「Nothing」と一致するもの

Sam O.B. - ele-king

 オベイ・シティ名義で2010年代初頭から作品をリリースし、ベース・ミュージックの中でもフューチャリスティックかつポップな作風で人気を博するサミュエル・オベイ。フォルティDLマシーンドラムなどに続き、ニューヨークにおけるベース・ミュージックの発展に貢献してきた彼だが、もともとヒップホップのトラックから作品制作を始め、トラップやR&Bにもシンクロするスタイルを持っている。マシーンドラムに紹介されてグラスゴーの名門〈ラッキミー〉と契約を結んでからは、「シャンペーン・サウンズ」(2013年)と「メルロー・サウンズ」という2枚の12インチEPをリリースしているが、それ以前の作品に比べてメロディアスで器楽性が高まっていった。DJ/トラックメイカーで、〈アストロ・ノウティコ〉というレーベルも運営する彼だが、デスクトップで作品制作をする以前はバンドを組んでベースを弾いたり、小学生の頃は学校のオーケストラに参加していたそうなので、もともとミュージシャン的な資質を持つアーティストだ。また、彼の父親は『ローリング・ストーンズ』誌などでコンサルタントを務めていた人で、幼い頃はそんな父のレコード・コレクションに触れ、ロック、ソウル、ジャズなどを愛好して聴いていたという。Seihoと組んで2014年にジャパン・ツアーを行なったこともあるが、その頃のインタヴューを読むとスティーヴィー・ワンダー、プリンス、トッド・ラングレン、スティーリー・ダン、ジョージ・デュークからの影響を述べており、彼の作品の断片からは確かにそうした音楽性も感じられる。「メルロー・サウンズ」はケレラなどのシンガーをフィーチャーした曲が多く、よりR&Bに接近した作品集だった。同年にはケレラのEP「ハルシオーネ」で、ガール・ユニットやキングダムらと組んで“リワインド”の楽曲プロデュースを行なっていたが、この頃のオベイ・シティはキングダムはじめ〈ナイト・スラッグス〉や〈フェイド・トゥ・マインド〉のアーティストたちと通じるサウンドだった。

 「メルロー・サウンズ」まではほとんどトラック制作のみだったが、その後は自身で歌う曲もいくつか作り始め、今回サムO.B.名義で初めてのフル・アルバムを作り上げた。名前を変えているのは、トラックがメインのオベイ・シティとの棲み分けということだろう。この『ポジティヴ・ノイズ』はシンガー、及びソングライターとしての側面がクローズ・アップされたものである。以前のインタヴューでも、1970~80年代のクインシー・ジョーンズのように自分の音楽をいちから作り上げるプロデューサーでありたいと述べ、そのクインシー・ジョーンズがプロデュースしたマイケル・ジャクソンを理想のシンガー像に挙げていたが、そうしたサミュエル・オベイの念願が叶ったアルバムだと言えよう。ヴォーカルにベース、ギター、キーボードなど各種楽器演奏、トラック制作を全てひとりで行っており、敬愛するスティーヴィー・ワンダーのようなマルチ・プロデュースぶりである。“ニアネス”はプログレとフュージョンを混ぜたような演奏で、トッド・ラングレンのユートピアあたりを彷彿とさせる。レイドバックしたブギー・フィーリングを感じさせる“コモン・グラウンド”は、ロック、AOR、ソウル、ディスコなどの折衷した作品で、ポップながらも捻りのきいたメロディ・センスはスティーリー・ダン譲りと言える。中性的に変調させたヴォーカルとシンセ・ポップ風のトラックによる“バランス”、メロウネスに富むミディアム・スローのシンセ・ブギーの“ソルト・ウォーター”や“リヴォルヴ”など、全体的に80sテイストの作品が多い。“サイレンズ”はハウ・トゥ・ドレス・ウェルあたりの方向性に近いR&Bで、ポップなメロディ・ラインと実験性を同居させている。“サムライ”は日本びいきの彼らしいタイトルで(サミュエルは大学時代に日本に9ヶ月ほど住んでいたことがあるそうだ)、ゲスト・シンガーのエリサのキュートなヴォーカルがフィーチャーされる。この曲や“ミッドナイト・ブルー”などはR&Bとも異なるインディ・ポップで、サミュエルが幅広い音楽的バックグラウンドを持っていることを示す。“ファイアーフライ”はニューウェイヴとエレクトロとAORディスコがミックスされたような不思議な魅力を持つ楽曲。“273 AM”はマリンバの音色がミニマルな雰囲気を漂わせ、ベーシストとしてのサミュエルの演奏が際立つ作品。ロフト・クラシックスとして知られるサン・パレスの“ルード・ムーヴメンツ”を思い起こさせるムードだ。R&Bの枠に収まらないポップ・ソングとしての幅広さを持ち、ソングライター、メロディ・メイカーとしての才能に満ちたこのアルバムは、近年で比較するならブラッド・オレンジの『キューピッド・デラックス』(2013年)や『フリータウン・サウンド』(2016年)にも匹敵する作品だと言える。

The Beach Boys - ele-king

 サマー・オブ・ラヴから50年だという。映画で言うとアメリカン・ニューシネマ、たとえば『俺たちに明日はない』から50年だ。アメリカ文化に夢中になったことのある人間なら誰しも、あの鮮烈な時代に対して憧れを持っているものだと僕は20代のある時期まで思っていたのだが、どうやらそうでもないらしいことを最近では理解している。半世紀前に西海岸で起こったことに思い入れるのは、この21世紀において……とくに、いわゆるミレニアル世代では変わり者のようなのだ。カルチャーの側から「世界を変えられる」とした大げさな想像が、世知辛い現代に有効でないことはじゅうぶん理解できる。そうして60年代のアメリカのロック音楽は紙ジャケとなり、日本において多くは中高年のノスタルジーとして消費されている。「若者は60年代のクラシック・ロックを聴かない」という話もある。が、それはべつに悪いことではないのだろう。世代が交代すれば、価値観は変わっていくものだ。
だが……、それでも、あの頃の壮大な「夢」にいまのわたしたちが感じられる何かはないのだろうか? そんな風に考えたきっかけはいくつかあるが、極めつけは昨年出たザ・ナショナル監修のザ・グレイトフル・デッドのコンピレーションだ。アメリカのインディ・ロック勢は、いまこそ懸命に50年前を振り返っている。そこには何か切実な理由があるように思えてならないのである。


50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き
萩原 健太

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 アメリカ音楽を追い続けてきた音楽評論家である萩原健太氏にとっての1967年とは、「ビーチ・ボーイズの『SMiLE』が出なかった年」なのだという。サマー・オブ・ラヴ全盛の西海岸にいながら、その渦中にはいられなかったビーチ・ボーイズ。彼らが出すはずだったアルバムをこの2017年から検証するのが『50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』だ。同書は僕のような変わり者のアメリカ音楽好きの心を見透かすように、現在のアメリカの風景を50年前のそれと重ね合わせつつ幕を開ける。そうして、あまりにも巨大な謎であった『SMiLE』というアルバムの特異性が、著者である氏のライヴ体験を紐解きながらひとつずつ語られていく。79年の江ノ島から2016年のニューヨークへ。読んでいると、その大きなアルバムのヒントをひとつ得て歓喜し、かと思えばまた煙に巻かれて悩んだビーチ・ボーイズ・ファンの道のりを追体験するようだ。
 萩原氏はビーチ・ボーイズを「永遠のカリフォルニア・ティーンエイジ・ドリーム」なのだと本書で形容する。現代のアメリカの優れたインディ・ロックを聴いていると、その図抜けたポップさと音楽的実験への好奇心は形を変えつつ確実に受け継がれていることがわかる。だが、なぜビーチ・ボーイズだけが特別なのか?
 ここでは『SMiLE』 の空白をリアルタイムで体験できなかった世代のひとりとして、萩原氏に素朴な疑問をぶつけてみることにした。「なぜ、いまビーチ・ボーイズを聴くのか」。ビーチ・ボーイズのことを話すのが楽しくて仕方ないという様子の氏と言葉を交わしながら僕は、リスナーの想像力を掻き立てるバンドとしてのビーチ・ボーイズの魅力を垣間見たように感じた。副題が『ぼくはプレスリーが大好き』の引用となっていることからもわかるように、『50年目の『スマイル』──ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』には何よりもアメリカ文化への著者のときめきが詰まっている。(木津)

Pitchforkって21世紀のインディ・キッズにいろいろな意味で影響を与えたメディアだと思うんですけど、60年代のベスト200曲とベスト・アルバム200枚を載せていたんですね。それを見ていると『Pet Sounds』が2位なんですね。1位はヴェルヴェッツなんですけど。(木津)

そうかあ。それはうれしいかも。ビーチ・ボーイズが上に来るのは少し前のトレンドだって気がしていたから。(萩原)

それでベスト・ソングの1位が“God Only Knows”なんですよね。ようするにビーチ・ボーイズは21世紀になってもアメリカのインディ・ロックにおいてはすごく意味をもっているんですね。(萩原)

木津毅:僕は1984年生まれなんですけど、10代の後半からアメリカの音楽がすごく好きになって。

萩原健太:というともう世紀が変わろうとしている頃ですね。

木津:そのあたりからアメリカの音楽を聴きはじめて、僕は00年代のインディ・ロックがすごく好きで、ele-kingにもアメリカのロックのことについて書いたりしているんですけど、日本にアメリカのロックのことを伝えるのがけっこう難しくて。21世紀にビーチ・ボーイズを聴くということをどういうふうに考えたらいいか、というのはとても難しい問題だと思っています。そもそも野田さんが僕を駆り出したのは、いまの日本の若い音楽ファンからビーチ・ボーイズを聴いている感じがしないと言うからなんですね(笑)。60年代のクラシック・ロックみたいなものをあまり聴かないと。

萩原:言ってみればビーチ・ボーイズどころの騒ぎじゃないよね。

木津:洋楽リスナー自体が減っているというのもあるんですけど、それ以上にパンクの頃までだったらギリギリ遡れるけど、それ以前になると遡るのが難しいということがあると思うんですね。今回の対談に向けていろいろと見ていて、Pitchforkって21世紀のインディ・キッズにいろいろな意味で影響を与えたメディアだと思うんですけど、60年代のベスト200曲とベスト・アルバム200枚を載せていたんですね。それを見ていると『Pet Sounds』が2位なんですね。1位はヴェルヴェッツなんですけど。

萩原:そうかあ。それはうれしいかも。ビーチ・ボーイズが上に来るのは少し前のトレンドだって気がしていたから。

木津:それでベスト・ソングの1位が“God Only Knows”なんですよね。ようするにビーチ・ボーイズは21世紀になってもアメリカのインディ・ロックにおいてはすごく意味をもっているんですね。

萩原:確かに、若いミュージシャンの話をいろいろと聞いてみると、そういう人も多いみたいね。

木津:つまりはビートルズの『Sgt. Pepper's ~ 』なんかよりも『Pet Sounds』のほうが全然スゲエぜ、という気持ちがアメリカ人にはあるときっと思うんですよね。

萩原:でも、どうなんだろう。一瞬そんなトレンドがあったことはたしかなんだけど。そのままなってくれればよかったなあ、と。90年代に『Pet Sounds Sessions』ってボックスセットが出たことがあって。その頃をひとつのピークに、『SMiLE』という幻のアルバムの在り方とか、当時のロック・シーンとしてはとても珍しかったレコーディング方法とか、ブライアン・ウィルソンという人間のひじょうにナイーヴな心象とか、そのあたりをイギリスとか日本とか、アメリカ以外の国のリスナーや、アメリカに暮らしていてもアメリカ的ではない人たちがかなり持ち上げた時期があったんですよ。しかも、その『Pet Sounds』のボックスが一回発売延期になった。ビーチ・ボーイズのメンバーのマイク・ラヴとアル・ジャーディンからのクレームがあったとかなかったとかで、一回出ないことになったあと、1年くらい遅れてようやく発売されたんだけど。この、“発売中止”ってキーワードが、67年に出るはずだったのにお蔵入りしてしまった『SMiLE』を想起させて、90年代のビーチ・ボーイズ熱を盛り上げちゃった(笑)。その頃はまだまだ研究が進んでいなかったことも含めて、研究しがいのある音だったんだよね。ビートルズみたいにもうすでに研究されつくされているものとは違って、掘りがいがあった。それが96年から97年にかけてのことで。その頃はネットが盛り上がり始めた時代だったでしょ? なので、いろいろなファンがネットで研究成果の発表みたいなことを競うようにやり始めて、ちょっと盛り上がった時期だった。夢のような時期があったんだよね~(笑)。

