「Nothing」と一致するもの

interview with Mars89 - ele-king

このアルバムを巨大資本がすべてをコントロールしようとする都市の隙間で、ネズミやカラスと暮らす都市生活者に捧げる。 ──Mars89(アルバムのライナーノーツより)

 「日本」や「東京」は、これまで何度も西洋から描かれてきた。しかしながら、たとえば大友克洋が『AKIRA』の連載をはじめた1982年、映画『ブレードランナー』における酸性雨に濡れた未来のロサンジェルスのなかにカットインされた「日本」はエキゾティシズムそのものだったし、1984年の『ニューロマンサー』の舞台となった「千葉シティ」や「ニンジャアサシン」にいたってはなかば荒唐無稽なファンタジーだと当時のぼくには思えた。無理もなかろう。生活者目線で言えば、代官山にも麻布にも銭湯があって、地方から上京したぼくのような学生は家賃2万ほどの風呂無しアパート生活が標準だった時代だ。稲垣足穂が極貧生活を送っていた東京のほうが身近に感じたくらいだった。
 ゆえにヴェイパーウェイヴがルーピングした「80年代日本」は、面白くはあるがそれはアメリカのサブカルチャーにとって都合良くステレオタイプ化された「日本」にもなっている。昨年ピッチフォークに掲載された「シティ・ポップの無限ライフサイクル」なるエッセーは、インターネット時代における分裂的なノスタルジアの特性と、シティ・ポップがことのほかYouTubeとTikTok、さらにはアニメと親和性が高いことを論じている。こうした西洋からの日本神話をいまや日本の側でも利用するので、エキゾティシズムとしての「日本」や「東京」は手が付けられないほど膨張している。ゆえに、経済大国世界二位などと言われた時代の低所得者の生活と同時に衰退した現在におけるそれもまた周縁化されるわけだが、ひとつだけ神話と現実の両方に共通していることがある。資本主義的ユートピアの消滅だ。

 Mars89の話からは、彼の音楽のインスピレーション源のひとつに東京があることがよくわかる。迷路のようになったいまの渋谷駅が象徴的だろう。世にも奇怪な拗くれた街=東京の音。世代的に見れば、彼のなかにはエキゾティシズムとしての「東京」もあるのかもしれない。が、1994年にゴールディーが“Inner City Life”で表現した都市生活者の痛みと愛も『Visions』にはある。たったいま、働きながら音楽を作っている、汗をかいて生きているひとりの生活者の視点をもって描写される現在の東京、ブランド化(再開発)によって周縁化された東京とそのマージナルな領域で生きている人生、コロナ禍で味わった葛藤とダンス・ミュージック。

 これは、すべてを焼き尽くしてしまいそうな猛暑日になる前の、6月なかばに録った記録になる。アルバムの傑出したエネルギーの根源について聞き出そうと取材ははじまったが、話は広がって、後半は政治の話題にまで及んでいる。ちょうど選挙前だし、このタイミングでの掲載で良かったのかもしれない。今日の「日本」とは国際社会ではひとつの階級となっていることが、国境を越えて活躍しているこのDJ/プロデューサーにはわかっているようだった。

例えば朝の渋谷でクラブから這い出てくると、同じくどこからともなく出てきたネズミやカラスと道で一緒になるじゃないですか。嫌がる人も多いけど、実はそこで一緒に生きているはずなんです。例えばバンクシーもたくさんネズミを使うじゃないですか。

作品を聴いて、すごくびっくりして。レヴューに書いたことなんだけど、いままでやってきたことを踏まえた上で、それとはまた違うところに行こうとしているというか、最初いきなり四つ打ちで、あれ? 間違えたのかな、と(笑)。

Mars89:(笑)。いままで、いわゆる4×4のキックは一切使ってこなかったですよね。

ではテクノなのかというと、音の遠近感も歪ませ方もテクノの人のセンスではないな、とも思いました。ベリアルがディープ・ハウス(“Moth”のこと)をやってもハウスにならないのと同じで、かなり独特なサウンドを作っている。そもそも、『Visions』はいつから作はじめたんですか? 

Mars89:もともと〈Bedouin Records〉から出そうという話があったので、けっこう前に何曲か作っていたんです。ヴォリュームがあるのを出したいね、という話だったんですけど、そこからあまり進まなかった。で、ちょうど2020年のコロナ禍に入ってから、それまで作ったものを全部作り直して。

てことは、一回作っていて、それをまた作り直したと?

Mars89:そうですね。だから100%コロナ禍に入ってからできたものです。

2017年に最初のカセット・テープ「Lucid Dream」を出して、そこからシングルをコンスタントに出してるじゃないですか。それを考えると、もう少し早くアルバムがあっても良かったのかな、という感じもするし。でも、エレクトロニック・ミュージシャンってシングルをたくさん作って、アルバムってそんなに出すものじゃなかったりするし、人によるとは思うんですけど。Mars君は、アルバムってどういう風に捉えてますか?

Mars89:これまでは、何曲もたくさん作るまでの忍耐力がなかった。4曲くらい作ったら満足して、すぐ出したくなって、レーベルに送って、という感じでした。3曲のEPとかでも、一応まとまった雰囲気を考えてるんですけど。

そうだよね。「End Of The Death」は5曲入っていて、そこには世界観がある。これは全部違う曲だし、考え方によってはミニ・アルバムぽい感じもあって。

Mars89:そうですね。

だから、今回人から「Mars89がアルバム出したんだよ」って言われて、「あれ、まだ出してなかったんだ?」って(笑)。

Mars89:ヴォリューム的にフル・アルバムというのは初めてで、これまでアルバムとEPの間くらいのものを何作か出してますね。

〈Bedouin(Records)からオファーがあって、2020年から作りはじめて。一回作ってあったものを全部やめて。

Mars89:そうですね。

トム・ヨークのリミックスが2019年?

Mars89:あれは元々Undercoverのショーの劇伴的に作ったもののリミックスだったりするんで、ほかの作品とは違うんですけど。

今回の音楽性というか、方向性はどうやって決まっていったんですか?

Mars89:やっぱり、コロナ禍というのが大きかったんでしょうね。単純に言うと、これまでの日常だったダンスフロアというものが失われて、人と人の熱気のぶつかり合いみたいなのが一切なくなった。それを求めて、YouTubeで昔のアシッド・ハウスやイリーガル・レイヴの映像を観たりして、「いい過去があるんだなー」という気持ちになったりしてました。自分が経験したものではないのでノスタルジーとは厳密には少し違うのかなと思うんですけど、自分が得られなかったものに対する憧れというか、それがこの先あるかどうかもわからない状態で、その欲望が(新作の)モチベーションになりましたね。

クラブのDJブースに立つ回数もすごく増えただろうし、ダンスフロアの現場で経験したものがフィードバックされたことも大きかったのでは?

Mars89:それもあって。普段当たり前だと思っていた、満員のフロアのなかで知らないやつの汗とかが服について嫌な思いをすることすら懐かしいというか。あのときの、密閉された空間で肺が圧縮されたり、空気が押さえつけられる酸欠状態の感じが懐かしくなることはありました。

クラブの熱気への郷愁というか。

Mars89:肉体的なものに対する郷愁。

いわゆるテクノのリズムを取り入れたのは、どういうことなんですか?

Mars89:いままでは、Deconstructed(脱構築)とはちょっと違うとは思うんですが、クラブが当たり前にあるときは、いわゆる4×4というリズムがいちばん機能的なんですけど、でも自分はなんかもっと挑戦したい気持ちがありました。どんなリズムで踊れるんだろう、とか、身体の動かし方の可能性なんかも考えながら、4×4以外のリズムを探して、作っていたんですね。もちろんそれは、4×4がもっとも機能的に身体を動かすだろうということをわかった上でやっていました。でも、逆にフロアがなくなったことによって、機能的に身体を動かす4×4というリズムがフロアがない現場ではもっと重要な気がしたんです。身体がそれを求めているというか。いろいろなリズムを試したんですけど、あの失われたフロアの感じをいちばん思い出させるのは4×4かもしれないな、と。

なるほど。

Mars89:あとはシステム・カルチャーから受けた影響もあって、ステッパーズの4×4とサブ(ベース)が持っている肉体にダイレクトに影響するパワーというか、その圧力に対する渇望みたいなものがありました。

Mars君はそれこそ、アフリカン・ヘッド・チャージとか、80年代の〈On-Uサウンド〉の作品に影響を受けているわけだけど、自分の作品として出して来るものはまた違うじゃない? ダブやレゲエの影響を受けながら、ストレートにはやらないよね。

Mars89:あんまりそこは意識してないですけど、好きなものと、普段遊んで得たものは違うので。

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ダークなものとか、憂鬱なものに対して、それをそのまま発散させたいというか。ポジティヴに変換するということ自体が嘘臭く感じてしまった。なので、閉じの感じがそのまま出ています。

作るときはどんな感じで作ってるの?

Mars89:作るときは、最初は簡単なリズムから打ちはじめて、ずっと座ってるよりは途中で動き回ったりして。その動きをまた曲に落としこんで、という感じです。

あと、今回は違うけど、バスドラの音をパーカッションのように使うじゃない? あれはなんで?

Mars89:なんなんでしょうね。システム(・カルチャー)の音楽って低音域のヴァリエーションがすごいじゃないですか? あれに憧れがあって、ジャングルみたいにブレイクスの下で伸びるサブ(ベース)もやってみたいし、ダブステップみたいなサブが伸びてその隙間で他のパーカッションが鳴って、みたいなのも好きだし、もっとインダストリアル・テクノみたいにゴリッとした低音が響くのも好きだし、ニューウェイヴみたいなもっと乱雑に打ったものも好きだし、というところで、いろいろ良いとこどりして組み合わせを探ってる感じですかね。

その自分のインダストリアルなところってどこからきてるんだと思う?

