「Nothing」と一致するもの

Matmos - ele-king

 2018年のトピックのひとつにIDMのクィア化というのがありましたが(ソフィーロティックサーペントウィズフィートイヴ・トゥモア……などなど)、そのルーツのひとつにビョークの存在が大きくあり、そして彼女のエレクトロニカ期を支えたのがIDMシーンの愉快な実験主義者=マトモスでした。作品ごとに風変わりなコンセプトを打ち出してきたマーティン・シュミットとドリュー・ダニエルのふたりは公私ともに長く付き合っているゲイ・カップルであり、様々な意味で現在に続くエレクトロニック・ミュージックの先駆者であることは間違いないでしょう(古今東西の実在のクィアたちの“サウンド・ポートレイト”である『The Rose Has Teeth in The Mouth of A Beast』を聴き返してみましょう)。
 そんなふたりが、彼らの記念日を祝ってニュー・アルバムをリリースすることを発表しました。はたしてそのテーマは、プラスチックです!

 タイトルは『Plastic Anniversary』で、いろいろなプラスチック製品やそのゴミを鳴らした音で作り上げたものだそう。前作『Ultimate Care II』が洗濯機の鳴らす音で作ったアルバムであったことを思い出せばその連続性も窺えますが、それ以上に、本作の背景に現在世界で大問題になっているプラスチック製品のゴミによる環境汚染があることは明らかです。リリース元の〈スリル・ジョッキー〉のプレス・リリースによれば、プラスチックが持つ“環境破壊の力”について考察したものであるそうです。今年のG7サミットで発表された「海洋プラスチック憲章」ではプラスチック製品を減らすことがかなり厳格に提唱されましたが、それにアメリカは署名しませんでした。つまりこれは非常に政治的なテーマを持つ作品であり、トランプ政権への異議申し立てをこのような独創的な手法でやってのけてしまうマトモスはさすがと言うほかありません。
 アルバム制作のトレイラー映像ではプラスチックのゴミをドンドンと叩いて録音するふたりの姿が確認でき、それがマトモスらしいファンキーでファニーなIDMへと変貌していく様にはワクワクしてしまいます。

 え? G7のプラスチック憲章に署名していない国がもうひとつあるじゃないかって? そうでした。それはもちろん、日本です。だからこそ、『Plastic Anniversary』は日本の音楽リスナーも現在の社会を考える上で、あるいはわたしたちに何ができるかを想像する上で必聴のアルバムとなるでしょう。

 トラック・リストには“Thermoplastic Riot Shield”といったタイトルも見えますが、警察がデモと対峙するときに使うプラスチック製のライオット・シールドの奥でふたりがキスをしている最新のアーティスト写真も、知的かつユーモラスに示唆的で最高です。ディアフーフのドラマー、グレッグ・ソーニアもゲスト参加しているとのこと。
 毎日大量に発生するプラスチックのゴミと向き合いながら、リリースを待ちましょう。 (木津毅)

Matmos
Plastic Anniversary
Thrill Jockey
March 15, 2019

Tracklist
01. Breaking Bread
02. The Crying Pill
03. Interior With Billiard Balls & Synthetic Fat
04. Extending The Plastisphere To GJ237b
05. Silicone Gel Implant
06. Plastic Anniversary
07. Thermoplastic Riot Shield
08. Fanfare For Polyethylene Waste Containers
09. The Singing Tube
10. Collapse Of The Fourth Kingdom
11. Plastisphere

 クラウス・シュルツェに見出されたベルリンのパンク・バンド、ディン・A・テストビルトの結成40周年を記念し、6作品が日本初リリースとなった。
 彼らの1979年に自主制作された彼らのデビュー作「廃棄物」(Abfall/Garbage)はドイツ音楽史上もっとも異常なレコードのひとつだろう。透明ポリ袋にシングル盤とその名のとおりゴミ(本物)が無造作に詰め込まれた常軌を逸した装丁に人びとは呆気とともに驚愕した。そして2018年、再発タイトルの1枚として「廃棄物」は忠実復刻されることになった。
 とはいえ〈ゴミ〉の再現に正解などあるはずもなく「ゴミを一般公募する」という新たなコンセプトのもと再構築され、日本・ドイツなど世界中から続々と賛同者が名乗りを上げ、多種多様な〈ドイツ的なゴミ〉が集まった。
 参加者の名は「ゴミ協力者」としてクレジットされ、レコードはゴミ付300枚限定で発売されたのである。ちなみに〈ゴミ〉は消毒されています。ご安心を。(小柳カヲル/Suezan Studio)

