「Nothing」と一致するもの

daydreamnation - ele-king

 京都のレーベル〈iiirecordings〉が12月下旬にdaydreamnationによるアンビエント作品の7インチ「DAYDREAM_STEPPERS EP」をリリースする。7曲(1曲が1分〜1分半ぐらい)の、美しい無重力状態(ウェイトレス)を体験できるというわけだ。
 daydreamnationはハードコア・シーンで活動する.islea.のメンバーでもあるseiyaの別名義で、これまでにBushmind、DJ Highschool、StarburstによるBBHのアルバムや〈Seminishukei〉のコンピレーションへの参加をはじめ、福岡Genocide CannonのラッパーInnoとの共作『Funky Response』や、降神や志人のライヴ・トラックなども手掛けている。注目です。
 

.daydreamnation.
DAYDREAM_STEPPERS EP (7inch+DL)
7inchレコード/ダウンロードコード付
限定250枚プレス/ナンバリング入
¥1,540 (税込)
https://iiirecordings.com/main/

 ちなみに、BushmindまわりではChiyori×Yamaanによる『Mystic High』(もう売り切れだが、配信で聴けるし、CDは再プレス)もかなり面白い。真の意味でのヴェイパー、すなわち水パイプ的な陶酔とユーモアを求めている方には推薦したい。なお同作には、Bushmindの4/4ビートのハウス・ミックスも収録されている。

MONOS 猿と呼ばれし者たち - ele-king

「MONOS(猿たち)」というのは一般的に子どもを形容するのに不適切な単語だろうが、この映画においては、まったく見事な比喩として成立している。人間のように社会化されてはいないが、しかし彼ら独自の非人間的とも言える社会を形成している者としての「猿」。なぜ少年少女の姿をした「猿」が生まれるのか……『MONOS 猿と呼ばれし者たち』は、その背景にある混沌状態を獰猛に、しかし同時に神話的に描き出す現代の戦争映画である。

 冒頭の光景からして、ただならぬ空気に覆われた映画だ。舞台となるのは雲の上に浮かぶようなコロンビアの山岳地帯で、そこで「モノス」とのコードネームを持つゲリラ兵たる少年少女たちが厳しい訓練を受けている。幻想的な画面と抽象的だが感覚を研ぎ澄まさせるようなシンセ・ミュージックがいっそう異界性を強調する。ただ、銃を持って訓練を受ける子どもたちが兵士なのだと映画を観終わっている自分はわかっているが、とりわけ映画の前半では彼らは気ままに遊んでいるだけのようにも見える。ボールを蹴り、仲間同士で取っ組み合う。キノコを食ってトリップする。仲間内で認められた「パートナー」になるという独自のルールもあるようだがキスやセックスをするのにジェンダーやセクシュアリティの規範はないようで、異性愛の枠に囚われずに無邪気に性愛を交わしたりもしている。ただ同時に、そんな子どもたちの生活には人質のアメリカ人女性を監視する役目もあり、平和な国で育つ子どもたちとは異なる「仕事」が与えられている。そうした異様な日常は均衡が保たれていたが、ある事件をきっかけにして、ずるずると極限状態のサヴァイヴァルへと突入していく。映画の舞台はジャングルへと変わり、まるで『地獄の黙示録』からアメリカン・ポップ・カルチャー的な要素を削ぎ落して原初的な生存欲求を剝き出しにしたような様相を帯びてくる。そして「猿たち」は鬱蒼とした自然のなかで、ますます文明から外れた存在へと変容していくこととなる……。

 1980年生まれの気鋭アレハンドロ・ランデス監督(ブラジル生まれで、エクアドル人の父とコロンビア人の母との間に生まれたそう)の3作目となる本作は、映像体験としても圧倒的なものを見せてくれるが、主題としても気迫がこもったものだ。監督いわく映画はコロンビアの長く続く内戦状態からインスピレーションを受けて生まれたそうだが、より具体的には、キューバ革命後にラテンアメリカでゲリラ化していった左派組織がモチーフになっているという。コロンビアのサントス元大統領は主要ゲリラ組織のFARC(コロンビア革命軍)との和平合意に署名したが、大衆に歓迎されているとは言えない状況であり、ゲリラであることが常態となってきた者たちを今後どのように社会に包摂していくかが大きな問題になっている。そして本作は、誘拐や略奪が日常となっている者たち――しかも子どもたちだ――の生きる世界を理屈でなく感覚的に味わわせるのである。こんな風にどうにか生きてきた「猿たち」は、果たして「市民」へとなれるのか?と。いや、本作のヘヴィに乾いた映像を観ていると、そんな発想すら傲慢なものに感じられてくる。猿が人間よりも劣っているなど誰が決めた? 彼らは本当にたまたまゲリラとして生きることを余儀なくされたのだから。
 まだはっきり覚えているところで自分が近い感覚を味わったのは、映画の風合いこそ違えどブラジルのクレベール・メンドンサ・フィリオ監督による『バクラウ 地図から消された村』(2019)で、そこでは強欲な政治家に支配されようとする僻村の抵抗がきわめてヴァイオレントに立ち上がっていた。暴力が日常となった共同体ではどこか寓話的な語りが生まれてくるというのが興味深いが、それだけ常軌を逸した事態がいまここに存在するということなのだろう。『MONOS』はコロンビアの内戦という特殊な状況を出発点としながらも、それをリアルなドキュメンタリー風にではなく現代の神話として見せることで、土地を限定しない「混沌」を巡る思索となった。猿と人間を分かつものがいったい何なのか、わたしたちは考えることとなる。

 そして本作の超越した佇まいをぐいぐいと高めるのがミカチュウことミカ・リーヴィによる音楽であることは間違いない。空き瓶を笛代わりにし、ティンパニの打音とストリングスの唸り声、シンセの浮遊感を混ぜ合わせたおどろおどろしくも陶酔感を孕んだ音像は、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016)の際よりさらに異様な映画音楽として観る者の精神状態を不安定にする。今年はティルザの素晴らしい新作のプロデュースを手がけたことでも話題になった彼女が、映画音楽家としても最前線に立っていることは頼もしい限りである。

予告編

Ecstasy Boys - ele-king

 90年代初頭、セックス・ピストルズの“アナーキー・イン・ザ・UK”をサンプリングした世界初のハウス・ミュージックの制作者として、大阪のエクスタシー・ボーイズ(Ecstasy Boys)の名は、すぐに海を越えてUKのロック批評家たちにも衝撃を与え、また、NYハウスの名門〈Strictly Rhythm〉からも作品をリリースしたことでシリアスなハウス・リスナーからも一目置かれ、『UFO』のころの電気グルーヴのフロントアクトを務めたことから電気ファンにも名が知られ、下北ZOOではDJブースの背後に曼荼羅をつるしながらハウスをスピンしていたことから、否応なしにその名を覚えられたのだった。
 2009年に永眠した天宮志龍(志狼)と、弟の天宮辰朗、キーボーディスト小滝みつるらを中心に結成されたエクスタシー・ボーイズ、その超まぼろしのデビュー・アルバム『Moon Dance』が、アルバム参加メンバーでもあるDr.Tommy (元ヴィブラストーン)の手により全曲リマスタリングが施され、去る12月15日にCD発売された。来年には豪華2枚組帯付きLPでのリイシューも決定している。この機会にジャパニーズ・ハウスの伝説に触れてみよう。

Ecstasy Boys
Moon Dance (2021 Remaster) (CD)

amidst / AMDS-004
発売中 / 2,640円(税込)
https://diskunion.net/clubt/ct/detail/1008344941