Mars89:元を辿ると、幼稚園くらいの頃に『AKIRA』にめちゃくちゃハマったことが大きいんじゃないかと思います。

幼稚園! 

Mars89:最初は映画で、そのあと親が芸能山城組のサントラを持っていたので、それをよく聴いてました。あれはガムランとか使ったバリ島の音ですけど。

幼稚園で、ディストピアを知って(笑)。

Mars89:そうですね(笑)。映画のイメージがやっぱり強かったんです。乾いた瓦礫だったりとか、そういう世界観が。もう少し大きくなってからは『パトレイバー』や『攻殻機動隊』も好きでしたけど。

ぼくの世代は幼稚園でウルトラマンやウルトラセブンだったけど、ある程度大人になってから、作品の意味を理解したりするものだよね。

Mars89: そうですね。ぼく、関西出身なんですけど、小さい頃に阪神淡路大震災があって、そこらじゅう瓦礫だらけだったというのもあります。

どの辺りに住んでたの?

Mars89:兵庫県の伊丹市です。

じゃあ思い切り直撃したんだ。それ、何歳の頃?

Mars89:小学校入る直前とかで、『AKIRA』を観ていた時期ですね。『AKIRA』のなかで都市が瓦礫だらけになるじゃないですか。現実でも高速道路とか落ちて瓦礫だらけだし、というので、あんまり遠い話じゃなくてけっこう身近な話として見ていたのかもしれない。実家は崩れはしなかったんですけど、家のなかはめちゃくちゃになって、しばらく知り合いの家に避難したりしてました。おじいちゃんおばあちゃんがやっていた商店が潰れたりとか。そういう世紀末感がある時代ではありましたね。テレビつけたらノストラダムスやってたりとか。「酒鬼薔薇事件」もあったし。

あれも神戸だっけ?

Mars89:はい。あとはサリン事件もあったりとか。だから、なんか常に世紀末感があったのは覚えてます。

そういう瓦礫の世界への郷愁がある?

Mars89:郷愁というよりは恐れに近いと思うんですが、自分のなかには瓦礫の世界が常にある感じはしています。視覚的なものだと、例えば、いま笹塚で中村屋の工場を崩して半分瓦礫になってるんですけど、その後にショッピング・モールとタワマンが建つことになっています。でも、そんなタワマンよりも、いまの瓦礫のほうが美しく感じます。新宿のNEWoManができるときも、建設途中の鉄骨剥き出しのほうがいまの状態より美しいと思ったりしたんで。そういうコントロールされ切ってない状態へのフェティシズムはある気がします。それとは別にある意味、いまも瓦礫の世界を生き抜こうとしているというような意識もあって。この瓦礫を共有する者たちで支え合って、新しい世界を想像したいと言うような気持ちと言うか。コミックのほう『AKIRA』でも最後に市民の力で瓦礫のなかから新しいものが生まれようとしてましたし。

街の再開発に対する嫌悪感というか、違和感があると。それは『Visions』のテーマでもあるよね。でも、アルバムにはいろいろなテーマが詰まってるでしょ?

Mars89:いままでの人生で考えたことをギュッと詰め込んでいますね。

アルバムには、「カラスやネズミと暮らしている都市の生活者に捧げる」というようなことも書いてあって、それはどういうことなの?

Mars89:例えば朝の渋谷でクラブから這い出てくると、同じくどこからともなく出てきたネズミやカラスと道で一緒になるじゃないですか。嫌がる人も多いけど、実はそこで一緒に生きているはずなんです。例えばバンクシーもたくさんネズミを使うじゃないですか。あれも、いないことにされているけどそこに一緒に暮らしてる人へのオマージュだったりしますし、そういう感覚です。

なるほど。音楽の話に戻ると、シングルで出した「Night Call」とアルバムは繋がっている?

Mars89:あれは〈SNEAKER SOCIAL CLUB〉から出したんですけど、やっぱりグライムやダブステップのようなUKの都市の音楽を、自分のローカルな都市に当てはめて作ってみようと思って。

それで "North Shibuya Local Service" なんだ。

Mars89:そうですね。幡ヶ谷の近辺でずっと生活してたので、ああいうタイトルになりました。あとは、ちょうどコロナ禍に入ってすぐ、自警団みたいなのが夜も開けてる店を叩いてまわっていたり、宮下パークがオープンしたのもその頃だったので。(「Night Call」では)そのローカルな都市の情景を自分なりに描いてみたいな、と。

で、なぜダブステップをやろうと思ったの?

Mars89:元々別のレーベルからオファーがあって、BPM140のEPを作って欲しいと。そのBPMで自分が面白いと思うものを詰め込んでみた、という感じです。だから、実はダブステップを作ろうという気持ちはなかったんですよ。

なるほど。でもそれと同じことをアルバムではやらなかった。作ってる時期は重なってるわけでしょ?

Mars89:ほぼ同じですね。でも『Visions』のほうはより自分のプライヴェートな作品という色が強いんじゃないかな。

自分の生活みたいな?

Mars89:生活とか、自分の好きだったものとかを含めたこれまでの人生から、その先に向けて、という。半分以上は自分に向けて作っているような気持ちです。それに比べて「Night Call」はもっと外に向けて作っているという違いですかね。

「Night Call」は、やっぱりダンスフロアに向けて作っている感じだよね。『Visions』には内省的な部分もあるし、同時に攻撃的な過剰さがあるんだけど、ただ、全体的にダークで、ただここまで妥協無しでダークサイドを突っ走るのはしんどいんじゃないかと思ったんですけど。

Mars89:あの時期、精神状態的にはどうしてもダークにならざるを得なかったんです。それとダークなものとか、憂鬱なものに対して、それをそのまま発散させたいというか。ポジティヴに変換するということ自体が嘘臭く感じてしまった。なので、閉じの感じがそのまま出ています。

このダークさは何を反映してるんでしょう?

Mars89:基本的には、コロナ禍に入ったというのが大きいでしょうね。そのなかで自分個人というより、社会と向き合って絶望的な気持ちになった。とはいえ、生きていかなきゃいけないし。自分が生きてかなきゃいけないだけじゃなくて、みんなが生きていかなきゃいけないし。都市生活者に向けて、「けっこうヤバいけど生きていこう」という感じです。

コロナ禍になって、生きるってどういうことだろうとも考えたよね。

Mars89:そうですね。ただ生命があることが生きるということなのか、という。

では、アルバムのなかのアグレッシヴな感覚はどこからきてるの?

Mars89:この状態での破滅への願望とか、自滅への願望と、それと正反対の生きていくんだ、という気持ちのせめぎ合いがアグレッシヴな部分に反映されているのかもしれない。

内面の葛藤みたいな。

Mars89:そうですね。

曲順というのもこのアルバムでは大切なんでしょう?

Mars89:そうですね。一応ストーリーがあります。

最後2曲が、激しいカオスから、それとは違うところへ行こうとしてるような印象を受けましたね。

Mars89:そこは野田さんがレヴューに書いてくれた通り、カタストロフィーが訪れている最中ではあるけど、その先にある希望に向かって一歩踏み出したい、という気持ちがあります。

ドラムンベースぽいフレーズがあるけど、それもストレートに展開するのではなく、断片化して、コラージュ的に使ってるじゃない?

Mars89:今回どの曲でも、けっこういろいろなパーツを細切れにして断片的に使っているんですが、例えば、ドラムンベースのハードなパーティとかウェアハウスでのレイヴとかがYouTubeの画面の向こう側の世界になっている。自分が欲している世界と、自分のいる世界とのあいだに、ディスプレイというどうしようもない物体があって。で、求めているけどなかなか手に入らないというプレッシャーに押し潰されそうな感覚があるんです。距離感が縮まらない感じを表現したかったというのはある。

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肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。

去年の年末号(『ele-king vol.28』)で、年間で一番良かった作品としてThe Bugの『Fire』を挙げてたと思うけど、『Visions』を作ってるときに影響を受けた音楽ってあります?

Mars89:もう、あらゆる音楽から影響を受けているんですけど、でも世代的には90s前半のドラムンベース、初期のメタルヘッズとか、あの辺ですね。『レイヴ・カルチャー』にも書いてありましたけど、郊外でのレイヴ・パーティーというユートピア的なものから、都市生活者の憂鬱に対する表現へと変わっていった時期の音楽にはすごく影響を受けました。あとは、オウテカが「反レイヴ法」(クリミナル・ジャスティス・ビル)を受けて出した曲(「Anti EP」)とか。

アルバム・タイトルを『Visions』にしたのはなんでなんですか?

Mars89:『Visions』ってそのまま視界という意味と、未来像や幻視といった意味があるんですけど、その自分の現実の視界と未来の幻視が重なった状態というか、(ウィリアム・)ギブスンの『ガーンズバック連続体』に近い感覚というか、その差異や、そこからくる渇望みたいなイメージですね。

曲名にはどんな意味があるんですか? 最後の "LA1937" とか、1937年のロスに何かあったんだろう?って。

Mars89:ある男が自分の想像する黄金時代として1937年のLAをヴァーチャルで作って、そのなかに住もうとする、という映画があって。そういうネガティヴなノスタルジーみたいなものをイメージしました。手に入らないものに対する渇望ですね。それは『13F』というB級っぽい映画ですが、ほかのどの曲名も、そういう好きな映画からのリファレンスがあります。

"Goliath"は?

Mars89:"Goliath"と"Auriga" と"Nebuchadnezzar"は、全部船の名前。"Auriga" は『エイリアン』シリーズで、"Nebuchadnezzar"は『マトリックス』、 "Goliath" は80年代にやってたUKの同名映画に出てくる海に沈んだ豪華客船の名前です。あと『天空の城ラピュタ』に出てくる空飛ぶ戦艦の名前もGoliathでしたね。

「Lucid Dream」を飯島(直樹)さんのところで買ってから5年も経つわけだけど、Mars89の音楽が日本でも理解されてきているという手応えはありますか?

