「Nothing」と一致するもの

Tunes Of Negation - ele-king

 電子音楽プロデューサーのサム・シャックルトンがベルリンを拠点に率いるグループ、チューンズ・オブ・ニゲーション(Tunes of Negation, 以下TON)の前作、『Reach the Endless Sea』は13世紀のペルシャの神秘主義詩人、ジャラール・ウッディーン・ルーミーから着想を受けている、ということを担当した自分のライナーの結びに書いた。それが全てではないにしろ、シャックルトンが、パーカッショニスト/作曲家タクミ・モトカワ、ヴィブラフォニストのラファエル・マイナートとともに新たなサウンドの地平を目指すプロジェクトが、TOGである。2020年、その2作目となる『Like the Stars Forever and Ever』が一年という短期間で我々のもとに届いた。
 まずは〈Skull Disco〉時代のシャックルトンの円循環的リズムのごとく、自分のライナーから反復させてもうが、イスラム神秘主義、つまりスーフィズムにおいて、無限的な存在である神への消滅を目指すことが主眼におかれている。それを実行する上で非常に重要な役割を果たすのが、高校の世界史の授業でも登場する、自我忘却へと向かうあの旋回するダンスである。音楽を通し、スーフィーたちは無限へと回転する。
 シャックルトンがやってきたダブステップとそれ以降のエレクトロニック・ダンス・シーンを見渡せば、このような非西洋由来の音楽の影響は散見される。シャックルトンとは共作で『Pinch & Shackleton』(2011)という名盤を残しているブリストルのピンチによる “Qawwali”(2006)(カッワーリーはスーフィズムの宗教童謡である。著者が住むロンドンでは、ムスリム系の住民たちは地域の大学や公民館などにあつまってその演奏会などを定期的に開いており、コミュニティの壁がないわけではないが、イギリスでは一般市民たちがその文化に触れる機会は決してゼロではない)、西欧の外側からやってきたトライバル・リズムと重低音のミクスチャーのある種の完成形を見せたクラップ!クラップ!の『Tayi Bebba』(2014)などは大きな例である。
 それらはダンスフロアにおいて、リズムを経由し非日常的な空間を出現させたわけだが、TONはよりコンセプチュアルな方向へと向かい、サウンドの持つ思弁性や崇高なアレンジメントを駆使し、各楽曲のタイトルが持つイメージを聴き手に想起させる。 それはアルバムに先立ち公開された “Your Message Is Peace” のビデオが、VRゴーグルを装着しているような一人称の視点から、ジャケットに描かれているサイケデリックの世界を探索していくように、「外側」の「内側」へと埋没させていく感覚に近いかもしれない(「矛盾」もTONのテーマであると今作のプレスリリースにはある)。
 これまでのシャックルトンのソロ作のように、敷き詰められたビートがあるわけではなく、太鼓がゆっくりと聞き手の意識を揺れ動かしながら空間を分割し、星のようにこぼれる旋律が、ソファにうずくまる身体を飲み込んでいく。埋没するVR的美学の採用という点や、彼と同世代のティム・ヘッカーが濃霧という自然現象が持つ超越性をアンビエントのフォーマットで表現していることを考慮すると、ここにはある種の同時多発的現代性も認めることができるだろう。

 フロアでの昇天というよりは、神秘的な感覚へと向かうTONだが、シャックルトンがこれまでに我々の身体を震わせてきた重低音も、今作では基調的に機能している。前作に引き続きゲストとして参加している、演奏家/ヴォーカリストのヘザー・リーが冒頭部分を飾る “Naked Shall I Return” では、多層化されたコーラスと入れ替わるように登場するサブベースが主導権を握り、ダブが発生させる磁場によって他パートの演奏にグルーヴを生んでいる。
 平均して一曲9分という長尺で構成されている今作は、一曲中だけでもドラマチックな展開がなされているが、アルバムの構成という点においても、異なるナラティヴが登場する。“You Touched Us With Light” では、それまでに生まれたリズムの磁場が消失し、視界の奥で微かになるヴィブラフォンと宙を舞う蝶のようなスネアが弾くポリリズムが、オルガンの旋律とともに奇妙なテクスチャーを生成している。光を経由して我々に接触してくる「You」という二人称は、おそらくは「神」のような超越存在を指しているのだろう。そのような抽象的存在と、触れることはかなわないが、確かに存在している光という「物体」の性質を表現するように、身体に響くという意味でのリズムの具象的な物質性がここでは後退していくかのようである。
 『Like the Stars Forever and Ever』で最後に登場する概念は、終曲のタイトルにも現れているように “Impermanence / Rebirth”、つまり「無常」と「転生」である。前作からの共通概念として今作に引き継がれているのは「無限」だが、今作においてシャックルトンはその対概念ともいえるものに触れているのだ。アルバム最長の15分にも及ぶ再生時間のなかで、これまでとは対照的により静かに進行していく楽曲は、光り輝く前半部とは逆方向の隠を写している。異なる概念たちをそれ相応のサウンドで鳴らしてみせる描写力は、電子音楽作家としてシャックルトンのひとつの到達点だろう。
 2020年はポーランドのマルチ楽器奏者ワクロー・ジンペル(Wacław Zimpel)との共作『Primal Forms』 を、今作と同様に〈Cosmo Rhythmatic〉からもシャックルトンはリリースしている。そちらはユニットであることに主眼が置かれ、より電子的なサウンドとリズムがサックスなどの楽器をシンプルに包握していく過程がスリリングな一枚だが、TONは四人のパフォーマンスにより、さらにアンサンブルな表現形態となっている。この流れでいくと、当然のことながら待たれるのは、この共作過程をへて「転生」したシャックルトンのソロ作品だろう。
 TONにあえて的外れの粗探しをすれば、ここにないのは、これまで我々をフロアで汗だくにさせてきた強靭で最高に滑稽なシャックルトンのダンス・ビートである。前作から引き続き無限と対面することにより、新たなサウンドをそこから引き出し、変化を予期させるタイトルで終わる今作。輝く星々のように無限ではないものとは何か。それは他でもない人間である。2021年、一度粉々に砕け散った世界の再生が期待されるタームにおいて、無限に接近した孤高の作家がその有限な生で何を作るのか。我々はそれを心して待たなければならない。

Harold Budd - ele-king

 ピアノの詩人、コクトー・ツインズのロビン・ガスリーがそう呼んだ作曲家、ハロルド・バッドが12月8日に永眠した。コロナに感染したことが原因らしい。
 アメリカ西海岸の出身のバッドは、1978年にブライアン・イーノがプロデュースした作品『The Pavilion Of Dreams』、イーノのアンビエント・シリーズの2作目としてリリースされた『The Plateaux Of Mirror』(1980年)、そして『The Pearl』(84年)などによって広く知られている。また、コクトー・ツインズとの共作『The Moon And The Melodies』(86年/4AD)も人気作のひとつで、その後ロビン・ガスリーとは何枚もの共作を発表している。あるいは、アンディ・パートリッジ、ジョン・フォックスなどさまざまな共作とソロ作品があり、2010年代においても活動を続けていた。
 
 バッドは自分の音楽が「アンビエント」に括られることを拒んでいた。それが深く繊細な音楽であれば、ジャンルのタグを付けてしまうことで聴き逃してしまう音の細部がある。今夜は、この不安な時代に聴いてもなお、まったく心が開かれるような、美しい『The Pavilion Of Dreams』でも『The Plateaux Of Mirror』でも、ぜひ聴いてください。(野田)

ジョン・フォックス:音楽が直感的に機能するようにむしろ速度を落としてみるっていうのは、すごく面白いことだった。(略)結果としてできたものが生み出す状態はすごく興味深いものだよ。強烈だけど、でも穏やかで静かなんだ。

