「Nothing」と一致するもの

Geotic - ele-king

 蝶にはわたしたちに見えない色がみえているという仮説のように、フクロウが音を視覚のようにとらえるというように、人間をふくめた生物の知覚や世界把握は非常に複雑なものだけれども、バスことウィル・ウィーセンフェルドにとって、あるいはビートはハーモニーのようにとらえられているのかもしれない。デイデラスに見初められて〈ロウ・エンド・セオリー〉のゲストDJとなり、のちにはレギュラー・パフォーマーとして活躍、名門〈アンチコン〉ともサインし、LAビート・シーンの鬼っ子として華々しいインパクトを残した彼ではあるが、Bサイド集やセカンド・アルバム以降のモードを眺める上でも明らかなように、ファースト・フル『セルリアン』の後は、ダンス・ミュージックとしてビートを追求する方向にではなく、むしろハーモニーを織り、歌を生み出すことで、あの溢れんばかりにエネルギーが奔るプロダクションを構築していた(『オーシャン・デス』にあっては、そのエネルギーの方向は死と暗黒をめざしていたけれども……)。

 そのバスがふるくから名乗ってきた別名義、ジェオティックのアルバムがリリースされた。これはおもに彼のアンビエント・サイドのアウトプットに用いられる名義だが、本作『サンセット・マウンテン』が多分にプライヴェートな作品でもあるだろうことは、それがセルフ・リリースだということや、ジャケットのアートワークに彼の母親の作品が使用されていることからもうかがわれる。
 そして音はといえば──声とハーモニーと残響のみ、という、まるでジュリアナ・バーウィックを思わせる作風で、いささか以上に驚いた。彼の音楽の叙情性や際立ってメロディアスなフレージングはたしかに彼の特徴ではあったけれども、そこのみを純粋に抜いてアルバム一枚をつくってしてしまうとは……たしかに「バス」としては冒険的すぎる内容だ。これはその意味で彼のキャリアにおいてもっともミニマルで実験的な作品であり、同時にもっともピュアで素直な作品でもある。

 讃美歌の譜面を忠実になぞるかのような、教会音楽的なハーモニーと進行。古典的な和声を中心にして、4声(もちろんすべて本人)で編まれるヴォーカル・トラック。いや、合唱作品といったほうがしっくりくる。“イン・ザ・アンバー・アワー”など例外はあるものの、ジョスカン・デ・プレ(Josquin Des Prez)やギヨーム・デュファイ(Guillaume Dufay)、あるいはトマス・タリス(Thomas Tallis)、近代ならばグリーグやフォーレまで──現代的な「個性」も「自意識」も圧倒的な力でおしつぶされてしまう、調和と秩序の世界。彼のファルセットに彼独特のクセは感じるものの、それぞれのパートはリヴァーブなりの音響処理を施され、何よりも和音を立てるように機能している。バスほど強烈な個性や自意識をもった音楽も稀有にして輝かしいが、それを各楽曲の要素という要素が打ち消そうとしている。そしてそのためにいやましにまして輝く個性がほの見えてくる。媒体などでシングル的に紹介されているのは“フリット・アラウンド・ザ・リヴュレット(小川の躍動)”だが、この曲で愛らしく元気よく跳ねる旋律とハーモニーは彼そのものの姿に重なり、ビートはないもののたしかで細やかなビート感覚が楽曲の下部に透けてみえるような気がする。彼は旋律でありハーモニーでありビートそのもの。そんなことを再確認してしまう楽曲だ。「フリット」には同性愛者の意味もあるようだが、それは深読みにすぎるかもしれない。

 難解かといえばまったくその逆。そして現代性がないかといえば、むしろ不思議に現代ならではの作品だと思えてくる。ウィーセンフェルドはそうしたことを「狙って」はいないだろう。サンプリングでもなく、古典復興でもリヴァイヴァルでもなく、蔵の中で自分の身体にしっくりなじむ古い道具をみつけたというような、あるフォームとの邂逅。それが彼をさらに遠く高いところまで連れていっている。という点では、パンダ・ベアの新作と並び、いまというときにありえないほどの豊かさと喜びを運んでくるアルバムだ。過去からネタと文脈を引っ張ってくるというのではない。過去人類につくりえたすばらしい知恵と感情に触れにいくのだ。音楽においてはいっときたりとも一つ所に止まっていないウィーセンフェルドの、これはいままでもっとも大胆な旅である。

Runhild Gammelsaeter & Lasse Marhaug - ele-king

 ドローン・ゼロ年代を引率してきたと言っても過言ではない、米国ウィスコンシン州ミルウォーキー発〈ユーテック・レコーズ(Utech)〉の一幕を締めくくるにふさわしい漆黒のLP。

 伝説として語り継がれる(あくまでドゥーム・メタル界で)シアトルのバンド、ソーズ・ハンマー(Thorr's Hammer)にて、また、後のサン(SUNN O))))であるグレッグ・アンダーソンとスティーヴン・オマリー、そしてジェイミー・サイクスから成るこれまた伝説的(あくまでドゥーム・メタル界で)なバンドであるバーニング・ウィッチ(Burning Witch)を母体とするバンド隊を引き連れ、当時ノルウェイから米国に留学中であったティーネイジャーのルンヒルド・ギャマルセターは、その類い稀な美貌からは想像を絶する狂気と断末魔のヴォーカルによって一躍アイドルとなった(あくまでドゥーム・メタル界で)。
 あくまでドゥーム・メタルを愛する僕にとっても彼女はアイドルであるわけで、ソーズ・ハンマー解散後に彼女が発表した数少ない作品ももちろんチェックしてきた。カネイト(KHANATE)解散直後に、そのリズム隊であったジェイムス・プロトキンとティム・ウィスキーダとともに極短期間おこなったプロジェクトであるクライスト(KHLYST)の唯一の音源である“我が名は混沌(Chaos Is My Name)”を超える恐怖の浄化作用を僕はいまだに味わったことがない。こちらは最近ヴァイナルで再発されたので、未聴のカネイト・ファンにはぜひともお薦めしたい。

 生物学者であり、またオスロ大学医学部の細胞生理学の博士号を所有する、そんなとんでもない肩書きも彼女のドス黒い内面性への想像を膨らませる。まさしくリアル魔女ヴァイヴスを感じているのは僕だけでなく、多くのメタル・ファンも同様で、スティーヴン・オマリーによるアート・ディレクションでも話題となったメタルとモード・ファッションをつなぐノルウェイ発、〈アンチ・デニム(ANTI DENIM)〉の広告モデルにも起用されていたりもする。ちなみにこのブランドのキャッチコピーは「トゥルー・ノルウェジャン・ブラック・デニム」。

 さて、ドス黒いアイドル熱はそこそこに本作品をフォーカスしよう。まずこのレーベルはミルウォーキー在住のキース・ユーテックによるアート・ディレクション、完全ハンドメイドによるDIYレーベルである。自身によるデザインはもちろんのこと、写真家のマックス・アギレア・ヘルウェグ(Max Aguilera Hellweg)の作品を一連のジャケに起用したアーク・シリーズ(Arc Series)や、ペインターのステファン・キャスナー(Stephen Kasner)にディレクションを託したURSKシリーズなど、マルチメディアなアート・レーベルとして運営されてきた。不定期に開催されてきたレーベル・ショウケースである〈ユーテック・フェスティヴァル〉や、本作品もその一環であるレーベル10周年を記念して、長年のファンであるというヘンリー・ロリンズが自身のKCRW内の番組で特集を組む等、大きな影響力を各方面に与えていたことは想像にたやすい。

 ルンヒルド嬢、そして〈ピカ・ディスク(Pica Disk)〉主宰でお馴染みのラッセ・マーハウグ(Lasse Marhaug)によるノルウェジャン暗黒エクスペリメント・コラボレーションによるこのレコードも、〈ユーテック〉の10年を総括するような、心地良さと禍々しさが共存する狂気の作品だ。ラッセの繊細なテクスチャーとダイナミズムに富んだノイズ/アンビエンスと、凍てつくようなルンヒルド嬢の美声が渾然一体となって聴者をどこまでも落としてゆく。昨今のノワール・ファイ系サウンドとは一線を画する、透き通るような暗闇がここにある。

interview with Yo Irie & Yosio Ootani - ele-king

 魅惑の声をもつシンガー・入江陽の新作アルバム『仕事』が早くも話題だ。大谷能生をプロデューサーとして迎え、OMSB(SIMI LAB)、池田智子(Shiggy Jr.)、別所和洋(Yasei Collective)などといった豪華ゲスト陣が参加した本作では、その音楽性が確実に進化/深化している。ヴォーカルをはじめ、リズムやアレンジなどサウンドはとても豊かだ。

 とはいえ見落としてならないのは、『仕事』という作品の、堂々たるポップスとしてのたたずまいである。ソウル、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ダブステップなど、あらゆる音楽性を飲み込んでなお、ポピュラーソングとして強い。『仕事』の最大の魅力は、そこに尽きる。そして、それを支えるのは、入江陽という類まれなるヴォーカリストの力に他ならない。

 本インタヴューでは、入江陽と大谷能生に話を訊いている。新作アルバム『仕事』についてたずねつつも、いつしか話題は、日本におけるポップスのありかたにまで広がった。妙な細分化のしかたをしているニッポンの音楽シーンのなかで、ポップスはいかにあるべきか。本作が標榜する「ニッポンの洋楽」は、なにより正統的な歌謡曲ということなのかもしれない。本インタヴューは、音楽論にしてクリティカルな文化論、文化論にしてクリティカルな音楽論である。

■入江陽 / Irie Yo
 1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加、混沌とした作曲/演奏活動を展開する。のちに試行錯誤の末、シンガーシングライターとしてのキャリアをスタートさせ、2013年10月にアルバム『水』を、2015年1月には、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースで2枚めのアルバムとなる『仕事』をリリースした。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作している。