Ecstasy Boys
Moon Dance (2021 Remaster) (2LP)

amidst / AMDS-005
2022年2月23日発売 / 5,500円(税込)
https://diskunion.net/clubt/ct/detail/1008344945

interview with Gusokumuzu - ele-king

ポップだけど、そっちに流されすぎないってとこ。必ずメッセージはいれたい。負けもせず勝ちもせずもやもやしてる若者の違和感を歌いたい。

 グソクムズがセルフタイトルの1stアルバムを完成させた。東京を拠点に活動するたなかえいぞを(Vo, G)、加藤祐樹(G)、堀部祐介(B)、中島雄士(Dr)の4人組は、井上陽水や高田渡、はっぴいえんどらのDNAを受け継ぎながら、2021年の感覚でよるべない若者を描写する。77年生まれで90年代に青春を過ごした筆者は、豊かでもなく貧しくもない状態が永遠に続くと思っていた。その意味で輝かしくはないが、未来は確かにあると。だがいまの子供たちは何を思う。大半の大人が人間不信に陥り、景気も気候も悪い。おまけに未知の伝染病まで蔓延する。グソクムズの1stアルバムにはそんなディストピアをリアルに生きる若者の気持ちが描かれる。
 そんなアルバムについて、さらに今回はバンドのヒストリーをたなかえいぞをに聞いた。


今回取材に応じてくれたヴォーカル/ギターのたなかえいぞを

息してるだけでお金がなくなっていく。夢も生活もどんどん削られているのに、街はどんどん発展してでっかいのが建って。地元の吉祥寺も、下北沢も。僕はそこでうまく生活できないなって思うんですよ。

グソクムズはもともとたなかさんと加藤さんのフォーク・デュオだったんですよね?

たなか:そうです。加藤くんとは高校から付き合いでいっつもふたりで遊んでました。僕らは不良とオタクと引きこもりしかいない高校に通ってて。僕はクラスの人気者だったけど、加藤くんは日陰者でした(笑)。でも音楽の趣味というか、単純に気があったのですごく仲良くなりました。

そんな学校で人気者だったということは、たなかさんももともとはすごい不良だったとか?

たなか:いやいやいや。本物の悪い人たちはだいたい1年の1学期でいなくなっちゃうんですよ。僕は平和主義者だし。1年でやめちゃったけど大学にも行ったし。

音楽にはどのようにハマっていったんですか?

たなか:原体験は両親ですね。いま65歳なんですが、家で60~70年代のカーペンターズとかサイモン&ガーファンクルとかがよくかかってたんです。そういうのを自然に聴いてたから、60~70年代の雰囲気がいちばん馴染むんですよね。高校とかだとまわりはワンオクとかセカオワを聴いてました。僕はそういう人たちとも仲が良くて、音楽のことは加藤くんと濃く話してた感じですね。彼はすごく音楽に詳しくて。井上陽水や高田渡も加藤くんが教えてくれました。そこから僕もどんどん音楽にのめり込んでいった感じですね。

フォーク・デュオを結成した経緯は?

たなか:高校を卒業したあとよくふたりで公園で焚き火しながら朝まで話したりしてたんですよ。七輪を買ってきて、なんかを焼いて食べたり。その流れで、ある日加藤くんがギターを持ってきたんですよ。そこで一緒に陽水さんのカヴァーしてるうちに「スタジオいこう」みたいなノリになったのがきっかけですね。

バンド名は当時からグソクムズだったんですか?

たなか:いや当時は別の名前でした。でもカッコ悪いのであんまり言いたくない。スタジオに通ううちに友達伝いで「ライヴやるから出ない?」って誘われたんですよ。フライヤーに名前をクレジットしなきゃいけなくて、僕らは名前なんて決めてなかったから適当につけたんです。グソクムズという言葉に当初の痕跡は残ってます(笑)。

「やるぞ!」というよりゆるく形になっていったんですね。

たなか:そうです。ニュアンス的には加藤くんと、マーシー(真島昌利)の『夏のぬけがら』みたいなバンドにしようぜって話してたんです。その名残として、グソクムズにもアコースティックな雰囲気が残ってるんだと思う。

バンド編成になったのは?

たなか:やってくうちに「もっとこうしたい」みたいな気持ちになってきて、通ってたスタジオの店員さんがギターで加入したんですよ。ギター3人組。その人はいま僕らのマネージャーをしてくれてます。で、その後、同じスタジオに来てた加藤くんの先輩だった二個上の堀部さんが加入します。巷では楽器がうまくて有名だったんですよ。その後ドラムはなかなか決まらず、いろんな人とスタジオに入ったけどなんか合わなくて。そこで最終的にスタジオの店員だったナカジさん(中島雄士)を誘ってようやくいまの4人組になりました。

『グソクムズ』は演奏面、楽曲面ともに1stアルバムとは思えない安定感のある作品だと思いました。

たなか:いわゆる初期衝動みたいなものは、それこそ加藤くんとふたりでやってた頃に作ったシングルで出しちゃったからだと思います(笑)。堀部さんもナカジさんもいろいろなバンドを経てのグソクムズだったりするし。アルバムを聴いて安定感を感じていただいたのだとしたら、そのへんが出てるんじゃないかな。あと僕らはかなり細かく作品を作り込んでいくタイプなんですよ。

スタジオに集まってセッションしながら作っていくのではなく?

たなか:はい。コロナだからスタジオに行けなかったというのはあるんですが、僕らは基本的に全員が作詞作曲するんですね。加藤くんは歌えないけど、グソクムズ以前は堀部さんもナカジさんもそれぞれギターを弾いて歌ってたんですよ。そんな感じで、昔はみんなで一緒にスタジオに入って、それぞれ作ってきた曲を披露する会とかもしてたんですけど、いまはそれぞれが宅録して納得できるデモができたら、LINEのグループトークにデータを投げて、「これいいね」ってなったらあれこれ話しながらこつこつと完成度を高めていく形で作っています。

なるほど。本作は統一感があるけど、同時に音楽的な幅も感じたんです。それがメンバー全員の個性なんですね。

たなか:ですね。例えば1曲目の “街に溶けて” は堀部さんが作りました。この曲はフォークっぽいけど、彼は黒人音楽やメタルも好きで、幅広く音楽を聴くんですね。8曲目の “グッドナイト” も堀部なんですけど、これはベースがグイグイいわしてる。

“街に溶けて” にはいちばんはっぴいえんどを、“グッドナイト” にはいわゆるシティ・ポップらしさをいちばん感じました。

たなか:堀部さんはモテ曲が多いんですよ(笑)。

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はっぴいえんどはアングラすぎるし、山下達郎はトレンディすぎる。グソクムズはその中間がいい。それにメンバー全員が井上陽水さんを好きなので、その色は消したくない。だからシティ・フォークと言ってるんです。

MVにもなった “すべからく通り雨” は誰が?

たなか:ナカジさんですね。夏に「曲を作ろっか」とデモを持ち寄ったとき、全員一致で「これはA面だね」っていうくらいポップ。

たなかさんが作詞作曲したのは?

