「Nothing」と一致するもの

Anthony Joseph - ele-king

 ポエトリー・リーディングとジャズやファンクを結び付けたアーティストの元祖と言えば、ギル・スコット・ヘロンやラスト・ポエッツが思い浮かぶが、その系譜を今に受け継ぐのがアンソニー・ジョセフである。アンソニー・ジョセフの生まれは西インド諸島のトリニダードだが、1989年にロンドンへ移住している。2000年代半ばより音楽活動を始め、最初はスパズム・バンドというアフロ・ビート・スタイルのバンドを率いて、アルバムも数枚リリースしている。声質やヴォーカル・スタイルが近いところから、当時よりギル・スコット・ヘロンと比較されることも多かった。オランダの〈キンドレッド・スピリッツ〉、フランスの〈ナイーヴ〉や〈ヘヴンリー・スウィートネス〉からアルバムをリリースしていることからわかるように、活動範囲はイギリスだけでなくヨーロッパ全土に渡る。セカンド・アルバムの『バード・ヘッド・ソン』(2009年)ではキザイア・ジョーンズと共演し、3枚目の『ラバー・オーケストラ』(2011年)ではジェリー・ダマーズとマルコム・カトゥーをプロデューサーに迎えていたが、単なるアフロ・ビートというよりもスピリチュアル・ジャズ、サイケ・ロック、辺境音楽なども含めたミクスチャー度の高いバンドであった。

 そんなアンソニー・ジョセフだが、2013年よりソロ活動に転じ、『タイム』というアルバムを発表する。ミシェル・ンデゲオチェロがプロデュース、作曲、アレンジ、ベース演奏、ヴォーカルと全面参加したこのアルバムは、それまでのアフロ・サウンドのエッセンスを引き継ぐところはありつつも、モダンでコンテンポラリーなジャズ・スタイルを融合し、アンソニーのヴォーカルはより洗練された印象を与えるものだった。ミシェル・ンデゲオチェロが深く関わったこともあり、ロックやファンクの要素もミックスさせ、アルバムとしては非常に完成度の高いものであった。曲によってはスパズム・バンド時代のような呪術的でミステリアスな雰囲気もあり、アフロ・スピリチュアル、ゴスペル、ブルース、フォークなどのルーツ色を打ち出す場面もあった。彼の歌詞には自身のルーツである西インド諸島やアフリカに紐づけられるものもあり、それは2016年の『カリビアン・ルーツ』で前面に表れている。このアルバムはシャバカ・ハッチングス、ジェイソン・ヤード、エディ・ヒックなどロンドンのミュージシャンから、フローリアン・ペリッシエール、ロジャー・ラスパイユなどフランス勢、ベテランのスティールパン奏者であるアンディ・ナレルなどが参加しており、『タイム』に比べてずっと土着的な匂いの強いものとなっている。アフリカ音楽やラテン音楽など民族色豊かなものだが、中でもアルバム・タイトルとなっているカリブ色が濃厚で、アンディ・ナレルのスティールパンが効果的に用いられている。シャバカ・ハッチングスやジェイソン・ヤードはトゥモローズ・ウィリアーズに学び、シャバカはバルバドス出身。いわゆる南ロンドンのディアスポラなミュージシャンたちと言えるのだが、そうした者たちのルーツ・ミュージックへの志向と、アンソニー・ジョセフのカリブの血が結びついたアルバムと言えるだろう。

 2年ぶりとなる新作『ピープル・オブ・ザ・サン』も、基本的に『カリビアン・ルーツ』の世界を継承したものである。今回もジェイソン・ヤードなど前作から引き継いで参加するミュージシャンもいるが、録音はツアーの合間のトリニダードで行われており、1970年代から活動するレノックス・シャープ(ブージー名義で『フェイズ2』などのアルバムを出している)ほか、エラ・アンダール、ブラザー・レジスタンス、スリー・カナルなど現地のミュージシャンが多く参加。同じ西インド諸島のセントクリストファー・ネイビス出身のジョン・フランシスも加わるほか、アンソニーの娘であるミーナ・ジョセフもフィーチャーされている。こうした面々の参加により、『ピープル・オブ・ザ・サン』以上にカリブ・テイストが強いアルバムとなっている。エラ・アンダールの歌声をフィーチャーした“ミリガン・ジ・オーシャン”はヨルバ民謡のエッセンスを感じさせ、ダイメ・アロセナの曲に近いスピリチュアルな雰囲気を持つ。レノックス・シャープのスティールパンがフィーチャーされる“サン・スーシ“は、彼のブージー時代の作品に近いカリビアン・ディスコ・スタイル。ジョン・フランシスをフィーチャーしたタイトル曲“ピープル・オブ・ザ・サン”も同系のフュージョン・ファンクだが、こちらのビートはブロークンビーツ的。“ディグ・アウト・ユア・アイズ”はブロークンビーツとレゲエを取り入れたリズム・アレンジを施し、ジェイソン・ヤードのサックス・ソロも印象的なアフロ・ジャズへと導いている。

 “オン・ザ・ムーヴ”と“バンディット・スクール”はアルバムの中でひときわファンキーな楽曲。“オン・ザ・ムーヴ”はラスト・ポエッツのやっていたジャズ・ファンクに通じるような楽曲で、一方“バンディット・スクール”はPファンクのカリブ版と言えるかもしれない。“ジャングル”でのミーナ・ジョセフの歌はインド音楽風で、楽曲そのものからもピースフルな雰囲気があふれ出ている。スティールパンに象徴されるカリビアン・ミュージック最大の魅力は、このピースフルなムードと言えるかもしれない。一方、“サファーリング”における哀愁も西インド諸島特有のもの。この曲は“ディス・サヴェージ・ワーク”という副題が示すように、アフリカから西インド諸島に奴隷として連れてこられた祖先についての歌。アンソニー・ジョセフの歌もラップ、ポエトリー・リーディング、レゲエのトースティング、オペラをミックスしたような自在なスタイルを見せている。ダブ・ポエット風のブラザー・レジスタンスをフィーチャーした“ディーリングス”は、レゲエ、ファンク、アフロ・ビートなどがミックスされた雑食性の高い楽曲。『ピープル・オブ・ザ・サン』はカリビアンを軸に、その周辺や関係の深いルーツ音楽をいろいろとミックスしたアルバムと言えるが、それを象徴するような楽曲である。シャバカ・ハッチングスやモーゼス・ボイドなど、南ロンドンのミュージシャンの多くにディアスポラの意識が流れているが、アンソニー・ジョセフの本作もまたそうした意識に基づく一枚と言えるだろう。

King Coya - ele-king

 やはりマーラの存在は大きかったのだろう。サウンドそれ自体のおもしろさや強度はもちろんだけれど、彼の功績はディプロや M.I.A. 以後、ベース・ミュージックの新しい聴き方を用意したことにもある。以前からあった世界各地の民族音楽を、それそのものとは異なる角度から、つまりはダブステップ以降のベース・ミュージックの文脈において消化するという体験。それは受容法の更新でもあるがゆえに、「似たようなことはすでに誰それが十年前からやっていた」というテンプレートは著しくその効果を減退させることになる。

 ブエノスアイレスのレーベル〈ZZK〉は、近年はニコラ・クルースの活躍でその名を耳にすることが多いが、もともとはコンピレイション『ZZK Sound Vol.1』(2008年)でディジタル・クンビアを世に知らしめたレーベルである。コロンビアにルーツを有するクンビアがアルゼンチンでクラブ・ミュージックへ昇華されるというそもそもの経緯からして興味深いわけだけれど、そのシーンを牽引してきた同レーベルが設立10周年を迎えるこの年に、当時の活気を思い出させるようなアルバムを送り出してきた。

