThe Antlersをまともに聴くことはなかったのだ。
 が、今回の『Familiars』はアルバムを通して何度でも聴ける。JAZZYになったからだろう。「夕暮れブラス」みたいなホーンの音がとても新鮮で、ひたすら床を這いつくばって悲しがっている感じではなく、それに飽きて起き上がり、ベランダから夏の空を見ている感じがある。
 陰気だったり、感傷的だったり、内省的だったりすることをサッドと呼ぶなら、近年のUSはサッド・ソング流行りだ。サン・キル・ムーン、ベック、ラナ・デル・レイ。セイント・ヴィンセントのアニーが「泣きながら歌ったら1テイクで済んだ曲がある」と言っているインタヴューを読んだが、いったいみんな何がそんなに悲しいのか。
 しかしサッド・ソングというものは、泣いている自分を幽体離脱したもうひとりの自分が外側から見ていなければエレガントには聞こえない。そういう意味では、『Familiars』は珍しくエレガントなサッド・ソングズ・アルバムと言えよう。いみじくも本作で一番素晴らしい楽曲のタイトルは“ドッペルゲンガー”という。

僕が鏡の後ろに閉じ込められている時、僕の声は聞こえる?
 僕の静かなる熱狂のせいで吠えてしまう僕の分身の声が?"Doppelgänger"

 US産のジ・アントラーズは、本アルバムでザ・スミスとシガー・ロスの間に位置するエレガントなバンドに成長した。そのエレガンスとは「醒め」や「客観性」という言葉でもいい。が、それは音楽やリリックスを作ることに対するある種の「硬質さ」でもあろう。

               *******

 さて、今月はモリッシーの新作アルバムが控えている。
 いよいよサッド・ソング界のキングの登場である。客観性と主観性のあいだにある境界線を縦横無尽に行き来するあのキングの新譜を期待して、わたしは寝ることにする。

interview with Ike Yard - ele-king

ダーク・アンビエントがもっとも盛んなのは、これといった特定の場所というよりも、おそらく僕たちの脳内だ。「ダークネスに対する大衆の欲望を甘く見るな」という台詞は、2012年のUKで話題になった。

 アイク・ヤードは、今日のゴシック/インダストリアル・リヴァイヴァルにおいて、人気レーベルの〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉あたりを中心に再評価されているベテラン、NYを拠点とするステュワート・アーガブライトのプロジェクトで、彼は他にもヒップホップ・プロジェクトのデスコメット・クルー、ダーク・アンビエント/インダストリアルのブラック・レイン、退廃的なシンセポップのドミナトリックス……などでの活動でも知られている。ちなみにデスコメット・クルーにはアフロ・フューチャリズムの先駆者、故ラメルジーも関わっていた。

 アイク・ヤードの復活はタイミングも良かった。ブリアルとコード9という、コンセプト的にも音響的にも今日のゴシック/インダストリアル・リヴァイヴァルないしはウィッチ・ハウスにもインスピレーションを与えたUKダブステップからの暗黒郷の使者が、『ピッチフォーク』がべた褒めしたお陰だろうか、ジャンルを越えた幅広いシーンで注目を集めた時期と重なった。世代的にも若い頃は(日本でいうサンリオ文庫世代)、J.G.バラードやフィリップ・K・ディック、ウィリアム・S・バロウズらの小説から影響を受けているアイク・ヤードにとって、時代は巡ってきたのである。


Ike Yard
Remixed [ボーナストラック4曲(DLコード)付き]

melting bot / Desire Records

IndustrialMinimalTechnoNoiseExperimental

Amazon iTunes

 先日リリースされた『Remixed』は、この1〜2年で、〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉から12インチとして発表されたリミックス・ヴァージョンを中心に収録したもので、リミキサー陣にはいま旬な人たちばかりがいる──テクノの側からも大々的に再評価されているレジス(Regis)、〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉からはトロピック・オブ・キャンサー、〈トライアングル〉とヤング・エコーを往復するヴェッセル……、インダストリアル・ミニマルのパウェル、〈ヘッスル・オーディオ〉のバンドシェル、フレンチ・ダーク・エレクトロのアルノー・レボティーニ(ブラック・ストロボ)も参加。さらに日本盤では、コールド・ネーム、ジェシー・ルインズ、hanaliなど、日本人プロデューサーのリミックスがダウンロードできるカードが付いている。
 
 7月18日から3日間にわたって新潟県マウンテンパーク津南にて繰り広げられる野外フェスティヴァル「rural 2014」にて来日ライヴを披露するアイク・ヤードが話してくれた。

初めてレイム(Raime)を聴いて好きになったときに〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉に音源を送った。すぐに仲良くなって2010年にロンドンで会ったよ。実はまだいろいろリリースのプランがあって、いま進んでいるところだ。

80年代初頭のポストパンク時代に活動をしていたアイク・ヤードが、2010年『Nord』で復活した理由を教えてください。

ステュワート・アーガブライト:2010年の『Nord』は、2006年の再発『コレクション!1980-82 』からの自然な流れで、またやれるんじゃないかと思って再結成した。アイク・ヤードは2003年と2004年にあったデスコメット・クルーの再発と再結成に続いたカタチだ。
 両方に言えることだけど、再結成してどうなるかはまったくわからなかったし、再結成すること自体がまったく予想していなかった。幸運にもまた連絡を取り合ってこうやって作品を作れているし、やるたびにどんどん良くなっているよ。

『Nord』が出てからというもの、アイク・ヤード的なものへの共感はますます顕在化しています。昨今では、ディストピアをコンセプトにするエレクトロニック・ミュージックはさらに広がって、アイク・ヤードが本格的に再評価されました。

SA:そうだね。アイク・ヤードのサウンドは世代をまたいで広がり続けている。いま聴いてもユニークだし、グループとしての音の相互作用、サンプルなしの完全なライヴもできる。1982年には4つのシンセサイザーからひとつに絞った。再結成したときはコンピュータ、デジタルとアナログ機材を組み合わせた。『Nord』は再結成後の最初の1年をかけて作ったんだけど、ミックスでは日本での旅やヨーロッパで受けたインスピレーションが反映されている。

ブラック・レイン名義の作品も2年ほど前に〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉から再発されました。

SA:初めてレイム(Raime)を聴いて好きになったときに〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉に音源を送った。すぐに仲良くなって2010年にロンドンで会ったよ。実はまだいろいろリリースのプランがあって、いま進んでいるところだ。

今回の『Remixed』は、〈Desire Records〉と〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉との共同リリースになっていますが、このアイデアも〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉からだったのでしょうか?