マーク・フィッシャー:そのことはとくに、ハロルド・バッドとのアルバムに当てはまりますね。(略)速度を落とすことで生じる不安定さが、強烈な効果を生じることになっている。

ジョン・フォックス:ハロルドはそれを意識してやりはじめた最初のアーティストのひとりだと思う。彼は音楽の中にじゅうぶんな余白を残すだけの勇気を持っていたんだ。

 マーク・フィッシャー
  『わが人生の幽霊たち』(五井健太郎訳)より

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目次

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サウナ入門編
サウナQ&A
サウナ用語集
サウナ女子のサウナ体験 思い出あれこれ
サウナレポート
  サウナと天然温泉 湯らっくす/東京新宿天然温泉テルマー湯/サウナラボ/8HOTEL CHIGASAKI
Part 1  国内サウナ施設ガイド
・東京
  ルビーパレス/センチュリオンホテル&スパ上野駅前/Smart Stay SHIZUKU/東京荻窪温泉 なごみの湯/改良湯/マンダラ・スパ/タイムズスパレスタ/東京ドーム天然温泉 スパ ラクーア/ドシー恵比寿/東京染井温泉SAKURA/黄金湯/おふろの王様 大井町店/ひだまりの泉 萩の湯/桜館
・関東
  ヨコヤマ・ユーランド鶴見/ファンタジーサウナ&スパ おふろの国/桜庵/スカイスパYOKOHAMA/横浜天然温泉SPA EAS/宮前平源泉 湯けむりの庄/お風呂cafe utatane
・静岡
  サウナしきじ/湯らぎの里/スパリゾートオアシス御殿場
・関西
  サウナの梅湯/タテバ/空庭温泉OSAKA BAY TOWER/大東洋レディス・スパ/神戸レディススパ
・名古屋
  リラクゼーション・スパ アペゼ
・北陸
  スパ・アルプス/舟橋・立山天然温泉 湯めごこち/シティスパてんくう
・北海道
  すすきの天然温泉 湯香郷/ログホテル メープルロッジ/スカイリゾートスパ プラウブラン
Part 2 カップルに、家族に、友達同士に――混浴サウナガイド
豊島園 庭の湯/大磯プリンスホテル Themal Spa S.Wave/蓮台寺温泉 清流荘/錦糸町SAUNA GARDEN/ume, yamazoe/THE SAUNA/Tocachi Sauna & Avanto/オーシャンスパ Fuua/舞浜ユーラシア/Mineralism

Part 3 サウナの後はご飯が美味しい! おすすめサウナ飯
サウナ施設/和食/中華・韓国/麺類…

Part 4 世界のサウナから――海外施設ガイド
SPA lei(韓国)/森の中の漢方ランド(韓国)/喬莉女子三温暖 July Lady Plaza(台湾)/Golden Lotus Healing Spa Land(ベトナム)/山忠(フィリピン)/Lavish spa(マレーシア)/Banya More(ロシア)/No,3 Banya(ロシア)/yu spa(アメリカ)/Archmedes Banya(アメリカ)/Wall Street Bath & Spa(アメリカ)/Vabali spa Berlin(ドイツ)/CopenHot(デンマーク)/Sauna Deco(オランダ)/AIRE Ancient Baths barcelona(スペイン)/Kulttuurisauna(フィンランド)/Kotiharjun Sauna(フィンランド)

コラム:「サウナ女子」ができるまで/サウナ旅のすすめ/テントサウナのすすめ/ラブホサウナのすすめ/男性専用サウナに行ってみました!/サウナーたちの憧れ、サウナフェス/サウナハット・マット・タオル/サウナバックの中身/入浴剤・アロマで家サウナ!

あとがき

著者
サウナ女子(サ女子)
SNS・ブログ「サウナ女子の世界」で女性とカップルのためのサウナ情報を発信。会社員として事業責任者、大学院生(MBA)、複数の副業などを行いながら世界・日本全国で約250施設、海外18カ国のサウナ、スパを探検。各種メディアへの連載、講演、テレビ出演などでサウナを広めている。アイコンの画像は、サウナの中でかぶる帽子「サウナハット」。
Twitter:@3unajoshi Instagram:@saunajoshi Blog:https://saunajoshi.com/

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 メキシコ系アメリカ人たちの音楽、黒人音楽とメキシコ伝統音楽の狭間で密かに生まれた、至宝の音楽文化であるチカーノ・ソウル──そのすべてを網羅した大著の翻訳がついに刊行される。著者は、ソウル音楽コレクターであり優れた在野の学者、DJであるルーベン・モリーナ。訳者は長年この音楽を研究し、日本に供給/紹介し続けてきている宮田信。このジャンルの決定的な一冊、写真やジャケ写も豊富だし、見ているだけでも楽しい本です。現在、予約受付中。2020年12月19日(土)には、代官山「晴れたら空に豆まいて」にて完成記念パーティもあり。

https://www.m-camp.net/cgi_shop/shop/shop/goods_detail.cgi?CategoryID=000011&GoodsID=00000960

Various - ele-king

 86年冬に忌野清志郎がロンドンで『レザーシャープ』をレコーディングしていた時、ベースが途中でブロックヘッズのノーマン・ワット・ロイからマッドネスのマーク・ベッドフォードに交代した。『レザーシャープ』のためにコーディネイターのカズさんが用意したバンドはブロックヘッズにドラムだけトッパー・ヒードン(クラッシュ)という組み合わせで、出所してきたばかりのトッパー・ヒードンが目の前をうろうろするだけで緊張していた僕はさらにマーク・ベッドフォードまで来たかと思い、あわわという感じでスタジオの隅に退散し、なるべく小さくなっていた。マッドネスは解散したばかりで、ラスト・シングルはスクリッティ・ポリッティのカヴァー“Sweetest Girl”。それこそつい半年前にオリジナルよりもヒットしていたばかりだった。

 マーク・ベッドフォードは翌年、レザーシャープスのメンバーとしても来日し、その模様はライヴ盤の『Happy Heads』として残っている(ちなみにトッパー・ヒードンは出国が許可されなかったためドラムスはブロックヘッズのチャーリー・チャールズに交代)。マークは清志郎の女性スタッフたちに受けがよくてステージでも楽屋でも同じように明るく、15歳の時から始めたバンドが解散したばかりとは思えなかった。イギリスに戻ってからはどうするのだろうと思っていたのだけれど、なんのことはない、彼はバターフィールド8とヴォイス・オブ・ビーハイヴという2つののバンドをすぐにもスタートさせ、B~52sやマリ・ウイルスンがリヴァイヴァルさせたビーハイヴ・ファッションをトレードマークとした後者は普通にポップ・バンドとして成功し、ハービー・ハンコックのカヴァー・シングル“Watermelon Man”でデビューしたバターフィールド8も軽妙洒脱なジャズ・ユニットとしていきなりプレスから高評価を得ることとなった(マッドネス解散後にザ・ファームのマネージャー業へと転じたヴォーカルのサッグスとはかなり命運を分けたというか)。ザ・スミスのレトロ志向を真似たのか、エリザベス・テイラーが娼婦役を演じたヴィンテージ映画のタイトルにちなむバターフィールド8は、マーク・ベッドフォードがマッドネス同様2トーン所属にしていたヒグソンズのテリー・エドワーズと組んだデュオで、いまとなってはアシッド・ジャズの先駆だったとされるものの、どちらかといえば過剰にスタンダードを志向し、<ラフ・トレード>や<チェリー・レッド>といった80年代のポップスがよりどころとしていた過去の遺産を再定義しようとするものだった。こうして僕はテリー・エドワーズの存在を知ることとなった。この男が、そして、とにかくよくわからない男だった。

