「Nothing」と一致するもの

Autechre - ele-king

 僕がオウテカの音楽にハマったピークっていうのは、2000年から2003年くらいにかけてだ。もしかするといまの10代の子たちには想像しづらいかもしれないけど、この頃のエレクトロニカの盛り上がり方はいまのダブステップとかそういう流行ともまた違う、ちょっと凄まじいものがあったと思う。なにせ普段は『ロッキンオン』を熟読して、そしてそれをまんまと真に受けてしまうような田舎の高校生まで「エレクトロニカやべー、ワープやべー」とか言ってたのだから。そういえばシンコー・ミュージックからは『PLUG』という先鋭的な電子音楽を割とカジュアルに扱った雑誌も出ていて、その創刊00号を僕の周りの音楽好きはみんな買っていた。

 もちろんいまエレクトロニカとかIDMとか呼ばれているような音自体は、それ以前から、もう死語になってしまったけどインテリジェンス・テクノとかいう呼び名でテクノ好きには親しまれていた。でもそれはやっぱり、あくまでいち部の好事家たちのものだった。そういう音がど田舎の高校生にまで知られるようになったのは、レディオヘッドが2000年にリリースしたアルバム『キッドA』の影響がでかいのだろう。そしてこのアルバムをリリースした際、トム・ヨークはオウテカの影響を公言していた。

 そのせいで、それまで「洋楽、ロックとか聴きます」程度な感じだった思春期少年がオウテカとかエイフェックスツインの無機質で先鋭的なサウンドに触れ、そして打ちのめされ、まるで天啓でも受けたかのようにその後人生を変えられてしまう様も少なからず見てきた。
 大学に進学してからも、オウテカをヒーローとするワナビーたちはまわりにたくさんいた。彼らの多くは頭でっかちで、オウテカになりたいが故にMAX/MSPなどの音楽/音響プログラミング環境を導入したりして、悦に入って人を突き放したような電子音を撒き散らしていた。クラブ・イヴェントに行ってもフロアでダンスするのではなく、フロアの片隅で持参したラップトップPCを開き、各々が作ったパッチを披露しあう。そんな光景もしばしば見かけた。そういう現象に対して僕は「なんか違うなー」と思っていたし、その頃の自分にとってはなによりダンスすることと、そしてダンスさせることがもっとも重要な問題だったから、何となくそういうシーンからは距離を置くようになった。彼らのプログラミングを用いた制作手法や、どうやって作っているのかわからないサウンドの難解さみたいなものに惹かれる気持ちは理解できた。複雑なオーディオ処理による、キテレツに捻じ曲がった音もたしかにエキサイティングではあった。ブレイン・ダンスとかいう言葉もあったけど、その頃の僕にはそれよりもっと下半身直結のプリミティヴな快楽こそが重要だったのだ。
 これが2004年くらいのお話。

 そんなこともあって、それからは正直オウテカの音楽を追っかけてチェックするようなことはしていなかった。なので、今回久々にオウテカのアルバムをブランク分も含めてきちんと聴いたのだが、まずひと言、驚いた。そして、これは賛否が分かれるかもな、とも思った。なぜかって、このアルバムでオウテカのビートはいままでと比べてかなりシンプルになり、完全にダンスフロアに焦点を合わせているようだったからだ。ランダムジェネレートされたような複雑なビートのなかに、ルーツであるヒップホップやエレクトロファンク的な感覚が見え隠れするのがオウテカの持ち味だと思うが、今作は見え隠れするなんてものじゃないほど明け透けだ。

 思えばひと昔前には、グラニュラー、グリッジ、ジェネレーテッド・シーケンシングというギミックにはまだまだブラックボックス的な側面が強かった。それはある種のプログラミングやオーディオ・モディファイのスキルを身につけた者だけが立ち入ることのできる聖域でもあった。しかしいまではそういったサウンドを割と簡単に再現出来るプラグインがネット上に無料で数多く公開されているし、YouTubeで「How to make ○○」とでも検索すれば欲しいサウンドの作り方の実演ヴィデオを見つけることも容易い。あの頃の聖域は神秘性を失い、いまやパブリックなものとして開かれている。

 そんな時代だからこそ、オウテカのふたりは自分たちの音楽的に普遍的な部分へいまいちど立ち戻ろうとしているのではないか。それは、とりわけメロディックで機能和声的だった前作『オーヴァーステップス』や、先日おこなわれた有明でのギグの共演者として、ホアン・アトキンスをチョイスしたことからも伺える。サイボトロン時代からホアンは、ふたりにとってのエレクトロヒーローだったらしい。
 今作は、「帰ってきたマンチェスターB-BOY」とでも言うべきものなのかもしれない。まるでフライング・ロータスがオールドスクール・エレクトロをやったような"Etchogon-S "でアルバムは幕をあける。"rew (1) "でもジェイディラあたりの影響を感じるヨレた、しかしグルーヴィなビートを聴くことが出来る。"y7 "や"M62"では、アシッド・ハウスやデトロイト・テクノのオウテカ流解釈とでもいうべき4つ打ちのトラックを披露している。これはある意味僕が2004年に聴きたかった音でもあった。

 ここにきていまいちど「黒い音楽」に回帰した感があるオウテカが、次になにを見せてくれるのか。ここにきてもういちど、オウテカの活動を追いかけるのに充分な理由ができた。

ele-king - ele-king

ele-king Chart


1
M.I.A. - Born Free - XL Recordings

2
James Blake - CMYK - R&S Records

3
Oneohtrix Point Never - Returnal -Editions Mego

4
砂原良徳- Sublimenal - Ki/oon

5
Zs - New Slaves - The Social Registry

6
七尾旅人 - Billion Voices - Felicity

7
Rockasen - Welcom Home - Assasin Of Youth

8
Budamonky & S.l.a.c.k. - Bud Space - Dogear Records

9
Buffalo Daughter - The Weapons Of Math Destruction - Buffalo Ranch

10
Ariel Pink's Haunted Graffiti - Before Today -4A

ECD - ele-king

 ラッパーは自分を語りたがる、と人は言う。ECDのような、そのステレオタイプとはかけ離れた人でさえそうだ。たとえばECDの音楽史を綴った『いるべき場所』を読めば、彼の音楽人生が見えてくる。ゼロ年代というひとつのディケイドに関しても、アル中と鬱、メジャー離脱と自主制作スタート、サウンド・デモ......彼の人生にいろいろあったことを知ることができる。

 そうは言ってもECDは、ラッパーの自己顕示欲から遠く離れたところで自分を語っている。たとえばネットでの連載コラム「WE ARE ECD+1」や「ECDの休日」を読んで欲しい。結婚して、五十路で二児の父になった自身の私生活が赤裸々に綴られている、それはエンターテインメント性とは無縁で、語り口はいつも通り淡々としている。
 
 "10年後"と名付けられたECDの通算13作目となる新作もそうだ。いつものように社会への批評精神を持ちながら、彼は自分自身の生活について語っている。"Time Slip"、"M.I.B."、"Play The Game"、"And You Don't Stop"といった曲では以前の生き様について、その他の多くの曲では日常の機微について言葉を書きつらねている。
 同時にその視線は10年後の未来へも向いている。"Alone Again"では、「どんな気分のあと十年後/はっきりわかるわけがある/今とたいしてかわるわけじゃない」のだが、でも「軽くしたいとは考えないのは/放り出したらまたひとりだから」とラップする。いままで通りの諦観を滲ませながら、彼の正直な感情を吐露している。日常を決意をもって生きる、そして明日へと踏み出すその姿がいつになく力強い。アルバムはこう締めくくられる。「願いかなうなら少しでも長く/このでかいからだ故障などなく/このでかい頭縮むことなく/動いてほしい十年後も」
 今回のECDは、ちょっぴりドラマチックに見える。
 
 そして『テン・イヤーズ・アフター』は、4作目の『BIG YOUTH』(97年)以来の久しぶりのヒップホップらしいアルバムとも言える。
 『FINAL JUNKY』(04年)と『CRYSTAL VOYAGER』(06年)はエレクトロ・ファンクとアシッド・ハウスの定番機材を使いながら、それらの音楽からファンキーさを引っこ抜いて、この国の殺伐とした空気を反映した音だったが、新作のバックトラックにはサウス系ヒップホップからの影響が聴きとれる。
 リリックにもヒップホップ臭さはうかがえる。"Rest In Peace"や"Paid In Full"、(「Life Is Bitch」ならぬ「Money Is Bitch」の略で)"M.I.B"、"トニー・モンタナ"といった曲のリリックは、型にハマったヒップホップへの批評だろう。

 アルバムにはもうひとつ、ラッパーとしてのECDを強烈に印象づける場面がある。彼のラップの面白さだ。たとえば「~く(ク)」で踏みたおす"how's my rapping"や、「安 らか に 眠れ/たす から ね ておくれ」(最後は「寝ておくれ」と「手遅れ」をかけている)という"Rest In Peace"のサビなどは秀逸だ。キャリア25年にして、ヴェテラン・ラッパーのライムは鋭さを増している。