たなか:“迎えのタクシー”、“そんなもんさ”、“濡らした靴にイカす通り” です。今回のアルバムは事前にシングルとしてリリースしてた “夢が覚めたなら”、“街に溶けて” に加えて、“すべからく” や “グッドナイト” みたいな、バンドとして強い曲、柱になる曲を入れようという話になったんですよ。僕と加藤くんはバンドの幅を表現する曲を作っていった感じですね。

“迎えのタクシー” はアルバムのなかでいちばん土臭い雰囲気がありますね。

たなか:僕はもっとポップな感じで作りたかったんですよ。でも僕はこのスケールのフレーズしか弾けないから、とりあえずデモを作って、あとはみんなにいい感じにしてもらおうと思ってたんです。そしたら「なんでこのコード進行にこのギター・フレーズなの?」って突っ込まれて。しかもフレーズが採用されて、コードを換えてるんですね。だからこの曲は前半がブルースっぽくて、後半がポップスっぽいんです。

この感じすごい好きでした。“そんなもんさ” にも通じますが、たなかさんの曲はちょっとやさぐれた雰囲気がありますね。

たなか:“そんなもんさ” はコード進行と歌詞だけはずっと自分のなかにあって。作ったのは結構前ですね。僕は基本的にいつもいっぱいいっぱいなんです。キャパシティもそんな大きくないほう。どの曲もしっかりと作り込みたい気持ちはあるけど、忙しいとすぐ「疲れたなあ」と思っちゃう。根がいい加減なんです。それでこういう歌詞になりました。でも今回のアルバムにはいいかなと思ってみんなに聴かせた感じですね。僕らは4人が作詞作曲するから、みんなのなかに「グソクムズらしさ」があるんですよ。

「グソクムズらしさ」とは?

たなか:共通する部分もあってそこがアルバムの統一感に繋がってると思うんですが、同時にそれぞれのバックグラウンドや考え方で微妙に違うとこもある。僕が思うのはポップだけど、そっちに流されすぎないってとこ。必ずメッセージはいれたい。負けもせず勝ちもせずもやもやしてる若者の違和感を歌いたい。僕はグソクムズの違和感担当ですね。

高校時代は人気者だったのに?

たなか:学生の頃の僕は何も考えてなかったんですよ(笑)。だけどバンドで生きていこうとなってからは考えることが多くなりました。その感じが出てるのが “濡らした靴にイカす通り” です。僕は革靴が好きなんですけど、お金ないからあまり手入れできない。息してるだけでお金がなくなっていく。夢も生活もどんどん削られているのに、街はどんどん発展してでっかいのが建って。地元の吉祥寺も、下北沢も。僕はそこでうまく生活できないなって思うんですよ。違和感を感じるし、置いていかれる気持ちになる。

ライヴハウスの音が良かったり、歌ってて気持ちが良かったりすると歌詞を忘れちゃうんですよ。昔はそういう自分が嫌でライヴ自体が苦手でした。けど、コロナ前くらいから「楽しければなんでもいいか」と思えるようになった。

表現するようになって、現実や自分と向き合うことが多くなった?

たなか:それもあるけど、やっぱバンドを本気でやるようになってからですね。最初は他力本願なとこがあって、週1でライヴしてればレーベルの誰かが見つけてくれてなんとかなっていくんだろうと思ってたんです(笑)。でも当たり前のように世の中そんな甘くなくて。ライヴハウスのブッキング・ライヴに出ても友達しか呼べない。他のバンドも友達を呼んでる。当時の僕らは、まあいまもなんですが、お金が全然なくてMVを作れなかった。仮に(僕らのことを)気になってくれたとしても、探す術がないんですよね。そんな状態でいくらブッキング・ライヴに出ても意味ないなと思った。ノルマ代も、練習スタジオ代もバカにならなかったし。だから僕らは3年前にライヴをやめて、そのお金を全部制作につぎ込むことにしました。レコーディングして、MV作って YouTube にアップして。

まさに「夢も生活もどんどん削られている」なかで、ドラスティックに活動スタイルを変えたんですね。

たなか:自分たちの甘えもありましたけど(笑)。とはいえ、バンドをやってたり、夢を持って生きてる人にはいまって生きづらい世の中だと思う。この曲(“濡らした靴~”)は、「でもイカした生き方ができるんだぜ」って思いで書きました。僕が書いた曲は割と僕がリアルタイムで感じてることが反映されてるかもしれないです。普段から感じてることや使いたい表現をいつもメモしてて。僕は曲先でも詞先でもない。そのときに口ずさんだものが曲になっていく。さっき言われたように、曲を書いてて何かと向き合って気づくこともあるし、「あれ? 変だぞ」って違和感をそのまま歌にすることもある。これは後者ですね。

ライヴは今後もやらないスタイルで活動していくんですか?

たなか:いや来年からはやる予定です。昔は僕がライヴが苦手だったんです。僕、ライヴハウスの音が良かったり、歌ってて気持ちが良かったりすると歌詞を忘れちゃうんですよ。今回のアルバムだと加藤くんが作った “夢が覚めたなら” とか。彼はメロディーとリズムにあった言葉を並べてくのに長けてる人。だからあの曲は歌っててめっちゃ気持ちいい。たぶんライヴでやると確実に歌詞が飛んじゃうタイプの曲(笑)。でも昔はそういう自分が嫌でライヴ自体が苦手でした。けど、コロナ前くらいから「楽しければなんでもいいか」と思えるようになったので、いろいろ収束したらどんどんライヴをやっていきたいです。

ちなみに仲が良いバンドやアーティストはいますか?

たなか:The Memphis Bell ってブルース・バンドと、工藤祐次郎さんですね。工藤さんとはコロナもあって全然会えてないんですが、最後にお会いしたときは一緒にやりたいねと言ってくださっていて。

グソクムズは街に心象を重ねる描写も多く、今後いわゆるシティ・ポップの文脈で語られるような気がします。それについてはどう思いますか?

たなか:僕らは最初から自分たちの音楽をシティ・フォークって言い張ってたんです。そういうジャンルがあるのかわかんないけど(笑)。もちろんはっぴいえんども山下達郎も好き。でも僕らの感覚だと、はっぴいえんどはアングラすぎるし、山下達郎はトレンディすぎる。グソクムズはその中間がいい。それにメンバー全員が井上陽水さんを好きなので、その色は消したくない。だからシティ・フォークと言ってるんです。

シティ・フォークってグソクムズの音楽性にぴったりですね。では最後に今後の抱負を。

たなか:今回のアルバムは正直自信作です。かなりしっかり作り込みました。でも来年には2ndアルバムに向けて動き出すつもり。まずはこの1stアルバムをいろんな人に聴いてもらいたいですね。


グソクムズが吉祥寺・渋谷の3店舗でインストアイベントを開催! 松永良平(リズム&ペンシル)に加えて柴崎祐二(音楽ディレクター/評論家)、レコードショップ店員等からのコメントも到着!

12/15(水)に吉祥寺の新星 "グソクムズ" が、1stアルバム『グソクムズ』をリリース。吉祥寺・渋谷のレコードショップ3店舗で観覧フリーのインストアイベントを開催することが決定しました。

・12月19日(日) 14:00 at HMV record shop 吉祥寺
・12月25日(土) 16:30 at タワーレコード吉祥寺
・1月30日(日) 16:00 at タワーレコード渋谷

そして松永良平(リズム&ペンシル)に加えて柴崎祐二(音楽ディレクター/評論家)、レコードショップ店員等からのコメントも到着。特設サイトよりご覧いただけます。

[グゾクムズ インストアイベント詳細/特設サイト]
https://special.p-vine.jp/gusokumuzu/

・グソクムズ - すべからく通り雨 (Official Music Video)
https://youtu.be/TE-rqPUvyuM
・グソクムズ - グッドナイト (Official Music Video)
https://youtu.be/n8LwWJvvDd4

[リリース情報①]
アーティスト:グソクムズ
タイトル:グソクムズ
レーベル:P-VINE
品番:PCD-22443
フォーマット:CD/配信
価格:¥2,420(税込)(税抜:¥2,200)
発売日:2021年12月15日(水)

トラックリスト
01. 街に溶けて
02. すべからく通り雨
03. 迎えのタクシー
04. 駆け出したら夢の中
05. そんなもんさ
06. 夢が覚めたなら
07. 濡らした靴にイカす通り
08. グッドナイト
09. 朝陽に染まる
10. 泡沫の音 (CD盤ボーナストラック)

