「Nothing」と一致するもの

Zonal - ele-king

 ようするに、テクノ・アニマル+ムーア・マザー、ということだろうか。JKフレッシュ名義やゴッドフレッシュ名義で知られるジャスティン・K・ブロードリック(昨年はスピーディ・Jの〈Electric Deluxe〉から『New Horizon』を発表、今年は GOTH-TRAD とのスプリット盤も)と、ザ・バグ名義やキング・ミダス・サウンドの活動で知られるケヴィン・マーティン(最近〈Room40〉から初の本名名義のアルバムをリリース)がふたたびタッグを組んだ。その名もゾウナル(Zonal)。そして、彼らはたんにリ‐ユナイトするだけでは飽き足らず、なんと、近年アンダーグラウンドの英雄となりつつあるアフロフューチャリスト、ムーア・マザーを招いてアルバムを完成させた。タイトルは『Wrecked(難破)』で、10月25日に〈Relapse〉からリリースされる。現在、同作から“System Error”が先行公開されているが(試聴・購入はこちらから)、この重厚さ、ハンパない……きっとインダストリアルのなんたるかをあらためて世に知らしめるとともに、ムーア・マザーのさらなる躍進を手助けするアルバムになっていることだろう。

ZONAL
WRECKED

Format: 2xLP / Digital
Label: Relapse Records
Cat. No: RR7439
Release Date: 25 October 2019

01. Intro – Body of Wire ft. Moor Mother
02. In a Cage ft. Moor Mother
03. System Error ft. Moor Mother
04. Medulla ft. Moor Mother
05. Catalyst ft. Moor Mother
06. No Investigation ft. Moor Mother
07. Wrecked
08. Debris
09. Black Hole Orbit Zone
10. S.O.S
11. Alien Within
12. Stargazer

https://relapse.com/zonal-wrecked/

Undefined - ele-king

 いま日本の地下ではダブがおもしろい動きを見せている。そのひとつが〈newdubhall〉だ。同レーベルを主宰する Undefined は、The Heavymanners に参加していた Sahara と、Soul Dimension のドラマーも務める Ohkuma によって結成されたダブ・ユニットで、2017年に初のシングルを発表、その後こだま和文との共作などを送り出している。そんな彼らの最新作がポートランドの7インチ専門ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉からリリースされることとなった。タイトルは「Three」で、ヤング・エコーのライダー・シャフィークをフィーチャー。600枚限定で再プレスはなし、配信もなしとのことなので、なくなる前に急ごう。

先進的ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉から
ダブ・ユニット Undefined が日本人初となる7インチをリリース

キーボード/プログラミングの Sahara とドラムの ohkuma によるユニット、Undefined の3 作目となるレコードが、アメリカはポートランドの先進的ダブ・レーベル〈ZamZam Sounds〉から8 月下旬にリリースされる。世界各地で繰り広げられているダブの冒険を70 枚以上の7インチで紹介しているレーベルではあるが、日本人では初のリリースとなる。前作ではこだま和文と共作、宇宙とブルーズを深い音響の中に描き上げた彼ら。今作「Three」では、ブリストルを中心に活動し、参加した Swindle の楽曲“What We Do”がアップルUKのキャンペーンに使用され注目を集める詩人/ラッパー Rider Shafique を迎え、覚醒した浮遊感を我々に知覚させる。
通常のダブ・レコードでは、ヴォーカル入りの楽曲がA面に、それを素材にダブ・ミックスを施したものがB面に収録される。しかし今作「Three」は、最初に完成したインスト曲(今作B面収録)のダブ・ヴァージョン(未発表)に Rider Shafique がヴォーカルを乗せたトラックを制作。そのヴォーカルをエディットし、元のインスト曲に乗せ直したものが今作のA面に収録されている。そうした結果、ドラムとヴォーカルのリズムが、録音時には想像していなかった別のグルーヴを創り出している。Can のドラマー Jaki Liebezeit のプレイを連想させるドラミングと、“ヴォイス・オブ・サンダー” Prince Far I の影響が伺えるヴォーカル、そしてその言葉に呼応するように飛び交う音の断片が描く“来るべき変革の前の静けさ”──緊張と希望の波動。機会があれば、ぜひサウンドシステムで感じてほしい。
これまでのリリース「after effect」(7"/2017 年)、「new culture days」(10"/2018 年)、dBridge×Kabuki×itti とのコラボ企画「Chatter」(12"/2019 年)は全て完売。寡作ながら確固とした音空間を残している Undefined は、国内外を問わず現在最も注目すべき才能のひとつだ。
7インチは、デジタル・リリースおよび再プレスなしの限定600枚リリース。〈ZamZam〉のアイデンティティとも言えるシルク・スクリーン・プリントが施されたスリーヴに収められている。

麻芝 拓 (ライター)

type:7inch
Undefined feat. Rider Shafique
a. Three / b. Three - dub -
released from ZamZam Sounds (U.S) / 価格: 未定

Inoyama Land & Masahiro Sugaya - ele-king

 またしても〈Empire Of Signs〉である。2年前の吉村弘のリイシューは昨今の「和モノ・ブーム」のひとつの起点となり、今年は〈Light In The Attic〉から日本の「環境音楽」にスポットライトを当てたオムニバス『Kankyō Ongaku』まで登場、逆輸入というかたちで日本再評価の機運がどんどん高まってきている。その双方で重要な役割を果たしたのがヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランなわけだけど、どうやら彼は手を緩めるつもりはないらしい。ドーラン主宰の〈Empire Of Signs〉から、新たなリリース情報がアナウンスされた。
 ひとつは、元ヒカシューの井上誠と山下康から成るイノヤマランドの『Commissions: 1977-2000』で、博物館などからの委嘱作品を集めたもの。もうひとつは、かつてパフォーミングアーツ・グループのパパ・タラフマラに在籍していた作曲家、菅谷昌弘による『Horizon, Volume 1』で、彼の80年代の音源を集めたものだ。前者は9月20日に、後者は10月11日にリリースされる。2組とも『Kankyō Ongaku』でとりあげられていた音楽家だから、今後もこのようなかたちで具体的に「環境音楽」のリヴァイヴァルが進んでいくのかもしれない。うーむ。