 アルバム1枚で終了してしまったバターフィールド8の後、僕がテリー・エドワーズの名前を再び目にしたのは彼のソロ・デビューEP「Plays The Music Of Jim & William Reid」で、タイトル通り、“Never Understand”などジーザス&メリー・チェインの曲をカヴァーしまくる内容だった。これは受けた。ギターのフィードバック・ノイズをすべてピヨ~ピヨヨ~とホーンで模倣し、なんともアブノーマルなポップに変換していた(リード兄弟も気に入ったみたいで、後に『Munki』でエドワーズがホーンを任されている)。それだけでも充分なのに彼は次の年、セカンド・アルバムからガロン・ドランクの正式メンバーとなる。ガロン・ドランクは絶頂期を迎えていたレイヴ・カルチャーなどものともしないパンカビリーのバンドで、これが異常にカッコよく、来日公演ではオルガンをまるでノイズのように演奏しまくったせいか、スーサイドと比較する声も出たぐらいだった。タイマーズのボビー(ヒルビリー・バップス出身)にも薦めたところ「これはロカビリーじゃないですよ、パンクですよ」と言いながらけっこう気に入っている様子だった。うらぶれたムードを強調し、大量の酒を飲むというネーミングながら、実は彼らはとてもインテリで、一時期はリーダーのジェイムス・ジョンストンとテリー・エドワーズはドイツのファウストも兼任しており、このメンバーで来日もしている。そう、テリー・エドワーズにはその後もエレクトロニック・ミュージックに手を出したり、ノー・ウェイヴの女王リディア・ランチとバンドを結成するなどアヴァンギャルドな側面も多々現れることになる。レゲエ・バンドを組み、単なるポップスのアルバムや映画音楽、後にはブロックヘッズにも再結成のタイミングで加入し、マーク・ベッドフォードとは2010年代に再びジャズのスタンダードを演奏するニア・ジャズ・エクスペリエンスを復活させもする(エイドリアン・シャーウッドが全曲リミックス)。多面的すぎてほんとによくわからない。表現の核がないとも言える。しかし、僕が彼にいつまでもこだわる理由ははっきりしている。彼が96年にシングル・カットした“Margaret Thatcher, We Still Hate You”という曲名に驚かされたからである。「マーガレット・サッチャー、オレたちはまだあなたを憎んでいる」。1分ほど怒鳴り散らしているだけで大した曲ではない。これが、しかし、ブリット・ポップやフレンチ・タッチに浮かれていた時代にはぐさっと来た。アルバム・タイトルが『My Wife Doesn't Understand Me(妻はわかってくれない)』とか『I Didn't Get Where I Am Today(いまは自分を見失っている)』、さらには『Yesterday's Zeitgeist(時代遅れ)と、問題意識がかなり身近なところで完結している人なのに、そういう人が口に出す“サッチャー憎し”はインテリが口に出すそれとはレヴェルが違う怒りに感じられた。竹中平蔵を憎み続ける氷河期世代に通じるものがあるというか。

『Very Terry Edwards』はヒグソンズから始まる彼の経歴を混乱したまま、いや、より混乱させるために3枚組にまとめたコンピレーションで、60歳を記念して60曲入り。セッション・ミュージシャンとして参加してきたラッシュやロビン・ヒッチコック、あるいはフランツ・フェルディナンドやジミ・テナーなど、“そんなことまでやってたの”的な曲が網羅され、Discogsにも載っていない曲の数々がこれでもかと掻き集められている(ジュリアン・コープやPJ・ハーヴィーなど見つけやすい曲はカットしたとのこと)。音楽のジャンルという意味ではなく、一応、テーマとしてCD1は「ビーフハート&ブリストル」、CD2は「スペース・エイジ」、CD3は「フォーエヴァー・パンク」という“感覚”で分けられているという(うむむ……まったくわからなかった)。ザ・フォールやマイルス・デイヴィスのカヴァーEPのことはファンならよく知るところだけれど、グレン・マトロックのバンドに参加していたとか、ヒューマン・リーグまでカヴァーしてるとは知らなかった(前述の“Never Understand”を含むカヴァー曲だけのコンピレーション『Stop Trying To Sell Me Back My Past』も別にリリースされている)。パンク、ジャズ、オーケストラ、スカ、シューゲイザー、ブルース、電子音楽、ファンク、ソウル、クラウトロック……エンディングはピザの配達をやっていた3人組によるスリック・シクスティのトロピカル・トリップ・ホップ。“Margaret Thatcher, We Still Hate You”も収録されている。これはいってみれば作家があちこちに書き散らした文章を1冊にまとめたもので、書き下ろしだとか連載をまとめた類いとはまったく違う。つまり、入門編ではないし、ましてやテリー・エドワーズは一体、何がやりたいのかと一度でも首を傾げたことがない人には無縁の長物だろう(ほんとに長いし)。しかも、「一度でも首を傾げた」人はこれを聞いてさらに首を傾げる回数を増やすだけで、見えてくるのは彼のあがきや、華麗なのか無様なのかよくわからないセッション・ミュージシャンの生き様ぐらいだろう。ずば抜けた才能がない人間は他人の夢に力を貸して生きるしか創作の現場に残ることはできない。ここにあるのは飛び散った自分の断片で、しかし、それを集めたところで自分が再生されるわけでもない。それでもテリー・エドワーズはこれをつくることにしたわけだし、彼の作業を遠くから見守っていたジョン・レイトという音楽関係者がいて、テリー・エドワーズが1回1回のチャンスに全力で取り組んでいた姿を記録したかったのである。エレキングでカール・クレイグやスリーフォード・モッズのことを書いていたジョン・レイトから僕がこの企画のことを聞かされたのは20年近くも前のことだった。その間に40周年も50周年も過ぎて、60周年になっちゃったんだなあ。ジョン、お疲れさまでした。

William Basinski - ele-king

 ウィリアム・バシンスキーの新作『Lamentations』がリリースされた。本作『Lamentations』はアンビエント作家として充実したキャリアを誇る彼にとっての集大成的なアルバムであり、ここ数年のバシンスキーの音楽的変化が結実した作品でもある。「彼の音楽を聴いたことがない」というリスナーの方にも躊躇なく最初におすすめできるアルバムともいえる。

 バシンスキーについてはもはや説明する必要はないだろう。現在LAを拠点に活動を展開するバシンスキーは、この20年ほどのあいだ壊れたテープ・ループや掠れた音色のサウンドによるアンビエントをコンスタントにリリースし続けてきたアンビエント音楽家である。なかでも2001年の9月11日、「あの日」、倒壊し黒煙を上げるワールドトレードセンターの映像に自身のアンビエント・サウンドを重ねた映像作品と、その音源作品である『Disintegration Loop 1.1』(2004)は、バシンスキーのことを語るときよく取り上げられるので、ひとまずは「代表作」といえよう。

 しかし自分は、ここ数年の彼のサウンドの変化を重要と考えている。具体的にはデイヴィッド・ボウイへのレクイエムでもあった2017年リリースの『A Shadow In Time』、ローレンス・イングリッシュとの共作である2018年リリースの『Selva Oscura』、インスタレーション作品の音源でもある2019年リリースの『On Time Out Of Time』以降(どれも〈Temporary Residence Limited〉からのリリース)、そのサウンドはロマンティックな音楽性が表面化し、さらに幽玄な音響空間に変化していたのだ。それらのサウンドはどこか「死」や「喪失」の時間をも表現しているように感じられた。『A Shadow In Time』がボウイへの追悼であることは象徴的だ。
 この「変化」は10年代後半以降の不穏な世界/社会情勢を(無意識に?)反映したものかもしれないし、もっと単純に彼自身が自身の死をより具体的なものとして意識する年齢にさしかかったからともいえるかもしれない。いずれにせよ彼の音楽は、どこか物語的になり演劇的になった。じじつ本作『Lamentations』には、マリーナ・アブラモヴィッチによるロバート・ウィルソン(!)の舞台作品のための音楽(“O, My Daughter, O, My Sorrow”)もふくまれているのだ。
 くわえてアルバム全体が12曲にわかれていること、曲名がかつてのように記号的なものではなく、“Paradise Lost”、“Silent Spring”、“Fin” などの言葉になっていたことも「物語性」を感じさせてくれた要因かもしれない。いずれにせよ本作には近作にあった「死」「喪失」のイメージがより具体的なサウンドとして感じられるようになったのである。