 いまはひとまず歌詞カードを置いて、この通算13作目『テン・イヤーズ・アフター』を、とにかく楽しみたい。

[house & techno] #3 by Kazuhiro Abo - ele-king

1. Munk / La Musica | Gomma


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 このところは梅雨のバッドヴァイブスに完璧に日々ノックアウトされている。今年は入梅が遅かったせいか梅雨のジメジメに夏のムンムンまでプラスされ、それこそヴァイナルもカビれ! もしくは曲がれ! という勢いだ。そういえば、友人曰く日本の気候っていうのはだんだん亜熱帯に近づいているらしい。たしかに最近スコールのようなゲリラ豪雨も多いし、ともすると未来には日本もマラリアの流行地帯になる可能性すらあるとか。また、レコードディガーの別の友人曰くやっぱりレコード文化が残っている国というのは湿度が低い国が多いらしい。だから東南アジアとかの古いレコードをいい状態で手に入れるのは至難の業なのだとか。そんな話を思い出しつつ、我が家のレコード部屋の行く末を遠い目で案じる日々だ(水とりぞうさんを設置しながら)。
 そんなわけで、前回のサウンドパトロールでは「梅雨どきには暗いレコードが聴きたくなる......」などと書いておきながら、今年の梅雨の予想を超えたハーコーっぷりに完璧、前言を翻している。雨だけなら良いが、この暑さとのダブルパンチを食らいながら陰鬱なレコードなんか聴いてしまっては苦笑ひとつできなくなってしまう。そこは僕も人の子なので、こういうときはついつい景気がいい音に手が伸びる。
 そこでまず紹介するのは、先日ジョナス・インベリーが脱退し、マティアス・モディカのソロユニットになったムンクのEPだ。どことなくラテンの匂いがするベースラインにピアノがユニゾンするフレーズや、フックの清涼感溢れるシンセのコードワークだけとればコテコテのサマーチューンなのだが、そこはムンク、一筋縄ではいかない。いたるところにエレクトロ・パンクやニューウェイヴの毒っけを混ぜてくる。過剰にゴリゴリしたベースの音色も軽い違和感をもって耳に残るし、後半登場してくるFM変調を過激に使ったアシッド風シーケンスも印象的だ。夏っぽい女性ヴォーカルとスキャットが心地よいが、そこに暑苦しいダミ声のオヤジヴォイスが絡んでくるというのもいろいろな意味でニクい。
 この感じ、どこかで聴いたことがあるな? と思いつつ聴いていたのだけれども、思い出した! DAFのヴォーカル、ガビ・デルガドと元リエゾン・ダンジュルーズのサバ・コマッサとのユニット、デルコムだ。ジャーマン・ニューウェイヴ×バレアリック×アシッドという組み合わせからはやっぱりデルコムの匂いがする。スエーニョ・ラティーノの影響を受け当時ラテン・アシッドとすら言われたあの折衷感に、かなり通じるところがあるんじゃなかろうか。
 リミックスには昨年の日本ツアーも好評で、先日DJ CHIDAのレーベル〈Ene〉からシングルをリリースしたポルトガルの奇才ティアゴを起用。こちらはシンセ・ベースが裏打ちになり、よりサイケディスコ感を強めたリミックスになっている。ダビーな音響処理が施されたシンセリードは空間を切り裂くように鋭く、ロッキンだ。azari & IIIのリミックスに至ってはシンセ・ストリングスのコード弾きとベンドするシーケンスがモデル500みたいだ。
 なんにせよ折衷的なシングルになっているが、どのミックスもジャーマン・ニューウェイヴというところで1本筋が通っている。ラテン・フレーヴァーがするのに極めてドイツっぽい1枚。

2. Tiago / Rider | Ene Records

 DJ CHIDAが主催し、東京地下シーンとワールドワイドな地下シーンをシームレスに接続しているレーベル〈Ene〉の3枚目は、前述のムンクのリミックスもかっこよかったティアゴの12インチ・シングルだ。4月のサウンド・パトロールでも取り上げた前作は東京屈指のコズミック・ディスコ・バンド、スライ・マングースvs北欧のディスコ王子、プリンス・トーマスという組み合わせだったが、今回はリミキサーにイセネエヒヒネエ所属のデュオ、コス/メス(COS/MES)がフィーチャーされている。
 ティアゴによるオリジナルは、プログレやクラウトロックの影響を感じるドラムレスなサイケ・チューンだ。3連のシンセベースが延々ステイし、ビートはシンプルなパーカッションのみ。ミニマルに反復するリズムの上に、サイケロック調のピアノやハモンド・オルガン、そしてスパイス的にマリンバとシンセストリングスが添えられる。シンセ・ストリングスも基本的にはピアノのフレーズと同調するもので全体としては押し殺したようにストイックかつヒプノティックな作風だ。ジャン・ミッシェル・ジャールの作品に通じるような暗さもある。ムンクのリミックスで見せたアグレッシブなアプローチは完全に影を潜めている。
 そもそもティアゴはその作風の広さに定評がある。いままでも数多くの変名を使い分けて音楽活動をおこなっており、例えば変名のひとつであるスライト・ディレイ(Slight Delay)名義では、90sピアノ・ハウス・ミーツ・ビートダウンといった趣のトラックや、オールドスクールエレクトロ・ミーツ・バレアリックのようなクロスオーヴァーな作風を見せるなど、とにかく多才だ。
 コス/メスのリミックスは、そもそもドラムが鳴らないこのトラックをヒプノティックな側面を保ったまま10分越えのサイケ・ディスコに昇華している。クイーカの音が印象的な2分に渡るイントロの後ようやくと太いキックが鳴りはじめ、その後も派手な展開は無く、ひたすらストイックに10分間をフルに使ってジワジワと楽曲をビルドアップしていく。中盤ではデニス・フェラーの"サンド・キャッスル"をぐっとピッチダウンしたようなフレーズが現れ、そして終盤で頭上を旋回するようなシンセ・ソロとオルガンのリフが現れるという構成はとにかく「ハメる」ためのトラックという意図を強く感じる。
 このシングルには、このコス/メスのリミックスをDJ CHIDA自身がさらにリエディットしたヴァージョンも収録されている。こちらは、ダンストラックとしての強度をさらに増して、90'sハウスのエッセンスを追加したような仕上がりだ。オールドスクール・ハウス的なリズムマシンによるフィルインや、レイヴ感のあるシンセリフが追加されており、よりトラックにメリハリがついている。個人的にDJで使うならこのヴァージョンだろうな。

3. Kyle Hall / Must See EP | Third Ear


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 先日急逝したカガミしかり、ハタチそこそこで〈R&S〉の社長のレナードに「んで、いくら欲しいんだ?」と言わしめたリチャード・D・ジェイムスしかり、若く、そして底知れぬ天賦の才を感じさせる作り手の登場は、それだけで血沸き肉踊るものがある。デトロイトのジャズ・ジャイアント、ローランド・ハンナの甥っ子としてこの世に生を受けた現在19歳のカイル・ホールもまた、そんな存在のひとりだ。17歳の頃にオマー・Sのフックアップでシーンに認知され、カール・クレイグがウォンキーをやったようなシングル『ケイチャンク/ユー・ノー・ホワット・アイ・フィール』を名門〈ハイパーダブ〉からリリースしたかと思うと、〈ムード&グルーヴス〉からはメロウなエレピをフィーチャーした小洒落たジャジー・ハウスをリリースするなど、そのオープン・マインドな作家性も魅力的だ。野田努氏的にもストライクといったところだろう。
 〈サード・イヤー〉からリリースされた今作は、独特に荒れたビートの質感が印象的なデトロイト感溢れるディープ・ハウス・トラックだ。セオ・パリッシュのくすんだ黒さにも通じる独特の汚し感覚は、彼に深く刻み込まされたデトロイトの遺伝子を感じさせる。A2に収録された"ゴーステン"は、MPC1000を使用している(YouTubeの動画で確認できる)ことに起因していると思われるヒップホップ的なビートの荒れと、流麗なピアノとシンセの対比が美しい。
 この曲や、B2に収録されている"ボディ・オブ・ウォーター"からは随分と大人びた印象を受けるが、B1に収録された"OSC2"では、リズムマシンと、タイトルどおりふたつのオシレータのみを使ってリズムがヨレヨレのヘンテコなミニマル・テクノを作るような遊び心も健在だ。コンピュータを使っておらず、MPCで完結しているからだろうか、全曲通して非常に編集が荒っぽい。ブッツリとパートがミュートされたり、「あ、ストップボタン押したな」という感じで曲が終わったりする。でも、それもまた妙にデトロイトくさくていい。願わくばこの先ずっとPC使わずにこのスタイルを貫き通して欲しいな。
 ところで、このように才能溢れる10代は実は日本でもちゃんと出現している。カイル・ホールの作品を聴くたびに、そしてYouTubeでおもちゃのキーボードやらシンセやらサンプラーと戯れているその姿を見るたびに思い出すのは、同じく19歳の奇才トーフビーツだ。高校生だった17歳の頃に石野卓球主催の屋内レイヴ〈WIRE〉のサード・ステージの新人アーティスト枠に抜擢されたり、またカイルと同じくヒップホップマナーでラフなビートの質感と、おそらく手癖なのだろう、小洒落たキーボードのフレージングなどある種のシンクロニシティとでも言うべきか、被るところが多い。彼が今年の1月にユーストリームで披露した即興ライヴ・パフォーマンスは、デトロイト/シカゴファンにが見ても相当面白いと思うので併せて紹介しておく。(https://www.ustream.tv/recorded/4067945)
 また、7月18日には早稲田のクラブ・茶箱にて18歳のDJやアーティスト出演者が全員18歳(大学受験生)のサンデー・アフタヌーン・パーティがおこなわれる。最近話題のレーベル〈マルチネレコーズ〉からもリリースしているダブステップ少年miiiや、ジロー・シロサカ、関西からはどす黒いシカゴ・ハウスを卓越したテクニックでスピンすることで話題を呼んでいるDJ、アフロミュージック(AFRMUSIC)も参加するというこのパーティ、若い芽チェッカーな人は無視できないだろう。この国にもカイル・ホールに匹敵する才能はきっとゴロゴロ眠っているはずだ。

