1970年代末〜のドイツにおけるポスト・パンク、つまりノイエ・ドイチェ・ヴェレの再発で知られる新潟の〈Suezan〉レーベルから、洒落たクリスマス・アルバムがリイシューされる。
『クリスマス、おぼえてろ!(Denk Daran!)』は、1980年にデュッセルドルフのタウン誌が企画した、当時のドイツのポスト・パンク系のバンドによるクリスマスを主題とした曲を集めたもので、そうそうたるメンツ(デア・プラン、ピロレーター、ディー・クルップスの前身、S.Y.P.H.などなど)が一堂に会している。発売は12月24日のクリスマスイブ。怪しげで、しかしご機嫌なクリスマスになること必至です。
VA
クリスマス、おぼえてろ!
(VA / Denk Daran!)
Suezan
12月24日発売(完全限定プレス)
https://suezan.com/newrelease
「Nothingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
“The Craft”(00)や “Haunted Dreams”(01)のヒットで知られるドラムンベースのユニヴァーサル・プロジェクトを脱退し、新たにケイト・マギル(Kate McGill)と組んだアジト・ステイン(Ajit Steyns)による2作目(アナログは3枚組ゴールド・マーブル盤らしい)。デビュー作『Mutations』(18)は鬼のようなハーフタイム攻めで、ほぼすべての曲が同じに聞こえるほど強迫的なアプローチだったものが(それはそれでよかったけれど)、さすがに今度はヴァリエーション豊富になっている。元々、ジャングルから出発して2010年代に入るとトライバル路線を模索しつつ、「Mystic Revelations EP」(12)や「Dem All Pirates E.P.」(13)でダブに主軸を移したことからビートの数を減らす下地が整ったようで、一時期はジャマイカのレーベルから7インチを連発するほどのめり込んでいたものが、「Dem All Pirates E.P.」(13)でハーフタイムへの道筋をつけ、〈イグジット〉や〈サムライ〉が形成していたフロントラインと合流することになった。同EPはトライバルやダブなどそれまでの試行錯誤をすべてハーフタイムに落とし込み、暫定的な集大成として彼らの方向性を決定づけた1枚となる(同作がそれまでと違って世界中のドラムンベースをフォローするワシントンのレーベル〈トランスレイション〉からリリースされたというのもまた一興)。フォーマットが整えばあとは早い。「Separate Reality EP」、「Blackout EP」(ともに16)とハーフタイムをとことん追求する時期が続き、とくに後者はステインのルーツらしきインド式の細かいパーカッション・ワークがジュークのような効果を伴ってハーフタイムと組み合わさり、独自のグローバル・スタイルを確立した傑作となる(この時期のものはいま聴くとスピーカー・ミュージックの先取りに聞こえる)。そして、前述したように『Mutations』(18)がパラノイアックなまでに金太郎飴状態に。
3年ぶりとなった『Grassroots』はまるでタックヘッドのような “Fouls Game” で幕を開ける。パンデミックのさなかにリリースされた「Lockdown EP」(20)などがいずれも重々しく、全体的にそうした圧迫感はみっちりと引き継がれるも、よくあるようにスネアを強打せず、トラップよろしく跳ね回るように刻んだ上で細かいパーカッション・ワークと絡ませることで浮遊感を誘い出し、それこそペシミストのようなゴシック・ムードとは重ならない(どちらかというとマリのバラニをハードにしたDJディアキのアフロ・ポリリズムを思わせる)。レゲエとジュークをぶつけた “Forbidden Thoughts” はさながらニューエイジ・ステッパーズのアップデート版で、いまにもアリ・アップのヴォーカルが聞こえてきそう。インド式のパーカッション・ストームにかけられたダブ処理がほんとに気持ちよく、ダブとハーフタイムの相性の良さは続く “Genetic X” でもさらに際立っていく。90年代初頭にジャングルからBPMが半分のレゲエにつなぐというDJスタイルが話題を集めたことがあったけれど(素朴な時代でした)、どうせだから重ねて聴いてしまおうという感じでしょうか(“None Human” は同様に2種類のBPMを行き来する構成)。緊迫感を煽る “Devil's Dance” はジェフ・ミルズによるカリブ・サウンド、新進気鋭のマントラをフィーチャーした “Helena” はまさにマーク・ステュワート&マフィア。アラブの妖精を意味するジン(Djinn)をフィーチャーした “Stage 3” はパーカッションの音量を少し落とすことで催眠的な効果を高め、もはやミニマル・テクノのようにしか聞こえず、サムKDCをフィーチャーした “Poison Dart” はそれらしく無常なアンビエント・テイストに。前作よりも格段にフロア向けにつくられながら、変化球も随所に配置された構成となった。