Mars89:あんまり考えたことはないかな。でも、出演する場所は増えているし、見てくれる人も増えているし、ちょっとずつ認知が広がっているのかな、ということは感じています。

パンデミック以前には、シーンができつつあったのかな?

Mars89:どうなんだろう……。東京でのシーンというものがよくわかってないかも。内側にいるから、わからないんだと思うんですけど。ただ、ぼくらから下の世代はジャンルとしてのシーンはないような気がするし、すごく細分化されているけど、とくに孤立しているイメージはない、という感じです。フワッとした「東京のクラブ」みたいなものはありますが、それがシーンと呼べるものなのかはわからないですし、それはいまも同じかな。

パンデミックがあって、クラブ・カルチャーにとっては大きなダメージがあって、でもいま再開しつつあるじゃない。(DJなどを)やっていて(パンデミック以前に)戻りつつあると思う?

Mars89:そうですね。徐々に戻りつつあるんだろうな、という手応えはあります。パンデミック以降、クラブで遊ぶ子は若い子しかいなくなって、若い子は若い子だけでイベントやっていて。そうすると変なクラブのルールとかに接さずに、20歳になったからクラブに来て自分たちの独自の審美眼でパーティをやってて。それとコロナ以前に連綿と続いてきたものがいま繋がろうとしてる感じがありますね。

それは良い兆しだね。しかし、Mars89君のDJでみんな踊る? あんまり踊らせるタイプに思えないけど(笑)。

Mars89:踊ってるといいな、という(笑)。

実験的すぎるんじゃない(笑)?

Mars89:でもコロナ禍を経て、四つ打ちというものへの考え方が改まった部分もあって、前に比べると4×4のリズムを使う比率は少し増えました。

好きなDJとかいます?

Mars89:もちろんいますし、いろいろな人をつまみ食いして聴くんですけど。例えば、オランダのDJ マーセル(DJ Marcelle)とか。P.I.Lかけたり、ジャングルかけたり、いきなりハード・テクノかけたりとか一見めちゃくちゃなんですけど独特のノリがあって、面白いです。

面白い曲をセレクトする人が好きなんだ?

Mars89:そっちも好きですし、身近だとDJ NOBUさんのようにしっかりひとつのスタイルを突き詰めてフロアのためのDJをする人もいいなと思いますし、KODE 9のような新しい世界を見せてくれるような人も好きです。

クラブ・ミュージックとかクラブ・カルチャーは、なぜ良いと思いますか?

Mars89:ひと言で話すのは難しいな(笑)。肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。それと同時に新しい考え方とか、目を開くチャンスに出会える場でもあると思います。

いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

『Visions』は、いまの東京や日本を反映している作品でもある。で、ぼくは日本のことを考えると、暗いことしか思い浮かばないんだよ(笑)。Mars89が夢を人に語れるとしたらどんな夢がある?

Mars89:絶望だけ見せつけるのは、なんか無責任な気がしているんですね。いまの現状が絶望的なことはみんなわかりきっていて、じゃあどうするの、という。やっぱり可能性を追い求めたいという気持ちがあって。
 例えば、個人商店がどんどん潰されてショッピング・モール化していくこととか、大麻の使用罪が検討されていたりすること、同性婚も選択的夫婦別姓も認められないとかってことに、全部「仕方ない」で片付けることを良しとするような風潮があるような気がします。でも仕方なくはなくて、小さな個人商店が元気に自分たちのスタイルでやっていける可能性だってあるし、ドラッグが非犯罪化する可能性だってあるし、同性婚なども然り。いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

Mars89が自分の作品を作ったりDJをやったりする上で、大切にしていることって何でしょう?

Mars89:DJは、フロアとのコミュニケーションが大事で、自分が持ってるものとフロアが持ってるエネルギーのぶつかり合いを大事にしていて、そのなかで自分が持っているものを出していくというものなんですけど、曲を作る方に関しては、もっとプライヴェートで、ごく個人的なものの延長としてリアルなものを描けたらいいな、と。あまり聴く人のことを考えてなくて、自分はこの社会のなかでこういう生活をしていて、こういうことを考えている、ということを抽象的なものとして伝えてみる、という感じですね。その両方に通じるものとしては、前へ向かうエネルギーがあって欲しいと思っています。

今回のアルバムでも、労働者階級に対する共感みたいなことを書いているけど、日本は階級社会ではないけど、明らかな格差社会で、ということだよね。そのメッセージはどういうところから出てきたの?

Mars89:格差があって、その拡大が進んでいくなかで、いわゆる新自由主義に支配されてしまうと、運が良かった金持ちとか、先祖が金持ちだったり権力を持っている人たちと、そうではない人たちにバツっと別れてしまう。そのときに自分や自分の周りの人って、いわゆる労働者階級で、経済的な勝ち組に入る人ってそうはいないだろうと思って。自分の目線と同じような高さの人に向けて、というのはあります。

日本の音楽で、その経済格差をいう作品って、意外と少ないんだよね。地球温暖化とか環境問題なんかはわりとテーマにする人がいるんだけど。

Mars89:基本的に生存権の問題で、全部繋がっていると思います。マイノリティやマージナライズドされた人たちは、経済的にも不当な扱いを受けやすいので経済格差を考える上でそこは無視できないと思いますし、いまの新自由主義社会をそのままにアイデンティティや環境の問題を考えることが可能とも思えません。例えばいまの社会で、企業に対する性的マイノリティ受容を促進する文脈で、ゲイのカップルは社会のなかで男性として働いている場合、カップルとしての総資産は男女のカップルや女性同士のカップルより多いから、ゲイ・フレンドリーの方が企業として儲かるよ、みたいな言説を目にしたことがあって。でも人権ってそういう経済的な利益の引き換えではないよね、と思うし。自民党の杉田水脈の「生産性」発言だって根は同じ。いまの社会って経済的な成功不成功というものがあらゆる価値観の中心にある感じがしてて。そういうのがあるから、今月プライド月間だったりするんですけど、いわゆるLGBTQフレンドリーというものが企業の広告のツールになったりとか、ピンク・ウォッシングやグリーン・ウォッシングがあったり。まだまだ利益優先というところが強いので、問題にしっかり向き合うためには、そのルールから脱するべきだと思っています。

それこそ黄色いベスト運動なんかは、環境対策によってガソリン税を上げられたことに怒った地方の労働者たちが起こしたデモだったわけで。

Mars89:例えば脱プラスチックしましょう、と言ったときに、レジ袋の1枚数円というのが、総資産が少ない人の方が絶対負担が大きいし、経済格差というものを正すことを前提としないと、良いものを長く使いましょう、という運動を貧困層はそもそもできないし。環境問題への取り組みとしても、格差を正すことを入れないと成功しないと思うので。それこそSDGsとかのなかには格差の解消ということも含まれているけど、そこはあまり省みられていない気がするし。
 ぼくなんかの周りでも、インボイス制度の話だったりとか、消費税が今後増えるかも、とか、消費税はそもそも要らなくない、という話をしたりしています。いまの日本は大企業優遇で、金利下げて円安になって、海外行くにしても高いし。円安が進むと、日本の(食料)自給率が低いから、いろいろなもののコストが上がって、収入増えてないのに、物価が上がって。言うならセルフ経済制裁状態なんじゃないかな、とかそういう話はします。

Mars89の周りでは、そういう社会や政治のことを話題にする人が多いんだね。だとしたら日本の音楽シーンもだいぶ変わったというか。

Mars89:似たような人が集まってくるんで(笑)。でもこの社会の問題に向き合って生きてると、考え方次第ではありますけど、基本的に負け続けてるような気持ちになりがちなわけじゃないですか。で、負けるのに慣れちゃって、負けを受け入れつつ、来たる絶望的な未来に対する贖罪というか、ある種言い訳的に意見表明をしている。というような精神状態に陥ってしまったり、諦めてしまいたくなることも少なくない気がするので、あんまりそうはしたくないし。明るい未来を諦めたくないんですよね。
 だから『Visions』のどの曲も、街に生きている人をイメージして作っているんです。普段クラブで会う人もそうだし、街だからこそ生まれる職業、例えばメッセンジャーとかフード・デリバリーとか、身近にやってる人もいるし、そういう街での生活を描きたかったんですね。
 それと、少し先の未来のサウンドトラックというイメージもありますね。それは、瓦礫だらけの東京と、ショッピング・モールだらけの東京と、両方のパラレル・ワールドを合わせたイメージで、なんとかそこで生き抜こうとしている人たちに向けてと言う感じですね。

小林:パンデミックがあってから、あの激しいThe Bugでさえアンビエント作品をたくさん作ったじゃないですか。そういう方向になりはしなかったんですか? 

Mars89:なぜか全くならなかったです(笑)。

むしろ逆にダブステップを作ったりして(笑)。

Mars89:それこそベリアルの「Antidawn」はすごく好きなんですけど、それに対していまの自分が抱えてるものは全然これじゃなくて、どちらかというとThe Bugの『Fire』のムードなんです。一回全部破壊し尽くす感じというか。だから、アンビエントを聴くという感じではないです。コロナ禍がはじまったときにみんな「ステイ・ホームしよう」と言っていても、「家にいても平気なやつはいいよな」と思ったし(笑)。例えばメンタル・ヘルスケアとかでも、みんなチルを求めるけど、そんな余裕なんかない。仕事のストレスを一時的に忘れて、明日からまた仕事頑張ろうとか、そういう傾向も資本主義のシステムのためのパーツとして人を形成していくための手法のひとつじゃないか、と思ったりしてて。そういう怒りとかもあって、アンビエントにはいかなかったですね。

Alvvays - ele-king

 トロントのインディ・ポップ・バンド、オールウェイズが新作『Blue Rev』を10月7日にリリースする。『Alvvay』(2014)、『Antisocialites』(2017)につづくサード・アルバムだ。バンド史上最長の作品に仕上がっているとのこと。日本限定でオビつきのカラー・ヴァイナルもあり。現在、シューゲイズな新曲 “Pharmacist” が公開中。アルバム全体がどうなっているのか楽しみです。

世界中のインディーリスナーから愛されるインディーポップ・バンド、Alvvaysが5年振りとなる待望の3rdアルバム『Blue Rev』を10月7日にリリース!

