Home > News > RIP > R.I.P. David Johansen - Funky but Chic——デイヴィッド・ヨハンセン R.I.P.
2月28日、元ニューヨーク・ドールズのデヴィッド・ヨハンセンが亡くなった。10年ほどまえにステージ4の癌と診断され、5年まえには脳腫瘍も患い、さらには昨年11月に自宅で転倒して背骨を骨折し、寝たきりとなっていた。介護費用を募るための基金を家族が設立したというニュースが流れたばかりのことだった。
ヨハンセンは、1950年生まれ、ニューヨークのスタテン島出身。『プリーズ・キル・ミー』によればキャンプな作風で知られた前衛演劇集団シアター・オブ・リディキュラス界隈に出入りしていたが、「ヘテロセクシュアルすぎた」ために劇団には馴染めず、ヴァガボンド・ミッショナリーズというローカル・バンドでシンガーとして活動を開始した。ジョニー・サンダースを中心として結成されたバンド、アクトレスがニューヨーク・ドールズに名前を変更した後、ヨハンセンは加入している。もともとヴォーカルも兼ねていたジョニーがギターに専念したいということでフロントマンとして迎えられたのだった。ドールズの多くの曲にヨハンセンの名がクレジットされていることを見ても、彼の加入がドールズの音楽性に決定的な影響を与えたことがうかがえる。
ヨハンセンのペンによる代表曲“Looking for a Kiss”
盟友シルヴェイン・シルヴェインの追悼文でも書いたことだが、ニューヨーク・ドールズの功績とはハード・ロックやプログレが全盛だった70年代のロックに50年代のロックンロールやガールグループの「三分間ソング」を取り戻したことであり、すなわちパンクなのだった。そんなパンクの勃興を尻目に77年にドールズは解散。そしてヨハンセンは80年代にはタキシードにリーゼント姿の「バスター・ポインデクスター」という変名でスイングジャズ、ジャンプ・ブルース、ラテンなどを洒脱に歌い、ソカ・ナンバー“Hot, Hot, Hot”のカヴァーをヒットさせる。ヨハンセンもドールズも知らずに聴いていたリスナーも多かったようだ。『三人のゴースト』など、ハリウッド映画に出演していたのもこの頃のこと。
バスター以前にドールズのセカンド・アルバムでもソニー・ボーイ・ウィリアムソンのカヴァーをしていたように、ヨハンセンはルーツ音楽への探求心も持っていた。97年にハリー・スミス編纂のアンソロジー『Anthology of American Folk Music』が再発されたことを受け、「デイヴィッド・ヨハンセン&ザ・ハリー・スミスズ」というユニットを結成。ビル・フリーゼルとの仕事で知られるジャズ・ミュージシャンなどを迎えて2枚のアルバムを作っている。
2004年にはモリッシーの呼びかけでドールズの再結成が実現。再結成後には3枚のスタジオ・アルバムを残しているがとくに最後の『ダンシング・バックワード・イン・ハイ・ヒールズ』(2011)はモータウンなどの影響を感じさせるリズム&ブルースをベースにリヴァーブの効いたドリーミーなコーラスワークがフィーチャーされ、50年代のロックンロールとルーツ音楽の探求が結びついたヨハンセンのひとつの集大成と言っていい。
“Funky but Chic”は78年リリースの初ソロ・アルバムの劈頭を飾った曲だが、本作で再演されている。パンクの荒々しさ、グラムの華やかさ、ルーツ音楽の土臭さ、まさにヨハンセンその人を表すと同時に、かつてのニューヨークの猥雑なカルチャーを象徴するようなタイトルだ。
2022年にはマーティン・スコセッシが監督したドキュメンタリー『Personality Crisis: One Night Only』が制作されテレビ放送された。スコセッシは当時のインタヴューで次のようにコメントしている。「デイヴィッド・ヨハンセンとは数十年来の付き合いで、映画『ミーン・ストリート』を制作していた頃に、ニューヨーク・ドールズを聴いて以来、彼の音楽はずっと私の試金石となっています 。当時も今も、デイヴィッドの音楽はニューヨークのエネルギーと興奮を捉えています。私は彼のパフォーマンスをこれまでに何度も観てきましたが、長年かけて彼の音楽的インスピレーションの深さを知ることができました。昨年(2019年)、カフェ・カーライルで行われた彼のライヴで、彼の人生と音楽的才能の驚くべき進化を間近で目にした後に、この映画を撮らなければならないと感じました。私にとってあのショーは、ライヴ音楽体験における真の意味でのエモーショナルな可能性を捉えたものでした」
https://www.udiscovermusic.jp/news/martin-scorcese-new-york-dolls-david-johanesen-documentary
あいにくと日本ではソフト化も配信もされていない。アメリカではPrimeVideoで配信されているようなので、ぜひ日本でも見られるようにしてほしい。
最後に個人的なことになるが、筆者はシルヴェインの来日時に『プリーズ・キル・ミー』にサインを書いてもらった(「これはいい本だ」と言ってくれた)。いつかその横にヨハンセンにもサインを入れてもらうのが夢だったが、それも叶わなくなってしまった。とても悲しい。
大久保潤