前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。(入江陽)


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『仕事』が店頭に並びはじめていますが、今作の手応えはどうですか。

入江陽:前作からすると、かなりサウンドが変わっていると思いますが、いい進化だったと思いますね。前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。「こういうリズムの上にこういうメロディなので、こういうコード進行を聴いてほしい」みたいな。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。

ある部分は大谷さんなどに任せてしまって自分は歌うだけだ、と振り切った感じがあったのですね。

入江:かなりありましたね。

『仕事』は大谷能生さんプロデュースということですが、入江さんは大谷さんに対してどのようなイメージがありましたか。

入江:大学時代に『貧しい音楽』(月曜社)を読んだのが初めてです。大谷さんにはいろんな側面があると思うのですが、演劇の音楽をされているという面が気になっていました。

なるほど。大谷さんは入江さんに対するイメージはなにかありましたか。

大谷能生:ロック・バンドの人ではない、とか? 自分がロック・バンドって未経験で、まわりにもそういう知り合いが少ないので、正直「バンド」がいまだによくわからないんですよね。18~19歳くらいでバンドを組んで、一蓮托生で活動して、アルバムが出せて、小さなバンに乗って週末にツアーに行って、毎週スタジオに入るとか、そういうことをやったことがない。日本の多く――僕の見た感じだと大雑把に言って8割くらい――のインディーズは「バンド」が基本スタイルですよね。で、前作の『水』を聴いたときに、入江くんはいわゆるシンガーとかソロでできる人だと思って、インディではめずらしいんで、そういうタイプの人だったらぼくもいっしょにできそうということで、今回のような組みかたになりました。

『水』を聴いても、入江さんのヴォーカルとコーラスの魅力はすごいですよね。僕自身は、『仕事』はどちらかといえば、R&Bという印象が強いです。現在、インディ・シーンみたいなものがなんとなくあるとして、そこではシティ・ポップのブームなんかも言われますよね。もしかしたら、『仕事』もそのような聴かれかたをする可能性があるかもしれませんし、ライヴハウスなどでバンドと対バンすることもあるかと思います。入江さんご自身は、ジャンルとかシーンとかについて考えるところはありますか。

入江:大谷さんのバンド話にも通じるのですが、最初は人気のあるバンドを聴いて「これいいな」とか「こういう人を呼ぼう」とか思っていたのですが、詳しくなっていくにつれて、自分は“バンド編成でのアレンジやバンドの文化がすごく似合うタイプ”ではないのかも、という疑問も感じていました。もちろん好きなバンドもたくさんあるのですが、良い悪いではなくて、そこにはストライクしていないんじゃないかと強く思いましたね。ただ、『水』を作っているときはそんなに自覚していませんでした。〈試聴室〉さんに声をかけてもらえたことが本当にうれしかったので。

大谷:いまの話は「インディ・シーン」というか「インディ・ロック・シーン」だよね。それで、そのインディーズのロック・バンドのなかに入って、みなさんと仲良くなれるかと言われれば、俺は仲良くなれないんじゃないかなあーと思う。あっちも俺のほうは嫌いだし、用事なんかないと思うし。

入江:いや、そんなことはないですよ。

大谷:そんなことないだろう(笑)。下北のライヴハウスとかで5バンドくらいブッキングされていて、あいだに「大谷能生」って混じっていたら迷惑だと思うよ(笑)。それで20分ずつくらい演奏して、「ありがとうございます」って帰っていくわけでしょう。

入江:たぶん、そうことに違和感を抱えている人も多いと思いますよ。むしろ、そこにどハマりしているバンドやアーティストがいるということはそういう文化が根づいているんだと思います。

大谷:そっちの人はそっちの人で楽しくやっている感じがするね。もう、純文学雑誌みたいな、『早稲田文学』とか? みたいなものに似てるというか、よく知らないけど(笑)。みんながそうならばなんの問題もない。パイがもっと大きくなるといいとは思うけど。

トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。(大谷能生)

今回、大谷さんのプロデュースはどのようなかたちでおこなわれたのでしょうか。曲によってもちがうとは思いますが、たとえばトラックなどはどんな感じで関わったんですか。

大谷:どんな感じだと思いますか?

曲によってちがう印象がありますが、いちばん大谷さんっぽいと思ったトラックは“仕事”ですね。ミックスと音の配置が大谷さんっぽいと思いました。ただ、生楽器のサンプルもあったので、スタジオ・ミュージシャンもいたのかなとか想像しましたね。

大谷:あれは、もともと山田光くんの曲で、彼がやっているライブラリアンズってユニットのアルバムに入っていて、その時点でもう曲がよくできていたので、あまりいじっていないですよ。ちょっとリズムを強くして、ダブステップというか、ちょい前のUKクラブ側に寄せました。だから、リミックスに近いですね。

入江:ちなみに山田くんの原曲はMVがYouTubeに上がっているのですが、それは全部『水』からサンプリングした音でできているんですよ。

大谷:だから“仕事”は、僕のクセはちゃんとつけましたが、山田くんの曲。ビートだけね、自分の感じです。

たしかに、どちらかというとビート感が大谷さんっぽかったです。

大谷:まあ、私のサウンドになってはいますね。

あと、“フリスビー”とかも意外と大谷さん色が強いのかなと思いました。

入江:あれはリフとリズムとメロディだけありましたね。早い曲がなかったので、作ろうと思ってデモを大谷さんにお送りしたんですよね。

大谷:もう少しBPMを上げてもよかったかもね。ちょっとずつ上げたんだけどね。基本として弾き語り+リズムぐらいの曲があって、あとは全部こちらがやりました。トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。もともと曲があるから、無理に捻り出した感じはゼロです。“やけど”とか、デモがよくできていたんで、パラ・データもあったからそのまま素材を使わせてもらったり。

最初に、アルバム全体のイメージなどはあったんですか。

大谷:ないです。だけど、ポップスのアルバムにはしたかった、最低2万枚ぐらい売れるような(笑)。でもそれは、大きなことを言っているわけではなくて、「しっかりしたポップスが欲しいし、そういうものを作ってます」ということなんです。さっきの話ともつながりますが、インディ・ロックだと2万枚ではなくて2千枚ですよね。そこからだと、どうしたってお茶の間までは行かない。「お茶の間」ってもう存在しないと思うんですけど(笑)、基本、わたし、テレビとかラジオで聴ける歌謡曲が好きなんですよね。

その話は個人的にはとてもおもしろいです。芸能が好きか、バンドが好きか、ということですね。

大谷:というより、バンドは芸能のサブ・ジャンルだという感じだね。もちろん、ロックでも好きなものはありますが、入江くんはそういうタイプではないなーと思ってて。でも、ロックをいまやったらおもしろいかもね。考え直した。誰かバリバリの若いロッカーとか捕まえようかな(笑)。なんか、こわれものみたいな人の面倒みたりして(笑)。

なるほど。そういう意味では、大谷さんのキャリアのなかにバンドはなかったんですね。

大谷:ロック・バンドはゼロですね。

オルタナに見られる感じはありそうですけどね。

大谷:オルタナね。みなさんが思っていることとぜんぜんちがうと思いますけどね。日本のポピュラー・ソングは大好きで、その流れのなかで仕事をしようと思っているんです。だから、筒美京平か内田裕也かと言えば、筒美京平ですね。内田裕也はすごく好きで憧れるけど、自分では無理だなという感じ。あんなのマネできないからやめたほうがいいよ。内田裕也のコピーしている人がいたら、すごいかっこ悪いじゃないですか。

入江:「内田裕也じゃなさ」が際立ちますよね。

大谷:そうだよね。「こいつは内田裕也じゃないんだな」ということばかりが目立って、むしろおもしろいかもね。なんにせよ、ポップスの仕事がしたいなあということをつねに思っていて、それはこれからもたぶん変わらないです。そのときに、シンガーとして伸びしろがある入江くんをこっちに引っぱり込もうと思ってはじめたわけです。

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凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。(大谷)


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僕も『仕事』に対しては、すごくポップな印象を受けました。というか、「このヴォーカルならかなりリズムが凝っていてもポップスになるだろうな」という印象です。『仕事』も、トラック自体はわりと凝っていると思うんですが。

大谷:凝ってる?

途中でリズムが変わるとか、そのレベルですが。あとは、途中でリヴァーブのバランスが変わるとか、4小節だけちがうリズム・パターンが入るとか。でも、こういうリズムの凝りかたって、じつはあまりなされていない印象がするんです。しかも、それなりに尖っているとされているバンドこそ、かなりリズムのパターンが単純だったりする。

大谷:そういうの、全部打ち込みにすればいいのにね。あ、バンドだからダメか。叩いたってことにして、全部切り貼りでやるとか。

入江:メタリカとかグリーン・デイとかって、音のいかつさを出すためにアルバムは打ち込みらしいですね。そういう文化も並行してあるけど、やはり生っぽさが魅力なんでしょうね。

大谷:だから、バンドなんだよ。その人に叩かせなきゃバンドじゃないの(笑)。魂的な部分で。

海外のロック・バンドはわからないのですが、海外のブラック・ミュージックに関して言えば、けっこう複雑なことをしてもポップスとして成立しますよね。入江さんは好きなアーティストにディ・アンジェロの名前を出されていましたが、それこそディ・アンジェロのような人だったら、どれだけ複雑なことをしてもディ・アンジェロの歌になっちゃうわけですよね。そういう歌い手の強みってあると思うんです。一方で、大谷さんがいるから言うわけではないのですが、今年のジャニーズのアルバムはのきなみリズムが複雑化しました。だから、ヴォーカルなりキャラクターなりがしっかりとしていれば、音楽的に複雑でおもしろいポップスはできると思うんです。その意味で『仕事』というアルバムは、ポピュラリティがありつつ、でも細かく聴き込むと、トラックなりヴォーカルの乗りかたなりがとてもおもしろいアルバムだと思います。その点、大谷さんはどうですか。

