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Eyed Jay

Ambient Folk Experimental Folk

Eyed Jay

Strangeland

自主リリース

Bandcamp

三田格 Apr 10,2025 UP
E王

 3年前、ニュージーランドでロックダウンが長引いていた頃、反ワクを中心とした市民たちがたまりかねて国会議事堂に押し寄せ、騒ぎを鎮めようと政府は議会のスピーカーからバリー・マニロウや『アナと雪の女王』の主題歌などを流し始めた。デモ隊も最初はツイステッド・シスターの “We Are Not Gonna Take It(受け入れない!)” などをかけて対抗していたものの、あまりに何度も流されるので日が暮れる頃にはデモ隊もジェームス・ブラントの “Your Beautiful” を合唱し始めたという。

 6日前、セルビアで先月起きた10万人規模の反政府デモで群衆を鎮圧するために音響兵器が使われたのではないかという報道があり、ブチッチ大統領はこれを強く否定した。日本では合法とされている音響兵器はセルビアでは違法で、しかし、映像で確認すると不気味な大音響に襲われたデモ隊がパニックを起こし、大通りから逃げ出していく様子が確認できる(Serbia Used A Sonic Weapon On A Crowd of Protesters)。

 9時間前、アイド・ジェイことイアン・ジックリングの『Strangeland』を聴き始めると、最初はコーネリアスみたいだなとのんびりかまえていたら、少しずつ背後の音が不穏な空気に包まれ、歌と演奏は変わらないのに背景の音はどんどん凶暴になっていった。1曲目を聴き終わる頃には2種類の高揚感が入り混じり、自分が何を聴いていたのか完全に見失う始末。しばらくしてニュージーランドとセルビアのデモのことを思い出した。 “Your Beautiful” と音響兵器。この2つを同時に経験したらこんな曲が生まれたりするのかなと。それにしても曲の後半は『2001年宇宙の旅』もかくやと思うほど背景が高速でぶっ飛んでいく。

 イアン・ジックリングの父はフェア兄弟と共にハーフ・ジャパニーズというオルタナテォヴ・ロック・バンドを結成したオリジナル・メンバーのマーク・ジックリングで、イアン・ジックリングの兄もワシントンDCでパンク・バンドか何かをやっているらしい。イアン・ジックリングも若い頃には同じくDCパンクをやっていたものの、活動は長く続かず、その後はコロラドでギターの先生になり、15世紀のフランドル多声音楽(どんな音楽だ?)の研究に没頭していたという。これがコロナによって人生設計が狂い、精神的な危機を迎えたことで広く人に聞かれる音楽を目指そうと考え方が変わり、『Strangeland』の製作へとつながっていく。その結果が広く人に聞かれる音楽かどうかはともかくとして、ある種のフィールドにおいてはとんでもない傑作であることは確か。オープニングのタイトル曲でもある「Strangeland」はアメリカで98年に制作されたホラー映画及びそのゲームのことらしく、映画もゲームも未見なので、具体的にはわからないけれど、解説文を読むとサイコ・ホラーの作品だと書いてあり、曲の背後で様々な音響が渦巻いているのはひとつの曲を意識と無意識に分けて表現しているということに帰結したのかなとは思う。それこそスキゾフレニアックの極みが全9曲、コーネリアスのアンビエント展開を思わせる “Sunflower Eyes” やあまりに情報過多な “Summer” など様々なヴァージョンが展開されていく。それらを雑にまとめるとサイケデリック・フォークという言い方になるとプレス・キットには書いてある。まあ、確かにそれが一番わかりやすいセールス・トークかもしれない。アニマル・コレクティヴのパンク・ヴァージョンという表現も悪くない。

 曲の前面に出ている演奏と背後で渦巻いている音響は同じ素材からつくられているそうで、いわば、元の曲をアブストラクトに構築し直したリミックスと同時に重ねて聞かせているのである。まったく整合性がなく、あまりに雰囲気が違う演奏なのにどこか異次元でしっくりくるのはそのせいなのかもしれない。現在のアメリカ人にとって正気を保っている自分と無意識に危機感を感じ取っている自分を同時に表現した音楽だとこじつけることも可能かもしれない。プライドの回復と大恐慌の予感。音のレイヤーは感情のレイヤーであり、前半はどこか甘酸っぱい感じが突出し、ストレートに悲しみを伝える “Heartbeat” を経て、後半は曲全体の内省度が高まり出しす。とくに “Earthbound” 3部作では声を使ったコラージュが増え、おそらく15世紀のフランドル多声音楽の研究がここに生かされているのだろう。

 ちなみにアメリカの貧困問題は国内問題であり、90%の富を上位10%が独占している状態を変えずに維持するには「原因は外国にある」と国外問題にすり替えたのがトランプ関税なのだろう。これまでトランスジェンダーについて語ってきたケイトリン・ジェンナーや#MeTooについて強く訴えたマドンナが相次いで受賞してきたスピーチ・オブ・ジ・イヤーは今年、オカシオ・コルテスに贈られている。彼女は現在、バーニー・サンダーズと共に演説のツアーを続け、2人が掲げたテーマは「オリガルヒと戦え」。オリガルヒというのはプーチン政権を支えてきたロシアの富裕層のことだけれど、どうやらこの概念はロシアに限定せず、政治に影響力を持ち始めた富裕層全般を指す言葉に応用範囲が拡大し、2人の照準は明らかにイーロン・マスク。カザフスタン移民の子孫がオリガルヒに振り回されるという構図の『アノーラ』も徹底的にオリガルヒをバカにした内容で、これが今年のアカデミー賞作品賞というのも非常に図式的ながら納得がいく。アメリカが分断されているというなら分断されたアメリカを1曲に合わせてそのまま聴くというのが『Strangeland』なのかもしれない。

三田格