SA:レジス(Regis)のエディットが入っている最初のEP「Regis / Monoton Versions 」は〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉との共同リリースで、その後は〈Desire Records〉からだ。
 レジスとの作業は完璧でお互い上手く意見を出し合えた。スタジオを一晩借りて、そこにカール(・レジス)が来て、ずっと遊んでいるような感じだった。3枚のEPにあるリミックス・ヴァージョンを1枚にするのは、とても意味があったと思う。他のリミックスも良かった。新しい発見がたくさんあった。レジスが"Loss"をリマスターしたときは、新しいリミックスかと思うくらい、まったく違った響きがあったよ。
 2012年のブラック・レインでの初めてのヨーロッパ・ツアーは、スイスのルツェルンでレイム、ベルリンでダルハウス、ロンドンでの〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉のショーケースはレイム、レジス、プルーリエントのドム、ラッセル・ハスウェル、トーマス・コナー、ブラック・レインと勢揃いの最高のナイトだった。

ちなみに、2006年には、あなたは〈ソウル・ジャズ〉の『New York Noise Vol.3』の編集を担当していますよね。

SA:〈ソウル・ジャズ〉は素晴らしいレーベルだ。ニューヨーカーとしてあの仕事はとても意味があった。まずは欲しいトラックのリストを上げて、何曲かは難しかったから他を探したり、もっと面白くなうように工夫した。ボリス・ポリスバンドを探していたら、ブラック・レインのオリジナル・メンバーがいたホールの向かいに住んでいたことがわかったが、そのときはすでに亡くなっていた。あのコンピの選曲は、当時の幅広いニューヨーク・サウンドをリスナーに提示している。

UKのダブステップのDJ/プロデューサーのコード9は、かつて、「アイク・ヤードこそ最初のダブステップ・バンドだ」と言ってましたが、ご存じでしたか?

SA:もちろん。コード9はニューヨークの東南にある小さなクラブに彼のショーを見に行ったときにコンタクトをとった。そのときにいろいろやりとりしたんだが、彼の発言は、どこかで「アイク・ヤードは20年前にダブステップをやっていた」から「アイク・ヤードは最初のダブステップ・バンド」に変わっていた。『Öst』のEPの引用はそうなっている。自分としては、当時の4人のグループがダブステップ的なライヴをできたんじゃないかってことで彼の言葉を解釈してる。

コード9やブリアルを聴いた感想を教えてください。

SA:ふたつとも好きだ。とくにコード9 & スペース・エイプの最初のリリースが気に入っている。最初のブリアルに関しては、聴き逃すは難しいんじゃないかな。ものすごくバズっていたからね。

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レジスはタフだ。彼はまた上昇している。ニーチェが呼ぶ「超人」のように働いている。自分は、テクノと密接な関係にある。やっている音楽はミニマル・ミュージックでもある。

ダブステップ以降のアンダーグラウンドの動きと、あなたはどのようにして接触を持ったのですか?

SA:アイク・ヤードのリミックスが出たときに、シーンからフレッシュなサウンドとして受け取ってもらえたことが大きい。あと、ここ数年のインダストリアル・テクノ・リヴァイヴァルと偶然にも繋がった。僕たちのほかとは違った音、リズム、ビートが面白かったんだろう。

ヴェッセルも作品を出している〈トライアングル〉、ないしは〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉など、新世代のどんなところにあなたは共感を覚えますか?

SA:新しいリリースはチェックしている。いま誰が面白いのかもね。彼らは知っているし、彼らのやっていることをリスペクトしてる。エヴィアン・クライストを出している〈トライアングル〉のロビンから連絡が来て、レッドブル・アカデミーのスタジオでエヴィアンと1日中セッションしたこともある。
 〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉はブラック・レインの『Dark Pool』のリリース後にとても仲良くなった。パウェルはブラック・レインの最初のライヴで一緒になって友だちになった。トーマス・コナーとファクションもいた。〈RVNG Intl.〉のマットのリリース『FRKWYS』の第5弾にもコラボレーションで参加したよ。

『Remixed』のリミキサーの選定はあなたがやったのですか? 

SA:だいたいの部分は僕がやったね。リミックスのアイデアは〈Desire Records〉と企画して、好きなアーティストを並べて決めた。

リミキサーのメンツは、みな顔見知りなのですか?

SA:ほとんど会ったことがある。ない人はEメールでやりとりしている。日本のリミキサー陣はまだ話したことはない。あとイントラ・ムロスとレボティ二。ブラック・ストロボはとても好きだ。2003年のDJヘルの再発で、ドミナトリックス(Dominatrix)の「The Dominatrix Sleeps Tonight」では本当に良いリミックスをしてくれた。

レジスやパウェル、アルノー・レボティーニ(ブラック・ストロボ)のような……、クラブ・カルチャーから来ている音楽のどんなところが好きですか?

SA:時間があるときはできるだけ多くのアーティストを聴くようにしている。クラブの世界は、いま起きている新しいことがアーティストやDJのあいだで回転しているんだ。実際、同じように聴こえるものばかりだし、面白いと思えるモノはたいしてないんだが……。そう考えると、次々と押し寄せる流行の波のなかで生き抜いているレジスはタフだ。彼はまた上昇している。ニーチェが呼ぶ「超人」のように働いている。
 僕は、テクノと密接な関係にある。やっている音楽はミニマル・ミュージックでもある。他のアーティストを見つけるのも、コラボレーションするのも楽しい。新曲でヴォーカルを何曲か録って、アイク・ヤードのマイケルと僕とでザ・セイタン・クリエーチャーと“Sparkle"を共作した。そのときのサミュエル・ケリッジのリミックスはキラーだよ。〈Styles Upon Styles〉からリリースされている。音楽もビートもすごいと思ったから、JBLAのEPもリリースした。自分まわりの友だちと2012年にブリュッセルでジャムして作ったやつで(〈Desire Records〉から現在リリース)、〈L.I.E.S.〉のボス、ロン・モアリとスヴェンガリーゴーストとベーカーのリミックスもある! 最後に収録されているオルファン・スウォーズとのコラボでは、彼らが曲を作って僕が詞を書いた。クラブ・ミュージックと完全に呼べるものは、来年には発表できると思うよ。

とくに印象に残っているギグについて教えてください。

SA:6月にグローバル・ビーツ・フェスティヴァルで見たDrakha Brakha (ウクライナ語で「押す引く」)は良すぎるくらい良かった。キエフのアーティストで、エスノなヴォーカルやヴァイブレーション、オーガニックなサウンド、チェロ、パーカッションが入っている。彼らは自分たちの音楽を「エスノ・カオス」と呼んでいた。
 毎年夏に都市型のフリー・フェスティヴァルがあるが、自分にとってはとても良い経験だ。いつでも発見がある。レジス、ファクトリー・フロア、ヴェッセル、スヴェンガリーゴースト、シャドーラスト、ピート・スワンソン、ヴェロニカ・ヴァシカ……なんかとのクラブ・ナイトを僕もやりたい。

ダーク・アンビエント、インダストリアル・サウンドがもっとも盛り上がっている都市はどこでしょう?

SA:ダーク・アンビエントは、これまでにも多くの秀作がある。アイク・ヤードの4人目のメンバーでもあるフレッド(アイク・ヤードのリミックスEP第2弾でもレコンビナントとして参加)の曲は素晴らしく、『Strom Of Drone』というコンピレーションに収録されいたと思う。
 ドリフトしているドローンが好きだ。たとえば、アトム・ハートの、『Cool Memories』に収録されている曲、トーマス・コナーの『Gobi』と『Nunatak』、プルーリエント、シェイプド・ノイズ、クセナキス、大田高充の作品には深い味わいがある。
 ウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』に触発されたブラック・レインの『Night City Tokyo』(1994)は、自分たちがイメージする浮遊した世界観をより正確に鮮明に描いていると思う。つまり、ダーク・アンビエントがもっとも盛んなのは、これといった特定の場所というよりも、おそらく僕たちの脳内だ。「ダークネスに対する大衆の欲望を甘く見るな」という台詞は、2012年のUKで話題になった。

東欧には行かれましたか? 

