「Nothing」と一致するもの

Atom & Masaki Sakamoto - ele-king

 僕があれこれ批評する立場にいないことはよくわかっているけれど、20年近く前から同じようにレーベルをやったり日本の電子音楽を発掘して世界に発信しようとしてきたかつての仲間には、やはり頑張ってほしいからいつも少し辛口になるし、老兵の意地というかネット・レーベルなんかには真似できないような作り込んだプロダクションやあっと驚くような作品を聴かせてほしいと思ってしまう。最近UMAと名前を変えたらしい(?)〈サードイアー〉は、去年初音ミクでYMOのカヴァーをやったアルバムがかなりヒットしたんだけど、正直「もうどうやってもYMOの呪縛からは離れられないのかな」と感じてしまった。ほら、その前にもセニュール・ココナッツの『Yellow Fever』というヒットもあったし。まぁどっちもいい作品だったとは思うけど......。そして、そのセニョール・ココナッツのなかのひとでもある、アトム・ハートが、普段は神経内科医として活躍されてるという日本人マサキ・サカモトと組んだのがこちらのアルバムである。古いリスナーなら「アンビエントオタク」ことテツ・イノウエとかつてよく組んでいたアトム・ハートのことを思い出すかもしれないが、今回やっているのは、あの頃のアンビエントやエレクトロニカとも違って、なんというかエキスポ的な電子音楽博覧会だ。アトムでいうとHAT以降の細野さんとのつながりだったり、さらにはテイトウワとか、まりんの系譜にもつながるような神経質で繊細でキッチュで、でもポップという路線。YMOが大衆を惹きつけた大きな要素であり、遺伝子的に後の世代にも受け継がれてるあの感じをすごく持っている。

 サカモト氏のソロ作はしっかり聴いてないのでこれまでの作風を十分把握してるわけではないが、ノリノリでコスプレ風の写真に収まっているふたりを見ると、間違いなくレトロ・フューチャー的な志向はどちらか一方が仕切ったものではなく合作の方向性として自然に出てきたものなのではないかと想像できる(大元のコンセプトはアトム側から提示があったとサカモトがインタヴューで話している)。そしてそこで掘り起こされたのは、組曲風の意匠をまとった、カラフルな宴のごとき歴代電子音楽大全であり、冒頭ではノンスタンダード時代の細野さん的な東洋エレクトロOTTビートが幕を上げ、コシミハル嬢がかつてとなにも変わらないキュートな声で電子音との共演を聴かせ、トレヴァー・ホーン的なオケヒットがうなりを上げたかと思うと、フロア向けトラックのように重いキックが鳴ったり、さらには「サブライムだから」と言わんばかりにレイ・ハラカミのごときシンセが耳をとらえるのである。ジャケに描かれてる道の向こうの光は、誰が見てもわかるとおり『未知との遭遇』へのオマージュで、あのUFOとの交信に使われた曲のフレーズをモチーフにしたパートも後半には出てくるし、異星人交響曲と名付けられたアルバム全体が、「異星人は8本脚でもないし、地球を侵略しにやって来るわけでもない」という時代の変化とともに提示された科学・未来・未知への無根拠な信頼や明るい展望に彩られたあの頃への思いが詰まっている。

 ドイツ人のアトム・ハートがチリに移住してチリのペースで生活しながらこうやってまったく南米的でもなんでもない、むしろ東京的な電子音響に手を染めているのは、我々としては感慨深い。まぁ彼もセニョール・ココナッツやアシトン(アシッドなレゲトン)とか、南米に住んでいることを体現した音楽もやっているのでこれは、サイド・プロジェクトならではの上質な洒落というとらえ方もできるだろう。ただ、本職はドクターというサカモト氏が加わることで得られたはずの、商業的成功から解放された位置にいる音楽家ならではのプラスαの創造性というのがあまり見えてこないのが残念だ。ハラカミ的トーンをスパイス的に、なかばジョークとして入れるというのも、ここまで作り込んだ作品でなら「ニヤッとさせられる」という感想でもいいと思う。もし、少し前にUstreamでおこなわれたハラカミ氏のライヴを聴かなかったら、自分もそんな風に思ったかも。これまでの作風を一旦リセットするような、ときに猛々しくアヴァンギャルドな響きをまとった尖った音にビックリしつつ、中盤からじょじょにハラカミ節が聴こえてきて、あぁこの人はすごいと、その神々しいまでの電子音の波に打たれながら思ったのだ。普段はあんなに飄々としてるハラカミ氏だけど、あのライヴは回線を通してでもその並々ならぬ気迫が伝わってきたし、だからこそ、〈サブライム〉が、サカモト氏が、こういうアプローチをするのはどうなんだろうと、いまいちど考えてもよかったのんじゃないか。大人の遊びとしては充分すぎる楽しいアルバムだけど、音楽でどうやって食っていくか、いや職業としての音楽家でなくてもいいのではないか、というような議論が頻出するようになった現在だからこそ。

Poirier - ele-king

 おそらく南アフリカのワールドカップが近づいているせいだろう。アフリカが色濃い熱帯のビートを耳にすると無性に燃えてくる。カネと時間があれば行っていただろう。アフリカ大陸の最南端まで。

 アフリカにとっても、フットボールは庶民のスポーツだ。南アフリカでラグビーのワールドカップは開かれているが、ラグビーは当地の黒人にとっては関わりのないスポーツである。が、フットボールはそういうわけにはいかない。何か新しい盛り上がりがあるんじゃないかと期待している。そんなときにポワリエの新作『ランニング・ハイ』は実によろしい音楽だ。このアルバムを聴いたら多少なりとも気持ちが上がるはずだ。たとえ南極大陸で鳴ったとしても観測員たちに汗をかかせ、ひょっとしたら、そのこわばった皮膚に笑みをもたらすかもしれない。