https://suezan.com/newrelease.htm#datset2

ハテナ・フランセ - ele-king

 ボンジュールみなさん。今日は「ジレ・ジョーヌ=黄色いベスト」のデモについて。日本のメディア でも大きく取り上げられているが、私なりの解釈をお話ししたく。
 このデモを端的に表現すれば、富裕層の方しか向いていないマクロン政権に対して溜まりに溜まったフランスの低所得者層からの怒りの発露、と言えるのではないだろうか。12月8日で4回目となる「ジレ・ジョーヌ」のデモは、装甲車も出る非常に物々しい雰囲気の中、パリだけで1082人、フランス全土で2000人近くが拘束された。これまで「ジレ・ジョーヌ」のデモで拘束されたのは4500人に及ぶ。この数字だけ見ると日本でもよく報じられているとおり、デモ隊が暴徒化したと思われるかもしれない。実はそのほとんどがデモ隊が暴徒化したものではない。昨今の色々なデモによく出現する「Casseurs=壊し屋」と呼ばれる輩が、「ジレ・ジョーヌ」の人々に紛れて破壊、略奪行動に及ぶのだ。もちろんデモ隊が機動隊と衝突して、投石などの暴力行為に及ぶことはある。だが、拘束された中には相当数の「壊し屋」が入っている。12月8日のデモ当日、マクロン大統領の率いる「La Republique en Marche=共和国前進」党の女性議員の車が燃やされた。彼女は「“ジレ・ジョーヌ”のこのような蛮行は許されない」と涙ながらにメディアで訴えた。だが、放火犯が捕まっていない時点で、放火犯を「ジレ・ジョーヌ」の仕業と決めつけるのは、 明らかな情報操作だ。
「共和国前進」党議員は、その党首のように若く政治経験がない議員がほとんど。そして他党の議員よりずっとまとまりがいい。マクロン大統領の政策を闇雲に押し進めようと全力を尽くす彼らを見ていると、どう見てもマクロン親衛隊にしか見えない。国民議会はそのマクロン親衛隊が過半数を占めている。そしてマクロン大統領誕生以来、国民議会では専制君主型政治が行われてきた。
 若い、ハンサム、高学歴、議員経験なしだが企業経験あり、妻は25歳年上の元恩師、流麗なフランス語での演説、など全方位隙のない優等生型政治家に見えるマクロン大統領。だが、当選前から「デモクラシーには王のような絶対的な存在が必要」と言っていたことからも伺える通り、自分がナポレオンや絶対権力者太陽王に例えられるのを肯定的に捉えているのではないだろうか。就任以来、過半数議席を誇る自らの党に物を言わせ、富裕税を廃止、解雇が容易になるよう労働法を改正、低所得者層の家賃補助の減額などを採択。議会で十分な議論がおこなわれることもなく、強引な改革を推し進めてきた。時には大統領令も駆使しながら行われた改革では、金持ち優遇政策が目立つ。
 マクロン大統領が生まれた背景は、実はある意味トランプ大統領のそれと重なるところがある。「働かざる者食うべからず」と堂々と言ってのけたサルコジ前々大統領。その拝金主義的政治姿勢と下品な人柄に国民は辟易した。その後に就任したのは、社会的弱者により目を向けた政策ができるはずだった社会党のオランド前大統領。だが、その優柔不断さにより経済面でも社会面でも国政を恐ろしく停滞させた。連続したダメ大統領に、国民は「右も左もダメなのか」と政治への不信が高まった。そこで出てきたのが「右でも左でもない。これまでの既得権益にとらわれない新しい政治を進める」を標榜したマクロン大統領。つまり既存の政治への不信によって生まれた大統領なのだ。そしてその期待に応えるようにマクロン大統領は旧来の政治システムを壊し、政党や労働組合などの影響力をより小さくするべく精力を注いだ。そして富裕層を優遇し、そこから景気の底上げをし、それが低所得者層まで行き渡るように経済を立て直す、という政策をはっきりと打ち出した。だが、そのようなトリクルダウン効果は本当にもたらされるのだろうか。例えばフランスの大企業は、これまで税金対策に使ってきた慈善活動への寄付を、富裕税撤廃後大幅に減らした。
 貧富の差は広がるばかりで、今まで社会福祉に手厚かったはずの自国が新自由主義になりつつあるように感じる国民が多かったのではないだろうか。少なくとも、その流れに強引に持っていこうとしているのが大統領であることは、誰の目にも明らかだった。そして上品だが強権的な言動の裏には「愚かな国民たちよ、俺様の言うことを黙って聞いていれば良い」という太陽王ばりの尊大な意識が徐々に透けて見えてきたのでは。その王様への不満は、2017年年金改革時などにはまだ大きな波とならなかった。だが、今回の燃料税の引き上げがきっかけとなり、このマクロン専制君主政治に対してついにノンの声があがったのだ。しかも、マクロン大統領を作った流れと鏡像関係にあるような、従来のデモの形を覆す流れでもって。これまでデモは、労働組合が中心になって行ってきた。だが今回は、SNSを牙城にこれまでデモに参加してこなかったような、主婦や労働組合などに所属しない労働者などが多く参加している。
 その流れを組んでか、極右の「国民連合党」の党首マリン・ル・ペンはここぞとばかりにいち早くジレ・ジョーヌへの支持を表明。非労働組合員、非政党員が多いデモ隊の抱える不満を、まるで自分たちの言い分かのように取り込もうとしたのだ。その流れに少し乗り遅れた左派の「屈しないフランス」党。その中で唯一すぐに反応したのが「フランスのジェレミー・コービン(と言ってしまおう)」こと、フランソワ・リュファンだ。彼は議員給与を最低賃金分の1100€しか受け取らず、残りの3000€を毎月非営利団体に寄付している、私が知る限り唯一の議員だ。彼はマリン・ル・ペンの支持表明と違わなぬ早さで、「ジレ・ジョーヌ」が活動拠点としている地方の環状交差点に赴き彼らの話を聞いた。そして自らが主催する「 La fête à Macron=マクロン祭り(なんという皮肉とユーモア!)」という集会で、「ジレ・ジョーヌ」との対話を試みた。リュファンは最低賃金しか給与を受け取っていないが、自らを中流と捉えている。彼が「マクロン祭り」で試みているのは、低所得者層と彼らに共感する自分のような中流市民との架け橋になり、彼らを繋ぐことだ。これも従来の労働組合や政党員とは違った、新しい流れになり得るだろうか。
 12月10日にマクロン大統領はテレビ演説を行い「生活に苦しむ人々の痛みが取るに足らないものだと、私が思っていると受け取られたかもしれない。私の言葉によって傷ついた人がいるかもしれない」と神妙な面持ちと芝居がかった口調で語った。また、最低賃金補助(最低賃金ではない)を100€引き上げたり、残業手当を課税対象から外したり、年金生活者への課税を免除したりした。だが、低所得者層の怒りをもっともかっている一つ、富裕税の復活は否定された。こうしたマクロン大統領の提案に対し、「ジレ・ジョーヌ」は12月15日に第5回目のデモを決行。だが、参加者は前週より半減。このままこの運動は収束していくとみられている。
 アメリカと違い、フランスではアーティストはあまり政治的発言をしない。政治はアーティストが足を踏み入れる範疇にない、というのがフランスの一般的な認識のようだ。だが、ブリジット・バルドーやミッシェル・ポルナレフなど、もはや治外法権的立ち位置にいる元気な老人たちは「ジレ・ジョーヌ」への支持を表明。また、夏にBoobaとオルリー空港で乱闘したKaaris(1年2ヶ月の執行猶予中)も「ジレ・ジョーヌ」を支持。黄色いベストを着てインスタに「お前ら(警察)のあそこにジレ・ジョーヌ突っ込んだろか」と書き込んだ。フランス映画の傑作『憎しみ』の監督で俳優でもある、マチュー・カソビッツは、フランスでは炎上物件としても有名。その彼が「ジレ・ジョーヌ」でもやらかした。大統領のテレビ演説の後、極左の政治家フィリップ・プトゥに「おまえまだ不満なのか? ベンツの新車でも寄こせっての?」と噛み付いたのだ。またテレビの討論番組に出て「屈しないフランス」党の議員に「そういうあなたは去年まで富裕税を納めていたのでは?」と指摘されブチ切れ。「馬鹿馬鹿しい!お前はバカだ!バカ、バカ、バカ!」と子供の喧嘩のような姿を披露した。とはいえカソビッツの暴走はフランスでは日常茶飯事になっているので、失笑を買うくらいで済んでいる。
 フランソワ・リュファンはYoutubeのリュファン・チャンネルの番組で「ブラボー“ジレ・ジョーヌ”。あなたたちが暴走する政治を一時停止させた。市井のあなたたちがヒーローになった。敵がひるんだ時にはさらに攻勢をかけるんだ!」と抗議の声を上げ続けることを訴えた。果たしてこの新しい座組みの運動は、新しい太陽王の確固たる政治方針を変えることができるのだろうか。それともこのままフランスは、低所得者層を切り捨てた国へと邁進していくのだろうか。個人的には貧富の差撤廃に本気で取り組むリュファンのような政治家に大統領になってもらいたいと心から思っている。
 

