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Cosey Fanni Tutti

AmbientExperimentalTechno

Cosey Fanni Tutti

2t2

Conspiracy International

野田努 Jul 04,2025 UP

 ポルノ産業とは男性によって男性の快楽のために作られた装置で——日本でそれは、ポルノ産業との無関係を装ったさまざまなジャンルにおいて広範囲に機能している——、そこでは女性は非現実的なものとして客体化される。コージー・ファニ・トゥッティがポルノ雑誌のモデルやヌードダンサーをやったことは、1970年代のフェミニズムからするとポルノ産業への従属と解され、1976年の悪名高き〈Prostitution(売春)〉展とともに、権威的なアート界からも女性解放からも、そして国会からも個人攻撃の対象となった。
 社会の規範に迎合しないこと、不寛容に対するあらんかぎりの存在証明、立ち入り禁止の領域を横断すること——それが彼女の生き方であって、彼女のアートであるという考えが、彼女の自伝『アート セックス ミュージック』で明かされている。コージーの挑発的でセクシャナルなヌード写真がギャラリーに飾られている21世紀では、ウィメンズ・ポリティクスとアートの関係も再調整されたようで、当初言われていたような、それが低俗なポルノと高級なアートとの階層を粉砕するものだというよくある解釈が、いまでは中産階級的に思えてくる。あくせく働く必要のなかった中産階級の子息たちによる“過激な集団”COUMトランスミッションズのなかで、唯一の労働者階級出身だったコージーが働きながらアート活動を続けた話も自伝にくわしい。先日、『ワイアー』の表紙を飾った彼女だが、そのカヴァースートリーを読んで思わず声が出てしまったのは、これだけ国際的な名声を得たいまでも、コージーは生活のために働くことから逃れられていないという現実だ。こうした日々の生活と彼女のアートが無関係になることはあり得ない。自伝にあるように、彼女にとっては「人生がアート」なのだ。

 『2t2』は、コージー・ファニ・トゥティにとって2019年の『TUTTI』に続くオリジナル・ソロ・アルバムに数えられるが、その前に1枚、デリア・ダービシャーのドキュメンタリー番組『The Myths And Legendary Tapes』のためのサウンドトラックを2022年に発表している。コージーにとって、これが重要だった。
 ダービシャーは1960年代、BBCラジオの電子音響プロジェクトで働き、電子音楽家の先駆者のひとりとしていまでは日本でもよく知られている。コージーはドキュメンタリー番組の音楽を依頼されたことで、ダービシャーについて調べた。マンチェスター大学に残された彼女の資料を読みあさり、そして手記や記録を読んでいくうちに彼女の人生への共感がどんどん膨らんでいったのである。
 第二次大戦開戦の2年前、労働者階級の娘として生まれたダービシャーだが、数学の成績が抜群に優秀だったがゆえに、当時の労働者階級の少女としては極めて稀なことにケンブリッジ大学の奨学金を獲得した。数学を学ぶにはもっとも権威ある場所だが、彼女が専攻を数学から音楽に変えたのは、学内における根深い女性蔑視によって入学した女性の多くが余儀なく中退するなか、ダービシャーには音楽だけが逃げ場であり、楽園に思えたからだった。就職のため、BBCに異常な枚数の手紙を送りつけていたのも、そこは当時、英国内で唯一音楽を流す機関だったからで、BBCに行く以外のことが彼女には考えられなかった。
 ダービシャーを音響工学に向かわせたのは、数学的で、未来を予感させるヤニス・クセナキスによる電子詩だった。願いかなってBBCの音響プロジェクトに就職できたダービシャーだが、最初に彼女がもっとも苦労したのは、誰もが上品な英語を話すBBCという職場のなかで、労働者階級のコヴェントリー訛りを矯正することだった。彼女の最初の「音響プロジェクト」は自分自身の声の強制的な変調だったのかもしれない、コージーはそう書いている。
 そのいっぽうでコージーは、ダービシャーについて調べている時期に、たまたま古本屋でマーガリー・ケンプの本を見つけて、なんとなく気になって買った。ケンプは幻視体験をもつ14世紀の女性神秘家で、裕福な家の出ではあったが、その型破りな言動ゆえに迫害され、国外への巡礼を繰り返し、異端の罪で七度も告発されながら自分を貫いた人物である。コージーの人生において宗教はまったく縁のないものだったが、教会から「とんでもない狂女」と非難されたケンプは、1976年に「文明の破壊者」と国会議員から名指しで非難された自分と似ている、コージーはケンプの人生についても研究した——そして、ダービシャー、ケンプ、そしてコージー自身、生きた時代の違う3人の女の人生の共通点を見出しながら描いたのが、2022年に刊行された2冊目の書籍『Re-Sisters』だった(先述したコージーのコメントは同書からの引用)。本作『2t2』は、その延長にある。

 アルバムの前半は躍動感のある曲が並んでいる。1曲目の “Curæ(キュレイ)”──ラテン語で「注意」や「配慮」の意──を聴いていると、コージーが「レイヴ・カルチャーに参加できなかったことを後悔している」と発言したことを思い出す。アルバムの中盤以降では、彼女のコルネット、そして今作における重要な楽器であるハーモニカをフィーチャーしたアンビエント風の曲が続いている。とくに “Threnody” と“Sonance”の2曲では、興味深いことにコージーの穏やかな境地を感じることもできるが、そう簡単に晴れ晴れとした気持ちにはなれないとでも言いたげに、アルバムには闇があり、低音がある。自伝『アートセックス ミュージック』の映画化が決まり制作がはじまろうとしたとき、ジェネシス・P・オリッジの遺産管理団体がTGの曲の使用の許可をしなかった(使用にはメンバー全員の許諾が必要)。インダストリアル・ミュージックの起源とスロッビング・グリッスルの結成を描く映画に対するその対応が、自伝のなかでオリッジからの虐待を書いたコージーへの報復であろうことは察しが付く。最初は「ふざけんな」だったコージーの反応は、しかし最後には、並外れた忍耐と交渉の果てに得た合意における勝利の「ありがとう」、そして「ふざけんな」を添えた感情へと変わっていた。その先に生まれたのが、『Re-Sisters』であり本作『2t2』である。

 コージー・ファニ・トゥッティという名前は、モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」 (「女はこうするものだ」の意)をもじったものだというが、つくづくこの芸名は素晴らしいアイロニーだ。
 『Re-Sisters』には、最後に素晴らしい一文がある—— ‘WILL’ではなく ‘WON’T’。つまり「やらないこと」「拒絶すること」、彼女たちが男性優遇の社会のなかで自分の居場所を見出すためにやったことが「従属への拒絶」だったことは大きな意味があるように思う。「私たちがいまやっていること自体は、たぶん重要ではない。けれど、いつか誰かが関心を持って、この土台のうえに何か素晴らしいものを築いてくれるかもしれない」というアート活動にともなう宿望、男性アーティストからはなかなか出てこない言葉ではないだろうか。本作『2t2』を聴いた誰かが、いつかさらに素晴らしいものを作るだろう、そんな思いを抱かせるような音楽は決して多くないのだ。

野田努