4. Simon Hinter / Take Care EP | Phil

 さっきのカイル・ホールもそうなのだけれども、ここ最近はイーヴン・キックな曲でもビートにちょっとした引っ掛かりみたいなものがある曲が気に入っている。〈プロッグシティ・ディープトラックス〉などから有機的なテック・ハウスをリリースしているサイモン・ヒンターが新設した自身のレーベルからリリースしたのは、オーガニックな持ち味をさらに前進させた、一風変わったディープ・テック・ハウスだ。
 まず、表題曲になっている"テイク・ケア"は、6連を基調としたタップダンスのタップ音のソロとアコースティック・ピアノで幕を開ける。やがてイーヴン・キックが現れ、ベル系の音色でメランコリックなメロディを奏でる。スウィングするビートと、鍵盤の絡み、物憂げな世界観などはドクター・ロキットが〈インナーヴィジョンズ〉以降のテック・ハウスをやっているみたいだ。エレピやパイプオルガン、民謡からサンプリングしたような女性ヴォーカルなどのフォーキーなマテリアルはグラニュラーシンセシスによって引き伸ばされたり、再構築されたりしてざらついた、しかし何故か耳に優しい音に加工されている。
 B1に収録された"ナイト・ライツ"では、デトロイティッシュな寄せては返すシンセパッドにジャジーなアコースティック・ピアノを併せた白眉のアンビエン・トハウスだ。ここでもシンセ・パッドには複雑な滲みを伴ったフィルターがかけられており、エレクトロニカ以降のテクノロジーを自由自在に使いこなしているという印象を受ける。それでいても音は電子音電子音せずにどこまでもオーガニックな印象だ。
 B2収録の"ミスター・ブルー"で聴ける冒頭のアコースティック・ギターにしてもそうなのだが、実際にギターを弾くとしたら明らかに不自然なベンドの仕方をしているのに、不思議と違和感を感じさせず体に染み込んでくるようなマジックがサイモン・ヒンターの音にはある。この感動は、レイ・ハラカミのサウンドを初めて耳にしたときの感動にも近いかもしれない。
 ところでこれは余談なのだが、この盤はグレーのカラーヴァイナルになっている。最近レコード屋にいって思うのは、一時期とくらべてカラー・ヴァイナルやクリア・ヴァイナルの数がかなり増えたことだ。DJもデジタルデータを扱うのがごく一般化して久しいが、そのなかでヴァイナルにこだわってリリースするからには、物としての価値を高めようという方向に向かっているのだろう。ジャケットのアートワークも面白い物が増えた印象だ。個人的にもアートワークはやっぱりあの大きさで見たい。

5. Moebius / Light My Fire | Light Sound Dark


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 最後に、ともすると「珍盤」というカテゴリーにすら入りかねないがグッと来た1枚を紹介しよう。"ライト・マイ・ファイヤー"というタイトルのこの盤は、"ハートに火をつけて"の邦題でも御馴染みなドアーズの名曲"ライト・マイ・ファイヤー"のシンセ・カヴァーだ。初出は1980年だというこのヴァージョン、今回の再発にあたってマドンナをプロデュースしたことでも知られるミルウェイズによるリミックスと、エクステンド・エディットが収録されている。
 ちなみにこのレコードを作っているメビウスというアーティストには二説あって、ひとつは70年代の終わりから80年代にかけて活動していたロスのシンセバンドのメビウス。もうひとつはクラスターやハルモニアとして活動しているディーター・メビウスの作という説。個人的には前者じゃないかと思うんだけれども、はっきりしていない。
 それこそガーション・キングスレイの作品だったり、クラフトワークの『アウトバーン』なんかにも通じるように、シンセサイザーの音というのはどこかカートゥン的な側面がある。とくに80年代のシンセポップ的な音にはその傾向が顕著で、例えばダニエル・ミラーのシリコンティーンズだったり、〈アタタック〉からリリースしていたアンドレアス・ドラウの作品からは子供の遊び感がプンプンしていた。
 今回のメビウスによるカヴァーも例外ではなく、そこからはジム・モリスンが纏っていたシリアスさというのは微塵も感じられない。どちらかというと、ドラウの"フレッド・フォン・ジュピター"なんかに通じる牧歌的な感覚さえ覚える。ミルウェイズによるリミックスは流石のスキルで現代的なディスコ・エレクトロにブラッシュ・アップしているが、肝心のヴォーカルが妙にヘロヘロなのでイマイチ格好つけきれていないところが逆に良い。
 後半、ヴォーカルをオートチューンによって局所的に変調させているのだが、ミルウェイズは本来ヘロヘロなピッチをアジャストするためのテクノロジーであるオートチューンを使って、ヴォーカルにデタラメとも思えるビブラートを付加してさらにヘロヘロにしている。その開き直りっぷりが小気味よい。クールでスタイリッシュなのも大事だが、それだけじゃパーティはきっとつまらない。こういう、言ってみればバカバカしくもあるレコードもまた夜の宴には欠かせないものだと思う。

CHART by UNION 2010.07.14 - ele-king

Shop Chart


1

JOAQUIN JOE CLAUSSELL presents The World OF Sacred Rhythm Music Part One

JOAQUIN JOE CLAUSSELL presents The World OF Sacred Rhythm Music Part One MUSIC 4 YOUR LEGS / JPN »COMMENT GET MUSIC
レコードショップのチャートを席巻した数々のヒットシングルに加え、待望の新曲も収録!JOE CLAUSSELLの一晩のロングセットを凝縮したかのような高い楽曲性と「ハウス」といった枠に収まることのない多彩な選曲がリスナーを魅了するオーガニックな1枚。

2

RICK WILHITE

RICK WILHITE Godson & Soul Edge RUSHHOUR / HOL »COMMENT GET MUSIC
MOODYMANNのレーベルKDJからリリースされた3枚のレアなシングルがCD化。RICK WILHITEプロデュースの音源に盟友THEO PARRISH、MOODYMANN、話題のURBAN TRIBEによるリミックス音源と初CD化づくし。未発表音源も収録した完全限定盤!

3

URBAN TRIBE

URBAN TRIBE Program 1-12 MAHOGANI / US »COMMENT GET MUSIC
Sherard Ingramを中心に構成された伝説のユニットURBAN TRIBEがMooymannのMahogani Musicからアルバムをドロップ! Sherard Ingram, Anthony Shakir, Carl Craig, Kenny Dixon Jr.(Moodymann)というデトロイトが誇るベテランプロデューサーが織り成す化学変化は3 Chairsとはまた一味もふた味も異なる漆黒のエレクトリック・ソウルを奏でる。

4

MORITZ VON OSWALD TRIO

MORITZ VON OSWALD TRIO Live In New York HONEST JONS / UK »COMMENT GET MUSIC
2010年前半にNYのクラブでCARL CRAIG、FRANCOIS Kをゲストに迎え(!)行われたライブから抜粋された4トラックを収録! ディープなダブワイズとサンラの影響を感じさせる、という圧巻の長尺トラック! しかもなんと同内容のCDも付属した豪華盤! 限定です!

5

OMAR S

OMAR S Fya Mix CD Vol.5 FXHE RECORDS / US »COMMENT GET MUSIC
昨年に続き秋のTAICO CLUBへの来日も決まったOMAR Sが放つプライベートミックスシリーズ「FYA MIX」最新作が、渋谷クラブミュージックショップのリニューアルオープンを記念して独占先行入荷! Early 90'sのシカゴ~NYアンダーグラウンドハウスを軸に、ライヴミックスならではの生々しさを備えたレコーディング!