七尾旅人 - ele-king

歌から生まれる音楽北中正和

 デビューしたころから既知感のある音楽だった。はじめて聞く曲ばかりなのにそんな気がしなかった。お父さんの影響で子供のころからジャズを聞いていたことや、彼が興味を持っているというミュージシャンの名前を見て、なるほどと思えるところもあったが、音楽が誰かのフォロワーというわけでもなく、その既知感がどこから来るのか、しばらく説明できなかった。しかしいつしか曲の作り方がそう感じさせるのかもしれないと思うようになった。

 いま世間では、リズム・トラックを先に作ってそこにメロディをのせて最後に歌詞を合わせていくような音楽の作り方が主流だ。そういう音楽ではリズムが細分化され、転調が多用され、コントラストの強い音がぎっしり詰めこまれている。それはそれで目立つための工夫であり、いまの社会のありようの一面をとらえた音楽ではあるのだろう。
 ところが七尾旅人の音楽はそんなふうに感じさせない。もちろん、いろんなタイプの作品があるので、一概には言い切れないのだが、あえて言えば、歌なりメロディなりが先にあって、リズムやサウンドがそれに寄り添う形で作られてきた作品が多いように思える。それは80年代までは普通にあった伝統的な曲の作り方だ。つまり彼の音楽が誰かの何かに似ているという以上に、歌声とメロディとリズムの織りなし方に、ぼくのような高齢者は既知感や懐かしさをおぼえてきたのだ。