[リリース情報②]
アーティスト:グソクムズ
タイトル:グソクムズ
レーベル:P-VINE
品番:PLP-7776
フォーマット:LP
価格:¥3,520(税込)(税抜:¥3,200)
発売日:2021年12月15日(水)

トラックリスト
A1. 街に溶けて
A2. すべからく通り雨
A3. 迎えのタクシー
A4. 駆け出したら夢の中
A5. そんなもんさ
B1. 夢が覚めたなら
B2. 濡らした靴にイカす通り
B3. グッドナイト
B4. 朝陽に染まる

[プロフィール]
グソクムズ:
東京・吉祥寺を中心に活動し、"ネオ風街" と称される4人組バンド。はっぴいえんどを始め、高田渡やシュガーベイブなどから色濃く影響を受けている。
『POPEYE』2019年11月号の音楽特集にて紹介され、2020年8月にはTBSラジオにて冠番組『グソクムズのベリハピラジオ』が放送された。
2014年にたなかえいぞを(Vo / Gt)と加藤祐樹(Gt)のフォークユニットとして結成。2016年に堀部祐介(Ba)が、2018年に中島雄士(Dr)が加入し、現在の体制となる。
2020年に入り精力的に配信シングルのリリースを続け、2021年7月に「すべからく通り雨」を配信リリースすると、J-WAVE「SONAR TRAX」やTBSラジオ「今週の推薦曲」に選出され話題を呼び、その後11月10日に同曲を7inchにてリリース。そして待望の1stアルバム『グソクムズ』を12月15日にリリースすることが決定。
HP:https://www.gusokumuzu.com/
Twitter:https://twitter.com/gusokumuzu
Instagram:https://www.instagram.com/gusokumuzu/

Burial - ele-king

 批評家サイモン・レイノルズをして「21世紀でもっとも重要なエレクトロニック・ミュージック・アルバム」とまで言わしめた『Untrue』から15年、ブリアルがそれ以来となる長編作品(5曲入り)を年明け1月にリリースする。タイトルは『Antidawn』つまり「反夜明け」。『Untrue』=「非真実」に続く言葉としては、なかなかのインパクトである。アートワークもどう考えても、『Untrue』の続きを感じさせるものなのだが……
 〈Hyperdub〉からは新着の写真も届いている。こちらはなんとなく微笑ましかったりして、が、しかしそのサウンドは……(以下、レーベルの資料から)

 『Antidawn』はブリアルの音楽を気化させる。

この作品は、混乱したつぎはぎのようなソングライティングと、不気味なオープンワールドゲームの環境音との間に存在する領域を追求する。

そこにある中間地帯では、歌詞が歌よりも優先され、孤独なフレーズが霞を彩り、荒々しく断片的な構造が時間の歩みをスローダウンさせる。

『Antidawn』は、冬の都市のストーリーのようで、何かが聴くものを夜の世界へと誘う。その結果、心地良さと不穏さが同居し、冷気の中に静かで不気味な光を生み出す。ひとたび「悪い領域」に達すれば、呼吸すら奪われてしまう。そして、時が止まる。

 ああ、ウィリアム・ビヴァンよ、そなたは何処に行く。


Burial
Antidawn

BEAT RECORDS / HYPERDUB
2022年1月28日(金)発売
※国内盤特典:オリジナルステッカー&解説書封入

Richard Dawson & Circle - ele-king

 ここ5年ほどの間のエレキングで紹介されていた音楽のなかで、自分にとって最大の発見のひとつがリチャード・ドーソンだった。人びとから忘れ去られていたフォークロアを土から掘り起こして手製の火鍋でグツグツ煮こんだような『Peasant(小作人)』(2017)は時代が時代ならフリーク・フォークと呼ばれていたかもしれないが、そう呼ぶときの神秘的な雰囲気よりももっと煤けた人間臭さがあったし、中世をコンセプトにしたという奇抜な発想にもたちまち惹きつけられた。サウンド的にもストーリーテリング的にも独特すぎて時代錯誤なのか時代超越的なのかもよくわからない、聴けば聴くほどに彼が作り上げる世界へと迷いこむ感覚があったのだ。
 あるいは、2019年の個人的なベスト・ソング “Jogging” (『2020』収録)は鬱をテーマにした曲で、メンタル・ヘルスの改善のためにジョギングをはじめた小市民のぼやきが語られる。そこで描写される彼の憂鬱は曖昧なものだが、どうやらその原因のひとつに近所のクルド人家族の家に嫌がらせがおこなわれ、警察もそれをほったらかしにしていることがあるのがわかってくる。社会に対する無力感が根にあるのだ。そしてドーソンは間延びした声で歌うのである、「あー、ぼくはパラノイアに違いない」と。パブ・ロックを演奏しようとしたおじさんが酔っぱらいすぎた結果、ハード・ロックとシンセ・ポップをごちゃ混ぜにしたような音で。そんな風に、ドーソンの歌は小さな人間たち──それは現代人の場合も過去の人間の場合もある──の人生の虚しさや悲しさをつぶさに描きつつも、絶対にユーモラスな語りと音を手放さない。

 本作はそんな異色のシンガーソングライターたるリチャード・ドーソンとフィンランドのロック・バンドであるサークルのコラボレーション・アルバムだ。オルタナティヴ・メタル・バンドだと紹介されていることの多いサークルのことをまったく知らなかったので何作か聴いてみたが、サイケデリックなフォーク・アルバムがあったり、かと思えば激ヘヴィなギター・ロック・アルバムがあったりして正体がよくわからない。が、メタルというよりプログレ・バンドと呼ぶほうがまだ近い感じがあり(アヴァン・ロックと呼ばれたりも)、その雑食性からドーソンと馬が合ったのかもしれない。
 そして本作『Henki』は、風変りな者同士の組み合わせを存分に楽しむように、ありとあらゆるところに脱線が仕込まれた奇天烈なロック・アルバムになっている。オープニングの “Cooksonia” はドーソンらしいユルく脱臼したフォーク・チューンながら、“Ivy”、“Sliphium” と進めばハード・ロック、クラウト・ロック、ジャズ・セッションとコロコロと展開を変えていく。メタル・バンドらしく(?)シアトリカルな意匠も多く、そのなかで、もともとオクターヴを行ったり来たりするドーソンの素っ頓狂な歌唱がより大仰に炸裂する。そしてその様が……ものすごく笑える。海外の評にはノイ!とジューダス・プリーストが同居しているなんて書かれているものもあり、字面だけ見るとそんなバンドあってたまるかと思うけれど、実際に存在すると可笑しくて仕方ない。シングル曲 “Methuselah” でドーソンがハイトーンで絶唱すれば、ここぞというタイミングでギター・ソロがギュイギュイ鳴らされ、自分のなかに存在していなかったはずのハード・ロック魂が燃え盛りそうになる。ロックのクリシェをパロディでやっているのか本気でやっているのか掴みかねるところがあり、だんだんそれが気持ちよくなってくるのである。