 キング・コジャことガビー・ケルペルは、本名名義で2001年に発表したフォルクローレのアルバム『Carnabailito』が〈Nonsuch〉によってライセンスされたことで注目を集めた、ブエノスアイレスのプロデューサーである。そのケルペルがフロアを志向し、大胆にエレクトロニクスを導入したプロジェクトがキング・コジャで、上述の『ZZK Sound Vol.1』への楽曲提供を経て、翌2009年にはフル・アルバム『Cumbias de Villa Donde』を発表している。IDMやアンビエント的な発想も導入するなど、ディジタル・クンビアに留まらないその多様な表現は、トレモールらとともにアルゼンチン音楽の新世代として脚光を浴びたわけだが、その後トム・トム・クラブやアマドゥ&ミリアムなどのいくつかのリミックス・ワーク、あるいはバルヴィーナ・ラモスとの共作を除けば、リリースは長いこと途絶えていた。そんな彼が9年ぶりに発表したソロ・アルバムが本作『Tierra de King Coya』だ。

 結論から述べると、フォルクローレとベース・ミュージックとの融合がこのアルバムの肝になっていて、そういうと以前とさほど変わりないように思われるかもしれないけれど、たとえば冒頭“Te digo Wayno”の中盤で乱入してくるベースに体現されているように、低音の鳴らし方がマーラ以降を感じさせる作りになっている。ほかにも、クドゥーロを独自に咀嚼しながらダークな雰囲気を演出する3曲目“Algo”(ラップを務めるのはケルペルの妻であり、〈ZZK〉からのリリースもある歌手のラ・ジェグロス)のように、前作とはまた異なる形でおもしろい試みが多くなされている。どことなく M.I.A. を想起させるヴォーカルが印象的な6曲目“Pa que yo te Cure”も、ナスティさを携えながらまったくといっていいほど下品さは感じさせず、ケルペルのさじ加減のうまさを堪能することができるし、最終曲“Icaro Llama Planta”でリズムと上モノが醸し出す不思議なムードは、リスナーを酩酊の境地へと誘うこと請け合いである。

 随所で顔を覗かせる笛のためだろう、アルバム全体としては前作以上にフォルクローレ色が強まっている感があるものの、それに負けじと低音のほうもぶんぶん度合いを増していて、この10年のあいだにダブステップ以降のベースが世界各地へ浸透したことを改めて教えてくれる。やっぱりジャイルス・ピーターソンの先見性はずば抜けていたというか、かつて彼がキング・コジャのファースト収録曲をモー・カラーズとサブトラクトのあいだに挟んで繋いでみせたのは、ある種の予言だったのかもしれない。とまれ、ブエノスアイレスのヴェテランによるこのカムバック作は、いわゆるグローバル・ベース~グローバル・ビーツの成熟を知るのにうってつけの1枚と言えるだろう。

Bliss Signal - ele-king

 今、音楽の先端はどこにあるのか。むろん、その問いには明確な答えはない。さまざまな聴き手の、それぞれの聴き方よって、「先端」の意味合いは異なるものだろうし、そもそも音楽じたいも現代では多様化を極めており、ひとつふたつの価値観ですべてを語ることができる時代でもない。
 だが、少なくともこれは「新しいのでは」と思えるという音楽形式がごく稀に同時代に存在する(こともある)。たしかに、その場合の「新しさ」とは、「歴史の終わり」以降特有の形式の組み合わせかもしれないし、音響の新奇性かもしれないが、ともあれ今というこの情報過多の時代において音楽を聴くことで得られる「新鮮な感覚」を多少なりとも感じられるのであれば、それは僥倖であり、得難い経験ではないかとも思う。
 聴覚と感覚が拡張したかのようなエクスペリエンスとの遭遇。例えば90年代から00年代初頭であれば、池田亮司、アルヴァ・ノト、フェネス、ピタなどの電子音響のグリッチ・ノイズから得た聴覚拡張感覚を思い出してしまうし、10年代であれば、アンディ・ストットやデムダイク・ステアによるインダストリアル/テクノのダークさに浸ってしまうかもしれないし、近年では今や大人気のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの新作や音楽マニア騒然のイヴ・トゥモアの新作が、われわれの未知の知覚を刺激してくれもした。
 ここで問い直そう。ではワンオートリックス・ポイント・ネヴァーらの新譜においては何が「新しい」のか。私見を一言で言わせて頂ければ、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーもイヴ・トゥモアもノイズと音楽の融解と融合がそれぞれの方法で実践されている点が「新しい」のだ。ノイズによって音楽(の遺伝子?)を蘇生し、再生成すること。彼らのノイズは、旧来的な破壊のノイズではなく、変貌の音楽/ノイズなのである。そう、今現在、音楽とノイズは相反する存在ではない。
 その意味で、2018年においてインダストリアル/テクノとメタルが交錯することも必然であった。むろん過去にも似たような音楽はあったが、重要なことはインダストリアル/テクノ、ダブステップ、グライムの継承・発展として、「インダストリアル・ブラック・メタル」が浮上・表出してきたという点が重要なのである。ジャンルとシーンがある必然性をもって結びつくこと。それはとてもスリリングだ。

 ここでアイルランドのブラック・メタル・バンド、アルター・オブ・プレイグスのリーダーのジェイムス・ケリーと、UKインスト・グライムのプロデューサーのマムダンスによるインダストリアル・ブラック・メタル・ユニットのブリス・シグナルのファースト・アルバム『Bliss Signal』を召喚してみたい。彼らのサウンドもまた音楽の「先端」を象徴する1作ではなかろうか。いや、そもそも「Drift EP」をリリースした時点で凄かったのが、本アルバムはその「衝撃」を律儀に継承している作品といえよう。
 アルバムは、闇夜の光のような硬質なアンビエント・ドローンである“Slow Scan”、“N16 Drift”、“Endless Rush”、“Ambi Drift”と激烈なインダストリアル・メタル・サウンドの“Bliss Signal”、“Surge”、“Floodlight”、“Tranq”が交互に収録される構成になっており、非常にドラマチックな作品となっている。ちなみにリリースはエクストリーム・メタル専門レーベルの〈Profound Lore Records〉というのも納得である。なぜなら同レーベルはプルリエントの『Rainbow Mirror』をリリースしているのだから。
 メタル・トラックもアンビエント・トラックもともに、ジェイムス・ケリーの WIFE を思わせるエレクトロニックなトラックに、マムダンスの緻密かつ大胆な電子音がそこかしこに展開されるなど、ブラック・メタリズムとウェイトレスなポスト・グライムが融合した音楽/音響に仕上がっており、なかなか新鮮である。もしもこのアルバムが2016年に世に出ていたらポスト・エンプティ・セットとして電子音楽の歴史はまた変わっていたかもしれないが、むろん「今」の時代にしか出てこない音でもあることに違いはない。

 ロゴスとの『FFS/BMT』などでも聴くことができた脱臼と律動を同時に感じさせる無重力なビートを組み上げたマムダンスが、すべての音が高速に融解するような激しいメタル・ビートの連打へと行き着いたことは実に象徴的な事態に思えるのだ。これは00年代後半にクリック&グリッチな電子音響が、ドローン/アンビエントへと溶け合うように変化した状況に似ている。そう、複雑なビートはいずれ融解する。ただその「融解のさま」が00年代のように「静謐さ」の方には向かわず、激しくも激烈なノイズの方に向かいつつある点が異なっている。エモ/エクストリームの時代なのである。
 いずれにせよブリス・シグナルのサウンドを聴くことは、この種のエレクトロニックな音楽の現在地点を考える上で重要に違いない。彼らの横に Goth-Trad、Diesuck、Masayuki Imanishi による Eartaker のファースト・アルバム『Harmonics』などを並べてみても良いだろうし、DJ NOBU がキュレーションした ENDON の新作アルバム『BOY MEETS GIRL』と同時に聴いてみても良いだろう。
 今、この時代、電子音楽たちは、メタリックなノイズを希求し、ハードコアな冷たい/激しい衝動を欲しているのではないか。繰り返そう。ノイズと音楽は相反するものではなくなった。そうではなく、音楽との境界線を融解するために、ただそれらは「ある」のだ。それはこの不透明な世界に蔓延する傲慢な曖昧さを許さない激烈な闘争宣言でもあり、咆哮でもある。「今」、この現在を貫く音=強靭・強烈なノイズ/音楽の蠢きここにある。