SA:おそらく東ヨーロッパは次のアルバムのタイミングで回るだろう。母親がウクライナのカルパティア人なんだ。コサックがあったところだ。で、僕の父親はドイツ人。母親方が石炭採鉱のファミリーで、ウェスト・ヴァージニアにいて、沿岸部に移り住んでいった。ウクライナ、キエフ、プラハ、ブタペスト、イスタンブールは是非行ってみたい。

日本流通盤には、コールド・ネーム、ジェシー・ルインズ、hanaliなど、日本人プロデューサーのリミックスがダウンロードできます。とくにあなたが気に入ったのは誰のリミックスですか?

SA:コールド・ネームしかまだ聴けてないけど、とても気にっている。

こう何10年もあなたがディストピア・コンセプトにこだわっている理由はなんでしょう?

SA:「ダーク」と考えらている事象を掘り下げるなら、あの頃はストリートが「ダーク」だったかもしれない。1978年のニューヨークは人種問題で荒れていた。その影響もあってダークだったと言えるけど、実際はそんなにダークではなかった。
 1981年にアイク・ヤードのメンバーに「もし電源が落ちて真っ暗になっても、僕たちはそこでも演奏し続ける方法を見つけよう」と伝えた。そのとき得た回答は、自分がロマンティックになることだった。
 自分たちには陰陽がある。暗闇の光を常に持っている。もっともダークだったストリートにおけるそのセンスは、やがて世渡り上手でいるための有効な手段となった。僕は、近未来のディストピアのなかで前向きに生きることを夢見ていなたわけではなかった。シド・ミードは、未来とは、1984年までの『時計仕掛けのオレンジ』、『ブレードランナー』、『エイリアン』、『ターミネーター』と同じように、世界をエンタテイメント化していると認識していた。
 ジョージ・ブッシュの政権に突入したとき、どのように彼がイラク戦争をはじめるか、その口実にアメリカの関心は高まった。彼の親父はサダム・フセインからの脅しを受けていた。が、当時のディストピアは、時代に反応したものではなかった。ヒストリー・チャンネルは『ザ・ダーク・エイジ』や『バーバリアンズ』といったシリーズをはじめたが、母親のウクライナと父親のドイツの血が入っている僕にとって、自分たちがバーバリアンであると信じていた。バーバリアンから来ているオリジナルのゴスに関して言えば、僕にドイツ人の血が流れているか定かではないけど、ドイツにいるときその何かを感じたことはある。自然環境、場所、そしてミステリーの狭間でね。
 2005年から2009年にかけてのディストピアについても言おう。ブラック・レインのベーシストのボーンズと再結成前のスワンズのノーマン・ウェストバーグは、ペイガニズム、アミニズム、ブーディカといったイングランド教、ドルイド教、その他クリスチャンにさせようとするすべての勢力に反した歌詞を根幹とした。新しい「ローマ」がどこで、それが誰であるかを見つけなければならない。そしてそれがいつ崩壊するのかも。

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1981年にアイク・ヤードのメンバーに「もしも電源が落ちて真っ暗になっても、僕たちはそこでも演奏し続ける方法を見つけよう」と伝えた。そのとき得た回答は、自分がロマンティックになることだった。

80年代初頭、あなたはニューヨークとベルリンを往復しましたが、あれから30年後の現在、ニューヨークとベルリンはどのように変わったのでしょうか?

SA:83年の春にベルリンに来たとき、デヴィッド・ボウイとブライアン・イーノによる『ロウ』や『ヒーローズ』の匂いが漂っていた。その2枚は自分にとってとてつもない大きな作品だったから、ワクワクしていたものさ。
 アイク・ヤードのその当時の友だちはマラリア!で、彼女たちは78年に自分が組んだザ・フュータンツのメンバー、マーティン・フィッシャーの友だちでもあった。マラリア!とは、リエゾン・ダンジェルーズ (ベアテ・バルテルはマラリア!の古き友人)と一緒に79年にニューヨークに来たときに出会ったんだ。
 クロイツベルクではリエゾン・ダンジェルーズのクリスロ・ハースのスタジオで何週間か泊まったこともあったよ。まだ彼が使っていたオーバーハイムのシンセサイザーは自分のラックに残っている。
 当時のベルリンは、ブリクサとアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンが全盛期でね。初めて行ったときは幸運にも友だちがいろいろ案内してくれた。マラリア!のスーザン・クーンケがドレスデン・ストリートにあるスタジオで泊まらせてくれたり、ある日みんなで泳ぎに出かけようてなったときにイギー・ポップの彼女、エスターがすぐ上に住んでいることがわかったり……。78年から89年のナイト・クラビングは日記として出したいくらい良いストーリーがたくさんある。 そのときの古き良き西ベルリンは好きだった。いまのベルリンも好きだけどね。 83年以来、何回かニューヨークとベルリンを行き来してる。アイク・ヤードは8月25日にベルリンのコントートでライヴの予定があるよ。
 ニューヨークももちろん変わった。人生において80年代初期の「超」と言える文化的な爆発の一端は、いまでも人種問題に大きな跡を残してる。いまでも面白いやつらが来たり出たりしてるし、これまでもそうだった。女性はとくにすごい……まあ、これもいつだってそうか。音楽もどんどん目まぐるしく展開されて前に進む。
 〈L.I.E.S.〉をやっているロン・モアリは、近所のレコード屋によくいた。リチャード・ヘルとは向かいの14番地の道ばたで偶然会ったりする。
 しかし、ときが経つと、近所に誰がいるとか、状況がわからなくなってくるものだ。友だちも引っ越したり、家族を持ったりする。僕はイースト・ヴィレッジの北部にあるナイスなアパートに住んでいる。隔離されていて、とても静かだから仕事がしやすい。2012年のツアーではヨーロッパの20都市くらい回って、そのときはいろんな場所に住んだり、仕事もしてるが、ニューヨークがずっと僕の拠点だ。

最近のあなたにインスピレーションを与えた小説、映画などがあったら教えてください。

SA:以前も話したけど、僕のルーツは、J.G.バラード、P.K.ディック、ウィリアム・ギブソンだ。ワシントンDC郊外の高校に在籍していた多感な少年時代には、ウィリアム・バロウズの影響も大きかった。あとスタンリー・キューブリックだな。ドミナトリックスをやっていた頃の話だけど、1984年にワーナーにで会ったルビー・メリヤに「ソルジャー役で映画に出てみないか」と誘われたことがあった。フューチャリスティックな映画だったら良かったが、現代の戦争映画で自分が役を演じているという姿が想像つかなかった。が、しかし、その後、彼女は『フルメタル・ジャケット』のキャスティングをしていたってことがわかった(笑)。
 日本の映画では怪談モノが好きだし、黒澤明、今村昌平、若松孝二、鉄男、石井岳龍、森本晃司、大友克洋、アキラ、ネオ・トーキョー、川尻善昭『走る男』……なんかも好きだ。いまはK.W.ジーターとパオロ・バチガルピが気に入っている。
 ブラック・レインのアルバムでは、ふたつのサイエンス・フィクションが元になっていて、K.W.ジーター(P.K.ディックの弟子で、スター・トレックも含む多くの続編小説を生んだ作家)の『ブレード・ランナー2 :エッジ・オブ・ヒューマン』(1996)の小説。もうひとつはパオロ・バチガルピの『ザ・ウィンド・アップ・ガール』(2010)からのエミコの世界に出て来る新人類。
 いまちょうど著者のエヴァン・カルダー・ウィリアムスと、「今」を多次元のリアリティと様々な渦巻く陰謀を論じる新しい本と音楽のプロジェクトを書いている。
 もうひとつの本も進行中で、2000年頃から10年以上かけてロンドンのカルチャー・サイト、ディセンサスを取り入れてる。このスタイルの情報に基づいた書き方は、イニス・モード(意味を探さしたり、断定しないで大まかにスキャニングする)とジョン・ブラナー(『Stand On Zanzibar』、『Shockwave Rider』、『The Sheep Look Up』)に呼ばれている。ブラナーの『Stand On...』は、とくにウィリアム・ギブソンに影響を与えているようにも見えるね。