ふたりは夫婦で、ブリュッセルでクラブをオーガナイズしていたマギルがイギリスの大学に通っていたステインにDJをオファーしたところ、「一緒にDJをやろうよ」と言われ、機材マニアだったふたりは古い機材を一緒に探しているうちに恋人になり、ついには結婚に至ったのだという(https://ukf.com/words/in-conversation-with-the-untouchables/31996)。名前や容貌から察するにステインはおそらくインド系で、ユニット名は不可触民のことを指していると思われる。マギルが好んでいたラガ・ジャングルにステインのインド的な資質が混ざり合い、ダブやアフリカン・ドラムを加えたサウンドは(ふたりの表現に倣っていえば)「中道」のサウンドを探り当てたということになるらしい。そしてそれはハーフタイムの新たなヴァリエーションとしてとてもユニークな発展性を示すことになった。
スネイル・メイルの 1st アルバム『Lush』の “Intro” から二曲目の “Pristine” に入るあの瞬間、そのギターの音を覚えている。未完成の完成形みたいだったギターの音、一言で言うとそれは若さで、はじまりを予感させるようなもので、輝きがあって、けれど同時に長くは続かないことが示唆されていて、いつか消え去ってしまうという予感があるからこそ特別に感じられるような、それはそんな音だった。
あれから3年余りが経って、スネイル・メイルの 2nd アルバムは声からはじまる。タイトル・トラックの “Valentine”、シンセサイザーの音色の上に声が乗る。感情を意識して押し殺したような静かなはじまりから炸裂するギターに叫び声。これまでと重なる部分と異なった部分、この曲でスタートするのはどこか続編ものの映画を思わせて、少しくすんだギターの音とより一層複雑な感情を表すようになったリンジー・ジョーダンの声とがあわさり前作との間に流れた時間が描写されていく。だからもうこの曲が終わる頃にはこのアルバムがどんなアルバムなのか指し示されている感じだ。1st アルバムの時間は過ぎてすべては変わっていった。
“Ben Franklin” のビートが頭を揺らす。心をかきむしるようなリンジー・ジョーダンの声は低く静かに語りかけ、叫び声よりも鋭く尖った塊を届ける。自らの傷口をえぐるかのように。けれどそれは決して過剰ではなくてある種の物語として機能する。スネイル・メイルことリンジー・ジョーダン、16歳で最初のEPを作り、10代最後の年を 1st アルバムのツアーで過ごし、そうして彼女の20代のはじまりの時間がこのアルバムの中に存在する。「前に進んでも/真実だって思えることはなにもない/時々あなたじゃないっていうだけで彼女が嫌になる/リハビリのあと、自分が本当にちっぽけだって思える」 2020年の終わり頃、リンジー・ジョーダンはアリゾナのリハビリ施設で45日間を過ごした。若くしてスネイル・メイルをスタートし、インディ・スターとしてのイメージが作られて、それまでとは何もかもが変わってしまった。輝きが苦悩に変わる。しかしそれでも彼女は音楽を作ることを止めなかった。ストーリーを紡ぎ、その中でキャラクターを演じ、物語として外に出すことで自らに潜む感情と向き合う。スネイル・メイルは表現者として存在し、だからこそこのアルバムは単に感情を発露しただけのひとりよがりなアルバムで終わらなかったのだろう。
