Home > Reviews > Album Reviews > Twine- New Old Horse
南太平洋の大陸でひっそりと “カントリーゲイズ” (カントリーとシューゲイズの要素をミックスしたスタイル)の大名盤が誕生しているのをご存じだろうか。そう、トゥワイン(Twine)というバンドにアクセスすることによって現行音楽に対するリスニング経験は大きく変わる……と声を大にしてそれを言いたくなるほどトゥワインというバンドを皆さんに知ってもらいたい。
トゥワインはオーストラリアの南部、アデレードで2021年に結成されたバンド。アデレードはシドニーから1300km以上、メルボルンからは700km以上離れたオーストラリアの地方都市だ。当初はトム・カツァラス(Tom Katsaras:ヴォーカル/ギター)のソロ・プロジェクトだったそうだが、演奏メンバーの様々な入れ替わりを経て、現在のマット・シュルツ(Matt Schultz:ギター)、テア・マーティン(Thea Martin:ヴァイオリン)、アリシア・サルヴァノス(Alicia Salvanos:ベース)、ジャクソン・パジェット(Jackson Pagett:ドラムス)を含めた体制が固まると、バンドとしての歩みをはじめたという。
初めて聴いたときは、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの1stアルバム『For The First Time』と2ndアルバム『Ants From Up There』の間の世界を思い浮かべた。反復する混沌としたポスト・パンク的アプローチから、繊細なメロディが広がるフォーキーなサウンドへ移行したその狭間ではどんな音が鳴っているんだろうか。もちろん、ブラック・カントリー・ニュー・ロードとトゥワインでは出自も音楽的な成り立ちも異なるが、トゥワインの不協和音がぶつかり合うカオティックな展開と、優しく鳴り響くスロウコア風味のエモーショナルな展開の連続には、あったかもしれないブラック・カントリー・ニュー・ロードの別のストーリーを想像させた。感情のダイナミズムとジャンルの折衷や溶解が広がるその世界をこじ開け、拡大させ、そこに彼らの旗を立てたと言おうか。丁寧だけど叫び散らかしていて、スリリングだけど優しく染み渡る。若きバンドによる初期衝動とアイデアがもたらす完成されていないからこその未知なる可能性。過去のロック・バンドの名盤と呼ばれる作品がそれを証明するように、そこにこそ生々しくリアルなカオスが宿り、そこにしか味わえないドキドキがある。
ヴァイオリン・メンバーがいるのは、ロック・バンドとしては珍しい編成ではあるが、まずは1曲聴いてみようということであれば、7曲目の “Fruit To Ripe” を強くお勧めしよう。軽快なドラム・ビートと獰猛なギターに並行して、エネルギッシュなヴァイオリン・リフが絡みついては楽曲の印象を優雅に引き上げている。楽曲の沸点に近づくとともにカツァラスは痙攣気味に声を張り上げ、心地良い緊張感のなかで全ての音が爆発的に融合する瞬間に我々リスナーも心を大きく揺さぶられるであろう。2024年に日本国内のインディ・ロック・ファンの最大公約数となったフリコ(Friko)をも彷彿とさせる楽曲でもある。
ノイジーで優雅。例えば、3曲目の “Spine” はイントロからディストーションの洪水に見舞われるが、騒々しいカオスを抜けた先に、ガラッと見晴らしの良い晴れた日の高台に出たかのような清々しい音に切り替わる。ヴァイオリニストのテア・マーティンは「ヴァイオリンがバンドの各パートを音響的に移動する効果が好きなんだ」とも語っているが、ヴァイオリンの音使いが秀逸で、轟音のなかでは、後方から音に神秘性のエッセンスを注ぎ込み、ヴァイオリン・リフがはじまると音の先頭に立ち、風が吹き抜ける牧草地のような世界観を演出している。さらに、サビでの感傷的なカツァラスの歌は、ヴァイオリンが感情の導線を演出し、より一層エモーショナルな爆発を引き起こす。
ここまで彼らを説明するのに初期のブラック・カントリー・ニュー・ロードとフリコを引き合いにしたが、ウェンズデイのようなアメリカン・カントリーな表現を、オーストラリアの地方都市のフィーリングで鳴らしていることにも注目しよう。音には、風が吹き抜ける牧草地と揺れる大地と突然の雷雨のような彼らが生まれ育った故郷のような土着的な雰囲気が漂う。彼らを取り巻く環境、──絶望するほど広すぎる大地、スマホで再生される外の世界、発展し過ぎた複雑なテクノロジー、親密で距離の近いコミュニティ──のなかで、暮らし成長する彼らの雄弁と焦燥、愛と憎しみ、夢と現実が、センチメンタルに沈むのではなく、ちょっとした期待を信じて、感情の爆発を起こす。ヤング・パワーとアイデアと友情と苦悩が迸るトゥワインの音楽はパンクであり、フォークであり、悲しみであり、未来へと続く希望だ。広大なオーストラリアの片隅から放たれたこの衝撃が多くの人に伝わって欲しい。
村田タケル