 ポワリエは熱帯のリディムの採集家である。このモントリオールのDJは、いつの間に、そういうことになっていた。2003年にジスラン・ポワリエ(Ghislain Poirier)名義でデビュー・アルバム『ビーツ・アズ・ポリティクス(政治としてのビート)』を発表した頃の彼は、そうではなかった。リース元である〈チョコレート・インダストリーズ〉やプレフューズ73、アンチ・ポップ・コンソーシアム、あるいは初期のディプロの流れを汲むようななかばストイックなIDMスタイルに基づくヒップホップを展開した。2005年の『ブレイクアップダウン』は彼の美的なセンスによる初期のベストと言われているが、同じく2005年にはレディ・ソヴァリンの"フィデル・ウィズ・ザ・ヴォリューム"のリミックスを手掛け、彼なりのグライミーなダンスホールを試みるている。で、それから〈ニンジャ・チューン〉と契約してからの最初のシングルとなった2007年の「ブレイジン」では、ザ・バグやDJ C(M.I.A. のリミキサーとして知られる)といった人たちの力を借りながら野太いビートを鳴らしつつ、まあ、悪くはないのだけれどまだ自分のスタイルを模索している感じだった。

 ターニング・ポイントは2007年の『ノー・グラウンド・アンダー』だ。アルバムで彼は、南半球やカリブ海のビートをループさせ、MCたちのエネルギッシュな声を活かしながらパワフルなダンス・ミュージックを披露する。そして......アルバムに収録された"ディアスポラ"という曲は、いみじくも彼のデビュー・アルバムのタイトルである"政治としてのビート"という志をその曲名とともに表している。「レバノン! イングランド! シリア! ナイジェリア!」――MCのこうしたシンプルな叫び声は、しかしポワリエの音楽にふくまれる政治的野心の叫びであもる。えー、つまりアフロ・ディアスポリック・ミュージック――周縁化された文化から聴こえる響きは支配的な文化への抵抗として機能する、それが『ピッチフォーク』言うところの"ポスト・モダンの脱構築主義者"ポワリエの戦略である。

 ......などと書くと堅苦しい音楽だと思われる方もいるだろうが、実際のところ彼の音楽は、その背後にある種の知的な根拠があるにせよ、とても激しく、魂がこもっている。事情を知らなくても多くの人は楽しめると思う。なにせこれは熱いダンス・ミュージックなのだ。ポワリエはダンスホール、ソカ、サンバ、アフロ......さまざまなビートを都市のIDMスタイルのなかで掻き回している。今作ではソカのビートを大々的にフィーチャーしているが、トリニダード・トバコ生まれのこの音楽はゼロ年代におけるもうひとつのトレンドでもあって、さまざまな編集盤が出回っている。

 お馴染みのフェイス・Tやズールーをはじめ、ほとんどの曲にMCを入れているのも今作の特徴である。そのなかにダンスホール系のブロ・バントンやウォーリア・クィーン、白人のYTもいる。どいつこいつも気合いが入っていて、スピーカーからはMCたちのツバや汗が飛び散ってくるようだ。"エネミーズ"や"レット・ゼム・ヘイト"など、曲名にはポワリエの抵抗めいた態度がそれとなく見えているのだが、僕には何をライムしているのかわからない。それでも熱いものは伝わる。そして......ビートの猛攻撃は最後まで手を抜くことはない。ミニマルなデジタル・ダンスホールの"マラソン"、アシッディなエレクトロ・ソカの"90'S バックヤード"のようなインストゥルメンタルの曲も面白い。

 ポワリエは2009年にメジャー・レイザーの「ホールド・ザ・ライン」のリミックスを手掛けているが、いまや彼はたとえディプロと比較されても遜色のない、IDMの文法における熱帯リディムの採集家だ。そう、メジャー・レイザーはバカバカしいけど憎たらしいほどスタイリッシュだった。で、ポワリエときたら......がちがちにシリアスだけど素晴らしくエネルギッシュである。

CHART by JET SET 2010.06.07 - ele-king

Shop Chart


1

ALTZ VS DJ NOBU

ALTZ VS DJ NOBU MARIANA »COMMENT GET MUSIC
現行二大巨頭によるマスト・アイテム入荷致しました。遂に自身のレーベル"Altzmusica"を始動させた鬼才Altzによるサイケ・パーカッシヴ・トラック。加えてDJ Nobuによるトライバル・リミックスを収録した豪華コラボ・ワーク。さすがの完成度!!

2

ZACKY FORCE FUNK & KUTMAH

ZACKY FORCE FUNK & KUTMAH FUKK »COMMENT GET MUSIC
Zack Force Funk & Kutmahによる危険すぎるダーティー・ディスコ!オランダはCloneのサブ・レーベル、Clone Crownからの新シリーズ第2弾EPが登場!

3

MARBERT ROCEL

MARBERT ROCEL A PARROTS YELLIN »COMMENT GET MUSIC
☆特大推薦☆生音多用のレフトフィールド・ミニマル・ポップ・ハウス特大傑作!!HerbertとDani Sicilianoファンを即魅了した傑作"Beats Like Birds"でデビューを飾った当店直撃Compostトリオが絶好調Fenouから!!

4

DJ KOZE

DJ KOZE RUE BUMOUNT »COMMENT GET MUSIC
DJ Kozeが素晴らしいシングルをドロップ!!Dixon、Ellen Allien、Ryan Crosson、Michel Cleis、dOP,Ewan PearsonそしてBen Wattらがプレイ、サポート!!

5

SLUM VILLAGE

SLUM VILLAGE FANTASTIC VOL.2.10 »COMMENT GET MUSIC
ファン待望!"Fantastic Vol.2.10"がアナログ2LPでも登場です!"We Be Dim"、"We Be Dim Part.2"、"Get It Together"、と2.10版のみの収録曲もしっかり搭載しています! やはり彼らの音は2枚組でじっくりと聴きたかったです。

6

HEY-O-HANSEN - WE SO HORNY

HEY-O-HANSEN - WE SO HORNY SERIOUS PLEASURE RIDDIMS »COMMENT GET MUSIC
☆大推薦☆ホーン全開のオリエンタル・レフトフィールド・ポップ大傑作!!ダブステップを消化して独自の奇形チャーミング・ポップへと到達した鬼才Hey-O-Hansenが、名門Pingipungからホーンを前面にfeat.した傑作アルバムをお届け~!!