全ての曲は短くコンパクトにまとめられ31分余りの時間の中で彼女の物語が描き出される。血の滲む傷口と失われてしまったものを求める心、それを否定しようとすることで余計に自分にとってそれがどんなに大切なものであったのかが浮かび上がり、そうしてまた血が滲んでいく。冒頭の “Valentine” を除く曲のなかでリンジー・ジョーダンは叫ぶことなく自らに言い聞かせるような皮肉まじりの歌声を響かせる。作品の中に潜んだ感情のかけら、失われた愛に葛藤、現実の重さ、境界線、そして希望、物語はだからこそ必要で、このアルバムはコンパクトにまとめられているからこそそれらが生きて、物語を通したメッセージがイメージとして伝わってくるのだ(ポップ・ミュージックを通して聞く人間が受け止められるだけでの分量で。どうやってそれを伝えるのか、その選択こそがセンスなのだと思う)。
そして工夫もある。過剰摂取にならないように、間に挟まれる “Light Blue” や “c. et al.” のようなアコースティックな曲たちが根底に流れる空気を維持しながらも雰囲気を緩め柔らかくしメリハリをつけてアルバムの時間を進めていく。緊張感はそうして続き、頭と心が整理されていく。曲順に関してもこのアルバムはしっかりと考えられているはずだ。ただの曲の集まりではない時間の流れ、それは不可逆で、感情がアルバムというポップ・ミュージックのフォーマットに則って伝えられていく。
スネイル・メイルは表現者として存在する。自らの置かれたシチュエーションを、感情を、整理がされないままのそれを作品の中に落とし込む。直接的な言葉ではない、物語を通してこそ伝わるものがきっとある、それこそがポップ・ミュージックの魅力のひとつのはずだ。アルバムの中でリンジー・ジョーダンの時間が流れる。次の物語を見てみたいと思うのは、音楽の中に彼女の人生の一部が溶け込んでいるからなのかもしれない。音楽に限らずリアルタイムのエンターテインメントの良さとはきっと同じ時間を生きられるということなのだろう。時の流れの中で人が変化していくその過程を目撃できる。1st アルバムの面影をかすかに残して、時間が流れ、スネイル・メイルはゆっくりとその先へと進んでいく。それを見ることができるのはきっと幸せなことなのだろう。
アメリカの文化批評、ことブラック・ミュージックにおける批評家(もしくは思想家)として名高いグレッグ・テイトが急逝したことを、『ピッチフォーク』をはじめ各メディアが報じている。
グレッグ・テイトは「ヒップホップ・ジャーナリズムのゴッドファーザー」と呼ばれていた人で、その知性と思想性および硬派な態度から、リロイ・ジョーンズ/アミリ・バラカ(『ブルースの魂』『ブラック・ミュージック』の著者として知られる詩人かつ批評家)の後継者とも喩えられていた。じっさいテイトを尊敬する人は多い。イギリスの批評家サイモン・レイノルズやコジュウォ・エシュン、アメリカの作家ジェイソン・レイノルズや詩人のムーア・マザー、それからテクノ・アーティストのジェフ・ミルズもテイトを尊敬している。
黒人音楽(文化)について書く人は数多くいるが、たとえばマイルス・デイヴィス、ギル・スコット・ヘロン、ウータン・クラン、アジーリア・バンクス、カラ・ウォーカー、ドレクシア、そしてアフロフューチャリズム、これらを同列に深みをもって語れる人がほかにいるのだろうか。アメリカの黒人音楽ジャーナリズムにおけるこの素晴らしい知性を日本に紹介しようと、ele-king booksからは来年、テイトの代表作である『Flyboy 2』の翻訳を押野素子氏/山本昭宏氏の共訳で刊行することが決まっていた。生前テイトと交流のあった押野氏によれば「最近で一番嬉しい出来事」と話していたそうで、なんともやりきれない思いだ。
昨年刊行した別冊エレキング『ブラック・カルチャーに捧ぐ』では、巻頭インタヴューがグレッグ・テイトだった。いま黒人音楽を特集するとしたら、その巻頭には彼の言葉がどうしても必要だった。そしてテイトは、Zoomを介して、本に囲まれた彼の書斎からブラック・ライヴズ・マターについて(そしてヒップホップとデトロイト・テクノについて)語ってくれた。
今年64歳だったというが、まだまだ書きたいことがたくさんあったろうし、BLM以降の時代において彼の言葉はさらにもっと必要だった。偉大な先達の安らかな眠りをお祈りします。(野田努)
ロンドンのレーベル〈Heavenly〉が、ウェザオールのリミックスを集めたコンピレイションをリリースする。『Heavenly Remixes Volumes 3 & 4 (Andrew Weatherall Remixes)』と題されたそれは2022年1月28日にリリース、16曲が収められている。