世界中のインディーリスナーから愛されるカナダはトロントを拠点に活動中のインディーポップ・バンド、Alvvaysが3枚目となるアルバム『Blue Rev』を10月7日にリリースする事が決定した。

同アルバムの中からアルバムの冒頭を飾る “Pharmacist” が先行公開された。

・Alvvays - Pharmacist [Official Audio]
https://youtu.be/eH5mqLjwg6U

 “Pharmacist” はAlvvaysがこれまでにリリースしてきた楽曲の中でも特にシューゲイズを感じる曲で、そのドライヴ感のあるギターサウンドの中にMollyの美しい歌声が溶け込んでいく。疾走感のあるサウンドでありながらも、ノスタルジックでエモーショナルな世界観を作り出したAlvvaysにしか作れないこの曲で、アルバムはスタートから一気にギアをあげる。

 パンデミックを乗り越え完成させた5年ぶりのアルバムとなる『Blue Rev』はAlvvays史上最長のアルバムになっており、Alvvaysらしい楽曲から新しいサウンドに挑戦した楽曲までを収録。

 その様々な楽曲の中でヴォーカル、Molly Rankinのキュートでありながらも琴線に響く美しい歌声と誰もが心震わせるキャッチーな “メロディー” が輝く。間違いなく今年のインディーシーンのマスターピースになる作品だ。

 今作『Blue Rev』は国内盤CDの他に日本限定の帯付きColor Vinylのリリースも決定している。

 またアルバム発売に先駆け、1st/2ndアルバムの名曲 “Not My Baby” / “Next of Kin” をカップリングし、オリジナルジャケットを採用した日本限定盤7インチレコードが7月20日にリリースされるので、合わせてチェックしてみてほしい。

・Alvvays『Not My Baby / Next of Kin』7inch 予約ページ
https://anywherestore.p-vine.jp/products/p7-6300


[リリース情報]
Alvvays『Blue Rev』
Release Date:10月7日(金)
Label:Polyvinyl Records / P-VINE, Inc.

Tracklist:
01. Pharmacist
02. Easy On Your Own?
03. After The Earthquake
04. Tom Verlaine
05. Pressed
06. Many Mirrors
07. Very Online Guy
08. Velveteen
09. Tile By Tile
10. Pomeranian Spinster
11. Belinda Says
12. Bored in Bristol
13. Lottery Noises
14. Fourth Figure

Streaming Pharmacist
https://pvine.lnk.to/Q4xwcU

Alvvays:
Instagram https://www.instagram.com/alvvaysband/
Twiiter https://twitter.com/alvvaysband

ISSUGI - ele-king

 復活した MONJU としての活躍も記憶に新しい ISSUGI がニュー・アルバム『366247』を完成させた。ソロとしては2019年の『GEMZ』以来、およそ2年半ぶりとなる。バンド・サウンドに挑戦した前作から打って変わり、今回は DJ SCRATCH NICE がメインのプロデュースを担当。本日先行公開された “April” からして抜群にカッコいいです。発売はCDとデジタルが7月20日、LPが11月16日。

MONJUとしての新作リリースも記憶に新しいISSUGIの約2年ぶりとなる9thアルバム『366247』のリリースが決定! NYから帰国したDJ SCRATCH NICEがメインでプロデュースを担当しており、KID FRESINO、BES、Eujin KAWIが参加した先行シングル"April"が本日より配信開始!

◆DOGEAR RECORDSの中心的存在であるMONJU、そしてBudamunk、5lackと共にSICK TEAMのメンバーであり、BES & ISSUGIやISSUGI & DJ SHOEとしての作品リリースなどソロでの活動だけに留まらず様々な形で作品をリリースし続け、またビートメーカー/DJ名義である16FLIPとしての活動も高く評価されているラッパー、ISSUGI。

◆仙人掌、Mr.PUGとのユニットであるMONJUとしての待望の新作リリースも記憶に新しい中、ISSUGI名義でのオリジナル・アルバムのリリースが決定。ISSUGI名義としては2019年の『GEMZ』以来、約2年ぶり9作目となる今作にはその仙人掌、Mr.PUG、さらにKID FRESINOや弗猫建物のEujin KAWIとVANY、『VIRIDIAN SHOOT』と『PURPLE ABILITY』の2作をこれまでにジョイント・リリースしているBESといった馴染の面々の他、ISSUGI楽曲では初共演となるSPARTAや東京のヒップホップ・クルーであるonenessのstzが参加。

◆2015年にリリースしたジョイント・アルバム『UrbanBowl Mixcity』を筆頭にこれまでに幾度もコラボしてきた盟友とも言えるプロデューサー、DJ SCRATCH NICEがメインでプロデュースを担当。16FLIPのプロデュース曲も収録。またDJ Shoe、DJ K-Flashがスクラッチで参加。

◆KID FRESINO、BES、Eujin KAWI(弗猫建物)が参加した先行シングル"April"(prod DJ SCRATCH NICE)が本日より配信開始!

*ISSUGI "April" feat. Eujin KAWI, KID FRESINO & BES
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/pL0Pi3

アーティスト:ISSUGI
タイトル:366247
レーベル:P-VINE, Inc. / Dogear Records
仕様:CD / LP(完全限定生産) / デジタル
発売日:
CD・デジタル / 2022年7月20日(水)
LP / 2022年11月16日(水)
品番:
CD / PCD- 25347
LP / PLP-7876
定価:
CD / 2.750円(税抜2.500円)
LP / 4.378円(税抜3.980円)

[TRACKLIST]
01. Dime
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SCRATCH NICE
02. G.U.R.U. ft Mr.PUG
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SHOE
03. April ft Eujin KAWI, KID FRESINO, BES
 prod DJ SCRATCH NICE
04. from Scratch
 prod DJ SCRATCH NICE
05. Game Changer
 prod DJ SCRATCH NICE
06. Rare ft VANY
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SCRATCH NICE, DJ K-FLASH
07. Real ft SPARTA
 prod DJ SCRATCH NICE
08. Perfect blunts
 prod 16FLIP
09. Ethology ft stz, 仙人掌
 prod DJ SCRATCH NICE
10. 366247 
 prod DJ SCRATCH NICE
11. End roll
 prod Daworld

[PROFILE]
東京都練馬区出身のラッパー / ビートメーカー。
中学の頃に出会ったスケートボードの影響からヒップホップを聴き始め、自身もリリックを書き、曲を作り始める。MONJU、SICK TEAM、BES & ISSUGI等としても作品を出し続け 16FLIP名義では、ビートメイクやDJもこなす。ソロを含めこれまでに多数のアルバムやミックス作品をリリース。2022年7月にソロ9thアルバム「366247」をリリース。東京Dogear RecordsをRepresent。

a fungus - ele-king

 何かがはじまる瞬間はいつだってワクワクするものだ。たとえばそれはブラック・ミディの “bmbmbm” を初めて聞いたあの瞬間だったりブラック・カントリー・ニュー・ロードのライヴの映像を見たときのドキドキだったりで、そこに漂っている空気が何より先に心をとらえて放さない(それに惹かれる理由はたいてい後からでっち上げられる)。それが単発でももちろんいいけれど、続けざまに起こるようなら最高だ。爆発が導火線に火をつけてさらなる爆発を引き起こす、心の中で巻き起こる爆風が目の前のそれをシーンと認識する、そのドキドキを覚えているからこそ新しい音楽を聞いてここから何かがはじまるのではとその可能性に思いをはせてついついワクワクしてしまう。

 だからいまオランダから出てくるバンドたちに対して心が躍るのは当然なのかもしれない。イングランドのレーベルからリリースするピップ・ブロムやパーソナル・トレーナー周辺のバンドが頻繁にUKツアーをおこない地元のバンドと友好を深める。そうやってオランダのバンドの情報がイングランドに渡り、UKの各地を回ったバンドがその空気を持ち帰りそれが伝播していく。〈Speedy Wunderground〉からヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響を強く受けたロッテルダムのバンド(リューズバーグ)がリリースされて『ソー・ヤング・マガジン』を通してそれが知らされる。そんなふうにしてオランダのバンドたちはUKのバンドと共鳴する。数年前から続くこの流れが22年になってさらに加速しているようにも思える。それをいま、このア・フンガスの『It Already Does That』が確信に変えるのだ。

「アムステルダムを拠点に活動するア・フンガスは明確な方向性なしにノイジーなティーン・ロックを奏でている」。そんな短い一文のみで紹介されているこの謎多き4人組についてはっきりとわかるのはこのバンドが刺激を受けたり影響を受けたであろうバンドたちだけだ。初期のもっとポストパンク然としていたブラック・ミディにスリント、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、そして90年代USのオルタナティヴ・バンドたち。マス・ロック、ノイズの要素をそれらに加えア・フンガスは何かがはじまる瞬間のあの匂いをこのアルバムの中に封じ込めている。“Mark's Bag” はブラック・ミディの爆発にペイヴメントのメロディを載せたかのように響き、“Slip and Slide” は “Speedway”(ブラック・ミディの〈Rough Trade〉所属発表と同時に公開されたあの曲だ)と同じようなところから出発して長いインストを経由し最終的に柔らかな切なさに包まれた90年代USの輝くメロディに回帰する。“Is this The Right Structur?” そしてそれに続く最終曲 “Pull Out” はもっと直接的にスティーヴン・マルクマスに影響を受けたような曲で、ギターはもとよりヴォーカル・メロディにその影響が強く出ていることがよくわかる。そしてこれこそがこのオランダのバンドを最大限に特徴付けているものだと僕は思う(喋るように唄うことは決してしなく、この歌メロがあるためにそれらよりもっとずっと明るく響く)。サウス・ロンドンのバンドと共鳴し同じ音楽的遺伝子を共有しながらもそこに違う文化が混ざりアウトプットが変わっていく、それは世界に広がったサラブレッドの血統にも似ていて、それがなんとも面白い(同じ父を持つ競走馬でも母系でその特徴ががらりと変わり、代を経るごとに別物になっていく)。