 おそらくはコロナ禍の状況が、そういったアルバム・コンセプトや音楽性に強く作用したことは容易に想像できる(“Silent Spring”などその象徴か)。どの曲も不安定なループと音響の持続をレイヤーし、聴いている者の立っている地盤を揺るがせるような不穏な音楽を展開している。
 楽曲的にはシェーンベルクの “清められた夜(Transfigured Night)” を思わせる曲名の “Transfiguration” からも連想できるように、どこか現代音楽的にも感じた。ロマンティックな響きに無調の香水を落としたような響きは不穏にして美麗である。
 クラシカルな要素はオペラ的な歌唱のサンプルを用いた “All These Too, I, I Love” などからも聴きとることができる。“O, My Daughter, O, My Sorrow” にはバルカンの古い歌がもちいられているようだ。そのような「声」のサンプルを人間=もしくは死者の声のように捉えると、『Lamentations』というアルバムは、その名のとおり死への「哀歌」のような作品ということになってくるのではないか。

 私はこの「哀歌」の感覚こそが2020年(以降)の世界のムードをあらわしているように感じられた。「9.11以降の世界の崩壊」を「黄昏」のようなアンビエントで表現したバシンスキーは、「2020年以降(コロナ以降)の世界の崩壊=不穏=死」をロマンティックかつ不穏な音楽・音響で「哀歌」として表現したのだ。つまり『Lamentations』は、バシンシキーのキャリアにおいてもきわめて重要なアルバムであり、同時に2020年のアンビエント・ミュージックを代表する一作であるのだ。

interview with Young Marble Giants - ele-king

 最小限の音数で、静かで、そしてその音楽は部屋の影からそっと現れたようだった。抑揚のない声のヴォーカル、隙間だらけのベースとギター、ときにリズムボックスとオルガン。曲がはじまると、気が付けば終わっている。終わった後にはまた沈黙。実際、1980年に登場したヤング・マーブル・ジャイアンツ(YMG)は成功したにも関わらず、わずか1年でシーンからそそくさと退席した。
 YMGはウェールズのカーディフという街にて、1979年に結成された。スチュアート・モックスハム(g)とフィリップ・モックスハム(b)という兄弟を軸とし、シンガーのアリソン・スタットンが加わり、バンドは始動した。「若い大理石の巨人」というバンド名は、彼らがたまたま古典彫刻の本から見つけたものだった。
 地元で活動しつつ、〈ラフトレード〉に送ったデモテープが気に入られて、1980年にまずはアルバム『Colossal Youth』、そしてシングル「Final Day」という2枚の傑作を発表する。CNDが大規模な反核集会を開いたその年のシングル「Final Day」では、オルガンのドローンをバックに、核戦争後の世界、世界の終末の、その終わりの最期の日が圧倒的に簡素で静かな演奏によって表現されている。また、アルバムのほうには、秀逸なアイデアとコンセプトを持ったバンドの魅力がしっかり記録されている。

 ポスト・パンクが許可した「非完全さ」ゆえの独創性を指摘したのはサイモン・レイノルズだが、個性豊かなバンドが数多く出現した当時においても、YMGはあまりにも、ホントあまりにも独創的だった。たとえばそれは70年代末のクラフトワークをギターとベースでカヴァーしたかのようなタイトな演奏だったり、お茶の間に流れてきそうなメロディを擁しながらどこまでも孤独な響きだったり、賛美歌のパロディのようだったり、鼻歌のようだったり、だった。そういったトラックにアリソンの涼しげで、そして甘美な声が挿入される。
 レイノルズが『アナザー・グリーン・ワールド』のポスト・パンク・ヴァージョンと評した『Colossal Youth』は、その年もっともヒットしたインディ作品だったし、人気も評価も、ファンからのバンドへの期待も高かった。彼らはれっきとした成功したバンドだったのだ。それからYMGは、アルバムとは別方向の、TV音楽にインスパイアされた実験的なインストルメンタル集「Testcard EP」をリリースすると、しかし成功など知らなかったかのように、その数か月後にバンドは消滅するのである。

 このたび『Colossal Youth』の40周年を記念して〈ドミノ〉からスペシャル・エディションがリリースされた。貴重なEPやコンピレーションからの楽曲も収録し、ライヴ映像収録のDVDまである。まあ、これでYMGの音源は完璧に揃っていると言えよう。では、40周年を記念してのインタヴューをどうぞ。

私にとっては間違いなくイーノの作品における雰囲気っていうものが大きかったし、それはYMGの曲の雰囲気にも影響していると思うわ。ソングライティング全般もそうだけどね。
──アリソン・スタットン

コロナがまだたいへんなことになっていますが、いまどんな風に過ごされていますか?

スチュアート・モクサム(以下S):実は僕の場合は普段とそれほど変わらない。なにせ自営業で、ひとり暮らしで、仕事までの移動も許容範囲内の距離で、自宅から15kmくらいのレコーディング・スタジオにも行けている。そっちはどう、アル?

アリソン・スタットン(以下A):こっちはかなり影響があって、私はカイロプラクターだから仕事ができない時期があったわ。いまは営業を再開してるけど、密な接触だからまだ多くの人は躊躇していて、やっぱり客足はまばら。マスクや手袋といった対策はしているけどね。夫と一緒に住んでるから話し相手はいるけど、まあ冬眠状態といったところ。

S:僕のパートナーが徒歩10分ほどのところに住んでいて、彼女は95歳の父親の介護をしているんだ。そのふたりと同じバブルにいるから、まったくひとりというわけではない。それから経済的な話でいうと奇妙なことに好調なんだ。Tiny Global Productionsや他のレーベルのマスタリングの仕事をやっているからね。

YMGがプログレやクラウトロック、あるいは70年フォーク・ロックからの影響を受けていた話は知られていますが、そのなかで、もっとも重要な影響となったアーティストを3人挙げてください。ぼくの予想では、クラフトワークは間違いなく入ると思いますが。

A:イーノ。

S:クラフトワーク。それから、当たり前だけどビートルズ。どう?

A:そうね。当たり前すぎて忘れるところだった。ビートルズってもうDNAに組み込まれてるから。

S:そうだね。3組と訊いてくれてよかったよ。

ちなみに、イーノから受けた影響でもっとも大きなことはなんだったのでしょう? 音楽の考え方?