Sun Araw - ele-king

 去年このサイトで書いたように、やっぱり邦画は面白くなっているんじゃないかと思うんだけれど、あんまり変わらないかなと思うことに映画音楽がもうひとつピンと来ないということがある。吉田大八監督『羊の木』や濱口竜介監督『寝ても覚めても』は脚本も演出も演技もいいのに、どうにも音楽がマッチしているようには思えなくて作品への没入がどこか妨げられてしまった。今年の作品でいいと思ったのは瀬々敬久監督『友罪』ぐらいで、これは半野喜弘がラッシュを観た後に「音楽をつける必要はないんじゃないですか」と監督に告げたというエピソードがすべてを物語っているといえる。映像ソフトにはよく吹き替えヴァージョンや監督による解説の垂れ流しヴァージョンが選べるようになっているので、邦画に関しては音楽のアリ・ナシも選択機能に組み込んだらどうなのかなと思ってしまうというか。風景描写にポコッポコッとか音が入るやつとか、ほんといらねーよなーと思ってしまう。

 『Guarda in Alto』はミュージシャン名を伏せて聴かされたら、誰の作品か、たぶん、わからなかったと思う。イタリア映画のサウンドトラック盤としてリリースされたサン・アロウことキャメロン・スタローンズのソロ11作目。どの曲も圧倒的にシンプルで、ほとんど効果音に近い音楽が12曲収められている。イタリア映画は下火だし、日本ではほとんど公開されないので、どんな映画なのかさっぱりわからないままに聴くしかないけれど、これがひとつの世界観を明瞭に表現したアンビエント・アルバムになっていて、いろんなことで意味もなく心が揺れている夜などに聴いても、スッと心が落ち着いていく。メロディと呼べるようなものはほとんどなく、ベースのループやミニマルなパーカッション、あるいは弦楽器らしきもののコードをパラパラと押さえるか、ギターにリヴァーブだけにもかかわらず、しっかりとイメージを構築してしまう手腕はさすがとしか言いようがない。ジュークからベースやドラムを取り去ってもダンス・ミュージックとして成立させることができるかというテーマを追求し続けている食品まつりa.k.a foodmanがサン・アロウのレーベルから新作を重ねたことも必然だったのだなと納得してしまったというか。

 サン・アロウの作曲法はブライアン・イーノのそれとは何もかもが違っている。イーノのサウンドはよく湿地帯に例えられるけれど、単純にしっとりさせる効果があるのに対し、サン・アロウは圧倒的に乾いている。現代音楽を基盤としているかどうかも両者は異なるし、イーノが余韻で聴かせるのに対し、サン・アロウはリズムだけを骨格として取り出してくる。共通点があるとすれば、レゲエやダブへの関心、あるいは時代がニューエイジに埋没し切っている時に、それに染まっていないということだろう。これは大きい。サン・アロウはロサンゼルスというニューエイジの聖地にあって、しかもアンビエント表現を試みているにもかかわらず1ミリもニューエイジには接近せず、独自のヴィジョンを揺らがせることはない。こういうことは相当な意志の強さか音楽的信念がないと遂行できないのではないだろうか。もっと言えば2年前にはニューエイジの立役者ララージとジョイント・アルバム『プロフェッショナル・サンフロウ』をつくっているというのに……(同作はそれなりにダイナミックなプログレッシヴ・ロック風だった)。

 サン・アロウのこれまでの諸作もアンビエント・ミュージックとして聴くことはぜんぜん可能だった。しかし、『Guarda in Alto』はそれらとはやはり異なるアティチュードによってつくられたアルバムである。初めて聴いてから10年近くが経とうとしているのに、サン・アロウにまだ延びしろがあるとは驚きとしか言いようがない。ちなみにサン・アロウと食品まつりのコラボレーションはないのかな?

interview with TOYOMU - ele-king

 まいったね、トヨムは罪深いまでに楽天的だ。荒んでいくこの世界で、シリアスな作品がうまくいかない自分に葛藤していたようでもあった。しかし、人生を「面白がる」ことはとうぜん必要なこと。いや、むしろ面白がる、楽しむことが土台にあるべきだろう。ストゥージズだって「no fun(面白くねえ)」といって面白がったわけだし、泣くのはそのあとだ。
 トヨムの名が知れたのは、2016年のカニエ・ウェストの一種のパロディ作品によってだった。『ザ・ライフ・オブ・パブロ』をおのれの妄想で作り上げたその作品『印象III:なんとなく、パブロ』がbandcampでリリースされると、欧米の複数の有力メディアから大きなリアクションが起きた。それまで知るひとぞ知る存在だったトヨムは、一夜にして有名人になった。
 それから彼は、日本のトラフィック・レーベルからミニ・アルバム「ZEKKEI」を出したが、それはパロディ作品ではなく、牧歌的なエレクトロニック・ミュージックだった。そんな経緯もあって、いったいトヨムのアルバムはどうなるのかと思っていたら、ユーモアとエレクトロ・ポップの作品になった。〈ミュート〉レーベルの創始者、ダニエル・ミラーの初期作品を彷彿させる茶目っ気、LAビートの巨匠デイダラスゆずりのエレガンス、それらに加えてレイハラカミを彷彿させる叙情性も残しながらの、チャーミングなアルバムだ。“MABOROSHI”という曲は、トーフビーツの新作に収録された“NEWTOWN”、あるいはパソコン音楽クラブの“OLDNEWTOWN”なんかと並んで、2018年の日本のエレクトロ・ポップにおいてベストな楽曲のひとつだと思う。
 取材は、10月上旬、広尾のカフェでおこなわれた。通りに面したオープンエアのテーブルには、心地良い秋風が入って来る。この時期の黄昏時は、あっという間に夜を迎えるわけだが、江戸川乱歩が幻視した都会の宵のなかに紛れる怪しいものたちの気配を感じながら、インタヴューは、ゆるふわギャングからサンダーキャットまで、節奏のない彼の好きな音楽の話からはじまって、気が付いたらお互いビールを数杯飲んでいた。

https://smarturl.it/toyomu

だんだんアートといってやっても自分自身がそこまで楽しくないなと思いはじめて。それだったらもうちょっと単純に明るくやろうと思いはじめました。だから自分としてはこのアルバムは明るいアルバムだなと思っています。

今回のデビュー・アルバム『TOYOMU』は、自分ではどんなアルバムだと思いますか?

TOYOMU(以下T):ジャケに表れているように、自分ではすごくカラフルな作品になったと思っています。1曲1曲の単位が集まって、アルバムとして。ぱっと見がそういう感じではあるんですけど、いままで自分自身が、ビートと呼ばれるものをやろうと思ってやっていた時期とか、ラッパーに提供しようと思ってやっていたとか、もしくは”MABOROSHI”みたいにシングルを作ろうという感じで、作り方に対する考え方自体がだいぶシンプルな方向に、シンプルって言ったらおかしいな……、自分の感情として分かりやすい方にだんだん近づいていった。アルバムとしてできあがってみるとあんまり複雑なことや、自分ができないことはもうできないなということを割り切ってやったということもちょっとある。

食品まつりさんのコメントとぼくのコメントは言葉は違うけど、だいたい同じような内容で、同じような印象を持ったのかなと思いました。ドリーミーで、ほっこりなアルバム。そう思われていることを自分ではどう思いますか?