『It Already Does That(それは実現されていること)』というタイトルをつけられたこのアルバムは昔の音楽への憧憬といまの世界への情熱が入り交じっている(ひょっとしたらそれは自分たちのデビュー・アルバムを『Versions Of Modern Performance(現代的なパフォーマンスのヴァージョン)』と名付けたシカゴのホースガールも同じなのかもしれない)。時間と場所と空間が交差する解釈の時代に生きる僕たちは、だからこそその空気をことさら重要なものだと感じるのだろう。未来に起こることはすでに過去に起こったことかもしれないが、これから何かがはじまるのではないかという期待感は何度でも心を躍らせる。ア・フンガスのこのアルバムにはこれから何かが起きるのではないかというそんな空気が漂っていて、それが胸を高鳴らせるのだ。

 ザ・ケアテイカーの〈History Always Favours The Winners〉なるレーベル名が物語っているように、歴史を書くのはつねに勝者である、というのはよく聞く話だ。負けた者、去った者、斃れた者たちはなにも語らないし、語れない──というより、存在そのものをなかったことにされると言ったほうがベターかもしれない。われわれは千年前の人びとについて、どれほど多くを知っているだろう? 平安時代はこうでした、鎌倉時代はこうでしたと語られるとき、対象はたいてい貴族や武士などの「勝者」たちだ。ごく一般の人間たちがなにをしどう暮らしていたのか、専門的な歴史学者や考古学者でもなければまず知ることはない。
 ヒップホップ/ラップの分野で活躍するライターのつやちゃん、その記念すべき初の単著は、これまでちゃんとは顧みられてこなかった者たちに的をしぼることで、日本のラップ史を更新せんと試みる意欲的な1冊である。「確かに存在した事実を記す」〔強調原文〕「まずは可視化することに励む」「形跡を記す」と、序文でも繰り返し強調されている。副題どおり、対象は女性ラッパーのみ。まさにフィメール・ラップ・クロニクルと呼ぶべき内容で、近いタイミングで刊行されたクローヴァー・ホープ『シスタ・ラップ・バイブル』(押野素子訳、河出書房新社)の日本版とも言えるかもしれない。

 各ラッパーを論じるにあたり著者は、音楽や個人史だけでなく、社会的背景も説明してくれる。たとえば最初の RUMI の章。00年代半ば~後半ころの日本では「KY」なるワードが流行し同調圧力が高まっていた。同時に「草食系男子」や「森ガール」、ロハスといったニセの「自然」がひとつのムードを形成し、人びとが声をあげなくなった時代でもあった(ちょうど反イラク戦争と SEALDs のあいだの時期にあたる)。そんなときに労働や平和などをテーマにし、「あえて空気読みません」とラップした RUMI の『Hell Me NATION』は、まさに「痛烈な社会批判」であったと著者は分析する。おなじような手さばきで本書は、00年代の COMA-CHI、10年代前半の MARIA、最近の NENE や Zoomgals の重要性を鮮やかに解き明かしていく。
 じつはつやちゃんには、昨年の紙エレ日本ラップ特集号で「ヴィジュアルの変化──オートチューンとマンブルの果てに」という、MVやファッションの変遷にフォーカスした原稿を執筆していただいているのだが、本書でもリップやハイブリーチなど色彩に着眼する記述がたびたびあって、そこはほかのライターにない著者の強みだ。

 圧巻なのが末尾のディスク・レヴューである。1978年のキャンディーズから2021年のコンピ『DEATHTOPIA』までじつに43年分、207枚もの盤が紹介されている。もはやちょっとしたディスクガイド本だ。本来おまけにあたるはずのこのコーナーにこそ、「可視化する」という著者の強い想いがにじみ出ているように見える。
 趣旨に副い、基本的には女性のラップする作品がピックアップされているのだけれど、近年リリックのネタとして頻出する『セーラームーン』の主題歌を収めた DALI「ムーンライト伝説」や、「自然体」「脱力系」といったイメージの面で今日のアーティストに影響を与えていると思しき PUFFY「アジアの純真」など、狭義のラップから逸脱するシングル盤もとりあげられているところは独創的だ。現在の起点がどこにあるのか見定めようとする気概が感じられるし、大枠と小枠の区別もあるので著者がなにに重きを置いているのかが伝わってくる。
 むろん賛否両論あるだろう。インディペンデントなアーティストから大資本に支えられた超どメジャーの売れっ子、はてはアイドルまで選出されているところなんかは、資本主義の横暴が気になる向きにとっては無節操に映るかもしれない。でもそのフラットさにはしっかり理由があるのだ。序文に戻ろう。「フィメールラッパーにそんな余裕はない」。まずは「いる」ことを明らかにしなければならない──インディ・ロックやエレクトロニック・ミュージックに比べ、圧倒的に男性比率の高いヒップホップ/ラップの分野ならではの戦術と言える。
 ここで興味深いのが、昨年の紙エレ年末号にもチャートを寄せてくれた valknee のインタヴューだ。「時計買った、車買った、家買ったって。〔……〕そんなの貧乏な日本のラッパーでは全然リアルじゃない」と、彼女は著者に語っている〔156-157頁〕。「競争(することに執着)しない価値観もあるんだよっていうのをわたしは友達にも布教しています」〔158頁〕。新自由主義にたいする明確なノーである。かつてなく格差が顕著になったこの国において──まずは「いる」ことを明らかにせねばならないのだとしても──忘れてはならない観点だと思う。

 まあなんにせよ、本書がこれまでのヒップホップ/ラップの分野における「勝者」の歴史観を引っくり返す、日本で初めての試みであることは疑いない。先駆的だった『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』(河出書房新社、2011年。編集長の野田いわく、あんまり売れなかったそう)同様、本書もまた10年後20年後に重要な記録として参照されることになるだろうし、そしてもちろん、まさにいまラップをはじめてみようと思っているチャレンジャーにとっても、貴重なヒントを与えてくれるにちがいない。

Wild Style - ele-king

 DJ、ラップ、ダンス、グラフィティ——すべてはここからはじまった。ヒップホップの黎明期をみごとに捉えたマストな映画『Wild Style』が、9 月 2日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷・新宿シネマカリテをはじめ、全国ロードショーが決定。でかい画面で久しぶりに観るのもいいでしょう。
 なお、今回のポスターは、当時の写真を用いたヴァージョンの他に、アーティストの Naijel Graph(ナイジェルグラフ)氏が描き下ろした新たなヴィジュアルも併用される。そちらも注目です。

『Wild Style』 (『ワイルド・スタイル』)
監督・製作・脚本:チャーリー・エーハン
音楽:ファブ・ファイブ・フレディ、クリス・スタイン 撮影:クライブ・デビッドソン ジョン・フォスター キャスト:リー・キノネス、ファブ・ファイブ・フレディ、サンドラ“ピンク”ファーバラ、パティ・アスター、グランドマスター・フラッシュ、 ビジー・ビー、コールド・クラッシュ・ブラザーズ、ラメルジー、ロックステディクルーほか
配給:シンカ
1982 年/アメリカ/82 分/スタンダード/DCP ©Pow Wow Productions, Ltd.

【HP】 https://synca.jp/wildstyle/
【Twitter】 @wildstyle_jp
【Instagram】 @wildstyle _jp

9月2日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか 全国順次ロードショー

【NAIJEL GRAPH (ナイジェル グラフ) プロフィール】

イラストやコラージュ、立体などの手法を用いて様々な作品を制作するアーティスト。Beastie Boys のオフィシャル T シャ ツやグッズなどを手掛けるほか、adidas originals や new balance、AH.H 等、多数のブランドにも作品を提供してい る。また、絵本『なんでもたしざん』では、日本書籍出版協会理事長賞を受賞。アメリカやイギリス、香港など、海外での 個展の活動も盛んに行なっている。https://www.instagram.com/naijelgraph/

Sam Prekop and John McEntire - ele-king

 ポストロック巨頭同士のコラボだ。ザ・シー・アンド・ケイクサム・プレコップと、トータスの(そしてザ・シー・アンド・ケイクのメンバーでもある)ジョン・マッケンタイアによる共作『Sons Of』が7月22日にリリースされる。先行公開済みの “A Ghost At Noon” を聴くかぎり……なんと、4つ打ち!? ふたりの新たな展開を確認しておきたい。

Sam Prekop and John McEntire(サム・プレコップ・アンド・ジョン・マッケンタイア)
『Sons Of』(サンズ・オブ)

THRILL-JP 54 / HEADZ 254 (原盤番号:THRILL 578)
価格(CD):2,200円+税(定価:2,420円)
発売日:2022年7月22日(金) ※海外発売:2022年7月22日
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561397851

1. A Ghost At Noon 7:52
 ア・ゴースト・アット・ヌーン
2. Crossing At The Shallow 10:58
 クロッシング・アット・ザ・シャロウ
3. A Yellow Robe 23:41
 ア・イエロー・ローブ
4. Ascending By Night 13:41
 アセンディング・バイ・ナイト
5. Gathering At The Gate 7:58
 ギャザリング・アット・ザ・ゲイト
Total Time:64:19
※Track 5:日本盤のみのボーナス・トラック

Music by Sam Prekop and John McEntire
Recorded in Chicago and Portland 2021/2022
Mastered by John McEntire