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ビーチ・ボーイズの場合、あまり時代性みたいなものと繋がっていないんだよね。例えばニール・ヤングとか、あのときにもプロテストしていたし、いまもまだプロテストしているでしょ。でも、ビーチ・ボーイズはそういうのとは違って。当時もちょっと浮世離れしていたんですよね。ああいう時代のただ中にあって音楽を作っていたにもかかわらず、どこかそういう時代の空気感とは違うメッセージを放っていたのが『Pet Sounds』なんだよね。もし『SMiLE』があの時代に完成していたとしても同じようになっていたと思う。(萩原)


50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き
萩原 健太

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木津:僕の感覚からすると、インディ・ロックが一番先鋭的だったと言われている00年代後半のアニマル・コレクティヴやフリート・フォクシーズみたいなものがビーチ・ボーイズを引用しているのがなるほどなと思ったんです。あのコーラス・ワークはコミュニティ精神を喚起するもので、それが当時の保守的なアメリカに対抗するために必要だったのではないかと。僕が一番ビーチ・ボーイズを感じるのはグリズリー・ベアなんですけど。その60年代に起こったことというのをアメリカのインディ・ロック・ミュージシャンというのはものすごく振り返るじゃないですか。そこでなにが起こったのかということをすごく研究する。その感覚や重要性を日本に伝えるのがとても難しいんですけどね。
ただ、そこを理解するためにもいまビーチ・ボーイズの曲を聴くというのはなにか意味があるんじゃないかなと思っていて。『50年目の「スマイル」』を読ませていただいたんですけど、サマー・オブ・ラヴというのがひとつの起点になっているじゃないですか。僕もアメリカ文化が好きな人間なので67、8、9年に起こったことをいろんな映画で観てすごく憧れがあるんですけど、その憧憬というのが僕ら世代にはなくなっているからきっとビーチ・ボーイズが聴かれなくなっているんだろうなと分析をしているんですね。本の入り口でサマー・オブ・ラヴについて書かれていたんですが、萩原さんはサマー・オブ・ラヴというのをいまどういうふうに振り返ってらっしゃいますか?

萩原:いまふり返ると、あのムーヴメントは結果的に失敗に終わったものなわけじゃないですか。成果は上げられなかった。ある種の挫折を呼びこんだだけで。でも、あの時代、多くの若者がロックとかそういうカウンターカルチャーを旗印に革命が起こせるんじゃないかと信じていたわけでしょ? そういう“時代の熱”っていうのはあの時代にしかないものなんだよね。そのあとになると、「ああ、あれは失敗したよね」という思いがみんなの心のどこかに必ずあるから。音楽をやる人でも、他のジャンルのなにかを作る人でも「そういうことを信じていた時代があったのかもしれないけど、それは失敗しちゃったんでしょ。じゃ、砂漠に井戸を掘ってもしょうがないじゃん」っていう感じで。でも、当時は違った。あの時代だけは、ここからなにか生まれるはずだって心底信じてずっとその場で井戸を掘り続けていた。そういう圧倒的な熱気を内包した音楽が生まれていた時代だった。
それはそれで素晴らしいことだと思うんですよ。だって、もういまの人にはできないんだから。なにかをやみくもに信じているパワーというのは、67年から69年くらいまでの、あの数年間のロック音楽にしかない。これは反発を食らうこと覚悟で言うけど、僕はロックというのはあの時代に活動していたアーティストたちの音楽だけなんじゃないかって思ったりするのね。67~9年に音楽をしていた人の音楽だけをロックと呼べばいい、と。だから世代的にはもう死んじゃった人とか、死んじゃいそうな人ばかりなんだけど(笑)、それでもやっぱりジミヘンはロックだし、エリック・クラプトンだってロックだし、ポール・マッカートニーだってそうだし。そういう時代だったんじゃないかなあ。
ジャズもそんな感じあるでしょ。あの時代にジョン・コルトレーンとかがやっていたことを、結局その後の時代のミュージシャンがだれひとり超えられない。もちろん、今のミュージシャンなら、技術的にあのくらいのことはできちゃうと思う。みんな上手になってるし。ロックの人たちにしてもテクニカルな面ではそのくらいできるだろうし、再構築もできる。『Pet Sounds』だって、たぶん『SMiLE』ですら、いまの時代にその音像を再現することは昔と違ってわりと簡単にできるはず。ただ、信じている熱量の違いがあるんだよね。熱量の違いが音に表れちゃう。まあ、ブライアン・ウィルソンが2004年に『SMiLE』を再構築したのも、いまの時代ならではってことになるのかもしれないけれど、この場合はやっているのが本人だし、当時の思いと直結しているというか、あの時代にコネクトしている感覚があっただろうから、ちょっと例外だとして。そういう特例を除けば、いまは変に全員シニカルになっちゃってるから。
まあ、あの時代だけ変に浮き足立っていたんだろうね。で、その浮き足立ってしまったがゆえに失敗したってことをいまでは誰もが思い知ってる。でも、逆に言えばそれがいまとなってはもうできないことで。だからこそ、妙に魅力的に見えてしまうというか。そんな気がする時代ですよね。

木津:僕がアメリカ文化に憧れるのってやっぱり日本にないものが強烈にあるからだと思うんですよね。ただ、だからこそ日本にどうやってビーチ・ボーイズを伝えるかってすごく難しいことだと思うんですけど、ひとつ取っ掛かりを考えると、本の入り口にトランプ政権について書かれていましたよね。そのトランプ政権というものを考えたときに、さきほど仰っていた68、9年に起こったことはいまの時代に有効だと思いますか?

萩原:うーん、そうだな。またあの時代の時点に立ち返って「やっぱりおかしいことはおかしいんじゃねえの?」って言ったとして、どうなんだろうとは思うけど。それに、ビーチ・ボーイズの場合、あまり時代性みたいなものと繋がっていないんだよね。例えばニール・ヤングとか、あのときにもプロテストしていたし、いまもまだプロテストしているでしょ。すごいじゃないですか。でも、ビーチ・ボーイズはそういうのとは違って。当時もちょっと浮世離れしていたんですよね。ああいう時代のただ中にあって音楽を作っていたにもかかわらず、どこかそういう時代の空気感とは違うメッセージを放っていたのが『Pet Sounds』なんだよね。もし『SMiLE』があの時代に完成していたとしても同じようになっていたと思う。
そういう意味ではトランプ政権がどうであれ、そことビーチ・ボーイズはやっぱり関係ない気がするんですけどね。グループだということもあって、ちょっとそこらへんは微妙で。メンバーのなかにはマイク・ラヴというバリバリの共和党員もいて、そういうこともあってか、ブライアンはあんまり政治的な表明をしてないし。でも、それも含めて『Pet Sounds』や『SMiLE』のあり様かなという気はするんで。逆に言うとオバマのときだと目立たなかったんだけど、こういう時代になると、むしろそののほほんとした感じがいちだんと目立つのかな(笑)。それは70年代に入ってすぐに出た『Sunflower』というアルバムを聴いたときにも感じたんだよね。これは本にも書いたけどエドウィン・スターが「黒い戦争」を歌っていたり、CSN&Yが「オハイオ」を歌っていたりする時代の空気感のなかで、ビーチ・ボーイズは「あなたの人生に音楽を」みたいなことを歌っていたわけで。その「なに、ほのぼのしたこと歌ってるんだよ」という感じが情けなくもあり、でも、実はそうであるからこそ表現できるなにかがあったりして。うまく伝えにくいんだけど。

木津:まあ両方あるのが魅力ってことですよね。

萩原:一周巡ってこの時期にそういうことを歌う、逆に言うとアナーキーな感じというのを楽しめるかどうかみたいな。ちょっと上級ネタになっちゃうんだけどね。そこはなかなか人を説得できないところなんだよね(笑)。

木津:僕もビーチ・ボーイズに関しては基本的なことしかわかっていなかったので、すごく丁寧に解説していただいて勉強になりました。で、すごくなるほどと思ったのが、『SMiLE』のことを「67年にアメリカ建国を振り返ったアルバム」というふうに書かれていて。そうすることによって当時の浮足立ったアメリカになにか大切なものを追い出させようとした切実かつ美しい問いかけだと表現されていて、すごく腑に落ちたし、感動したんですよね。

萩原:そう思ってもらえてよかった。

木津:アメリカのミュージシャンってすごく自分のルーツを振り返るじゃないですか。どこから来たのかとか……。

萩原:意識的な人は振り返るんですけどね。そうじゃない人はわりとブレブレになっちゃっていると思うから。

木津:そういう意味で言うとヴァン・ダイク(・パークス)とブライアンに関しては当時からそこに意識的だったのでしょうか。

萩原:とくにヴァン・ダイクはね。そこらへんは彼がリードしたことだろうなと思うんだけど。ただそれを触発したのはブライアンだと思うのね。彼はなにか言葉で言うんじゃないんだけど、音でそれを弾いたときにヴァン・ダイクが「これはアメリカの建国に遡っていいんじゃないか」と感じたと思うし。たとえば「ネイティヴ・アメリカンの侵略の歴史みたいなことなんだな」とか、ヴァン・ダイクはブライアンが無意識に弾いたメロディーのなかから感じたんだと思う。あのふたりならではのものなんだろうなという気はします。

木津:それはブライアンにしてもヴァン・ダイクにしても、彼らの個によるものなのか、もっと時代的なものなのか、あるいはアメリカ文化というものが負っているなにかなんでしょうか?

萩原:うーん、難しいところですね。でも僕はやっぱり特異な存在としてふたりがいたんだと思うんですよ。どちらも決して単独でいたらそんなにポピュラーな存在になれる人じゃない気はするんですけどね。でも、ブライアンにはたまたま仲間がいた。マイク・ラヴとかそういう連中がいて、西海岸の若者像みたいなものを体現する仲間がいて、そのなかでちょっと変わった才能を発揮していた存在がブライアンだったんじゃないかなと。ヴァン・ダイクのほうは絶対にひとりでは無理じゃない? 現在までずっと無理なんだから(笑)。そういう人たちだったんじゃないかなあ。だからアメリカ文化を代表しているとは言えない。ただアメリカのなかにああいう人たちはかならずいる。で、そういう人がやっていることがじつはおもしろい。我々はそういうものに常に触発されながらアメリカの音楽を聴き続けてきたところもあって。ボン・ジョヴィがいて、でも同じ頃にハイ・ラマズみたいなものも出てきたりして。その両方あることがアメリカ音楽の魅力だったりするでしょ? ビーチ・ボーイズというのはひとつのグループのなかにそこらへんを両方抱えこんでいたのではないかな、というのが僕の感じ方なんですね。本ではそのふたつの要素をマイクとブライアンに代表させちゃっているけど。アメリカの音楽趣味というのは常にその両方が存在するんだけど、ひとつのバンドのなかにその両方があるというのはなかなかないことじゃないかなと思っていますけどね。

木津:僕はこのお話が出たときに強烈に思い出したのが、2002年にウィルコが出した『Yankee Hotel Foxtrot』ってアルバムで。僕はあのアルバムがすごく好きであれ以降重要な流れを生み出したなと思っているんですけど、あれはカントリーや戦前のフォークを引っ張りだしながら音をモダンなものにしてアメリカの失意みたいなものが描かれているんですよね。彼らは自分たちがどこから来たのかということをすごく意識してやっていると思うんですけど、僕はそこにすごくアメリカ文化的なものを感じるんですね。