T:人から見たときにドリーミーということは、きっとファンシーさが最後まで残り続けたんだろうなと思います。たぶん現実とひたすら向き合い続けたら、あのようなアルバムにはなっていなかったと思うんですよね。音楽という世界だけに関して言ったら、自分の世界のなかで考えて作ったので、その部分が要素として強いかな。それがたぶんドリーミーと言われる原因ではないかなと少し思います。

自分自身ではそう思わない?

T:ぼくはみんなにわかりやすいように、お祭りみたいな感じ、カーニヴァルちっくな感じだと思っているんですよ。いや、サーカスとかそういうものも近いかな。渋い曲や、かっこいい曲がいちばんベストだと思って作っていたときと、どれだけ人と違うことをやるかみたいな部分で魅せようと思ってやっていたときがあって。人から見たときにそういうわけのわからないものって結構不気味にうつるとぼくは思うんですね。まったくわけのわからないものとか、あとは真剣に物事をやっている人とか。そういうのに対してはお客さんからすると、まじめな演劇を見ている感じ。大衆とか民衆の人たちが楽しみにきているというよりかは、高尚なものを見ている感じで接するような。

アートを見ているような?

T:アートを見ているような、そっちの方を自分はかっこいいと思ってやりたいという感じでいままでは動いていたんですけど、だんだんアートといってやっても自分自身がそこまで楽しくないなと思いはじめて。それだったらもうちょっと単純に明るくやろうと思いはじめました。だから自分としてはこのアルバムは明るいアルバムだなと思っています。たぶんJ-POPとかになってくると思うんですけど、ただひたすら明るいということは、全く屈託がないというか。サーカスとかもそうですけど、ピエロとか大道芸の人とかも一応は明るくはふるまっているじゃないですか。でも、ずっとツアーじゃないですけど、各地を転々としてまわっているから疲れも出てくるし、ずっと笑顔ではいられないと思うんですね。でも、みんなに対して明るい顔をしようという気持ちで動けばある程度はみんながわーって拍手もしてくれるだろうし。いちばん近いのはサーカスのイメージという感じなんですよね。

サーカスには影というものもあるんだけど、影や暗闇をこのアルバムには感じないです(笑)。

T:きっとぼく自身がサーカスに対してそう思っていないからということが大きいと思います。あとは、このアルバムを作るにあたって、何回か曲自体を捨てたりとかしたんですよ。作っては捨てみたいなことが繰り返しあって。だから自分のなかでは、もう作るのが嫌だなと思うくらいにまでたまになったりして。

どういう自分のなかの葛藤があったの?

T:『ZEKKEI』を出した2年くらい前に遡るんですけど、それくらいからアルバムをいちおう作りだしてはいたんですよ。

2年かかったんだね。

T:じっくりやっていてもそのときはアートみたいなものが頭のなかにあったので、人と違うかっこいいものを作るんだみたいな感じがすごく大きかったんですよね。

そのときのかっこいいアートな音楽ってエレクトロニック・ミュージックで言うとたとえば何? OPNみたいな?

T:OPNとかアルカとかもそのときはよく聴いていた。あとは坂本教授の『async』。こういうのがかっこいいなみたいな感じで。いったら全部影があるじゃないですか。でも自分としてはそういうのもやるんですけど、そういうやり方でやっても、人に伝わるまでにならないんですよね。

あるいはそれをやると、自分自身が自分に対してオネストになれていない?

T:オネストになれていないということと、それに偽っているみたいな感じも若干はあった。かっこいいだろというものを思い込みでやったけど、結果的に作り出したものを周りの人に聴かせても、とくにそれに対して何かコメントがあるということがまったくなかったんですよ。ということは、自分ではかっこいいと思って作っているけど、相手に伝わっていないみたいなことが出てきた。そこの伝わらなさみたいなものがすごく自分ではもどかしいというか、イライラするというか。自分ではかっこいいと思っているのに。そういうことが作りはじめてから長いこと続いたんですよ。

じゃあ1枚分のアルバム以上の曲を作っては捨て、作っては捨て。

T:最近もボツ曲をもういちど聞いてみてた んですけど、ものすごい量があって。ちょっと工夫したら別の要素に使えるみたいなものがいっぱいまだあるんですけど。その状態自体が自分自体を陰鬱な気持ちにさせるというか。作れば作るほど、より悪くなっていくなみたいな。

ぼくはOPNやアルカみたいな人たちを評価しているんだけど、これだけ音楽がタダ聴きされて、飲み放題みたいな世界になっていったときに、逆に飲み放題だと酔えないということだってありうるわけだよね。

T:ハードルが下がったのに別に聴く人が増えていないということ?

そういう意味で言うと、トヨム君はもともと曲を無料ダウンロードで出していたわけじゃない? しかし、これはこれで作品として作りたいと思ったわけでしょ?

T:もちろん。ただ、自分の能力との差がどうしてもある。きっと誰だってそういうことはあると思うんです。自分はこうしたいけど、いくら気持ちを入れ替えようと思ってもできないとか。そのときは簡単な話、ちょっと切り替えて、自分はそれができないからできることをやろうみたいな感じでシフトすればすぐに道を切り替えられたと思うんです。いまになって思えば、自分とその周りの状況に甘えていたという感じがあるんですよ。自分にウソをついていたというか。

OPNやアルカみたいな人はすごくシリアスじゃない? そのシリアスさを捨てたなという感じはするんだよね。

T:シリアスになりたかったけど、それをやろうと思ってもまったくできなかったんですよね。そんなフリをするということ自体がいまになって思えば間違っていた。自分に合っていなかった。そういうところのレベルで全然コントロールしきれていなかったというのが自分のなかであるんですよ。

それでこういうジャケットにしたんだろうけど、何かきっかけがあったの?

T:結局いくらやってもできないということになったときに、音楽を辞めるかどうかくらいまで考えていたんですよ。別に音楽を作ることに辞めるとかないけど。あとはいろいろな人と会ったりして。自分はいまでも実家暮らしなんですけど、実家暮らしをしている人でもちゃんとやっている人はもちろんいますが、その生活レベルからして見直した方がいいんじゃないかと思って(笑)。京都でやっていたらどうしても周りがめちゃくちゃ競い合っているという状況では正直ないと思うんですよ。

ゆるい?

T:もちろん京都でもしっかりやっている人はいるけど、自分と同じトラックメイカーやビートを作っている人で競い合っているような状況は東京のようにはない。京都は超田舎ではないけど、超都会でもないから。

独特なところだからね。

T:居たら心地良いんですよね。自然もあるし、川もあるし。そこに居たら、自分では俺は他人とは違うんだと思っていても、どうしてもあらがえないだろうなというのは意識しないと。そこに気付いたのが一番大きかったですね。地方都市に住んでいてめちゃくちゃ頑張っている人もいっぱいいるし。

自分が地方都市でやっているんだという意識はこの作品にはすごくあるの?

T:その反面インターネットがあるから、意識さえ、やる気さえチェンジできたら関係ないんだろうなというのは思うんですけど、そう口では言ってもできない方が絶対に多い。なんでこういうアルバムになったかというときも、実感として自分の人生がそう思ってきたということがけっこうある。

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全部楽しかったらいいじゃんとは思わないですけど、全員がシリアスにならなくてもいいんじゃないかなと思いますね。という発言が出るくらいぼくは楽天的。だから、トーフくんがああいうものを作れるのは本当にすごいと思う。ぼくは自分ではまったく。

この作品を作っていくときに、自分のなかで励みになった作品はある?

T:単純にぼくは〈ブレインフィーダー〉が好きだから、その流れでサンダーキャットも聴いていたんですけど、あの人の突き抜け方とかがいちばん。実際去年メトロでも観たんですけど。

へー、どんなところが?