アイク・ヤードないしはあなた自身の今後の活動について話してください。

SA:早くアイク・ヤードの新しいEPを終わらせたい。新しい4曲はいまの自分たちを表している。そしてアルバムを終わらせること。『Nord』以降はメンバーが離ればなれで、みんな忙しいからなかなか進まなかった。
 次のアルバムは『Rejoy』と呼んでいる。日本の広告、日本語、英語を混ぜ合わせた言語で、アイク・ヤードにとっての新境地だ。ある楽曲では過去に作った歌詞も使われている。ケニーや僕のヴォーカルだけではなく、いろんなヴォーカルとも作業してる。アイク・ヤードのモードを変えてくれるかもしれない。
 また、新しいアルバムでは、ふたりの女性ヴォーカルがいる。日本のライヴの後、3人目ともレコーディングをする。そのなかのひとりは、エリカ・ベレという92年のブードゥー・プロジェクトで一緒になった人だ(日本ではヴィデオ・ドラッグ・シリーズの一部『ヴィデオ・ブードゥー』として知られている)。エリカは、昔はマドンナとも共演しているし、元々はダンサーだった。最初のリハーサルはマイケル・ギラ (スワンズ)と一緒でビックリしたね。
 新しいアルバムができた後は(EPは上手くいけば今年の終わりに〈Desire Records〉から、アルバムは来年以降)、「Night After Night」の再発にリミックスを付けて出そうかと思っている。ライヴ・アルバムもやりたい。
 あとは初期のブラック・レイン、ドミナトリックス、デスコメット・クルーのリリースも考えたい。サウンドトラックのコンピレーションも出るかもしれない。新しいテクノロジーを使いながら、新しいバンドも次のイヴェント、ホリゾンでやろうかとも思ってる。いまは何よりも日本でのライヴが楽しみだ。


※野外フェスティヴァル「rural 2014」にてアイク・ヤード、待望の初来日ライヴ! (レジスも同時出演!)

■rural 2014

7月19日(土)午前10時開場/正午開演
7月21日(月・祝日)正午終演/午後3時閉場 [2泊3日]
※7月18日(金)午後9時開場/午後10時開演 から前夜祭開催(入場料 2,000円 別途必要)

【会場】
マウンテンパーク津南(住所:新潟県津南町上郷上田甲1745-1)
https://www.manpaku.com/page_tour/index.html

【料金】
前売 3日通し券 12,000円
*販売期間:2014年5月16日(金)〜7月18日(金)
*オンライン販売:clubberia / Resident Advisor / disk union 及び rural website ( https://www.rural-jp.com/tickets/
*店頭販売:disk union(渋谷/新宿/下北沢/町田/吉祥寺/柏/千葉)/ テクニーク
*規定枚数に達しましたら当日券(15,000円)の販売はございません。

駐車料金(1台)2,000円
*当日エントランスでお支払いただきます。

テント料金(1張)2,000円
*当日エントランスでお支払いただきます。タープにもテント代金が必要になります。

前夜祭入場料(1人)2,000円
*当日エントランスでお支払いただきます。前夜祭だけのご参加はできません。



【出演】
〈OPEN AIR STAGE〉
Abdulla Rashim(Prologue/Northern Electronics/ARR) [LIVE]
AOKI takamasa(Raster-Noton/op.disc) [LIVE]
Benjamin Fehr(catenaccio records) [DJ]
Black Rain(ブラッケスト・エヴァー・ブラック) [LIVE]
Claudio PRC(Prologue) [DJ]
DJ NOBU(Future Terror/Bitta) [DJ]
DJ Skirt(Horizontal Ground/Semantica) [DJ]
Gonno(WC/Merkur/International Feel) [DJ]
Hubble(Sleep is commercial/Archipel) [LIVE]
Ike Yard(Desire) [LIVE]
Plaster(Stroboscopic Artefacts/Touchin'Bass/Kvitnu) [LIVE&DJ]
Positive Centre (Our Circula Sound) [LIVE]
REGIS(Downwards/Jealous God) [LIVE]
Samuel Kerridge(Downwards/Horizontal Ground) [LIVE]
Shawn O'Sullivan(Avian/L.I.E.S/The Corner) [DJ]

〈INDOOR STAGE〉
Abdulla Rashim(Prologue/Northern Electronics/ARR) [DJ]
AIDA(Copernicus/Factory) [DJ]
Ametsub [DJ]
asyl cahier(LSI Dream/FOULE) [DJ]
BOB ROGUE(Wiggle Room/Real Grooves) [LIVE]
BRUNA(VETA/A1S) [DJ]
Chris SSG(mnml ssg) [DJ]
circus(FANG/torus) [DJ]
David Dicembre(RA Japan) [DJ]
DJ YAZI(Black Terror/Twin Peaks) [DJ]
ENA(7even/Samurai Horo) [DJ]
GATE(from Nagoya) [LIVE]
Haruka(Future Terror/Twin Peaks) [DJ]
Kakiuchi(invisible/tanze) [DJ]
KOBA(form.) [DJ]
KO UMEHARA(-kikyu-) [DJ]
Matsusaka Daisuke(off-Tone) [DJ]
Naoki(addictedloop/from Niigata) [DJ]
NEHAN(FANG) [DJ]
'NOV' [DJ]
OCCA(SYNC/from Sapporo) [DJ]
OZMZO aka Sammy [DJ]
Qmico(olso/FOULE) [DJ]
raudica [LIVE]
sali (Nocturne/FOULE) [DJ]
SECO aka hiro3254(addictedloop) [DJ]
shimano(manosu) [DJ]
TAKAHASHI(VETA) [DJ]
Tasoko(from Okinawa) [DJ]
Tatsuoki(Broad/FBWC) [DJ]
TEANT(m.o.p.h delight/illU PHOTO) [DJ]
Wata Igarashi(DRONE) [Live&DJ Hybrid set]

< PRE PARTY >
Hubble (Sleep is commercial/Archipel) [DJ]
Benjamin Fehr (catenaccio records) [DJ]
kohei (tresur) [DJ]
KO-JAX [DJ]
NAO (addictedloop) [DJ]
YOSHIKI (op.disc/HiBRiDa) [DJ]