大谷:まず、ヴォーカルありきで。歌がよく聴こえるようにアレンジしました。でも、俺はトラックが「凝っている」って言われるとよくわからないんだよね。このくらい普通じゃないか、って思う。だから、凝ってないよ。わりとシンプル。まあ、たくさん聴いたなかで、あのアルバムのアレンジが凝っていると言うんだったら、それは、ずっとサイゼリヤに行っている人がロイヤルホストに行って美味く感じる、実際は大したちがいはないけど、みたいなことでしょう(笑)。だから、味が複雑だと言われたら「そりゃそんなもんでしょう」と答えるしかない。もちろん手をかけているのは事実ですけど、それは素材を活かすためです。だからむしろ、凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。

たとえば、ヴォーカルなしでインストのブレイクビーツとして聴いたら、シンプルなほうですよね。でも、ヴォーカルが乗ったうえで聴くと、複雑だという印象になっちゃうかもしれません。

大谷:そういうふうになるとは思うんです。でも、歌がよく聴こえる状態で「曲を聴くとひねってある」とか言われてうれしいかと問われたらぜんぜんうれしくない。でも、“鎌倉”とかやっぱりリズムが変だから、言われても仕方ないのかなとも思う。ただ、本人としてはこれがいちばんいいと思って作っているので、その意味でシンプルだと思っているんです。

それはよくわかります。僕自身も、入江陽というアーティストのアルバムは、ヴォーカルを売りにしたポップスとしてあってほしいと思っています。だから、「ひねたアレンジ」という言いかたで、いわゆるインディーズに押しこめたくはないですよね。

大谷:70年代後半から現在にいたるまで、日本の歌謡チャートに入っているものは、たぶんワタシ、普通にほぼ聴いているんですよ。誰がなにをアレンジしてなにをしたかということも、あとになってから研究しているんで、だいたいわかってるつもり。筒美京平がどれだけどのように同時代のブラック・ミュージックを取り入れているか、とか、それが75年の時点で日本でどう響いたか……みたいなことに関しては3時間でも4時間でも話せる。超楽しい(笑)。で、90年代まではずっとあった同世代のブラック・ミュージックと緊張との関係が、2000年代に入ってスポッと、日本のメジャーなサウンドから消えるんですよ。あたらしいグルーヴをどう取り入れて、どのように日本のウタものにするか、という工夫とアレンジが聞こえなくなった。しかも、その前の世代である、ジャズ・サウンドとの格闘みたいなものも減ってくるわけです。
たとえば、サザンオールスターズがメジャーになってから、どんどん消えていくラインがある。78年~81年あたりの、歌謡曲とブラック・ミュージックのアレンジが結ばれていた時期というものが、僕にとって印象深いんです。松田聖子が誰のアレンジでなにを歌うとか。しかも、それが商業と結びついていて、けっこう厳しいアレンジがたくさん入っている。僕はいまだに、ああいう状態が戻ってきてくれればいいなと思っている派で、それはバンドじゃ無理なのかなあ、と。サザンとかアルフィーとかは、そういう歌謡曲のなかにいるからわたし的にはOKなわけ。職業作家みたいな人が消えちゃったんですよ。いや、いまでもいるんだけど、その人たちが孤軍奮闘という状態になっている。

職業作家のメンツが更新されていないですよね。

大谷:そう。でも、いまだとアイドルやボカロのほうで、新しい人がどんどん出てきているかもしれない。期待してます。私はどちらかというと職業作家組だと思っているので、入江くんを使ってそういうことをしたかった、というのがこのアルバムのモチヴェーションですね。2014年に男性のソウル・シンガーとして、インディーズでデビューする。そのプロデューサーとして、トラックメイキングをする。韓国には普通にいそうだけど。だからK-POPと同じように、これらの楽曲はなんとかしてポップ・チャートに送りこみたいんですけど、いかんせん、そういう状態には動きにくい状態になっていると思う。「インディ」でという肩書きがついてしまうということは、少し違和感があるうえに、売り手もラクしてるんじゃないか。「小さい箱に入れてるんじゃねえぞ!」という気持ちありますね。まあ、仕方ないんだけどね。音だけ聴いてもらえれば、歌謡曲のラインにつながっているとはわかると思うんだけど。

入江:職業作家について個人的に思うのは、お茶の間のみんなは知らないけど海外にあるおもしろい音楽を伝えていた、ということです。ちょっと斬新かもしれないサウンドを取り入れて紹介するということがあったと思うんです。でも、いまの作家の人がコンペに出すときは、どうやったら使われるかを重視している感じがします。どうしたらバズるか、みたいな。

大谷:自分の好きなことは自分でやろうとか、分けて考えているのもかもしれないけど、それがあまりおもしろくないんだよね。

歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。
響きとかリズムの話なら盛り上がれます。(入江)

Jポップ/歌謡曲という話が出ましたが、リスナーとしての入江さんは、日本のポップスでどういう人が好きだったんですか?

入江:あまり僕は嫌いなジャンルはなくて、思いつくままに名前を出しはじめると、話がなんでもアリになっちゃいそうです。aikoさんとか好きですよ。ミスチルも普通に聴いていたし。でも、どこがすごいと思って聴くか、ということについては、チャンネルが変わっていった気はします。aikoさんとかは、歌が強くて好きでしたね。

もともと、歌モノが好きだったんですか。

入江:もともとは現代音楽がやりたかったんです。たとえば、ラヴェルとかストラヴィンスキーを聴くと、こんなにリズムが複雑なのにどうしてこんなに聴きやすいんだろうとか思うんです。現在は歌モノではなく映画音楽でも、かなり普通の曲が流れている感じがします。もっと、豊かな響きとかいろんなリズムを若い頃から聴いていないと、耳が貧しくなっちゃうんじゃないかとか思っていました(笑)。以前は、そういうことを考えながらインストの曲を作っていました。だから、歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。ただ、オーボエとか他の楽器をするよりも、歌をうたっているほうが音楽のパーツとして生き生きとしているような気がして、歌うようになったんです。
 そういう感じなので、あまり歌手としてどうとか、歌詞をどうしようとか、そういう気持ちはないですね。好きになる歌手の人は楽器として声がいい人なので、そっちのほうが気になっていましたね。歌詞の世界も好きなんですが、トータルのバランスを見ている気がします。aikoさんとか沢田研二とか。ブッチャーズに対してもロック文化に心酔できるわけではなくて、サウンドや響きが好きという感じです。だから、響きとかリズムの話なら盛り上がれます。

大谷:そうだよね。だから、「Jポップでなにが好きですか」という質問自体に違和感があるよ。「今年流行った歌謡曲でなにが好きですか」とかならわかるんだけど。「どのアーティストが好きですか」とか言うけど、ポップスというのは作家じゃないわけ。流行ってそのへんに流れているものでしょう。好き嫌いではなく、あるものというか、覚えているものというか。「ピンクレディーが好きです」という感じが、すでにポップじゃなくて、2000年以降だという感じがする。「Jポップの誰が好きですか」って言われると、「あいつらをアーティスト扱いですか(笑)」と思うわけ。アートはアートで好きだし必要。だけど、チャートに上がっているものは毎日毎日主食のように聴くものであって、メジャー・チャートのサウンドは作家で聴いているわけではない。

誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。(大谷)

 Jポップという話になって、なんか、いつのまにかそういう感じがなくなったなあと。「音楽」というのは作家性が強くて、きちんと作ってあって、それを聴いて一生暮らすことができて……というものとして、全部の音楽が「アーティスト」が作るものになった。それはそれでいいですよ。でも、誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。現在はそういうことがないから。それがないことに対して、ものすごいイライラするわけ。他の人がイラつかないのが不思議なくらいですよ。「誰々の何々です」とかいう言いかたがあるじゃないですか。そういうのめんどくさい。辛うじて癒してくれるのがジャニーズだけだからね。

入江:ちゃんと作った良いものがヒットすれば、それが売れ線だという方向に文化が変わってきますよね。

その話はすごくおもしろいですね。メジャー・チャートについて作家の話でしか会話できないような現状があって、その状況が気持ち悪いということですね。

大谷:そうそう。「勝新の映画がいいね」っていうのは、単に映画館に行って観ているだけでしょ。やっているから行く、というのが健康なわけですよ。

入江:僕の場合、好きな音楽は全部後追いだったので、そのさびしさはあるかもしれないですね。たしかに自然に入ってくるほうが健全かもしれません。

大谷:子どもの頃に適当に映画見て、頭に残っていて、「あれよかったなあ。なんだったっけ」と思い出したら『E・T』だった、とか。わかりにくいか(笑)。まあ、そういう無意識的なものに対する欲求があるんだよね。だから『仕事』も、そういうほうに向かって作っていました。

そのメッセージは感じましたよ。

大谷:でもそこで、「凝っている」とか「ひねっている」とか言われると、やっぱりダメだったかと思っちゃうんだよ(笑)。もっとスカッと聴けたほうがよかったかなあ、とか。

間違いなく「ポップス」という印象はありましたが、うーむ。

大谷:でも、作家性で音楽を語ることが普通になっていることに対する苛立ちが強いんですよ。

なるほど。僕も芸能文化やノベルティ文化が好きなのですが、そんな自分からしても、『仕事』に対して大谷さんのアーティスト性みたいなものを感じてしまうところがありました。

大谷:そうかあ。それは、こっちの修業が足りないという感じです。

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このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。(大谷)


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でも、それは音楽性だけでなく、もっと全体的な話も含めてだと思います。「大谷能生プロデュース」って大きく名前が出るわけだし。ただいちばん強く思ったのは、最初から言っているとおり、「大谷能生プロデュース」以前にヴォーカルの響きです。それは間違いない。だから、大谷さんがエゴを出してもこのヴォーカルならポップスに昇華できる、という印象ですね。