7

TRENTEMOLLER

TRENTEMOLLER INTO THE GREAT WIDE YONDER »COMMENT GET MUSIC
■'10年ベスト・アルバム候補■グレーゾーンのポップ・センスを一手に引き受けた特大傑作!!デンマークのレフトフィールド・ポップ/ディスコ/ミニマル巨匠Trentemollerが、Pantha Du PrinceやFour Tetに呼応(+α)した特大傑作アルバムを完成!!!

8

V.A.

V.A. FUTURE DISCO CITY HEAT SAMPLER »COMMENT GET MUSIC
Just Be Good to Me待望のフル・ヴォーカル・ヴァージョンが遂にリリース!!Sean Brosnan監修のコンピレーション/ミックス・アルバム『Future Disco Vol.3 - City Heat』からのアナログ・サンプラー。人気沸騰のThe Revengeを筆頭に期待大のアクトが集う好内容!!

9

MUSHROOMS PROJECT

MUSHROOMS PROJECT TROPIKAL MUSHROOMS »COMMENT GET MUSIC
ファン必聴のMark E, Phoreskiによるリミックス収録です!!早くも第11弾のリリースとなったJisco Musicクルー手掛ける人気レーベル"Under The Shade"最新作。"Is It Blearic?"からのスプリットでも相当ヤバい楽曲を披露していたイタリアン・デュオ"Mushrooms Project"が登場!!

10

MOP

MOP FLY FIRE LTD EDITION »COMMENT GET MUSIC
ここ最近一番アツイ、ブーティー・ハウスメーカーMOPがまたもやってくれました!!ナント今回はあのBasement Jaxxの90"s大ヒット曲"Fly Life"をブーティー・ミックス!!Richie HawtinやRicardo Villalobosらもパワー・プレイ中のあのヴァージョンが遂に登場です!!

CHART by DISC SHOP ZERO 2010.06.07 - ele-king

Shop Chart


1

V.A.

V.A. JAHTARIAN DUBBERS VOL.2 JAHTARI / GER / 2010.5.3 / »COMMENT GET MUSIC
ドイツはライプツィヒのラップトップ・レゲエ集団JAHTARIのコンピ・シリーズ第2集。堂々とした貫禄さえ感じる内容で、外部参加も含めた彼らの音への美意識が凝縮。

2

KAZAMATSURI KENTA

KAZAMATSURI KENTA ALTITUDE IMPROVING MIX RUDIMENTS / JAP / 2010.5.11 / »COMMENT GET MUSIC
"遅れてきた若手"最重要DJのひとりによるDJ MIX。世界各地の標高高めの音楽から独自のセンスで選ばれた多幸感に溢れたナイスなトリップ。6/11のリリパ(https://bit.ly/bYiW80)も大注目!

3

RAMADANMAN

RAMADANMAN GLUT / TEMPEST HEMLOCK / UK / 2010.5.8 / »COMMENT GET MUSIC
"ポスト・ダブステップ"注目の才能。808のブーミンなサブ・ベースとチャカポコ・リズムが最高!な、RAMADANMAN流エレクトロ~ゲットー・テック1。キック&ベースがテック・トライバル感を倍増させる2も◎。

4

MENSAH

MENSAH UNTITLED FUTRURE FUNK EP HENCH / UK / 2010.5.22 / »COMMENT GET MUSIC
所謂"紫御三家"とも交流あるブリストリアン。ヒップホップ/R&B感の強い黒いビートにレトロな風合いのシンセのメロディが不思議な中東感の1、ファンキーとブレイクスがレイヴの下で混ざり合った疾走グルーヴ2、など全3曲。

5

AKIO NAGASE

AKIO NAGASE DUBPLATE-R #2 : BLUE BEE DUB RUDIMENTS / JAP / 2010.5.4 / »COMMENT GET MUSIC
現在の日本でも最も注目すべきレーベルのひとつから提案されたシリーズの2作目。現場にも即対応できるトラックも素晴らしいが、こういう作品をフットワーク軽くリリースできる姿勢も素晴らしい。

6

ROOMMATE / NIBE

ROOMMATE / NIBE DREADER THAN DREAD / GUAVA RUM (VON D GINGER REMIX) LUTETIA DUBZ / FR / 2010.5.8 / »COMMENT GET MUSIC
1は文句無しのレゲエ・ダブステップ。2はジャングルなブレイクビーツからの血を感じるスネアが印象的なリズムに、メロウな上モノ、女性ヴォイスが絡むリミックス。

7

PROFESSOR SKANK

PROFESSOR SKANK OUTER SPACE / DUBWISE CHAMP RENEGADE / GRE / 2010.5.15 / »COMMENT GET MUSIC
70年代末~80年代にリリースされ埋もれていった実験的ダブにも通じるナゾなスペイシーさがあるダブ。 2はリミックス提供経験のあるZION TRAIN直系のホーンが活きたトラック◎。

8

CONQUEST & HARRY CRAZE

CONQUEST & HARRY CRAZE REAL LOVE EP BREAK THE HABIT / UK / 2010.5.22 / »COMMENT GET MUSIC
シャッフルするリズムがUKファンキー的な跳ねにも聴こえる1。生っぽいドラムと自然音のSEが清涼感ありつつメロウな空気を生むドラムンベース2。J.B.「FUNKY DRUMMER」を新たに組んだようなスロウなドラムの3。いずれもアーバンな夜の感触が◎。

9

TOKIMONSTA

TOKIMONSTA COSMIC INTOXICATION EP RAMP / UK / 2010.5.8 / »COMMENT GET MUSIC
L.A.の女性プロデューサー。エレクトロなサウンドが前面に出たブレイクビーツなんだけど、どこか人肌というか人間の持つ"エラー感"のような味が滲み出ていて、不思議とアコースティックな感触。

10

SRC

SRC GOIN OUT EP RWINA / DEN / 2010.5.22 / »COMMENT GET MUSIC
レトロな8bitフレイヴァとニュースクールなグライムの感覚が混ざり合った面白い1枚。4はまさにゲーム音楽のジャンプ音のようなサウンドを多用したキラめくリズムに、タメの効いた8ビート調のリズムが面白いグルーヴ。