 そんなふうに構造的にいまの時代の方法論から一歩距離を置いたオルタナティヴなところで“きみはうつくしい”や“スロー・スロー・トレイン”や“DAVID BOWIE ON THE MOON”、ジャジーな“いつか”のような曲を作れるのは素晴らしい才能だと思う。伝統的といえば、5音階的なメロディとケルト系のサウンドが重なる“天まで翔ばそ”のような曲もある。
 ただし伝統的といっても、彼はアンティーク趣味の音楽をやっているわけではない。レイヴ・パーティ的なイベントにギターひとつで出て行っても違和感がないたたずまいを持ち、ネット配信の可能性も試みてきた人だから、彼がいまのポップスのありように無関心であるはずがない。歌詞のはしばしや声の加工からひとつひとつの楽器の音色まで、どこを切り取ってもいまの音楽だ。音を引き算して聞き手の想像がふくらむ余地を残すところも、考えてそうする人が多いのだが、彼の場合はとても自然な感覚でやっている印象を受ける。
 旅する感覚にも似た、せつない希望に満ちた余韻が残るアルバムだと思う。

北中正和

Next > 木津毅

[[SplitPage]]


「こうしてまた、かき集められる声とともに」木津毅

 『Stray Dogs』というタイトル、そして岡田喜之による少年と犬が向かい合う可愛らしいイラストに僕はなんだか『犬ヶ島』を連想してしまったのだけれど、たしかに『Stray Dogs』はウェス・アンダーソンによるストップモーション・アニメのような愛らしい見た目と人懐こさ、茶目っけと温かみに満ちたアルバムだ。『兵士A』のような緊迫感やシリアスさはずいぶん和らぎ、怒りを堪えることができなかった七尾旅人そのひとの歌う姿を息を呑みつつ見つめなくても、寒い日の午後に紅茶でも飲みながら聴くこともできるだろう。が、あるいはこうも言えるかもしれない――『Stray Dogs』は、その柔らかく優しい感触とともに、この国や世界で起こっていることに想像を巡らせさせるようなアルバムである。その言葉とメロディ、音に耳を澄ませば、縦横無尽に繰り広げられる架空の冒険が待っている。それはどうしようもなく、僕たちが暮らす過酷な現実世界と結びついている。
 そういえば『犬ヶ島』の主人公は、野良犬(Stray Dog)だった。それまで誰にも心を開かなかった野良犬チーフは、少年アタリと暴走する権力と闘うための冒険をしているうちに彼との絆を育んでいく。僕はだから、あの映画はチーフが「thank you」とアタリに伝える声を聞くためのものだと思っている。ブライアン・クランストンによる、あの低く深い声。もちろん現実では犬の声を聞くことは僕たちにできない。だが想像のなかでなら、耳を澄ませば、もしかしたら聞こえてくるのかもしれない……。「野良犬」というのは、もちろんボヘミアンたる七尾旅人の生き方を表した言葉であるだろう。と同時に、僕には声を持たない人びとのことだと思える。七尾旅人は、世界に散らばった彼らの小さな声を懸命に拾い集めようとしている。ビリオン・ヴォイシズ。それをある種のファンタジーやフィクションに仮託して物語ること。だから、『Stray Dogs』はまったくもって『兵士A』の続きの地平で鳴っている。

 アルバムは、七尾旅人が20年でそうして集めてきた「声たち」とともに積み重ねてきた音たちをコレクションしたものだ。初期からの弾き語りフォーク、『billion voices』以降に顕著なソウルを中心としたブラック・ミュージックからの影響、いくらかのシンセ・ポップ、ギター・ポップ、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、それに童謡。それらは少し悪戯っぽくとっ散らかりながら、しかし彼らしいチャーミングなメロディと少年性を残した声によって統合されていく。なめらかなアコースティック・ギターの演奏とシンセが重ねられる“Leaving Heaven”はあまりにも「らしい」オープニング・ナンバーだし、強めの打ちこみビートとエフェクト・ヴォイスが炸裂するエレクトロ・ポップ“Confused baby”には少し面食らうけれど、歌が入ってくれば変わらぬ愛嬌に微笑まずにはいられない。なんだかんだ言って、七尾旅人の歌はどんな装飾をしようとその芯でこそ聴き手の心をわし掴みにする。
 だから、たとえばヘリパッド建設問題で揺れる沖縄・高江で録音したと知らなければ、“蒼い魚”が政治的な歌だとは気づかないかもしれない。シンプルな言葉と強いメロディに支えられた美しいフォーク・ナンバーだ。僕たち聴き手はただ陶然とすることもできる。が、かすかに注がれる沖縄の音階と波の音、それに「泣かないで 泣かないで 蒼い魚はまだ泳いでいる」という言葉の意味をじっくりと考えてみれば、そこに沖縄で暮らす人びとの声や想いが重ねられていることがわかる。ほとんど幻想的なほどに華麗な弦の調べと反比例するように、必死に振りしぼられる歌声。そのひたむきさだけが、この歌たちの原動力になっていることがよく伝わってくる。もしくは、モザンビークからNadjaをヴォーカルに迎えた“Across Africa”はモザンビーク内戦をモチーフにしているそうで、音色やリズムはアフロ・ポップからの引用だ。日本のポップスとしてはオルタナティヴな類のものだろう。だが、誤解を恐れずに書いてしまえば、僕はこの曲をBUMP OF CHICKENやRADWIMPSのようなJ-ROCKを聴いている若い子たちにも聴いてみてほしいと思う。ナイーヴさと勇壮さを併せ持つメロディやコーラスとともに、知らない言語のスポークン・ワードを楽しんで、アフリカの歴史に想いを馳せてみてほしいと願う。それぐらいオープンなところで鳴っている歌だと、少しばかり頼りなくもしなやかなポップ・ソングだと感じる。
 僕たちは自分たちの生活や人生にいっぱいいっぱいだから、世界中に散らばった声なき声に耳を澄ましている余裕など失っているのかもしれない。シリアの現状を伝えるために危険を顧みなかったジャーナリストを攻撃せずにはいられないほどに。ただ生き延びるだけならば、そんな声たちに耳を塞いだほうがいくらか楽なのだろう。七尾旅人はそれらを無視することができず、しかし、その「できない」ことこそを歌うたいとしての力に変えていく。