大谷:コアな部分は、このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。だから、サザンオールスターズと小林武史じゃないけど、そういう緊張関係はあったと思います。でも、できれば本当は、「入江だから」とか「大谷だから」というのを抜きにして聴かれる状態がベストで。でも、それはいま、どこに置けばいいんだろう。そういうところに置かれさえすれば、いずれ聴かれるだろうという音楽を作っているつもりなんですが。少なくともどの曲も、イントロを聴いて歌まで行ったら、とりあえず最後まで聴けるんじゃないかと。それを、買った人ではなくて、自然に流れているのを聴く人が出てくる状態があれば、俺の言っていることは誇大妄想ではないと思うんだけど。大谷の名前とか関係なしに、入江陽という人の曲として「買ってないけど、これ、なんか聴いたことある」と誰かが言っている状態。それが普通のシングルの状態ですよね。むかしは普通にそうだった。いまは逆になってるんだなあ、とか。

入江:自分の体験としては、CMソングとかがわかりやすいですよね。誰だかわからないけど聴いたことがあるということが、たくさんありました。

大谷:CMの話が来たらすぐやるよ。来たら「全部OK」って言っといて。

このアルバムが変に尖った音楽としてのみ聴かれるのは心配ですね。

入江:だから、「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。

大谷:でもそこが、現在音楽を買う層になっているんでしょ。パチンコとかで流れているといいよね。「仕事~♪」って(笑)。そういうところでかかっても負けないような、メジャーな音で作ったつもり。

入江:言葉もそういうのを狙っているつもりはあるんですけどね。歌詞も純アーティスティックに内省的なものではなく、ちょっとふざけたりしているんです。

「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。(入江)

大谷:筒美京平が誰も知らなかったような洋楽のひねったところを持ってきて、沖田浩之とかに歌わせているわけじゃないですか。それの現代版を狙ってはいます。30年前だったらね、こんなこと言わなくても、まずプロダクションの仕事で名前が出ないままアレンジとかプロデュースとかやって、そこでいろいろ無名なままで実験して、で、それから自分の名前で作品を作れるようになるわけですが、その逆コースをやってるわけですよ。遅く来た人の宿命かもしれない。だからアイドルのプロデュース仕事が来たら、全力でやってみたい。そのときに「ひねった」とか言われないで、そのまま受け入れられて、で、ヒットするのがいちばんいいなあと。ここ10年は洋楽の輸入がうまくいってないんですよね。ティンバランドもないし、アリーヤもないし。アメリカの2000年代チャートのトップを取ったところが歌謡曲では全部抜けちゃっていて、EXILEもいまいちだしなあ。

入江:でも、ティンバランドとかアリーヤとか、そういう音楽を好きだと言っている人もけっこういますよね。多くはないのかな。

大谷:ポップスで、好きとか嫌いとかではなくて、そういうサウンドが鳴っていてくれればいいわけですよ。KinkiKidsとかが普通にやっていてくれれば、「これはティンバランドで……」とかわざわざ言わなくても、まったく問題ない。(宣伝資料にある)「日本のヨーガク」というのは、そういう意味で言っています。でもちょっと少なすぎるし、バンド・サウンドが固まり過ぎていて、そういう状態になっていない。したがって『仕事』が特別に聴こえる、というのなら仕方がないということなのかな。

入江:でも、『水』にリズムと音色の要素を注入すると『仕事』になるので、意外とアヴァンギャルドには聴こえないと思います。

大谷:アヴァンギャルドとは言われないでしょう。「ひねった」とは言われていると思うけど(笑)。

『水』はメロディラインに耳が行きました。『仕事』はもう少し、トータルのバランスが気持ちいいですね。

入江:それはうれしいですね。際立たせかたとか余計な成分が入っていたのが、もっと研ぎ澄まされていたらいいなと思っています。

大谷さんが「ヴォーカルありき」ということをおっしゃいましたが、ヴォーカルを活かすときの方法論としては、どのような点が挙げられますか。サウンドの隙間を空けるとか?

大谷:隙間は空けましたが、それよりも、いちばん大切なのは適切なBPMとリズムを考えることですね。

『仕事』は全体的にBPMが遅めだと思いますが、BPMが遅いポップスも現在少なくなっているという印象をもっていました。その意味で、BPMが遅い曲を聴きたかったので、その点もよかったです。

大谷:チャートに遅い曲が少ないから、相対的にかなり遅く聴こえるのか。まあ、BPM100以下の曲が多いんじゃないかな。

歌モノでBPM100以下は、かなり遅く聴こえます。

大谷:歌モノでバラードじゃなくて100以下のグルーヴは、現在ほとんどないですよね。

入江:遅いと粗が目立つし、あとは飽きるリスクを避けているのかもしれません。それから思ったのは、大谷さんが入ってイントロの要素が強くなった気がします。

大谷:イントロは大事だよね。

入江:僕はイントロが作れないんですよ。歌が入るまでの導入をどう作ればいいのかわからなかったので、そこがインストールされた気がしています。“鎌倉”とか“たぶん山梨”とか、イントロがいいですよね。

大谷:そうだねえ。「凝っている」と言われても仕方ないですねえ。

僕が「凝っている」って言っちゃったのが、かなりNGだったみたいですが(笑)。

Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。(大谷)

大谷:いや、ダメだったのかなって(笑)。べつにダメじゃないんだけどさ。それくらいやらないと気が済まないところもあるかもしれない。ほっといてもあれくらいの曲がチャートで流れるくらいであって欲しいですね。俺、朝起きると、スペシャとかMTVとか毎日観るんですよ。それから『News Bird』でニュースみて、韓国チャンネルに回す(笑)。それで、Kポップからなにから、ずっと観ているんです。

入江:Kポップもいろいろなものがありますが、曲はかっこいいですよね。

大谷:Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。アヴァンギャルドというか、売れなくても好きな音楽はあるし、自分でもいろんなユニットをやっています。でも、音楽の楽しみはそれだけではない。いちばんたいへんなのは、歌を歌って大ヒットすることなので、せっかく歌をうたうのなら大ヒットしてほしいです。

それで言うと、大谷さんのキャリアのなかで『仕事』という作品はどのような意識で関わりましたか。

大谷:意識はあまり変わってないけど、これまではやったことがないことだったので楽しかったです。これでダメだったら、あとは考えようという感じ。これでダメだったら、という言いかたは入江くんに失礼ですね(笑)。

入江:いやいや(笑)。『仕事』という作品だけでいろんな意図が伝わるかどうかはわかりませんが、そういう人が他にいたりとか別の作品を作ったりとかすることが大事だと思います。

大谷:なにかしらの叩き台にはなると思うよね。

入江:他の音楽とはっきりとちがうというのは伝わると思うんですよね。試聴した瞬間に「なにこれ?」という感じはあると思うので、そこは大成功だと思います。

大谷:それがうまく届くといいですね。まあ、井上陽水の『氷の世界』を目指したんですよ。そういうラインにつながっていけるといいな、と思っています。

単純に日本のポップスにもっとブラック・ミュージックの成分が欲しいですよね。本当にジャニーズしかなくなってしまう。

大谷:そうだね。いちばん黒いのがジャニーズというのは、ジャニーさん的にはどうなんだろうか(笑)。

大谷さんは、現在のアメリカのメインストリームについてはどのような印象を持っていますか。

大谷:2014年はよかったですね。ファレルが頑張ったというのが大きいですが。大きな出来事はなかったけど、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドが、ものすごく密接になってきていることがはっきりしてきました。だから、アメリカのチャートって一体なんだろうって、考え直さざるをえないような1年でした。
 バンドものはバンドもので売れていましたが、ようするに、どのようにセールスしているのかがますますわからない感じになってきている。U2がiTunesに入れてそのあとに反省した、とかいろんなことがあったわけじゃないですか。そういうのも含め、本当にアメリカは音楽が大衆に求められているのかもしれない、と思った1年です。だから、まだアメリカの音楽はタフだなと思いました。カントリーとかも入ってくるし。アメリカのチャートのシステムがどういうふうになっているかまでは考えていないですけどね。

そこは、また別の水準ですもんね。

大谷:でも、2014年はKポップのほうが興味深かったですね。

それはなぜですか。

大谷:2回も3回も、社会的に大きな事故があったじゃないですか、韓国で。4月いっぱい、なんと一ヶ月も業界自体が自粛していて、ぜんぜん新譜が出なかったっていう。そのとき、毎日歌謡番組の再放送だったんですよ。セウォル号事件から2か月間。それで、そのあとも事件があって芸能界の根幹に関わる状態だったのに、ぜんぜん平気な感じなんですよ。これはどういうことかと思ったら、山のようにバンドとグループがいるのね。歌番組とか素人のど自慢とかもあるんですが、すごいいろんな人が観ていて、本当に2014年の話かと疑いましたね。そんなことをセウォル号事件のニュースを観ながら、しみじみ考えていました(笑)。

音楽がしっかりと娯楽で、ポピュラーソングとして生きているということですよね。

大谷:そうそう。ディズニーランドとか関西のUSJとかは、まだちゃんと人気なわけじゃないですか。そういうものとの闘いですよね。

そのようなポピュラー音楽待望論があるなかで、大谷さんが具体的にそういうものにコミットしたのは初めてですよね。

大谷:初めてですね。依頼もなかったし、今回だって、依頼があってやっているわけではないからね。

聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。(入江)

入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ!(大谷)

入江さんもポピュラーソングであることを意識されていると思うのですが、『仕事』を作っているときに聴き手などは想定していましたか。

入江:音楽に詳しかったり、たくさん音楽を聴いたことがある人が作家的に丁寧なものを人に届けるとき、それを音楽オタクに目配せしながら届けるようなコミュニケーションは避けたいですね。詳しい人にも聴いてほしいし、そういう人とは話も合うんでしょうけど、そういうコミュニケーションに関係なく聴けるものを目指したつもりです。ディ・アンジェロが好きでも、いかにもディ・アンジェロが作りそうな曲とかではなく、なるべくいろんな引き出しを開けて、いろいろあればどれか刺さるのではないかと思っていました。