Kode9 - ele-king

「このアルバムの秘密はリンスFMを聴かずにフーコーとドゥルーズを読んでいる人たちだけに明らかにされるのだろうか?」――コード9の『メモリーズ・オブ・ザ・フューチャー』に関して、『ピッチフォーク』はなかば皮肉っぽくこう書いている。『メモリーズ・オブ・ザ・フューチャー』は簡単に言えばリントン・クウェシ・ジョンソンのポエトリー・リーディングのダブステップ・ヴァージョンで、アルバムのなかでダブポエットを披露しているスペースエイプは、コード9のアカデミシャン仲間でもある。とうてい僕の英語力では聴き取れないので、「何を言ってるんですか」と以前コード9に取材したときに訊いたら、それなりに哲学的な内容を喋っているらしい。もっともそれは「フーコーとドゥルーズ」というよりも、コード9によればポール・ギルロイに触発されているとのことだったが......。

 しかしそれでも周知のように、2006年の10月にリリースされた『メモリーズ・オブ・ザ・フューチャー』は素晴らしい評価を得た。何よりもブリアルのあの偉大なデビュー・アルバムに続いて同じレーベルからリリースされるという、決して有利な順番とは言えない状況のなかで、コード9はその逆境を跳ね返し、自分のヴィジョンをしっかりと見せつけたと言える。まあ、そもそもコード9はブリアルのデビュー・アルバムの次に自分のアルバムのリリースを決めたレーベルの主宰者であり、そしてコード9こそブリアルの師なのである(ブリアルはコード9の文章の読者だった)。

 そしてブリアルのデビュー・アルバムが都市の腐敗の"悲しみ"を表しいているのに対して、コード9のそれには都市の貧困や抑圧、もしくは監視への"怒り"がある。彼のリントン・クウェシ・ジョンソンのダブポエトリーの借用は、決して飾りではないのだ。彼は......「テロリズム・パラノイア、内部コミュニティの争い、インナーシティの抑圧、それら恐怖のテーマを文字通りのジャマイカ感覚において企てるのである」(『ピッチフォーク』)

 コード9と〈ハイパーダブ〉において重要なのは、「フーコーとドゥルーズ」ではない。その"ジャマイカ感覚"である。彼は『ガーディアン』の取材で、ジャマイカのサウンドシステム文化のUKにおけるミューテーション(突然変異)が〈ハイパーダブ〉のコンセプトであると話している。それは......「ダブからレゲエ、ジャングルを通じてグライムやダブステップあるいはファンキーまで、音楽の変化と進化がどのようにおこるのかという考え方でもある」

 この度、コード9にとって2枚目となるミックスCDが"DJ-Kicks"のシリーズとしてリリースされる。"ダブステップ・オールスターズ"の"vol.3"として発表された最初のミックスCDではスペースエイプのダブポエットをフィーチャーしたように、コード9は『メモリーズ・オブ・ザ・フューチャー』と同じように暗闇を凝視している、と言える。が、4年ぶりの"DJ-Kicks"では、彼はファンキー(スティッキーやムジャヴァ)を挟み込み、ブロークンビーツ(マッドスリンキー)を混ぜ、ポスト・ダブステップ(ラマダンマン)を取り入れ、グライム(テラー・デインジャー)をかぶせる。この1年ほどのダブステップの新しい展開を楽しんでいるようである。ヴァリエーション豊かになった〈ハイパーダブ〉のカタログ(アイコニカ、クーリー・G、あるいはゾンビー等々)を披露しながら、あるいはオリジナル・ダブステップ(デジタル・ミスティックズ)の古びない魅力を証明する。緊張感という点では4年前の"vol.3"だろうけれど、「ジャマイカのサウンドシステム文化のUKにおけるミューテーション」という点でいえばこちらは素直にその音を楽しめる内容でもある。ちなみに最後のトラックは、ローファーの〈スワンプ81〉から今年リリースされたザ・バグの"ラン"。

Skweee三昧 - ele-king

 こんばんわ、あなたのダンスフロアはいま平均年齢いくつでしょう? 日本で最初のスクウィーのパーティは17歳の高校2年生によって開かれました......。

E-JimaさんとShitaraba君

 日曜日の午後3時過ぎ、早稲田大学正門近くにある〈音楽喫茶茶箱〉では北欧で生まれたダンスビートが鳴り響いている。DJの後ろのスクリーンには、20年前のプレイステーションのゲームの映像が映し出されている。飯島直樹(E-Jima)さんが「彼がシタラバ君だよ」と教えてくれる。シタラバ君は......ゲームのコントローラーを操作していた。その姿は、DJというよりもゲームに熱中する高校生そのものである。

 スクウィーは、フィンランドとスウェーデンから広まったロービットでファンキーなエレクトロ・サウンドだ。スウェーデンのクールDJダスト(ダニエル・サヴィオ)がヴィンテージ・シンセの機能からこの「スクウィー」なる名前を引用したと言われている。よく喩えられるように、それは「〈リフレックス〉がサイケな鼠のカートゥーンのサウンドトラックとしてGファンクをやったような音」である。7インチ・シングルを中心としたこのスカンジナビアの新しいダンス・サウンドは、イギリスの〈プラネット・ミュー〉や〈ランプ〉といったレーベルを通じていまでは音楽ファンのあいだですっかり有名になった。

 シタラバ君は今年の3月から〈20禁〉というパーティをオーガナイズしている。「若い人の出るパーティはやりたかったのですが、クラブに行けない僕にはDJの友だちもいなくて......。でも、USTでDJとかやってたら自然に似た感じの若い知り合いができてきたので、じゃあもうパーティやるか! と」

 彼がDJをはじめたのは中学2年生のときだった。最初はテクノやハウスをミックスしながらUSTREAMで流していた。ヴューワーはいてもひとりだったというが、僕のようにUSTREAMを今年に入って初めて知った人間からするとその話は衝撃的でさえある。