T:あれだけベースがうまかったら、俺さまベースうまいだろみたいな感じになると思うのに、めちゃくちゃアホなジャケにしたりとか、人に対して優しいんですよね。食品さんとかもみていて思うんですけど、この人良い人だなって思う作品のほうが。2年くらい前まで小難しいことが好きだったけど、そういうアルバムを作るうえでプチ挫折みたいなものがあったから。実際そういうものをシンプルに聴いたら心が豊かになるし、ポップだし。門戸が広いというか風通しが良いというか。尚且つそういうこともやっていたからということもあるんですけど、最近アリアナ・グランデがカヴァーしたりとか、サンダーキャットのプロデュースの曲とか、ファレルのアルバムに入っているみたいなああいういわゆるメインストリームにもちゃんと出て行けるような感じにまで昇華できるんだなと思った。

音楽性は全然違うけど、サンダーキャットはでかかったんだ。

T:前から好きだったから、その流れで聴いていました。あの人も友人の死みたいなものがあって、『Drunk』より一個前は結構シリアスな感じがあったんですけど、今回はアルバムを通じて全部突き抜けているなという感じがしましたね。ジャケからしてもそうですけど。まあ、それだけじゃないですけど、ポップな作品の方が聴いていたかもしれないですよね。むしろ。

ぼくはもっとポップになるかなと思っていたんだけど。ラップしたりとか。わりとおさえているなと思った。なんでそこまではいかなかったの?

T:2年の制作期間に発した、良い部分が全て集約されているのが今回のアルバムです。なのでそこに対しての体力温存は全くありませんよ。全精力をそそいで作ったものだからこそ、「次は自分の声を入れてみたい」というような願望も見えてきましたが、そういった経験がないとまず思いつかなかっただろうと思います。

じゃあ自分の方向性は決まったと。

T:アルバムの形が全部見えるまでは、自分はいったいどうしたらいいんだろうというのが自分のなかではぼんやりとしかないのに、こういう方向にいくんだみたいなものを勝手に決めつけて思っていて。ぼんやりとしたもの、そういう方向性な感じでみたいに思っていたけど、そういうことはやめようと思った。その形で、1回自分のモヤモヤしていたものを終わらせたいなという意味で。

ここまでいくのが大変だったということはよくわかったよ。

T:そうやって抽出したものがいまの僕の地盤を固めたことは間違いないので、自信を持ってどんどん次へ向かおうと思います。というかむしろ、これからさらに面白い風景が見れそうなのでワクワクしてますね。

今回のアルバムの方向性というか、もうこれでいいやと思えたのはどの曲を作ってから?

T:やっぱり”MABOROSHI”ですね。自分のなかで歴史的に残る作品を作ってやるみたいな気持ちが無く、純粋に心からやりたいと思って一番形に成し遂げられた曲なので。しかもそれがサンプリングとかもまあ。なので、この曲が自分のなかのひとつもモヤモヤを晴らしてくれた。

なんで”MABOROSHI”という曲名にしたの?

T:ぼくはもともと、幻とかサイケデリックなものが好きというわけではないんですけど、ああいうものがいちばんぼくのなかではかっこいいみたいなことが基盤としてあるんですよ。

ふっとよぎる幻覚みたいな感じ?

T:幻覚というと言い方がおかしいんですけど、ファンシーなものが自分は一番好きなんですよ。

ファンシーなものってたとえば?

T:いちばんわかりやすく言えばディズニーの世界ですね。ファンタジア、魔法。ハリーポッターとかでもそうですけど。小学生のときも読んでいたし。

最高なファンタジーって何?

T:いまぱっと映像だけで言うならば『ザ・フォール』という映画。『落下の王国』というのがあるんですけど。もうちょっとわかりやすくいうと……。やっぱりさっき言ったディズニーの『ファンタジア』なのかな。小さい頃に観ているから。

大人になってからは?

T:この世にあるかどうかわからないみたいなものが好きで。

たとえば?

T:ラピュタとか?

へー、ジブリが好きなんだ。あ、でもたしかにジブリっぽいかも(笑)!

T:ずっと観ていたわけではないですけど、生活の延長線上にちょっと近所の山を登ったらみたいな。

ジブリだったら何が好きなの?

T:『となりのトトロ』か『千と千尋の神隠し』で迷いますね。どっちか。ぼくの趣味がものすごく子供っぽいんですよね。本当に絵本とかにある感じの世界感が好きで。『おしいれのぼうけん』とか知っていますか? 自分の押し入れの先がトンネルになっていて。

でも、うん、ジブリっぽいよ。

T:人としてという意味ですか?

いや、もちろん音楽が。“もぐら慕情”とか。“MABOROSHI”も『千と千尋の神隠し』のレイヴ・ヴァージョンと喩えられなくもない。

T:ジブリっぽいですか(笑)。

トトロのフィギュアとか持っていたりする? 昔けっこう有名な UKのディープ・ハウスのDJの家に泊めてもらったとき、ベッドにトトロのぬいぐるみがあって(笑)。

T:フィギュアは持っていないです。そういう感じではない(笑)。ただあの世界感が何回観てもひたれるからいいなと思うんですよね。夏になる度に。

それは世代的に?

T:世代的なものが大きいと思うんですけど、日曜ロードショーとか。あと、いま思ったんですけど、もうひとつはもしかしたらゲームかも。ポケモンとか。ポケモンとあと任天堂系のマリオ。ポケモンは現実でもないけど。あれは世代的なものかもしれない。いずれにしてもゲームを作るとなったら、そのときはファンタジーというのが人気作の大前提ですよという感じでみんな作っていた感じがする。

しかし、トヨム君はトーフビーツとは逆だよねー。トーフビーツは2作連続であれだけメランコリックなアルバムを作っているじゃない? 同じ世代で関西で暮らしていてもこうも違うのかって感じが(笑)。

T:でもそれでいいんじゃないかなとぼくは思うんですけどね。たしかにぼくもリスナーとしてだったら全部楽しかったらいいじゃんとは思わないですけど、全員がシリアスにならなくてもいいんじゃないかなと思いますね。という発言が出るくらいぼくは楽天的。だから、ああいうものを作れるのは本当にすごいと思う。ぼくは自分ではまったく。

そうだよね。自分に嘘をつくことになっちゃう。

T:それをやったらすごくベタベタしそう。ネトネトしたものになりそう。あんなにさらっとできない。

彼はアーティスト気質なんだろうね。実はすごく。エンターテイナーでいようと思いながらも、どうしてもアーティスト的なんだよな。

T:まじめですよね。それは昔から絶対誰も勝てないだろうという感じがするので(笑)。常に競い合っているからバチバチやってやるぜとは思わないですけど、そこまでそんなに思っていないやつが同じ土俵でやってもそんなに意味がないんじゃないかな。

彼は単純にいまの音楽シーンで自分と同世代、それ以下の人がもっと出てきて欲しいんだよ。ひとつはね。話していて思うのは、俺しかいねーじゃんというくらいな感じ。もっと出てきてくれよ、ポップ・フィールドに。いつまでも年上ばかりじゃなくて。

T:切り込み隊長にさせるなよみたいな(笑)。

そう。

T:それは今回のアルバムがとくにそうですね。ひとりで走っていますからね。

ひとりで走っているよ。それは同世代としてどう思う? あれは同世代の音楽をやっているやつに対するメッセージじゃない?

T:そういう話に関してもそうなんですけど、以前は単純にトーフ君がものすごく売れていて、自分は必至にかっこよくて渋いものを作っているんだけどなと思いながらも、うずくまっていた感じの時期とかがあった。そういうのが単純にうらやましいなと思って。同じ年に生まれたのにみたいなことがあった。いまはたしかに同じ時期に生きてきたけど、単純に圧倒的にトーフ君の方がやっている年数が長いし。

先輩だと。

T:普通に先輩という感じ。ぼくは全然同世代だとは思ったことがない。

なるほど。これは紙面に乗せるからね(笑)。

T:そこは別に俺のことなんか見てねぇよという意味ではなくて、単純にリスペクトしかないという感じ。だから、じゃあ俺もいっちょ言ってやるかじゃなくて、自分ができる、いちばん本気でやれるやり方でどんどんアタックをしていこうみたいな考え方にいまはなってきたんですよ。

じゃあ、トヨム君は、地方に住みながらこつこつとやると?