せまいコミュニティに投げるようなことは、基本的にしたくなかったということですよね。『仕事』を聴いたとき、その意志は本当にびんびん伝わってきました。

入江:それはうれしいです。

大谷:でも俺は今年3月に、大島輝之&大谷能生『秋刀魚にツナ~リアルタイム作曲録音計画』というのを出したけど、あれはべつにチャートにのぼらなくてもなんの問題もない(笑)。売れなければ売れないほどいいかもしれない。〈HEADZ〉さんにはホントに申し訳ないが(笑)。だから、作り手としての立場がまったくちがう。マームとジプシーもちがう。ひとつひとつちがうのはたしかなんです。
たとえば『リアルタイム作曲』は、普通にタワレコで売り場は終わりでいい。マームとジプシーも演劇の現場で売れているようで、それはそれでなんの問題もないんです。でも今回に関しては、セールスは別として、聴き手がなんとなくモヤモヤしたり、売り手がイライラしたり不満足だったり、みんなが「これをなんとか売りたいな」と思ってくれればありがたいです。我々のことが好きな人間だけで消費して終わりましょう、ということになったら、それは作り手の力不足だと思います。これをなんとかエアプレイにかけるためにはどうしたらいいか、というふうになればいいと思いますね。

入江:聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。

大谷:だから、もう一回聴きたい感じということだよね。ピンクレディーなんて、みんな聴いていたわけだからね。“UFO”なんて、何回聞いても、まだ毎日聴きたくて聴きたくて仕方なかったんだから。

ポピュラー音楽史的に言うと、ここはやはり、振付とか踊りとかが大事じゃないですか。

大谷:そうなんですよ。入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ! キーボード弾いている場合じゃない! 3週間くらい合宿して身に付けようか。出てきた瞬間に「おお!」ってなるといいよね。この楽曲に対しては、そういう引き受けかたをしたい。バンっと出てきて客を圧倒して帰ることができれば、また変わってくるかもしれないですね。

入江:もともと歌をはじめたきっかけがそういうところではなかったので、引き受けて行くことの恐怖とかはあるのですが(笑)、たしかにそうしていかないとわかりにくいだろうなとは思います。

大谷:できる! やりなさい!

今回は、予想以上に僕の求めていた方向性だったことがわかってとてもよかったです。

大谷:あとは、「本当は俺のプロデュースじゃなかった!」とかね(笑)。「本当は新垣さんが作っていた!」とか(笑)。新垣さんとは知り合いだから、「作らなくていいので名前だけ貸してくれませんか」ってメールしようかな(笑)。

入江:本当は作っていない、という仕事の依頼はヤバいですね(笑)。

■MV公開中! まったく異なるふたつのコラボレーション

入江陽 - やけど feat. OMSB (SIMI LAB)


入江陽 - 鎌倉 duet with 池田智子(Shiggy Jr.)

SWANS - ele-king

 いよいよ来週の火曜日(東京)と水曜日(大阪)、USオルタナティヴ・シーンの巨星、スワンズの来日ライヴがあります。2年前にも素晴らしいステージを披露し、昨年〈ミュート〉からリリースした13枚目のスタジオ・アルバム『To Be Kind』でも、彼らの底力をこれでもかと見せつけました。彼らのライヴには、「何百万ものロック・バンドが忘れたものがあり、最高のレイヴ、最高のサウンドシステムの経験に等しい」とは、ある米音楽メディアの評。
 最高の体験は、いよいよ来週です。

 以下、主宰者から熱いメッセージです。

 1982年、Michael Gira(ギター/ヴォーカル)を中心に結成、70年代末から80年代初頭の混沌としたニューヨークのアンダーグラウンド・シーンを象徴するバンドとして、SONIC YOUTHと共にオルタナティヴ・シーンに君臨した。ジャンク・ロックと称された初期作品『Filth』『Cop』、当時隆盛したノー・ウェイヴ・シーンと激しく共振しながら、その余りにヘヴィーなサウンドと破壊的なライヴ・パフォーマンスも相まって瞬く間に注目を集めた。Jarboe参加後の聖と俗、静謐と混沌の入り交じったような中期作品『Greed』『Holy Money』『Children of God』辺りから、唯一無二の絶対的な世界観とサウンドを獲得していく。ビル・ラズウェルのプロデュースによるメジャー・リリース作品『The Burning World』で見せた限りなくダークな歌へのアプローチは、自らのレーベルYoung God Records設立後の後期作品『White Light from the Mouth of Infinity』『Love of Life』でのサイケデリックかつドローンなサウンドへと継承されていった。Michael Gira以外のメンバーは、Norman Westberg(ギター)とJarboe(キーボード/ヴォーカル)以外は1997年に解散するまで流動的であった。
 2010年、「SWANS ARE NOT DEAD」の宣言と共に楽曲をアップ、Norman Westberg, Christoph Hahn, Phil Puleo, Thor Harris, Chris Pravdicaといった新旧のメンバーを召集、復活第一弾アルバム『My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky』を同年9月にリリース、精力的なツアーを行った。2012年8月復活後第二作目『The Seer』を発表。数多の媒体のレヴューでは最高の賛辞を持って軒並み高得点を獲得した。2013年2月には約22年振りの来日公演を敢行、ヴォリュームのリミット無しの2時間を超える強靭なパフォーマンスは新旧のファンの度肝を抜いた。そして、前作を遥かに凌駕する怪物アルバム『To Be Kind』を引っ提げて2年振り3回目の来日公演決定!現在最も体験するべき価値のある最高のライヴ・パフォーマンス、現在進行形の伝説を五感を総動員して自ら確認して下さい! 
 最新作『To Be Kind』は年末のアルバム・ベストに数多く選ばれている。

【東京】
開催日時:2015年1月27日(火) Open 18:00 Start 19:00
会場:SHIBUYA TSUTAYA O-EAST
前売券:¥6,000(1ドリンク別)
お問い合わせ:TEL03-3444-6751 (SMASH)
https://smash-jpn.com/live/?id=2195

【大阪】
開催日時:2015年1月28日(水) Open 18:00 Start 19:00
会場:UMEDA CLUB QUATTRO
前売券:¥6,000(1ドリンク別)
お問い合わせ:TEL06-6535-5569(SMASH WEST)
https://smash-jpn.com/live/?id=2195

【年間ベスト・アルバム】
# 18 - A.V. Club
# 23 - Clash
# 14 - CMJ, Cokemachineglow
# 28 - Consequence of Sound
# 12 - Crack Magazine
# 10 - Drowned in Sound
# 20 - MAGNET
# 42 - MOJO
# 14 - musicOMH, Newsweek
# 22 - NME
# 7 - No Ripcord
# 19 - Pazz & Jop
# 6 - Pitchfork
# 5 - PopMatters
# 8 - Pretty Much Amazing
# 36 - Rough Trade
# 17 - SPIN
# 25 - Sputnikmusic
# 13 - Stereogum, The Line of Best Fit
# 3 - The Quietus
# 11 - The Skinny
# 3 - The Wire
# 30 - Tiny Mix Tapes
# 18 - Uncut
# 22 - Under the Radar
# 28 - Wondering Sound


Mika Ninagawa - ele-king

 FKAツィッグス『LP1』は鮮やかなスパニッシュ・カラーのデザインである。FKAツィッグスにはスペインの血が流れ、ジェシー・カンダが移住したヴェネズエラがスペイン文化圏だと思うと、とくに不思議はないのかもしれない。しかし、あの色合いがなかなか頭から離れない。強烈である。この10年余、スペイン映画が面白くてよく見ていたせいもあるのかな。
 そんな折り、偶然、蜷川実花展のフライヤーが目に入った。カラフルというより真っ赤な写真が印象的な写真家である。なにかとスペインにこだわるイギリスのリン・ラムジー監督も『少年は残酷な弓を射る』で大胆に赤を使い倒し、とても印象的な作品に仕上げていた。それと同じように「赤」といえば「蜷川実花」という図式が僕の中には出来上がっていた。
 ところが、そのフライヤーには、こう書いてあった。「光に対するものと同じくらい、彼女の目は影にも向いています」。要約すると、4回連続で行われる展示は蜷川実花の光と影を共に見せるものだという。「黒の中には色が溢れ、色の中に黒は潜む」。なるほどー。色を見続けると黒が見え、黒の中にも色が見えてくるのか。どういう境地なんだろうか。そういえば赤塚りえ子がファンだといってたから、ちょっと誘って行ってみようかな。(三田格)


「蜷川実花:Self-image」 /原美術館 / 2015年1月24日(土)~5月10日(日)
開館時間 11:00~1700 水曜のみ~20:00 / 東京都品川区北品川 4-7-25 / 03-3445-0651 / 入館料 一般1100円

蜷川実花展 "noir"/ TOMIO KOYAMA GALLERY / 2015年2月4日(水)~2月23日(月)
営業時間 会期中無休 / 東京都渋谷区渋谷 渋谷ヒカリエ8F / 03-6434-1493

蜷川実花展 / CAPSULE / 2015年2月21日(土)~4月12日(日)
開廊時間 土曜・日曜 12:00~19:00 / 東京都世田谷区池尻 2-7-12-B1 / 03-6413-8055

蜷川実花展 / SUNDAY /2015年2月21日(土)~4月12日(日)
営業時間 水曜定休 11:30 23:00 / 東京都世田谷区池尻 2-7-12-B1 / 03-6413-8055