〈ruralとは…?〉
2009年にはじまった「rural」は、アーティストを選び抜く審美眼と自由な雰囲気作りによって、コアな音楽好きの間で徐々に認知度を上げ、2011年&2012年には「クラベリア」にて2年連続でフェスTOP20にランクイン。これまでにBasic Channel / Rhythm & Sound の Mark Ernestusをはじめ、DJ Pete aka Substance、Cio D'Or、Hubble、Milton Bradley、Brando Lupi、NESS、RØDHÅD、Claudio PRC、Cezar、Dino Sabatini、Sleeparchive、TR-101、Vladislav Delayなどテクノ、ミニマル、ダブ界のアンダーグラウンドなアーティストを来日させ、毎年来場者から賞賛を集めている野外パーティです。小規模・少人数でイベントを開催させることで、そのアンダーグラウンド・ポリシーを守り続けています。
https://www.rural-jp.com

Kroutrock - ele-king

 眠たい目をこすりながら、いまTVの前で起きていることは幻覚じゃないかとブラジルVSドイツ戦を見ていた方も多いかと思われますが、ドイツって、憎ったらしいほど強いですね。
 さて、これはサッカーとはまったく関係の話です(日本時間の14日の朝が決勝なんですけどね……)。好評発売中の『クラウトロック大全』ですが、7月15日(火曜日)、DOMMUNEにて番組が決まりました。当日は、小柳カヲル氏が、貴重盤やレア音源をかけてくれるかも!? ぜひ、実写版クラウトロックにチューンインしてください。

7月15日(火曜日) 19:00~21:00
ele-kingTV ♯27 / 実写版「クラウトロック大全」
出演:小柳カヲル、赤石順子、野田努

ポスト・ドリーム・ポップの時代 - ele-king

「LAビート・シーンの鬼っ子」──フライング・ロータスに見初められ、年若くして〈ロウ・エンド・セオリー〉のレギュラー・パフォーマーとなり、間髪を入れず名門〈アンチコン〉からデビュー・アルバム『セルリアン』を発表したビート・メイカー、バス。アンファン・テリブルを地で行く彼はしかし、デビュー作から5年ほどの時間を経て、そのほとばしるエネルギーとエモーションのままに当初のアーティスト・モデルを大きく更新した。いまのバスは、ビートメイカーと呼ぶにはあまりに逸脱的な要素をあふれさせた存在だ。そしてセカンド・アルバム『オブシディアン』(2013年)制作期間中に重く患った経験は、バスの音をセルリアンから漆黒へと変え、わがままに愛くるしく錯綜しながら天を駆け回っていたビートメイキングを地の底へと叩き落とした。
しかしプロデューサーとしての充実はとどまることがない。落ち着くことなくより多くを求め、より切実に歌われる楽曲の数々に、バスのセカンド・ステージ──黒の時代のはじまりを垣間見たのが『オブシディアン』。そしてこのたびリリースされる『オーシャン・デス』は、その続編にして補遺、完結編ともなるであろうEPだ。本作発売に際して、ここまでのバスの歩みをディスク・レヴューで振り返ってみよう。

Cerulean
Anticon / Tugboat (2010)

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野田努

 バス、つまり「風呂」ことウィル・ウィーセンフェルドは、このアルバムのリリース当時、初来日を果たしてDOMMUNEにも出演した。ピザかなにかのコメディ映画の番組が終わったあとの30分のライヴで、かなりバタバタのセット転換のあとだったが、彼は動揺することなく、サンプラーの前に立つと自分の世界に入り込んだ。そして、音にあわせて、操作のひとつひとつに激しく身体を上下させた。それはじつにエモいライヴ・パフォーマンスで、この男は風呂場の鏡の前でライヴの練習をしていたに違いないと思うほど、動きがいちいち決まっていた。目も耳も惹きつけられ、わずか数分で、会場は彼のものとなった。
 当時、バスの音は、フライング・ロータスとトロ・イ・モワとの溝を埋めるものだと評されていたが、いまあらためて聴くとそのどちらにも近くないことがわかる。手法的には英国のゴールド・パンダに似ているが、バスの音楽はメロディアスで、キャッチーで、歌があり、つまりポップスとして成立しているのだ。

Pop Music / False B-Sides
Tugboat (2011)

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橋元優歩

 2010年のデビュー作『セルリアン』リリース後の音源を中心としたコンピレーション。2011年をツアーにあてて活動していたウィルが、ライヴへ足を運んでくれたファンのためのエクスクルーシヴな音源集として構想し、そもそもは配信でのみリリースされていた作品である。
 その名のとおりBサイドらしいラフな描線の上には、怜悧なセルリアンではなく、暖色系の何色かが柔らかく浮かび上がっている。思春期らしい攻撃性を持ったあの天衣無縫のビートメイクは、ここでは気まぐれに、愛らしく、遊びつかれて眠るように、カジュアルな隙を生み出している。かつてとは体制が異なっているものの、〈アンチコン〉が狭義のヒップホップではなく、エモやうたものとの縁を深く持った、じつにUSインディ的な良質レーベルだということを思い出させる。
 構築性における隙とともに、アコースティックな音づかいやラフなプロダクションもバスならではのビート・コンプレックスに空間的な広がりを与えていると言えるだろう。「フォールス」のニュアンスがしかとはつかめないが、それはBサイドの逆説として結像するものかもしれない。「B」という名の本物──ウィル自身も愛さずにはいられない、バスの偽りなきもう片面に光を当ててみせるコンピレーションである。

Obsidian
Anticon / Tugboat (2013)

Amazon Tower HMV iTunes

竹内正太郎

 暗い日曜日に、礼拝堂でウィッチハウスを聴きながらルイ=フェルディナン・セリーヌを読むようなもの、とでも言えばいいのだろうか。暗いといえば暗い。が、本人はそれを望んでさえいるのだろう。『夜の果てへの旅』よろしく、「生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ」を探し求めるセカイの遭難者、というわけだ。そう、前作『セルリアン』は、LAビート・シーンとの照応を見せつけた広義のチルウェイヴと呼ぶべき何かだったが、この『オブシディアン』からはヒップホップ臭さやチルウェイヴ的なある種の軽さは後退し、あのホーリーなコーラスはストリングスやピアノなどのエレガントな調べの中で生まれ変わっている。ザ・ポスタル・サーヴィスのロングセラー、『ギヴ・アップ』にウィッチハウスのシャワーを浴びせてインダストリアルな加工を施したような何か、と言ってもいいかもしれない。LAビート・シーンの先達がこの期待株に望んだ方向性ではなかったかもしれないが、“アイアンワークス”や“インコンパーチブル”といった曲に耳を傾ければ、メインのビートの他に微細な凝ったビート(本人いわく「石を投げたり、それが欠けたりする音」)が脈打っているのがわかるだろう。グリッチも随所で利いている。他方、“マイアズマ・スカイ”はいつかのホット・チップを思わせるダンス・ナンバー、“ノー・アイズ”はパッション・ピットを思わせるシンセ・ポップに仕上がっており、すでにローカルなシーン語りの一部にしてしまっては窮屈な領域に向かっているのでは。

Pixies - Indie Cindy

Baths - Ocean Death EP
Anticon / Tugboat (2014)

木津 毅

セカンド・フル『オブシディアン』収録の“アース・デス”に対応しているであろうタイトルを持った5曲入りEP。「きみの身体を僕の墓場に埋めて(“オーシャン・デス”)」……アルバムから変わらず、死のイメージが抜き差しならないリレーションシップへの欲求と重なっている。 …つづきを読む


