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Shinichi Atobe

Deep House Dub Techno

Shinichi Atobe

Discipline

DDS

河村祐介 Mar 03,2025 UP

 真夏の草原で聴いたらさぞかし気持ちの良さそうな、一筋の涼風のようなテクノ・アルバム。昨年末リリースされた跡部進一の通算6枚目のアルバムである。
 十数年のブランクを経ての怒濤の作品リリース──2001年にべーチャン後継レーベル〈Chain Reaction〉から「Ship-Scope」(後に〈DDS〉からも2015年に再発)でデビューの後、リリースもなく約15年近くその存在は謎とされてきた(ちなみに〈Chain Reaction〉からは釣哲生なる日本人アーティストのマトリック名義の作品もある)。その後、時は巡り、2010年前後のミニマル・ダブの復権ならびにインダストリアル~ダーク・アンビエントへの拡張に、一定の影響を及ぼしたマンチェスターの〈Modern Love〉を率いるダムダイク・ステアによってシーンへと呼び戻され、2014年にまさかの新作にしてファースト・アルバム『Butterfly Effect』を彼らが率いる〈DDS〉からリリースした。以降、同レーベルを拠点に、十数年の不在を取り戻すかのようにコンスタントに、アルバム単位で作品をリリースし続けている。
 ダンスというよりも、比較的アブストラクトな雰囲気のファースト・シングル「Ship-Scope」。その意匠を引き継いだ感覚の、淡い靄のかかったダブ・テクノ~ダウンテンポの『Butterfly Effect』での復活から、数枚のアルバムを経てその作品性は、リリースをするたびに徐々にテクノ~ハウスのグルーヴを強めていっている。中でも『Yes』(2020年)から『Love Of Plastic』(2022年)へと連なる作品の流れは、特有の繊細なダブ処理はそのままに、どこかアブストラクトで内省的なダブ・テクノから、より軽やかなサウンドで、外へ外へと、流麗なハウスのグルーヴでもって滑空してみせるかのような、そんな変化を見せている。ここ最近としては、2024年4月に極めて高いクオリティのテクノ・トラックを携えた12インチ「Ongaku 1」を同じく〈DDS〉からリリースしている。

 前作『Love Of Plastic』の2年後にリリースされた本作、やはり圧倒的なのはアルバム1枚の作品としての統一されたすばらしい完成度があり、そして音楽性としてはダブ・テクノのなかに、新たに小気味いいライトなサウンド・フィーリングを示した作品と言えるだろう。『Love Of Plastic』でものにしたアトモスフェリィックなディープ・ハウスのグルーヴを土台として援用しながらも、サウンド的にはよりテクノのシンプルな魅力──シンプルなリフとミニマルなリズムの効果的な構造から生み出される強固なグルーヴにフォーカスすることで体現したサウンドと言えるだろう。
 清涼感のあるシンセ・リフがエコーとともにハウス・グルーヴの上を駆け抜けていく“SA DUB 1”にはじまり、ダビーながら重すぎないミニマル・テクノ“SA DUB 2”~“SA DUB 3”、鮮やかな電子音の応酬から、後半に挿入される上下するベース・ラインがファンキーな“SA DUB 4”まで。アルバム前半部の楽曲構成もリスニング成分と、ダンス・グルーヴの心地よさが絶妙なる塩梅のバランス感覚でむしろ小憎らしいほどに心地よい。唯一のビートレスで、アルバム中盤のフック(LPならB面の1曲目)となる“SA DUB 5”は、サイケデリックなエコーで渦を巻く電子音とベースラインのやりとりがいつしかコズミックなアシッド・サウンドへと展開していく。硬質なダブ・テクノ“SA DUB 6”、クラックルノイズとまろやかなダブ処理が、まどろみのように展開する“SA DUB 7”。そしてラストは“SA DUB 8”、グッとBPMを落としたアルバムのラストを、ドラマチックに美しく描いて締める。クリアなサウンドと力強くグルーヴするリズム、そしてシンプルなリフで、「上げすぎない」高揚感のキープは目指したトラックたちは、これまでの作品に比べてもより1枚の作品としてのサウンド・フィーリングの統一感が増していと言えるだろう。ダブ処理はあくまでも、リフや展開、楽曲を引き立たせるための要素で、その感覚は、ザ・デトロイト・エスカレーター・カンパニーの諸作や、誤解を恐れずに言うならば、どこか初期レイ・ハラカミの、その作品のデレイ~エコー感を彷彿とさせる瞬間もある。ある種の麻酔的な音響処理というよりも、音色の一部といった方がそのエコーの存在はしっくりくる。
 ある種のステレオタイプのべーチャン・フォロアー的なミニマル・ダブ / ダブ・テクノではなく、新たなスタイルの軽やかなダブ・テクノの、そのアルバム作品としてひとつの新たな完成形と言える作品ではないだろうか。

河村祐介