Artist: Inoyama Land
Title: Commissions: 1977-2000 - Music for Slime Molds, Sensory Museum and Egyptology
Label: Empire of Signs
Out: September 20, 2019
Cat # / Format: EOS03 / 2xLP | CD | Digital

Album Track List

SIDE A
1. Hair Air
2. Cycle
3. Soushiyou To Shiteiru
4. Garasudama

SIDE B
5. Aa Egypto
6. Skyfish
7. Bananatron
8. Fairy Tale

SIDE C
1. Morn
2. Kodama
3. Ougon No Sara
4. Candy Floss
5. Watashikara Ubawanaide

SIDE D
6. Anatano Yushoku No Tameni
7. Candy (alt.)
8. Sekai No Owari


Artist: Masahiro Sugaya
Title: Horizon, Volume 1
Label: Empire of Signs
Out: October 11, 2019
Cat # / Format: EOS02 / LP | CD | Digital

Track List

Side A
1. Horizon (Intro)
2. Future Green
3. Afternoon of the Appearing FIsh
4. Grain of Sand by the Sea

Side B
1. Straight Line Floating in the Sky
2. Wind Conversation
3. Until the End of the World
4. Horizon (Outro)

Tohji - ele-king

 Tohji のデビュー・ミックステープ、『angel』がリリースされた。

 これまで、Abema TV の番組「ラップスタア誕生」でポエトリーにも近い独特なスタイルで注目を集めた。同時にオリジナル楽曲や海外のトラックメーカーのビートに乗せた曲を SoundCloud で公開し、2018年にはEP「9.97」をリリースした。

 今年は Mall Boyz (Tohji + gummyboy) 名義での“Mall Tape”のヒットで着実に知名度を高め、渋谷WWW でデイタイムの彼自身の主催イベント《Platinum Ade》では、未成年のファンを中心に550人ものクラウドを沸かせた。Tohji は彼自身の人気に加えて、Mall Boyz 周辺のシーンをまとめ上げる風格を帯びてきている。

 現行のメインストリームであるトラップ・エモーショナルなラップから、ジャージークラブやパラパラなどのダンス・ミュージックも器用に乗りこなし、ジャンルに縛られない柔軟なスタイルで幅広い世代のファンを魅了してきた。そんな Tohji による待望のミックステープには、彼のスピードに対する冴えた感覚、滾る若さ、そして彼の詩人としての才を随所に感じられる。

 MURVSAKI のビートとF1の轟音でスタートする本作は、ヘヴィな“Snowboarding” で幕を開ける。得意にしているメロディックなフロウとは打って変わり、“flu feat. Fuji Taito”で魅せたようなひとつのキーでモノトーンに攻める。続いて SoundCloud で先行公開されていた“Rodeo”では、英語詞のラップを披露。日本語と英語を同列のレヴェルで扱うことで、言葉が持つ音の面白みを感じられる一曲だ。また、ここで比肩すべき人物として北野武を挙げるところも、映像的な表現が光る彼のスタイルらしい部分である。

飲み込めハイチュウ、食べてる最中 “HI-CHEW”

 インタールードを挟んで“HI-CHEW”では、最初の2小節で全てを語りつくしてしまうこのラインに痺れた。言葉では一言も触れていないのにもかかわらず、このラインは若さや彼の勢いを全て表現していて、その勢いは、MURVSAKI のパワフルなビートに張り合ってこの曲を特別なものにしている。Loota が参加した“Jetlife”では、Mall Boyz の“Higher”と同じ“空”のモチーフを、今度は空の上からダイナミックに掴んでいる。この2曲はこのミックステープのハイライトだと思う。

 “トウジ負傷”を挟み、終盤ではグライム・プロデューサーとしても知られる Zeph Ellis の制作したビートに乗せて、彼らしいラヴソングである“on my way”、そして再び MURVSAKI によるビターなラヴソング“miss u”で幕を閉じる。

 このミックステープはこれまでのリリースよりもより多面的な Tohji をのぞかせてくれる。そこにはラッパーとしてのセルフボーストだけでなく、彼の優しさや傷のヒリヒリとした生々しさもある。それぞれの面が魅力的であり、彼の類い稀な才能が世界にさらけ出された一枚だ。

Haruomi Hosono - ele-king

 いやはや、半世紀である。細野晴臣がエイプリル・フールとしてデビューを果たしてから50年──はっぴいえんどやYMOはもちろん、ソロとしてもじつに多くの遺産を音楽史にもたらしてきた彼のアニヴァーサリーを祝し、その足跡を追ったドキュメンタリー映画が公開される。タイトルは『NO SMOKING』。近年の活動にも密着し、昨年のワールド・ツアー(高橋幸宏、小山田圭吾、坂本龍一が参加したロンドン公演も含まれる)やヴァン・ダイク・パークス、マック・デマルコらとの交流の様子も映し出されているそうで、音楽とタバコとコーヒーと散歩を愛する細野晴臣の人間性がぎゅっと凝縮された作品になっているとのこと。11月、シネスイッチ銀座、ユーロスペース他にて全国順次公開です。

細野晴臣デビュー50周年記念ドキュメンタリー映画
『NO SMOKING』
公開決定&特報解禁&場面写真解禁!

水原希子、小山田圭吾など著名人も愛してやまない「“細野さん”に会いにいこう。」
音楽家・細野晴臣のこれまでの歴史と知られざる創作活動を収めた特報映像が解禁!