セイント・エティエンヌやベス・オートン、ダヴズなどのリリースで知られる同レーベルだが、創設者のジェフ・バレットがウェザオールのマネージャーを務めていたこともあり、両者の関係は長くつづいた。今回の編集盤はウェザオールが〈Heavenly〉のために提供してきたリミックス音源を集めたもので、必聴のセイント・エティエンヌ “Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)” をはじめ、マーク・ラネガンやグウェノー、コンフィデンス・マンなどが収録されている。フォーマットはLP、CD、配信の3種類。ウェザオールの魂に触れよう。
https://ffm.to/heavenlyremixes3-4
Heavenly Remixes 3: Andrew Weatherall volume 1
1. Sly & Lovechild - The World According to Sly & Lovechild (Soul of Europe Mix)
2. Mark Lanegan Band - Beehive (Andrew Weatherall Dub)
3. Flowered Up - Weekender (Audrey Is A Little Bit More Partial Remix)
4. Gwenno - Chwyldro (Andrew Weatherall Remix)
5. Saint Etienne - Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)
6. Confidence Man - Bubblegum (Andrew Weatherall Remix) 08:19
7. Espiritu - Conquistador (Sabres Of Paradise No.3 Mix)
8. The Orielles - Sugar Tastes Like Salt (Andrew Weatherall Tastes Like Dub Mix Pt.1 - Live Bass)
Heavenly Remixes 4: Andrew Weatherall volume 2
1. audiobooks - Dance Your Life Away (Andrew Weatherall Remix)
2. Saint Etienne - Heart Failed (In The Back Of A Taxi) (Two Lone Swordsmen Dub)
3. Doves - Compulsion (Andrew Weatherall Remix)
4. TOY - Dead an Gone (Andrew Weatherall Remix)
5. Confidence Man - Out The Window (Andrew Weatherall Remix)
6. LCMDF - Gandhi (Andrew Weatherall Remix II)
7. Espiritu - Bonita Mañana (Sabres Of Paradise Remix)
8. Unloved - Devils Angels (Andrew Weatherall Remix)
今年2021年は〈Mute〉がテレックスのリイシュー企画をスタート、編集盤『This Is Telex』がリリースされている。同バンドの音楽的頭脳だったマーク・ムーランは、じつはテレックス以前にもあるグループを率いていた。それがプラシーボである。
プラシーボは、ブラジルのアジムスと並んでカーク・ディジョージオに霊感を与えた70年代ベルギーのジャズ・ファンク・バンドで(ディジョージオはムーランの『Placebo Sessions 1971-1974』のライナーノーツを執筆)、つまりテクノの文脈にも影響を及ぼしている。
今回Pヴァインの「VINYL GOES AROUND」が手掛けるのは、そんなプラシーボの7インチ・ボックスセット。彼らが残した3枚のアルバムから1枚ずつ7インチを切り、それらをひとつにまとめたという次第。J・ディラの元ネタとしても知られる “Humpty Dumpty” をはじめ、珠玉のグルーヴが詰め込まれている。限定400セットとのことなので、お早めに。
天才キーボーディスト、マーク・ムーラン率いるプログレッシヴ・ジャズ・バンド、PLACEBO の7インチ・カラー盤3枚入りボックス・セットが VINYL GOES AROUND よりリリース!
