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YoshimiOizumikiYoshiduO

AmbientExperimental

YoshimiOizumikiYoshiduO

To The Forest To Live A Truer Life

Thrill Jockey

野田努 May 18,2023 UP
E王

 音楽をやること自体に喜びを覚えているような音楽が聴きたくて仕方がない。音楽をやることそれ自体に意味があり、それ自体に価値があるということをあらためて認識さてくれるような音楽。アメリカのメジャー・レーベルでは、新人と契約する際の最優先チェック事項として、SNSのフォロワー数があるという話を、ここ数年なんどか向こうのメディアで読んだことがある。日本でもありそうな話だ。レコード会社の人間が新人に対して(あるいは出版社が著者に対して)「君たちももっとSNSをうまく使いこなさないとね」などと講釈をたれているなんていう風景は、うんざりするほどありそうだ。某日本のヒップホップ・ライターから、インスタやTikTokをやっていないことに驚かれ、そこにいなければ存在していないも同然だと呆れられたことがあるが、そこに存在したくはない存在について彼は知らない。作品のクオリティよりもSNS上のパフォーマンスでフォロワー数を増やすことのほうに重点が置かれては、クリック数を増やすために記事の質よりも見出しのギミックに腐心し、閉鎖していったオンライン・サイトと同じ運命を辿る可能性は決して低くはないだろう。だからそんなことよりも、音楽を奏でることそれ自体を面白がっている音楽が聴きたいのだ。

 ボアダムス/OOIOOなどで知られるYoshimiO、そして音響工作の魔術師でありカレーの達人としても名を上げた和泉希洋志のふたりによるセカンド・アルバムがまさにそれだ。この作品は、言うなればぼくにとって精神安定剤でもある。オリジナルのリリースは昨年だったようだが、〈スリル・ジョッキー〉からのライセンス盤によって、ぼくは『To The Forest To Live A Truer Life (より真実に生きるために森へ)』という喜びの音楽を知ることができた。
 制作に関する興味深い話はサンレコに詳述されているが、手短に言えば、YoshimiOは幼少期に学んだピアノを弾き、和泉希洋志が彼女の演奏と歌を(曲によっては森のなかのカフェで)録音し、モジュラー・シンセサイザーに通し、徹底的に加工し、ミックスしている。じつは手の込んでいる作品だが心地よい遊び心に溢れていて、ちょうどぼくはつい先日までグレッグ・テイトという、これはこれは手強い黒人批評家の翻訳本の仕事に徹していたことで、家ではひたすらアート・アンサンブル・オブ・シカゴやBAGのような、フリー・ジャズ第三波における越境的で、解体されハイブリッド色を強めた遊び心に心酔していたのだった。YoshimiOと和泉希洋志によるこの作品には小杉武久からの影響があるとサンレコの取材で明かされているが、スタイルこそ違えど、『バップ・ティズム』や『ツタンカーメン』の流れで聴いて、音楽への向き合い方にはどこか共通するものがあるのだろう、ことのほかハマったのである。

 じっさいこのアルバムはいろんな聴き方ができると思う。たとえば、 “OmimiO” にはOPN的な迷宮のエディットがあり、愛らしい “YosunnyO” はアリス・コルトレーンをイーノがリミックスしたようで、 “sun19” では、ぼくの幻覚においては、フェネスのアンビエント風グリッチが架空の民謡と一緒に溶けているのである。 “miniyO” や “mniya” のような曲の捉えどころのなさも、いや、アルバム全体が捉えどころがないのだが、瞑想的というよりも無邪気さが先立ち、実験音楽における敷居の高さを拒否している。
 和泉希洋志は、YoshimiOのピアノ演奏の魅力を抽出し、巧妙に断片化し、コラージュし、いくつもの恍惚としたテキスチャーを作り上げている。アルバム冒頭の2曲——“YofuyO” と “yO Me” には心憎いベースラインがあり、その静けさに生き生きとした動きを与えているが、アンビエントとインプロヴィゼーションの交差点をダブ化したような、微細な音の変化を楽しめる立体的な本作には、故ミラ・カリックスの音響作品にも似た、創造行為への微笑みが通底しているようにぼくは思うのだ。西欧の人たちがこの音楽から(おそらくはその間の取り方から)能や狂言を感じるのはわからくもないが、歴史的に言えば武家社会(つまり西欧で言えば貴族)の芸能として栄えたそれら “日本” から著しく、それこそサン・ラー的に離れているのが 『より真実に生きるために森へ』の楽しさ、美しさでもある。リリースから1年以上経っているけれど、ぼくのように本作をまだ知らないリスナーもいると思うし、この喜びの音楽を好むリスナーが、まだまだこの日本にもいるはずなのだ。

野田努