タイトル『NO SMOKING』とは? by細野晴臣

世界中を旅して最も感じたことは、当然のことながらどこもNO SMOKINGだったということです。しかしそれは屋内のこと。外ではほぼ喫煙OK。意外と寛容なところがありました。紐育、倫敦では路上ポイ捨てが常識で、それに馴染めずに自分は携帯灰皿を持ち歩いたのです。それを見た土地の人から「礼儀正しいね、でも吸い殻を清掃する業者の仕事を奪う」ってなことを言われました。なるほどそういうこともあるのか。その携帯灰皿を紐育で紛失し、買い求めようとしたらどこにも売ってません。あれは日本独自のものらしい。仕方なく紙コップを持ち歩きました。日本の路上禁煙は珍しい例だそうです。香港はブロック毎に大きな灰皿が設置してあり、喫煙率が高そう。長旅でホテルに泊まれば、ぼくは1時間毎に外の喫煙所へ出ることになり、それはかなり苦痛なことです。部屋で吸えば高額な罰金を取られますから。世界が歩調を揃えているこの禁煙法には違和感を持ちつつも、逆らうことはできません。ですから人に迷惑がかからないことを念頭に、周囲を見渡しながら喫煙を心がけているわけです。喫煙所さえあれば一安心。こうしてNO SMOKINGの世界でSMOKERを自認するのは、ひょっとするとタバコをやめるよりも意志の強さが必要となります。煙を吐くだけで差別され、否応なく少数派の立場に立たされるのですから。「詭弁を言わずにやめたら?」と言われます。いやいや、20世紀の文化を支援してきた紫煙に、突然愛想をつかすわけにはいかないのです。(細野晴臣)

《細野晴臣 コメント》
自分の映画が出来上がって上映されるとは夢のようですが、同時に悪夢だとも思えます。何故生きている間にこんなことになったのかといえば、今年になって50年も音楽生活を続けてきたせいでしょうか。このような映画を自分で作ることはできません。製作陣の熱意があってこそ実現したものであり、自分も観客のひとりとして見ることになります。しかし到底客観的な評価などできるはずもありません。どうか見た人が少しでも得ることがあるように、と祈るばかりです。

《佐渡岳利監督 コメント》
YMOに衝撃を受けた少年時代から仕事をご一緒させていただく今に至るまで、細野さんを「スゴい!」と思い続けてきました。私と同じ思いの方には、その再確認ができて、初めて細野さんに出会った方には我々と同じ思いになれる映画にしたいなと思います。カッコ良くて、カワいくて、音楽を心から大好きな細野さんに、是非会いにきてください。

〈細野晴臣 ホソノハルオミ〉 プロフィール
1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求、作曲・プロデュース、映画音楽など多岐にわたり活動。2019年デビュー50周年を迎え、3月ファーストソロアルバム「HOSONO HOUSE」を新構築した「HOCHONO HOUSE」をリリース し、6月アメリカ公演、10月4日から東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー・スカイギャラリーにて展覧会「細野観光1969-2019」開催。
https://hosonoharuomi.jp

〈監督:佐渡岳利 サドタケトシ〉 プロフィール
1990年NHK入局。現在はNHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー。音楽を中心にエンターテインメント番組を手掛ける。これまでの主な担当番組は「紅白歌合戦」、「MUSIC JAPAN」、「スコラ坂本龍一 音楽の学校」「岩井俊二のMOVIEラボ」「Eダンスアカデミー」など。Perfume初の映画『WE ARE Perfume -WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』も監督。

【細野晴臣デビュー50周年 〈細野さんに会いに行く〉】
〈NEW ALUBM〉「HOCHONO HOUSE」発売中
〈展覧会〉「細野観光1969-2019」10/4(金)-11/4(月・休)@六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー・スカイ
ギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52F)
〈コンサート〉特別記念公演 11/30(土)、12/1(日)
〈COMPILETED CD〉「HOSONO HARUOMI compiled by HOSHINO GEN」(8月28日(水)発売)
「HOSONO HARUOMI compiled by OYAMADA KEIGO」(9月25日(水)発売)連続リリース!
詳細は⇒hosonoharuomi.jp

出演:細野晴臣
ヴァン・ダイク・パークス 小山田圭吾 坂本龍一 高橋幸宏 マック・デマルコ
水原希子 水原佑果(五十音順)

音楽:細野晴臣
監督:佐渡岳利 プロデューサー:飯田雅裕
製作幹事:朝日新聞社 配給:日活 制作プロダクション:NHKエンタープライズ
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
HP:hosono-50thmovie.jp
twitter:@hosono_movie50

11月、シネスイッチ銀座、ユーロスペース他全国順次公開

Kali Malone - ele-king

 なんという天国的な音楽だろうか。なんという崇高さを希求する音響だろうか。なんという透明な霧のごときパイプオルガンの響きとミニマムな旋律だろうか。持続と反復。俗世と重力からの解放。思わず「バロック・ドローン」などという言葉が脳裏をよぎった。
 
 カリ・マローンの新作アルバム『The Sacrificial Code』のことである。「犠牲的な、生贄のコード」? じじつカリ・マローンは音楽の「神」に身を捧げている。いや、正確には「音響と音楽が交錯し、持続し、やがて消失する、そのもっとも神聖で、もっとも美しい瞬間に身を捧げている」というべきか。この音楽はそれほどにまでに特別な美しさを放っている。
 だからといって派手で、大袈裟で、装飾的で、豪華な美ではない。パイプオルガンの持続の線がひとつ、そしてふたつと折り重なる簡素なものだ。しかし、そのミニマムな持続の生成には、音楽の持っている崇高な美がたしかに折り畳まれている。