 その “Methuselah” は世界最古の木を発見しようとする男の物語とのことで、ある意味では、気候変動についての歌として読むこともできるかもしれない。意識の高いメインストリームのポップ・シンガーが気候変動について歌うことも珍しくない現在にあっても、ドーソンの語りはやっぱり、ずば抜けて変だ。ただ、その示唆に富んだストーリーテリングは聴き手の想像力を掻き立てるところがある。アルバム・タイトルの「Henki」はフィンランド語で「精神、霊」の意味で、曲名はすべて植物の名前がつけられられているそうだが、たとえばアルバム中では存外に叙情的なジャズ・ロック・ナンバー “Silene” は3万年以上前にリスが埋めた種がロシアの研究者の手によって発芽したという逸話がモチーフになっているという。なぜドーソンはそんな妙な話を引っ張ってくるのか? わからない。わからないがしかし、植物をテーマにすることによって、人間の営みのちっぽけさを表そうとしたのではないかと自分には思える。ドーソンの歌には、そうだ、いつも人間の存在そのものの物悲しさが張りついている。
 それでも、アルバムのラスト3曲──“Methuselah”、“Lily”、“Pitcher” を続けて聴き、オペラ的にドラマティックな歌唱まで飛び出してくる頃には大笑いしてしまう。語りも面白いが、何より音がユーモラスなのだ。サウンドそのもので笑わせてくれる音楽は貴重だし、飄々とした逸脱というか、常識から大幅に外れるひとたちがナチュラルに朗らかな表現を達成している様は胸がすくものがある。このエキセントリックなロック音楽には、主流を外れてしまう人間を愉快な気持ちにさせる力が秘められているから。

ele-king vol.28 - ele-king

特集:未来をリセットする

未来を感じさせるバンドやアーティストのインタヴューをはじめ、
ロンドンやベルリン、NYなどの音楽シーンの状況を踏まえつつ、
「現在」と「未来」について再考する──

インタヴュー:
ブラック・ミディ
ロレイン・ジェイムズ
ブラック・カントリー、ニュー・ロード
スクイッド

2021年ベスト・アルバム
アーティストやライター総勢32名による個人チャート&ジャンル別ベスト

良質な音楽が数多く生み落とされた2021年、もっとも輝いていた作品は何だったのか?

目次

特集:未来をリセットする

●インタヴュー
ブラック・ミディ (イアン・F・マーティン)
ロレイン・ジェイムズ (野田努)
ブラック・カントリー、ニュー・ロード (木津毅)
スクイッド (小林拓音)

●未来を感じさせる音楽
(髙橋勇人、小川充、岡村詩野、三田格、大前至、野田努)

●コラム&レポート
インディーズの未来をリセットする (イアン・F・マーティン)
自助共助公助のうそ──七尾旅人のフードレスキューが救った言葉 (水越真紀)
パンデミック以降のイギリスと日本の音楽シーンを比較してみる (レイ・ハーン)
DJから見たイギリス、ヨーロッパ、日本のパンデミックとその未来 (CHANGSIE)
ニューノーマルに適応したニューヨークは活気を取り戻しつつある (沢井陽子)
ベルリン──シビアな管理体制を敷きながら、またしても増加する感染者 (浅沼優子)

[FLASHBACK 2021]
大盛況だったフィッシュマンズ・リヴァイヴァル (植田亜希子)

2021年ベスト・アルバム30
2021年ベスト・リイシュー15

ジャンル別2021年ベスト10
エレクトロニック・ダンス (yukinoise+髙橋勇人)
テクノ (佐藤吉春)
インディ・ロック (天野龍太郎)
ハウス (渡部政浩)
ジャズ (大塚広子/小川充)
USヒップホップ (大前至)
日本ラップ (宮崎敬太)
アンビエント (三田格)
ダブ (河村祐介)

2021年わたしのお気に入りベスト10
──アーティスト/DJ/ライターほか総勢31名による個人チャート

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2021年を振り返る座談会
(マシュー・チョジック+水越真紀+野田努)

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グソクムズ - ele-king

 このアルバム『グソクムズ』は、懐かしい。この懐かしさは確かに、「〇〇のような」(〇〇に代入されるのは、サニーデイ・サービスであったり、キリンジであったり、キンモクセイであったり、デビュー間もない頃の never young beach であったりするだろう)という、これまでの邦ポップス史に現れた様々なアーティストとの音楽的類似によるのも大きいだろうが、そのような参照関係を超えた、何かもっと複層的で多面的な「懐かしさ」を蔵しているふうだ。

 「はっぴいえんど史観」という言葉がそれなりの説得力をもって流通している通り、1990年代以降の邦ポップス・シーンにあって、都会的な洗練をまとったフォーク・ロックの系譜というのは、かなり豊かなものがある。グソクムズもそうした系譜の上に現れたバンドであることは、そのサウンドを聞いてみてすぐにわかるだろうし、「“ネオ風街” と称される4人組バンド」とプレス資料にあるように、そうした都会的フォーク・ロックと、かつてのティン・パン・アレー~シュガー・ベイブ周辺のシティ・ミュージックを大いに参照しているのもわかる。
 主に北米の1970年代ポップス~ロックの芳醇な蓄積を源泉に据え、〈URCレコード〉や〈ベルウッド・レコード〉から連綿と流れる、フォークからニュー・ミュージックへと発展していく同時代の日本産音楽に多大なインスピレーションを受けたインディー・ポップ。これらを指してここ10年ほどで盛んに用いられた(やや漠然とした)用語に、「グッド・ミュージック」というのがあるが、グソクムズの音楽はまさしくこの「グッド・ミュージック」志向の最新継承形と考えるのが適当だろう。

 グソクムズは、東京・吉祥寺を拠点に活動するバンドだ。「風街」とは、(松本隆のコンセプトによれば)1964年の東京オリンピックを境に様変わりしてしまった青山・渋谷・麻布界隈のかつての原風景を空想的/詩的に捉えようとした概念であったわけだが、その「風街」喪失の物語類型も、後の都市開発の波とともにだんだんと西方に遷移してきて、いまでは吉祥寺に根をおろしている、ということなのかもしれない。都心部の「あの頃」を映したはずの「風街」は、いつしか郊外の「あの頃」を映すようになった。
 これは、グッド・ミュージック的系譜の主な発信地が、都心から渋谷、下北沢、吉祥寺等の武蔵野地域へと時代を下りながら移っていったのにも対応しているように思う。つまり、「風街」というコンセプトのリアリティが都市の中心から徐々に周縁化していく軌道と、シティ・ミュージックからシティ・ポップ、渋谷系、ポスト渋谷系から東京インディーへ、という都会的ポップスの展開の時系列的変遷が対応しているのではないか、ということだ。そういった意味で、2021年においてグソクムズの音楽が奏でられるのは、おそらく必然的に吉祥寺でなければならなかったわけだ。

 アーバンとルーラルの境界の混じり合った性質=郊外性が、吉祥寺という街の微妙な文化的アイデンティティを形作ってきたのは間違いのないところだろう。「風街」からやってくる東風がそよぎわだかまる場所としての吉祥寺にはかつて、日本のフォークの歴史を振り返るときに外せない「ぐゎらん堂」があったり、アヴァンギャルド・ミュージックの梁山泊たる「マイナー」もあった。1980年には(元祖「風街」文化圏とも何かと関連の深い)PARCOがオープンしているし、いまももちろん現役で街の音楽文化をもり立てる「曼荼羅」グループの各店をはじめ、様々な音楽関連施設がある。
 私自身、数年前まで吉祥寺の近くに暮らしていたので、実際、グソクムズの若々しくも品のあるフォーク・ロック・サウンドが、あの街の風景によく馴染みそうなのがよくわかる。どこかでローカリティと非洗練の匂いを残している街並みには、このアルバムで聴けるような(あるいは、はっぴいえんどが架空的に鳴らしたような)、都会的洗練と泥臭さが入り交じったサウンドが似合う。「都市に暮らしている」ということへの自己言及性と、それゆえの含羞としてのルーラル志向が拮抗する様。もしかすると、それこそがはっぴいえんど以来の都会人による邦ポップスを駆動してき基調論理だったのかもしれない、と思ったりもする。