 『Stray Dogs』はそんな風にしてこの世界の悲しみや嘆きを見つめているが、驚くほど肯定的な響きを有している。たとえば近しいひとの自死がきっかけとなったという“きみはうつくしい”は、ある喪失を根拠など持たぬまま「きみはうつくしい」という断言にひっくり返してしまう。やや唐突なラップでまくしたてられる、「誰かが最後に遺したフレーズ 読まれぬまま 流れるメール/誰かが最後に あれから迷子に そう 見逃される 無数のトレイル」という誰にも顧みられないまま消えていった存在への物想いは、七尾旅人流のソウル・チューンとして昇華される。「うつくしい」という単語は5音であるがゆえに少し収まりが悪く、だが、だからこそチャーミングなフロウとなる。その歌は、どうしたってはみ出してしまう存在や想いをどうにかして肯定し、祝福しようとする。清潔な響きのピアノが純粋な想いと呼応するラヴ・ソング“スロウ・スロウ・トレイン”。オートチューンド・ヴォイスがメロウなムードを醸すダウンテンポ“DAVID BOWIE ON THE MOON”。どれもが小さな人間の感情について描いているが、それらは宇宙にだって旅をする。  ところで、はっきりと犬が主人公になっている歌はアルバムには収録されていない(と思う)。代わりに鍵盤の音がまろやかでキュートなポップ・ソング“迷子犬を探して”は、いなくなってしまった子犬を探す少年の目線で語られる。「あの子の場所をぼくに教えてよ」とお願いする七尾旅人は本当に子どものようだ。そして僕たちがもし声を持たず、帰る場所もない野良犬だとして、懸命に探してくれる誰かがいる限りは存分に彷徨い続けることができる。彼の歌はそういうものだと思う。永遠の流浪を詞に託し、ジャズ・ピアノが静かな夜を彩る“いつか”はまったくもって美しいエンディングだ。

月明かりのその下を 二匹の犬が歩いていく
どこへ行くの? どこまでも
どこへ行くんだ? どこまでも
どこまでも どこまでも
横切って消えた  “いつか”

木津毅

ele-king vol.23 - ele-king

七尾旅人「過去を振り返りいまを語る」
2018年ベスト・アルバム30

特集:なぜ音楽はいま人間以外をテーマにするのか?
食品まつり/EARTHEATER/etc

音楽メディアにおける1年のクライマックス、
必読、2018年「年間ベスト・アルバム」号!

UKジャズの躍動にはじまり、カマシ・ワシントンに震え、OPNについて議論し、パーラメントに笑い、食品まつりに微笑み、ティルザやローレル・ヘイローに拍手し、ロウに唸りながら、トーフビーツのように走りながら、チャイルディッシュ・ガンビーノの『アトランタ』を見る……
2018年、これだけはおさえておきたい10枚+20枚=計30枚のアルバム。

そして2018年とはいったいどんな年だったのか……大検証します!

表紙・巻頭インタヴュー:七尾旅人

contents

表紙写真:大橋仁

interview 七尾旅人――過去を振り返りいまを語る (野田努/大橋仁)

2018年ベスト・アルバム30
(天野龍太郎、木津毅、小林拓音、髙橋勇人、野田努、三田格)
コンセプトの時代 (野田努)
パン、2018年の台風の目 (小林拓音)
右派寄りの歌と「FUCK YOU 音頭」 (天野龍太郎)
ロンドン発新世代ソウルの甘い香り (小熊俊哉)
フロアでかけて良かったもの、フロアで聴いて良かったもの (行松陽介)
ヴェイパーウェイヴは死んだか? (捨てアカ)
迷走を続けるカニエ・ウェスト (吉田雅史)
日本のラップ (磯部涼)
全世界日本化現象!? (坂本麻里子)
数年ぶりに活気づいてきたインディ・シーン (沢井陽子)
90年代リヴァイヴァルいまだ継続中 (野田努)
ヤング・ファーザーズが見せる新しい父性 (天野龍太郎)
音楽におけるジェンダーの問題 (巣矢倫理子)

Essential Charts 2018
(大前至、小川充、Ground a.k.a Gr○un土、Gonno、
 佐藤吉春、沢井陽子、食品まつり a.k.a foodman、捨てアカ、
 デンシノオト、TREKKIE TRAX CREW、Mars89、Midori Aoyama、
 村田匠(カンタス村田)、米澤慎太朗、RYUHEI THE MAN)

interview 食品まつり a.k.a foodman――アンビエントで踊れないなんて誰が決めた? (三田格/小原泰広)