A:ひとつには、彼が自分の曲中で生み出した雰囲気というか。時にすごく広々とした空気感というか。私にとっては間違いなくイーノの作品における雰囲気っていうものが大きかったし、それはYMGの曲の雰囲気にも影響していると思うわ。ソングライティング全般もそうだけどね。

S:同感。それについてちゃんと考えたことがなかったな。訊いてくれてありがとう。まず、ブライアン・イーノのような人物は彼の前にはいなかったということ。それに彼はものすごくたくさんのアイデアを持っていて、彼の音楽は何百万人という人を刺激したと思う。“Baby’s On Fire”にしてもどの曲にしても、ストーリーではなくてほとんどファンタジーのような歌詞で、物語ではない形での言葉がある。カットアップという手法を用いたボウイもそうだけど、個人的にはイーノの方が優れていると思ったね。

A:すごく抽象的でね。スチュアートの曲にも、たとえば“Choci Loni”だったり、そういう部分はあったと思う。

S:たしかに。それからイーノはアート的だったと思う。ロックンロールでもないし、どの音楽ジャンルでもなく……最初はかなりポップだったけどね。とにかく全体的なあの雰囲気にすごく魅力を感じたね。ポップ・ミュージックは単に牛乳配達員が口ずさむためのものだというような言われ方をすることがあるけど、れっきとした現代のアートなんだよ。そしてイーノは間違いなくそのアート的な側面の頂点に位置づけられると思う。そしてさらにトーキング・ヘッズのようなバンドがいる。僕が聴いてきたのは50年代、60年代、70年代の音楽でありポップ・ミュージックで、なかにはヒドい代物もあったけど、素晴らしいものも多かった。キンクスにしてもほかの何にしても。ただ当時のポップ・ミュージックにはまだアートが入り込んでいなかった。まあブライアン・ウィルソンが最初かもしれないな。

パンクやロックンロールが好きになれなかった理由はなんだったのでしょう?

A:私は別に嫌いだったわけじゃなくて、ロックンロールも聴いてたし、パンクやロックのギグにも行っていた。クラッシュもセックス・ピストルズもね。エネルギーに溢れてて本当にエキサイティングだった。ただ家のターンテーブルに乗せて聴きたくなるような音楽ではなかったというだけ。いわば栄養たっぷりのものを食べたいのと同じで、イーノやトーキング・ヘッズといった音楽のなかにはものすごくたくさん入っているし、ジョニ・ミッチェルでもニール・ヤングでも、中身がたっぷり詰まってるのよ。たとえばロックンロールを聴きながらすごく難解な本を読んでも気が散らないけど、イーノのような音楽は意識が引き裂かれてしまう。まあでも、たんにいちばん好きな音楽ではなかったというだけで、実際はどのジャンルも好きなのよ。ただ、燃え盛るビルから逃げ出すときにどのアルバムを持って行くかとなったら、パンクとロックンロールは置いていくわね(笑)。

S:フハハハ。こういったインタヴューではあらためてアリソンのことが知れて面白い。僕はロックンロールも大好きだよ。僕がチャック・ベリーの悪口を言ったとされて、それが僕の発言として引用されたことがあったけど、実際はチャック・ベリーも大好きだ。最高じゃないか。ただ70年代なば頃にはロックンロールはオーソドックスになっていて、ある意味飽きていたんだよね。多くの工業都市と同じようにカーディフでもヘヴィ・ロックやブルースが人気で、それ自体は何ら問題ではないし、僕もそういったものもすごく好きなんだよ。ただ自分はもうちょっとイーノ的な、興味深いことがやりたかった。プリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンが言ったように、人生は車と女の子だけじゃないんだ。もちろん女の子について書いてもいいけど、同じような書き方をする必要はない。たとえばトーキング・ヘッズも面と向かってズバッと言うというよりはもうちょい鈍角的にくるというか。よりクリエイティヴな表現でね。
 これは僕の先入観だけど、パンク・ロックはちょっと速くなっただけのロックンロールだと思ってたんだよね。本当に偏見もいいとこだけどさ(笑)。当時〈Domino〉に短いコメントを書けって言われたんだ。でもパンク・ロックがなかったら我々はどこへも行き着かなかっただろうし、存在しなかっただろうね。

A:そうね。

S:パンク・ロックが人びとのアティテュードを根本的に変えたんだ。そして我々が始動する頃にインディペンデント・レーベルができてきたわけだよ。

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静かさというのも哲学の一部で、他の人たちがやっていることは何だろうかと考えて、その反対のことをやればいいだけだった。みんながうるさいから自分たちは静かにしよう、みんなはディストーションかけてるからディストーションはなし、という具合に。
──スチュアート・モックスハム

個人的な話をさせていただくと、自分が16歳の高校生だったときに〈Rough Trade〉のアメリカ盤のコンピレーションを買ったんですね。ザ・ポップ・グループ、スクリティック・ポリッティにザ・スリッツ、キャブスにロバート・ワイヤットと、錚々たるメンツの素晴らしいラインナップのコンピですが、そのなかでもっとも曲の時間が短かったのが、YMGの“Final Day”でした。1分40秒でしたっけ? しかも静かな曲で、あっという間に終わるのに、あの曲には忘れられないインパクトがありました。極度に音数のない演奏もアリソンさんの抑揚のない歌い方もすごくて、歌詞に関してはずいぶんあとで知ったのですが、世界が終わる直前を歌っています。いったいどうしたらあんな曲が生まれるのでしょう?

S:あの曲はまさに当時のバンドの哲学を示しているいい例で、我々は、物事の核心部分だけを提示すればいいと考えていたんだ。物事の本質というか。邪魔なものを入れず装飾を施さず、なぜならいいアイデアがあればそういったものは不要で、だから必然的に短くもなる。
 静かさというのも哲学の一部で、というのも僕は、やっぱり地方都市在住というのは不利だと感じていたんだよ。音楽業界はイングランドに集中していたし、そこで成功した地元の知り合いなんてひとりもいなかった。だから注目されるためには人と極端に違うことをしなければならないと思っていたんだ。そしてそれはごく簡単なことだったんだよ。他の人たちがやっていることは何だろうかと考えて、その反対のことをやればいいだけだった。みんながうるさいから自分たちは静かにしよう、みんなはディストーションかけてるからディストーションはなし、という具合に。そうやって余分なものを削いでいって完全に必要最低限な要素だけにしたというわけさ。みんなが叫んでいるときに囁けば、まあ気になってくるだろうと(笑)。YMGの場合、みんなからこっちに来てくれたんだよ。そこが素晴らしかった。そう思わないアル?

A:本当にそうで、YMGの音楽は深いところで多くの人に響いて、音楽を通してたくさんの素敵な出会いがあった。音楽から受けた感動は一生残るものなのよ。

今のお話から、ウェールズ出身であることも、あの作品に影響していたように思いますが、いかがでしょうか?

S:お先にどうぞ、アル。

A:サウンドに関しては、当時私たちが知っていたウェールズのどのバンドとも違ってたわね。スチュアートが言ったように、地元では本当にもうロックンロール、R&Bといったものが主流だった。周辺は炭鉱地帯で、町もそれと関連した工業都市だったけれど、ヤング・マーブル・ジャイアンツが結成する頃にはそういったものが終わりを迎えようとしていたのよ。炭鉱が閉鎖されたり、でもその時点では地域の再生計画が立てられるのはまだ当分先のことで、だから町はかなりさびれていた。機会は減って、失業や貧困が蔓延っていた。ただ……これはスチュアートはたぶん違う意見だろうけど、そこには独特の魅力があったと思う。当時は、世界の他の炭鉱地帯やイングランド北部なんかでも同じ問題は起きていたけど、ある意味それが私たちを駆り立てたんじゃないかとも思うのよ。若いというのもあったと思うんだけど、それほど疲れ切ってるわけでもなく、シニカルでもなくて、何か違うことができるんじゃないかっていう希望を持っていた。
 とにかく、そうね、たしかにサウンドにもそういった荒涼感が若干あった気がするし、何らかの形でウェールズの文化が紛れ込んでいたと思うわ。何というか、ウェールズの魅力みたいなものがあるというか。スチュアートの方がもっとわかりやすく答えられるかもね。