萩原:でもウィルコって、ウィルコ全体でブライアンっぽいじゃないですか。

木津:たしかに。

萩原:もともとはアンクル・テュペロというバンドがあって、そこからウィルコとサン・ヴォルトというふたつのバンドに分かれていったわけだけど。どっちもブライアンっぽいんだよね! でも、普通はそうだと思う。『Yankee Hotel Foxtrot』でウィルコは音響派みたいなところへ接近してみせたわけだけれど、正反対の要素を取り入れたと言うよりは、ジェフ・トゥイーディのシンガー・ソングライター的な素養をもっと際立たせるものとしてそっちに寄っていった感じはする。これは僕の個人的な見解で、読み取り方はいろいろだと思うんだけど。それに対して、ビーチ・ボーイズの場合はあり得ないけど馬鹿ポップなものとすごく悲しいものが一緒にいるみたいな奇跡というか。突き抜けちゃう「どポップ」な部分とものすごくダウナーな文化みたいなものが非常に美しく融和している。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドでも「どポップ」な部分がちょっと足りない。いい曲も多いしポップな曲も多いんだけど、それだけで成立しないというかさ。そういう意味ではエルヴィス・プレスリーもすごいかな。あの人はひとりのなかに万人受けするなにかカリスマ的なポップな部分と、ものすごいダメで『ツイン・ピークス』的なアメリカの病巣みたいなものを両方抱えこんでいる人なんだよね。普通は『ツイン・ピークス』的なものを出しちゃう人ってそっちだけになっちゃいがちじゃない。

木津:仰っていることは非常によくわかります。

萩原:だからビーチ・ボーイズは非常に特異なバンドで、『Pet Sounds』はまだポップな面があるんだけど、そうはいってもずいぶんとブライアン寄りに出来上がってきちゃったものなので、レコード会社がすごく不安に思ったというのはそこの部分だと思うのね。あれはあれでそこに特化した非常に美しい世界を作り上げていて、いま聴けばどこにも文句をつけようがないんだけど。ただ“California Girls”で歌われている「全米中の女の子がカリフォルニアの女の子になればいいのに」という歌詞と、『SMiLE』に収められるはずだった“Cabinessence”の「何度も何度もカラスの鳴き声がトウモロコシ畑をむき出しにする」って歌詞を比較しちゃうと「あれ?」ってことになるのはわからなくはないなと。いまから思えばその表現はありなんだけど。それは、たぶんいまだからなんだよね。あの頃だったら、ウィルコだってデビューできていないよね。ビーチ・ボーイズは、なんとなく昔ながらのショウビズの美学のなかで活動しながら、あんな地点にまで至っちゃったっていうのがおもしろいと感じますけどね。

木津:いまの話ってすごく60年代っぽい話だなと思うんですよね。『Pet Sounds』みたいなものって時代と交錯するダイナミズムみたいなものがあると思うんですけど、それ以前のビーチ・ボーイズというのもいまでもしっかり評価されているということですよね。

萩原:そう。大好きなの。初期のビーチ・ボーイズがあるからこその『Pet Sounds』だし『SMiLE』だし、やっぱり初期がいいんですよ。ただその初期の陽気な魅力のなかに「ブライアンってなんでこんな暗いの?」というのが浮かび上がってくる曲があったり、明るいサウンドに乗せてはいるんだけれども、イノセンスなものを失ってしまうことに対するものすごく悲痛な気持ちみたいなものが隠されていたりして、それがそのまま『Pet Sounds』から『SMiLE』に繋がってくる。その感じが長く付き合っていると見えてきてね。楽しいですね。なんかそれがいいんですよ。「14、15、16、17」って年齢をコーラスしながら進行する「When I Glow Up (To Be A Man)」(自分が大人になっていく)という曲があって、それなんかもただの数え歌っちゃ数え歌なんだけど、歳を重ねていってしまうことへのある種の不安みたいなものが漂っている。同じような曲がその前の時代にもいくつもあって。そういう曲たちがあったうえでの『Pet Sounds』。B面の一番最後に「君の長い髪はどこに行ってしまったの?」って歌うブライアンが出てくるわけじゃないですか。それで「キャロライン、ノー」と。「ノー」って言われたときにさ、もうバーッと来るじゃないですか! 目の幅で涙でちゃうぜ、みたいな(笑)。その感じというのがひとりのアーティストの線のなかにちゃんとある。本人たちはあんまり意識していないと思うんだけど、それでもデビューしてからたった5年くらいのあいだにそこまで来ちゃっているビーチ・ボーイズの表現の深まりというか。それでその次にあるはずだった『SMiLE』って考えると、ね。なーんか楽しいじゃないですか(笑)。

木津:やっぱり僕らの世代だと「『Pet Sounds』のビーチ・ボーイズ」であり「『SMiLE』を完成できなかったブライアン・ウィルソン」というイメージが強いから、天才の狂気なり闇みたいなものというイメージが刷りこまれているんですよね。だからそれ以前のほうがあんまり脚光が当たらないというか。

萩原:でも、昔は逆だったんだよ。みんな、とりあえずビーチ・ボーイズのこと知ってることは知ってて。でも、知っているのはせいぜい“Surfin' USA”くらいで。「ビーチ・ボーイズ大好きなんですよ」と言うと「ああ、“Surfin' USA”のね」って言われるわけですよ。それに対して山下達郎さんとか僕がいつも答えていたのは、「いや、ビーチ・ボーイズは“Surfin' USA”だけじゃない。『Pet Sounds』というすごいアルバムがあるんだ」と。そうずっと言い続けてきて。それで90年代になって、ようやくビーチ・ボーイズといえば『Pet Sounds』って時代になったんだよね。でも、今度は誰もが『Pet Sounds』のことばっかりになっちゃったもんだから、90年代以降、僕らは今度「いや、ビーチ・ボーイズは『Pet Sounds』だけじゃないんだ、“Surfin' USA”もすごいんだ」って言わなきゃいけなくなったりして(笑)。そんな逆転劇があった。ややこしいんですよね。

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実はバランスがとれたポップ・ミュージックとしてのビーチ・ボーイズというと、やっぱり66年の『Pet Sounds』の前までというか。スタジオ・アルバムで言うと64年の『All Summer Long』が一番の完成形として美しくまとまっている気がする。山下達郎さんもビーチ・ボーイズを聴きたいという人がいたらまず最初に『All Summer Long』をすすめるそうだし。あのアルバムこそがある意味でビーチ・ボーイズの到達点だと。そのあと『Pet Sounds』にいたるまでに何枚かあるんだけど、そこらへんにはだいぶ『Pet Sounds』的なニュアンスが芽生えてくるんだよね。それはそれで兆しとしてはとてもおもしろいんだけど、ある意味バランスが崩れていく過程だったというか。(萩原)


50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き
萩原 健太

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木津:2015年に日本で公開された映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』、字幕を監修されたということですが、どういうふうにご覧になられました? あれも言わば、天才ブライアン・ウィルソンの闇に焦点を当てるものですよね。

萩原:実は『Pet Sounds』こそブライアンだ、と思っているのは、思いのほか日本とイギリスだけだったりするんだよね。アメリカの人っていまだに「ブライアン・ウィルソンって誰?」と言うから。ニューヨークでブライアンのサイン会があったとき、順番待ちの列に並んでいたんだけど。『That Lucky Old Sun』が出たとき。その列を見て、通りすがりのおばちゃんが「これはなんの列?」って聞くから「ブライアン・ウィルソンのサイン会だ」と言ったんだけど、全然ピンと来てなくて。仕方なく「ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン」とビーチ・ボーイズの名前を出してはじめて「ああ」って。一般にはそれくらいの認知度なんだよね。テレビ中継とか見ていても、例えばボストンみたいな、すこし知的レベルが高いのかなって地域にマイク・ラヴが率いる現在のビーチ・ボーイズが行くと、地元のおばちゃんたちが「ギャーッ!!」って喜んでいるわけ。

木津:それはアメリカっぽい話ですね(笑)。

萩原:この本にも書いたけど、カーネギー・ホールでブライアンが『SMiLE』の全曲演奏ライヴをやって。これなんか、ある意味東海岸の知的な音楽ファンが楽しむライヴなわけですよ。カーネギーだし。しかもそのアルバムは〈Nonesuch Records〉から出ているわけだし。もちろん『SMiLE』のパートでも圧倒的なアプローズがあったんだけど、実は一番盛り上がったのはアンコールで“Fun, Fun, Fun”や“Surfin' U.S.A.”をやったときなんだよね(笑)。やっぱりアメリカはいまひとつわかってないのかも。だから、あの映画の意味はそこにあるんですよ。以前、ドン・ウォズが監督した『ダメな僕(Brian Wilson: I Just Wasn't Made for These Times)』って映画もブライアン・ウィルソンの苦悩みたいなものを描いたもので、日本やイギリスのファンはそれを観てなにをいまさらそんな話をやってんだって思ったんだけど、アメリカの人はそんな話なにひとつ知らなかったって言うわけ。そのときと同じ。『ラヴ&マーシー』のときもそんな話知らなかったって。ブライアンはそんなに悩んでいたんだって。その程度なの。アメリカではブライアンはいまだにかわいそうなんだよ(笑)。でも、マイク・ラヴが率いているもう一方のビーチ・ボーイズは別にそれはそれでOKな人たちだったりするので、そこがまた複雑なんだよね。だからあのへんの映画の存在価値というのはアメリカでこそ大きい。もちろんポール・ダノによる若き日のブライアンの演じかたは本当に素晴らしかったから、そこについては日本でも意味があったはず。やっぱりみんな忘れかけていたところもあるしね。

木津:日本ではどのあたりまで『Surfin' U.S.A』のイメージってあったんでしょうか?

萩原:80年代まではまだそんな感じだったよね。でも、実はバランスがとれたポップ・ミュージックとしてのビーチ・ボーイズというと、やっぱり66年の『Pet Sounds』の前までというか。スタジオ・アルバムで言うと64年の『All Summer Long』が一番の完成形として美しくまとまっている気がする。山下達郎さんもビーチ・ボーイズを聴きたいという人がいたらまず最初に『All Summer Long』をすすめるそうだし。あのアルバムこそがある意味でビーチ・ボーイズの到達点だと。そのあと『Pet Sounds』にいたるまでに何枚かあるんだけど、そこらへんにはだいぶ『Pet Sounds』的なニュアンスが芽生えてくるんだよね。それはそれで兆しとしてはとてもおもしろいんだけど、ある意味バランスが崩れていく過程だったというか。

木津:なるほど。それはすごくいいお話ですね。僕らの世代だと絶対に『Pet Sounds』から入りがちですもんね。

萩原:『Pet Sounds』って、ブライアン以外のビーチ・ボーイズのメンバーはヴォーカルとコーラスしかやっていない。演奏しているのはレッキング・クルーだしね。そういう外部ミュージシャンも含めてその全体をビーチ・ボーイズと呼ぶのであれば『Pet Sounds』をビーチ・ボーイズのアルバムと言ってもいいんだけど。もちろんその前のアルバムでもハル・ブレインがドラムを叩いていたり、グレン・キャンベルがギターを率いていたり、外部ミュージシャンがビーチ・ボーイズのメンバーの代役をつとめていたりするけど、そのへんはあくまでもロックンロール・バンドとしてのサウンドを追求していた頃だから。ある意味バンドとしてのビーチ・ボーイズの形だった。でも、より大きなオーケストレーションのもとでブライアン・ウィルソンが一気に持てる才能を花開かせた最初の1枚というのは、やっぱり『Pet Sounds』だったりして。ほんとにややこしいですよね。

木津:前期と後期の違いというのはすごく60年代的というか、ビートルズとかもそうなんですけど、ビートルズの60年代前半後半でまったく別物というのはいまの時代には生まれにくいものだなとは思います。

萩原:でもそうすると後半のほうがわかりやすいんだよね。ビートルズも後半のほうがある方向に振れているし、ビーチ・ボーイズも振れているってことだよね。最初の頃は両極の幅広い魅力がもうちょっと一緒くたに存在していたんじゃないかな。どっちがいい悪いじゃないですけどね。ビートルズからなにかを得たという人でも、初期みたいなことをずっと追求している人もいれば、『Revolver』みたいなことをずっと追求している人もいるし。

木津:僕は例えばグリズリー・ベアとかにもビーチ・ボーイズを感じるんですけど、でもたしかに60年代前半のビーチ・ボーイズはないといえばないかなという感じはしますね。

萩原:いまの時代に60年代前半のビーチ・ボーイズっぽいことをやる意味があるのか、ということをもしかしたら若いミュージシャンは自分に問いかけて、やっぱりこれじゃあなあと思っているのかもしれない。残念だけどね。それにしてもさ、表現によって別のペルソナを用意する人は多いけど、ビーチ・ボーイズはねえ。だってビーチ・ボーイズだよ。ビーチのボーイズ。ビーチ・ボーイズって名前で、なにやったってダメじゃん(笑)。
『Pet Sounds』をブライアンがソロ名義で出そうとしていたみたい話もあるんだけど、それは結局うまくいかなかった。“Caroline, No”のシングルだけはブライアン名義で出たんだけど、それだってやっぱりビーチ・ボーイズなんだよね。当時、まだできてもいなかった『SMiLE』のラジオ・コマーシャルが作られていて、「The Beach Boys. 『SMiLE』」と言うと“Good Vibrations”が鳴るっていうやつなんだけど、これも冷静になってみるとビーチ・ボーイズじゃ説得力ないというか(笑)。そこは別の名前を用意できるなら、したかったと思うよね。

木津:ブライアンは当時それをビーチ・ボーイズじゃないと思っていたということなんですかね?