Photo by Heather Cantrell
Artwork/design by Sam Prekop
Layout by Daniel Castrejón

ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)のフロント・マン、サム・プレコップ(Sam Prekop)と、トータス(Tortoise)の頭脳(実質的リーダー)で、サムとはバンドメイトでもあるジョン・マッケンタイア(John McEntire)による、デュオとしての初のコラボレーション・アルバムが完成。
海外では100本限定のカセットと超限定のCDでのみリリースされるそのアルバム『Sons Of』を、日本では超限定にはせず、ボーナス・トラックを追加してリリース。
マスタリングはジョン・マッケンタイアが担当し、アートワーク/デザインはサム・プレコップが担当。

二人のデュオ作品としては、2019年にMapstationとのスプリットでリリースされた「Kreuzung」以来となりますが、この様な単独でのフィジカル作品としてのリリースは初。
サムの2015年のインスト・ソロ・アルバムの2作目(通算4作目)『The Republic』以来の猫ジャケ(ジャケの猫はジョン・マッケンタイアの愛猫)。

ライブ音源(2019年の秋のヨーロッパ・ツアー、2021年11月のシカゴでのライブ)や、サムはシカゴ、ジョンはポートランドでのリモート(遠隔)コラボレーションをベースに制作されているが、彼らの本質にある類稀なるポップ・センスを生かし、様々な実験を施したポスト・プロダクションによって、より洗練されたサウンドに仕上げ、親しみ(聴き)易くも、非常に刺激的な電子音響作品を創り上げました。

サム・プレコップの近年のソロ作のファンは勿論、トータス・ファンやジョン・マッケンタイアのプロデュース作品のファンも必聴の、煌びやかで、清涼感溢れる、彼らの音楽遍歴が反映された、素晴らしいインストゥルメンタル・アルバムとなっています、

オリジナルのリリース元は今年2022年で設立30周年となる米シカゴの老舗インディー・レーベルThrill Jockey Recordsで、アニヴァーサリー・イヤーに相応しい作品となっています。

ライナーノーツは、現在はラジオDJや(DAOKOやTENDOUJI他の)音楽プロデューサーとしても著名な、GREAT3/Chocolat & Akitoの片寄明人と、日本のアンビエント・ドローンのオリジネーターで、100台ものキーボードで干渉音やモアレ共鳴を扱う『100 Keyboards』のパフォーマンス他で欧米を中心に、近年特に海外で高い評価を得ているサウンドアーティスト、ASUNA(アスナ)が担当しています。
片寄はジョン・マッケンタイアとも親交の深く、今作のタイトル『Sons Of』は、彼がジョン・マッケンタイアと『HAPPY END PARADE ~tribute to はっぴいえんど~』に参加した際のユニット名(氷雨月のスケッチ/Sons Of [片寄明人 from Great3+John McEntire from TORTOISE] )から来ています。
ASUNAは、自身のレーベルaotoaoで長年のツアーで直接共演してきたアーティストからなる『カシオトーン・コンピレーション』のシリーズをリリースしており、サム・プレコップも『Casiotone Compilation 7』(2017年)に参加しています。サムとASUNAの出会いのきっかけは、以下URLのASUNAが2020年に執筆した『Comma』のHEADZのHP用のレビューの中で触れられています。今回の『Sons Of』のリリースに合わせて、ASUNA本人がアップデートした改訂版となっておりますので、この機会にこちらもチェックしてみて下さい。
https://faderbyheadz.com/release/headz247.html

◎ 解説:片寄明人(GREAT3)、ASUNA
◎ 日本盤のみ完全未発表のボーナス・トラック1曲を追加収録決定
◎ 世界同時発売(2022年7月22日)

サム・プレコップは、近年海外でも再評価が進む清水靖晃、尾島由郎、吉村弘、イノヤマランド他の80年代の日本のニューエイジやアンビエントの名作群にインスパイアされ、ジョン・マッケンタイアがミックスを担当した5作目(インスト作品としては3作目)のソロ・アルバム『Comma』を2020年にThrill Jockeyからリリースし、高い評価を得て(ピッチフォークも8点越え)、日本でもロング・セラーとなっています。
2021年にはサムがセルフ・リリースしたEP『In Away』を日本盤のみでCD化し、こちらのCDも国内外で好調なセールスを記録しています。

現在、ポートランド在住のジョン・マッケンタイアは近年、エンジニアやプロデューサーとして、以下のような作品に参加しています。
・Modest Mouse の2021年のアルバム『The Golden Casket』(録音、ミックスで参加)
・Ryley Walker の2021年のアルバム『Course In Fable』(プロデュース、録音、ミックス、シンセ、キーボードを担当)
・June Of 44 の2020年の再結成アルバム『Revisionist: Adaptations And Future Histories In The Time Of Love And Survival』(ミックスとリミックスを担当)
・Yo La Tengo の2018年のアルバム『There's A Riot Going On』(ミックスを担当)

SUPER FREEDOM feat. DJ Marcelle - ele-king

 覚えているだろうか。2年前、〈Nyege Nyege〉主宰の Kampire とともに来日が予定されていた、〈Nyege Nyege〉でもレジデントを務めるアムステルダムのDJマルセル。Mars89も気になっているというDJだが、コロナ直撃で中止になっていた《Local World》、YELLOWUHURU の《FLATTOP》、CELTER の3者によるパーティがこのたび2年ごしに実現されることになった。7月17日@CONTACT。¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UやE.O.U、LIL MOFO、灰野敬二 x 久下恵生など強力な面子が終結。「SUPER FREEDOM」と題された一夜を満喫したい。

超越のレガシーが紡ぐ自由と解放の祝祭! 越境する奇矯のアーティストとして話題のDJ Marcelleを迎え、コロナ禍で延期になっていたLocal World、YELLOWUHURU (FLATTOP)、CELTERによるハイブリッド共同パーティ「SUPER FREEDOM」が新旧のラインナップを追加しContactにて開催。

SUPER FREEDOM feat. DJ Marcelle
2022/07/17 SUN before holiday
START 22:00 at Contact
Early Bird ¥2,000 / ADV ¥2,500 / DOOR ¥3,000
U23/Before 11PM ¥2,000
https://contacttokyo.zaiko.io/item/349638
https://jp.ra.co/events/1555354

@STUDIO X

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U
CELTER
DJ Marcelle [Amsterdam]
E.O.U
LIL MOFO
YELLOWUHURU
灰野敬二 x 久下恵生

@Contact

1-DRINK
7e
DIV☆
Midori
mitokon
Zutsuki D

@Foyer

HARETSU
Hiro "BINGO" Watanabe
YASDUB
宇宙チンチラ
坂田律子
脳BRAIN
俚謡山脈

(A to Z)

artwork: Ginji Kimura
promoted by Local World / YELLOWUHURU / CELTER

2020年3月28日にウガンダの新興フェスティバル〈Nyege Nyege〉の中核Kampireも交え、惜しくも延期となったDJ Marcelleの初来日となる東京公演が2年以上の歳月を経て、会場をWWWからContactに移し、都内を中心に活動を続けるプロモーター解放新平(Local World)、DJのYELLOWUHURU (FLATTOP)とCELTERの3者によるハイブリッド共同パーティ「SUPER FREEDOM」として満を持して開催。アムステルダムを拠点にDJ、プロデューサー、ラジオ放送、ミュージシャンと多岐に渡って活動を続けるベテランDJ Marcelle(フルネームはDJ Marcelle / Another Nice Mess)のミュージック・コンクレートのようなエレクトロニクスとサンプリングを散りばめたオブスキュアなループ/ダンス作品は“圧倒的な豊かさ”、“真の耳を開ける人”、“真の開拓者”とも称賛され、“アバンギャルド・エスノ・ベース”とも形容されるターンテーブル3台を駆使した独特のDJスタイルは近年欧州のアンダーグランド・シーンで着実にプロップスとオーセンシティを高めながらDekmantel、Unsound、Sustain Release、Nyege Nyegeでのレジデント等、今日のエレクトロニック・ミュージックにおける有力なフェステイバルにも出演、コロナ以降も稀有な存在としてワールドワイドな活躍をみせている。

ローカルからは出演が決定していた暖かく時にハードな愛情深い選曲で音楽ファンを魅了するDJ/セレクターLIL MOFO、世界各国の音楽がプレイされるDJ パーティ〈Soi48〉にて生まれたムード山とTAKUMI SAITOによる日本民謡を愛するDJデュオ俚謡山脈、スカム&ファンキーなコラージュ・アウトサイダー脳BRAIN、現行のアフリカン・ダンス・ミュージックを追随する〈TYO GQOM〉やJUBEE率いるRave RacerのメンバーでもあるHiro "BINGO" Watanabe、テクノを軸に様々なダンス・ミュージックの境界を彷徨う1-DRINK、そして本パーティ主宰のYELLOWUHURUとCELTERに加え、70年代よりバンド、ソロ、セッション等、数々のパフォーマンスを行なってきたレジェンド灰野敬二と久下恵生のコラボレーション、欧州ツアーを終えた越境ハードDJ ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U、新世代の真打としても注目の京都のニューカマーE.O.U、コロナ期に躍進したクィア・レイヴ・パーティ〈SLICK〉のメンバーでもある7e、新世代のロックDJのセンスも垣間見えるDIV☆、the hatchのボーカルであり、ミュージシャンならではのリズム・センスでDJとしても名をあげるMidori、南アフリカへの愛を掲げながらそのサウンドとカルチャーを布教するmitokon、現CAT BOYSドラマーでありトビと変速を自由自在に操るZutsuki D、サイケ・コアなる特異なスタイルを極めるHARETSU、ハイパー以降のエディット含むポップかつハードなマキシマム・スタイルで人気を博す宇宙チンチラ、アヴァン・トロピカルな独特の空間とビートを紡ぎ出す坂田律子、神戸から関西を中心に活動するクリエイティブ/パーティー・コレクティブ〈HHbush〉に加入、レゲエ/ダブ/ハウスを中心に各地のフロアをロックする若手YASDUB、計20組がラインナップ。