 既に見たように、「風街」という概念には、その発祥の時点からしてノスタルジアが含まれていた。とすると、グソクムズの「ネオ風街」は、さらにその外側にもう一枚のノスタルジアを纏っている、ということになる。
 実のところ、こうした「二重のノスタルジー」というべきものは、例によってはっぴいえんど以後の系譜をたどっていくと、さして珍しくはない。というか、はっぴいえんどという(この場合、バンドというかコンセプト)を、(無自覚な例も含めて)事後から参照するにあたって必然的に引き受けなければならない戦略だともいえる。かつて1990年代にサニーデイ・サービスが描いた音楽の中には、その時点ですでに1970年代初頭の風景への集合的ノスタルジアが溶け込んでいたし、更には、1970年代初頭(ポスト「1968年革命」時代)に芽生えた更に前の時代へのノスタルジアが折りたたまれていた。昨今のシティ・ポップ流行りにしてもそうで、ある側面からみれば、1950年代末〜1960年代初頭の『アメリカン・グラフィティ』的な風景への憧憬を孕んだ1980年前後のニュー・ミュージックを、更に現在から愛でているという現象でもある。

 ここで、無粋を承知の上であえて比較してみたいのが、2010年代に隆盛したヴェイパーウェイヴにおけるノスタルジア観だ。
 ヴェイパーウェイヴでのそれは、過去(主に1980年代から1990年代前半にかけて)に抱かれていた輝かしい未来像にノスタルジアを投影する入り組んだ構造=「挫折した未来へのノスタルジア」が見られたわけだが、「風街」系譜のノスタルジアとは、やや性格を異にしている(ドメスティックな系譜としての「グッド・ミュージック」的価値観は、そもそもヴェイパーウェイヴ的なものとは長らく交わらずに来た)。
 「ネオ風街」は、ヴェイパーウェイヴがそうしたようにテクノロジカルな未来像を追慕するのではなく、「素朴なノスタルジア観へのノスタルジア」を含み込んでいると言うのが適当だろう。当然これは、通常の一義的なノスタルジア欲求とも違う。つまりここでは、挫折した未来観を懐かしむというヴェイパーウェイヴ的ノスタルジアの反響的相似形として、1970年代からそれ以前を眼差した場合のようにありし日を思慕しようとする素朴なノスタルジアを現在では懐き得ないことへの哀切の念=「素朴なノスタルジア観へのノスタルジア」が喚起されているのではないだろうか(オリジナルの「風街」コンセプトが、そのように素朴な心性に起動されていたものだったのか、そしてそれは多分違うだろう、という議論はここでは置いておきたい。重要なのは、かつての「風街」的ノスタルジアが、現在ではそのように「好ましく」「素朴」なものとしても眼差されているのではないか、という点だ)。
 「素朴なノスタルジアを抱き得たあの時代」への追慕/哀切の念が、また新たなノスタルジアを駆動するような状況。要するに、「素朴なノスタルジアを抱くことに対するメタ的なノスタルジア」。これこそが、「ネオ風街」という概念が辛うじて、しかしごく批評的な機能をもって現在性を担保し得ている領域なのではないか。素朴に過去を思慕する契機を奪われた現在の若者たちが、「風街」からの引導を受け取りながら、いま一度好ましく過去を想うための時空を、音楽を通じて立ち上がらせようとしている……という。

 『グソクムズ』は、その音楽も「グッド・ミュージック」的であるとすれば、当然その言葉(歌詞)も「グッド・ミュージック」の粋を集約したものに聴こえてくる。
 主情主義的な感情の吐露は巧みに抑えられ、あくまで身近な「風景」を切り取り、それらを自然主義的に描写する品の良い言葉が列せられていく。一方で、「君」と「僕」はあくまで彼らの生活意識の延長に配置され、奥ゆかしい描写でもってキャラクタライズされていく。こうした音楽を奏で歌うグソクムズのメンバー自身の生活風景も、きっとこのようにさりげないあれこれに彩られているのだろうと想像させてくれる。少しの憂いや倦怠も、こうした風景の切り取り術にとってはむしろ望ましいペーソスなのかもしれない……。
 このように書くと、何やら彼らの歌詞をいかにも「リアリティ」に欠けた「雰囲気重視」だと指弾しているように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。ある意味でこれは、(そのサウンドと同じく)従前の邦ポップス史において豊かに実践されてきた手法の率直な継承であるし、元をたどるならやはり、かつて松本隆がはっぴいえんどで試みた風景論的詩作法(繰り返すが、ここにはかなりハイコンテクストな問題提起があったはずなのだが)を素朴に内在化し、彼らなりにコンバートしたものだろう。
 これもまた、上のノスタルジアの議論を通過した耳で聴くと、そのような詩作がなされた「あの時代」への憧憬と追慕ゆえの(結果的にメタ的な批評性を帯びざるをえない)実践ととるのが適当かもしれない。

 はっきりといえば、ここに描かれたような「ネオ風街」の風景からは、「社会」が剥落しているのではないか。私にとってはそう聴こえてくるし、「ネオ風街」という「思想」も、あたかも現在の社会的アクティヴィティからの柔らかなシェルターのようにも思えてくる。その点をもって、夢想的なエスケーピズムの匂いを嗅ぎ取って論難するのは簡単だろう。しかし、グソクムズのメンバーが無自覚だったとしても(というより、無自覚だったとしたらより一層その効果を増すわけだが)この音楽は、素朴なノスタルジアを抱きえた時代への追慕・哀切がみずみずしく鳴らされているという点で、結果的に現在の社会への批評的視座が付与されている、ともいえる。
 この音楽が、「社会不在」に聴こえてしまうのなら、ある意味でそれは、現代都市社会が抱え込んだなにがしかの不全ゆえのことかもしれないのだ。