6

RICK WADE

RICK WADE An Angry Pimp`s Lullaby Vol. 1 HARMONIE PARK / US »COMMENT GET MUSIC
デトロイトのべテランRICK WADEのミックスCD!自身の新曲を中心に構成されたアルバム的な内容で、MoodymannやOmar S、Theo Parrishなどデトロイトの盟友達のトラックも収録。RICK WADEらしい躍動感と疾走感が全体に溢れるDJスタイルがこの1枚に詰まっています。

7

ART BLEEK

ART BLEEK Message To The Dreamer EEVONEXT / NED »COMMENT GET MUSIC
これまでRUSH HOURやRESOPAL REDなどからストレートなテクノとミニマルを使い分けてリリースを重ねてきたアーティストですが、今作は思いっきりデトロイティッシュな方向へと振れた一大傑作!NEWWORLDAQUARIUMやKIRK DEGIORGIO、VINCE WATSONなどの系譜に連なるいつまでも色褪せない輝きを放ち続けるであろう作品の誕生!

8

VARIOUS ARTISTS

VARIOUS ARTISTS 10 Years Fumakilla FUMAKILLA / GER »COMMENT GET MUSIC
人気レーベルFUMAKILLAの10周年記念盤となる本作は、全曲エクスクルーシブ・トラックのコンピとWOODYによるミックスの豪華2枚組。DISC 1/2を併せて聴くことにより、レーベルの過去と未来を繋ぐことができる秀逸な作品集となっています!

9

DJ YOGURT

DJ YOGURT Drivin' To Seaside HONCHO SOUND / JPN »COMMENT GET MUSIC
梅雨明け間近!この夏にピッタリの心地よいドライヴミュージックをデリバリーしてくれたDJ YOGURT。レゲエ、ラヴァーズ、ソウル、R&B や、レイドバック感漂うオーガニック・サウンドを縦横無尽に駆け巡らせ、どっぷりと甘く心地いいグルーヴに浸らせてくれます。

10

CRYSTAL(TRAKS BOYS)

CRYSTAL(TRAKS BOYS) Made In Japan Future Classics SWC / JPN »COMMENT GET MUSIC
Made In Japanをコンセプトに日本人アーチストのみという縛りの中で完成させた1枚。90年代~00年代の統一感ある国産音源を行き来させ、意識下で鳴り響くディープなグルーヴはなんとも確信犯的。聴くほどに独特な覚醒感をもたらす究極の展開。

interview with Seiichi Yamamoto - ele-king


山本精一 / Playground
P-Vine

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 Dommuneで6月10日に放送したPhewの「45回転であいましょう」の司会をした私はゲスト出演した山本精一の歌を隣で歌詞カードに記した特徴のある文字を目で追いつつ聴きながら、彼の歌をまぢかで体感できる至福を感じた。そのときはまだこのアルバムを聴いていなかったが、あれから何度も『Playground』を繰り返し聴き、なぜこれはこう何度も聴いてしまうのか考えるうちに、考えるよりも聴くのがおもしろくなった。
 山本精一の『Playground』はサイケデリックでありながらアシッドであり、ソフト・ロックの音色のイメージも抱かせるが、身辺雑誌のように親密な気持ちにもさせる。つまりこの50分弱にはきわめてシンプルにみえても多くのものが入っている。ここしばらくPARAのようにコンセプトを濃縮したグループや、企画作品、あるいは羅針盤や想い出波止場の再発などであいかわらずその名をみなかった時期はなかった山本精一の精髄は私はやはりソロにあり、その極点と思った『なぞなぞ』から7年、Phewとのダブル・ネーム『幸福のすみか』からすでに12年、「歌もの」という音楽のあり方を決定づけた羅針盤が終わりを告げてもう6年も経つ。山本精一は『Playground』を粗く、やりたいように、まちがってもいいと思いながら作ったといった。「遊び場=Playground」にいたように。しかしそう思ったとき、このひとは本領を発揮する。

このアルバムでは自分の部屋のなかと、半径500メートルくらいまでの範囲を表しています。そこでは基本的になにも起こらないんですよ。なんにも起こらないところでどうやって歌ができていくのか、それを試したかった。

『Playground』は資料では「6年ぶりの歌ものアルバム」となっていますが、どこから数えて6年目なんですか?

山本:羅針盤です。最後のアルバム『むすび』を録っていたのが04年なので、6年というよりは5年ぶりかな。

曲は書きためていたんですか?

山本:ライヴでやっている曲ばかりですよ。

いちばん古い曲は?

山本:みんな同じくらい。"飛ぶひと"だけはPhewとの98年の『幸福のすみか』のときですね。

なぜ"飛ぶひと"を再演しようと思ったんですか?

山本:ライヴで演奏しているからです。なんの狙いもなく、最近のライヴを作品化しただけですよ。

作品としては作りこんだ面もあると思いますが。

山本:作りこんではないですよ。足したところはありますけど、ほとんどワンテイク。

曲のヴァリエーションの面の工夫を感じましたが。

山本:それはたんに曲がそういった感じなだけでしょう。

今回千住(宗臣)さんが参加していますが、彼を起用したのは?

山本:いつもいっしょにやっているからです。

ご自分でドラムを叩いてもよかったかもしれないですね。

山本:そうやね。まあでも叩けないし、1曲目"Days"はロックっぽいからああいうタイコは僕にはむずかしいし、あれはやっぱり千住でしょ。

そうですね。私が山本さんがドラムを叩いた方がいいと思ったのは、『Playground』に非常に私的な印象を受けたからです。同じ歌でも羅針盤はバンドの音楽でありソロとはちがうと思いました。

山本:このアルバムでは自分の部屋のなかと、半径500メートルくらいまでの範囲を表しています。ブックレットに使っている写真も家のなかとか周辺とかそんなものばかりですもん。全部そう。

500メートル半径というはご自分の生活がみえる範囲ということですね。

山本:そうです。そこから離れて生活してないし、最近ずっと歌ってるのも身の回りのことばかりですからね。そこでは基本的になにも起こらないんですよ、ほとんど動かないから。なんにも起こらないところでどうやって歌ができていくのか、それを試したかった。

ある種のアンチロマンですね。たとえばいまのフォークであたらしいひとたち、前野健太さんや七尾旅人さんの歌をどう思います? 私は世代論はわかりませんが。

山本:世代論は僕はまったく関係ない。上の世代という感覚はないんですよ。21世紀に生きている人間のジェネレーションなんて全員いっしょですよ。だから世代は関係ないです。おもしろいかおもしろくないか。彼らの音楽は僕はいいと思いますよ、おもしろいと思います。

ご自分と比較して?

山本:すべてちがいます。比べることはないし、どっちにもいいところがあって悪いところがある。僕は他人のことはわからない。自分のことで精一杯です。子どものころはフォークを聴いていたりすると、いろんなひとがいたし好きなミュージシャンもいましたが、積極的にいまも他者の音楽を聴くかというとそんなことはない。

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でも僕、ボアダムスをやる前はずっと歌っていたんで、個人的にはそっちの方がイメージですよ。羅針盤にしても87年、ほとんどボアダムスと同じ時期に結成しているから。

今回はベースを弾かれていますが、このアルバムではベースがすごくポイントだと思うんですね。間をとるようなベースが全体のムードを作っていると思いました。

山本:ちょっとズレてね。全体の印象はすごくチープなんですけどね。

山本さんがドラムまで叩いた方がよいと思った理由はそこにあります。

山本:千住は上手いからね。

表題曲の"Playground"は譜面に書けるリズムではないですよね。

山本:そうね、このズレは譜面では表せないね。

この曲を千住くんにどう説明するんですか?

山本:「遊んでいるみたいに叩いてくれ」とか、そんな感じですよ。それで一発録り。まちがっていても全然オーケー。ワンテイクの方が勢いがあるし、「遊んでいる感じ」では2回はできない。歌は入れ直した曲はあるけど、演奏は全部テイクワン、弾きながら、歌いながらドラムといっしょに録音しました。だからライヴといっしょです。

曲をカチッと作るよりナマのままの歌を録音するという狙いだったんでしょうか?

山本:なんにも考えてないんですよ。「なんか今日レコーディングがあるな」という感じでスタジオに入ってなんとなくやっている、そのスタジオはお弁当が出るんですよ。エンジニアの方のお母さんがお弁当作ってくれるんですよ。だからマザーシップ・スタジオなんですが。大友(良英)くんとかふちがみとふなととかもそこで録ってますよ。ポコッといってポコッと録るにはいいんですよ。だからなんにもないんですよ。宅録みたいにね。

『なぞなぞ』と『幸福のすみか』の間の感じじゃないですか?