 彼がスクウィーにハマったのは〈ジェット・セット〉の09年の総括のページで試聴してからだった。ダブステップ......、いや、この世代的に言うならダブステは、彼がクラブ・ミュージックに興味を抱いた ときにすでにそれはあったジャンルである。ダブステに関しては、〈ハイパーダブ〉を拠点にインターナショナルに活動するクオーター330(Quata 330)の影響が大きかった、とシタラバ君は言う。


ハードなDJプレイで盛り上げるmadmaid

 4時半をまわると、ステージには16歳のマッドメイド(madmaid)がハードなジャングルをプレイする。彼は激しい身振りで、フロアを煽っている。ハードなレイヴ・サウンド、そしてガバへ......。話題のネット・レーベル〈マルチネ〉からリリースしているマッドメイドは、日曜日の昼に代々木公園で開かれていたレイヴを契機にダンス・ミュージックを知ったらしい。エネルギッシュなDJを終えた彼は喉が渇いたのだろう、カウンターでコーラを注文した。

 5時を過ぎた頃には狭いフロアは良い感じで埋まっていた。20人以上が集まっている。下北のレコード屋〈ゼロ〉のオーナー、飯島さんがまずはヘヴィーなダブをスピンする。最新のダブ、スクウィー、ダブステを惜しみなくかけてくれる。ちなみにこの日出演したDJで、ヴァイナルをターンテーブルに載せていたのは飯島さんだけだった......。

Quarta 330のライヴがはじまると熱気はピークに

 クオーター330のライヴがはじまると、彼をぐるりと囲むように人が集まる。その2日前にフライング・ロータスと共演したばかりの330は、DJクラッシュも愛用している古いヴェスタックスのミキサーを使いながら、とてもリラックスした感じで、彼なりに咀嚼したユニークなスクウィーを披露する。このライヴによって、フロアの盛り上がりは最高潮に達した。


 「同級生は呼ばないの?」とシタラバ君に訊くと「呼んでない」と答えた。フロアにはカラブニク(Kalavnik)やゴンブト(Gonbuto)といった、あの三田格が惜しみない賛辞を送る三毛猫ホームレス周辺のDJやトラックメイカーが遊びに来ていた。このあたりはみんな、USTREAMやtwitterによって知り合ったそうである。実際、この世代にネットは欠かせないのだろう。その日集まった子たちのほとんどがノートパソコンを持ち、そして驚くべきことに......何人かはフロアで携帯を見ながら踊っている。もっともこれは彼らに限らない。最近のクラブのフロアでよく見られる風景である。しかしいったいどこで何と繋がろうとしているのだろうか......。あるいは、僕のようなタイプの人間がただ時代に遅れているだけなのだろうか......。ある人が「ジョーカーはもう古い」というネットでの書き込みを見たと言った。「古いたって、あんた、まだアルバムも出てないんだぜ......」、と率直に思う。そもそもその書き込みの「古い/新しい」とはいかなる基準なのだろう。彼は音楽に何を求めているのだろう......。この手の情報オタクは20年前のテクノの時代にもたくさんいたし、現代に顕著な傾向だとは思わない。

 それでも......、ネットを身近に使えるこの世代が、自分たちで生の現場を持ちはじめているというのは興味深い事実である。

 「自分の世代ってのもよくわからないんですよね」、とシタラバ君は言う。「まわりには年下の音楽家から20代や30代、レコード屋の店長、ましてや野田さんくらいの世代の方ともこうして繋がってるわけですし、いまはネットにたくさん情報があふれているので、情報だけでの体験ながらも僕が生まれる前に流れていた音楽やその時代背景もレコードやCD、mp3と一緒に認識していますし、そんな感じで僕にきっと世代のあいだの認識ってものが薄いんだと思います」

 「若いという実感はあるのですが......」、シタラバ君は続ける。「学校での自分とクラブでの自分はまったく別のものとして動いているので、そっちはそっちでこっちはこっちみたいなそんな感じで......」

 「彼らは素晴らしいですよ」、今回、このパーティを僕に最初に教えてくれた20代半ばのDJ、アボ・カズヒロ君はやや興奮しながら言う。「近い将来、僕も彼らと一緒に何かできればと思っているんです。そしていつか、高橋透さんをゲストに招いてみたいんです!」

 はははは、それはたしかに楽しいかもしれない。もしそんなことが実現するときが来たら、この国のダンス・カルチャーには新しい未来が待っていることだろう。

Skweee teenage riot!!!

 が、まあ、それはさておき、僕が昔、もうずいぶんと昔の話だが......、渡辺健吾や佐藤大、弘石雅和らと初めてテクノのパーティを開いたとき、ある業界人がフロアを見て「ガキばっかじゃん」と言った。ガキばっかで充分だと思った。実際の話、そのガキばっかなところがさらに広がって、テクノは日本で爆発したのである。それに......、自慢じゃないが、石野卓球の15歳のライヴを観ているし、田中フミヤの19歳のDJも聴いている。若くして逝ったカガミ君も18歳でデビューしている。ムードマンもケンセイも、あるいはジェフ・ミルズやデリック・メイも高校生のときにDJをはじめている。音楽的冒険は10代にはじまる。
 "彼ら"のダンスフロアもいつ爆発するかわかったものじゃない。

 なお、シタラバ君のDJミックスは、ブラジルのサイト「tranquera.org」で聴ける

 

Land of Kush - The Egyptian Light Orchestra - ele-king

 ゴッドスピード・ユー~から唯一、脱退したことになっているマイク・モヤがセット・ファイアー・トゥ・フレイムスに先駆けてはじめたモラッシーズという暗~いバンドに参加していたサム・シャラビが09年からスタートさせた28人編成のバンドによる2作目(つまり、ゴッド~の3倍近い人数)。シャラビ自身は01年にリリースした『オー・ハシッシュ』を皮切りにすでに3枚のソロ・アルバムを送り出しているほか、各種のコラボレイションや3人編成のシャラビ・イフェクトとしても4枚のアルバムをコンスタンスに完成させ、いまやモントリオール一の働き者と化している。それぞれのアルバムで内容はかなり異なっており、この10年間になにがどうしてどうなっているかという説明は「そうね、ポスト・ロックだね」のひと言で片付けてしまいましょう(あー、ジャンル用語というのは便利だなー。この暴力性がたまらないなー)。