Robbie Shakespeare - ele-king

 またレゲエ史が大きな曲がり角を曲がった。ロビー・シェイクスピアの死は世紀の “リディム・ツインズ” スライ&ロビーの死であり、レゲエ史上最高のリディム・マシーンが永久に操業を停止することを意味する。68歳とは若過ぎる。どこかであと5回や10回はステイジ上の2人を拝めるものだと勝手に信じ切っていた。ポスト=ボブ・マーリー世代のレゲエ愛好家であるぼくにとって、「レゲエ」とは、第一義としてスライのドラムに突き動かされ、ロビーのベイスに共振することだった。何故なら、はたち前の人生で最も多感な時期にブラック・ユフルのコンサート映像『Tear It Up』をヴィデオで観てしまったからである。あれで後頭部をガツンとやられた腫れが引かないまま生きてきた。マイク・スタンドの後ろに立つ異様な3ヴォーカリストの凄みを持ち上げつつもそれを凌ぐ、後ろのドラム&ベイスのすさまじいまでのクールさとインパクト。レゲエとは、他のジャンルにはない強烈な個性のフロントマンを “歌わせる” ドラム&ベイスが絶対的主役なのだと知った。その特異性は、宗教であり、哲学であり、生理学であり、奴隷の記憶と心臓の鼓動、自然の波動に由来するレゲエの普遍性そのものなのである。言い換えれば、特異なのに普遍、という観念上の矛盾がレゲエの “態度” であり、それが有史来の善悪、正否の価値基準を、耳から、そしてDNAレヴェルで問い直すのだ。レゲエのドラム&ベイスの振動は、だから言うまでもなく社会的、身体的な政治である。ベイス・ギターの太い弦をはじく、あのロビーの太い指は、その中で最も饒舌で快活で信用できるものの筆頭だった。
 1953年9月27日、キングストン生まれのロビーは、10代前半に音楽の世界に接近した。兄の故ロイド・シェイクスピアは当時マックス・ロミオらとエモーションズというグループを組んでいたが、それがヒッピー・ボーイズとなり、そこに加入してきたのが、のちにボブ・マーリーのバックを務めるバレット兄弟:アストン “ファミリーマン” バレット(ベイス・ギター)&カールトン・バレット(ドラムス)である。そのファミリーマンのプレイに憧れたロビーは頼み込んでボーヤ兼弟子としてとってもらう。マックス・ロミオがソロ歌手になって以降のヒッピー・ボーイズはリー・ペリーのバンド:アップセッターズとなり、バレット兄弟はその後ウェイラーズ・バンドの中核になるわけだが、その間ずっと、ファミリーマンは弟子ロビーに目をかけ続けた。自分がアップセッターズを抜けたあとは、ペリーの仕事をロビーに振り、マーリー専属となって世界デビューを果たしたボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ73年『Catch a Fire』では、あの “Concrete Jungle” のベイスを弟子に弾かせた。つまりマーリー世界デビュー作、そのアルバム・オープナーのベイスは20歳のロビーだったのである。ここまでの筋だけ見ても、彼が完全にレゲエ史の中核をなすミュージシャンとなるべき星の下に生まれてきたことが見てとれる。ちなみに、70年代中~後期の写真でロビーが弾いている(ポール・マッカートニーで有名な)独ヘフナー社製のヴァイオリン・ベイスもファミリーマンがロビーに譲ったものらしい。
 その “Concrete Jungle” は69年に16歳で最初のレコーディングを経験していた愛弟子に師匠が与えた名許皆伝の証のようなものであり、それ以降、ロビーはセッション・ミュージシャンとしてルーツ・レゲエ期に頭角を表していく。トップ・プロデューサー、バニー・リーの専属バンド:アグロヴェイターズに雇われ、重厚でバウンシーなベイス・ラインでカールトン “サンタ” ディヴィスのフライング・シンバル・サウンドを完成に導いた。その頃、キングストンのクラブ《ティット・フォー・タット》で同店の雇われドラマーだった、そして生涯の相棒となるスライ・ダンバーと出会っている。同クラブがあったのはジャーク・チキンのストリート・ヴェンダーでも有名なレッド・ヒルズ・ロードだが、その2人の思い出の通り名を冠した今年2021年のアルバムが遺作となったのも、いまとなっては運命的なものを感じさせる。
 そのスライが “サンタ” ディヴィスの代役でアグロヴェイターズのセッションに参加したときに、ロビーとスライは初めてリズム隊としてコンビを組んでいる。75年になると、バニー・リーの商売敵ジョジョ・フー=キムの〈チャンネル・ワン〉スタジオ/レーベルの快進撃がはじまり、スライはその専属バンド、レヴォリューショナリーズの核となるが、そこのセッションにロビーが呼ばれることもあった。さらにはジョー・ギブスのプロダクションの専属バンド:プロフェッショナルズ名義でのセッションも、実質その多数でスライとロビーが核になっていた。つまり70'sルーツ・ロック・レゲエ期の3大プロデューサーがこぞって2人を重用したことになり、それが、彼らが同ジャンルの発展に最も大きく貢献したドラム&ベイス・ユニットと評されるゆえんだ。
 それ以外の当時のロビーの活躍で忘れてはいけないのは、ブラック・ディサイプルズ・バンドでの仕事だ。映画『ロッカーズ』にも出演していた硬派プロデューサーのジャック・ルビーが、同主役ホースマウス(ドラムス)とロビー(の同映画での笑顔も忘れられない)を軸に編成したバンドだが、彼らのバッキング仕事の頂点に位置するのがバーニング・スピアー75年の大傑作『マーカス・ガーヴィー』。ルーツ・ロック・レゲエとは何かと訊かれたら、あのディープで黒光りする音を差し出せばよい。
 各プロダクションから引く手あまただったロビーだが、次第にスライとのコンビでの活動の比重が大きくなってくる。76年以降の2人はボブ・マーリーと別れてソロになったピーター・トッシュに雇われ、そのバック・バンド:ワード・サウンド&パワーを編成。ローリング・ストーンズはトッシュを自分たちのレーベルに迎え、78年『女たち』全米ツアーではトッシュ+ワード・サウンド&パワーを前座に起用した。さらにスライとロビーは前出〈チャンネル・ワン〉の花形ヴォーカル・グループ:マイティ・ダイアモンズ、あるいはジミー・クリフなどの世界ツアーもサポートしながら、70年代前半にスライがローンチしたものの軌道に乗らなかった自主プロダクション〈タクシー〉を今度は2人で再スタートさせるなど、70年代後半の彼らの恐るべきハード・ワークは、レゲエ史の中で繰り返し評価される重要なものばかりだ。
 新生〈タクシー〉は、70年代末以降スライ&ロビーのプロダクション兼レーベルとして、デニス・ブラウンやグレゴリー・アイザックス、タムリンズらを筆頭にそのリリースを充実させていったが、その中で最大の成功がブラック・ユフルである。ボブ・マーリーが81年にザイオンに召されると、彼を世界に売り出した〈アイランド〉レコーズの総帥クリス・ブラックウェルは、そのスライ&ロビーのプロデュース&バッキング・サポートによるブラック・ユフルを、マーリーの次の看板商品として世界に配給することを決める。その斬新な先駆的 “電化レゲエ” で世界的名声を得たユフルはレゲエ初のグラミー受賞者となった。
 そのブラック・ユフルwithスライ&ロビーもストーンズのツアーに参加するなどますます世界にその名を轟かせたリズム・コンビがレゲエ以外のアーティストから依頼される仕事もこの頃から急増する。それはロック、ソウルからハウス/ガラージ、ヒップホップと多岐にわたり、結果彼らの縦横無尽なリズムさばきは、世界市場においても揺るぎない地位を確立するに至った(70年代以降彼らのプロデュースやプレイを求めたアーティストといえば、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ハービー・ハンコック、セルジュ・ゲンズブール、グレイス・ジョーンズ、ジョー・コッカー、イアン・デューリー、グウェン・ガスリー、シネイド・オコナー、ジェイムズ・ブラウン等A級のビッグ・ネイムが瞬時に頭に浮かぶ)。
 彼らの偉大なところは、そんな風にジャンルを超越した世界的成功を収めながら、自身の〈タクシー〉においてもオリジナルな創作を続けたのみならず、80代中期のジョージ・パンの〈パワー・ハウス〉レーベルを筆頭に、ジャマイカの他のローカル・プロダクションから依頼されたコテコテのご当地サウンド作りの仕事も嬉々として務め続けたところであり、かつ、例えばその〈パワー・ハウス〉サウンドが、35年超を経た現在、新世代ダンスホール・ヘッズを熱くさせたりするという、ヴァーサタイル感と不朽性が両立するところである。
 80年代の後半以降、打ち込みサウンドがジャマイカで主流になると、ルーツ・レゲエ期に活躍してきた演奏家たち、とりわけ仕事をドラム・マシーンやシンセ・ベイスに奪われたドラマーとベイシストにとっては受難の時代となる。しかしスライとロビーは、自分たちの四肢で産み出すフィジカルなドラム&ベイス・グルーヴを歌の伴奏としての瞬間芸術から限りなく思想芸術に近づける偉業を成し遂げながらも、そこにあぐらをかかず、風の流れが変わったとなればいち早く電子ドラムを皮切りに、ドラム・マシーンやシンセ・ベイスを使い、コンピュータライズド・リディム、サンプリング手法、ディジタル・ダブ等をこれまた嬉々として取り入れた。その頭の柔らかさ、枯れない好奇心とフットワークの軽さが彼らの偉大さを下支えしたことは間違いない。1990年を境にした一定期間はほとんど物理ドラムを叩かず、弦ベイスを弾かずに先進的なテクノロジーを楽しんで独創的なヒットを生み出していた。そんな電化期スライ&ロビーの代表的な仕事といえばチャカ・デマス&プライヤーズ “Murder She Wrote” となるだろうか。トゥーツ&ザ・メイタルズ1966年の “Bam Bam” リディムを使った曲で、その制作へのロビーの貢献度がどの程度かは分からないが、いま同曲を聴いてもスライ&ロビーというブランドがかび臭いアーカイヴ感とは無縁であることが分かる。そしてそのビート感はきっと永遠のヴァイタリティを放ち続けるだろうと確信するのである。
 永遠といえば、デミアン・マーリー “Welcome to Jamrock” にサンプリングされたアイニ・カモウジ “World-a-Music” のロビーのベイス・ラインもまた、少なくともいまこれを読んでいるレゲエ、ダンスホール、ヒップホップ愛好家が生きている間は不滅の響きを維持し続けるだろう。あのベイス・ラインは、今日まで地球の四隅で夥しい回数鳴り響いてきた間に、世界をひとつにして揺さぶる全能感を持ってしまったからだ。あるいはタムリンズ “Baltimore” のベイス・ラインはどうだろう(ロビーのベイス・ラインで最も好きなもののひとつだ)。寂寥感と憐憫と生命力が凝縮されている。音楽は世界を救える、というような考えを全くナイーヴなものだと思わないのは、ロビーのベイス・ライン単体でそれができそうだと思わせるからである。これが思想でないなら何であろうか。