山本:そうですかね? 『なぞなぞ』は宅録以下やからね。僕はね、もう凝りはじめたらとめどないですからね。はっきりいって5年はかかります。このアルバムはそんなことはない。それがコンセプトといえばコンセプトかもしれない。

作りこまないアルバム。

山本:そう。粗い感じでやりたいようにやる作品。まちがってもそれはしょうがないというかね。完璧主義はもちだしませんでした。

羅針盤とはまるでちがう?

山本:羅針盤もディテールにはそれほどこだわってないですよ。羅針盤はポップスのつもりだったから。あれは一般のひとにも聴いてほしいと思ったから。

一般に届けるためのポイントはなんですか? 作曲ですか? アレンジですか?

山本:普通にラジオで聴いていても、そんなに違和感ないもの......ですかね。まあ違和感がないとはいいきれないけど(笑)。僕は歌がヘタなんで、極限まで普通に聴ける状態に近づけようと、一小節を100回くらい歌い直したこともあります。とくにシングル・カット曲では極限まで普通のポップスをやろうとしました。

"永遠のうた"(羅針盤のファースト・シングル)から山本さんの音楽を聴きはじめたというひとも多いでしょうね。

山本:入り口が広がったとは思いますね。

あの曲で歌に開眼したところはないですか?

山本:そんなことはない。普通のポップスをどこまでできるかということですよ。最終的には普通ではなくなったけど(笑)。

あれだけ作品を出しているということは、やっているなかに発見があったということですよね。

山本:それもあったし、元々ポップスは好きですからね。

羅針盤からそういった山本精一像はできた気がします。

山本:でも僕、ボアダムスをやる前はずっと歌っていたんで、個人的にはそっちの方がイメージですよ。羅針盤にしても87年、ほとんどボアダムスと同じ時期に結成しているから。

羅針盤の方が後発のイメージがありますね。

山本:ほとんど同じ。ズレていても一年か半年ですね。ボアダムスとかあの辺のバンドには僕はギター(と作曲)で入っているから参加している意識だったんです。ボアダムスに入ったのも田畑(満)が抜けたからだし。

そういはいってもボアダムスの在籍も結構長かったと思いますが、自分のバンドではないという意識だったんでしょうか?

山本:僕のなかのひとつの要素ではありましたけど、本来の僕のやりたいことではなかった。

歌とボア的な要素をミックスすると想い出波止場になる?

山本:想い出波止場はまたちがう。想い出は......説明しにくい(笑)。あれに類するバンドはあんまり思いつかない。ファウストとか。

想い出波止場も去年ライヴしましたね。

山本:まあでも当分やらないですね。

どうしてですか?

山本:やるモチベーションがない。あのときは旧譜が再発されたからね。

新譜は出さないですか?

山本:出さないです。

それは残念ですね。音楽が進化しない限り出す意味がない?

山本:基本は......想い出の話は止めましょうか。あのバンドはむずかしいんですよ。言葉にしにくい

わかりました(笑)。では『Playground』に戻りましょう。3曲目がタイトル曲になっていますが、その意図はどういったものでしょう?

山本:その曲は別な名前がついていたんです。タイトルが先にあって、それをつける曲を探していて、3曲目が一番いいと思った。3曲目は元は"めざめのバラッド"。名前を変えたんです。

この曲が全体を象徴していると思った?

山本:変えるのはそこしかなかった。"めざめのバラッド"は......あれ入ってるわ。元は"メール"って曲だったかもしれない。

曲名は気にしてなさそうですね。

山本:適当です。

歌詞はどうやって作るんですか?

山本:......適当(笑)。

このアルバムでは生活のなかから出てくる言葉が使われているんですよね?

山本:なんとなく出てくる言葉を書いているだけですよ。

曲が先にあって、そこに言葉の断片をあてはめていくということですか?

山本:そうです。だから自分の歌詞を全然憶えられないんですよ。考えてできたようなものじゃないし、ドラマになってないし、ツジツマが合わないから憶えられない。厳密にいうと僕のなかから出てきているとけど頭は通過してないんですよ。昔からいうんですけど、「落ち穂ひろい」というかね。地面に落ちている木の枝のたき火になりそうなものだけをひろう、その感じ。僕のなかにそれを選び分けるなにか、装置みたいなものは働いているけど、自覚的に自分が言葉をつなぎ合わせるというかね、創造的に言葉を選ぶ感じはない。ひろいあげていっている。

言葉の組み合わせには流れがいりますよね。歌詞もひとつの文章だから。

山本:そうかな?

すくなくとも言葉の連なりではありますよね?

山本:でもね、それは音素というか言葉がスケール(音階)やメロディラインに乗っかっていくと、言葉が耕されていくというかね。音楽に言葉をうまいこと乗っていくわけです。それは自動的な選択、エンター・キーが押される感じです。

たとえば2曲目の"待ち合わせ"のサビのあたりで、「孤独」「闇」「深い朝」と連なる流れにはイメージの起伏があると思うんですよ。これって意図しないと作れないフレーズだと思いますが。

山本:そこは意図しました。そこくらいはツジツマがあっていた方がいいと思ったから。

そういった落ち穂ひろい的な断片のなかにイメージを繋げられる言葉が入りこむから印象を残すのかもしれないですね。

山本:最初にある意味、自動筆記的に歌詞を書きはじめるんですよね。そうすると、俯瞰すると、意味が合う場所ができる。それをあとでまとめることはありますね。

出口ナオみたいな?

山本:お筆先? ちがう......いや、ちかいかもしれんな。出口王仁三郎があとでそれをまとめるというかね。

山本さんは王仁三郎の役割ですね(笑)。

山本:いや、僕はナオと王仁三郎がいっしょになってるのかも(笑)。勝手に出てくるものがあって、それをリライトする自分がいる。作るときはナオしかない。

山本さんは自分をものすごく客観視するところはありますよね。

山本:僕は批評性からは逃れられない。もともと僕、批評から音楽に入っているわけだし。だけど、批評臭さはでないようにしたようと思ってます。

私は『Playground』も1曲ごとに批評性はあると思いますよ。たとえば、1曲目なんかはシューゲーザーへの批評とも思いました。

山本:そんなことないよ。マイブラ、僕大好きやもん。1曲目はマイブラですよ。

『ラブレス』の1曲目("オンリー・シャロー")が元ネタですね。でもそれを山本さんがやるのは批評的なニュアンスがあるとも思います。

山本:批評には僕、否定的な意味合いがあると思うのよ、ちがう?

うーん。そうは思わないですね。

山本:僕はでも、否定的なところはないですよ。好きだからやったというだけでね。マネしてみました、みたいな。この感じが大好きなんやね。

それだけプライベートな作品だということですよね。それはたしかだと思いますけど、山本精一の名前で出ると批評的な色合いを帯びてくるとも思うんですね。

山本:因果なことですよ。

作っていくなかで、参照したものは本当にないですか?

山本:とりたててなにかを参照したというのはやっぱりないですよ。自分のなかには、いままで聴いてきた何十万枚という音楽が入っていて、そこからのアウトアップは意識的にも無意識的にも当然あります。それを影響といえばそうなるでしょうが、その意味で影響がない人間はいないということでもある。でも僕はもう、どこからそれがきたのはもうわからない。膨大な量があって、それはもう土壌のようなものですよ。そこから生えてくるキノコみたいなものでね。それはもちろん音楽だけじゃなくてね。

経験を土壌にできるかどうかでもあるとは思いますけどね。

山本:まあね。いい忘れたけど、今回もうひとつコンセプト的なものがあるとしたら質感ですね。

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戦前ブルースとかテクノロジーのない時代の音楽、簡素な録音設備を使って道端で録ったような音楽ですが、そういった録音物は何度も聴ける特性がある。リヴァーブがまったくかかってない素の音楽ね。

音の質感でいえば、Phewさんの新譜『Five Fingers』を聴いて『Playground』と似たものを感じました。

山本:そうね。Phewもそうやね。

あとジム(・オルーク)のバカラックのトリビュートなんかもそうでしたね。

山本:そうでしょ。そっちの方に行くんでしょうね。

その共通項は具体的にどういうものでしょう?