T:ぼくは出ていくぞという気持ちがものすごくいまは強いですけどね。でもシリアスにやることが自分のやり方であるとは到底思えないというか。

だから自分なりのやり方で、もっていく。

T:なんか、ふぁーっとしたい。しゃがみこむというよりかは。全員が全員シリアスだったら気持ち悪いと思うんですよ。

まあとにかく、来年のRAP入りのアルバムを楽しみにしているよ。今日はどうもありがとうございました。

ライヴ情報
11月16日(金)H.R.A.R @京都METRO / https://bit.ly/2xKj9hh
12月22日(土)食品まつりとTOYOMUの爆裂大忘年祭 @KATA + TimeOut Cafe&Diner / https://bit.ly/2J4fTSi

公演概要
タイトル:食品まつりとTOYOMUの爆裂大忘年祭
出演者:食品まつりa.k.a foodman / TOYOMU and more! *追加出演者は追ってご案内します。
日程:2018年12月22日(土)
会場:KATA / Time Out Cafe&Diner (両会場共に恵比寿リキッドルーム2F)
時間:OPEN/START 18:00
料金:前売¥2,500 (ドリンク代別)/ 当日?3,000(ドリンク代別)
問合わせ:Traffic Inc./ Tel: 050-5510-3003 / https://bit.ly/2J4fTSi / web@trafficjpn.com
主催・企画制作:Hostess Entertainment / Traffic Inc.

<TICKET INFO>
10月22日(月)より販売開始!
購入リンク
https://daibonensai.stores.jp/

<出演者>

食品まつりa.k.a foodman

名古屋出身のトラックメイカー/絵描き。シカゴ発のダンスミュージック、ジューク/フットワークを独自に解釈した音楽でNYの<Orange Milk>よりデビュー。常識に囚われない独自性溢れる音楽性が注目を集め、七尾旅人、あっこゴリラなどとのコラボレーションのほか、Unsound、Boiler Room、Low End Theory出演、Diplo主宰の<Mad Decent>からのリリース、英国の人気ラジオ局NTSで番組を持つなど国内外で活躍。2016年に<Orange Milk>からリリースしたアルバム『Ez Minzoku』はPitchforkやFACT、日本のMUSIC MAGAZINE誌などで年間ベスト入りを果たした。2018年9月にLP『ARU OTOKO NO DENSETSU』をリリース。

*追加アーティストの発表は追ってご案内申し上げます。

Drexciya - ele-king

 再評価がとまらない。なぜドレクシアはかくも海の向こうで称賛され続け、幾度も蘇生を繰り返すのだろう? 昨年から故ジェイムス・スティンソンのリイシューや未発表音源の発掘が相次ぎ(ジ・アザー・ピープル・プレイスジャック・ピープルズなど)、ジェラルド・ドナルドも活発にリリースを重ねている(ドップラーエフェクトXORゲイトなど)。あるいは、スティーヴン・ジュリアンやアフロドイチェらの新譜には如実にドレクシアからの影響が表れ出ている。
 そのような流れを踏まえてのことだろう、去る10月16日、ロンドンの音楽メディア Resident Advisor がドレクシアにかんするヴィデオ・エッセイを公開した。
 これがまた非常に良く練られたドキュメンタリーで、ドナルドをはじめ、DJスティングレイジェフ・ミルズらが音声で登場、それどころかスティンソン本人の肉声まで登場するから驚きだ(出典は、彼が他界する直前の2001年12月2002年5月に収録されたインタヴュー)。
 90年代の最重要盤といっても過言ではない『The Quest』、そのブックレットに記された決定的な神話、サン・ラーやリー・ペリー、ジョージ・クリントンなどのアフロフューチャリズム、YMOやクラフトワークの電子音楽、イジプシャン・ラヴァーのエレクトロなどについても説明されており、コドゥウォ・エシュンにも触れるなど最後までぬかりはない。船から女性が投げ捨てられるシーン、あるいは海中遊泳や惑星の映像など、視覚面でもとても丁寧に作り込まれている。素晴らしいドキュメンタリーです。

※ドレクシアについては紙エレ22号のアフロフューチャリズム特集でもとり上げていますので、ぜひそちらもご参照ください。

Joe Strummer - ele-king

 昨年あるイギリス人から、フリッパーズ・ギターやコーネリアスの作品っていうのは、『サンディニスタ!』みたいなものだと言われたことがあった。これはぼくには納得できる話で、こういうことを言うと、一本気なロック・ファンからは、渋谷系のどこがパンクの戦士とリンクするのだと怒られそうだが、過去の音楽の再利用という点では大いに似ている。というか、音楽制作におけるアプローチの仕方は、ある位相においては同じだと言えるだろう。
 ザ・クラッシュの音楽をあとから自分なりに分析していったときに、多くの曲が、誰かのカヴァーやじつは昔の誰かの曲の引用からできていることに驚いたことがある。たとえば『ロンドン・コーリング』に収録されている“ロンゲム・ボヨ”は60年代のジャマイカのバンド、ルーラーズのカヴァーとなっているが、ザ・クラッシュはその曲にロック・シンガー、フランキー・フォードによる59年のヒット曲“シー・クルーズ”のブラス・セクションのメロディを組み合わせている。そう、これはまるでDJシャドウの『エンドトロデューシング』のような作り方なのだ(そういう意味では21世紀の今日でも通用するモダンな感性を携えたひとだった)。
 敢えてシングルのB面をカヴァーするローリング・ストーンズ、なるべく知られていない曲で踊るノーザン・ソウル、あるいはアルバムごとにスタイルをリセットするプライマル・スクリームのように、ザ・クラッシュもまた、いかにもイギリス的なバンドだった。自分の好みを追求したうえでの豊富な知識の応用(再利用と加工、雑食性)に長けていたのだ。レゲエからロカビリー、フォーク、ジャズ……など、古い曲のカヴァーが多いことでも知られているが、“ジミー・ジャズ”のような曲はやはりファンカデリックの“ノー・コンピュート”のギターをパクったんじゃないのかと、しかし逆に言えば、『コズミック・スロップ』を聴いてあの曲をパクるというそのセンス、慧眼、目利き、目の付けどころに感心してしまうのである。そして、そうしたザ・クラッシュの音楽面における頭脳のたいはんはジョー・ストラマーにあったのだろう。

 『001』は、ジョー・ストラマーのお宝音源(未発表音源)が12曲も収録された2枚組コンピレーションで、ザ・クラッシュ以前/以後の代表曲・レア曲も収録されている。チャック・ベリー風のリフをアコギで弾いて歌う1975年のデモ曲“Letsagetabitarockin’”から80年代ドラムマシンとシンセサイザーが絡む10分以上の“US North”まで、どれもが男前の曲だし、『ロンドン・コーリング』と『サンディニスタ!』といった名作にはジョー・ストラマーのある種音楽的な包容力/オープン・マインドが大いに作用していることがあらためてわかる。既発曲だが、コンガによるアフロ・キューバンなリズムに導かれる“Afro-Cuban Be-Bop”や同じようにラテン・パーカッシヴな“Sandpaper Blues ”などは、まさに『サンディニスタ!』に収録されていてもなんら不思議はない名曲だ。ジャズからケルトまで混ぜてしまう彼の素晴らしい雑食性が堪能できるのは、既発曲だけで構成されている1枚目のCDのほうかもしれない。
 映画『ルードボーイ』で、ピアノで弾き語るストラマーを観てなんて格好いいんだろうと思った記憶がある。しかしその姿は、いわゆるパンクのイメージとは違っていた。3コードの魔法と優れた歌詞によって、もっといろいろなものを受け入れている大人に見えた。ジョー・ストラマーを語るうえで、なにかとその人間性に言及されることが多い。ぼくは高校をさぼって片道4時間かけてザ・クラッシュのライヴを観にいったことはあるが、松村正人が『スタジオボイス』の編集長をやっていた頃にメスカレロスで来日したストラマーを取材しないかとオファーされても断ってしまった。ただのファンに質問なんてできないだろうと。

ブレインフィーダー10周年!
ヒップホップ、ジャズ、テクノを横断する稀代のレーベルの全貌

ケンドリック・ラマーとのコラボも記憶に新しい
フライング・ロータス、サンダーキャット、ジョージ・クリントン
の3大インタヴュー掲載!