萩原:本当はソロ名義にしたかったんじゃないかとか、そのほうが幸せだったんじゃないかとか、僕はいまでもあれこれ思うんだけど。でも例えば『SMiLE』の制作を中止したことに対してブライアンが言った「あの音楽はわれわれにとって不適切だと思った」という言葉の“われわれ”は決してブライアンとヴァン・ダイクのことではなくて、ビーチ・ボーイズのことなんだよね。だから彼はあくまでもビーチ・ボーイズとして音楽を作らなくちゃって思っていたんじゃないかな。

木津:『Pet Sounds』もビーチ・ボーイズという名前で出したから歴史に残っているところがあって、それはふり返るとそう思いますね。

萩原:『ラブ&マーシー』を観ると、そのなかのひとつのシーンでブライアンがマイクに怒られているじゃない? 「メンバーの誰も演奏してねえじゃねえか」って。ああいうことだよね。僕も子どもの頃、例えばビートルズの“Yesterday”を聴いたとき、「あれ? ドラム入ってないけど、リンゴはなにしているんだろう。チェロでも弾いているのかな」って思ったもんね。バンドの音楽はバンドのメンバーだけで演奏しているものだと思っていたからね。そういう意味で60年代ってまだバンドっていうものの考えかたが狭かった時代でもある。いま思うとそんなもん誰が演奏してもいいじゃないかって当たり前に思えるけど、当時は状況がだいぶ違ったと思う。ビーチ・ボーイズ名義で出すレコードなのに、ブライアンが全部違うミュージシャンを招集して大編成で演奏させて、ステージでできねえじゃねえかって音を作っちゃったわけだけれど、そんなこと当時はあっちゃならないことだったんじゃないかな。ほかのメンバーがツアーに出て“Good Vibrations”を初めてライヴで演奏するってとき、ブライアンはツアーなんか大嫌いだったのにわざわざ飛行機に乗って公演を観にいっているんだよね。心配で。スタジオで作り上げた理想の音をライヴで出せてなかったら、むしろそれはやらないでほしいくらいの気持ちがあったわけでしょ。そういうのってもうバンドじゃないよね。

木津:それはもう共同体としてのバンドっていうものにすごくこだわりがあったということなんですかね。

萩原:メンバーが兄弟と従兄弟だからねえ。やっぱり家族なんだよ。家族でやっていることだから解散もできない。赤の他人どうしだったら全然別の道があったんだろうけど。まだまだ親父の横暴も残っていただろうし。ヒッピー・ムーヴメントが起こって、従来あった既成の家みたいなコンセプトを打ち破って新しいコミューンを作ろうとしている時代のなかにあっても、やっぱりウィルソン家は親に対してあれだけ排除しようとしていても家は家で繋がっていた。そういう環境のもとで活動していたんだよね。そこの足かせもかなりあったなかでいろんな葛藤がブライアンにはあったのかな。

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ビーチ・ボーイズは、なんとなく昔ながらのショウビズの美学のなかで活動しながら、あんな地点にまで至っちゃったっていうのがおもしろいと感じますけどね。
(萩原)


50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き
萩原 健太

Amazon Tower HMV

木津:さっき僕らの世代だったら『Pet Sounds』が中心になってという聴きかたが多いという話をしたんですけど、萩原さんの世代でいまもビーチ・ボーイズを聴くかただとまだ『Surfin' U.S.A.』のイメージなのか、それとも『SMiLE』に思い入れをもって聴かれているかたが多いのか、どうなんでしょう?

萩原:ずっと聴いている人なら『Pet Sounds』、『SMiLE』、『Sunflower』あたりのビーチ・ボーイズはかなり上にいると思うんだよね。ずっと聴いている人はね。でも昔聴いていましたくらいの人はあいかわらず『Surfin' U.S.A.』なんじゃないかなあ。まあそれでいいのかなとも思うし。ただずっと聴いている人が案外すくないよね。

木津:そうですね。僕がすごく印象的だったのが、ライヴに行かれたときに近くにいた人が「懐メロじゃねえか」と言ったことに心のなかで反論したというところで、これは懐メロをギリギリのところで回避する永遠のティーン・エイジ・ドリームなんだ、と書かれていてなるほどと思ったのですが、その反論の部分を存分に聞かせていただきたいなと思います。これはひとつ個人的な話なんですけど、母親とサイモン&ガーファンクルのライヴに行ったときに、よかったんですけど僕は懐メロだなと思っちゃったんですね。音楽もいいし、テーマもいいと思ったんですけど。

萩原:79年にビーチ・ボーイズが「JAPAN JAM」のために来日したときの話ね。僕は懐メロとは違うと思ったんだよね。でもそう言われてもしょうがないなと思ったステージでもあったの。当時のビーチ・ボーイズにはそこが限界だったと思う。でもその後、2012年に結成50周年で来日したときは違った。ブライアンのバンドを基本にして、そこにビーチ・ボーイズのほかのメンバーが入って行なわれたステージで。これは確実に懐メロじゃなかった。やってる音楽は同じなんだけどね。結局、どうやるかにもよるんだよね。
あと、リスナー側が若いとだいたい古い音楽は懐メロに聴こえるよね(笑)。僕もたぶんサイモン&ガーファンクルの同じ来日公演を観にいっていると思うんだけど、僕は懐メロとは受け止めなかった。エヴァー・グリーンなもの、時代を超えたものだと思った。こっちが歳を取らないとわからないこともたくさんあるしね。ほら、“Old Friends”という曲が『Bookends』にあるでしょ。年老いた旧友ふたりがベンチに座っていて、それがブックエンドのように見えるという歌詞ですよね。彼らが若いときに歌った表現もそれはそれでよかったんだけど、まったく同じことを本当に歳をとっちゃったふたりがあそこで歌ったときに、その曲がようやく時代に対してリアルに意味のある表現になったと感じたの。こっちも一緒に歳をとったからというのもあるんだけど、その歳月の果てにあの曲がようやく意味をもったという瞬間だった気がする。それは懐メロとは言えない。古い曲ではあるけれども、いまも生きているすごい曲だなと思いました。
それはブライアンやビーチ・ボーイズに関してもそうで、ブライアンがいまの自分のバンドを手に入れてからということにすごく意味がある気がする。彼ら、ブライアンの今のバンドのメンバーがブライアンの昔の音楽をいまに意味のあるものに作り変えていく。まったく同じアーカイヴを聴かせているだけなんだけど、ちゃんといまの表現としてできるやつらが集まった。それを知り抜いている人たちがバンドをやっている。これがけっこう重要な気がしていて、今回『SMiLE』を作れたのもあのバンドがいたからだと思う。たしかに、本当に古い音楽を古いまんまいまやってもダメじゃん、みたいなことは多い。ビルボード・ライヴに行くとそんなライヴばっかりだったりもするんだけど。だけどたまにあるんだよね。古いとか新しいとか関係なくいまの表現にできているライヴが。ウマいかヘタかにもよるよね。ブライアンのバンドはめちゃくちゃウマいんだよ(笑)。でもただウマいだけだとダメで、やっぱり昔の楽曲をよく知ってリスペクトしているやつらがやると今の音になるんだよね。

木津:仰っていることはわかります。曲が時間の流れとともに、リスナーの関係性も含めて変化するということはありますもんね。

萩原:いい曲っていつの時代でも演じる人によって生きるんだなという気持ちになるのね。そういうふうに聴ける自分がリスナーとしての歳月を積み重ねているというのもあるんですよ。だから僕はジョー・トーマスが諸事情で来られなかったあの99年の日本公演を誇りに思っているわけ。ジョー・トーマスがいたらこんなことにならなかったと思う。いないから、それまではステージ後方でコーラス要員みたいな感じだったワンダーミンツのダリアン・サハナジャが前に出てきて、ブライアンのとなりでやるようになった。それがブライアンにも火をつけたと思うんだよね。そうならずに相変わらずジョー・トーマスが仕切っていたら『SMiLE』はできなかったと思う。だからあの本にも書いたけど、ブライアンがソロで日本に初めて来た初日の大阪公演で大きく変わった気がするんだよね。

木津:そういうお話を聞くと、30年以上の時を経たからこその『SMiLE』の価値というのがあるんでしょうね。

萩原:そこはファンの贔屓目みたいなところもかなりあると思う。僕がビーチ・ボーイズについて言うことは信じないほうがいいってよく言うんだけど(笑)。ほら、僕はもうビーチ・ボーイズに関しては頭おかしいから。なんだけどそういう前提で言わせてもらうと、37年あってよかった。こっちがついて行けるというか、ようやくわかったという感謝の気持ちがありますね。

木津:本を読んでいて、やっぱりファンがそういうふうに30年以上の年月のなかで想像を働かしていくことも含めての作品だったのかなと思ったんですよね。

萩原:そう。いまはそういうのがなかなかないじゃない。あの頃はテープだったから残っているんだけど、いまはハードディスクなので基本的には全部上書きしていっちゃうし、直しちゃうんだよね。ああいうかたちで素材が残ることってこれからはないような気がするんだよね。

木津:唯一カニエ・ウェストが去年出した『The Life of Pablo』みたいに途中でどんどん出していくみたいなことはあるにはありますけど。でも『SMiLE』みたいな例はたしかに本当にないもので、それってファンと双方向のなにかがあったのかなと感じますね。

萩原:たまたまその未発表音源流出のシーンというのが大きな役割を果たしているので、そこの盛り上がりというのはたしかにあったと思う。誰が流出させたのかは知らないけど。ただそういうふうな思いというのはずっと聴いてきた僕みたいなマニアしか持っていないものなのかな。それは本を書いてみてよくわかりました。

木津:僕が今日一番お聞きしたかったのはいまなぜビーチ・ボーイズを聴くかってポイントについてで。00年代後半にビーチ・ボーイズに影響を受けたバンドがいっぱい出てきたというのをお話しましたけど、もうひとつは去年ザ・ナショナルがグレイトフル・デッドのトリビュート・アルバムを出したじゃないですか。あれはすごくわかるんですよ。いま60年代後半に起こったことを再考するというのがすごく重要な意味を持っているんだろうなという。とくにザ・ナショナルみたいにリベラルなバンドが西海岸で起こったことをいまの時代でもう一度やるというのはとても重要だと思うんですけど、そういう意味で言うといまビーチ・ボーイズを振り返ることや、アメリカ建国を振り返って描こうとした『SMiLE』というアルバムをあらためて考えるということはどういうポイントで再評価できるのでしょうか?

萩原:同じだと思う。あのときは出なかったのでそのときに実際どういう意味をもったのかはわからないままなんだけど、あのときだろうが、いまだろうが、要するに「アメリカ建国のときに自分たちがなにをしたか見つめ直してみろ」ってことなんだよね。(“英雄と悪漢 Heroes and Villains”の)「Just see what you've done.」という言葉はトランプにそのまんまぶつけられる言葉でしょ? お前はネイティヴ・アメリカンを駆逐しておいてなにさまのつもりだよって。オバマがせっかく止めていたのに、ネイティヴ・アメリカンの聖地を破壊する石油パイプライン建設を強権的に承認したりして、なにさまだっていうことだから。

木津:なるほど。最後にひとつだけお聞きしたいんですけど、僕たちがいま『SMiLE』を聴くとなるとネットのストリーミング一発で聴けるわけじゃないですか。本を読ませていただいて一番いいなと思ったのは37年間かけて『SMiLE』がすこしずつわかってくるという過程で、ブライアン本人は辛かっただろうし、ファンにとっても辛いことだったのかもしれないですけど、僕にとってはすごく羨ましい体験だと思ったんですね。そういう意味ですぐ『SMiLE』を聴けてしまうような僕ら世代にいまどういう部分を聴いてほしいですか?