Baths - ele-king

 表題曲の“オーシャン・デス”、「海の死」はミニマル・テクノ……いやハウスだ。ダークな低音、キックのストイックな反復にじょじょに重なっていく女性ヴォーカルはエレガントでセクシー。ゾクゾクするほどスリリングなダンス・トラックでこのEPは幕を開ける。が、耳がどうしても追ってしまうのはその奥で聞こえるノイズというには何やらクリーンで微細な音の粒子、そのざわめきである。バスがよく使用する雨音のサンプリングもあるだろうか、さわさわ、プチプチ、チャプチャプ……というような。そして、2分半過ぎにやってくる波の音。ここでジャケットをじっくり眺めたい。どこか終末もののSF映画を思わせるような不可侵な佇まいの「世界」がそこにはあり、そしてそれはバスのインナーワールドそのものである。IDMをハウス化したフォー・テット『ゼア・イズ・ラヴ・イン・ユー』(2010年)がある流れを決定づけたことをいま改めて思う。その先で鳴っている“オーシャン・デス”はたしかにフロア受けするだろうビート・ミュージックでありながら、そこでひそかに息をしている小さく繊細な音たちを見つけることこそがバスを聴くことなのだと思う。

 『オブシディアン』収録の“アース・デス”に対応しているであろうタイトルを持った5曲入りEP。その“アース・デス”、「地球の死」にはあった地面に身体を叩きつけるような烈しさと比べてみると明らかだが、全体としてより洗練されたムーディなメランコリアが聴ける。アンニュイなピアノ・バラッドにリニアなリズムが入ってくる2曲め“フェイド・ホワイト”のオーガニックな質感の演奏にはもはや「LAビート・シーンの」という枕がよけいなものに思えてくる。『セルリアン』を思わせる聖性を帯びたハーモニーに溢れたアンビエント・ポップ“ヴォイヤー”、もっとも素朴な歌が込められた残響音が重なり合うようなシンセ・ポップ“オレター”、それらは表題曲に比べれば控えめだが先の2枚で試みたことからの断絶はなく、しっかりと磨き上げられている。

 「きみの身体を僕の墓場に埋めて(“オーシャン・デス”)」……相変わらず、死のイメージが抜き差しならないリレーションシップへの欲求と重なっていることも見逃せない。「太陽が消滅したところできみを待っている」だなんていちいちモチーフが大仰だし(セカイ系……と言うべきなのか)、「僕はべつにきみを愛してはいない、愛してはいない」と繰り返さねばならない切実さが胸を刺す。バスの作る音には内向的な青年の内側でざわめくエモーションが流れ出ていて、それが烈しく噴出したのが『オブシディアン』だったとすれば、この『オーシャン・デス』ではその狂おしさのなかを心地よく浮かぶようだ。そしてそうした思春期的なモチーフ、ナイーヴでフラジャイルな愛の歌というのは、バスが関わっているようなヒップホップやIDM周辺のビート・ミュージックではかつては立ち現れにくいものだったように思うが、たとえばライアン・ヘムズワースやノサッジ・シングなどを並べてみると共通のムードがぼんやりと浮かんでくる。きわめてパーソナルなバスの表現における現代性はそこだろう。

 ラストのバラッド“ヨーン”はそうした意味でも、サウンド面でも、非常にバスらしさが自然に湧き出た美しい佳曲だ。柔らかなタッチのピアノ、カリカリ、ガリガリと左右に動くプログラミング、降り注ぐコーラスと、その狭間を転がるような小さな音の粒、そして愛の意味を問うナイーヴで正直な歌声。だがその最後で描かれるのはバスのセカイではない。か弱そうな青年がそこで、その外側の世界を静かに見ていることが何やら予感めいていて、ドキリとさせられるのだ――「まるで永遠に移り行く樫の木のように、世界はあくびをして 前に進んでいく」。

Morrissey - ele-king

 ザ・スミスはポップ・バンドである。モリッシーはポップ・ソングライターで、ときにはアイドルだった。曲の主題はセックスから社会に虐げられている人たちのメロドラマ、洞察力のある風刺までといろいろだが、モリッシーはサッチャリズムに対して、過剰ともいえる敵意をむき出しにしたことで知られている。ルサンチマンをぶちまける暴君ではなかったが、80年代半ばの彼はイギリスを救える道はサッチャー暗殺とまで言ってのけている。保守党を狙ったIRAの爆弾事件についても「ターゲットは間違っていないが、サッチャーが生きていることは悲しい」とコメントして、いくらなんでもそれは言い過ぎだろうとヒンシュクを買ったこともある。

 新作のリリースを間近に控えているモリッシーだが、ふたつの意味において、格好のタイミングで彼の90年代初頭の旧作が2枚、リマスターで&未発表ライヴ映像もしくは未発表ライヴ音源付きでリイシューされた。1992年の『ユア・アーセナル』(ライヴDVD付き)、翌年1993年の『ヴォックスオール・アンド・アイ』(ライヴ音源付き)──2枚ともザ・スミスの栄光から切り離された、ソロ・アーティストとしてのモリッシーを確立した作品だ。前者は、彼の音楽的ルーツであるグラム・ロック愛が滲み出ていることで知られている。
 もちろん、モリッシーのスタンスが大きく変わっているわけではない。ソロ・アーティストとしてのモリッシーは、1988年の『ヴィヴァ・ヘイト(憎しみ万歳)』という、なんとも的確な題名のアルバムでデビューしている。ザ・スミスの『クイーン・イズ・デッド』のタイトル名の候補には、のちの『ヴィヴァ・ヘイト』の最後に収録された“マーガレット・オン・ア・ギロチン”があったというけれど、モリッシーが作品においてあからさまなサッチャー批判や政治的な復讐心を露わにするのはザ・スミス時代よりもソロに入ってからだろう。

 1992年といえば、ゾンビーやM.I.A.がレイヴ黄金時代と懐かしむ年ではあるが、政治の表舞台ではサッチャーが退陣を表明し、さすがに労働党が巻き返すのではないかと言われながら、投票率77%の選挙戦で保守党が勝った年だった。『ユア・アーセナル』に収録されている“ナショナル・フロント・ディスコ”は当時のイギリスの右傾化を描いていた曲だが、いまの日本で聴いても突き刺さるだろう。「“イギリスはイギリス人のもの”って、デイビー、風が吹いて、僕の夢をすべて吹き飛ばしてしまった」

 とにかく、20年以上昔のこの音楽は、少しも古びていない。期せずして蘇った、いや、彼の音楽が似合う世のなかになってしまったというか……、『ヴォックスオール・アンド・アイ』というタイトルの由来は、ブレイディみかこさんのレヴューを参照するとして、グレアム・グリーンの小説『ブライトン・ロック』の登場人物たちが歌われるアルバムのはじまり、名曲“ナウ・マイ・ハート・イズ・フル”のなかでモリッシーが歌う「控え目に表されるところの憂鬱」は、いま、あらたな解釈を求めているかのようだ──「やっかいごとが待ち受けている/家は立て直さなければならなくなり/愛する家の住人は間もなく精神分析医の前に横たわる」