山本:アナログな感触ですね。それと、これまでの録音ではあまりよいとされてこなかったフレット・ノイズとかヒビリとか、ベースの音だったらラインで録ったような硬い音色。

それはいま、新鮮かもしれないですね。

山本:うん、いい。自分のなかで考えられるのは、いい音を聴きすぎて、そうじゃない音を生理的に聴きたくなっているのかなとは思う。単純にこういった感じの質感の音は中毒性があるんですよ。リヴァーブがカットされているというかね。

よい音の定義ではよく立体感というものがいわれますからね。

山本:それがリヴァーブだね。

あとサラウンドのような音響も含めてですね。そういった価値観からの変化をたしかに感じました。反動ではあると思うんですが、私が好きなミュージシャンがそういった作品を作るという符号のようなものは感じました。

山本:僕はずっとレコードを聴いてきて、重層的な音像とか広がりとかドリーミーなサウンド、たとえば『ペット・サウンズ』とかビートルズとか、ああいう世界は大好きなんだけど、それと別に好きな世界があるんです。戦前ブルースとかテクノロジーのない時代の音楽、簡素な録音設備を使って道端で録ったような音楽ですが、そういった録音物は何度も聴ける特性がある。リヴァーブがまったくかかってない素の音楽ね。ほとんどCDは売ってしまったけど、ブルース関係とか、Dommuneでも紹介したイングランズ・グローリーとか、そのへんは残してるからね。

イングランズ・グローリーは私も聴きましたが、よかったですね。

山本:宅録みたいでしょ。とくにベースなんかあんな音では録れないですよ。

あの感じは......

山本:まあヴェルヴェット・アンダーグラウンドですね。

そうですね。でもヴェルヴェッツほどノイジーでもなくもっとスムーズですよね。

山本:そうやね。

陰影があってイギリスらしい音楽ですね。

山本:ニック・ドレイクとか、そういった陰りがあるね。

あの手のものは日本には似たバンドはないですよね?

山本:どうかなー。しいていえばスターズ。石原(洋)くんがちかいかもしれない。

そう考えると、『Playground』は石原さんがプロデュースしたゆらゆら帝国と似た質感はあると思いますよ。

山本:そうかもしれない。坂本(慎太郎)くんとか柴山(慎二)くんにも通じるかもしれないですね。

東京でのレコ発(8月27日、吉祥寺スターパインズ・カフェ)ではベースは入れないんですか?

山本:ベースはないですね。千住とふたりですね。ベースも入れたいけど、あの感じでできるひとがいないですからね。大阪のライヴ(10月10日、梅田シャングリラ)では須原(敬三)に弾いてもらうけど。あのニュアンスは伝えられないね。ベーシストはもっと太い音を好むからね。ベーシストが作る音じゃないからね。ギタリストが弾くベースの音ですよ。あと上手すぎないことね。テクニックには僕、全然興味ないんで。上手いのはあんまり好きじゃない。

テクニックはむずかしい問題ですからね。

山本:なにをもってテクニックというかですよ。ジャズやろうとしてテクニックがなかったらムリですからね。

音楽が求めるものを実現するのがテクニックだとすると、こうやって譜面化できない部分が重要な音楽を演奏するには通常のテクニックが問題になるわけではないということですね。

山本:そういうことですね。譜面にできないことしか僕はやりたくないですね。譜面にしようと思ったら書けないですよ。ニュアンスといってもむずかしい。

やらないと、聴かないと伝わらないですね。

山本:体感しないと意味がないんですよ。

カオス・ジョッキー(モストの茶谷雅之とのデュオ)の『1』がおなじタイミングで出たのは偶然ですか?

山本:あれは去年の暮れに録ったから相当前ですよ。

あれもギター・ミュージックとしては挑戦的でしたね。

山本:あれも一発録りですね。

ギターの音を複数のアンプに振っていますね。

山本:8台使ったかな。

エフェクトはそれぞれ別の系統をかませているんですか?

山本:そうだったと思う。というかどうやって録ったか忘れた。

あれもワンテイクですか?

山本:そうやね。GOKの近藤(祥昭)さん特性の、ヘッドフォンにマイクを合体させた録音機材があって、それを人形の頭に装着してターンテーブルに乗せて回転させるんですよ。ブックレットに写真が載ってるけど、回転しながら録音しているから音像が変化するんですよ。あれは近藤さんならではのアイデアですよ。そのマイクの名前はリンダだった。

山本さんの回りにはおもしろいアイデアをもったエンジニアの方がいますよね。オメガ・サウンドの小谷(哲也)さんもそうですが。

山本:小谷がスタジオをやめてしまったのが、とくに想い出波止場のようなバンドができなくなった要因かもね。アルケミー関係とか、みんないってる。ボアダムスもみんなあそこやったからね。ああいう感じの録音ができなくなったんですよ。あれはでっかいよね。

小谷さんは想い出波止場のメンバーといってもよかったですね。

山本:プラス・ワンですよ。高校の同級生だったからね。あいつとずっと作ってきた感じだからね。あいつとやれなくなったのは想い出ができなくなったひとつの要因になった。

スタジオのアイデアで想い出はできていますからね。

山本:アイデアもそうやし、僕らはあれを実現する技術的な知識はないわけだから、そこをサポートするのが彼の役割だったからね。

音響から逆算して音楽はできていく面もありますし、音響派でなくてもスタジオワークは音楽の重要な部分ですからね。

山本:すごく重要ですよ。僕らがいうアイデアは普通のスタジオでは通らないですよ。ムチャクチャやから。ああいうのをやらせてくれるのは同級生というのもあったし、それをおもしろいと思う感性があったからね。想い出なんて音に関しては半分はあいつの世界ですよ。だから想い出はライヴはできるかもしれないけど、あのバンドは音源ありきだからね。

ライヴは音源をどう無視するかという...

山本:そういった世界だからね。本当に困っていてね。探しているんですけど、ああいった人間には出会えない。変態やからね。完全な変態やからね。宅録ではできることが限られてしまう。俺らが普段使わない機材を使って録音する醍醐味というかね。そうじゃないとレコーディングする意味もあまりないでしょう。ものすごく高性能なマイク、1台百万くらいするマイクをビニールにくるんで水のなかに入れるとかね(笑)。何百万もするオープン・リールのテープ・デッキを手で回したり止めたりするとかね。たのんでもやらしてくれないですよ。

水の音はそうしなくても録れますからね。

山本:そうやらないとおもしろくない。強烈に金がかかった設備で極限までアホなことをする。想い出波止場は音のクオリティはすごく高いはずなんですよ。アメリカのロウファイのバンドなんかは音はチープですからね。

2010年6月23日/Pヴァインで

Zs - ele-king

 アルバート・アイラーが中原昌也とスティーヴ・ライヒといっしょにブラック・メタルのセッションをはじめたとしたら......。

 残忍なアヴァンギャルド(あるいはブルタル・プログレ=残酷なプログレ)としてその筋では名高いジーズによる新しいアルバムは"新しい奴隷"なるタイトルを冠している。〈ザ・ソーシャル・レジストリー〉から昨年出している12インチが"モダン・ホワイトの音楽"だったから、サックス奏者のサム・ヒルマー率いるこの新奇なフリー・ジャズ集団が4枚目のアルバムにおいてアメリカの植民地主義をテーマに掲げていることは容易に想像が付く。"コンサート・ブラック""エーカーズ・オブ・スキン"等々といったアルバムの曲名は、ホワイト・アメリカに人種差別にまつわる忌々しい記憶を想起させるらしい(黒人のリンチや白人警察の暴力行為、奴隷船における疫病等々)。アメリカのある音楽ライターは本作を――音楽性はまったく違うものの――パブリック・エネミーと同類の表現として評論しているほどだ(ちなみにジーズは白人グループである)。

 われわれがジーズの"新しい奴隷"から触発されるのは、普天間基地問題で明らかにされたような「所詮アメリカはアメリカだった」という事実だろうか、あるいは左翼の教科書に出てくるマントラ=「資本主義の......」「搾取された......」といった言葉だろうか。とにかくはっきりしているのは、いま彼らは奴隷に関する"新しい物語"を語ろうとしていることである。

 
 ジーズの録音物としてのデビューは2003年だが、このプロジェクトはサックス奏者のサム・ヒルマーが1990年代後半にマンハッタン音楽学校でジャズを学んでいるときに始動している。ジャズを土台としながら、ブルックリンのDIYシーンのなかでジャズのエリート意識とお行儀のよいロックをトイレに流すと、彼らはノイズ・パンク・サウンドの探求にハンドルをまわし、戦闘的で、いかにも喧嘩っ早そうなその音楽を磨いていった。グループはときにカルテットであり、ときにセクステットでもあった。デトロイト・テクノと初期ヒップホップに敬意を払いながら、彼らはフリー・ジャズの激しさにヘヴィー・メタルのギターを調合させ、さらにそれをミニマリズムに変換させるのだった。それはアグレッシヴで、扇情的で、隙あらば攻撃してきそうな勢いの音楽である。オーヴァーグラウンドでもアンダーグラウンドでも逃避主義が主導権を握っているこの時代のポップにおいて、狂ったように暴れているが、そのことだけでもこの音は価値があるように思える。ジーズの前では、レディオヘッドやゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!でさえお涙頂戴のメロドラマに聴こえてしまうのだ。