萩原:これは本当は本に書かなきゃいけなかったのかもしれなくて、いまさらここでだけ話したら怒られちゃうのかもしれないけど、やっぱりできあがったのはブライアン・ウィルソンの『SMiLE』なわけでしょ。それが2004年の『SMiLE』で。ビーチ・ボーイズ版も2011年に出たんだけど、これも結局はブライアン版にのっとって再構築された仮の姿というか。で、そのビーチ・ボーイズ版が収められた『The Smile Sessions』という5枚組が出ているんだけど、やっぱりこれ全部で『SMiLE』なんだよ。もし『SMiLE』に興味をもってどんなものなんだろうなと思ったら、完成形としての『SMiLE』は1枚ついているけど、その素材が他のCD4枚にわたってバーっと入っているので、これを全部浴びてみてもらいたい。こんな録り散らかしたクリエイティヴィティの発露のしかたみたいなものはいまの時代にできるのかな、というのをいまの世代に聴いてもらえると嬉しいですね。そんなことできないし、そんな馬鹿なことしないって発想してくれてもいいから。ただなんでそんな素材を用意しなければいけなかったのかということも含めて、浴びてみてもらえると嬉しい。値段は高いけどきっと買う価値はあると思う。

木津:そんなものがほかにあるかと言ったらないですもんね。

萩原:3、4時間あれば全部聴けるんだから試してみてもらえると嬉しいかなあ。1枚に組み上がったちゃんとした流れのあるものを『SMiLE』だと思わないで、ほかの素材まで全部含めて『SMiLE』なので、そのへんを追体験してもらえると嬉しい。それを30年間にわたってちょっとずつ聴いてきた人たちがいたんだから(笑)。

木津:はい(笑)。僕もそんな内容の本になっていると思います。

萩原:曲解説みたいにしてバーっと書いてあるところもあるんだけど、そこもさらにおもしろく読んでもらえるんじゃないかなと思っていますね。

MIKUMARI × OWL BEATS - ele-king

 な、なんだ、このトラックは!? 呪術的というのか辺境的というのか中毒的というのか……不思議な魅力を放つビートのうえを荒々しいラップが駆け抜けていく。「ルードボーイの荒々しいラップとエクスペリメンタル・ビート・ミュージックの最高の結合」……なるほど、これはかっこいい。
 NEO TOKAIと呼ばれ、いま大きな盛り上がりを見せている東海地方のヒップホップ・シーン。その流れを加速させるかのような注目のアルバムが10月11日にリリースされる。名古屋のSLUM RCのラッパー=MIKUMARIと、ビートメイカー=OWL BEATSの共作アルバム『FINE MALT No.7』。これは見逃せないですよ。

MIKUMARI × OWL BEATS

SLUM RCの重要ラッパー、MIKUMARIとビートメイカー、OWL BEATSの共作『FINE MALT No.7』が完成!
ルードボーイの荒々しいラップとエクスペリメンタル・ビート・ミュージックの最高の結合!

東海地方のラッパーやDJ、ビートメイカーの活躍が目覚しい。その躍進は名古屋のレーベル/クルー、RC SLUM/SLUM RC抜きには語れない。この揺るぎのない事実、彼らの影響力の大きさ、またNEO TOKAIと呼ばれるシーンの実情が近年少しずつだが多くの人の知るところになってきた。正当な評価がされつつあるということだ。そして、今年3月にリリースされたMC KHAZZのファースト・ソロ作につづき、4年ぶりとなるMIKUMARIのフル・アルバムが到着した。

ATOSONE、MC KHAZZと組むINFAMY FAM as M.O.S(MARUMI OUTSIDERS)のラッパーとしても知られるMIKUMARIは、RC SLUM/SLUM RCにおいて最も悪ノリを追求する陽気なルードボーイだ。ライムにもリリックにもその荒々しさとひょうきんさが出ている。上澄みなんかではない。MIKUMARIのラップはルードボーイの魂の原液である。ゲスト・ラッパーはMC KHAZZ、HARAKUDARIに絞られた。

すべてのビートを制作したのはビートメイカーのOWL BEATS。ダブ、ルーツ・レゲエ、ラテン、デジタル・ファンク、ジャズを歪め、エクスペリメンタル・ビート・ミュージックを作り出している。不良と実験の組み合わせは最高だ。『FINE MALT No.7』によってさらに多くの人がNEO TOKAIのヒップホップの真髄に触れることになるのは間違いない。

Artist: MIKUMARI × OWL BEATS (ミクマリ × オウル・ビーツ)
Title: FINE MALT NO.7 (ファイン・モルト・ナンバー・セヴン)
Label: RCSLUM RECORDINGS
Barcode: 4988044891050
Cat No: RCSRC014
Format: CD (国内盤)
販売価格: 2,200 円(税抜) + 税
発売日: 2017年10月11日 (水)

TRACK LIST:
01. OVERTURE
02. Fine Malt
03. The Naked Gun
04. Gun Shot Represent Me
05. Super Groove
06. No Dissolve 2017
07. Natuowari
08. VOODOO feat MC KHAZZ
09. Yota Rude Boy
10. AKUTARO feat HARAKUDARI
11. 32MF96
12. Happy Go Lucky Me
13. RC Brother Hood
14. See You Next Music

MIKUMARI × OWLBEATS FINEMALT NO.7 HP: https://t.co/EdbGErd8iC

【MIKUMARI profile】
既にO.G。メジャーリーグ入団後ネクストバッターサークルから逃亡。その後アルコール、薬物依存症に罹る。その時路上で独り言を大きな声で呟いていたら、RAPに変わる。そのセンスの良さが評判を呼びRCSLUMに加入。太る。その後『FROM TOP OF THE BOTTOM』を発表、パンチラインを封印し殺し文句を産み出す。体重増加に伴い息切れがなくなる。故にスムースなライミングを体得する。酒と麻薬でいい感じに焼けた喉はいい声を吐き出す。さらに太る。太る友達のOWLBEATSと『URA BOTTOM』を発表。すごいスピードで売りきる。発売前に完売。奇跡。原付を貰いOWLBEATSと二人乗りをしたところパンクする。その後盗まれる。新しい原付の資金を獲得するため、僕は音に乗ると言い出す。皆んな納得する。紆余曲折を経て今年10月2NDアルバム『FINE MALT No.7』を発表する ORIGINAL RC。

【OWL BEATS profile】
鹿児島―奄美大島出身、南の男。狂気的で南国的であり、不良でヲタクな雰囲気を感じる音を好み、その存在感を現場でのPlayや作り出すBeatで聞かせるDJ、BEAT MAKER、PRODUCER。2012年、First album『? LIFE』を全国に発信した後、Remix album、Beat album、DJ mix、Live dvd、beat提供など、様々な作品を様々な形で世に放つと同時に地元鹿児島で定期的にイベントを企画し各都市にいる音の猛者を収集し音で会話を楽しみ評価を得て進化を続けている。2015 年にOTAI RECORD主催の名古屋で行われたビートメーカーのバトルイベント【BEAT GRAND PRIX 2015】で勝ち抜き初代王者となる。話題と進化と自他の解放を求め続ける南国音人間。

女神の見えざる手 - ele-king

 主演がジェシカ・チャステインだから観たいと思った。邦題も気を引いた(原題は『Miss Sloane』)。経済の話ではなく、ロビイストが立ち回る話なので、だとしたらジャンルが違うのではないかと思い、実際、上映が終わった刹那は違和感が残ったものの、時間が経ってみると、なるほどと思えてきた。ジェシカ・チャステインは『ゼロ・ダーク・サーティ』で上司の言うことを聞かなかったCIA役を踏襲するようにエキセントリックなトラクター役に挑んでいる。そのことを考えるとリーダーとしての成長ぶりを示すにはこのタイトルはメタ的な面白さも含んでいる(完全に術中にはまっているとも言える)。そう、ここ数年、経済的な痛手からニューエイジ志向へと進んだハリウッド映画が底を打って反転し、詐欺師でもなんでもいいから金を稼ぐ人物像に焦点を当て(『ele-king』15号参照)、そこで醸成されたリーダー像を『マネー・ショート』や『スティーヴ・ジョブズ』と言った合法的レヴェルに割り当てたのち、この作品ではさらに異常ともいえる領域に踏み込みんでいく。「神の見えざる手」に引っ掛けた邦題をそのまま経済の文脈で捉えてしまえば主体は人間ではないと思いがちだけれど、人間の定義からはみ出したリーダー像を思い描ければその限りではないという意味で「なるほど」と思ったのである。

 ジェシカ・チャステイン演じるエリザベス・スローンは冒頭、ロビイストの極意をゆっくりと暗唱し始める。その内容は最後のカードを切ったものが勝つという方法論で結ばれる。この映画を観ている人たちは必然的に最後にどんなカードが切られるのか、それを推測しながら観続けることになる。どの場面を観ていても、これかな、これかなと、「最後のカード」という言葉が頭から離れない。
 物語は公聴会を舞台にしてスローンが取った方法論を振り返る形で進められる。最初はスローンが所属していた会社に銃規制を弱めて欲しいという依頼が持ち込まれ、スローンはこの依頼を拒否したことで同社からの辞職を余儀なくされる。そして、別な会社に移って銃規制を強化するという反対のイニシアティヴを取って議員たちへの働きかけを行い始める。どうやって世論を動かすか。中盤の展開は押したり引いたりの繰り返しで、テニスやサッカーの試合でも観ているようにスリリング。とはいえ銃規制の議論自体はとくに深められない。法案の成立に至るプロセスだけがここでは緻密に描かれる。

 このところ欧米では盛んにサイコパスの有用性ということが論じられている。犯罪者として収監されているサイコパスはそのポテンシャルをマイナスに振り切っただけで、むしろ企業の経営者などには多くいるタイプだという研究が脚光を浴びているのである(あなたのサイコパス度チェックあり→https://www.youtube.com/watch?v=KApgaC_hI7M)。スティーヴン・ソダーバーグが『インフォーマント!』で扱った双極性障害や北欧ドラマ『ザ・ブリッジ』が人物造形に取り入れたアスペルガー症候群と同じく、サイコパスも資本主義のネクストには必要なものであり、新しい経営者像を探ろうという機運が高まっているのだろう。これまでの経営理念や哲学ではさらなる資本主義は召喚できないし、そのような資質のものを犯罪者として無駄にするのは社会の損失になるという判断である。そう思うと、『女神の見えざる手』はあまりにもタイミングが良すぎる。ミス・スローンが切った「最後のカード」はさすがに常軌を逸しているし、私生活では男娼を買い続けるという習慣だけが、むしろ、彼女に人間味を残すという展開はそれこそ皮肉が効きすぎている。

 しかし、この映画を観て、僕はドナルド・トランプの存在意義について考えざるを得なかった。トランプの支持率は現在、底だと言われている(55歳以上の大学を出ていない女性が岩盤支持らしい)。今年のエミー賞授賞式にクビになったスパイサー報道官が現れ、「就任式の聴衆の数は過去最大」というフェイク報道の名ゼリフをリピートし(目の前には彼のモノマネで大爆笑を取ったメリッサ・マッカーシーもいた)、まるで現職の時からトランプは支持していなかったと言わんばかりだったのを始め、トランプ・タワーをモスクワに建てる計画から経費の問題まで、あらゆる角度からトランプは信用を失っているかに見える。ウクライナや日本に武器を買わせるのは成功しているみたいだけれど、ホワイトハウスはいまだに職員が集まらないそうで、職員ひとり当たりの労働量には尋常ではないものがあるらしい。これはしかし、サイコパスとしての資質が裏目に出ているだけであって、そのことにみんなが慣れてしまうのではなく、一気にひっくり返ってしまう可能性を秘めているような気がしてきたのである。