 ある種のユーモアも含まれているのだろう。モリッシーの政治的表現は、たとえ感傷的であっても、曲調はメロディアスで、ポップで、グラマラスで、言葉はウィットに富んでいるので窮屈な気持ちになることはない。が、たとえば、“ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ”──「信頼の絆が悪用されてしまった/何か大切なものが失われてしまうかもしれない/仕事なんかやめてしまえ/すぐになくなってしまう金なんか使ってしまえ/友だちをたよりにするんだ」、“ ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ”──「いちばん正気に思える日こそ狂っている/どうして自分の目でたしかめようとしないんだ」などなど、いまでも聴き捨てならないキラーなフレーズがいくつもある。ブリットポップ前夜のアルバムとは思えないほど浮かれた様子はなく、日本版サッチャーが政権を握り、「社会なんてない、あなた個人のことだけを考えればいい」が常識となっている国で聴いて違和感がないのも当然と言えるが、同時にこれは世のなかにどこまでも疲れた人間にも信じる気持ちを取り戻してくれる音楽でもある。

The Swifter & David Maranha - ele-king

 ザ・スイフターは、ドラム・パーカッションのアンドレア・ベルフィ、ピアノのサイモン・ジェイムス・フィリップス、エレクトロニクスのBJ・ニルセンらによるトリオ編成のインプロヴィゼーション・グループである。リリースは、実験電子音楽レーベル〈エントラクト〉から。
 ザ・スイフターは2013年に〈ザ・ワームホール〉という〈タッチ〉のカセット専門レーベルの、サブ・レーベルからファースト・アルバムをヴァイナル・オンリーでリリースしており、本作が2作めのアルバムとなる。内容は、2013年2月にリスボンで行われたライヴ録音である。総収録時間は30分ちょうどで、ミックスはメンバーのアンドレア・ベルフィが担当。そしてゲスト奏者としてポルトガルのミニマル・ミュージックのベテラン、デヴィッド・マランハがオルガンで参加している。デヴィッド・マランハとアンドレア・ベルフィはこれまでにも競演がある。

 エレクトロニカ以降の電子音響シーンを多少でも知っている方ならばご存知だろうが、アンドレア・ベルフィ、サイモン・ジェイムス・フィリップス、BJ・ニルセンらは、〈ルーム40〉や〈タッチ〉などの老舗・著名音響レーベルなどからアルバムを発表しているアーティストである。
 近年では、アンドレア・ベルフィは、2012年に〈ルーム40〉から打楽器とドローンが絶妙に融合した作品を発表しており、サイモン・ジェイムス・フィリップスも同じく〈ルーム40〉から、シャルルマーニュ・パレスタインのようなミニマルなピアノ・アルバムをリリースしている。BJ・ニルセンは昨年〈タッチ〉から環境そのものを思考/聴取するような新譜を送り出している。デヴィッド・マランハは、ステファン・マシューやデヴィッド・グラブスなどともコラボレーションを行っている。

 ちなみに私がこのグループのことが気になったのはBJ・ニルセンが参加していたからだ。BJ・ニルセンは先に書いたようにフィールド・レコーディングにエレクトロニクスのエディットした環境工学的な作品で知られる音響作家である(環境と音を考察する著書を刊行したばかり。日本のサウンドアーティスト、ユイ・オノデラが参加)。その彼がまさかこのような演奏主体のフリー・ミュージックのメンバーに加わるとは思ってもみなかったのだ。もちろん3人の経歴(とデヴィッド・マランハの競演歴)を考えれば、それほど突飛なことではないと理解できるのだが。
 また、〈エントラクト〉から、このような演奏主体の音源をリリースされることも珍しい。実験電子音楽とフリー・ミュージックのジャンル性が越境されていくのはいいことだし、〈エントラクト〉にしては400部とプレス数も多いので、レーベル側も力を入れているのだろう。
 じじつ本作を聴いてみると、フリー・インプロ・リスナーだけでなく、エレクトロニカ/実験音響のリスナーにも訴求する力があるようにも思える。インプロ主体のフリー・ミュージックでありながら、フリーにありがちな極端な静寂と轟音を行き来する演奏というよりは、一定のミニマルな持続(ドローン)を中心線に置いているので、どんなにフリーな演奏が繰り広げられようと、エレクトロニカ以降のドローン/アンビエントを経由した聴き方ができると思うのだ。

 演奏のメインは、サイモン・ジェイムス・フィリップスのシャルルマーニュ・パレスタイン的なミニマル・ピアノとアンドレア・ベルフィのドラムスである。フィリップのピアノは光の点滅のようにミニマルな演奏を延々と続け、ベルフィのドラムは一定の反復を繰り返すハイハットに、アクセントのようにリズムを打ち込んでいく。そしてこれら演奏の中心線に、ドローン的な線の音楽が流れている。
 そのドローン感覚を浮き彫りにさせるのが、ゲスト参加デヴィッド・マランハによる電気オルガンだ。このオルガン・ドローンがじつに素晴らしい。デヴィッド・マランハのオルガンは比較的に小さくミックスされており、よく耳を澄まさないと聴こえない。もちろんこのミックスは意図的なものだろう。なぜなら、「聴こえるか/聴こえないか」の中間のほうが聴き手はより音に耳を傾けることになるのだから。その結果、覚醒と陶酔が同時に巻き起こるようなサウンドが生成しているのである。轟音といってもいいアンドレア・ベルフィのドラムと光のように点滅するサイモン・ジェイムス・フィリップスのピアノの「あいだ」に鳴り響く柔らかくシルキーで煌くようなドローン・サウンドの素晴らしさ。

 そう、このグループの演奏は、たしかにインプロだが、しかし音たちは、ひとつのドローン=中心線に沿って鳴っているのだ。アルペジオもドラムの自在なフィルも、すべて文節化されたドローンのようなものである。ここにこそ、このグループの演奏が、いわゆるフリージャズ的なインプロとは違う「音響的フリー・インプロヴィゼーション」として成功している理由があるように思える。
 そして、3人の演奏に異質な他者として介入してくるのが、BJ・ニルセンのエレクトロニクスだ。エレクトロニクスといっても、彼が自分のアルバムで使うようなフィールド・レコーディング素材なども変形されつつ用いられている。演奏の持続の中に、エレクトロニクスを介入させることによって、音楽の速度を、その内側から変えていくのだ。そこでは周期的な持続と非周期的な音が交錯している。つまりは演奏とグリッチの交錯。

 2014年現在、エレクトロニカ以降の環境は、クリック/グリッチからドローン/アンビエントを経由したフリー/インプロヴィゼーションへと移行しつつあるのではないか。もちろん、これはいまにはじまったことではないが(2004年からすでにフェネス、ピタ、大友良英、サチコMの競演盤などがあった)、緻密なプログラミングから豊穣な不確実性の導入という変化は、この時代において必然性がある(ジャズ人気の再燃やブラジル音楽の人気の背景には、人間による演奏とエレクトロニクスの拮抗が重要なポイントだろう)。たとえばこの7月には、〈スペック〉から音響作家マシーン・ファブリックが率いるインプロヴィゼーション・バンドPiiptsjillingの新作『Molkedrippen』がリリースされる。今年1月にはカフカ鼾の素晴らしい作品も発売されている。