 スウェーデンのストックホルムを拠点とするカリ・マローン(1994年生まれ)。彼女は新世代のサウンド・アーティストであり、ポスト・ミニマル音楽の作曲家である。そして西洋音楽を歴史を継承する現代音楽家であり、2010年代のエクスペリメンタル・ミュージック・パフォーマーでもある。
 カリ・マローンは弦楽器、管楽器、聖歌隊、パイプオルガンなどのオーセンティックな西洋音楽の楽器を用いつつ、デジタル処理された電子音、シンセサイザーなどをミックスし、独創的で現代的な音響空間を生成する。さらにそのライヴでは電子音のみの演奏も披露する。カリ・マローンのサウンドは優雅にして深遠。持続音(ドローン)に融解したロマン派のような響きを放つ。

 カリ・マローンは2016年にカテリーナ・バルビエリ(Caterina Barbieri)、エレン・アークブロ(Ellen Arkbro)ら現代有数のエクスペリメンタル・アーティストらとのコラボレーションEP「XKatedral Volume III」をストックホルムのレーベル〈XKatedral〉からリリースした。バルビエリとアークブロは、ともに優れたエクスペリメンタル・ミュージック・アーティストであり、バルビエリの最新作『Ecstatic Computation』(2019)、アークブロの最新作『Chords』(2019)は、タイプは違えども電子音の反復と持続の問題を追及した重要なアルバムである。
 翌2017年、カリ・マローンはエレクトロニクスに16世紀末に登場しバロック末期まで主に通奏低音楽器として用いられたテオルボ、ゴング、ヴィオラ、ヴァイオリンなどの弦楽器をミックスするファースト・アルバム『Velocity of Sleep』を〈XKatedral〉からリリースした(アメリカの〈Bleak Environment〉からも配給)。
 続く2018年、アルトサックス、バスクラリネット、ファゴットにカリ・マローンのシンセサイザーを加えたセカンド・アルバム『Cast Of Mind』を、スイスの〈Hallow Ground〉より送り出す。同年、〈Ascetic House〉より、パイプオルガンを用いたドローン作品を収録したEP「Organ Dirges 2016 - 2017」もリリースし、優美さと恍惚さを併せ持ったサウンドは大いに話題を呼んだ。
 2019年は、今回取り上げるサード・アルバム『The Sacrificial Code』をヨアキム・ノルドウォール(Joachim Nordwall)が主宰するスウェーデンの名門エクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈iDEAL Recordings〉からリリースし、Acronym とのコラボレーションEP「The Torrid Eye」をストックホルムの〈Stilla Ton〉から送り出す。このEPではエクスペリメンタルなディープ・テクノを展開した。
 カリ・マローンは、エレン・アークブロ、サラ・ダヴァチー(Sarah Davachi)、エミリー・A・スプレイグ(Emily A. Sprague)らと同じく新世代のドローン/ミニマル音楽作曲家である。さらに電子音楽家カテリーナ・バルビエリやフェリシア・アトキンソン(Felicia Atkinson)、ノイズ・アーティスト、ピュース・マリー(Puce Mary)らとの同時代性を共有する2010年代を代表するエクスペリメンタル・アーティストでもある。断言するが彼女たちの音楽/サウンドを聴くことは、音響、作曲技法、録音、繊細なサウンド・ノイズの導入の結晶である現代の先端音楽のエッセンスを知る最大の手掛かりとなる。

 本年にリリースされた新作『The Sacrificial Code』は、2018年の「Organ Dirges 2016 - 2017」を継承するオルガン・ドローン作品だ。ミニマムな音階もあり、ドローンとメロディのあいだでわれわれの聴取環境を生成する見事な現代音楽作品でもある。その簡素な音階の変化に耳を傾け、ミニマルにして複雑なサウンド・テクスチャーを聴き込むことで、単一の音の中に多様な音の蠢きをリスニングすることが可能になる。
 アルバムにはLP版は2枚組で全8曲、CD盤は3枚組で23分もの長尺の追加曲を含めた全10曲、データ版も全10曲が収録されている。アルバム前半、CD盤だとディスク1に当たる「Canons For Kirnberger III」はストックホルム音楽大学で2018年3月におこなわれた。アルバム中盤、CD盤ディスク2にあたる「Norrlands Orgel」のライヴ録音はスウェーデンのピーテオーで2018年9月におこなわれた。アルバム後半、CD盤ディスク3の「Live In Hagakyrka」パートは、イェーテボリにある教会で2018年4月に演奏・録音された。この「Live In Hagakyrka」にはエレン・アークブロも参加している。これらのすべての演奏の記録はラシャド・ベッカーによって丁寧なマスタリングを施され、見事な録音芸術作品となった。

 どの曲も優美にして繊細、大胆にして深遠。極上にして天国的。パイプオルガンという西洋音楽における伝統的な楽器を用いつつも、本作のサウンドのテクスチャーは極めてモダンである。まるで電子音響やフィールドレコーディング作品を聴取するようにパイプオルガンの音を聴くことができるのだ。
 ミニマルな音階と、その音の芯のまわりに鳴るノイズの蠢きを聴き込むことで、聴き手の聴覚はゆったりと拡張するだろう。リスナーは「聴くということの意識化」と「聴くことで得られる恍惚」のふたつを得ることになるはず。
 この『The Sacrificial Code』は、そのような「聴く」という意識と、聴取のむこうにある「音響の結晶」を確実に捉えている。音楽と音響は相反するものではない。旋律や和音・和声が鳴り続けていったその先に、音楽と音響は融解・消失する。その消失地点こそ音楽/音響の結晶体なのだ。
 CD3枚、LP2枚に渡って収録された楽曲(CD・データ版は2曲追加収録されており、うち“Glory Canon III (Live In Hagakyrka)”は23分もの長尺)たちは、そのような音楽と音響の結晶地点を示す「新しいドローンおよびミニマル・ミュージック」である。全曲を通して聴くことでパイプオルガンの単一でありながら、複数の響きの蠢きを聴取することができるようになるだろう。それこそが「音響と音楽が緻密に、複雑に融解」していった「2010年代のエクスペリメンタル・ミュージック」の姿でもある。