 スローンが取った戦略はトランプ政権の現在とまったくの相似形を描いている。そのような窮地に自分を追いやっていく。そもそも公聴会を開かせることさえ計算済みだったのだろう。そして、これかな、これかなと、「最後のカード」について考えながら観ていた観客には、これは、ほんと、思いもよらない展開であった。そして、ドナルド・トランプに、もしもこの先、「勝ち」があるとしたら、この手があると思わせる映画なのである(粉川哲夫氏の「雑日記」でトランプに触れられている項目を読んでいると、だんだんそういう気にもなってくる→https://utopos.jp/diary/)。わからないのは、現実の世界でトランプがそれによって何を得るかであるけれど、この映画では、ミス・スローンは当然のことながらロビイストとしての「勝ち」を得る。クライマックスを過ぎ、静かなエンディングを迎えても、それがまたダーティー過ぎて、ほんと、すっきりしなかった。

 ドナルド・トランプが就任式で引用した……というか、ベインのセリフを丸パクリした『ダーク・ナイト・ライジング』を始め『ダメージ』や『Mr. ロボット』など、いまから思えば多くのサブカルチャーがトランプへの流れを予見していたにもかかわらず、こんな世界がやってくるとはまったく思ってもいなかった。『女神の見えざる手』はそんな気分に追い打ちをかけてくる。なんか、違うジェシカ・チャステインが観たくなってきた。


Alvvays - ele-king

 過ぎた日の出来事や懐かしい風景を思い返すと、ついノスタルジックな気分に浸り、都合の悪いことは忘れて、あの頃は良かった、なんて思い出を美化し過ぎてしまう。昔に戻りたい? そんな馬鹿な。あの頃、視線の先には何があったのだろう。退屈から抜け出すための未来を夢みていたくせに。

 元に戻ったりしない、とヴォーカルのモリー・ランキンは“In Undertow”のなかで歌う。2014年に1stアルバム『ALVVAYS』をリリースしてからというもの、新人バンドだったオールウェイズを取り巻く状況は好転したようだ。アルバム制作やツアーの費用のためにアルバイトをしていた生活は終わり、活動拠点をカナダのノヴァ・スコシアからトロントに移し、人生を音楽に変えていく準備は次第に整っていった。3年間のあいだに生まれたアイデアと、変わらない音楽への愛情と、これからのヴィジョンを持ちながら、モリーは繰り返し歌う。元に戻ったりしない、と。地元での大切な思い出は胸にしまって、自分たちが向かうべき道を間違えたりしないと、決意するように。言い聞かせるように。少しの不安は轟音のギターがかき消してくれる。透き通った声、これ以上ないほど切ないメロディ。2ndアルバム『アンティソーシャライツ』の1曲目からすでにもう、素晴らしい。

 金髪にギターを抱えたヴォーカルのモリー・ランキンと、モリーの幼なじみでぱっつん前髪に黒縁眼鏡をかけたシンセサイザーのケリー・マクリーンの女子2人に、後ろにギターのアレック・オハンリーとベースのブライアン・マーフィーという見た目にあまり特徴のない男性2人を従えた、インディー・バンドとしては申し分のないメンバー構成のオールウェイズ。昔、〈チェリー・レッド〉傘下の〈エル・レーベル〉に同名のグループがいたが、こちらはVを2つ並べたALVVAYSと表記する。
 ラフで瑞々しい1stの楽曲の面影は残したまま、シンセを強調して趣を変えたドリーム・ポップな冒頭2曲の美しすぎるメロディに、まずはがっちり心を掴まれる。前回から続くガレージ・ロックな路線、憂いのあるアコースティックなサウンド、かと思えば〈ヘヴンリー〉のアメリアを彷彿させるような可憐な歌声で、往年のネオアコ/ギター・ポップのようにバタバタと走り抜けるような曲もあったり。7曲目にはジーザス・アンド・メリーチェインの“Just Like Honey”を聴いたあとに作ったという“Lollipop(Ode To Jim)”なんてタイトルのジム・リードに捧げるラブ・ソングも。CDの内側のいかにもな感じの可愛らしいアイスバーのイラストの横のクレジットに、グロッケンシュピールとヴォーカルで参加したティーンエイジ・ファンクラブのノーマン・ブレイクの名前が見つかるのも嬉しい。雰囲気を作るのが上手いせいか懐古的と捉えられがちな音楽だけれど、彼女たちはちゃんとユース・カルチャーのなかにいて、のびのびと自分たちの音楽を楽しんでいるように見える。そして耳にスッと馴染んでくるフレーズの数々を詰め込んだCDを最後まで聴いていると何だか胸が痛んで、歌詞カードをぎゅっと抱きしめたいような、エールを送りたいような、そんな気持ちになってしまう。

 あの映画のなかでスミスのTシャツを着ていた情緒不安定な女の子に、このアルバムを勧めてあげたらどうだろう。きっと気に入るんじゃないかと思う。だってこれは、かつて教室の隅で頬杖をついて窓の外を眺めていた女の子と、いずれその子に出会う男の子のための音楽だから。

Kenichi Itoi - ele-king

 エレクトロニカとリズム/ファンク。このいっけん無関係に見えるかもしれない音楽性は、しかし、唐突な組み合わせというわけでもない。緻密な電子音は微細なプログラムされたビートという共通項によって繋がっているし、その成果は00年代初頭において日本のスケッチ・ショウやドイツの〈~scape〉などのレーベルによって提示されている。
 京都の老舗電子音響レーベル〈シュラインドットジェイピー〉を主宰する糸魚健一もまたエレクトロニカ/ファンクの関係性を深く理解しているアーティストである。彼はサイセクス(PsysEx)名義でポリリズムを追及しながらリズミックな電子音楽/エレクトロニカ・アルバムを計6作ほど発表してきた。エレクトロニカ的な細やかな音響と豊かな中音域を追求したサウンドは本当に素晴らしい。その到達点が2015年に「Ken'ichi Itoi a.k.a. PsysEx」名義でリリースされた『Apex』だろう。高密度にして柔軟という正反対の現象を電子音/ビートという領域に構築・生成した傑作だ。
 そして本作『エン』は、レーベル設立20周年を記念した初の本人名義(Kenichi Itoi)のアルバムである。サイセクス名義とはいささか趣が異なり柔らかで情景的なエレクトロニカを展開している。コンセプトは「縁(えにし)」という。「宇宙、自然、人と人、人と共同体を繋ぐエン=縁=EXN」としての電子音楽とでもいうべきか。まさにレーベル20周年に相応しいテーマといえよう。

 そうしたコンセプトゆえそのサウンドはいつも以上に優しい。情景的/情緒的な電子音楽なのである。精密であっても耳に心地良い電子音楽なのだ。2曲め“Zinew (Zinem OVAL Remix)”の、オヴァルによるリミックス・トラックも本作の意図をよく汲み取ったサウンドとなっている。だが良く聴き込んでみるとさすが糸魚健一のサウンドだ。4曲め“Sigle”など、タメの効いたリズム/ビートが入っているトラックには不思議な音響的ファンクネスが横溢しており、単に優しいだけのエレクトロニカとは一線を画している。5曲め“Auhm”も一聴、ビートレスのエレクトロニカ・トラックだが、音響のリズミックな反復のあいだには不思議なタメとグルーヴすら感じてしまう(ちなみに糸魚は、〈シュラインドットジェイピー〉のほかに、ダンス・ミュージックに特化したレーベル〈ミス〉も主宰している。こちらもぜひチェックして頂きたい)。

 そんな〈シュラインドットジェイピー〉のジャズ/ファンク方面を新たに代表する最新アルバムがカフカ『ポリへドロン』である。彼は大阪を拠点とするビートメイカーだが、そのサウンドの色彩は光のように多様で環境音やギター・サウンドを緻密にレイヤーしたサウンドを聴かせる。加えてNTT/ICCにおけるサウンド・インスタレーションやiPhoneのアプリなど多方面でも活動・活躍しており、ベルリンの〈Project: Mooncircle〉の15周年コンピレーションへの参加やEP「Laws of Nature」をリリースするなど国際的な活動も展開している。
 この『ポリへドロン』は、もともと2016年に〈シュラインドットジェイピー〉のiTunesの配信限定アルバムとしてリリースされたものだが、本年ついに待望のフィジカル/CD化された作品だ。といってもただのフィジカル化ではない。10曲め以降はCD盤用のボーナス・トラックとなっており、既に配信で購入されたリスナーにとっても聴き逃せない構成となっている。
 まるで70年代のハービー・ハンコックが電子音響/エレクトロニカ化したような1曲め“The Light”からアルバム世界に一気に引き込まれる。その後も“Bargaining Point”、“Focal”、“Along the River”など、細やかで凝りまくりながらも肉体的な柔軟性も兼ね備えたリズム/ビートをベースに、エレガントなエレピ、緻密な電子音、ミニマムなサウンドが繊細・緻密にレイヤーされるトラックを続く。そして“Provide”はクリストファー・ウィリッツを思わせるアンビエントなサウンドと細切れにスライスされたマイクロ・ビートが折り重なっていく天国的なサウンドであり、聴き込んでいくと恍惚となってしまうほど。本盤用に加えられたボーナス・トラックもまたアルバムの出来栄えを拡張するトラックばかりなので最後までじっくりと聴き込めるアルバムに仕上がっている。

 聴き手の耳と体をマッサージしてくれるような心地よいエレクトロニカ・サウンドとファンクなビートによるスポーティーなトラックには、10年後も聴ける普遍的な魅力を兼ね備えているように思える。
 そしてこのような「普遍性」こそ〈シュラインドットジェイピー〉が提示するサウンドの魅力ではないか。ファンクネスという普遍性が電子音楽の中で交錯し、融合し、見事にミックスされているのだ。その意味で、糸魚健一『エン』、カフカ『ポリへドロン』もまた末永く聴けるエレクトロニカに違いない。

1967年、予定通りリリースされていたら『サージェント・ペパーズ』を凌駕したと語られてきた幻のアルバム、それは世界でもっとも有名な未発表アルバム――、しかしその真の姿は、より素晴らしいものだった――

萩原健太が精魂込めて描くビーチ・ボーイズと『スマイル』物語

ビーチ・ボーイズは時代を超えて輝く永遠のカリフォルニア・ティーンエイジ・ドリームを懐メロ寸前のところで歌い継いでいるんだ、と。そう思った。彼らが60年代に構築したその夢を、時代を超えて正当な権利とともに受け継ぐことができるのは、他の誰でもない、彼ら自身、ビーチ・ボーイズしかいないのだから。 (本書より)

●著者について
1956年、埼玉県生まれ。音楽評論家。ディスクジョッキーなど。ライナーノーツは数え切れず、音楽プロデューサーとして米米クラブ、ユースケ・サンタマリア、山崎まさよし、田原俊彦、憂歌団の諸作も手掛ける。著書には『はっぴいえんど伝説』『70年代シティ・ポップ・クロニクル』『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』『アメリカン・グラフィティから始まった』など。


interview with Bicep - ele-king


Bicep - Bicep
Ninja Tune / ビート

HouseTechno

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 UKにおけるヒップホップ~トリップホップ~ブレイクビーツの系譜をしっかり継承する一方で、そのかつてのイメージを拭い去ろうとするかのように近年どんどん多角化を進めている〈Ninja Tune〉。今年に入ってからも、ボノボアクトレスフォレスト・スウォーズにと、非常に高い水準の作品のリリースが続いている(傘下の〈Brainfeeder〉や〈Big Dada〉まで含めるなら、サンダーキャットクートマのアルバムもある)。
 その〈Ninja Tune〉がいま大きくプッシュしているのが、マット・マクブライアーとアンディ・ファーガソンのふたりから成るハウス・デュオ、バイセップである。00年代末に開設したブログをきっかけに活動を始めたという彼らは、いかにもインターネット時代を象徴しているように見えるが、じっさいに彼らのルーツとなっているのは80~90年代のハウスやテクノのようだ。たしかに、“Glue”の機能的なビートの上に乗っかるアンビエント・タッチの美しい旋律や、“Spring”におけるある時期のエイフェックスを想起させる音響、“Rain”のヴォーカルの使い方や展開など、バイセップが「あの時代」のサウンドから多大な影響を受けていることは間違いない。初めて彼らのライヴ映像を観たときは、オーディエンスの熱気に気圧されてしまい、またロゴもマッチョな雰囲気が漂っていたので、変な先入観を抱いていたのだけれど、このアルバムで彼らが鳴らしているのは想像以上に繊細で、詩情豊かなダンス・ミュージックだった。
 そんな今後の〈Ninja Tune〉の未来を占う存在とも呼ぶべき彼らに、活動開始から10年近く経ってリリースされた待望のファースト・アルバムについて、そして彼らのバックグラウンドやアティテュードについて話を伺った。

