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ナイン・インチ・ネイルズのメンバーにして、ソロ・アーティストとしてエクスペリメンタルな電子音楽をリリースし続けているアレッサンドロ・コルティーニ。彼は実験音楽レーベルの〈Important Records〉、ドミニク・フェルノウが主宰する〈Hospital Productions〉、そして老舗〈MUTE〉など錚々たるレーベルからアルバムを発表してきた才人だ。近年はセルフ・リリースでアルバムを精力的にリリースしている。
そんなアレッサンドロ・コルティーニの〈MUTE〉からの新作『NATI INFINITI』が先ごろリリースされた。ひとことでいえばシンセサイザー・電子音楽の魅力が横溢したアルバムである。電子音にフェティシズムを感じる方であれば、その音を聴き続けるだけで快楽を得られるはず(と思います。少なくとも自分はそうでした!)。そう、アレッサンドロ・コルティーニの電子音に対するフェティシズムが全編に横溢しているアルバムなのである。
本作『NATI INFINITI』は、イタリア語で「生まれながら無限」という意味らしい。この言葉こそ、まさに電子音楽が目指すべき拡張的音響の本質を表すような言葉のように思える。ではこの楽曲は、どのような経緯で生まれたのか。
もともとは2022年にリスボンで開催されたエレクトロニック・ミュージック/テクノロジーの祭典「ソナー」にて発表された没入型オーディオ・インスタレーションのために制作された音源であった。同作品はリスボンの博物館で1階から4階にかけて展示されたという。その後、同音源は2023年にベルリンでおこなわれた「Atonal 23」でライヴ・セットでも披露されることになる。
このアルバム・ヴァージョンは先に書いたように〈MUTE〉からリリースされた。しかもミックスをビョークやデペッシュ・モードなどを手がけたマルタ・サロニがおこなっている。そのうえアナログ盤のカットをポールのステファン・ベッケがおこなっているという。まさに鉄壁の布陣である。
アレッサンドロ・コルティーニが〈MUTE〉から発表したアルバムは2019年の『Volume Massimo』、2021年の『Volume Massimo』に続いて3作目となる。どのアルバムも良かったが、個人的にはこの作品がいちばん好きだ。電子音の魅力・魅惑がプラトー状態で持続しているからだ。
本作『NATI INFINITI』は5つのパートに分かれており、それぞれIからVとナンバリングされている。どれもシームレスにつながっており、実質、40分の長尺とすべきだろう(オーディオ・インスタレーション作品の音源が原型なのだから当然だが)。
本作で展開される音響は、一種のドローンであり、一種のアンビエントであり、一種の実験的な電子音楽である。重要なことは、そこに明確な構成の意志があり、聴き手を音楽へと巻き込もうとする力に満ちている点にある。どこか交響曲のような壮大さもある。いずれにせよシンセサイザー音楽としても、ドローン/アンビエント系の作品・楽曲としても非常に優れた完成度を誇っている。
先に書いたように、このアルバムの音響には、アレッサンドロ・コルティーニのシンセサイザーの音色に対するフェティシズムが横溢しているように感じられる。発せられる音それ自体が非常に心地よいのだ。
なぜだろうか。本作で用いられたシンセサイザーは、ノースカロライナ州のアッシュヴィルを拠点とするユーロラック・モジュラー・シンセサイザーのメーカー「Make Noise」とアレッサンドロ・コルティーニが共同開発した「Strega」なのである。本作『NATI INFINITI』は、自身も開発に加わり、自身の求める音を実現できる機材を使って作曲・制作されたのだから、このアルバムの音が良いのは当然かもしれない。まさにアレッサンドロ・コルティーニにとって理想的な電子音なのだろう。
じっさい、本作『NATI INFINITI』の無色透明な音は、まさに電子音にとって理想的な音だ。真っ白なアートワークのように無力透明な音ともいえる。硬質な電子音が生成し、連鎖し、変化する。繊細に、かつ流麗に折り重なっていくさまはまるで電子音によるアンビント交響曲のようだ。ここで電子音は、まるで空気のように、もしくは川の流れのように音が生成し変化していくのだ。
本作『NATI INFINITI』全体を通して聴くと、その空間的で、かつ広がりのあるサウンドスケープの見事さにも気が付くだろう。ドローンやミニマル音楽、アンビエントなど、さまざまな音楽の手法を用いながら、聴き手を「音の流れ」の只中に引き込む力がある。聴いているうちに時を忘れさせるような感覚を与えてくれるサウンドなのだ。
本作『NATI INFINITI』は、彼のディスコグラフィ上で重要かつ傑作として位置付けられるアルバムになるのではないか。サウンド・アーティストとして、キーボード・プレイヤーとして、作曲家として、これまでのアルバム以上に自身の音色へのフェティシズムを表現し切っている。
電子音楽とは極論すれば「音それ自体」を徹底的に追求し、音そのものによって音響・音楽を作曲する音楽だ。アレッサンドロ・コルティーニは自ら開発したモジュラー・シンセサイザーによって、電子音楽の作曲をより深い状態で「経験」したのかもしれない。
何はともあれシンプルながらも圧倒的な電子音の「深さ」を表現した『NATI INFINITI』。このアルバムは、アレッサンドロ・コルティーニの音楽家としての成長と革新を感じさせてくれる作品に仕上がっているといえよう。
デンシノオト