 旋律を超えて反復へ。反復が融解し持続へ。持続が解体され複数の層へ。消失から結晶へ。本作は、そんな音楽/音響の現代的な聴取のレイヤーを内包した新しいポスト・ミニマル・ミュージックだ。それは新しい時代の教会音楽/宗教音楽への模索と接近に思えた。反復と持続が融解し、消失した瞬間に表出する「崇高な美」。この「美」を「神」とすれば、本作のサクリファイス・コードが何を開くためのものかも分かるというものだ。

Battles - ele-king

 10月11日に待望のフォース・アルバム『Juice B Crypts』のリリースを控えるバトルスが、同作を引っさげ来日公演をおこなう。11月の4日から6日にかけて、東京・大阪・名古屋の3都市を巡回。イアン・ウィリアムスとジョン・ステニアーの2人組になった彼らは、いったいどんなパフォーマンスを見せてくれるのか? ロンドンでのプレミア公演は随分と盛り上がったようなので、期待大です。チケットは明日のお昼から主催者WEB先行が発売開始、売り切れる前に急ごう!

NEWアルバム『Juice B Crypts』をひっさげ
3都市を巡る来日ツアー開催大決定!
主催者WEB先行は明日正午スタート!

その独創的なアイデアとサウンドで、ロックの常識を更新し続け、音楽ファン達に強烈な衝撃を与えてきた BATTLES が帰ってくる! 11月に東京、大阪、名古屋の3都市を巡る超待望の来日ツアーが決定! そのキャリアを再び更新する型破りな最新アルバム『Juice B Crypts』は10月11日に日本先行リリース! 各公演の主催者WEB先行は明日正午スタート!

キーボード、ギター、エレクトロニクスを操るイアン・ウィリアムスと、ドラムのジョン・ステニアーの織り成すリズムとメロディーは、よりタイトに研ぎ澄まされ、この上ないほど痛快かつ刺激的な領域へと到達! 果たしてどんなライブになるのか? その緻密かつダイナミックなアンサンブルをライブで目撃せよ! これは見逃せない!

先週ロンドンで行われた超プレミアライブでは、パンパンとなった会場が熱気で包まれ爆発寸前に!
https://www.instagram.com/p/B1Ol1-vAXc2/

初めて彼らを見たときに覚えた巨大なスリルがついに戻ってきた。体と心と魂を揺さぶる並外れた音楽は、とんでもないレベルの演奏能力があってこそもたらされるが、今夜見た新生バトルスは、まさにそれを証明するものだった。 ──Quietus

BATTLES
SUPPORT ACT: TBC

前売¥6,800(税込/別途1ドリンク代/スタンディング)
※未就学児童入場不可

明日正午より主催者WEB先行スタート!

東京公演:2019年11月4日(月・祝日)
GARDEN HALL

OPEN 17:00 / START 18:00
主催:SHIBUYA TELEVISION
INFO:BEATINK 03-5768-1277

BEATINK主催者WEB先行: https://beatink.zaiko.io/_buy/1kFR:Rx:f4b65

大阪公演:2019年11月5日(火)
UMEDA CLUB QUATTRO

OPEN 18:00 / START 19:00
INFO:SMASH WEST 06-6535-5569 / smash-jpn.com

BEATINK主催者WEB先行: https://beatink.zaiko.io/_buy/1kFS:Rx:558d4

名古屋公演:2019年11月6日(水)
NAGOYA CLUB QUATTRO

OPEN 18:00 / START 19:00
INFO:BEATINK 03-5768-1277

BEATINK主催者WEB先行: https://beatink.zaiko.io/_buy/1kFT:Rx:9c3fa

チケット詳細
先行発売:
8/21 (水) 正午12時〜:BEATINK主催者WEB先行
8/24 (土) 正午12時〜:イープラス最速先行販売 *8/28 (水)18:00まで
8/30 (金) 正午12時〜:ローチケ・プレリクエスト *9/3 (水) 23:00まで
9/2 (月) 正午12時〜:イープラス・プレ(先着) *9/4 (水) 18:00まで

一般発売:9月7日(土)~

label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: BATTLES
title: Juice B Crypts
バトルス / ジュース・B・クリプツ

日本先行リリース!
release date: 2019.10.11 FRI ON SALE

国内盤CD BRC-613 ¥2,200+tax
国内盤CD+Tシャツ BRC-613T ¥5,500+tax
ボーナストラック追加収録/解説・歌詞対訳冊子封入

輸入盤CD WARPCD301 ¥OPEN
輸入盤2LP カラー盤 WARPLP301X ¥OPEN
輸入盤2LP WARPLP301 ¥OPEN

CD Tracklist
01. Ambulance
02. A Loop So Nice...
03. They Played It Twice feat. Xenia Rubinos
04. Sugar Foot feat. Jon Anderson and Prairie WWWW
05. Fort Greene Park
06. Titanium 2 Step feat. Sal Principato
07. Hiro 3
08. Izm feat. Shabazz Palaces
09. Juice B Crypts
10. The Last Supper On Shasta feat. Tune-Yards
11. Yurt feat. Yuta Sumiyoshi (Kodo) *Bonus Track for Japan

Vinyl Tracklist [2LP]
A1. Ambulance
A2. A Loop So Nice...
A3. They Played It Twice feat. Xenia Rubinos
B1. Sugar Foot feat. Jon Anderson and Prairie WWWW
B2. Fort Greene Park
C1. Titanium 2 Step feat. Sal Principato
C2. Hiro 3
C3. Izm feat. Shabazz Palaces
D1. Juice B Crypts
D2. The Last Supper On Shasta feat. Tune-Yards

