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METAFIVE

Synth-pop

METAFIVE

METAATEM

ワーナーミュージック・ジャパン

デンシノオト Oct 05,2022 UP

 待ちに待ったメタファイヴの新作『METAATEM』は、予想以上の傑作であった。あのファースト・アルバムを軽く超えている。
 2019年から2020年、世界がコロナ禍へと移り変わっていくヘヴィーな時期の感情や記憶を反映したような詞・曲に、メンバーの個性が多層に織り込まれた硬質で推進力に満ちたエレクトロニック・サウンドが交錯する。アルバム全編で披露される、その音楽的引き出しの多様さ、多彩さはさすがの一言で、ポスト・パンク、ニューウェイヴ、テクノ・ポップ、テクノなどここ3~40年ほどの音楽の技法と歴史が結実したアルバムといえよう。

 しかしなぜ「ラスト・アルバム」なのか。昨年のリリース中止を経て、セカンド・アルバムからラスト・アルバムに変わった意味はなぜか。アルバムは生き生きとしたサウンドに満ちており、このまま「次」がありそうなほどに勢いに満ちているのに。
 アルバムのリリース延期理由と何らかの関係があるのかもしれないが、それは憶測に過ぎないし、そもそもアーティストが作品をリリースするのは状況に左右されただけではないはず。よって私はこの「ラスト・アルバム」という言葉は、バンドから発せられたメッセージと考えている。
 結論へと先を急ぐ前に、まず確認しておきたいことがある。メタファイヴは、サディスティック・ミカ・バンド、YMOという日本のポップ・ミュージック史において、極めて大きなふたつの潮流を生み出したバンドを継承する集合体である、ということだ。
 そこにはつねに高橋幸宏の存在があった。彼がポップスに導入したヨーロッパ的な美学は、YMO中期以降、80年代のソロ作品以降、日本のポップ・ミュージックに多大な影響を与えた。と、まずこれだけは念をおしておきたいのだ。80年代のヨーロッパのニューウェイヴを完璧に自分のものにしていたアーティストだったのだから。
 00年代以降もラリ・プナ、メルツなどのヨーロッパ(北欧)のエレクトロニカを積極的に導入し、細野晴臣とのスケッチショウ、原田知世をヴォーカルに据えたピューパ、00年代のソロ作品『BLUE MOON BLUE』、『Page By Page』に結実していった。

 とはいえ、メタファイヴは何らかの海外のムーヴメントを直接的に反映したバンドではない。そうではなく、6人のメンバーそれぞれの音楽的出自が濃厚に反映した結果、いま鳴らされるべき音に仕上がっているというべきだろう。そしてそこにおいて高橋幸宏の存在が、まるでバンドの「無意識」のように浸透しているように思えるのだ。
 アルバムの構造を簡単に分解してみよう。一聴すると、砂原の曲、テイの曲、小山田の曲がバランス良く配置され、それらが大きな柱になっていることがわかってくる。そしてヴォーカルのLEO今井がその声によって、雑多になってしまいそうなアルバム全体に統一感を与えている。彼は作詞も多く担当し、いわばメタファイヴの「顔」「声」「言葉」を象徴する存在といえる(私は本作を聴いて彼の声質が実は高橋幸宏に近いのではないかと思った)。
 だがそれでもアルバム全体の楽曲を包み込むあたかも「無意識」のように高橋幸宏の存在を強く感じてしまうのだ。ドラム(音楽の下部・ボトム・無意識)、コーラス(音楽の背景・意識)、ヴォーカル(音楽の中心・意識)、そして何より彼の「存在」によって。
 もう少し詳しく分解すると、“Full Metallisch” などの砂原とLEO今井の曲は、テクノ/インダストリアル・モードを体現している。先行曲 “The Paramedics” などのLEO今井単独曲はポストパンク的な激しさを発散させる。“Wife” などのテイの曲は、ダンサンブルでジョイフル・パーティソング的なハウス・モードを象徴する曲だろう。そして小山田圭吾は、名曲 “環境と心理” によって、バンドにメロウなモードを取り入れていく。そこにゴンドウの “By The End Of The World” がアクセントのように置かれている(ちなみにこの曲での小山田のコーラスはとてもレアだ)。
 どの曲も2019年という小春日和のような時期から、2020年のコロナ以降というヘヴィーな時期を生きたメンバーたちの感情や記憶を濃厚に反映した曲ばかりである。
 