S:僕も同意見だよ。僕は自分のウェールズ人であることについて葛藤があるというか、ウェールズを離れて長いことイングランドに住んでいるんだけど、でもウェールズは故郷であり、カーディフは大好きな場所で、心はウェールズ人なんだ。モリッシーの曲じゃないけど、僕はウェールズの心を持ち、イングランドの血が流れてるんだ(笑)。それからウェールズは“LAnd of Song”として知られていて、基本的にはケルト的なものなんだけど、そういった文化や気質もあるんだよね。

もし戦争になったら自分たちは机の下に隠れるとか窓に新聞を貼るくらいしかできないけど、金持ちと権力者はどこかにコンクリートの避難壕があって核汚染から身を守るんだろうっていう。それだけのことをたった1行で言うなんて素晴らしいわよね。
──アリソン・スタットン

歌詞で、もっとも好きなのはどれですか? それはどんな内容の歌詞なのでしょうか。

S:これまでいつも“N.I.T.A.”がもっとも好きな曲だと言ってきて、というのもこの曲には僕の子供時代への憧憬が込められているからなんだけど、でもさっきの話に出た“Final Day”かもしれないな。この歌詞は核戦争の恐怖について実際に何かを語っているからね。

A:私も同じ、“Final Day”。スチュアートの歌詞は本当に好きでリスペクトしてる曲がたくさんあるけど、“Final Day”は……私たちは核戦争の脅威のなかで大人になって、それは当時ホットな話題だったの。だからそういった「もし本当に戦争になったら……」といったことを熟考して、想像したシナリオを言葉にするというのはすごく難しいことだったはず。私はこれまでの人生で、たとえば事故だったり、誰かと死別したり、あまりの衝撃で物事がスローモーションに感じられるような体験をしたことが何度かあるけど、何と言うか、あの曲にはそういった感じがあって。変性意識状態に入るような、シナプスの働きがゆっくりになって、それによってものすごくシンプルなことがはっきりと見えてきて、たとえば赤ちゃんが泣いているだとか、そういう単純なことに気づいて、美しい単純さが生まれる。スチュアートはあの歌詞で、それを見事にやったんだと思うわ。

S:いまの話を聞いてて子どもの頃に家族に起こったひどい出来事を思い出したよ。そのときにものすごく動揺してたしかにスローモーションになったんだ。あの歌詞を書いていたときも無意識のうちにそうなっていたのかもしれないね。普段はほとんどあのアルバムを聴かないからこうやってインタヴューで訊かれてあらためて考えるわけだけど、あの歌詞にはかなり皮肉も込められていたと思うよ。出だしの“When the rich die last(金持ちが最後に死ぬとき)”には怒りと皮肉が込められているよね。何だろう、エッジがあるというか。

A:実際私たちはそう思ってたのよ。もし戦争になったら自分たちは机の下に隠れるとか窓に新聞を貼るくらいしかできないけど、金持ちと権力者はどこかにコンクリートの避難壕があって核汚染から身を守るんだろうっていう。それだけのことをたった一行で言うなんて素晴らしいわよね。

S:ありがとう。

YMGは成功したにもかかわらずあっけなく解散してしまいました。アメリカ・ツアー中に3人の気持ちがバラバラになってしまったという話を読んだことがありますが、じつはあの頃、あなたのなかにはセカンド・アルバムのヴィジョンが描かれていたんじゃないでしょうか?

A:それはなかったと思う。

S:実際に何が起こったかと言うと、まったく何の考えもなしに、口を開いて、バンドは終わりだと言ってしまったんだよ。終わりっていう直接的な言葉ではなく、実際どう言ったのかは覚えてないけど、そんなこと言うつもりはなかったのに口をついて出た。でもいま考えてみると、それは避けられなかったんだと思う。マネージャーがいなかったことが残念だね。もしマネージャーがいて、「君たちは本当によくがんばった。たくさん働いた。3ヶ月ほど休んで山登りでも釣りでもして、それから次を考えよう」なんて言われてたら違ってたかもしれない。でもあの頃はとにかくみんなものすごいストレスを抱えていたんだ。

A:本当にね。

S:しかも僕らはあまりコミュニケーションを取らないタイプだったしね。僕にとってあのプロジェクトは、大袈裟ではなく生きるか死ぬかくらいのものでとにかく必死だったから、控えめに言っても思いやりに欠けていたと思う。とくにアリソンに対してはそうで、そのことは本当に申し訳なく思っているよ。でも若い頃はとにかく未熟だったりするもので。そもそもはじめたときはうまくいくと思ってなかったし、失敗するものとばかり思っていたんだ。カーディフ、あるいは南ウェールズから成功したやつなんて誰もいなかったから。トム・ジョーンズとシャーリー・バッシー以外はね。ただ、失敗するだろうと思いつつも、でも生きるか死ぬかくらいに思い詰めているという、真逆の気持ちが自分のなかにあって、まるでかみそりの刃の上に立っているような気分だったんだ。

解散したことを後悔しませんでしたか?

S:もちろん後悔したよ。創造的なユニットとして、素晴らしいものが作れたかもしれないと思うからね。理論上は今でも可能かもしれないけど、まあないだろうな。その後もそれぞれが自分なりにクリエイティヴな活動をしてきたし、それにあの作品を作ってそれが特別なものとなった、それでいいじゃないかっていう考え方にも多くの真実が含まれていると思うんだよ。

ちょっと大きな質問で申し訳ないのですが、解散後、アリソンさんはWeekendで歌ったりしてましたが、お二人はその後の40年という年月をどのようにお過ごしだったのでしょうか? 

S:僕は歳をとって太った(笑)。

A:私はYMGのあとかなり頭が混乱していたから自分を見つめる必要があって、それが何年かかかって、いちどロンドンに引っ越してWeekendを結成してアルバムを1枚とEP2枚、ライヴ・アルバムを作ったんだけど、まだ頭のなかで整理がつかなかったからウェールズに戻ってWeekendを終わらせて。それでもう今後音楽をやることはないだろうと思ったのよ。音楽や、ライヴや、当時多くのミュージシャンが送っていたような快楽主義的なライフスタイル、そういったものが自分には合わないんだと思ったからね。それでケアワーカーとして働いたり、太極拳を教えたりしていた。そしたら思いがけずレコーディングの誘いがきて、音楽はもうやらないと決めてたのに、やりたいという誘惑を無視することはできなかった。そしてイアンと2枚作って、スパイクとも一緒に作り続けたという。ただそれは私の人生においてヤング・マーブル・ジャイアンツやWeekendほど大きな比重を占めるものではなくて、サイド・プロジェクト的なもので、カイロプラクターというのがたぶん私の主な役割ね。いまのところ音楽面の計画は何もないし、数年前に今後何かやることは絶対ないと言ったけど、絶対ないなんて絶対言うべきじゃないということは学んだわ。

S:僕はさっき言った通りだけど、途中で美しい女性に熱烈に恋をして結婚して18年間ともに過ごして3人の子どもを授かって離婚したんだけど、子どもの頃からすごく結婚したかったからそれは本当に重要なことだったよ。音楽に関してはYMGのあと何年も精神的に参っていてものすごく落ち込んでいた。高所恐怖症にもなって、どうすすることもできず、非常に静かに暮らしていたね。外出もせず仕事もせず、でも音楽だけは作っていた。音楽を作ってレコーディングすることだけは止めなかったんだ。ここ数年でその頃の音源がThe Gist名義でリリースされているんだけどね。
僕にとっては最初にギターを手に取ったときというのが人生を決定づける瞬間で、アリソンがカイロプラクターになったということは、彼女という人間について多くのことを物語っていて、アリソンは本当に思いやりがある人なんだよ。そして僕にとってはソングライティング、そして詩を書くことなんだ。だから最終的にはそれぞれ生き延びて成功したと言えるんじゃないかな。

ファンとしては今回のようなコンプリートなものが出るのは嬉しい限りですが、みなさんのなかで、音楽への情熱という点ではいま盛り上がっている感じなのでしょうか? 何度か再結成ライヴをやられていますが、久しぶりにみんなと会ったときはどんな感じで、ライヴ自体はどんなでしたか? もうこれ以上の再結成はまったく可能性がないですか?