ヨーロピアン・ジャズ~レア・グルーヴ派までに絶大な人気を誇る、天才キーボーディスト、マーク・ムーラン率いるプログレッシヴ・ジャズ・バンド、 PLACEBO の7インチ・カラー盤3枚入りボックス・セットを、株式会社Pヴァインが運営するアナログ・レコードにまつわる新しい試みを中心としたプロジェクト、"VINYL GOES AROUND" よりリリースします。
1枚目は J.Dilla など、ヒップホップ・クラシックの元ネタとして多数の楽曲でサンプリングされた代表曲 “ハンプティ・ダンプティ”。ディガー待望のシングルカットをクリア・イエローヴァイナルで。
2枚目はドープなシンセ・ベースと重いビートがグルーヴィーで Hip Hop のサンプリング・ソースとしても有名な Balek の1973年当時にリリースされたオリジナル7インチ・シングルをクリアー・レッド・ヴァイナルで世界初リイシュー。
そして3枚目はモーダルなハーモニーとファンキーなビート、ホーンセクションが重なり合うレイジーなサウンドと巧みなシンセ・リードが心地よい “ダグ・マダム・メルシー” に、トランペットのワウ・ソロや、漂うローズの上にホーン・リフが絡み合う “S.U.S” をカップリング。こちらはブルー・ヴァイナルとなります。
箱のデザインは1st、2nd、3rdアルバムのジャケットを使用し3種類作成。計400セットの限定仕様となりますのでお早めにお買い求めください。
・PLACEBO 7inch BOX 購入ページ
https://vga.p-vine.jp/exclusive/
* 12/8(水)午前10:00より掲載、予約開始となります
[リリース情報]
PLACEBO『7inch Box』
収録タイトル:
「Humpty Dumpty / You Got Me Hummin'」(クリア・イエローヴァイナル)
「Balek / Phalene II」(クリアー・レッド・ヴァイナル)
「Dag Madam Merci / S.U.S.」(ブルー・ヴァイナル)
品番:VGA-7002A, VGA-7002B, VGA-7002C
フォーマット:7inch vinyl×3
価格:¥7,260(税込)(税抜:¥6,600)
※BOXのデザインは3種類の中よりお選び頂けます。
※限定品につき無くなり次第終了となります。
※商品の発送は2022年1月初旬ごろを予定しています。
グリッチとパルス。ノイズとリズム。グリッドとドローン。厳密な建築と設計。それらの組み合わせによるミニマルな電子音響音楽。そのむこうにある濃厚なノスタルジア。未来。カールステン・ニコライが20年以上にわたって生み出してきたミニマルなエレクトロニック・サウンドは、電子音響におけるパイアニアのひとつとして現在進行形で君臨している。
しかしそのサウンドはけっして固定化していない。常に変化を遂げている。90年代のノト名義のノイズとパルスによるウルトラ・ミニマルなサウンドスケープ、00年代以降のアルヴァ・ノト名義で展開されたグリッチと電子音とリズムの交錯によるネクスト・テクノといった趣のトラック、そして透明なカーテンのような電子音響以降のドローン/アンビエント作品、坂本龍一とのコラボレーション作品で展開するピアニズムと電子音響が交錯し、高貴な響きすら発している楽曲、言葉が電子音響のなかで分解され、リズミックな音響ポエトリー・リーディングにまで昇華したフランスの詩人アン=ジェームス・シャトンとの共作アルバムまで、どの音楽も電子音楽・電子音響の領域を拡張するものである。
そして本年リリースされた新作アルバム『HYbr:ID Vol.1』は、カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトのアルバムの中でも一、二を争う傑作ではないかと思う。もちろん、カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトのアルバムはどの作品もクオリティが高い。だが本作では彼がこれまでおこなってきた実験の数々が、極めて高密度で融合しているように感じられたのだ。ちなみにリリースはカールステン自身が主宰する〈noton〉からである。
このアルバムの楽曲は、もともとは19年にベルリン国立歌劇場で上演されたリチャード・シーガルの振付/演出のベルリン国立バレエ団によるコンテンポラリー・バレエ作品「Oval」のためにカールステン・ニコライがアルヴァ・ノト名義で作曲した音源である。