 実に隙のないアルバム構成だ。私はこの隙のなさに高橋幸宏のディレクションを強く感じた。とにかくスタイリッシュなのである。何より要所で高橋幸宏が共作することで、メンバーの音を「ユキヒロ」の音楽へと変貌させているように思えた。
 そのディレクション(のようなものは)、何も具体的な共作だけにとどまらない。例えば小山圭吾の作詞・作曲の “環境と心理” では小山田・LEO今井ともにメイン・ヴォーカルを担当し、メロディをユキヒロのムードに染め上げている。そもそもコーネリアス色の強いこの曲を(あえて?)シングル曲(先行曲)に選んだのは高橋幸宏という。メタファイヴのイメージとはやや異なるこの曲を先行曲に選ぶのも絶妙なセンスだ。
 何より重要な曲は、アルバムの最後に収められた “See you again” であろう。小山田圭吾は曲を担当し、高橋幸宏がメイン・ヴォーカルをつとめている。高橋幸宏が退院したのち録音されたというこの曲は、アルバムに最後にふさわしい曲だ。小山田が「幸宏さんといえばジョージ・ハリスン」ということで、スライド・ギターを披露しているのもレアである。
 ロマンティシズムとセンチメンタリズムが絶妙にミックスされたまさに高橋幸宏的な曲であり、氏のソロ曲の現在形のようにも思える(ちなみに詩は高橋とLEO今井との共作である。今井のバンドにおける貢献度の高さが窺える)。この曲は、どこか終わりの予感のような曲にも聴こえた。しかし “See you again” という曲名からも前に進む意志を感じさせる曲もでもある。

 ここで最初の問いに戻ろう。「ラスト・アルバム」とは何を意味するのか。重要なことは、高橋幸宏はこれまでバンドを解散させたことがないということだ。YMOですらも復帰後は明確には解散していないし、スケッチショウも、ピューパも、In Phase も解散はしていないはずだ。
 だからこそ昨年のリリース中止を経て、ついに一般販売となった『METAATEM』があえて「ラスト・アルバム」と謳っていることはとても重要に思えるのである。普通に考えれば「これが最後だ」という言葉に解釈できるが、最後の曲が “See you again” だったことを忘れてはならない。そう、「またね」なのだ。
 おそらく当初は、コロナ禍の世界に向けてメッセージを含んだ曲であったと思うのだが、いまは、もうひとつ別の意味を含んでいるように思う。バンドが最後を迎えたとしても、音楽が止まるわけではない。音楽は進んでいく。ゆえに「See you again」と。音は鳴る。音楽は時間と共に進む。前に進む。「Walking To The Beat」。
 だからこそ「ラスト・アルバム」という言葉から、「前に進もう」「そしてまたどこかで会おう」というポジティヴな意志を私は強く感じてしまうのだ。少なくともアルバムを聴いた後は、そう思えてならない。
 不意に高橋幸宏のファースト・ソロは『サラヴァ!』だったことを思い出した。「サラヴァ!」(ピエール・バルーが設立したレーベル〈Saravah〉にかけたジョークではあろうが)から長い年月を経て、自分よりも若い仲間と作ったアルバムの最終曲で「See you again」といって締めるなんて、なんて洗練されたユーモア、センス、シャイネスだろう。そして濃厚なロマンティシズムも。

 さまざまな時の激流を経て、ついに令和の世に放たれた「ニュー・ロマンティック」な本作『METAATEM』を心ゆくまで何度も味わいたいものだ。荒んだ世界だからこそいまの私たちに必要なポップ・ロマン主義がこのアルバムにはある。

デンシノオト