 この「音響作家と演奏家によるフリー・インプロ・バンド」が、ドローン/アンビエント以降の新しい環境として、幾多の優れた先例(つまりは成功と失敗)を踏まえつつ、新たな潮流となていくのだろうか? さらに、ここにトータスからラディアンへと至り、現在、頓挫している演奏とエレクトロニクスのフォームの現在へと繋げてみると、どのようなパースペクティヴが浮かび上がるのだろうか? ドローン/アンビエントが、いささか紋切り型へとむかいつつある現在だからこそ注目したい動向である。

パスピエ - ele-king

 パスピエといえば、そのニューウェイヴ/テクノポップ性が特徴的だ。実際、リーダーの成田ハネダ自身、ジューシィ・フルーツやビブラトーンズなどの名前を出して語っている。なるほど、ファースト・フル・アルバム『演出家出演』収録の“フィーバー”は、背後のキーボードがニューウェイヴ・ポップ的で、たしかにジューシィ・フルーツやノー・コメンツ“東京ガール”なんかを思わせる。あるいは、『わたし開花したわ』あたりのシンセサイザーやヴォコーダーは、YMO周辺か。とくに“電波ジャック”“あきの日”なんかを聴くと、テクノ歌謡のような郷愁も感じられてよい。そう考えると、“チャイナタウン”“はいからさん”などは、YMO“東風”や矢野顕子“在広東少年”のような、テクノ・オリエンタリズムの系譜に置くことができるか。いずれにせよ、テクノ歌謡の香りが感じられるのがよい。ちなみに、ヴォーカルの大胡田なつきについては、「やくしまるえつこっぽい」とか「YUKIっぽい」といった声が多いようだ。それなりに同意するが、僕は「椎名林檎っぽい」と思った。いくつかの曲の歌い方と言葉の割り方が、とても椎名林檎っぽい。これもよく言われているようである。

 それにしても、この「~っぽい」の参照先が、国外でなく国内になったのはいつ頃だろう。90年代はどうだっただろうか。ミスチルはたしか「オアシスっぽい」とか言われていた気がする。ナンバーガールは「ソニック・ユースっぽい」だったか。単純化した議論は禁物だが、個人的な印象として言わせてもらえば、2000年代のなかばあたりから、とくにロック・バンド系の参照先が、いよいよJ-POPになっていた気がする。そうか、2000年代のなかばともなれば、べつに洋楽を参照しなくとも、J-POPがJ-POPとして自給自足できるようになっていたんだなあ。そんなことを考えながら、パスピエの過去作を聴いていた。
そして、新作の『幕の内ISM』だが、これがすこぶる清々しい。多彩なサウンドを追求しつつも、一方で、なんと堂々とJ-POP然としていることか。「堂々とJ-POP」とか言うと、嫌味を言っているように思うかもしれないけど、もちろんそんなことはない。堂々とJ-POPでいることは、先鋭的なバンドであることと同じくらい、たいへんな創意と工夫が必要なのだ。多彩なサウンドは、ニューウェイヴ/テクノポップという枠にとどまらない。パスピエの新作はこれまで以上に、J-POPであろうとしているように思える。
たとえば“七色の少年”がジュディ&マリーっぽい。そうかと思えば、“とおりゃんせ”冒頭、鋭いギターに4つ打ちのバスドラが重なる展開は、ここ数年のJロックと足並みを揃えているようでもある。もっともこの4つ打ちの潮流は、音楽ライターの柴那典がしばしば指摘するように、フェスへの対応という側面があって、ロック・フェスに感銘を受けた成田ハネダの趣向が反映されているのかもしれない。この鋭いギターと4つ打ちに、シンセサイザーのサウンドが加わると、どことなく最近のザゼンボーイズを思わせる“トーキョーシティ・アンダーグラウンド”になる。そして、そのシンセの音がさらに存在感を増すと、今度はモーニング娘。‘14とまではいかないが、少しEDM寄りになって“MATATABISTEP”となる。この多彩なサウンド。これぞ、同時代のJ-POPを貪欲に並べた、堂々たる「幕の内ISM」だ! 本誌インタヴューで成田が言う「POPの中のJ-POPバンド」というコンセプトが、いま書いたようなことを指すのかどうかは心許ないが、ともあれ、アルバムを通して、このハイブリッドなJ-POP感は心強い。ナンバーガールやザゼンボーイズは見え隠れするが、ピクシーズは見えない。EDMの感じはあるが、ニッキー・ミナージュやLMFAOを思い出すわけではない。サウンドへの野心はあるが、J-POPであることを手放さない。そのバランス感覚がとてもいい。だから、確信した。パスピエに対しては、ふるき良き80年代ニューウェイヴ/テクノポップの郷愁のみを感じ取るべきではない。彼らは、80年代のテクノ歌謡と00年代の4つ打ちロックを同時に見据えているバンドなのだ。ここを見誤ってはいけない。テクノ歌謡とJ-POPの高度なハイブリッドとして、パスピエは堂々たるJ-POPのたたずまいを獲得しているのだ。
 鋭く響くギターとダンス・ミュージックを融合させるセンス。ここには、マーク・スチュワートとアーサー・ラッセルを通過した向井秀徳の姿が、どうしても見える。パスピエが向井秀徳をどのくらい意識しているか/していないのかは知らないが、ジャケット・ワークや詞世界も、少し向井秀徳的である。そもそも、現在J-POPのフィールドで活躍するロック・バンドが、少なからずナンバーガールやザゼンボーイズの影響下にあったりする。とくに、00年代のJ-POPの潮流を築いたと言ってもいいだろうアジアン・カンフー・ジェネレーションは、“N・G・S”(Number Girl Syndrome)という曲を歌っていた。ああ、そういえば、「~っぽい」の参照先が国内のバンドに向けられるようになったと僕が思ったのは、他ならぬアジカンが登場したときだったなあ。00年代が終わりを迎えようとする時期に登場したパスピエは、そういうJ-POP史の流れのなかにいるのだ。

 だとすれば、本作のハイライトは、間違いなく“アジアン”という曲である。とくに出だし、「超高速 画期的な三原色 原則は相対感覚 どうしても気になるのクオリア」という抽象的な歌詞が、アジカンっぽい。と思ったら、途中、今度は歌い方が椎名林檎っぽくなる。椎名林檎の古風なセンスを経由して、さらにはナンバーガール的な五線譜縦並びのビートを駆使して、大胡田が「いろはにほへとちりぬるを~♪」と歌い上げる。ここにおいて“アジアン”は、“はいからさん”や“とおりゃんせ”などと同様、テクノ・オリエンタリズムの系譜に接続される。J-POP史を串刺しにした、めまいがするような情報量だ。
 つまり、この曲の題名である“アジアン”とは、00年代を代表するロック・バンドの表象(「アジアン」・カンフー・ジェネレーション)と、テクノ歌謡の表象(オリエンタリズムとしての「アジアン」)が合流した地点なのである。80年代テクノ歌謡と00年代4つ打ちロックを同時に見据えるパスピエは、J-POPの「幕の内ISM」である本作において、この場所――すなわち、「アジア」にたどり着いた。テクノ歌謡への郷愁だけでも、J-POPへのおもねりだけでも、駄目なのである。両方を見据える試みでこそ、パスピエの「アジア」は見出されるのだ。したがって、本稿の結論は、すでに大胡田が歌っている。

   未来と原始 遺伝子なら合わさって輪廻 ずっと探していた答えは たぶんアジア!

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