WARP30周年 WxAxRxP 特設サイトオープン!
バトルスも所属するレーベル〈WARP〉の30周年を記念した特設サイトが先日公開され、これまで国内ではオンライン販売されてこなかったエイフェックス・ツインのレアグッズや、大竹伸朗によるデザインTシャツを含む30周年記念グッズなどが好評販売中。アイテムによって、販売数に制限があるため、この機会をぜひお見逃しなく!
https://www.beatink.com/user_data/wxaxrxp.php

Calexico / Iron & Wine - ele-king

 キャレキシコとアイアン&ワインがコラボレーションしたミニ・アルバム『イン・ザ・レインズ』をリリースしたのは2005年のこと。それは控えめながらもそれぞれの長所がよく混ざり合った作品で、アイアン&ワインのアコースティック・フォークにキャレキシコのややワイルドなブラスが洒落た味つけをしていた。2005年といえばブライト・アイズをはじめとしたインディ・フォークが熱い注目を集めていた時期で、アイアン&ワインは出世作『シェパーズ・ドッグ』(07)をまだリリースしていない。フリート・フォクシーズボン・イヴェールもまだいない。振り返ってみれば、ブッシュ政権期のど真ん中でフォークがある種の説得力を持っていたころで、それは00年代なかばのUSインディ・ロックの隆盛の一部を担っていた。『イン・ザ・レインズ』はそのなかにいる善良なミュージシャンたちの善良な出会いであり、来たるべき変化を予感させもしていたのだった。
 では、その両者が14年ぶりに再び手を取った『イヤーズ・トゥ・バーン』は何を示しているだろうか。ともすれば「良心的な」などという当たり障りのない形容で済まされてしまいそうな、良いアルバムをリリースし続けてきたベテラン同士の地味な作品ではある。シンプルに良い、というのはいまどき惹句になりにくい。シーンにかつてほどの勢いがないいま、この、ただただ良いソングライティングとアレンジと演奏が詰まったフォーク・アルバムを聴くのはたんなる趣味でしかないのだろうか? いや……。

 両者はお互いのアルバムにお互いをゲストで呼んだり、ボブ・ディランのトリビュート・アルバム『アイム・ノット・ゼア』にともに参加するなど、つねに近い場所にいたし実際に共演を重ねている。だが、あらためてしっかり共作した本作を聴いていると、14年前よりもはるかに音楽的厚みがここにあることがわかる。『イヤーズ・トゥ・バーン』に大きく影響を与えているのはおもにふたつ。ひとつは、ある時期ジャズやソウル、ソフト・ロックにも接近し音楽性の幅を広げていたアイアン&ワインが、その時期を経て近作でフォーク回帰していること。もうひとつが、90年代からラテンアメリカ音楽をアメリカ南部のリアルな風景として取り入れてきたキャレキシコが、より「ソング」の体裁を意識するようになっていることだ。その成果がもっとも顕著に出ているのが頭3曲で、レイドバックしたじつにアイアン&ワインらしいフォーク・ロックにふくよかなブラス・アレンジや立体的なバンド・アンサンブル、密度の濃いコーラスが与えられている。
 だが、特筆すべきは8分を超える組曲形式の“The Bitter Suite (Pájaro / Evil Eye / Tennessee Train) ”だろう。冒頭、スペイン語によるアシッド・フォークでヴォーカルを取るのはキャレキシコのトランペッターであるジェイコブ・ヴァレンスエラ。彼がラテンの風景を描き出せば、それはやがてトランペットが咆哮するジャジーなジャム・セッションとなり、最後にはアメリカ内陸的なアシッド・フォークへと帰っていく。「列車がテネシーを去っていく、唸り声を上げて去っていく」……。そこでは南部に吹くラテンアメリカの風が、アメリカの空気も纏いながら内陸部の田舎にまで運ばれていく。アイアン&ワインもキャレキシコも豊かな旅情をその音楽に携えたミュージシャンだが、ここではその旅がより広範で複雑なものになっている。キャレキシコの最近作『ザ・スレッド・ザット・キープス・アス』がトランプの不寛容な移民政策に触発されたボーダー・ポリティクスについてのアルバムだったことを思い出せば、その、現在の国境のムードがアメリカの内側まで届けられているように感じるのである。まるで移民がアメリカの町に根づいていくように……。それこそが現在のアメリカであり、そしてフォークなのだと。フォークロアは伝承であるがゆえに、ひとや時代とともに変化していく。
 サム・ビームの繊細な歌とかすかに聞こえるブラスが穏やかな時間を運んでくるバラッド“イヤーズ・トゥ・バーン”の温かさ、そこで瑞々しく立ち上がるペーソス。この「いい歌」は、ベテランたちからのいまの時代への真摯な想いの表れである。不思議な清涼さを含んだこの歌を口ずさめば、アメリカの狂った時代も、日本の異常な暑さも、何とかともに乗り越えられるだろうか。

マンチェスターで結成された伝説のロック・バンドの
かくも魂をゆさぶる物語

英国音楽ジャーナリズムの巨匠の手によって
メンバー及び関係者の証言のみで構成された
ジョイ・ディヴィジョン・ヒストリーの決定版

写真も多数掲載!