アートワークは〈Life Force〉のメンバーでもあるグラフィック/照明デザイナーGinji Kimuraがフライヤーを手がける。グローカルな相互環境からアップデートされるダンス・ミュージックの伝統と革新による新たなるファンクネスとサイケデリア、日本ローカルの民謡やポップスまでもが入り乱れる越境の極北、デジタルによるグリットやビート・マッチングからの解放とアナログ的コラージュ感覚から織りなされる自由なグルーヴへの祝祭“SUPER FREEDOM”が実現する。

DJ Marcelle / Another Nice Mess [Amsterdam]

「異なるカルチャーに対してオープンでありながらも、そこのオーディエンスや自分の期待感に意識を向けすぎないこと。自分の道を進むためにね」@RA https://jp.residentadvisor.net/podcast-episode.aspx?id=679

アムステルダムを拠点にDJ、プロデューサー、ラジオ放送、ミュージシャンと多岐に渡って活動を続けるベテランDJ Marcelle / Another Nice Mess。

サプライズ、アドベンチャー、エンターテイメント、教育、オランダのDJ/プロデューサーの DJ Marcelle / Another Nice Mess を説明するためによく使用される4つのキーワードであり、ライブ(およびスタジオ内)では3つのターンテーブルとレコードを使用して、ミックスの可能性を高みに引き上げる稀有なDJであり、またそれ以上のミュージシャンでもある。 2016年以降、ドイツのレーベル〈Jahmoni〉から「In The Wrong Direction」、「Too」、「Psalm Tree」、「For」(Mark. E. Smith へのオマージュ)の一連のEPリリースを経て、昨年最新LP『One Place For The First Time』をリリース。2008年から2014年の間には、ドイツの〈Klangbad〉から伝説のクラウトロック・バンド Faust の創設メンバーである Hans-Joachim Irmler によってセットアップされた4枚のダブル・バイナルのアルバムをリリースしている。

異なるスタイルの音楽を異なるコンテキストに配置することにより、個々のスタイル変化させ、他に類を見ない音楽スタイルを融合し、3つのターンテーブルと膨大なコレクションであるレコードを使いながらオーディエンスに3つの同時演奏ではなく1つのトラックであると感じさせる。そのスタイルは環境音、アバンギャルド・ノイズ、動物の音、レフトフィールド・テクノ、フリージャズ、奇妙なヒップホップ、最先端のエレクトロニカ、新しいアフリカのダンス・ミュージック、ダブステップ、ダンス・ホールなどと組み合わされている。

独創的で熟練したミキサーであり、独自のスタイルを持ち、ほとんどのDJのクリシエやこれまでのルールを回避し、フラクサス、ダダなどのアバンギャルドな芸術運動やモンティパイソンの不条理な現実に触発されるように、ダブ、ポスト・パンク、最新のエレクトロニック/ダンス・ミュージックの進化など、常に、非常に、密接に、音楽の発展を追い続け、革新的な “新しい” サウンドに耳を傾けている。創造と発展の芸術性と高まりを強く信じ、約2万枚のレコードと数えきれないほどの膨大なレコード・コレクションは過去と現代のアンダーグラウンド・ミュージックに関する強力な歴史的知識を体現している。

ステージにおいてはマルセルは開放と自由を超越し、しばしば「圧倒的な豊かさ」、「真の耳を開ける人」、「真の開拓者」と表現されている。ヨーロッパ中のクラブ、美術館、ギャラリーを回りながら、ウィーン、ベルリン、ミュンヘン、バーゼル、チューリッヒなど、多くの都市のレジデントDJ、 2015年と2016年には Barcelona circus / performance group のライブDJを務め、ウガンダの Nyege Nyege フェステイバルでは「ライフタイムのレジデントDJ」として任命され、最近では欧州の Dekmantel、Unsound、USのSustain Release 等のフェステイバルに出演しワールドワイドな活躍を展開。

また Red Light Radio、FSK、DFM など、ヨーロッパのさまざまなラジオ局向けにウィークリーおよびマンスリーのラジオ番組も開催し、インターネット上の John Peel ディスカッション・グループでは「best post-Peel DJ」と評される。マルセルにとって、何らかの緊急性や固定する必要がない限り、音楽形式は意味をなさない。分類が難しいことでブッカー、ジャーナリスト、オーディエンスを最初は混乱させられる。もしマルセルを適切な言葉で説明するのであれば「アバンギャルド・エスノ・ベース」と言えるだろう。

https://soundcloud.com/marcelle
https://www.facebook.com/marcelle.vanhoof
https://www.anothernicemess.com

池田若菜 - ele-king

 息を吸って吐く、ただそれだけのシンプルな行為。微弱な呼吸音が現れては消える。目の前にいるのは三人の卓越した器楽奏者だが、誰も楽器を手に持っていない。呼吸という、あらゆる人間が日常的におこなう営みを、彼ら彼女らはパフォーマンスとして譜面を見ながら演奏している。たしかに、息の長さや速度にわずかな変化はある。約5分おきに譜面が切り替わる。三人の息音が重なるとふわりとした厚みを帯びる。だがいわゆる音楽的なサウンドを構成しているわけでもない。それどころか耳に入ってくるのはむしろ、水流音や機械のリズミカルな作動音など、この場所に特有の環境の響きだった。こうした環境音の方が遥かに変化に富んでいる。ならばパフォーマーたちが聴かせる呼吸の響きは、わたしたちの耳を環境音へと向ける契機として提示されているのだろうか。つまり呼吸の響きそれ自体は意味を持たないものなのか。しかしながら、これから述べる一枚のアルバムを経ることによって、このパフォーマンスの聴こえ方は全く別物に変わってしまった。

 『Repeat After Me (2018-2021)』はフルート奏者/作曲家の池田若菜によるファースト・フル・アルバムである。吉田ヨウヘイgroup の元メンバーとしても知られる池田は、これまで自身のリーダー・グループとして、即興演奏が主体のトリオ・發展や、ヴァンデルヴァイザー楽派をはじめとした現代音楽/実験音楽の作曲作品をリアライズする室内楽集団 Suidobashi Chamber Ensemble を率いて活動をおこなってきた。近年はファゴット奏者の内藤彩とともに2018年に結成した五人組バンド THE RATEL での活動を精力的に続けている。また、フルート奏者として数多くの即興セッションや作曲作品の演奏をこなすほか、スピッツや寺尾紗穂、Luminous Orange などのレコーディングにも参加。実験的で創造的な音楽からポップスまで幅広い領域で唯一無二の才能を発揮してきた。本盤はそうした彼女の多面的な性格を凝縮するように、彼女自身の言を借りるなら「現代音楽のモチーフをフォークやポップスの構造に当てはめた」作品に仕上がっている。

 アルバム制作の発端となったのは2018年、三鷹のインディペンデント・スペース「SCOOL」からライヴの出演依頼を受けた際に一連の作曲作品を手がけたことだったという。そこから録音作品の制作へと向けてあらためてコンセプトを整理し直し、楽器編成も若干変更、最終的に池田若菜(フルート/アルトフルート)、池田陽子(ヴィオラ)、大藏雅彦(クラリネット/バスクラリネット)、岡田拓郎(ギター)、? meytél(ヴォイス)の五人編成で、「Repeat After Me」と題した全4曲の作曲シリーズから3曲を2021年にレコーディングすることとなった。池田自身が記したライナーノーツによれば、今回の作曲シリーズの核となるコンセプトは彼女が体験したごくプライベートな出来事から着想を得ている。詳細は直接ライナーノーツを当たって欲しいが、一部引用すると、寝たきりの状態だった晩年の祖母が無意識に発した、一聴したところでは呻き声のような「言葉になっていない、音程も定かではない、ふわふわとした呟き」を、幼少期に祖母が歌う民謡を頻繁に耳にしていた池田はすぐに「歌だ」と認識した。それは「何かの記憶や経験が、無意識下でさまざまなものと混ざり合い、全く別の形に変化する」ことで生まれた「歌」とも言えるもので、こうした「祖母の歌」を受け継ごうとしたことが今回の作曲シリーズとなったのだそうだ。

 収録された3曲は次第に「歌」の輪郭が溶け出していくように、アルバムを聴き進めるに従って曖昧でオブスキュアな要素が比重を増していく構成となっている。もっとも輪郭の明瞭な1曲め “Part A "Thema"” は、クラリネットがどこか郷愁を誘うメロディを奏でると、ヴォイスがやはり親しみ深いメロディで対位法的に絡みはじめ、中盤からは他の楽器も加わりアンサンブルが厚みを帯びていく。ヴィオラとフルートが持続音を重ねる一方、ギターは間欠的に弦を弾く。低音を欠いた室内楽的で浮遊感漂うサウンドが印象に残るが、続く2曲め “Part B” ではバスクラリネットが低音域で鳴り、ヴォイスはやや勇壮で物哀しくもある響きを聴かせる。時折呻き声のようにも、呟くようにも聴こえる声が「歌」の輪郭を滲ませ、そしてフルート、ヴィオラ、ギターの器楽音が取り巻くように周囲を漂う。最後の3曲め “Part C” はフルートが三音の下降音階を引き伸ばしながら吹き、一音を繰り返すクラリネットとの音程の間隔が緩やかに広がる。だが次第にフルートは音階を辿るのではなくひとつずつ音を引き伸ばすようになり、ギターの EBow を用いたドローンとヴィオラの持続音とともに甘美なハーモニーを形成する。ささやくようなメロディを口ずさんでいたヴォイスも徐々に長音の場面が増え、最後は声が姿を消してそれぞれの楽器の持続音が繊細で美しい揺らぎを聴かせる。ここにいたって「歌」はその形をほとんど失い、鳴り響く音響のテクスチュアが様々な色彩を描き、そして再びフルートが三音の下降音階を奏でてテーマに回帰し締め括られる。