 マイクロディズニーのキャサル・カフランがビューボニーク(リンパ腺肥大)の名義で放った「モノガミー(一夫一婦制)」と同じタイトルを持つセカンド・アルバムは「モラル・マジョリティ(というキリスト教右派)を流せ(=堕胎しろ)」という反カトリック的なメッセージと合わせて考えるにイスラム的価値観から考える北米文化という内容になっているのではないだろうか(間違ってたら、ごめんなさいよ)。サウンドはその通り、ゴッドスピード~譲りの重いアンサンブルにアラビア風のモンドな電子音などが絡みつき、「連合赤軍にとってサイケデリック・ミュージックとは?」みたいな感じに仕上がっている。つーか、足立正生に推薦ですよね。パレスチナ人の奥さんと一緒に聴いて欲しいですよ。ちなみに足立正生と何時間か一緒にいると公安の尾行よりも、その奥さんから定期的に「いま、どこにいるの!」という電話がかかってきて、公安は勤務時間が終わればいなくなるけど......(以下、自粛)。

 正直いって、僕はゴッドスピード・ユー~やシャラビの生真面目な姿勢は疲れるし、好んで聴きたいとは思わない。ユーモアのひとつも出て来ないところまで追い詰められているとしたら、それは仕方がないけれど、このアルバムを聴く限り「仕方がない」かどうかまではわからないし、もしくは、仮にそうだったとしても伝わってこない。レイディオヘッドにしても同じくで、どこか遠くで鳴っていることを自覚しつつ、一体、いま、何が起きているのかということをジャーナリズム的に聴き取るかどうかだけである(興味を失いたいとも思わない)。クラッシュやダイナソー・ジュニアにしてもそうだったけれど、こういった音楽は世界のどこからか伝わってくる感情のニュースみたいなものである。そういったもののなかでは、やはり、圧倒的に気を引くし、説得力には格段のものがある。ゴッドスピード・ユー~からもひとりが参加している(実はけっこう売れているそうなんだけど、どんな人たちがなんのために聴いているんだろう。そっちのほうが気になるな~)。

Hole - ele-king

 安盤の箱からホールを見つけ出すことはそう難しいことではない。特価表示され、もはや防犯タグすら外され、ヤニで汚れ、破損したケースもごろごろと混じる、いわゆる中古屋の"餌箱"のなかには、けっこうな確率でグランジの名盤『リヴ・スルー・ジス』が混じっているものだ。それはホールに、コートニー・ラヴに、まことに似つかわしい。くすんだ安盤の山と、たくましく不屈なコートニーのアゲハ姿。なかなか気の利いた皮肉ではある。それを見るかぎり、彼女には永遠的な輝きがあるというように思えるからだ。

 1998年発表の『セレブリティ・スキン』以来、12年振りとなるホールの新作『ノーバディーズ・ドーター』がリリースされた。もともと流動的なメンバー編成だったが、本作にはコートニー以外にオリジナル・メンバーはひとりも参加していない。スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガン、ジェイムス・ブラントのプロデュース等で有名な元4ノン・ブロンズのリンダ・ペリーとの共作を軸に、英サイケ・ポップ・バンド、ラリキン・ラヴのミッコ・ラーキンをギターに迎えている点がトピックとなるだろうか。

 音は、とにかくグランジだ。時代がかったディストーションに懐かしさを感じる人は多いだろう。ラリキン・ラヴなど"テムズ・ビート"を謳われていたものだが、ミッコ・ラーキンのギターにはその影もない。昏く重いギター・リフの奥から、ドラマチックなメロディが這い上がってくる。
 冒頭の表題曲"ノーバディーズ・ドーター"はグランジの教科書のような曲だ。8分音符でルート音をなぞる、単純でぶっきらぼうで、力強いベース。コートニーのひび割れたシャウト。ニルヴァーナはもちろん、ダイナソー・ジュニアにもパール・ジャムにもR.E.M.にも通じる。ニルヴァーナへの参加願望があったというショーン・レノンのファースト・アルバムにも、こんな曲があった。続くシングル曲"スキニー・リトル・ビッチ"にも、はっきりとニルヴァーナの輪郭がうかがわれる。彼らの影響力は計り知れないが、フォロワーということになるとほとんど知らない。やろうとすると似過ぎてしまうのではないかと思う。「ニルヴァーナのようだ」と言われるのは、ロックをやる人間にとっておそらくかなり居心地の悪いものであるはずだ。シューゲイザーならいざ知らず、ニルヴァーナに、とくにカート・コバーンに似てしまうということに対して、多くの人は何か畏れのようなものを抱くのではないだろうか。直伝と言うべきか、ここまで臆面もなくそっくりな曲を書けるのは、彼女の特権かもしれない。

 米インディ・ミュージック批評サイト『ピッチフォーク』は、名物の点数制新譜レビュー欄において、本作を2.9点という驚くべき低評価で迎えている。
「ギターは時代遅れで、品がなく、大げさすぎて、どの曲もグランジへのノスタルジアというよりは戯画化されたロックだというふうに感じられてくる。(略)ラヴの音楽を生き生きとさせるために、浮薄さや狂暴さ、ユーモアやトラウマといった彼女の心の原野(Wilderness)を求めるのは欲張りだろうか? それ以上に私たちは何を彼女に求めることができるだろう? だが、『ノーバディーズ・ドーター』はものすごく平凡だ」
 執筆者のAmanda Petrusich(アマンダ・ペトルシクと読むのだろうか)は、コートニーの"お騒がせセレブ"としてのキャラクターが持つ両義性を鋭く観察しつつ、本作の音楽的な野心の薄さと、自己模倣的なポーズに堕してしまったそのキャラクターのために、彼女本来の魅力が削がれてしまっているということを指摘したいのだろう。いずれももっともである。