 しかもジーズの爆発力は、アヴァンギャルドの退屈さとも無縁である。3人組となったジーズによるこのアルバムも、ただ闇雲に爆発しているわけではない。"コンサート・ブラック"や"エーカーズ・オブ・スキン"は異教徒たちの呪詛のようだが、その奇妙で不気味な響きは耳を離さない。"ジェントルマン・アマチュア"や"ドント・タッチ・ミー"といった曲ではSFPがミニマルをやったようなハードコア・サウンドを展開する。苦しみのなかから生まれたであろうその破壊的なノイズには、しかし人を惹きつける力がある。"メイソンリー"はアルバムのなかで唯一おだやかさを有したアンビエント・テイストの曲だが、それは文字通りの嵐の前の静けさだ。

 20分にもおよぶ表題曲"ニュー・スレイヴ"がアルバムのクライマックスなのは言うまでもない。これは......特筆すべき曲で、"怒り"というものをここまで露わに表現した音楽を久しぶりに聴いた気がする。単調なミニマル・ノイズと爆風のようなメタル・ギターとの対比によって進行するディス・ヒートめいたこの曲は、そして後半の15分過ぎからがとくに凄まじい。まるでそれは......彼らがぶっ倒れるかリスナーが逃げるかの勝負事のようである。ウォッシュト・アウト(疲れた)なムーヴメントへの嫌がらせ......なわけはないだろうが、ひとつ言えるのは、気が狂いそうになるほどこの壮絶な演奏が収録されているだけでも、本作は注目されるべき充分な価値があるということだ。

 アルバムの最後はふたつの"ブラック・クラウン・セレモニー"という曲で締めている。最初の"ブラック・クラウン・セレモニー"は13分もあるが、不思議な響きのダーク・アンビエントめいた曲だ。サックスの音色は地獄の底から聴こえてくるようだが、淡々とした禁欲主義的な展開がこの曲の表情を曖昧にしている。それでも"六界"なるサブタイトルが付けられた二番目の"ブラック・クラウン・セレモニーII"からは、非業の死を遂げた死者たちの悲鳴が聴こえるようだ。それはこのアルバムにどうしようもない後味の悪さと不吉な余韻を残している。

 アートワークには暗い海に投げ出された奴隷船にまとわりつく化け物が描かれている。その素晴らしい絵は、この大胆不敵なアルバムに相応しい。

Washed Out - ele-king

 みんな繭のなかに入って、繭のなかでゆらゆら、無害な夢を見るぶんにはかまわない。どうせ社会全体が巨大なコクーンのなかだ。個人の繭を出たところで、また繭である。そこに情報を送り、資源を送り、システムを支えているのが誰なのか......もっとも大きな権力を持つものが何なのか、そんなことはなかばどうでもいいし、よく見えない。
 チルウェイヴ、またグローファイなどと呼ばれるシンセ・ポップは、ここ1年ほどのあいだに浮上してきて、そのまま2000年代を覆った柔らかなサイケデリアの水面に揺籃され、新たな年代をまたいだ。アニマル・コレクティヴが照射した世界が2000年代という大きな繭だとすれば、これらの音は個人の小さな繭のなかにひたひたに満たされた羊水のようなものだと言えるかもしれない。繭に羊水もないものだが......。コミュニケーションを拒絶するのではなく、いちど撤退する。そしてそこを出ずして繋がれるものとは繋がる。一般に「流動性が高い」と記述される社会において、これは現実的で安全な方法である。その退却地点に、精神を刺激せず、身体に心地よい音をめぐらせるというのも特に意外なことではない。チルウェイヴ/グローファイというのは、こうした局面において見つけ出された、いわば機能性の音楽だ。そしてその点において鋭い批評性を宿したものだと言えるのではないだろうか。
 
 ウォッシュト・アウトはサウス・カロライナ在住のアーネスト・グリーンによるひとりユニット。新世代ローファイの発信地のひとつでもある〈メキシカン・サマー〉より昨年デジタル・リリースされ、直後にアナログ盤でも流通した本デビューEP「ライフ・オブ・レジャー」は、メモリー・カセット(メモリー・テープス)ネオン・インディアン、またトロ・イ・モア等、アニマル・コレクティヴ以降のサイケ感覚やローファイ/シューゲイズなモード感を持ったシンセ・ポップ・ユニットと比較され、折からのバレアリック再燃ムードも追い風として作用し、チルウェイヴ、グローファイ、あるいはドリーム・ウェイヴといった呼称をいっきに浸透させる1枚となった。このジャケットはすでにその象徴のように記憶されている。
 意味にではなく物質に、こと身体に働きかける音楽である。心臓より少し速いくらいのリズム、4拍子の裏はめいっぱいディレイをきかせたスネア、すーっとのびて途切れないシンセの波、ループするメロディ。冒頭の"ゲット・アップ"はおよそその気のない呼びかけだ。永遠に微睡んだってかまわない。いや、目を覚ましたところでうたた寝とそう変わるところはない。なんといっても"ライフ・オブ・レジャー"なのだ。〈イタリアンズ・ドゥー・イット・ベター〉のカラーに近い、重くもつれるようなビートに、レイジーというよりは、だるくて目が開かないといったヴォーカルが水絵具のようにひと刷け。この淡さと諦めの入り混じる色合いには、タフ・アライアンスやエール・フランスなどスウェディッシュ勢への共感も見て取れる。"ニュー・セオリー"などはとくにそうだ。現在の流行と平行するシューゲイジンなサウンド、そしてローファイな感触はレーベル自体のキャラクターだとも言えるが、とても抑制がきいていて品格がある。何から何まで文句のつけようがない。
 
 しかし、なぜか諸手をあげて本作を受け入れることができない。これを聴きながら散歩をしたいし、家にいてもよく再生している。しかし、なんとなくそれを認めたくないのはなぜだろう。かくも意識に涼しい音に身体をゆだねっぱなしでいると、音楽において精神性が持つ意味が後退してしまったかのように感じられてしまうのだ。そんなことは本当はどちらでもいいことなのだろう。しかし、ロックを好んで聴いてきた自分のような人間にとっては、どちらかといえば精神性が音を引っぱり出してくるという順序にプラトニックな憧れとプライオリティを認める傾向がある。音楽で気持ちよくなるのは素晴らしいことだ。しかしそれが麻薬のように享受されることについて躊躇がある。そして世界を追認するのではなく、世界の意味を塗り替えるような音を期待してしまう。
 いずれこの流行も去るだろう。本作の登場がそのピークであったかもしれない。しかし、個々の繭を満たす心地よさをぶち破るような強度が、今後音楽に求められるのだろうか。おそらくそのようなことはないのではないか。中央は見えず、末端のみが無数に浮かんでいる、あとはそのときどきの潮の流れと気分で末端から末端を渡り歩いてみる。マイ・スペースの宇宙そのもののような環境だ。
 「起きてくれ どこかへ行ってくれ」「きみはぼくだ」......"ゲット・アップ"はじつはこのようにパラノイアックな世界をうたっている。自分と他人と夢と現実が渾然とした小さな意識。8分音符で刻まれるシンセのリズムはディレイによって分裂をはじめ、やがてとじあわされる。焦点は狂っては合い狂っては合いを繰り返す。それでもこんなに心地よい。われわれはすでに、このくらいには分裂した自分に慣れているのかもしれない。

第4回 人々を音楽にする仕事 - ele-king

 今年、初めての休みに三軒茶屋まで散歩して...とはいえ、やはり仕事がらみで浜田淳に会った。入稿し終えたばかりの『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』(INFAS)にどうしても差し替えたい盤があり、彼にミッキー・ハートのCDを売ってもらったのである。本来ならば振込みを確認してから送ってもらうというシステムに従うべきなんだろうけれど、校了までのわずかな時間に入手しなければ間に合わないので、直接会って売ってもらうことにしたのである。そのついでにどっちがどれだけワールドカップについて知らないかを確認し合い(多分、僕の勝ち)、くだらない話題のオン・パレードで時間は過ぎていった。あまり時間を気にせず、人と話をしたのが久しぶりだったので「休んだー」という実感が残った1日だった。


浜田淳 (著)
ジョニー・B・グッジョブ 音楽を仕事にする人々
カンゼン

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 その時、浜ちゃんが『ジョニー・B・グッジョブ』(カンゼン)という本をくれた。「いつの間に書いたの?」「1年かかりましたよー」とかなんとか。借金を返すために夜も昼も働いていたことは知っていたので、その合間を縫って完成させたことは本当に感心してしまう。「音楽を仕事にする人々」という副題からもわかる通り、音楽業界で働く無名の人ばかりを対象にしたインタヴュー集である(要はスタッズ・ターケル×猪瀬直樹)。その時は装丁が湯村輝彦だということに嫉妬を覚え、デザインについての話も弾んだ。僕なら湯村輝彦には「乾き」を求めるけれど、浜ちゃんのそれは違っていた。彼が求めたのは「説明がいらない」だった。なるほどなー。