特集:なぜ音楽はいま人間以外をテーマにするのか?
interview アースイーター──好奇心は無限の真実を解放する (野田努/青木絵美)
音楽を生命として考えること (髙橋勇人)
人間と非人間をめぐる覚え書き (小林拓音)
絶滅と共生の反人間学 (仲山ひふみ)
interview 篠原雅武――われらが内なるノン・ヒューマン (小林拓音)

2018年ベスト映画10
(木津毅、水越真紀、三田格)

CUT UP――2018年の出来事
フェミニズム (水越真紀)
地球温暖化、エコロジー、自然災害 (野田努)
国民投票から2年、「取り返すべき」イギリスとは何か? (坂本麻里子)
『ブラックパンサー』という兆し (小林拓音)
『ホモ・デウス』の流行が教えてくれること (白石嘉治)
マルクス・ガブリエルの賭金 (斎藤幸平)
2018年の小説を振り返る (佐々木敦)
韓国映画が浮き彫りにする日本の後進性 (三田格)
現代アメリカを映し出す近未来SFゲーム (木津毅)
DIYジェネレーションは理想にすぎない? (田口悟史)

人生、自販機でいいんですか? (栗原康+白石嘉治/中根ゆたか)

REGULARS――連載
東京のトップ・ボーイ 第2回 (米澤慎太朗)
地獄の解体に向けて (巣矢倫理子)
201H8をふりかえって (今里)
幸福の含有量 vol.2 (五所純子)
音楽と政治 第11回 (磯部涼)
乱暴詩集 第8回 (水越真紀)

アート・ディレクション&デザイン:鈴木聖

Georgia Anne Muldrow - ele-king

 ジャズ・ギタリストの父を持ち、さらにマッドリブと同じくオックスナード出身で、デクレイムというラッパー名で90年代からアンダーグラウンド・シーンにて活躍してきたダドリー・パーキンスが実の夫という、実に濃厚なファミリー・ツリーを持つジョージア・アン・マルドロウ。自身も2006年リリースのアルバム『Olesi: Fragments Of An Earth』で〈ストーンズ・スロウ〉からデビューを果たし、以降、〈ユビキティ〉、〈メロー・ミュージック・グループ〉といった名門インディ・レーベルや自主レーベルから、ソロあるいはダドリー・パーキンス/デクレイムとの共作という形で、これまで実に10枚以上のアルバムをリリースしている。
 自ら歌とラップ、さらにプロデュースも手がけ、ソウル、ファンク、ジャズ、ヒップホップがミックスされたオーガニックなスタイルはデビュー以降一貫しており、LAアンダーグラウンド・シーンの中で常に高い評価を得てきたジョージア。そんな彼女の実力は、エリカ・バドゥ、モス・デフ、プラチナム・パイド・パイパーズ、サーラーといった名だたるアーティストの作品にゲスト参加していることでも、証明されている。ただ一方で、マッドリブが全曲プロデュースを手がけた『Seeds』や、ジョージア・アン・マルドロウ&ダドリー・パーキンス名義でのアルバム『Lighthouse』(余談だが、この作品のアルバム・カヴァーは日本人アーティストの青山トキオ氏が担当)、アイルランドのプロデューサー、クリス・キーズがプロデュースを手がけた前作『A Thoughtiverse Unmarred』など、一部で話題を呼んだ作品はいくつかあるものの、確固たる代表作がこれまでなかったというのも事実である。そんな彼女にとって、〈ブレインフィーダー〉移籍第一弾となるこの『Overload』は、ようやく代表作と呼べることになるであろう作品になるに違いない。
 エグゼクティヴ・プロデューサーとしてフライング・ロータスとダドリー・パーキンスに加えて、アロー・ブラックの名前がクレジットされていることは少々意外でもあるが、それだけの期待が本作およびジョージア自身に込められているということだろう。そして、おそらく彼らがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたことで、ジョージア自身の他に、共にアンダーグラウンドからメジャーまで幅広く手がけているDJカリルやマイク&キーズ、さらにオランダからムードというプロデューサーが起用されるなど、音楽面での広がりが試みられている。とはいえ、本作においても彼女の軸はこれまで同様に、一切ブレていない。例えば、マイク&キーズがトラックを手がけたタイトル曲“Overload”は本作のリード曲でもあるが、フューチャーソウルにも通じる華やかさや透明感を伴いながら、力強い存在感を放つヴォーカルが曲全体を支配し、見事なグルーヴが描き出されている。本作にはダドリー・パーキンスを除いて、際立ったゲスト・アーティストが参加しているわけでもなければ、派手なダンス・チューンが仕込まれているわけでもない。しかし、彼女自身のデビュー作から変わらない圧倒的なヴォーカル力が柱となって、ときおりサラッと挟み込まれる、いい意味での“今っぽさ”が絶妙なスパイスとなって、アルバム全体をより洗練させたものに仕上げている。
 アーティスト同士の人間関係が非常にタイトなLAのシーンの中で、ジョージアが〈ブレインフィーダー〉と繋がるのはごく自然なことではあるが、LAビート・シーンを牽引する〈ブレインフィーダー〉にとって、彼女のソウルフルなサウンドは多少異色にも感じる人も少なくないだろう。今回の成功をきっかけに、〈ブレインフィーダー〉が今後、さらに様々なタイプのアーティストを吸収していくことになれば、LAの音楽シーンがよりエキサイティングなものになっていくに違いない。

