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fyyy

Indie Folk

fyyy

Hoves

造園計画

TUDA Oct 24,2024 UP

 暗闇で万華鏡を覗き込む。何も見えないが、何かが蠢いている。少し、手を伸ばしてみても届かない、そこには実体がないようだ。『Hoves』の手触りはそんな感覚に近い。出鱈目に発した言葉で成る、スクリューされたアシッド・フォーク、サイケデリック歌謡とでも言おうか。その音像は何重にもベールを纏っている。

 fyyy はサイケデリック・ロック・バンドのベーシストをやりながら(現在は所属していない模様)、宅録を個人的な記録や実験の場として長年続けてきた人物のようだ。今回の名義で音源を出しはじめたのはここ最近のこと。レーベル〈造園計画〉の主宰であるバンド、帯化の島崎森哉が Twitter のプロフィールに貼られていた SoundCloud で本作を発見し、リリースする運びになったという。インタヴューによると、過去には架空のレーベルをでっち上げて適当なドローンをアップしていた時期もあるというが、そのレーベル名は明言されていない。何にせよ、できた偶然によって、『Hoves』はおおやけに姿を表すことになった。

 ルールに沿うことで歪な形になった創作物が好きだという fyyy は、その嗜好性をアルバムに反映させている。bpm は50以下で、一曲のなかで展開はひとつのみ。歌をトラックに重ねるときに出てきたものを歌詞として用いる(寝る前の習慣であるしりとりが終わらず不眠に陥ったことがあるとのことなので、おそらく他にもまだあるだろう)。こうした制限により、アルバム全体が儀式的な陶酔に覆われている。
「なえたろ 靴をびたたたがた をわをつる きやか(Kiyaka)」喃語にもちかい歌には、居場所を失ったような感覚を誘発される。架空の言語であればコンセプチュアルで片が付くものを、それまではギリギリ意味が通る日本語が耳に入っているのだから。どこでもないどこかを思わせる、ジョン・ハッセルに端を発する空想民族音楽のような雰囲気すらある。何も言葉だけではない。スローすぎるがゆえにドローンのように響くギター、歌謡曲を取り入れたサイケデリック・ロックに傾倒していたことによるオリエンタルなメロディ。得意ではないというギターに合わせたためにまばらに立ち上がる打楽器。何かしらを経由した意図しない形で、空想民族音楽らしきものが浮かび上がってくる。宅録というパーソナルな表現方法であるために入り組んだあらゆる要素が、この作品にさまざまな角度から歪さをもたらしている。

『Hoves』は音響作品としても聴くことができる。今作から自分が連想したのは、各地の民族音楽を飲み込んでは吐き出すオルタナティヴ・ユニット、サン・シティ・ガールズのラスト作『Funeral Mariachi』、言わずと知れた音響アシッド・フォーク作品を残すサイモン・フィンだった。本人が今作の影響源として挙げているのはニュートラル・ミルク・ホテル『In the Aroplane Over the Sea』とザ・マイクロフォンズ『The Glow Pt.2』。一筋縄ではいかないサウンド・プロダクションが施されているという一点で、上記の作品は共通している。今作においては、特にM2 “CYCLOPES?” を聴けばそのサウンドの美しさに魅了されるだろう。換気扇の音のようなホワイト・ノイズと、目の前で振動するようにパンをふるベース音のうえで「不安だな 新しい船を頭から」という歌が繰り返される。進んでいくごとにホーン、チリノイズ、シンセによるドローンが浮かんでは沈み、つねに新しい景色が音とともに込み上がってくる。サウンドの美しさが、歪なこの作品にメディテーティヴな感覚を誘発し続けている。

 ところで、これは個人的な話だけど、部屋でひとり適当なメロディを口ずさむことがよくある。意味のないリズムを刻み、何も示唆しない寓話をでっちあげる。そんな遊びが脳を休めるのにいいのだと思う。そして『Hoves』を聴いているとき、そういった生活に地続きな遊びを眺めているような気分になった。日常との距離の近さもこの作品には潜んでいる。万華鏡の先で蠢いているのってもしかして自分自身だったのかも。

TUDA