Film Patrol - ele-king

 アカデミー賞のノミネートが発表されると「あーもうバレンタインの季節だー」と妙な焦燥感に駆られるのですが、映画好きにとっても忙しい季節の到来ではないでしょうか。「海外の映画が入ってこないー」というのは定番のボヤキですが、最近は意外にけっこう入ってきているかな、という気もします。まさかズビャギンツェフの過去作が観られると思ってなかったし、ゴダールの3Dもあるし、ヌリ・ビルゲ・ジェイランもようやく入ってくるはずだし、むしろそのスピード感について行くのに必死です……が、今年もたくさん、映画館で映画を観ましょう。

 というわけで、現在公開中、あるいは間もなく公開の注目作をいくつかご紹介。


ジミー、野を駆ける伝説
監督 / ケン・ローチ
出演 / バリー・ウォード、シモーヌ・カービー、ジム・ノートン 他
配給 / ロングライド
2014年 / イギリス=アイルランド=フランス
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほかにて公開中。
©Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinema,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannan na hEireann/the Irish Film Board 2014llllllll

 ブレイディみかこさんの『ザ・レフト UK左翼セレブ列伝』のケン・ローチの項を読んだ方には、あるいはケン・ローチのフィルモグラフィを追っている方には、この映画について説明することはあまりない。80を目前としたイギリスの至宝が、相も変わらず、持たざる者たち、貧しき者たち、労働者たち、庶民たち……の尊厳について見つめるばかりである。舞台は内戦後の1930年代のアイルランドで(つまり『麦の穂を揺らす風』(2006)の後)、故郷の片田舎に庶民たちが集うホールを作った実在の活動家ジミー・グラルトンの半生を取り上げている。とはいえ、原題を『JIMMY’S HALL』(ジミーの集会所)としていることからもわかるが、この映画の中心はグラルトン以上に「ホール」である。そこでは金のない村人たちが芸術やスポーツを学び、詩を朗読し、政治について議論し、そして週末にはダンスをしに集まる。もっとも重要なのは、これはそのホールを「再建する」話だということだ。明らかにローチ監督は、現代のイギリスに……世界に向けてこの史実ものを撮っている。貧しき者たちへの教育がますます失われてゆく時代にあって、その場所をいまいちど「手作りで」生み出そうというのである。たとえ焼き払われようとも。
 ケン・ローチの映画では、何よりも「彼ら」の顔がどのように見えるかということに最大の注意が払われている。たとえば『エリックを探して』(2009)でのエリック・カントナを含めるおっさんたち、『明日へのチケット』(2005)でのセルティック・サポーターの少年たち、そして『ケス』(1969)でむっつり黙っていた少年が自分の鷹について語りはじめるときの、胸の奥から何か熱いものが生まれてくるときの表情。本作での美しいシーンはなんといっても老若男女がホールでダンスに興じるところで、彼らの生きた顔たちを見ていると、いつまでもこの時間が続けばいい……と思わずにはいられない。『ルート・アイリッシュ』(2010)の厳しさにはいくぶん慄き、『天使の分け前』(2012)での切実な優しさにはため息をついたが、本作にはそのどちらもがあり、そして、別れのシーンはローチ監督からのメッセージが含まれているようでなんとも切ない。エルマンノ・オルミやアキ・カウリスマキ、そしてローチといったヨーロッパの大御所監督たちの近作を観ていると、そこにあるのは失われていくふるき良き理想主義のように見えてしまうことがある。けれども彼ら自身は僕の勝手な寂寥感をよそに、そんなこと知ってるぞ、だからどうした、という頑固じじいの佇まいでその信念を曲げることはない。

予告編

ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して
監督 / アルノー・デプレシャン
出演 / ベニチオ・デル・トロ、マチュー・アマルリック、ジーナ・マッキー 他
配給 / コピアポア・フィルム
2013年 フランス
シアターイメージフォーラム ほかにて公開中。

 精神分析の映像化でありつつ、同時に対話と友愛の物語。ハンガリー生まれのユダヤ人にして「民族精神医学の確立者」であるジョルジュ・ドゥブルーの著作を基にしているが、彼が実際に行った、第二次大戦後すぐのモンタナ州で精神を病んだアメリカン・インディアン(ネイティヴ・アメリカンという呼称のない時代だ)の対話療法について描く。デプレシャン作品における、これまでのようなずけずけとした言葉の応酬は抑えられ、かわりに、じつに丁寧にじっくりと「他者」へと分け入っていく過程が描かれている。そしてまた、アメリカという20世紀の大国のなかで、ふたりの異邦人/マイノリティが出会い、別れるというある「縁」についての映画でもある。
 この、アメリカを舞台としたフランス映画のふたりの辛抱強い対話を思い返しながら、いまフランスで起きていることを思う。そこには何か、「他者」あるいは「異邦人」を理解しようとする態度が決定的に足りていないように感じられる……。自らの内面の混乱に苦しむインディアンに扮するベニチオ・デル・トロはいまなお、アメリカのなかで自らをマイノリティだと感じるという。だから本作でわたしたち観客が見つめるのは彼の苦難そのものであり、そして、この映画では本質的な意味での癒しを探求しようとする。

予告編

ビッグ・アイズ
監督 / ティム・バートン
出演 / エイミー・アダムス、クリストフ・ヴァルツ 他
配給 / ギャガ
2014年 アメリカ
TOHOシネマズ渋谷 ほかにて、1月23日(金)より公開。
©Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.

 ポップ・アート時代のアメリカで絵画〈ビッグ・アイズ〉シリーズを世に放ち人気を博したウォルター・キーンの作品は、じつはすべて妻マーガレットが描いたものだった……という、ティム・バートン監督久しぶりの実話もの。で、搾取される妻=DVものとも言えるし、著作権マーク©への大いなる皮肉もこめられているだろうけれど、バートン作品として見るとこれは『ビッグ・フィッシュ』(2003)と似た構造なのではないかと思う。つまり、あるホラ話がアメリカの歴史を作った、というのである。バートンはいつでも、そうした作り話が現実を動かしうる力について描こうとしてきた。しかしながら、ホラ話が現実と折り合いをつける『ビッグ・フィッシュ』と比べると、現実がホラ話を打ち負かしてしまう本作の顛末を、バートン作品としてどういう変化と見なせばいいのだろう。60年代のアメリカを突き動かした「嘘」を、告発したいのか懐かしみたいのかの判断が非常に難しく、バートンのあの時代への複雑な感情を見る思いがする。
 話はやや逸れるけれど、今年のアカデミー賞で最多ノミネートとなったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(https://www.foxmovies-jp.com/birdman/)がティム・バートンの『バットマン』(1989)のメタ映画となっているのも、何とも興味深い話である……『バードマン』はヒーローものを演じたかつてのスター(虚構のヒーロー)が、ブロードウェイのアート作品での成功(実際的な俳優としての評価)を得ようとする話、らしい。どちらが偉いのではなく、どちらも混乱しながら共存するのがアメリカということなのだろうか。

予告編

6才のボクが、大人になるまで。
監督 / リチャード・リンクレーター
出演 / エラー・コルトレーン、パトリシア・アークエット、イーサン・ホーク 他
配給 / 東宝東和
2014年 アメリカ
TOHOシネマズシャンテ ほかにて、公開中。
©2014 boyhood inc./ifc productions i, L.L.c. aLL rights reserved.

 こちらもアカデミー賞ノミネート。『ビフォア~』三部作は言うに及ばず、リチャード・リンクレーターは時間がつねに不可逆であることを逆手にとって、その「瞬間」をロウな感触のあるものとして立ち上げることに長けている。『ビフォア~』3部作ではそれぞれ「ある一日」を描くことでそれ以前と以降がシームレスに、しかしはっきりと異なる世界になり得るということを示していたが、この映画では、ある家族の物語を12年にわたって同じキャストで撮りつづけている。それは大変な労力と時間を要するということ以上に、もっと単純な映画の問題として、絶対に「撮り直せない」。そのことは少年時代(原題は『Boyhood』)が二度と戻らないことをあっさりと、しかし強く宣言する。ここで映されているのは、ほとんどが誰の身にも起こるような些細な出来事の積み重ねに過ぎないが、しかしそれこそが映画的な呼吸になっていく。

 主役に抜擢されたエラー・コルトレーン少年がどこか不格好な思春期を経て、しかし本当に精悍な青年へと成長しているのには無条件に胸を打たれるものがある。この映画は21世紀のアメリカにおいて、落ちぶれていく中年ではなく真っ直ぐに育っていく少年を描くということには大変な手間がかかるということの証明でもあるが、だからこそ一際瑞々しい輝きを湛えているのだろう。

予告編

KOHH - ele-king

 梔子。くちなし。東アジアに分布する常緑低木。英名は「ケープ・ジャスミン(Cape Jasmine)」、花言葉は「幸せを運ぶ」、「私はとても幸せ」、「胸に秘めた愛」、「洗練」。花びらは白く、朱色の実をすりつぶして得られる染料は少しだけ赤味を帯びた柔らかな黄色で、抽出される香りは、ほのかに甘い。その実は熟しても決して割れ落ちることがなく、よって和名は「口無し」「朽ち無し」に由来する、とされる。──喉仏にマルセル・デュシャンのモナリザ、左手の甲にニコラ・テスラのタトゥーをでかでかと彫り込み、前歯に金や銀のグリルズを光らせる日本人ラッパーのアルバム・タイトルとしては、とても謎めいていて、同時に様々なイメージを喚起する、秀逸なネーミングだと思う。