「コンテンポラリー・バレエのための音楽」という制約の多いなかで、彼は自身がこれまで培ってきた技法のすべてを投入しているような音響空間を生成していく。00年代以降に展開された「uni」シリーズのリズム/ビート、「Xerrox」シリーズのアンビエント/ドローンが、まさにハイブリッドな音楽技法によって見事に統合されているのだ。まさに00年代~10年代のカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトの総括にしてネクストを指し示すようなアルバムなのである。
透明な電子音、パルスのようなリズム、微かなノイズが空間的に配置され、重力と無重量を超えるようなサウンドスケープを展開している。加えて本作ではコンテンポラリー・バレエのための電子音響という面もあるからか、反復の感覚(コンポション)がこれまでのカールステン・ニコライのトラックとはやや異なり、反復と非反復を往復するような構成になっているのだ(どこか故ミカ・ヴァイニオの音響を思わせるトラックに仕上がっているのも興味深い)。いままで聴いたカールステンのサウンドを超えるような音にも思えた。ミニマルと反ミニマル。反復と非反復。人間と機械などの相反するもの、まさに「ハイブリッド」なサウンドスケープが展開されていたのである。
レーベルのインフォメーションによると、「映画のような映像技術とハドロン、ブラックホール、コライダーなど、トラックタイトルにもなっている科学的事象が描かれた静止画像にインスパイアされたという作品で、天体の物理現象やフィクションをダンスの動きを結びつける形を模索しながら制作が行われた」という(https://noton.info/product/n-056/)。
いわば自然現象とテクノロジカルな技術と20世紀以降のアートフォームを援用しつつサウンドを生成し、それを人間の肉体の運動に落とし込むというようなことがおこなわれているのだろうか。それは先にあげた反復(機械)と非反復(人間)の交錯に結晶しているのかもしれない。
アルバムには全9トラックが収録されている。いかにも10年代のアルヴァ・ノト的な2曲目 “HYbr:ID oval hadron II” もまるで魅力的だが、「Xerrox」シリーズ的なアンビエンス感覚に非反復的なサウンドが交錯し、透明でありながら不穏なムードを放つ3曲目 “HYbr:ID oval blackhole” が何より本アルバムのサウンドを象徴しているように思えた。いわば不安定、非反復の美学とでもいうべきか。
この曲を経た4曲目 “HYbr:ID oval random” では自動生成するような細やかなリズムがクリスタルな電子音響とミックスされていく。5曲目 “HYbr:ID oval spin” では “HYbr:ID oval blackhole” のようなサウンドをより緻密にしたような音響空間を展開する。不定形に放たれる音の粒といささかダークなトーンの電子が交錯し、まるで映画のサウンドトラックのように聴こえてくる。
以降、アルバムはまるで仮説と証明を繰り返すように、もしくは演算をおこなうかのように、リズムとアンビエントが交錯し、緻密に、そして大胆に音響世界を展開していくだろう。どこまでも澄み切ったクリアでクリスタルな音は、聴く側の知覚を明晰に磨き上げてくれるような感覚を発していた。聴いているととにかく「世界」が明晰に感じられるのだ。
そしてアルバムはクールネスな温度を保ったまま、しかし次第にテンションを上げつつクライマックスといえる9曲目 “HYbr:ID oval p-dance” に至る。ここでカールステンは惜しげもなく近年のアルヴァ・ノト的な(つまり「uni」シリーズ的な)ミニマルにしてマシニックなリズム/ビートを展開している。もちろん、これまでアルバムを通して培ってきた不穏な電子音響ノイズも、しっかりとトラックに仕込まれている点も聴き逃せない。まさに20年以上に渡る彼の技量が圧縮したようなトラックといえよう。ラストの10曲目 “HYbr:ID oval noise” では、規則的に打たれる低音に、まるで人口の雨や風のような電子音響が重なり、透明な夜とでも形容したいほどの音響空間を構築する。圧倒的なサウンドスケープだ。
“HYbr:ID oval noise” に限らず本作はどこか天候や宇宙などの超自然現象を電子音響でシミュレートしているような雰囲気がある。それがカールステンのミニマム/マシニックな音世界をよりいっそう深く、大きなものに変化させたたのではないか。未来の電子音響世界など誰にもわからないが、しかし、このアルバムの音に未知と既知が交錯しているのは違いない。音楽はまだまだ進化する。そんな「可能性」を感じさせてくれる稀有なアルバムといえよう。
「ハイブリッド」シリーズのVol.1と名付けられていることからも想像できるように、このシリーズもまた続くのだろう。期待が高まる。
ロックの男性中心の物語に対しての気迫のこもった反論、
それぞれの自由を追い求めた女パンクの信念と実践を報告する、
フェミニスト音楽史の決定版 !