■主な登場人物
バーナード・サムナー ──ジョイ・ディヴィジョン
ピーター・フック ──ジョイ・ディヴィジョン
スティーヴン・モリス ──ジョイ・ディヴィジョン
デボラ・カーティス ──イアン・カーティスの配偶者、証人
トニー・ウィルソン ──グラナダ・テレヴィジョンのプレゼンター、〈ファクトリー〉の共同創設者
ピーター・サヴィル ──〈ファクトリー〉共同創設者兼アート・ディレクター
ポール・モーリー ──『New Musical Express』紙ライター
イアン・カーティス ──ジョイ・ディヴィジョン
マーク・リーダー ──〈ファクトリー〉ドイツ部
マーティン・ハネット ──〈ファクトリー・レコーズ〉プロデューサー兼取締役
ほか多数


 その人はちょっとだけラッパーの田我流に似ていたが、田我流よりもがっちりした体型で、白いタンクトップに紺の短パンを履いていた。荷物はたったひとつしかなかった。書道部を舞台にした青春漫画『とめはねっ!』である。カバンなどはなく、本当に手に『とめはねっ!』1冊だけを手にしているのだ。しかも単行本ではなくて、コンビニでしか売っていないペーパーバック版だった。調べてみると2016年に発売されたもののようである。さっきふらっとコンビニに寄って買ったというわけではなく、何らかの意思によって『とめはねっ!』が選ばれたものと思われた。
 その人は、最初はドアの前に座り込んでいた。この暑さである。具合が悪いのかと思った。しかし、見た感じ顔色もよいし、表情も苦しげでないし、何よりのんびりと『とめはねっ!』を読んでいる。問題は全くなさそうに見えた。
 ドアによりかかっていたその人物は、不意に『とめはねっ!』を閉じて、ドアにくっつけるような形で床に置くと、そこへおもむろに寝転がった。片方のドアに頭、もう片方のドアに足が向く形で、電車の中で眠り始めたのだ。目を閉じ、まるで自宅の居間にいるかのように、その人はくつろいでいた。この段階でほかの乗客が動揺する気配があった。私も少し動揺した。しかし、その人はいっさい周囲に迷惑をかけていなかった。人の少ない電車で寝転がって何が悪いというのか。何も悪くない。
 何よりその人がしっかりしていたのは、駅が近づいた旨のアナウンスがあると、素直に起き上がってそばの空いていた椅子に腰かけ、人の出入りの完了まで待っていた点だ。電車が動き出し、もう次の駅までドアとドアの間に立つ人がいないと確信できてから、椅子を立ってもう一度同じ場所で寝るのである。椅子がないから床に座ったり寝たりしているわけではなく、床にこだわってそれをしているのだということが明らかだった。待っている間、その人は先ほどまで枕にしていた『とめはねっ!』を読んでいた。
 これを2度繰り返したのち、3駅目でついに人がどっと乗ってきたので、『とめはねっ!』を枕に寝転がれるスペースはほぼなくなってしまった。すると、その人は無理に寝転がることはせず、素直に椅子に腰掛けてそのまま『とめはねっ!』の続きを読み始めた。
 私はその人を見ながら、ざわつくべきじゃない、ざわつきたくない、と思いながらも、ざわつくことをやめられなかった。そして結局ざわついていた自分を反省した。
 あの人に対してざわついてしまった自分は、まだ追い出したいと思っていたものを追い出しきれていなかったのだと思う。自分が内面化した「電車の乗り方」からはみ出る人に対して、私は身構えたのだ。そして同時に「白いタンクトップであんな床に寝転がるなんて、背中が汚れるのではないか」という、みみっちい心配までしていた。別にタンクトップの背中が汚れていたところで問題はないのにタンクトップの心配をしたのは、自分の「身構え」から目をそらすための一種の「ずらし」だったのだと思う。タンクトップはあの人が身につけているものであり、あの人と密着しているが、あの人そのものではないからだ。あくまであの人のことは自分は許容しているのだと思い込もうとしていた。結局まだ私は都市の論理に馴致されきっている。
 一方で、ある程度周囲に配慮しながら漫画本1冊で自分の望む姿勢を取る人のやり方に、わくわくしていたのも事実である。空いた電車で寝転んではいけない差し迫った理由は何もなく、ただ目の前にあるものと少ない持ち物で狭い空間をよりよく利用するやり方は、本来望ましいものなのではないか。寝転がった先で誰かの足の間を覗こうとしているとか、今にも踏まれそうな場所で陣取っているとか、そういう加害/被害の可能性とはいっさい離れていた。横暴なことをしたくて寝転がっているつもりはなく、ただ寝たほうが快適だから、寝られる範囲で寝そべったのだ。そして読み物と枕というふたつの機能を有した『とめはねっ!』1冊だけを携えて、あの人は「電車の乗り方」を撹乱したのだ。
 なんだろうこの気持ちは、と思いながら、私は電車を降りた。『とめはねっ!』の人はまだ座って『とめはねっ!』を読んでいた。あの人がその後どこへ向かったのか、もしくは特にどこも目指していなかったのか、子細は何も知らない。

『とめはねっ!』の人から目を離して乃木坂で降りた私は、国立新美術館のボルタンスキー展に向かった。
 ボルタンスキーはユダヤ系フランス人のアーティストだ。記憶や死にまつわる作品を多数発表している。これは個別具体的なテーマではなく、もっと抽象的で、何も確かなものを掴みとれないような、だだっ広い概念としての記憶と死だ。ボルタンスキーはユダヤ系医師の父とその友人からホロコーストの記憶を聞いて育ったため、ホロコーストがモチーフにされる作品も多いが、それはあくまでボルタンスキーの中で死とホロコーストが剥がせないほど近い位置にあるためであって、おそらくボルタンスキーのやりたいことはホロコーストについて何か言うことではない。ボルタンスキー自身の思い入れの表現以上に、ボルタンスキーがボルタンスキー本人、あるいは他者の記憶として提示しているものを通じて、観客は自分の中にも似たような記憶がすでにあることをふっと自覚する、この構造の方に工夫が凝らされている。
 例えばボルタンスキーがそのへんで適当に声をかけて撮影させてもらった少年の写真を年齢順に並べ、あたかも自分の成長記録であるかのように見せる「1946年から1964年のクリスチャン・ボルタンスキーの10枚の肖像写真」(1972年)、ある一家の古い家族写真が大量に並べられているが、そのありきたりな「家族写真的構図」からはその一家の歴史以上に自分の家の写真を思い出してしまう「D家のアルバム」(1971年)などがある。
 また、「死んだスイス人の資料」(1990年)という作品では、大量の錆びたクッキー缶(ボルタンスキー作品では古着に並んで多用されるアイテムだ)ひとつひとつに、スイスの新聞の死亡記事から収集されたスイス人の顔写真が貼り付けられている。一見ロッカー墓のようだし、箱を開ければこの顔写真の人たちの骨か遺品のたぐいが入っているのではないかと予感させるが、別にそんなことはない。ひとりひとりの顔写真を近寄って眺めてみても、そもそも誰なのか、どういう人物なのか、いっさいわからない。そして彼らは別に歴史的に重大な出来事と結びついた死を迎えているわけではない。ただ生きて死んでいったどこかの誰かである。かといって全くの無味乾燥なわけではない。全く知らない人を見ていると、記憶の中の全く別の誰かが引きずり出されてくる。私があまり人間の顔つきを判別できないから、というのもあるだろうが、メガネ、ショートカット、白髪、首に巻いたショール、というふうに容貌がパーツのレベルで認識されると、それはそのまま頭の中で同じ要素を持つ別の人間(身近な人間、あるいは自分)について想起する行為に繋がっていくのだ。それは死と目が合うことでもある。