 すでに述べたようにこのシリーズは全4曲からなり、アルバムには収録されていないものの、続きの楽曲がもうひとつある。実は冒頭で触れた呼吸音を用いたライヴ・パフォーマンスがそれだ。「Part D」はなく、“Part E "in ex hale"” がシリーズ4曲めとなる。くだんのライヴは2019年に八丁堀のスペース「七針」で、池田若菜、岡田拓郎、チェロ奏者/作曲家のステファン・トゥートの三人でおこなわれ、その模様はデジタル・アルバムとして〈No Schools Recordings〉からリリースされた。録音された音源を聴き返してもやはり変化に富んでいるのは環境音だ──それも奇跡的なことに絶妙なタイミングで、パフォーマンスがおこなわれている約30分間、水音や機械の作動音がざわめき出してから静まってゆくまでの響きが収められている。しかし『Repeat After Me (2018-2021)』を経験したわたしたちにとって、呼吸音はもはや単なる呼吸音ではない。環境音を引き立たせる役目を負うこともない。それは完全に形を失った、あるいは全く別の形へと変貌を遂げた、異形の「歌」とでもいうべき響きだからだ。いや、むしろ呼吸という声を成り立たせるベーシックな要素に還元された響きは、異形どころか本来は誰にとっても身近なところにあるはずの「歌」の姿ではないのだろうか。わたしたちが息を吸って吐くとき、ただそれだけのシンプルな行為のなかで、気づけばその「歌」の断片を繰り返している。

血を分けた子ども - ele-king

 言うほどSFファンでもないぼくがオクタヴィア・E・バトラーを知ったのは、ご多分に漏れずアフロ・フューチャリズム研究における先駆者のひとりに名前があったからだった。いや、「ご多分に漏れず」とは、我ながら偏見に満ちた言い回しだ。彼女の小説は、「ご多分に漏れず」フェミニズムの文脈でも読まれているのだから。ぼくがこれまで唯一読んだことのあるバトラー作品は、ハードカヴァーの、山口書房から刊行された『キンドレッド―きずなの招喚』だ。読む前に想像したのはサミュエル・R・ディレイニーの、たとえば『バベル-17』や『アインシュタイン交点』のような、カウンター・カルチャーにも汲みするニューウェイヴSF的な思考実験を詩的に展開するスペキュレイティヴ・フィクションだったけれど、読後に思ったのは、これはJ・G・バラードというよりもアリス・ウォーカーに近いということだった。待望の翻訳、『血を分けた子ども』を読んだいまもそう思える節は随所にある。が、このヴァラエティ豊かな短編集におけるバトラーはときに残忍で、ときに驚くほど絶望的で、じつに暗く重たい。それでも途中で放り出すことなく、最後までいっきに読ませてしまう。

 紹介することが先だろう。1992年2月号の『Wire』に掲載の「Loving the Alien - Black Science Fiction」という、編者マーク・シンカーによる先駆的論考で、サン・ラー、パブリック・エネミー、ジミ・ヘンドリックス、P・ファンク、デトロイト・テクノらの解説に混じって、SF作家として登場するのがディレイニーとバトラーのふたりだ。これは、アメリカの批評家マーク・デリーが「Black to the Future」と題した考察において、ディレイニー、グレッグ・テイト、トリーシャ・ローズ(*)の3人に話を聞いた上で提言した「アフロ・フューチャリズム」なるタームが世に出る1年前の話になる。そんな事情があって、音楽ファンのあいだにバトラーの名が届いたのは、90年代を通して黒いSF論——デリーの定義によれば「20世紀のテクノ文化の文脈で、アフリカ系アメリカ人のテーマを扱い、アフリカ系アメリカ人的な関心事を強調するスペキュレイティヴ・フィクション」——への注目が高まっていく過程においてだったけれど、ここ日本では、早くから翻訳が出版されていたディレイニーと違ってバトラーには日本版がなかった。だから『キンドレッド』の翻訳があると知ったときは、それはもう嬉しかった。これでようやくバトラーが読める。白人男性の祖先に召喚され、19世紀奴隷制時代のむごたらしい暴力(拷問)や性差別、白人至上主義の世界を体験させられる1976年のLAで暮らしていた黒人女性の主人公は、その悪夢=過去と格闘し、それを永遠に抹消しようとする——そんな話だった。92年の『Wire』の論考によれば、黒いSFとは「地球上の地獄という最悪の未来とそのなかにいることを可能にし、それが日常のあらゆる現実に織り込まれている」ことを出発点としているとあるが、『キンドレッド』はまさに強烈なその一篇に違いなかった。
 黒人、しかも女性で黒人のSF作家という二重の意味においてのこの先駆者は、当然ほかにも多くの小説を発表しているわけだが、日本では『キンドレッド』以降翻訳されることもなく、昨年は長らく絶版となっていた同書が文庫で再発されたばかりだった。が、つい先日、彼女のもっとも有名な短編集である原題『Bloodchild and Other Stories』が『血を分けた子ども』という邦題でとつぜん刊行された。これはいったい、なんということか。考えてみれば、1979年に小さな出版社から初版が刊行された『キンドレッド』だって、それがSFファン以外のところで広く評価を得ることになるのはずいぶん後になってからだ。21世紀に入ってからのほうが人はその先見性に驚嘆し、議論が活発化しているように思える。それにまあ、ここ数年の文化状況を鑑みても、いまバトラーを読むことはタイムリーかもしれない。音楽で言えば、シャバカ・ハッチングスのような人だっている。
 
 『血を分けた子ども』には、7つの短篇とふたつのエッセーのコレクションで、それぞれの作品に関する著者自らの短い解説も付いている。表題作の「血を分けた子ども」は1984年にヒューゴー賞(およびローカス賞、およびサイエンスフィクション・クロニクル賞)を受賞した彼女の短篇の代表作のひとつだ。これはトリクなる(おそらくムカデのような)地球外生物とトリクの惑星に移住した人間の物語で、人間の体内に卵を産むトリクが、人間を保護しているという設定になっている。奴隷制の物語ではない、と著者が解説の冒頭ではっきり書いていることから、発表された当時はほとんどそう読まれたのだろう。その誤解を正そうと、著者は敢えて解説を書いたのではないかと察する。ぼくも解説がなければそう読んでいた可能性は高い。かつて妊娠を強制させられた黒人女性を思わせるし、自分が生きていくためには理不尽な現実も受け入れなければならないという話ではあるが、しかし卵を植え付けられるのは男性だし、たしかに辻褄が合わないところがある。バトラーによれば、ひとつには、困難な状況に直面した男性が愛のために妊娠を選べるのかという設問があり、別のレベルでは異なる生物同士のラヴ・ストーリーであり、……とかいろいろ。しかしながらこの奇妙な共生は決して晴れやかなものとは思えず、ぼくは読んでいるあいだ心の置きどころのない感覚が消えることはなかった。この短い物語のなかの細部からは、じつに多くの言葉を導くことができるだろう。
 遺伝子疾患の悪夢とも言える「夕方と、朝と、夜と」もまた削ぎ落とされた無駄のない話のなかで、象徴的にいろんなことを思わせる作品だ。なかば絶望的な話ではあるが、ここにはうっすらと、恋人同士の会話のなかにギリギリのところでの希望を感じることができる。表題作と並んで評価の高い「話す音」(これもまたヒューゴー賞受賞作)はウィルスによる疫病によって言語能力を失った人類の話だ。この短篇の最後にも、著者も認める通り、希望が戻っている。とはいえバトラーは間違っても甘い作家などではない。この世界にほんとうに信じられる希望はあるのかと、2005年のエクスパンデッド・エディションに収録された「恩赦」には、残虐行為と暴力的な支配下にいる人間が味わう苦痛の、これでもかという描写がある。そしてこの本は「マーサ記」という、彼女が描く強烈なフィクションとユートピア的な目的との絶え間ないせめぎ合いによって締められている。
 
 ディレイニーは、かつて自分の小説を「自分の人生に対しておこなう絶え間ない注釈」と説明したことがあるが、バトラーにもそういう側面はあるのだろう。グレッグ・テイトは、マーク・デリーとのアフロ・フューチャリズム対談のなかで(黒人であるということは)「権威的に与えられるものではなく、個人によっておこなわれる危険な冒険」と言ったが、バトラーにいたっては、そこに「黒人女性」というレイヤーも重なる。人種、階級、そしてジェンダー。植民地主義や疫病彼がもたらすディストピアとその政治性には、医学や生物学も動員される。バトラーはそのフィクションによって我々を慣習的なモノの見方から逸脱させることができる作家で、違った見方があることを伝授しようとするアフロ・フューチャリストである。『血を分けた子ども』は前評判通り、多彩で、無駄のない、充実した内容の短編集だと思う。
 
 収録されたふたつのエッセーのうちのひとつ「前向きな強迫観念」は自伝だ。黒人の子供がまだ堂々と書店に入れなかった時代、雇用主が捨てた本なら娘のために何でも持ってくる母親のもとで育ち、売れない作家として低賃金の労働をしては、午前2〜3時に起きて原稿を書いていた時代の話が綴られている。こうした彼女の回想にグっと来るのだが、このエッセーは文章の締め方がみごとだ。黒人がSFを書くことの意義とは何か?——作家として自立した彼女が何度も直面してきた尋問が繰り返される。その最後のパラグラフは、情熱的な言葉で彼女の創作哲学について簡潔に語っているので、それを引用してこの拙文も終わらせたいと、じつはそう思っていたのだが……、止めておこう。それだけで読んだ気になってしまったら、バトラーに申し訳がない。

(*)トリーシャ・ローズに関しては、日本では新田啓子の訳で評論集『ブラック・ノイズ』が刊行されている。

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