Bicep | バイセップ
ベルファスト生まれ、現在はロンドンを拠点に活動するマット・マクブライアーとアンディ・ファーガソンによるDJ/プロデューサー・デュオ。2008年に開設したレコード収集の趣味を披露したりミックスやエディットをアップするブログ「Feelmybicep」が瞬く間に話題を呼び、月に20万人がアクセスするこの人気ブログをきっかけに世界中をDJツアーで回るようになった。また〈Throne Of Blood〉〈Traveller Records〉〈Mystery Meat〉〈Love Fever〉といったレーベルと手を組んだ後、ウィル・ソウル主宰〈Aus Music〉からリリースした「Just EP」がヒットし、タイトル曲はじつに多くの著名DJがプレイ、『Mixmag』と『DJ Mag』双方の「Track of the Year」を獲得。2016年には「RA Poll」で8位を獲得し、世界ツアーで数々のパーティをソールドアウトさせ、2017年には記念すべきデビュー・アルバムを〈Ninja Tune〉よりリリース。

EDMはマス用の商業音楽で、本物のアンダーグラウンド・ミュージックのように生き残ることはないだろうね。

「Bicep(上腕二頭筋)」というユニット名にはどのような思いが込められているのでしょう? ロゴにも3本の上腕が描かれており、マッチョな印象を抱いたのですが。

バイセップ(Bicep、以下B):オリジナルのアイデアは、70年代~80年代のディスコ、そしてとくにイタロ・ディスコのイメージから影響を受けていて、たとえばスカット・ブラザーズ“Walk The Night”、ビデオはカノ“It's a war”あたりがパッと思いつくね。名前はおもしろさ以外にとくに意味はなかったんだけど、最終的にこれに収まったんだ。ロゴに関してはヴァイナルが回っているときに見た目が良くなるように意識して、すぐに思いついたのがあのイラストなんだ。

『Bicep』はあなたたちにとって初めてのアルバムとなりますが、シングルを作るときと違いはありましたか?

B:そうだね、シングルに比べてサウンドの構築により多くの時間を使ったね。たとえばいつもとは違うシンセを使用したりミックスを試してみたりと、新しいアプローチを試みたんだ。いままでは自分たちのなかで合格点のレヴェルに達したものはそれ以上とくに手をつけなかったんだけど、今回はベストのサウンドになるまでとことん作り込んだ。たとえばある曲では4つの異なるシンセでベース・ラインの鳴り方を試したりね。

ハウスやテクノはシングル盤によって育まれた文化です。また最近はインターネットの影響もあり、音楽は曲単位で聴かれることも多いと思うのですが、アルバムを作ることの意義はなんだと思いますか?

B:そういった考え方からは距離を置きながら、家や電車のなか、クラブにまで対応できる曲を作りたかったんだ。これはこのアルバムの軸となるアイデアのうちのひとつなんだ。

このアルバムを作っているとき、フロアで身体を揺らしているオーディエンスと、ベッドルームでヘッドフォンをして聴いているリスナーと、どちらのほうをより強く意識しましたか?

B:言ったように、“バランス感”を保つことがこのアルバムでのひとつのチャレンジだったんだ。曲によってはダンスとリスニングのグルーヴを行き来するものもある。たとえば“Spring”はもともとクラブでのプレイ用に作ったんだけど、ミキシングやシンセを調整したからリスニング用としても機能するはずだよ。

今回のアルバムの収録曲のタイトルはすべて1単語ですが、これには何か意図があるのでしょうか?

B:くどいタイトルはやめて、アブストラクトかつシンプルなワン・ワードの曲名をつけたんだ。ほとんどの曲が自分たちにとって特別な意味を持っているんだけど、意味の捉え方は聴き手に委ねることにしたんだ。

本作を作るにあたって、もっとも苦労したことはなんでしょう?

B:まず、ベースとなるアイデアを持たずに、さまざまなスタイルで実験をしながら制作を始めたんだ。60曲ほどでき上がったところで、そこからアルバム用に曲を絞り込む作業がとにかく大変だった。制作には、完成後の後悔やパーツに飽きてしまうということが付きものなんだけど、そういった感情を押し殺しながらすべてを完成させるという作業はとても強い意志が必要だったね。まあ、それもひとつのチャレンジだったよ。

今作を〈Ninja Tune〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

B:セルフ・リリースの可能性も持ちつつ、いくつかのレーベルにデモを送っていたんだ。そのなかでも〈Ninja Tune〉は最初に送ったデモの時点からとてもポジティヴな反応を見せてくれて、いっさい妥協をせずに気持ち良くアルバム制作に取り組むことができた。〈Ninja Tune〉の手厚いサポートにはすごく感謝しているよ。

音楽に興味を持つようになったきっかけはなんですか? 子どもの頃はどのような音楽を聴いていたのでしょう?

アンディ:若い頃はラジオで流れている音楽をテープに録音するのが好きで、オールドスクールなミックステープをよく作っていたんだ。さらに遡ると、ドラムンベースやジャングル、ニューウェイヴやポップスをひとつのテープにまとめていたね。

マット:僕は音楽に囲まれて育ったんだ。両親が一日中ヴァン・モリソンやメアリー・ブラック、エニグマをかけているような家でね。母親はコンテンポラリー・ダンスが大好きで、いつも世界中から集めた奇妙で素晴らしい音楽や、ニューエイジ、電子音楽がかかっていて、僕の無意識下に大きな影響を与えたと思う。父親はエンジニアで、自作のサウンドシステムが家にあり、倉庫には放送用の機材が溢れていたんだ。アルバムのプロダクションやテクニカルな面でとても大きな影響を受けていると思う。

資料によると、おふたりはエイフェックス・ツインやロラン・ガルニエを通してエレクトロニック・ミュージックに触れたそうですが、かれらの音楽のどういうところに惹かれたのでしょう? また、彼らの作品でもっとも好きなものはなんですか?

アンディ:地元のクラブのShineでロラン・ガルニエを観て以来すっかりテクノ/ハウスの虜になったんだ。当時はパンクやバンドのエネルギーが好きだったんだけど、テクノ/ハウスの持つエネルギーは別ものだったね。“Crispy Bacon”みたいなトラックはまったく異なるやり方でエネルギーを放っていたと思う。

マット:僕は、エイフェックス・ツインの多様で狂ったアイデアと、アナログ・サウンドの音像や荒々しい質感との融合に衝撃を受けたよ。

2012年に発表された“Vision Of Love”は、翌年カール・クレイグにエディットされ、ケヴィン・サンダーソンのレーベル〈KMS〉からリリースされました。デトロイト・テクノが成し遂げた最大の功績は何だと思いますか?

B:おそらく、世界に自分たちのテクノ・ブランドを紹介したことじゃないかな? デトロイトは昔からつねに音楽の街として存在し続け、とてもオープンマインドな場所という印象を与えてくれる。去年ベルファストでおこなわれた“AVAフェスティヴァル”でホアン・アトキンスが話していた「テクノのルーツ」に関するエピソードがとても興味深いものだったね。まるで彼らのような先駆者たちが街の個性を反映しているようで、現在も人びとがそのことに言及することはとても素晴らしいことだと思う。

2013年にはシミアン・モバイル・ディスコとも共作されています。かれらのルーツのひとつにはインディ・ロックもあると思うのですが、あなたたちから見てかれらのおもしろいところはどこですか?

B:シミアン・モバイル・ディスコはとても良い友人で、デュオとしての活動の仕方にとても影響を受けている。スタジオで彼らと過ごした時間には非常にインスパイアされたね。彼らがインディ~ロック~ディスコ~エレクトロなサウンドで2005~2006年にヒットを飛ばしたことは周知のとおりだけど、彼らはふたりともジャンルレスに音楽を愛しているし、彼らのサウンドを包括的に捉えればジャンルにこだわることは取るに足らないことだと気づかされるね。シンセ・サウンドのクリエイティヴィティやプロダクションのスタイルがとくに素晴らしいと思う。

あなたたちは昨年、ブレイズや808・ステイトのリミックスも手がけています。おそらくかれらの音楽に触れたのはリアルタイムではないと思うのですが、あなたたちにとってブレイズや808・ステイトはどのような存在でしょう? また、あの時代のハウスやテクノについてどのようにお考えですか?

B:たしか2000年初期~中期にかけて、初めて彼らの音楽を聴いたと思う。80年代後期から90年代初期のサウンドを掘るのが好きなんだよ。この時期はとても実験的かつクリエイティヴな音楽に溢れた時代で、ハウス/テクノ系の僕たちのフェイヴァリット・レコードはこの時期に作られたものが多いね。

あなたたちなりにハウスとテクノを定義するとしたら、両者の違いは何でしょう?

B:たぶん、“スピード”と“ムード”のバランス感じゃないかな。このふたつの音楽の境界線は最近とくに曖昧で、定義するのが難しくなってきてると思う。多くのサブジャンルも生まれているし。僕たちがUSB上で曲を管理する際も、ジャズ・ハウス、ファスト・ディスコ、ファン・テクノ、といった分け方をするんだけど、ひとつのトラックがこの3つのジャンルをカヴァーしてしまうこともあるしね(笑)。

ハウスやテクノはもともとアンダーグラウンドから生まれた音楽ですが、最近のEDMのようなダンス・ミュージックについてはどうお考えですか?

B:EDMのトレンドはフォロウしないようにしている。当初は、EDMファンもいずれアンダーグラウンドに流れると思ってたんだけど、どうやら違ったようだね(笑)。EDMはマス用の商業音楽で、本物のアンダーグラウンド・ミュージックのように生き残ることはないだろうね。

あなたたちはブログ「Feel My Bicep」で音楽を紹介したり情報を交換したりするところから活動をはじめ、それがレーベルやイベントにまで発展していきましたが、インターネットやSNSについてはどうお考えですか?

B:インターネットは、音楽のセンスが近い人びとと繋がり共有することのできる素晴らしいツールだね。僕たちはブログを、愛する音楽をポジティヴに議論する場として活用している。それは素晴らしいことだよ。ただ、オープンで誰とでも繋がれるがゆえに、議論や意見がつねに良い方向に行くとは限らなかった。僕たちはつねにポジティヴに音楽を捉え、好きな音楽の話に時間を費やし、決して他者の作品がいかに良くないかなどと吹聴するようなことはしない。良いものについて話をしたり共有したりするほうが、良くない音楽について議論をするよりもマシだと思う。

あなたたちが運営するレーベル〈Feel My Bicep〉からは、ご自身の作品に加え、BrassicaやSandboardsの作品もリリースされています。レーベルの方針のようなものはあるのでしょうか?

B:現在はとくにこれといったアイデアはないんだ。僕たちは、僕たちが好きな音楽をアウトプットし、好きなアーティストにプラットフォームを提供するだけだよ。

いまもっとも注目しているアーティストは誰ですか? また、今後リミックスしてみたいアーティストがいれば教えてください。

B:最近はフローティング・ポインツのサウンドが気に入ってる。リミックスに関しては、これから僕らのアルバムのリミックスを考えているんだけど、誰かに「ユニークかつ新しい“何か”を加えながら音楽的にトラックを発展させる」ということを頼むのは、なかなか難しいことだと思う。何人か全幅の信頼を置いている人たちにリミックスをお願いしてるけど、まだ秘密だね(笑)。

ファースト・アルバムのリリースを終え、いまおふたりがいちばんやりたいことはなんですか?