 最も印象深く感じたのは、大量の電球をまっ黒い空間に配置した「黄昏」(2015年)である。会期中、初日は全て点灯しているが、光は毎日三つずつ消されていくそうだ。電球の影すら見えないまっ黒い部屋の中で、電球が川を流れる灯篭のように光る。じっと見ていると、頭の芯がじゅわっと溶けて、わずかにトリップするような感覚がある。〈今私は国立新美術館の展示室の一角に設けられた空間に置かれたたくさんの電球を見ている〉という、他者によって確認しうる状況説明が意識から遠のくのだ。死ぬときってこういう光の川を見るのかなあ、と何も意識せずにぽろっと思ったとき、ボルタンスキーの作品はこういう「なんとなく、死」という感覚をぐっと送り込むものなのだ、と「理解」した。

 私は個別具体的な人間の営みが好きだ。
 冒頭に書いた『とめはねっ!』の人にざわつき、同時にわくわくしてしまったのは、あの人の『とめはねっ!』および電車という空間の利用法が「共有されたルール」に毒されていない、極めて個別具体的な振る舞いだったからだ。本当に素直に、ただその場にいる人間の視点だけを持っていた。
 ルールに従う行為は、免責を意味する。その空間で何か問題が起きたとき、その場に存在しないはずの、ルールを作った者にも責任が流れていくのである。ルールの全てが悪いとは絶対に言わないが、同時にルールには「作った側」と「従う側」というヒエラルキーがあり、それぞれの内側でも関与の程度に差があることを常に意識せねばならない。そうなると、結局責任はうやむやになりがちだ。悪いこともいいことも、結局「場」でわかちあえなくなっていく気がする。
 本当はもっと気軽に責任を負い合ったほうがいいとずっと思っている。隣にあなたがいたから、目の前でそういうことが起きていたから。そういう考え方をもっとスムーズに実践したい。

 ボルタンスキーは神話を作ろうとしていた。神話は誰が作ったのかもわからない、大きく、長く尾を引いた概念である。例えば「アニミタス(白)」(2017年)では、チリの砂漠に設置した大量の風鈴が風に揺れる映像を用いたインスタレーションである。チリの砂漠であることは確かだが、そもそも砂漠のどこなのかはもはやほとんど誰も知らないし、風鈴はいずれ風化するだろう。たどり着いてこの場所を見る必要はどこにもないのだ。ただ、どこかに死者を祈る地があるらしい、という伝聞だけが漠然と語り継がれていく。当該の地が滅び去ったあとも語りだけが続いていく。
 神話が産まれて、何の意味があるのだろうか。ボルタンスキーがやっていることは、個別具体的な個人の死とは真逆のものを産む行いではあるが、同時に私たち鑑賞者がボルタンスキーの神話を信じるとき、最終的には個別具体的なものとしてその結論を受け取ることになるのだろう。ボルタンスキーが作り上げた神話は死者への祈りであり、死者への祈りにまつわる神話を私が受け入れ、誰かに渡していくのなら、私の中に思い起こされるのはすでに死んだ人についての具体的な記憶なのだ。本当はわれらのすぐそばに、常に親しい死者、隣人としての死者がいる。い続ける。

 このふたつのできごとについて「ぐるっとつながった」のは翌日のことである。ボルタンスキーは親友とふたりで鑑賞したが、当日はあまり展示の内容に関して話し合うこともなく、『とめはねっ!』の人について話すこともなく、ただ美術館を出て、「このへん何があるかよくわからんよね」と言って土地勘のある川崎まで行き、タピオカを飲み、駅ビルで日傘を購入するか迷って結局買わず、疲れて入ったカフェで閉店間際までしゃべり、帰りに本屋へ寄って『進撃の巨人』の新刊を買って帰宅した。その日の話題の中心は表現の不自由展であり、天皇制だった。
 本当はこのコラムでも表現の不自由展について書きたかったのだが、今の自分にとってはあまりに重く、結局こうして違う話題を選ぶに至ったのである。しかし、問題としてはどこかしらで地続きなのだろう。地に足をつけて手が届く範囲の対象に身軽に責任を負うことと生活のなかに死者の存在を組み込むことは、他者に誠実に向き合うという線で私の中では連結しているが、表現の不自由展で発生したテロや作品に対するあまりにも見苦しい攻撃は、この流れの対極にあるように思えてならないからだ。
 どうすればいいのかわからない。特にオチとして言えることもない。ただ今のところ私のリアルはこういう形で雑に縫い付けられていて、毎日それなりに困っている。

参考文献 滝沢英彦著『クリスチャン・ボルタンスキー──死者のモニュメント』(水声社、2004年)
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