つねに革新的な音楽を作り続けるフライング・ロータスの舵取りのもと、
オープンマインドな姿勢でヒップホップ、ジャズ、テクノを横断し、
多くの個性的な作品を送り出してきたLAのレーベルの足跡を徹底的に紐解く!!

ドリアン・コンセプト×ジェイムスズー、ジョージア・アン・マルドロウ
のインタヴューも掲載、充実のディスクガイドにコラム、貴重な写真も多数収録。

映画『KUSO』&『ブレードランナー』特別座談会:
渡辺信一郎(『マクロスプラス』『カウボーイビバップ』『サムライチャンプルー』)×
佐藤大(『カウボーイビバップ』『攻殻機動隊』『交響詩篇エウレカセブン』)×
山岡晃(『サイレントヒル』『BEAT MANIA』『LET IT DIE』)

特別インタヴュー:
TREKKIE TRAX(Masayoshi Iimori & Seimei)――新世代から見たLAの魅力

【執筆陣】
天野龍太郎、大前至、小川充、小熊俊哉、河村祐介、木津毅、小林拓音、
小渕晃、野田努、原雅明、バルーチャ・ハシム廣太郎、三田格、吉田雅史


contents

Flying Lotus

preface ジャズにクソを投げろ!――フライング・ロータスに捧げる (吉田雅史)
interview フライング・ロータス (三田格/染谷和美/小原泰広)
column 音楽の細分化に抗って――フライング・ロータス小史 (原雅明)
Flying Lotus Selected Discography (小林拓音、三田格、吉田雅史)
column ドーナツの輪をめぐる旅――フライング・ロータスとJ・ディラ (吉田雅史/大前至)
column 崩壊したLAの心象風景――フライング・ロータスの映画『KUSO』が描きだすもの (三田格)
interview 渡辺信一郎×佐藤大×山岡晃 健康なクソをめぐる特別座談会 (小林拓音)

Brainfeeder 10th Anniversary

column ブレインフィーダーはどこから来て、どこへと向かうのか――レーベル前史とこれまでの歩み (三田格)
my favorite 私の好きなブレインフィーダー (大前至、小熊俊哉、河村祐介、天野龍太郎、吉田雅史、小川充、木津毅、小林拓音、三田格、野田努)
interview ジョージ・クリントン (野田努/染谷和美/小原泰広)
interview サンダーキャット (小川充/萩原麻里/小原泰広)
column ブレインフィーダーに影響を与えた音楽――ジャズ/フュージョンを中心に (小川充)
interview ドリアン・コンセプト×ジェイムスズー (小林拓音/川原真理子/小原泰広)
interview ジョージア・アン・マルドロウ (吉田雅史/バルーチャ・ハシム廣太郎)
Brainfeeder Selected Discography (小川充、小林拓音、野田努、三田格)

LA Beat

interview TREKKIE TRAX (Masayoshi Iimori & Seimei) (小林拓音/小原泰広)
correlation chart LAビート・シーン人物相関図 (吉田雅史)
column 世界を変えたムーヴメント――ロウ・エンド・セオリー盛衰記 (バルーチャ・ハシム廣太郎)
column LAビート・シーンの立役者――ストーンズ・スロウの物語 (大前至)
Stones Throw Selected Discography (大前至)
column ギャングスタ・ラップからLAが学んだもの――西海岸サウンドの系譜 (小渕晃)
LA Beat Selected Discography (大前至、小林拓音、野田努、三田格、吉田雅史)

DMBQ - ele-king

 今年2月に通算12枚目、じつに13年ぶりとなるアルバム『KEEENLY』を発表し話題をさらったDMBQ。その最新作のアナログ盤がなんと、〈DRAG CITY〉およびその傘下の〈GOD?〉からリリースされることが決定しました。発売は11月16日で、LP2枚組の仕様、ボーナストラックも追加収録されます。来年には〈GOD?〉を主宰するタイ・セガール(彼も今年新作『Freedom's Goblin』を発表)とのUSツアーも決まっているとのこと。
 また、今回のリリースを記念し、2本のライヴが開催されます。11月17日(土)@新代田FEVER、12月24日(月祝)@京都 METRO。ふたたび世界へ向け飛び立たたんとしている彼らの最新ライヴに、ぜひ足をお運びください。

DMBQ、今年2月発表のアルバム『KEEENLY』が米〈DRAG CITY〉 / 〈GOD?〉よりアナログ2枚組LPでリリース。全米及びヨーロッパで発売決定。ボーナストラックも2曲追加。Ty Segall とのツアーも。

2018年2月、13年ぶりとなるニュー・アルバム『KEEENLY』を発表し、その圧倒的轟音とノイズを武器に、ロック・ミュージックの全く新しい切り口を提示することで音楽シーンを震撼させた DMBQ。そのアルバム『KEEENLY』が、アメリカの名門レーベル〈DRAG CITY〉、及びその中に Ty Segall が設立したアナログ・レコード専門レーベル〈GOD?〉より、2枚組LPレコードとなって全世界に向けてリリースされることになった。

きっかけはこの春行われた Ty Segall の日本ツアーでの DMBQ との競演。DMBQ の凄まじい音の存在感とオリジナリティ、そして脅威的なライヴ・パフォーマンスを観て、まずは2週間後から行われるヨーロッパ・ツアーへの帯同を初日のライヴで即オファー。さすがに予定も合わず、さらにはここまで急な調整もつくはずもなく……でこれは断念したものの、ツアー中に『KEEENLY』を聴いた Ty は、本作のアメリカ他海外でのリリースと、アメリカ本国での Ty Segall との合同のツアーはできないか? とツアー中に続けてオファー。当の DMBQ としても、元々本作のリリースを足掛かりに、アメリカ及び諸外国での活動復帰を計画していた事もあり、話はあっという間に決まっていったという。リリースにあたり、〈DRAG CITY〉単体でのリリースも打診されたが、Ty が「絶対に自分が関わっている〈GOD?〉から出したい!」と熱く誘ったこともあり、〈GOD?〉制作・〈DRAG CITY〉販売という豪華さで、2枚組LPとしてめでたくリリースされる運びとなった。また、すでに来年には米国での Ty Segall とのスプリット・ツアーが予定されており、DMBQ の活動は再び海外へと羽ばたいてゆくこととなりそうだ。
 今回のリリースには、アルバム4面目を飾る2曲の新録ボーナス・トラックが追加されている。スプリング・リヴァーブを破壊的に振動させる強靭なベース音にアブストラクトなドラムが絡むへヴィ・ナンバー“When I Was A Fool”と、歪んだオルガンの裂け目から、極上の甘いエコーが香りたつ美麗なインスト・ナンバー“The Cave And The Light”。2曲ともに通常の DMBQ の楽曲とは少し趣を異にしつつも、DMBQ らしいノイズと音響の意匠が際立った、ボーナストラックならではの自由度の高いサウンドが聴ける。