 しかし、彼女自身の魅力という点では我々国外の人間のほうが受け入れやすいのかもしれない。タブロイド的な需要を引き起こすとはいえ、彼女はやはりロック・スターであるように見える。ケイト・モスの写真と並べてみればいい。コートニーがロックをファッションに利用しているなどとは言えまい。彼女はロックの内側を生きている。音楽的な深みこそないが、決して人に作らされ、歌わされているのではないということは、終曲"ネヴァー・ゴー・ハングリー"を聴けばよくわかる。シンプルな弾き語りの、フォーキーなナンバーだ。メロディがしみじみとよく、ほとんど男性のような声で疲れきったように歌われる短い曲。手許のEU盤、国内盤ともにボーナス・トラック扱いになっているが、この曲が最後になければアルバムの評価も何割減かで下がるのではないだろうか。

 とはいえ、実質的にコートニーひとりのホール新作というインフォメーションにそう熱くなれるわけでもない。期待しないで聴いたらわりとよかった。1曲目がおそらくアルバムのピークだけれど、ラストもよかったし、1枚通して悪くない作品だったな。というのが大方の意見ではないかと思う。10点満点で5~6点。だからコートニーに対する期待や愛着という点では、アメリカのリスナーの方が大きいのだろう。2.9点とはそういう点数である。

 彼女はこの後どうしていくつもりだろうか。成長し美しくなった愛娘フランシスの親権を奪われ、同居を拒否されるなど、もう若くはないコートニーにとって痛々しいゴシップが続く。本作のジャケットはマリー・アントワネットの肖像だが、首から上がない。若き日の放恣と馬鹿騒ぎが、いずれ手痛いしっぺ返しとなって過酷な結末を招き寄せるという王妃の悲劇を、自らに重ねたものだろうか? ミッコ・ラーキンはさしずめフェルセンといった役割になるのだろうか? "ノーバディーズ・ドーター"というタイトルは、マリア・テレジアという巌のような、出来過ぎた母親を持ち、きわめて政治的な重要性を背負って大国に嫁がされ、歴史の犠牲となった彼女へのオマージュであるようにもとれる。かの王妃を描く筆は、現在に至っても決まって彼女の本能的な直感の鋭さや魂の自由さと、それが引き起こすゴシップに言及する。それは彼女のいちばんの魅力であるように描かれるのだが、前掲のレヴューにおいては、コートニーのなかに似たものが見つめられている。がらくたのようになったとしても、彼女には人の目を引くものがあるだろう。餌箱のマリー・アントワネット。画になっている。

 今年はペイヴメントが復活した。ダイナソー・ジュニアのJ.マスシスはまた新たなバンドを始動させたし、スマッシング・パンプキンズも来日する。ヨーロッパやオーストラリアではここ3年ほどグランジ・マナーな新人バンドが続々と現れており、本場USでは、ローファイ再評価という少し屈折した形で、90'Sロックの見直しが進められている。アナログ盤の価格も上昇傾向だ。計算があったかどうかはわからないが、ホールの新譜というのはこの気運に乗じている。90年代のホログラムはいまという時代にどのような物語を描き出してくれるのだろうか。それは、今後10年にとって有効なソースを含んだ物語となるのだろうか。

Jim O'Rourke - ele-king

 ジム・オルークのプロデュースによるバート・バカラックのカヴァー・アルバムである。ヴォーカリストに細野晴臣、サーストン・ムーア、やくしまるえつこ、坂田明、中原昌也、青山陽一、カヒミカリイ、小坂忠、小池光子、ヨシミ、ダナ・タイラーといったユニークなメンツを揃えていることもあって、ずいぶんとを迎えて話題になった。ことの詳細に興味のある人は、高橋健太郎氏が解説をネットで150円で売っているから参照したらいいと思う。なぜ、ジム・オルークがバカラックをカヴァーしたのか。どんな経緯でこのミュージシャンたちを揃えたのか。楽曲ひとつひとつの背景......。

 もっともその解説を参照したところで、ジム・オルークの音楽は掴もうとしても指のあいだから砂のようにサラサラとこぼれ落ちていく。一見聴き心地の良い、口ずさみたくなってしまうようなポップ・ソング。しかしこのアルバムの音楽世界のなかでは、すべてが微妙に奇妙にずらされて、二重三重に露光されている。それがジム・オルークの仕掛ける「罠」である。その仕掛けを紐解いていくことで、私にはジム・オルークが音楽によって乗り越えようとしているものが聴こえてくるような気がしている。

 まず、外側から入ってみる。この美しいアルバムワークである。イラストは60年代後半のアングラ・カルチャー、サイケデリック・アートの世界を描いた、「幻の絵師PERO」こと伊坂芳太良(1928-1970)。ライナーノーツは入っておらず伊坂のデザインしたトランプ(・・・・のKing,Queen,Jack計12枚)各1枚ずつに各1曲の曲名と参加ミュージシャンの名が記されている。1枚1枚異なるキャラクターの男女が奇妙にエロティックに絡み合うデザインのそのカードは、トランプであるからして、一冊の冊子にはまとめられていない。床に落とせばバラバラと散らばってしまい、また意図的にシャッフル可能でもある。

 このトランプを想像してから、もういちど参加ミュージシャンを見て欲しい。先述したように、ヴォーカリストには細野晴臣、サーストン・ムーア、やくしまるえつこ、坂田明、中原昌也、青山陽一、カヒミカリイ、小坂忠、小池光子、ヨシミ、ダナ・タイラー、ジム・オルーク、ピアノにクリヤ・マコト、黒田京子、藤井郷子、ベースに須藤俊明、ドラムにグレン・コッチェ、スティールパンに町田良夫、トランペットに佐々木史郎、フルートに石橋英子、ヴァイオリンに成井幹子、勝井祐二である。

 こうしたさまざまな文脈を背負った固有名詞を、シャッフルしてバート・バカラックというポップ・ミュージックの代名詞の元に再構成されたのがジム・オルークのこのアルバムなのだ。