 2015年1月1日、新年の喧噪のさなかに東京都北区王子のKOHHの「ファースト・アルバム」である『梔子』は届けられた。去年の夏、新人としては異例のセールスを上げた『MONOCHROME』のリリース時点ですでに明らかにされていたことだが、制作順で言えば、実はこの『梔子』こそが正真正銘のKOHHの「ファースト・アルバム」であり、その完成後、まずはよりKOHHの内面を掘り下げた楽曲をリリースすべきだとの判断のもと、急遽レコーディングされた「セカンド・アルバム」が、前作『MONOCHROME』だったことになる。
 そのタイトル通り、都市生活者の心象風景を精緻にスケッチしたモノクロのポートレートを思わせた『MONOCHROME』の濃いブルーの佇まいに比べて、制作時期もバラバラな楽曲で構成された本作は、より多彩で、初々しい雰囲気に満ちている。トラックのほとんどは、GUNSMITH PRODUCTION所属の俊英ビートメイカー、理貴によるもの。彼がこれまでも得意としてきた疾走感のある叙情的なビートに加え、サックスやストリングスを取り入れたメロウで奥行きのあるミドル・テンポ・チューンなど、KOHHとの新たなコンビネーションを披露している。

 聴き終えて残る印象は三つ。一つめは、旅立ちと別れのフィーリング。現時点で最も新しくレコーディングされたというリード・シングル“飛行機”も、「どこにいこう?」というフックが印象的に繰り返され、「いってきます、未来に」と締めくくられる“WHERE YOU AT?”も、どちらも放送禁止用語やきわどい表現は皆無のさわやかさで、新たなフィールドに足を踏み入れる瞬間の、特別な高揚感を漂わせている。最も古い曲は3年前に録られたものだというから、当然KOHHのライミングもフロウも荒削りだが、直感的でときに幼児的なボキャブラリーは、東京の片隅で育った一人の青年の幼い野心のうごめきと青春の終わりを、みずみずしいタッチで写し取っている。
 二つめは、愛。普遍的な愛ではなく、性愛。つまりラヴ・ソング。まずは、R. ケリーばりの艶っぽさで愛情のない剥き出しの性的欲望のやりとりを描き、そのままフェミニズムの教科書にセクシズムとミソジニーの典型的なサンプルとして載せられそうな“NO LOVE”、そして、成熟と呼ぶにはあまりにも初々しい手つきで「ボーイ・ミーツ・ガール」の定型的な物語をなぞってみせる“REAL LOVE”。
 それぞれ直球なタイトルがつけられた対照的な2曲を聴いて連想したのは、レオス・カラックスのSFノワール『汚れた血』の劇中のセリフ、「いま、きみとすれ違ったら、俺はこの世界すべてとすれ違ってしまうことになる。そんな人生って、あるか?」── 愛のないセックスによって感染する奇病が蔓延する近未来のパリで、運命的なヒロインに出会った主人公の男が吐く言葉。いくらありきたりでも、当事者にとってはひどく切実なボーイ・ミーツ・ガールのこんな決まり文句は、だが、必ず裏切られる。終盤にかけてセンチメンタルなトーンで描かれるのは、その拙い恋物語の終わりであるとともに、KOHHにとっての「青の時代」の内省の始まりでもある。
 三つめは、ミックステープ『YELLOW T△PE』シリーズからの再録曲に顕著な、徹底した空虚さ。現代の消費主義のアイコンである最新の携帯電話をモティーフに、SNSを通じたチープで発情的なコミュニケーションを露悪的に表現する”iPhone 5”、そして何より、A$AP ROCKYの”PUSSY, MONEY, WEED”を彷彿とさせる虚無的なパンチライン、「ただ生きてるだけ/女と洋服と金」が飛び出す"JUNJI TAKADA"。特に、有名コメディアンの名前と衝動的なフレーズを繰り返すだけの後者のリリックは、30分で書き上げ、推敲もあえて一切しなかったそうだ。このジャンクフードのような言葉とノリを、まるで甘さのない、圧倒的な強度のビートにのせてバウンスさせること。ひどく空っぽで、かつ強烈なこの自己肯定は、同時代の凡百のパンク・バンドに、ピストルズの「プリティ・ヴェイカント」の現代的なヴァージョンがどのようなものか、まざまざと教えてくれるだろう。

 決定的に重要なのは、これらの夢や欲望や愛をめぐる独白がどれも、USラップからのいくつかの引用と、まるでひと昔前に流行したケータイ小説のような、とてもシンプルな日本語だけで成立していることだ。巨大な壁のようにそびえ立つ団地、汚れたハイエース、渋谷の喧噪のなかで仰ぎ見る青空、切り裂かれた宇多田ヒカルの歌声、やりたいだけのブーティ・コール、汗ばんだ女の首もとで踊るダイヤモンド、iPhoneで撮る半裸のセルフィー、灼けた肌のタトゥーをなぞる唇、遊びの相手とお揃いのピンキーリング、宝石店に強盗に押し入る目出し帽の男たち、ルブタンのハイヒール、幼馴染たちの実名、死んだ友人の面影、JFKに向けて離陸する飛行機、女の頬を伝う涙…。
 そこでは、かつてソウル・ミュージックが慎みとともに「メイク・ラヴ」と呼んだ愛の営みは「ファック」と粗暴に呼び変えられ、その相手は「ビッチ」、ときには「プッシー」と、もはや「女性器そのもの」の俗称で呼ばれる。徹底的にモノ化した男女の身体のイメージと、電波のように飛び交う無防備な感情が、ひどくたどたどしく、それゆえ生々しい言葉ですくい取られることで、ぎりぎりのところで新鮮なポップ・ミュージックに昇華されている。これは、いままで一度も文化と呼ばれることのなかった文化であり、一度もアートと呼ばれることのなかったアートだ。図書館の棚に整然と陳列される「文化研究」のテキストや、アーティストの卵が「アート」の制作にはげむ美大のアトリエには決して存在しない、濃密な文化と芸術の先端が、ここに無造作につかみ取られている。

 強く直感するのは、これが犬の言葉だということ。目の前の快楽をただむさぼり、自分が選んだ絆だけを真っすぐに強く信じる、純粋で乱暴な、犬の言葉。かつてスヌープ・ドギー・ドッグがカートゥーン風の自画像で自らを「犬」と呼んだ自己演出さえも、いまや必要とされない。そんなメタファーなどなくても、KOHHが頻繁に発する「UGHH」という唸り声や、フロウの端々で裏返るファルセット、いきなり噴出する怒声を聴けば、誰にでもすぐに、これが犬の言語だとわかる。
 実はこれはKOHHに限ったことではなく、直近で言えばOG MACOやRAE SREMMURDなど、近年のUSの若手ラッパーたちも、もはや「鳴き声」としか形容しようのない、奇妙で動物的な発声を多用する。詩情のまるで感じられないスカスカでジャンクな言葉、そしてそこからもこぼれ落ちる、叫びとも呻きともつかない、衝動的な喉の震え。ラップ/ヒップホップ文化のなかで繰り返し表現されてきた「犬(Dawgs)のような俺たち」という比喩が、いつの間にかラッパーたちの生身の身体に浸透し、独自の言語を操る新種のミュータントを誕生させたかのようだ。
 だから、手のつけられない凶暴さと、こちらが気恥ずかしくなるほどのナイーヴさが同居しているのも、少しも不思議ではない。つぶらな黒い瞳と尖った牙。無邪気な仕草と獰猛なうなり声。涎を垂らしてひび割れたコンクリートを低くうろつき回り、突如驚異的な跳躍力でジャンプする。濡れた鼻先を鳴らして仲間たちとじゃれ合い、敵対者には鋭く牙を剥く。重苦しい現実のプレッシャーからも、ポリティカル・コレクトネスのくびきからも、彼らは自由だ。自分たちに名前をつけ、首輪をはめて飼い馴らそうとする新しもの好きの手をすり抜けて、犬たちの群れは次々と未開の場所を目指す。この『梔子』を聴いた後、続いて制作された『MONOCHROME』を聴き直せば、あのアンビヴァレントな叙情が爆発する“貧乏なんて気にしない”が、「Started from the bottom Now my whole team fuckin' here」(Drake)の高らかな宣言だったことが、はっきりとわかるだろう。

 だが、こうしたストーリーもすでに昔話に過ぎない。事実、KOHHはもうサード・アルバムに向けて動き出している。昨年末に1ヶ月ほどNYのハーレムに滞在していたKOHHは、次作はアメリカに渡ってレコーディングするそうだ。その直近の軌跡を知るうえで重要な客演曲がふたつ。ひとつは、KOHHがハーレム滞在時にともに行動していたラッパーJ $TASHが来日の際、ANDY MILONAKISを加えて地元王子でPVもろともたった1日でレコーディングされたという「HIROI SEKAI(WORLDWIDE)」。もうひとつは、韓国のアンダーグラウンド・レーベル〈HI-LITE RECORDSのKIETH APE〉の新曲に、 彼が所属するTHE COHORTのOKASIAN、JAY ALL DAY、日本からは SQUASH SQUAD の LOOTA とともに招かれた"It G Ma"。どちらも海を超えた共同制作であるという点で目新しいとともに、そこで聴けるKOHHのフロウは、彼が著しい進化の途上にあることを雄弁に物語っている。
 むろん海外勢とのジョイントはこの2曲に限ったことではない。サウス・ヒップホップの音楽的爆心地のひとつ、ヒューストンのSLIM Kが『YELLOW T△PE』シリーズの楽曲をドラッギーにリミックスしたチョップド&スクリュー盤『PURP TPE』の例に象徴されるように、KOHH、そして彼が所属するGUNSMITH PRODUCTIONは、近年インターネットを中心に急速に発達してきたミックステープ・シーンが生み出したグローバルなラップ/ヒップホップ文化のコミュニティ、ないしはネットワークを共有している。昨年、DJ ISSOとSEEDAがサウス・シカゴの新鋭CHIEF KEEF周辺の重要人物、DJ KENNとのコラボレーションのもとリリースした『CCG THE CHICAGO ALLIANCE』や、ANARCHYがメジャー・デビュー直前に同じく多くの海外アーティストを招いてフリーダウンロードで発表した『DGKA』といったミックステープが、こうした流れの一端であることは論をまたない。