B:アルバム完成後からノンストップでプロモーションやツアーをやってるんだけど、これが今年いっぱい続くんだ。僕たちはすでに新しい作品に取り組みたくてうずうずしてるんだけど、スタジオから数ヶ月離れるのも必要なことかもね。


【アルバム情報】

label: Beat Records / Ninja Tune
artist: BICEP
title: Bicep
release date: 2017/09/01 FRI ON SALE
cat no.: BRZN244
price: ¥1,929 (+tax)
国内盤仕様: 帯/解説付き

amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B0733PW3KH/
beatkart: https://shop.beatink.com/shopdetail/000000002175
tower records: https://tower.jp/item/4553534/Bicep
hmv: https://bit.ly/2wcw9Ne

【来日公演情報】

1:朝霧JAM 2017
日時:2017年10月7日 (土)
場所:富士山麓 朝霧アリーナ・ふもとっぱら
詳細:https://asagirijam.jp/

2:単独東京公演 at Contact Tokyo
日時:2017年10月8日 (日) 22時 OPEN
場所:東京都渋谷区道玄坂2-10-12 新大宗ビルB2F
詳細:https://www.contacttokyo.com/

Martin Rev - ele-king

 demolition。取り壊し。破壊。打破。解体。爆破。そのタイトルにふさわしく、ディストーションで歪みきったドラム・サウンドでブルータルに幕を切るMartin Revのソロ・アルバム最新作。

 もはやSUICIDEの新作を望めなくなった今、ソロと書くのも蛇足でしょうか。A面B面ともに17曲ずつ、1分前後の曲が並ぶ怪作です。彼のこれまでの作品群が、多種多様なソングライティング能力を既に証明していますが、これまでは比較的アルバム単位で楽曲の大まかな傾向を揃えていた節も見受けられました。しかし今作は非常に混沌とした内容です。そして冒頭の“Stickball”のように歪みきったドラム・サウンドはこれまでになかったもの。何かがこれまでとは違う。そう感じずにはいられません。

 その混沌とした内容の中でも、主にフィーチャーされているのは映像作家Stefan Roloffとのコラボレーションの成果をソロ・アルバムで披露したと思しき、亡き妻Mariに捧げられた前作『Stigmata』の流れを汲んだ楽曲です。シンセ・オーケストレーションと声だけで壮大な曲や優しいメロディーにあふれた曲を構成していた前作。Stefanとのコラボレーションをチェックしていなかった僕は『Stigmata』が出た時点でその作風にとても驚きました。そしてその内容とタイトルに対して、自ら十字架を模したかのようなジャケットの写真がただならぬ気配を漂わせていました。

 SUICIDEとして今は亡きAlan Vegaと共に活動し、ことによるとディズニーのサントラも担当できそうなMartin。そんな彼の最新作は全体的にはサウンドトラック・アルバム的と言えそうですが、サウンドトラック・アルバムにありがちな、ひとつのテーマのヴァリエーションが様々に変奏されるのではなく、ひとつひとつの独立した楽曲が34曲収録されています。そして短い曲ばかりなのですが、アイデアのスケッチという感じがなく、プリミティヴではあるけれどもそれぞれが確固たる完成度を誇っているように感じられます。

 “My Street”はお得意のオールディーズ・リファレンスなフレーズに歪みまくったディストーション・ギター(キーボードかも)でリフを弾くという、これが俺の道だと言わんばかりの格好良さ。でも2分しかやってくれませんのでループ再生をオススメします。“Into The Blue”はまたしても歪みきったディストーションまみれのドラム・サウンドが炸裂します。音を出してご家庭で聴かれる場合には、非常に迷惑な音量設定です。次にかかるとても美しい“Requiem”になると“Into The Blue”であわてて下げにいったボリュームをまた上げにいかないといけません。しかしここまで楽曲間の音楽性や音量のギャップが共に激しいアルバムもそうそう無いと思います。

 “Now”は新機軸で、激しく、深いリヴァーブのかかったドラム・サウンドが、『Stigmata』の流れを汲んだ壮大なオーケストレーションと融合しています。とてもかっこいい。この曲は2分半もやってくれています。でももっと長くやってほしい。“In Our Name”はなにやら意味ありげで歌詞をちゃんと聴き取れれば良いのですが、最後に「Now you're gone」と言っているのは僕にもわかります。我々の名において。SUICIDEの事なのでしょうか。美しい“Vision Of Mari”はおそらく亡き妻の事を想って作られた曲でしょう。本当に美しいメロディーを書ける素晴らしいソングライター。3、3、7拍子のようなリズムを刻む“RBL”も非常にノイジーな音色に包まれています。

 この流れでRock'n'RollなMartin節炸裂の“Creation”が来るとそのギャップにも興奮しますが、次の“Toi”がまた可愛らしい曲で、子供をあやすかのような優しさを湛えています。続く“Pièta”では優雅なメロディーが奏でられますが30秒で終わってしまい、次の“It's Time”も30秒で終わってしまいます。冒頭の“Stickball”、“Into The Blue”、“Back To Philly”、“Beatus”、“Concrete”と、ドラム・ソロがインタールードのように挿入され、主にシンセサイザー・オーケストレーションによる短い楽曲が多数収録された本作も終盤に差し掛かり、“She”ではドラム主体のサウンドにMartinの囁くような歌がのり、壮大な、しかし非常に短い“Darling”、“Excelsis”の2曲がアルバムを締めくくります。

 最後の2曲のような楽曲をもっと構築した、長い組曲のようなものを作ってほしいし、David Lynchの映画をAngelo Badalamentiの代わりにMartinがサウンドトラックを担当したら面白そうだから、何かの間違いでそんな事が起こりはしないかと期待し続けていたいし、もっと彼の楽曲で驚かされたいので、まだまだ元気でいてほしいと願う僕の胸をジャケット・アートワークの1stアルバムとの相似性が妙に騒がせますが、Alanの遺作となってしまった『IT』のジャケットの「EXIT」大写しに比べれば安心できるというもの。

 YouTubeで見られる最近のLive映像では、インナースリーヴの写真のように、色とりどりのカラフルでどぎつい色合いに照らされたMartinの音が、全体的にノイジーな音色になってきているのが感じられます。ウィキペディアによると彼は1947年12月18日生まれ。この情報が正しいとすると今年で70歳になる彼。老いてますますアグレッシヴになっていますが、それは78歳で亡くなったAlanとて同じ。『IT』は現行の〈Jealous God〉などのEBMリヴァイヴァル的楽曲群やインダストリアル・トラックなどと混ぜても使えるような曲満載のアルバムでした。それに比べてMartinの『Demolition 9』はほとんどの曲が1分前後、長くても2分台、短くて奇妙な曲が多く収録されたNot DJ friendlyなアルバムですが、音楽の価値は当然そんな事とは関係なく、“Requiem”や“Vision of Mari”、“Toi”などの美しい曲と荒々しい楽曲たちを壮大なオーケストレーションでつないだMartin Rev独自の孤高のアルバム。そしてこのこれまでにない荒々しさは、MariとAlanに先立たれた喪失感と無縁ではないでしょう。

 先日DOMMUNEのECD 7時間特集番組でECD氏がDJの最後にSUICIDEの“Cheree”をかけていましたが、今YouTubeではMartinのソロ・パフォーマンスによる“Cheree”を見ることができます。キーボードを指ではなく拳や手の平、腕で叩くように演奏し、音階とリズムとノイズを同時に出しながら歌うMartin。長年の経験に裏打ちされた荒々しい演奏です。

 ECD氏とRev氏の健康を願って、筆を置きたいと思います。

Jack Peoples - ele-king

 若者たちのあいだでニューエイジが流行しているという。たしかに昨年は大統領選挙や国民投票があったし、今年に入ってからもテロは起こり続け、列島のはるか上空では楽しそうにミサイルが飛び回っている。これは、つらい。このような情況にブリテン島の人びとも危惧の念を抱いたのか、先月、ブライアン・イーノら19人の有志たちが首相のテリーザ・メイに対し、合衆国に圧力をかけて朝鮮半島の緊張を解消するよう求める声明を発表している。曰く、キューバ危機以来最大の核戦争の脅威が引き起こされている。曰く、いま必要なのは軍事的な解決ではなく脱エスカレイション(de-escalation)である。相変わらず国際情勢は混迷を極めている。つらい。人びとが現実から逃避したくなるのもわかる。
 でもここで忘れてはならないのが、それはあくまで星の数ほどある「つらみ」のうちのひとつにすぎないということだ。国際問題とは言うなれば「大きなつらみ」である。当然ながらそうした「つらみ」とは異なる次元の「つらみ」も存在するわけで、オーウェン・ジョーンズはそういう「小さなつらみ」にこそ目を向けなければならない、と言っているのだと思う。たとえば、あまりに低い賃金で長時間労働を課された多くの人たち……アニメ業界の悲惨な話はよく耳に入ってくるけれど、それはおそらく氷山の一角にすぎないのだろう。とりわけ「クリエイティヴ系」と括られる職種は厄介で、「創造的な仕事だから」「意義のある仕事だから」という言葉が魔法のような効力を発揮する。いわゆる「やりがい搾取」というやつである。クリエイティヴな作業なのだから金を要求すべきではない――そんな雰囲気が漂っている職場も多いことだろう。それも、他人から言われている分にはまだよくて、労働者自身が「これはやりがいのある仕事だから(低賃金でいい、残業代も要らない、休日もなくていい)」と、自らを追い込んでいる敵たちの思想を見事に内面化してしまった暁には、もう取り返しのつかないところまで来ていると考えたほうがいい。電通の例を挙げるまでもなく、そりゃそんな毎日を過ごしていたら現実逃避のひとつやふたつ、したくもなろうというものだ。

 去る9月3日に没後15周年を迎えたジェイムズ・スティンソン。かつてドレクシアの一員として、大西洋に廃棄された奴隷の子孫という役を演じ、ハードなエレクトロを生み出すことで次々と「復讐」の物語を紡いでいった彼は、「大きなつらみ」に立ち向かう勇敢なる戦士だった、とひとまずは言うことができる。しかし他方で彼は、ジ・アザー・ピープル・プレイス(以下、TOPP)という名義のもと、「小さなつらみ」を見つめる作品も残している。2月にリイシューされた『Lifestyles Of The Laptop Café』は、日々の営みにおけるさまざまな感情に目を向けた、どこまでも愛おしいアルバムだった。
 このたび発掘されたスティンソンの未発表音源も、その路線に位置づけられるものである。これらの音源は2000年代初頭にTOPP名義でリリースされた2タイトルのすぐ後に発表される予定だったもので、どうやら『Lifestyles Of The Laptop Café』と同じセッションで録音されたものらしい。スティンソンの死により長いこと日の目を見ることのなかったそれらの音源をコンパイルしたミニ・アルバムが、本作『Laptop Cafe』である。ただし、今回の名義はTOPPではなくジャック・ピープルズとなっている。同じテーマの曲たちになぜべつの名義が与えられているのかは不明だが、TOPPもジャック・ピープルズも「ピープル」という部分は共通している。「people」とは要するに「人民」のことである。それはすなわち、「小さなつらみ」を抱えながら日々を生き抜いている者たちのことだ。
 TOPPのアルバムと同じように、1曲め“Song 06”の出だしから穏やかな陽光が差し込んでいる。子どもが無邪気に玩具で遊んでいるかのような2曲め“Song 02”や3曲め“Song 01”も微笑ましく、聴き手を優しく包み込んでひだまりのなかへと導いていく。収録された6曲のサウンドはいずれも粗く、それが意図されたものなのかどうかはわからないけれど、そのロウファイさがかえってジャック・ピープルズの音楽の持つ日常性を際立たせている。
 興味深いのは4曲めの“Song 04”だ。このアルバムのなかでもっとも力強いビートで始まるこのトラックは、間歇的に挿入される太いベースに支えられながら、調子っぱずれなスティールパンの調べを呼び込み、カリブの風を招き入れている。そこに微かなハープのような音まで紛れ込まされていて、これは当時のスティンソンにとって新機軸だったのではないだろうか。

 没後15周年だとかエレクトロ・ブームだとか、単にそれだけが理由じゃないんだと思う。今年に入ってからジェイムズ・スティンソン絡みのリリースが相次いでいるのは、一部の人たちのあいだにニューエイジ的なるものの氾濫に対する懸念があるからではないだろうか。もちろん、逃避することそれ自体は悪いことではない。資本主義社会のなかを生きるというのはただそれだけでじゅうぶんつらいことなのだから、逃避はむしろ生活を維持していくうえで必要なことである(再生産)。だがそこで、内面的かつ崇高な精神世界を志向するのか、それとも日々の「小さなつらみ」を静かに見つめ返すのか。両者のあいだには大きな違いが横たわっている。だからスティンソンのこの遺作は、「ピープル」であるところの僕たちに、ニューエイジに代わる新たな選択肢を与えてくれているのだと、そう思われてならない。

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