 一見脈絡がわからないこの人選。おそらくジム・オルークが、昔から音楽を通して、あるいは日本に来て新たに出会って来た人たちだろうけれども、その出会いの背景とは関係なく、目隠しして一聴すると、何人かの異母兄弟、姉妹のような組み合わせが浮かび上がって来る。やくしまるえつことカヒミカリイのウィスパー・ヴォイス、坂田明と中原昌也のふざけた掛け合い、英語が母国語のサーストン・ムーアとジム・オルークの歌、細野晴臣と小坂忠の低い懐かしい声。この二重露光。明らかに別の背景を持ったヴォーカリストの声の質、発声法、英語の発音の仕方が微妙に重なり合い、ずれて行く。こんな仕掛けがさまざまなところで多層的にされているんじゃないかと思われる。この仕掛けを聴き手が発見していくのが、このアルバムを聴く醍醐味である。

 大雑把にジム・オルークのこれまでの経歴を見てみると、10代でデレク・ベイリーのギターに憧れて手紙を出し、大学ではアカデミックな音楽教育を受け(そこではみなが十二音音楽の作曲などをやっているところリュック・フェラーリなどのテープ音楽に傾倒したという)、その後アンダーグラウンドの世界のノイズ・ミュージシャンたちと自主制作テープの交換、そしてガスター・デル・ソルやソニック・ユースに参加し、その後異国の地、日本にやってきた。

 文脈を壊し、シャッフルし、再構成していくこと――これがジム・オルークが「大きな物語」に対しても、ジム・オルーク自身の「小さな物語」に対しても繰り返し実践してきたことである。例えば――、ジョン・ケージや小杉武久やスティーヴ・ライヒといった現代音楽の文脈で語られる作曲家たちの作品をロックの文脈に持って来た『Sonic Youth/Goodbye 20th Century』(1999)や、武満徹の図形楽譜作品「ピアニストのためのコロナ」をピアノやオルガンやフェンダーローズで再解釈した『コロナー東京リアリゼーション』(2006)といった作品は、大きな物語の別の文脈からの再構築に挑んでいたし、個人の最近の活動を見ると、来日以降は坂田明との『およばれ』(2006)でバリバリのフリー・インプロヴゼーションの一発録音を出したかと思ったら、前作『Visitor』(2009)ではアルバム1枚全1曲40分のすべて独りでじっくりと演奏した多重録音録音、そしてその後にリリースしたのが今回のようなミュージシャンひとりひとりと向き合ってまとめあげていくプロデュース作品である。ジム・オルークはつねに罠を仕掛けては、乗り越えていくのである。

 だから、このアルバムのなかでも相変わらず「罠」は仕掛けられている。ポップですぐに口ずさみたくなってしまうバカラックのメロディーのはずが、私にはこのアルバムを聴けば聴くほど奇妙なズレを持って聴こえてくるのだ。そしてこれが言うまでもなく、表層的にはキャンディーのようにつるつるしておいしそうな、でも実際にはギスギスと多層的にズレを生んで、奇妙に絡み合った現在のこの我々の世界を映し出している。ジム・オルークの音楽に仕掛けられた「罠」しかり、現在の我々の行きている現実世界の「罠」を発見し(時には自ら仕掛け)、乗り越えていくのも聴き手の役割であると思う。

あふりらんぽ - ele-king

 あふりらんぽの新作は本気で凄い! これまでとは比較にならないほどの傑作だと思う。アルバム・タイトルも"WE ARE UCHU NO KO"だけど、これまで多くのミュージシャンたちがコンタクトしてきた宇宙に簡単に繋がっているというか、彼女たち自身が宇宙だったというか。自分たちの言葉とリズムで天真爛漫に音楽を奏でているだけのようなんだけど、すごく神々しくて、どデカイ。このふたりはきっと、八百万の神のどれかにちがいない! ......なんて結構本気で思った(笑)。

 本人たちの話によると3~4年前には作ろうとしていたものが、オニの出産などもあり、いまにずれ込んだものらしい。曲自体はかなり以前からあったものばかりで、ライヴでもやっていた。録音は、これまでのような一発録りに近いものではなく、楽器ごとにレコーディングされ、しっかり作り込まれたものだ。2枚組のアルバムで、オリジナルの7曲がディスク1に。そしてオニとピカ、それぞれのソロ作品の曲をふたりで演奏してZAKがミックスしたものがディスク2に収められている。

 以前までのプリミティヴなガレージ・ロック風に加えて、2年半前にリリースされた『ズートブレイコー』でみせたフリー・フォームな世界もそれぞれ発展しながら、しっかり各曲に落とし込まれている。ジャーマンなヘヴィ・メタル風のM-1"ミラクルラッキーガールズ"、サイケデリック・ガレージなM-2"それがあふりらんぽ"、MC5風のヘヴィなロック・ナンバーM-3"東西南北"、トライバルmeetsサーフなエキゾチック・チューンM-4"海"、南国の民謡風なM-5"エゴロ島"......と、カテゴリーに当てはめて語ることも可能だが、いずれもそのキーワードはあくまでキーワードでしかなく、"ザ・あふらんぽ"としか言いようのない、ふたりの天真爛漫な個性によって別モノと言えるようなものになっているところがすごい。

 とくにその究極だと思えるのが、11分を超えるスケールでいち大ストーリーを綴ったM-6"ワイトゥ"。田んぼのある日本の原風景で"雨よ降れ"と歌い踊る子供たちの姿が冒頭で浮かんでくるようなこの曲は、彼女たちにズッパマリ。ふたりがよく喩えられるような"巫女"を超えて"座敷童子"とか何かの精霊のようなものを連想してしまう。

 そしてディスク1のラスト、M-7"ヤーヤーエー"は大団円としてエンディングとなる曲だ。ソロ作品を経た後のふたりによるピースフルな楽曲といったところだろうか。

 そして、実はこっちのがほうがすごい、ディスク2。前述の通り、それぞれのソロ・アルバムの曲をふたりで演奏したものなのだけど、これが泣ける泣ける。2枚のソロ作も本当に素晴らしかったが、その感動がさらにスケール・アップして表現されている。もう、母性というか、宇宙なのか、愛が溢れまくっていて、聴いていると浄化されていくよう......。さらにさらに、そこにロックの衝動もしっかり注がれているのがあふりらんぽ。いろんなものがこみ上げてきて、「うお~~~~~!」と大声を挙げたくなるのは筆者だけではないと思う。

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