 それからしばらく校了作業が続き、ようやく『ジョニー・B・グッジョブ』を開くことができた。そして、あっという間に閉じてしまった。読み終わってから500P以上あったことに気がついた。どうやら夢中で読んでしまったらしい。音楽業界というところには、とにかく多種多様な仕事があって、その人たちがどういう仕事をどうやってやっているのか、そういうことがまずは面白かったんだと思う。商業音楽だけでなく、音楽教師やブラック・ビジネスにも範囲は延びている。まえがきに実用書だと書いてあったのもなんとなくわかったような気がした。あくまでも個人の体験談として語られているので、自分がそこに身を置けるかどうかというシミュレイションができるような気がするからである。いままでより近くしか感じられた仕事もあるし、逆に遠のいて感じられた例もある。サックスのリペアマンがいまだにサックスを理解できないというくだりや、ステージの袖にいるととにかく落ち着かないと話す舞台監督など「たたき上げ」と題された章がとりわけ個人的には共感するところが多かった。PAの人も含めて自分の性格がこの辺りの仕事に向いているのだろうか? この章に入れてもおかしくないプロデューサーという人がいたら読んでみたかったなと思う。


公式版 すばらしいフィッシュマンズの本 INFASパブリケーションズ

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 「音楽を仕事にする人々」とするなら、しかし、僕はもっと有名な人や、ここで基調をなしている「儲かっていない人」ばかりにする必要はなかったと思う。儲かることもあるから「仕事」なんだし、成功している人の話から浜田淳が何も引き出せなかったとは思わないからである。そういう人たちの話はたしかにつまらないことが多いし、この本ではそうではないから吐き出される言葉にリアリティがあるということもわかる。だけど、それによって描き出されるのは彼が何度も強調しているように「声なき声」ではあっても、けして「仕事」ということではない。たとえば『すばらしいフィッシュマンズの本』(INFAS)でZAKのインタヴューを読むと、こんな人にはとうてい太刀打ちできないということがよくわかる。自分がそこに身を置くべきではないというシミュレイションも可能になる。ZAKのインタヴューを「仕事」の話として読むのは無茶かもしれないけれど、そこから「態度」を読み取ることは容易なことである。たとえば『ジョニー・B・グッジョブ』には「自分が誰かの役に立っているのなら......」という考え方が何度か出てくる。それは、僕にはその仕事をしながらどこかで崩壊していく自分もあり、それを食い止めるために自分自身を支える言葉として使われているというニュアンスも少なからずは含まれているように感じられる。ZAKの言葉にはそのような含みはいっさいない。「仕事」にはそのような無限の広がりもある。そこを切り捨ててしまったのは、やはり惜しいことだと僕は思う。「音楽業界における声なき声」。正しい副題をつけるとするならば、こうではなかっただろうか。せっかく曽我部恵一にミュージシャンとしてではなく無名のレーベル経営者として語らせ、それこそ自分を保つのに必死になっているとしか読めない元レコードショップ店員まで載せたのだから。

 クラムボンのマネジメントをやることになる豊岡歩とデ・デ・マウスのマネジメントはできないと判断する永田一直の対比、ムダなことばっかりやってると楽しそうに話すレーベル経営の松谷健とムダなことは極力やらないと話すプロデューサー、又場聡の対比など、どちらの気持ちも理解できると思える時、この本はとても輝きを増して感じられる。どんな仕事をどういう風にやりたいのかということがあまりにもリアルに、あるいは自分自身への選択肢として迫ってくるようで、「なに、この本、ゲームにできるんじゃないの?」と思うぐらいである。仕事とアイデンティティを切り離そうとした小泉・竹中政権の余韻はまだ残っているかもしれないけれど、近代的自我と仕事を一致させようとしている人はまた増えているとも聞く。本書はどう考えても後者の感覚を補強するものであり、そうではない方向へと誘う人の言葉は1行も出て来ない。ブラック・ビジネスの人は微妙だけど、いずれにしろ著者がそれ以外の可能性に思い至っていないことは確かだろう。音楽だけではなく、どの分野に行っても誰かの奴隷にならなければ成功はできない国にいて、その通りにするか、それを飛び越すか、あるいは......。

CD関係
 ■DJヨーグルト&コヤス『Chill Out』 (サード・イヤー)*企画
 ■ロマンポルシェ『盗んだバイクで天城越え』 (ミュージック・マイン)*コント出演(初回DVD)
 ■イルリメ『360°サウンド』 (カクバリズム)*ライナー
 ■パトリック・パルシンガー『インパッシヴ・スカイズ』 (ミュージック・マイン)*ライナー
 ■V.A.『クリックス&カッツ 5』 (ミル・プラトー/ディスクユニオン)*ライナー

CHART by JETSET 2010.07.12 - ele-king

Shop Chart


1

JAMES PANTS

JAMES PANTS NEW TROPICAL &COMMENT GET MUSIC
やっぱりこの人最高!新作EPが到着です。2ndアルバム"Seven Seals"では独自のサントラ的サイケ・ワールドを展開していましたが、今作には1st"Welcome"に近い作風のブランニュー・トラックを6曲収録。Pants節全開です!

2

JEBSKI

JEBSKI VISION / SEPTEMBER &COMMENT GET MUSIC
危険すぎるスペイシー・テック・ハウス"Vision"を収録!Jebski & Yogurt名義で放った"Another Gravity"や、Jebski名義での名曲"Frame"を超える!?Jebskiのソロ・シングル第三弾が登場です!

3

SIRIUSMO

SIRIUSMO PLASTERER OF LOVE &COMMENT GET MUSIC
☆特大推薦☆ポップでキュートでドキャッチーなエレクトロ・ディスコ特大傑作!!Modeselektorが立ち上げたMonkeytownからの第3弾は、同レーベルからの第1弾も当店大ヒットした鬼才Siriusmo。甘酸っぱくってどこか妙な5トラックスです!!

V.A.

V.A. GILLES PETERSON PRESENTS HAVANA CULTURA REMIXED &COMMENT GET MUSIC
Gilles Peterson監修のグレイト・コンピ/ミックス・アルバムから12"リミックス・カットが登場!!キューバ/ハバナの新人発掘的ニュアンスでスタートした'09年作の地元アーティスト達とのセッション・アルバム"New Cuba Sound"。さらにLouie Vega, Rainer Trubyらも参加したリミックス・アルバムもリリースされ、この度DJには嬉しい12"限定カラー・ヴァイナル・カットをドロップ!!

5

MARK RONSON

MARK RONSON BANG BANG BANG &COMMENT GET MUSIC
やっぱり天才です。本領発揮のカラフル・ブレイクビーツ・ポップ超最高曲!!リミックスもヤバすぎるー★名作"Version"から3年。名実共に世界最高のDJ/プロデューサーとなったMark Ronson!!遂に完成した3rd.アルバム"Record Collection"からの先行ボムが登場!!

6

J DILLA

J DILLA DONUT SHOP &COMMENT GET MUSIC
Stones Throw x Serato企画第2弾は何とJ Dilla未発表ビート集!しかも当企画オリジナル・スリップマットとダブル・ゲートフォールド・スリーヴの豪華コレクタブル仕様!Seratoコントロールの反対面はちゃんとアナログ溝ですのでご安心を。

7

MAJONI

MAJONI MAJONI &COMMENT GET MUSIC
鬼才Dorian Conceptによるダンスホールとクワイトの衝撃ハイブリッド!!☆特大推薦☆ニュービーツ・シーンを牽引するオーストリアの天才Dorian Conceptに盟友Lehrl、南アフリカの2MCからなる話題の新プロジェクトMajoni第1弾!!

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DISCO TOM

DISCO TOM GODLIE'S BOOGIE &COMMENT GET MUSIC
当店クロスオーヴァー・ヒットの人気シリーズ"Whatchawannado"新作です!!James Pants, Woolfy, DJ Spunに続く第三弾は、今後もリエディット作品のリリースを予定しているらしい"Disco Tom"なるアーティストによる開放感溢れるサマー・チューン!!

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NICK CURLY / STEFFEN DEUX

NICK CURLY / STEFFEN DEUX CLAPTON DRY EP &COMMENT GET MUSIC
好評だったスプリット・シリーズもとうとうラスト!!Ceccile を主催する才人、Nick Curlyと気鋭のSteffen Deuxによるスプリット盤!!どすの効いたファットなボトムス使いもナイスなNick Curlyによる貫禄のパーカッシヴ・テックハウス作品"Yukon"、そしてS.Deuxによる軽快でバウンシーなボトムスとエスニックなヴォイス・サンプル&幻惑的なブレイクで盛り上げる"yankee Clipper"と両トラック共に秀作!!

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ED SMITH

ED SMITH NO WOMAN NO CRY &COMMENT GET MUSIC
まさかのBob Marley超大ネタ★ヒップで洒落たオルガン・ソウル・ジャズに大変身です~!!マイケル大改造計画シリーズでおなじみEd Smith。大ヒットの"The Message"に続いては、ごぞんじBob Marleyの超定番"No Woman No Cry"を料理!!
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