 ヨーロッパを精力的に駆け回る女性DJ、Cassyのギグが12月30/31日と大阪/東京であるのでお知らせしたい。イングランドで生まれオーストリアで育った彼女は、パリとアムステルダム、ジュネーブとベルリンのアンダーグラウンド・ハウス・シーンにコミットした。ルチアーノやヴィラロヴォスらからの賞賛とともに初期のパノラマ・バーのレジデントDJのひとりでもあった。ここ1~2年は自身のレーベル〈Kwench Records〉を拠点に12インチをリリースしている(DJスニーク、フレッドP、ロン・トレントらも含む)。
 12月30日は大阪で開催の〈The star festival 2018 closing〉、12月31日が表参道VENTに出演。間違いなく良いDJなんで、お楽しみね!

■THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING
12/30(sun)

line up :
Peter Van Hoesen(Time to express/Brrlin)
Cassy
Kode 9
yahyel
Metrik(Hospital records/uk)
EYヨ(Boredoms)
AOKI takamasa-live set-
BO NINGEN
Tohji (and Mall Boyz)
環ROY
SEIHO
D.J.Fulltono
YUMY

OPEN AIR BOOTH :
YASUHISA / KUNIMITSU / MONASHEE / KEIBUERGER / AKNL / MITSUYAS / DJ KENZ1 / 81BLEND / RYOTA / GT /SMALL FACE

open 21:00
adv:¥3500 door:¥4000
group ticket(4枚組) : ¥12000

チケットぴあ P-CODE(133-585)
ローソンチケット L-CODE(54171)
イープラス https://eplus.jp
Peatix : https://tsfclosing.peatix.com/


■Cassy at N.Y.E
12/31 (MON)

=ROOM1=
Cassy
Moodman
K.E.G
Koudai × Mamazu

=ROOM2=
Sotaro x EMK
EITA x Knock
Genki Tanaka × Toji Morimoto
SIGNAL × TEPPEI
JUN × UENO


OPEN : 21:00
DOOR : ¥4,000 / FB discount : ¥3,500
ADVANCED TICKET:¥3,000
https://jp.residentadvisor.net/events/1185424

[ FACE BOOKイベント参加 ] で¥500 OFF ディスカウント実施中!
参加ボタンでディスカウントゲスト登録完了です。

※当日エントランスにて参加画面をご提示ください。 
Join the event for ¥500 off !! Click " Join " and you are on discount list !! ※You MUST show your mobile phone screen of joined event page at the entrance.
※VENTでは、20歳未満の方や、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂いております。ご来場の際は、必ず写真付身分証明書をお持ち下さいます様、宜しくお願い致します。尚、サンダル類でのご入場はお断りさせていただきます。予めご了承下さい。
※Must be 20 or over with Photo ID to enter. Also, sandals are not accepted in any case. Thank you for your cooperation.
URL : https://vent-tokyo.net/

Imaizumi Koichi - ele-king

 この夏日本でも初公開され注目を集めた今泉浩一監督による映画『伯林漂流』の再上映が決定しました(脚本は『ゲイ・カルチャーの未来へ』でおなじみの田亀源五郎)。あわせて今泉監督の全過去作品も上映されます。パッケージ化されていないタイトルや再上映未定の作品も数多くあるとのことですので、もう観た方もまだ観ていない方も、この機会にぜひ!

Felicia Atkinson/Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 本作は、フランスにおいてエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈シェルター・プレス〉を主宰し、自身も気鋭の電子音楽家であり、2017年にリリースしたソロ・アルバム『Hand In Hand』も話題を呼んだフェリシア・アトキンソンと、イギリスの老舗音響レーベル〈タイプ・レコード〉よりリリースされた『Love Is A Stream』(2010)、ニューヨーク・ブルックリンのインディー・レーベル〈メキシカン・サマー〉から送り出された『A Year With 13 Moons』(2014)などをはじめ、多くのシューゲイズ/アンビエントな作品を多く発表してきたサンフラシスコを活動拠点とするジェフリー・キャントゥ=レデスマのコラボレーション作品である。

 このアルバムは、極めて現代的なアンビエント音楽だ。ノイズと音楽が互いに矛盾することなく(もしくは矛盾のまま)、同居している。私はこの『Limpid As The Solitudes』を一聴し、その密やかさと解放感が同居する音響構築に惹き込まれた。空間的で映画的。音楽的で音響的。構造的で快楽的。アトモスフィアなアンビエント・サウンドのアップデート。