 スライ&ロビーとしてだけで、生涯のレコーディング曲は20万曲を下らないと言われている(この数字は15年前には米AMG allmusic.com に記されていた)が、この数日間の訃報には50万と書いているものもあった。ロビー・シェイクスピアという音楽家に初めて興味を抱いた人はその尋常ならぬ数字にたじろぐと思うので、最後に哀悼の意とともに、老婆心ながら個人的なおすすめ(言うなれば人生の通奏低音である)の中から10点リスト・アップしておく。

Burning Spear / Marcus Garvey + Garvey's Ghost (Dub)

Peter Tosh / Live & Dangerous : Baston 1976

Rico / Man from Wareika

Serge Gainsbourg / Aux armes et cætera(フライ・トゥ・ジャマイカ)

Black Uhuru / Liberation : The Island Anthology

Bob Dylan / Infidels

Maxi Priest / Maxi

Tiken Jah Fakoly / Françafrique

Sly & Robbie / Blackwood Dub

Sly & Robbie / Red Hills Road

HAIIRO DE ROSSI - ele-king

 キイワードのひとつはジャジーだ。ファイヴ・ディーズのファット・ジョンや Olive Oil をプロデューサーに迎えたファースト・アルバム『TRUE BLUES』(2008)から、HAIIRO DE ROSSI はそれを自身の音楽の旗印としてきた。メロウでレイドバックした心地良い曲も多く、今日のいわゆるロウファイ・ヒップホップ好きのリスナーにもおすすめできるアーティストと言えよう。だがその音楽は、ロウファイ・ヒップホップほど無難ではない。
 リリシストとして知られる彼のもうひとつの特徴は──大胆なジェイムズ・ブレイク・ネタで幕を開ける5作め『KING OF CONSCIOUS』(2014)のタイトルが示しているように──そのコンシャスネスにある。モス・デフから影響を受けた彼は2010年、台湾系日本人ラッパーの TAKUMA THE GREAT とともに反中デモに応答する曲を発表。あの時点で明確にアンチ・レイシズムの旗を掲げたのは、ラッパーとして圧倒的に早かった(そのときの経緯や背景についてはこちらの二木信によるインタヴューを参照。ちなみに同記事ではドラッグ全般にたいする忌避感が明かされてもいる。医者から処方される精神安定剤もまた身体を蝕むドラッグでしょうとの見方は、のちにUSのエモ・ラッパーたちがザナックスなどでぼろぼろになっていくことを考えると、これまた早かったと言わざるをえない)。

 ジャジーとコンシャスの二刀流は、昨年リリースされた7作め『HAIIRO DE ROSSI』でもみごとな太刀筋を見せている。わが子への愛を歌い上げる “Flower” は DJ Mitsu the Beats による感傷的なピアノが印象深い曲で、同曲に代表されるように『HAIIRO DE ROSSI』は全体としては優しくあたたかい空気をまとっていたわけだけれど、他方で “Think Twice” のような見過ごせない曲も収めていた。「過激きわめりゃファンは増える/再生数稼げば飯は食える〔……〕SNS経由で火災発生/明日急ぎスーツで謝罪会見」「集団心理がもたらす思考停止/140字取り合うマウント/弱ったところ容赦無えパウンド/レフェリーは大衆10カウント」。このリリックは、多くの人びとが外出を控え液晶画面をにらみつけていた昨春の、暴風雨のようなタイムラインを思い出させる。だれも彼もがネット上のあれこれに振りまわされている、現代のリアルをえぐった1曲と言えるだろう。

 9月に配信でリリースされ、この12月にCD盤の発売を控える8枚めの新作『The Time Has Come』も、HAIIRO DE ROSSI の魅力を大いに伝えてくれる1枚だ。
 まず注目すべきは、「芸術は生きる為に必要」との宣言が耳にのこる冒頭表題曲と、自信にあふれたリリックが炸裂する2曲めの “Broken Jazz”。いずれもひさしぶりに Olive Oil がトラックを手がけた曲で、絶妙なビートの揺れを堪能させてくれる。ジャジー・ヒップホップの担い手としての貫禄を聴かせる2曲だ。終盤のメロディアスな曲たちも聴き逃せない。そこでは HAIIRO DE ROSSI の抒情性が爆発している(トラックの多くは盟友 Pigeondust によるもの)。
 他方、彼のコンシャスネスがもっともよくあらわれているのは、シンガーソングライターの壱タカシをフィーチャーした “Attitude” だろう。1Co.INR によるドラム使いがかっこいいトラックのうえを、格差問題や人種差別、ポリス・ブルータリティ、香港の暴動といった社会的なトピックが駆け抜けていく。「俺たちはこのまま権力に殺される」──。そんな状況をあくまで「music」で超えていこうとする姿からは、彼のラッパー/音楽家としての矜持を感じとることができる。

 興味深いのは、政治的・社会的な問題に切りこんだ曲でも、彼がただ怒りをあらわにしたり、やみくもに反抗的な態度を見せたりしているわけではないところだ。HAIIRO DE ROSSI は本作のいたるところで、オトナとしてどう振る舞うべきかをほのめかしているような気がしてならない。
 たとえば “Broken Jazz” の「街にはポリスマン/権力に屈することはしないが 無駄に立てるミドルフィンガーは持ち合わせない」や、ダースレイダーを招いた “Knowledge” における「バイオレンスはもういい ODももういい」といったフレーズ。サグとは対極の、成熟がある。そして椿──他ジャンル以上に男性優位のヒップホップ界で果敢に闘ってきたラッパー──を招いた “Island Gospel” では、悲惨な現状の指摘は彼女に任せ、彼自身は「讃美歌」を求めている。音楽への厚い信頼。「去ってく人や腐ってる奴が/音楽の力を思い出してくれたら」(“Goodbye to sadness”)。
 スタイル面で言えば、これまでの彼の作品からドラスティックに変化しているわけではない。けれどもここには深化がある。かつていち早くアンチ・レイシズムを唱えた先駆者が、うつ病を経験し、子を授かり、歳を重ねることで到達した境地。ジャジーとコンシャスの組み合わせだけでもじゅうぶん現行シーンにたいするオルタナティヴな気がするけれど、オトナのあり方を示すのはさらに重要なことのように思える。なぜなら今日のラップ・ミュージックは、ほかのジャンル以上に若者の音楽であるからだ。そんなシーンに本作が投げ落とされたことの意義は大きい。

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