S:さっきアリソンが言ったように、絶対ないとは言わないよ。

Billy Nomates - ele-king

NOはもっとも大きな抵抗
あなたを無にすることにNO
NOは歩くこと、お喋りではない
ノー、それはいいことに思えない
YES、私たちが共闘すれば強い
しかし、NOはパワー
どんなときも、どんな場所でも
ビリー・ノーメイツ“No”

 ノー、ダメですよ、ダメ。洗練された我らが日本においては、権力や富の世界に向かって二本指を立てることなんてことはもう流行らないでしょう。だが、セックス・ピストルズを生んだ国では、2020年はビリー・ノーメイツ(友だちのいないビリー)という名の、ずば抜けた才能と熱いパッションをもったシンガーがデビューしている。夜中にいそいそとスーパーストロングの500mlを買っているような、いつだって財布が薄くて軽い人たちへの励ましの歌、スリーフォード・モッズに続く労働者階級からのみごとな逆襲である。
 レスター出身のビリー(本名Tor Maries)は、売れないバンドで歌いながら一時期はうつ病を患ったというが、スリーフォード・モッズに勇気づけられてふたたび音楽をやる決意をする。ぼくが彼女の存在を知ったのも、年明け早々に新しいアルバム『スペア・リブ』をリリースするスリーフォード・モッズの先行シングル曲、“Mork N Mindy”がきっかけだった。
 で、意外というかさすがというか、彼女の才能をいち早く見抜いたのは、ブリストルのジェフ・バロウ(ポーティスヘッド)だった。彼女のデビュー・アルバムはバロウ・プロデュースによる彼のレーベルからのリリースとなる。アルバムがリリースされたのは去る8月、だからこれは4ヶ月遅れのレヴューです。

プロテインシェイク飲んで鏡を見るのは、NO
恐れのない夜のジョギングには、YES
デジタル世界の物語には、NO
無意味な比較には、NO
私にはあなたの言葉がある

 しかしなんだろう、デビュー曲“No”のMVにおいて踊っている彼女を見ると、ぼくはそれこそザ・スリッツやザ・レインコーツといったポスト・パンクの偉人たちを思い出さずにいられない。男の目線なんかをまったく気にしていないその服装、その髪型、その立ち振る舞いがまずそうだし、ダンスのレッスンなどクソくらえと言わんばかりの動きがまた最高なのだ。
 “No”に続くシングル曲、“FNP”=Forgotten Normal People(忘れられた普通の人びと)は、鋭いシンセベースとエレクトロ・ビートの反復をバックに彼女がラップする。この曲もキラーだ。

私は床に寝る
狭い部屋で
やりたくない仕事のために
私はフォークでスプーンじゃない
すべては失敗にて終了
生活はあまりにも高価だし
あー、私を守るものなどない
そう、血が欲しい?
私はポジティヴだよ
 
かつてそのために走ってもみた
いつからやってみたけどダメ
1マイル離れても連中は私をかぎつける
だから私は不名誉ながら辞職
で、いま私にあるものと言ったら
私は何も所有していないという事実に
なにごとも私を所有できないということ

 もうひとつのシングル曲“Hippy Elite”では、題名通り環境のために活動する裕福なリベラルを面白く皮肉っているようだが、彼女の歌詞の主題もまた、スリーフォード・モッズとリンクしている。格差社会における持たざる者たちから生まれた詩であり、風刺であり、そして怒り。ひるむことのない情熱。

 ビリーの音楽もスリーフォード・モッズ・スタイル(あの冷酷なループ&ベース)を発展させたものだが、ジェフ・バロウがその卓抜したプロデュース能力をもって、そのフォーマットを鮮やかなポップ作品へと改変している。彼は本当に良い仕事をしたと思う。サウンドをざっくりと喩えるなら、スリーフォード・モッズ・ミーツ・ブロンディーとでも言えるのかもしれないけれど、全収録曲にはバロウらしく機知に富んだ実験(グリッチ、ミニマリズム、そしてベース&エレクトロ等々)があり、耳も心も楽しませてくれるわけだ。ええと、ジェイソン・ウィリアムソンも1曲参加しております!
 UKではコロナ禍においてスリーフォード・モッズのベスト盤がチャートの上位になったが、まあ、いまの日本ではこうしたパンクな音楽は売れないということでとくに話題にもならなかった。だが、政治のトップがことごとく不信を増幅させているご時世、この手の音楽を必要としている人たちは必ずいるはずである。そもそもビリーの音楽は、消費生活を気ままに謳歌することなど到底できない、まったく味気ない日常を送っている人たちが日々をオモシロ可笑しく過ごすための知恵でもあるのだ。いやー、良かった。2020年という悪夢のような1年にもひと筋の光があった。