『女パンクの逆襲(原題:Revenge of The She-Punks)』は、イギリスで最初の女性音楽ジャーナリストとしてパンクをレポートし、現在はNY大学で「パンク」と「レゲエ」の講義を持つ通称「パンク教授」による、女性パンクについての目を見張る調査によるレポートです。
本書は単なる時系列に沿った史実を述べているだけのものではありません。著者は、「アイデンティティ」、「金」、「愛」、「プロテスト」という4つのテーマに分けながら、パンクが女性にとっていかに解放的な芸術形態であるのかという理由を探り、歴史をひとつひとつ解き明かしていきます。
70年代のロンドンとNYにはじまりながら、英米優位主義/白人至上主義に陥ることなく、コロンビアやインドネシア、日本や中国、ドイツやスペイン、メキシコやジャマイカ、東欧やインド、ロシアへと、女パンクの世界ツアーとして繰り広げられていきます。
2019年に刊行された本書は、米『ローリング・ストーン』誌のブック・オブ・ジ・イヤーに選ばれ、英『ガーディアン』をはじめとする世界の有力紙において絶賛されました。フェミニスト音楽を知る上で、今後も参照されること必至の決定版です。
登場するアーティスト:
ポリー・スタイリン、ブロンディ、ビキニ・キル、ザ・レインコーツ、デルタ5、パティ・スミス、マラリア!、ESG、少年ナイフ、ザ・スリッツ、プッシー・ライオット、メイド・オブ・エース、CRASS、ポイズン・ガールズ、挂在盒子上、クリッシー・ハインド、グレイス・ジョーンズ、オー・ペアーズ、ザ・モ‐デッツ、ネナ・チェリー、スリーター・キニー、ザ・セレクター、ジェイン・コルテス、タンヤ・スティーヴンス……ほか多数
著者:ヴィヴィエン・ゴールドマン/Vivien Goldman
『サウンズ』紙の編集を経てフリーに。ジョン・ライドンが初めてジャマイカを訪れたときに同行したジャーナリストとしても知られる。ボブ・マーリーの伝記など著書多数。NY在住。
訳者:野中モモ
東京生まれ。翻訳(英日)およびライター業に従事。訳書にレイチェル・イグノトフスキー『世界を変えた50人の女性科学者たち』(創元社)、キム・ゴードン『GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝』(DU BOOKS)、アリスン・ピープマイヤー『ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』(太田出版)などがある。著書に『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)、『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』(晶文社)。
ウーマニフェスト─女宣言─ はじめにひとつ
1 ガーリー・アイデンティティ わたしはだれ?
2 マネー わたしたちはわたしたちの金?
3 ラヴ/アンラヴ 二元制を打倒する
4 プロテスト 女というバリケード
アウトロ わたしたちのコーダ
謝辞
索引
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ローリング・ストーンズの貴重なプライベート写真が満載
ビル・ワイマン撮影による写真集刊行!
初期からストーンズのベーシストとして活躍したビル・ワイマンは音楽活動のかたわら写真撮影を趣味としており、折に触れメンバーを撮影してきました。本書では66年のツアーから90年アーバン・ジャングル・ツアーまでの写真を収録。
メンバーだからこその親密な素顔や、デヴィッド・ボウイ、ジョン・レノン、リンゴ・スター、セルジュ・ゲンズブールといった綺羅星のようなスターたちとの交流が至近距離で捉えられています。
ビル自身による解説の翻訳もつき、全ストーンズファン必携の一冊です!
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メルケル元ドイツ首相が退任式の曲に選んだニナ・ハーゲン、いろいろ波紋を呼んでおりますが、やはり時代は「女パンク」なのでしょうか。
このタイミングで少年ナイフのインタヴューが英『ガーディアン』紙に掲載されています。活動40周年記念とのことで、ニルヴァーナとのツアーのエピソードやイギリスでのブレイク、その後のバンド活動、現在準備中の新作などについて語られています。
ちなみに、便乗して恐縮ですが、12月23日に刊行するヴィヴィエン・ゴールドマン(著)野中モモ(訳)『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』でも、日本のアーティストとしては唯一、少年ナイフが紹介されています。
いわく、彼女たちのサウンドは世界でも唯一無二であり、経済的に危機的な状況に陥ったとしても、そこから脱する助けになるような茶目っ気がある、と。ぜひそちらもご注目ください。