 とはいえ2人のコラボレーションは本作が初ではない。2016年に〈シェルター・プレス〉からリリースされた『Comme Un Seul Narcisse』についで2作目である。むろん前作『Comme Un Seul Narcisse』も素晴らしい音響空間を生みだしていたが、本作のシネマティック・サウンドは前作を超えたアンビエンスを展開していた。ひとことでいえば「映画的」なのである。
 音による光景と光景の接続、シネマティック・アンビエント……?その意味では旧来の意味での「アンビエント・ミュージック」とはいえないかもしれない。じじつ本作には「音楽的」な要素が音響的要素と融解するように導入されているのだ。音のむこうに「音楽」が立ち現れ、そして溶け合って消えていく。そして微かな痕跡が残る。音楽的要素が豊穣でありながら、それでいて騒がしくない。この感覚こそ(本作に限らず)2010年代的な「新世代」のアンビエント・ミュージックの特徴ではないかと私は考える。00年代以降、アンビエント・ミュージックはブライアン・イーノが提唱した古典的な概念からさらに変化を遂げた。つまり環境を満たす意識されない音楽として存在するだけではなく、この騒がしい世界の中での静謐さを摂取するための音響による音楽作品としての自律性を高めてきたのだ(そこにおいてはドローン音楽のアンビエント化も大きい)。音響の音楽化ではなく、音楽の音響化が実践されているというべきだろうか。
 アルバムには全4曲収録されている。フェリシア・アトキンソンのヴォイスがボーカルのように音響空間を舞うような曲もあれば、不意にベースのような低音が断片的に鳴る曲もある。そのうえ記憶の残響のようなピアノが素朴な旋律を奏でる曲もある。ドローンは楽曲のそこかしこで生成し、ノイズの粒子が音を立てサウンドのアトモスフィアを形成するだろう。世界の光景を描写するかのようにシネマティックな環境音がエディットされてゆき、まるで映画のような1シーンのように音楽と音響が編集される。音と音楽を交錯・融解させることで、映画的・映像的ともいえる持続と音響空間を織り上げているのだ。そこに不思議な鎮静感覚が生れているわけである。
 とくに17分に及ぶ4曲め“All Night I Carpenter”は圧倒的だ。音、ノイズ、音楽、声の欠片によって、音と音楽が時間の中に溶け合うようなサウンドスケープを生成しているのだ。不意にアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画や坂本龍一『async』を思い出しもした。ちなみにマスタリングはお馴染のダブプレート&マスタリング(ヘルムート・エルラー)が担当している。
 すでに名の知れた電子音楽家2人のコラボレーション作品だが、フェリシア・アトキンソン『A Readymade Ceremony』(2015)や『Hand In Hand』(2017)や、ジェフリー・キャントゥ=レデスマ『On The Echoing Green』(2015)などとも異なる「新しいアンビエント音楽」を聴きとることができた。何より、音楽が、音が、これほどまでに心身に染みる音響作品も稀ではないか。「孤独のように卑劣な」という意味を持つアルバムだが、その密やかな気配によって鎮静を与えてくれる緻密なモダン・アンビエント音楽である。

 それにしてもCV&JAB『Thoughts of a Dot as it Travels a Surface』、マイヤーズ『Struggle Artist』、トーマス・アンカーシュミット『Homage to Dick Raaijmakers』、イーライ・ケスラー『Stadium』など、今年の〈シェルター・プレス〉のリリース作品は重要作ばかりだ。そのうえスティーヴン・オマリーとピーター・レーバーグ(ピタ)によるKTL『The Pyre: versions distilled to stereo』のアルバムまでリリースされてしまった。個性的なラインナップとクオリティ。いま、もっとも勢いに乗っているエクスペリメンタル/電子音楽レーベルのひとつといえよう。

Northan Soul - ele-king

 素晴らしい。あの『ノーザン・ソウル』(https://www.ele-king.net/news/005958/)の一般上映が決定しました。2/9(土)より、新宿シネマカリテ、神戸・元町映画館ほかで劇場公開。ちょうど1年前、最初に自主上映したAfter School Cinema Clubさんに拍手です。

 もういちど繰り返しましょうか。『さらば青春の光』、『ビギナーズ』、『トレインスポッティング』、『24アワー・パーティ・ピープル』、『THIS IS ENGLAND』……あるいはまた、レイヴ・カルチャー、DJカルチャー、ダンス・ミュージック、レア・グルーヴ、週末若者たちが勝手に集まること、労働者階級とアンダーグラウンド……上記のなかで2つ以上が好きなひとは必見。3つ以上あるひとは2回以上観る必要があります。

 『ノーザン・ソウル』は70年代のさびれた地方都市の労働者階級が創造したレイヴ・カルチャーの青写真を描いた映画で、ダンス・ミュージック史における最大のミステリーと言われた“ノーザン・ソウル”とは何だったのかを知ることができるます。ソフト・セルがなぜ“テインティッド・ラヴ”のようなソウルの王道ではヒットしなかった曲をカヴァーしたのかもわかります。映画のエンディング・クレジットのスペシャルサンクスのなかにニール・ラシュトンの名前もありました。誰かわかりますか? デリック・メイの最初のマネージャーで、デトロイト・テクノをUKにもっとも紹介した人物=ノーザン・ソウルのDJです。
 最後にノーザン・ソウルに関するもっとも有名な言葉を引用しておきます。

 ノーザン・ソウルはドラッグを燃料とした労働者階級を魅惑するユース・カルチャーとして存在していた。ハウスと違ってそれは決して産業にコントロールされることはなかったし、音楽業界はその存在すら知らなかった。ノーザン・ソウルは真の意味でほぼパーフェクトなまでにアンダーグランドだった。 ──ジョン・マックレディ
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972