寺尾紗穂 - ele-king

 春先に寺尾紗穂の新作が出たとき、子どもたちは学校にかよえなくなっていたが、世界はまだこのような世界ではなかった。ひと月たち緊急事態宣言が発出し通りは森閑としたが、雨がちな夏も終わるころには人気ももどり、人々はあらたな暮らしの基準に心身ともに調律をあわせたかにみえるものの、またぞろ次の波のしのびよる気配がたかまる冬のはじめ、寺尾紗穂からまたしてもアルバムリリースの報せがとどいたのは、音楽をとりまく環境も深刻な影響をこうむった2020年においてにわかには信じがたい。
 『北へ向かう』と『わたしの好きなわらべうた2』——前者は3年ぶりのオリジナル作で、後者は伝承歌、伝統歌を編んだ4年前の同名作の続編にあたる。性格も、おそらく彼女のディスコグラフィでの位置づけもちがうこの2作はしかし生まれ来る場所をともにしているかにもみえる。もっとも寺尾紗穂の音楽はすべてそのようなものかもしれない。古くてあたらしく、現代的な意匠にむきあうのになつかしい。『わらべうた2』はカヴァー集だが、アンソロジーでもある、レコードであるばかりかフィールドワークであり、そこでみいだしたものを音楽という時制におきなおす野心的なこころみでもある。そのような主体のあり方をさして寺尾紗穂は「ソングキャッチャー」と述べるのだが、「歌をつかまえるひと」というこの語に私は彼女の歌にたいする能動的な姿勢と、野っ原の避雷針のような受動態が二重写しになった姿をみる。米国のローマックス父子やハリー・スミス、本邦では小泉文夫など、かつての歌の保存と伝承はそれを採取し記録するものの探究心と使命感に負うところ大だった。その一方で歌の採取に熱心だった作曲家のバルトーク・ベラの作風がハンガリーの国民楽派を基礎づけたように歌という不定型の素材を記録することはネイションの輪郭を確定する補助線でもあった。私たちはしばしば、音楽に基層のようなものがあるとして、文化、風土、習慣、歴史などの複合要素からなるそれは民俗ないし民族なる概念とわかちがたい。やがて正統性に昇華するそのような考えは国とか社会とかいった極大の視点にたたずとも、私のふだん暮らす組織や共同体内でも抑圧的にふるまうこともある。そこに家父長制をみてとることについては議論の余地もあろうが、つたえることは右から左へ流れ作業するのともちがう、歴史が偽史の含意をはらみかねない今日、それ自体がきわめて問題提起的な行為である。民謡や伝統芸能はいうまでもない。
 童歌はどうか。寺尾紗穂が童歌に興味をもつきっかけは彼女の生活の変化に由来したのは『わらべうた1』のレヴューでものべた。童歌の定義は一概にはいえないが、子守唄、遊び歌、数え歌などをふくみ、調子よく歌詞は多義的でときに不条理である。“かごめかごめ” や “はないちもんめ” も童歌だといえばイメージを結びやすいかもしれない。そう書いたとたんノスタルジックになってしまうのは童歌もまた先にのべた音楽の基層に位置するからだろうか。とはいえ世間と暮らしの波間に漂うばかりの俗謡である童歌は基層としてはいささかおぼつかない。だれかの口の端にのぼらなければひとは忘れ歌は歌いつがれない。逆をいえば歌うかぎりにおいて童歌は歌い手の数だけ変奏し遍在する。2作目をむかえた〈わらべうた〉シリーズでの寺尾紗穂の歩みからはそのようなメッセージがききとれる。前作は長岡や小千谷の “風の三郎~風の神様” にはじまり徳之島の “ねんねぐゎせ” まで、全国津々浦々の全16曲をおさめていた。2作目も曲数は同じ、ソングブックとしてのフォーマットをそろえている。特定の地域にかたよらず、列島を巡礼するような選曲のかまえも前作をひきつぐが『わらべうた2』は前作以上に多様性に富んでいる。とはいえ一聴して耳を惹くのはアイヌの鬼遊び唄 “タント シリ ピルカ(今日はお天気)”、沖縄は読谷の “耳切り坊主”、奄美の笠利の “なくないよ” など。ことばの響きのちがいでほかからうかびあがる。寺尾は3月の『北へ向かう』でも “安里屋ユンタ” をとりあげるなど、南西諸島の唄も積極的にとりあげる歌い手である。『北へ向かう』の “安里屋ユンタ” はその前に置いた福島原産の “やくらい行き” との対で、寓話的な語りの空間を創出するだけでなく海と山の二項対立を止揚するヴィジョン、森の樹々のなかの道をとおり海にぬけるかのごとき石牟礼道子的なヴィジョンを構造的に暗示する役割も担っていた。寺尾紗穂のCDを聴くのはアルバムという形態でしかあらわせない構想に耳を澄ますことでもある。その点は『わらべうた2』でも変わらない。もっとも構想の力点の置き方を書物になぞらえるなら、フィクションとドキュメンタリーほどのちがいはあり、後者となる『わらべうた2』ではまずもっておのおのの唄の歌唱と解釈が前に出てくる。私は奄美の産なので地元の歌にかぎっても、ヴァナキュラーなニュアンスをつかまえる彼女の避雷針が前作以上にみがかれているのがわかる。歌でいうコブシや琵琶などの弦楽器のサワリなど、譜面に記さずとも曲の決め手になる唱法、奏法はいくつもある。これらを身につけるのが正統的な系譜にのるかそるかの分かれ目ともいえる。私は音楽の価値は歴史や体系内の位置によるとも思わないので、正統性にこだわらないが、かといって破壊的だけなのも古めかしい。その点で『わらべうた2』は童歌という伝統的な題材を選びていねいによりそいながら、実験的なサウンドを対象に対置させる点であり、そのかねあいが作品全体にゆたかな多様性をもたらしている。
 『わらべうた2』は歌島昌智が吹くスロバキアの管楽器フラヤの音が印象的な “山の婆 山の婆” で幕をあける。歌島は『1』の冒頭でもフラヤを奏していたから、寺尾のなかにはこの2作を対として提示する意図があるのだろう。ただし『2』の2曲目の兵庫県川西市の子守唄 “うちのこの子は” は前作の “あの山で光るものは” (東松山市)の静けさとは対照的なはずむようなリズムでアルバムのグルーヴの基準をしめすかのような仕上がりとなっている。この曲のリズムセクションをつとめるのはやはり前作にも名を連ねた伊賀航とあだち麗三郎、ふたりに寺尾をあわせた三人がその後冬にわかれてとして活動をはじめたのはみなさんよくごぞんじである。三者の息の合い方はすでにひとかどのものだが、本作ではそれぞれのカラーを活かしながら、楽曲には音をつめこみすぎないよう配慮もゆきわたっている。アルバムはピアノトリオと民俗楽器が交互に登場する構成をとっているが、空間をたっぷりとったことで、指板にあたる弦の振動や打楽器の音がたちあがるさいの空気の震え、先述のことばをくりかえすと音楽のサワリまで掬いとる葛西敏彦の録音は見事というほかない。
“やんやん山形の” と読谷の “耳切り坊主” には冬にわかれてのスペクトルの幅とでもいうべきものを記録している。民俗楽器では岐阜の根尾村の “鳥になりたや” でやぶくみこが手にするグンデル、つづく “なるかならんか” で歌島がとりだすバラフォン、ボウラン、ティンシャ、ゴングなどなど、響きとリズムをかねるものが多い。使用楽器やアレンジは曲によるのだろうが、童歌にむきあう寺尾と演奏者の自由連想的な姿勢はときの風化にさらされた唄を現代によみがえらせるだけでなく、現行のジャズやポップスに拮抗する力をあたえ和的な意匠にとどまらない広がりももたらしている。
 寺尾紗穂がそれらの楽曲をひとつずつ、慈しむようにつみあげる先に『わらべうた2』は全貌をあらわしていく。ことに石巻の “こけしぼっこ”、北巨摩郡の “えぐえぐ節” ときて笠利の “なくないよ” で幕を引く終盤は白眉である。このような構成もまた『1』の延長線上だが『2』は色彩感においてはいくらかひかえめ。そのぶんグルーヴは漬物石のごとく重みを増し唄からは滋味がにじみだす。めざとい読者には “えぐえぐ節” の「えぐえぐ」とはなんぞやと首を傾げられた方もおられようが、これはじゃがいもはえぐいという悪口に由来するのである──という説明もまたぞろ混乱のもとかもしれないので真相をつきつめたい御仁には本作を手にとられるのをおすすめする。さすれば列島にあまたある童歌が土地土地の風土と歴史が育む厚みを有することをかならずやおわかりいただけるであろう。『わたしの好きなわらべうた2』の掉尾をかざる笠利の “なくないよ” に耳を傾けながら私はそのように確信するのだが、時代背景から女性と子どもが歌い手であり聴き手である子守唄の労働歌の側面に思いをいたせば、ありし日の彼らのたくましさやつましさに尽きない、暮らすことの多層性がうかびあがる。“なくないよ” では等々力政彦のイギルの助演を得て、寺尾紗穂は行間からそのようなものをよびさましている。これほどおおどかで透徹した視線の歌い手はそうはいない、ソングキャッチャーの面目躍如たるものがある。

Jun Morita - ele-king

 電子音楽家の森田潤が元旦からなんと24時間耐久無料ライヴを敢行、その模様がストリーミングされる。森田は日本のポスト・パンクを代表するひとり、EP-4の佐藤薫のレーベル〈φonon(フォノン)〉の所属アーティストで、今月の18日には同レーベルからセカンド・ソロ・アルバム『Sonus Non Capax Infiniti』をリリースする。

 で、そのライヴとは、令和3年正月元旦の正午12時から翌2日の正午12時まで、24時間ノンストップのソロ・パフォーマンス《MORITA SYNTHESIS 24HRS──みなしごたちへのお年玉──》。プロデュースは演出家の芥正彦。演奏するヴェニューは、約半世紀前、あの阿部薫と芥正彦が名盤『彗星パルティータ』を制作した現場、劇団ホモフィクタスのスタジオ105。
 当日の視聴は無料です。モジュラーシンセによる独自の音世界を繰り広げる彼の、この並々ならぬ試みを見逃さないように。

アクセス:https://youtu.be/LP-szzgq28c
芥正彦:www.akutamasahiko.com
φonon:www.skatingpears.com
視聴:https://audiomack.com/sp4non

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