 いま起ころうとしているのは、それぞれの社会の文脈によって多様にローカライズされつつも、国境を越えて確かに共振する、グローバルなアウトサイダー・カルチャーの混淆だ。まるで基礎教養のように様々なドラッグの隠語をそらんじ、幼い頃から熟知した犯罪の符牒を暗号じみた手つきとアイコンタクトでやり取りする、越境者たちのコミュニティ。服では隠せない場所に入れたタトゥーでお互いのアイデンティティを確認し、通常の人間には聴こえない周波数の音に耳を尖らせ、独自のスラングと遠吠えで交信する、異形の犬たちのネットワーク。グローバルなラップ/ヒップホップ文化は、これまで強く根ざしてきた場所と人種に基づく垂直的な軸に、インターネットをベースとした流動的なネットワークによる水平的な軸が加わることで、ゆるやかに再構成されつつあるようだ。
 東京北部郊外、隅田川沿いにそびえる巨大な団地のたもとで鳴らされるこのラップ・ミュージックは、官製の文化政策をバックに、国民的アイドルや現実から遊離したアニメーションによって推進される「クール・ジャパン」とはまったく別種の、日本から世界への応答となるだろう。本作『梔子』は、世界中にバラまかれたラップ/ヒップホップという危険な文化の種子が、極東の地で独自の交配を繰り返して誕生した突然変異種であり、マリファナの灰とコデインの原液を養分に育った、いびつで、美しい花だ。しかも、毒を秘めた。

 ここにあるのは、最新の、古いポートレート。紙飛行機のかたちをした置き手紙。タイムラグとともに届けられた初対面の挨拶は、そのまま別れの言葉だ。ハロー。グッバイ。アイ・ラヴ・ユー。リラックスして真っ白なカンバスに向き合えば、ピカソ風の自画像が歌い出し、隣で写楽が伴奏する。あっという間に月と太陽が入れ変わり、手もとのiPhoneが出かける時刻を告げる。赤い口紅の付いたTシャツを着替えて、真新しいキックスに足を突っ込む。甘い香水の匂いも、首筋のキスマークも、すぐに消える。はじめまして。さようなら。いってきます。だけど、いまはまだここにいる。喧噪の余韻を濡れた鼻先に感じながら、次に見る景色を思い浮かべている。さあ、どこにいこう?

Ryuichi Sakamoto, Taylor Deupree, Illuha. - ele-king

 2月、坂本龍一、テイラー・デュプリー、イルハ(伊達伯欣+コーリー・フラー)の共作が〈12K〉よりリリースされる。
 これは、2013年の7月、山口県のYCAMホワイエにて坂本龍一をディレクターに迎えて開催された「アートと環境の未来・山口 YCAM10周年記念祭」におけるライヴ音源。

 以下、〈12K〉のレーベル・サイトから。

 「糧や会話や探求のためにアーティストたちはコンサートの日々に集った。有意義で、打ち解けた情調があり、彼を共演へと導いていった。ピアノ、ギター、パンプオルガンやシンセサイザーによる即興演奏は結果的にアーティストたちに深いところで影響をもたらしたのだった。
 4人はそれまで一度も共演したことがなかったが、徐々に彼らを取り巻いた節度や聴力のレヴェルにあっけを取られてしまった。息をのむほどの静寂に腰をおろしたオーディンスたち。音楽は7月の空気に満ちた束の間の休息を彼らに与える。
 最後に奏でられた静かな一音が暗闇に消え入るとき、アーティストたちは自らが深い旅に出ていたのだと気づくのだった。このような瞬間が捉えられたときこそ幸運な出来事であり、コンサートはまさにそうであった(その様子は良質なDSDによって録音された)。
 不変で齢を重ねることとは無縁な音楽の性質を指す永久性が、シンセサイザーや加工されたギターにはじまり、開放的で空気感のあるプリペアド・ピアノと無音の連続性や、果ては寂寥なピアノ、ひび割れた既製品やフィールド・レコーディングの音声、そして霧のように宙に浮遊する音による、限りなく忘れがたい繊細な子守り歌の緩やかな層を横断する3楽章に存している。
 永久性とは我々と時間の伸張を囲い込むだけではなく、単一の記憶や、時間が静止し4人の音楽家が合一する刹那の記録への広がりをも包括するのである」

Ryuichi Sakamoto, Taylor Deupree, Illha
Perpetual
12k


以下、イルハからのコメントです。

「この日の演奏は、坂本さんのプリペアドピアノ、テイラーがモジュラーシンセ、僕らはパンプオルガンとギターを中心にコンタクトマイクなどで坂本さんの音をプロセッシングしたりしました。
 演奏前の二日間も演奏者でゆっくり食事ができ、企画のタッツを始め、YCAMスタッフも素晴らしく、良い演奏に繋がりました。
音源を聴いて改めて驚かされたのはPAのzAkさんのミックスと音質の良さです。当日はテイラーとILULHAのトリオの演奏の後に、数十秒のインターバルを挟んで坂本さんとのカルテットでしたが、音楽的な連続性があったので1曲にしました。各チャンネルごとの録音もあったのですが、結局zAkさんの2mixを使うことになりました。
 山口という場所に、あれだけの施設があるということは不思議なことですが、山口だからこそYCAMが存在しているんだと思います。
またいつか演奏出来たらと思っています」 ── ILLUHA

※なお、TaylorDeupree, ILLUHAの参加したStephan Mathieu, Federico Durandとのツアー音源が ハイレゾで1ヶ月限定で以下で販売されている。 https://kualauktable.limitedrun.com/

映像をBaconが、音楽はRezzettが再編集! - ele-king

 スケートシング、トビー・フェルトウェルらによる東京発のアパレル・ブランド〈C.E〉より2015 Spring/Summerのルックムービーが公開された。

 これは、昨年末〈Tokyo Fashion Week VERSUS TOKYO〉にて披露されたプレゼンテーションの模様を俯瞰カメラでシュートし、このルックムービー用にBacon(足下から視界までコントロールする方々)が映像をエディット。

 そして、当日もライヴをこなしたRezzett(英国より現れた謎に満ちたニューカマー、しかし一聴してソレとわかる電子音を司る2人組)によって新たにマスタリングを施された内容は一見の価値あり。もちろん当日のライヴ音源を使用している。

 ムービー公開に合わせて、今回もニューヨークのSplay/がC.Eのウェブサイト・リニューアルを担当(www.cavempt.com)。
 New York / London / Tokyoと張り巡らされるC.Eネットワークが、オンライン上にて結実した世界は2015年も増殖膨張をつづける。

Rae Sremmurd - ele-king

 2014年を12インチ・シングルで振り返ろうと思ったらニッキー・ミナージュ「アナコンダ」は配信しかなかった。前作『ローマン・リローデッド』(2012年)はつまんねーアルバムだったけど、「ビーズ・イン・ザ・トラップ」はチョー好みだったので、これだけでも12インチがあればなーと思っていたのに、ジェイ・Z『ブループリント』へのアンサーだったという『ピンクプリント』からの先行ヒットまで12インチがないとは……。USヒップホップとの距離が遠ざかるわけだよなー。二木もぜんぜん原稿、書かないしなー(最近、顔見ないけど、また留置場にいるのかなー)。

 こうなったら意地でも12インチで切ってほしい2015年のUSヒップホップを先に探し出すしかありません。そしてこうして……出会ったのがイアー・ドラマーズを逆から読んだレイ・シュリマー(Rae Sremmurd)による「アンロック・ザ・スワッグ」。これは絶対に切られないでしょう。

 ミシシッピ出身、現在はトラップを生み出したアトランタからいささかクリシェに聞こえる「ノー・フレックス・ゾーン」のヒットで注目を集めたスウェイ・リーとスリム・ジミーのデビュー・アルバムは“マイX”や“アップ・ライク・トランプ”など、野々村竜太郎の号泣釈明会見を思わせるヘンな溜めのあるラップがちょっと癖になる。トラップとしてはそんなにヒネりはないのかもしれないけれど、アクセントを最初に置くか、どこにもアクセントを置かずに全体をフラットにしようとするフローとはちがって、ドレミファソファミレのような音階をつけてラップするときがだんぜんおもしろい。それだけなんですけどね(半分以上は普通)。この兄弟に関して「声変わりしないでほしい」というコメントをいくつか見かけましたけど、19歳と20歳なので、もう声変わりはしないと思うんだけど……(“スロウ・サム・モー”にはニッキー・ミナージュも参加)。

 フローがおもしろいといえば、1年前に……新人にもかかわらず、すでに3000万人もこれを見ているとは……

 やっぱり、これはなにかの勘違いなんだろうか。2014年は再発の帝王と化したルイス(Lewis Baloue)のラップ・ヴァージョンといいたいところだけど、時代がちがうとはいえ、本人が真面目なのは同じだろうし。しかも、自分でコメント欄に「僕、まだ生きてる?」と書いて500もリプがある。これを読む勇気はないなー。日本のおたくもかつてのように、もっと気持ち悪くならないといけないのではとさえ思う。

 勘違いといえばナズの変名だと思われて一気に知名度を上げてしまったのがユア・オールド・ドルーグ。コニーアイランド出身で、本人に取材を敢行した人たちが相次いで「ナズではなかった!」とリポートするほど声が似ている。曲が似ていると犯罪になってしまうこともあるけれど、声は……う~ん。

 ポスト・モータウンでは最高の瞬間といえるシルヴィア&モーメンツ(誰かアナログ再発してくださいよ)をサンプリングした“U47”など70年代のサンプリングが多いのかな(?)、サウスに漲る緊張感がまったくない生硬な14曲を聴かせる。それにしても、まったりしてしまう……。正月気分に引き戻される……。戻りたい……あの頃(20日ぐらい前)に……。

 最後に、もう1曲。この展開は誰も予想できないっしょ。

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