リリースに際し、Ty Segall からコメントが寄せられている。
以下:

“There is no band like DMBQ. They are unique destroyers of sound, and lovers of sonic beauty, existing in the places between. Masters of harsh tone and psychotic rhythm. “Keeenly” is an alien planet type record, evoking images of landscapes and weather patterns found in other galaxies. Purple wind and green fire.”
「DMBQ のようなバンドは他にはない。彼らはハーシュ・トーンと狂気のリズムの名匠として、比類なき音の破壊者、または、音響美の恋人、その両側面の中間に存在する。『KEEENLY』は、紫の風や緑の炎のような、違う銀河系の景色や気候を思い起こさせる地球外型のレコードだ。」

 このリリースを記念して、11月17日(土)新代田 FEVERにて、12月24日(月祝)に京都 METROにて発売記念ライヴを行う。京都 METRO ではアメリカより一時帰国する嶺川貴子が、非常に珍しい本人名義でのライヴで参加。かつてと変わらない歌声と独自の空気感が会場を支配する、嶺川の深遠なライヴも見逃せない。
 来年より再び海外へと活動の場を広げてゆく DMBQ の、現時点での総決算となるライヴ。音響面でもいつも以上の万全の準備をして、堂々のライヴ・パフォーマンスと高圧力なサウンドを披露したいとのこと。DMBQ の今をしっかりと確認しておいてほしい。

DMBQ Album "KEEENLY" Vinyl 2xLP Release Anniversary Show

■11月17日(土)新代田 FEVER
出演:DMBQ, COMPUMA, K.E.I (VOVIVAV, OOO YY)
時間:OPEN 19:00~
チケット:前売¥2,800 当日¥3,300
LAWSON Ticket: L:75943, e+で取り扱い中。
問い合わせ:FEVER 03-6304-7899

■12月24日(月祝)京都 METRO
出演:DMBQ, 嶺川貴子
時間:OPEN 19:00~
チケット:前売¥3,000 当日¥3,500
*期間・枚数限定早割り¥2,500発売予定。詳しくは METRO HP にて。
問い合わせ:METRO 075-752-4765


DMBQ『KEEENLY』
2018年11月16日発売(米国)
発売元:DRAG CITY / GOD?
Catalog/Serial #:GOD#015
日本国内取り扱い:DISK UNION

Moses Boyd Exodus - ele-king

 今年後半も次々と重要なリリースが放たれるサウス・ロンドンのジャズ・シーンにあって、本作はもっとも待ち望まれていた一枚と言えるだろう。若き天才ドラマーの名をほしいままにするモーゼス・ボイドの初リーダー・アルバムである。2015年のMOBOアワーズにおけるベスト・ジャズ・アクトに選出され、ジョン・ピールやジャイルス・ピーターソンが主宰するアワーズなど数々の賞を受賞するなど、ここ数年でもっとも注目されてきた若手ドラマーのモーゼス・ボイドは、ザラ・マクファーレン、ジョー・アーモン・ジョーンズ、ヌビア・ガルシアなど南ロンドンのアーティストたちの重要な作品やセッションに参加し、サックス奏者のビンカー・ゴールディングとのユニットであるビンカー・アンド・モーゼスでも活動してきた。ほかに自身のプロジェクトであるエクソダスでもEPやシングルのリリースは行っているが、アルバムはビンカー・アンド・モーゼスでのリリースがあるのみだったので、本作はようやく発表されたソロ・アルバムである。

 本作は基本的にモーゼス・ボイド・エクソダスとしての活動の延長上にあるもので、彼の名を一気に高めた2016年のシングル曲“ライ・レーン・シャッフル”(ライ・レーンは南ロンドンのペッカムにあるストリートの名前で、この曲はいまや南ロンドンのアンセムでもある)と“ドラム・ダンス”も収録されている。この“ドラム・ダンス”はトニー・アレンとジェフ・ミルズのコラボのようなジャズ・ミーツ・テクノ的な楽曲だが(ちなみに、モーゼスはトニー・アレンのアフロ・ビートのレクチャーも受けている)、このようにエクソダスはモーゼス・ボイドのジャズ・ミュージシャンとしての側面に加え、エレクトロニック・プロデューサーとしての側面を融合したプロジェクトである。ただし、本作でエレクトロニック色が前面に出ているのは“ドラム・ダンス”や、ヒップホップやネオ・ソウル的な要素を持つ“ウェイティング・オン・ザ・ナイト・バス”くらいで、アルバム全体で見るとアコースティックなジャズ演奏が基軸となっている。その演奏の中心にあるのが『ディスプレースド・ディアスポラ』というアルバム・タイトルである。ディアスポラとは祖国を離れて異国で暮らす民族の意味で、古くはパレスチナ外のユダヤ人のことを指し、近年ではチカーノやインド系移民などにまで解釈が拡大している。この中でブラック・ディアスポラはアフロ・アメリカンやカリブの黒人、ヨーロッパの黒人移民などに渡り、アフリカ系移民の子孫やカリブ系黒人が多く暮らすペッカム周辺は、ロンドンにおけるディアスポラの象徴的な地区でもある。南ロンドンにはシャバカ・ハッチングスやザラ・マクファーレンはじめ、こうしたディアスポラの意識を強く持つ黒人ミュージシャンが多く、本作はモーゼス・ボイドの自身の中にあるルーツに迫ったものでもある。

 ディアスポラの意識の表れとして、本作には多くの楽曲にケヴィン・ヘインズ・グルッポ・エレグアというグループが参加している。このグループはアルト・サックス奏者のケヴィン・ヘインズ率いるバンドで、ナイジェリアを発祥とするヨルバ民謡とアフロ・キューバン音楽にフォーカスした活動を行っている。ケヴィンはサックスのほかにヨルバ語のヴォーカルや民族楽器のバタ・ドラムを演奏し、またバンドにはジョー・アーモン・ジョーンズもピアノで参加している。シャバカ・ハッチングスがバンド名にも用いた“アンセスターズ”は「祖先」という意味で、土着的なドラムとヨルバ語の歌がモーゼスたちの中に流れる血を強く喚起している。この曲や“ラッシュ・アワー/エレグア”では、そうしたフォークロアなサウンドのバックに薄くエレクトロニクスが用いられているのも特徴で、単に伝統的な演奏をなぞるだけでない新しさも見せる。こうした古いもの、伝統的なものと、新しいもの、実験的なものとの融合が、本作のテーマのひとつとも言えるだろう。“フロントライン”や“マルーンド・イン・S.E.6”にはケヴィン・ヘインズのサックスのほかに、ギターやチューバの演奏が印象に残る。クレジットはないが、恐らくチューバはサンズ・オブ・ケメットでも演奏するテオン・クロスで、ギターはマンスール・ブラウンかシャーリー・テテあたりではないだろうか。特に“マルーンド・イン・S.E.6”はレイドバックしたカリビアン風味が心地よく、カマシ・ワシントンの『ヘヴン・アンド・アース』にも通じる部分があるとともに、サン・ラーとファラオ・サンダースが共演したような雰囲気さえ抱かせる。そして、ザラ・マクファーレンが歌う“シティ・ノクターン”は、まさに「夜想曲」というタイトルがふさわしいムーディーなバラード。ザラのジャズ・シンガーとしての才能を改めて知らしめる美しい曲だ。ザラやジョー・アーモン・ジョーンズなど参加ミュージシャンのクレジットは一部に留まっているが、恐らくテオン・クロスやピーター・エドワーズなど、南ロンドンのジャズ・ミュージシャンの多くが参加していると推測される。モーゼス・ボイドのソロ作で、もちろん彼のドラムの凄さも隅々から感じられるが、『ウィー・アウト・ヒア』のように南ロンドンのジャズ・シーン全体の熱い息吹が伝わってくるアルバムでもある。

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